(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】ポリフッ化ビニリデン膜形成用組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08L 27/16 20060101AFI20240903BHJP
H01L 21/312 20060101ALI20240903BHJP
H01B 3/44 20060101ALI20240903BHJP
C08K 5/5317 20060101ALI20240903BHJP
C08K 5/42 20060101ALI20240903BHJP
C08J 5/18 20060101ALI20240903BHJP
【FI】
C08L27/16
H01L21/312 A
H01B3/44 C
C08K5/5317
C08K5/42
C08J5/18 CEW
(21)【出願番号】P 2020069718
(22)【出願日】2020-04-08
【審査請求日】2023-03-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000003986
【氏名又は名称】日産化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002240
【氏名又は名称】弁理士法人英明国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】諏訪 剛史
(72)【発明者】
【氏名】前田 真一
(72)【発明者】
【氏名】菅原 峻
(72)【発明者】
【氏名】児玉 秀和
【審査官】三宅 澄也
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-518326(JP,A)
【文献】特開2013-188667(JP,A)
【文献】特開2018-167471(JP,A)
【文献】特開2014-091796(JP,A)
【文献】国際公開第2020/158635(WO,A1)
【文献】国際公開第2006/013701(WO,A1)
【文献】特開2019-172787(JP,A)
【文献】特表2009-501826(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08K
C08L
C08J
H01L
H01B
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフッ化ビニリデンと、溶媒と、前記溶媒に不溶な、硫酸塩系化合物、スルホン酸塩系化合物及びホスホン酸塩系化合物から選ばれる少なくとも1種の結晶核剤とを含み、
前記溶媒が、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド、N-メチル-2-ピロリドン、トリエチルホスファート、テトラヒドロフラン、シクロペンチルメチルエーテル、γ-ブチロラクトン、シクロペンタノン、シクロヘキサノン、3-メチルシクロヘキサノン、イソホロン、メントン、炭酸プロピレン、炭酸エチレン、トリクロロエタン、クロロジフルオロメタン、アセトン、メチルエチルケトン、メチルアミルケトン、アセトニトリル、N,N-ジメチルアセトアミド、ヘキサメチルホスホルアミド、テトラメチルウレア、酢酸エチル、酢酸、ピリジン、酢酸ブチル、ポリエチレングリコールメチルエーテルアクリレート、スルホラン及び1,4-ジオキサンからなる群より選択される少なくとも1種であり、
前記結晶核剤の含有量が、ポリフッ化ビニリデン100質量部に対し、0.1~15質量部
であり、
前記溶媒の使用量が、ポリフッ化ビニリデン100質量部に対し、400~99,900質量部である溶液を、
室温で1~60分間攪拌後、濾過して前記結晶核剤を除去することを含
み、
濾過後のPVDF溶液中における結晶核剤の含有量が、濾過前のPVDF溶液に添加した核剤成分量に対し、質量比で1/10以下、かつ溶解しているPVDF樹脂100質量部に対し、0.5質量部以下である
ポリフッ化ビニリデン膜形成用組成物の製造方法。
【請求項2】
前記結晶核剤が、硫酸塩、スルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩及びフェニルホスホン酸塩から選ばれる少なくとも1種である請求項1記載のポリフッ化ビニリデン膜形成用組成物の製造方法。
【請求項3】
請求項1
又は2記載の製造方法により製造されたポリフッ化ビニリデン膜形成用組成物から得られるポリフッ化ビニリデン膜。
【請求項4】
前記ポリフッ化ビニリデン膜が、β型結晶構造を含むものである請求項
3記載のポリフッ化ビニリデン膜。
【請求項5】
前記ポリフッ化ビニリデン膜のβ型結晶化率が、70質量%以上である請求項
4記載のポリフッ化ビニリデン膜。
【請求項6】
前記ポリフッ化ビニリデン膜の周波数1Hzにおける誘電正接が、0.20以下である請求項
3~
5のいずれか1項記載のポリフッ化ビニリデン膜。
【請求項7】
請求項1
又は2記載の製造方法により製造されたポリフッ化ビニリデン膜形成用組成物を用いてポリフッ化ビニリデン膜を成膜する際に、30~105℃で熱処理することを含むポリフッ化ビニリデン膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリフッ化ビニリデン膜形成用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフッ化ビニリデン(PVDF)には、α型、β型及びγ型の3種類の結晶構造が存在する。これらのPVDFの結晶多形の中でも、β型の結晶(β晶)は、単位格子当たり最大の自発分極を有し、高い強誘電性及び圧電特性を示すことが知られている(特許文献1)。
【0003】
β晶からなるPVDFに圧電特性を付与するためには、高電圧を印可してPVDF膜の分極方向を揃えるポーリング処理が必要とされるが、PVDF膜中に導電性成分が含まれていると、この成分がリーク源となり絶縁破壊を起こすことでポーリング処理を施すことが困難となる。したがって、PVDF膜を圧電材料に使用する場合には、β晶を形成させつつ導電性の成分を含まない膜を得ることが好ましい。
【0004】
特許文献1では、これを達成するための方法として、硝酸アルミニウム9水和物や硝酸マグネシウム6水和物を含むPVDF溶液を用いて基板上にPVDF膜を形成する方法が記載されており、これによりPVDFのβ型結晶化率(β晶化率)が向上し、なおかつ加熱処理によりこれら導電性の成分を除去できることが示されている。しかし、導電成分である硝酸アルミニウムを膜から除去するためには110~170℃、実質的には130℃以上の高温処理を行う必要があり、PVDF膜の支持体として耐熱性の低いプラスチック基材等を用いた場合にはその利用が制限されることとなる。そのため、高いβ晶化率を示しながらも膜中に導電性成分が残存していないPVDF膜を簡便に得られる方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記事情に鑑みてなされたものであり、β晶化率が高く、導電性成分の残存量が極めて少ないPVDF膜を与え得るPVDF膜形成用組成物、及び該組成物から得られるPVDF膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、溶媒に不溶な所定の結晶核剤(以下、単に核剤ともいう。)と、この核剤と接触したPVDFと、溶媒を含む組成物から、前記核剤を除去した組成物が、高いβ晶化率と低い導電性とを兼ね備えたPVDF膜を与えることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、下記のポリフッ化ビニリデン膜形成用組成物を提供する。
1. ポリフッ化ビニリデンと、溶媒と、前記溶媒に不溶な、硫酸塩系化合物、スルホン酸塩系化合物及びホスホン酸塩系化合物から選ばれる少なくとも1種の結晶核剤とを含む溶液を、室温で1~60分間攪拌後、濾過して前記結晶核剤を除去して得られるポリフッ化ビニリデン膜形成用組成物。
2.前記結晶核剤が、硫酸塩、スルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩及びフェニルホスホン酸塩から選ばれる少なくとも1種である1のポリフッ化ビニリデン膜形成用組成物。
3.前記溶液中の結晶核剤の含有量が、ポリフッ化ビニリデン100質量部に対し、0.1~15質量部である1又は2のポリフッ化ビニリデン膜形成用組成物。
4.1~3のいずれかのポリフッ化ビニリデン膜形成用組成物から得られるポリフッ化ビニリデン膜。
5.前記ポリフッ化ビニリデン膜が、β型結晶構造を含むものである4のポリフッ化ビニリデン膜。
6.前記ポリフッ化ビニリデン膜のβ型結晶化率が、70質量%以上である5のポリフッ化ビニリデン膜。
7.前記ポリフッ化ビニリデン膜の周波数1Hzにおける誘電正接が、0.20以下である4~6のいずれかのポリフッ化ビニリデン膜。
8.1~3のいずれかのポリフッ化ビニリデン膜形成用組成物を用いてポリフッ化ビニリデン膜を成膜する際に、30~105℃で熱処理することを含むポリフッ化ビニリデン膜の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のPVDF膜形成用組成物によれば、β晶化率が高く、導電性成分の残存量が極めて少ないPVDF膜を形成することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[PVDF膜形成用組成物]
本発明のPVDF膜形成用組成物は、PVDFと、溶媒と、前記溶媒に不溶な、硫酸塩系化合物、スルホン酸塩系化合物及びホスホン酸塩系化合物から選ばれる少なくとも1種の結晶核剤とを含む溶液を、室温で1~60分間攪拌後、濾過して前記結晶核剤を除去して得られるものである。なお、本発明において、室温とは、25℃±5℃を意味し、好ましくは25℃である。
【0011】
前記PVDFとしては、ASTM D3835に準拠して測定される、溶融温度240℃、せん断速度50sec-1における溶融粘度が、500~5,000Pa・sであるものが好ましく、1,000~3,500Pa・sであるものがより好ましく、1,200~2,500Pa・sであるものがより一層好ましい。
【0012】
本発明において用いるPVDFは、その重量平均分子量(Mw)が、1,000~5,000,000であるものが好ましく、5,000~1,000,000であるものがより好ましい。
【0013】
前記PVDFは、市販品として入手が可能であり、例えば、KFポリマー#850、#1000、#1100(以上、(株)クレハ製)、Kynar(Arkema社製)、Solef(Solvay社製)等が挙げられる。これらは、1種を単独で使用してもよく、分子量の異なる2種類以上を組み合わせて使用してもよい。
【0014】
前記溶媒としては、PVDFを溶解でき、かつ核剤を溶解しないものを使用する。このような溶媒としては、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド、N-メチル-2-ピロリドン、トリエチルホスファート、テトラヒドロフラン、シクロペンチルメチルエーテル、γ-ブチロラクトン、シクロペンタノン、シクロヘキサノン、3-メチルシクロヘキサノン、イソホロン、メントン、炭酸プロピレン、炭酸エチレン、トリクロロエタン、クロロジフルオロメタン、アセトン、メチルエチルケトン、メチルアミルケトン、アセトニトリル、N,N-ジメチルアセトアミド、ヘキサメチルホスホルアミド、テトラメチルウレア、酢酸エチル、酢酸、ピリジン、酢酸ブチル、ポリエチレングリコールメチルエーテルアクリレート、スルホラン、1,4-ジオキサン等が挙げられる。これらのうち、DMF、アセトン、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチル-2-ピロリドン、メチルエチルケトンが好ましく、DMF及びアセトンがより好ましく、DMF及びアセトンの混合溶媒がより一層好ましい。前記溶媒は、1種単独で使用してもよく、2種以上を混合して使用してもよい。
【0015】
前記溶媒の使用量は、成膜性及び溶解度の観点から、PVDF100質量部に対し、400~99,900質量部が好ましく、900~19,900質量部がより好ましく、900~9,900質量部より一層好ましい。
【0016】
結晶核剤は、PVDF膜の成膜時にβ晶構造の形成を促進させる成分として添加されるものであり、本発明では、前記溶媒に不溶な、硫酸塩系化合物、スルホン酸塩系化合物及びホスホン酸塩系化合物から選ばれる少なくとも1種を使用する。前記核剤は、前記溶媒に不溶な化合物であるため容易に除去することができ、その結果、導電性成分の残存量が極めて少ないPVDF膜を容易に製造することができる。
【0017】
硫酸塩系化合物としては、ドデシル硫酸ナトリウム、テトラデシル硫酸ナトリウム、ヘキサデシル硫酸ナトリウム、オクタデシル硫酸ナトリウム、ドデシル硫酸リチウム等のアルキル硫酸塩;フェニル硫酸ナトリウム、フェニル硫酸カリウム、フェニル硫酸リチウム、トルエン硫酸ナトリウム、トルエン硫酸カリウム、トルエン硫酸リチウム、キシレン硫酸ナトリウム、キシレン硫酸カリウム、キシレン硫酸カリウム、ナフタレン硫酸ナトリウム、ナフタレンジ硫酸ナトリウム等の芳香族硫酸塩等が挙げられる。
【0018】
スルホン酸塩系化合物としては、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム(PSSA-Na)、ポリスチレンスルホン酸カリウム等のスルホン酸ポリマーの塩;トデシルスルホン酸ナトリウム、ドデシルスルホン酸カリウム、ドデシルスルホン酸リチウム、テトラデシルスルホン酸ナトリウム、オクタデシルスルホン酸ナトリウム等のスルホン酸塩;ベンゼンスルホン酸ナトリウム、ベンゼンスルホン酸カリウム、ベンゼンスルホン酸リチウム、トルエンスルホン酸ナトリウム、トルエンスルホン酸カリウム、トルエンスルホン酸リチウム、キシレンスルホン酸ナトリウム、キシレンスルホン酸カリウム、キシレンスルホン酸カリウム、ナフタレンスルホン酸ナトリウム、ナフタレンジスルホン酸ナトリウム等の芳香族スルホン酸塩等が挙げられる。
【0019】
ホスホン酸塩系化合物としては、フェニルホスホン酸マンガン(PPA-Mn)、フェニルホスホン酸マグネシウム、フェニルホスホン酸カルシウム、フェニルホスホン酸バリウム、フェニルホスホン酸鉄、フェニルホスホン酸コバルト、フェニルホスホン酸ニッケル、フェニルホスホン酸銅、フェニルホスホン酸亜鉛、フェニルホスホン酸ナトリウム、フェニルホスホン酸カリウム等のフェニルホスホン酸塩等が挙げられる。
これらの中でも、結晶核剤の除去後にPVDF膜への導電性成分の残存を抑える観点から、種々PVDF溶剤への溶解性が低く結晶性の高い化合物として、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム、フェニルホスホン酸マンガンが特に好ましい。
【0020】
これらのうち、核剤としては、硫酸塩、スルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩及びフェニルホスホン酸塩が好ましい。
【0021】
前記核剤の使用量は、PVDF100質量部に対し、高いβ晶化率を有するPVDF膜を得る観点から、0.1~15質量部が好ましく、0.1~10質量部がより好ましい。更に、得られるPVDF膜の導電性を考慮すると、0.1~5質量部がより一層好ましく、0.1~3質量部が更に好ましい。前記核剤は、1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。なお、核剤として水和物を使用する場合、その配合量は、水和水を含む質量で表すものとする。
【0022】
また、本発明の膜形成用組成物は、必要に応じて、増粘剤、可塑剤、界面活性剤及び難燃剤等の他の添加剤を含んでもよい。
【0023】
本発明の組成物は、PVDFと、溶媒と、前記溶媒に不溶な、硫酸塩系化合物及びスルホン酸塩系化合物から選ばれる少なくとも1種の核剤と、必要に応じて他の添加剤とを含む溶液を、室温で1~60分間攪拌後、濾過して前記結晶核剤を除去することで製造することができる。本発明における好適な製造方法としては、例えば、以下に示す方法を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
(1)PVDFを溶剤中で加熱攪拌してPVDFを含む溶液を調製する第1工程と、前記第1工程で得られた溶液に核剤を加えた後、室温で1~60分間攪拌する第2工程と、前記第2工程で得られた溶液を濾過して前記核剤を除去する第3工程とを含む方法
(2)PVDF及び核剤を溶剤中で加熱撹拌してPVDF及び核剤を含む溶液を調製する第1工程と、前記第1工程で得られた溶液を室温で1~60分間撹拌する第2工程と、前記第2工程で得られた溶液を濾過して前記核剤を除去する第3工程とを含む方法
【0024】
第1工程における加熱温度は、PVDF、溶剤、必要に応じて含まれる核剤及び他の添加剤の熱劣化を抑制しつつPVDFを十分に溶解させる観点から、30~150℃が好ましく、30~100℃がより好ましい。加熱時間も前述の点から、5~300分間が好ましく、5~60分間がより好ましい。
【0025】
第2工程は、前記第1工程で得られたPVDF溶液を室温で1~60分間撹拌する工程であるが、溶液中でPVDFと核剤とを室温で接触させて、PVDFのβ晶化を促進させるためのものである。
【0026】
第3工程は、第2工程で得られたPVDF溶液を濾過して、溶液から核剤を除去する工程である。溶液の濾過には、公知の濾過方法を採用することができ、例えば、自然濾過、減圧濾過、加圧濾過、遠心濾過、限外濾過を用いることができる。本発明では、操作が容易であることから、シリンジフィルターを用いた加圧濾過を好適に採用し得る。
【0027】
本発明では、第1工程においてPVDFを十分に溶解させる観点から、第2工程で核剤を混合する(1)の方法を好適に採用し得る。また、他の添加剤については、核剤とともに混合してもよいし、異なるタイミングで混合してもよい。
【0028】
前記製造方法のより好ましい態様としては、PVDFを溶剤中、50℃で30分間攪拌して溶解させ、冷却した後、得られたPVDF溶液に核剤を加え、室温で60分間攪拌した後、濾過して前記核剤を除去する方法を挙げることができるが、これに限定されるものではない。濾過後のPVDF溶液中における核剤の含有量は、濾過前のPVDF溶液に添加した核剤成分量に対し、質量比で好ましくは1/10以下、より好ましくは1/20以下であり、かつ溶解しているPVDF樹脂100質量部に対し、好ましくは0.5質量部以下、より好ましくは0.2質量部以下、さらに好ましくは0.1質量部以下である。濾過前の核剤含有量が多い程、PVDFのβ晶化を十分に促進することができる一方で、濾過後のPVDF溶液中の核剤含有量が少ないほど、得られる膜の導電性を低く抑えることができる。
【0029】
[PVDF膜]
本発明の組成物を用いることで、β晶化率が高く、導電性成分の残存量が極めて少なく、導電性が低いPVDF膜を製造することができる。
【0030】
本発明の組成物を用いてPVDF膜を形成する場合、公知の方法を採用することができ、溶媒キャスト法、ドクターブレード法、スピンコート法、エレクトロスピニング法、スリットコーター、ロールコーター、インクジェット、ディップコート及びスクリーン印刷等が挙げられる。
【0031】
PVDF膜を製膜する際には、溶剤を留去するための加熱処理を施してもよい。このときの加熱温度は、30~105℃が好ましく、40~100℃がより好ましい。加熱時間は、1~240分間が好ましく、5~180分間がより好ましい。また、このとき、減圧下で熱処理を行ってもよい。この加熱処理によって溶媒が留去されるとともにPVDFの結晶化が進行する。
【0032】
溶媒を留去しPVDF膜を得た後、結晶化を更に促進させるため、さらに熱処理を行ってもよい。このときの加熱温度は、30~120℃が好ましく、50~120℃がより好ましい。
【0033】
前記熱処理で加熱に用いる器具としては、例えば、ホットプレート、オーブン等が挙げられる。加熱雰囲気は、空気下であっても不活性ガス下であってもよく、また、常圧下であっても減圧下であってもよい。
【0034】
PVDF膜の厚さは、通常50nm~50μm程度、好ましくは100nm~20μm程度、より好ましくは1~10μm程度である。膜厚は、組成物の濃度や成膜条件等を調整することにより、調整することができる。なお、前記膜厚は、マイクロメーターや段差計(微細形状測定機)等により測定することができる。
【0035】
本発明のPVDF膜形成用組成物を用いて得られるPVDF膜の結晶化度は、全PVDF中、30質量%以上が好ましく、40質量%以上がより好ましく、50質量%以上がより一層好ましい。結晶化度が50質量%以上であれば、より優れた強誘電性及び圧電特性が期待される。なお、結晶化度の上限は100質量%であるが、通常60質量%程度である。
【0036】
前記PVDF膜におけるPVDFのβ晶化率は、結晶化したPVDF中、70質量%以上が好ましく、75質量%以上がより好ましい。β晶化率が75質量%以上であれば、より優れた強誘電性及び圧電特性が期待される。なお、β晶化率の上限は100質量%であるが、通常90質量%程度である。
【0037】
前記PVDF膜は、周波数1Hzにおける誘電正接tanδが、好ましくは0.20以下、より好ましくは0.15以下、より一層好ましくは0.10以下である。
【実施例】
【0038】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記実施例に限定されない。なお、使用した装置及び原料は、以下のとおりである。
【0039】
[装置]
(1)フーリエ変換赤外分光光度計:(株)島津製作所製IRPrestige-21、試料室一体型1回反射型全反射測定装置MIRacle 10
(2)インピーダンスアナライザ:Solartron Analytical製SI1260
(3)膜厚測定:(株)ミツトヨ製、MDC―25MX
【0040】
[原料]
PVDF:(株)クレハ製KFポリマー#850
PSSA-Na:ポリスチレンスルホン酸ナトリウム、Aldrich社製、Mw:~1,000,000
PPA-Mn:フェニルホスホン酸マンガン一水和物
PAA-Na:ポリアクリル酸ナトリウム、Aldrich社製、Mw:2,200~70,000
TDS-Na:テトラデシル硫酸ナトリウム、富士フイルム和光純薬(株)製
DMF:純正化学(株)製
アセトン:純正化学(株)製
【0041】
[合成例1]PPA-Mnの合成
撹拌機を備えたガラス製反応容器内にフェニルホスホン酸79.0g(0.5mol、日産化学(株)製)を入れ、水434gを加え室温で攪拌することで溶解させた。この溶液に10質量%の水酸化ナトリウム溶液420g(水酸化ナトリウム:1.05mol、富士フイルム和光純薬(株)製)を加えた後、10質量%の塩化マンガン四水和物溶液990g(塩化マンガン四水和物:0.5mol、富士フイルム和光純薬(株)製)を加え、室温で1時間攪拌した。この懸濁液を濾過した後、110℃で6時間乾燥させることでフェニルホスホン酸マンガン一水和物の粉末を得た。
【0042】
[実施例1-1~1-5、比較例1-1~1-10]
PVDF樹脂100質量部をDMF1,900質量部に加えた後、50℃で30分間攪拌して溶解させたPVDFの均一溶液を得た。次に、下記表1に示した核剤をこの溶液に加え、室温で60分間撹拌し、PVDF膜形成用組成物を調製した。なお、実施例1-1~1-5及び比較例1-6~1-10の組成物は、室温で60分間撹拌した後、細孔径5μmのシリンジフィルターでろ過した。
各組成物をそれぞれ直径85mmのガラスシャーレに5mL滴下し、均一に広げた。次に、シャーレを真空乾燥オーブン中に入れ、50℃で3時間減圧乾燥することで溶媒を除去し、膜厚約20μmのPVDF膜を作製した。得られたPVDF膜について、以下の方法で、β晶化率、比誘電率及び誘電正接(tanδ)を求めた。
【0043】
[実施例2-1、比較例2-1及び2-2]
PVDF樹脂100質量部をDMF950質量部及びアセトン950質量部の混合溶媒に加えた後、50℃で30分間攪拌してPVDFの均一溶液を得た。次に、下記表2に示した核剤をこの溶液に加え、室温で1時間攪拌し、PVDF膜形成用組成物を調製した。なお、実施例2-1及び比較例2-1の組成物は、室温で1時間攪拌した後、細孔径5μmのシリンジフィルターでろ過した。
各組成物をそれぞれ直径85mmのガラスシャーレに5mL滴下し、均一に広げた。次に、シャーレを真空乾燥オーブン中に入れ、30℃で4時間減圧乾燥することで溶媒を除去し、膜厚約20μmのPVDF膜を作製した。得られたPVDF膜について、以下の方法で、β晶化率、比誘電率及び誘電正接(tanδ)を求めた。
【0044】
[PVDFのβ晶化率の評価]
前記で得られたPVDF膜について、フーリエ変換赤外分光光度計を用い、測定範囲:700-950cm
-1、スキャン回数:16回、分解能:1cm
-1の条件下で測定対象物の厚み方向の吸光度を測定し、次の式を用いてβ晶化率(F(β))を求めた。ここで、
A
α:761cm
-1での吸光度
A
β:840cm
-1での吸光度
K
α:761cm
-1での吸光係数(6.1×10
4cm
2 mol
-1)
K
β:840cm
-1での吸光係数(7.7×10
4cm
2 mol
-1)
を用いた。
【数1】
【0045】
[誘電率の測定]
得られた各PVDF膜の裏表面に長さ12mm、幅5mmのAg電極を真空蒸着により形成した後、アルミリード線をAgペーストDOTITE D-500(藤倉化成(株))で固定し、測定用試料とした。この際、両面の電極は、長さ方向で両面が重なる部分が8mmとなるように形成した。測定用試料について、インピーダンスアナライザを用いて誘電率測定を行った。測定は、1Vの交流電圧を印可し、23℃で、0.1Hzから1,000,000Hzまでの範囲で実施し、得られた測定値から比誘電率及び周波数1Hzにおけるtanδを求めた。測定値から比誘電率を求めるための真空の誘電率は、8.854×10-12F/mとした。
【0046】
誘電率測定で得られるパラメータのうち、tanδは、膜の容量性の大きさを示すε'rに対する導電性の大きさを示すε''rの比(ε''r/ε'r)であり、tanδが小さいほど膜の導電性が低く圧電材料としての性能が高いとともに、高電圧を印可するポーリング処理における耐電圧が高く絶縁破壊を起こしにくいことを示す。
結果を表1及び表2に示す。
【0047】
【0048】