IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本ゼオン株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-26
(45)【発行日】2024-09-03
(54)【発明の名称】光学フィルム、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 5/30 20060101AFI20240827BHJP
   C08J 7/02 20060101ALI20240827BHJP
   C08J 5/18 20060101ALI20240827BHJP
【FI】
G02B5/30
C08J7/02 Z CER
C08J5/18 CEZ
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020218298
(22)【出願日】2020-12-28
(65)【公開番号】P2022103574
(43)【公開日】2022-07-08
【審査請求日】2023-10-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000229117
【氏名又は名称】日本ゼオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柴田 祐二
【審査官】酒井 康博
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-097284(JP,A)
【文献】国際公開第2017/065222(WO,A1)
【文献】特開2016-026909(JP,A)
【文献】特開2008-281667(JP,A)
【文献】特開2010-048889(JP,A)
【文献】特開2013-205500(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/30
C08J 7/02
C08J 5/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶性を有する重合体及び溶媒を含み、溶融押出フィルムの加工品である光学フィルムであって、
前記溶媒は、前記結晶性を有する重合体を溶解しない溶媒であり、
前記溶媒の沸点BpS及び前記重合体のガラス転移温度TgPが、BpS≧TgPの関係を満たし、
前記光学フィルムにおける前記溶媒の含有量が0.001重量%以上0.1重量%以下であり、
前記光学フィルムの一方又は両方の表面の表面粗さRaが0.1nm以上1000nm以下であり、
NZ係数が1未満である、光学フィルム。
【請求項2】
波長3~20μmにおける前記重合体の赤外吸収最大値を与える波長と前記溶媒の赤外吸収最大値を与える波長との差が1000nm以上である、請求項1に記載の光学フィルム。
【請求項3】
前記結晶性を有する重合体の固有複屈折値が、正である、請求項1又は2に記載の光学フィルム。
【請求項4】
前記結晶性を有する重合体が、脂環式構造を含有する、請求項1~のいずれか1項に記載の光学フィルム。
【請求項5】
X線回折測定法による結晶化度が、10%以上である、請求項1~のいずれか1項に記載の光学フィルム。
【請求項6】
請求項1~のいずれか1項に記載の光学フィルムの製造方法であって、
結晶性を有する重合体を含む樹脂(pa)を、溶融押出成膜してフィルム(pA)を得る工程(I)と、
前記フィルム(pA)を、溶媒に接触させて、前記樹脂(pa)に前記溶媒を含浸させ、フィルム(qA)とする工程(II)と、
前記フィルム(qA)に電磁波を照射することにより、前記フィルム(qA)に含まれる前記溶媒の一部を揮発させ、フィルム(rA)とする工程(III)と、
を含む製造方法。
【請求項7】
前記工程(III)における電磁波照射が、赤外線ヒーターによる赤外線の照射であり、
前記赤外線ヒーターの出力波長範囲が、波長3~20μmにおける前記溶媒の赤外吸収最大値を含む、請求項に記載の光学フィルムの製造方法。
【請求項8】
波長3~20μmにおける前記フィルム(pA)の赤外吸収が5%以下である、請求項に記載の光学フィルムの製造方法。
【請求項9】
前記フィルム(rA)を延伸して、フィルム(sA)とする工程(IV)をさらに含む、請求項6~8のいずれか1項に記載の光学フィルムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学フィルム、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、特定の光学的特性を有する樹脂フィルムを、光学的な用途に用いることが行われている。例えば、NZ係数が0<NZ<1を満たすフィルムは三次元位相差フィルムと呼ばれる。三次元位相差フィルムは、液晶表示装置等の表示装置に設けられた場合、傾斜方向から見た表示面の色付きを低減するといった効果を発現することができることが知られている。
【0003】
三次元位相差フィルムは、y軸方向(即ち面内遅相軸方向に直交する面内方向)の位相差よりも、z軸方向(即ち厚み方向)において大きい位相差を有する。そのため、通常の固有複屈折が正の光学フィルム用樹脂を単に延伸するといった、通常の位相差フィルムの製造方法では製造することができない。そのため、固有複屈折が正の樹脂と負の樹脂とを組み合わせて、三次元位相差フィルム又はそれに類するフィルムを製造することが、これまで提案されている(例えば、特許文献1~2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2019/188205号
【文献】国際公開第2020/137409号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまで提案されている、固有複屈折が正の樹脂と負の樹脂とを組み合わせた三次元位相差フィルムの製造方法は、複雑な延伸の工程を要する、延伸後の貼合の工程を要し位置決めの手間が大きい等の問題点があった。
【0006】
従って、本発明の目的は、三次元位相差フィルムとして良好な効果を発現することができ、且つ容易に製造することができるフィルム、及び、三次元位相差フィルムとして良好な効果を発現しうるフィルムを容易に製造することができる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前記の課題を解決するべく検討した。検討の過程で、本発明者は、結晶性を有する重合体を含む樹脂のフィルムを、溶媒に接触させて、樹脂に溶媒を含浸させた状態とすることで、フィルムの厚み方向の複屈折を変化させ、それにより三次元位相差フィルムを製造することについて検討した。しかしながら、検討の過程で、そのように樹脂に溶媒を含浸させた場合、フィルムに多量の溶媒が残存しうることが問題となった。多量の溶媒が残存すると、かかるフィルムを用いて製造した表示装置においてフィルムから溶媒が徐々に揮発し、フィルムが使用中に経時的に変質したり、装置の他の部材に悪影響を与えるといった不所望な現象が発生しうる。また、多量の溶剤が残存したフィルムは次工程において溶剤が揮発するため、次工程において防爆構造の装置を使用しなくてはならない。
【0008】
残存溶媒量を低減させるためには、乾燥の工程を高温長時間で行うということが考えられる。しかしながら、フィルムを乾燥させるために高温長時間の乾燥を行った場合、フィルムの表面性状が容易に悪化しうる。たとえば、フィルムの表面粗さRaが容易に1000nm超といった大きな値となりうる。
【0009】
ところが、本発明者がさらに検討を進めたところ、特定の態様を採用することにより、三次元位相差フィルムとして良好な効果を発現することができ、容易に製造することができ、且つ表面性状も良好なフィルムが得られることが分かった。本発明は、かかる知見に基づいて完成したものである。
すなわち、本発明は、下記のものを含む。
【0010】
〔1〕 結晶性を有する重合体及び溶媒を含む光学フィルムであって、
前記溶媒の沸点BpS及び前記重合体のガラス転移温度TgPが、BpS≧TgPの関係を満たし、
前記光学フィルムにおける前記溶媒の含有量が0.001重量%以上0.1重量%以下であり、
前記光学フィルムの一方又は両方の表面の表面粗さRaが0.1nm以上1000nm以下であり、
NZ係数が1未満である、光学フィルム。
〔2〕 波長3~20μmにおける前記重合体の赤外吸収最大値を与える波長と前記溶媒の赤外吸収最大値を与える波長との差が1000nm以上である、〔1〕に記載の光学フィルム。
〔3〕 溶融押出フィルムの加工品である、〔1〕又は〔2〕に記載の光学フィルム。
〔4〕 前記結晶性を有する重合体の固有複屈折値が、正である、〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載の光学フィルム。
〔5〕 前記結晶性を有する重合体が、脂環式構造を含有する、〔1〕~〔4〕のいずれか1項に記載の光学フィルム。
〔6〕 X線回折測定法による結晶化度が、10%以上である、〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の光学フィルム。
〔7〕 〔1〕~〔6〕のいずれか1項に記載の光学フィルムの製造方法であって、
結晶性を有する重合体を含む樹脂(pa)を、溶融押出成膜してフィルム(pA)を得る工程(I)と、
前記フィルム(pA)を、溶媒に接触させて、前記樹脂(pa)に前記溶媒を含浸させ、フィルム(qA)とする工程(II)と、
前記フィルム(qA)に電子線を照射することにより、前記フィルム(qA)に含まれる前記溶媒の一部を揮発させ、フィルム(rA)とする工程(III)と、
を含む製造方法。
〔8〕 前記工程(III)における電子線照射が、赤外線ヒーターによる赤外線の照射であり、
前記赤外線ヒーターの出力波長範囲が、波長3~20μmにおける前記溶媒の赤外吸収最大値を含む、〔7〕に記載の製造方法。
〔9〕 波長3~20μmにおける前記フィルム(pA)の赤外吸収が5%以下である、〔8〕に記載の光学フィルムの製造方法。
〔10〕 前記フィルム(rA)を延伸して、フィルム(sA)とする工程(IV)をさらに含む、〔7〕~〔9〕のいずれか1項に記載の光学フィルムの製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、本発明の目的は、三次元位相差フィルム又はその製造の材料として良好な効果を発現することができ、且つ容易に製造することができる光学フィルム、及び、三次元位相差フィルムとして良好な効果を発現しうる光学フィルムを容易に製造することができる製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について実施形態及び例示物を示して詳細に説明する。ただし、本発明は以下に示す実施形態及び例示物に限定されるものではなく、本発明の請求の範囲及びその均等の範囲を逸脱しない範囲において任意に変更して実施しうる。
【0013】
以下の説明において、フィルム等の層状の構造物の面内レターデーションReは、別に断らない限り、Re=(nx-ny)×dで表される値である。層状の構造物の厚み方向のレターデーションRthは、別に断らない限り、Rth=[{(nx+ny)/2}-nz]×dで表される値である。層状の構造物のNZ係数は、別に断らない限り、(nx-nz)/(nx-ny)で表される値である。
【0014】
nxは、層状の構造物の厚み方向に垂直な方向(面内方向)であって最大の屈折率を与える方向の屈折率を表す。nyは、層状の構造物の前記面内方向であってnxの方向に直交する方向の屈折率を表す。nzは、層状の構造物の厚み方向の屈折率を表す。dは、層状の構造物の厚みを表す。測定波長は、別に断らない限り、590nmである。
【0015】
以下の説明において、固有複屈折が正の材料とは、別に断らない限り、延伸方向の屈折率がそれに垂直な方向の屈折率よりも大きくなる材料を意味する。また、固有複屈折が負の材料とは、別に断らない限り、延伸方向の屈折率がそれに垂直な方向の屈折率よりも小さくなる材料を意味する。固有複屈折の値は誘電率分布から計算することができる。
【0016】
以下の説明において、「長尺」のフィルムとは、幅に対して、5倍以上の長さを有するフィルムをいい、好ましくは10倍若しくはそれ以上の長さを有し、具体的にはロール状に巻き取られて保管又は運搬される程度の長さを有するフィルムをいう。長さの上限に特段の制限は無いが、通常、幅に対して10万倍以下である。
【0017】
以下の説明において、層状の構造物の遅相軸は、別に断らない限り、面内の遅相軸である。
【0018】
〔光学フィルム〕
本発明の光学フィルムは、結晶性を有する重合体及び溶媒を含むフィルムである。具体的には、本発明の光学フィルムは、結晶性を有する重合体を主成分とし、以下に述べる特定量の溶媒をも含む結晶性樹脂からなるフィルムとしうる。
【0019】
〔結晶性を有する重合体〕
「結晶性を有する重合体」とは、融点Tmを有する重合体を表す。すなわち、「結晶性を有する重合体」とは、示差走査熱量計(DSC)で融点を観測することができる重合体を表す。以下の説明において、結晶性を有する重合体を、「結晶性重合体」ということがある。結晶性重合体を主成分として含む樹脂は、結晶性重合体に基づく性質を発現しうる。このような樹脂を、結晶性樹脂という場合がある。結晶性樹脂は、好ましくは熱可塑性樹脂である。
【0020】
結晶性重合体は、正の固有複屈折を有し、それにより、結晶性樹脂が正の固有複屈折値を有することが好ましい。結晶性樹脂であり且つ正の固有複屈折を有する樹脂を用いることにより、本発明の要件、特にNZ<1の要件を満たす光学フィルムを特に容易に製造できる。
【0021】
結晶性重合体は、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)等のポリエステル;ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)等のポリオレフィン;等でもよく、特に限定されることはないが、脂環式構造を含有することが好ましい。脂環式構造を含有する結晶性重合体を用いることにより、フィルムの機械特性、耐熱性、透明性、低吸湿性、寸法安定性及び軽量性を良好にできる。脂環式構造を含有する重合体とは、分子内に脂環式構造を有する重合体を表す。このような脂環式構造を含有する重合体は、例えば、環状オレフィンを単量体として用いた重合反応によって得られうる重合体又はその水素化物でありうる。
一般に有機溶媒は2~20μmの吸収スペクトルを持つため、主波長が2~20μmの赤外線を吸収して効率よく加熱され蒸発するが、脂環式結晶性樹脂は主波長が2~20μmの赤外線によってはほとんど加熱されないという物性を持つため、本発明においてはその観点からも特に好ましく使用しうる。
【0022】
脂環式構造としては、例えば、シクロアルカン構造及びシクロアルケン構造が挙げられる。これらの中でも、熱安定性などの特性に優れる位相差フィルムが得られ易いことから、シクロアルカン構造が好ましい。1つの脂環式構造に含まれる炭素原子の数は、好ましくは4個以上、より好ましくは5個以上であり、好ましくは30個以下、より好ましくは20個以下、特に好ましくは15個以下である。1つの脂環式構造に含まれる炭素原子の数が上記範囲内にあることで、機械的強度、耐熱性、及び成形性が高度にバランスされる。
【0023】
脂環式構造を含有する結晶性重合体において、全ての構造単位に対する脂環式構造を有する構造単位の割合は、好ましくは30重量%以上、より好ましくは50重量%以上、特に好ましくは70重量%以上である。脂環式構造を有する構造単位の割合を前記のように多くすることにより、耐熱性を高めることができる。全ての構造単位に対する脂環式構造を有する構造単位の割合は、100重量%以下としうる。また、脂環式構造を含有する結晶性重合体において、脂環式構造を有する構造単位以外の残部は、格別な限定はなく、使用目的に応じて適宜選択しうる。
【0024】
脂環式構造を含有する結晶性重合体としては、例えば、下記の重合体(α)~重合体(δ)が挙げられる。これらの中でも、耐熱性に優れる位相差フィルムが得られ易いことから、重合体(β)が好ましい。
重合体(α):環状オレフィン単量体の開環重合体であって、結晶性を有するもの。
重合体(β):重合体(α)の水素化物であって、結晶性を有するもの。
重合体(γ):環状オレフィン単量体の付加重合体であって、結晶性を有するもの。
重合体(δ):重合体(γ)の水素化物であって、結晶性を有するもの。
【0025】
具体的には、脂環式構造を含有する結晶性重合体としては、ジシクロペンタジエンの開環重合体であって結晶性を有するもの、及び、ジシクロペンタジエンの開環重合体の水素化物であって結晶性を有するものがより好ましい。中でも、ジシクロペンタジエンの開環重合体の水素化物であって結晶性を有するものが特に好ましい。ここで、ジシクロペンタジエンの開環重合体とは、全構造単位に対するジシクロペンタジエン由来の構造単位の割合が、通常50重量%以上、好ましくは70重量%以上、より好ましくは90重量%以上、さらに好ましくは100重量%の重合体をいう。
【0026】
ジシクロペンタジエンの開環重合体の水素化物は、ラセモ・ダイアッドの割合が高いことが好ましい。具体的には、ジシクロペンタジエンの開環重合体の水素化物における繰り返し単位のラセモ・ダイアッドの割合は、好ましくは51%以上、より好ましくは70%以上、特に好ましくは85%以上である。ラセモ・ダイアッドの割合が高いことは、シンジオタクチック立体規則性が高いことを表す。よって、ラセモ・ダイアッドの割合が高いほど、ジシクロペンタジエンの開環重合体の水素化物の融点が高い傾向がある。
ラセモ・ダイアッドの割合は、後述する実施例に記載の13C-NMRスペクトル分析に基づいて決定できる。
【0027】
上記重合体(α)~重合体(δ)としては、国際公開第2018/062067号に開示されている製造方法により得られる重合体を用いうる。
【0028】
結晶性重合体の融点Tmは、好ましくは200℃以上、より好ましくは230℃以上であり、好ましくは290℃以下である。このような融点Tmを有する結晶性重合体を用いることによって、成形性と耐熱性とのバランスに更に優れた光学フィルムを得ることができる。
【0029】
通常、結晶性重合体は、ガラス転移温度を有し、したがって結晶性重合体を主成分とする結晶性樹脂についても、結晶性重合体のガラス転移温度に基づくガラス転移温度が観測されうる。結晶性重合体のガラス転移温度TgPは、通常は85℃以上、通常170℃以下である。
【0030】
重合体のガラス転移温度TgP及び融点Tmは、以下の方法によって測定できる。まず、重合体を、加熱によって融解させ、融解した重合体をドライアイスで急冷する。続いて、この重合体を試験体として用いて、示差走査熱量計(DSC)を用いて、10℃/分の昇温速度(昇温モード)で、重合体のガラス転移温度TgP及び融点Tmを測定しうる。
【0031】
結晶性重合体の重量平均分子量(Mw)は、好ましくは1,000以上、より好ましくは2,000以上であり、好ましくは1,000,000以下、より好ましくは500,000以下である。このような重量平均分子量を有する結晶性重合体は、成形加工性と耐熱性とのバランスに優れる。
【0032】
結晶性重合体の分子量分布(Mw/Mn)は、好ましくは1.0以上、より好ましくは1.5以上であり、好ましくは4.0以下、より好ましくは3.5以下である。ここで、Mnは数平均分子量を表す。このような分子量分布を有する結晶性重合体は、成形加工性に優れる。
【0033】
重合体の重量平均分子量(Mw)及び分子量分布(Mw/Mn)は、テトラヒドロフランを展開溶媒とするゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(GPC)により、ポリスチレン換算値として測定しうる。
【0034】
本発明のフィルムに含まれる結晶性重合体の結晶化度は、特段の制限はないが、通常は、ある程度以上高い。結晶性重合体を含む樹脂の結晶化度を測定した場合、具体的な結晶化度の範囲は、好ましくは10%以上、より好ましくは15%以上、特に好ましくは30%以上である。結晶化度は、X線回折法によって測定しうる。
【0035】
結晶性重合体は、1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を任意の比率で組み合わせて用いてもよい。
【0036】
本発明の光学フィルムに含まれる結晶性重合体の割合は、好ましくは50重量%以上、より好ましくは70重量%以上、特に好ましくは90重量%以上である。結晶性重合体の割合が前記下限値以上である場合、フィルムの複屈折の発現性及び耐熱性を高めることができる。結晶性重合体の割合の上限は、99.999重量%以下でありうる。
【0037】
〔溶媒〕
本発明の光学フィルムは、有機溶媒等の溶媒を含みうる。この溶媒は、通常、本発明の製造方法の工程(II)においてフィルム中に取り込まれたものである。
【0038】
工程(II)においてフィルム中に取り込まれた溶媒の全部または一部は、結晶性重合体の内部に入り込みうる。したがって、溶媒の沸点以上で乾燥を行ったとしても、容易には溶媒を完全に除去することは難しい。よって、本発明の光学フィルムは、溶媒を含むことが通常である。
【0039】
溶媒は、結晶性重合体を溶解しない有機溶媒としうる。好ましい有機溶媒としては、例えば、トルエン、デカヒドロナフタレン、及びリモネン等の炭化水素溶媒;テトラヒドロフラン;クロロベンゼン;及び二硫化炭素が挙げられる。有機溶媒の種類は、1種類でもよく、2種類以上でもよい。
【0040】
本発明の光学フィルムにおける溶媒の含有量は、0.1重量%以下、好ましくは0.05重量%以下である。溶媒の含有量が前記上限以下であることにより、光学フィルムが使用中に経時的に変質したり、光学フィルムが組み込まれた装置の他の部材に悪影響を与えるといった不所望な現象を効果的に抑制することができる。一方、本発明の製造方法の工程(II)を含む工程において光学フィルムを製造した場合、0.001重量%以上の溶媒が残存しうる。残存する溶媒の割合の下限は、0.01重量%以上であってもよい。フィルム中の溶媒の含有量は、熱質量分析によって測定しうる。
【0041】
本発明の光学フィルムにおいては、溶媒の沸点BpS及び結晶性重合体のガラス転移温度TgPが、BpS≧TgPの関係を満たす。本発明の光学フィルムの製造方法により、所望のNZ係数を与える結晶性重合体及び溶媒の組み合わせは、このような関係を有するものが多い一方、このような関係を有する場合、溶媒を十分に揮発させることが困難である。しかしながら、本発明の製造方法により光学フィルムの製造を行った場合、このような関係を有する場合であっても、溶媒の揮発を十分に行うことが可能である。
【0042】
溶媒が、複数種類の溶媒の混合物である場合、それらのうち最も沸点が高いものがBpS≧TgPの関係を満たす場合、前記要件を満たすものとしうる。
【0043】
本発明の光学フィルムにおいては、波長3~20μmにおける結晶性重合体の赤外吸収最大値を与える波長と、溶媒の赤外吸収最大値を与える波長との差が1000nm以上、好ましくは5000nm以上である。かかる波長の差を有することにより、本発明の製造方法により光学フィルムの製造を行った場合、溶媒の揮発を十分に行うことが可能となり、したがって容易に製造できる光学フィルムとしうる。
【0044】
本発明の光学フィルムは、結晶性重合体及び溶媒に加えて、任意の成分を含みうる。任意の成分としては、例えば、フェノール系酸化防止剤、リン系酸化防止剤、イオウ系酸化防止剤等の酸化防止剤;ヒンダードアミン系光安定剤等の光安定剤;石油系ワックス、フィッシャートロプシュワックス、ポリアルキレンワックス等のワックス;ソルビトール系化合物、有機リン酸の金属塩、有機カルボン酸の金属塩、カオリン及びタルク等の核剤;ジアミノスチルベン誘導体、クマリン誘導体、アゾール系誘導体(例えば、ベンゾオキサゾール誘導体、ベンゾトリアゾール誘導体、ベンゾイミダゾール誘導体、及びベンゾチアソール誘導体)、カルバゾール誘導体、ピリジン誘導体、ナフタル酸誘導体、及びイミダゾロン誘導体等の蛍光増白剤;ベンゾフェノン系紫外線吸収剤、サリチル酸系紫外線吸収剤、ベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤等の紫外線吸収剤;タルク、シリカ、炭酸カルシウム、ガラス繊維等の無機充填材;着色剤;難燃剤;難燃助剤;帯電防止剤;可塑剤;近赤外線吸収剤;滑剤;フィラー;及び、軟質重合体等の、結晶性重合体以外の任意の重合体;などが挙げられる。任意の成分は、1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を任意の比率で組み合わせて用いてもよい。
【0045】
〔表面粗さ〕
本発明の光学フィルムは、その一方又は両方の表面の表面粗さRaが、特定の範囲内である。表面粗さRaは、0.1nm以上、好ましくは0.5nm以上、一方1000nm以下、好ましくは800nm以下、より好ましくは600nm以下である。表面粗さRaが前記上限以下であることにより、光学フィルムとして良好な特性を発現することができ、例えば当該フィルムを組み込んだ表示装置の表示品質を向上させることができる。加えて、得られた光学フィルムを搬送及び延伸等の操作に供する際のハンドリング性を良好なものとすることができる。表面粗さRaを前記下限以上とすることにより、容易な製造を達成することができる。
【0046】
〔光学特性〕
本発明の光学フィルムは、そのNZ係数が1未満である。具体的には、光学フィルムのNZ係数は、0<NZ<1を満たすか、又は、NZ<0を満たすものとしうる。前者は、所謂三次元位相差フィルムとして有用に用いうる。後者は、三次元位相差フィルムを製造するための材料として有用に用いうる。即ち一軸延伸等の簡単な処理により、容易に0<NZ<1を満たすフィルムに変換しうる。
【0047】
光学フィルムが0<NZ<1を満たす場合、NZ係数は0より大きく、好ましくは0.2以上であり、一方1より小さく、好ましくは0.8以下である。NZ係数がこの範囲であることにより、光学フィルムが液晶表示装置等の表示装置に設けられた場合、傾斜方向から見た表示面の色付きを低減するといった効果を特に良好に発現することができる。一方、光学フィルムがNZ<0を満たす場合、NZ係数は好ましくは-1以下、より好ましくは-10以下である。NZ係数の下限は、特に限定されないが-1000以上としうる。
【0048】
従来技術においては、NZ<0を満たすフィルムであって、上に述べた他の要件を満たすものは、知られておらず、本発明の光学フィルムは、その点において新規性を有する。本発明においては、光学フィルムの材料として結晶性樹脂を採用し、後述する特定の製造方法によりその厚み方向の複屈折を調整することにより、かかる光学フィルムを達成している。
【0049】
〔その他の物性〕
本発明の光学フィルムの厚みは、所望の光学特性が得られる厚みに適宜調整しうる。光学フィルムの厚みは、好ましくは10μm以上、より好ましくは15μm以上であり、一方好ましくは200μm以下、より好ましくは150μm以下である。一般に表示装置等の装置に用いる光学フィルムは、光学的特性を発現するためにある程度以上の厚みを必要とする一方、装置の薄型化の要請から、薄いことが求められる。本発明の光学フィルムは、本発明の要件を満たすことにより、厚みが薄くても、光学フィルムが所望の光学的特性を満たすフィルムとすることが可能である。
【0050】
本発明の光学フィルムは、ある態様において、溶融押出フィルムの加工品としうる。具体的には、後述する本発明の製造方法において述べる通り、結晶性を有する重合体を含む樹脂を溶融押出成形してフィルムとし、それをさらに加工することにより、本発明の光学フィルムを得うる。
【0051】
〔光学フィルムの製造方法〕
本発明の光学フィルムは、下記工程(I)~(III)を含む製造方法により製造しうる。以下において、かかる製造方法を、本発明の光学フィルムの製造方法として説明する。本発明の光学フィルムの製造方法は、工程(I)~(III)に加えて、下記工程(IV)をさらに含みうる。
工程(I):結晶性重合体を含む樹脂(pa)を、溶融押出製膜してフィルム(pA)を得る工程。
工程(II):フィルム(pA)を、溶媒に接触させて、樹脂(pa)に溶媒を含浸させ、フィルム(qA)とする工程。
工程(III):フィルム(qA)に電子線を照射することにより、フィルム(qA)に含まれる前記溶媒の一部を揮発させ、フィルム(rA)とする工程。
工程(IV):フィルム(rA)を延伸して、フィルム(sA)とする工程。
【0052】
〔工程(I)〕
工程(I)は、結晶性重合体を含む樹脂(pa)を、溶融押出成形により成膜し、フィルム(pA)を得る。具体的には、通常の押出成形用のダイを備えた押出装置にて、結晶性樹脂(pa)を溶融押出成形することにより、長尺の結晶性樹脂(pa)のフィルム(pA)を製膜しうる。成膜の条件は、結晶性樹脂(pa)の性質に応じて適宜調整しうる。工程(I)にて成膜するフィルム(pA)の厚みは、特に限定されず、製品としての光学フィルム(フィルム(rA)又はフィルム(sA))の厚みが所望の値となるよう適宜調整しうる。フィルム(pA)は、光学異方性を有するフィルムであってもよいが、特に光学異方性を有していない状態であっても、この後の工程に供することにより、本発明の光学フィルムを容易に製造しうる。
【0053】
〔工程(II)〕
工程(II)では、フィルム(pA)を、溶媒に接触させる。溶媒としては、結晶性樹脂(pa)を溶解させずに当該樹脂中に浸入できる溶媒を適宜選択しうる。溶媒としては、通常は有機溶媒が用いられる。好ましい有機溶媒としては、例えば、トルエン、デカヒドロナフタレン、及びリモネン等の炭化水素溶媒;テトラヒドロフラン;クロロベンゼン;及び二硫化炭素が挙げられる。溶媒の種類は、1種類でもよく、2種類以上でもよい。
【0054】
工程(II)における接触は、任意の操作により達成しうる。接触の操作の例としては、フィルム(pA)の表面に溶媒をスプレーするスプレー法;フィルム(pA)の表面に溶媒を塗布する塗布法;及びフィルム(pA)を溶媒中に浸漬する浸漬法が挙げられる。連続的な接触を容易に行える観点からは、浸漬法が好ましい。但し、接触させる溶媒の量を塗布厚み等により制御する必要がある場合は、スプレー法及び塗布法を好ましく行いうる。
【0055】
工程(II)の接触時における溶媒の温度は、溶媒が液体状態を維持できる範囲で任意であり、よって、溶媒の融点以上沸点以下の範囲に設定しうる。
【0056】
フィルム(pA)と溶媒とを浸漬により接触させる場合、接触時間は、好ましくは0.5秒以上、より好ましくは1.0秒以上、特に好ましくは5.0秒以上であり、好ましくは120秒以下、より好ましくは80秒以下、特に好ましくは60秒以下である。
フィルム(pA)と溶媒とを、溶媒の塗布により接触させる場合、塗布面積及び溶媒の供給量から計算される塗布厚みを適宜調整しうる。塗布厚みは、好ましくは5μm以上、より好ましくは10μm以上であり、一方好ましくは100μm以下としうる。
接触時間又は塗布厚みが前記下限値以上である場合、溶媒との接触による光学フィルムのNZ係数の調整を効果的に行うことができる。他方、接触時間を前記上限より長くしたり塗布厚みを前記上限より厚くしてもNZ係数の調整量は大きく変わらない傾向がある。よって、接触時間又は塗布厚みが前記上限値以下である場合、光学フィルムの品質を損なわずに生産性を高めることができる。
【0057】
工程(II)での溶媒との接触の結果、フィルム(pA)は、その厚み、及びその厚み方向の複屈折が変化し、フィルム(qA)となる。このような、溶媒との接触によりもたらされる変化は、光学フィルム用樹脂を単に延伸するといった、通常の位相差フィルムの製造方法では得ることが困難なものである。したがって、かかる変化の結果、本発明の光学フィルムの容易な製造が可能となる。
【0058】
〔工程(III)〕
工程(III)では、フィルム(qA)に電子線を照射することにより、フィルム(qA)に含まれる前記溶媒の一部を揮発させ、フィルム(rA)とする。
【0059】
電子線としては、溶媒にエネルギーを与えて揮発を促進できるものを適宜選択しうる。電子線の例としては、赤外線、及びマイクロ波等の電磁波が挙げられる。効率的な揮発が可能である観点から、工程(III)における電子線の照射は、赤外線ヒーターによる赤外線の照射であることが特に好ましい。
【0060】
好ましい態様において、工程(III)における電子線照射は、赤外線ヒーターによる赤外線の照射であり、且つ、赤外線ヒーターの出力波長範囲が、波長3~20μmにおける溶媒の赤外吸収最大値を含む。かかる態様により工程(III)を実施することにより、フィルムへのダメージを抑制しながら溶媒の揮発を容易に達成することができる。その結果、溶媒の含有量が0.1重量%以下でありながら且つ表面粗さRaが1000nm以下であるという本発明の光学フィルムの製造を容易に達成することができる。
【0061】
好ましい態様において、波長3~20μmにおけるフィルム(pA)の赤外吸収は、5%以下である。即ち、赤外線ヒーターの出力の波長3~20μmの範囲の積算値を、溶媒接触前のフィルムであるフィルム(pA)を介して測定した場合の値は、フィルム(pA)を介さず測定した場合を100%とした場合において95%以上である。フィルム(pA)として、このように赤外吸収の低いものを採用し製造方法を実施することにより、フィルムへのダメージを低減しながら溶媒のより効率的な揮発が可能となる。
【0062】
好ましい態様において、波長3~20μmにおける赤外線ヒーターの出力の波長特性は、結晶性重合体の赤外吸収最大値を与える波長において低く、溶媒の赤外吸収最大値を与える波長において高いことが好ましい。具体的には、溶媒の赤外吸収最大値を与える波長における赤外線ヒーターの出力を100%とすると、結晶性重合体の赤外吸収最大値を与える波長における赤外線ヒーターの出力は、好ましくは50%以下、より好ましくは30%以下である。かかる波長特性を有する赤外線ヒーターにより工程(III)を行うことにより、フィルムへのダメージを低減しながら溶媒のより効率的な揮発が可能となる。
【0063】
工程(III)において赤外線を照射すると、フィルムの温度は上昇しうる。ここで、フィルムの劣化を低減するため、工程(III)実施時のフィルムの温度を一定以下の低い温度に保つことが好ましい。かかるフィルム温度は、重合体のガラス転移温度TgPより十分低い温度であることが好ましく、好ましくは「TgP-5」℃以下、より好ましくは「TgP-10」℃以下としうる。フィルム温度の下限は、特に限定されないが例えば「TgP-80」℃以上としうる。このような低い温度での赤外線照射は、フィルムの、赤外線が照射される面とは反対側の面に冷風を吹き付けてフィルムを冷却する等の操作により達成しうる。
【0064】
フィルム(rA)は、そのNZ係数NZ(rA)が1未満であり、具体的にはNZ(rA)<0を満たすものとしうる。したがって、光学フィルム(rA)は、それ自体を本発明の光学フィルムとしうる。または、フィルム(rA)は、工程(IV)の延伸等の簡単な処理により、容易に0<NZ<1を満たすフィルム(sA)に変換しうる。NZ(rA)は好ましくは-1以下、より好ましくは-10以下である。NZ(rA)の下限は、特に限定されないが-1000以上としうる。
【0065】
〔工程(IV)〕
工程(IV)では、工程(III)の後に、フィルム(rA)を延伸して、フィルム(sA)とする。かかる延伸により、フィルム(rA)に含まれる重合体の分子は、延伸方向に応じた方向に配向される。フィルム(rA)は、工程(II)を経ているため、光学フィルム用樹脂を単に延伸するといった通常の位相差フィルムの製造方法では得ることが困難な光学特性を備える光学フィルムとしてのフィルム(sA)を容易に得ることができる。
【0066】
工程(IV)における延伸は、一軸延伸でもよく、二軸以上の延伸でもよい。また延伸の回数は一回のみでもよく、二回以上でもよい。好ましくは一回の一軸延伸、又は一回の一方向への延伸及び一回の他の一方向への延伸の同時又は逐次の実施による二軸延伸である。フィルム(rA)は、工程(II)を経ているため、このような単純な延伸によって、通常の位相差フィルムの製造方法では得ることが困難な光学特性を備える光学フィルムとしてのフィルム(rA)を容易に得ることができる。
【0067】
一軸延伸を行う場合、延伸は自由端一軸延伸であってもよく、固定端一軸延伸であってもよい。フィルムの自由端一軸延伸とは、面内方向のうち、延伸方向と直交する方向における収縮を許容する態様で行う一軸延伸である。これに対して、固定端一軸延伸とは、延伸方向と直交する方向における寸法を固定し、当該方向への収縮を許容しない態様で行う一軸延伸(即ち延伸方向と直交する方向への延伸倍率を1倍に設定する延伸)である。
【0068】
工程(IV)における延伸方向に制限はなく、例えば、長手方向、幅方向、斜め方向などが挙げられる。ここで、斜め方向とは、厚み方向に対して垂直な方向であって、幅方向とがなす角が0°でも無く90°でも無い方向(即ち幅方向とがなす角が0°超90°未満である方向)を表す。
【0069】
工程(II)を伴わない製造方法により本発明の光学フィルムと同等の光学特性を有するフィルムを製造しようとする場合、通常はより複雑な延伸工程、及びより複雑な樹脂フィルムの構成が必要になり、製造効率の観点からの不利益が大きい。これに対して、本発明の製造方法では、より単純な工程によって本発明の光学フィルムを得ることができ、しかも得られる光学フィルムの表面性状を良好なものとしうるので、製造効率及び製品品質の観点から有利である。
【0070】
延伸倍率は、好ましくは1.1倍以上、より好ましくは1.2倍以上であり、好ましくは20.0倍以下、より好ましくは10.0倍以下、更に好ましくは5.0倍以下、特に好ましくは2.0倍以下である。具体的な延伸倍率は、製品たる光学フィルムの光学特性、厚み、強度などの要素に応じて適切に設定することが望ましい。延伸倍率が前記下限値以上である場合、延伸によって複屈折を大きく変化させることができる。また、延伸倍率が前記上限値以下である場合、遅相軸の方向を容易に制御したり、フィルムの破断を効果的に抑制したりできる。
【0071】
延伸温度は、結晶性重合体のガラス転移温度TgPと相対的に規定しうる。延伸温度は、好ましくは「TgP+5」℃以上、より好ましくは「TgP+10」℃以上であり、好ましくは「TgP+100」℃以下、より好ましくは「TgP+90」℃以下である。延伸温度が前記下限値以上である場合、フィルムを十分に軟化させて延伸を均一に行うことができる。また、延伸温度が前記上限値以下である場合、結晶性重合体の結晶化の進行によるフィルムの硬化を抑制できるので、延伸を円滑に行うことができ、また、延伸によって大きな複屈折を発現させることができる。さらに、通常は、得られる光学フィルムのヘイズを小さくして透明性を高めることができる。また、かかる温度での延伸を行うことにより、結晶性重合体の結晶化度が高まり、その結果得られる光学フィルムの光学特性を容易に所望の範囲に調整することができる。
【0072】
工程(IV)により複屈折が変化しうるので、NZ係数の調整を行うことができる。よって、工程(IV)による延伸によって所望の光学特性を有する光学フィルムとしてのフィルム(sA)が得られる。工程(IV)の結果得られたフィルム(sA)は、そのまま本発明の光学フィルムとして利用することができる。または、得られたフィルムにさらに任意の処理を行い、本発明の光学フィルムとすることもできる。任意の工程の例としては、延伸された寸法を維持した状態での熱処理又は延伸された寸法を縮めての緩和処理等の処理による複屈折の調整が挙げられる。
【0073】
フィルム(sA)は、そのNZ係数NZ(sA)が1未満であるものとしうる。具体的には、0<NZ(sA)<1を満たすものとしうる。このようなフィルムは、所謂三次元位相差フィルムとして有用に用いうる。NZ(sA)は好ましくは0.2以上であり、一方好ましくは0.8以下である。NZ(sA)がこの範囲であることにより、光学フィルムが液晶表示装置等の表示装置に設けられた場合、傾斜方向から見た表示面の色付きを低減するといった効果を特に良好に発現することができる。
【0074】
〔用途〕
本発明の光学フィルムは、必要に応じて矩形などの所望の形状に加工した上で、表示装置等の光学装置の構成要素として使用しうる。本発明の光学フィルムを表示装置の構成要素として用いた場合、表示装置に表示される画像の視野角、コントラスト、画質等の表示品質を改善することができる。
【実施例
【0075】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明する。ただし、本発明は以下に示す実施例に限定されるものではなく、本発明の特許請求の範囲及びその均等の範囲を逸脱しない範囲において任意に変更して実施しうる。
以下の説明において、量を表す「%」及び「部」は、別に断らない限り、重量基準である。また、以下に説明する操作は、別に断らない限り、常温及び常圧の条件において行った。
【0076】
〔評価方法〕
(重合体の重量平均分子量Mw及び数平均分子量Mnの測定方法)
重合体の重量平均分子量Mw及び数平均分子量Mnは、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(GPC)システム(東ソー社製「HLC-8320」)を用いて、ポリスチレン換算値として測定した。測定の際、カラムとしてはHタイプカラム(東ソー社製)を用い、溶媒としてはテトラヒドロフランを用いた。また、測定時の温度は、40℃であった。
【0077】
(重合体の水素化率の測定方法)
重合体の水素化率は、オルトジクロロベンゼン-dを溶媒として、145℃で、H-NMR測定により測定した。
【0078】
(ガラス転移温度TgP及び融点Tmの測定方法)
重合体のガラス転移温度TgP及び融点Tmの測定は、以下のようにして行った。まず、重合体を、加熱によって融解させ、融解した重合体をドライアイスで急冷した。続いて、この重合体を試験体として用いて、示差走査熱量計(DSC)を用いて、10℃/分の昇温速度(昇温モード)で、重合体のガラス転移温度TgP及び融点Tmを測定した。
【0079】
(重合体のラセモ・ダイアッドの割合の測定方法)
重合体のラセモ・ダイアッドの割合の測定は以下のようにして行った。オルトジクロロベンゼン-dを溶媒として、200℃で、inverse-gated decoupling法を適用して、重合体の13C-NMR測定を行った。この13C-NMR測定の結果において、オルトジクロロベンゼン-dの127.5ppmのピークを基準シフトとして、メソ・ダイアッド由来の43.35ppmのシグナルと、ラセモ・ダイアッド由来の43.43ppmのシグナルとを同定した。これらのシグナルの強度比に基づいて、重合体のラセモ・ダイアッドの割合を求めた。
【0080】
(フィルムのレターデーションRe及びRth並びにNZ係数の測定方法)
フィルムの面内レターデーションRe、厚み方向のレターデーションRth、及びNZ係数は、位相差計(AXOMETRICS社製「AxoScan OPMF-1」)により測定した。測定波長は590nmであった。
【0081】
(フィルムの厚みの測定方法)
フィルムの厚みは、接触式厚さ計(MITUTOYO社製 Code No. 543-390)を用いて測定した。
【0082】
(フィルムの溶媒含有率の測定方法)
フィルム(pA)について、熱重量分析(TGA:窒素雰囲気下、昇温速度10℃/分、30℃~300℃)によって、その重量を測定した。30℃におけるフィルム(pA)の重量W(30℃)から300℃におけるフィルムの重量W(300℃)を引き算して、300℃におけるフィルムの重量減少量ΔWを求めた。後述する実施例及び比較例で用いたフィルム(pA)は、溶融押出法によって製造されたものであるので、溶媒を含まない。よって、このフィルム(pA)の重量減少量ΔWを、後述する式(X)ではリファレンスとして採用した。
【0083】
また、測定対象のフィルムについて、前記と同じく熱重量分析(TGA:窒素雰囲気下、昇温速度10℃/分、30℃~300℃)によって、その重量を測定した。30℃におけるフィルムの重量W(30℃)から300℃におけるフィルムの重量W(300℃)を引き算して、300℃におけるフィルムの重量減少量ΔWを求めた。
【0084】
前記の300℃におけるフィルム(pA)の重量減少量ΔW、及び、300℃における測定対象フィルムの重量減少量ΔWから、以下の式(X)により、フィルムの溶媒含有率を算出した。
溶媒含有率(%)={(ΔW-ΔW)/W(30℃)}×100 (X)
【0085】
(算術平均粗さRaの測定方法)
株式会社キーエンス製のレーザマイクロスコープ「VK-X1000」を使用して、フィルム表面を倍率5倍で撮影した後、付属の解析アプリケーションを使用して解析を行った。撮影した画面に対し、線粗さ曲線を計測し、2×2mm面積における算術平均粗さRaを算出した。Raの計算はJIS B 0601:2001の通りとした。
【0086】
(結晶性樹脂と溶媒の最大吸収波長)
赤外吸収スペクトルを、フーリエ変換赤外分光装置(日本分光製FTIR-6100)を用いて、透過法にて測定した。
製造例1で得られた結晶性を有する重合体(ジシクロペンタジエンの開環重合体の水素化物)及び実施例において使用した溶媒(トルエン)のそれぞれについて、赤外吸収スペクトルのうち、3μm~20μmの間の最大吸収波長を測定したところ、結晶性を有する重合体は3.3μm、トルエンは14.3μmであった。
【0087】
(フィルム(pA)の赤外吸収)
フィルム(pA)の赤外吸収は、下記の通りの方法で算出した。
フィルム(pA)の赤外吸収スペクトルを、フーリエ変換赤外分光装置(日本分光製FTIR-6100)を用いて、透過法にて測定した。測定した赤外吸収スペクトルを透過率に変換した後、3μm~20μmの透過率の平均を算出した。平均透過率を100%から引くことで、赤外吸収量とした。フィルム(pA)の透過率は97.4%であり、赤外吸収としては2.6%であった。
【0088】
〔製造例1.ジシクロペンタジエンの開環重合体の水素化物を含む結晶性樹脂の製造〕
金属製の耐圧反応器を、充分に乾燥した後、窒素置換した。この金属製耐圧反応器に、シクロヘキサン154.5部、ジシクロペンタジエン(エンド体含有率99%以上)の濃度70%シクロヘキサン溶液42.8部(ジシクロペンタジエンの量として30部)、及び1-ヘキセン1.9部を加え、53℃に加温した。
【0089】
テトラクロロタングステンフェニルイミド(テトラヒドロフラン)錯体0.014部を0.70部のトルエンに溶解し、溶液を調製した。この溶液に、濃度19%のジエチルアルミニウムエトキシド/n-ヘキサン溶液0.061部を加えて10分間攪拌して、触媒溶液を調製した。この触媒溶液を耐圧反応器に加えて、開環重合反応を開始した。その後、53℃を保ちながら4時間反応させて、ジシクロペンタジエンの開環重合体の溶液を得た。得られたジシクロペンタジエンの開環重合体の数平均分子量(Mn)及び重量平均分子量(Mw)は、それぞれ、8,750および28,100であり、これらから求められる分子量分布(Mw/Mn)は3.21であった。
【0090】
得られたジシクロペンタジエンの開環重合体の溶液200部に、停止剤として1,2-エタンジオール0.037部を加えて、60℃に加温し、1時間攪拌して重合反応を停止させた。ここに、ハイドロタルサイト様化合物(協和化学工業社製「キョーワード(登録商標)2000」)を1部加えて、60℃に加温し、1時間攪拌した。その後、濾過助剤(昭和化学工業社製「ラヂオライト(登録商標)#1500」)を0.4部加え、PPプリーツカートリッジフィルター(ADVANTEC東洋社製「TCP-HX」)を用いて吸着剤と溶液を濾別した。
【0091】
濾過後のジシクロペンタジエンの開環重合体の溶液200部(重合体量30部)に、シクロヘキサン100部を加え、クロロヒドリドカルボニルトリス(トリフェニルホスフィン)ルテニウム0.0043部を添加して、水素圧6MPa、180℃で4時間水素化反応を行なった。これにより、ジシクロペンタジエンの開環重合体の水素化物を含む反応液が得られた。この反応液は、水素化物が析出してスラリー溶液となっていた。
【0092】
前記の反応液に含まれる水素化物と溶液とを、遠心分離器を用いて分離し、60℃で24時間減圧乾燥して、結晶性を有するジシクロペンタジエンの開環重合体の水素化物28.5部を得た。この水素化物の水素化率は99%以上、ガラス転移温度TgPは93℃、融点(Tm)は262℃、ラセモ・ダイアッドの割合は89%であった。
【0093】
得られたジシクロペンタジエンの開環重合体の水素化物100部に、酸化防止剤(テトラキス〔メチレン-3-(3’,5’-ジ-t-ブチル-4’-ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕メタン;BASFジャパン社製「イルガノックス(登録商標)1010」)1.1部を混合後、内径3mmΦのダイ穴を4つ備えた二軸押出し機(製品名「TEM-37B」、東芝機械社製)に投入した。ジシクロペンタジエンの開環重合体の水素化物及び酸化防止剤の混合物を、熱溶融押出し成形によりストランド状の成形した後、ストランドカッターにて細断して、ペレット形状の結晶性樹脂(pa)を得た。前記の二軸押出し機の運転条件は、以下の通りであった。
・バレル設定温度=270~280℃
・ダイ設定温度=250℃
・スクリュー回転数=145rpm
【0094】
〔実施例1〕
(1-1.工程(I):フィルム(pA)の製造)
製造例1で製造した結晶性樹脂(pa)を、Tダイを備える熱溶融押出しフィルム成形機(Optical Control Systems社製「Measuring Extruder Type Me-20/2800V3」)を用いて成形し、1.5m/分の速度でロールに巻き取って、およそ幅120mmの長尺のフィルム(pA)(厚み50μm)を得た。前記のフィルム成形機の運転条件は、以下の通りであった。
・バレル設定温度=280℃~300℃
・ダイ温度=270℃
・スクリュー回転数=30rpm
・キャストロール温度=80℃
【0095】
(1-2.工程(II):フィルム(pA)と溶媒との接触)
フィルム(pA)を、100mm×100mmにカットし、矩形のフィルム(pA)とした。フィルム(pA)の光学特性を測定した。フィルム(pA)の面内レターデーションReは5nm、厚み方向レターデーションRthは6nmであった。この樹脂フィルムは、前記のように高温(280℃~300℃)での熱溶融押出によって製造されているので、樹脂フィルムは溶媒を含まないと考えられることから、その溶媒含有量は0.0%とした。
【0096】
バットを処理溶媒としてのトルエン(沸点BpS=110.6℃)で満たし、この溶媒に矩形のフィルム(pA)を5秒間浸漬させ、その後、トルエンからフィルムを取り出し、ガーゼで表面をふき取り、溶媒含浸フィルム(qA)を得た。
【0097】
(1-3.工程(III):赤外線照射)
フィルム(qA)を、日本ガイシ社製の波長制御IRヒーターにより出力100%(2kW)で3分間乾燥させた。このIRヒーターは、2μm~20μmの波長範囲における赤外線を出力するヒーターである。赤外線照射は、フィルム(qA)の一方の面に赤外線を照射することにより行い、フィルム(qA)の他方の面には冷風を吹き付けてフィルム温度を80℃以下に保った。かかる乾燥により、フィルム(qA)に含まれる溶媒の一部を揮発させ、フィルム(rA)を得た。
【0098】
フィルム(rA)の光学特性及び物性を評価した。フィルム(rA)の面内レターデーションReは10nm、厚み方向レターデーションRthは-639nm、NZ係数は-64、溶媒の含有量は1%であった。フィルム(rA)の表面のRaは0.9μmであった。また、フィルム(rA)の結晶化度は12%であった。
【0099】
(1-4.工程(IV):延伸)
延伸装置(エトー株式会社製「SDR-562Z」)を用意した。この延伸装置は、矩形の樹脂フィルムの端部を把持可能なクリップと、オーブンとを備えていた。クリップは、樹脂フィルムの1辺当たり5個、及び、樹脂フィルムの各頂点に1個の合計24個設けられていて、これらのクリップを移動させることで樹脂フィルムの延伸が可能であった。また、オーブンは2つ設けられており、延伸温度及び熱処理温度にそれぞれ設定することが可能であった。さらに、この延伸装置では、一方のオーブンから他方のオーブンへの樹脂フィルムの移行は、クリップで把持したまま行うことができた。
【0100】
(1-3)で得られたフィルム(rA)を、延伸装置に取り付け、フィルム(rA)を予熱温度110℃で10秒間処理した。その後、フィルム(rA)を、延伸温度110℃で、縦延伸倍率1倍、横延伸倍率1.5倍、延伸速度1.5倍/10秒で延伸した。前記の「縦延伸倍率」は、長尺の原反フィルムの長手方向に一致する方向への延伸倍率を表し、「横延伸倍率」は、長尺の原反フィルムの幅方向に一致する方向への延伸倍率を表す。これにより、フィルム(rA)に延伸処理を施し、延伸されたフィルム(sA)を得た。
【0101】
フィルム(sA)の光学特性及び物性を評価した。フィルム(sA)の面内レターデーションReは347nm、厚み方向レターデーションRthは-8nm、NZ係数は0.48、溶媒の含有量は0.1%であった。フィルム(sA)の表面のRaは0.6μmであった。また、フィルム(rA)の結晶化度は14%であった。
【0102】
〔比較例1〕
実施例1の(1-2)で得られた溶媒含浸フィルム(qA)を、110℃の熱風乾燥炉にて60分間加温して乾燥させ、フィルム(qA)に含まれる溶媒の一部を揮発させ、フィルム(rA2)を得た。フィルム(rA2)の光学特性及び物性を評価した。フィルム(rA2)の面内レターデーションReは13nm、厚み方向レターデーションRthは-592nm、NZ係数は-46、溶媒の含有量は1%であった。フィルム(rA2)の表面のRaは6.1μmであった。
【0103】
フィルム(rA2)を、(1-4)で使用したものと同じ延伸装置で延伸することを試みたが、延伸装置に取り付ける際、フィルムの平面性が悪く、延伸機に取り付けられなかった。
【0104】
〔比較例2〕
実施例1の(1-2)で得られた溶媒含浸フィルム(qA)を、110℃の熱風乾燥炉にて5分加温して乾燥させ、フィルム(qA)に含まれる溶媒の一部を揮発させ、フィルム(rA3)を得た。フィルム(rA3)の光学特性及び物性を評価した。フィルム(rA3)の面内レターデーションReは9nm、厚み方向レターデーションRthは-575nm、NZ係数は-64、溶媒の含有量は6%であった。フィルム(rA3)の表面のRaは2.7μmであった。
【0105】
(1-3)で得られたフィルム(rA)に代えて、上記で得られたフィルム(rA3)を用いた他は、実施例1の(1-4)と同じ操作により、フィルムの延伸を行い、延伸されたフィルム(sA3)を得た。フィルム(sA3)の光学特性及び物性を評価した。フィルム(sA3)の面内レターデーションReは347nm、厚み方向レターデーションRthは-12nm、NZ係数は0.47、溶媒の含有量は3%であった。フィルム(sA3)の表面のRaは1.8μmであった。
【0106】
実施例及び比較例の概要及び評価結果を、下記表1~表2に示す。
【0107】
【表1】
【0108】
【表2】
【0109】
実施例及び比較例の結果から明らかな通り、本発明の製造方法により、三次元位相差フィルムとして良好な効果を発現することができ、良好な表面性状を有する光学フィルム(フィルム(rA)及びフィルム(sA))を容易に製造することができることが分かる。