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特許7543448マグネトロンスパッタリング装置用のカソードユニット及びマグネトロンスパッタリング装置
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  • 特許-マグネトロンスパッタリング装置用のカソードユニット及びマグネトロンスパッタリング装置 図1
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  • 特許-マグネトロンスパッタリング装置用のカソードユニット及びマグネトロンスパッタリング装置 図4
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-23
(45)【発行日】2024-09-02
(54)【発明の名称】マグネトロンスパッタリング装置用のカソードユニット及びマグネトロンスパッタリング装置
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/35 20060101AFI20240826BHJP
【FI】
C23C14/35 C
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2022576965
(86)(22)【出願日】2021-09-13
(86)【国際出願番号】 JP2021033475
(87)【国際公開番号】W WO2022158034
(87)【国際公開日】2022-07-28
【審査請求日】2023-01-27
(31)【優先権主張番号】P 2021006574
(32)【優先日】2021-01-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】110000305
【氏名又は名称】弁理士法人青莪
(72)【発明者】
【氏名】北沢 僚也
(72)【発明者】
【氏名】阪上 弘敏
(72)【発明者】
【氏名】磯部 辰徳
【審査官】宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-325726(JP,A)
【文献】特開2001-164362(JP,A)
【文献】特開2008-127601(JP,A)
【文献】特開2000-129437(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/35
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバ内に配置されるターゲットのスパッタ面と背向する側に設けられる磁石ユニットを備え、磁石ユニットが、線状に配置される中央磁石と、この中央磁石両側に等間隔で且つ平行に延びる直線部及び両直線部の両自由端を夫々橋渡す橋渡し部とを有して中央磁石の周囲を囲う周辺磁石とをターゲット側の極性をかえて備え、磁場の垂直成分がゼロとなる位置を通る線が中央磁石の長手方向に沿ってのびてレーストラック状に閉じるようにスパッタ面から漏洩する磁場を発生させるマグネトロンスパッタリング装置用のカソードユニットにおいて、
前記周辺磁石の姿勢を維持した状態で、前記中央磁石のターゲット側の極性に応じてこの中央磁石の両端部分を周辺磁石の互いに異なる直線部のうちプラズマ中の電子が電磁場によって曲げられて向きを変えた後の直線部側に夫々シフトさせ、このようにシフトさせる中央磁石両端部の長さが両直線部間の距離の倍以上に設定されることを特徴とするマグネトロンスパッタリング装置用のカソードユニット。
【請求項2】
前記中央磁石の両端部分は、中央磁石の両端に向かうに従い、前記直線部との間の間隔が段階的に小さくなるようにシフトさせ、前記スパッタ面の上方空間に前記レーストラック状のプラズマを発生させたときにレーストラックに沿って周回運動するプラズマ中の周回電子の向きを変える前後の周辺領域での密度差を小さくなるように構成したことを特徴とする請求項1記載のマグネトロンスパッタリング装置用のカソードユニット。
【請求項3】
真空チャンバ内で被処理基板に対向配置されるターゲットのスパッタ面側を上としてこのターゲットの下方に配置される磁石ユニットと、ターゲットに電力投入する電源と、真空雰囲気の真空チャンバに不活性ガスを導入するガス導入手段とを備えるマグネトロンスパッタリング装置であって、
磁石ユニットが、線状に配置される中央磁石と、この中央磁石両側に等間隔で且つ平行に延びる直線部及び両直線部の両自由端を夫々橋渡す橋渡し部とを有して中央磁石の周囲を囲う周辺磁石とをターゲット側の極性をかえて備え、中央磁石の長手方向をX軸方向、X軸方向に直交する中央磁石の幅方向Y軸方向として、磁石ユニットを所定のストローク長で少なくともY軸方向に往復動する駆動手段を更に設けたものにおいて、
真空雰囲気の真空チャンバに不活性ガスを導入し、ターゲットに電力投入することで、スパッタ面の上方空間にレーストラック状のプラズマを発生させときにプラズマ中の電子が電磁場によりレーストラックのコーナー部で向きを変える際に、電子の上方への発散を抑止する電子発散抑止手段を設け、
前記周辺磁石の姿勢を維持した状態で、前記中央磁石のターゲット側の極性に応じてこの中央磁石の両端部分を周辺磁石の互いに異なる直線部のうちプラズマ中の電子が電磁場によって曲げられて向きを変えた後の直線部側に夫々シフトさせ、このようにシフトさせる中央磁石両端部の長さを両直線部間の距離の倍以上に設定して電子発散抑止手段を構成したことを特徴とするマグネトロンスパッタリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネトロンスパッタリング方式で被処理基板上に所定の薄膜を形成するためのマグネトロンスパッタリング装置用のカソードユニット及びマグネトロンスパッタリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネトロンスパッタリング装置は、一般に、真空チャンバ内で被処理基板に(対向)配置されるターゲットのスパッタ面と背向する側に磁石ユニットを備える。そして、真空雰囲気の真空チャンバ内にアルゴンガスなどの希ガスを導入し、ターゲットに負の電位を持つ直流電圧や交流電圧を印加してターゲットのスパッタ面をスパッタリングする際、スパッタ面前方で電離した電子及びスパッタリングによって生じた二次電子を捕捉して電子密度を高め、電子と希ガスのガス分子との衝突確率を高めることでプラズマ密度を高めている。
【0003】
ガラス基板などの矩形の輪郭を持つ被処理基板(以下、「基板」という)に成膜するような場合、通常は、ターゲットとして基板と同等の輪郭を持つものが利用される。このときの磁石ユニットとしては、ターゲットに平行に設けられる矩形の支持板(ヨーク)の一方の面に線状に配置される中央磁石と、この中央磁石両側に等間隔で且つ平行に延びる直線部及び両直線部の両自由端を夫々橋渡す橋渡し部とを有して中央磁石の周囲を囲う周辺磁石とをターゲット側の極性をかえて備えるものが一般に利用される(以下、スパッタ面から基板に向かう方向をZ軸方向上方、中央磁石の長手方向をX軸方向、X軸方向に直交する中央磁石の幅方向をY軸方向とする)。これにより、磁場の垂直成分がゼロとなる位置を通る線がX軸方向にのびてレーストラック状に閉じるようにスパッタ面から漏洩する磁場が作用し、スパッタ面と基板との間の空間(スパッタ面の上方空間)にレーストラック状のプラズマが発生する。このとき、プラズマ中の電子は、磁石ユニットのX軸方向両端部で電磁場によって曲げられて向きを変えながら、中央磁石及び周辺磁石の上側の磁性に応じて、レーストラックに沿って時計周りまたは半時計回りの周回軌道で運動する。
【0004】
ここで、上記マグネトロンスパッタリング装置を用いて基板に所定の薄膜を成膜すると、対角線上に位置する基板の角部領域で膜厚や膜質の分布が悪くなることが知られている。これは、プラズマ中の電子が電磁場によって曲げられて向きを変える際に惰性的な運動が残ることで、特に磁石ユニットのX軸方向両端部(即ち、レーストラックのコーナー部)にてプラズマがY軸方向外方に局所的に拡がることに起因すると考えられていた。このため、スパッタリングの進行に伴うターゲットの侵食領域を均一にするために、磁石ユニットをY軸方向に所定のストローク長で往復動させる際に、上記電子の惰性的な運動を考慮すると、ストローク長を短く設定せざるを得ず、却って、非侵食領域が大きくなってターゲットの利用効率が悪くなる。そこで、中央磁石と周辺磁石の各直線部とが等間隔で、かつ、磁石ユニットの長手方向両端部で直線部の一方及び中央磁石の両端部を他方の直線部側に移動させて中央磁石と各直線部との間隔をその中央領域におけるものより狭くなるように構成することが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
ところで、フラットパネルディスプレイの製造に利用されるガラス基板のように大面積の基板に成膜するような場合、ターゲットも長く製作せざるを得ず、これに伴い、磁石ユニットの中央磁石や周辺磁石の長さも長くなる。このような場合に、上記特許文献1の磁石ユニットを用い、磁石ユニットをY軸方向に往復動させながらスパッタ面をスパッタリングすると、磁石ユニットの長手方向両端部に夫々隣接してその内方に向かう所定長さの範囲でプラズマが不安定になり、または、消失する場合があることが判明した。
【0006】
そこで、本願発明者らは、レーストラックに沿って周回運動するプラズマ中の電子や二次電子(以下、「周回電子」という)の軌道や密度に着目して鋭意研究を重ね、次のことを知見するのに至った。即ち、中央磁石両側に等間隔で且つ平行に延びる直線部及び両直線部の両自由端を夫々橋渡す橋渡し部を有する従来の磁石ユニットを初期磁石ユニット、上記特許文献1のように直線部の一方及び中央磁石の両端部を他方の直線部側に移動させて中央磁石と各直線部との間隔をその中央領域におけるものより狭くした磁石ユニットを補正磁石ユニットとする。また、スパッタ面と被処理基板との間の空間に発生させたレーストラック状のプラズマのうち中央磁石寄りの領域を中央領域、その逆方向の領域を周辺領域とする。そして、プラズマ中の周回電子の密度分布をシミュレーションすると、初期磁石ユニットでは、XY平面にて、電磁場によって曲げられて向きを変える前の周辺領域での周回電子の密度が局所的に高くなり、向きを変えた後の周辺領域での周回電子の密度が局所的に低くなることが判った。このことから、XZ平面にて周回電子の軌道を着目してみると、向きを変えた後の中央領域で周回電子が被処理基板側(Z軸方向上方)へと飛散していることが判った。
【0007】
補正磁石ユニットでは、XY平面にて、向きを変える前後の周辺領域での周回電子の密度の差は然程なく、XZ平面にて、向きを変えた後の中央領域における周回電子の被処理基板側への飛散は初期磁石ユニットよりも抑制されている(言い換えると、漏洩磁場にトラップされている)ことが確認された。他方、XY平面にて、向きを変えた後、磁石ユニットの長手方向両端部に夫々隣接してその内方に向かう所定長さの範囲(中央磁石と各直線部との間隔をその中央領域のものと同等に戻した位置を起点とする所定長さの範囲)では、周辺領域での周回電子の密度が大きくなると共に、Y軸方向に拡がることが確認された。これに起因して、磁石ユニットをY軸方向に所定のストローク長で往復動させたときにプラズマの局所的な消失などを招来していると考えられる。従って、向きを変えた後の中央領域での周回電子の被処理基板側への飛散を抑制しながら、向きを変えた後の周辺領域での周回電子の拡がりを抑制できれば、スパッタリング時にX軸に略対称で電子密度分布の揃ったレーストラック状のプラズマを発生させることが可能になることを知見するのに至った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2008-127601号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、以上の知見を基になされたものであり、プラズマの局所的な消失などを招くことなく、スパッタリングの進行に伴うターゲットの侵食領域を略均一にでき、ターゲットの利用効率を高めることができるマグネトロンスパッタリング装置用のカソードユニット及びマグネトロンスパッタリング装置を提供することをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明のマグネトロンスパッタリング装置用のカソードユニットは、真空チャンバ内に配置されるターゲットのスパッタ面と背向する側に設けられる磁石ユニットを備え、磁石ユニットが、線状に配置される中央磁石と、この中央磁石両側に等間隔で且つ平行に延びる直線部及び両直線部の両自由端を夫々橋渡す橋渡し部とを有して中央磁石の周囲を囲う周辺磁石とをターゲット側の極性をかえて備え、磁場の垂直成分がゼロとなる位置を通る線が中央磁石の長手方向に沿ってのびてレーストラック状に閉じるようにスパッタ面から漏洩する磁場を発生させ、前記周辺磁石の姿勢を維持した状態で、前記中央磁石のターゲット側の極性に応じてこの中央磁石の両端部分を周辺磁石の互いに異なる直線部側に夫々シフトさせたことを特徴とする。
【0011】
これによれば、プラズマ中の周回電子の密度分布をシミュレーションすると、向きを変えた後の中央領域での周回電子の被処理基板側への飛散が抑制されることに加えて、向きを変えた後の周辺領域での周回電子のY軸方向への拡がりも抑制することができる。これにより、本発明のカソードユニットをマグネトロンスパッタリング装置に組み付け、上記のようにしてプラズマを発生させると、磁石ユニットの略全直に亘ってX軸に略対称で電子密度分布の揃ったレーストラック状のプラズマとなる。この場合、シフトさせる中央磁石両端部の長さは、磁石ユニットのX軸方向長さ、スパッタ面と被処理基板との間の距離や、スパッタリング時のターゲットへの投入電力等に応じて適宜設定され、例えば、両直線部間の距離の倍以上に設定される。このとき、前記中央磁石の両端部分は、中央磁石の両端に向かうに従い、前記直線部との間の間隔が段階的に小さくなるようにシフトさせる構成を採用すれば、向きを変える前後の周辺領域での周回電子の密度差をより小さくすることができる。なお、上記とは逆に、中央磁石を固定とし、この中央磁石に対して周辺磁石の両直線部の両端部(及び橋渡し部)を互いに異なる方向にシフトさせることも考えられるが、これでは、向きを変えた後の周辺領域での周回電子の拡がりを抑制できない。
【0012】
また、上記課題を解決するために、真空チャンバ内で被処理基板に対向配置されるターゲットのスパッタ面側を上としてこのターゲットの下方に配置される磁石ユニットと、ターゲットに電力投入する電源と、真空雰囲気の真空チャンバに不活性ガスを導入するガス導入手段とを備える本発明のマグネトロンスパッタリング装置は、磁石ユニットが、線状に配置される中央磁石と、この中央磁石両側に等間隔で且つ平行に延びる直線部及び両直線部の両自由端を夫々橋渡す橋渡し部とを有して中央磁石の周囲を囲う周辺磁石とをターゲット側の極性をかえて備え、中央磁石の長手方向をX軸方向、X軸方向に直交して中央磁石から周辺磁石の直線部に向かう方向をY軸方向として磁石ユニットを所定のストローク長で少なくともY軸方向に往復動する駆動手段を更に設け、真空雰囲気の真空チャンバに不活性ガスを導入し、ターゲットに電力投入することで、スパッタ面の上方空間にレーストラック状のプラズマを発生させときにプラズマ中の電子が電磁場によりレーストラックのコーナー部で向きを変える際に、電子の上方への発散を抑止する電子発散抑止手段を設けたことを特徴とする。
【0013】
本発明においては、前記周辺磁石の姿勢を維持した状態で、前記中央磁石のターゲット側の極性に応じてこの中央磁石の両端部分を周辺磁石の互いに異なる直線部側に夫々シフトさせて電子発散抑止手段を構成すればよい。一方、例えば、真空チャンバ内のスパッタ粒子が飛散しない位置や真空チャンバ外に永久磁石や電磁石を設けて磁場を作用させ、向きを変える際に上方(被処理基板側)への発散しようとする電子を本来の軌道にトラップするようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本実施形態のカソードユニットを備えるマグネトロンスパッタリング装置の模式部分断面図。
図2】(a)は、本実施形態のカソードユニットに用いられる磁石ユニットをその一部を省略した平面図、(b)は、XY平面におけるプラズマ中の周回電子の密度分布を説明する図、(c)は、XZ平面におけるプラズマ中の周回電子の密度分布を説明する図。
図3】(a)は、従来例の磁石ユニットのXY平面におけるプラズマ中の周回電子の密度分布を説明する図、(b)は、XZ平面におけるプラズマ中の周回電子の密度分布を説明する図。
図4】(a)は、他の従来例の磁石ユニットのXY平面におけるプラズマ中の周回電子の密度分布を説明する図、(b)は、XZ平面におけるプラズマ中の周回電子の密度分布を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照して、被処理基板をフラットパネルディスプレイの製造に利用される大面積のガラス基板(以下、「基板Sw」という)とし、一方向に矩形の輪郭を持つ複数枚のターゲットを等間隔で並設した所謂マルチターゲット式のマグネトロンスパッタリング装置を例に本発明のマグネトロンスパッタリング装置用のカソードユニット及びマグネトロンスパッタリング装置の実施形態を説明する。以下において、上、下といった方向を示す用語は、マグネトロンスパッタリング装置SMの設置姿勢である図1を基準にし、ターゲットのスパッタ面から基板Swに向かう方向をZ軸方向上方、後述の中央磁石の長手方向をX軸方向、X軸方向に直交する中央磁石の幅方向をY軸方向とする。
【0016】
図1を参照して、本実施形態のマグネトロンスパッタリング装置SMは、成膜室11を画成する真空チャンバ1を備える。真空チャンバ1の壁面には排気口12が開設され、排気口12には、ロータリーポンプ、ドライポンプ、ターボ分子ポンプなどで構成される真空排気ユニットPuからの排気管13が接続され、成膜室11内を真空排気して所定圧力(例えば、1×10-5Pa)に保持することができる。真空チャンバ1の壁面にはまた、ガス供給口21a,21bが開設され、ガス供給口21a,21bには、マスフローコントローラ22a,22bが介設されたガス管23a,23bが夫々接続され、成膜室11内に流量制御されたアルゴンガス等の希ガス(不活性ガス)と、必要に応じて酸素ガスなどの反応ガスとを導入することができ、これらが本実施形態のガス導入手段を構成する。
【0017】
真空チャンバ1内の上部空間には、基板搬送手段3が設けられている。基板搬送手段3は、基板Swをその下面(成膜面)を開放して保持するキャリア31と、キャリア31をY軸方向に搬送自在な図外の駆動源とを備える。なお、基板搬送手段3としては公知のものを利用できるため、ここでは詳細な説明を省略する。そして、成膜室11内の所定位置に搬送されたキャリア31で保持された基板Swに対向させて、真空チャンバ1内の下部には本実施形態のカソードユニットCUが設けられている。カソードユニットCUは、未使用時の上面(スパッタ面)がXY平面内に位置するようにY軸方向に等間隔で並設される4枚のターゲット4~4と、各ターゲット4~4の(真空チャンバ外)下方空間に夫々配置した磁石ユニット5~5とを備える。基板Swの下面に成膜しようとする膜の組成に応じて製作される各ターゲット4~4は、同一の略直方体形状を有し、基板Swに正対させたときに、並設された各ターゲット4~4の輪郭が基板Swより一回り大きくなるように各ターゲット4~4の寸法(X軸方向の長さとY軸方向の幅)が夫々設定されている。各ターゲット4~4の下面には、銅製のバッキングプレート41がインジウムなどのボンディング材(図示せず)を介して夫々接合され、スパッタリング中、各ターゲット4~4を夫々冷却できる状態で絶縁体42を介して真空チャンバ1の底面に設置される。互いに隣接するターゲット4,4及び4,4を夫々対とし、各対のターゲット4~4には、電源としての交流電源6からの出力61が夫々接続され、交流電源6により夫々対をなすターゲット4,4及び4,4の間に所定周波数(例えば、1kHz~100kHz)の交流電力を投入することができる。なお、ターゲット種によっては、例えば、負の電位を持つ直流電力をターゲット4~4毎に投入することもできる。
【0018】
図2も参照して、 各磁石ユニット5~5は、同一の形態を有し、バッキングプレート41に平行に設けられ、磁性材料製の平板から構成される支持板51(ヨーク)を備える。支持板51上面中央には、X軸方向に線状に配置される中央磁石52と、この中央磁石52両側に等間隔で且つ平行に延びる直線部53a,53b及び両直線部53a,53bの両自由端を夫々橋渡す橋渡し部53c,53cとを有して中央磁石52の周囲を囲う周辺磁石53とをターゲット側の極性をかえて(例えば、中央磁石52がS極、周辺磁石53がN極)備える。この場合、中央磁石52及び周辺磁石53は、ネオジム磁石等で一体に製作されたもの、または、ネオジム磁石等での磁石片を列設して構成され、中央磁石52と周辺磁石53とは同磁化に換算したときの体積が同程度になるように設計される。これにより、各ターゲット4~4の上面(スパッタ面)と基板Swの下面の間の成膜室11内の空間に、磁場の垂直成分がゼロとなる位置を通る線がX軸方向にのびてレーストラック状に閉じるスパッタ面から漏洩する磁場Mfを夫々発生させる。また、各磁石ユニット5~5の支持板51の下面にはナット部材54が夫々突設され、各ナット部材54には、モータMtに連結された送りねじFsが螺合し、スパッタリング時に、各磁石ユニット5~5を所定ストローク長でY軸方向に往復動することができ、これらが本実施形態の駆動手段を構成する。なお、各磁石ユニット5~5を所定ストローク長でX軸方向にも往復動できるようにしてもよい。
【0019】
上記マグネトロンスパッタリング装置SMを用いて基板Swの下面に成膜する場合には、基板搬送手段3により各ターゲット4~4に正対する成膜室11内の所定位置に基板Swを搬送し、成膜室11を所定圧力まで真空排気する。成膜室11が所定圧力に達すると、マスフローコントローラ22a,22bで流量制御しながら希ガス(必要に応じて反応ガス)を導入し、交流電源6により夫々対をなす各ターゲット4~4の間に交流電力を投入する。すると、各ターゲット4~4のスパッタ面上方にレーストラック状のプラズマPLが夫々発生する。このとき、プラズマPL中の電子は、各磁石ユニット5~5のX軸方向両端部で電磁場によって曲げられて向きを変えながら、中央磁石52及び周辺磁石53の上側の磁性に応じて、レーストラックに沿って時計周りまたは半時計回りの周回軌道で運動する。そして、プラズマPLで電離した希ガスのイオンによりスパッタ面がスパッタリングされ、所定の余弦則に従いスパッタ面から飛散するスパッタ粒子が基板Swの下面に付着、堆積して成膜される。このとき、各磁石ユニット5~5をY軸方向に所定のストローク長で一体に往復動することで、各ターゲット4~4がY軸方向に略均等に侵食される。
【0020】
ここで、図3(a)に示すように、支持板510上に設けた中央磁石520両側に等間隔で且つ平行に延びる直線部530a,530b及び両直線部530a,530bの両自由端を夫々橋渡す橋渡し部530cを有する従来の磁石ユニットを初期磁石ユニットMu1とする。また、図4(a)に示すように、支持板511上に設けた中央磁石521両側に等間隔で且つ平行に延びる直線部531a,531b及び両直線部531a,531bの両自由端を夫々橋渡す橋渡し部531cを有する磁石ユニットを基準に、上記特許文献1の如く、直線部531aの一方及び中央磁石521の両端部を他方の直線部531b側に移動させて中央磁石521と各直線部531a,531bとの間隔をその中央領域におけるものより狭くした磁石ユニットを補正磁石ユニットMu2とする。また、図1中に一点鎖線で示すように、スパッタ面と基板Swとの間の空間に発生させたレーストラック状のプラズマPLのうち中央磁石521寄りの領域を中央領域Pc、その逆方向の領域を周辺領域Pp1,Pp2とする。そして、プラズマPL中の周回電子の軌道や密度分布をシミュレーションすると、初期磁石ユニットMu1では、図3(a)及び(b)に示すように、XY平面にて、(初期磁石ユニットMu1の両端部において)電磁場によって曲げられて向きを変える前の周辺領域Pp1での周回電子の密度が局所的に高くなる一方で、向きを変えた後の周辺領域Pp2での周回電子の密度が局所的に低くなる。また、XZ平面にて周回電子の軌道をみてみると、向きを変えた後の中央領域Pcで周回電子がZ軸方向上方へと飛散している。なお、図2図4においては、周回電子の軌道を細い曲線で表すと共に、その軌道における周回電子の密集度を濃淡で示している。
【0021】
補正磁石ユニットMu2では、図4(a)及び(b)に示すように、XY平面にて、向きを変える前後の周辺領域Pp1,Pp2での周回電子の密度差は然程なく、XZ平面にて、向きを変えた後の中央領域Pcにおける周回電子の基板Sw側への飛散は、初期磁石ユニットMu1よりも抑制されている(言い換えると、漏洩磁場Mfにトラップされている)。一方、向きを変えた後、長手方向両端部に夫々隣接してその内方に向かう所定長さの範囲Lp(中央磁石521と各直線部531a,531bとの間隔をその中央領域のものと同等に戻した位置を起点とする所定長さの範囲)では、周辺領域Pp2での周回電子の密度が大きくなってY軸方向に拡がっている。これに起因して、補正磁石ユニットMu2をY軸方向に所定のストローク長で往復動させたときにプラズマの局所的な消失などを招来していると考えられる。
【0022】
本実施形態の各磁石ユニット5~5では、図2(a)に示すように、周辺磁石53の姿勢を維持した状態で、中央磁石52のターゲット側の極性に応じて(言い換えると、電子が周回する方向に応じて)、中央磁石52の両端部分52a,52bを周辺磁石53の互いに異なる直線部53a,53b側に夫々シフトさせる構成を採用している。この場合、シフトさせる中央磁石52の両端部分52a,52bの長さL1は、磁石ユニット5~5のX軸方向長さ、スパッタ面と基板Swとの間の距離や、スパッタリング時のターゲット4~4への投入電力等に応じて適宜設定され、例えば、両直線部53a,53b間の距離L2の倍以上に設定される。このとき、中央磁石52の両端部分52a,52bは、中央磁石端に向かうに従い、直線部53a,53bとの間の間隔が段階的に小さくなるように(階段状に)シフトさせることができる。他方で、中央磁石52の両端部分52a,52bが中央磁石端に向かうに従い、直線部53a,53bとの間の間隔が連続して小さくなるようにシフトさせることもできる(例えば、中央磁石52の両端部分52a,52bをX軸方向に対して傾けて設置する)。
【0023】
本実施形態の磁石ユニット5~5を用い、プラズマPL中の周回電子の軌道及び密度分布をシミュレーションすると、図2(b)及び(c)に示すように、XY平面にて、向きを変える前後の周辺領域Pp1,Pp2での周回電子の密度差は然程なく、また、XZ平面にて、向きを変えた後の中央領域Pcにおける周回電子の基板Sw側への飛散も、補正磁石ユニットMu2よりも一層抑制されている(言い換えると、漏洩磁場Mfにトラップされている)ことが確認できた。しかも、向きを変えた後でも、周辺領域Pp2での周回電子の密度はその他の箇所と同等でY軸方向に拡がらないことが確認された。これにより、中央磁石52の両端部分52a,52bを周辺磁石53の互いに異なる直線部53a,53b側に夫々シフトさせる構成が周回する電子の上方への発散を抑止する電子発散抑止手段となることが判る。
【0024】
本実施形態によれば、磁石ユニット5~5の略全直に亘ってX軸に略対称で電子密度分布の揃ったレーストラック状のプラズマPLを形成することができる。このため、上記磁石ユニット5~5を設けたマグネトロンスパッタリング装置SMを用いて基板Swに所定の薄膜を成膜すると、その全面に亘って膜厚や膜質の分布よく成膜することができ、しかも、駆動手段Mt,FsによるY軸方向の往復動のストローク長を長く設定できることで、各ターゲット4~4の利用効率を向上させることができる。なお、特に図示して説明しないが、上記とは逆に、中央磁石52を固定とし、この中央磁石52に対して周辺磁石53の両直線部53a,53bの両端部(及び橋渡し部)を互いに異なる方向にシフトさせることも考えられるが、これでは、向きを変えた後の周辺領域での周回電子の拡がりを抑制できないことが確認された。
【0025】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明の技術思想の範囲を逸脱しない限り、種々の変形が可能である。上記実施形態では、中央磁石52の両端部分52a,52bを周辺磁石53の互いに異なる直線部53a,53b側に夫々シフトさせて電子発散抑止手段を構成したものを例に説明したが、向きを変えた後の中央領域Pcでの周回電子の基板Sw側への飛散を抑制できるものであれば、これに限定されるものではない。特に図示して説明しないが、例えば、真空チャンバ1内のスパッタ粒子が飛散しない位置や真空チャンバ1外に永久磁石や電磁石を設けて磁場を作用させ、向きを変える際に上方(被処理基板側)へと発散しようとする電子を本来の軌道にトラップするようにしてもよい。
【0026】
また、上記実施形態では、複数枚のターゲット4~4を等間隔で並設した所謂マルチターゲット式のマグネトロンスパッタリング装置SMを例に説明したが、これに限定されるものではない。一枚のターゲットに単一の磁石ユニットを配置したマグネトロンスパッタリング装置や、一枚のターゲットに対して複数個の磁石ユニットを等間隔で並設した所謂マルチマグネット式のマグネトロンスパッタリング装置にも本発明は適用することができる。
【符号の説明】
【0027】
SM…マグネトロンスパッタリング装置、CU…カソードユニット、1…真空チャンバ、21a,21b…ガス供給口(ガス導入手段の構成要素)、22a,22b…マスフローコントローラ(ガス導入手段の構成要素)、23a,23b…ガス管(ガス導入手段の構成要素)、4~4…ターゲット、5~5…磁石ユニット、52…中央磁石、52a,52b…中央磁石52の両端部分(電子発散抑止手段)、53…周辺磁石、53a,53b…直線部、53c…橋渡し部、Mf…磁場、6…交流電源(電源)、Mt…モータ(駆動手段の構成要素)、Fs…送りねじ(駆動手段の構成要素)、54…ナット部材(駆動手段の構成要素)。

図1
図2
図3
図4