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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-22
(45)【発行日】2024-08-30
(54)【発明の名称】医療機器材料
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/32 20060101AFI20240823BHJP
   A61L 27/58 20060101ALI20240823BHJP
   A61L 27/56 20060101ALI20240823BHJP
   A61K 6/838 20200101ALI20240823BHJP
   A61L 27/40 20060101ALI20240823BHJP
   A61L 27/12 20060101ALI20240823BHJP
【FI】
A61L27/32
A61L27/58
A61L27/56
A61K6/838
A61L27/40
A61L27/12
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023006912
(22)【出願日】2023-01-20
(62)【分割の表示】P 2019030213の分割
【原出願日】2019-02-22
(65)【公開番号】P2023033591
(43)【公開日】2023-03-10
【審査請求日】2023-01-20
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、平成30年度医療研究開発推進事業費補助金(橋渡し研究戦略的推進プログラム)「オープンイノベーションの推進により世界のつくばから医療の未来を加速開拓する事業・シーズA16-81高い信頼性と骨固着力を有するジルコニア人工関節実現のための新しい表面修飾技術」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】屋代 英彦
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 敦夫
(72)【発明者】
【氏名】梅林 信弘
(72)【発明者】
【氏名】欠端 雅之
【審査官】渡邉 潤也
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-231849(JP,A)
【文献】特開平06-007385(JP,A)
【文献】特開平05-057011(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102286764(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L
A61K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の基材面にリン酸カルシウム層を備える医療機器材料であって、
前記リン酸カルシウム層は、リン酸カルシウムからなるとともに、前記基材側でα-TCPを成膜しつつ所定条件にて加水分解させた非多孔質の結晶性ハイドロキシアパタイトとなっており、一連にてα-TCPを表面側に向けて成膜しつつ前記所定条件を変化させて前記表面側で前記基材側と組成、結晶性及び緻密性のうちのいずれか1つ以上を相違させた前記基材側から前記表面側への一連の膜であり、
前記基材側で生体内活性を有し前記表面側より溶解されにくく所定期間以上生体内で存在する骨伝導性を有し、前記表面側で生体内崩壊性を有し生体内で溶解し骨組織に置換される置換性を有することを特徴とする、医療機器材料。
【請求項2】
前記リン酸カルシウム層の前記表面側は、α-TCPを部分的に含む結晶性ハイドロキシアパタイトからなることを特徴とする、請求項1記載の医療機器材料
【請求項3】
前記リン酸カルシウム層の前記表面側はアモルファスハイドロキシアパタイトであることを特徴とする、請求項1記載の医療機器材料。
【請求項4】
前記リン酸カルシウム層の前記表面側は多孔質の結晶性ハイドロキシアパタイトであることを特徴とする、請求項記載の医療機器材料。
【請求項5】
前記基材面は算術平均表面粗さRaを1~4μmとする凹凸を有することを特徴とする、請求項1乃至4のうちの1つに記載の医療機器材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体の骨等との結合性を高めた医療機器材料に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、人工関節、人工骨、人工歯等の機械的強度が必要とされる医療用材料の基材には、主として、生体親和性の高いCoCr合金、Ti合金などの金属材料、ジルコニアやアルミナなどのセラミックス材料が用いられている。これらの材料自身には生体親和性はあっても骨伝導性に乏しく、表面から骨形成されて骨と直接固着することはない。そのため、骨セメント等の充填材、接着材を利用して骨と短時間で固定する方法が主流であった。一方、この方法では塞栓が生じる重篤な副作用が生じる場合がある。
【0003】
骨伝導性の乏しい材料でも、基材の材質の生体親和性を利用し、表面加工した凹凸を介した隙間に新生骨を侵入させ隙間を埋めることにより、骨固着することが知られている(非特許文献1参照)。この現象は、オッセオインテグレーションと呼ばれ、表面の凹凸内に軟組織を介さず侵入した新生骨がアンカー効果で医療機器と固定され、最終的には既存の骨組織とも固定されるものである。なお、オッセオインテグレーションとは、骨と材料の界面に光学顕微鏡レベルでは軟組織の介在が認められない接触状態の造語である。
【0004】
一方、基材の表面に、ハイドロキシアパタイト(水酸アパタイト、Ca10(PO(OH))リン酸三カルシウム(α-TCP、β-TCP、Ca(PO)などの骨伝導性のあるリン酸カルシウム膜を成膜することにより、積極的に骨形成を促進し接着剤無しで固定する医療機器の埋植方法がある。
【0005】
「骨伝導性」とは、材料上で正常な細胞分化が起こり、その結果、直接材料上に骨が形成される物質または状態をいい、「骨伝導性がある」とは、その材料表面へ直接骨が形成される、または材料を骨組織に置換し骨形成を行う性質を有することをいう。一般に、骨伝導性がある材料は、オッセオインテグレーション性の材料より、早期に、強固な骨固着が得られる。
【0006】
金属材料やジルコニア等のセラミックス材料の表面に、骨伝導性の高いリン酸カルシウム等を成膜することにより、手術後体内で生体骨と直接結合させる方法が期待されている。その最適材料として、ハイドロキシアパタイト(骨の成分)などのリン酸カルシウムを金属材料やジルコニア等のセラミックス材料の医療機器表面に成膜することにより、骨と結合させる試みがなされてきた(非特許文献2参照)。
【0007】
また、人工材料の表面に周期構造の凹凸を超短パルスレーザーで作製した後、リン酸カルシウムの一種であるハイドロキシアパタイトを蒸着することにより、基材上に骨結合性の高いハイドロキシアパタイト膜を作製する方法が提案されている(特許文献1参照)。
【0008】
常温のリン酸カルシウム成膜法としては、カルシウムイオンを含む溶液とリン酸イオンを含む溶液に基板を交互に浸漬する工程を繰り返すことにより、基板の表面や内部にリン酸カルシウムを析出させる手法が知られている(交互浸漬法)。また、基板に親水化処理(粗面化処理を含む)を施した後に交互浸漬法を実施し、さらに過飽和溶液に浸漬することにより、種々の基板の表面に密着性の高いリン酸カルシウム膜を成膜する方法が知られている(特許文献2、非特許文献3参照)。
【0009】
また、本発明者らは、正方晶ジルコニアを含有する医療機器材料の特定部位に、リン酸カルシウム層を成膜する技術において、特定部位に凹凸を形成し、該凹凸の周期に比べて小さいリン酸カルシウム微粒子の付着層を設け、該付着層の上にリン酸カルシウム層を設けることを提案した(特許文献3参照)。
【0010】
また、基材にリン酸カルシウム膜を成膜した医療機器について、膜を構成する物質や膜厚について報告がされている(非特許文献4参照)。
【0011】
一方、リン酸カルシウム膜の成膜において、レーザーアブレーション、スパッタリング等を利用した技術が知られている(非特許文献5、6、7参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特許第4440270号公報
【文献】特許第4484631号公報
【文献】特開2015-109966号公報
【非特許文献】
【0013】
【文献】PI. Branemark, The Journal of Prosthetic Dentistry, 50, 399-410, (1983).
【文献】青木秀希他,「驚異の生体物質アパタイトと表面技術」表面技術, 58(12),744,(2007)
【文献】M.Takemoto,et.al. J. Biomedical Material Research A 2006,693-701.
【文献】O.Suzuki,et.al. Tohoku J. Exp. Med. 1991, 164, 37-50.
【文献】J.M.Fernandez-Pradas, et.al. Biomaterials 23 (2002) 1989-1994
【文献】W.Mroz, et.al. Appl. Phys. A 101, (2010) 713-716.
【文献】K.Ozeki et.al. Bio-Medical Materials and Engineering, 24 (2014) 1793-1802.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
従来、リン酸カルシウム膜は、プラズマ溶射法、PLD(Pulsed Laser Deposition)法、溶液浸漬法、ゾルゲル方法などの様々な方法での成膜されてきた。出来上がった成膜は、同一条件で作成されるため、基材との界面から表面まで同一のもので構成されるのが一般的であった。作成される膜の厚さは、製法にも依存するが100μm以下である。膜のリン酸カルシウムの種類は、成膜時に供給される材質や成膜条件を制御することにより、選択することができる。例えば、PLD法の場合は照射されるターゲット物質等、プラズマ溶射の場合は、供給される粉末等により制御できる。また、成膜時の雰囲気ガスを制御することで化学変化させることにより、ターゲット材料とは別のリン酸カルシウムへと変化させることができるものもある。また、成膜後の水熱処理などで別のリン酸カルシウムに変化させることもできる。成膜された物質は同一の行程で成膜されるため、均一な組成、結晶性、緻密性であり、膜厚だけを制御するものであった。
【0015】
骨伝導性のあるリン酸カルシウム膜は生体内で、その表面に骨芽細胞が付着して直接骨形成を行ったり、破骨細胞に溶解されその溶解物質を骨芽細胞に利用し骨形成したりする。リン酸カルシウム膜が骨固着に対して十分な厚さが無い、溶けやすい物質である場合、途中からは単なる基材の生体親和性と体内からの骨形成に必要なCa等の供給による回復にゆだねられる。例えば、ハイドロキシアパタイト膜においても薄く(サブμm膜厚)完全に溶けて骨に変わった場合は、十分に膜厚がある(4μm)場合に比べて回復が劣る結果が報告されている(非特許文献3参照)。
【0016】
破骨細胞に溶解され骨芽細胞により骨に置換される特性を持つリン酸カルシウムを「生体内崩壊性を有するリン酸カルシウム」と言う。一方、「生体内活性」とは、生体内で化学的結合が直接生じる特性を言い。直接表面に骨芽細胞が付着し骨形成を起こすリン酸カルシウムを「生体内活性を有するリン酸カルシウム」と言う。
【0017】
生体内崩壊性のリン酸カルシウムの場合、生体内で破骨細胞により分解されて溶けた後に、骨芽細胞により骨に置換される。膜厚が十分でない場合も、膜厚が十分である場合も、生体内崩壊性のリン酸カルシウム膜は長期間での溶解で完全になくなるため、最終的には基材の凹凸内に骨が成長し固定されるのでオッセオインテグレーションでの固着になる。このとき、局所的には基材と新生骨の密着性はない。
【0018】
一方、リン酸カルシウム膜が十分に厚い場合、溶けた部分は骨として置換され新生骨に変化し、残ったリン酸カルシウム膜を中間層として基材と固着する(非特許文献2参照)。しかし、この中間層も生体内崩壊性リン酸カルシウムであると、時間とともに骨に置換されていく。
【0019】
ところで、基材と成膜の界面の密着強度、膜の材質および厚さに依存する機械強度、膜と骨の間の固着の強度のうち、最も弱い強度の箇所で強い力を受けた場合、破壊が生じる。リン酸カルシウム膜自体は、インプラントの基材である合金、ジルコニア等のセラミックス、骨に比べて、靱性等の機械的性質に劣る。そのため、膜が厚い場合は膜内部で亀裂が生じやすい、という問題がある。
【0020】
さらに、リン酸カルシウム膜の溶解および骨形成の速度は、成長期の弱年齢層から骨粗鬆症の老齢層まで、大きく異なる。また、前記速度は、性別にも依存する。そのため、手術対象者が多様である医療機器において、個々の最適な膜厚を設定することは困難である、という問題もある。
【0021】
生体内崩壊性の物質だけの場合、患者に対して最適な膜厚を設定する必要があるとともに、最終的にはオッセオインテグレーションの強度を超える固着力を超えることはない。
【0022】
一方、ハイドロキシアパタイトに代表される「生体内活性リン酸カルシウム」を付けた医療機器材料では、ハイドロキシアパタイト自体が骨の成分の一部であるため、表面に骨芽細胞が付着し直接骨形成がなされ、膜自体が生体骨と固着する。膜が厚過ぎて機械的強度に劣る問題は、生体内崩壊性のリン酸カルシウム同様に生じる。しかし、ハイドロキシアパタイトが体内で他のリン酸カルシウムに比べて溶解されにくいため、長期に渡って個々の患者に依存せず元の厚みは維持されやすい。そのため、最適な骨固着強度が得られる膜厚を全ての患者に使える。オッセオインテグレーションでは局所的には基材と骨との密着性はないが、結晶性ハイドロキシアパタイトの場合、1年以上等の長期に維持されるため初期の膜の密着性を維持でき、オッセオインテグレーションを上回る強度の骨固着性能が最適膜厚にて得られるといった利点がある。
【0023】
しかし、生体内活性物質である結晶性ハイドロキシアパタイトは溶解しにくいため、骨形成を促す効果は他のリン酸カルシウムに比べて低いことが報告されている(非特許文献4参照)。そのため、置換手術後の骨固着にかかる時間が長くなり、手術後の実生活への復帰が遅れる、という問題が生じる。
【0024】
以上のように、β-TCP等の生体内崩壊性リン酸カルシウム膜だけの場合、適正な成膜厚さが個々の対象者に依存すること、最終的な骨固着力が骨と基材のオッセオインテグレーションによる固着強度を超えることができないこと等の問題がある。また、生体内活性物質であるハイドロキシアパタイトだけの場合、体内で溶けて骨の修復を促進する効果が他の生体内崩壊性リン酸カルシウムに比べて少ないため、置換手術後の回復が劣るという問題がある。
【0025】
本発明は、これらの問題を解決しようとするものであり、骨との強い固着強度を早期に実現できる、リン酸カルシウム層を備える医療機器材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明は、前記目的を達成するために、以下の特徴を有するものである。
【0027】
本発明は、
(1) 基材面にリン酸カルシウム層を備える医療機器材料であって、前記リン酸カルシウム層は、基材側が、生体内活性物質で、表面側より溶解されにくく基材面に所定期間以上生体内で存在する骨伝導物質で構成され、表面側が、生体内崩壊性物質で、生体内で溶解し骨組織に置換される物質で構成されることを特徴とする、医療機器材料。
(2) 前記リン酸カルシウム層の基材側は、前記表面側と組成が異なることを特徴とする、前記(1)記載の医療機器材料。
(3) 前記リン酸カルシウム層の基材側は、結晶性であり、前記表面側はアモルファスであることを特徴とする、前記(1)又は(2)記載の医療機器材料。
(4) 前記リン酸カルシウム層の基材側は表面側より緻密であり、前記表面側は多孔質であることを特徴とする、前記(1)乃至(3)のいずれか1項記載の医療機器材料。
(5) 前記リン酸カルシウム層は複数の積層構造を有することを特徴とする、前記(1)乃至(4)のいずれか1項記載の医療機器材料。
(6) 前記リン酸カルシウム層は、傾斜組成層、結晶性が傾斜変化する層、緻密性が傾斜変化する層のうちのいずれかであることを特徴とする、前記(1)乃至(5)のいずれか1項記載の医療機器材料。
(7) 前記リン酸カルシウム層の基材側は結晶性ハイドロキシアパタイトからなり、前記リン酸カルシウム層の表面側は、リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム、リン酸水素カルシウム無水物、リン酸水素カルシウム水和物、リン酸四カルシウム、アモルファスリン酸カルシウムのうちのいずれか1つ以上からなることを特徴とする、前記(1)乃至(6)のいずれか1項記載の医療機器材料。
(8) 基材面にリン酸カルシウム層を備える医療機器材料の製造方法であって、前記基材面に、生体内活性物質で、表面側より溶解されにくく基材面に所定期間以上生体内で存在する骨伝導物質で第1の層を形成した後、リン酸カルシウム層の表面側には、前記第1の層より生体内崩壊性が強く生体内で溶解し骨組織に置換される物質で構成される第2の層を形成することを特徴とする、医療機器材料の製造方法。
(9) 前記第1の層として、結晶性ハイドロキシアパタイトからなる層を形成することを特徴とする、前記(8)記載の医療機器材料の製造方法。
(10) 前記リン酸カルシウム層を形成する際に、HOガス圧力を変化させることにより、基材側から表面側になるにしたがって生体内活性から生体内崩壊性が高くなる層を形成することを特徴とする、前記(8)記載の医療機器材料の製造方法。
(11) 前記リン酸カルシウム層を形成する際に、基材に付着後の成膜物質の温度を変化させることにより、基材側から表面側になるにしたがって生体内活性から生体崩壊性が高くなる層を形成することを特徴とする、前記(8)記載の医療機器材料の製造方法。
(12) 前記リン酸カルシウム層を形成する際に、成膜する粒子の粒度分布を変化させることにより、基材側から表面側になるにしたがって緻密性が低くなる層を形成することを特徴とする、前記(8)記載の医療機器材料の製造方法。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、医療機器材料を構成する基材とリン酸カルシウム層との密着性を高めると共に、長期に渡って最適かつ必要十分な厚さのリン酸カルシウムを失うことなく、リン酸カルシウム層表面の生体内で骨との結合性を高めることができるため、人工骨等の補綴用医療機器材料と生体の骨等との固着強度を高めることが期待される。即ち、リン酸カルシウム層の表面側は、リン酸カルシウム層の基材側より生体内崩壊性が強いため、表面のリン酸カルシウムが溶け出して生体骨等と強固に結合する。また、リン酸カルシウム層の表面側は体内に溶けて骨の修復を促進する効果が大であるため、手術後の早期回復に優れる。
【0029】
本発明によれば、従来のような、リン酸カルシウム層なしの医療機器材料や、同一の材質で同一状態のリン酸カルシウムの成膜を付着した医療機器材料に比べて、早期に骨固着し、同時に生体の骨と基材のオッセオインテグレーションによる固着強度を超える固着強度を実現できる。
【0030】
本発明によれば、生体内崩壊性リン酸カルシウム膜のみを成膜した医療機器材料とは異なり、適正な成膜厚さが個々の対象者に依存し易いといった長所がある。以下、詳しく説明する。従来の、ハイドロキシアパタイトに代表される「生体内活性を有するリン酸カルシウム」を付けた医療機器材料の場合は、膜自体から直接骨形成がなされ、骨と固着する。膜が厚過ぎて機械的強度に劣る問題は「生体内活性材料」でも「生体内崩壊性材料」でも同様に生じる。ただ、生体内活性材料の場合は、生体内で溶解しにくいため、個々の患者に依存せず元の厚みは長期間維持されやすい。そのため、骨固着に際して最適な厚さを同一の製品を全ての患者に使える、といった利点がある。本発明のように、表面側の生体内崩壊性材料のリン酸カルシウム層が生体内で溶けて骨の修復を促進すると同時に、基材と生体内活性材料との密着性が強く、アンカー効果で固着するオッセオインテグレーションの強度を上回るので、結果として、医療機器材料と骨との早期に高い固着強度が得られる。本発明によれば、骨固着程度の短期間で膜が溶けきってしまうことが無いため、手術後の同じ期間の回復でも固着強度にバラつきが生じることが少なくなる。
【0031】
また、リン酸カルシウム層の表面側を、生体内崩壊性の高い組成や同様の効果が期待できるアモルファスや多孔質の材質を選択して構成することができるので、生体骨等との結合性をより高めることができる。
【0032】
また、生体内活性のリン酸カルシウムである結晶性ハイドロキシアパタイト層の基材側を、基材との密着性の強い結晶質や非多孔質の緻密な材質で構成することができるので、基材と、基材とのリン酸カルシウムとの界面の密着強度自体をより強くすることができる。その結果、単にすき間なく骨が満たされるオッセオインテグレーションの状態以上の固着強度が期待でき従来の固着強度を長期間上回ることができる。
【0033】
本発明の製造方法によれば、リン酸カルシウム層を構成する複数の積層構造を、既知の製造技術を採用して製造でき、多様な製法で形成可能である。また、本発明の製造方法によれば、成膜条件を変化させるのみで、連続的に製造することもできるので、製造工程が簡単であり、工業的生産に適する。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】第1の実施の形態の医療機器材料の積層構造を説明する図である。
図2】第1の実施の形態における、結晶性ハイドロキシアパタイトの存在比の水蒸気圧力依存性を説明する図である。
図3】第2の実施の形態の医療機器材料の積層構造を説明する図である。
図4】第2の実施の形態における、小径の粒度分布のアブレーション粒子で成膜した時の結晶性の基材表面温度依存性を説明する図である。
図5】第3の実施の形態の医療機器材料の積層構造を説明する図である。
図6】第3の実施の形態における、PLD法で緻密性の高い膜を成膜するための製造装置を説明する図である。
図7】第3の実施の形態における、PLD法で緻密性の低い膜を成膜するための製造装置を説明する図である。
図8】第3の実施の形態における、緻密性の高い膜の電子顕微鏡写真である。
図9】第3の実施の形態における、緻密性の低い膜の電子顕微鏡写真である。
図10】第4の実施の形態の医療機器材料の積層構造を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明の実施の形態について以下説明する。
【0036】
本発明者らは、リン酸カルシウム層を表面に有する医療機器材料において、そのリン酸カルシウム層を複数の特性からなる層構造で構成することに着目して研究開発を行い、生体の骨等と優れた結合性を有する医療機器材料を得るに到ったものである。
【0037】
本発明の医療機器材料は、補綴用医療用材料とも呼ばれる、欠落した機能を行うために体内へ埋植し機能回復をする人工医療機器材料に関する。より具体的には、本発明の医療機器は、硬組織補綴用の医療機器であり、リン酸カルシウム膜を介して骨等と固着させる目的で使用される。硬組織補綴用の医療機器でとして、例えば、人工関節、人工骨、人工歯などが挙げられる。
【0038】
本発明の実施の形態の医療機器材料は、基材面にリン酸カルシウム層を備える。前記リン酸カルシウム層は、基材側が、生体内活性物質で、表面側より溶解されにくく基材面に生体内で所定期間以上存在する骨伝導物質で構成される。また、前記リン酸カルシウム層は、表面側が、基材側より、生体内で溶解し骨組織に置換する生体内崩壊性が高い物質で構成される。本実施の形態では、生体内崩壊性と生体内活性の差異を実現するために、リン酸カルシウムの組成、結晶性、緻密性などのうちのいずれか1つ以上を相違させて行うことが好ましい。ここで、所定期間以上とは、骨固定に要する期間(例えば1ヵ月)より長い期間であり、例えば1年以上である。
【0039】
本発明の実施の形態において、リン酸カルシウムとは、カルシウムイオンとリン酸イオンから成る塩の総称である。主成分のリン酸カルシウムとしては、リン酸水素カルシウム二水和物、リン酸水素カルシウム無水物、リン酸八カルシウム(OCP)、非晶質リン酸カルシウム(ACP)、リン酸三カルシウム(TCP)、カルシウム欠損アパタイト、ハイドロキシアパタイトであり、さらに、これらにNa、Sr、Mg、Zn、CO、SO、Si、B、Fなどの不純物が含まれていてもよい。TCPやACPをコーティングする場合は、6配位イオン半径がCaより小さいMg等の陽イオン、若しくは炭酸基や硫酸基を不純物として含有させると安定化する。Sr、Zn、Si、Fは接触する組織の再生を促進する目的で含有させることができる。リン酸カルシウムが主成分であるかどうかは、X線粉末回折法や化学分析で調べることができる。
【0040】
リン酸カルシウムのアモルファス状のものはACPとして一般的に定義されているが、Ca/P比率が1.5を中心に多くは1~2の範囲で存在し、複数のリン酸カルシウムのアモルファスが混在した形でも存在する。本明細書中では便宜上、結晶と同じCa/P比率を持つACPをアモルファス状として呼ぶ。例えばCa/P比1.67のACPをアモルファス状ハイドロキシアパタイト、1.50のTCPはアモルファス状TCPのように記載する。
【0041】
本実施の形態において、リン酸カルシウム層は、1層の傾斜構造のものでも、複数層の積層構造からなるものでもよい。ここで傾斜構造とは、特性の傾斜をいい、生体内崩壊性が表面側ほど高く、生体内活性が基材側ほど高いことをいう。具体的には、リン酸カルシウムの組成、結晶性、緻密性などのうちのいずれか1つ以上の相違により、生体内崩壊性が表面側ほど高く、生体内活性が基材側ほど高い構造をいう。
【0042】
本実施の形態において、リン酸カルシウム層が積層構造の場合は、少なくとも、基材側の第1の層と表面側の第2の層とを備える複数層の積層構造からなる。第2の層は、第1の層より生体内崩壊性が高い。第1の層は、第2の層より生体内活性が高い。第1の層は、例えば結晶性ハイドロキシアパタイト層である。本実施の形態において、リン酸カルシウム層は、層の基材側と表面側とで、生体内活性もしくは生体内崩壊性が異なるように、組成、結晶性、緻密性等のうちのいずれか1以上が異なる層である。
【0043】
リン酸カルシウム層の最表面を生体内崩壊性であり水溶性の高いリン酸カルシウムで構成することにより、生体内に埋植後、該リン酸カルシウムが破骨細胞により溶かされ始め、徐々に内部のリン酸カルシウムが溶けだす。この溶けだしたリン酸カルシウムを骨芽細胞が利用し骨形成していくので、骨形成が促進され固着までの期間が短くなる。この様に、リン酸カルシウム層の表面側が生体内で溶けることにより、骨の修復を促進して骨との結合性が高まる。一方、基材と基材側の生体内活性物質である結晶性かつ緻密なハイドロキシアパタイト層は表面に直接骨芽細胞が骨形成を行うとともに生体内で水溶性が低く成膜時の最適膜厚を長期に維持できる。また、発明者らの実験ではこの層と基材界面での密着性は結晶性を高めるアニーリングにより通常の常温での成膜に比べて数倍強固であるので、医療機器材料全体として生体の骨等との固着強度がオッセオインテグレーションの材料に比べて大である。また、基材側のリン酸カルシウムは生体内活性で例えば1年以上の長期間に渡って膜を維持することが可能であるので、手術後の同じ期間の回復でも固着強度にバラつきが生じることが少なくなる。
【0044】
表面の生体内崩壊性リン酸カルシウムとしては、リン酸水素カルシウム二水和物(DCPD)(CaHPO・2HO)、リン酸水素カルシウム無水物(DCPA)(CaHPO)、リン酸八カルシウム(OCP)(Ca(HPO(PO・5HO)、リン酸三カルシウム(α-TCP、β-TCP)(Ca(PO)、リン酸四カルシウム(TTCP)(Ca(PO)、カルシウム欠損アパタイト、及びこれらにNa、Sr、Mg、Zn、CO3、SO4、Si、B、Fなどの不純物が含まれるものが挙げられる。また、これらのリン酸カルシウムが混合したものであってもよい。さらに、これらの物質のアモルファスの材料でもよい。また、表面の生体内崩壊性リン酸カルシウムは、アモルファス状ハイドロキシアパタイトでもよい。
【0045】
生体内活性物質としては、結晶性ハイドロキシアパタイト(Ca10(PO(OH))(水酸アパタイトともいう。)が挙げられる。
【0046】
例えば、代表的なリン酸カルシウムの水溶性に関していえば、純水(ph7)に対する溶解度は、ハイドロキシアパタイト<β-TCP<α-TCPと高くなる。例えば、リン酸カルシウムの基材側に結晶性ハイドロキシアパタイトを成膜して、表面側にβ-TCPやα-TCPを成膜することにより、生体内崩壊性を変えると同時に溶解度を変えることができる。
【0047】
また、一般的に、水溶性の酸化物において、結晶は、結合エネルギーが高いため、同一のアモルファスに比べて溶解性が低い。よって、リン酸カルシウムの基材側の界面付近では、溶けにくく生体内活性である結晶性ハイドロキシアパタイトで成膜し、表面付近では、ハイドロキシアパタイトと同じ組成でアモルファスである溶けやすいアモルファス状ハイドロキシアパタイトのように、結晶性が異なる構造で成膜することにより生体内活性の特徴を変えることができる。また、表面付近の層は、完全なアモルファス状でなく一部結晶とアモルファスが混在する低結晶性の状態でもよい。
【0048】
また、多孔質のリン酸カルシウムは、表面積が大きいために、孔のないものや密度の高いリン酸カルシウムに比べて、水溶性が高い。
【0049】
積層構造を構成するリン酸カルシウム層全体及び各層の膜厚は、層の組成、結晶状態、用途等に応じて、適宜設定することが好ましい。例えば、リン酸カルシウム層の積層構造全体として、2μm以上4μm以下の膜厚であることが好ましい。リン酸カルシウム層の基材側の第1の層は、例えば0.1μm以上1μm以下の膜厚であることが好ましい。また、表面側の第2の層は、1μm以上3μm以下の膜厚であることが好ましい。
【0050】
基材の表面が微細な凹凸構造を有している場合は、基材側のリン酸カルシウム層は、基材の凹凸の形状を完全に埋めて表面を平坦にする必要はなく、基材側のリン酸カルシウム層の表面に凹凸が残る構造が好ましい。基材の表面の凹凸構造は、算術平均粗さRa1μm以下でもよいし、Raが1μm以上4μm以下でもよい。基材の表面の凹凸構造が、Raが1μm以上である場合、基材側のリン酸カルシウム層の膜厚は、その凹凸が完全に消えない範囲での膜厚でよい。
【0051】
本発明の実施の形態は、リン酸カルシウム層を、基材側の結晶性ハイドロキシアパタイトから表面側になるにしたがって組成を変化させた傾斜変化層とすることにより、層の基材側と表面側とで生体内活性もしくは水溶性の特性が異なるようにしてもよい。例えば、基材側から1μm以下の必要十分な膜厚で結晶性のハイドロキシアパタイト膜を形成し表面側に向かって、組成が変化する組成傾斜層、結晶性傾斜変化層、緻密性傾斜層のうちのいずれか1つ以上で構成することができる。
【0052】
本発明の実施の形態において、リン酸カルシウム層の生体内崩壊性又は溶解度特性の変化は、基材側から表面側へ生体内崩壊性又は溶解度が漸次高くなるようにでき、連続的であっても段階的であってもよい。
【0053】
基材は、無機材料または有機材料のいずれであってもよい。基材として、金属、セラミックス、樹脂のうちのいずれも用いることができる。基材は、人工関節や人工歯等の機械的強度が必要とされる医療用材料の基材として用いられるものを使用することが好ましい。例えば、イットリア安定化ジルコニア、チタン合金、コバルトクロム合金等が挙げられる。樹脂基材として、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)樹脂等が挙げられる。
【0054】
基材となる合金、セラミックスにおいて、凹凸形状があると結晶性ハイドロキシアパタイトの密着性が上がることが、実験によりわかっている。合金、セラミックスの凹凸は、化学処理や、フェムト秒レーザーにより作製できる(特許文献2参照)。基材表面は、例えば算術平均表面粗さRaが4μm以下の凹凸がある表面が望ましい。また、リソグラフィー等で同様の凹凸を予め作成する方法も可能である。基材となる樹脂又はセラミックスにおいて、Raが1μm以下の凹凸形状を形成する方法として、ナノインプリント法等が挙げられる。ナノインプリント法では、成型時に、凹凸を表面に有する金属等の型に基材を押し付けて焼結成型もしくは表面成形することにより、金属等の表面の凹凸をそのまま転写する。
【0055】
本実施の形態では、基材表面の全体又は部分的にリン酸カルシウム層を設ける。特に、体内に埋植を行う医療機器で骨との固着を目的とする場合は、前記固着しようとする部分(「骨固着予定領域」とも呼ぶ。)に、基材側のリン酸カルシウム層を設ける。一方、骨固着予定領域以外の部分、例えば関節の摺動部などへの成膜は行わない。また、骨固着予定領域の部分に関しては、フェムト秒レーザー等による1μm以下の凹凸を基材表面に作成することにより、構造的に密着性を上げることが出来る。
【0056】
本実施の形態では、基材界面に近い結晶性ハイドロキシアパタイト膜を用いる場合は、結晶性及び基材との密着性がより向上するように、成膜と同時に結晶化を行う方法が望ましい。例えば、発明者らの研究では、ハイドロキシアパタイト層は、成膜と同時のアニーリングにより、基材との密着性を室温での成膜(アモルファス膜)に比べて6倍、成膜後のアニーリング(ポストアニーリング)に比べて2倍の密着強度の向上を示すことが分かっている。基材、成膜の密着性向上が、最終的には医療機器材料と骨との骨固着力を高めることができる。また、前述の基材表面の凹凸との相乗効果でさらに密着性を向上することができる。一方、表面側のリン酸カルシウム層に対しては、生体骨との結合性を高める材質及び成膜方法を採用することが可能である。成膜の方法は、公知の製造方法を採用することができ、例示する方法に限定されない。
【0057】
生体内崩壊性と生体内活性のように、互いに異なる性質を持つリン酸カルシウム層を製造するには、異なる製法を組み合わせて成膜特性を変える方法、PLD法等の堆積法において成膜中に基材表面の温度を替えて結晶性の異なる物質を成膜する方法、水蒸気圧を替えて組成の異なるリン酸カルシウムを成膜する方法が挙げられる。これらの方法の組み合わせにより製造する。例えば、PLD法にて生体内活性の結晶性ハイドロキシアパタイトを成膜し、その後、他の成膜方法で第2の層の生体内崩壊性のリン酸カルシウムを成膜する方法でもよい。
【0058】
リン酸カルシウム層の基材側として、例えばハイドロキシアパタイトを用いて生体内活性の特徴を持たせるためには、結晶性、高い純度、緻密性が要求される。ハイドロキシアパタイトの成膜方法にはプラズマ溶射をはじめ様々なものが存在するが、緻密性が得られる方法としては、小径の粒度分布に限定できるPLD法、スパッタ法などの方法がある。
【0059】
PLD法の場合、照射されるターゲット材に対してアブレーションレーザーの波長の吸収長が長い場合、レーザー光が内部まで注入される。この場合、アブレーション粒子の粒度分布は大きくなり多孔質状の成膜となる。また、緻密な成膜を行うためには、吸収長の短い波長(一般的には短波長の波長のレーザー光)を用いるか、アブレーション粒子の大型の液滴のみを障壁で除去し小型のクラスター状の粒子のみで成膜を行う方法(エクリプス法)などがある。また、一定の角度で左右対称にアブレーションプルーム自体を発生させるとともに衝突させ、直線的に飛行する大型の粒子を避け小型の粒子のみを成膜する方法もある。
【0060】
例えば、結晶性のハイドロキシアパタイトを成膜する場合は、成膜するアブレーション粒子の粒度分布、及び成膜レートにも依存するが、成膜中の物質を温度400℃以上に加熱することが必要であり、570℃以上の温度がより望ましい。基材が金属の場合、熱伝導性が良いため全体を加熱することが可能であり、電熱ヒーター等を用いることができる。基材がジルコニア等のセラミックスの場合、熱伝導性が低いので、加熱部分と温度勾配が大きく生じるため、基材表面を吸収長の短い遠赤外線もしくは紫外線で加熱し、間接的に被成膜物質の温度上昇させることが望ましい。また、成膜したハイドロキシアパタイト、その他のリン酸カルシウムの吸収が強い波長の光での、直接加熱でも構わない。熱源はCW-COレーザーでも赤外線ランプ等でも構わない。
【0061】
PLD法でターゲット材料がβ-TCPの場合、β-TCPを照射すると、大部分のアブレーション粒子は融点を超えα-TCPに変化して放出され、基材に付着する。基材温度はアニーリング時でも融点に比べてはるかに低いため、付着した粒子は基材より急激に冷却される。液化したTCPは、一般的には冷却時にβ-TCPへと相変化を行うが、急激な冷却の場合はα-TCPの状態で基板温度まで冷却される。α-TCPは、付着と同時にHOガスを吸着、加水分解する。さらに基材の加熱で間接的に温度上昇し、α-TCPから結晶性のハイドロキシアパタイトに変化する。一定量の成膜を行った後、HOガスの供給をなくしてHOガス圧力を真空にすることで、成膜物質であるα-TCPにすることができる。同様に水蒸気圧力は結晶性基材の温度を必要十分から下げることにより、結晶性ハイドロキシアパタイトからアモルファス状のハイドロキシアパタイトへと変化させることが可能である。
【0062】
PLD法でのOCPの成膜は、ターゲット材料がハイドロキシアパタイトの場合、成膜できることが報告されている(非特許文献6参照)。β-TCPの成膜に関しては、PLD法などで結晶性ハイドロキシアパタイト膜を成膜した後、炭酸カルシウム、リン酸水素カルシウム微粒子からなる懸濁液をスピンコートするなどの方法で成膜し、750℃で焼結することで成膜することが可能である。
【0063】
(第1の実施の形態)
本実施の形態では、生体内活性と生体内崩壊性と組成の異なる複数のリン酸カルシウム層からなる積層構造について説明する。図1は、本実施の形態の図である。本実施の形態の医療機器材料10は、基材4と積層構造3を備える。本実施の形態では、医療機器の基材4の全体または部分領域に、算術平均粗さRa1μm以下の凹凸構造5をレーザープロセスなどで作成する。その表面にリン酸カルシウム層からなる積層構造3を設ける。積層構造3は第1の層1と第2の層2を備える。医療機器材料が人工関節や人工歯等の場合、体内に埋植して生体骨と結合させる領域に、リン酸カルシウム層を設ける。基材4上に、生体内活性が第2の層2より大である第1の層1を設け、第1の層1の上に、生体内崩壊性が第1の層1より大である第2の層2を設ける。例えば、基材4上に結晶性ハイドロキシアパタイトからなる第1の層1を設け、第1の層1の上にリン酸カルシウムからなる第2の層2を設ける。第1の層1の結晶性ハイドロキシアパタイト層は、生体内活性を有する材料であり、生体内でハイドロキシアパタイトの表面に骨芽細胞がつき骨形成がなされる。第1の層は、水溶性も他のリン酸カルシウムに比べて低く、原則的に生体内で置換されずに残る。
【0064】
本実施の形態では、組成の異なるリン酸カルシウム層の組み合わせの複数の層を作成する。第1の層と第2の層の組成は、例えば、第1の層1がハイドロキシアパタイト、第2の層2がリン酸三カルシウム(β-TCP、α-TCP)、リン酸八カルシウム(OCP)などである。第2の層のさらに表面側に、または、基材側の第1の層との間に、同様の効果を求めて第3の層もしくはそれ以上の層を設けてもよい。
【0065】
リン酸カルシウム層内部の構造において、基材との界面付近の最深部は結晶性ハイドロキシアパタイトで1μm以下の必要十分の膜厚で成膜し、結晶性ハイドロキシアパタイト膜より表面側は生体内崩壊性のリン酸カルシウムで構成される単層又は複数層とする。また、基材との界面付近のハイドロキシアパタイトを成膜時にアニーリングし結晶性にしてもよい。この場合、より基材との密着性が高くなる。第2の層は、ハイドロキシアパタイト以外のリン酸カルシウム(リン酸三カルシウム、リン酸八カルシウム)などを第1の層と同程度又はそれ以上の厚さで成膜する。
【0066】
基材には、ジルコニア基材を用い、ジルコニア表面にフェムト秒レーザーを連続照射し、サブミクロンサイズの凹凸5を持つナノ周期構造を作製した。前記凹凸によってより密着性をあげることができる。表面にサンドブラスト処理又は化学処理により、凹凸を作成してもよい。なお、基材はジルコニアに限定されない。
【0067】
次に、レーザーアブレーションを利用したPLD成膜方法を用いて、基材上にリン酸カルシウム膜を形成する。成膜の方法は、プラズマ溶射、その他のアブレーションの方法でも構わない。
【0068】
レーザー照射をリン酸カルシウムのターゲットに照射し、そこから放出されたアブレーション物質を基材に蒸着する。その際に成膜中の物質を結晶化できる400℃以上に設定し、結晶性ハイドロキシアパタイトへ変化できるように、最適な水蒸気圧力例えば0.05以上0.5Torr以下の圧力に設定する。
【0069】
次に、ターゲット材にβ-TCPを用いた場合の水蒸気圧について詳しく説明する。レーザーアブレーションにより放出される粒子のうち、最小は原子又は分子、クラスター状のものから、最大で1μm以上5μm程度の液滴や微粒子が放出される。ハイドロキシアパタイトの成膜方法において、TCPからハイドロキシアパタイトへ次の分子式の変化をする。
【0070】
10Ca(PO+3HO→3Ca10(PO(OH)+H(PO
【0071】
代表的な例として、PLD法でのハイドロキシアパタイト膜、α-TCP膜の2層からなる、組成の異なるリン酸カルシウムに関する成膜方法を、実験結果とともに詳しく説明する。
【0072】
図2は、作製した結晶性ハイドロキシアパタイトの存在比の水蒸気圧力依存性を示す図である。図2は、ラマン分光とX線回折から評価したα-TCPとハイドロキシアパタイトの比率の評価の結果を示したものである。アブレーション粒子は1μm以上の液滴を含むもので成膜している。基材表面の温度は500℃で一定である。水蒸気圧力が上昇し必要十分な量になることで、付着したα-TCPの粒子である成膜物質の大部分が、ハイドロキシアパタイトに変化する。本実験では、基材温度が、付着させた粒度分布に対してハイドロキシアパタイトの完全結晶化に十分な温度でないため、80%までの変化しかえられていない。本実施形態における第1の層は、80%以上結晶化していればよく、完全結晶化していないハイドロキシアパタイトでもよい。完全なハイドロキシアパタイトの結晶化のためには、570℃以上の温度で成膜中の物質を加熱することが好ましい。
【0073】
本実施形態における成膜方法では、まず、0.05~0.5Torrの水蒸気圧力、500℃以上の基材温度で、ハイドロキシアパタイトを1μm以下になるように、界面層の成膜を行う。その後、水蒸気圧力を真空に設定することで、表面層にα-TCPの成膜を行い、2層構造のリン酸カルシウムの成膜を行う。結晶性ハイドロキシアパタイトの成膜を行った後、他の成膜方法でα-TCP以外のリン酸カルシウムを行うことも可能である。
【0074】
(第2の実施の形態)
第1の実施の形態が、積層構造として、組成の異なるリン酸カルシウム層を用いることを特徴としているのに対して、本実施の形態では、結晶性の異なるリン酸カルシウム層を用いることを特徴とする。本実施の形態を、図3を参照して説明する。基材24、サブμm程度の凹凸構造25、第1の層21は、第1の実施の形態と同様である。本実施の形態では、医療機器材料20の基材24の全体または部分領域に、結晶性の異なるリン酸カルシウム層からなる積層構造23を備える。
【0075】
リン酸カルシウム層の積層構造23は、基材側の第1の層21と表面側の第2の層22からなる。第1の層21が結晶性の高いリン酸カルシウム層であり、例えば結晶性のハイドロキシアパタイトである。第2の層22が結晶性の低い層であり、例えばアモルファス状態の層である。
【0076】
被成膜物質のCa/P比はHO圧力に依存する。そのため、この物質の温度を結晶化に必要な温度(400℃以上望ましくは570℃以上)にし成膜することで、第1の層21の膜は結晶性ハイドロキシアパタイトになる。冷却後に記載の温度より十分に低い温度に冷却し、同一のHO圧力で成膜することで第2の層22としてアモルファスハイドロキシアパタイト層を成膜することができる。
【0077】
図4は、小径の粒度分布のアブレーション粒子で成膜した時の、結晶性の基材表面温度依存性を示す図である。より具体的には、図4の横軸は、液滴等の大型の微粒子を排除して最適水蒸気温度0.1Torrで成膜された膜の、ラマンスペクトルの半値幅である。小型の粒子径を持つものだけを成膜しているため、図2の成膜温度より結晶化の温度が低くなっている。約400℃を閾値としてそれ以上で結晶性ハイドロキシアパタイト、閾値以下でアモルファス状のハイドロキシアパタイトに制御することができる。このように、水蒸気圧力一定で、基材温度を閾値以上の温度上昇にすることにより、第1の層21の結晶性の膜を成膜させ、閾値以下でアモルファス状の第2の層22を成膜させることが可能である。図4によれば、ハイドロキシアパタイトのスペクトルが、約963cm-1で単一のスペクトル線を持ち、結晶化が進むほど、この線幅が狭帯域化することが示されている。
【0078】
本実施の形態では、第2の層のリン酸カルシウム層がアモルファスであるので、水溶性が高く、埋植した場合、体液の中では溶かされ骨形成する生体内崩壊性の特徴を示し、生体の骨と結合しやすい。このとき第1の層のリン酸カルシウム層は結晶質であり、基材への密着性が優れた状態で維持される。
【0079】
(第3の実施の形態)
本実施の形態は、リン酸カルシウム層の基材側の第1の層と表面側の第2の層の緻密性を変化させた場合に関し、その他は第1の実施の形態と同様である。図5は、本実施の形態の図である。本実施の形態の医療機器材料30は、基材34と積層構造33を備える。サブμm程度の凹凸構造35と第1の層31は、第1の実施の形態と同様である。本実施の形態では、医療機器の基材34の全体または部分領域に、緻密性の異なるリン酸カルシウム層からなる積層構造33を備える。基材34上に、生体内活性が第2の層32より大である第1の層31を設け、第1の層31の上に、生体内崩壊性が第1の層31より大である第2の層32を設ける。第1の実施の形態で示した方法で成膜を行った後、組成、結晶性を変えることなく緻密性のみを変えることにより、同様の効果が期待できる。
【0080】
本実施の形態の積層構造を作製する方法として、PLD法を用いる場合について説明する。第1の層31は、小径の粒度分布に限定できるPLD法等により緻密な膜を作成する。次に、第2の膜32は、長波長のレーザーでPLD法による成膜を行うか、障壁を設けずに粒度分布の大きい1μm以上の液滴を含む成膜を行うことにより、多孔質状の成膜を行う。こうして、緻密性の差がある2層のリン酸カルシウムを作成する。
【0081】
緻密性の異なる層を作製する方法について、具体例を説明する。PLD法においては、アブレーション用の照射するターゲット材に対して、吸収長が大きく変化する物質を混入することで、アブレーション粒子の粒度分布を変化させることができる。同一のターゲット材に対して、照射するレーザーの波長を変化させることで、付着する粒度分布を選択することができる。ターゲット材となる、例えばリン酸三カルシウムは、紫外域で短波長になるほど吸収長が短くなるため、基材界面では緻密な成膜を行い、表面になる外側の層では、長波長のレーザー照射で多孔質状の成膜を行うことにより、内部と表面で異なる緻密性を有する構造にすることができる。
【0082】
図6、7は、PLD法のための装置を説明する図である。いずれの装置も、YAGレーザー11、HOガス供給部12、ターゲット13、基材ホルダー16、COレーザー17、を備える。YAGレーザーは、第3高調波(波長355nm)以下の短波長レーザーが好ましい。図6は、小形の粒子18のみを得るために、装置内に障害物15を備える。YAGレーザー11をターゲット13(例:β-TCP)に照射することにより、アブレーションブルーム14が生じる。図7は、障害物が設けられていない装置である。障害物15が設けられていない装置(図7参照)では、大径の粒子19も小径の粒子18も、基材に到達して成膜される。一方、障害物15が設けられている装置(図6参照)では、小径の粒子15のみが基材に到達し、成膜物質の粒度分布が制御された、緻密性の大である膜が形成される。その結果、粒子分布が制御されない膜は、多孔質状となる。COレーザー17は、図では基材ホルダー16を加熱する構造で示されているが、成膜表面を直接照射する配置でも構わない。また、COレーザー17に替えて、赤外ランプ、紫外ランプ、紫外レーザーを用いてもよい。
【0083】
本実施の形態の第1の層31は、障害物15を設置した図6の装置を用いて、結晶化に最適な、HOガス圧力及び成膜温度で成膜することが可能である。
【0084】
図8および図9は、500℃基材表面温度、0.15Torrの水蒸気圧力で成膜した場合の、表面御電子顕微鏡写真である。図6の装置で成膜した結果を図8に、図7の装置で成膜した結果を図9に示す。まず、アブレーションを起こす比較的長い波長で液滴を含まないように、幾何学的に成膜対象を覆い液滴を排除した状態で、結晶化をしながら成膜を行い、その後、障害物を取り除き液滴を含む成膜を行った。図8写真はエクリプス法で液滴を排除したものを示す。図9はアブレーション粒子全てを成膜したものを示す。この様に障害物の有無で緻密、多孔質状の表面形状を選択することができる。またアブレーションレーザーを液滴排除にはArFエキシマレーザーを用いることにより、図6の障害物15なしでも緻密な膜を同様に成膜することができる。多孔質状の膜は、波長の長いKrFエキシマレーザーやYAGレーザー第4高調波を用いても、同様の効果が得られる。液滴を排除して1μm以下程度の膜を成膜した後、液滴を排除しないようにすることにより、表面積を増やし疑似的に溶解性を高めることが可能である。
【0085】
(第4の実施の形態)
本実施の形態を図10を参照して説明する。第1から第3までの実施の形態では複数の異なる層からの成膜を用いた例を示した。しかし、リン酸カルシウム層43の表面側に位置する層は深さ方向において、組成、結晶性、緻密性等が一定である必要はない。本実施の形態の医療機器材料40は、リン酸カルシウム層43の表面側は、膜厚方向に、基材44との界面側からリン酸カルシウム層表面に向かうに従って、組成、結晶性、緻密性の少なくともいずれかが漸次変化する、組成傾斜層、結晶性傾斜層、緻密性傾斜層を備える。これらの傾斜層における変化は、連続的でも、不連続でも、段階的であってもよい。基材44の表面の凹凸構造45は、他の実施の形態と同様である。
【0086】
例えば、リン酸カルシウム層として、基材との界面側には結晶性ハイドロキシアパタイトを1μm以下の十分な厚さを形成する。結晶性ハイドロキシアパタイト成膜後、HOガス圧力を減少させることにより、結晶性ハイドロキシアパタイトの比率を徐々に減少させ表面はα-TCP100%とする。または、結晶性ハイドロキシアパタイト成膜後、成膜物質の温度を低下させることにより、結晶性ハイドロキシアパタイトの比率を下げ徐々にアモルファス状ハイドロキシアパタイト100%に変化させる。または、その両方の条件を変化させることにより、徐々にアパタイトTCPに変化させることも可能である。
【0087】
(第5の実施の形態)
第1の実施の形態が組成の異なるリン酸カルシウム層を用いることを特徴としているのに対して、本実施の形態では、第1~4の実施の形態と同様に、第1の層には緻密な結晶性ハイドロキシアパタイトの成膜を行い、第2の層を第1の層とは異なる製法で成膜する。緻密な膜の成膜方法はスパッタ蒸着でも構わない。第2の層の成膜方法は、第1の層の成膜方法とは異なるプラズマ溶射、過飽和リン酸カルシウム溶液中の浸漬、交互浸漬法、疑似体液等の液中での浸漬などの方法で、生体内崩壊性の物質の成膜を行う。複数の成膜方法を用いて2層以上の構造の成膜を行うことにより、多層のリン酸カルシウム膜の成膜を行い、同様の効果を得ることができる。
【0088】
なお、上記実施の形態等で示した例は、発明を理解しやすくするために記載したものであり、この形態に限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明の医療機器材料は、硬組織補綴用の医療機器材料の分野で利用できる。例えば、人工歯、人工関節、人工骨に広く利用でき、産業上有用である。
【符号の説明】
【0090】
1、21、31 第1の層
2、22、32 第2の層
3、23、33 積層構造
43 リン酸カルシウム層
4、24、34、44 基材
5、25、35、45 凹凸構造
10、20、30、40 医療機器材料
11 YAGレーザー
12 HOガス供給部
13 ターゲット
14 アブレーションブルーム
15 障害物
16 基材ホルダー
17 COレーザー
18 小径の粒子
19 大径の粒子

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10