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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-26
(45)【発行日】2024-09-03
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/00 20060101AFI20240827BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20240827BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20240827BHJP
【FI】
H01J49/00 090
H01J49/42 150
G01N27/62 E
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2023539691
(86)(22)【出願日】2022-06-23
(86)【国際出願番号】 JP2022025028
(87)【国際公開番号】W WO2023013274
(87)【国際公開日】2023-02-09
【審査請求日】2024-01-31
(31)【優先権主張番号】P 2021129597
(32)【優先日】2021-08-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】石黒 浩二
(72)【発明者】
【氏名】皆田 晋介
(72)【発明者】
【氏名】安田 博幸
(72)【発明者】
【氏名】當真 嗣尚
(72)【発明者】
【氏名】菅原 佑香
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/155542(WO,A1)
【文献】特開平10-112282(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00
H01J 49/42
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロッド電極と、前記ロッド電極を保持するホルダと、前記ホルダが載置されるホルダ支持台と、前記ホルダをその弾性力により前記ホルダ支持台に押し付けて固定する板バネとを備えるマスフィルタと、
温度センサと、
前記温度センサの測定信号に基づき、前記ロッド電極に印加する高周波電圧の電圧値を制御する制御部とを有し、
前記温度センサは前記板バネに対して固定されており、
前記板バネは、前記ホルダを固定するための本体部分と、前記本体部分から前記ロッド電極の軸方向に張り出した張り出し部とを備え、
前記張り出し部が前記本体部分につながる部分において、前記本体部分は前記ホルダと接触しており、
前記温度センサは前記板バネの前記張り出し部に取り付けられている質量分析装置。
【請求項3】
請求項1において、
前記温度センサは、被計測体に取り付けるための圧着端子を備えた測温抵抗体であり、
前記圧着端子は前記張り出し部にねじ止めされ、
前記張り出し部が前記本体部分につながる部分に、前記圧着端子のねじ止めがされた部分の幅よりも狭められたくびれ部を有する質量分析装置。
【請求項4】
請求項3において、
前記マスフィルタは、前記ホルダと前記ホルダ支持台との間に板状部材を備え、
前記板状部材は前記ロッド電極の軸方向に張り出した張り出し部を備え、
前記板状部材の張り出し部に別の温度センサが取り付けられている質量分析装置。
【請求項5】
請求項1において、
前記温度センサは、熱電対であり、
前記熱電対は前記張り出し部に溶接されている質量分析装置。
【請求項7】
請求項1において、
前記板バネはベリリウム銅製または窒化チタン製である質量分析装置。
【請求項8】
ロッド電極、前記ロッド電極を保持するホルダ、前記ホルダが載置されるホルダ支持台、及び前記ホルダをその弾性力により前記ホルダ支持台に押し付けて固定する板バネを備えるマスフィルタと、温度センサと、前記温度センサの測定信号に基づき、前記ロッド電極に印加する高周波電圧の電圧値を制御する制御部とを有する質量分析装置であって、
前記温度センサは前記板バネに対して固定されており、
前記質量分析装置は、電源投入からスタンバイ状態を経て、前記マスフィルタの前記ロッド電極に高周波電圧を印加して試料の分析作業開始可能な状態に移行し、
前記制御部は、前記質量分析装置が設置された環境温度とマス軸ずれ量との相関関係を保持し、
前記制御部は、前記電源投入時の前記温度センサの測定信号が示す環境温度とマス軸ずれ量を0とする標準温度との温度差によって生じるマス軸ずれ量を相殺するよう、前記試料の分析作業を開始するときに前記ロッド電極に印加する電圧値の値を調整する質量分析装置。
【請求項9】
請求項8において、
前記質量分析装置が設置された環境温度とマス軸ずれ量との相関関係は、前記質量分析装置が設置された環境温度を変えつつ、標準分析作業手順にしたがって、標準試料の質量分析をおこなって求めたマス軸ずれ量データを回帰分析して得られる質量分析装置。
【請求項10】
請求項8において、
前記制御部は、前記温度センサの測定信号の示す温度変化とマス軸ずれ量との相関関係を保持し、
前記制御部は、所定の周期で、前記試料の分析作業中における前記温度センサの測定信号が示す温度変化によって生じるマス軸ずれ量を相殺するよう、前記ロッド電極に印加する電圧値の値を調整する質量分析装置。
【請求項11】
請求項10において、
前記温度センサの測定信号の示す温度変化とマス軸ずれ量との相関関係は、前記マスフィルタに模擬ヒータを配置し、前記模擬ヒータによる発熱量を変えつつ、標準分析作業手順にしたがって、標準試料の質量分析をおこなって求めたマス軸ずれ量データを回帰分析して得られる質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高電圧を印加したキャピラリーに試料溶液を流し、キャピラリー先端から試料を噴出させ、周辺から加熱したガスを吹きかけることにより帯電液滴を生成する。この帯電液滴は蒸発と分裂を行い、イオンが発生する。このイオンを真空ポンプで真空引きした低真空中に電界等により引き込む。このイオンを、種々の役目を持つイオンレンズを通過後、四重極マスフィルタ(以下、マスフィルタと称する)に導く。マスフィルタは、4本のロッド電極(以下、Qロッドと称する)とそれらを固定するセラミックス製ホルダ(以下、ホルダと略する)とで構成される。4つのQロッドは、その断面である円の中心がそれぞれ正方形の頂点に位置するようにホルダに固定されている。対向するQロッド同士を結線し、第1のQロッドの組み合わせにはU+Vcosωt、第2のQロッドの組み合わせには-U-Vcosωtが印加される。ここで、Uは直流電圧であり、Vcosωtは高周波電圧である。なお、以下では、U(-U)にVcosωt(-Vcosωt)を重畳した電圧も高周波電圧と呼んでいる。高周波電圧がQロッドに印加されることにより、電荷を持ったイオンはマスフィルタのQロッドに囲まれた空間において振動する。Qロッドに印加されている電圧、周波数に応じて、ある一定のイオンは安定な振動をしてマスフィルタを通過する。一方、それ以外のイオンはマスフィルタを通過中に振動が大きくなり、Qロッドに衝突するなどして、通過することができなくなる。これにより、マスフィルタはある一定のイオンだけを分離することができる。
【0003】
マスフィルタのホルダでは高周波による誘導損失が発生し、発熱する。この発熱により、Qロッド及びホルダは熱伸びし、対向するQロッド間距離2r0が変化する。対向するQロッド間距離は、図16に示すように、Qロッドの内接円70の半径r0により定義される。対向するQロッド間距離の変化により、マスフィルタを通過するイオン、すなわち検出されるイオンの質量数のずれが発生することが知られている。Qロッドの内接円70の半径r0のずれ量Δrとすると、検出される質量数mのずれΔmは原理式からΔm/m=-2(Δr/r0)と表される。
【0004】
ホルダで発生した熱はホルダに接続しているQロッドに流れる。Qロッドは加熱され、その直径方向に伸びる。これによって内接円半径r0が変化する。また、Qロッドに流れた熱は、さらにQロッドに高電圧を印加するための制御基板とQロッドとを接続する金属板を介して、制御基板に流れていく。すなわち、Qロッドは軸方向にも温度分布を持っている。この結果、マスフィルタにおける内接円半径r0は一様ではなく、Qロッドの軸方向に沿って複雑に変化している。特に、高質量イオン検出を行う際には直流電圧U、高周波電圧Vcosωtを大きくする必要があることから、ホルダの発熱量が増大し、検出される質量数mのずれ量も増大する。図17はホルダ温度T、(T+ΔT)のときに検出される質量スペクトルカーブ71,72を示す。横軸は、質量電荷比(m/z)であり、イオンの質量をそのイオンの電荷数(価数)で割った値である。図17に示されるように温度上昇ΔTにより、質量スペクトルカーブのピークはm1/z1からm2/z2に変化する。このような質量スペクトルカーブのピークの変化をマス軸ずれと呼ぶ。求めたいイオンの質量電荷比がm1/z1であったとすると、マス軸ずれにより信号強度はAからBに低下する。このような感度低下はマス軸ずれ量が大きい程、したがって、高質量数のイオン検出を行う場合に顕著になる。
【0005】
特許文献1に開示の質量分析装置では、マス軸ずれを発生させるホルダの発熱量を低減させるため、ホルダからの熱逃げ(熱放射散逸)を増大させる。具体的には、ホルダと対向する真空チャンバ内面に輻射率の高い黒ニッケルメッキ加工処理を施し、熱逃げを増大させる。
【0006】
特許文献2に開示の質量分析装置では、同様にホルダの発熱量を低減するため、ホルダが載置されるホルダ保持台への熱逃げ(熱伝導による熱散逸)を増大させる。具体的には、ホルダ保持台にホルダを固定するため、熱伝導率が大きく、バネ性を有するリン青銅製の固定バンドを用いる。
【0007】
特許文献3に開示の質量分析装置では、マスフィルタに供給される単位時間あたりの電力からホルダの温度変化を予測する近似式と、ホルダの温度変化とマス軸ずれ量を補正するための高周波電圧の補正量との関係をあらかじめ求めておく。分析作業時には、これらの情報を用いて、ホルダに供給される電力値からホルダの温度変化を予測し、マス軸ずれを補正するよう、マスフィルタへの印加電圧値を制御する。
【0008】
特許文献4に開示の質量分析装置では、ホルダに歪センサをとりつけ、歪量とマス軸ずれ量の関係をあらかじめ求めておく。分析作業時には、測定された歪量からマス軸ずれ量を予測し、マス軸ずれ量を補正するよう、マスフィルタへの印加電圧値を制御する。
【0009】
特許文献5に開示の質量分析計では、ホルダの一部に穴をあけ、この穴部に温度センサを配置し、ホルダの温度計測を行う方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2019/155542号
【文献】国際公開第2019/155543号
【文献】特開平10-112282号公報
【文献】特開平10-106484号公報
【文献】特開平5-217548号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
質量分析装置による質量分析作業時には、高周波の誘電損失によりホルダが発熱し、マス軸のずれが生じる。このマス軸のずれは検出したいイオンについての信号強度を低下させ、感度低下等の性能劣化につながる。
【0012】
特許文献1、2は、ホルダからの放熱を積極的に行い、発熱の影響を抑えるアプローチを開示する。しかしながら、特許文献1の構成では、ホルダでの発熱による温度上昇値が数℃程度である場合、放射熱散逸によるホルダの温度上昇抑制の効果は低く、ホルダの温度上昇を十分に抑制できないおそれがある。また、特許文献2の構成では、ホルダの誘電損失による発熱量が大きくなると、熱逃げが不十分でマス軸ずれを十分に低減させることができないおそれがある。
【0013】
一方、特許文献3、4は、マス軸ずれに応じてマスフィルタに印加する高周波電圧を補正することにより、発熱によるマス軸ずれを相殺するアプローチを開示する。しかしながら、特許文献3ではホルダの温度変化をマスフィルタへの供給電力から推定しており、推定誤差により十分な効果が得られないおそれがある。一方、特許文献4では歪みセンサによりホルダの変化を直接センシングしているものの、真空中では歪センサからの真空中へのアウトガスが発生し、真空の質を低下させるおそれがある。また、ホルダに歪センサを長時間にわたり剥離せずに安定して接着させることはかなり困難である。特許文献5はホルダの温度を直接的に測定しようとするものであるが、接触型温度センサとホルダとの接触を確実にするため、接着材を使用する必要がある。このため、特許文献4の場合と同様に、アウトガス発生量を許容値以下に抑えて真空の質を劣化させず、かつ長年にわたり良好な接着状態を保つのはかなり困難である。
【0014】
また、分析作業において基準となる質量スペクトルカーブのピークの位置は、質量が既知である標準試料を用いて分析作業を行って得られたものであり、マス軸ずれは標準試料の分析条件からの乖離に起因するものである。ホルダの温度変化は、分析作業時の高周波による誘電損失に起因するもののみならず、質量分析装置の設置された環境温度、装置に電源を投入し、分析作業を開始可能にするまでの装置スタンバイ動作による熱負荷に起因するものがあり、これらによってもマス軸がずれ、装置感度を低下させる要因となる。
【0015】
本発明は上記の問題点を鑑みてなされたものであり、比較的安価な構成でマスフィルタのホルダ温度を精度高く測定し、質量分析装置のマス軸ずれを抑えることにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の一実施の態様である質量分析装置は、ロッド電極と、ロッド電極を保持するホルダと、ホルダが載置されるホルダ支持台と、ホルダをその弾性力によりホルダ支持台に押し付けて固定する板バネとを備えるマスフィルタと、温度センサと、温度センサの測定信号に基づき、ロッド電極に印加する高周波電圧の電圧値を制御する制御部を有し、温度センサは板バネに対して固定されている。
【発明の効果】
【0017】
比較的安価な構成でマス軸ずれを抑えることが可能な質量分析装置を提供する。上記以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】質量分析装置の全体構成を示す図である。
図2】マスフィルタ(部分)を斜め上から見た図である。
図3】マスフィルタをロッド電極の軸方向から見た図である。
図4】比較例のマスフィルタ(部分)を示す図である。
図5】測温抵抗体の外観図である。
図6A】板バネの外観図である。
図6B】板バネの外観図である。
図7】マスフィルタ(部分)の外観図である。
図8】マスフィルタ(部分)の外観図である。
図9】マスフィルタの外観図である。
図10】ホルダ、ロッド電極の温度変化、マス軸ずれ量の時間変化を示す概念図である。
図11】恒温槽設定温度とマス軸ずれ量との関係を示す図である。
図12】試料分析作業時におけるホルダ加熱による熱流れを示す図である。
図13】模擬ヒータによるホルダ加熱による熱流れを示す図である。
図14】模擬ヒータによるホルダの温度上昇値とマス軸ずれ量との関係を示す図である。
図15A】四重極フィルタユニットの上面図である。
図15B】四重極フィルタユニットの正面図である。
図16】Qロッド間距離を説明するための図である。
図17】本発明の課題を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1は、質量分析装置の全体構成を示す図である。試料溶液1をシリンジポンプにより圧力を加え、高電圧が印加されたイオン源2内のキャピラリー8へ送液する。キャピラリー8は、先端の内径が数十~数百マイクロメートルである極細管である。
【0020】
試料溶液1はキャピラリー8先端から噴射される。キャピラリー8には数キロボルトの正または負の電圧が印加される。また、キャピラリー8の外周には同芯軸を有するネブライザー管がある。このネブライザー管から窒素ガスを噴射させる。さらに、ネブライザー管の外周には同芯軸を有する補助ヒーティングガス管がある。この補助ヒーティングガス管は加熱ヒータによって加熱され、数百度に加熱された窒素ガスなどを噴射させる。これにより液滴の気化、微細化が加速する。微細化した液滴の表面電場増加が進み、電荷同士の反発力が液体の表面張力を超えると分裂する。次にイオン蒸発が発生し、イオン3が生成される。このようなイオン化法はエレクトロスプレーイオン化法(Electrospray Ionization :ESI法)と呼ばれているが、他にも大気圧化学イオン化法(Atmospheric Pressure Chemical Ionization:APCI法)、化学イオン化法(Chemical Ionization :CI法)、電子衝撃イオン化法(Electron Impact :EI法)などがある。イオン源としてECR(マイクロ波)プラズマイオン源、誘導結合プラズマイオン源、ペニングイオン源、レーザイオン源などを用いてもよい。
【0021】
イオン3は三角錐形状に数ミリメートルの直径を有する穴の開いたカウンタープレート4の電界により取り込まれる。イオン以外の中性粒子、気化しなかった液体状態の試料も真空差により発生する流れによってカウンタープレート4から下流側に取り込まれる。カウンターガス5がイオン源2に向けて逆流されることにより、装置汚染物質となるイオン以外の中性粒子、気化しなかった液体状態の試料溶液1が装置内部へ侵入しないようにされている。
【0022】
イオン源2はイオン源容器6に固定されている。イオン源容器6はアルミ、ステンレスなどの金属製であり、イオン源容器6内部の状態などを監視するため、透明なガラス、樹脂などでできた監視窓7が設けられている。
【0023】
第一細孔10の下流には軸ずらし部11が設けられている。液体状態などの試料溶液成分は直進することによって軸ずらし部11の内壁に衝突して除去される。一方、イオンや軽い質量の成分は軸ずらしのされた流れに沿って、下流に流れていく。
【0024】
軸ずらし下流にはイオンの集束を行う八重-四重極のイオンガイド12がある。イオンガイド12には正負逆の高周波電位を隣接するQロッド(金属またはセラミックスの丸棒)に印加し、イオンをQロッドに囲まれた空間内に取り込む。八重極部の軸と四重極部の軸とはイオン進行軸と直交方向に数ミリメートルだけずれており、中性粒子などを除去し、所望のイオン成分のみをイオン進行軸方向の電界で下流に移動させる。
【0025】
イオンガイド12の下流には、直径数ミリメートルの穴を有し、板厚みが数ミリメートルの平板形状の第二細孔15がある。細孔を有する板を配置することで真空度の異なる部屋を形成するとともに、不要なイオンは細孔部を通過できないことにより、必要な成分のみを取り出す。第一細孔10、軸ずらし部11、イオンガイド12、第二細孔15は第一差動排気室16に配置される。第一差動排気室16はドライポンプ18で真空引きされ、数百パスカル程度の真空度に保たれる。
【0026】
第二細孔15の下流にはイオンサーマライザ(衝突減衰器)20と呼ばれる四重極フィルタがある。イオンガイド12と同じく、正負逆の高周波電位を隣接するQロッドに印加し、イオン3をQロッドで囲まれた空間内に捕捉する。イオン3は残留ガスとの衝突でイオンの運動エネルギーが低下し、イオン進行軸近傍にイオンが集束する。イオン3は図示しない光軸方向の電界により、下流に移動する。イオンサーマライザ20の下流には、直径数ミリメートルの穴を有し、板厚みが数ミリメートルの平板形状の第三細孔21がある。第二細孔15とイオンサーマライザ20と第三細孔21とは第二差動排気室23に配置される。第二差動排気室23はターボ分子ポンプ22の第一排気口に接続されており、数パスカルの真空度に保たれる。
【0027】
第三細孔21の下流には三連マスフィルタ24がある。メインチャンバ(分析室)28はターボ分子ポンプ22の第二の排気口から真空引きされ、10-3パスカル以下の真空度に保たれている。ターボ分子ポンプ22の下流側はドライポンプ18と接続され、排気されている。三連マスフィルタ24は上流側から第一のマスフィルタ25、衝突室26、第二のマスフィルタ27で構成される。第一のマスフィルタ25は印加する高周波の電圧を制御することで特定の質量電荷比(m/z)のプリカーサイオンのみを通過させる。プリカーサイオンをその下流に位置し、衝突ガス(へリウム、窒素ガスなど)を導入した衝突室26に導入する。イオンはガスと衝突し、化学結合の弱い部位で開裂する。これは衝突誘導解離(Collision-induced Dissociation:CID)と呼ばれる。開裂したイオンはプロダクトイオンと呼ばれる。プロダクトイオンは下流にある第二のマスフィルタ27に導入され、質量分離され、高感度な定量分析が可能になる。
【0028】
図15Aは三連マスフィルタ24を含む四重極フィルタユニット60の上面図である。四重極フィルタユニット60は、ベース板41、ベース板41上に配置されるマスフィルタ25,27及び衝突室26で構成される三連マスフィルタ24、マスフィルタのホルダの温度を計測する温度センサ(測温抵抗体48、熱電対53など)、温度センサの配線を集合し接続したコネクタ61、コネクタ61を固定する板金(図示なし)、複数の車輪(図示なし)等で構成されている。コネクタ61は制御基板(制御部)58に接続され、制御基板58は、温度センサからの測定信号に基づき、電源59がQロッド37に印加する電圧値(U,V)を補正し、補正した高周波電圧をQロッド37に印加し、分析作業を実施する。車輪は、四重極フィルタユニット60をメインチャンバ28に挿入しやすくするために取り付けられたものである。
【0029】
分析作業中に温度センサが故障することがある。温度センサを四重極フィルタユニット60に対して1個しか配置していなければ、温度センサの故障による分析作業が中断することになる。このような不具合を回避するため、複数個の温度センサを設置している。もし、ホルダの温度を計測している温度センサが故障した場合、制御基板58は制御に使用する温度センサを他の正常な温度センサへ迅速に切り替える。温度センサの故障は例えば、測温抵抗体の場合、抵抗値の異常値(抵抗値が無限大になることで、温度が異常値になる)から検出できる。これにより、常に正常に温度センサによりホルダの温度を検出でき、質量ずれを補正することが可能になる。また、メンテナンス周期を長くすることができるので、メンテナンスフリーで稼働率が高い装置を供給できる。
【0030】
図15Bに、図15Aに示すA方向からの正面図を示す。ここでは第一のマスフィルタ25が見えている。イオンはQロッド37の軸方向(紙面に垂直な方向)に進行し、4つのQロッド37で囲まれた空間62内を、Qロッド37に印加される高周波電圧によって定まる所定の質量電荷比のイオンのみが通過することができる。
【0031】
図1の説明に戻る。第二のマスフィルタ27を通過したイオンは、電界によりコンバージョンダイノード30に入射する。イオン衝突により発生した2次電子は、電界によって引き込まれることによりシンチレータ31に入射する。発生した光電子は電子増倍管32で増幅され、アナログ/デジタルコンバータ33でデジタル信号に変換される。このデジタル値によるマススペクトルをモニタ34に表示する。事前に採取されている既知のデータとの突き合わせにより試料成分が特定される。
【0032】
図2は、第一のマスフィルタ25(部分)、または第二のマスフィルタ27(部分)を斜め上から見た図である。また、図3は、第一のマスフィルタ25、または第二のマスフィルタ27をQロッドの軸方向から見た図である。Qロッド37は、直径が約10 mm、長さは約180 mm程度の大きさであり、純モリブデン製である。4本のQロッド37は、図示していない固定ネジでホルダ38に、規定のトルク値により、固定されている。ホルダ支持棒40はホルダ支持台39に固定されている。ホルダ支持台39はベース板41に固定されている。Qロッド37とホルダ38との部組品は、ホルダ支持棒40にネジ44にて固定された板バネ43とホルダ支持台39との間で固定されている。板バネ43には、熱伝導率が高く、また弾性力によりホルダ38をホルダ支持台39に押し付けるためバネ性が比較的高いベリリウム銅製、または窒化チタン製を用いることが望ましい。ホルダ支持台39には位置決めピン45が圧入されている。Qロッド軸方向へホルダ38の移動を制限するため、ホルダ38に設けられた穴部に位置決めピン45が挿入される。
【0033】
板バネ43には、ホルダ38の温度を測定するための測温抵抗体48を取り付けるため、Qロッド37の軸方向に延長された張り出し部51aが設けられている。張り出し部51aの根本には図2に示すように、張り出し部51aよりも幅が狭められたくびれ部47が設けられている。測温抵抗体48は張り出し部51aにネジ44により固定されている。くびれ部47があることで、くびれ部が無い時と比較して板バネ43の測温抵抗体が接続されている領域とホルダ38との密着性を向上させることが可能となる。
【0034】
比較例として、図4に、板バネ43にくびれ部47のない張り出し部51bが設けられたマスフィルタ(部分)の外観図に示す。測温抵抗体48をネジ固定するためには、張り出し部51にはある程度の幅が必要になる。一方、板バネ43の本体部分はホルダ38の外周に沿って湾曲している。張り出し部に取り付けられた測温抵抗体48によりホルダ温度をより正確に測定するため、張り出し部はホルダと接触している本体部分に設けられることが望ましい。このため、板バネ43がマスフィルタにとりつけられたとき、張り出し部が本体部分につながる部分においては、本体部分は湾曲している。くびれ部47のない張り出し部51bを板バネ43に設けた場合、張り出し部51bによって本体部分の湾曲が妨げられ、板バネ43の本体部分とホルダ38との間に密着性劣化領域50ができる。ホルダ38と板バネ43との接触率が低下すると、ホルダ38の熱が板バネ43に十分伝わらなくなるため、測温抵抗体48によりホルダ38の温度を正確に計測できなくなる。その結果、後で述べるマス軸ずれ補正の精度が低下する。これに対して、図2に示す実施例の構成では、張り出し部51aの根元にくびれ部47が設けられていることにより、本体部分の湾曲に対する妨害を最小限とし、接触率の低下を最低限とすることができる。さらに、図2の構成では測温抵抗体48の配線が自由に動き、その力が板バネ43に加わり、ホルダ38と板バネ43との接触率が低下しないように測温抵抗体48の配線は配線固定棒49によって固定されている。
【0035】
図5に測温抵抗体48の外観図を示す。測温抵抗体48は金属の電気抵抗が温度にほぼ比例して変化する特性を利用した温度センサであり、圧着端子52に白金型測温抵抗体が合体されている。測温抵抗体48には2線または3線方式のものがあり、より精度よくホルダ38の温度計測を行いたい場合、3線式を用いるとよい。
【0036】
図6A,Bに板バネ43の外観図を示す。板バネ43はホルダ38をホルダ支持台39に押し付けて固定するために用いられる。板バネ43の本体部分の形状は平板(図6A)でも、ホルダ外形の半径より大きな曲率Rを有するもの(図6B)でもよい。また、板バネ43には、折り曲げ部を板バネ43に持たせてもよい。図6Bの例では、本体部分において中央の曲面部と両端の平面部との境が折り曲げ部になっているが、図6Aのような平板タイプの板バネでも同様の位置に折り曲げ部を設けるとよい。上述のようにホルダ38、Qロッド37は温度上昇に伴い軸方向の伸びが発生する。板バネ43はその端部でホルダ支持棒40にねじ止めする構成であるので、板バネ43に折り曲げ部がない場合には、板バネ43を固定するネジ44には上向きの力がかかり続けることになる。ネジ44による板バネ43の固定が緩まないように、ネジ44を締め付けすぎると、ホルダ38に歪みが発生し、マス軸ずれの要因になる。板バネ43に折り曲げ部を設けることで、板バネ43の適度な弾性力でホルダ38を固定し、Qロッド37の軸方向の移動を抑制することができる。
【0037】
図7は測温抵抗体48の設置位置を3ケ所に増やした場合のマスフィルタ(部分)の外観図である。ホルダ38の温度計測点を1ケ所から3ケ所にすることで、ホルダ38の温度をより正確に計測することが可能になる。この例では、ホルダ38とホルダ支持台39との間に測温抵抗体48を設置するための板状部材81を挟み込んでいる。板状部材81は板バネ43と同じ材料とし、板状部材81の張り出し部も板バネ43の張り出し部51aと同様に幅の狭められたくびれ部を有することが望ましい。これにより、板状部材81を挟みこむことによるホルダ38のがたつきを防止し、ホルダ38の温度を正確に測定することが可能になる。3ケ所で計測した温度の平均をホルダ温度とする。精度よくホルダ38の温度を計測することで、精度よくマス軸ずれ量を低減できる。
【0038】
図8は、温度センサとして熱電対53を用いた場合のマスフィルタ(部分)の外観図である。熱電対53の場合は、張り出し部51cに対して溶接54することにより接続できる。このため、張り出し部51cは溶接に必要なだけの狭い幅として、くびれ部を設ける必要はない。もちろん、さらにホルダ38と板バネ43との密着性を向上させるために張り出し部51cの根元にくびれ部を設けることは可能であるが、くびれ部の断面積が極端に小さくなると、くびれ部で熱抵抗値が大きくなることにより温度降下を生じ、ホルダ38の温度を正確に計測することができなくなるので注意が必要である。また、熱電対53の自重による力で板バネ43が変形して、ホルダ38と板バネ43との接触率が低下するのを防止するため、熱電対53は配線固定棒49によって固定される。
【0039】
図9は、測温抵抗体48のマスフィルタへのさらに別の取り付け例を示す図である。この例では、測温抵抗体48の圧着端子52を板バネ43とホルダ支持棒40との間に配置し、ネジ44によって固定している。図8に示した熱電対53を同じように固定してもよい。この場合、配線固定棒49は不要になる。ただし、この取り付け方法の場合は、ホルダ38から測温抵抗体48または熱電対53との距離が大きくなるため、温度降下が発生し、ホルダ38温度の計測精度は低下し、マスずれ補正の精度が低下するおそれがある。
【0040】
ここで、以上例示した測温抵抗体48、熱電対53などの温度センサは、Qロッド37に固定していない。これは、Qロッド37の外表面は曲面であり、温度センサの固定が困難であり、また、Qロッド37には高電圧(直流、交流)が印加されるため、温度センサにノイズがのりやすく、正確な温度計測が困難であるためである。
【0041】
図10は、装置電源投入後、装置スタンバイと試料分析作業とを繰り返すときの、経過時間に伴うホルダ38の温度91、Qロッド37の温度92、マス軸ずれ量93の変動を概念的に示す図である。装置立ち上げ時(装置スタンバイ)、分析作業時に行うマス軸ずれの補正方法について、以下に説明する。
【0042】
温度T1は質量分析装置が設置されている周囲温度(環境温度)である。質量分析装置の電源を投入する前においては、周囲温度とホルダ38、Qロッド37の温度はほぼ等しい。環境温度はひとつの例では18~32℃(25±7 ℃)となっており、標準温度25 ℃に対して±7℃の温度変動幅がある。
【0043】
まず、質量分析装置の電源を投入し、装置をスタンバイ状態にする。スタンバイ状態では、イオン源ヒータ立ち上げ、イオン源2から三連マスフィルタ24までのイオンレンズ素子間でヒータを有しているものがあれば、そのヒータの立ち上げ、ドライポンプ18、ターボ分子ポンプ22の立ち上げ、電源ユニットへの電源の投入などを実施する。これらの処理を行い、ただちに装置による試料の分析作業にとりかかれる状態になった段階で装置スタンバイ状態完了となる。装置スタンバイ状態においては、Qロッド37に対して高周波電圧の印加は行われていないが、発熱体である各種ヒータや真空ポンプ等の発熱体からの熱伝導によりQロッド37、ホルダ38が加熱される。加熱による温度上昇により、ホルダ38及びQロッド37は熱伸びを生じ、装置スタンバイ状態完了時点でマス軸ずれ量Δm1が生じるものとする。さらに試料の分析作業に伴う加熱によりマス軸ずれ量が増大し、最終的にはマス軸ずれ量Δm2が生じるものとする。
【0044】
質量分析装置メーカでは、あらかじめ図11に示すような環境温度とマス軸ずれ量との相関関係を求めておく。恒温槽を用い、環境温度を正確に制御する。マス軸ずれ量を測定するには、標準試料の分析作業が必要である。まず、恒温槽を25℃(標準温度)に設定し、標準分析作業手順(毎回、同じ操作、条件となるように分析手順書を作成しておく)にしたがって標準試料の分析を行い、標準試料の質量スペクトルのスペクトルカーブのピークが正しい位置に来るようにマスフィルタに印加する電圧U,Vを調整する。次に、恒温槽の設定温度を環境温度に相当する18~32℃の間で変化させて、スペクトルカーブのピークが恒温槽温度25℃の場合のスペクトルカーブのピークからのずれ量(マス軸ずれ量)を求める。このようにして得られたマス軸ずれ量データについて最小二乗法による回帰分析を行い、環境温度とマス軸ずれ量との相関関係を示す近似式55を得る。
【0045】
図10が標準分析作業手順にしたがった標準試料の分析経過を示すグラフであるとして、図10に電源投入時が標準温度T0(25 ℃)のときの、ホルダ38の温度94、マス軸ずれ量95の変動を概念的に示す。ここでは、質量分析装置の動作に起因する加温に伴うマス軸ずれ量の変化を示すため、図10では標準温度T0(25 ℃)かつ電源投入時のマス軸ずれ量を基準値(=0)とし、基準値からの変動を概念的に示している。標準分析作業手順にしたがっているため、電源投入時の環境温度T1のときのホルダ38の温度91、マス軸ずれ量93は、それぞれ電源投入時の環境温度T0(標準温度)のときのホルダ38の温度94、マス軸ずれ量95を上下に、電源投入時の環境温度の温度差に応じて平行移動したグラフとなることが期待できる。
【0046】
この関係を用いて、試料分析作業開始時に存在するマス軸ずれ量Δm1を低減させるよう、Qロッド37に印加する電圧値U,Vを調整する方法の一例を以下に説明する。
【0047】
質量分析装置の電源投入時における環境温度(T1)が32℃であり、装置をスタンバイ状態にすると、上述したような発熱体からの熱伝導によりQロッド37、ホルダ38は加熱され、温度上昇する。この温度上昇に伴い、Qロッド37、ホルダ38は熱伸びし、マス軸ずれ量Δm1を生じる。補正すべきマス軸ずれ量は、試料分析作業開始時のマス軸ずれ量93とマス軸ずれ量95との差分ε1であるが、この大きさは、標準試料分析作業終了時のマス軸ずれ量93とマス軸ずれ量95との差分ε2に等しい。差分ε2の大きさは、図11におけるマス軸ずれ量Δm1aである。そのため、マス軸を-Δm1aだけずらすように、マスフィルタに印加する電圧U,Vの値を調整すれば、環境温度変動に起因するマス軸のずれを補正できる。
【0048】
装置スタンバイ状態における発熱は、標準試料の分析においても未知試料の分析においても変わりがないため、差分ε1の大きさは試料の違い等による影響を受けない。このように、マスフィルタに設置した温度センサ(測温抵抗体48または熱電対53)の電源投入時点における測定値から、装置スタンバイ完了(試料分析作業開始)となった時点でのマス軸ずれを補正できる。なお、図11では傾きが正の例を示しているが、装置構成によっては傾きが負となる場合もある。
【0049】
次に分析作業時における温度変化によるマス軸ずれの補正方法について説明する。スタンバイ時においてはマスフィルタに高周波電圧は印加されておらず、マス軸ずれは周囲の温度変化に起因するものであるが、分析作業時に生じるマス軸ずれは、Qロッド37に高周波電圧が印加され、ホルダ38にて生じる高周波の誘導損失による発熱が主原因である。分析作業時に使用するイオンスキャンモードには、プロダクトイオンスキャンモード、プレカーサイオンスキャンモード、多重反応モニタリング(Multiple Reaction Monitoring:MRM)モードなど種々のものがある。スキャンモードによって、第一のマスフィルタ25、第二のマスフィルタ27に印加される電圧値は異なっており、したがって、ホルダ38での発熱量、ひいてはマス軸ずれ量も異なるものとなる。図10のグラフを例にとれば、試料分析作業期間におけるグラフは、試料により、また試料に対してどのようなスキャンモードで測定を行うかによって、それぞれ異なるカーブを描くことになる。どのようなスキャンモードで測定シーケンスを構成するかはユーザが決定する事項であり、同じ試料の分析であるとしても、様々な測定シーケンスが存在する。したがって、スタンバイ状態の場合と異なり、メーカが、全ての測定シーケンスのパターンで図11に相当するような温度変化量とマス軸ずれ量のデータを予め採取し、マス軸ずれを補正することは現実的に不可能である。このため、試料分析作業期間においては、温度センサによってホルダ38の温度変化をモニタし、温度変化によって推定されるマス軸ずれを補正するよう、マスフィルタに印加する電圧値U,Vをフィードバック制御することで、マス軸ずれの補正を行う。
【0050】
図12は試料の分析作業時におけるホルダ加熱による実際の熱の流れの一例を示す。高電圧印加時の誘電損失によりホルダ38は一様に発熱すると考えられる。一点鎖線により熱流れ56aを表現している。熱は、板バネ43、ホルダ支持棒40、ホルダ支持台39を経由してベース板41に、あるいは配線を経由して制御基板58へ伝導される。理想的には、ホルダ38の一様発熱を模擬するため、ホルダ表面に複数のヒータを配置してホルダの温度を変化させ、温度センサ(測温抵抗体48または熱電対53)の温度上昇値ΔTとマス軸ずれの相関関係を求めておき、温度上昇値に応じたマス軸ずれ量を相殺するように、補正を行えばよい。しかしながら、ホルダ38を一様発熱させられるようなヒータをホルダに配置することは現実には困難である。
【0051】
そのため、温度上昇値ΔTを与える熱源については、ホルダ温度Tに対する温度上昇値ΔTの比は比較的小さいところから、熱源からの熱流れの違いは許容するものとして、図13のように、温度上昇値ΔTを与える模擬ヒータ57をホルダ支持台39に配置する。図13では模擬ヒータ57からの熱流れ56bを一点鎖線により表現している。
【0052】
機械-電気の等価回路で考えると、模擬ヒータ57によるホルダの発熱量Wは電源電圧に、接触熱抵抗値Rは電気抵抗値、温度差ΔTは電流値に相当し、W=ΔT/Rの関係式で表される。上述のように、温度差ΔTを与える発熱体の位置が異なるため、熱流れ56が同じではなく、図12図13の場合では、測温抵抗体48での計測温度が同じであってもホルダ38の温度は厳密には等しくないが、模擬ヒータ57でホルダ38の温度を変化させてマス軸ずれ量を求める。
【0053】
図14は、図13に示す模擬ヒータ57を設けたマスフィルタを用い、温度上昇値ΔTを様々に変化させて計測した例である。この場合も、標準試料を標準分析作業手順書にしたがって分析している。ある基準温度に対する模擬ヒータ57による温度上昇値ΔTを横軸に、縦軸にマス軸ずれ量Δmを示している。このようにして得られたマス軸ずれ量データについて最小二乗法による回帰分析を行い、温度上昇値ΔTとマス軸ずれ量との相関関係を示す近似式65を得る。
【0054】
温度センサで計測されるホルダの温度がΔTa上昇したとすると、近似式65を用いて、マス軸ずれ量ΔMaを求めることができる。このマス軸ずれ量ΔMaを相殺するよう、印加する電圧U,Vを増減させることにより、マス軸ずれ量を低減させる。この高周波電圧の補正は、試料分析期間中、ある周期で行う。補正周期を短くするほど、高周波電圧印加によるマス軸ずれの影響を抑制した精度の高い分析作業が可能になる。
【0055】
なお、試料分析作業期間のマス軸ずれ量の補正方法として、質量分析装置を特定の測定シーケンスを毎回、使用するという運用がなされている場合には、この特定の測定シーケンスについて、ホルダ温度とマス軸ずれのデータを採取し、このデータを用いて、観測されるホルダ温度からマスフィルタに印加する電圧U,Vを制御し、マス軸ずれを補正するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0056】
1・・・試料溶液、2・・・イオン源、3・・・イオン、4・・・カウンタープレート、5・・・カウンターガス、6・・・イオン源容器、7・・・監視窓、8・・・キャピラリー、10・・・第一細孔、11・・・軸ずらし部、12・・・イオンガイド、15・・・第二細孔、16・・・第一差動排気室、18・・・ドライポンプ、20・・・イオンサーマライザ(衝突減衰器)、21・・・第三細孔、22・・・ターボ分子ポンプ、23・・・第二差動排気室、24・・・三連マスフィルタ、25・・・第一のマスフィルタ、26・・・衝突室、27・・・第二のマスフィルタ、28・・・メインチャンバ、30・・・コンバージョンダイノード、31・・・シンチレータ、32・・・電子増倍管、33・・・アナログ/デジタルコンバータ、34・・・モニタ、37・・・ロッド電極、38・・・ホルダ、39・・・ホルダ支持台、40・・・ホルダ支持棒、41・・・ベース板、43・・・板バネ、44・・・ネジ、45・・・位置決めピン、47・・・くびれ部、48・・・測温抵抗体、49・・・配線固定棒、50・・・密着性劣化領域、51・・・張り出し部、52・・・圧着端子、53・・・・熱電対、54・・・溶接、55・・・近似式、56・・・熱流れ、57・・・模擬ヒータ、58・・・制御基板、59・・・電源、60・・・四重極フィルタユニット、61・・・コネクタ、62・・・空間、70・・・内接円、71,72・・・質量スペクトルカーブ、81・・・板状部材、91,94・・・ホルダの温度、92・・・ロッド電極の温度、93,95・・・マス軸ずれ量。
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15A
図15B
図16
図17