(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-26
(45)【発行日】2024-09-03
(54)【発明の名称】近赤外線遮蔽膜、近赤外線遮蔽膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
C09K 3/00 20060101AFI20240827BHJP
C01G 41/00 20060101ALI20240827BHJP
C23C 14/34 20060101ALI20240827BHJP
C23C 14/08 20060101ALI20240827BHJP
【FI】
C09K3/00 105
C01G41/00 A
C23C14/34 A
C23C14/08 K
(21)【出願番号】P 2020143002
(22)【出願日】2020-08-26
【審査請求日】2023-03-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】足立 健治
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 啓一
(72)【発明者】
【氏名】吉尾 里司
【審査官】中野 孝一
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-060012(JP,A)
【文献】特開2019-196521(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K3/00
C01G41/00
C23C14/08
C23C14/34
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式Cs
xW
yO
z(4.8≦x≦14.6、20.0≦y≦26.7、62.2≦z≦71.4、x+y+z=100)で表わされるセシウム複合タングステン酸化物の連続膜から構成され、前記連続膜が斜方晶、菱面体晶、および六方晶から選択された
2種類以上を含む近赤外線遮蔽膜。
【請求項2】
前記斜方晶と前記六方晶とは、(001)H//(001)R、(110)H//(100)R、(-110)H//(010)R(HとRはそれぞれ六方晶と斜方晶を表わす)の格子対応で結ばれており、
前記斜方晶の(010)R面、または前記六方晶のプリズム面[(100)H、(010)H、(110)H]と底面(001)Hとから選択された1種類以上の少なくとも一部に面状または線状の格子欠陥を有する請求項1に記載の近赤外線遮蔽膜。
【請求項3】
前記格子欠陥が、タングステン欠損およびセシウム欠損から選択された1種類以上を含む請求項2に記載の近赤外線遮蔽膜。
【請求項4】
前記斜方晶、前記菱面体晶、および前記六方晶から選択された1種類以上の結晶を構成し、タングステン(W)および酸素(O)により形成されているW-O八面体のOの一部が、さらにランダムに欠損している請求項2または請求項3記載の近赤外線遮蔽膜。
【請求項5】
前記斜方晶または前記六方晶の結晶中の六方トンネルの空隙、および前記菱面体晶の結晶中のパイロクロア型空隙から選択された1種類以上の空隙に過剰なO
2-、OH
-およびOH
2から選択された1種類以上が配置されている請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の近赤外線遮蔽膜。
【請求項6】
前記セシウム複合タングステン酸化物の六方晶換算の格子定数が、7.61Å≦c≦7.73Å、7.38Å≦a≦7.53Åである請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の近赤外線遮蔽膜。
【請求項7】
光学特性が、η≦0.005VLT+0.3(η:日射熱取得率、VLT:可視光透過率)を満たす請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の近赤外線遮蔽膜。
【請求項8】
表面抵抗値が10
5Ω/□以上である請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の近赤外線遮蔽膜。
【請求項9】
膜厚が、30nm以上1200nm以下である請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の近赤外線遮蔽膜。
【請求項10】
基材上に乾式法により未熱処理膜を成膜する成膜工程と、
前記未熱処理膜を400℃以上1000℃未満の温度で熱処理し、セシウム複合タングステン酸化物の連続膜とする熱処理工程とを有し、
前記セシウム複合タングステン酸化物は、一般式Cs
xW
yO
z(4.8≦x≦14.6、20.0≦y≦26.7、62.2≦z≦71.4、x+y+z=100)で表わされ、
前記連続膜が斜方晶、菱面体晶、および六方晶から選択された
2種類以上を含む近赤外線遮蔽膜の製造方法。
【請求項11】
前記斜方晶と前記六方晶とは、(001)H//(001)R、(110)H//(100)R、(-110)H//(010)R(HとRはそれぞれ六方晶と斜方晶を表わす)の格子対応で結ばれており、
前記斜方晶の(010)R面、または前記六方晶のプリズム面[(100)H、(010)H、(110)H]と底面(001)Hとから選択された1種類以上の少なくとも一部に面状または線状の格子欠陥を有する請求項10に記載の近赤外線遮蔽膜の製造方法。
【請求項12】
前記格子欠陥が、タングステン欠損およびセシウム欠損から選択された1種類以上を含む請求項11に記載の近赤外線遮蔽膜の製造方法。
【請求項13】
前記斜方晶、前記菱面体晶、および前記六方晶から選択された1種類以上の結晶を構成し、タングステン(W)および酸素(O)により形成されているW-O八面体のOの一部が、さらにランダムに欠損している請求項11または請求項12記載の近赤外線遮蔽膜の製造方法。
【請求項14】
前記斜方晶または前記六方晶の結晶中の六方トンネルの空隙、および前記菱面体晶の結晶中のパイロクロア型空隙から選択された1種類以上の空隙に過剰なO
2-、OH
-およびOH
2から選択された1種類以上が配置されている請求項10から請求項13のいずれか1項に記載の近赤外線遮蔽膜の製造方法。
【請求項15】
前記セシウム複合タングステン酸化物の六方晶換算の格子定数が、7.61Å≦c≦7.73Å、7.38Å≦a≦7.53Åである請求項10から請求項14のいずれか1項に記載の近赤外線遮蔽膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、近赤外線遮蔽膜、近赤外線遮蔽膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
記録的な猛暑の年が増えており、暑さに対する環境対策は世界的に大きな関心事となっている。日射遮蔽膜は、太陽光の成分のうち近赤外線を遮蔽して不要な熱を室内に入れない環境対策の一つとして求められている。とりわけ自動車用の窓部材においては、電動化に伴う熱マネジメント上、日射遮蔽膜は益々重要性が増している。
【0003】
また、次世代の通信システムである第5世代移動通信システム(5G)へのシフトに伴う自動運転化が加速しており、GPS情報、スマートフォンのMHz~GHz帯の電磁波、ヘッドライトやワイパー制御用近赤外線信号など、各種の通信電波を阻害しない窓が求められている。
【0004】
窓材等に使用される遮光部材としては、各種材料が提案されている。例えば、特許文献1には、赤外線反射性を有する帯状のフィルムと、赤外線吸収性を有する帯状のフィルムとを、それぞれ経糸あるいは緯糸として編織物としてなる保温用シートが開示されている。そして、赤外線反射性を有する帯状のフィルムが合成樹脂フィルムにアルミ蒸着加工を施したものであることも開示されている。しかしながら、このタイプの遮光部材を用いた場合、外観がハーフミラー状となることから、屋外で使用するには反射がまぶしく、景観上の問題がある。
【0005】
特許文献2には、タングステン酸化物粒子や、複合タングステン酸化物粒子を樹脂などの固体媒体中に分散した赤外線遮蔽材料微粒子分散体が開示されており、窓材等へ赤外線遮蔽効果を付与できることも開示されている。
【0006】
複合タングステン酸化物粒子等を分散した分散体は、太陽光線、特に近赤外線領域の光を効率よく遮蔽すると共に、可視光領域の高透過率を保持するなど、優れた光学特性を発現する材料として知られている。特許文献2では、赤外線遮蔽材料微粒子分散体の製造方法として、複合タングステン酸化物微粒子等の赤外線遮蔽材料微粒子を、適宜な溶媒中に分散させて分散液とし、得られた分散液に媒体樹脂を添加した後、基材表面にコーティングすることも提案している。
【0007】
ところで、透明導電体である酸化錫やITO(酸化インジウムスズ)も日射遮蔽材料として知られている。特許文献3には基体上に導電性酸化物を含む熱線遮蔽膜をスパッタリング法等により形成し、前記熱線遮蔽膜上に珪素酸化物およびアルカリ金属酸化物を含む保護膜を形成する熱線遮蔽膜付き基体の製造方法が開示されている。導電性酸化物として錫含有酸化インジウムも挙げられている。
【0008】
酸化錫やITOのプラズマ周波数は近赤外光領域にあるため、幅広い可視光領域の透明性を確保できる利点があり、またプラズマ波長より波長が長い赤外線光はプラズマ反射によって除外できる。耐侯性を確保するための保護膜を除けば基本的に単層膜で機能を発現することも利点である。しかしながら酸化錫等の透明導電膜材料に含有される自由電子密度は金属に比べて低く、プラズマ波長がやや長くなるために、太陽光の強度が強い最も波長の短い近赤外線を遮蔽しない。従って熱線の反射機能をもつ膜であるにも拘らず、日射遮蔽機能は、高特性のナノ微粒子分散膜と同等以下のレベルである。
【0009】
また、Ag(銀)やAu(金)などの金属薄膜は赤外線を強く反射するが、プラズマ周波数が可視光領域にかかっているため、可視光の波長によっては遮光する。そのままでは強い着色があり、暗い膜となるが、無色で屈折率の大きい誘電体薄膜と交互に積層させた多層膜とすることにより、光の干渉効果を用いて実効的な近赤外線反射の立ち上がり波長を可視光領域から近赤外光領域へシフトさせて用いられる。中でもAgと誘電体で構成される多層薄膜は、着色が無く高い可視光透過性が得られ、かつ近赤外を高度にカットするため、最も高性能の日射遮蔽膜を実現することができる。特許文献4には誘電体層と銀を主成分とする金属層を積層した熱線遮蔽ガラスの技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開平9-107815号公報
【文献】国際公開第2005/37932号
【文献】特開2004-338985号公報
【文献】特開2006-117482号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】S. F. Solodovnikov, N.V. Ivannikova, Z.A. Solodovnikova, E.S. Zolotova, "Synthesis and X-ray diffraction study of potassium, rubidium, and cesium polytungstates with defect pyrochlore and hexagonal tungsten bronze structures," Inorganic Materials, Vol. 34, 845-853 (1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上記の透明導電体薄膜や、金属と誘電体との多層膜は、同時に高い導電性を有する。このため、MHz~GHz帯の周波数を有する通信電波や放送用電波を反射し、妨害する難点があった。このような通信妨害を防ぐため、例えば電波反射体の一部に切り欠きを入れて通信を可能にするなどの対応が為されることもある。しかし、電波反射性は、近赤外線遮蔽材料中の自由電子のプラズマ反射に基づくものであるため、上記透明導電体薄膜や、金属と誘電体との多層膜等とは異なる別な原理に基づく近赤外線の遮蔽膜が求められていた。
【0013】
以上のように、近赤外線遮蔽膜として高導電性の膜を用いると各種通信用の電磁波を反射してしまう難点があり、他方電磁波を透過する膜では熱線遮蔽機能が不十分であった。
【0014】
本発明の一側面では、熱線遮蔽性能が高く、かつ可視光および電磁波の透過性に優れた近赤外線遮蔽膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の一側面では、一般式CsxWyOz(4.8≦x≦14.6、20.0≦y≦26.7、62.2≦z≦71.4、x+y+z=100)で表わされるセシウム複合タングステン酸化物の連続膜から構成され、前記連続膜が斜方晶、菱面体晶、および六方晶から選択された2種類以上を含む近赤外線遮蔽膜を提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一側面では、熱線遮蔽性能が高く、かつ可視光および電磁波の透過性に優れた近赤外線遮蔽膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施形態に係る近赤外線遮蔽膜の製造方法のフロー図。
【
図2】実施例1で得られた近赤外線遮蔽膜のXRDパターン。
【
図3】実施例1で得られた近赤外線遮蔽膜の分光特性。
【
図4】実施例1で得られた近赤外線遮蔽膜のSTEM-HAADF像。
【
図5】実施例2で得られた近赤外線遮蔽膜のXRDパターン。
【
図6】実施例2で得られた近赤外線遮蔽膜の分光特性。
【
図7】実施例2で得られた近赤外線遮蔽膜のSTEM-HAADF像。
【
図8】
参考例3で得られた近赤外線遮蔽膜のXRDパターン。
【
図9】
参考例3で得られた近赤外線遮蔽膜の分光特性。
【
図10】実施例4で得られた近赤外線遮蔽膜のXRDパターン。
【
図11】実施例4で得られた近赤外線遮蔽膜の分光特性。
【
図12】実施例1
、2、4、参考例3で得られた近赤外線遮蔽膜についてのη-VLTグラフ。
【
図13】実施例1
、2、参考
例1~参考
例3の近赤外線遮蔽膜、およびセシウムタングステン複合酸化物粉末のXPS-W4fスペクトル。
【
図14】実施例1
、2、参考
例1~参考
例3の近赤外線遮蔽膜、およびセシウムタングステン複合酸化物粉末のXPS-O1sスペクトル。
【
図15】実施例1、2の近赤外線遮蔽膜の価電子帯および伝導帯下部のXPS観察結果。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[近赤外線遮蔽膜]
本実施形態の近赤外線遮蔽膜は、一般式CsxWyOz(4.8≦x≦14.6、20.0≦y≦26.7、62.2≦z≦71.4、x+y+z=100)で表わされるセシウム複合タングステン酸化物の連続膜から構成される。そして、連続膜は斜方晶、菱面体晶、および六方晶から選択された1種類以上を含む。
従来の近赤外線遮蔽膜においては、材料中に存在する自由電子によるプラズマ反射を近赤外線遮蔽の基本原理としていた。
【0019】
これに対して、本実施形態の近赤外線遮蔽膜における近赤外線遮蔽の基本原理は、束縛電子のバンド間遷移である。束縛電子とは、酸素欠陥の生成などでカチオンに発生した余剰電子が、イオン結晶格子を局所的に歪ませつつ格子点に束縛された状態にある電子である。外部電圧(電位ポテンシャル)に対する固体中の移動様式が、束縛電子と自由電子とでは異なっている。そして、束縛電子は、自由電子と比較して、外部電圧による固体中の移動速度が遅い。このため、格子の歪みや電子の束縛が強い場合には、薄膜としての導電性は大きく低下する。
【0020】
一方可視光領域や近赤外光領域の電磁波に対する応答に関しては、自由電子の場合、プラズマ周波数以下のエネルギーはプラズマ反射する。これに対して、束縛電子は励起エネルギー近傍の電磁波を吸収して電子遷移(バンド間遷移)する。従って束縛電子を有する薄膜のプラズマ波長近傍における光学応答は、反射ではなく吸収となる。さらに本発明の金属酸化物のように、バンドギャップが3eV前後であって、金属のd軌道と配位子(酸素)のp軌道が形成するハイブリッド軌道間のバンド間遷移がFermi黄金律により抑制される場合には、大きな可視光透過性が期待できる。
【0021】
このように、赤外線を吸収し、可視光に対して透明で、かつ導電性が低いためにMHzおよびGHz帯の電磁波を透過するような薄膜材料は、従来あまり報告例はない。しかし、実際には多数存在すると考えられる。
【0022】
以下に上記特性を有する材料の1つであるセシウム複合タングステン酸化物、すなわちセシウムポリタングステート材料に関して詳しく説明する。
【0023】
本実施形態の近赤外線遮蔽膜は、既述のようにセシウム複合タングステン酸化物の連続膜から構成される。係るセシウム複合タングステン酸化物の連続膜をセシウムポリタングステート膜と呼び、以下CPT膜と記載する。また、セシウム複合タングステン酸化物をCPTと記載する場合がある。
(1)組成について
本実施形態の近赤外線遮蔽膜を構成するCPT膜は、セシウム(Cs)とタングステン(W)と酸素(O)を主成分とし、斜方晶、菱面体晶、および六方晶から選択された1種類以上の結晶構造の結晶を含む。
【0024】
六方晶や斜方晶及び菱面体晶の結晶構造を有することは膜をX線回折測定することで知ることができる。CPTは六方晶、立方晶、正方晶、斜方晶、菱面体晶などの結晶構造、および非晶質構造が知られているが、本実施形態の近赤外線遮蔽膜を構成するCPT膜は六方晶や斜方晶、菱面体晶の結晶構造を有している。ただし、係るCPT膜は、六方晶、斜方晶、および菱面体晶以外の立方晶、正方晶などの結晶構造、および非晶質構造を含んでいてもよい。
【0025】
CPT膜を構成するCPTは、一般式CsxWyOzで表わされる。上記一般式において、x、y、zは、4.8≦x≦14.6、20.0≦y≦26.7、62.2≦z≦71.4、x+y+z=100である。
【0026】
Csは、六方晶、斜方晶または菱面体晶格子を維持するのに必要な元素であり、Csの含有割合を4.8原子%以上とすることで結晶が相分離することを抑制できる。また、Csの含有割合を14.6原子%以下とすることで、優れた分光特性を得ることができる。
【0027】
Wは、CPT膜の優れた分光特性を発現させる基本元素であり、Wの含有割合を20.0原子%以上とすることで、近赤外光領域の光の吸収を高められる。また、Wの含有割合を26.7原子%以下とすることで可視光領域の光の透過率を高めることができる。
【0028】
Oは、Wの含有割合とのバランスにおいてCPT膜の光学吸収特性に影響を与える元素である。Oの含有割合を示すzを上記範囲とすることで、結晶が相分離することを抑制し、好適な近赤外線吸収特性を持つ膜とすることができる。
【0029】
本実施形態の近赤外線遮蔽膜が有するCPT膜は、連続膜、具体的には多結晶体の連続薄膜で構成できる。なお、CPT膜は、空隙やボイドを含有していてもよい。
(2)結晶構造について
本実施形態の近赤外線遮蔽膜のCPT膜を構成するCPTの結晶構造は、タングステン(W)および酸素(O)により形成されたWO6八面体(W-O八面体)を基本ユニットとし、これが六方対称に配列した六方晶であることが望ましい。ただし、係る形態に限定されず、内包する格子欠陥により一般的に言えば斜方晶もしくは菱面体晶となっていてもよい。すなわち、本実施形態の近赤外線遮蔽膜が有する連続膜は斜方晶、菱面体晶、および六方晶から選択された1種類以上を含むことができる。なお、本実施形態の近赤外線遮蔽膜が有する連続膜は、斜方晶、菱面体晶、および六方晶から選択された1種類以上のみから構成することもできる。
【0030】
斜方晶のCPTと、六方晶のCPTとは、(001)H//(001)R、(110)H//(100)R、(-110)H//(010)R(HとRはそれぞれ六方晶と斜方晶を表わしており、以下同様である)の格子対応で結ばれている。なお、斜方晶のc軸は、六方晶のc軸に等しい。
【0031】
そして、本実施形態の近赤外線遮蔽膜は、斜方晶の(010)R面、または六方晶のプリズム面[(100)H、(010)H、(110)H]と底面(001)Hとから選択された1種類以上の少なくとも一部に面状または線状の格子欠陥を有することができる。
【0032】
なお、上述のように、六方晶のプリズム面[(100)H、(010)H、(110)H]と底面(001)Hとから選択された1種類以上の少なくとも一部に面状または線状の格子欠陥が存在する場合、格子欠陥部では原子間距離が変化するため格子欠陥の量によって六方晶のa、b軸の軸長が異なる。そのため六方対称性を失って斜方晶となる。
【0033】
六方晶の底面(001)Hに格子欠陥が存在する場合は、結晶全体のCs/W比が0.33を超えるときにもたらされることが多い。その場合、過剰Csを底面上の三方空隙に取り込むと共に、底面の積層順序が六方晶のABAB積層から、パイロクロア型積層(立方晶(111)面の細密積層構造)を含む例えばABCΔABCΔ積層(ΔはCs挿入面)へと修正された構造になる。このように、プリズム面に修正が無く、底面(001)Hのみが修正された場合には、c軸を対称軸とする三方対称性は保持されるが、c軸長が変化するため、菱面体晶となる。従って、CPT膜の結晶構造は、基本的にW―O八面体が六方対称に配列した六方晶であるが、プリズム面や底面に少しでも格子欠陥が存在すれば、正確には斜方晶もしくは菱面体晶と記述されるべきものである。
【0034】
本実施形態の近赤外線遮蔽膜は、格子欠陥として、タングステン欠損およびセシウム欠損から選択された1種類以上を含むことができる。なお、CPT膜は、最も主要な欠陥として、タングステン欠損を含むことができる。
【0035】
本実施形態の近赤外線遮蔽膜であるCPT膜を大気中または低還元性雰囲気で結晶化し、十分時間をかけて加熱アニールを施して平衡相に近付けた場合、一プリズム面に規則的な間隔でタングステン欠損が配置した構造となる。係るタングステン欠損を有する一例としてCs4W11O35相が挙げられる。係る相は、斜方晶のb軸方向に8:1の頻度で(010)R面のタングステン欠損面が配置する。ただし、本発明のCPT膜においては係る形態に限定されるものではなく、Cs/W組成やOの含有割合に応じてタングステン欠損の態様は異なる。例えば3種類のプリズム面に渡ってタングステン欠損が存在する場合もあり、係る形態であってもよい。
【0036】
タングステン欠損を表現するため、CPTの一般式をCsαW1-βO3-γで表わすと、上記各成分の組成範囲は、0.2≦α≦0.54、0≦β≦0.115、0≦γ≦0.46となる。この時、タングステン欠損を示すβの最大値は0.115である。CsはWO6八面体の六方晶配置に必要なカチオンであり、αは上述のように0.2≦α≦0.54とすることができる。
【0037】
CPTの斜方晶、菱面体晶または六方晶の結晶構造は、既述のようにタングステン(W)および酸素(O)により形成されているWO6八面体を基本ユニットとする。ただし、このWO6八面体のOの一部は、還元によりさらにランダムに欠損することもできる。すなわち、CPTの斜方晶、菱面体晶、および六方晶から選択された1種類以上の結晶を構成し、タングステン(W)および酸素(O)により形成されているWO6八面体のOの一部が、さらにランダムに欠損することもできる。
【0038】
ただし、既述のように、上記一般式においてO欠損を示すγの最大値は0.46であることが好ましい。CPTを過剰に還元して、酸素を過剰に欠損させた場合、六方晶WO6骨格が分解して低級酸化物であるWO2やメタルWが析出する場合があるからである。
【0039】
CPTの結晶において、斜方晶または六方晶の結晶中の六方トンネルの空隙、および菱面体晶の結晶中のパイロクロア型空隙から選択された1種類以上の空隙の一部に過剰なO2-、OH-およびOH2から選択された1種類以上が配置されていてもよい。
【0040】
CPT膜を、酸素を含む雰囲気下で成膜すると、酸素を膜中に取り込む可能性が高い。また真空中で乾式成膜を行なう場合は、真空中の微量水分を膜中に取り込むことがある。スパッタ成膜において、N2ガスやO2ガスは微量の水分を含有し、またスパッタを行う反応室内壁には吸着水が存在するので、成膜時に膜中に水分が取り込まれることはよく知られている。
【0041】
CPTの結晶の六方トンネルは、c軸方向に貫通しており、六方cavityと六方windowと呼ばれる空隙が交互に存在する。六方cavityには通常Csが存在するが、六方windowサイトには酸素や水分が侵入可能な余剰の空隙があるため、上述のように侵入酸素や水分を容易に取り込むが、その電子的影響は大きい。
【0042】
O2-や、OH-が六方windowに入ると、同時に系に侵入するH+(プロトン)やH3O+(オキソニウムイオン)がWやCsの一部を排除する。このためWやCsにより伝導帯(CB)に供給されていた電子は減少する。O2-、OH-やOH2は六方cavityでCsを置換することもでき、この場合も伝導帯の電子は減少する。
【0043】
電荷が中性であるOH2が六方windowサイトに侵入する場合は、サイズ効果により、c軸方向に隣接する六方cavityにCsの欠損を誘引する可能性がある。その結果、O2-や、OH-の場合と同様に伝導帯の電子の減少を引き起こす。
【0044】
菱面体構造のCPTにおいても、パイロクロアcavityと呼ばれる類似の空隙が存在し、上記と同様に水分や酸素の侵入を受け入れることができる。電子的な作用も同様である。
【0045】
以上のように、O2-や、OH-、OH2の侵入は伝導帯の電子の減少を引き起こす。ただし、結晶化の時に酸素や水が多い場合は、プロトンやオキソニウムの存在により、結晶内の局所的電荷バランスを保つために、WやCsが欠損した構造を形成する。すなわち、CPT結晶中のタングステン欠損やセシウム欠損の少なくとも一部は、六方windowサイトや六方cavityサイト、或いはパイロクロア型空隙に侵入したO2-、OH-およびOH2から選択された1種類以上が原因で生じている。
【0046】
CPTの六方晶換算の格子定数は特に限定されないが、c軸が7.61Å≦c≦7.73Å、a軸が7.38Å≦a≦7.53Åであることが好ましい。
【0047】
この場合はRietveld解析などで各相の格子定数を求め、これらを六方晶換算の値に変換することができる。斜方晶は、上記に説明の通り、格子欠陥面をもつ六方晶であるので、斜方晶の格子定数は、適切な格子対応モデルにより六方晶の格子定数へ変換できる。斜方晶と六方晶との間の格子の変化の対応をSolodovnikov1998のモデル(非特許文献1)と仮定すれば、このモデルに対する幾何学的関係から、aorth=2ahex、borth
2=48ahex
2、corth=chexの関係が抽出されるので、これらの式を用いて、すべて六方晶換算の格子定数を求めることができる。また菱面体晶に関しては、ahex=2arhomsin(α/2)、chex
2=3arhom
2(3-4sin2(α/2))から六方晶格子定数が求められる。なお、上記式中のaorth、borth、corthは斜方晶のa軸、b軸、c軸の長さを意味する。また、ahex、bhex、chexは六方晶のa軸、b軸、c軸の長さを意味する。また、arhom、αは菱面体晶の格子定数と軸間角度を意味する。
【0048】
格子定数は、伝導帯下部のW-5d軌道の電子量が変化すると、WO6八面体のpseudo Jahn-Teller歪みに影響して変化する。また格子定数は、タングステン欠損やセシウム欠損の量によっても変化する。このため、格子定数を上記範囲とすることで、例えばタングステン欠損や、セシウム欠損の量を適切な範囲とすることができる。
(3)光学特性について
本実施形態の近赤外線遮蔽膜の日射遮蔽膜としての光学特性は特に限定されないが、η≦0.005VLT+0.3(η:日射熱取得率、VLT:可視光透過率)を満たすことが好ましい。
【0049】
あるVLT値に対してη値は小さいほど好ましいが、上式で表わされる特性は市場の熱線吸収ガラスや熱線反射ガラス、ATO微粒子分散フィルムの特性を上回るものである。近赤外線遮蔽膜として適切なCPT膜を調製することで、η値を低下させ、ITOスパッタ膜や樹脂多層熱線反射フィルムの特性と比肩する性能を得ることが可能である。
(4)表面抵抗値について
本実施形態の近赤外線遮蔽膜の表面抵抗値は特に限定されないが105Ω/□以上とすることができる。係る表面抵抗値は、自由電子のプラズマ反射を原理とする金属多層膜やITOスパッタ膜では決して得られない。係る表面抵抗値は、CPT結晶中に存在する束縛電子のバンド間遷移が近赤外線吸収原理となっているがゆえに得られる特性である。
【0050】
本実施形態の近赤外線遮蔽膜が有するCPT結晶においては、伝導帯下部に束縛電子が存在する。係る束縛電子はW5+カチオン周辺に局在しており、外部電圧(電位ポテンシャル)に対する固体中の移動は電子のホッピングやトンネル効果によって為されるため、一般に移動速度が自由電子と比較して極端に遅くなる。また局在電子の長距離相互作用により、Fermiエネルギーでの電子状態密度は低下する。この効果はCoulomb gapと呼ばれている。伝導帯下部の束縛電子密度が低いほど、電子局在とCoulomb gapの効果が相乗して薄膜の導電性は低下する。逆に、タングステン欠損やセシウム欠損が少ないほど伝導帯に自由電子と束縛電子が注入され、膜の導電性が増加する。また酸素欠陥は多くなるほど束縛電子量が増加して膜の導電性も増加する。
(5)膜厚について
本実施形態の近赤外線遮蔽膜の膜厚は特に限定されないが、30nm以上1200nm以下であることが好ましい。本実施形態に係る近赤外線遮蔽膜は、後述するように、スパッタリング成膜等により得られる膜であるため、分散剤や媒体樹脂を使用する必要がなく、薄く均一に形成することができる。
【0051】
本実施形態の近赤外線遮蔽膜の膜厚を30nm以上とすることで、近赤外光領域の光の吸収効果を十分に発揮できる。
【0052】
また、本実施形態の近赤外線遮蔽膜の膜厚を1200nm以下とすることで、十分な熱線遮蔽性能を維持しつつ、膜の着色を抑制できる。また、製造時のターゲット使用量を抑制し、スパッタ成膜時間を抑制でき生産性を高められる。
【0053】
本実施形態の近赤外線遮蔽膜は、可視光領域(波長400nm以上780nm以下)の透過率が近赤外光領域(波長780nm以上1400nm以下)の透過率よりも高い光学特性を有することができる。
【0054】
なお、本実施形態の近赤外線遮蔽膜は、波長550nmの透過率が50%以上の場合、波長1400nmの透過率は20%以下となる。また、本実施形態の近赤外線遮蔽膜は波長550nmの透過率が30%以上50%未満の場合、波長1400nmの透過率は5%以下となる。
【0055】
本実施形態の近赤外線遮蔽膜は、既述のCsとWとOの原子の構成比の範囲内で、斜方晶、菱面体晶、および六方晶から選択された1種類以上を含有するセシウム複合タングステン酸化物の連続膜で構成されていれば、波長550nmを任意の透過率にしても、上述のように近赤外光領域の透過率を可視光領域の透過率よりも低くできる。
[近赤外線遮蔽膜の製造方法]
次に、本実施形態の近赤外線遮蔽膜の製造方法について説明する。なお、本実施形態の近赤外線遮蔽膜の製造方法により、既述の近赤外線遮蔽膜を製造できる。このため、既に説明した事項の一部は説明を省略する。
【0056】
本実施形態の近赤外線遮蔽膜の製造方法は、
図1のフロー
図10に示すように以下の工程を有することができる。
【0057】
基材上に乾式法により未熱処理膜を成膜する成膜工程(S1)。
【0058】
未熱処理膜を400℃以上1000℃未満の温度で熱処理し、セシウム複合タングステン酸化物の連続膜とする熱処理工程(S2)。
【0059】
熱処理工程後に得られるセシウム複合タングステン酸化物は、一般式CsxWyOz(4.8≦x≦14.6、20.0≦y≦26.7、62.2≦z≦71.4、x+y+z=100)で表わされる。また、係る連続膜は斜方晶、菱面体晶、および六方晶から選択された1種類以上を含む。
【0060】
なお、乾式法としては、スパッタリング法や真空蒸着法を用いることができる。
【0061】
以下、スパッタリング法で成膜する場合を例にとり各工程について詳しく説明する。
(1)成膜工程
成膜工程S1では、スパッタリング法により、基材上に未熱処理膜を成膜できる。
【0062】
未熱処理膜を成膜する際に用いるターゲットは特に限定されないが、例えばセシウム酸化タングステン焼結体ターゲットを用いて成膜できる。
【0063】
未熱処理膜を成膜する際に用いるターゲットの組成は、例えば含有するセシウム(Cs)と、タングステン(W)との物質量の比であるCs/Wが0.2以上0.7以下であることが好ましい。これは、成膜時に用いるターゲットの組成が、成膜する膜が含有するセシウム(Cs)と、タングステン(W)との物質量の比であるCs/Wに反映されるからである。
【0064】
なお、ターゲットの結晶構造は、成膜する膜の結晶構造に直接に影響しないので特に限定されない。また、ターゲットは、相対密度が70%以上、比抵抗1Ω・cm以下であることが好ましい。
【0065】
上述のターゲットの製造方法は特に限定されないが、例えばセシウム複合タングステン酸化物粉末を真空または不活性雰囲気中でホットプレス焼結することにより製造できる。このようにして製造した焼結体は、ターゲット製造における機械加工と、ボンディング時のろう付け温度に耐える強度を有し、直流スパッタリング可能な導電性を有するからである。
【0066】
未熱処理膜の成膜方法は既述のように例えばスパッタリング法を用いることができる。成膜方法としてスパッタリング法を用いる場合、ターゲットに直流電圧やパルス電圧を印加する直流スパッタリング成膜法が好ましい。成膜速度が高く生産性に優れるからである。
【0067】
未熱処理膜を成膜する基材は特に限定されず、例えば透明な耐熱性高分子フィルム、およびガラスから選択された1種類以上を用いることができる。特に基材はガラスが好ましい。これは、ガラスは可視光領域の光に透明であり、また次工程の熱処理工程S2で劣化、変形しないからである。
【0068】
基材としてガラスを用いる場合において、ガラスの厚みは特に限定されず、建築用窓ガラスや自動車用ガラスあるいは表示機器等に通常に用いられる厚みであれば特に制限なく用いることができる。ガラスの厚みは、例えば0.1mm以上10mm以下であることが好ましい。
【0069】
未熱処理膜を成膜する際、スパッタガスは特に限定されないが、例えばアルゴンガス、またはアルゴンと酸素の混合ガスを用いることができる。
【0070】
成膜工程においてアルゴンガスを用いるか、混合ガスを用いるかは、次工程の熱処理工程S2の条件に応じて選択できる。
【0071】
成膜工程において混合ガスを用いる場合、酸素濃度は特に限定されないが、混合ガス中の酸素濃度が高いと成膜速度が低下して生産性が低下するので、混合ガス中の酸素濃度は20vol%よりも少ない方が好ましく、5vol%以上10vol%以下がより好ましい。
【0072】
スパッタガスにアルゴンガスを用いる場合のアルゴンガス純度は99vol%以上であり、酸素濃度1vol%未満であることが好ましい。
【0073】
成膜工程で得られた未熱処理膜は、通常は非晶質であるが、X線回折測定を行った際に結晶に基づく回折ピークが出現していても構わない。後の熱処理工程S2であらためて六方晶等の所定の結晶構造を形成させるからである。
(2)熱処理工程
次に、熱処理工程S2では、成膜工程S1で得られた未熱処理膜を400℃以上1000℃未満の温度で熱処理し、セシウム複合タングステン酸化物の連続膜とすることができる。また、未熱処理膜を熱処理することで、斜方晶、菱面体晶、および六方晶から選択された1種類以上を含む結晶構造を形成できる。
【0074】
熱処理工程においては、CPT膜中の酸素濃度が適切な範囲になるよう、スパッタリング成膜時のガスに応じて雰囲気を選択して熱処理できる。
【0075】
既述のように、成膜工程S1においてもスパッタガスとして酸素を含有するガスを用いることもでき、例えば成膜工程S1と熱処理工程S2とのいずれかを酸素を含む雰囲気下で行うことができる。
【0076】
このように、成膜工程S1と熱処理工程S2とのいずれかを酸素を含む雰囲気下で行うことによって熱線遮蔽性能の高いセシウム酸化タングステン膜を得ることができる。
【0077】
以下、成膜工程の条件に応じて、熱処理工程の好適な条件を説明する。
(成膜工程においてスパッタガスにアルゴンと酸素の混合ガスを用いた場合)
成膜工程S1で、スパッタガスにアルゴンと酸素の混合ガスを用いて成膜した場合、熱処理工程S2での膜の熱処理は、不活性ガス雰囲気または還元性雰囲気中で400℃以上1000℃未満の温度で行うことが好ましい。不活性ガス雰囲気または還元性雰囲気としては、窒素ガス、アルゴンガス、水素と窒素の混合ガス、水素とアルゴンの混合ガスなどを用いることができる。
【0078】
成膜工程S1で、スパッタガスにアルゴンと酸素の混合ガスを用いて成膜した場合、熱処理工程S2を空気、酸素などの酸化性雰囲気中で熱処理すると、膜の酸化が過剰に進行する場合がある。この場合、得られるCPT膜に含まれるCPT中の酸素空孔が減少し、結晶構造が変化してタングステン欠損やセシウム欠損が多く混入した斜方晶もしくは菱面体晶となり、伝導帯下部に電子が欠乏した絶縁体となり、熱線遮蔽性能が低くなる恐れがある。このため、この場合、上述のように、不活性ガス雰囲気または還元性雰囲気中で熱処理を行うことが好ましい。
【0079】
また、この場合、熱処理温度を400℃以上とすることで、得られるCPT膜を結晶化し、欠陥を整理できるため、適切なバンド構造と伝導帯下部電子を有し、熱線遮蔽性能に優れた近赤外線遮蔽膜が得られる。
【0080】
また、斜方晶や、菱面体晶、六方晶の結晶構造は不活性ガス雰囲気または還元性雰囲気中、900℃以上の高温でも構造を維持するが、熱処理温度が1000℃よりも高いと、CPT膜と基材との反応によるCPT膜の変質や、剥離による膜の消失が生じる恐れがある。また、このような高温では基材としてガラスを用いた場合でも変形する恐れがある。このため、熱処理温度は1000℃未満であることが好ましい。
【0081】
熱処理時間は特に限定されないが、斜方晶や、菱面体晶、六方晶の形成は速やかに進行するので熱処理時間は、10分間以上60分間以下とすることができる。
(成膜工程においてスパッタガスにアルゴンのみを用いた場合)
成膜工程S1で、スパッタガスにアルゴンガスのみを用いて成膜した場合、膜の酸素濃度が適度または過少な状態と考えられる。このため、熱処理工程S2では、酸素を含まない窒素ガス等の不活性ガス雰囲気で熱処理を行っても熱線遮蔽性能を有するCPT膜が得られる。酸素を含まない窒素ガス等不活性ガスで熱処理すると、広い温度範囲で熱線遮蔽性能を得ることができる。
【0082】
また、この場合、熱処理工程では未熱処理膜を、酸素を含む酸化性雰囲気で熱処理してもよい。酸素を含む酸化性雰囲気で熱処理した場合、膜中の酸素濃度をより適度な範囲に維持でき、熱線遮蔽性能をより高めることができる。このため、この場合、熱処理工程S2では、例えば酸素濃度が5vol%以上20vol%以下の酸素含有雰囲気下で熱処理を行っても良く、例えば熱処理雰囲気に空気を選択することがより好ましい。
【0083】
熱処理工程を空気雰囲気で実施する場合、用いる熱処理炉は、特別な密閉構造でなくてよい。
【0084】
上述のように酸素含有雰囲気化で熱処理を行う場合、熱処理温度は400℃以上600℃以下であることが好ましい。熱処理温度を400℃以上とすることで、得られるCPT膜を結晶化し、熱線遮蔽性能に優れた近赤外線遮蔽膜が得られる。また、熱処理温度を600℃以下とすることで、得られるCPT膜が過剰に酸化されることを抑制し、例えば伝導帯下部電子の量を適切にし、熱線遮蔽性能を高めることができる。
【0085】
熱処理時間は特に限定されないが、斜方晶や、菱面体晶、六方晶の形成は速やかに進行するので熱処理時間は、10分間以上60分間以下とすることができる。
【0086】
既述のように、本実施形態の近赤外線遮蔽膜の製造方法によれば、既述の近赤外線遮蔽膜を得ることができる。
【0087】
このため、本実施形態の近赤外線遮蔽膜の製造方法により得られる近赤外線遮蔽膜は、近赤外線遮蔽膜で既述の特性を有することができる。
【実施例】
【0088】
以下、実施例を参照しながら本発明を具体的に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(評価方法)
以下の、各実施例、比較例における、評価方法について説明する。
(1)表面抵抗
得られた近赤外線遮蔽膜の表面抵抗は、三菱化学社製Loresta-GXおよびHiresta-UXを用いて測定した。
(2)膜厚
得られた近赤外線遮蔽膜の膜厚は、段差計(KLA-Tencor社製Alpha-Step IQ)を用いて測定した。
(3)X線回折パターン、格子定数
X線回折パターンはBRUKER AXS社のD2PHASERX線回折装置を用い、線源としてCu-Kα線を用いて測定した。結晶相の格子定数は、BRUKER AXS社の計算ソフトウェアDIFFRAC TOPASを用いて、空間群P63/mcmを仮定したPawley法で求めた。
(4)光学特性
得られた近赤外線遮蔽膜の光学特性は、分光光度計(日本分光株式会社製 V-670)を用いて透過率および8°入射拡散反射率を測定した。
【0089】
透過率と反射率の分光データを用いて、JIS R 3106-1998に準拠して可視光透過率(VLT)、日射透過率(ST25)および日射反射率(SR25)を求め、JIS R3106-1998に準拠して日射熱取得率(η)を計算した。
[実施例1]
炭酸セシウム水溶液と三酸化タングステン水和物とを、含有するセシウム(Cs)とタングステン(W)との物質量の比がCs/W=0.33となる割合で混合・混練し、100℃12時間大気中で乾燥させて前駆体を作製した。前駆体を大気中800℃まで昇温して1時間保持した後、室温まで徐冷することで白いCPT粉末が得られた。得られたCPT粉末をホットプレス装置に投入し、真空雰囲気、温度950℃、押し圧250kgf/cm2の条件で焼結し、CPT焼結体を作製した。
【0090】
CPT焼結体の組成を化学分析した結果、含有するセシウム(Cs)とタングステン(W)との物質量の比であるCs/Wは0.29であった。このCPT焼結体を直径153mm、厚み5mmに機械加工で研削し、ステンレス製バッキングプレートに金属インジウムろう材を用いて接合して、CPTターゲットを作製した。
【0091】
なお、白いCPT粉末は、住友金属鉱山より市販されている複合タングステン酸化物粉末のYM-01等とは異なり赤外線遮蔽の機能は備えていない。
(成膜工程:S1)
次に、このCPTターゲットをスパッタ装置(アルバック社製、型番SBH2306)に取り付け、ガラス基板(コーニング社製EXG、厚み0.7mm)の上に膜厚400nmの未熱処理膜を成膜した。なお、スパッタを行う際、到達真空度を5×10-3Pa以下とし、スパッタガスとして5vol%酸素/95vol%アルゴンの混合ガスを用いた。また、スパッタガス圧は0.6Pa、投入電力は直流600Wの条件とした。得られた未熱処理膜を、X線回折測定した結果、回折ピークは認められず非晶質であった。
(熱処理工程:S2)
未熱処理膜を、ランプ加熱炉(株式会社米倉製作所製、型番HP-2-9)に投入し、窒素雰囲気中、600℃で30分間熱処理した。
【0092】
得られた近赤外線遮蔽膜であるCPT膜を化学分析した結果、Cs:W:O=7.02:24.56:68.42(原子比)であった。
【0093】
熱処理した膜のXRDパターンを、X線回折装置を用いて測定した結果、
図2に示すように、六方晶Cs
0.32WO
3のCPT由来の回折ピークが主相として観察されたが、斜方晶Cs
4W
11O
35と立方晶(Cs
2O)
0.44W
2O
6の回折ピークも混在していた。
【0094】
得られたXRDパターンから求めた結晶相の格子定数は、a=7.39045Å、c=7.62665Åであった。
【0095】
得られたCPT膜の表面抵抗を測定した結果、1.70×1010Ω/□の値が得られ、非導電性であることが確認された。すなわち電磁波透過性に優れた膜であることを確認できた。なお、本明細書中の電磁波透過性における電磁波とは通信電波や放送用電波などの各種通信用の電磁波を意味し、例えばMHzおよびGHz帯の電磁波を意味する。CPT膜の膜厚は396nmであった。
【0096】
膜の分光特性を測定した結果、
図3(A)に示す透過プロファイルと、
図3(B)に示す反射プロファイルが得られた。なお、図中には参考に、熱処理工程前の未熱処理膜の透過率と反射率を「As deposited」として示す。
【0097】
図3(A)、
図3(B)によると、波長が400nmから700nmの範囲にある主要可視部は大きく透過する一方で、波長が1600nm付近をボトムとする大きな近赤外光領域の光の吸収が観察された。近赤外光領域の光の反射は、20%~30%レベルで、大きくはなかった。よって、可視光領域に十分な透明性を保ちながら、赤外光領域の光を吸収して高い熱線遮蔽性能を有していることが分かった。
【0098】
本実施例で得られた近赤外線遮蔽膜の日射熱取得率と可視光透過率はη=0.550、VLT=66.18%であった。上記値を
図12に示したη-VLTグラフにプロットすると、以下の式(1)よりも下側にくることが確認された。
η=0.005VLT+0.3 ・・・ (1)
得られた近赤外線遮蔽膜は、熱線吸収膜であるにも関わらず、赤外線を反射するITOスパッタ膜の特性に近いことが
図12より確認できる。これは
図3に示したように、本実施例で得られたCPT膜が、ITO膜の場合よりも波長の短い近赤外光領域の光を遮蔽するからである。また熱線吸収ガラスや、ATO微粒子分散膜よりも、明るく優れた日射遮蔽特性をもつことが分かった。
(STEM-HAADF観察)
得られた近赤外線遮蔽膜から、集束イオンビーム(FIB)装置を用いて断面薄片試料を作製し、透過電子顕微鏡(日立ハイテク製 型式:HF-2200)を用いて、STEM-HAADF(走査透過電子顕微鏡-高角度散乱暗視野像)モードでZコントラスト原子像観察を行なった。HAADF像では高角度の回折波を用いるため原子番号が大きいほど強い原子スポット像が得られる。
図4に観察結果を示す。
【0099】
図4(A)のSTEM-HAADF像には、
図4(A)に類似した暗い線状のコントラストと多様な欠陥コントラストが観察される。
図4(B)の制限視野回折図形から、これらのトレースは六方晶のプリズム面(100)、(010)、(110)と同定される。後述する実施例2についての測定結果である
図9の場合と同様に原子スポット強度の変化から、
図4(C)に示した、
図4(A)中の視野1の暗い線状コントラスト部分では、Csの一部が欠損しており、
図4(D)に示した、
図4(A)中の視野2の暗い線状コントラスト部分では、WとCsの欠損が見られる。
図4(E)に示した
図4(A)中の視野3の矢印部分では、WまたはCsが点状に欠損していることが示されている。
[実施例2]
(成膜工程:S1)
実施例1で作製したCPTターゲットを用いて、スパッタガスとして10vol%酸素/90vol%アルゴンガスを用いた点以外は実施例1と同じ条件でガラス基板上に膜厚400nmの未熱処理膜を成膜した。得られた未熱処理膜を、X線回折測定した結果、回折ピークは認められず非晶質であった。
(熱処理工程:S2)
未熱処理膜を、実施例1と同じランプ加熱炉に投入し、窒素雰囲気中、800℃で30分間熱処理した。
【0100】
得られた近赤外線遮蔽膜であるCPT膜を化学分析した結果、Cs:W:O=8.45:23.94:67.61(原子比)であった。
【0101】
熱処理した膜のXRDパターンを、X線回折装置を用いて測定した結果、
図5に示すように、六方晶Cs
0.32WO
3のCPT由来の回折ピークが主相として観察されたが、斜方晶Cs
4W
11O
35がかなり混入し、また菱面体晶Cs
8.5W
15O
48のピークも僅かに混在し、さらに立方晶パイロクロア(Cs
2O)
0.44W
2O
6の回折ピークがわずかに混在していた。このパイロクロアは、スパッタ中に水を取り込んだことに由来する生成相と考えられる。
【0102】
得られたXRDパターンから求めた結晶相の格子定数は、a=7.50611Å、c=7.72143Åであった。
【0103】
得られたCPT膜の表面抵抗を測定した結果、3.20×109Ω/□の値が得られ、非導電性であることが確認された。すなわち電磁波透過性に優れた膜であることを確認できた。CPT膜の膜厚は405nmであった。
【0104】
膜の分光特性を測定した結果、
図6(A)に示す透過プロファイルと、
図6(B)に示す反射プロファイルが得られた。なお、図中には参考に、熱処理工程前の未熱処理膜の透過率と反射率を「As deposited」として示す。
【0105】
図6(A)、
図6(B)によると、波長が400nmから700nmの範囲にある主要可視部は大きく透過する一方で、波長が1900nm付近をボトムとする大きな近赤外光領域の光の吸収が観察された。近赤外光領域の光の反射は、10%~30%レベルで、大きくはなかった。よって、可視光領域に十分な透明性を保ちながら、赤外光領域の光を吸収して高い熱線遮蔽性能を有していることが分かった。
【0106】
本実施例で得られた近赤外線遮蔽膜の日射熱取得率と可視光透過率はη=0.595、VLT=67.32%であった。上記値を
図12に示したη-VLTグラフにプロットすると、既述の式(1)よりも下側にくることが確認された。
【0107】
得られた近赤外線遮蔽膜から、集束イオンビーム(FIB)装置を用いて断面薄片試料を作製し、透過電子顕微鏡(日立ハイテク製 型式:HF-2200)を用いて、STEM-HAADF(走査透過電子顕微鏡-高角度散乱暗視野像)モードでZコントラスト原子像観察を行なった。
図7に観察結果を示す。
【0108】
図7(A)のSTEM-HAADF像は、六方晶の[001]
H方向から原子像を観察したものである。HAADF像では高角度の回折波を用いるため原子番号が大きいほど強い原子スポット像が得られる。三方向に暗い線状トレースが観察されるが、
図7(B)の制限視野電子回折像が示すように、これらは六方晶プリズム面(100)、(010)、(110)のトレースである。
図7(A)、
図7(B)に添付した原子配置模式図に示すように、六方晶プリズム面はCs-W-Csの原子面とW-O-Wの原子面が交互に並ぶが、Cs原子のスポットはW原子のスポットよりも暗く見えるため、両者の原子面を区別することができる。視野の枠内を拡大した
図7(C)において、点線枠内のA、B、Cの矢印に沿って原子スポットの明度変化を取ると、それぞれ
図7(D)、
図7(E)、
図7(F)に示すように、(010)
Hに沿った暗い線状トレース部では、WやCsが暗く、欠損していることが分かった。またこのW、Cs欠損面は比較的規則的に入っており、斜方晶Cs
4W
11O
35に近い構造となっていることを確認できる。更にA,B,Cの矢印に沿って原子スポットの間隔を測定すると、W、Cs欠損部では正常部に比べてスポット間隔が9.1%長いことが分かった。このことは、W,Csの欠損により欠損面の両側の原子のイオン反発効果で欠損面の面間隔が膨張し、従って斜方晶b軸が六方晶の時の値から少し長くなっていることを示す。逆に言えば、W、Cs欠損の存在により、六方晶が斜方晶に対称性を落としたのである。さらに、このHAADF像には表れていないが、この試料においては、底面のc面の積層にもところどころに変調が観察され、そのために菱面体晶Cs
8.5W
15O
48のXRDピークが僅かに混在したと考えられる。
[
参考例3]
(成膜工程:S1)
実施例1で作製したCPTターゲットを用いて、スパッタガスとして0vol%酸素/100vol%アルゴンガスを用いた点以外は実施例1と同じ条件でガラス基板上に膜厚400nmの未熱処理膜を成膜した。得られた未熱処理膜を、X線回折測定した結果、回折ピークは認められず非晶質であった。
(熱処理工程:S2)
未熱処理膜を、実施例1と同じランプ加熱炉に投入し、窒素雰囲気中、600℃の温度で30分間熱処理した。
【0109】
得られた近赤外線遮蔽膜であるCPT膜を化学分析した結果、Cs:W:O=9.84:22.95:67.21(原子比)であった。
【0110】
熱処理した膜のXRDパターンを、X線回折装置を用いて測定した結果、
図8に示すように、六方晶Cs
0.32WO
3のCPT由来の回折ピークがほぼ単相として観察された。
【0111】
結晶相の格子定数を求めたところ、a=7.41586Å、c=7.62271Åであった。
【0112】
得られたCPT膜の表面抵抗を測定した結果、2.30×107Ω/□の値が得られ、非導電性であることが確認された。すなわち電磁波透過性に優れた膜であることを確認できた。CPT膜の膜厚は405nmであった。
【0113】
膜の分光特性を測定した結果、
図9(A)に示す透過プロファイルと、
図9(B)に示す反射プロファイルが得られた。なお、図中には参考に、熱処理工程前の未熱処理膜の透過率と反射率を「As deposited」として示す。
【0114】
図9(A)、
図9(B)によると、波長が400nmから700nmの範囲にある主要可視部は大きく透過する一方で、波長が780nm以上の波長の近赤外光領域の光の吸収が観察された。近赤外光領域の光の反射は、30%~50%レベルと比較的大きいが、近赤外光領域の光のカットの主体は吸収である。透過率と反射率の分光データを用いてVLTを求めると、VLT=32.79%と低いが、膜厚を薄くすることにより容易に70%レベルまで大きくすることができた。よって本
参考例で得られた近赤外線遮蔽膜は、可視光領域に十分な透明性を保ちながら、赤外光領域の光を吸収して高い熱線遮蔽性能を有していることが分かった。
【0115】
本
参考例で得られた近赤外線遮蔽膜の日射熱取得率と可視光透過率はη=0.361であった。上記値を
図12に示したη-VLTグラフにプロットすると、既述の式(1)よりも下側にくることが確認された。従って、市販の熱線吸収膜よりもはるかに特性が良く、またITOスパッタ膜と同レベルかそれ以上の日射遮蔽特性をもつことが分かった。
【0116】
得られた近赤外線遮蔽膜であるCPT膜を化学分析した結果、Cs:W:O=9.63:22.05:68.32(物質量比)であった。
【0117】
熱処理した膜のXRDパターンを、X線回折装置を用いて測定した結果、
図10に示すように、六方晶Cs
0.32WO
3の回折ピークが主相として観察されたが、斜方晶Cs
4W
11O
35と菱面体晶Cs
8.5W
15O
48が混在しており、さらに立方晶パイロクロア(Cs
2O)
0.44W
2O
6の回折ピークが観察された。これらの菱面体晶とパイロクロア相のピーク位置と強度はデータベースの値からずれており、WやCs格子欠陥により変調を受けたものと考えられる。
【0118】
主結晶相の格子定数を求めたところ、a=7.42783Å、c=7.62911Åであった。
【0119】
得られたCPT膜の表面抵抗を測定した結果、3.83×106Ω/□の値が得られ、非導電性であることが確認された。すなわち電磁波透過性に優れた膜であることを確認できた。CPT膜の膜厚は398nmであった。
【0120】
膜の分光特性を測定した結果、
図11(A)に示す透過プロファイルと、
図11(B)に示す反射プロファイルが得られた。なお、図中には参考に、熱処理工程前の未熱処理膜の透過率と反射率を「As deposited」として示す。
【0121】
図11(A)、
図11(B)によると、波長が400nmから700nmの範囲にある主要可視部は大きく透過する一方で、波長が1000nm以上の波長の近赤外光領域の光は全てカットされるプロファイルが観察された。近赤外光領域の光の反射は、30%~40%レベルと比較的大きいが、近赤外光領域の光のカットの主体は吸収である。よってこの膜は、可視光領域に十分な透明性を保ちながら、赤外域を吸収して高い熱線遮蔽性能を有していることが分かった。
【0122】
本実施例で得られた近赤外線遮蔽膜の日射熱取得率と可視光透過率はη=0.465、VLT=57.35%であった。上記値を
図12に示したη-VLTグラフにプロットすると、既述の式(1)よりも下側にくることが確認された。従って、市販の熱線吸収膜や、ATO微粒子分散膜よりもはるかに特性が良く、またITOスパッタ膜と同レベルかそれ以上の日射遮蔽特性をもつことが分かった。
[比較例1]
実施例1で作製したCPTターゲットを用いて、実施例1と同じ条件でガラス基板上に膜厚400nmの未熱処理膜を成膜した。ただし、熱処理工程は行わなかった。
【0123】
得られた膜が含有するセシウム(Cs)と、タングステン(W)との物質量の原子比であるCs/Wは0.29であった。この膜をX線回折分析した結果、回折ピークは認められず非晶質であった。
【0124】
図3の「As deposited」が、得られた膜の透過率と反射率である。得られた膜の、波長550nmの可視光での透過率は60%超えているが、波長1400nmの赤外線の透過率も60%を超えているので赤外線を遮蔽していなかった。波長550nmの透過率に対する波長1400nmの透過率の比は1.00と高い値であった。よって、熱線遮蔽性能はほとんど無いことを確認できた。
[XPS-w4fスペクトル]
実施例1
、実施例2、参考例3で作製した近赤外線遮蔽膜に加えて、参考例1、参考例2、およびセシウムタングステン複合酸化物粉を作製し、XPS-W4fスペクトルを測定した。
【0125】
参考例1の膜は以下の手順で作製した。
【0126】
実施例1で作製したCPTターゲットを用いて、スパッタガスとして10vol%酸素/90vol%アルゴンガスを用いた点以外は実施例1と同じ条件でガラス基板上に膜厚400nmの未熱処理膜を成膜した。
【0127】
得られた未熱処理膜を、実施例1と同じランプ加熱炉に投入し、1vol%水素、残部が窒素の雰囲気中、540℃で30分間熱処理した。
【0128】
参考例2の膜は以下の手順で作製した。
【0129】
実施例1で作製したCPTターゲットを用いて、スパッタガスとして10vol%酸素/90vol%アルゴンガスを用いた点以外は実施例1と同じ条件でガラス基板上に膜厚400nmの未熱処理膜を成膜した。
【0130】
得られた未熱処理膜を、実施例1と同じランプ加熱炉に投入し、窒素の雰囲気中600℃で30分間熱処理した。
【0131】
セシウムタングステン複合酸化物粉は、まず炭酸セシウム水溶液と三酸化タングステン水和物とを、含有するセシウム(Cs)とタングステン(W)との物質量の比がCs/W=0.33となる割合で混合・混練し、100℃12時間大気中で乾燥させて前駆体を作製した。前駆体を1vol%水素、残部が窒素の雰囲気中で800℃まで昇温して1時間保持した後、室温まで徐冷することで作製した。
【0132】
結果を
図13(A)に示す。スパッタ膜のXPS-W4fスペクトルは、W
6+とW
5+それぞれのスピン軌道相互作用の分裂ダブレットを含めて4ピークから構成され、W
6+
7/2を最大ピークとする。ガウス曲線をベースとした非対称4ピークに分離すると、W
6+とW
5+の量が試料ごとに異なることが分かった。W
5+の量が増えるとW
6+が減少する傾向があり、
図13(B)に示したように、W
5+の少ない方から、参考例2、実施例1、実施例2、参考例1、
参考例3の順となった。上記近赤外線遮蔽膜においては、上記の順序でV
O(酸素欠損)が増加し、伝導帯下部に束縛電子が供給されると考えられる。このことを裏付けるように、近赤外線遮蔽膜の比抵抗は、実施例1、実施例2、
参考例3の順に減少し、W
5+の増加順序と一致した。
[XPS-O1sスペクトル]
XPS-W4fスペクトルの場合と同じ試料について、XPS-O1sスペクトルを測定した。結果を
図14(A)に示す。いずれの試料についてもXPS-O1sスペクトルは、高エネルギー側に裾野をもつことが観察された。
【0133】
CPTのO1sスペクトルの構成を、束縛エネルギーの低い方から、第1ピーク:O-W
6+(530.29eV以上530.61eV以下)、第2ピーク:O-HおよびO-W
5+(531.47eV以上531.76eV以下)、第3ピーク:O-H
2(532.80eV)の3グループと仮定してピーク分離した。
図14(B)に第2ピークと第3ピークの面積百分率を示す。近赤外線遮蔽膜の第2ピークは、膜の導電性が高くなる順に大きくなっていることが分かる。すなわち、第2ピークにはO-Hの影響も入るがO-W
5+の寄与が重畳しており、W
5+が多くなる順に大きくなったと考えられる。
【0134】
また、第3ピークであるO-H
2ピークは、すべてのスパッタ膜で、完全に還元したセシウムタングステン複合酸化物粉よりも大きいという結果が得られた。この結果は、スパッタ成膜時に、真空中に混じる水分が膜中に取り込まれる証拠である。
[XPS価電子帯観察]
実施例1と実施例2で得られた近赤外線遮蔽膜の価電子帯、および伝導帯下部をXPSで観察した。実施例1の結果を
図15(A)、(C)に、実施例2の結果を
図15(B)、(D)に示す。
図15(C)、
図15(D)は、それぞれ
図15(A)、
図15(B)の一部拡大図である。
【0135】
図中に「CPT 800℃ 15min」、または「CPT 800℃ 60min」として示した、斜方晶のCPT粉であるCs4W11O35を、1vol%H2と残部がN2の雰囲気下、800℃で15分間または60分間加熱し還元した試料の測定結果をあわせて示す。
【0136】
実施例1、実施例2の試料はともに伝導帯(CB)の最下部に電子の存在が確認された。これに対して、60分間加熱したCPT粉の試料では、実施例1、2の試料と比較して、価電子帯のCs-5pは増加し、O-2pは減少し、
図15(C)、(D)に示すように伝導帯のW-5dピークは増加することを確認できた。15分間加熱したCPT粉の試料では、実施例1、2の試料とほぼ一致することを確認できた。
【0137】
実施例1、2の近赤外線遮蔽膜においては、60分間加熱し、還元が進んだCPT粉と比較して、伝導帯(CB)の最下部のピーク位置が価電子帯側へシフトしており、Coulomb gapの効果が観察される。このため、膜の導電性が低下したと解釈することができる。