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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-19
(45)【発行日】2024-08-27
(54)【発明の名称】車両の制御システム
(51)【国際特許分類】
   B60L 15/20 20060101AFI20240820BHJP
   F16H 48/06 20060101ALI20240820BHJP
   B60K 17/12 20060101ALI20240820BHJP
【FI】
B60L15/20 S
F16H48/06
B60K17/12
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2023540320
(86)(22)【出願日】2022-08-01
(86)【国際出願番号】 JP2022029413
(87)【国際公開番号】W WO2023013564
(87)【国際公開日】2023-02-09
【審査請求日】2023-09-15
(31)【優先権主張番号】P 2021129861
(32)【優先日】2021-08-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100183689
【弁理士】
【氏名又は名称】諏訪 華子
(74)【代理人】
【識別番号】110003649
【氏名又は名称】弁理士法人真田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 直樹
(72)【発明者】
【氏名】藤本 博志
(72)【発明者】
【氏名】布施 空由
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 亮太
(72)【発明者】
【氏名】岡村 悠太郎
(72)【発明者】
【氏名】古賀 亮佑
(72)【発明者】
【氏名】古市 哲也
(72)【発明者】
【氏名】丸山 晃
【審査官】佐々木 淳
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-072752(JP,A)
【文献】特開2016-196222(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 1/00-58/40
F16H 48/06
B60K 17/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右輪にトルク差を付与する差動機構と前記差動機構に接続される二つの電動機とを具備する車両の制御システムであって、
高速通信手段により互いに接続され、前記二つの電動機をそれぞれ制御する二つの制御装置と、
一方の前記電動機の回転速度を検出して前記二つの制御装置のそれぞれに出力する第一回転速度センサと、
他方の前記電動機の回転速度を検出して前記二つの制御装置のそれぞれに出力する第二回転速度センサと、
前記車両の車両情報に基づいて演算された前記車両で実現すべきトルクの目標値を各々の前記電動機の要求トルクとして演算する上位制御装置と、を備え、
前記二つの制御装置の少なくとも一方は、前記第一回転速度センサの検出信号及び前記第二回転速度センサの検出信号に基づいて演算された推定値と前記目標値との誤差に基づいて、前記上位制御装置で演算された前記要求トルクを実現するために各々の前記電動機を制御するための二つの指示トルクを演算する
ことを特徴とする、車両の制御システム。
【請求項2】
一方の前記制御装置は、前記誤差に基づき前記二つの指示トルクを演算し、当該演算した一方の前記指示トルクを用いて前記一方の電動機を制御するとともに、当該演算した他方の指示トルクを他方の前記制御装置に前記高速通信手段を介して送信するメイン制御装置であり、
前記他方の制御装置は、前記メイン制御装置から送信される前記他方の指示トルクを用いて前記他方の電動機を制御するサブ制御装置である
ことを特徴とする、請求項1に記載の車両の制御システム。
【請求項3】
前記メイン制御装置は、前記メイン制御装置が演算した前記一方の指示トルクも前記サブ制御装置に前記高速通信手段を介して送信し、
前記サブ制御装置は、前記二つの検出信号に基づき前記二つの指示トルクを演算し、当該演算した一方の前記指示トルクを前記メイン制御装置から受信した前記一方の指示トルクと比較することでフェイル監視を実施するとともに、当該演算した他方の指示トルクを前記メイン制御装置から受信した前記他方の指示トルクと比較することでフェイル監視を実施する
ことを特徴とする、請求項2に記載の車両の制御システム。
【請求項4】
一方の前記制御装置は、前記誤差に基づき前記二つの指示トルクを演算し、演算した一方の前記指示トルクを用いて一方の前記電動機を制御し、
他方の前記制御装置は、前記誤差に基づき前記二つの指示トルクを演算し、演算した他方の前記指示トルクを用いて他方の前記電動機を制御し、
各々の前記制御装置は、前記高速通信手段を介して、演算した前記二つの指示トルクを互いに送受信してフェイル監視を実施する
ことを特徴とする、請求項1に記載の車両の制御システム。
【請求項5】
前記各制御装置は、演算した前記指示トルクと、前記高速通信手段を介して受信した前記指示トルクとを比較して同期制御を実施するものであって、
前記各制御装置は、前記同期制御において、比較した二つの前記指示トルクの値が一致するか否かを判定し、判定結果に応じた信号情報を送受信して、前記信号情報を参照して前記各電動機を制御する
ことを特徴とする、請求項4に記載の車両の制御システム。
【請求項6】
前記各制御装置は、所定の演算周期で前記二つの指示トルクを演算し、少なくとも自身が制御する前記電動機の前記指示トルクの値を一定周期分だけ記憶するものであって、
前記同期制御において、
自身が制御する前記電動機の前記指示トルク同士を比較し、
比較した前記指示トルク同士が一致する場合には、一致することを示す前記信号情報を送信し、
比較した前記指示トルク同士が一致しない場合には、記憶している過去の前記指示トルクの中に前記受信した指示トルクと一致する値が存在する否かを判定して、
前記一致する値が存在する場合には、現時点から遡った回数を示す前記信号情報を送信し、
前記一致する値が存在しない場合には、一致しないことを示す前記信号情報を送信する
ことを特徴とする、請求項5に記載の車両の制御システム。
【請求項7】
前記少なくとも一方の前記制御装置は、二つの前記検出信号を用いたフィードバック制御を含み、前記上位制御装置で演算された前記要求トルクどおりの軸トルクを実現する軸トルク制御を実施する
ことを特徴とする、請求項1~6のいずれか一項に記載の車両の制御システム。
【請求項8】
前記少なくとも一方の前記制御装置は、前記上位制御装置で演算された前記要求トルクに基づいて前記車両の左右の目標車輪速を演算し、二つの前記検出信号を用いて前記左右の目標車輪速を実現する車輪速制御を実施する
ことを特徴とする、請求項1~のいずれか一項に記載の車両の制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件は、左右輪にトルク差を付与する差動機構と、この差動機構に接続される二つの電動機とを具備する車両の制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、独立した二つの電動機を備えた電動車両において、各電動機と左右輪とを機械的に連結し、左右の電動機の出力トルクに差がある場合、そのトルク差を増幅して左右輪に伝達する差動機構(動力分配機構)が知られている。例えば、特許文献1には、差動機構として、遊星歯車装置またはロータからなるエネルギ伝達装置が開示されている。増幅機能を持つ差動機構を備えることで、大きなトルク差を左右輪に発生させることができるというメリットがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第4637136号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、差動機構は、二つの電動機と左右輪とを機械的に連結する機構であることから、互いの回転(トルク)が干渉しうる。この干渉は、車両の振動を引き起こす可能性がある。また、干渉によって、要求通りのトルク差が左右輪に実現されない可能性もある。しかし、上記の特許文献1のように、一つのECU(電子制御装置)に全てのセンサ信号が入力され、このECUによって二つのPDU(パワードライブユニット)が制御される構成では、緻密な制御を実施することは難しく、干渉を補償することは困難である。なお、このような課題は、差動機構が増幅機能を持っていない場合にも同様に生じうる。
【0005】
本件の車両の制御システムは、このような課題に鑑み案出されたもので、二つの電動機と差動機構とを備えた車両において、機構特有の回転干渉を補償することを目的の一つとする。なお、この目的に限らず、後述する発明を実施するための形態に示す各構成により導かれる作用効果であって、従来の技術によっては得られない作用効果を奏することも本件の他の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本件は、以下に開示する態様又は適用例として実現できる。開示の車両制御システムは、上記の課題の少なくとも一部を解決する。
ここで開示する車両の制御システムは、左右輪にトルク差を付与する差動機構と前記差動機構に接続される二つの電動機とを具備する車両の制御システムである。
本制御システムは、高速通信手段により互いに接続され、前記二つの電動機をそれぞれ制御する二つの制御装置と、一方の前記電動機の回転速度を検出して前記二つの制御装置のそれぞれに出力する第一回転速度センサと、他方の前記電動機の回転速度を検出して前記二つの制御装置のそれぞれに出力する第二回転速度センサと、前記車両の車両情報に基づいて演算された前記車両で実現すべきトルクの目標値を各々の前記電動機の要求トルクとして演算する上位制御装置と、を備える。
前記二つの制御装置の少なくとも一方は、前記第一回転速度センサの検出信号及び前記第二回転速度センサの検出信号に基づいて演算された推定値と前記目標値との誤差に基づいて、前記上位制御装置で演算された前記要求トルクを実現するために各々の前記電動機を制御するための二つの指示トルクを演算する。
【発明の効果】
【0007】
開示の車両の制御システムによれば、機構特有の回転干渉を補償するような緻密な演算を実施でき、より正確に要求トルクを実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】第一実施形態に係る制御システムが適用された車両の模式図である。
図2】各実施形態に係る車両に搭載される差動機構の構成例を説明するためのスケルトン図である。
図3図1の制御システムの構成例を示すブロック図である。
図4図3の変形例を示すブロック図である。
図5図3の車輪速制御の一例を説明するためのブロック図である。
図6図3の軸トルク制御の一例を説明するためのブロック図である。
図7図1の上位ECUで実施されるフローチャート例である。
図8図8(a)はメインモータコントローラで実施されるフローチャート例であり、図8(b)はサブモータコントローラで実施されるフローチャート例である。
図9】第二実施形態に係る制御システムの構成例を示すブロック図である。
図10図9の同期制御の一例を説明するための表である。
図11図9の各モータコントローラで実施されるフローチャート例である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
図面を参照して、実施形態としての車両の制御システムについて説明する。以下に示す実施形態はあくまでも例示に過ぎず、以下の実施形態で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。各実施形態の構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。また、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせることができる。
【0010】
以下の説明では、二つの実施形態に係る制御システムを示す。これらの制御システムでは、後述するモータコントローラ(制御装置)の構成が異なるのみであり、他の構成(車両構成や上位制御装置の構成)は同一である。二つの実施形態において共通する構成については、第一実施形態のなかで詳述する。なお、下記の実施形態では、モータ(電動機),車軸,車輪,インバータ,車輪速センサ,回転速度センサはそれぞれ、左右で対になっているものとして説明する。
【0011】
==第一実施形態==
[1-1.車両構成]
図1は、本実施形態の制御システムを備えた車両1の模式図である。車両1には、左右輪5(ここでは後輪)を駆動する二つのモータ2(電動機)が搭載される。以下の説明において、符号の末尾に付した「L」又は「R」のアルファベットは、当該符号にかかる要素の配設位置(車両1の左側又は右側にあること)を表す。例えば、5Lは左右輪5のうち車両の左側(Left)に位置する一方(すなわち左輪)を表し、5Rは右側(Right)に位置する他方(すなわち右輪)を表す。
【0012】
二つのモータ2は、車両1の前輪または後輪の少なくともいずれかを駆動する機能を持つものであり、四輪すべてを駆動する機能を持っていてもよい。以下、二つのモータ2のうち左側に配置される一方を左モータ2Lともいい、右側に配置される他方を右モータ2Rともいう。左モータ2L及び右モータ2Rは、互いに独立して作動し、互いに異なる大きさの駆動力を個別に出力しうる。なお、本実施形態の左モータ2L及び右モータ2Rは互いに定格出力が同一であって、「対」で設けられる。
【0013】
車両1は、左右輪5にトルク差を付与する動力分配機構3(差動機構)を備える。本実施形態の動力分配機構3は、二つのモータ2のトルク差を増幅してから左右輪5の各々にトルクを分配する機能を持つ。図2に示すように、動力分配機構3は、各モータ2の回転速度を減速する一対の減速機構3g(図2中の破線で囲んだギア列)を含む。減速機構3gは、モータ2から出力されるトルク(駆動力)を減速することでトルクを増大させる機構である。減速機構3gの減速比Gは、モータ2の出力特性や性能に応じて適宜設定される。本実施形態では、左右の減速機構3gの減速比Gが互いに同一である。なお、モータ2のトルク性能が十分に高い場合には、減速機構3gを省略してもよい。一対のモータ2は動力分配機構3に接続されており、モータ2の回転速度が減速されることでトルクが増幅されて左右輪5の各々に伝達(分配)される。
【0014】
図1及び図2に示すように、動力分配機構3は、ヨーコントロール機能(AYC機能)を持ったディファレンシャル機構であり、左輪5Lに連結される車軸4(左車軸4L)と右輪5Rに連結される車軸4(右車軸4R)との間に介装される。ヨーコントロール機能とは、左右輪5の駆動力(駆動トルク)の分担割合を積極的に制御することでヨーモーメントを調節し、車両1の姿勢を安定させる機能である。動力分配機構3の内部には、遊星歯車機構や差動歯車機構などが内蔵される。なお、一対のモータ2と動力分配機構3とを含む車両駆動装置は、DM-AYC(Dual-Motor Active Yaw Control)装置とも呼ばれる。
【0015】
ここで、図2を用いて、動力分配機構3の一例を説明する。図2に示す動力分配機構3は、減速比Gに設定された一対の減速機構3gと、所定の増幅率でトルク差を増幅する機能を持った遊星歯車機構とを有する。動力分配機構3は、車幅方向において、左右のモータ2L,2R間に配置されることが好ましい。
【0016】
遊星歯車機構は、サンギア3s1及びリングギア3rが入力要素であり、サンギア3s2及びキャリア3cが出力要素であるダブルピニオン遊星歯車である。サンギア3s1には左モータ2Lからのトルクが入力され、リングギア3rには右モータ2Rからのトルクが入力される。入力要素は後述する遊転ギア37と一体回転するよう設けられ、出力要素は出力軸33と一体回転するように設けられる。
【0017】
各減速機構3gは、いずれも平行に配置された三つの軸31,32,33に設けられた四つのギア34,35,36,37によって、各モータ2の回転速度を二段階で減速するよう構成される。以下、三つの軸を、各モータ2から左右輪5への動力伝達経路の上流側から順に、モータ軸31,カウンタ軸32,出力軸33と呼ぶ。これらの軸31~33は、動力分配機構3に二つずつ設けられる。左右に位置する二つのモータ軸31,二つのカウンタ軸32,二つの出力軸33は、それぞれが同様に(左右対称に)構成される。また、これらの軸31~33に設けられる減速機構3gも左右で同様に(左右対称に)構成される。
【0018】
モータ軸31は、左右のモータ2の各回転軸と同軸上に位置し、第一固定ギア34を有する。カウンタ軸32には、第一固定ギア34と噛合する第二固定ギア35と、第二固定ギア35よりも小径の第三固定ギア36とが設けられる。大径の第二固定ギア35が、小径の第三固定ギア36よりも車幅方向内側に配置される。出力軸33には、第三固定ギア36と噛合する遊転ギア37が設けられる。第一固定ギア34と第二固定ギア35とで、一段目の減速ギア列が構成され、第三固定ギア36と遊転ギア37とで、二段目の減速ギア列が構成される。なお、左側の遊転ギア37にはサンギア3s1が連結され、右側の遊転ギア37にはリングギア3rが連結される。
【0019】
図1に示すように、各モータ2L,2Rは、インバータ6(6L,6R)を介してバッテリ7に電気的に接続される。インバータ6は、バッテリ7側の直流回路の電力(直流電力)とモータ2側の交流回路の電力(交流電力)とを相互に変換する変換器(DC-ACインバータ)である。また、バッテリ7は、例えばリチウムイオン二次電池やニッケル水素二次電池であり、数百ボルトの高電圧直流電流を供給しうる二次電池である。モータ2の力行時には、直流電力がインバータ6で交流電力に変換されてモータ2に供給される。モータ2の発電時には、発電電力がインバータ6で直流電力に変換されてバッテリ7に充電される。
【0020】
車両1には、モータ2の制御に関する電子制御装置(ECU,Electronic Control Unit)として、一つの上位ECU10(上位制御装置)と二つのモータコントローラ11,12(制御装置)とが搭載される。これらの電子制御装置10~12は、車載通信網を介して、互いに通信可能となるように接続される。なお、車載通信網にはこれらの電子制御装置10~12のほか、車両1に搭載される他の電子制御装置(例えばバッテリ制御装置,ブレーキ制御装置など)や種々のエレクトロニクス製品が接続される。
【0021】
各電子制御装置10~12には、例えばCPU(Central Processing Unit),MPU(Micro Processing Unit)等のプロセッサ(マイクロプロセッサ)やROM(Read Only Memory),RAM(Random Access Memory),不揮発メモリ等が実装される。プロセッサは、制御ユニット(制御回路)や演算ユニット(演算回路),キャッシュメモリ(レジスタ群)等を内蔵する演算処理装置である。また、ROM,RAM及び不揮発メモリは、プログラムや作業中のデータが格納されるメモリ装置である。各電子制御装置10~12での制御内容は、例えばアプリケーションプログラムとして、それぞれのROM,RAM,不揮発メモリ,リムーバブルメディア内に記録される。また、プログラムの実行時には、プログラムの内容がRAM内のメモリ空間内に展開され、プロセッサによって実行される。
【0022】
上位ECU10は、車両1に搭載されるエレクトロニクス装置全体を総合的に制御する電子制御装置であり、例えば、EV-ECU(Electric Vehicle-ECU),HEV-ECU(Hybrid Electric Vehicle-ECU),PHEV-ECU(Plug-in Hybrid Electric Vehicle-ECU)などが挙げられる。上位ECU10には、車両1の各種情報(以下「車両情報」という)を取得するためのセンサが接続される。図1に示す例では、上位ECU10には、アクセル開度センサ21,ブレーキセンサ22,舵角センサ23,車速センサ24,車輪速センサ25が接続される。
【0023】
アクセル開度センサ21はアクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度)やその踏み込み速度を検出するセンサである。ブレーキセンサ22は、ブレーキペダルの踏み込み量(ブレーキペダルストローク)やその踏み込み速度を検出するセンサである。舵角センサ23は、左右輪5の舵角(実舵角またはステアリングの操舵角)を検出するセンサであり、車速センサ24は、車速(車体速)を検出するセンサである。車輪速センサ25L,25Rは、左輪5Lの車輪角速度ωL及び右輪5Rの車輪角速度ωRをそれぞれ検出するセンサであり、左輪5Lの近傍及び右輪5Rの近傍のそれぞれに個別に設けられる。
【0024】
各モータコントローラ11,12は、各インバータ6L,6Rを制御することでモータ2L,2Rの作動状態を制御する電子制御装置である。二つのモータコントローラ11,12は、ローカルCANやハードワイヤといった高速通信手段により互いに接続され、情報の送受信が可能である。また、各モータコントローラ11,12と上位ECU10とは、例えばCAN通信可能に接続される。各モータコントローラ11,12には、モータ2L,2Rの回転速度を検出する回転速度センサ26L,26Rが接続される。なお、回転速度センサ26L,26Rとしては、例えばレゾルバ,ホールセンサ,エンコーダなどが挙げられるが、検出精度の高いセンサを用いることが好ましい。
【0025】
左回転速度センサ26Lは、左モータ2Lに設けられ、左モータ2Lの回転速度(左モータ回転角速度ωLm)を検出して二つのモータコントローラ11,12のそれぞれに出力する。また、右回転速度センサ26Rは、右モータ2Rに設けられ、右モータ2Rの回転速度(右モータ回転角速度ωRm)を検出して二つのモータコントローラ11,12のそれぞれに出力する。以下の説明において、左右の回転速度センサ26L,26Rを特に区別しない場合には「回転速度センサ26」と表記する。
【0026】
[1-2.制御構成]
上位ECU10は、上記のセンサ21~25で検出された車両情報(アクセル開度,ブレーキペダルストローク,舵角,車体速,車輪速)に基づいて、各モータ2L,2Rの要求トルクを演算する。ここで演算される各要求トルクは、ドライバ操作や車両1の走行状態から、車両1で実現すべきトルク(トルクの目標値)である。上位ECU10は、例えば、ドライバ操作や走行状態に基づいて総駆動トルクを演算し、左右輪5に付与するトルク差の目標値を求め、総駆動トルクと目標のトルク差とから左モータ2Lの要求トルク及び右モータ2Rの要求トルクを算出してもよい。なお、要求トルクの算出手法は特に限られない。
【0027】
二つのモータコントローラ11,12の少なくとも一方は、回転速度センサ26Lの検出信号及び回転速度センサ26Rの検出信号に基づいて、上位ECU10で演算された要求トルクを実現するための二つの指示トルクを演算する。ここで演算される二つの指示トルクのうち、一方は、一方のモータ2を制御するための指示トルクであり、他方は、他方のモータ2を制御するための指示トルクである。以下、回転速度センサ26L,26Rの検出信号を、単に「検出信号」という。
【0028】
図1に示すように、本実施形態の制御システムでは、右モータ2Rを制御するモータコントローラ11が二つの検出信号に基づいて二つの指示トルクを演算する。以下、このモータコントローラ11を「メインモータコントローラ11」ともいう。メインモータコントローラ11(メイン制御装置)は、二つの指示トルクを演算し、一方の指示トルク(以下「メイン側の指示トルク」という)を用いて右モータ2R(一方の電動機)を制御する。以下、メインモータコントローラ11が制御するモータ2(ここでは右モータ2R)を「メイン側のモータ2」ともいう。
【0029】
また、メインモータコントローラ11は、演算した他方の指示トルクを、左モータ2Lを制御するモータコントローラ12に高速通信手段を介して送信する。以下、他方のモータコントローラ12を「サブモータコントローラ12」ともいう。サブモータコントローラ12は、メインモータコントローラ11から送信される指示トルク(以下「サブ側の指示トルク」という)を用いて左モータ2L(他方の電動機)を制御する。以下、サブモータコントローラ12が制御するモータ2(ここでは左モータ2L)を「サブ側のモータ2」ともいう。なお、メイン側及びサブ側のモータ2の左右が逆であってもよい。
【0030】
つまり、本実施形態の制御システムでは、一つのメインモータコントローラ11が、二つの検出信号に基づいて、自身の制御対象であるメイン側のモータ2の指示トルクだけでなく、サブ側のモータ2の指示トルクも演算する。メインモータコントローラ11で演算されたサブ側の指示トルクは、高速通信(例えば高速CAN通信)によりサブモータコントローラ12に送信される。サブモータコントローラ12は、メインモータコントローラ11から受信したサブ側の指示トルクを用いるだけである。このようなシステムにより、二つのモータコントローラ11,12間の同期制御が不要となる。なお、二つのモータコントローラ11,12間の通信速度は、上位ECU10と各モータコントローラ11,12との間の通信速度よりも高く、例えば10倍程度である。これにより、より精度よくモータ2の制御が可能となる。
【0031】
また、本実施形態の制御システムでは、メインモータコントローラ11が演算したメイン側の指示トルクもサブモータコントローラ12に高速通信手段を介して送信する。また、サブモータコントローラ12は、メインモータコントローラ11と同様、二つの検出信号に基づいて二つの指示トルクを演算する。そして、サブモータコントローラ12は、演算した一方(メイン側)の指示トルクを、メインモータコントローラ11から受信したメイン側の指示トルクと比較することでフェイル監視を実施する。さらにサブモータコントローラ12は、演算した他方(サブ側)の指示トルクを、メインモータコントローラ11から受信したサブ側の指示トルクと比較することでフェイル監視を実施する。
【0032】
このように、サブモータコントローラ12においても、メインモータコントローラ11と同等の演算を裏側で行い、メインモータコントローラ11から受信した二つの指示トルクの値と、自身が演算した二つの指示トルクの値とを比較することで、各モータコントローラ11,12の故障,高速通信手段の障害,ハードワイヤの断線といった不具合が監視される。本実施形態の制御システムでは、このフェイル監視をサブモータコントローラ12のみで実施する。つまり、二つのモータコントローラ11,12の役割が明確に分かれている。
【0033】
図3及び図4は、実施形態に係る制御システムの構成例を示すブロック図である。なお、回転速度センサ26の図示は省略しており、検出信号(モータ回転角速度ωLm,ωRm)の入力を図示している。メインモータコントローラ11及びサブモータコントローラ12はそれぞれ、第一CANトランス11a,12aと、I/O(Input / Output)部11b,12bと、アプリケーション制御部11c,12cと、電流制御部11d,12dと、第二CANトランス11e,12eと、を備える。なお、図3図4とでは、アプリケーション制御部11c,12cにおいて、後述するモータ軸振動抑制制御が実施されるか否かが異なるのみである。
【0034】
各CANトランス11a,11e,12a,12e及びI/O部11b,12bはいずれもハードウェア構成である。第一CANトランス11a,12aは、上位ECU10から要求トルクを受信する。また、サブモータコントローラ12の第一CANトランス12aは、メインモータコントローラ11の第二CANトランス11eから送信されたサブ側の指示トルクも受信する。I/O部11b,12bは、二つの回転速度センサ26L,26Rからのモータ回転角速度ωLm,ωRmを受信し、回転数変換を行って左右の推定車輪速(上記の車輪角速度ωL,ωRに相当する値)を求める。なお、この推定車輪速は、車輪速センサ25L,25Rで検出される車輪角速度ωL,ωRに代えて制御に使用可能である。
【0035】
一方、アプリケーション制御部11c,12c及び電流制御部11d,12dはいずれもソフトウェア構成であり、モータコントローラ11,12の機能を便宜的に分類して示したものである。これらの要素は、独立したプログラムとして各々を記述することができるとともに、複数の要素を合体させた複合プログラムとして記述することもできる。各要素に相当するプログラムは、モータコントローラ11,12のメモリや記憶装置に記憶され、プロセッサで実行される。
【0036】
図3に示すメインモータコントローラ11のアプリケーション制御部11cでは、車輪速制御及び軸トルク制御という二種類の制御が実施されることで、各モータ2L,2Rの指示トルクが演算される。なお、図3では、車輪速制御の実施後に軸トルク制御を実施するよう示しているが、これらの順序は逆であってもよい。また、図3に示すサブモータコントローラ12のアプリケーション制御部12cでは、フェイル監視が実施される。以下、図5及び図6を用いて、車輪速制御及び軸トルク制御の一例について説明する。
【0037】
車輪速制御は、上位ECU10で演算された要求トルクに基づいて車両1の左右の目標車輪速を演算し、この目標車輪速を実現するためのトルク(車軸要求トルク)を、二つの検出信号を用いて演算する制御である。図5に示すように、車輪速制御では、左右それぞれの車軸要求駆動力が入力値として用いられる。車軸要求駆動力は、上位ECU10で演算された要求トルクに対応し、アプリケーション制御部11cにおいて、車輪速制御の実施前に変換されてもよいし、車輪速制御内で変換してもよい。
【0038】
車輪速制御では、左右独立して演算が実施される。また、車輪速制御には、一つのフィードフォワード制御(FF制御)と、一つのフィードバック制御(FB制御)と、目標スリップ率の演算処理及び目標車輪速の演算処理とが含まれる。ここで、目標スリップ率とは、左右輪5のそれぞれのスリップ率の目標値である。目標車輪速は、この目標スリップ率と基準車体速とから求められる。なお、基準車体速は、例えば四輪の車輪速から演算可能であるが、求め方は特に限られない。
【0039】
FF制御では、各車軸要求駆動力が車軸要求トルクに変換される。FB制御では、駆動力オブザーバにより演算された推定駆動力と車軸要求駆動力との誤差に基づいて目標スリップ率が演算され、次いで目標車輪速が演算される。そして、目標車輪速と車輪回転角加速度との誤差に基づいて、FF制御で変換された車軸要求トルクに加算するFB量が演算される。なお、駆動力オブザーバは、車輪回転角加速度に、車輪5を含む車軸下流イナーシャを乗じることでイナーシャトルクを算出し、これを車軸要求トルクから減じて、車輪5の有効半径の逆数を乗じることで推定駆動力を演算する推定器である。
【0040】
軸トルク制御は、上位ECU10で演算された要求トルクどおりの軸トルクを実現する制御であり、二つの検出信号を用いたフィードバック制御を含む。図6に示すように、軸トルク制御には、左右それぞれに設けられた、一つのフィードフォワード制御(FF制御)と、一つのフィードバック制御(FB制御)と、軸トルクオブザーバとが含まれる。軸トルクオブザーバは、車輪回転角加速度から求めた車軸上流回転角加速度に、車軸上流モータ等価イナーシャを乗じることでイナーシャトルクを算出し、これを、後述する非干渉化補償器Eから出力された第二車軸制御トルクから減じることで推定軸トルクを演算する推定器である。
【0041】
FF制御では、各車軸要求トルクが非干渉化補償器Eを考慮した値に変換される。なお、本実施形態では、軸トルク制御の前に車輪速制御が実施されるため、車輪速制御の出力値が軸トルク制御の入力値となるが、これらの制御の順序が逆の場合には、出力値と入力値とを逆転させればよい。FB制御では、車軸要求トルクと推定軸トルクとの誤差に基づいて、FF制御後の車軸制御トルクに加算するFB量が演算される。
【0042】
ここで、非干渉化補償器Eについて簡単に説明する。本実施形態の車両1に搭載される動力分配機構3は、左右のモータ2と左右輪5とを機械的に連結した二入力二出力機構であるため、左右のモータ2のイナーシャトルクの干渉,左右のモータ2の摩擦による干渉,軸と軸受との摩擦や軸とギアとの摩擦による干渉など(以下、これらを「左右の干渉」という)が生じうる。左右の干渉は、左右逆側の車軸制御トルクに影響を及ぼす干渉トルクとなる。非干渉化補償器Eは、左右逆側に影響する干渉トルクを打ち消す補償器である。なお、非干渉化補償器Eにより干渉トルクが打ち消された車軸制御トルク(「第二車軸制御トルク」という)は、各モータ2L,2Rを制御するためのモータ制御トルク(指示トルク)に変換される。
【0043】
図4に示すモータコントローラ11,12の各アプリケーション制御部11c,12cでは、上述した車輪速制御及び軸トルク制御に加え、モータ軸振動抑制制御が実施される。モータ軸振動抑制制御では、モータ制御トルク(指示トルク)と各モータ2L,2Rの回転角速度ωLm,ωRmとに基づいてコギングトルクを抑制する制御が実施される。なお、モータ軸振動抑制制御は、各モータ2L,2Rを制御する各モータコントローラ11,12で実施されるため、メインモータコントローラ11からサブモータコントローラ12へ通信するときの通信遅れの影響をなくすことができる。
【0044】
なお、上述した車輪速制御,軸トルク制御,モータ軸振動抑制制御は必須ではなく、全てを省略してもよいし、いずれか一つだけを実施してもよいし、いずれか二つを組み合わせて実施してもよい。例えば、車輪速制御及び軸トルク制御を省略する場合には、上位ECU10で演算された要求トルクに対しFF制御を実施して、モータ制御トルク(指示トルク)を算出してもよい。なお、非干渉化補償器Eも必須ではなく、省略してもよい。
【0045】
[1-3.フローチャート]
次に、図7図8(a)及び図8(b)を用いて、上位ECU10,メインモータコントローラ11及びサブモータコントローラ12でそれぞれ実施されるフローチャートの一例を説明する。各フローチャートは、例えば車両1がReady ON状態になってからReady OFFになるまでの間や車両走行中(車速が0でないとき)など、所定条件下において所定の演算周期で繰り返し実行される。なお、上位ECU10の演算周期と各モータコントローラ11,12の演算周期とは同一であってもよいし、互いに異なってもよい。
【0046】
図7に示すように、上位ECU10は、まず各種センサ21~25で検出された車両情報を取得する(ステップS1)。次いで、各モータ2L,2Rの要求トルクを算出し(ステップS2)、この要求トルクをメインモータコントローラ11及びサブモータコントローラ12のそれぞれに送信して(ステップS3)、このフローチャートをリターンする。
【0047】
図8(a)に示すように、メインモータコントローラ11は、上位ECU10から要求トルクを取得するとともに(ステップS10)、各回転速度センサ26L,26Rの検出信号を取得する(ステップS11)。次いで、モータ回転角速度ωLm,ωRmを回転数処理し(ステップS12)、車輪速制御を実施する(ステップS13)。さらにここでは、軸トルク制御も実施し(ステップS14)、これらによって各モータ2L,2Rの指示トルクを算出する。そして、サブ側の指示トルクをサブモータコントローラ12に送信し(ステップS15)、メイン側の指示トルクを用いてメイン側のモータ2を制御し(ステップS16)、このフローチャートをリターンする。なお、ステップS13及びS14は入れ替えてもよいし、どちらか一方のみを実施してもよい。
【0048】
図8(b)に示すように、サブモータコントローラ12は、メインモータコントローラ11からサブ側の指示トルクを取得し(ステップS21)、フェイル監視を実施するとともに(ステップS22)、サブ側の指示トルクを用いてサブ側のモータ2を制御する。なお、ステップS22のフェイル監視では、サブモータコントローラ12がメインモータコントローラ11と同等の処理(演算及び制御)を行って二つの指示トルクを算出し、メインモータコントローラ11からメイン側の指示トルクも取得する。そして、二つのメイン側の指示トルクを比較し、二つのサブ側の指示トルクを比較して、不具合がないかを監視する。
【0049】
[1-4.作用,効果]
上述した制御システムでは、二つの回転速度センサ26L,26Rの検出信号が二つのモータコントローラ11,12のそれぞれに入力されるようになっており、上位ECU10で演算された要求トルクが実現されるように、下位の二つのモータコントローラ11,12の少なくとも一方(ここではメインモータコントローラ11)において指示トルクが演算される。この演算において、二つの検出信号の値が用いられるため、機構特有の回転干渉を補償するような緻密な演算を実施でき、より正確に要求トルク(例えば、要求指示通りの左右駆動トルクや左右輪5のトルク差)を実現できる。
【0050】
上述した制御システムでは、二つのモータコントローラ11,12の一方をメイン、他方をサブとし、メインモータコントローラ11において、二つのモータ2L,2Rの各回転速度ωLm,ωRmを同じタイミングで把握して二つの指示トルクを演算し、サブ側の指示トルクをサブモータコントローラ12に高速通信で送信する。このため、二つのモータコントローラ11,12間での同期制御を不要としながら、回転干渉を補償するような緻密な演算を実施でき、より正確に要求トルクを実現できる。
【0051】
また、上記のサブモータコントローラ12は、メインモータコントローラ11と同等の演算を行い、サブモータコントローラ12において二つのフェイル監視を行うため、各モータコントローラ11,12の故障や通信障害や断線等を監視することができる。
【0052】
上述した制御システムでは、メインモータコントローラ11において、上位ECU10で演算された要求トルクどおりの軸トルクを実現する軸トルク制御が実施される。この軸トルク制御は、二つの検出信号を用いたFB制御を含んでおり、要求トルクを実現可能なモータ2L,2Rの指示トルクを演算することができる。なお、本実施形態では、軸トルク制御の下流側に非干渉化補償器Eが設けられているため、左右の干渉を打ち消すことができ、等価的に左右独立した機構として扱うことができるため、制御構成を簡素化できる。
【0053】
さらに上述した制御システムでは、メインモータコントローラ11において、目標車輪速を実現する車輪速制御が実施される。メインモータコントローラ11は、上位ECU10で演算された要求トルクに基づき目標車輪速を算出し、二つの検出信号を用いて、この目標車輪速を実現可能なモータ2L,2Rの指示トルクを演算する。このため、上位ECU10で演算された要求トルクを、車輪速という側面から実現することができる。
【0054】
==第二実施形態==
[2-1.構成]
次に、第二実施形態に係る制御システムについて説明する。本実施形態の制御システムも、図2に示す動力分配機構3を備えた、図1に示す車両1に適用可能である。本実施形態の制御システムは、第一実施形態と比較して、二つのモータコントローラに、メイン側,サブ側といった区別をつけない点が異なる。すなわち、本実施形態の制御システムは、図1中のメインモータコントローラ11及びサブモータコントローラ12から「メイン」及び「サブ」という役割を除いたものである。
【0055】
図9は、本実施形態の制御システムの構成例を示すブロック図であり、図3に対応する。第一モータコントローラ13及び第二モータコントローラ14は、モータ2の制御に関する電子制御装置であり、高速通信手段を介して互いに接続される。ここでは、第一モータコントローラ13が右モータ2Rを制御し、第二モータコントローラ14が左モータ2Lを制御する場合を例示するが、左右のモータ2L,2Rがこれと逆であってもよい。
【0056】
二つのモータコントローラ13,14は、互いに同様に構成される。具体的には、各モータコントローラ13,14は、上記のモータコントローラ11と同様、第一CANトランス13a,14aと、I/O(Input / Output)部13b,14bと、アプリケーション制御部13c,14cと、電流制御部13d,14dと、第二CANトランス13e,14eと、を備える。第一実施形態と異なる点は、いずれのアプリケーション制御部13c,14cにおいても、上述した、車輪速制御,軸トルク制御及びフェイル監視が実施されることである。
【0057】
つまり、第一モータコントローラ13は、二つの検出信号に基づき、二つのモータ2の指示トルクを演算し、演算した一方の指示トルクを用いて一方のモータ2(ここでは右モータ2R)を制御する。同様に、第二モータコントローラ14は、二つの検出信号に基づき、二つのモータ2の指示トルクを演算し、演算した他方の指示トルクを用いて他方のモータ2(ここでは左モータ2L)を制御する。さらに、各モータコントローラ13,14は、高速通信手段を介して、演算した二つの指示トルクを互いに送受信し、フェイル監視を実施する。
【0058】
さらに本実施形態の制御システムでは、各モータコントローラ13,14が、演算した指示トルクと、高速通信手段を介して受信した指示トルクとを比較して同期制御を実施する。各モータコントローラ13,14は、この同期制御において、比較した二つの指示トルクの値が一致するか否かを判定し、判定結果に応じた信号情報(例えばフラグ情報)を送受信して、信号情報を参照して各モータ2を制御する。
【0059】
各モータコントローラ13,14は、所定の演算周期で二つの指示トルクを演算するが、同期制御のために、少なくとも自身が制御するモータ2の指示トルクの値を一定周期分(例えば、現在の演算周期から過去に遡って数~10周期分)だけ記憶しておく。すなわち、第一モータコントローラ13は、演算した右モータ2Rの指示トルクの値を一定周期分だけ記憶し、第二モータコントローラ14は、演算した左モータ2Lの指示トルクの値を一定周期分だけ記憶する。なお、記憶される指示トルクの値は、演算されるたびに更新される。
【0060】
各モータコントローラ13,14は、同期制御において、自身が制御するモータ2の指示トルク同士を比較する。すなわち、第一モータコントローラ13は、演算した右モータ2Rの指示トルクと、第二モータコントローラ14から受信した右モータ2Rの指示トルクとを比較する。第二モータコントローラ14は、演算した左モータ2Lの指示トルクと、第一モータコントローラ13から受信した左モータ2Lの指示トルクとを比較する。
【0061】
各モータコントローラ13,14は、比較した指示トルク同士が一致する場合には、一致すること示す信号情報(例えばフラグT)を送信する。
各モータコントローラ13,14は、比較した指示トルク同士が一致しない場合には、記憶している過去の指示トルクのなかに、反対側のモータコントローラ14,13から受信した指示トルクと一致する値が存在する否かを判定する。
【0062】
各モータコントローラ13,14は、一致する値が存在する場合には、現時点から遡った回数を示す信号情報を送信する。信号情報としては、例えば、現時点から一回前の演算周期の指示トルクが、受信した指示トルクの値と一致した場合には、遡った回数が1であるため「フラグF1」とし、遡った回数が2であれば「フラグF2」とし、遡った回数がn回であれば「フラグFn」とする。
また、各モータコントローラ13,14は、一致する値が存在しない場合には、一致しないことを示す信号情報(例えばフラグF0)を送信する。
【0063】
図10は、同期制御の一例を説明するための表である。
第一モータコントローラ13は、右モータ2Rに対する二つの指示トルク(すなわち、第一モータコントローラ13で演算した指示トルクと第二モータコントローラ14から受信した指示トルク)を比較する。これらが互いに一致する場合は左列に該当し、フラグTを送信する。これらが一致しない場合は、自身が演算した指示トルクについて過去の演算結果を遡り、X回前に一致する値が存在する場合には、右列に該当し、フラグFXを送信する。一方、記憶している指示トルクのなかに一致する値が存在しない場合には、中央の列に該当し、フラグF0を送信する。
【0064】
同様に、第二モータコントローラ14は、左モータ2Lに対する二つの指示トルク(すなわち、第二モータコントローラ14で演算した指示トルクと第一モータコントローラ13から受信した指示トルク)を比較する。これらが互いに一致する場合は上行に該当し、フラグTを送信する。これらが一致しない場合は、自身が演算した指示トルクについて過去の演算結果を遡り、Y回前に一致する値が存在する場合には、下行に該当し、フラグFYを送信する。一方、記憶している指示トルクのなかに一致する値が存在しない場合には、中央の行に該当し、フラグF0を送信する。
【0065】
各モータコントローラ13,14がいずれもフラグTを送信した場合、すなわち、左右の指示トルクがいずれも一致している場合(図10の左上欄のとき)は、二つのモータコントローラ13,14間に演算タイミングのずれが生じていない(同期がとれている)ため、演算した指示トルクを特に補正することなく使用する。
【0066】
第一モータコントローラ13がフラグF0(不一致)を送信し、第二モータコントローラ14がフラグFY(Y回遅れ)を送信した場合、第二モータコントローラ14の演算タイミングが第一モータコントローラ13の演算タイミングに比べてY回分遅れていることになる。そのため、この場合は、第一モータコントローラ13で演算された右モータ2Rの指示トルクは補正せずにそのままとし、第二モータコントローラ14で演算された左モータ2Lの指示トルクをY回分遅延させた値に置換する。
【0067】
次回以降の演算周期では、各モータコントローラ13,14での演算は継続して行うものの、遅れている第二モータコントローラ14が第一モータコントローラ13に追いつくまでの間(すなわち、Y回の演算周期の間)、第一モータコントローラ13は、右モータ2Rの指示トルクの値を固定する。つまり、二つのモータコントローラ13,14の同期がとれるまでは、進んでいる第一モータコントローラ13は、裏で演算は続けているものの、そのままの指示トルク値で待機することになる。そして、第二モータコントローラ14の演算タイミングが第一モータコントローラ13に追いついた以降は、再び上述した同期制御を実施する。
【0068】
また、第二モータコントローラ14がフラグF0(不一致)を送信し、第一モータコントローラ13がフラグFX(X回遅れ)を送信した場合も同様に、第一モータコントローラ13の演算タイミングが第二モータコントローラ14の演算タイミングに比べてX回分遅れている。このため、この場合は、第二モータコントローラ14で演算された左モータ2Lの指示トルクは補正せずにそのままとし、第一モータコントローラ13で演算された右モータ2Rの指示トルクをX回分遅延させた値に置換する。
【0069】
次回以降の演算周期も同様に、各モータコントローラ13,14での演算は継続して行うものの、遅れている第一モータコントローラ13が第二モータコントローラ14に追いつくまでの間(すなわち、X回の演算周期の間)、第二モータコントローラ14は、左モータ2Lの指示トルクの値を固定する。つまり、二つのモータコントローラ13,14の同期がとれるまでは、進んでいる第二モータコントローラ14は、裏で演算は続けているものの、そのままの指示トルク値で待機することになる。そして、第一モータコントローラ13の演算タイミングが第二モータコントローラ14に追いついた以降は、再び上述した同期制御を実施する。
【0070】
上述した3パターン以外の信号情報の場合は、二つのモータコントローラ13,14のいずれか一方の演算タイミングが単に遅れている、という状況でない可能性がある。したがって、この場合は、二つのモータコントローラ13,14のいずれか一方を、上述した第一実施形態のメインモータコントローラ11のように、「メイン」に設定し、メインモータコントローラ13又は14で演算された指示トルクを用いてモータ2を制御する。いずれのモータコントローラ13,14をメインに設定するかは適宜決めることができる。一例としては、比較の結果、一致していると判定したモータコントローラ13又は14をメインに設定する方法が挙げられる。また、遅れ回数X,Yが少ない方のモータコントローラ13又は14をメインに設定することも考えられる。
【0071】
なお、ここで例示した同期制御は一例であって、本手法以外の方法で二つのモータコントローラ13,14の同期をとるよう制御してもよい。例えば、同期制御において、各モータコントローラ13,14は自身が制御するモータ2の指示トルクだけでなく、反対側のモータ2の指示トルクについても比較してもよい。また、各モータコントローラ13,14は、比較した二つの指示トルクの値が一致するか否かだけを判定し、一致することを示す信号情報と、一致しないことを示す信号情報とを送受信して、この信号情報に基づき各モータ2を制御してもよい。この場合は、各モータコントローラ13,14において演算結果を一定周期分だけ記憶しておく必要はない。なお、信号情報としてフラグ情報を用いる場合を例示したが、判定結果や遅れ回数X,Y等を識別できる信号情報であればよい。
【0072】
[2.フローチャート]
図11は、本実施形態の各モータコントローラ13,14で実施されるフローチャート例である。なお、本実施形態の上位ECU10は、図7のフローチャートのステップS3において、「メインモータコントローラ11とサブモータコントローラ12」の代わりに、第一モータコントローラ13と第二モータコントローラ14」に要求トルクを送信する。
【0073】
図11に示すように、各モータコントローラ13,14は、上位ECU10から要求トルクを取得するとともに(ステップS30)、各回転速度センサ26L,26Rの検出信号を取得する(ステップS31)。次いで、モータ回転角速度ωLm,ωRmを回転数処理し(ステップS32)、車輪速制御を実施する(ステップS33)。さらにここでは、軸トルク制御も実施し(ステップS34)、これらによって各モータ2L,2Rの指示トルクを算出する。
【0074】
次に、フェイル監視を実施する(ステップS35)。このフェイル監視では、各モータコントローラ13,14が演算した二つの指示トルクを反対側のモータコントローラ14,13との間で送受信し、指示トルク値を比較することで、各モータコントローラ13,14の故障,高速通信手段の障害,ハードワイヤの断線といった不具合を監視する。
【0075】
また、各モータコントローラ13,14は、自身が制御しない反対側のモータ2の指示トルクを送信するとともに(ステップS36)、自身が制御するモータ2の指示トルクを受信して(ステップS37)、同期制御を実施する(ステップS38)。そして、自身が制御するモータ2の指示トルクを用いてモータ2を制御する(ステップS39)。
【0076】
[2-3.作用,効果]
したがって、本実施形態の制御システムにおいても、第一実施形態と同様、二つの検出信号が二つのモータコントローラ13,14のそれぞれに入力されるようになっており、上位ECU10で演算された要求トルクが実現されるように、下位の二つのモータコントローラ13,14の両方において指示トルクが演算される。この演算において、二つの検出信号の値が用いられるため、機構特有の回転干渉を補償するような緻密な演算を実施でき、より正確に要求トルク(例えば、要求指示通りの左右駆動トルクや左右輪5のトルク差)を実現できる。
【0077】
また、本実施形態では、両方のモータコントローラ13,14が同等の演算(制御)を実施して二つの指示トルクをそれぞれ算出し、互いの演算結果(二つの指示トルク)を送受信してフェイル監視をそれぞれで行う。これにより、検出信号の有無や送受信した相互の指示トルクの情報を比較することでフェイル監視を行うことができ、各モータコントローラ13,14の故障や、通信障害,断線等をより監視することができる。
【0078】
ただし、本実施形態の制御システムでは、第一実施形態と比較して、各モータコントローラ13,14で指示トルクが演算されるため、演算タイミングのずれが生じる可能性がある。これに対し、各モータコントローラ13,14は、自身が演算した指示トルクと、反対側のモータコントローラ14,13から受信した指示トルクとを比較し、同期制御を実施する。これにより、各モータコントローラ13,14での指示トルクの演算タイミングにずれがあったとしても、そのずれを解消することができ、より正確に要求トルクを実現できる。
【0079】
特に、上述した同期制御では、各モータコントローラ13,14が、過去の演算結果を一定周期分だけ記憶しておき、比較した二つの指示トルクが一致しない場合には、記憶している過去の指示トルクの中に、受信した指示トルクと一致する値が存在するか否かを判定する。そして、この判定結果に基づいた信号情報を送信し、反対側のモータコントローラ14,13がこの信号情報を受信する。各モータコントローラ13,14は、これら信号情報を参照してモータ2を制御するため、より高精度な同期制御を実施することができ、正確な要求トルクの実現を図ることができる。
【0080】
なお、第一実施形態と同様の構成については、第二実施形態の制御システムにおいても、同様の効果を得ることができる。
【0081】
==その他==
上述した車両1の構成は一例であって、上述したものに限られない。例えば、動力分配機構3の構成は図2に示すものに限られず、様々な構成の遊星歯車機構や遊星歯車機構以外の機構を採用可能である。また、増幅機能を備えない差動機構により、左右輪5にトルク差が付与される車両であってもよい。
また、車両1は、二輪駆動(後輪駆動、前輪駆動)車両であってもよいし、四輪駆動車両であってもよい。四輪駆動車両である場合は、前後輪の少なくとも一方において、二つの電動機によって左右輪にトルク差を付与する差動機構が接続されていればよい。
【符号の説明】
【0082】
1 車両
2 モータ(電動機)
2L 左モータ
2R 右モータ
3 動力分配機構(差動機構)
5 左右輪,車輪
7 バッテリ
10 上位ECU(上位制御装置)
11 メインモータコントローラ(制御装置)
12 サブモータコントローラ(制御装置)
13 第一モータコントローラ(制御装置)
14 第二モータコントローラ(制御装置)
21 アクセル開度センサ
22 ブレーキセンサ
23 舵角センサ
24 車速センサ
25,25L,25R 車輪速センサ
26 回転速度センサ
26L 左回転速度センサ
26R 右回転速度センサ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11