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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-26
(45)【発行日】2024-09-03
(54)【発明の名称】製造性及び熱伝導率に優れる熱間工具鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240827BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20240827BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20240827BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C22C38/00 302E
C22C38/54
C21D9/00 M
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020022074
(22)【出願日】2020-02-13
(65)【公開番号】P2021127486
(43)【公開日】2021-09-02
【審査請求日】2022-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】梅岡 優
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-169411(JP,A)
【文献】特開2011-074427(JP,A)
【文献】特開2009-024260(JP,A)
【文献】特開2009-013465(JP,A)
【文献】特開2008-121032(JP,A)
【文献】特開2000-328195(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2016-0041869(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/00- 8/10
C21D 9/00- 9/44, 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.35%超~0.70%、Si:0.01%~1.20%、Mn:0.01%~1.50%、Cr:0.35%~4.00%、Cu:0.10%~2.50%、Ni:0.10%~2.99%、V:0.10%超~0.55%、B:0.0001%~0.0100%、O:0.0050%以下であって、MoとWのいずれか1種または双方を含有し、かつ、Mo:3.00%以下、W:6.00%以下、Mo+1/2W:0.50%~3.00%であって、残部がFe及び不可避不純物からなる鋼であり、
B+O+N:0.0420%以下を充たし、さらに、次の式に示すKの値が15.6以上であること、を特徴とする熱間工具鋼。
式:K=36.04-12.65C-1.58Mo-0.79W-9.34Mn-19.01Al+0.69Ni-0.34Cu
(ただし、この式の右辺の各元素記号には、鋼を構成する元素成分の百分率の数値を代入する。)
【請求項2】
請求項1に記載の成分に加えて、さらにN:0.0001%~0.0400%を含有するものであって、
B+O+N:0.0420%以下を充たし、さらに、次の式に示すKの値が15.6以上である熱間工具鋼。
式:K=36.04-12.65C-1.58Mo-0.79W-9.34Mn-19.01Al+0.69Ni-0.34Cu
(ただし、この式の右辺の各元素記号には、鋼を構成する元素成分の百分率の数値を代入する。)
【請求項3】
請求項1または請求項2のいずれか1項に記載の成分に加えて、さらにTi:0.001%~0.150%を含有するものであって、
B+O+N:0.0420%以下を充たし、さらに、次の式に示すKの値が15.6以上である熱間工具鋼。
式:K=36.04-12.65C-1.58Mo-0.79W-9.34Mn-19.01Al+0.69Ni-0.34Cu
(ただし、この式の右辺の各元素記号には、鋼を構成する元素成分の百分率の数値を代入する。)
【請求項4】
請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の成分に加えて、さらにAl:0.001%以上0.200%以下を含有するものであって、
B+O+N:0.0420%以下を充たし、さらに、次の式に示すKの値が15.6以上である熱間工具鋼。
式:K=36.04-12.65C-1.58Mo-0.79W-9.34Mn-19.01Al+0.69Ni-0.34Cu
(ただし、この式の右辺の各元素記号には、鋼を構成する元素成分の百分率の数値を代入する。)
【請求項5】
焼入焼戻しされた状態であって、その組織が、マルテンサイト単相組織であること、またはマルテンサイトの割合が80%以上のマルテンサイトとベイナイトの混合組織であること、を特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の熱間工具鋼。
【請求項6】
焼入焼戻しされた状態であって、M23、M6C、M73、M3C、M2C、MCの全炭化物中に占めるM236とM6C炭化物の割合が90%以下であること、を特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の熱間工具鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金型用鋼に関して、特にダイカストやホットスタンピングなどの、高温環境下で使用される金型用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ダイカスト分野において、自動車の軽量化を目的としたアルミ部品の高強度化や、生産性向上を目的とした部品成形加工ピッチの短縮化から、ダイカスト金型への機械的及び熱的負荷が増大している。その結果、金型には摩耗・大割れなどの問題が生じやすくなっている。これらの問題に対応するため、金型材料には、硬度・靭性に優れる材料が求められている。
【0003】
また、ホットスタンピングでは、被加工材である鋼板表面に発生したスケールによる金型の摩耗が問題となっており、金型材料には、高い硬度及び軟化抵抗性が求められている。
【0004】
さらに、ダイカスト・ホットスタンピング用金型は内部に冷却回路が作製されており、ここを流れる冷却水による冷却効率が生産サイクルスピードに大きく影響する。冷却効率を高める方法としては金型の高熱伝導率化がある。そのため、前述した生産性向上を目的とした、生産サイクルスピードの向上に対する要求に応えるためには、材料の特性として高い熱伝導率が必要である。
【0005】
また、上記の金型を実際に製造することを検討すると製造性、すなわち高い熱間加工性も必要である。
【0006】
従来より、出願人はCu及びBを含まない熱伝導率に優れた熱間工具鋼を提案している(特許文献1参照。)。もっとも、この提案では、Cu及びBが添加されておらず、また不完全焼入れ相であるベイナイトが形成され、靭性が不足するおそれがあった。さらに熱間加工性に関する記載も見当たらない。
【0007】
また、Mn量が多い金型用鋼が提案されている(特許文献2参照。)。しかし、Mnが1.5%より多いので、Mnの過剰添加によって熱伝導率が低下しやすい。また、熱間加工性に関する記載も見当たらない。
【0008】
また、V量の多い金型用鋼が提案されている(特許文献3参照。)。しかし、Vが0.55%よりも多く、Vの過剰添加によって熱伝導率が低下しやすい。また、熱間加工性に関する記載も見当たらない。
【0009】
また、Cr量の多い金型用鋼が提案されている(特許文献4参照。)。しかし、Crが4.0%より多いので、Crの過剰添加によって熱伝導率が低下しやすい。また、熱間加工性に関する記載も見当たらない。
【0010】
また、ダイカスト金型用プリハードン鋼が提案されている(特許文献5参照。)。しかし、C量が0.35%以下と少なく、焼入焼戻し硬さが不足しやすい。また、熱間加工性に関する記載も見当たらない。
【0011】
また、Mo+1/2Wの値の大きい熱間工具鋼が提案されている(特許文献6参照。)。しかし、Mo+1/2Wの値が3.0より大きく、MoまたはWの過剰添加によって熱伝導率が低下しやすい。また、熱間加工性に関する記載も見当たらない。
【0012】
また、Niが多い熱間工具鋼が提案されている(特許文献7参照。)。しかし、Niが3.0%以上と多く、Niの過剰添加によって熱伝導率が低下しやすい。また、熱間加工性に関する記載は見当たらない。
【0013】
その他にも金型用鋼が提案されている(特許文献8参照。)。もっとも、この提案はBもしくはCuを含まず、靱性に不足しやすい。熱間加工性に関する記載もみあたらない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開2018-119177号公報
【文献】特開2011-94168号公報
【文献】特開2017-53023号公報
【文献】特開2015-224363号公報
【文献】特開2005-307242号公報
【文献】特表2014-508218号公報
【文献】特開2017-95802号公報
【文献】特開2017-043814号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の目的は、高い熱間加工性、熱伝導率、硬度、軟化抵抗性、靭性を兼ね備えており、ダイカストやホットスタンピングなどの金型用鋼に適用可能な熱間工具鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本願発明者らは鋭意開発を進めた結果、鋼の合金成分、熱間加工性の指標となるパラメータ、鋼の組織、炭化物の状態をそれぞれ規定することで、高い熱間加工性、熱伝導率、硬度、軟化抵抗性、靭性を兼備した熱間工具鋼が得られることを見出した。
【0017】
すなわち、本発明の課題を解決する第1の手段は、 質量%で、C:0.35%超~0.70%、Si:0.01%~1.20%、Mn:0.01%~1.50%、Cr:0.35%~4.00%、Cu:0.10%~2.50%、Ni:0.10%~2.99%、V:0.10%超~0.55%、B:0.0001%~0.0100%、O:0.0050%以下であって、MoとWのいずれか1種または双方を含有し、かつ、Mo:3.00%以下、W:6.00%以下、Mo+1/2W:0.50%~3.00%であって、残部がFe及び不可避不純物からなる鋼であり、
B+O+N:0.0420%以下を充たし、さらに、次の式に示すKの値が15.6以上であること、を特徴とする熱間工具鋼である。
式:K=36.04-12.65C-1.58Mo-0.79W-9.34Mn-19.01Al+0.69Ni-0.34Cu
(ただし、この式の右辺の各元素記号には、鋼を構成する元素成分の百分率の数値を代入する。)
【0018】
その第2の手段は、第1の手段に記載の鋼の成分に、さらにN:0.0001%~0.0400%が添加されていることを特徴とするものである。
【0019】
その第3の手段は、第1または第2の手段の記載の鋼の成分に、さらにTi:0.001%~0.150%が添加されていることを特徴とするものである。
【0020】
その第4の手段は、第1~第3のいずれか1の手段の記載の鋼の成分に、さらにAl:0.001%以上0.200%以下が添加されていることを特徴とするものである。
【0021】
その第5の手段は、焼入焼戻しされた状態であって、その組織が、マルテンサイト単相組織であること、またはマルテンサイトの割合が80%以上のマルテンサイトとベイナイトの混合組織であること、を特徴とする、第1~第4のいずれか1の手段に記載の熱間工具鋼である。
【0022】
その第6の手段は、焼入焼戻しされた状態であって、M23、M6C、M73、M3C、M2C、MCの全炭化物中に占めるM236とM6C炭化物の割合が90%以下であること、を特徴とする、第1~第5のいずれか1の手段に記載の熱間工具鋼である。
【発明の効果】
【0023】
本発明における高熱間加工性とは、鋼塊状態にてグリーブル試験を1100℃で実施したときの絞りが70%以上のことをいう。
また、本発明における高熱伝導率とは、焼入焼戻し後の室温での熱伝導率が25.0W/m・K以上のことをいう。
また、本発明における高硬度とは、焼入焼戻し後の室温での硬さが48.0HRC以上のことをいう。
また、本発明における高靱性とは、焼入焼戻し後の室温でのシャルピー衝撃値が20J/cm2以上のことをいう。
また、本発明における高軟化抵抗性とは、焼入焼戻し後に600℃で100h保持後の室温での硬さが32.0HRC以上のことをいう。
【0024】
本発明の手段によると、高熱間加工性、高熱伝導率、高硬度、高靱性、高軟化抵抗性をバランスよく兼ね備えた熱間工具鋼が得られる。すなわち、本発明の手段による熱間工具鋼は、鋼塊状態にてグリーブル試験を1100℃で実施したときの絞りが70%以上の高熱間加工性を示し、焼入焼戻し後の室温での熱伝導率が25.0W/m・K以上の高熱伝導率であって、焼入焼戻し後の室温での硬さが48.0HRC以上と高硬度であって、焼入焼戻し後の室温でのシャルピー衝撃値が20J/cm2以上の高靱性であって、焼入焼戻し後に600℃で100h保持後の室温での硬さが32.0HRC以上といった高軟化抵抗性を示すものとなり、これらの全ての特性を兼ね備えるものとなる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の実施の形態を説明するに先立ち、本発明の鋼の各成分を規定する理由を以下に説明する。なお、以下の%は質量%である。
【0026】
C:0.35%超~0.70%、
Cは固溶することでマトリックスを強化し、また、炭化物を形成することで析出強化を促す元素であることから、Cは0.35%より多いものとする。0.35%以下であると十分な焼入焼戻硬さが得られない。他方、Cが0.70%より多いと偏析を助長し、靭性を低下させる。また、熱間加工性が悪化する。そこで、Cは、0.35%超~0.70%とする。好ましくは、Cは0.55%超~0.70%である。
【0027】
Si:0.01%~1.20%、
Siは製鋼時の脱酸剤として必要な元素であり、少ないと十分に脱酸されない。また、Siはマトリックスに固溶することで硬さを向上させる効果がある。そこで、Siは0.01%以上とする。他方、Siが1.20%を超えると、炭化物を形成することなくマトリックスに固溶して熱伝導率を低下させることとなる。
そこで、Siは0.01%~1.20%とする。好ましくは、Siは0.05%~1.00%である。
【0028】
Mn:0.01%~1.50%、
Mnは製鋼時の脱酸剤として必要な元素である。少ないと十分に脱酸されない。そこで、Mnは0.01%以上とする。他方、1.50%を超えると、マトリックスに固溶して熱伝導率を低下させる。そこで、Mnは0.01%~1.50%とする。好ましくは、Mnは0.05%~0.92%未満である。より好ましくは、Mnは0.10%~0.50%未満である。
【0029】
Cr:0.35%~4.00%、
Crは焼入性を向上させ、ベイナイト形成による靱性の低下を抑制するのに必要な元素である。十分な靭性が得られないので、Crは0.35%以上とする。他方、多すぎると、マトリックスに固溶して熱伝導率を低下させる為。また、多すぎると高温で粗大化しやすいM236炭化物が焼戻し時に析出し、軟化抵抗性が低下するため、Crは4.00%以下とする。
そこで、Crは0.35%~4.00%である。好ましくは、Crは0.40%~2.60%未満である。より好ましくは、Crは0.50~2.10%未満である。
【0030】
Cu:0.10%~2.50%、
Cuは焼入性を向上させ、ベイナイト形成による靱性の低下を抑制するのに必要な元素である。十分な靭性が得られないので、Cuは0.10%以上とする。他方、多すぎると、熱間加工性が悪化する。また、マトリックスに固溶して熱伝導率を低下させる。そこで、Cuは2.50%以下とする。
そこでCuは0.10%~2.50%である。好ましくは、Cuは0.30%~2.20%である。
【0031】
Ni:0.10%~2.99%、
NiはCrと同様に、焼入れ性を向上させ、ベイナイト形成による靱性の低下を抑制する元素である。また、Cuによる赤熱脆化を防ぐことから、Niは0.10%以上とする。他方、多すぎると、マトリックスに固溶して熱伝導率を低下させるので、2.99%以下とする。
そこで、Niは0.10%~2.99%とする。好ましくは、Niは0.10%~2.00%である。
【0032】
MoとWのいずれか1種または双方を含有するものであって、
Mo:3.00%以下、
W:6.00%以下、
Mo+1/2W:0.50%~3.00%、
Mo及びWは、いずれも焼戻し時の二次硬化を促進し、焼入焼戻し硬さを高める元素である。少ないと十分な焼入焼戻硬さが得られない。これらの効果を得るためには、Mo+1/2W:0.50%である。
もっとも、多すぎると、マトリックスに残存するMoやWが増加し、熱伝導率を低下させるので、Moと1/2Wの合計量で3.00%以下とする。
そこで、Mo+1/2Wは、0.50%~3.00%とする。好ましくは、Mo+1/2Wは1.50%~3.00%である。
【0033】
V:0.10%超~0.55%、
Vは、焼戻し時の二次硬化を促進し、焼入焼戻し硬さを高める。Vが少ないと十分な焼入焼戻し硬さが得られない。他方、Vが多すぎると、マトリックスに残存するVが増加し、熱伝導率を低下させる。そこで、Vは0.10%超~0.55%とする。好ましくは、0.25%~0.45%未満である。
【0034】
B:0.0001%~0.0100%、
Bは微量添加により焼入性を向上させ、ベイナイト形成による靱性の低下を抑制するのに必要な元素である。Bが少なすぎると十分な靭性が得られないが、Bが多すぎると焼戻し時に粗大な炭化物を形成し、靭性が低下する。また、融点を下げ、熱間加工性が悪化する。そこで、Bは0.0001%~0.0100%とする。好ましくは、0.0005%~0.0075%である。
【0035】
O:0.0050%以下、
Oは多すぎると熱間加工性が悪化する。また、Oの過剰添加は精錬の時間、コストの上昇を招く。そこで、Oは、0.0050%以下とする。好ましくは、Oは0.0030%以下である。
【0036】
B+O+N:0.0420%以下、
Bは過剰であると、融点を下げ、熱間加工性が悪化する。Oは多すぎると熱間加工性が悪化する。Nは多すぎると熱間加工性が悪化する。そこで、BとOとNの合計量が多すぎると、熱間加工性が悪化する。そこで、B+O+Nの合計量は質量%で0.0420%以下とする。好ましくは、0.0300%以下とする。
【0037】
Kの値:15.6以上、
Kの値は、熱間加工性の1つの指標であって、以下の式から求まる。
K=36.04-12.65C-1.58Mo-0.79W-9.34Mn-19.01Al+0.69Ni-0.34Cu(ただし、式の右辺にある各元素記号には鋼を構成する元素成分の百分率の数値を代入する。)
Kの値は15.6未満であると、熱間加工性が悪化する。そこで、Kの値は、15.6以上とする。好ましくはKの値は19.4以上である。
【0038】
さらに、以下のN、Ti、Alは本発明の熱間工具鋼に以下に規定する範囲であれば適宜添加することのできる成分である。
【0039】
N:0.0001%~0.0400%、
Nは、必ずしも添加する必要はないが、NはCと同様に、焼入焼戻硬さを大きくするのに有効な元素であるから、必要に応じて添加することができる。他方、多すぎると熱間加工性が悪化する。また、過剰添加は精錬の時間、コストの上昇を招く。
そこで、Nは0.0001%~0.0400%とする。好ましくは、Nは0.0001%~0.0300%以下である。より好ましくは、Nは0.0001%~0.0200%以下である。
【0040】
Ti:0.001%~0.150%、
Tiは必ずしも添加する必要はないが、TiはBによる焼入性向上を促進する効果がある。Tiが添加されると、焼入れの際にNがTiと化合物化することによって、固溶B量が増加し、焼入性は向上する。他方、Tiの過剰添加は粗大なTiNを形成し、靭性が低下する。
そこで、Tiは0.001%~0.150%とする。好ましくは、Tiは0.001%~0.100%である。
【0041】
Al:0.001%以上0.200%以下、
Alは必ずしも添加する必要はないが、Alはマトリクスに固溶して硬さを向上する元素であることから、必要に応じて添加することができる。他方、Alは多すぎると熱間加工性が悪化する。また、マトリックスに固溶して熱伝導率を低下させる。
そこで、Alは0.001%~0.200%とする。好ましくはAlは0.005%~0.150%である。
【0042】
焼入焼戻し状態での組織:マルテンサイト単相組織であること、またはマルテンサイトの割合が80%以上のマルテンサイトとベイナイトの混合組織であること、
不完全焼入れ相であるベイナイトが多く存在すると靭性が大幅に低下し、ホットスタンピング・ダイカスト金型として使われた際に、十分な金型寿命が得られなくなる。そこで、焼入焼戻し後の組織は、マルテンサイト単相か、あるいはベイナイトとマルテンサイトとの混合組織の場合にはマルテンサイトの割合を80%以上とすることが好ましい。すなわち、ベイナイト組織は20%未満であることが好ましい。
【0043】
焼入焼戻し状態でM23、M6C、M73、M3C、M2C、MCの全炭化物中に占めるM236とM6C炭化物の割合:90%以下
高温で粗大化しやすい炭化物のM236とM6Cが焼入焼戻し状態で多く存在すると、鋼材の軟化抵抗性が低下する。
そこで、M23、M6C、M73、M3C、M2C、MCといった全炭化物中に占めるM236とM6C炭化物の割合を90%以下とすることが好ましい。
【0044】
以下に本発明の発明鋼を用いた実施例とその特性の評価について記載する。本発明の熱間工具鋼は、以下の実験に記載のような成分と熱処理によって得ることができる。
まず、表1の発明鋼No.1~44および表2の比較鋼No.45~67に記載の化学成分の鋼をそれぞれ100kg真空誘導溶解炉にて溶製し、得られた鋼塊を幅65mm、高さ30mmのブロックに熱間鍛伸した。
この一部より直径8mm、長さ100mmの試験片を作製し、熱間加工性の調査を実施した。
次に、残りの鍛伸材を870℃で焼なまし後、表面と中心の中間位置から直径20mm、長さ160mmの丸棒を採取した。この丸棒を1030℃に保持した後、空冷によって焼入れを行ない、570~670℃で2回焼戻しを行った後、これら試料について、組織観察、析出炭化物種の同定、熱伝導率、焼入焼戻し硬さ、靭性、軟化抵抗性の調査を実施した。
【0045】
【表1】
【0046】
【表2】
【0047】
(組織観察について)
組織観察は、焼入焼戻し後の試料の鍛伸方向に平行な面を鏡面になるまで研磨し、ナイタールで腐食した後、走査型電子顕微鏡を用いて行った。総面積50000μm2の領域において、組織観察をする際には、ベイナイトの有無を確認し、ベイナイトが確認された場合には、画像解析を用いてベイナイトの面積率の算出を百分率で行った。
【0048】
(炭化物観察について)
炭化物観察用の試験片は、焼入焼戻し後について試料の鍛伸方向に平行な面を研磨し、抽出レプリカ法により作成した。この試験片を、透過型電子顕微鏡の明視野像を用いて、総面積500μm2の領域において観察した。
炭化物種は、電子線回折の結果と炭化物の形状から判断した。撮影した写真を画像解析し、全炭化物中に占めるM236、M6C炭化物の合計面積率を百分率で算出した。
なお、ここにいう全炭化物とは、M23、M6C、M73、M3C、M2C、MCのことである。
【0049】
(熱間加工性について)
熱間加工性は、グリーブル試験により評価を実施した。グリーブル試験には前記した直径8mmX100mmの試験片を用い、700℃~1300℃でグリーブル試験を実施した。結果を表3、表4に熱間加工性(%)として示す。鋼塊状態にてグリーブル試験を1100℃で実施したときの絞りが70%以上のことを高熱間加工性であると評価した。
【0050】
(熱伝導率の測定)
熱伝導率の測定には、レーザフラッシュ法を用いた。焼入焼戻し後の試料を直径10mm×1mmの円柱形状に仕上げ加工し、試験に供した。熱伝導率は、室温で測定した。結果を表3、表4に熱伝導率(W/m・K)として示す。焼入焼戻し後の室温での熱伝導率が25.0W/m・K以上のものを高熱伝導率であると評価した。
【0051】
(焼入焼戻し硬さ)
焼入焼戻し硬さはロックウェル硬さ試験機により室温で測定した。焼入焼戻状態の試料の鍛伸方向に垂直な面を硬さ測定した。結果を表3、表4に焼入焼戻し硬さ(HRC)として示す。焼入焼戻し後の室温での硬さが48.0HRC以上のことを高硬度であると評価した。
【0052】
(靱性)
靱性は、室温でのシャルピー衝撃試験により評価を実施した。試験片は、焼入焼戻し後の試料から作製した。試験片形状は2mmUノッチシャルピー試験片であり、ノッチ方向は鍛伸方向に対して垂直な方向とした。得られたシャルピー衝撃値(J/cm2)を表3、表4に示す。焼入焼戻し後の室温でのシャルピー衝撃値が20J/cm2以上のものを高靱性であると評価した。
【0053】
(軟化抵抗性)
軟化抵抗性は、焼入焼戻し後の試料を600℃で100時間保持、空冷した後、室温での硬さをロックウェル硬さ試験機で測定することで評価した。結果を表3、表4に高温保持後の硬さ(HRC)として示す。焼入焼戻し後に600℃で100h保持後の室温での硬さが32.0HRC以上のものを高軟化抵抗性であると評価した。
【0054】
【表3】
【0055】
【表4】
【0056】
発明鋼No.1~44は、いずれも熱間工具鋼は、鋼塊状態にてグリーブル試験を1100℃で実施したときの絞りが70%以上の高熱間加工性を示し、焼入焼戻し後の室温での熱伝導率が25.0W/m・K以上の高熱伝導率であって、焼入焼戻し後の室温での硬さが48.0HRC以上と高硬度であって、焼入焼戻し後の室温でのシャルピー衝撃値が20J/cm2以上の高靱性であって、焼入焼戻し後に600℃で100h保持後の室温での硬さが32.0HRC以上といった高軟化抵抗性を示すものとなり、これらの全ての特性を兼ね備えるものとなった。
【0057】
比較鋼No.45では、C量が少なく、十分な焼入焼戻硬さが得られなかった。
比較鋼No.46では、C量が過剰であり、熱間加工性が悪く、また十分な靭性が得られなかった。
比較鋼No.47では、Si量が過剰であり、熱伝導率が低下した。
比較鋼No.48では、Mn量が過剰であり、熱伝導率が低下した。
比較鋼No.49では、Cr量が少なく、マルテンサイトの割合が低かったので、十分な靭性が得られなかった。
比較鋼No.50では、Cr量が過剰であり、熱伝導率が低下し、軟化抵抗性も低下した。
比較鋼No.51では、Cu量が少なく、マルテンサイトの割合が低かったので、十分な靭性が得られなかった。
比較鋼No.52では、Cu量が過剰であり、熱伝導率が低下した。
比較鋼No.53では、Ni量が過剰であり、熱伝導率が低下した。
比較鋼No.54では、Mo量が過剰であり、熱伝導率が低下した。
比較鋼No.55では、W量が過剰であり、熱伝導率が低下した。
比較鋼No.56では、Mo+1/2Wの量が少なく、十分な焼入焼戻硬さが得られなかった。
比較鋼No.57では、Mo+1/2Wの量が過剰であり、熱伝導率が低下した。
比較鋼No.58では、V量が少なく、十分な焼入焼戻硬さが得られなかった。
比較鋼No.59では、V量が過剰であり、熱伝導率が低下した。
比較鋼No.60では、N量が過剰であり、熱間加工性が悪化した。
比較鋼No.61では、O量が過剰であり、熱間加工性が悪化した。
比較鋼No.62では、Ti量が過剰であり、十分な靭性が得られなかった。
比較鋼No.63では、Al量が過剰であり、熱間加工性が悪く、また十分な靭性が得られなかった。
比較鋼No.64では、Bが含有されておらず、マルテンサイトの割合が低かったので、十分な靱性が得られなかった。
比較鋼No.65では、B量が過剰であり、熱間加工性が悪く、また十分な靭性が得られなかった。
比較鋼No.66では、B+O+Nの量が過剰であり、熱間加工性が悪化した。
比較鋼No.67では、成分組成は本発明の範囲を充たしているものの、式Kの値が低いものであるところ、熱間加工性が低いものであった。