(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-21
(45)【発行日】2024-08-29
(54)【発明の名称】潜像印刷物
(51)【国際特許分類】
B41M 3/14 20060101AFI20240822BHJP
【FI】
B41M3/14
(21)【出願番号】P 2021028080
(22)【出願日】2021-02-25
【審査請求日】2023-12-11
(73)【特許権者】
【識別番号】303017679
【氏名又は名称】独立行政法人 国立印刷局
(72)【発明者】
【氏名】森永 匡
【審査官】小宮山 文男
(56)【参考文献】
【文献】特許第5131789(JP,B2)
【文献】特開2018-024105(JP,A)
【文献】特開2014-108576(JP,A)
【文献】特開2017-056576(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41M 3/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上の少なくとも一部に、拡散反射光下で透明、半透明又は前記基材と同じ色彩、かつ、正反射光下で明暗フリップフロップ性又はカラーフリップフロップ性の少なくともいずれか一方の特性を有するインキにより形成された蒲鉾状画像と、前記蒲鉾状画像上に着色インキにより形成された潜像要素群から成る印刷画像を備え、
前記蒲鉾状画像は、蒲鉾状要素を第一のピッチで第一の方向に規則的に配列した蒲鉾状要素群と、有意情報を固定情報として表す固定情報要素とを含んで成り、前記蒲鉾状要素群と前記固定情報要素は、配置方向、配置ピッチ及び所定の範囲における面積率のうち、少なくとも一つが異なることで区分けされ、
前記潜像要素群は、潜像要素を前記第一のピッチと異なる第二のピッチで規則的に配列、及び/又は前記第一の方向と異なる方向に規則的に配列して成り、
前記蒲鉾状要素群と前記潜像要素群とは、干渉することによって干渉縞である動画情報が出現する関係にあって、
拡散反射光下で観察した場合には、前記固定情報及び前記動画情報は視認されず、正反射光下で観察した場合には、前記固定情報及び前記動画情報が出現し、観察角度を変化させると前記動画情報が動いて視認されることを特徴とする潜像印刷物。
【請求項2】
前記蒲鉾状画像上に、明暗フリップフロップ性を備えたインキにより所定の面積率の差異により形成された第一の固定情報を有する反射画像を更に積層して成り、
前記第一の固定情報は、拡散反射光下で観察した場合に視認され、正反射光下で観察した場合に消失することを特徴とする請求項1記載の潜像印刷物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、偽造防止効果を必要とする銀行券、パスポート、有価証券、身分証明書、カード、通行券等のセキュリティ印刷物の分野において、拡散反射光下で視認される図柄と異なる図柄が正反射光下で出現し、かつ、出現した図柄が動いて見える効果を有することを特徴とする潜像印刷物に関する。
【背景技術】
【0002】
銀行券、パスポート、有価証券、身分証明書等に代表されるセキュリティ印刷物には、複製や偽造を防止するために、偽造防止技術が必要とされている。また、偽造防止技術の中でも、すかしやホログラム等に代表される、道具を必要とせず、印刷物を手にした全ての人が真偽判別に利用できる偽造防止技術が特に必要とされている。
【0003】
この中でも、画像が動いて見える、いわゆる「動画的な視覚効果」を備えた偽造防止技術が特に注目されている。画像が動いて見える動画的な視覚効果(以下、「動画効果」という。)は、人目を惹きやすく、また偽造することが困難であることから、近年、セキュリティ印刷物の真偽判別要素として多く用いられる傾向にある。動画効果を実現可能な公知技術としては、ホログラム、パララックスバリアやレンチキュラー等を用いた技術が存在し、これらの技術が備える、わずかな角度変化で画像を変化させられるという特徴を活かして、画像が立体的に視認できる効果(以下、「立体効果」という。)や、動画効果を備えたセキュリティ印刷物は、すでに広く存在している。
【0004】
しかし、一般的なパララックスバリアやレンチキュラーを用いて動画効果を実現する場合は、クリア層かレンズが必要となることから、基材がほぼプラスティックに限定される上、印刷物には、一定の厚み(少なくとも150μm程度)が必要となり、一般に流通する印刷物に許される厚さを超えるため、厚さに制限のある印刷物には用いることができず、一定の厚みが許されるプラスティック製カード以外には、採用されない傾向にある。また、ホログラムは、極めて薄く仕上げることが可能であり、銀行券を代表とする各種セキュリティ印刷物に用いられているものの、一般的な印刷物と比較すると、製造工程の複雑さと高い製造コストに大きな問題がある。
【0005】
以上の問題を解決するため、本出願人は、高い光沢及び盛り上がりを有する蒲鉾状の画線に光が入射した場合に、盛り上がりを有する蒲鉾状の画線のうち、入射する光と法線を成す面のみが強く光を反射する現象を利用した、立体効果及び動画効果を形成することが可能な印刷技術をすでに出願している。前述の印刷技術としては、動きに繋がりのある画像を次々にチェンジさせるパラパラ漫画方式で動画効果を実現したり(例えば、特許文献1参照)、モアレが拡大される「Moire Magnification」と呼ばれる現象を利用して動画効果を実現したり(例えば、特許文献2参照)、インテグラルフォトグラフィと呼ばれる立体画像の撮像方法によって得られる画像を利用して動画効果を実現できる技術(例えば、特許文献3参照)が挙げられる。これらの技術は、パララックスバリアやレンチキュラーの10分の1程度の厚さで形成することが可能であって、製造技術も従来からある製版技術と印刷技術を活用することで容易に実施可能であり、かつ、一般的な印刷物と同じコストで動画効果を備えた印刷画像を形成することができるという優れた特徴を有する。そして、これらの技術の効果をさらに高めた技術が存在する(例えば、特許文献4参照)。特許文献4に記載の技術は、特許文献1から特許文献3までの技術の動画効果に加え、拡散反射光下と正反射光下で視認できる画像が異なり、かつ、出現する潜像画像の視認性をより高めた技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2016-221889号公報
【文献】特許第5131789号公報
【文献】特許第5200284号公報
【文献】特開2017-56576号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1から特許文献4の技術は、正反射光下で動画効果を生じさせる優れた技術である。一つの効果として、例えば、
図9に示すように、印刷物(A)に光源(B)から光が入射した場合、
図9(b)や
図9(c)のような正反射光下において、観察者(C)が視認できる画像について、動画効果が生じる「動く情報」と、動画効果が生じず「動かない情報」との、動画効果の有無の異なる二つの情報を出現させることがある。これは、「動く情報」は「動かない情報」と比較して表現できる模様や画像の解像度に大きな制約があるため、高い解像度が求められる情報を「動かない情報」とし、解像度が高くなくてよい情報を「動く情報」として使い分けるものである。
【0008】
このような例においては、多くの場合、「動かない情報」は、「動く情報」と比較して、高い視認性が求められることが多い。これは、「動く情報」に対して、「動かない情報」の視認性が低いと、濃度差を有して絶えず位置を変化させる「動く情報」の動画効果によって、「動かない情報」とその周囲の濃度差を視認することが困難となり、「動かない情報」の全体の輪郭を捉えることが、相対的に難しくなるためである。そのため、「動かない情報」と「動く情報」が存在する場合、「動かない情報」は、「動く情報」よりも相対的に視認性の高いことが望まれていた。
【0009】
しかし、特許文献1から特許文献4においては、
図10に示すように「動かない情報」と「動く情報」は、同じ版面上に付与され、同じ印刷方式で、同じインキを用いて同時に印刷される。具体的には、潜像印刷物(D)は、スクリーン印刷で形成された蒲鉾状画線群(E)の上に、フレキソ印刷やオフセット印刷により「動かない情報」と「動く情報」が一緒に付与された潜像画像(F)が、重畳して形成される。潜像画像(F)は、同じ版面、同じ印刷方式、同じインキで同時に印刷されるために、「動かない情報」と「動く情報」の相対的な視認性の差は、単純にそれぞれの情報が版面上にどの程度の面積率で形成されるかによって、決定される。そのため、潜像画像(F)の設計にあたっては、「動かない情報」の面積率を高く構成し、「動く情報」の面積率をやや落として構成するのが通例であった。しかしながら、「動かない情報」の視認性を相対的に高めるために、「動く情報」の視認性を落とすと、当然のことながら「動く情報」が生じさせる動画効果の視認性が低下する。動画効果は、特許文献1から特許文献4の技術群の特徴となる効果であり、これを低下させることは、本来望ましくない。そのため、「動かない情報」の視認性を「動く情報」の視認性よりも高めるためには、従来のような「動く情報」の視認性をあえて下げることで実現するのではなく、逆に「動かない情報」の視認性をより高めることで実現することが望まれていた。
【0010】
特許文献1から特許文献4の技術においては、「動かない情報」と「動く情報」とを含む潜像画像(F)は、基本的には不可視の透明インキによって印刷する必要がある。透明インキは、印刷しても見えないため、脱刷や印刷不良等が発生した場合でも確認することが困難であって、品質管理上の問題がある。これを避けるために、仮に物体色を有する着色インキで潜像画像(F)を印刷した場合、「動かない情報」は、拡散反射光下でも完全に可視化されてしまう。このため、潜像画像(F)を着色して管理することが困難であるという問題があった。
【0011】
特許文献1から特許文献4においては、潜像画像(F)の形成に基本的には、透明インキを用いる必要があり、透明インキを厚く盛ることでしか、動画情報の視認性を上げることができなかった。さらに、透明インキを厚く盛って印刷することは、汚れの発生やインキの乳化等の印刷トラブルにつながる場合があり、細心の注意が必要であった。
【0012】
本発明は、前述した課題の解決を目的とするものであり、正反射光下で出現する「動かない情報」と「動く情報」を含んだ構成の潜像画像に対して、「動かない情報」を「動く情報」とは、別の印刷手段で形成することで、「動かない情報」の視認性を「動く情報」の視認性より相対的に高めることを特徴とし、結果として、「動く情報」の動画効果を低下させることなく、「動かない情報」と「動く情報」の両方を最良の視認性で観察者に認識させるとともに、「動く情報」を着色することで品質管理を容易にし、かつ、製造時の印刷トラブルの発生を抑制し製造難度を下げることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、基材上の少なくとも一部に、拡散反射光下で透明、半透明又は基材と同じ色彩、かつ、正反射光下で明暗フリップフロップ性又はカラーフリップフロップ性の少なくともいずれか一方の特性を有するインキにより形成された蒲鉾状画像と、蒲鉾状画像上に着色インキにより形成された潜像要素群から成る印刷画像を備え、蒲鉾状画像は、蒲鉾状要素を第一のピッチで第一の方向に規則的に配列した蒲鉾状要素群と、有意情報を固定情報として表す固定情報要素とを含んで成り、蒲鉾状要素群と固定情報要素は、配置方向、配置ピッチ及び所定の範囲における面積率のうち、少なくとも一つが異なることで区分けされ、潜像要素群は、潜像要素を第一のピッチと異なる第二のピッチで規則的に配列、及び/又は第一の方向と異なる方向に規則的に配列して成り、蒲鉾状要素群と潜像要素群とは、干渉することによって干渉縞である動画情報が出現する関係にあって、拡散反射光下で観察した場合には、固定情報及び動画情報は視認されず、正反射光下で観察した場合には、固定情報及び動画情報が出現し、観察角度を変化させると動画情報が動いて視認されることを特徴とする潜像印刷物である。
【0014】
本発明は、蒲鉾状画像上に、明暗フリップフロップ性を備えたインキにより所定の面積率の差異により形成された第一の固定情報を有する反射画像を更に積層して成り、第一の固定情報は、拡散反射光下で観察した場合に視認され、正反射光下で観察した場合に消失することを特徴とする潜像印刷物である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の潜像印刷物では、固定情報要素(動かない情報)は、動画情報(動く情報)を形成する手段とは別の手段、すなわち、蒲鉾状要素群を含む蒲鉾状画像を形成する手段によって構成する。この手段は、主としてインキを厚く盛り上げて形成できるスクリーン印刷や凹版印刷等の手段であり、動画情報を表す潜像要素群の印刷手段である、フレキソ印刷やオフセット印刷等と比較して、インキの盛り量が10倍以上に達するため、固定情報要素に対してより高い視認性を付与できる。そのため、動画情報より高い視認性を容易に得ることができる。
【0016】
本発明の潜像印刷物は、固定情報要素と動画情報となる潜像要素群の形成手段を分けることによって、それぞれを別のインキで形成することが可能となった。固定情報要素を拡散反射光下で透明、あるいは半透明、又は基材と同じ色彩のインキで形成し、潜像要素群を着色インキで形成することで、動画情報を透明インキではなく、着色インキで可視化して管理することが可能となった。
【0017】
したがって、従来の技術では、透明インキを厚く盛ることでしか動画情報の視認性を上げることができなかったが、潜像要素群を着色インキで着色することで、インキを厚く盛る必要なく、濃い濃度のインキを用いることで容易に視認性を高めることが可能となった。これによって、印刷トラブルが発生する可能性が低くなった。
【0018】
さらに、本発明の潜像印刷物は、ホログラムのように専用の作製装置や機械を必要とせず、一般的な機能性材料と、既存の印刷機を用いることで作製可能である。また、特に高い刷り合わせ精度も要求しないことから、生産が容易であり、コストパフォーマンスが高い。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】(a)は本発明における潜像印刷物の一例の正面図を示し、(b)は側面図を示す。
【
図2】本発明における潜像印刷物の構成の概要を示す。
【
図6】(a)は本発明における潜像印刷物の一例の正面図を示し、(b)は側面図を示す。
【
図7】本発明における潜像印刷物の構成の概要を示す。
【
図10】従来技術における潜像印刷物の構成の概要を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(第一の実施の形態)
本発明を実施するための形態について、図面を参照して説明する。しかしながら、本発明は、以下に述べる実施するための形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲記載における技術的思想の範囲内であれば、その他のいろいろな実施の形態が含まれる。
【0021】
第一の実施の形態では、潜像印刷物(1)を構成する各要素が画線形態である場合の構成について説明する。
図1に、本発明における潜像印刷物(1)を示す。
図1(a)に示すのは、潜像印刷物(1)の正面図であり、
図1(b)に示すのは、潜像印刷物(1)のAA´断面図である。
【0022】
潜像印刷物(1)は、基材(2)の上に、印刷画像(3)が形成されて成る。基材(2)は、印刷画像(3)が形成できれば、紙であってもプラスティックであっても、金属等であってもよく、その材質は問わない。印刷画像(3)は、いかなる色彩であっても良く、透明や半透明であっても良い。さらに、基材(2)の大きさについても、特に制限はない。
【0023】
本発明の印刷画像(3)の構成の概要を
図2に示す。印刷画像(3)は、蒲鉾状画像(4)と潜像要素群(5)から成る。積層順としては、蒲鉾状画像(4)の上に潜像要素群(5)が重なって成る。
【0024】
まず、蒲鉾状画像(4)について、具体的に説明する。
図3に示すのは、蒲鉾状画像(4)であり、蒲鉾状画像(4)は、任意の有意情報(本例では「JPN」)を表す固定情報要素(4A)と、その周囲の背景に蒲鉾状要素群(4B)を有する。背景の蒲鉾状要素群(4B)は、盛り上がりを有する、特定の画線幅(W1)の蒲鉾状要素(6)が第一の方向(図中S1方向)に第一のピッチ(P1)で規則的に配置されることで形成されて成る。
【0025】
蒲鉾状要素群(4B)と固定情報要素(4A)は、配置方向、配置ピッチ及び所定の範囲における面積率が少なくとも一つ異なることで区分けされて成る。正反射光下において、反射光量の差異を生じさせて、固定情報要素(4A)を可視化する効果を生じさせるために、固定情報要素(4A)と、その背景の蒲鉾状要素群(4B)とは、配置方向、配置ピッチ及び所定の範囲における面積率のうちの、少なくとも画線(要素)構成の一部が異なっている必要がある。固定情報要素(4A)も、背景の蒲鉾状要素群(4B)と同様に複数の蒲鉾状要素(6)によって構成されても良いが、蒲鉾状要素(6)の配置方向が第一の方向と異なるか、及び/又は配置ピッチが第一のピッチ(P1)と異なっている必要がある。これは、正反射光下において、潜像要素群(5)と固定情報要素(4A)が干渉することで、固定情報要素(4A)内に、背景の蒲鉾状要素群(4B)に生じるのと同じ動画情報(11)が発生するのを防ぐためである。配置方向については角度にして5度以上、配置ピッチについては20%以上の差異があることが望ましい。また、固定情報要素(4A)と蒲鉾状要素群(4B)とは、所定の範囲の面積率については20%以上の差異があることが望ましい。所定の範囲とは、固定情報要素(4A)と蒲鉾状要素群(4B)の両方が配置されている領域のことである。本第一の実施の形態の例では、固定情報要素(4A)は、面積率100%のベタで構成され、蒲鉾状要素群(4B)とは、約75%異なる面積率で構成されており、望ましい構成である。また、固定情報要素(4A)の輪郭には、0.1mmから0.5mm程度の非画線領域を設けることで、正反射光下での固定情報要素(4A)の視認性を高めることができる。
【0026】
拡散反射光下において、固定情報要素(4A)が表す有意情報を可視化させないために、蒲鉾状画像(4)は、透明又は半透明、あるいは基材(2)と同じ色彩で形成する必要がある。本明細書でいう半透明とは、印刷時に下地が目視で容易に透けて見える状態を指すこととする。また、基材(2)と同じ色彩とは、基材(2)が白色であれば、蒲鉾状画像(4)は、白色である必要があり、基材(2)が青色であれば、蒲鉾状画像(4)は、青色である必要があるということである。
【0027】
また、蒲鉾状画像(4)は、明暗フリップフロップ性及び/又はカラーフリップフロップ性を有し、正反射光下では強い反射光を発する特性を有する必要がある。本発明における「明暗フリップフロップ性」とは、物質に光が入射した場合に、物質の明度が変化する性質を指し、「カラーフリップフロップ性」とは、物質に光が入射した場合に、物質の色相が変わる性質を指す。透明又は半透明で明暗フリップフロップ性を備えた、印刷で用いるインキとしては、インキ用の透明樹脂がある。クリアインキやグロスインキ等と呼ばれる一般的に艶があると感じられるインキは、この条件を満たす。
【0028】
一方、透明又は半透明であって、カラーフリップフロップ性を備えた印刷で用いるインキとしては、パールインキが存在する。多くのインキは物体色を有するが、虹彩色パールインキは無色透明である。例えば、赤色の虹彩色パールインキは、拡散反射光下では無色透明だが、正反射光下では赤色の干渉色を発する。このように、「カラーフリップフロップ性」を備えたインキは、正反射光下で色相が変化する。
【0029】
また、蒲鉾状画像(4)に高いカラーフリップフロップ性を付与したい場合には、蒲鉾状画像(4)の表面にカラーフリップフロップ性を有する顔料が揃って配向していることが望ましい。このような状態は、一般にリーフィングと呼ばれ、優れたリーフィング効果を得る方法としては、例えば特開2001-106937号公報に記載の技術のように顔料に撥水及び撥油性を付与する方法がある。この方法を用いた場合には、蒲鉾状画像(4)が正反射光下で発する反射光の色彩をより豊かにすることができるため、より望ましい。
【0030】
背景となる蒲鉾状要素群(4B)を構成するそれぞれの蒲鉾状要素(6)には、一定の盛り上がり高さが必要であり、少なくとも3μm以上の盛り上がり高さを有することが好ましい。3μmより低い高さで形成した場合でも、要素のピッチを狭く形成することで本発明の効果を再現することは可能であるものの、潜像画像の視認性が極端に低くなったり、前述のように、出現する動画情報(11)が不鮮明にぼやけて再生されたりする場合が多いため、好ましい形態とはいえない。また、盛り上がりの高さの上限は、本発明の効果を再現する上で存在しないが、大量に積載した場合の安定性や耐摩擦性、流通適正等を考慮し、1mm以下であることが望ましい。さらに、画線幅、領域ともに、原理的に制限はないが、スクリーン印刷により形成する場合は、蒲鉾状要素(6)の画線幅を0.05mm以上1mm以下であることが望ましい。なお、固定情報要素(4A)の盛り上がり高さは、蒲鉾状要素群(4B)と同じ版面と同じインキにより同時に印刷されるため、原理的に蒲鉾状要素(6)と同じとなる。
【0031】
本発明における蒲鉾状画像(4)は、少なくとも背景の蒲鉾状要素群(4B)を構成する蒲鉾状要素(6)に一定の盛り上がり高さが必須であることから、印刷画線に盛り上がりを形成可能な印刷方式で印刷することが望ましい。印刷方式は、凹版印刷やスクリ-ン印刷等で形成することができるが、一定の光沢が必要であることを考慮すると、スクリーン印刷が最も適している。
【0032】
次に、潜像要素群(5)について、具体的に説明する。
図4に示すのは、潜像要素群(5)であり、目視できる程度に着色されている必要がある(潜像要素群(5)の印刷に用いるインキをベタで印刷した場合の反射濃度で0.1以上)。また、
図4の例のように目視上、完全に濃淡差のないフラットな画像であることが望ましい。多少の濃淡差は生じても良いが、強い濃淡を含んだ構成は望ましくなく、特に文字や記号、マーク等の有意情報を含んで構成されてはならない。これは、潜像である動画情報(11)等が拡散反射光下で可視化されることを防ぐためである。
【0033】
第一の実施の形態において、潜像要素群(5)は、特定の画線幅(W2)の潜像要素(7)が、第一のピッチ(P1)とは、わずかに異なる第二のピッチ(P2)で、第一の方向(S1)に対して特定の角度(α)傾いた方向で規則的に配列されて成る。潜像要素群(5)は、蒲鉾状要素群(4B)と干渉してモアレ模様として動画情報(11)を生じさせるものであるから、潜像要素群(5)と蒲鉾状要素群(4B)とは、画線構成の少なくとも一部が異なっている必要がある。第一の実施の形態は、ピッチと画線角度の両方が異なっている例で説明しているが、ピッチだけ異なっていても、角度だけ異なっていてもよい。第一のピッチ(P1)と第二のピッチ(P2)の比率は、80%から120%程度である必要があり、より好ましくは95%から105%の範囲である。特定の角度(α)は、0度から5度程度であり、0度から2度程度に留めることが望ましい。
【0034】
また、潜像要素群(5)は、正反射光下において潜像要素群(5)の下に存在する蒲鉾状要素群(4B)の一部に光が入射するのを防ぎ、結果として印刷画像(3)内に反射光の強弱を作り出して動画情報(11)を出現させる働きを成すために、低光沢(マット)や、光遮断性に優れる特性を有することがより望ましい。なお、潜像要素群(5)には、蒲鉾状要素(6)のような明暗フリップフロップ性やカラーフリップフロップ性は必須ではないが、これらの性質を備えていても問題ない。
【0035】
潜像要素群(5)は、特に盛り上がりは必須ではなく、平坦な構造でもよい。すなわち、オフセット印刷や凸版印刷、フレキソ印刷、グラビア印刷等で形成してもよく、インクジェットプリンタやレーザープリンタ等で形成しても問題ない。
【0036】
以上のような構成の蒲鉾状画像(4)の上に、潜像要素群(5)を重ね合わせて、本発明の潜像印刷物(1)を形成する。高精度な刷り合わせは必要なく、単に重なり合っていれば、本発明の効果は発揮される。
【0037】
本発明の潜像印刷物(1)の効果について、
図5に示す。
図5(a)に示すように、拡散反射光下において、印刷画像(3)を観察した場合(9)は、印刷画像(3)中には、固定情報要素(4A)が表わす固定情報も動画情報(11)も視認できず、着色された潜像要素群(5)のみが視認できる。一方、
図5(b)に示すように、正反射光下において印刷画像(3)を観察した場合(9)、固定情報要素(4A)が表す固定情報である「JPN」の文字と、その背景に蒲鉾状要素群(4B)と潜像要素群(5)が干渉することで可視化されたモアレ模様である動画情報(11)が出現する。そして、
図5(c)に示すように、正反射光下において、印刷画像(3)を観察する角度を変えた場合(9)、モアレ模様である動画情報(11)の位置が変化する、動画情報(11)の動画効果が観察される。
【0038】
なお、本明細書中における正反射とは、物質にある入射角度で光が入射した場合に、入射した光の角度と略等しい角度に強い反射光が生じる現象を指し、拡散反射とは、物質にある入射角度で光が入射した場合に、入射した光の角度と異なる角度に弱い反射光が生じる現象を指す。例えば、虹彩色パールインキを例とすると、拡散反射の状態では、無色透明に見えるが、正反射した状態では特定の干渉色を発する。また、正反射光下で観察するとは、印刷物に入射した光の角度と、略等しい反射角度に視点をおいて観察する状態を指し、拡散反射光下で観察するとは、印刷物に入射した光の角度と、大きく異なる角度で観察する状態を指す。
【0039】
以上の効果が生じる原理について、説明する。まず、拡散反射光下では、透明あるいは半透明、もしくは基材(2)と等色な蒲鉾状画像(4)は不可視であり、印刷画像(3)中に視認できるのは、潜像要素群(5)が表す濃淡のフラットな色だけである。このため、拡散反射光下では、固定情報や動画情報(11)は視認できない。
【0040】
一方、正反射光下において、蒲鉾状画像(4)は、それ自体が備える光学特性である明暗フリップフロップ性あるいはカラーフリップフロップ性によって色彩が大きく変化し、基材(2)に対して相対的に明度が高まるか、色相が変化する。固定情報要素(4A)が周囲との反射光量の差異によって可視化されるとともに、周囲の蒲鉾状要素群(4B)も一つ一つの蒲鉾状要素(6)が入射した光を反射することで、潜像要素群(5)と干渉し、モアレ模様である動画情報(11)が可視化される。ただし、蒲鉾状要素(6)は盛り上がりを有しているため、蒲鉾状要素群(4B)全体が一斉に光を反射することはなく、潜像要素群(5)全体が蒲鉾状要素群(4B)と一斉に干渉することはない。正反射光下においては、蒲鉾状要素(6)の画線表面のうち、入射した光と直交する画線表面だけが強く光を反射し、その領域のみが潜像要素群(5)と強く干渉する。結果として入射した光と直交した蒲鉾状画像(4)の画線表面の上に重ねられた潜像要素群(5)の画像情報のみがサンプリングされ、可視化されることとなる。そのため、
図5(b)から
図5(c)のように、入射する光(8)の角度が変化することで、蒲鉾状要素(6)の画線表面のうち、入射した光と直交する画線表面だけが強く光を反射し、サンプリングされる潜像要素群(5)の位置が変化することで、モアレ模様である動画情報(11)が動いて見える。以上が、正反射光下のある特定の観察角度において固定情報である「JPN」の文字が出現し、観察角度を変えることでモアレ模様である動画情報(11)が動いて見える原理である。
【0041】
(第二の実施の形態)
続いて、第二の実施の形態として、拡散反射光下において潜像印刷物(1)の印刷画像の中に特定の有意情報である第一の固定情報が視認され、正反射光下において、拡散反射光下において視認されていた第一の固定情報が消失し、第一の固定情報とは別の有意情報を表す第二の固定情報と動画情報(11)が出現し、角度を変化させることで動画情報(11)が動いて見えることを特徴とする本発明の潜像印刷物(1)の構成について説明する。
【0042】
図6に、第二の実施の形態における潜像印刷物(1)を示す。
図6(a)に示すのは、潜像印刷物(1)の正面図であり、
図6(b)に示すのは、潜像印刷物(1)のAA´断面図である。
図6に示すとおり、拡散反射光下において「日本」の文字が視認できる。拡散反射光下において視認できる、動かない有意情報を第一の固定情報とする。また、正反射光下で出現する第一の固定情報とは別の動かない有意情報を第二の固定情報とする。
【0043】
本発明の印刷画像(3)の構成の概要を
図7に示す。印刷画像(3)は、反射画像(10)、蒲鉾状画像(4)及び潜像要素群(5)から成る。積層順としては、蒲鉾状画像(4)の上に反射画像(10)が重なり、さらにその上に潜像要素群(5)が重なって成る。第二の実施の形態の潜像印刷物(1)と第一の実施の形態の潜像印刷物(1)の違いは、反射画像(10)の有無である。その他の蒲鉾状画像(4)や潜像要素群(5)については、第一の実施の形態と同様であるため、説明を省略する。
【0044】
拡散反射光下で視認される第一の固定情報は、反射画像(10)に付与された画像である。反射画像(10)は、観察者に拡散反射光下で第一の固定情報を視認させる役割を果たすために、着色されている必要があり、かつ、正反射光下において第一の固定情報を消失させるために、明暗フリップフロップ性を備える必要がある。この条件を満たす市販のインキとしては、金インキ、銀インキ等のメタリックインキがある。
【0045】
この物体色を有する反射画像(10)は、拡散反射光下において視認される第一の固定情報を構成するとともに、正反射光下では、明暗フリップフロップ性によって画像全体の明度が上昇し、淡く変化することで第一の固定情報が目視できない状態となって消失する。また、反射画像(10)は、正反射光下では蒲鉾状画像(4)の反射光量をより高める働きを成し、出現する動画情報(11)の視認性を高める効果を有する。
【0046】
反射画像(10)は、画像全体が一定の網点面積率の範囲内で構成される必要がある。なお、反射画像(10)の最小面積率と最大面積率の差異は、15%以上70%以下、より望ましくは25%以上50%以下とすることが好ましい。例えば、15%未満であれば拡散反射光下で第一の固定情報を視認させることができず、70%を超えれば正反射光下における第一の固定情報の消失効果を生じさせることが困難となる。このような面積率の制限を設けることで、拡散反射光下で第一の固定情報を視認させるとともに、正反射光下における第一の固定情報の消失効果を生じさせることができる。
【0047】
反射画像(10)を備えた第二の実施の形態の潜像印刷物(1)の効果について、
図8示す。
図8(a)に示すように、拡散反射光下において観察した場合(9)は、印刷画像(3)中には第一の固定情報が表わす「日本」の文字と着色された潜像要素群(5)のみが視認され、第二の固定情報も動画情報(11)も視認できない。一方、
図8(b)に示すように、正反射光下において印刷画像(3)を観察した場合(9)は、第一の固定情報である「日本」の文字が目視上消失し、その代わりに固定情報要素(4A)が表す第二の固定情報である「JPN」の文字と、その背景に蒲鉾状要素群(4B)と潜像要素群(5)が干渉することで可視化されたモアレ模様である動画情報(11)が出現する。そして、
図8(c)に示すように、正反射光下において印刷画像(3)を観察する角度を変えた場合(9)は、モアレ模様である動画情報(11)の位置が変化する、モアレ模様の動画効果が観察される。
【0048】
本第二の実施の形態の潜像印刷物(1)では、前述の第一の実施の形態の潜像印刷物(1)にはなかった反射画像(10)が表す第一の固定情報が存在し、正反射光下において、別の有意情報である第二の固定情報にチェンジする効果を有することから、より高度な形態であるといえる。
【0049】
第一の実施の形態及び第二の実施の形態において、潜像印刷物(1)を構成する蒲鉾状要素群(4B)とそれと干渉する潜像要素群(5)を画線で構成したが、これに限定されるものではない。蒲鉾状要素群(4B)と潜像要素群(5)は、互いに干渉してモアレ模様が発生する構造であればよく、それぞれの要素を画素によって形成しても何ら問題ない。画素同士の干渉によるモアレの発生の例としては、特許第4844894号公報の画素を用いたモアレの実施例があり、それらの画素の配置に準じる構成を用いることで、蒲鉾状要素群(4B)と潜像要素群(5)が画素であった場合でも、モアレを発生させることができる。また、当然のことながら、蒲鉾状要素群(4B)と潜像要素群(5)のどちらか一方が画素で、どちらか一方が画線であっても良く、画線と画素を干渉させてモアレを発生させることは容易である。
【0050】
なお、本発明における画線とは、印刷画像を形成する最小単位の小さな点である網点を、特定の方向に一定の距離連続して配置した点線や破線の分断線、直線、曲線及び破線等を指し、少なくとも一つの印刷網点又は印刷網点を複数集めて一塊にした円や三角形、四角形を含む多角形、星形等の各種図形、あるいは文字や記号、数字等を画素とする。
【0051】
以下、前述の発明を実施するための最良の形態にしたがって、具体的に作製した潜像印刷物の実施例について詳細に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0052】
図6に潜像印刷物(1)を示す。
図6(a)に示すのは、潜像印刷物(1)の正面図であり、
図6(b)に示すのは、潜像印刷物(1)の断面図である。潜像印刷物(1)は、基材(2)の上に、印刷画像(3)が形成されて成る。基材(2)は、一般的なマット調の白色コート紙(グラディオスCC 日本製紙製)を用いた。
【0053】
本発明の印刷画像(3)の構成の概要を
図7に示す。印刷画像(3)は、反射画像(10)、蒲鉾状画像(4)及び潜像要素群(5)を有する。積層順は、基材(2)側から、蒲鉾状画像(4)を最初にスクリーン印刷で印刷し、次にオフセット印刷で反射画像(10)を印刷し、最後に同じくオフセット印刷で潜像要素群(5)を重ね合わせた。蒲鉾状画像(4)は、一般的な透明でグロス調のスクリーンインキ(UV FIL-383クリアー 帝国インキ製)を使用し、反射画像(10)は、メタリックインキの銀色(ダイキュア R シルバー:DIC製)を使用して、最小面積率40%から最大面積率90%(面積率の差異が25%以上50%以下)の範囲で形成した。潜像要素群(5)は、銀色と略等色の灰色インキ(T&K TOKA製)を用いた。第一の固定情報は、「日本」、第二の固定情報は「JPN」であり、動画情報(11)は、斜めの直線のモアレ模様である。
【0054】
以上の構成で印刷した潜像印刷物(1)の効果を
図8に示す。
図8(a)に示すように、拡散反射光下において、印刷画像(3)中には第一の固定情報が表わす「日本」の灰色の文字と同じく灰色に着色された潜像要素群(5)のみが視認され、第二の固定情報である「JPN」の文字も動画情報(11)であるモアレ模様も視認できなかった。一方、
図8(b)に示すように、正反射光下において印刷画像(3)を観察した場合、第一の固定情報である「日本」の文字が目視上消失し、その代わりに固定情報要素(4A)が表す第二の固定情報である「JPN」の文字と、その背景に蒲鉾状要素群(4B)と潜像要素群(5)が干渉することで、可視化されたモアレ模様である動画情報(11)が光の明暗によって出現した。そして、
図8(c)に示すように、正反射光下において印刷画像(3)を観察する角度を変えた場合、モアレ模様である動画情報(11)の位置が変化する、モアレ模様の動画効果が生じることが確認できた。
【符号の説明】
【0055】
1 潜像印刷物
2 基材
3 印刷画像
4 蒲鉾状画像
4A 固定情報要素
4B 蒲鉾状要素群
5 潜像要素群
6 蒲鉾状要素
7 潜像要素
8 光源
9 観察者の視点
10 反射画像
11 動画情報