(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-23
(45)【発行日】2024-09-02
(54)【発明の名称】T細胞受容体の改変体
(51)【国際特許分類】
C07K 14/725 20060101AFI20240826BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20240826BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20240826BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20240826BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20240826BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20240826BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240826BHJP
【FI】
C07K14/725
C12N15/12 ZNA
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
(21)【出願番号】P 2020562387
(86)(22)【出願日】2019-12-26
(86)【国際出願番号】 JP2019051057
(87)【国際公開番号】W WO2020138256
(87)【国際公開日】2020-07-02
【審査請求日】2022-10-13
(31)【優先権主張番号】P 2018245253
(32)【優先日】2018-12-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002934
【氏名又は名称】武田薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(72)【発明者】
【氏名】金子 新
(72)【発明者】
【氏名】葛西 義明
(72)【発明者】
【氏名】林 哲
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/148454(WO,A1)
【文献】特開平11-302299(JP,A)
【文献】国際公開第97/043411(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 14/725
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下
のT細胞受容体の改変体
。
T細胞受容体鎖の定常領域からなるポリペプチドの2つの組み合わせからなり、
前記ポリペプチドの一方がT細胞受容体α鎖の定常領域からなり、他方がT細胞受容体β鎖の定常領域からなり、
該ポリペプチドが該T細胞受容体鎖の相補性決定領域(CDR)、α鎖の相補性決定領域(CDR)およびβ鎖の相補性決定領域(CDR)を含まない、T細胞受容体の改変体。
【請求項2】
2つのポリペプチドが1つ以上のジスルフィド結合で結合された、請求項
1に記載の改変体。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載の改変体をコードする核酸分子。
【請求項4】
請求項
3に記載の核酸分子を含む、ベクター。
【請求項5】
請求項
4に記載のベクターを導入する工程を含む、細胞の製造方法。
【請求項6】
請求項1
又は2に記載の改変体を発現する細胞。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、T細胞受容体の改変体及び該改変体を発現する細胞等に関する。
【0002】
(発明の背景)
T細胞は、細菌やウイルスなどの外来の病原体や癌細胞などの異常な細胞に対する免疫システムにおいて中心的な役割を果たしている。なかでも、細胞傷害性T細胞(CTL)は、その細胞表面上に存在するT細胞受容体(TCR)を介して、抗原提示細胞のクラス1主要組織適合抗原と共に提示された、ウイルスや腫瘍等由来の抗原ペプチドを認識し、異物である該抗原ペプチドを提示する細胞に対して特異的に細胞傷害活性を発揮する。
【0003】
このように、T細胞は免疫システムにおいて中心的な役割を果たしているため、患者由来の細胞、又はHLA遺伝子型が同一若しくは実質的に同一である同種細胞に、ウイルスや腫瘍等由来の抗原ペプチドを認識するTCR遺伝子、キメラ抗原受容体(CAR)等を導入し、人為的に大量のがん抗原特異的T細胞をinvitroで作製し、生体内に輸注するアプローチであるT細胞療法の開発が進められている。しかしながら、遺伝子導入を受けるT細胞には、内在性のTCRが存在しており、内在性のTCRと導入したTCRとが競合して、TCRの細胞表面への発現に必要なCD3分子と結合することで、導入したTCRの発現が阻害されるとの問題が生じる。また、遺伝子導入したTCR鎖が、内在性のTCR鎖とミスペアリングするとの問題も指摘されている。さらに、同種細胞を用いた場合には、内在性のTCRがレシピエントの抗原を認識し、移植片対宿主病(GvHD)を引き起こす可能性も存在する。
【0004】
これらの問題を解決する方法として、TCRβ鎖の定常領域(Cβ)に、α鎖の可変領域(Vα)とβ鎖の可変領域(Vβ)とを融合させた一本鎖のキメラTCRと、TCRα鎖の定常領域(Cα)を細胞に導入する方法が報告されており、該方法により内在性のTCRα鎖とのミスマッチを抑制でき、それにより予期せぬinvivo作用を抑制することが可能と考えられることが報告されている(非特許文献1)。また、導入するTCRのα鎖とβ鎖の定常領域にシステインを導入することで、導入されたTCR鎖と内在性のTCR鎖とのミスマッチを抑制できることも報告されている(非特許文献2)。しかしながら、これらの文献は、導入したTCR鎖と、内在性のTCR鎖とでミスマッチが生じることを防ぐことに主に焦点を当てており、内在性のTCR鎖のアロ反応性(Alloreactivity)については検証しておらず、また、抗原-HLA複合体の認識に重要であるTCRα鎖及びβ鎖のいずれの相補性決定領域(CDR)も有さないTCRの改変体については、開示も示唆さえもない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Knies D. et al., Oncotarget, 7(16):21199-21221 (2016)
【文献】Kuball J. et al., blood, 109(6):2331-2338 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明は、T細胞受容体(TCR)α鎖及びβ鎖のいずれの相補性決定領域(CDR)も有さない、新規なT細胞受容体の改変体を提供することを課題とする。また、該改変体を発現する、アロ反応性(Alloreactivity)が抑制されたT細胞を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決できる、アロ反応性が抑制されたT細胞受容体(TCR)の開発を進めていたところ、TCRα鎖及びβ鎖のCDRを含まないT細胞受容体の改変体が導入された細胞では、意外にも内在性のTCRに起因すると考えられるアロ反応性が抑制されているとの知見を見出した。また、TCR鎖の異なる鎖を組み合わせる、即ちαβTCRの定常領域と、γδTCRのCDRを有する改変TCRも、同様にT細胞のアロ反応性を抑制できることを見出した。これらの知見に基づき鋭意研究した結果、本発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本発明は以下を提供する。
[1] α鎖、β鎖、γ鎖及びδ鎖からなる群から選択されるT細胞受容体鎖の定常領域を含むポリペプチドを2つ組み合わせてなる、T細胞受容体の改変体であって、該ポリペプチドが該T細胞受容体鎖の相補性決定領域(CDR)、α鎖の相補性決定領域(CDR)およびβ鎖の相補性決定領域(CDR)を含まないことを特徴とする、改変体。
[2] 前記ポリペプチドの一方がT細胞受容体α鎖又はβ鎖の定常領域を含み、他方がT細胞受容体α鎖又はβ鎖の定常領域を含む、[1]に記載の改変体。
[2a] 前記ポリペプチドの少なくとも一方が、T細胞受容体γ鎖の相補性決定領域(CDR)、及び/又はT細胞受容体δ鎖の相補性決定領域(CDR)を含む、[2]に記載の改変体。
[2b] 前記ポリペプチドの少なくとも一方に含まれる定常領域がα鎖の定常領域であり、かつ相補性決定領域(CDR)がγ鎖の相補性決定領域(CDR)である、[2a]に記載の改変体。
[2c] 前記ポリペプチドの少なくとも一方に含まれる定常領域がβ鎖の定常領域であり、かつ相補性決定領域(CDR)がδ鎖の相補性決定領域(CDR)である、[2a]又は[2b]に記載の改変体。
[3] 2つのポリペプチドが1つ以上のジスルフィド結合で結合された、[1]~[2c]のいずれかに記載の改変体。
[3a] 前記ポリペプチドがさらに1つ以上のシグナルペプチドを含む、[1]~[3]のいずれかに記載の改変体。
[3b] 前記シグナルペプチドが、T細胞受容体鎖の定常領域のN末端に結合している、[3a]に記載の改変体。
[3c] 前記シグナルペプチドが、CD8および/またはIGHのシグナルペプチドである、[3a]に記載の改変体。
[4] [1]~[3c]のいずれかに記載の改変体をコードする核酸分子。
[5] [4]に記載の核酸分子を含む、ベクター。
[6] [5]に記載のベクターを導入する工程を含む、細胞の製造方法。
[6a] [1]~[3c]のいずれかに記載の改変体をコードする核酸を含む多能性幹細胞。
[6b] 前記多能性幹細胞が人工多能性幹細胞(iPS細胞)である、[6a]に記載の細胞。
[7] [1]~[3c]のいずれかに記載の改変体を発現する細胞。
【発明の効果】
【0009】
本発明のT細胞受容体の改変体は、細胞に導入されると、該細胞のアロ反応性を抑制することができるため、同種移植における移植片対宿主病(GvHD)のリスクを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、TCR鎖の可変領域を含まず、C領域を含むTCRの改変体を発現するT細胞について、フローサイトメトリーを用いて細胞膜表面上のCD3分子の発現を検出した結果を示す。横軸はCD3分子の細胞膜表面発現、縦軸は細胞数をそれぞれ示す。
【
図2】
図2は、レンチウイルスベクターを用いてAB6を遺伝子導入したiPS細胞から分化させた細胞膜上に発現するCD3、CD5、CD7およびαβTCRの発現をフローサイトメトリーで測定した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(発明の詳細な説明)
1.T細胞受容体の改変体
本発明は、α鎖、β鎖、γ鎖及びδ鎖からなる群から選択されるT細胞受容体(TCR)鎖の定常領域を含むポリペプチドを2つ組み合わせてなる、T細胞受容体の改変体(以下「本発明の改変体」と称する場合がある)を提供する。本発明の改変体は、TCRα鎖及びβ鎖の相補性決定領域(CDR)、又は同一種類の鎖の相補性決定領域(CDR)(好ましくは該CDRを含む可変領域の一部又は全部)をいずれも含まないこと、および、定常領域が由来するT細胞受容体鎖の相補性決定領域(CDR)、又は同一種類の鎖の相補性決定領域(CDR)(好ましくは該CDRを含む可変領域の一部又は全部)を含まないことを特徴とする。従って、本発明の改変体には、天然型又は人工型(例えば、定常領域と可変領域の由来となる動物種が異なる)のαβTCR、γδTCR、あるいはこれらのTCRにアミノ酸がさらに付加されたTCR改変体は包含されない。例えば、本発明の改変体の少なくとも一方の鎖に該当するポリペプチドが、T細胞受容体α鎖の定常領域を含む場合には、該ポリペプチドには、T細胞受容体α鎖のCDR、好ましくは該CDRを含む可変領域の一部又は全部、を含まないが、α鎖およびβ鎖以外、の異なるTCR鎖、例えばγ鎖、δ鎖のCDRや可変領域は含んでいてもよい。同様に、本発明の改変体の少なくとも一方の鎖に該当するポリペプチドが、T細胞受容体β鎖の定常領域を含む場合には、該ポリペプチドには、T細胞受容体β鎖のCDR、好ましくは該CDRを含む可変領域の一部又は全部、を含まないが、α鎖およびβ鎖以外、の異なるTCR鎖、例えばγ鎖、δ鎖のCDRや可変領域は含んでいてもよい。γ鎖及びδ鎖についても同様である。本発明の一態様において、T細胞受容体β鎖は、T細胞受容体β1鎖(配列番号2)またはT細胞受容体β2鎖(配列番号3)を含む。本発明の一態様において、T細胞受容体β鎖はT細胞受容体β1鎖(配列番号2)およびT細胞受容体β2鎖(配列番号3)を含む。
【0012】
また、本発明のポリペプチドはさらに、膜移行シグナルペプチド(以下、「シグナルペプチド」と称する)が付加されていてもよい。シグナルペプチドとしては、CD8、Immunoglobulin-H(IGH)、CD4の他、膜貫通ドメインを有する各種ペプチドをコードする遺伝子に由来する膜移行シグナルペプチド及び/または、当該シグナルペプチドのアミノ酸配列において1若しくは数個(例えば、2個、3個、4個、5個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/若しくは付加されたアミノ酸配列、もしくは当該シグナルペプチドのアミノ酸配列と同一性を有するアミノ酸配列からなるシグナルペプチドを使用することができる。シグナルペプチドが付加する場合の結合位置およびシグナルペプチドの数は特に限定されない。
【0013】
本明細書において、「T細胞受容体(TCR)」とは、TCR鎖(α鎖、β鎖、γ鎖、δ鎖)のダイマーから構成され、抗原又は該抗原-HLA(ヒト白血球型抗原)(MHC;主要組織適合遺伝子複合体)複合体を認識してT細胞へ刺激シグナルを伝達する受容体を意味する。それぞれのTCR鎖は可変領域と定常領域から構成され、可変領域には、3つの相補性決定領域(CDR1、CDR2、CDR3)が存在する。TCRの改変体は、各ポリペプチドが上記TCR鎖の定常領域を少なくとも含む、該TCR鎖のダイマーを意味する。
【0014】
本発明の一態様において、本発明の改変体を構成する一方のポリペプチドがT細胞受容体α鎖又はβ鎖の定常領域(C領域ともいう)を含み、他方がT細胞受容体α鎖又はβ鎖の定常領域を含む改変体が提供される。該改変体は、一方のポリペプチドがTCRγ鎖のCDR、好ましくは該CDRを含むTCRγ鎖の可変領域の一部又は全部、及び/又はTCRδ鎖のCDR、好ましくは該CDRを含むTCRδ鎖の可変領域の一部又は全部、を含んでいることが好ましい。かかる可変領域の少なくとも一部を含む場合、好ましくは、本発明の改変体を構成する少なくとも一方のポリペプチドの定常領域がTCRα鎖又はβ鎖の定常領域であり、かつCDRがγ鎖又はδ鎖のCDRであることが好ましい。より好ましくは、本発明の改変体を構成する一方のポリペプチドの定常領域がTCRα鎖の定常領域であり、CDRがγ鎖のCDRであり、かつ他方のポリペプチドの定常領域がTCRβ鎖の定常領域であり、CDRがδ鎖のCDRである。
【0015】
本発明の一態様として、TCR鎖のCDRを含む可変領域の一部又は全部を含まず、C領域を含む改変体が提供される。該改変体は例えば、一方のポリペプチドがT細胞受容体α鎖又はβ鎖の定常領域を含み、他方がT細胞受容体α鎖又はβ鎖の定常領域を含むことができる。また、該改変体は、例えば、一方のポリペプチドがT細胞受容体γ鎖又はδ鎖の定常領域を含み、他方がT細胞受容体γ鎖又はδ鎖の定常領域を含むことができる。また、該改変体は例えば、一方のポリペプチドがT細胞受容体α鎖又はβ鎖の定常領域を含み、他方がT細胞受容体γ鎖又はδ鎖の定常領域を含むことができる。
【0016】
本発明の改変体を構成するポリペプチドとして、例えば、配列番号1で示されるアミノ酸配列、配列番号1で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個(例えば、2個、3個、4個、5個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/若しくは付加されたアミノ酸配列、又は配列番号1で示されるアミノ酸配列と同一性を有するアミノ酸配列からなるTCRα鎖の定常領域を含むポリペプチド(以下「ポリペプチド1」と称する)が挙げられる。また、本発明の改変体を構成するポリペプチドとして、例えば、配列番号2または3で示されるアミノ酸配列、配列番号2または3で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個(例えば、2個、3個、4個、5個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/若しくは付加されたアミノ酸配列、又は配列番号2または3で示されるアミノ酸配列と同一性を有するアミノ酸配列からなるTCRβ鎖の定常領域を含むポリペプチド(以下それぞれ「ポリペプチド2」及び「ポリペプチド3」と称する)が挙げられる。本発明の好ましい実施態様において、本発明の改変体は、前記ポリペプチド1(TCRα鎖の定常領域)及びポリペプチド2(TCRβ1鎖の定常領域)、または前記ポリペプチド1(TCRα鎖の定常領域)及びポリペプチド3(TCRβ2鎖の定常領域)からなる。
【0017】
本発明の一実施形態として、TCR鎖のCDRを含む可変領域の一部又は全部を含まず、C領域を含むポリペプチド(例えば、前記ポリペプチド1及びポリペプチド2、または前記ポリペプチド1及びポリペプチド3からなる改変体)をより効率的に細胞膜表面上に発現させるために、少なくともいずれかのポリペプチドにさらにシグナルペプチドが付加されていることが好ましい。シグナルペプチドとしては、CD8、IGHが好ましい。シグナルペプチドが付加する場合の結合位置は特に限定されず、TCRのC領域を含むポリペプチドのC末端またはN末端に付加することが好ましく、N末端に付加することがより好ましい。シグナルペプチドが付加する場合のシグナルペプチドの数は特に限定されず、各ポリペプチドに対して1つ以上付加することが好ましく、1つ付加することが好ましい。
【0018】
シグナルペプチドとしては、例えば、配列番号4(CD8)または5(IGH)で示されるアミノ酸配列、配列番号4または5で示されるアミノ酸配列においてそれぞれ1若しくは数個(例えば、2個、3個、4個、5個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/若しくは付加されたアミノ酸配列、又は配列番号4または5で示されるアミノ酸配列とそれぞれ同一性を有するアミノ酸配列からなるシグナルペプチド(以下それぞれ「シグナルペプチド4」および「シグナルペプチド5」と称する)が挙げられる。
本発明の好ましい実施態様において、本発明の改変体は、前記シグナルペプチド5がポリペプチド1のN末端に付加した、配列番号8もしくは11で示されるポリペプチド(以下、「ポリペプチド8」および「ポリペプチド11」と称する)、および前記シグナルペプチド4がポリペプチド2のN末端に付加した、配列番号7もしくは10で示されるポリペプチド(以下、「ポリペプチド7」および「ポリペプチド10」と称する)からなる。
また、本発明の別の好ましい実施態様において、ポリペプチド8もしくはポリペプチド11、および前記シグナルペプチド4がポリペプチド3のN末端に付加した、配列番号13もしくは15で示されるポリペプチド(以下、「ポリペプチド13」および「ポリペプチド15」と称する)からなる。
【0019】
また、本発明の改変体を構成するポリペプチドとして、TCRγ鎖の可変領域を含むポリペプチドが挙げられる。また、本発明の改変体を構成するポリペプチドとして、TCRδ鎖の可変領域を含むポリペプチドが挙げられる。
【0020】
本明細書において、「同一性」とは、90%以上の(例:91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%若しくは99%又はそれより高い)同一性を意味する。アミノ酸配列の同一性は、以下の条件下(expectancy =10; gap allowed; matrix=BLOSUM62; filtering=OFF)で、相同性計算アルゴリズムのNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)を用いて計算することができる。同一性を決定するため、全長にわたる本発明の配列を別の配列と比較することが理解される。言い換えれば、本発明における同一性は、本発明の配列の短い断片(例えば1~3アミノ酸)を別の配列と比較すること、又はその逆を除外する。
【0021】
本発明の改変体に含まれるTCR鎖の定常領域、可変領域及びCDRの由来は、特に制限されないが、動物哺乳動物(例:マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ヒツジ、サル、ヒト)に由来するものが好ましく、なかでもヒトに由来するものがより好ましい。
【0022】
また、本発明の改変体に含まれるTCR鎖の定常領域は、天然型のTCR鎖の定常領域において、所定の改変が施されていることが好ましい。この改変としては、例えば、天然型のTCRの定常領域の特定のアミノ酸残基をシステイン残基に置換(例:配列番号1で示されるアミノ酸配列からなる定常領域の48番目のスレオニン(トレオニン)をシステインに置換、配列番号2または配列番号3で示されるアミノ酸配列からなる定常領域の56番目又は55番目のセリンをシステインに置換)することで、α鎖とβ鎖間のジスルフィド結合によるダイマー発現効率を亢進することなどが挙げられるが、これらに限定されない。好ましい実施態様において、2つのポリペプチドが1つ以上、好ましくは2つ以上のジスルフィド結合で結合されていることが好ましく、該ジスルフィド結合は、改変体の各ポリペプチドの含まれるシステイン残基(天然型に含まれているものでもよいし、上述のように人工的に導入したものでもよい)間で、酸化又は翻訳後修飾により形成される。
【0023】
本発明の改変体は、後述する本発明の核酸又はベクターを使用して遺伝子工学的に作製することができる。例えば、本発明の改変体を構成する一方のポリペプチドをコードする核酸及び他方のポリペプチドをコードする核酸の両方を細胞に導入して、各ポリペプチドを発現させてダイマーを形成させ、自体公知の方法により該ダイマーを単離することで作製することができる。
【0024】
2.本発明の改変体をコードする核酸又は該核酸を含むベクター
本発明は、上述した本発明のTCRをコードする核酸(以下「本発明の核酸」と称する場合がある)を提供する。本発明の核酸としては、本発明の改変体を構成する一方のポリペプチドをコードする核酸と、他方のポリペプチドをコードする核酸とは、別の分子に含まれていてもよく、両方のポリペプチドをコードする核酸が単一の分子に含まれていてもよい。
【0025】
本発明の核酸はDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよいが、好ましくはDNAである。また、該核酸は二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。二本鎖の場合は、二本鎖DNA、二本鎖RNA又はDNA:RNAのハイブリッドでもよい。核酸がRNAである場合は、RNAの配列については、配列表におけるTをUと読み替えることとする。また、本発明の核酸は、invitro又は細胞中で、ポリペプチドを発現できる限り、天然ヌクレオチド、修飾ヌクレオチド、ヌクレオチド類似体、又はこれらの混合物を含んでもよい。
【0026】
本発明の核酸は、自体公知の方法により作製することができ、例えば、TCR鎖の公知のDNA配列情報に基づいて、当該配列の所望の部分をカバーするようにオリゴDNAプライマーを合成し、当該配列を有する細胞より調製した全RNAもしくはmRNA画分を鋳型として用い、RT-PCR法によって増幅することにより、クローニングすることができる。あるいは、化学的にDNA鎖を合成するか、もしくは合成した一部オーバーラップするオリゴDNA短鎖を、PCR法(オーバーラップPCR法)やGibsonAssembly法を利用して接続することにより、その全長又は一部をコードするDNAを構築することが可能である。
【0027】
本発明の核酸は、発現ベクターに組み込むことができる。従って、本発明は、上述した本発明の核酸を含む発現ベクター(以下「本発明のベクター」と称する場合がある)を提供する。
【0028】
本発明のベクターに使用されるプロモーターとしては、例えば、ユビキチンプロモーター、EF1αプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、ユビキチンプロモーター、EF1αプロモーター、CAGプロモーター、MoMuLVLTR、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい。
【0029】
本発明のベクターは、上記プロモーターの他に、所望により、転写及び翻訳調節配列、リボソーム結合部位、エンハンサー、複製起点、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子などを含んでいてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子などが挙げられる。
【0030】
本発明の一態様において、上述した本発明の改変体を構成する一方のポリペプチドをコードする核酸と、他方のポリペプチドをコードする核酸とを含む発現ベクターを標的細胞内に導入し、細胞内や細胞表面に両方のポリペプチドのヘテロダイマーを構成することができる。この場合において、本発明の改変体を構成する一方のポリペプチドをコードする核酸と、他方のポリペプチドをコードする核酸は、別々の発現ベクターに組み込んでもよいし、1つの発現ベクターに組み込んでもよい。1つの発現ベクターに組み込む場合には、これら2種類の核酸は、ポリシストロニック発現を可能にする配列を介して組み込むことが好ましい。ポリシストロニック発現を可能にする配列を用いることにより、1種類の発現ベクターに組み込まれている複数の遺伝子をより効率的に発現させることが可能になる。ポリシストロニック発現を可能にする配列としては、例えば、2A配列(例:口蹄疫ウイルス(FMDV)由来の2A配列(F2A)、ウマ鼻炎Aウイルス(ERAV)由来の2A配列(E2A)、Porcineteschovirus(PTV-1)由来の2A配列(P2A)、Thosea asigna virus(TaV)由来の2A配列(T2A))(PLoS ONE, 3:e2532, 2008、Stem Cells 25, 1707, 2007等)、内部リボソームエントリー部位(IRES)(U.S. Patent No. 4,937,190)などが挙げられるが、均一な発現量の観点からは、2A配列が好ましい。また、2A配列のうち、P2A配列およびT2A配列が好ましい。
【0031】
本発明に用いることができる発現ベクターとしては、ウイルスベクター、プラスミドベクターなどが挙げられる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター(レンチウイルスベクターやシュードタイプベクターを含む)、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、センダイウイルス、エピソーマルベクターなどが挙げられる。また、トランスポゾン発現システム(例:PiggyBacシステム)を用いてもよい。プラスミドベクターとしては、動物細胞発現プラスミド(例:pa1-11、pXT1、pRc/CMV、pRc/RSV、pcDNAI/Neo)などが挙げられる。
【0032】
3.本発明の改変体を発現するT細胞
本発明は、本発明の核酸又はベクターが導入された細胞(以下「本発明の細胞」と称する場合がある)を提供する。本発明の細胞は、本発明の改変体を発現していることが好ましい。
【0033】
本発明の核酸又は発現ベクターを導入する細胞としては、例えば、リンパ球、リンパ球の前駆細胞、多能性幹細胞が挙げられる。本発明において、「リンパ球」とは、脊椎動物の免疫系における白血球のサブタイプの一つを意味し、リンパ球としては、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)が挙げられる。本発明の核酸又はベクターを導入する細胞としては、多能性幹細胞が好ましい。
【0034】
本発明において、「T細胞」とは、CD3陽性細胞を意味する。本発明の改変体を発現するT細胞としては、例えば、CD8陽性細胞である細胞傷害性T細胞(CTL)、CD4陽性細胞であるヘルパーT細胞、制御性T細胞、エフェクターT細胞などが挙げられるが、好ましくは、細胞傷害性T細胞である。本発明の改変体を発現するT細胞は、生体より採取されたT細胞に、本発明の核酸又はベクターを導入することにより得ることができる。あるいは、本発明の核酸又はベクターが導入された、多能性幹細胞又はリンパ球の前駆細胞からT細胞へ分化誘導することで、本発明のTCRを発現するT細胞(即ち、該多能性化細胞又は前駆細胞に由来するT細胞)を得ることができる。
本発明の一形態において、T細胞はCD3に加えて、CD5および/またはCD7を発現する場合がある。CD5および/またはCD7は生体内のT細胞においてもその細胞表面に発現する場合がある。T細胞がCD5および/またはCD7を発現する場合、CD3はT細胞において、TCRと複合体を形成することにより細胞表面に発現するのに対し、CD5およびCD7はTCR分子と複合体を形成することなく発現する。
【0035】
本発明の細胞(例:細胞傷害性T細胞)は、該細胞が本来有するTCR遺伝子に加えて、本発明の核酸又はベクターに由来する外因性のTCR遺伝子も有する。この点において、本発明の細胞は、生体より採取された細胞とは異なる。本発明の細胞は、本発明の改変体に加えて、キメラ抗原受容体(CAR)を発現していてもよい。
【0036】
前記リンパ球は、ヒト又は非ヒト哺乳動物の例えば末梢血、骨髄及び臍帯血より採取することができる。本発明の改変体を発現する細胞を、癌などの疾患の治療に用いる場合には、当該細胞集団は治療対象本人、又は治療対象のHLAタイプと一致したドナーから採取することが好ましい。
【0037】
リンパ球の前駆細胞としては、例えば、造血幹細胞、自己複製能を失った多能性前駆細胞(multipotent progenitor:MMP)、ミエローリンフォイド共通前駆細胞(MLP)、ミエロイド系前駆細胞(MP)、顆粒球単核前駆細胞(GMP)、マクロファージ-樹状細胞前駆細胞(MDP)、樹状細胞前駆細胞(DCP)などが挙げられる。多能性幹細胞としては、例えば、胚性幹細胞(embryonic stem cell:ES細胞)、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)、胚性腫瘍細胞(EC細胞)、胚性生殖幹細胞(EG細胞)などが挙げられる。上記多能性幹細胞がES細胞又はヒト胚に由来する任意の細胞である場合、その細胞は胚を破壊して作製された細胞であっても、胚を破壊することなく作製された細胞であってもよいが、好ましくは、胚を破壊することなく作製された細胞である。
【0038】
本明細書において、「多能性幹細胞(pluripotent stem cell)」とは、胚性幹細胞(ES細胞)及びこれと同様の分化多能性、すなわち生体の様々な組織(内胚葉、中胚葉、外胚葉の全て)に分化する能力を潜在的に有する細胞を指す。ES細胞と同様の分化多能性を有する細胞としては、「人工多能性幹細胞」(本明細書中、「iPS細胞」と称することもある)が挙げられる。
【0039】
「ES細胞」としては、マウスES細胞であれば、inGenious targeting laboratory社、理研(理化学研究所)等が樹立した各種マウスES細胞株が利用可能であり、ヒトES細胞であれば、NIH、理研、京都大学、Cellartis社が樹立した各種ヒトES細胞株が利用可能である。たとえば、ヒトES細胞株としては、NIHのCHB-1~CHB-12株、RUES1株、RUES2株、HUES1~HUES28株等、WisCell ResearchのH1株、H9株、理研のKhES-1株、KhES-2株、KhES-3株、KhES-4株、KhES-5株、SSES1株、SSES2株、SSES3株等を利用することができる。
【0040】
本明細書において、「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」とは、哺乳動物体細胞又は未分化幹細胞に、特定の因子(核初期化因子)を導入して再プログラミングすることにより得られる細胞を指す。現在、「人工多能性幹細胞」にはさまざまなものがあり、山中らにより、マウス線維芽細胞にOct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycの4因子を導入することにより、樹立されたiPS細胞(Takahashi K, Yamanaka S., Cell, (2006) 126: 663-676)のほか、同様の4因子をヒト線維芽細胞に導入して樹立されたヒト細胞由来のiPS細胞(Takahashi K, Yamanaka S., et al. Cell, (2007) 131: 861-872.)、上記4因子導入後、Nanogの発現を指標として選別し、樹立したNanog-iPS細胞(Okita, K., Ichisaka, T., and Yamanaka, S. (2007). Nature 448, 313-317.)、c-Mycを含まない方法で作製されたiPS細胞(Nakagawa M, Yamanaka S., et al. Nature Biotechnology, (2008) 26, 101-106)、ウイルスフリー法で6因子を導入して樹立されたiPS細胞(Okita K et al. Nat. Methods 2011 May;8(5):409-12, Okita K et al. Stem Cells. 31(3):458-66.)も用いることができる。また、Thomsonらにより作製されたOCT3/4・SOX2・NANOG・LIN28の4因子を導入して樹立された人工多能性幹細胞(Yu J., Thomson JA. et al., Science (2007) 318: 1917-1920.)、Daleyらにより作製された人工多能性幹細胞(Park IH, Daley GQ. et al., Nature (2007) 451: 141-146)、桜田らにより作製された人工多能性幹細胞(特開2008-307007号)等も用いることができる。
【0041】
このほか、公開されているすべての論文(例えば、Shi Y., Ding S., et al., Cell Stem Cell, (2008) Vol3, Issue 5,568-574;Kim JB., Scholer HR., et al., Nature, (2008) 454, 646-650;Huangfu D., Melton, DA., et al., Nature Biotechnology, (2008) 26, No 7, 795-797)、あるいは特許(例えば、特開2008-307007号、特開2008-283972号、US2008-2336610、US2009-047263、WO2007-069666、WO2008-118220、WO2008-124133、WO2008-151058、WO2009-006930、WO2009-006997、WO2009-007852)に記載されている当該分野で公知の人工多能性幹細胞のいずれも用いることができる。
【0042】
人工多能性細胞株としては、NIH、理研、京都大学等が樹立した各種iPS細胞株が利用可能である。例えば、ヒトiPS細胞株であれば、理研のHiPS-RIKEN-1A株、HiPS-RIKEN-2A株、HiPS-RIKEN-12A株、Nips-B2株、京都大学の253G1株、201B7株、409B2株、454E2株、606A1株、610B1株、648A1株、1231A3株、FfI-01s04株等が挙げられる。
【0043】
本発明において、「造血前駆細胞」とは、血球系細胞に分化し得る多能性幹細胞(multipotent stem cell)である。ヒトでは、主として骨髄に存在し、白血球(好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球、単球、マクロファージ)、赤血球、血小板、肥満細胞、樹状細胞に分化する。また本発明において、「造血前駆細胞」とは、CD34陽性細胞を意味し、好ましくは、CD34/CD43両陽性(DP)細胞である。本発明に用いる造血前駆細胞の由来は制限されず、例えば、下述の方法により、多能性幹細胞を分化誘導することにより得られる造血前駆細胞であってもよく、また、生体組織から、公知の手法により単離した造血前駆細胞であってもよい。
【0044】
多能性幹細胞又はリンパ球の前駆細胞に本発明の核酸又は発現ベクターを導入する場合、該細胞は、自体公知の方法により、リンパ球、好ましくはT細胞に分化させることが好ましい。多能性幹細胞をT細胞に分化させる方法として、例えば、(1)本発明の核酸又はベクターが導入された多能性幹細胞を、造血前駆細胞に分化させる工程、及び(2)該造血前駆細胞をT細胞に分化させる工程を含む方法が挙げられる。前記工程(1)は、例えば、国際公開第2013/075222号、国際公開第2016/076415号及びLiu S.et al., Cytotherapy, 17 (2015);344-358などに記載されているように、造血前駆細胞への誘導培地中で多能性幹細胞を培養する方法が挙げられる。また、前記工程(2)は、国際公開第2016/076415号などに記載されているような、(2-1)造血前駆細胞からCD4CD8両陽性T細胞を誘導する工程、及び(2-2)CD4CD8両陽性T細胞からCD8陽性T細胞を誘導する工程を含む方法が挙げられる。
【0045】
本発明の核酸又はベクターを細胞に導入する方法に特に限定はなく、公知の方法を用いることができる。核酸やプラスミドベクターを導入する場合には、例えば、リン酸カルシウム共沈殿法、PEG法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、リポフェクション法などにより行うことができる。例えば、細胞工学別冊8 新細胞工学実験プロトコール,263-267 (1995)(秀潤社発行)、ヴィロロジー(Virology),52巻,456 (1973)、日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.), 第119巻 (第6号), 345-351 (2002) などに記載の方法を用いることができる。ウイルスベクターを用いる場合には、本発明の核酸を適当なパッケージング細胞(例、Plat-E細胞)や相補細胞株(例、293細胞)に導入して、培養上清中に産生されるウイルスベクターを回収し、各ウイルスベクターに応じた適切な方法により、該ベクターを細胞に感染させることで、細胞に導入することができる。例えば、ベクターとしてレトロウイルスベクターを用いる具体的手段が、国際公開第2007/69666号、Cell, 126, 663-676 (2006) 及び Cell, 131, 861-872 (2007)などに開示されている。また、ベクターとしてレンチウイルスを用いる具体的手段が、Zufferey R. et al., Nat Biotechnol, 15(9):871-895 (1997)などに開示されている。特に、レトロウイルスベクターを用いる場合には、組換えフィブロネクチンフラグメントであるCH-296(タカラバイオ社製)を用いることにより、各種細胞に対して、高効率な遺伝子導入が可能となる。あるいは、ゲノム編集(例えば、CRISPRシステム、TALEN、ZFNなど)により、本発明の核酸又はベクターを細胞のゲノムに導入してもよい。
【0046】
本発明の核酸はまた、RNAの形態で直接細胞に導入し、細胞内で本発明の改変体を発現するために用いてもよい。RNAの導入方法としては、公知の方法を用いることができ、例えば、リポフェクション法や電気穿孔法などが好適に使用できる。
【0047】
本発明の改変体の発現は、例えば、本発明の改変体の一部(例:TCR鎖の定常領域等)を認識する抗体を用いて、免疫学的手法により検出又は測定することができる。免疫学的手法としては、例えば、抗体アレイ、フローサイトメトリー解析、放射性同位元素免疫測定法(RIA法)、ELISA、ウェスタンブロッティング、免疫組織染色、酵素免疫測定法(EIA法)、蛍光免疫測定法(FIA)、イムノクロマトグラフィー法などが挙げられる。
【0048】
本発明の改変体により、細胞のアロ反応性が抑制されることは、自体公知の方法により確認することができる。例えば、本発明の改変体を発現する細胞と、該改変体を発現しない対象の細胞とで、混合白血球反応(MLR)、Elispotアッセイ、限界希釈アッセイ(Limittingdilition assay)等を行い、該改変体を発現する細胞において、少なくともいずれかのアッセイでアロ反応性が低い結果となった場合に、本発明の改変体によりアロ反応性が抑制されたと評価することができる。
【0049】
4.本発明の細胞の製造方法
本発明は、本発明の核酸又はベクターを細胞に導入する工程を含む、細胞の製造方法(以下「本発明の製法」と称する場合がある)を提供する。本発明の核酸又はベクターが導入される細胞、導入方法等は、上記3.に記載の通りである。前記細胞は、本発明の改変体を発現していることが好ましい。本発明の改変体の発現は、上記3.に記載の方法により検出又は測定することができる。
【0050】
本発明の製法の一態様において、(1)本発明の核酸又はベクターが導入された多能性幹細胞を、造血前駆細胞に分化させる工程、及び(2)該造血前駆細胞をT細胞に分化させる工程を含む、T細胞の製法が提供される。
【0051】
(1)多能性幹細胞を造血前駆細胞に分化させる工程(工程(1))
多能性幹細胞から造血前駆細胞への分化方法としては、造血前駆細胞へ分化できる限り特に制限されないが、例えば、国際公開第2013/075222号、国際公開第2016/076415号及びLiu S. et al., Cytotherapy, 17 (2015);344-358などに記載されているように、造血前駆細胞への誘導培地中で多能性幹細胞を培養する方法が挙げられる。
【0052】
本発明において、造血前駆細胞への誘導培地は、特に限定されないが、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばIscove's Modified Dulbecco's Medium(IMDM)培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)、これらの混合培地などが挙げられる。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清で使用してもよい。必要に応じて、基礎培地には、例えば、ビタミンC類(例:アスコルビン酸)、アルブミン、インスリン、トランスフェリン、セレン、脂肪酸、微量元素、2-メルカプトエタノール、チオールグリセロール、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、サイトカインなどが含まれていてもよい。
【0053】
本発明においてビタミンC類とは、L-アスコルビン酸及びその誘導体を意味し、L-アスコルビン酸誘導体とは、生体内で酵素反応によりビタミンCとなるものを意味する。本発明に用いるアスコルビン酸の誘導体として、リン酸ビタミンC、アスコルビン酸グルコシド、アスコルビルエチル、ビタミンCエステル、テトラヘキシルデカン酸アスコビル、ステアリン酸アスコビル及びアスコルビン酸-2リン酸-6パルミチン酸が例示される。好ましくは、リン酸ビタミンCであり、例えば、リン酸-L-アスコルビン酸Na又はリン酸-L-アスコルビン酸Mgなどのリン酸-L-アスコルビン酸塩が挙げられる。
【0054】
工程(1)で用いる好ましい基礎培地は、血清、インスリン、トランスフェリン、セリン、チオールグリセロール、L-グルタミン、アスコルビン酸を含むIMDM培地である。
【0055】
工程(1)で用いる培地は、BMP4 (Bone morphogenetic protein 4)、VEGF (vascular endothelial growth factor)、SCF (Stem cell factor)及びFLT-3L (Flt3 Ligand)からなる群より選択される少なくとも1種類のサイトカインがさらに添加されていてもよい。より好ましくは、VEGF、SCF及びFLT-3Lを添加した培地である。
【0056】
工程(1)でビタミンC類を用いる場合、ビタミンC類は、4日毎、3日毎、2日毎、又は1日毎に、別途添加(補充)することが好ましく、1日毎に添加することが好ましい。当該ビタミンC類の培地中の濃度は、特に制限されないが、5 ng/ml~500 ng/mlに相当する量(例:5 ng/ml、10 ng/ml、25 ng/ml、50 ng/ml、100 ng/ml、200 ng/ml、300 ng/ml、400 ng/ml、500 ng/mlに相当する量)であることが好ましい。
【0057】
工程(1)でBMP4を用いる場合、培地中のBMP4の濃度は、特に制限されないが、10 ng/ml~100 ng/ml(例:10 ng/ml、20 ng/ml、30 ng/ml、40 ng/ml、50 ng/ml、60 ng/ml、70 ng/ml、80 ng/ml、90 ng/ml、100 ng/ml)であることが好ましく、20 ng/ml~40 ng/mlであることがより好ましい。
【0058】
工程(1)でVEGFを用いる場合、培地中のVEGFの濃度は、特に制限されないが、10 ng/ml~100 ng/ml(例:10 ng/ml、20 ng/ml、30 ng/ml、40 ng/ml、50 ng/ml、60 ng/ml、70 ng/ml、80 ng/ml、90 ng/ml、100 ng/ml)であることが好ましく、なかでも、20 ng/mlが好ましい。
【0059】
工程(1)でSCFを用いる場合、培地中のSCFの濃度は、特に制限されないが、10 ng/ml~100 ng/ml(例:10 ng/ml、20 ng/ml、30 ng/ml、40 ng/ml、50 ng/ml、60 ng/ml、70 ng/ml、80 ng/ml、90 ng/ml、100 ng/ml)であることが好ましく、なかでも、30 ng/mlが好ましい。
【0060】
工程(1)でFLT-3Lを用いる場合、培地中のFLT-3Lの濃度は、特に制限されないが、1 ng/ml~100 ng/ml(例:1 ng/ml、2 ng/ml、3 ng/ml、4 ng/ml、5 ng/ml、6 ng/ml、7 ng/ml、8 ng/ml、9 ng/ml、10 ng/ml、20 ng/ml、50 ng/ml、100 ng/ml)であることが好ましく、なかでも、10 ng/mlが好ましい。
【0061】
工程(1)において、多能性幹細胞の培養は、接着培養又は浮遊培養であってもよく、接着培養の場合、コーティング剤をコーティングした培養容器を用いて行ってもよく、また他の細胞と共培養してもよい。共培養する他の細胞として、C3H10T1/2(Takayama N., et al. J Exp Med. 2817-2830, 2010)、異種由来のストローマ細胞(Niwa A et al. J Cell Physiol. 2009 Nov;221(2):367-77.)が例示される。コーティング剤としては、マトリゲル(Niwa A, et al. PLoS One.6(7):e22261, 2011)が例示される。浮遊培養では、Chadwick et al. Blood 2003, 102: 906-15、Vijayaragavan et al. Cell Stem Cell 2009, 4: 248-62、及びSaeki et al. Stem Cells 2009, 27: 59-67に記載の方法が例示される。
【0062】
工程(1)において、培養温度の条件は、特に制限されないが、例えば、37℃~42℃程度、37℃~39℃程度が好ましい。また、培養期間については、当業者であれば造血前駆細胞の数などをモニターしながら、適宜決定することが可能である。造血前駆細胞が得られる限り、日数は特に限定されないが、例えば、少なくとも6日間以上、7日以上、8日以上、9日以上、10日以上、11日以上、12日以上、13日以上、14日以上であり、好ましくは14日である。培養期間が長いことについては、造血前駆細胞の製造においては通常問題とされないが、例えば35日以下が好ましく、21日以下がより好ましい。また、低酸素条件で培養してもよく、本発明において低酸素条件とは、15%、10%、9%、8%、7%、6%、5%又はそれら以下の酸素濃度が例示される。
【0063】
(2)造血前駆細胞をT細胞に分化させる工程(工程(2))
造血前駆細胞からT細胞への分化方法としては、造血前駆細胞をT細胞へ分化できる限り特に制限されないが、例えば、国際公開第2016/076415号などに記載されているような、(2-1)造血前駆細胞からCD4CD8両陽性T細胞を誘導する工程、及び(2-2)CD4CD8両陽性T細胞からCD8陽性T細胞を誘導する工程を含む方法が挙げられる。造血前駆体は、工程(1)により得られた細胞集団から、造血前駆細胞のマーカーを用いてあらかじめ単離することが好ましい。該マーカーとしては、CD43、CD34、CD31及びCD144からなる群から選択される少なくとも1つが挙げられる。
【0064】
(2-1)造血前駆細胞からCD4CD8両陽性T細胞を誘導する工程(工程(2-1))
本発明において、CD4CD8両陽性T細胞への分化方法としては、例えば、CD4CD8両陽性T細胞への誘導培地中で造血前駆細胞を培養する方法が挙げられる。
【0065】
本発明において、CD4CD8両陽性T細胞への分化誘導培地としては、特に制限されないが、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地には、上記工程(1)で用いたものと同様のものが挙げられる。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清で使用してもよい。必要に応じて、基礎培地には、例えば、ビタミンC類、アルブミン、インスリン、トランスフェリン、セレン、脂肪酸、微量元素、2-メルカプトエタノール、チオールグリセロール、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、サイトカインなどが含まれていてもよい。
【0066】
工程(2-1)で用いる好ましい基礎培地は、血清、トランスフェリン、セリン、及びL-グルタミンを含むαMEM培地である。基礎培地へビタミンC類を添加する場合、ビタミンC類は、工程(1)の場合と同様である。
【0067】
工程(2-1)で用いる培地は、サイトカインであるFLT-3L及び/又はIL-7をさらに含んでいてもよく、より好ましくは、FLT-3L及びIL-7を添加した培地である。
【0068】
工程(2-1)でIL-7を用いる場合、培地中のIL-7の濃度は、1 ng/ml~50 ng/ml(例:1 ng/ml、2 ng/ml、3 ng/ml、4 ng/ml、5 ng/ml、6 ng/ml、7 ng/ml、8 ng/ml、9 ng/ml、10 ng/ml、20 ng/ml、30 ng/ml、40 ng/ml、50 ng/ml)であることが好ましく、なかでも、5 ng/mlが好ましい。
【0069】
工程(2-1)でFLT-3Lを用いる場合、FLT-3Lは、上記工程(1)と同様に用いることができる。
【0070】
工程(2-1)において、造血前駆細胞を接着培養又は浮遊培養してもよく、接着培養の場合、培養容器をコーティングして用いてもよく、またフィーダー細胞等と共培養してもよい。共培養するフィーダー細胞として、骨髄間質細胞株OP9細胞(理研BioResource Centerより入手可能)が例示される。当該OP9細胞は、好ましくは、DLL4又はDLL1を恒常的に発現するOP9-DL4細胞又はOP9-DL1細胞である(例えば、Holmes R1 and Zuniga-Pflucker JC. Cold Spring Harb Protoc. 2009)。本発明において、フィーダー細胞としてOP9細胞を用いる場合、別途用意したDLL4若しくはDLL1、あるいはDLL4若しくはDLL1とFc等との融合タンパク質を適宜培地に添加することにより行ってもよい。フィーダー細胞を用いる場合、当該フィーダー細胞を適宜交換して培養を行うことが好ましい。フィーダー細胞の交換は、予め播種したフィーダー細胞上へ培養中の対象細胞を移すことによって行い得る。当該交換は、5日毎、4日毎、3日毎、又は2日毎にて行い得る。また、胚様体を浮遊培養して造血前駆細胞を得た場合は、これを単細胞に解離させたのちに、接着培養を行うことが好ましい。フィーダー細胞と共培養してもよいが、好ましくはフィーダー細胞を用いずに培養を行う。
【0071】
接着培養の場合であって、培養容器をコーティングする場合のコーティング剤としては、例えば、マトリゲル(Niwa A, et al. PLos One, 6(7):e22261, 2011))、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、レトロネクチン、DLL4若しくはDLL1、あるいはDLL4若しくはDLL1と抗体のFc領域等との融合タンパク質(例:DLL4/Fcchimera)、エンタクチン、及び/又はこれらの組み合わせが挙げられ、レトロネクチン及びDLL4とFc領域等との融合タンパク質の組み合わせが好ましい。
【0072】
工程(2-1)において、培養温度の条件は、特に制限されないが、例えば、37℃~42℃程度、37℃~39℃程度が好ましい。また、培養期間については、当業者であればCD4CD8両陽性T細胞の数などをモニターしながら、適宜決定することが可能である。造血前駆細胞が得られる限り、日数は特に限定されないが、例えば、少なくとも10日間以上、12日以上、14日以上、16日以上、18日以上、20日以上、22日以上、23日以上であり、好ましくは23日である。また、90日以下が好ましく、42日以下がより好ましい。
【0073】
(2-2)CD4CD8両陽性(DP)T細胞からCD8陽性T細胞(CD3シングルポジティブT細胞)を誘導する工程(工程(2-2))
工程(2-1)により得られたCD4/CD8DPT細胞を、CD8陽性T細胞に分化誘導する工程に付すことにより、CD8陽性T細胞へ分化誘導することができる。
【0074】
工程(2-2)で用いる基礎培地及び培地としては、工程(1)に記載された基礎培地及び培地と同様のものが挙げられる。
【0075】
前記培地は、副腎皮質ホルモン剤を含んでいてもよい。副腎皮質ホルモン剤としては、例えば、糖質コルチコイド及びその誘導体などが挙げられ、該糖質コルチコイドとしては、例えば、酢酸コルチゾン、ヒドロコルチゾン、酢酸フルドロコルチゾン、プレドニゾロン、トリアムシノロン、メチルプレドニゾロン、デキサメタゾン、ベタメタゾン、プロピオン酸ベクロメタゾンが挙げられる。なかでも、デキサメタゾンが好ましい。
【0076】
副腎皮質ホルモン剤としてデキサメタゾンを用いる場合、培地中のデキサメタゾンの濃度は、1nM~100nM(例:1nM、5nM、10nM、20nM、30nM、40nM、50nM、60nM、70nM、80nM、90nM、100nM)が好ましく、なかでも、10nMが好ましい。
【0077】
前記培地は、抗体(例:抗CD3抗体、抗CD28抗体、抗CD2抗体)、サイトカイン(例:IL-7、IL-2、IL-15)などを含有していてもよい。
【0078】
工程(2-2)で抗CD3抗体を用いる場合、該抗CD3抗体としては、CD3を特異的に認識する抗体であれば特に限定されないが、例えば、OKT3クローンから産生される抗体が挙げられる。抗CD3抗体は、磁気ビーズ等が結合されているものであってもよく、また、前記抗CD3抗体を培地中に添加する代わりに、抗CD3抗体を表面に結合させた培養容器上で該Tリンパ球を一定期間培養することによって刺激を与えてもよい。抗CD3抗体の培地中における濃度は、10ng/ml~1000ng/ml(例:10 ng/ml、50 ng/ml、100 ng/ml、200ng/ml、300 ng/ml、400 ng/ml、500 ng/ml、600 ng/ml、700 ng/ml、800 ng/ml、900 ng/ml、1000 ng/ml)が好ましく、なかでも、500 ng/mlが好ましい。その他の抗体の濃度についても、当業者は、培養条件等に基づき、適宜決定することができる。
【0079】
工程(2-2)でIL-2を用いる場合、培地中におけるIL-2の濃度は、10 U/ml~1000 U/ml(例:10 U/ml、20 U/ml、30 U/ml、40 U/ml、50 U/ml、60 U/ml、70 U/ml、80 U/ml、90 U/ml、100 U/ml、200 U/ml、500 U/ml、1000 U/ml)が好ましく、なかでも、100 U/mlが好ましい。工程(2-2)で用いるIL-7又はIL15の培地中における濃度は、1 ng/ml~100 ng/ml(例:1 ng/ml、5 ng/ml、10 ng/ml、20 ng/ml、30 ng/ml、40 ng/ml、50 ng/ml、60 ng/ml、70 ng/ml、80 ng/ml、90 ng/ml、100 ng/ml)が好ましく、なかでも、10 ng/mlが好ましい。
【0080】
工程(2-2)において、培養温度の条件は、特に制限されないが、37℃~42℃程度が好ましく、37℃~39℃程度がより好ましい。また、培養期間については、当業者であればCD8陽性T細胞の数などをモニターしながら、適宜決定することができる。CD8陽性T細胞が得られる限り、日数は特に限定されないが、1日以上、3日以上、7日以上が好ましく、60日以下が好ましく、35日以下がより好ましい。
【0081】
また別の態様において、本発明は、本発明の核酸又はベクターを細胞に導入する工程を含む、該細胞におけるアロ反応性を低減する方法を提供する。
【0082】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、これらは単なる例示であって本発明はこれらに限定されない。
【実施例】
【0083】
[実施例1]αβTCRの定常領域を有し、相補性決定領域(CDR)を有さないTCRの改変体をコードする核酸を含むLentiVベクターの作製
N末端にCD8分子の膜移行シグナルペプチドを付加した各α鎖(TRAC)と、N末端にIGH分子の膜移行シグナルペプチドを付加した各β鎖(TRBC1もしくはTRBC2)のアミノ酸をP2A配列で繋ぐポリペプチド鎖を設計した(表1AB5-AB8)。設計したポリペプチド鎖をコードするオリゴDNAを人工合成(GenScript)して、レンチウイルスベクタープラスミドのマルチクローニングサイトに挿入した。レンチウイルスベクタータープラスミドは、pCDH-CMV-MCS-EF1a-Puro(SystemBioscience)のCMVプロモーターをヒトユビキチンプロモーターに置換したものを使用した。ウイルスベクター作製は、SIRION社に委託した。
【0084】
【0085】
[実施例2]TCRの改変体を発現するT細胞の製造
レトロネクチン(タカラバイオ社)でコートした24ウェルプレートを用いて、4種類のCD3遺伝子(γ、δ、εおよびζ)を強制発現させたK562細胞(K562-CD3細胞、国立癌研究センター植村先生に御供与いただいた)に、表1に示す各改変体をコードする遺伝子を搭載したレンチウイルスベクターを感染させ、各改変体をコードする遺伝子を形質導入した。レンチウイルスベクターに感染させた後、37℃、5%CO2条件下で3日間培養した。
【0086】
[試験例1]上記TCRの改変体を発現するT細胞の細胞膜表面分子発現の評価
[実施例2]で得られた、表1に示す各改変体を発現するT細胞について、抗CD3抗体(APC/Cy7, UCHT1, BioLegend)で染色した後、LSRFortessaTMX-20 (BD Bioscience社)フローサイトメトリーを用いて、細胞膜表面上のCD3分子の発現を、フローサイトメトリーを用いて検出した(
図1)。AB5により得られた細胞およびAB7により得られた細胞においても、細胞膜表面上にCD3の発現が認められた。またAB6により得られた細胞およびAB8により得られた細胞において、細胞膜表面上により強くCD3の発現が認められた。
【0087】
[実施例3]TCRの改変体を発現するiPS細胞由来のT細胞の製造
1.iPS細胞の準備
iPS細胞には、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)から供与されたiPS細胞(Ff-I01s04株:健常人末梢血単核球由来)を使用した。iPS細胞培養は、CiRAが配布するプロトコール「フィーダーフリーでのヒトiPS 細胞の培養」に準じて行った。
【0088】
2.αβTCRの定常領域を有し、相補性決定領域(CDR)を有さないTCRの改変体をコードする核酸を含むLenti Vベクターの作製
pLVSIN-CMV Neo(クロンテック社)からネオマイシン耐性遺伝子をコードする配列を除去し、CMVプロモーターをヒトユビキチンプロモーターに置換したpLVSIN-Ubを用いたレンチウイルスベクターを作製した。上記で合成したAB6をコードする人工オリゴDNAをpLVSIN-Ubレンチウイルスベクターのマルチクローニングサイトに組込んだ。このプラスミドとクロンテック社のLenti-XTM 293T細胞株およびLenti-XTMPackaging Single Shots (VSV-G)を用いてレンチウイルスベクターを作製した。
【0089】
3.iPS細胞への改変型T細胞受容体遺伝子の導入
[実施例1]で作成したAB6を組み込んだレンチウイルスベクターを、iPS細胞に感染させることで、改変型T細胞受容体遺伝子の該細胞への導入を行った。
作製したレンチウイルスベクターを、[実施例3]1.で準備したiPS細胞に感染させることにより、改変TCR遺伝子をiPS細胞に導入した。以下、改変TCR遺伝子が導入されたiPS細胞を「tTCR-iPSC」ということがある。
【0090】
4.iPS細胞の造血前駆細胞(HPC)への分化
iPS細胞の造血前駆細胞(HPC)への分化は、公知の方法(例えば、Cell Reports 2(2012)1722-1735や国際公開第2017/221975号に記載された方法)に準じて行った。具体的には、[実施例3]3.で得られたtTCR-iPSCを、それぞれ超低接着処理された6 well plateに3 x 105cells/wellで播種し、EB培地(StemPro34に10 μg/mlヒトインスリン、5.5 μg/mlヒトトランスフェリン、5 ng/ml 亜セレン酸ナトリウム、2 mM L-グルタミン、45 mM α-モノチオグリセロー ル、および50 μg/ml Ascorbic acid 2-phosphate を添加)に10 ng/ml BMP4、50 ng/ml bFGF、15 ng/ml VEGF、2 μM SB431542、を加えて、低酸素条件下(5% O2) にて5日間培養を行った。続いて、50 ng/ml SCF、30 ng/ml TPO、10 ng/ml Flt3Lを添加し、さらに5~9日間培養を行い、浮遊細胞集団を得た。なお、培養期間中は2日または3日ごとに培地交換を行った。HPCを含む上記浮遊細胞集団を、表2の抗体セットを用いて染色した。上記染色を行った細胞集団を、FACSAriaによるソーティングに供した。
【0091】
【0092】
5.HPCのT細胞への分化
[実施例3]4.で得られた細胞分画を、公知の方法(例えば、Journal of Leukocyte Biology 96(2016)1165-1175や国際公開第2017/221975号に記載された方法)に準じて、リンパ球系細胞へ分化させた。具体的には、造血前駆細胞集団を、2000 cells/wellで、Recombinant h-DLL4/Fc chimera(SinoBiological)とRetronectin(タカラバイオ)をコートした48-well-plateに2000cells/wellで播種し、5%CO2、37℃条件下に培養した。培養期間中は2日または3日ごとに培地交換を行った。なお、培地には、15% FBSと2 mM L-グルタミン、100 U/mlペニシリン、100 ng/mlストレプトマイシン、55 μΜ 2-メルカプトエタノール、50 μg/ml Ascorbic acid 2-phosphate、10 μg/mlヒトインスリン、5.5 μg/mlヒトトランスフェリン、 5 ng/ml亜セレン酸ナトリウム、50 ng/ml SCF、50 ng/ml IL-7、50 ng/ml Flt3L、100 ng/ml TPO、15μM SB203580、30 ng/ml SDF-1αを添加したαMEM培地を用いた。培養開始から7日目および14日目に同様のコートをした48-well-plateに継代した。培養開始21日目にすべての細胞を回収した。回収した細胞は、表3の抗体セットを用いて染色した。
【0093】
【0094】
[試験例2]上記TCRの改変体を発現するT細胞の細胞膜表面分子発現の評価
[実施例3]5.で得られた細胞について、細胞膜表面上のCD3、CD5、CD7、およびαβTCRの発現をフローサイトメーターで測定した(
図2)。
【0095】
本明細書において、「含む(comprising)」又は「含む(comprise)」のような各用語は、任意選択で、「からなる(consisting of)」又は「からなる(consists of)」で置き換えられてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明の改変体は、細胞に発現されると、該細胞のアロ反応性を抑制することができるため、同種移植における移植片対宿主病(GvHD)のリスクを低減することができる。即ち、本発明の改変体の導入は、T細胞療法におけるアロ反応性制御の一つのオプションとなり得る。
【0097】
本出願は、日本国で出願された特願2018-245253(出願日:2018年12月27日)を基礎としており、ここで言及することにより、それらの内容は本明細書に全て包含される。
【配列表】