(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-23
(45)【発行日】2024-09-02
(54)【発明の名称】すべり軸受、すべり軸受装置、及びポンプ
(51)【国際特許分類】
F16C 33/20 20060101AFI20240826BHJP
F16C 17/14 20060101ALI20240826BHJP
F04D 13/00 20060101ALI20240826BHJP
F04D 29/046 20060101ALI20240826BHJP
F04D 29/02 20060101ALI20240826BHJP
【FI】
F16C33/20 A
F16C17/14
F04D13/00 D
F04D29/046 A
F04D29/02
(21)【出願番号】P 2021000929
(22)【出願日】2021-01-06
【審査請求日】2023-12-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000000239
【氏名又は名称】株式会社荏原製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100112634
【氏名又は名称】松山 美奈子
(74)【代理人】
【識別番号】100146710
【氏名又は名称】鐘ヶ江 幸男
(72)【発明者】
【氏名】金 成夏
(72)【発明者】
【氏名】杉山 憲一
(72)【発明者】
【氏名】小宮 真
【審査官】倉田 和博
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-077764(JP,A)
【文献】特開2013-194769(JP,A)
【文献】特開2016-180440(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/20
F16C 17/14
F04D 13/00
F04D 29/02、29/046
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
すべり軸受であって、
前記すべり軸受は、芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂、窒化ホウ素、炭素繊維、グラファイト、及び不可避不純物からなる樹脂組成物から形成されており、
前記樹脂組成物に対する、前記グラファイトの含有率は5質量%以下(0質量%を含む)であり
、前記窒化ホウ素、前記炭素繊維、及び前記グラファイトの合計の含有率は30質量%以下であり、
かつ前記フッ素樹脂の含有率は20質量%未満であり、
前記すべり軸受のすべり面における前記炭素繊維の面積率は10%未満であり、ただし、前記炭素繊維の面積率は、すべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の5箇所について、光学顕微鏡(500倍)による観察視野:縦589μm×横442μmの部分を画像処理してHSB色空間においてBrightnessが75%以上の領域の面積から求める平均面積率であ
り、
前記すべり軸受のすべり面が、大気と接触した状態及び土砂が混入した水と接触した状態のいずれでも運転可能に構成されている、
前記すべり軸受。
【請求項2】
すべり軸受を備えたすべり軸受装置であって、
前記すべり軸受は、芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂、窒化ホウ素、炭素繊維、グラファイト、及び不可避不純物からなる樹脂組成物から形成されており、
前記樹脂組成物に対する、前記グラファイトの含有率は5質量%以下(0質量%を含む)であり
、前記窒化ホウ素、前記炭素繊維、及び前記グラファイトの合計の含有率は30質量%以下であり、
かつ前記フッ素樹脂の含有率は20質量%未満であり、
前記すべり軸受のすべり面における前記炭素繊維の面積率は10%未満であり、ただし、前記炭素繊維の面積率は、すべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の5箇所について、光学顕微鏡(500倍)による観察視野:縦589μm×横442μmの部分を画像処理してHSB色空間においてBrightnessが75%以上の領域の面積から求める平均面積率であ
り、
前記すべり軸受のすべり面が、大気と接触した状態及び土砂が混入した水と接触した状
態のいずれでも運転可能に構成されている、
前記すべり軸受装置。
【請求項3】
前記芳香族ポリエーテルケトンが、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトン、ポリエーテルエーテルケトンケトン、又はそれらの組み合わせである、請求項
2に記載されたすべり軸受装置。
【請求項4】
前記フッ素樹脂が、ポリテトラフロオロエチレン、テトラフロオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、又はそれらの組み合わせである、請求項2
又は3に記載されたすべり軸受装置。
【請求項5】
請求項2~
4のいずれか一項に記載のすべり軸受装置を備えたポンプ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポンプ等の回転機械のラジアル軸受として好適に使用されるすべり軸受、当該すべり軸受を備えたすべり軸受装置、及び当該すべり軸受装置を備えたポンプに関する。
【背景技術】
【0002】
ポンプ等に、樹脂材料を用いたすべり軸受を備えたすべり軸受装置を使用するときは、ポンプ等が取り扱う水に土砂等の異物が混入していることを想定し、異物の主成分である硬度の大きいSiO2が軸受のすべり面に侵入して樹脂材料を摩耗する現象を考慮しなければならない。すなわち、異物混入水中でのポンプ等の運転は、樹脂製のすべり軸受の摩耗量が増大し軸受寿命が短くなるという問題を考慮しなければならない。
【0003】
したがって、すべり軸受装置のすべり軸受に用いられる樹脂材料には、SiO2等のスラリー中運転時での摩耗速度が小さいことが求められる。
【0004】
一方で、立形ポンプ等においては、すべり軸受装置は、必ずしも軸受のすべり面が水中で運転されるばかりではなく、管理運転や先行待機運転のように大気中で運転される場合、すなわち、すべり軸受装置の軸受のすべり面が大気中に露出するドライ条件で運転される場合がある。すべり軸受装置がドライ条件で運転される場合、ポンプ等の回転軸との摩擦による発熱によって、軸受のすべり面の樹脂材料の温度が上昇し、樹脂材料の変形及び摩耗が発生するという問題がある。また、近年、ドライ条件で運転されるポンプは多種に及んでおり、すべり軸受が支える回転軸の回転速度(V)及び摺動面圧(P)の条件の範囲、並びにPV値(回転軸の回転速度×摺動面圧)の範囲がより高い値の条件へと広がってきており、このようなより過酷な条件において、上述のすべり軸受の樹脂材料の変形及び摩耗の発生がより顕著になるという問題がある。
【0005】
したがって、すべり軸受装置のすべり軸受に用いられる樹脂材料には、上述のスラリー中運転時の摩耗速度が小さいことに加えて、ドライ条件の運転時に、摩擦係数が小さくて発熱が少ないこと、及び比較的高いPV値の範囲であっても発熱を抑え運転可能であることも求められる。
【0006】
従来のすべり軸受装置としては、フッ素樹脂、芳香族ポリエーテルケトン、炭素繊維、グラファイト、及び不可避不純物を含むすべり軸受を備えたすべり軸受装置であって、前記すべり軸受のすべり面において、前記フッ素樹脂は2%以上10%以下の面積率を有し、前記炭素繊維は4%以上17%以下の面積率を有し、前記グラファイトは5%以上15%以下の面積率を有し、前記芳香族ポリエーテルケトンおよび前記不可避不純物は残りの面積を占める、すべり軸受装置(特許文献1)が知られている。特許文献1に記載のすべり軸受装置におけるすべり軸受は、グラファイトの面積率が5%以上となっていてグラファイトの含有率が高く、また、添加剤として窒化ホウ素を含んでいない。
また、芳香族ポリエーテルケトン、タルク、炭素繊維、及び不可避不純物を含むすべり軸受を備えたすべり軸受装置であって、前記すべり軸受に対する前記タルクの含有率は7質量%以上18質量%以下であり、前記すべり軸受のすべり面における前記炭素繊維の面積率は27%以上35%以下である、すべり軸受装置(特許文献2)が知られている。特許文献2に記載のすべり軸受装置におけるすべり軸受は、炭素繊維の面積率が27%以上と高い値を有しており、また、添加剤としてタルクを含んでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2015-21551号公報
【文献】特開2019-100428号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、土砂等の異物を含む水(スラリー)中での運転時における耐スラリー摩耗性能に優れるすべり軸受を提供することを目的とする。また、本発明は、スラリー中での運転時における耐スラリー摩耗性能に優れることに加えて、軸受のすべり面が大気中に露出するドライ条件の運転において、摩擦係数が小さくて発熱が少なく、かつ比較的高いPV値の範囲であっても発熱を抑え運転可能であるすべり軸受を提供することも別の目的とする。さらに、当該すべり軸受を備えたすべり軸受装置及び当該すべり軸受装置を備えたポンプを提供することも別の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
以上述べた課題を解決するために、本発明の一形態によれば、
すべり軸受であって、
前記すべり軸受は、芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂、窒化ホウ素、炭素繊維、グラファイト、及び不可避不純物からなる樹脂組成物から形成されており、
前記樹脂組成物に対する、前記グラファイトの含有率は5質量%以下(0質量%を含む)であり、かつ前記窒化ホウ素、前記炭素繊維、及び前記グラファイトの合計の含有率は30質量%以下であり、
前記すべり軸受のすべり面における前記炭素繊維の面積率は10%未満であり、ただし、前記炭素繊維の面積率は、すべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の5箇所について、光学顕微鏡(500倍)による観察視野:縦589μm×横442μmの部分を画像処理してHSB色空間においてBrightnessが75%以上の領域の面積から求める平均面積率である、
前記すべり軸受、が提供される。
【0010】
本発明の別の形態によれば、
すべり軸受を備えたすべり軸受装置であって、
前記すべり軸受は、芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂、窒化ホウ素、炭素繊維、グラファイト、及び不可避不純物からなる樹脂組成物から形成されており、
前記樹脂組成物に対する、前記グラファイトの含有率は5質量%以下(0質量%を含む)であり、かつ前記窒化ホウ素、前記炭素繊維、及び前記グラファイトの合計の含有率は30質量%以下であり、
前記すべり軸受のすべり面における前記炭素繊維の面積率は10%未満であり、ただし、前記炭素繊維の面積率は、すべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の5箇所について、光学顕微鏡(500倍)による観察視野:縦589μm×横442μmの部分を画像処理してHSB色空間においてBrightnessが75%以上の領域の面積から求める平均面積率である、
前記すべり軸受装置、が提供される。
【0011】
上記いずれの形態であっても、前記すべり軸受のすべり面が、大気と接触した状態及び土砂が混入した水と接触した状態のいずれでも運転可能に構成されていることが好ましい。
【0012】
上記いずれの形態であっても、前記芳香族ポリエーテルケトンが、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトン、ポリエーテルエーテルケトンケトン、又はそれらの組み合わせであることが好ましい。
【0013】
上記いずれの形態であっても、前記フッ素樹脂が、ポリテトラフロオロエチレン、テトラフロオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、又はそれらの組み合わせであることが好ましい。
【0014】
本発明の別の形態によれば、上記すべり軸受を備えたポンプが提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、水中ポンプのラジアル軸受用すべり軸受装置で使用されるすべり軸受であって、スラリー中での運転時における耐スラリー摩耗性能に優れるすべり軸受装置を提供することができる。また、スラリー中での運転時における耐スラリー摩耗性能に優れることに加えて、ドライ条件の運転において、摩擦係数が小さくて発熱が少なく、かつ比較的高いPV値の範囲であっても発熱を抑え運転可能であるすべり軸受を提供することもできる。さらに、当該すべり軸受を備えたすべり軸受装置及び当該すべり軸受装置を備えたポンプを提供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】先行待機運転を行う立軸ポンプの全体を示す断面図である。
【
図2】
図1に示した軸受に適用される軸受装置の拡大図である。
【
図3】
図2に示す軸受装置に設置されたすべり軸受の斜視図である。
【
図4】本発明例及び比較例のすべり軸受装置についての、窒化ホウ素、炭素繊維、及びグラファイトの合計(質量%)とスラリー中での摩耗速度(μm/h)との関係を示すグラフである。
【
図5】本発明例No.1のすべり軸受装置についての、PV値(MPa・m/s)と温度上昇値(℃)との関係を示すグラフである。
【
図6】本発明例No.1のすべり軸受装置についての、PV値(MPa・m/s)と摩擦係数との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は、先行待機運転を行う立軸ポンプ3の全体を示す断面図である。
図1に示すように、立軸ポンプ3は、ポンプ設置床に設置固定される吐出エルボ30と、この吐出エルボ30の下端に接続されるケーシング29と、ケーシング29の下端に接続されるとともにインペラ22を内部に格納する吐出ボウル28と、吐出ボウル28の下端に接続されるとともに水を吸い込むための吸い込みベル27とを備えている。
【0018】
立軸ポンプ3のケーシング29、吐出ボウル28、及び吸い込みベル27の径方向略中心部には、上下二本の軸が軸継手26によって互いに接続されることにより形成された一本の回転軸10が配置されている。回転軸10は、支持部材を介してケーシング29に固定されている上部軸受32と、支持部材を介して吐出ボウル28に固定されている下部軸受33によって支持されている。回転軸10の一端側(吸い込みベル27側)には、水をポンプ内に吸い込むためのインペラ22が接続されている。回転軸10の他端側は、吐出エルボ30に設けられた孔を通って立軸ポンプ3の外部へ延び、インペラ22を回転させる図示しないエンジンやモータ等の駆動機へ接続される。回転軸10と吐出エルボ30に設けられた孔との間には、フローティングシール、グランドパッキンまたはメカニカルシール等の軸シール34が設けられており、軸シール34により立軸ポンプ3が扱う水が立軸ポンプ3の外部に流出することを防止する。
【0019】
駆動機は、保守点検を容易に行うことができるように陸上に設けられる。駆動機の回転は回転軸10に伝達され、インペラ22を回転させることができる。インペラ22の回転
によって水は吸込みベル27から吸い込まれ、吐出ボウル28、ケーシング29を通過して吐出エルボ30から吐出される。
【0020】
図2は、
図1に示した軸受32,33に適用される軸受装置の拡大図である。
図3は、
図2に示す軸受装置に設置されたすべり軸受の斜視図である。
図2に示すように、軸受装置は、回転軸10の外周に、ステンレス鋼、セラミックス、焼結金属又は表面改質された金属からなるスリーブ11を有している。スリーブ11は、例えば、ビッカース硬さ(Hv)を800以上2500以下とすることができる。スリーブ11の外周側には、中空円筒の樹脂材料からなるすべり軸受1が設けられている。スリーブ11の外周面は、すべり軸受1の内周面(すべり面)1aと非常に狭いクリアランスを介して対面し、すべり軸受1に対して摺動するように構成されている。すべり軸受1は、金属又は樹脂からなる軸受ケース12によりつば部12aを介してポンプのケーシング29(
図1参照)等へ繋がる支持部材13に固定されている。
図3に示すように、すべり軸受1は中空円筒状の形状を有しており、内周面(すべり面)1aがスリーブ11の外周面と対面し、外周面1bが軸受ケース12に嵌合される。
【0021】
本実施形態に係るすべり軸受装置は、例えば、
図2に示したすべり軸受装置と同様の構造を有する。即ち、本実施形態に係るすべり軸受装置は、回転体である回転軸10及びスリーブ11と、固定体であるすべり軸受1とを有する。また、本実施形態に係るすべり軸受装置に用いられるすべり軸受1は、
図3に示したすべり軸受1と同様の構造を有する。
【0022】
本実施形態に係るすべり軸受1は、芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂、窒化ホウ素、炭素繊維、グラファイト、及び不可避不純物からなる樹脂組成物から形成される。円筒形状のすべり軸受1の内周面は、スリーブ11の外周面と接触する軸受の内周面(すべり面)1aを構成している。
【0023】
本実施形態に係るすべり軸受を形成する樹脂組成物において、前記樹脂組成物に対する、前記グラファイトの含有率は5質量%以下(0質量%を含む)であり、かつ前記窒化ホウ素、前記炭素繊維、及び前記グラファイトの合計の含有率は30質量%以下であり、前記すべり軸受のすべり面における前記炭素繊維の面積率は10%未満である。
グラファイトの含有率、窒化ホウ素、炭素繊維、及びグラファイトの合計の含有率、並びに炭素繊維の面積率を上記数値範囲内とする樹脂組成物を用いて形成したすべり軸受は、後述の実施例1及び2において示すように、スラリー中での摩耗速度が23μm/h以下、PV値:1.5MPa・m/sにおけるすべり軸受の温度上昇値が120℃以下、かつPV値:1.0MPa・m/sにおけるすべり軸受の摩擦係数が0.1以下となり、スラリー中での運転時における耐スラリー摩耗性能に優れ、かつドライ条件の運転において、摩擦係数が小さくて発熱が少なく、比較的高いPV値の範囲であっても発熱を抑え運転可能となる。
【0024】
フッ素樹脂は、スラリー中での摩耗速度、及び1.0MPa・m/s未満のPV値での摩擦係数を低減させる効果を有しているが、1.0MPa・m/s以上のPV値でのすべり軸受の温度上昇が大きくなる傾向がある。窒化ホウ素は、高温における潤滑効果を有している。グラファイトは、固体潤滑剤として機能するが、高温において潤滑効果が低下する傾向がある。炭素繊維は、強度を増加させ、線膨張係数を低減させる効果を有している。本発明は、樹脂成分(芳香族ポリエーテルケトン、フッ素樹脂)、窒化ホウ素、炭素繊維、及びグラファイトの組成を最適化した樹脂組成物からすべり軸受を形成することにより、スラリー中での運転時における耐スラリー摩耗性能に優れ、かつドライ条件の運転において、摩擦係数が小さくて発熱が少なく、比較的高いPV値の範囲であっても発熱を抑え運転可能であるすべり軸受を提供することができる。
【0025】
樹脂組成物に対する、窒化ホウ素、炭素繊維、及びグラファイトの合計の含有率は、30質量%以下であり、28量%以下、26量%以下、23量%以下、又は20質量%以下とすることもできる。窒化ホウ素、炭素繊維、及びグラファイトの合計の含有率は、5量%以上、10量%以上、15量%以上、18質量%以上、又は20量%以上とすることができる。
【0026】
樹脂組成物に対するグラファイトの含有率は、5質量%以下(0質量%を含む)であり、3質量%以上5質量%以下とすることもできる。
【0027】
グラファイトの平均粒径は、3μmより大きく15μm以下であることが好ましい。
【0028】
すべり軸受のすべり面における炭素繊維の面積率は、10%未満であり、9.5%以下、9%以下、8%以下、又は7%以下とすることもできる。また、炭素繊維の面積率は、1%以上、2%以上、3%以上、又は4%以上とすることもできる。
【0029】
樹脂組成物に対する炭素繊維の含有率は、特に限定されないが、3質量%以上12質量以下、4質量%以上11質量%以下、又は5質量%以上10質量%以下とすることができる。
【0030】
炭素繊維は短繊維から構成されていることが好ましい。
軸受のすべり面1aにおいて観察される炭素繊維の直径は、5μm以上10μm以下が好ましく、5.5μm以上9μm以下がより好ましく、6μm以上8μm以下が最も好ましい。炭素繊維の直径は、光学顕微鏡(デジタルマイクロスコープ VHX-7000(Keyence社製)、対物レンズ VHX-E500(500~2500倍))を用いて、後述の画像解析プログラムを使用して画像解析を行うことより測定することができる。
また、軸受のすべり面1aにおいて観察される炭素繊維の長さは、5μm以上1000μm以下が好ましく、6μm以上500μm以下がより好ましく、7μm以上200μm以下が最も好ましい。炭素繊維の長さは、光学顕微鏡(デジタルマイクロスコープ VHX-7000(Keyence社製)、対物レンズ VHX-E500(500~2500倍))を用いて、後述の画像解析プログラムを使用して画像解析を行うことより測定することができる。
軸受のすべり面1aにおいて観察される炭素繊維のアスペクト比(長さ/直径)は、2以上100以下が好ましく、10以上100以下がより好ましく、30以上100以下が最も好ましい。
【0031】
樹脂組成物に対する窒化ホウ素の含有率は、特に限定されないが、13質量%以上22質量以下、14質量%以上21質量%以下、又は15質量%以上20質量%以下とすることができる。
【0032】
窒化ホウ素としては、特に限定されず、六方晶窒化ホウ素(h-BN)、立方晶窒化ホウ素(c-BN)、及びそれらの組み合わせが挙げられるが、六方晶窒化ホウ素が好ましい。
窒化ホウ素の平均粒径は、4μmより大きく20μm以下であることが好ましい。
【0033】
芳香族ポリエーテルケトンとしては、特に限定されず、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリエーテルエーテルケトンケトン(PEEKK)、及びそれらの組み合わせが挙げられるが、ポリエーテルエーテルケトンが好ましい。
【0034】
フッ素樹脂としては、特に限定されず、ポリテトラフロオロエチレン(PTFE)、テトラフロオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、及びそれらの組み合わせが挙げられるが、ポリテトラフロオロエチレンが好ましい。
樹脂組成物に対するフッ素樹脂の含有率は、特に限定されないが、10質量%以上20質量未満、12質量%以上18質量%以下、又は13質量%以上17質量%以下とすることができる。特に、フッ素樹脂の含有率を20質量%未満とすることにより、樹脂組成物からすべり軸受を成形する際の成形性を向上させることができる。
【0035】
(窒化ホウ素の含有率の測定方法)
窒化ホウ素の含有率は、以下の方法により測定することができる。
すなわち、成形したすべり軸受を100g測り取り、800℃において焼成を行い、炭素繊維、フッ素樹脂などの成分を分解・揮発させ、窒化ホウ素を灰分として回収し、灰分の質量を測定する。そして、すべり軸受の質量(100g)に対する灰分(窒化ホウ素)の質量の割合を算出し、窒化ホウ素の含有率とする。
【0036】
(炭素繊維の面積率の測定方法)
炭素繊維の面積率は、すべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の5箇所について、光学顕微鏡(500倍)による観察視野:縦589μm×横442μmの部分を画像処理してHSB色空間においてBrightnessが75%以上の領域の面積から求める平均面積率である。このような炭素繊維の面積率の測定方法の具体例を以下に述べる。
成形したすべり軸受のすべり面から縦5mm×横5mmの正方形の試料片を切り出し、試料片の表面を研磨する。当該試料片の研磨した表面においてランダムに5箇所を選定し、それぞれの箇所について光学顕微鏡(デジタルマイクロスコープ VHX-7000(Keyence社製)、対物レンズ VHX-E500(500~2500倍))を用いて縦589μm×横442μmの平面の撮影を行う。平面の撮影時の条件としては、倍率:500倍、落射照明:同軸落射、画素(ピクセル):2880×2160、を採用する。撮影した縦589μm×横442μmの平面を観察部分とし、画像解析により炭素繊維の部分の同定を行う。観察部分の面積全体に対する炭素繊維の面積の占める割合を算出し、5箇所における算出値の平均を求め炭素繊維の面積率とする。ここで、すべり軸受表面の観察部分の画像解析は、画像解析プログラム:Image J(「Analyze particles」コマンドで実施)を用いて行うことができ、画像解析条件は、測定プログラムColor Thresholdにおいて、画素「Hue 0~225、Saturation 0~225、Brightness 170~225」に設定し、他はデフォルト設定にする。この画像解析プログラムを使用して、炭素繊維の画素特性(明るさ、色)と同じ画素特性を有する部分を抽出することにより行う。上記の画像解析プログラム(Image J)において、Brightness
170~225の領域を抽出しており、これはHSB色空間においてBrightnessが75%以上の領域を抽出していることを意味している。
【0037】
なお、各すべり軸受について、上記の方法により炭素繊維の面積率を直接測定することができるが、それとは異なり、例えば、以下のように、炭素繊維の体積率(体積%)に基づいて炭素繊維の面積率を算出することもできる。
体積率(体積%)と面積率との関係に関して、佐藤 直子ら, “材料組織の形態評価の変遷と展望”, 鉄と鋼, Vol.100 (2014), No.10, p.1182-1190や、足立 吉隆,“コンピュータ支援3D計量形態学”, Vo. 61 (2011), No. 2, p.78-84に記載されているように、複相組織において、複数の観察面上から求めた平均面積率と体積率の間には、平均面積率と体積率とが等しいとの関係式が成立することが知られている。したがって、すべり軸受における炭素繊維の体積率(体積%)の値を、炭素繊維の面積率の値として用いることができる。ここで、すべり軸受における炭素繊維の体積率(体積%)は、例えば、後述の実
施例に示すように、すべり軸受に含まれる各成分の含有率(質量%)及び比重に基づいて算出することもできる。
【0038】
本発明においては、芳香族ポリエーテルケトンの粉末、フッ素樹脂の粉末、窒化ホウ素の粉末、炭素繊維、及びグラファイトの粉末をドライブレンドして樹脂組成物を調製し、この樹脂組成物を圧縮成形した後、表面加工を施すことによりすべり軸受を製造することができる。また、このすべり軸受を使用してすべり軸受装置を製造することができ、さらに、このすべり軸受装置を使用してポンプを製造することができる。
【0039】
以下、本発明について実施例により具体的に説明するが、本発明は実施例に記載の内容に限定されるものではない。
【実施例】
【0040】
(実施例1)
実施例1では、各成分の含有率(質量%)が表1に示す値となるように、芳香族ポリエーテルケトン(ポリエーテルエーテルケトン)の粉末、フッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン)の粉末、窒化ホウ素(平均粒径4μm)の粉末、炭素繊維(直径約6μm、長さ約100μm)、及びグラファイト(粒径1~20μm)の粉末(本発明例No.1~3ではグラファイトを配合せず)をドライブレンドしてペレットを製造した。得られたペレットを金型に入れ、加圧、加熱し、1次加工の成形を行った後、2次加工の機械加工により詳細な形状を付与し、すべり軸受を製造した。そして、得られたすべり軸受について、後述するスラリー中での摩耗速度の評価を行った。結果を表1及び
図4に示す。
【0041】
【0042】
また、表1に示した各成分の含有率(質量%)及び各成分の比重(芳香族ポリエーテルケトン:1.3、フッ素樹脂:2.17、窒化ホウ素:2.3、炭素繊維:1.8、グラファイト:1.8)に基づいて、本発明例No.1~4及び比較例No.1~6のすべり軸受の炭素繊維の体積率(体積%)を算出した。結果を表1に示す。上述のように、複相組織において、平均面積率(%)は体積率(体積%)と等しいという関係が成り立つので、表1に示した炭素繊維の体積率(体積%)は、炭素繊維の平均面積率(%)と等しいこととなる。
【0043】
本発明例No.1~4及び比較例No.1~6のすべり軸受のスラリー中での摩耗速度は、下記手順に沿って測定した。
(スラリー中での摩耗速度)
まず、平均粒径が約5μmのケイ砂(主成分:Si0
2)と平均粒径が約30μmのケ
イ砂とが1:1の割合で含まれている砂粒子を3000mg/Lの濃度となるように水中に投入し、スラリーを作成した。得られたスラリーの中に、すべり軸受を含む軸受装置(
図2の回転軸10、スリーブ11、すべり軸受1、及び軸受ケース12(つば部12aを含む)からなる装置)を沈め、8時間にわたって25℃で維持されているスラリーの中でPV値0.6MPa・m/sの条件においてWC基超硬合金の初期表面粗さ(Ra)が3.2の平面に対して摺動させ、すべり軸受の摩耗速度(μm/h)を算出した。
【0044】
表1及び
図4の結果より、グラファイトの含有率が5質量%以下(0質量%を含む)であり、窒化ホウ素、炭素繊維、及びグラファイトの合計の含有率が30質量%以下であり、炭素繊維の体積率(体積%)が10%未満(すなわち、面積率が10%未満)である本発明例No.1~4のすべり軸受は、スラリー中での摩耗速度が23μm/h以下と低いものとなった。
一方、グラファイトの含有率が5質量%以下であるものの、窒化ホウ素、炭素繊維、及びグラファイトの合計の含有率が30質量%を超えており、炭素繊維の体積率(体積%)が10%以上(すなわち、面積率が10%以上)である比較例No.1~6のすべり軸受は、スラリー中での摩耗速度が28μm/h以上と高いものとなった。
以上より、本発明例No.1~4のように、すべり軸受を形成する樹脂組成物の組成を特定のものとすることにより、スラリー中での摩耗速度を低減させて耐スラリー摩耗性を向上できることがわかった。
【0045】
(実施例2)
表1に示した本発明例No.1のすべり軸受について、下記の限界PV値及び摩擦係数の評価を行った。結果を表2並びに
図5及び6に示す。
【0046】
(限界PV値)
上記(スラリー中での摩耗速度)と同様のすべり軸受を含む軸受装置を用いたドライ試験において、PV値:0.30、0.35、0.40、0.60、又は0.70MPa・m/sで2時間運転し、各PV値においてすべり軸受のすべり面から深さ5mmの位置の温度上昇値の測定を行った。そして、
図5に示すグラフ(横軸:PV値、縦軸:温度上昇値)を作成し、近似直線を引くことによりPV値:1.5MPa・m/sにおける温度上昇値の推定値を算出した。
【0047】
(摩擦係数)
上記(スラリー中での摩耗速度)と同様のすべり軸受を含む軸受装置を用いて、PV値:0.30、0.35、0.40、0.60、又は0.70MPa・m/sで2時間、WC基超硬合金の初期表面粗さ(Ra)が3.2の面に対して潤滑油を用いずに摺動させ、2時間の間、0.5秒間隔で連続的に摩擦係数の測定を行った。2時間の運転中のうちの後半の1時間における摩擦係数の平均値を算出し、各PV値におけるすべり軸受の摩擦係数とした。そして、
図6に示すグラフ(横軸:PV値、縦軸:摩擦係数)を作成し、近似直線を引くことによりPV値:1.0MPa・m/sにおける摩擦係数の推定値を算出した。
【0048】
【0049】
図5の近似直線より、本発明例No.1のすべり軸受は、PV値:1.5MPa・m/sにおけるすべり軸受の温度上昇値が120℃以下であると推測でき、すべり軸受の温度上昇を抑制できることがわかる。
また、
図6の近似直線より、本発明例No.1のすべり軸受は、PV値:1.0MPa・m/sにおけるすべり軸受の摩擦係数が0.1以下であると推測でき、摩擦を小さくできることがわかる。
したがって、本発明例No.1のすべり軸受は、耐スラリー摩耗性に優れると共に、限界PV値の評価が良好で、かつ摩擦が小さく良好であることがわかった。
【0050】
以上で説明したように、本発明の実施形態に係るすべり軸受装置のすべり軸受をラジアル軸受として備えたポンプであれば、異物混入水を処理する排水機場において、水中運転と大気中運転とが繰り返されても、すべり軸受の摩耗を抑制し、且つすべり軸受の低摩擦性(潤滑性)を維持することができる。
【符号の説明】
【0051】
1…すべり軸受
1a…内周面(すべり面)
3…立軸ポンプ
10…回転軸
11…スリーブ