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特許7547640鳥類の肉質改善方法及び鳥類の肉質改善飼料
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-30
(45)【発行日】2024-09-09
(54)【発明の名称】鳥類の肉質改善方法及び鳥類の肉質改善飼料
(51)【国際特許分類】
   A23K 50/75 20160101AFI20240902BHJP
   A23K 10/30 20160101ALI20240902BHJP
   A23K 20/142 20160101ALI20240902BHJP
【FI】
A23K50/75
A23K10/30
A23K20/142
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023538467
(86)(22)【出願日】2022-07-20
(86)【国際出願番号】 JP2022028236
(87)【国際公開番号】W WO2023008286
(87)【国際公開日】2023-02-02
【審査請求日】2023-07-14
(31)【優先権主張番号】P 2021124701
(32)【優先日】2021-07-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004189
【氏名又は名称】株式会社ニッスイ
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】滝澤 努
(72)【発明者】
【氏名】飯田 千里
(72)【発明者】
【氏名】杉山 公教
(72)【発明者】
【氏名】長谷 佳菜子
(72)【発明者】
【氏名】高橋 明子
【審査官】小林 直暉
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2005-0119634(KR,A)
【文献】中国特許出願公開第105995139(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0150478(US,A1)
【文献】PUVACA, Nikola et al.,Effect of garlic, black pepper and hot red pepper on productive performances and blood lipid profile,European Poultry Science,Vol. 79,ドイツ,Eugen Ulmer KG,2015年01月20日,p.1-13,ISSN 1612-9199,<DOI: 10.1399/eps.2015.73>
【文献】BERRI, C. et al.,Increasing Dietary Lysine Increases Final pH and Decreases Drip Loss of Broiler Breast Meat,Poultry Science,2008年03月01日,Volume 87, Issue 3,p.480-484,<DOI:10.3382/ps.2007-00226>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23K 50/75
A23K 10/30
A23K 20/142
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
飼育中の鳥類に、0.01~5重量%の唐辛子に加え、1.1~2.5重量%のリジンを含む肉質改善飼料を出荷前の1~2週間、給餌することを特徴とする、鳥類の肉質改善方法。
【請求項2】
前記肉質改善飼料における唐辛子の含有量は0.03~3重量%であることを特徴とする、請求項1に記載の鳥類の肉質改善方法。
【請求項3】
前記肉質改善飼料における唐辛子の含有量は0.05~1重量%であることを特徴とする、請求項2に記載の鳥類の肉質改善方法。
【請求項4】
前記鳥類は家禽であることを特徴とする、請求項1から請求項までのいずれか1項に記載の鳥類の肉質改善方法。
【請求項5】
前記家禽はニワトリであることを特徴とする、請求項に記載の鳥類の肉質改善方法。
【請求項6】
前記鳥類の肉をさらに冷凍肉に加工することを特徴とする、請求項1から請求項までのいずれか1項に記載の鳥類の肉質改善方法。
【請求項7】
前記鳥類の肉をさらに加熱調理加工することを特徴とする、請求項1から請求項までのいずれか1項に記載の鳥類の肉質改善方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鳥類の肉質を改善する方法及びその改善に用いられる飼料に関する。
【背景技術】
【0002】
家禽の食肉の呈味を向上させるために飼料中にリジンを含有させる技術はこれまでにいくつか開示されている(特許第4945762号公報及び特開2020-162450号公報)。また、飼料中のリジン含有量を増加させることで、ブロイラーのムネ肉のドリップロスが減少することも報告されている(Berri, C., et al., "Increasing Dietary Lysine Increases Final pH and Decreases Drip Loss of Broiler Breast Meat" Poult. Sci., 2008, 87: 480-484)。一方、飼料に唐辛子を添加することによるブロイラーの生産性向上に関する研究もある(Puvaca1, N., et al., "Effect of garlic, black pepper and hotred pepper on productive performances and blood lipid profile of broiler chickens" Eur. Poult. Sci., 2015, 79, ISSN 1612-9199, DOI: 10.1399/eps.2015.73)。なお、ブロイラーの出荷までの飼育期間は通常50日齢前後と、概ね60日未満である(駒井亨、「「銘柄鶏と地鶏」―ブロイラーの銘柄化と鶏肉消費の変化―」、畜産の研究、2008年、62巻6号、p.657-664)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本願の実施態様は、飼育した鳥類を肉加工品、特に冷凍肉又は加熱調理済肉に加工した場合において、保水力を向上させることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
(1)第1の実施態様
本願の第1の実施態様に係る鳥類の肉質改善方法は、飼育中の鳥類にリジン及び唐辛子を含む肉質改善飼料を出荷前の所定期間、給餌することを特徴とする。
【0005】
前記肉質改善飼料における、リジンの含有量は0.5~5重量%であるとともに、唐辛子の含有量は0.01~5重量%であることが望ましい。また、リジンの含有量は0.7~4重量%であるとともに、唐辛子の含有量は0.03~3重量%であることがより望ましい。また、リジンの含有量は0.9~3重量%であるとともに、唐辛子の含有量は0.05~1重量%であることがさらに望ましい。
【0006】
前記所定期間は3週間以内であることが望ましく、1~2週間であることがさらに望ましい。また、前記鳥類は家禽、特にニワトリであることが望ましい。さらに、前記鳥類の肉を、さらに冷凍肉に加工する、又は、さらに加熱調理加工する、食肉加工工程を加えることが望ましい。
【0007】
(2)第2の実施態様
本願の第2の実施態様に係る鳥類の肉加工品は、出荷前の所定期間、リジン及び唐辛子
を含む肉質改善飼料を給餌されたことを特徴とする。
【0008】
前記鳥類の肉加工品は、前記肉質改善飼料が給餌されない対照鳥類に比べ、保水力が優れることを特徴とする。
【0009】
前記鳥類の肉加工品を得るための肉質改善飼料における、リジンの含有量は0.5~5重量%であるとともに、唐辛子の含有量は0.01~5重量%であることが望ましい。また、リジンの含有量は0.7~4重量%であるとともに、唐辛子の含有量は0.03~3重量%であることがより望ましい。また、リジンの含有量は0.9~3重量%であるとともに、唐辛子の含有量は0.05~1重量%であることがさらに望ましい。
【0010】
前記所定期間は3週間以内であることが望ましく、1~2週間であることがさらに望ましい。また、前記鳥類は家禽、特にニワトリであることが望ましい。さらに、前記肉加工品は、冷凍肉又は加熱調理済肉であることが望ましい。
【0011】
(3)第3の実施態様
本願の第3の実施態様に係る鳥類の肉質改善飼料は、リジン及び唐辛子を含むことを特徴とする。
【0012】
前記肉質改善飼料における、リジンの含有量は0.5~5重量%であるとともに、唐辛子の含有量は0.01~5重量%であることが望ましい。また、リジンの含有量は0.7~4重量%であるとともに、唐辛子の含有量は0.03~3重量%であることがより望ましい。また、リジンの含有量は0.9~3重量%であるとともに、唐辛子の含有量は0.05~1重量%であることがさらに望ましい。
【0013】
(4)第4の実施態様
本願の第4の実施態様に係るブロイラーは、モモ肉における、総コラーゲン含有量、熱不溶性コラーゲン含有量又は総コラーゲン含有量に占める熱不溶性コラーゲン比率のいずれかが増加したことを特徴とする。
【0014】
(5)第5の実施態様
本願の第5の実施態様の鶏肉は、前記第4の実施態様のブロイラーのモモ肉であって、前記総コラーゲン含有量が0.36g/100g以上であることを特徴とする。
【0015】
(6)第6の実施態様
本願の第6の実施態様の鶏肉は、前記第4の実施態様のブロイラーのモモ肉であって、前記熱不溶性コラーゲン含有量が0.29g/100g以上であることを特徴とする。
【0016】
(7)第7の実施態様
本願の第7の実施態様の鶏肉は、前記第4の実施態様のブロイラーのモモ肉であって、前記熱不溶性コラーゲン比率が80.0%以上であることを特徴とする。
【0017】
(8)第8の実施態様
本願の第8の実施態様の鶏肉は、ブロイラーのモモ肉であって、大腿二頭筋の筋周膜が肥厚していることを特徴とする。
【0018】
具体的には、前記鶏肉は、無作為に選択した複数箇所の大腿二頭筋の筋周膜の平均厚さが17.0μm以上であることを特徴とする。あるいは、前記鶏肉は、無作為に選択した複数箇所の大腿二頭筋の筋周膜のうち、10μm以上の箇所が75%以上であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本願の実施態様は上記のように構成されているので、飼育した鳥類を肉加工品、特に冷凍肉又は加熱調理済肉に加工した場合において、保水力を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】ドリップロス実験結果を示すグラフである。
図2】クッキングロス実験結果を示すグラフである。
図3】破断脱液率実験結果を示すグラフである。
図4】第1対照区のモモ肉について、筋周膜の厚さの分布を示すグラフである。
図5】実験区のモモ肉について、筋周膜の厚さの分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本願の実施形態に係る鳥類の肉質改善方法においては、飼育中の鳥類にリジン及び唐辛子を含む肉質改善飼料を出荷前の所定期間、給餌する。
【0022】
肉質改善飼料とは、通常の鳥類の飼料に、リジン及び唐辛子を添加したものをいう。リジンの含有量は、望ましくは0.5~5重量%、より望ましくは0.7~4重量%、さらに望ましくは0.9~3重量%、なおいっそう望ましくは1.1~2.5重量%である。リジン含有量が0.5重量%を下回ると、冷凍肉に加工した場合の保水性の向上が期待できず、飼育成績が悪化することも考えられる。一方、保水性の向上の観点からはリジン含有量の上限は特に定められないが、鳥類の摂食性の観点や、経済性の観点から一定量を上限とすることが望ましい。
【0023】
肉質改善飼料に添加される唐辛子としては、生の唐辛子、乾燥した唐辛子、冷凍した唐辛子などいずれのものも用いることができるが、保存性の観点から乾燥した唐辛子であることが望ましい。唐辛子の性状は特に限定されないが、飼料への添加の容易さや鳥類の摂食性の観点から、粉状であることが望ましい。唐辛子の含有量は、望ましくは0.01~
5重量%、さらに望ましくは0.05~1重量%である。唐辛子含有量が0.01重量%を下回ると、唐辛子によるリジン取り込み促進効果が余り期待できない。一方、保水性の向上の観点からは唐辛子含有量の上限は特に定められないが、鳥類の摂食性の観点や、経済性の観点から5重量%を上限とすることが望ましい。
【0024】
鳥類の種類は、飼養可能な鳥類であれば特に限定はないが、産業として実際に飼養されているニワトリ、ウズラ、アヒル、ガチョウ、七面鳥のような家禽類、特に実際の飼養羽数が圧倒的に多いニワトリであることが望ましい。ニワトリの種類としては、ブロイラーでも、地鶏でも、各種銘柄鶏でもよいが、飼料が肉質に反映されやすいブロイラーであることが望ましい。
【0025】
本実施形態の肉質改善飼料が給餌される所定期間は、出荷前の3週間以内、望ましくは1~2週間である。すなわち、本実施形態の肉質改善飼料は、飼養されている鳥類、特にニワトリの出荷前のいわゆる仕上げ用飼料として使用される。
【0026】
上記のような、リジン及び唐辛子を含む肉質改善飼料を、出荷前の所定期間に給餌された鳥類、特にニワトリを、食肉に加工してさらに食肉加工工程に付された肉加工品、具体的には冷凍された冷凍肉又は加熱調理加工された加熱調理済肉は、肉質改善飼料が給餌されない対照鳥類に比べ、保水力が優れる。
【0027】
ここで、リジンの摂取量を増加させることで鶏肉のpHが増加し、それにより保水性が向上することは知られていた(Berri, C., et al., "Increasing Dietary Lysine Increases Final pH and Decreases Drip Loss of Broiler Breast Meat" Poult. Sci., 2008, 87: 480-484)。しかし、その保水性の向上は、肉の食感、ましてや食品の形態に加熱加工した後の食感の差が官能的に感じられるレベルではなかった。
【0028】
唐辛子の給餌は、養殖魚や畜産物の色調改善、脂質量の調整、肉の食感向上、食欲の増進による飼育成績の向上などに効果があることが知られていた(Puvaca1, N., et al., "Effect of garlic, black pepper and hotred pepper on productive performances and blood lipid profile of broiler chickens" Eur. Poult. Sci., 2015, 79, ISSN 1612-9199, DOI: 10.1399/eps.2015.73)。しかし、そのような肉を食品の形態に加熱加工した後の品質に関する知見はなかった。
【0029】
本実施形態では、今まで知られていなかった、リジンと唐辛子とを組み合わせて飼料に添加した肉質改善飼料によって、給餌された鳥類の肉質、特に冷凍肉に加工した場合の保水性の向上が実現される。
【0030】
唐辛子とリジンを組み合わせて給餌することは、アミノ酸代謝及びタンパク質合成に影響し得る。また、唐辛子のカプサイシンは筋肉肥大を促進し得る。このとき同時に摂取されたリジンは、筋肉組織に取り込まれやすくなることが考えられる。この場合、リジン残基をつなぎ合わせることで生成する筋肉組織中の結合組織(コラーゲン)の架橋構造(ピリジノリン)の量が増加し、pHの増加とは異なるメカニズムで筋肉の保水性が向上することが考えられる。
【0031】
pHの増加による保水性の向上においては、食感がやわらかく、ゼリーのような弱い食感になるが、本実施形態のように筋肉組織の構造を強化することで保水性が向上する場合、やわらかくなると同時に肉らしい弾力を維持向上させることができる。また、組織構造が強化されるため、組織への物理的なストレスに抵抗しやすくなり得る。
【0032】
通常、食肉において弾力を向上(破断歪率を増加)させようとする場合、同時に硬さ(破断応力)も増加してしまう。すなわち、やわらかさと弾力を両立させることは困難である。しかし、保水性を向上しつつ、筋肉組織の構造を強固にする本実施形態の効果によれば、それらの両立は可能になると考えられる。
【0033】
食肉、特に鶏肉の冷凍肉における保水性の向上、特に加熱加工における保水性を向上することで、鶏肉に含まれるうま味成分や鶏特有の呈味成分、特に味への寄与が大きい水溶性成分の流出を防ぐことができる。このため、鶏らしい味・風味を強く残存させることが可能になると考えられる。鶏肉に対する冷凍工程は、鶏肉が凍結する条件であれば、どのような温度及び圧力でも構わないが、組織の損傷が少なくなる急速冷凍で行うことが望ましい。急速冷凍としては、-20℃以下、-40℃以下又は-60℃以下で行うことができる。また、解凍は、鶏肉が融解する条件であれば、どのような温度及び圧力でも構わないが、組織構造の急激な変化を避けるため、0℃~25℃、望ましくは05℃~10℃、より望ましくは1℃~5℃で行う。唐辛子及び/又はリジンにより改変された鶏肉の組織構造は、緩慢な解凍条件で機能を発揮しやすくなり得る。
【0034】
また、鶏肉の筋肉組織は、冷凍解凍の操作により保水性が低下し得る。唐辛子及び/又はリジンにより改変された組織構造は、鶏肉の冷凍解凍後の保水性の向上に寄与することができる。
【0035】
鶏肉に対する加熱調理工程は、生肉でも冷凍肉でも、冷凍後解凍した肉でも行うことができる。加熱調理は、喫食に適した加熱条件であれば、焼成でも、油ちょうでも、湯煮でも、蒸気加熱でも、電気加熱でも構わない。加熱調理工程に供する鶏肉は表面に水分保持のための外皮を設けることで、唐辛子及び/又はリジンにより改変された鶏肉の効果が発揮されやすい。鶏肉の表面に外皮として衣付けをして油ちょうした場合は、衣の中に鶏肉に含まれる水分が残りやすく、唐辛子及び/又はリジンにより改変された鶏肉の効果が発揮されやすい。唐辛子及び/又はリジンにより改変された鶏肉の効果は、加熱調理後に冷凍保存した鶏肉でも発揮され得る。
【0036】
製造工程において加熱と冷凍、流通と保管の過程で温度変化に伴う冷凍及び解凍を被る冷凍食品においては、肉の受ける損傷は大きい。よって、本実施形態による筋肉組織の強化による保水性の向上は、水畜産物を原料とした冷凍食品の品質と冷凍耐性を大幅に向上することが期待できる。
【0037】
唐辛子の効果により必須アミノ酸であるリジンの取り込みが促進されれば、家禽の飼育成績の向上も期待できる。さらに、保水性の向上により保管や加熱加工に伴う重量損失が小さくなれば、冷凍肉を原料とする加熱加工品の生産性向上にも貢献する可能性がある。
【0038】
本願の実施形態のブロイラーは、前記した鳥類の肉質改善方法によって、60日未満の飼育期間、飼育されることによって、モモ肉における、総コラーゲン含有量、熱不溶性コラーゲン含有量又は総コラーゲン含有量に占める熱不溶性コラーゲン比率のいずれかが、通常の飼育方法のブロイラーに比べて増加している。
【0039】
具体的には、本願の実施形態の鶏肉は、本願のブロイラーから得られるモモ肉であって、前記総コラーゲン含有量が0.36g/100g以上であるか、前記熱不溶性コラーゲン含有量が0.29g/100g以上であるか、若しくは前記熱不溶性コラーゲン比率が80.0%以上であるか、又はこれらの2つ以上を兼ね備えるか、のいずれかである。
【0040】
ここで、熱不溶性コラーゲンとは、肉を水中で加熱した際に可溶化しないコラーゲンのことである。熱不溶性コラーゲンのコラーゲン全体に対する比率は、一般的に飼育日数が長くなるほど高くなるものである。また、名古屋コーチンなど熱不溶性コラーゲンを多く含む鶏種も存在する。コラーゲンは肉の食感に関わる重要な成分であり、熱不溶性コラーゲンの比率が高いほど、喫食時の弾力が強い肉であると考えられる。
【0041】
また、本願の実施形態の鶏肉は、本願のブロイラーから得られるモモ肉であって、大腿二頭筋の筋周膜が肥厚している。ここで、結合組織は、筋肉中では、一本の筋繊維を取り囲む薄い膜である筋内膜と、筋繊維束を束ねるやや厚い膜である筋周膜、そして筋肉全体を覆う非常に厚い膜である筋上膜を構築する。このうち、筋周膜の肥厚化は、筋肉の保水性の向上に関与する可能性がある。
【0042】
具体的には、前記鶏肉は、無作為に選択した複数箇所の大腿二頭筋の筋周膜の平均厚さが17.0μm以上であることを特徴とする。あるいは、前記鶏肉は、無作為に選択した複数箇所の大腿二頭筋の筋周膜のうち、10μm以上の箇所が75%以上であることを特徴とする。ここでいう複数箇所は、特に限定されないが、具体的には48箇所以上、望ましくは96箇所以上である。
【実施例
【0043】
(1)飼育条件
本願の実施例では、鳥類として、ブロイラー専用種であるチャンキー種の雌ヒナ180羽を6つの試験区(1試験区30羽)に分け、ウインドウレス鶏舎で41日間、水と飼料は自由摂取の条件で飼育した。
【0044】
対照鳥類が飼育される第1対照区として、2つの試験区で飼育するブロイラーに、0~21日齢まではブロイラー前期用飼料(デラチキン前期、中部飼料)を、また、22~41日齢まではブロイラー後期用配合飼料(さわやか仕上げ、中部飼料)を給餌した。
【0045】
第2対照区として、別の2つの試験区で飼育するブロイラーに、0~21日齢及び22~31日齢までは第1対照区と同じ飼料を与える一方、32~41日齢までは、上記ブロイラー後期用配合飼料に唐辛子粉末(唐辛子パウダーHC、海老沼食品)を全体量の0.2重量%となるように添加した飼料を給餌した。
【0046】
そして、実験区として残りの2つの試験区で飼育するブロイラーに、0~21日齢及び22~31日齢までは第1対照区と同じ飼料を与える一方、32~41日齢までは、上記
ブロイラー後期用配合飼料に唐辛子粉末(唐辛子パウダーHC、海老沼食品)を全体量の0.2重量%となるように添加し、さらにブロイラー用飼料に含まれるリジン量を計算した上で、飼料用リジン塩酸塩を飼料全体量の1.5重量%となるように添加した飼料を給餌した。
【0047】
飼育終了後、各試験区から8羽ずつ、平均体重に近い個体を抽出した。抽出個体を放血と殺し、脱毛した後、冷蔵庫で半日冷却してから解体に供した。解体後、各部位を1kg以下に細断し、空気を抜いた袋に入れ、速やかに-20℃の冷凍庫内で冷凍し、以下の各種分析試験に供した。
【0048】
(2)ドリップロス試験
ドリップロスとは、解凍や保存時間の経過に伴い流出する水分や水溶性成分等の合計重量であり、これが少ないほど肉の保水性が高く、品質は良好であると評価できる。冷凍モモ肉の重量(W)を測定し、これを4℃の恒温機で2日間かけて解凍し、その後2日間冷蔵庫にて保管した。キッチンペーパーで保管後の肉の表面の液体をふき取ってから重量(W)を測定し、下記式(1)にてドリップロス(%)を算出した。
【0049】
ドリップロス(%)=(W-W)÷W×100 ・・・式(1)
【0050】
ドリップロス試験の結果を図1に示す。なお、各棒グラフはモモ肉8枚(4羽のブロイラーの左右2枚)の平均値であり、各棒グラフ上端に付した線分は標準誤差を示す。このグラフから、第2対照区は第1対照区よりドリップロスが少なく、実験区は第2対照区よりさらにドリップロスが少ないという結果であった。なお、第1対照区の平均値と第2対照区の平均値との間、及び第2対照区の平均値と実験区の平均値との間は、t検定でそれぞれ5%の危険率で有意差があった。また、第1対照区の平均と実験区の平均値との間はt検定で1%の危険率で有意差があった。その結果、第2対照区は第1対照区に比べドリップロスが有意に少なく、また、実験区は第1対照区に対しても、また、第2対照区に対してもドリップロスが有意に少ない、という結果となった。
【0051】
(3)クッキングロス試験
クッキングロスとは、加熱調理に伴い流出する水分や水溶性成分等の合計重量であり、これが少ないほど肉の調理適性が高く、品質は良好であると評価できる。冷凍モモ肉を4℃の恒温機で2日間解凍後、キッチンペーパーで表面の液体をふき取ってから重量(W)を測定した。測定後プラスチックパウチに入れて脱気した後、70℃のウォーターバスで60分加熱した。そして室温で1時間放冷し、キッチンペーパーで表面の液体をふき取ってから重量(W)を測定し、下記式(2)にてクッキングロス(%)を算出した。
【0052】
クッキングロス(%)=(W-W)÷W×100 ・・・式(2)
【0053】
クッキングロス試験の結果を図2に示す。なお、各棒グラフはモモ肉8枚(4羽のブロイラーの左右2枚)の平均値であり、各棒グラフ上端に付した線分は標準誤差を示す。各区の間にはt検定による意有意差は認められなかったものの、このグラフから、第2対照区は第1対照区よりクッキングロスが少なくなり、実験区は第2対照区よりさらにクッキングロスが少なくなるという傾向が見られた。
【0054】
(4)破断脱液率試験
破断脱液率とは、破断強度解析を行った際にサンプルから染み出る液体とサンプルの重量の比率で、サンプルを噛み切った際に口腔内に放出される液体の量と相関すると考えられるため、官能評価におけるジューシー感の指標とした。具体的には以下のとおりである。
【0055】
冷凍モモ肉を4℃の恒温機で2日間解凍後、20~24gに切り分け、下記表1に示した配合の漬込液を生肉に対して33.3重量%加えた。
【0056】
【表1】
【0057】
漬込液を加えた生肉を1時間のタンブリング処理した後、下記表2に示した配合のバッター液を漬け込み後の肉に対して15重量%の割合で混ぜ込み、170℃のパーム油で1分30秒油ちょうした。そして、油ちょうの後、98℃のコンベクションオーブンで4分30秒スチーム加熱した。そして、温度計を中心まで刺入して芯温を1分間測定し、75℃以上であることを確認した後、-25℃のブラストチラーで凍結した。
【0058】
【表2】
【0059】
この凍結唐揚げを、170℃のパーム油で3分油ちょうし、半分に切ってそれぞれ重量(W)を測定した。一方、レオメータ(山電)のサンプル台に、あらかじめ重量(W)を測定したキムワイプ(商品名)2枚をたたんで乗せ、その上に半分に切った唐揚げを、断面を下にして乗せた。そして、27mmくさび型プランジャーロードを用いて、セル荷重200N、変形率97%、速度1mm/秒の条件で1サンプルあたり2回の破断強度解析を行い、唐揚げから染み出た液体を吸収したキムワイプの重量(W)を測定した。
各測定値から、下記式(3)にて破断脱液率(%)を算出した。
【0060】
破断脱液率(%)=(W-W)÷W×100 ・・・式(3)
【0061】
破断脱液率試験の結果を図3に示す。なお、各棒グラフは唐揚げ4個の平均値であり、各棒グラフ上端に付した線分は標準誤差を示す。各区の間にはt検定による意有意差は認められなかったものの、このグラフから、第2対照区は第1対照区より破断脱液率が上昇し、実験区は第2対照区よりさらに破断脱液率が上昇するという傾向が見られた。すなわち、調理した後においても、第2対照区は第1対照区より、そして実験区は第2対照区より、肉の中に液体成分をより多く保持している傾向のあることが示された。
【0062】
(5)コラーゲン試験
第1対照区の2つの試験区と、実験区の2つの試験区で得られた各5羽のブロイラーについて、鶏肉が含有するコラーゲン量を測定した。
【0063】
具体的には、各々の冷凍モモ肉を4℃の恒温機で2日間解凍後、皮と脂肪を取り除き、フードプロセッサーでミンチにした。得られたミンチを1.4mmメッシュの篩に通し、長さ0.5mm以上の大きなスジを取り除いた。メッシュを通したミンチ約200mgを15mLファルコンチューブに入れ、蒸留水4mLを加えて、ボルテックスミキサーを用いて、室温で3秒間浸透させて水中にミンチを懸濁させた。
【0064】
次いで、77℃に設定したウォーターバスに、収容する液体の液面が完全に湯浴の液面の下に隠れるようにファルコンチューブをセットし、70分間振盪した。振盪後、3,000rpmで30分間遠心分離し、上清と沈殿に分けたのち、上清を分離した。残った沈殿に再度1mLの蒸留水を加え、ボルテックスミキサーで、室温で3秒間浸透して水中に沈殿を懸濁させた。懸濁後、3,000rpmで30分間、再度遠心分離し、上清と沈殿に分けた。上清は分離して先ほどの上清と合わせた。
【0065】
上清と沈殿とをそれぞれ凍結乾燥し、重量を測定した。凍結乾燥したサンプルをそれぞれ粉砕し、そこから約10mgをサンプリングした。10mgのサンプルに、6N塩酸200μLを加えて脱気し、110℃の恒温機内に24時間載置して加水分解を行った。加水分解後、室温で放冷したのち、溶媒を留去し、適宜0.1mmol塩酸で希釈した溶液について、自動プレカラム誘導体化液体クロマトグラフィー質量分析計(UF-AMINO STATION、島津製作所)により分析した。
【0066】
具体的には、サンプルの保持時間、m/z及びピーク面積を、ヒドロキシプロリンの標品の保持時間、m/z及びピーク面積と比較することによって、サンプルのヒドロキシプロリン量を測定し、これにヒドロキシプロリン係数7.68を乗じて、コラーゲン量を算出した。すなわち、上清由来のサンプルから算出されたコラーゲン量を熱可溶性コラーゲン量とし、また、沈殿由来のサンプルから算出されたコラーゲン量を熱不溶性コラーゲン量とし、それぞれについてミンチ100g当たりの熱可溶性コラーゲン含有量及び熱不溶性コラーゲン含有量並びにこれらの合計である総コラーゲン含有量を算出した。そして、下記式(1)により、熱不溶性コラーゲン比率(%)を算出した。その結果を、下記表3に掲げる。
【0067】
熱不溶性コラーゲン比率=熱不溶性コラーゲン含有量÷総コラーゲン含有量×100 ・・・(1)
【0068】
【表3】
【0069】
まず、第1対照区の結果で示されたように、従来の飼育条件では、飼育日数60日未満のブロイラーの総コラーゲン含有量(熱不溶性コラーゲン含有量と熱可溶性コラーゲン含有量の合計)は0.36g/100g未満であり、熱不溶性コラーゲン含有量は0.29g/100g未満であった。また、熱不溶性コラーゲン比率は80.0%未満であった。
【0070】
一方、実験区の条件で飼育した飼育日数60日未満のブロイラーの総コラーゲン含有量(熱不溶性コラーゲン含有量と熱可溶性コラーゲン含有量の合計)は0.36g/100g以上であり、熱不溶性コラーゲン含有量は0.29g/100g以上であった。また、熱不溶性コラーゲン比率が80.0%以上であった。以上より、実験区のブロイラーのモモ肉においては、総コラーゲン含有量、熱不溶性コラーゲン含有量又は総コラーゲン含有量に占める熱不溶性コラーゲン比率の少なくともいずれか1つが増加することが分かった。
【0071】
以上より、実験区の条件で得られたブロイラーは、飼育日数60日未満であっても、総コラーゲン含有量も、熱不溶性コラーゲン含有量も、総コラーゲン含有量に占める熱不溶性コラーゲン比率も、いずれも第1対照区に比べ増加したことが分かった。
【0072】
(6)結合組織の観察試験
第1対照区及び実験区で得られたブロイラーのモモ肉について、プレパラートを作製して結合組織を観察した。
【0073】
第1対照区及び実験区で得られたブロイラー各6羽のモモ肉のうち、大腿二頭筋から、筋線維が伸長している方向と直交する面を一つの面として有する、一辺2cm以下の直方体をサンプルとして切り出し、マイルドホルム10N(商品名、富士フイルム和光純薬)に浸漬して4℃で10日間固定した。固定されたサンプルを厚さ5mmほどに薄くカットしたものを2時間水洗したのち、70%エタノールに浸漬して一晩脱水した。次に振とうさせながら80%エタノール、90%エタノール、95%エタノール、100%エタノールの順番に、サンプルを各1.5時間浸漬することでさらに脱水し、もう一度100%エタノールにサンプルを浸漬して一晩静置した。
【0074】
続いて、キシレンが入った染色バットにサンプルを浸漬し、1.5時間静置した。この操作を3回繰り返した。そして、加温溶解したパラフィンの入ったバットにサンプルを浸漬し、65℃のインキュベーター内で1.5時間静置した。この操作を3回繰り返したのち、型にサンプルとパラフィンを流し込んでパラフィンブロックを作製した。
【0075】
作製したパラフィンブロックからミクロトームを用いて厚さ8μmのサンプル薄片を切り出し伸展させたのち、スライドグラスに乗せて乾燥させた。サンプル薄片が貼付されたスライドグラスをキシレンに5分浸漬する操作を3回、その後100%エタノール、95%エタノール、90%エタノール、80%エタノールの順に各3分浸漬する操作を行うことでサンプル薄片を脱パラフィンした。
【0076】
次いで、5分間流水で洗浄したのち、ワイゲルト鉄ヘマトキシリン液に10分間浸漬し、10分間流水で洗浄し、ワンギーソン液(ワンギーソンA液(ピクリン酸):ワンギーソンB液(酸フクシン)=85:15)に10分間浸漬することでサンプル薄片を染色した。さらに80%エタノール、90%エタノール、95%エタノールの順に各20秒浸漬したのち、100%エタノールに20秒浸漬する操作を2回、キシレンに30秒浸漬する操作を3回繰り返すことで、サンプル薄片の脱水と透析を行った。そして乾燥後、カバーグラスとカナダバルサムでサンプル薄片を封入した。以上の操作により、ワンギーソン染色により結合組織がピンク色に染色された観察用プレパラートを作製した。
【0077】
(筋周膜の厚さの測定)
観察用プレパラートの各々を光学顕微鏡で観察し、3mm×4mmの視野を撮影した。撮影した画像について、ピンク色に染色された結合組織のうち、結合組織の厚さが3.5μm以上である部分を筋周膜とみなした。そして、筋周膜の伸長方向に対して垂直方向に測定した距離を筋周膜の厚さとした。
【0078】
1つの視野に対して、500μm以上離れている16箇所を無作為に選択して、筋周膜の厚さを測定した。1視野で16箇所選択できない場合は、別の視野で16箇所選択した。この測定を、第1対照区及び実験区につきそれぞれ別の6羽のブロイラーに由来するサンプル(サンプル1~サンプル6)から作製したプレパラートで実施した。そして、第1対照区及び実験区のそれぞれにつき測定した96箇所の筋周膜の厚さの測定値の平均値を求めて筋周膜の厚さとした。第1対照区における結果を下記表4に、実験区における結果を下記表5に、それぞれ示す。
【0079】
【表4】
【0080】
【表5】
【0081】
上記表4から、第一対照区の筋周膜の平均厚さは16.8μmと、17.0μm未満であった。また、表4に示す測定値の分布を表す図4に示すように、厚さ10μm未満の筋周膜の割合は全体の26%であった。換言すると、厚さ10μm以上の箇所は74%と、測定箇所の75%未満であった。
【0082】
一方、上記表5から、実験区の筋周膜の平均厚さは19.9μmと、17.0μm以上であった。また、表5に示す測定値の分布を表す図5に示すように、厚さ10μm未満の筋周膜の割合は全体の7.3%であった。換言すると、厚さ10μm以上の箇所は92.7%と、測定箇所の75%以上であった。このことから、実験区のブロイラーのモモ肉では、厚さ10μm以上の筋周膜が増えており、筋周膜が対照区よりも肥厚していることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は、家禽類、特にニワトリ、とりわけブロイラーの肉加工品、特に冷凍肉及び鶏肉の生産に利用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5