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特許7542834核酸増幅装置、核酸増幅方法及び核酸増幅用チップ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-23
(45)【発行日】2024-09-02
(54)【発明の名称】核酸増幅装置、核酸増幅方法及び核酸増幅用チップ
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/686 20180101AFI20240826BHJP
   C12M 1/00 20060101ALN20240826BHJP
   C12M 1/34 20060101ALN20240826BHJP
【FI】
C12Q1/686 Z
C12M1/00 A ZNA
C12M1/34 Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2023038348
(22)【出願日】2023-03-13
(62)【分割の表示】P 2021194200の分割
【原出願日】2015-07-07
(65)【公開番号】P2023075250
(43)【公開日】2023-05-30
【審査請求日】2023-04-11
(31)【優先権主張番号】P 2014140758
(32)【優先日】2014-07-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】512132147
【氏名又は名称】杏林製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永井 秀典
(72)【発明者】
【氏名】古谷 俊介
(72)【発明者】
【氏名】萩原 義久
(72)【発明者】
【氏名】渕脇 雄介
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-507937(JP,A)
【文献】特開2009-232700(JP,A)
【文献】特開2014-007200(JP,A)
【文献】国際公開第2009/113356(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/125676(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00ー3/10
C12Q 1/00-3/00
C12N 15/00-15/90
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯に各々対応する流路、
前記流路をつなぐ中間流路、
流路の両端部に送液用機構に接続可能な接続部を備えた微小流路を有するPCRチップにおいて、
当該微小流路中で前記伸長・アニーリング温度帯から前記変性温度帯へ試料溶液を送液するためにマイクロブロア又はファンを使用し、かつ、
蛍光検出器により前記中間流路で試料溶液の通過を確認し、前記マイクロブロア又は前記ファンを停止させることにより、前記マイクロブロア又は前記ファンと前記試料溶液との間の閉鎖流路内部の圧力を開放させて、流路内部と流路外部の圧力と等しくすることを特徴とする、前記試料溶液の前記変性温度帯における停止方法
【請求項2】
変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯に各々対応する流路、
前記流路をつなぐ中間流路、
流路の両端部に送液用機構に接続可能な接続部を備えた微小流路を有するPCRチップにおいて、
当該微小流路中で前記変性温度帯から前記伸長・アニーリング温度帯へ試料溶液を送液するためにマイクロブロア又はファンを使用し、かつ、
蛍光検出器により前記中間流路で前記試料溶液の通過を確認し、前記マイクロブロア又は前記ファンを停止させることにより、前記マイクロブロア又は前記ファンと前記試料溶液との間の圧力源側の閉鎖流路内部の圧力を開放させて、流路内部と流路外部の圧力と等しくすることを特徴とする、前記試料溶液の前記伸長・アニーリング温度帯における停止方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸増幅装置、核酸増幅方法及び核酸増幅用チップに関する。
【背景技術】
【0002】
核酸の検出は、医薬品の研究開発、法医学、臨床検査、農作物や病原性微生物の種類の同定など、様々な分野において中核をなすものである。癌を含む種々の疾患、微生物の感染、分子系統解析に基づいた遺伝子マーカーなどを検出する能力は、疾患および発症リスク診断、マーカーの探索、食品や環境中の安全性評価、犯罪の立証、および他の多くの技術にとって普遍的技術となっている。
【0003】
遺伝子である少量の核酸を高感度に検出する最も強力な基礎技術の1つは、核酸配列の一部または全部を指数関数的に複製し増幅した産物を分析する手法である。
【0004】
PCR法は、DNAのある特定領域を選択的に増幅する強力な技術である。PCRを用いると、テンプレートDNAの中の標的とするDNA配列について、単一のテンプレートDNAから数百万コピーのDNA断片を生成することができる。PCRは、サーマルサイクルと呼ばれる三相もしくは二相の温度条件を繰り返すことにより、単一鎖へのDNAの変性、変性されたDNA一本鎖とプライマーのアニーリング、および熱安定性DNAポリメラーゼ酵素によるプライマーの伸長という個々の反応が順次繰り返される。このサイクルは、分析に必要な十分なコピー数が得られるまで繰り返し行われる。原理上、PCRの1回のサイクルで、コピー数を倍にすることが可能である。実際には、サーマルサイクル
が続くと、必要な反応試薬の濃度が減少するので、増幅されたDNA産物の集積が、最終的に止まる。PCRの一般的詳細については、「Clinical Applications of PCR」、Dennis Lo(編集)、Humana Press(ニュージャージー州トトワ所在)(1998年)、および「PCR Protocols A Guide to Methods and Applications」、M.A.Innisら(編集)、Academic Press Inc.社(カリフォルニア州サンディエゴ所在)(1990年)を参照のこと。
【0005】
PCR法は目的のDNAを選択的に増幅できる強力な手法であるが、増幅したDNAを確認するためには、PCRの終了後に別途ゲル電気泳動などによる確認作業が必要であった。そこで、PCR法の改良として、目的のDNAの増幅量に合わせ蛍光を発生もしくは消光させるリアルタイムPCR法が開発され、試料中の目的のDNAの有無を簡便に確認できるようになった。従来のPCR法では、PCR前の試料中のテンプレートDNA量が一定量を超えると、PCR後の増幅DNA量はプラトーに達していることが多く、PCR前のテンプレートDNA量を定量することは出来ない。しかし、リアルタイムPCR法においては、プラトーに達する前に、PCR途中の増幅DNA量をリアルタイムに検出できるため、DNA増幅の様子からPCR前のテンプレートDNA量を定量することが可能である。そのためリアルタイムPCR法は、定量的PCR法とも呼ばれる。
【0006】
リアルタイムPCR法による標的DNA量の定量性は,臨床において特に有用であり、
例えばエイズウイルス(HIV)などウイルス感染の治療効果を確認する上で、ウイルス量の推移をモニタリングすること等に利用されている。また、ヘルペスウイルス(HHV)のような、多くが幼児期より不顕性感染しているが、体力減衰等により増殖し発症する日和見感染症の診断においても、リアルタイムPCR法によるDNA定量が有効である。
【0007】
PCR法およびリアルタイムPCR法は、サーマルサイクルにより遺伝子を指数関数的
に増幅する強力な手法であるが、PCRに使用される汎用のサーマルサイクラー装置は、ヒーターであるアルミブロック部の巨大な熱容量のため温度制御が遅く、30~40サイクルのPCR操作に従来1~2時間、場合によってはそれ以上を要する。そのため、最新の遺伝子検査装置を用いても分析にはトータルで、通常1時間以上を要しており、PCR操作の高速化は、技術登場以来の大きな課題であった。高速化を実現するために種々の方法が開発されているが、試料のサーマルサイクリングに関しては以下の3つの方法に分類される。
【0008】
第1の方法は、試料液がデバイス内に導入され、溶液が同じ部分に保持されたまま時間の経過とともに温度サイクリングが行われる方法である(非特許文献1および特許文献1)。この方法は試料量の低減により熱容量を小さくし、サーマルサイクルの高速化を目指しているものの、チャンバーやヒーター自身の熱容量の低減に限界があるため十分な増幅反応を行うには、少なくとも1サイクル当たり30秒程度必要であり、PCR反応の終了までに、最も速い装置であっても15分以上費やさなければならない。
【0009】
第2の方法は、微小流路を通じて試料液が空間的に離れた複数の温度帯を移動し、試料液は止まることなく連続的に送り込まれる連続流PCRと呼ぶ方法である。この連続流PCR法の中でも一定温度に制御された3本のヒーター上で蛇行流路を介して流すことで、試料温度を高速に制御する方式が知られている(非特許文献2)。この連続流PCR方式では、容器やヒーター等外部装置の温度変化が不要なため、理論上最も高速な温度制御を期待でき、極めて高速なケースでは7分程度でDNAの増幅を実現している。しかし、連続流PCRを用いて定量的なリアルタイムPCRを行うためには、各サーマルサイクルの蛍光強度を計測するために、蛇行流路の全領域、あるいは同じ温度帯上の蛇行流路の30~50箇所の領域を蛍光観察できる機構が必要となる。具体的には、広い領域を均一に照射可能な励起光源と、蛍光観察用の高感度なビデオカメラもしくはラインスキャナが必要であり、大型かつ高価格なシステム構成となることが避けられない。
【0010】
第3の方法は、第2の方法同様、空間的に離れた複数の温度帯が微小流路で結ばれており、試料液がこれらの温度帯上を所定の時間ずつ停止するように、同一流路上を反復しながら交互に移動し加熱される方法である(特許文献2)。この方法では各温度帯に接触する時間を自由に設定してサーマルサイクルが可能な点で優れている。ただし、試料を導入しポンプを使って往復もしくは回転する形でそれらの温度帯に送り込むためには、変性反応のため約95℃以上から、アニーリング反応のための約60℃までの温度勾配が形成された流路内を試料溶液が移動する際、高温側で加熱された試料内で生じた微小な気泡の膨張や気液界面に生ずる蒸気圧差により、流路内の望ましい温度領域位置から溶液が不本意に移動してしまうことを抑制するため、多数の一体化された弁およびポンプや、溶液位置を観察する検出器が必要となり装置の小型化が困難であった(非特許文献3、4および特許
文献3)。
【0011】
PCR/リアルタイムPCR装置を利用した遺伝子検査の市場は順調に成長しており、特にウイルス性肝炎や性感染症、インフルエンザ等の感染症の遺伝子検査は国内でも急速に普及し始めている。また、癌治療における遺伝子検査は、EGFR遺伝子変異が抗がん剤イレッサの適用目安になる等、その有用性が明らかになったことから、肺癌や膵臓癌などにおけるEGFR遺伝子、K-ras遺伝子、EWS-Flil遺伝子、TLS-CHOP遺伝子、SVT-SSX遺伝子、c-kit遺伝子に関する遺伝子検査が最近保健適用となった。
【0012】
PCR法では鋳型となるDNAにプライマーを付着させ、DNAポリメラーゼによって目的のプライマー配列にはさまれるDNAを特異的に検出する。PCR法はDNAの検出に用いることは可能であるが、直接的にRNAの検出をすることができない。したがって、インフルエンザウイルスやノロウイルス等のRNAウイルスを検出するためには、RN
Aを鋳型とし、逆転写酵素によって、一旦、相補的なcDNA合成してからPCRを行う
、いわゆるRT-PCR法を行うこととなり、実質的には2段階の工程を行わなければならない。また、PCR法およびRT-PCR法は急激な昇温、降温を必要とするため、特殊なインキュベーターを必要とし、自動化への適用は容易ではないという課題がある。
【0013】
近年、1つのPCR反応系に複数のプライマー対を用いることで、複数の遺伝子領域を同時に増幅するマルチプレックスPCRが注目されている。マルチプレックスPCRを発展させたリアルタイムマルチプレックスPCRは、それぞれのターゲットを、他のターゲットの影響(クロストーク)を受けにくく、感度を落とすことなく、複数の異なるターゲット遺伝子を区別して検出し、定量的な結果を得ることを目的としている。しかし、ラベル可能な蛍光物質の種類や、蛍光波長のオーバーラップの問題のために、2種類以上の定
量的マルチプレックス反応は、困難で不可能な場合が多いという報告がある。
【0014】
また、現状では、遺伝子検査をラボや分析センターに持ち帰り行っているが、現場で迅速に実施可能な高速なリアルタイムPCR装置があれば、その場で治療や対策の方針を決定できるため、現状の遺伝子検査機器に置き換わる画期的な技術になるものと考えられる。特に、口蹄疫や高病原性インフルエンザなど、パンデミックの水際対策では、現場での迅速かつ的確な判断と、移動に伴う二次感染拡大の防止が重要であり、そのニーズは極めて大きい。
【0015】
特に、臨床や感染症発生の現場でただちに遺伝子検査ができるサービスの実現には、低費用で実施可能で、高速かつ可搬性に優れたリアルタイムPCR装置が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【文献】カナダ国特許出願公開第2479452号明細書
【文献】特開2003-200041
【文献】WO2006/124458
【非特許文献】
【0017】
【文献】Neuzilら(Lab Chip 10:2632-2634(2010年))
【文献】Koppら(Science 280:1046-1048(1998年))
【文献】Chiouら(Anal Chem 73:2018-2021(2001年))
【文献】Brunklausら(Electrophoresis 33:3222-3228(2012年))
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明の目的は、現場に持ち運び可能な小型で高速にリアルタイムPCRが可能な核酸増幅装置、該装置用のプレート及び核酸増幅方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
反応の効率化を達成しかつ小型な増幅装置を実現するため、本発明は、2個の温度帯を平面上に配置し、流路をそれぞれの温度帯に近接するように接触させ、当該流路の両端はブロアもしくはファン等の停止時には大気圧開放される送液用機構によりプラグ状の試料溶液が当該流路内で各温度帯上の正確な位置で往復運動させることによりサーマルサイクリングし、その際、PCR溶液の通過の確認とサーマルサイクル毎の蛍光強度の計測を同
時に行えることを特徴とするレシプロカルフロー型の高速リアルタイム核酸増幅装置を提供する。さらに、他の例示的な実施形態においては、該核酸増幅方法には、RNA を逆転写によって cDNA に変換し、その cDNA に対して PCR法を行うことを含む。
【0020】
すなわち本発明は、以下の核酸増幅装置、核酸増幅方法及びチップを提供するものである。
(1) 変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯を形成できるヒーター、前記2つの温度帯間の試料溶液の移動を検出可能な蛍光検出器、前記2つの温度帯間の試料溶液の移動を可能にし、かつ、送液停止時には大気圧開放される1対の送液用機構、核酸増幅用チップを載置可能な基板、試料溶液の移動に関する蛍光検出器からの電気信号が送られて各送液用機構の駆動を制御する制御機構を備え、サーマルサイクル毎の蛍光強度の計測を行うことでリアルタイムPCRを行うことを特徴とするレシプロカルフロー型の核酸増幅装置。(2) (1)の核酸増幅装置における変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯に各々対応する曲線流路、前記曲線流路をつなぐ直線状の中間流路、流路の両端部に(1)の核酸増幅装置における送液用機構に接続可能な接続部を備えた微小流路を少なくとも1つ有する核酸増幅用チップ。
(3) 前記送液用機構がマイクロブロアまたは送風機である、(1)に記載の核酸増幅装置。
(4) 以下の工程を含む、核酸増幅方法:
工程1:変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯に各々曲線流路が含まれるように(2)に記載の核酸増幅用チップを(1)に記載の基板上に載置する工程、
工程2:前記微小流路内に試料溶液を導入する工程、
工程3:微小流路両端部の送液用機構接続部と1対の送液用機構を各々接続する工程、
工程4:前記送液用機構により試料溶液を微小流路の2つの曲線流路間で往復させてサーマルサイクリングを行い、さらに中間流路において前記蛍光検出器によりサーマルサイクル毎の試料溶液の蛍光強度の計測と試料溶液の通過の確認を同時に行うことでリアルタイムPCRを行う工程。
(5) 前記蛍光強度の測定が、2種類以上の蛍光波長を同時に計測し、複数の遺伝子のリアルタイムPCRを1本の流路内で同時に測定することを特徴とする、(4)に記載の
核酸増幅方法。
(6) 前記蛍光強度の計測を、サーマルサイクル数ごとの蛍光強度の行列(増幅曲線の2次元配列)から導出するサイクル数Ct値から求めた検量線を用いて行うことを特徴とする(4)又は(5)に記載の核酸増幅方法。
(7) 前記核酸増幅方法がポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、逆転写PCR(RT-PCR)、マルチプレックスPCRまたはRT-PCR、およびリアルタイムPCRまたはRT-PCRからなる群より選択される(4)~(6)のいずれかに記載の核酸増幅方法。
(8) 前記流路が平面基板上に2本以上形成されており、それぞれの流路について独立して送液操作を可能とすることで、割り込み分析を行うことを特徴とする(4)~(7)のいずれかに記載の核酸増幅方法。
(9) 前記接続部にマイクロピペットのフィルター付きピペットチップの先端を接続して試料溶液を微小流路内に導入し、前記ピペットチップを前記接続部に接続した状態でマイクロピペットを取り外し、その後に前記ピペットチップと前記送液用機構を接続する、(4)~(8)のいずれかに記載の核酸増幅方法。
(10) 前記流路に導入する試料溶液の容量は、5μL~50μLの範囲であることを特徴
とする(4)~(9)のいずれかに記載の核酸増幅方法。
(11) (4)~(10)のいずれかの核酸増幅方法に用いられる、(2)に記載の核酸増幅用チップ。
【発明の効果】
【0021】
【0022】
また、試料溶液が2個の温度帯を往復するためにPCR溶液の通過の確認とサーマルサイクル毎の蛍光強度の計測を同時にかつ高速で行うことにより、リアルタイムPCRの高速化が達成できる。
【0023】
従来の試料溶液の往復運動によるサーマルサイクルを用いる方法では、シリンジポンプ等の圧力源を流路と接続し、加圧ならびに減圧の繰り返しにより、プラグ状の試料溶液の往復送液を行っていた。その際、流路内のプラグ状試料溶液から、これら圧力源と接続される側の流路内部は圧力が逃げないように閉鎖系でなくてはならない。当該圧力源の加圧もしくは減圧により生じたプラグ状試料溶液の気液界面に対する力が、プラグ状試料溶液の流路内壁と間の静止摩擦力を超えた時点で送液が開始される。一方、プラグ状試料溶液を停止させるため加圧もしくは減圧を停止した場合、その時点では圧力源側の閉鎖流路内部には試料溶液の気液界面に作用する圧力が残存しており、動摩擦によりエネルギーが消費されきるまで、しばらく動き続けた後に停止する。特に、PCRのように変性反応のため約95℃以上まで加熱する場合、粘性の変化や微小な気泡の発生など試料溶液の内圧の変動の影響も大きく、ポンプ等の圧力源停止後の移動量はバラツキが大きく、正確な位置へ試料溶液の停止させるためには、流路内部の圧力を開放するための専用の弁や、圧力源の複雑な操作、ならびに溶液位置を確認するための専用のセンサが複数必要であった。
【0024】
しかし、本発明においては、プラグ状試料溶液の往復送液にはブロアもしくはファン等の空気の送風による流路内部を加圧もしくは減圧を利用するが、試料溶液が温度帯上の正確な位置へ到達した時点あるいはその直前に、当該ブロアもしくはファン等の送風を停止させると、流路内部の圧力が瞬時に大気圧に開放され、プラグ状試料溶液へ作用する圧力が失われるため送液はすぐに停止する。そのため、試料溶液の位置制御を行うための圧力開放用の複数の弁がなくても、各温度帯の間の1箇所で試料溶液通過を確認するだけで正確な位置制御が可能となる。さらに、往復送液の各サイクルの位置確認を行う点で蛍光計測も同時に行なうことができるので、直線流路上の1点のみを検出点とする最もシンプルな構成のリアルタイムPCR用サーマルサイクラーを実現できる。
【0025】
本発明では、PCRと呼ばれるポリメラーゼ連鎖反応を利用するが、複数回のサイクルの変性、プライマー対の相対鎖へのアニーリング、ターゲット核酸配列のコピー数の指数関数的な増加をもたらすプライマーの伸長を利用する。逆転写PCR(RT-PCR)と呼ばれるその変形においては、mRNAから相補的なDNA(cDNA)を生成するために逆転写酵素(RT)が使われ、続いてcDNAがPCRによって増幅され、DNAの多数のコピーを生成する。
【0026】
また、RT-PCR反応として、One-Step RT-PCRを用いることもでき
る。One-Step RT-PCRとは、RTでのインキュベーションからPCRでの
サイクリングまで、チューブの開閉や試薬の添加を行うことなく、ワンステップで迅速かつ簡便にRT-PCRを行うことができるRT-PCR法のことであり、当該技術分野ではOne-Step RT-PCRのための様々なキット、プロトコールが使用可能であ
り(例えば、QIAGENのOneStepRT-PCRMixなど)、適宜それらを選択して実施することが
できる。
【0027】
その他のPCRの多様な変更型については、例えば、米国特許番号第4,683,195号、4,683,202号、および4,800,159号;Mullis等、Meth. Enzymol. 155:335[1987];そしてMurakawa等、DNA 7:287[1988]を参照し、これらのそれぞれはその全体が参照として本明細
書に組み込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】核酸増幅装置の装置構成を示す図である。
図2】PCRチップの構成を示す図である。
図3】高速リアルタイムPCRにおける核酸の増幅を示す図である。
図4】高速リアルタイムPCRに用いる大腸菌(E.coli)の検量線を示す。
図5】アニーリング及び伸長反応時間を短縮しても、Ct値が変化せず標的DNAを十分に増幅できる保持時間を、標的DNAの長さ毎にプロットした図である。
図6】病原性微生物A及びB ならびにβアクチン遺伝子マルチプレックスPCRを示す。
図7】異なる逆転写酵素を用いた高速なOne-step逆転写リアルタイムPCRにおけるノロウイルスのG1遺伝子配列もしくはG2遺伝子配列を有するRNAに対する核酸の増幅を示す図である。
図8】高速なOne-step逆転写リアルタイムPCRにおけるノロウイルスのG1遺伝子配列もしくはG2遺伝子配列を有するRNAの異なる初期濃度からの核酸の増幅を示す図である。
図9】ノロウイルスのG1遺伝子配列もしくはG2遺伝子配列を有するRNAに対する高速なOne-step逆転写リアルタイムPCRにおける蛍光強度が急激に増幅して立ち上がるサイクル数Ct値を用いた検量線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の反応装置の1つの実施形態を図1から図9を参照しながら説明する。
【0030】
高速リアルタイムPCRに使用する装置構成は、図1に示す通り、PCRチップを載置するための基板(図示せず)、PCRチップ用温調部、送液用機構としての送液用マイクロブロア、蛍光検出器、制御機構としての制御用コンピュータ、電源用小型バッテリーから成り立っている。
【0031】
PCRチップ用温調部は、カートリッジヒーター2本を、上記PCRチップの蛇行流路部のシール面側と隙間なく接触する様に、10 mmの間隔をおいて平行に配置させた構成と
しており、2本のヒーターの温度制御のため、各ヒーターにはK型熱電対を接合させてい
る。
【0032】
カートリッジヒーター1は、PCRに必要なDNA変性反応に必要な温度に制御用コンピュータにより制御されているが、当該温度(変性温度帯)は90~100℃が望ましく特に95℃が好適である。カートリッジヒーター2はDNAのアニーリング反応及び伸長反応の
ために必要な温度(伸長・アニーリング温度帯)に制御用コンピュータに制御されているが、当該温度は40~75℃が望ましく、特に55~65℃が好適である。なおDNAの変性反応のための温度帯、アニーリング反応及び伸長反応のための温度帯は、一定の温度に制御することが好ましく、例えばPID(比例-積分-微分)制御により定温保持される。
【0033】
送液するPCR溶液は、5~50 μL、好適には5~25 μLの範囲内で必要量をマイクロピペッター等により計量し、当該PCR試料溶液を内包した状態のまま、マイクロピペットのディスポチップを微小流路の一端に装着する。マイクロピペット本体をはずし、代わりに送液用マイクロブロアに接続された空圧用チューブを接続し送風により加圧することで、PCRチップの微小流路中へ試料溶液を注入されることもできる。
【0034】
当該PCR試料溶液は、PCRに必要な成分と合わせて、リアルタイムPCRが可能なように、あらかじめTaqManプローブやCycleaveプローブ、Eプローブ(登録商標)と呼ば
れる蛍光プローブや、SYBR GREEN等の蛍光色素を混合してある。これら蛍光プローブについては、リアルタイムPCR用試薬キットや外注合成品を使用することが出来る。
【0035】
蛍光検出器は、各微小流路の中心に位置する直線流路上の1点を検出点として蛍光強度を計測するように配置されており、加圧により一方の蛇行流路部から送液された当該PCR溶液が、検出点を通過し終えた時点で、送液用マイクロブロアを停止させ、当該PCR溶液を、他方の蛇行流路部内に一定時間保持されることができる。
【0036】
制御用コンピュータは同時に、各微小流路に接続された2個ずつのマイクロブロアのプログラム制御が可能であり、各微小流路中心の上記検出点の蛍光強度を連続モニタリングしながら、当該PCR試料溶液が各ヒーター上の蛇行流路部へ設定した時間ずつ交互に移動する様、当該マイクロブロアについて交互にスイッチングしサーマルサイクリングを行う。当該制御用コンピュータは、さらに、リアルタイムPCR法において、サーマルサイクリングにより標的DNAが増幅するにつれ増加するサイクル毎の蛍光強度変化も同時に記録し、蛍光強度がある閾値を超えるサイクル数(Ct値)を算出することで、初期の標的DNA量を定量することが可能である。
【0037】
高速リアルタイムPCRに使用するPCRチップ(核酸増幅用チップ)は、射出成形により4本の微小流路を並列に形成した、COP製樹脂基板と、ポリオレフィン製透明シールを接合した構造である。
【0038】
各微小流路は図2に示すような幅及び深さ700 μmで2箇所蛇行して折り返す構造を有
しており、各蛇行流路部は微小流路の中心の直線流路部を挟むように、4回ずつ折り返し、各蛇行流路部のみで少なくとも25 μLの溶液量を収容可能としている。
【0039】
図2において点線で囲まれた領域(変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯)は、リアルタイムPCRにおけるサーマルサイクルのため、それぞれヒーターにより加熱される。
【0040】
当該流路の両端は、樹脂基板を貫通する小孔(送液用機構の接続部)と個々に連結しており、樹脂基板の微小流路側全面をポリオレフィン製透明シールにより接合した後も、当該小孔から微小流路毎に反応溶液および空気による導通が可能としている。
【0041】
当該小孔は、生化学実験において一般的に使用されるマイクロピペット用の使い捨てチップを装着できる構造としており、5~25 μLのPCR溶液を計量後、そのまま使い捨て
チップを接続することで、専用の器具が不要で、コンタミネーション等の汚染が無くPCR溶液を導入可能である。
【0042】
なお、当該流路は平面基板上に2本以上形成することにより、もしくは当該流路を有する平面基板を2枚以上並列して配置することにより、それぞれの流路について独立して送液操作を可能とすることで、割り込み分析を行うことが可能である。
【0043】
流路は、熱伝導性が比較的高くPCRに必要な温度範囲において安定で、電解質溶液や有機溶媒に侵食されにくく、かつ核酸やタンパク質を吸着しない材質であることが好ましい。材質として、ガラス、石英、シリコン、各種プラスチックが例示される。複数の温度領域と接触する流路の形状については、直線流路以外にも、ループ形状を有する蛇行流路や渦巻き状など曲線流路でもよい。また、流路の幅もしくは深さは一定でなくても良く、部分的に幅もしくは深さが変化しても良い。
【0044】
異なる温度領域への流路内の試料溶液の通過の検出と、サーマルサイクル毎の蛍光強度の計測は、同一の蛍光検出器が兼ねることが望ましいが、異なる複数の蛍光検出器を含んでもいても良い。複数の温度領域の間において試料溶液の通過を検出する方法は、蛍光検出以外にも比色や光吸収などの光学的手法や、静電容量の変化や電気化学反応などを含む
電気的手法であってもよい。流路と接触する2個以上の温度領域は、流路の外部から接触してもよく、もしくは流路の内部に内蔵されても良い。
【0045】
図2に示す微小流路では、変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯に対応する2つの蛇行流路を直線状の中間流路で連結され、中間流路において試料溶液の通過と蛍光を検出する。図2では、2つの小孔(送液用機構の接続部)をつなぐ直線上に中間流路が配置され、この中間流路で試料溶液の通過と蛍光を検出するので、PCRチップ(核酸増幅用チップ)の上下を反転させて(180度回転して)基板に配置しても蛍光検出器での検出が可能である。
【0046】
PCRチップは使用前にこれら2本のヒーターのそれぞれに、例えば、図2に示すように点線で囲まれた各蛇行流路部のシール面が密着する様に固定され、使用後には取り外し使い捨て用途に合わせ交換することを可能にしてもよい。送液用マイクロブロアは、上記PCRチップ上の微小流路1本当たり2個を利用し、当該微小流路の両端に接続した使い捨てチップ毎に1個ずつ空圧用チューブを介して接続させ、相互に作動させることで、双方向の送液を実現している。また、微小流路の本数にあわせて、送液用マイクロブロアの個数を増加して、複数の異なる試料を同時にサーマサイクリングする、例えばマルチプレックスPCRを行うことも可能である。
【0047】
本発明においてマルチプレックスPCRとは、フォワードプライマーを2種類以上含むプライマーセットを同一反応液中で用いるPCRをいう。本発明において「プライマーセット」とは、それぞれ1又は2種以上のフォワードプライマー及びリバースプライマーを組み合わせたものをいう。ここで本発明に係るプライマーセットは、リバースプライマーを1種のみ含む場合であっても、そのリバースプライマーが2種以上のフォワードプライマーとの組み合わせで(プライマー対として)それぞれ別個の増幅産物を生成するときは、マルチプレックスPCR用プライマーセットとして使用することができる。
【0048】
本発明におけるマルチプレックスPCR、蛍光強度を同時に計測することにより、それぞれの蛍光波長に対応した標的遺伝子の増幅を検知している。複数の蛍光検出器を用いて検出を行っても良いが、1つの波長の光を用いた検出信号でも実行可能である。
【実施例
【0049】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0050】
[実施例1]大腸菌の定量
高速リアルタイムPCR用のPCRチップ及び本発明の装置を用いて、大腸菌(Escherichia coli:E. coli)の定量を行った
レシチンブイヨン液体培地により大腸菌(DH5α株)を一晩培養し、寒天プレート培地
検査によるコロニーカウントに基づき、1×104cfu/μLの大腸菌懸濁液を調製後、10倍希
釈系列を作製し定量確認用の標準試料とした。
【0051】
リアルタイムPCRにおいて増幅する標的DNAは、大腸菌特異的なuid A遺伝子(ア
クセッション番号NC_000913.3)の106 bpのDNA配列とし、PCR用フォーワードプラ
イマーに5’-GTG TGA TAT CTA CCC GCT TCG C-3’(配列番号1)、リバースプライマー
に5’-AGA ACG GTT TGT GGT TAA TCA GGA-3’ (配列番号2)の配列を用い、PCR溶液中に最終濃度は各300 nMとした。また、リアルタイムPCR用のTaqMan(登録商標)プローブの配列としては、5’-FAM-TCG GCA TCC GGT CAG TGG CAG T-MGB-3’ (配列番号3)とし、PCR溶液中の最終濃度は、200 nMとした。
【0052】
その他の試薬については、タカラバイオ社のSpeedSTAR(登録商標) HS DNA polymeraseを最終濃度0.1 U/μLにて使用し、付属のFAST Buffer I及びdNTP Mixtureをマニュアル
通りの濃度で混合し、PCR用プレミクスチャーとした。各濃度の大腸菌懸濁液0.5 μL
を12 μLの上記PCR用プレミクスチャーとマイクロピペッターにより混合し、PCR溶液を吸引した状態のままマイクロピペッターの使い捨てチップの先を、PCRチップの微小流路の一端の小孔へ挿入し、当該使い捨てチップとマイクロピペットをリリースした。PCR溶液を内包したマイクロピペット用使い捨てチップを装着した微小流路の他端についても、空のマイクロピペット用使い捨てチップを装着し、それぞれに送液用マイクロブロアのチューブを接続した。高速リアルタイムPCRにおけるサーマルサイクル条件として、DNAポリメラーゼのホットスタートのため98℃で30秒加熱後、さらに98℃で2秒と58℃で4秒を45サイクル繰り返す設定とし、送液マイクロブロアのプラグラム制御により高速リアルタイムPCRを実行した。
【0053】
高速リアルタイムPCRにおけるサイクル毎の蛍光強度は、図3に示す通り、既存のリアルタイムPCR装置同様のシグモイド曲線を描き、大腸菌の初期濃度に依存して蛍光増幅の速度が変化している。
【0054】
蛍光強度の任意の閾値と交わるサイクル数をCt値とし、大腸菌の初期濃度に対する検量線をプロットすると、図4のように良好な直線性が得られ、0 cfu/μLであるNo template
control(NTC)のCt値が45サイクル以上であることから、100 cfu/μLの濃度であっても定量が可能であることが確認され、既存のリアルタイムPCR装置と同等の検出感度であることが確認された。
【0055】
高速リアルタイムPCRの処理時間は、45サイクルで6分40秒であり、既存の市販装置
のうち高速なサーマルサイクル装置であっても45サイクルの処理時間は45分であることから極めて高速に微生物やDNAの定量が可能な高速リアルタイムPCRが達成できた。
【0056】
[実施例2]高速PCR条件の検討
高速リアルタイムPCRは、DNA変性反応及び、アニーリング反応、ならびに各プライマーの3’末端から鋳型DNA配列に合わせDNAポリメラーゼにより複製される伸長
反応の3つの過程の繰り返しにより行われる。そのうち、DNA変性反応及びアニーリング反応は、標的DNAの長さに依存せず、短時間で完了する。しかし、伸長反応は、標的DNAの長さ及びDNAポリメラーゼの酵素活性に依存した時間が必要で、高速リアルタイムPCRにおいてもサーマルサイクルの適切な時間設定が必要である。
【0057】
大腸菌(DH5α株)の16S ribosomal RNA遺伝子(アクセッション番号KC_768803.1)の104 copiesを鋳型DNAとし、そのうちの約200~800 bpと標的DNAの長さを変えて、45サイクルの高速リアルタイムPCRを行った。
【0058】
共通のフォーワードプライマー配列は5’-GTT TGA TCC TGG CTC A-3’ (配列番号4)、共通のTaqMan(登録商標)プローブ配列は5’- FAM-CGG GTG AGT AAT GTC TGG-TAMRA-3’ (配列番号5)とし、標的DNAの長さに合わせ、以下のリバースプライマーを組み
合わせて使用した。
標的DNA長さが約200 bp用のリバースプライマー配列は5’-CTT TGG TCT TGC GAC G-3
’ (配列番号6)、約400 bpのリバースプライマー配列は5’-GCA TGG CTG CAT CAG-3’
(配列番号7)、約600 bpのリバースプライマー配列は5’- CTG ACT TAA CAA ACC GC-3’ (配列番号8)、約800 bpのリバースプライマー配列は5’- TAC CAG GGT ATC TAA TCC-3’ (配列番号9)とし、Tm値はいずれも約50℃に揃えて設定した。
【0059】
アニーリング及び伸長反応時間を短縮しても、Ct値が変化せず標的DNAを十分に増幅
できる保持時間を、標的DNAの長さ毎にプロットしたグラフを図5に示す。なお、約100 bpの短い標的DNAについては、上述のuid A遺伝子の結果を使用し、同一のグラフに
プロットした。図5より、同一の標的DNAの長さであっても、DNAポリメラーゼの活性によりアニーリング及び伸長反応時間が異なり、SpeedSTAR(登録商標)HS DNA polymeraseでは1秒あたり約78 bp、ExTaq HS DNA polymeraseでは1秒あたり約22 bpであった。
【0060】
さらに、伸長反応を除くアニーリング反応の時間は、理論上、標的DNAの長さが0 bpの場合、つまり図5におけるX切片が相当し、DNAポリメラーゼの種類に関係せず約2.7秒であった。これは、先述の従来の知見と一致していることから、標的DNAの長さに合わせて、図5に基づく時間を設定することにより、理論上最速のリアルタイムPCRを実施することが可能である。
【0061】
[実施例3]マルチプレックスPCR
高速リアルタイムPCRにおいて、同一サンプルから複数の標的DNAの有無を確認するマルチプレックスPCR法への適応例として、3種類の蛍光の同時計測が可能な多色蛍
光検出器を利用して、Neisseria gonorrhoeae及びChlamydia trachomatis、さらにヒト白血球由来βアクチン遺伝子の同時検出を検討した。
【0062】
多色蛍光検出器は同軸で青色励起、緑色励起、赤色励起の各蛍光を定量可能であり、PCRチップ上の微小流路の同一検出点にて、FAM標識、Texas red標識、Cy5標識の3種類
の蛍光プローブによる蛍光増幅を個別に検出できる。
多色蛍光検出器を使用する場合も、各微小流路の中心に位置する直線流路上の1点を検出点として3種類の蛍光強度を同時に計測するように配置されており、加圧により一方の蛇
行流路部から送液された当該PCR溶液が、検出点を通過し終えた時点で、送液用マイクロブロアを停止させ、当該PCR溶液を、他方の蛇行流路部内に一定時間保持されることができる。
【0063】
Neisseria gonorrhoeae及びChlamydia trachomatis、ならびにβアクチン遺伝子に対する標的DNAの長さと、各プライマーと蛍光プローブについてのTm値はそれぞれ同一とし、増幅効率に差が生じないように設計した。
【0064】
Neisseria gonorrhoeae及びChlamydia trachomatis、ならびにβアクチン遺伝子に対する蛍光プローブには、それぞれTexas red、Cy5、FAM標識のTaqMan(登録商標)プローブ
を利用し、PCR溶液中の最終濃度は各200 nMとした。
【0065】
Neisseria gonorrhoeae及びChlamydia trachomatis、ならびにβアクチン遺伝子に対する3種類のフォーワードプライマー並びにリバースプライマーのPCR溶液中の最終濃度は各300 nMとし、その他の試薬については、タカラバイオ社のSpeedSTAR(登録商標) HS
DNA polymeraseを最終濃度0.2 U/μLにて使用し、付属のFAST Buffer I及びdNTP Mixtureをマニュアル通りの濃度で混合し、PCR用プレミクスチャーとした。
【0066】
Neisseria gonorrhoeae及びChlamydia trachomatis 、ならびにβアクチンに対する鋳
型DNAはそれぞれの標的DNA配列を有する合成プラスミドを作成し、ポジティブコントロールには4 ng/μLを、NTCには滅菌水を代わりに混合して高速リアルタイムPCRを
実施した。
サーマルサイクル条件は、ホットスタートに96℃で20秒加熱後、さらに96℃で3秒と60℃
で8秒を45サイクル繰り返す設定とした。この条件における45サイクルのサーマルサイク
ル時間は、9分40秒であった。
【0067】
高速リアルタイムPCRを用いたNeisseria gonorrhoeae及びChlamydia trachomatis
ならびにβアクチン遺伝子に対するマルチプレックスPCRの結果を図6に示す。なお、多色蛍光検出器の3色の蛍光色素に対する感度は異なるため、ダイナミックレンジを補正
した結果を示している。図6において太線は鋳型DNAを含有した場合の3種類のそれぞ
れの蛍光強度の変化を示し、細線で示すNTCの蛍光シグナルに比べ明確な増幅が得られ、
同一試料からの多項目同時計測を実現した。
【0068】
なお、3種類の蛍光強度を同時に計測することにより、それぞれの蛍光波長に対応した
標的遺伝子の増幅を検知しているが、加圧により一方の蛇行流路部から送液された当該PCR溶液が、検出点を通過し終えた時点で、送液用マイクロブロアを停止させて、溶液の通過を検知する場合には、全ての蛍光検出器を使用する必要はなく、いずれか1つの波長の光を用いた検出信号でも実行可能である。
【0069】
[実施例4]One-step逆転写リアルタイムPCR
PCR溶液に逆転写酵素をあらかじめ混合させ、手軽にRNAからの逆転写反応とリアルタイムPCR法を1つの反応液から実施する手法が、One-step逆転写リアルタイムPCR法と呼ばれ、インフルエンザウイルスやノロウイルスなどのRNAウイルスの検出に利用されている。One-step逆転写リアルタイムPCR法では、一般的なRT-PCR法の様における2段階の工程をまとめることで、操作を著しく簡略化できるが、逆転写反応の逆転写酵素と、リアルタイムPCR法のDNAポリメラーゼが互いに干渉するため、PCRの効率が悪くなることが課題となっている。しかし、高速な温度制御により逆転写酵素とDNAポリメラーゼのそれぞれの活性に最適な温度へ速やかに移行することにより、逆転写反応とリアルタイムPCR法のそれぞれを効率よく順番に実施することができ、高効率なOne-step逆転写リアルタイムPCR法を行うことが可能である。実際に、高速リアルタイムPCR用のPCRチップ及び本発明の装置を用いて、ノロウイルスのG1遺伝子及びG2遺伝子を、One-step逆転写リアルタイムPCR法により定量を検討した。
【0070】
標的となるG1遺伝子もしくはG2遺伝子の配列を有するRNAは、市販のTaKaRa qPCR Norovirus (GI/GII) Typing Kitに付属の標準品もしくは合成DNAの転写産物である
RNAを使用し、希釈系列をRNaseフリーの滅菌水を用いて調製した。
【0071】
プライマー及びプローブの配列は、国立感染症研究所感染症情報センター提供のノロウイルスの検出法に記載の各配列を使用した。ノロウイルスのG1遺伝子に対するフォーワードプライマー配列はCOG-1Fの5’-CGY TGG ATG CGN TTY CAT GA-3’ (配列番号10)
、TaqMan(登録商標)プローブ配列はRING1‐TP(a)の5’- AGA TYG CGA TCY CCT GTC CA-3’ (配列番号11)及びRING1‐TP(b)の5’- AGA TCG CGG TCT CCT GTC CA-3’ (配列番号12)、リバースプライマー配列はCOG-1Rの5’- CTT AGA CGC CAT CAT CAT TYA C-3’ (配列番号13)とした。また、ノロウイルスのG2遺伝子に対するフォーワードプ
ライマー配列はCOG-2Fの5’- CAR GAR BCN ATG TTY AGR TGG ATG AG-3’(配列番号14
)、TaqMan(登録商標)プローブ配列はRING2AL_TPの5’- TGG GAG GGS GAT CGC RAT CT-3’ (配列番号15)、リバースプライマー配列はCOG-2Rの5’- TCG ACG CCA TCT TCA TTC ACA-3’ (配列番号16)とした。
【0072】
G1遺伝子もしくはG2遺伝子に対する蛍光プローブには、いずれもFAM標識のTaqMan
(登録商標)プローブを利用し、PCR溶液中の最終濃度は各200 nMとした。
【0073】
G1遺伝子もしくはG2遺伝子に対する各フォーワードプライマー並びにリバースプライマーのPCR溶液中の最終濃度を300 nMとし、その他の試薬については、タカラバイオ社のPrimeScrip(登録商標)Reverse Transcriptaseもしくはライフテクノロジーズ社のSuperScript(登録商標)Reverse Transcriptaseを最終濃度5 U/μL、RNase阻害剤を最終濃度1 U/μL、SpeedSTAR(登録商標) HS DNA polymeraseを最終濃度0.2 U/μLにて
使用し、付属のFAST Buffer I及びdNTP Mixtureをマニュアル通りの濃度で混合し、One-step逆転写リアルタイムPCR用プレミクスチャーとした。
【0074】
サーマルサイクル条件は、逆転写反応にタカラバイオ社のPrimeScrip(登録商標)Reverse Transcriptaseを用いた場合には、42℃で10秒もしくはライフテクノロジーズ社のSuperScript(登録商標)Reverse Transcriptaseを用いた場合には、55℃で10秒とした。こ
れら逆転写反応は、高速リアルタイムPCR用のPCRチップにおける低温側のヒーター上に位置する蛇行流路部内にて行い、逆転写反応が終了後、低温側ヒーター温度を56℃まで上昇させ、引き続き送液させることにより、ホットスタートに96℃で10秒加熱後、さらに96℃で3秒と56℃で8秒を45サイクル繰り返す設定とした。この条件における45サイクルのOne-step逆転写リアルタイムPCRに要した時間は、10分20秒以下であった。
【0075】
高速なOne-step逆転写リアルタイムPCRにおけるサイクル毎の蛍光強度は、図7に示す通り、ノロウイルスのG1遺伝子及びG2遺伝子の初期濃度が同一であれば、逆転写酵素の種類に依存せず同様のシグモイド曲線を描き、蛍光強度が急激に増幅して立ち上がるサイクル数はそれぞれ一致した。
【0076】
次に、ノロウイルスのG1遺伝子及びG2遺伝子のRNAの初期濃度を変化させて、高速なOne-step逆転写リアルタイムPCRの検討を行ったところ、図8に示す通り、ノロウイルスのG1遺伝子及びG2遺伝子のそれぞれについて、初期濃度に依存して蛍光強度が急激に増幅して立ち上がるサイクル数が変化した。この蛍光強度が急激に増幅して立ち上がるサイクル数は、RNAの初期濃度の順に並んでおり、そのため、蛍光強度が急激に増幅して立ち上がるサイクル数であるCt値により、RNAの初期濃度の定量が一般的に可能である。
【0077】
ただし、図8に示す、ノロウイルスのG1遺伝子に対する増幅曲線においては、サーマルサイクルに合わせ、なだらかに蛍光強度が増幅する形でベースラインが右肩上がりとなり、あるサイクル数から急激に蛍光強度が増加することが確認された。そのため、ある一定値の蛍光強度を閾値として、それを超えるサイクル数をCt値とする通常の方法では、正確なCt値を見積もることが困難である。
【0078】
そこで、ベースラインが一定値ではない場合においても、One-step逆転写リアルタイムPCRの最中に適切に消え高強度が立ち上がるCt値を検出するため、サーマルサイクル数ごとに計測された蛍光強度の行列(増幅曲線の2次元配列)から導出することとした。
【0079】
増幅曲線の2次元配列のCt値までの傾きに対して、急激に立ち上がる傾きを検出するため、蛍光強度のバラツキが大きい場合には、必要に応じて移動平均を行いつつ、前進方向の1階微分をサーマルサイクル毎に行い、得られた傾きに関する新たな2次元配列のうち、初期(例えば5~15サイクルでもよく、あるいは各サイクルにおけるその直前の5~15サイクルでも良い)の傾きの二乗平均平方根(あるいは加重平均でもよい)と、それ以降の傾きを比較し、有意(例えば5倍以上だが、2倍以上でもよい)に増加した場合を
、蛍光強度が急激に増幅して立ち上がるサイクル数Ct値として導出した。
【0080】
得られたCt値から、ノロウイルスのG1遺伝子及びG2遺伝子のRNAの初期濃度に対する検量線を作成した結果を図9に示す。ノロウイルスのG1遺伝子及びG2遺伝子の各RNA濃度に対して良好な直線性が得られており、One-step逆転写リアルタイムPCRの途中であっても、蛍光強度が急激に立ち上がった時点で速やかにCt値を決定でき、そのCt値からRNAの初期濃度について算出可能である。
【0081】
本発明の特徴は、PCR溶液全体が、流路を通じて蛍光検出点をサイクル毎に通過する
方式となっている。したがって、リアルタイムPCRによって生成した蛍光色素が、サーマルサイクルの高速化のためPCR溶液中に均一に分散する時間が無く、蛍光色素の濃度としてPCR溶液中に不均一に分布していた場合であっても、全ての蛍光色素が蛍光検出器により検出され積算されるため、サイクル毎に正確な蛍光量を定量することが可能である。
【0082】
したがって、図9に示す通り、検量範囲内において、各RNA濃度の測定におけるCt値のエラーバーはとても小さく、高速なOne-step逆転写リアルタイムPCRであっても繰り返し再現性に優れた、正確な定量が可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明に関する装置は可搬性も有し、臨床や感染症発生の現場において、低費用で高速かつリアルタイムPCRを実現することができ、具体的には、治療効果の迅速な確認や、畜産・養鶏における感染症の早期発見により感染の拡大を防ぐことが可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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