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特許7541315ニッケル鉱からのニッケルの浸出方法および硫酸ニッケルの製造方法
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  • 特許-ニッケル鉱からのニッケルの浸出方法および硫酸ニッケルの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-20
(45)【発行日】2024-08-28
(54)【発明の名称】ニッケル鉱からのニッケルの浸出方法および硫酸ニッケルの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 23/00 20060101AFI20240821BHJP
   C22B 3/16 20060101ALI20240821BHJP
   C22B 3/28 20060101ALI20240821BHJP
   C22B 3/32 20060101ALI20240821BHJP
   C22B 3/34 20060101ALI20240821BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20240821BHJP
【FI】
C22B23/00 102
C22B3/16
C22B3/28
C22B3/32
C22B3/34
C01G53/00 B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2022021869
(22)【出願日】2022-02-16
(65)【公開番号】P2023119164
(43)【公開日】2023-08-28
【審査請求日】2023-03-08
(73)【特許権者】
【識別番号】520184767
【氏名又は名称】プライムプラネットエナジー&ソリューションズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000241485
【氏名又は名称】豊田通商株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【弁理士】
【氏名又は名称】安部 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100136423
【弁理士】
【氏名又は名称】大井 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100121186
【弁理士】
【氏名又は名称】山根 広昭
(74)【代理人】
【識別番号】100130605
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 浩治
(72)【発明者】
【氏名】山本 雄治
(72)【発明者】
【氏名】後藤 雅宏
(72)【発明者】
【氏名】花田 隆文
(72)【発明者】
【氏名】守山 武
(72)【発明者】
【氏名】大澤 良輔
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-025367(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第112795785(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第113930618(CN,A)
【文献】特開2021-031716(JP,A)
【文献】米国特許第06395061(US,B1)
【文献】米国特許出願公開第2020/0399737(US,A1)
【文献】国際公開第2023/013714(WO,A1)
【文献】Ioanna M. Pateli et al.,The effect of pH and hydrogen bond donor on the dissolution of metal oxides in deep eutectic solvents,Green Chemistry,2020年,Vol.22,5476-5486
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
C01G 53/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル鉱を有機相と接触させることを含む、ニッケルを有機相に浸出させる方法によって、ニッケル浸出液を得る工程と、
前記ニッケル浸出液に対して、硫酸を用いて逆抽出を行い、硫酸ニッケルを含有する水相を得る工程と、
を包含する硫酸ニッケルの製造方法であって、
前記有機相は、水素結合ドナーと水素結合アクセプターとを含む疎水性深共晶溶媒、および有機酸を含有し、
前記水素結合ドナーが、酸性の水素結合ドナーであり、
前記水素結合ドナーが、脂肪酸であり、前記水素結合アクセプターが、第4級アンモニウムハライドであり、
前記有機酸が、強酸であり、
前記強酸は、pKaが0未満の酸であり、
前記有機酸が、有機スルホン酸化合物であり、
前記水相を得る工程において、硫酸の濃度が2mоl/L以上である、
製造方法。
【請求項2】
前記有機相中の前記有機酸の含有割合が、9質量%以上20質量%以下である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記水相を得る工程において、硫酸の濃度がmоl/L以上である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記水相を得る工程において、前記ニッケル浸出液を疎水性有機溶媒で希釈してから、逆抽出を行う、請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケル鉱から有機相へニッケルを浸出させる方法に関する。本発明はまた、当該方法を利用した硫酸ニッケルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、リチウムイオン二次電池の需要が益々高まっている。リチウムイオン二次電池の正極活物質には、リチウムニッケルコバルトマンガン系複合酸化物、リチウムニッケルコバルトアルミニウム系複合酸化物など、ニッケルを含有するものがよく用いられている。一方で、ニッケルは、ステンレス鋼、特殊鋼等にも用いられており、これらの需要も増加している。そのため、ニッケルの需要が急増しており、ニッケル源(特に硫酸ニッケル)を得るための方法の重要性が高まっている。
【0003】
ニッケル源を得るための方法のとしては、ニッケル酸化鉱石を酸浸出して酸性溶液を得、これに中和剤を添加し、生成した不純物元素を含む中和澱物と中和液とを固液分離する中和法(例えば、特許文献1参照)、ニッケル酸化鉱石を酸浸出して酸性溶液を得、これに抽出溶媒を加えて、溶媒抽出によって硫酸ニッケルを有機相に移動させ、さらに逆抽出を行う溶媒抽出法(例えば、特許文献2参照)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5060033号公報
【文献】特開2013-100204号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の中和法においては、不純物元素を含む中和澱物が、廃棄物となるため、廃棄物の生成量が多いという問題がある。一方で、上記の溶媒抽出法においては、酸浸出、溶媒抽出、逆抽出等の多くの工程を実施する必要があり、方法が煩雑であるという問題がある。
【0006】
そこで本発明は、廃棄物の生成量が少なく、実施が簡便な硫酸ニッケルの製造方法、およびそれを可能にする、ニッケル酸化鉱からのニッケルの浸出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
ここに開示されるニッケルを有機相に浸出させる方法は、ニッケル鉱を有機相と接触させることを含む。前記有機相は、水素結合ドナーと水素結合アクセプターとを含む疎水性深共晶溶媒、および有機酸を含有する。前記水素結合ドナーは、酸性の水素結合ドナーである。前記有機酸は、強酸である。このような構成によれば、特に後述のここに開示される製造方法によって、産業廃棄物の生成量が少なく、簡便に硫酸ニッケルを製造することが可能となる。
【0008】
上記の浸出方法の好ましい一態様では、前記有機相中の前記有機酸の含有割合が、9質量%以上20質量%以下である。このような構成によれば、ニッケル鉱から有機相へのニッケルの浸出速度が特に高くなる。
【0009】
上記の浸出方法の好ましい一態様では、前記水素結合ドナーが、脂肪酸であり、前記水素結合アクセプターが、第4級アンモニウムハライドである。上記の浸出方法の好ましい一態様では、前記有機酸が、有機スルホン酸化合物である。
【0010】
別の側面から、ここに開示される硫酸ニッケルの製造方法は、上記の浸出方法によって、ニッケル浸出液を得る工程と、前記ニッケル浸出液に対して、硫酸を用いて逆抽出を行い、硫酸ニッケルを含有する水相を得る工程と、を包含する。このような構成によれば、操作が簡便な2つの工程を経ることで、硫酸ニッケルを製造することができる。また、有機相は、再利用することができるため、廃棄物の生成量を少なくすることができる。すなわち、このような構成によれば、廃棄物の生成量が少なく、実施が簡便である。
【0011】
上記の製造方法の好ましい一態様では、前記水相を得る工程において、硫酸の濃度が2mоl/L以上である。このような構成によれば、Fe成分の混入が少ない、純度の高い硫酸ニッケルを得ることができる。
【0012】
上記の製造方法の好ましい一態様では、前記水相を得る工程において、前記ニッケル浸出液を疎水性有機溶媒で希釈してから、逆抽出を行う。このような構成によれば、Fe成分の混入が少ない、純度の高い硫酸ニッケルを得ることができる。また希釈によって浸出液の粘度を調整することで、硫酸ニッケルの生産性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の硫酸ニッケルの製造方法の各工程を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しながら本発明に係る実施の形態を説明する。なお、本明細書において言及していない事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。なお、本明細書において「A~B」として表現される数値範囲には、AおよびBが含まれる。
【0015】
本実施機形態に係るニッケルを有機相に浸出させる方法は、ニッケル鉱を有機相と接触させることを含む。前記有機相は、水素結合ドナーと水素結合アクセプターとを含む疎水性深共晶溶媒、および有機酸を含有する。前記水素結合ドナーは、酸性の水素結合ドナーである。前記有機酸は、強酸である。そして、本実施機形態に係るニッケルを有機相に浸出させる方法を利用した硫酸ニッケルの製造方法は、図1に示すように、本実施機形態に係るニッケルを有機相に浸出させる方法によって、ニッケル浸出液を得る工程(ニッケル浸出工程)S101と、前記ニッケル浸出液に対して、硫酸を用いて逆抽出を行い、硫酸を含有する水相を得る工程(逆抽出工程)S102と、を包含する。以下、各工程について詳細に説明する。
【0016】
<ニッケル浸出工程S101>
ニッケル浸出工程S101においては、本実施形態に係るニッケルを有機相に浸出させる方法が実施される。すなわち、特殊な有機相を用いて固液抽出を行って、ニッケル鉱からニッケル(Ni)を有機相に移動させる。
【0017】
当該工程S101(すなわち、本実施形態に係る方法)に用いられるニッケル鉱としては、ニッケル酸化鉱が好適であるが、これに限定されない。ニッケル酸化鉱は、ニッケルを含有する酸化鉱である限り、特に限定されない。ニッケル酸化鉱の例としては、リモナイト鉱、サプロライト鉱等が挙げられる。ニッケル酸化鉱は、典型的には、構成成分として、酸化ニッケル(NiO)と、酸化鉄(Fe)とを含有する。
【0018】
ニッケル鉱は、粉砕処理、分級処理等が施されたものであってよい。ニッケル鉱に対して、粉砕処理、分級処理等を行うことにより、ニッケル鉱の粒子径を所定の範囲(例えば、レーザー回折散乱法により求まるメジアン径D50が、0.01~1000μm、好ましくは1~100μm)に調整することができ、これにより、浸出効率を向上させることができる。粉砕処理、分級処理等は、公知方法に従って実施することができる。
【0019】
従来技術においては、ニッケル鉱からのニッケルの浸出に硫酸等の酸水溶液が用いられる。これに対し、本実施形態においては、疎水性深共晶溶媒が用いられる。よって、従来技術では、水相を用いて浸出を行うのに対し、本実施形態では、有機相を用いて浸出を行う。
【0020】
本明細書において、「深共晶溶媒」とは、少なくとも一方が25℃で固体である、水素結合ドナーおよび水素結合アクセプターを含む混合物であって、25℃で液体を示す溶媒のことを指す。具体的には、深共晶溶媒は、25℃で固体である物質を含んでいるにも関わらず、水素結合ドナーおよび水素結合アクセプターを所定の混合比で混合することによって共晶融点降下が起こり、25℃で液体を示す。深共晶溶媒は、水素結合ドナーを含む点においてイオンのみからなるものでないため、厳密には、イオン液体とは異なっている。深共晶溶媒は、イオン液体に比べて低環境負荷の物質によって構成しやすい点で有利である。
【0021】
本明細書において、「疎水性深共晶溶媒」とは、25℃で水と接触させた場合に、水相と疎水性深共晶溶媒相とに相分離を起こす深共晶溶媒のことを指す。疎水性深共晶溶媒は、25℃における水に対するその溶解度が、好ましくは1g/100mL以下であり、より好ましくは0.1g/100mL以下であり、さらに好ましくは0.01g/100mL以下である。
【0022】
当該工程S101において用いられる疎水性深共晶溶媒に含まれる水素結合ドナーは、酸性の水素結合ドナーである。酸性の水素結合ドナーは、プロトンを離す力が強く、これがニッケルの浸出に寄与していると考えられる。なお、本明細書において、「水素結合ドナーが酸性である」とは、水素結合ドナーの酸解離定数(pKa)が7未満であることをいう。水素結合ドナーの酸解離定数(pKa)は、好ましくは6以下であり、より好ましくは5以下である。水素結合ドナーの酸解離定数(pKa)は、0以上、1以上、または2以上であってよい。なお、本明細書において、酸解離定数(pKa)は、25℃かつ水中での値であり、公知方法(例、中和滴定法など)により、求めることができる。
【0023】
酸性の水素結合ドナーの例としては、カルボキシ基含有化合物が挙げられる。カルボキシ基含有化合物の例としては、蟻酸、酢酸、ブタン酸、ペンタン酸、ヘキサン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、ノナン酸、デカン酸、ドデカン酸、テトラデカン酸、ペンタデカン酸、ヘキサデカン酸、ヘプタデカン酸、オクタデカン酸、エイコサン酸、ドコサン酸、テチラコサン酸、ヘキサコサン酸、オクタコサン酸、トリアコンタン酸等の脂肪酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸、アジピン酸、イタコン酸、スベリン酸、1,2,3-プロパントリカルボン酸等の多価カルボン酸化合物;安息香酸等の芳香族カルボン酸化合物;フェニル酢酸、3-フェニルプロピオン酸、trans-ケイ皮酸等のカルボキシ基含有置換基を有する芳香族化合物;レブリン酸;乳酸、酒石酸、アスコルビン酸、クエン酸、4-ヒドロキシ安息香酸、p-クマル酸、コーヒー酸、没食子酸等の水酸基を有するカルボキシ基含有化合物などが挙げられる。
【0024】
水素結合ドナーとして、これらを単独で、または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0025】
水素結合ドナーとしては、脂肪酸が好ましく、炭素数8~12の脂肪酸がより好ましく、デカン酸がさらに好ましい。
【0026】
当該工程S101において用いられる疎水性深共晶溶媒に含まれる水素アクセプターの例としては、ハロゲン塩などが挙げられる。
【0027】
ハロゲン塩の例としては、第4級アンモニウムハライド、第4級ホスホニウムハライド、第3級アンモニウムハライド、第1級アンモニウムハライドが挙げられる。
【0028】
第4級アンモニウムハライドの例としては、コリンクロリド、テトラブチルアンモニウムクロリド、テトラメチルアンモニウムクロリド、メチルトリオクチルアンモニウムクロリド、テトラオクチルアンモニウムクロリド、アセチルコリンクロリド、クロロコリンクロリド、テトラエチルアンモニウムブロミド、N-(2-ヒドロキシエチル)-N,N-ジメチルベンゼンメタンアミニウムクロリド、フルオロコリンブロミド、テトラブチルアンモニウムブロミド等が挙げられる。
【0029】
第4級ホスホニウムハライドの例としては、メチルトリフェニルホスホニウムブロミド、ベンジルトリフェニルホスホニウムクロリド等が挙げられる。
【0030】
第3級アンモニウムハライドの例としては、2-(ジエチルアミノ)エタノール塩酸塩が挙げられる。
【0031】
第1級アンモニウムハライドの例としては、エチルアミン塩酸塩が挙げられる。
【0032】
水素結合アクセプターとして、これらを単独で、または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0033】
水素結合アクセプターとしては、第4級アンモニウムハライドが好ましく、テトラブチルアンモニウムクロリドがより好ましい。
【0034】
深共晶溶媒は、公知方法に従って調製することができる。例えば、水素結合ドナーおよび水素結合アクセプターをドライブレンドし、深共晶溶媒の共晶点以上で攪拌または混練することによって深共晶溶媒を調製することができる。あるいは、水素結合ドナーおよび水素結合アクセプターを溶媒に溶解させた後に、溶媒を除去することによって深共晶溶媒を調製することができる。
【0035】
有機相には、有機酸が含まれ、当該有機酸は、強酸である。本明細書において「強酸」とは、pKaが0未満の酸を指す。当該工程S101において用いられる有機酸の好適な例としては、メタンスルホン酸(pKa=-1.9)、ベンゼンスルホン酸(pKa=-2.8)、p-トルエンスルホン酸(pKa=-2.8)等の有機スルホン酸化合物が挙げられる。
【0036】
深共晶溶媒に対する有機酸の割合は特に限定されない。深共晶溶媒に対する有機酸の質量割合は、例えば、6質量%以上である。ニッケル浸出速度の高さ観点から、深共晶溶媒に対する有機酸の質量割合は、好ましくは7質量%以上であり、より好ましくは8質量%以上であり、さらに好ましくは9質量%以上であり、最も好ましくは10質量%以上である。一方、深共晶溶媒に対する有機酸の質量割合は、例えば30質量%以下であり、好ましくは25質量%以下であり、より好ましくは20質量%以下である。
【0037】
有機相は、上記疎水性深共晶溶媒、および上記有機酸のみからなっていてもよい。有機相は、本発明の効果を顕著に阻害しない範囲内(例えば、有機相中10質量%未満、5質量%未満、または1質量%未満の範囲)で、上記疎水性深共晶溶媒、および上記有機酸以外の成分を含有していてもよい。その他の成分の例としては、水、還元剤、酸化剤、その他の有機溶媒、各種添加剤などが挙げられる。
【0038】
ニッケル鉱に対する有機相の使用量は、特に限定されない。ニッケル鉱100質量部に対して、有機相の使用量は、例えば10~100000質量部であり、好ましくは100~10000質量部である。
【0039】
ニッケル鉱と有機相との接触は、公知方法に従い行うことができる。例えば、容器にニッケル鉱を投入し、そこに、上記疎水性深共晶溶媒および上記有機酸を混合した有機相を投入することにより、行うことができる。しかしながら、ニッケル鉱、上記疎水性深共晶溶媒、および上記有機酸を容器に投入する順番には制限がない。なお、強酸の有機酸が用いられるため、容器には、耐酸性を有するものを使用することが好ましい。
【0040】
ニッケル鉱と有機相とを接触させる際に、ニッケル鉱および有機相の混合物を撹拌してもよい。撹拌は、公知方法(例えば、撹拌子、撹拌翼などを備える撹拌装置を用いる方法等)により、行うことができる。ニッケル鉱と有機相とを接触させる際に、超音波を照射してもよい。
【0041】
ニッケル鉱と有機相との接触は常温(具体的には、25℃)で行うことができる。浸出速度を高める観点から、ニッケル鉱と有機相とを接触させる際に、加熱を行ってもよい。加熱は、容器に対して、公知の手段、例えば、オイルバス、マントルヒーター、帯状ヒーター(リボンヒーター等)、面状ヒーター(例、フィルムヒーター、シリコンラバーヒーター等)などを用いて行うことができる。加熱温度は、特に限定されないが、好ましくは40℃以上であり、より好ましくは50℃以上であり、さらに好ましくは60℃以上である。一方、エネルギー効率の観点から、加熱温度は、好ましくは100℃以下であり、より好ましくは80℃以下であり、さらに好ましくは70℃以下である。
【0042】
ニッケル鉱と有機相とを接触させる際に、加圧を行ってもよい。加圧は、公知方法に従って行うことができる。
【0043】
ニッケル鉱と有機相とを接触させる時間は、特に限定されず、使用する疎水性深共晶溶媒の種類、有機酸の種類と量、ニッケル鉱の粒子径、温度等に応じて適宜決定することができる。ニッケル鉱と有機相とを接触させる時間は、例えば1分間~100時間であり、好ましくは1時間~50時間である。
【0044】
接触後、公知の固液分離法(例、濾過等)によって、浸出したニッケルを含む有機相(すなわち、ニッケル浸出液)を回収することができる。
【0045】
<逆抽出工程S102>
逆抽出工程S102においては、抽出溶媒(すなわち、水相)として硫酸を用いて逆抽出を行う。すなわち、ニッケル鉱から有機相に移動したニッケルを、水相に移動させる。硫酸は、硫酸ニッケルのアニオン(SO 2-)源でもある。
【0046】
硫酸の濃度は、水相にニッケルが移動可能な限り特に限定されず、例えば、1mоl/L(1M)以上である。ここで、ニッケル鉱は、酸化鉄(Fe)を含み得る。特に、ニッケル酸化鉱は、典型的には、酸化鉄を含む。逆抽出工程S102において、高濃度の硫酸を用いることにより、Feの水相への移動を抑制することができる。すなわち、鉄成分の混入の少ない硫酸ニッケルを得ることができる。この観点から、硫酸の濃度は、好ましくは1.5mоl/L以上であり、より好ましくは2mоl/L以上であり、さらに好ましくは2.5mоl/L以上であり、最も好ましくは3mоl/L以上である。硫酸の濃度の上限は、特に限定されず、技術的限界によって定まる。硫酸の濃度は、15mоl/L以下、10mоl/L以下、7.5mоl/L以下、または5mоl/L以下であってよい。
【0047】
ここで、ニッケル浸出液を疎水性有機溶媒で希釈してから、硫酸による逆抽出を行ってもよい。ニッケル浸出液を有機溶媒で希釈することにより、Feの水相への移動を抑制することができ、鉄成分の混入の少ない硫酸ニッケルを得ることができる。また、当該希釈によって、ニッケル浸出液の粘度を調整できるため、逆抽出の実施をより容易なものとし、生産性を向上させることもできる。特に、ニッケル浸出液(または疎水性深共晶溶媒)の粘度が高い場合(例、水素結合アダプターがテトラブチルアンモニウムクロリドである場合)には、生産性向上効果がより大きくなる。
【0048】
疎水性有機溶媒としては、炭化水素類が好適であり、その例としては、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン等の脂肪族炭化水素類、ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素類が挙げられる。これらのうち、芳香族炭化水素類が好ましく、トルエンがより好ましい。
【0049】
疎水性有機溶媒の使用量は、特に限定されず、浸出液の粘度に応じて適宜決定することができる。疎水性有機溶媒の使用量は、浸出液に対して、例えば、1~100体積%であり、好ましくは5~50体積%である。
【0050】
抽出溶媒(すなわち、水相)は、本発明の効果を顕著に阻害しない範囲内(例えば、10質量%未満、5質量%未満、または1質量%未満)で、硫酸以外の成分を含有していてもよい。
【0051】
ニッケル浸出液に対する硫酸の使用量は、特に限定されない。浸出液:硫酸(体積比)で、例えば1:0.05~20であり、好ましくは1:0.2~5である。
【0052】
逆抽出は、公知方法に従い行うことができる。逆抽出を行った後、水相を回収することにより、硫酸ニッケルを含有する溶液を得ることができる。
【0053】
硫酸ニッケルを含有する溶液から、公知方法に従って、硫酸ニッケルを晶析させ、回収することにより硫酸ニッケルを得ることができる。
【0054】
硫酸ニッケルの用途によっては、硫酸ニッケルを含有する溶液から硫酸ニッケルを析出させることなく、水溶液の状態で硫酸ニッケルを回収してもよい。このとき、硫酸ニッケルを含有する溶液は、所望の用途に、そのまま用いてもよいし、中和等の処理を行ってから用いてもよい。
【0055】
以上のようにして、ニッケル鉱から、硫酸ニッケルを製造することができる。上記の製造方法においては、浸出工程S101および逆抽出工程S102の少なくとも2つの工程を実施するだけで硫酸ニッケルを製造することができる。よって、上記の製造方法は、工程数が少なく、加えてその操作も簡便である。また、有機相は、再利用することができるため、廃棄物の生成量を少なくすることができる。したがって、硫酸ニッケルの製造方法は、廃棄物の生成量が少なく、実施が簡便な方法である。
【0056】
さらに、リチウムイオン二次電池の正極活物質のニッケル源としては、硫酸ニッケルが主に用いられる。そのため、上記の硫酸ニッケルの製造方法は、リチウムイオン二次電池の正極活物質のニッケル源の硫酸ニッケルを確保するための新たな方法として、工業的価値が高い。
【実施例
【0057】
以下、本発明に関する実施例を説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0058】
〔ニッケル浸出方法の検討:実施例1~6および比較例1~10〕
表1に示す水素結合ドナーおよび水素結合アクセプターを含む深共晶溶媒、その他の溶媒、ならびに有機酸を用意した。これらを用いて、表1に示す成分を含有する抽出溶媒(有機相)を調製した。
【0059】
所定の重量のニッケル酸化鉱を、撹拌翼を備える容器に入れ、さらにそこへ抽出溶媒を添加し、撹拌を行った。所定時間経過後に、ニッケル酸化鉱の重量減少量を求め、これに基づいてニッケルの浸出速度を算出した。結果を表1に示す。
【0060】
【表1】
【0061】
表中の略号は以下の通りである。
HBTA:ベンゾイルトリフルオロアセトン
PhOH:4-(1,1,3,3-テトラメチルブチル)フェノール
LIX-63:7-ヒドロキシ-5,8-ジエチル-6-ドデカノンオキシム
TBAC:テトラブチルアンモニウムクロリド
TOPO:トリオクチルホスフィンオキサイド
TOMAC:メチルトリオクチルアンモニウムクロリド
PTSA:p-トルエンスルホン酸
【0062】
比較例1~4では、深共晶溶媒のみで固液抽出を行った。この場合、ニッケルの浸出速度が遅く、実用的ではないことがわかる。比較例5~7では、酸を用いてニッケルの浸出を行った。この場合、酸が水相に含まれる場合に、ゆるやかなニッケルの浸出が見られた。比較例8および9では、酸性の水素結合ドナーを含む深共晶溶媒と、弱酸であるp-トルイル酸(pKa=4.36)とを用いて、固液抽出を行った。この場合、ニッケルはほとんど浸出されなかった。比較例10では、酸性でない水素結合ドナーを含む深共晶溶媒と強酸であるp-トルエンスルホン酸(pKa=-2.8)とを用いて固液抽出を行った。この場合、ニッケルの浸出がゆるやかであった。
【0063】
これに対し、酸性の水素結合ドナーを含む疎水性深共晶溶媒と、強酸であるp-トルエンスルホン酸とを用いて固液抽出を行った実施例1~6では、ニッケル鉱からニッケルを、高い速度で浸出させることができた。よって、表1の結果より、酸性の水素結合ドナーを含む疎水性深共晶溶媒と、強酸である有機酸を含む有機相によれば、実用に充分な高い速度でニッケルの浸出が可能であることがわかる。
【0064】
〔硫酸ニッケルの製造方法の検討1:実施例8~12および比較例11~14〕
表2に示す成分を含有する有機相を用いて、ニッケル酸化鉱から、ニッケルを抽出した。次に、表2に示す抽出液を用いて、逆抽出を行い、水相を回収した。水相に含まれる成分を定量分析し、NiおよびFeが浸出液から水相に移動した割合(水相抽出率)を求めた。結果を表2に示す。
【0065】
【表2】
【0066】
表中の略号は、表1と同義である。
【0067】
表2の結果より、酸性の水素結合ドナーと水素結合アクセプターとを含む疎水性深共晶溶媒と、有機酸とを含有する有機相によって、ニッケル鉱からニッケルを浸出させ、浸出液に対して硫酸を用いて逆抽出を行うことにより、硫酸ニッケルを含有する溶液を得られることがわかる。
【0068】
また、硫酸の濃度が高いほど、Feの水相への移動が抑制され、より高純度の硫酸ニッケルを得られることがわかる。NaSOを用いた比較例12~14では、Feの抽出率が高くなっていることから、抽出液に含まれるHが、Feの水相への移動抑制に寄与していると考えられる。TBACは、TOMACよりも水相となじみやすく、その結果、抽出率がより高くなった。
【0069】
〔硫酸ニッケルの製造方法の検討2:実施例13~16〕
表3に示す成分を含有する有機相を用いて、ニッケル酸化鉱から、ニッケルを浸出させた。得られた浸出液を、表3に示す有機溶媒にて希釈した。有機溶媒は、表3に示すよう用いた。次に、表3に示す抽出液を用いて、逆抽出を行い、水相を回収した。水相に含まれる成分を定量分析し、NiおよびFeが浸出液から水相に移動した割合(水相抽出率)を求めた。結果を、実施例12の結果と共に表3に示す。
【0070】
【表3】
【0071】
表中の略号は、表1と同義である。
【0072】
表3の結果が示すように、逆抽出の際に浸出液を疎水性有機溶媒で希釈することにより、Feの水相への移動を抑制することができ、高純度の硫酸ニッケルが得られることがわかる。また、浸出液を疎水性有機溶媒で希釈することにより、浸出液の粘度を調整することができた。よって、浸出液を疎水性有機溶媒で希釈することによって、生産性を向上させることも可能であると言える。
【0073】
以上の結果より、ここに開示するニッケルを有機相に浸出させる方法を利用することにより、廃棄物の生成量が少なく、かつ簡便に硫酸ニッケルを製造できることがわかる。
【0074】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、請求の範囲を限定するものではない。請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
図1