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  • 特許-絶縁電線 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】絶縁電線
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/02 20060101AFI20240903BHJP
   C08G 73/10 20060101ALI20240903BHJP
【FI】
H01B7/02 A
C08G73/10
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021052721
(22)【出願日】2021-03-26
(65)【公開番号】P2022150223
(43)【公開日】2022-10-07
【審査請求日】2023-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(72)【発明者】
【氏名】本田 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】長山 秀寿
【審査官】北嶋 賢二
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-131423(JP,A)
【文献】特開2013-33727(JP,A)
【文献】特開2012-233123(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/02
C08G 73/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、
前記導体に直接接触して設けられ、熱硬化性のポリイミド樹脂からなる第1絶縁層と、
前記第1絶縁層の外周に前記第1絶縁層に直接接触して設けられ、イミド基濃度が前記第1絶縁層の前記ポリイミド樹脂より大きい熱硬化性のポリイミド樹脂からなる第2絶縁層と、
を備え、
前記第1絶縁層の厚さd1と前記第2絶縁層の厚さd2との比である「d2/d1」が10以上であり、
前記第1絶縁層と前記第2絶縁層とを接触させた状態で前記第1絶縁層および前記第2絶縁層を前記導体から引き剥がすときの引き剥がし強度が1.0N/mmより大きい、
絶縁電線。
【請求項2】
前記第1絶縁層は、前記導体との密着性を向上させるための添加剤が添加されていない熱硬化性のポリイミド樹脂からなる、
請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記第1絶縁層の厚さが10μm未満であり、前記第1絶縁層と前記第2絶縁層との合計の厚さが100μm以上である、
請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
前記第1絶縁層を構成する熱硬化性のポリイミド樹脂は、イミド基濃度が28%以上33%以下であり、前記第2絶縁層を構成する熱硬化性のポリイミド樹脂は、イミド基濃度が34%以上37%以下である、
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項5】
前記ポリイミド樹脂は、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミン化合物とが重合されたポリアミック酸がイミド化されたものからなり、前記芳香族ジアミン化合物が4,4’-ジアミノジフェニルエーテル、2,2-ビス〔4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕プロパン、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼンおよび4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニルから選ばれる少なくとも1種の化合物を含む、
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の絶縁電線として、例えば、密着性を向上させる添加剤が添加された熱硬化性のポリイミド樹脂からなる密着層を導体に直接接触させて設け、当該密着層の外周に、30μm以上の厚さを有し、熱硬化性のポリイミド樹脂からなる絶縁層を密着層に直接接触させて設けた絶縁電線が提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-107701号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般に、密着性を向上させる添加剤が添加された密着層は、絶縁層よりも耐熱性が低くなる傾向がある。例えば、特許文献1で提案されている絶縁電線では、密着性を向上させる添加剤としてトリアルキルアミン、アルコキシ化メラミン樹脂、チオール系化合物が添加されている。このような添加剤は、絶縁層を構成する熱硬化性のポリイミド樹脂よりも耐熱性が低くなる。このため、密着性を向上させる添加剤が添加された密着層では、耐熱性が低下してしまうおそれがある。
【0005】
そこで、本発明は、密着性を向上させる添加剤が添加された密着層を設けずに、導体と絶縁層との密着性を高めることが可能な絶縁電線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決することを目的として、導体と、前記導体に直接接触して設けられ、熱硬化性のポリイミド樹脂からなる第1絶縁層と、前記第1絶縁層の外周に前記第1絶縁層に直接接触して設けられ、イミド基濃度が前記第1絶縁層の前記ポリイミド樹脂より大きい熱硬化性のポリイミド樹脂からなる第2絶縁層と、を備え、前記第1絶縁層の厚さd1と前記第2絶縁層の厚さd2との比である「d2/d1」が10以上であり、前記第1絶縁層と前記第2絶縁層とを接触させた状態で前記第1絶縁層および前記第2絶縁層を前記導体から引き剥がすときの引き剥がし強度が1.0N/mmより大きい、絶縁電線を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、密着性を向上させる添加剤が添加された密着層を設けずに、導体と絶縁層との密着性を高めることが可能な絶縁電線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の一実施の形態に係る絶縁電線の長手方向に垂直な断面を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[実施の形態]
以下、本発明の実施の形態を添付図面にしたがって説明する。
【0010】
〔本発明者等が新規に見出した知見〕
本実施の形態に係る絶縁電線は、例えば、モーターやトランス等のコイルとして、ハイブリッド自動車(HV)や電気自動車(EV)の駆動モーターの限られたスペース内に配線される。このような限られたスペース内に絶縁電線を配線するために、絶縁電線には特殊な加工が施されるが、当該加工によって絶縁層へのダメージが少ないことが望まれる。本発明者等は、絶縁層へのダメージの少なさと、導体および絶縁層の間の密着性との関係に着目し、絶縁電線における絶縁層の全周に切れ込みを入れたあとに絶縁電線を30%伸長したときの浮き長さが小さいことを、特殊な加工による絶縁層へのダメージの少なさの指標として用い、所定の層構造からなる絶縁層の引き剥がし強度を向上させることで、上述の浮き長さが小さくなることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。
【0011】
〔絶縁電線〕
図1は、本実施の形態に係る絶縁電線の長手方向に垂直な断面を示す断面図である。図1に示す絶縁電線1は、例えば、回転電機、各種電気・電子機器など、電気特性(耐電圧性)や耐熱性を必要とする分野のコイル、特に、モーターやトランス等のコイルとして、ハイブリッド自動車(HV)や電気自動車(EV)の駆動モーター用のコイルとして用いられるものである。
【0012】
絶縁電線1は、導体2と、導体2に直接接触して設けられた第1絶縁層3と、第1絶縁層3の外周に第1絶縁層3に直接接触して設けられた第2絶縁層4と、を備える。
【0013】
(導体2)
導体2は、金属製の導線である。導体2に用いられる金属としては、例えば、銅、銅を含む銅合金、アルミニウム又はアルミニウムを含むアルミニウム合金が用いられる。また、導体2としては、例えば、酸素含有量が30ppm以下の低酸素銅、又は無酸素銅が用いられてもよい。
【0014】
導体2の断面形状は、用途に応じて適宜変更することが可能であり、例えば、丸、平角(矩形)などのいずれかの形状からなる断面形状とすることができる。特に、導体2の断面形状が平角形状であると、回転電機のような用途において、ステータスロット内における導体2の占有率を高くすることができる。
【0015】
導体2の大きさは、用途に応じて適宜変更することが可能であり、導体2の断面形状が丸形状の場合では、直径で0.1mm以上5.0mm以下であることが好ましい。また、導体2の断面形状が平角形状の場合では、幅(長辺)方向における一辺の長さは、1.0mm以上5.0mm以下であることが好ましく、3.0mm以上4.0mm以下であることがより好ましい。一方、厚み(短辺)方向における一辺の長さは、1.0mm以上3.0mm以下であることが好ましく、1.5mm以上2.5mm以下であることがより好ましい。ただし、本発明の効果が得られる導体2の大きさの範囲は、この限りではない。
【0016】
導体2の断面形状が平角形状である場合は、その平角形状が長方形であるとよい。特に、平角形状の導体断面の4隅の面取り(曲率半径r)は、0.2mm以下0.6mm以下であることが好ましい。これにより、用途が回転電機の場合において、ステータスロット内での導体占有率を高めることと、4隅への電界集中による部分放電現象を抑制することと、を両立させることができる。
【0017】
(第1絶縁層3)
第1絶縁層3は、導体2の外周に導体2に直接接して設けられる。第1絶縁層3は、導体との密着性を向上させるための添加剤(例えば、トリアルキルアミン、アルコキシ化メラミン樹脂、チオール系化合物など)が添加されていない熱硬化性樹脂からなる。この第1絶縁層3は、熱硬化性樹脂の前駆体を含む絶縁塗料を導体2の外周に塗布し、焼付ける塗布・焼付け工程を繰り返して行うことにより、所定の厚みを有して形成される。第1絶縁層3の厚さd1は、第2絶縁層4の厚さd2の1/10以下の厚さであることがよい。より具体的には、第1絶縁層3の厚さは、例えば、1μm以上10μm未満であることが好ましく、3μm以上9μm以下であることがより好ましい。第1絶縁層3は、このような厚さで設けられていることにより、後述する引き剥がし強度を所望の範囲にすることができるため、導体2の外周に密着層を設けることをせずに、導体2と第1絶縁層3との間の密着性を高めることができる。
【0018】
第1絶縁層3を構成する熱硬化性樹脂としては、熱硬化性のポリイミド樹脂が好適に用いられる。熱硬化性のポリイミド樹脂は、芳香族ジアミン化合物と芳香族テトラカルボン酸二無水物とを重合して得られたポリアミック酸をイミド化することで得られる。すなわち、第1絶縁層3は、ポリアミック酸(ポリイミド樹脂の前駆体)と溶剤とを含む絶縁塗料を、導体2の外周に塗布し、焼付ける塗布・焼付け工程を繰り返して行うことにより、所定の厚みを有して形成される。
【0019】
熱硬化性のポリイミド樹脂を構成する芳香族ジアミン化合物としては、例えば、4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(4,4’-ODA)、3,3’-ジアミノジフェニルエーテル(3,3’-ODA)、2,2-ビス〔4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕プロパン(BAPP)、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン(p-TPE)、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン(m-TPE)、4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル(BAPB)および9,9’-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン(FDA)が用いられる。
【0020】
熱硬化性のポリイミド樹脂を構成する芳香族テトラカルボン酸二無水物としては、例えば、3,3’,4,4’-ビフェニル芳香族テトラカルボン酸二無水物(BPDA)、3,3’,4,4’-ベンゾフェノン芳香族テトラカルボン酸二無水物(BTDA)、3,3’,4,4’-ビフェニルエーテル芳香族テトラカルボン酸二無水物(OPDA)、3,3’,4,4’-ジフェニルスルホン芳香族テトラカルボン酸二無水物(DSDA)、ビシクロ(2,2,2)-オクト-7-エン-2,3,5,6-芳香族テトラカルボン酸二無水物(BCD)、1,2,4,5-シクロヘキサン芳香族テトラカルボン酸二無水物(H-PMDA)、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、2,2-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン二無水物(6FDA)、5-(2,5-ジオキソテトラヒドロフリル)-3-メチル-3-シクロヘキセン-1,2-ジカルボン酸無水物(CP)、4,4’-[プロパン-2,2-ジイルビス(1,4-フェニレンオキシ)]ジフタル酸二無水物(BISDA)、4,4’-オキシジフタル酸無水物(ODPA)が用いられる。
【0021】
絶縁塗料を構成する溶剤としては、N-メチルピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)及びN,N-ジメチルスルホキシド(DMF)等の極性非プロトン性溶媒の溶剤、γ―ブチロラクトン、ジメチルイミダゾリジノン(DMI)、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノン、炭化水素系などの溶剤が用いられる。なお、これらの溶剤のうち、複数の溶剤を併用してもよい。
【0022】
第1絶縁層3を構成する熱硬化性のポリイミド樹脂は、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミン化合物との配合モル比が、例えば、100:100以上100:100.7以下の範囲で配合されたポリアミック酸がイミド化されたものからなるとよい。また、反対に、芳香族テトラカルボン酸二無水物が芳香族ジアミン化合物に対して過剰に配合されていてもよい。このような配合モル比で配合されたポリイミドによれば、分子量を小さくすることができ、塗料の粘度を小さくすることができる。これにより、第1絶縁層3を導体2に直接接触させて形成するときに、絶縁塗料を塗布する作業の作業性を向上させることができる。
【0023】
第1絶縁層3を形成するための絶縁塗料は、ポリアミック酸の特性を損ねない程度の温度で合成される。具体的な温度としては、例えば0℃から100℃までの温度であるとよい。また、第1絶縁層3を形成するための絶縁塗料を合成した後、例えば50℃から100℃までの温度に加温した状態で攪拌することにより、第1絶縁層3を形成する絶縁塗料の粘度が調整されるとよい。
【0024】
(第2絶縁層4)
第2絶縁層4は、第1絶縁層3の外周に第1絶縁層3に直接接して設けられる。第2絶縁層4は、第1絶縁層3と同様に、熱硬化性樹脂からなる熱硬化性樹脂層である。この第2絶縁層4は、熱硬化性樹脂の前駆体を含む絶縁塗料を第1絶縁層3の外周に塗布し、焼付ける塗布・焼付け工程を繰り返して行うことにより、所定の厚みを有して形成される。第2絶縁層4の厚さd2は、第1絶縁層3の厚さd1の10倍以上の厚さであるとよい。すなわち、第1絶縁層3の厚さd1と第2絶縁層4の厚さd2との比である「d2/d1」が10以上であるとよい。より具体的には、第2絶縁層4の厚さは、例えば、100μm以上200μm以下であることが好ましく、110μm以上150μm以下であることがより好ましい。第2絶縁層4および第2絶縁層3は、このような厚さで設けられていることにより、第1絶縁層3と第2絶縁層4とが接触した状態で第1絶縁層3および第2絶縁層4を導体から引き剥がすときに、第2絶縁層4が第1絶縁層3の外面(第2絶縁層4と接触する面)から剥離しにくい。そのため、後述する引き剥がし強度を所望の範囲にすることができ、導体2の外周に密着層を設けることをせずに、導体2と第1絶縁層3との間の密着性を高めることができる。なお、第2絶縁層4の厚さと第1絶縁層3の厚さとを合計した厚さは、例えば、105μm以上210μm以下であるとよい。また、第1絶縁層3の厚さが10μm未満であると、第1絶縁層3と第2絶縁層4とからなる絶縁層において、相対的に第2絶縁層4の厚さが厚くなるので、絶縁層の耐熱性や絶縁性能が低下することを抑制することができる。
【0025】
第2絶縁層4を構成する熱硬化性樹脂としては、第1絶縁層3と同様に、熱硬化性のポリイミド樹脂が好適に用いられる。熱硬化性のポリイミド樹脂としては、芳香族ジアミン化合物と芳香族テトラカルボン酸二無水物とを重合して得られたポリアミック酸をイミド化することで得られる。すなわち、第2絶縁層4は、ポリアミック酸(ポリイミド樹脂の前駆体)と溶剤とを含む絶縁塗料を、第1絶縁層3の外周に塗布し、焼付ける塗布・焼付け工程を繰り返して行うことにより、上述した所定の厚みを有して形成される。
【0026】
第2絶縁層4において、熱硬化性のポリイミド樹脂を構成する芳香族ジアミン化合物および芳香族テトラカルボン酸二無水物としては、第1絶縁層3の説明で挙げた芳香族ジアミン化合物および芳香族テトラカルボン酸二無水物から選択して用いることができる。また、絶縁塗料に含まれる溶剤についても、第1絶縁層3の説明で挙げた溶剤と同様の溶剤から選択して用いることができる。
【0027】
本実施の形態の絶縁電線1において、第2絶縁層4は、イミド基濃度が第1絶縁層3よりも大きい熱硬化性のポリイミド樹脂で構成される。具体的には、第2絶縁層4は、イミド基濃度が34%以上37%以下である熱硬化性のポリイミド樹脂からなり、第1絶縁層3は、イミド基濃度が28%以上33%以下である熱硬化性のポリイミド樹脂からなる。本実施の形態の絶縁電線1において、上述したイミド基濃度を有する熱硬化性のポリイミド樹脂で構成された第1絶縁層3および第2絶縁層4を積層させることは、第2絶縁層4と第1絶縁層3との間の密着を高めることに有効である。そして、第1絶縁層3と第2絶縁層4とが接触した状態で第1絶縁層3および第2絶縁層4を導体から引き剥がすときに、第2絶縁層4が第1絶縁層3の外面(第2絶縁層4と接触する面)から剥離しにくくなる。
【0028】
第2絶縁層4および第1絶縁層3において、上述したイミド基濃度を有する熱硬化性のポリイミド樹脂としては、芳香族ジアミン化合物が、4,4’-ジアミノジフェニルエーテル、2,2-ビス〔4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕プロパン、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼンおよび4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニルから選ばれる少なくとも1種で構成され、芳香族芳香族テトラカルボン酸二無水物が、ピロメリット酸二無水物、4,4’-オキシジフタル酸二無水物および3,3’,4,4’-ベンゾフェノン芳香族テトラカルボン酸二無水物から選ばれる少なくとも1種で構成されるとよい。
【0029】
なお、上述の「イミド基濃度」とは、ポリアミック酸をイミド化させたあとのポリイミド樹脂において、芳香族芳香族テトラカルボン酸二無水物に由来する構造単位と芳香族ジアミン化合物に由来する構造単位とからなる繰り返しユニット中のイミド基の含有割合(質量基準)を指し、以下の式で算出される値である。
イミド基濃度(%)=(繰り返しユニット中のイミド基を構成する原子の合計原子量)/(繰り返しユニットを構成する原子の合計原子量)×100
【0030】
また、第2絶縁層4は、第1絶縁層3よりも伸び率が小さい熱硬化性のポリイミド樹脂で構成されているとよい。すなわち、第1絶縁層3を構成する熱硬化性のポリイミド樹脂は、第2絶縁層4を構成する熱硬化性のポリイミド樹脂よりも伸び率が大きい。第2絶縁層4および第1絶縁層3は、このような伸び率を有する熱硬化性のポリイミド樹脂で構成されていると、第1絶縁層3と第2絶縁層4とが接触した状態で第1絶縁層3および第2絶縁層4を導体から引き剥がすときに、第2絶縁層4が第1絶縁層3の外面(第2絶縁層4と接触する第1絶縁層3の面)から剥離しにくくなる効果が得られる。例えば、第1絶縁層3を構成する熱硬化性のポリイミド樹脂の伸び率が100%以上であり、第2絶縁層4を構成する熱硬化性のポリイミド樹脂の伸び率が100%未満とすることができる。ただし、第1絶縁層3および第2絶縁層4のそれぞれを構成する熱硬化性のポリイミド樹脂の伸び率は、これに限定されるものではなく、第1の絶縁層3の方が第2絶縁層4よりも伸び率が大きい熱硬化性のポリイミド樹脂で構成されていればよい。
【0031】
なお、上述の「伸び率」は、直線状の試験片において、当該試験片の各々の端部を把持しながら、導体が破断するまで試験片の長手方向へ伸長し,導体が破断したときの絶縁層の長さを測定し、測定して得られた長さを初期の長さ(伸長前の絶縁層の長さ)で除することにより求められる。試験片を伸長するときの標線間距離は250mmであり、試験片を伸長するときの引張速度は5mm/秒である。
【0032】
(引き剥がし強度)
本実施の形態の絶縁電線1では、第1絶縁層3と第2絶縁層4とを接触させた状態で第1絶縁層3および第2絶縁層4を導体2から引き剥がすときの引き剥がし強度が1.0N/mmより大きい。より好ましくは、1.0N/mmより大きく4.0N/mm以下である。本実施の形態の絶縁電線1では、このような引き剥がし強度を有することにより、絶縁電線1において、第1絶縁層3および第2絶縁層4からなる絶縁層の全周に切れ込みを入れたあとに、絶縁電線を30%伸長したときに生じる絶縁層の浮き長さを小さくすることができる。これにより、ハイブリッド自動車(HV)や電気自動車(EV)の駆動モーターに組み込まれるコイルとして絶縁電線1を使用する際に、当該絶縁電線1に特殊な加工が施される場合であっても、当該加工によって絶縁層へのダメージを少なくすることができる。
【0033】
なお、上述の「引き剥がし強度」とは、90°ピール強度を指し、以下の測定方法によって測定される値である。
引き剥がし強度は、実施例および比較例の各絶縁電線において、カッターを用いて絶縁電線の長手方向へ導体に到達する切り込みを1mm幅で入れたあと、当該切り込みの端部を剥離し、引張試験機(島津製作所製、装置名「オートグラフAGS-X」)にセットし、5mm/minの引張速度で剥離部分を上方へ引き剥がした(絶縁電線の長手方向に対する角度が90°となるように引き剥がした)ときの測定値を読み取る。
【0034】
(他の層)
本実施の形態の絶縁電線では、第2絶縁層4の外周に、熱可塑性樹脂からなる第3絶縁層が設けられていてもよい。第3絶縁層を構成する熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリスルホン(PSF)、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)などの樹脂が用いられる。これらの熱可塑性樹脂のうち、第2絶縁層との密着性を高める観点からは、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)から選ばれる少なくとも1種の樹脂からなることが好ましい。
【0035】
また、本実施の形態の絶縁電線では、第2絶縁層4の外周に、最外層として、潤滑層や融着層が設けられていてもよい。潤滑層としては、例えば、潤滑油を第2絶縁層4の外面に塗布することで形成される。潤滑油を塗布して形成する以外には、例えば、ポリアミドイミド樹脂やポリイミド樹脂などからなる熱硬化性樹脂の前駆体と潤滑剤とが含まれた潤滑性塗料を第2絶縁層4の外面に塗布し、焼付けすることによって潤滑層を形成することも可能である。また、融着層としては、フェノキシ樹脂などからなる融着性樹脂を用いて第2絶縁層4の外周に設けることができる。
【0036】
〔絶縁電線の製造方法〕
本実施の形態の絶縁電線の製造方法では、塗布装置を用いて導体の外周に上述した絶縁塗料を塗布する塗布工程(第1塗布工程)と、塗布された絶縁塗料を焼付けする(硬化させる)焼付工程(第1焼付工程)と、を1回または複数回繰り返すことで所望の厚さを有する第1絶縁層を形成する。さらに、第1絶縁層の形成と同様に、塗布装置を用いて第1絶縁層の外周に上述した絶縁塗料を塗布する塗布工程(第2焼付工程)と、塗布された絶縁塗料を焼付けする(硬化させる)焼付工程(第2焼付工程)と、を複数回繰り返すことで所望の厚さを有する第2絶縁層を形成する。なお、上述した第1絶縁層および第2絶縁層を形成するときの焼付工程において、塗布された絶縁塗料を焼付けるときの温度としては、例えば、500℃以上600℃以下であり、塗布された絶縁塗料を焼付けるときの速度としては、例えば、10m/min以上20m/min以下であるとよい。これにより、上述した密着性等の特性を有する第1絶縁層および第2絶縁層が得られやすくなる。
【0037】
なお、必要に応じて、第2絶縁層の外周に、熱可塑性樹脂を含む組成物を、押出成形して、熱可塑性樹脂層を形成してもよい。
【0038】
(特性の評価)
次に、図1に示す絶縁電線1が有する特性について評価した結果を説明する。
実施例の絶縁電線1では、厚さ方向の一辺の長さが約2.0mmであり、幅方向の一辺の長さが約3.5mmであり、4角の面取り(曲率半径r)が約0.3mmである断面形状が平角形状の導体を用いた。この導体の外周に、4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニルおよび4,4’-ジアミノジフェニルエーテルからなる芳香族ジアミン化合物とピロメリット酸二無水物および3,3’,4,4’-ビフェニル芳香族テトラカルボン酸二無水物からなる芳香族テトラカルボン酸二無水物とを重合して得られたポリアミック酸を含む絶縁塗料を塗布し、焼付けすることにより、熱硬化性のポリイミド樹脂からなる第1絶縁層(厚さ:約8μm)を設けた。さらに、第1絶縁層の外周に、4,4’-ジアミノジフェニルエーテルからなる芳香族ジアミン化合物とピロメリット酸二無水物からなる芳香族テトラカルボン酸二無水物とを重合して得られたポリアミック酸を含む絶縁塗料を塗布し、焼付けすることにより、熱硬化性のポリイミド樹脂からなる第2絶縁層(厚さ:約120μm)を設けた。このとき、第1絶縁層のイミド基濃度は、約32.6%であり、第2絶縁層のイミド基濃度は、約36.6%であった。また、比較例の絶縁電線は、導体と直接接触する第1絶縁層を設けずに、上記第2絶縁層と同様の絶縁層(すなわち、導体にイミド基濃度が第1絶縁層のポリイミド樹脂より大きい熱硬化性のポリイミド樹脂からなる絶縁層)を、導体に直接接触して設けたものとした。
【0039】
表1は、実施例の絶縁電線1および比較例の絶縁電線が有する特性を示す。
【0040】
【表1】
【0041】
(引き剥がし強度)
引き剥がし強度は、実施例および比較例の各絶縁電線において、カッターを用いて絶縁電線の長手方向へ導体に到達する切り込みを1mm幅で入れたあと、当該切り込みの端部を剥離し、引張試験機(島津製作所製、装置名「オートグラフAGS-X」)にセットし、5mm/minの引張速度で剥離部分を上方へ引き剥がした(絶縁電線の長手方向に対する角度が90°となるように引き剥がした)ときの測定値を読み取った。
【0042】
(浮き長さ)
浮き長さは、得られた絶縁電線における絶縁層の全周に切れ込みを入れたあと、切れ込みが入った状態で絶縁電線を30%伸長したときに、導体の表面から絶縁層が浮いた部分の長さを、導体の長手方向に沿って測定した。
【0043】
(伸び率)
伸び率は、直線状の絶縁電線において、当該絶縁電線の各々の端部を把持しながら、導体が破断するまで絶縁電線の長手方向へ伸長し、導体が破断したときの絶縁層の長さを測定した。そして、破断したときの絶縁層の長さを、初期の長さ(伸長前の絶縁層の長さ)で除した値を算出し、この値を伸び率とした。なお、絶縁電線を伸長するときの標線間距離を250mmとし、絶縁電線を伸長するときの引張速度を5mm/秒とした。
【0044】
(可とう性)
可とう性は、30%伸長法、エッジワイズ曲げおよびフラットワイズ曲げで評価し、これらの3つの評価が全て「〇」(絶縁層に導体が見える亀裂が生じていない場合)であるものを合格とした。
30%伸長法は、得られた絶縁電線から標線間距離を250mmとした試験片を採取し、当該試験片を、試験片の長手方向に対して1分間当たり300mm以下の引張速度で伸長する。このとき、初期の長さ(伸長前の長さ)に対する伸長後の長さの比率が30%となる値まで伸長したときに、絶縁層に導体が見える亀裂が生じているか否かを目視で調べた。
エッジワイズ曲げは、得られた絶縁電線に対して、導体の厚さ方向を軸に規定の径の治具(外径が導体の幅の4倍の大きさであるマンドレル)の外周に沿って180度曲げを行った。このとき、絶縁層に導体が見える亀裂が生じているか否かを目視で調べた。
フラットワイズ曲げは、得られた絶縁電線に対して、導体の幅方向を軸に規定の径の治具(外径が導体の厚さの3倍の大きさであるマンドレル)の外周に沿って180度曲げを行った。このとき、絶縁層に導体が見える亀裂が生じているか否かを目視で調べた。
【0045】
実施例の絶縁電線1では、表1に示すように、引き剥がし強度が1.0N/mmより大きく、浮き長さが1.0mmよりも小さい。一方、比較例の絶縁電線では、引き剥がし強度が1.0N/mmよりも小さく、浮き長さが4.0mmより大きい。この結果から、実施例の絶縁電線1では、引き剥がし強度が大きいことにより、浮き長さが小さくなった(浮き長さが短くなった)と推察される。すなわち、実施例の絶縁電線1では、引き剥がし強度が大きいことにより、密着性を向上させる添加剤が添加された密着層を設けずに、導体と絶縁層との密着性を高めることができる。また、実施例の絶縁電線1では、第1絶縁層と第2絶縁層との間での剥離も生じにくい。さらに、実施例の絶縁電線1では、表1に示すように、比較例の絶縁電線と同等の伸び率や可とう性を有する。すなわち、実施例の絶縁電線1では、伸び率や可とう性を低下させずに、導体と絶縁層との密着性を高めることができる。
【0046】
(実施の形態のまとめ)
次に、以上説明した実施の形態から把握される技術思想について、実施の形態における符号等を援用して記載する。ただし、以下の記載における各符号等は、特許請求の範囲における構成要素を実施の形態に具体的に示した部材等に限定するものではない。
【0047】
[1]導体(2)と、前記導体(2)に直接接触して設けられ、熱硬化性のポリイミド樹脂からなる第1絶縁層(3)と、前記第1絶縁層(3)の外周に前記第1絶縁層(3)に直接接触して設けられ、イミド基濃度が前記第1絶縁層(3)の前記ポリイミド樹脂より大きい熱硬化性のポリイミド樹脂からなる第2絶縁層(4)と、を備え、前記第1絶縁層(3)の厚さd1と前記第2絶縁層(4)の厚さd2との比である「d2/d1」が10以上であり、前記第1絶縁層(3)と前記第2絶縁層(4)とを接触させた状態で前記第1絶縁層(3)および前記第2絶縁層(4)を前記導体(2)から引き剥がすときの引き剥がし強度が1.0N/mmより大きい、絶縁電線(1)。
【0048】
[2]前記第1絶縁層(3)は、前記導体(2)との密着性を向上させるための添加剤が添加されていない熱硬化性のポリイミド樹脂からなる、[1]に記載の絶縁電線(1)。
【0049】
[3]前記第1絶縁層(3)の厚さが10μm未満であり、前記第1絶縁層(3)と前記第2絶縁層(4)との合計の厚さが100μm以上である、[1]または[2]に記載の絶縁電線(1)。
【0050】
[4]前記第1絶縁層(3)を構成する熱硬化性のポリイミド樹脂は、イミド基濃度が28%以上33%以下であり、前記第2絶縁層(4)を構成する熱硬化性のポリイミド樹脂は、イミド基濃度が34%以上37%以下である、[1]乃至[3]のいずれか1つに記載の絶縁電線(1)。
【0051】
[5]前記ポリイミド樹脂は、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミン化合物とが重合されたポリアミック酸がイミド化されたものからなり、前記芳香族ジアミン化合物が4,4’-ジアミノジフェニルエーテル、2,2-ビス〔4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕プロパン、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼンおよび4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニルから選ばれる少なくとも1種の化合物を含む、[1]乃至[4]のいずれか1つに記載の絶縁電線(1)。
【0052】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上記に記載した実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。また、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変形して実施することが可能である。
【符号の説明】
【0053】
1 絶縁電線
2 導体
3 第1絶縁層
4 第2絶縁層
図1