(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-21
(45)【発行日】2024-08-29
(54)【発明の名称】脳腫瘍の検出用蛍光プローブ
(51)【国際特許分類】
C07K 5/068 20060101AFI20240822BHJP
C07K 5/078 20060101ALI20240822BHJP
C07K 5/065 20060101ALI20240822BHJP
C07D 493/10 20060101ALI20240822BHJP
A61K 49/00 20060101ALI20240822BHJP
C12Q 1/37 20060101ALN20240822BHJP
G01N 33/68 20060101ALN20240822BHJP
G01N 21/64 20060101ALN20240822BHJP
C09B 11/28 20060101ALN20240822BHJP
【FI】
C07K5/068
C07K5/078
C07K5/065
C07D493/10
A61K49/00
C12Q1/37
G01N33/68
G01N21/64 F
C09B11/28 B
(21)【出願番号】P 2021520801
(86)(22)【出願日】2020-05-19
(86)【国際出願番号】 JP2020019814
(87)【国際公開番号】W WO2020235567
(87)【国際公開日】2020-11-26
【審査請求日】2023-05-16
(31)【優先権主張番号】P 2019095102
(32)【優先日】2019-05-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】北川 陽介
(72)【発明者】
【氏名】田中 將太
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 延人
(72)【発明者】
【氏名】栗木 優五
(72)【発明者】
【氏名】神谷 真子
(72)【発明者】
【氏名】浦野 泰照
【審査官】藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/006678(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/180181(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2006/0241057(US,A1)
【文献】特表2016-527284(JP,A)
【文献】TANAKA S., et al.,SURG-11. PATHOLOGICAL INVESTIGATION OF NOVEL SPRAY-TYPE FLUORESCENT PROBES FOR BRAIN TUMORS,NEURO-ONCOLOGY (2018) Vol.20, Suppl.6, pp.vi252-vi253,ISSN:1522-8517
【文献】Cell. Mol. Life Sci.,2007年,Vol.64,pp.458-478
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 5/00
C12Q 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(I)で表される化合物又はその塩を含む、脳腫瘍の検出用蛍光プローブ:
【化1】
(式中、
P1はアルギニン残基、ヒスチジン残基、又はチロシン残基を表し、P2はプロリン残基又はグリシン残基を表し、ここで、P1は隣接するN原子とアミド結合を形成して連結し、P2はP1とアミド結合を形成して連結しており;
R
1は水素原子、又はそれぞれ置換されていてもよいアルキル基、カルボキシル基、エステル基、アルコキシ基、アミド基、及びアジド基よりなる群から独立に選択される1~4個の同一又は異なる置換基を表し;
R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、及びR
7は、それぞれ独立に水素原子、ヒドロキシル基、置換されていてもよいアルキル基、又はハロゲン原子を表し;
R
8及びR
9はそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基を表し;
Xは、O、Si(R
a)(R
b)、Ge(R
a)(R
b)、Sn(R
a)(R
b)、C(R
a)(R
b)、又はP(=O)(R
a)を表し;
R
a及びR
bは、それぞれ独立に水素原子、アルキル基、又はアリール基を表し;
YはC
1-C
3アルキレン基を表
し;
P1及びP2が、以下の組み合わせから選択される:
P1がアルギニン残基であり、P2がプロリン残基である、
P1がヒスチジン残基であり、P2がグリシン残基である、又は
P1がチロシン残基であり、P2がグリシン残基である。)。
【請求項2】
前記脳腫瘍が、膠芽腫又は神経膠腫である、請求項1に記載の蛍光プローブ。
【請求項3】
腫瘍細胞において発現しているプロテアーゼの存在を検出することにより、脳腫瘍又は神経膠腫を特定するための、請求項1又は2に記載の蛍光プローブ。
【請求項4】
前記プロテアーゼが、カルパイン1又はカテプシンDである、請求項3に記載の蛍光プローブ。
【請求項5】
XがO(酸素原子)であり、Yがメチレン基である、請求項1~4のいずれか1に記載の蛍光プローブ。
【請求項6】
R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7、R
8及びR
9がいずれも水素原子である、請求項1~5のいずれか1に記載の蛍光プローブ。
【請求項7】
請求項1~
6のいずれか1に記載の蛍光プローブの溶液を含む、塗布型又は局所噴霧型腫瘍検出用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳腫瘍の検出用蛍光プローブに関する。より詳細には、組織検体に塗布又は噴霧することで脳腫瘍を特異的に検出・標識することが可能な蛍光プローブ、当該蛍光プローブを用いた検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原発性脳腫瘍の中で神経膠腫(グリオーマ)は約30%を占め 、最悪性の膠芽腫の生存中央値は約1.5年である。低悪性度の神経膠腫でも完治に至ることは稀であり、数年で悪性化し5~10年で死に至ることが多い。神経膠腫の手術においては、全摘出が予後良好因子であるが、機能局在ゆえ周囲脳を拡大切除することはできず、より安全に最大限の摘出を可能にするべく腫瘍の可視化が試みられてきた。
【0003】
これまでのところ、かかる腫瘍の可視化のための蛍光試薬としては、5-アミノレブリン酸(5-ALA)が唯一保険収載されている。しかしながら、5-ALAを用いる手法では、感度特異性の問題や術前内服投与の必要性、代謝による持続時間、再投与が困難であること、さらに、低悪性腫瘍の場合には蛍光標識ができない等の課題があった(例えば、非特許文献1、2)。また、従来の腫瘍可視化の手法では、しはしばトレードオフの関係にある摘出率向上と脳神経機能温存との両立は困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Coburgerら、Neurosurgical focus、 36.2 (2014): E3
【文献】Ferraroら、Neurosurgical review、39.4 (2016):545-555
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そのため、従来の5-ALAに代替可能であって、塗布や局所噴霧によって脳腫瘍の診断や可視化が可能な安全性の高い蛍光プローブの開発が望まれている。そこで、本発明では、スプレー式で利用可能であり、感度特異性に優れ、かつ即時性を併せ持つ、脳腫瘍を検出可能な新規蛍光プローブを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、キサンテン様骨格に特定のアミノ酸残基を側鎖として導入した構造を有する蛍光プローブが、脳腫瘍の腫瘍細胞又は組織に対して特異的な発蛍光性応答を示し、脳腫瘍の標識化・診断に有用であることを見出した。また、当該蛍光プローブを用いることで従来の蛍光標識手法の諸課題を解決し、それを補完し得る新規の脳腫瘍手術支援技術が可能となることを見出した。これら知見に基づき、本発明を完成するに至ったものである。
【0007】
すなわち、本発明は、一態様において、
<1>以下の式(I)で表される化合物又はその塩を含む、脳腫瘍の検出用蛍光プローブ:
【化1】
(式中、P1はアルギニン残基、ヒスチジン残基、又はチロシン残基を表し、P2はプロリン残基又はグリシン残基を表し、ここで、P1は隣接するN原子とアミド結合を形成して連結し、P2はP1とアミド結合を形成して連結しており;R
1は水素原子、又はそれぞれ置換されていてもよいアルキル基、カルボキシル基、エステル基、アルコキシ基、アミド基、及びアジド基よりなる群から独立に選択される1~4個の同一又は異なる置換基を表し;R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、及びR
7は、それぞれ独立に水素原子、ヒドロキシル基、置換されていてもよいアルキル基、又はハロゲン原子を表し;R
8及びR
9はそれぞれ独立に水素原子又はアルキル基を表し;
Xは、O、Si(R
a)(R
b)、Ge(R
a)(R
b)、Sn(R
a)(R
b)、C(R
a)(R
b)、又はP(=O)(R
a)を表し;R
a及びR
bは、それぞれ独立に水素原子、アルキル基、又はアリール基を表し;YはC
1-C
3アルキレン基を表す);
<2>前記脳腫瘍が、膠芽腫又は神経膠腫である、上記<1>に記載の蛍光プローブ;
<3>腫瘍細胞において発現しているプロテアーゼの存在を検出することにより、脳腫瘍又は神経膠腫を特定するための、上記<1>又は<2>に記載の蛍光プローブ;
<4>前記プロテアーゼが、カルパイン1又はカテプシンDである、上記<3>に記載の蛍光プローブ;
<5>XがO(酸素原子)であり、Yがメチレン基である、上記<1>~<4>のいずれか1に記載の蛍光プローブ;
<6>R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7、R
8及びR
9がいずれも水素原子である、上記<1>~<5>のいずれか1に記載の蛍光プローブ;及び
<7>上記<1>~<6>のいずれか1に記載の蛍光プローブの溶液を含む、塗布型又は局所噴霧型腫瘍検出用組成物
を提供するものである。
【0008】
また、別の態様において、本発明は、脳腫瘍又は神経膠腫を検出又は可視化する方法にも関し、
<8>脳腫瘍を検出又は可視化する方法であって、上記<1>~<6>のいずれか1に記載の蛍光プローブと標的組織とを接触させる工程;及び、前記標的組織において発現しているプロテアーゼと前記蛍光プローブとの反応による蛍光応答を観測する工程を含むことを特徴とする、該方法;
<9>前記蛍光プローブと標的組織とを接触させる工程が、前記標的組織に前記蛍光プローブを含む溶液を局所的に塗布又は噴霧することにより行われる、上記<8>に記載の方法;
<10>蛍光イメージング手段を用いて前記蛍光応答を可視化することを含む、上記<8>又は<9>に記載の方法;
<11>前記脳腫瘍が、膠芽腫又は神経膠腫である、上記<8>~<10>のいずれか1に記載の方法;及び
<12>前記標的組織において発現しているプロテアーゼが、カルパイン1又はカテプシンDである、上記<8>~<11>のいずれか1に記載の方法
を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の蛍光プローブによれば、脳腫瘍を特異的・高感度かつ即時的に検出・標識することができる。本発明の蛍光プローブは、脳腫瘍に直接かつ局所的に塗布又は噴霧が可能であるため、剤型の如何によらず簡便な手法により、脳腫瘍等の存在を正確、迅速、高感度に特定及びイメージングすることできるという優れた効果を奏するものである。
【0010】
これにより、手術中に脳腫瘍等の患部を標識することによって、摘出率の向上や全生存率の改善が期待できる。また、低悪性度神経膠腫に対して、現状では標識可能な蛍光プローブが存在しないという問題も解決できる。
【0011】
また、本発明の蛍光プローブを用いた検出方法は、その検出手順が簡便であることに加えて、生体にとって安全な可視光により検出を行うことができ、また、必要とされる蛍光プローブの使用量も微量である点においても極めて実用性に優れたものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、蛍光プローブ化合物群を、腫瘍と腫瘍周辺部の新鮮生標本に添加した場合に得られた蛍光イメージである。
【
図2】
図2は、蛍光プローブ化合物群を、腫瘍と腫瘍周辺部の新鮮生標本に添加した場合に得られた蛍光強度変化をプロットしたグラフである。
【
図3】
図3は、蛍光プローブ化合物群について蛍光応答の有無を示す図である。
【
図4】
図4は、カルパイン1及びカテプシンDについて、蛍光プローブYK190との反応による蛍光強度変化を示すグラフである。
【
図5】
図5は、U87膠芽腫細胞株を用いて、リポフェクタミンによるSiRNAのトランスフェクションを行い、培養の後に蛍光プローブとの反応を観測した場合の蛍光イメージである。
【
図6】
図6は、リアルタイムPCRによる酵素発現量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0014】
1.定義
本明細書中において、「アミノ酸残基」とは、アミノ酸のカルボキシル基からヒドロキシル基を除去した残りの部分構造(アシル基)に対応する構造をいう。また、「アミノ酸」は、アミノ基とカルボキシル基の両方を有する化合物であれば任意の化合物を用いることができ、天然及非天然のものを含む。中性アミノ酸、塩基性アミノ酸、又は酸性アミノ酸のいずれであってもよく、それ自体が神経伝達物質などの伝達物質として機能するアミノ酸のほか、生理活性ペプチド(ジペプチド、トリペプチド、テトラペプチドのほか、オリゴペプチドを含む)やタンパク質などのポリペプチド化合物の構成成分であるアミノ酸を用いることができ、例えばαアミノ酸、βアミノ酸、γアミノ酸などであってもよい。アミノ酸としては、光学活性アミノ酸を用いることが好ましい。例えば、αアミノ酸についてはD-又はL-アミノ酸のいずれを用いてもよいが、生体において機能する光学活性アミノ酸を選択することが好ましい場合がある。
【0015】
本明細書中において、「ハロゲン原子」とは、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を意味する。
【0016】
本明細書中において、「アルキル基」は直鎖状、分枝鎖状、環状、又はそれらの組み合わせからなる脂肪族炭化水素基のいずれであってもよい。アルキル基の炭素数は特に限定されないが、例えば、炭素数1~20個(C1~20)、炭素数3~15個(C3~15)、炭素数5~10個(C5~10)である。炭素数を指定した場合は、その数の範囲の炭素数を有する「アルキル」を意味する。例えば、C1~8アルキルには、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、sec-ブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、イソペンチル、neo-ペンチル、n-ヘキシル、イソヘキシル、n-ヘプチル、n-オクチル等が含まれる。本明細書において、アルキル基は任意の置換基を1個以上有していてもよい。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、又はアシルなどを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アルキル基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アルキル部分を含む他の置換基(例えばアルコシ基、アリールアルキル基など)のアルキル部分についても同様である。
【0017】
本明細書において、ある官能基について「置換基を有していてもよい」と定義されている場合には、置換基の種類、置換位置、及び置換基の個数は特に限定されず、2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、ヒドロキシル基、カルボキシル基、ハロゲン原子、スルホ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、オキソ基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。これらの置換基にはさらに置換基が存在していてもよい。このような例として、例えば、ハロゲン化アルキル基、ジアルキルアミノ基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0018】
本明細書中において、「アルキレン」とは、直鎖状または分枝状の飽和炭化水素からなる二価の基であり、例えば、メチレン、1-メチルメチレン、1,1-ジメチルメチレン、エチレン、1-メチルエチレン、1-エチルエチレン、1,1-ジメチルエチレン、1,2-ジメチルエチレン、1,1-ジエチルエチレン、1,2-ジエチルエチレン、1-エチル-2-メチルエチレン、トリメチレン、1-メチルトリメチレン、2-メチルトリメチレン、1,1-ジメチルトリメチレン、1,2-ジメチルトリメチレン、2,2-ジメチルトリメチレン、1-エチルトリメチレン、2-エチルトリメチレン、1,1-ジエチルトリメチレン、1,2-ジエチルトリメチレン、2,2-ジエチルトリメチレン、2-エチル-2-メチルトリメチレン、テトラメチレン、1-メチルテトラメチレン、2-メチルテトラメチレン、1,1-ジメチルテトラメチレン、1,2-ジメチルテトラメチレン、2,2-ジメチルテトラメチレン、2,2-ジ-n-プロピルトリメチレン等が挙げられる。
【0019】
本明細書中において、「アルコキシ基」とは、前記アルキル基が酸素原子に結合した構造であり、例えば直鎖状、分枝状、環状又はそれらの組み合わせである飽和アルコキシ基が挙げられる。例えば、メトキシ基、エトキシ基、n-プロポキシ基、イソプロポキシ基、シクロプロポキシ基、n-ブトキシ基、イソブトキシ基、s-ブトキシ基、t-ブトキシ基、シクロブトキシ基、シクロプロピルメトキシ基、n-ペンチルオキシ基、シクロペンチルオキシ基、シクロプロピルエチルオキシ基、シクロブチルメチルオキシ基、n-ヘキシルオキシ基、シクロヘキシルオキシ基、シクロプロピルプロピルオキシ基、シクロブチルエチルオキシ基又はシクロペンチルメチルオキシ基等が好適な例として挙げられる。
【0020】
本明細書中において、「アリール」は単環式又は縮合多環式の芳香族炭化水素基のいずれであってもよく、環構成原子としてヘテロ原子(例えば、酸素原子、窒素原子、又は硫黄原子など)を1個以上含む芳香族複素環であってもよい。この場合、これを「ヘテロアリール」または「ヘテロ芳香族」と呼ぶ場合もある。アリールが単環および縮合環のいずれである場合も、すべての可能な位置で結合しうる。単環式のアリールの非限定的な例としては、フェニル基(Ph)、チエニル基(2-又は3-チエニル基)、ピリジル基、フリル基、チアゾリル基、オキサゾリル基、ピラゾリル基、2-ピラジニル基、ピリミジニル基、ピロリル基、イミダゾリル基、ピリダジニル基、3-イソチアゾリル基、3-イソオキサゾリル基、1,2,4-オキサジアゾール-5-イル基又は1,2,4-オキサジアゾール-3-イル基等が挙げられる。縮合多環式のアリールの非限定的な例としては、1-ナフチル基、2-ナフチル基、1-インデニル基、2-インデニル基、2,3-ジヒドロインデン-1-イル基、2,3-ジヒドロインデン-2-イル基、2-アンスリル基、インダゾリル基、キノリル基、イソキノリル基、1,2-ジヒドロイソキノリル基、1,2,3,4-テトラヒドロイソキノリル基、インドリル基、イソインドリル基、フタラジニル基、キノキサリニル基、ベンゾフラニル基、2,3-ジヒドロベンゾフラン-1-イル基、2,3-ジヒドロベンゾフラン-2-イル基、2,3-ジヒドロベンゾチオフェン-1-イル基、2,3-ジヒドロベンゾチオフェン-2-イル基、ベンゾチアゾリル基、ベンズイミダゾリル基、フルオレニル基又はチオキサンテニル基等が挙げられる。本明細書において、アリール基はその環上に任意の置換基を1個以上有していてもよい。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、又はアシルなどを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アリール基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アリール部分を含む他の置換基(例えばアリールオキシ基やアリールアルキル基など)のアリール部分についても同様である。
【0021】
本明細書中において、「アルキルアミノ」及び「アリールアミノ」は、-NH2基の水素原子が上記アルキル又はアリールの1又は2で置換されたアミノ基を意味する。例えば、メチルアミノ、ジメチルアミノ、エチルアミノ、ジエチルアミノ、エチルメチルアミノ、ベンジルアミノ等が挙げられる。同様に、「アルキルチオ」及び「アリールチオ」は、-SH基の水素原子が上記アルキル又はアリールで置換された基を意味する。例えば、メチルチオ、エチルチオ、ベンジルチオ等が挙げられる。
【0022】
本明細書中において用いられる「アミド」とは、RNR’CO-(R=アルキルの場合、アルキルアミノカルボニル-)およびRCONR’-(R=アルキルの場合、アルキルカルボニルアミノ-)の両方を含む。
【0023】
本明細書中において用いられる「エステル」とは、ROCO-(R=アルキルの場合、アルコキシカルボニル-)およびRCOO-(R=アルキルの場合、アルキルカルボニルオキシ-)の両方を含む。
【0024】
本明細書中において、「環構造」という用語は、二つの置換基の組み合わせによって形成される場合、複素環または炭素環基を意味し、そのような基は飽和、不飽和、または芳香族であることができる。従って、上記において定義した、シクロアルキル、シクロアルケニル、アリール、及びヘテロアリールを含むものである。例えば、シクロアルキル、フェニル、ナフチル、モルホリニル、ピペルジニル、イミダゾリル、ピロリジニル、およびピリジルなどが挙げられる。本明細書中において、置換基は、別の置換基と環構造を形成することができ、そのような置換基同士が結合する場合、当業者であれば、特定の置換、例えば水素への結合が形成されることを理解できる。従って、特定の置換基が共に環構造を形成すると記載されている場合、当業者であれば、当該環構造は通常の化学反応によって形成することができ、また容易に生成することを理解できる。かかる環構造およびそれらの形成過程はいずれも、当業者の認識範囲内である。
【0025】
2.蛍光プローブ分子
本発明に係る脳腫瘍の検出用蛍光プローブは、キサンテン様骨格に、特定のプロテアーゼの基質となるジペプチド部位を側鎖として導入した構造を有することを特徴とするものであって、一態様において、以下の式(I)で表される構造を有する化合物又はその塩を含むものである。
【化2】
【0026】
上記一般式(I)において、P1はアルギニン残基、ヒスチジン残基、又はチロシン残基を表し、P2はプロリン残基又はグリシン残基を表す。P1とP2からなるジペプチド部位は、後述の実施例において実証されているように、脳腫瘍の一種である膠芽腫において、ある種のプロテアーゼ(ペプチダーゼ)が特異的に発現しており、かかるプロテアーゼによって選択的に加水分解されやすいアミノ酸残基の組み合わせという観点から選択されたものである。P1とP2からなるジペプチド部位を切断するプロテアーゼは、好ましくは、カルパイン1又はカテプシンDである。それゆえ、P1とP2の組合せは、好ましくは、P1がアルギニン残基、ヒスチジン残基、又はチロシン残基であり、P2がプロリン残基又はグリシン残基であり、より好ましくは、P1がアルギニン残基であり、P2がプロリン残基である
【0027】
ここで、P1は、隣接する式中のNHとアミド結合を形成して連結しており、すなわち、アミノ酸残基P1のカルボニル部分と式(I)中のNHとがアミド結合を形成することでキサンテン骨格と連結している。さらに、P1は、通常のペプチド鎖と同様にP2と連結することができ、その結果、P2はP1とアミド結合を形成して連結している。上述のように、「アミノ酸残基」とは、アミノ酸のカルボキシル基からヒドロキシル基を除去した残りの部分構造に対応する構造をいう。従って、P2は、いわゆるN-末端残基と同様の構造を有し、中間のアミノ酸残基であるP1は通常のペプチド鎖と同様にP2と連結することができる。
【0028】
上記一般式(I)において、R1は、水素原子、又はそれぞれ置換されていてもよいアルキル基、カルボキシル基、エステル基、アルコキシ基、アミド基、及びアジド基よりなる群から独立に選択される1~4個の同一又は異なる置換基を表す。ベンゼン環上に2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも互いに異なっていてもよい。R1としては水素原子が好ましい。
【0029】
R2、R3、R4、R5、R6、及びR7は、それぞれ独立に水素原子、ヒドロキシル基、アルキル基、又はハロゲン原子を表す。R3及びR4が水素原子であることが好ましい。また、R2、R5、R6、及びR7が水素原子であることも好ましい。R2、R3、R4、R5、R6、及びR7がいずれも水素原子であることがさらに好ましい。
【0030】
R8及びR9は、それぞれ独立に水素原子又はアルキル基を表す。R8及びR9がともにアルキル基を示す場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。例えば、R8及びR9の両者が水素原子である場合、及びR8がアルキル基であり、かつR9が水素原子である場合が好ましい。R8及びR9の両者が水素原子である場合がさらに好ましい。
【0031】
上記式(I)において、Xは、O、Si(Ra)(Rb)、Ge(Ra)(Rb)、Sn(Ra)(Rb)、C(Ra)(Rb)、又はP(=O)(Ra)を表す。ここで、Ra及びRbは、それぞれ独立に水素原子、アルキル基、又はアリール基を表す。Ra及びRbが、アルキル基である場合、それらは1以上の置換基を有することができ、そのような置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、ハロゲン原子、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、スルホ基などを1個又は2個以上有していてもよい。Ra及びRbは、それぞれ置換されていてもよい炭素数1~6個のアルキル基であることができ、いずれもメチル基であることが好ましい。また、場合によっては、Ra及びRbは互いに結合して環構造を形成していてもよい。例えば、Ra及びRbがともにアルキル基である場合に、Ra及びRbが互いに結合してスピロ炭素環を形成することができる。形成される環は、例えば5ないし8員環程度であることが好ましい。Xは、好ましくは、O(酸素原子)である。
【0032】
Yは、C1-C3アルキレン基を表す。アルキレン基は直鎖状アルキレン基又は分枝鎖状アルキレン基のいずれであってもよい。例えば、メチレン基(-CH2-)、エチレン基(-CH2-CH2-)、プロピレン基(-CH2-CH2-CH2-)のほか、分枝鎖状アルキレン基として-CH(CH3)-、-CH2-CH(CH3)-、-CH(CH2CH3)-なども使用することができる。これらのうち、メチレン基又はエチレン基が好ましく、メチレン基がさらに好ましい。
【0033】
上記一般式(I)で表される化合物は塩として存在する場合がある。そのような塩としては、塩基付加塩、酸付加塩、アミノ酸塩などを挙げることができる。塩基付加塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などの金属塩、アンモニウム塩、又はトリエチルアミン塩、ピペリジン塩、モルホリン塩などの有機アミン塩を挙げることができ、酸付加塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの鉱酸塩、カルボン酸塩、メタンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩などの有機酸塩を挙げることができる。アミノ酸塩としてはグリシン塩などを例示することができる。もっとも、これらの塩に限定されることはない。
【0034】
式(I)で表される化合物は、置換基の種類に応じて1個または2個以上の不斉炭素を有する場合があり、光学異性体又はジアステレオ異性体などの立体異性体が存在する場合がある。純粋な形態の立体異性体、立体異性体の任意の混合物、ラセミ体などはいずれも本発明の範囲に包含される。
【0035】
式(I)で表される化合物又はその塩は、水和物又は溶媒和物として存在する場合もあるが、これらの物質はいずれも本発明の範囲に包含される。溶媒和物を形成する溶媒の種類は特に限定されないが、例えば、エタノール、アセトン、イソプロパノールなどの溶媒を例示することができる。
【0036】
一般式(I)で表される化合物は、例えば、3位及び6位にアミノ基を有し、9位に2-カルボキシフェニル基又は2-アルコキシカルボニルフェニル基を有するキサンテン化合物などを原料として用い、9位の2-カルボキシフェニル基又は2-アルコキシカルボニルフェニル基をヒドロキシアルキル基に変換した後に3位のアミノ基をアシル化することにより容易に製造することができる。原料として使用可能な3,6-ジアミノキサンテン化合物としては、例えば、いずれも市販されているローダミン110やローダミン123などを例示することができるが、これらに限定されることはなく目的化合物の構造に応じて適宜のキサンテン化合物を選択することができる。また、一般式(I)で表される化合物におけるキサンテン骨格部分の酸素原子を、特定の置換基を有するC原子やSi原子、或いは、Ge原子、Pb原子に置換した態様の骨格を有する化合物を用いて、本発明における一般式(I)と同様の機能を有する蛍光プローブを製造することもできる。
【0037】
また、本明細書の実施例には、一般式(I)で表される本発明の化合物に包含される代表的化合物についての製造方法が具体的に示されているので、当業者は本明細書の開示を参照することにより、及び必要に応じて出発原料や試薬、反応条件などを適宜選択することにより、一般式(I)に包含される任意の化合物を容易に製造することができる。
【0038】
上記の蛍光プローブは、必要に応じて試薬の調製に通常用いられる添加剤を配合して組成物として用いてもよい。例えば、生理的環境で用いるための添加剤として、溶解補助剤、pH調節剤、緩衝剤、等張化剤などの添加剤を用いることができ、これらの配合量は当業者に適宜選択可能である。これらの組成物は、粉末形態の混合物、凍結乾燥物、顆粒剤、錠剤、液剤など適宜の形態の組成物として提供され得る。
【0039】
3.蛍光プローブ分子の発光機構
以下、本発明の蛍光プローブにおける蛍光発光機構について説明する。
【0040】
上記式(I)で示される化合物は、その高い水溶性、高い蛍光量子収率等から、バイオイメージングに広く利用されているキサンテン系蛍光色素の骨格であるが、キサンテン骨格上部が閉環状態では、中性領域(例えばpH5ないし9の範囲)において当該蛍光プローブ自体は実質的に無吸収・無蛍光(蛍光応答がOffの状態)である。これに対し、以下のスキームに示すように、P2-P1-NHにおけるジペプチド部位がプロテアーゼにより加水分解され、キサンテン骨格から切断されると速やかに開環した互変異性体となって強蛍光性の化合物(II)が生じる。
【化3】
【0041】
すなわち、一般式(I)で表される化合物又はその塩を有効成分として含む本発明の蛍光プローブは、脳腫瘍の組織で発現したプロテアーゼによって加水分解され、強い蛍光を発する上記開環化合物(II)を与える性質を有する。従って、本発明の蛍光プローブを用いることによって、当該プロテアーゼを発現する脳腫瘍の存在を検出或いは標識化することが可能となる。かかるプロテアーゼとしては、上述のように、カルパイン1又はカテプシンDを挙げることができる。
【0042】
より詳細には、例えば、XがO原子である一般式(I)で表される化合物又はその塩は、中性領域において例えば440~510nm程度の励起光を照射した場合にはほとんど蛍光を発しないが、上記開環化合物は同じ条件下において極めて強い蛍光(例えばemission:524nm)を発する性質を有している。従って、本発明の蛍光プローブを用いて検出を行う場合には、通常は440~510nm程度の可視光を照射すればよい。観測すべき蛍光波長は通常は510~800nm程度であり、例えば516~556nm程度の蛍光を観測することが好ましい。
【0043】
4.蛍光プローブを用いた検出・可視化方法。
かかる発光機構に従い、上記蛍光プローブを用いて、特定のプロテアーゼを発現している脳腫瘍を特異的に検出又は可視化することもできる
【0044】
具体的には、本発明の方法は、
A)上記の蛍光プローブと標的組織とを接触させる工程;及び、
B)前記標的組織において発現しているプロテアーゼと前記蛍光プローブとの反応による蛍光応答を観測する工程
を含むことを特徴とする。特定のプロテアーゼを発現している標的組織(或いは標的細胞)のみを特異的に蛍光シグナルとして検出又は可視化することができる。なお、本明細書において「検出」という用語は、定量、定性など種々の目的の測定を含めて最も広義に解釈されるべきである。
【0045】
上述のように、特定のプロテアーゼは、好ましくは、カルパイン1又はカテプシンDであることができる。ただし、これらに限定されるものではない。また、上記標的組織は、脳腫瘍組織である。脳腫瘍としては、膠芽腫や神経膠腫を挙げることができる。脳腫瘍組織中に存在する腫瘍細胞を標的とすることもできる。
【0046】
また、本発明の方法は、さらに蛍光イメージング手段を用いて前記蛍光応答を観測することを含むことができる。上記の蛍光応答を観測する手段は、広い測定波長を有する蛍光光度計を用いることができるが、前記蛍光応答を2次元画像として表示可能な蛍光イメージング手段を用いて可視化することもできる。蛍光イメージングの手段を用いることによって、蛍光応答を二次元で可視化できるため、上記プロテアーゼを発現する標的組織(又は細胞)を瞬時に視認することが可能となる。蛍光イメージング装置としては、当該技術分野において公知の装置を用いることができる。なお、場合によって、紫外可視吸光スペクトルの変化(例えば、特定の吸収波長における吸光度の変化)によって上記プロテアーゼと蛍光プローブの反応を検出することも可能である。
【0047】
上記工程A)において、測定対象である試料と蛍光プローブを接触させる手段としては、代表的には、蛍光プローブを含む溶液を試料に噴霧、添加、又は塗布することが挙げられるが、上記試料の形態や測定環境等に応じて適宜選択することが可能である。蛍光プローブを含む溶液を試料に噴霧等を行う場合、例えば、蛍光プローブを含む薬液を収容する薬液収容部と、当該薬液を測定対象である試料に噴霧可能に構成された薬液噴霧部を備える、装置を用いることができる。かかる装置は、内視鏡であってもよい。そのような機能を有する内視鏡としては、例えば、特開2010-240188号公報や特開2015-23904号公報に開示されている構造を有するものを挙げることができる。また、当該装置は、蛍光プローブによる蛍光応答を観測するため、上述のような蛍光イメージングの手段をさらに備えることもできる。
【0048】
本発明の蛍光プローブの適用濃度は特に限定されないが、例えば0.1~10μM程度の濃度の溶液を適用することができる。
【0049】
本発明の蛍光プローブとしては、上記式(I)で表される化合物又はその塩をそのまま用いてもよいが、必要に応じて、試薬の調製に通常用いられる添加剤を配合して組成物として用いてもよい。例えば、生理的環境で試薬を用いるための添加剤として、溶解補助剤、pH調節剤、緩衝剤、等張化剤などの添加剤を用いることができ、これらの配合量は当業者に適宜選択可能である。これらの組成物は、一般的には、粉末形態の混合物、凍結乾燥物、顆粒剤、錠剤、液剤など適宜の形態の組成物として提供されるが、使用時に注射用蒸留水や適宜の緩衝液に溶解して適用すればよい。
【0050】
本発明の方法による脳腫瘍の検出又は可視化は、一般的には中性条件下に行うことができ、例えば、pH5.0~9.0の範囲、好ましくはpH6.0~8.0の範囲、より好ましくはpH6.8~7.6の範囲で行うことができる。pHを調整する手段としては、例えば、リン酸バッファー等の当該技術分野において周知の任意のpH調節剤や緩衝液を用いることができる。
【0051】
本発明の方法によって、脳腫瘍を検出又は可視化することによって、これら腫瘍の診断に用いることができる。本明細書中において「診断」の用語は、任意の生体部位において腫瘍組織の存在を肉眼的又は顕微鏡下に確認することを含めて最も広義に解釈する必要がある。
【0052】
本発明の検出方法は、例えば手術中又は検査中に使用することができる。本明細書において「手術」の用語は、例えば開創を伴う開頭手術、穿頭手術、開胸手術、若しくは開腹手術、又は皮膚手術などのほか、神経内視鏡、胃内視鏡、大腸内視鏡、腹腔鏡、又は胸腔鏡などの鏡視下手術などを含めて、腫瘍の診断及び治療のために適用される任意の手術を包含する。また、「検査」の用語は、内視鏡を用いた検査及び検査に伴う組織の切除や採取などの処置のほか、生体から分離・採取された組織に対して生体外において行う検査などを包含する。
【0053】
好ましい態様の一つとして、例えば、肉眼下又は鏡視下における手術野の一部又は全体に本発明の蛍光プローブを噴霧、塗布、又は注入などの適宜の方法により適用し、数十秒から数分後に500nm程度の波長の光を適用部位に照射することができる。その適用部位に腫瘍組織が含まれる場合には、その組織が蛍光を発するようになるので、その組織を腫瘍組織であると特定してそこを含めて周囲組織と共に切除する。例えば、腫瘍の外科治療に際して、肉眼的に確認できる腫瘍組織に対して確定診断を行うほか、リンパ節などのリンパ組織並びに周囲臓器及び組織への浸潤及び転移などを診断することができ、術中迅速診断を行って切除範囲を確定することが可能になる。
【0054】
また、その他の好ましい態様として、例えば、内視鏡検査において検査部位に本発明の蛍光プローブを噴霧、塗布、又は注入などの適宜の方法により適用し、数十秒から数分後に500nm程度の波長の光を適用部位に照射し、蛍光を発する組織が確認された場合にはそこを腫瘍組織と特定することができる。内視鏡検査において腫瘍組織が確認できた場合には、その組織について検査切除や治療的な切除を行うこともできる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【実施例1】
【0056】
1.蛍光プローブの合成
国際公開公報WO2016/006678の実施例1に記載の反応スキームに従って、種々のジペプチド部位を有するヒドロキシメチルローダミングリーン(HRMG)を合成した。当該実施例1における化合物A7の合成の際に用いるFmoc-アミノ酸を種々変えることによって、異なるジペプチド部位を有する化合物を得た。
【0057】
合成した化合物は、上記一般式(I)におけるR
1、R
2、R
3、R
4、R
5、R
6、R
7、R
8及びR
9がいずれも水素原子であり、X=O、Y=メチレン基であり、P1とP2が以下の組み合わせのものである。
【表1】
【実施例2】
【0058】
2.蛍光プローブによるスクリーニング
実施例1で合成したYK190、YK213、YK19、YK281を含む蛍光プローブ化合物群を、腫瘍と腫瘍周辺部の新鮮生標本に添加し、蛍光強度の比較を行った。検体は膠芽腫を用いた。比較例として、ジペプチド部位を有しないヒドロキシメチルローダミングリーン(HRMG)を用いた。
【0059】
各種蛍光プローブのDMSO溶液 (10mM) のうち0.5μLを100μLのRPMI1640 (phenolred-free)に溶かし (最終プローブ濃度50μM)、各々の検体に200μLずつ滴下した後、Maestro In Vivo Imaging System Exを用いて蛍光強度を経時的に測定した。
・励起波長:465nm
・発光波長:515nm
【0060】
その結果、
図1及び2に示すように、(1)YK190と(2)YK213では周辺部組織と比較して腫瘍特異的に蛍光標識がされた一方、(3)YK218では周辺組織と比較してそれほど大きな差は見られなかった。(5)のHRMGは、側鎖にジペプチド部位を有しない比較例である。
図2に示すように、YK190とYK213は、いずれも腫瘍における大きな蛍光強度が得られたが、YK190のほうが2倍近い蛍光強度を示したことからより優れた蛍光プローブといえることが分かった。また、(4)YK19においても腫瘍特異的に優れた蛍光応答が得られた。
【0061】
図3は、これら蛍光プローブ化合物について蛍光応答のスクリーニングを行った結果をまとめたものである(横軸がサンプル、縦軸がプローブ名であり、蛍光応答が見られなかったものをグレーで示している)。
【実施例3】
【0062】
3.プロテアーゼの特定
次に、実施例2で得られた蛍光応答に関与しているプロテーゼの特定を行った。
【0063】
DEG(Diced electrophoresis gel)アッセイ、LC MS/MSを用いたペプチドマスフィンガープリンティングによるプロテアーゼ解析を行い、候補酵素として、カテプシンD、サイトゾル非特異性ジペプチダーゼ、カルパイン1、サイトゾルアミノペプチダーゼを特定した。
【0064】
これら候補酵素について、阻害薬(SNJ-1945及びAmastatin)を用いて蛍光強度変化を測定した結果、カルパイン1及びカテプシンDがSNJ-1945によって蛍光抑制が見られた。
【0065】
これらカルパイン1及びカテプシンDについて、蛍光プローブYK190との反応による蛍光強度変化を測定したところ、
図4に示すように、蛍光強度の顕著な増大が観測されたため、実施例2における膠芽腫に蛍光応答が、これら酵素と蛍光プローブとの反応によるものであることが示唆された。
【0066】
また、リアルタイムPCRによる発現酵素検索においても、腫瘍ライセートにおいて腫瘍周辺部と比較してカルパイン1及びカテプシンDの遺伝子発現の上昇が見られ、上記結果と整合するものであった。
【実施例4】
【0067】
4. SiRNAによるU87細胞株を用いた検証
細胞株においてSiRNAによるカルパイン1及びカテプシンDのノックダウンを行い、蛍光プローブYK190との反応を確認した。実験は以下に示す手順で行った。
【0068】
U87膠芽腫細胞株を用いて、リポフェクタミンによるSiRNAのトランスフェクションを行い、48時間の培養の後に蛍光プローブとの反応を確認した。
【0069】
その結果、カルパイン1、カテプシンDのいずれの発現も、U87細胞株において、コントロールSiRNA細胞株と比較して低下した(
図5)。この結果からも、実施例2における膠芽腫に蛍光応答が、これら酵素と蛍光プローブとの反応によるものであることが示唆された。さらにこれを裏付ける実験として、リアルタイムPCRによる酵素発現量を確認し矛盾しない結果となった(
図6)。