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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】架橋フッ素樹脂の品質管理方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/207 20180101AFI20240903BHJP
   G01N 23/2055 20180101ALI20240903BHJP
【FI】
G01N23/207
G01N23/2055 320
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023064874
(22)【出願日】2023-04-12
(62)【分割の表示】P 2020010430の分割
【原出願日】2020-01-24
(65)【公開番号】P2023093582
(43)【公開日】2023-07-04
【審査請求日】2023-04-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(72)【発明者】
【氏名】末永 和史
(72)【発明者】
【氏名】平野 光樹
(72)【発明者】
【氏名】木村 健太
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/190597(WO,A1)
【文献】特開2018-171557(JP,A)
【文献】特開平05-092535(JP,A)
【文献】特開2003-253007(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
C08J 3/00 - C08J 3/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
架橋フッ素樹脂の表面を目視して変色の有無を確認する確認工程と、
変色が確認できない前記架橋フッ素樹脂の表面にX線を照射し、回折パターンを測定する測定工程と、
前記回折パターンから求められる格子面間隔の分布差、結晶化度、及び(100)面の配向度の少なくとも1つに基づいて、前記X線が照射された測定領域の品質の合否を判定する合否判定工程と、
を含む、架橋フッ素樹脂の品質管理方法。
【請求項2】
前記合否判定工程において、(100)面の面間隔の分布差が0.0027nm以下、結晶化度が65%以上、及び(100)面の配向度が0.97以上の少なくとも1つを満たす場合に前記測定領域の品質を合格と判定する、
請求項1に記載の架橋フッ素樹脂の品質管理方法。
【請求項3】
前記合否判定工程において不合格と判定された前記測定領域を除去する工程、又は前記架橋フッ素樹脂に熱処理を施し、前記合否判定工程において不合格と判定された前記測定領域の品質を前記合否判定工程において合格と判定される品質まで向上させる工程を含む、
請求項1または2に記載の架橋フッ素樹脂の品質管理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、架橋フッ素樹脂の品質管理方法及び架橋フッ素樹脂に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、放射線を照射することにより改質したフッ素樹脂の成形時の変色を抑える技術が知られている(特許文献1参照)。特許文献1によれば、所定の線量の放射線を照射したフッ素樹脂に50℃以上の熱処理を施すことにより、フッ素樹脂をホットモールディングによって成型するときに生じる変色を防ぎ、フッ素樹脂本来のクリーンなイメージを維持できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2003-253007号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
改質したフッ素樹脂に生じる変色の原因は、放射線の照射により生じる欠陥であると考えられる。しかしながら、目視では、変色の有無は判定できても、変色として現れない微小な領域の欠陥の存在の有無は確認できない。すなわち、特許文献1の技術により得られた変色のないフッ素樹脂には、変色の原因となる欠陥が含まれていて、フッ素樹脂の特性に悪影響を及ぼすおそれがある。
【0005】
本発明の目的は、放射線照射に起因する、架橋フッ素樹脂に存在し得る目視で確認することのできない微小な欠陥の有無を判定することのできる架橋フッ素樹脂の管理方法、及びその管理方法を用いて放射線照射に起因する微小な欠陥を除去した架橋フッ素樹脂を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決することを目的として、架橋フッ素樹脂の表面にX線を照射し、回折パターンを測定する測定工程と、前記回折パターンから求められる格子面間隔の分布差、結晶化度、及び(100)面の配向度の少なくとも1つに基づいて、前記X線が照射された測定領域の品質の合否を判定する合否判定工程と、を含む、架橋フッ素樹脂の品質管理方法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、放射線照射に起因する、架橋フッ素樹脂に存在し得る目視で確認することのできない微小な欠陥の有無を判定することのできる架橋フッ素樹脂の管理方法、及びその管理方法を用いて放射線照射に起因する微小な欠陥を除去した架橋フッ素樹脂を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、電子線の照射により中心近傍にくすみが生じた架橋PTFEの熱処理後の状態を示す写真である。
図2図2は、図1に示される試料1の測定点A、B、及び試料2の測定点Cにレーザーを照射して測定されたラマンスペクトルを示す。
図3図3(a)は、試料1の変色部の境界近傍のおよそ2mm×1.5mmの領域における、ラマン散乱測定により測定された蛍光強度のマッピング像である。図3(b)は、図3(a)のマッピング像の測定点Dと測定点Eにおけるラマンスペクトルである。
図4図4(a)は、試料2の変色部の境界近傍のおよそ2mm×1.5mmの領域における、ラマン散乱測定により測定された蛍光強度のマッピング像である。図4(b)は、図4(a)のマッピング像の測定点Fと測定点Gにおけるラマンスペクトルである。
図5図5(a)、(b)は、それぞれ図3(a)に示される試料1のマッピング領域の光学顕微鏡像と2次元の蛍光強度のマッピング像である。
図6図6(a)、(b)は、それぞれ図4(a)に示される試料2のマッピング領域の光学顕微鏡像と2次元の蛍光強度のマッピング像である。
図7図7(a)、(b)は、それぞれ図1に示される試料1の変色がない外周部と変色した中心部のX線回折パターンである。
図8図8(a)、(b)は、それぞれ図1に示される試料2のいずれも変色がない外周部と中心部のX線回折パターンである。
図9図9(a)、(b)は、それぞれ図7(a)、(b)に示されるX線回折パターンのフィッティング解析により分離された、(100)面の回折ピークと非晶質ピークを示す。
図10図10(a)、(b)は、それぞれ図8(a)、(b)に示されるX線回折パターンのフィッティング解析により分離された、(100)面の回折ピークと非晶質ピークを示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
〔第1の実施の形態〕
(架橋フッ素樹脂の特性)
フッ素樹脂は、放射線を照射して架橋させることにより、その構造を安定化させることができる。しかしながら、フッ素樹脂は放射線に対する耐性が低く、放射線の照射により欠陥が生じて変色する場合がある。この欠陥は、耐摩耗性や変形性などのフッ素樹脂の特性に悪影響を及ぼすおそれがある。以下、放射線の照射により架橋したフッ素樹脂を架橋フッ素樹脂と呼ぶ。
【0010】
上記のフッ素樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、エチレンテトラフルオロエチレン(ETFE)、ポリフルオロアルコキシフッ素樹脂(PFA)、テトラフルオロエチレンヘキサフルオロプロピレンコポリマー(FEP)や、これらの混合物が挙げられる。
【0011】
フッ素樹脂の架橋に用いられる放射線としては、例えば、電子線、γ線、X線、中性子線、高エネルギーイオンなどの電離性放射線を挙げることができる。
【0012】
一方で、放射線の照射により生じたフッ素樹脂の欠陥は、所定の条件下での熱処理をフッ素樹脂に施すことにより回復させることができる。このとき、欠陥により現れる変色が熱処理により消えれば、フッ素樹脂に含まれる欠陥がある程度回復したと判断することができる。しかしながら、熱処理により変色が消えた場合であっても、変色として現れない微小欠陥が残っている場合がある。
【0013】
(架橋フッ素樹脂の品質管理方法)
本実施の形態に係る架橋フッ素樹脂の品質管理方法によれば、ラマン散乱測定を用いて、架橋フッ素樹脂の放射線の照射により生じた欠陥の有無を判定する。ラマン散乱測定においては、架橋フッ素樹脂の表面に照射されるレーザーのスポット径が測定領域となるため、数μm~数十μmという微小領域内で欠陥の有無を判定することができる。ここで、架橋フッ素樹脂中の欠陥を可能な限り発見しやすくしたり、後述するマッピングの実施などのため、欠陥の有無の判定は、シート状に成形された架橋フッ素樹脂に対して実施することが好ましい。
【0014】
図1は、電子線の照射により中心近傍にくすみが生じた架橋PTFEの熱処理後の状態を示す写真である。図1の左側は、大気中で315℃、18時間の加熱処理を施した架橋PTFE(試料1とする)である。右側は、大気中で315℃、45時間の加熱処理を施した架橋PTFE(試料2とする)である。試料1と試料2の状態を目視により比較すると、315℃、18時間の加熱処理後は中心近傍に残っている褐色の変色部が、315℃、45時間の加熱処理後は消えていることが確認できる。
【0015】
図2は、図1に示される試料1の測定点A、B、及び試料2の測定点Cにレーザーを照射して測定されたラマンスペクトルを示す。図2のスペクトルを得るためのラマン散乱測定は、ナノフォトン株式会社製のRAMANforce Standard VIS-NR-HSを用いて、レーザー波長が532nm、分光器の入射スリットの幅が50μm、回折格子の刻線数が300gr/mm、NDフィルタのレーザー最大光量に対する減弱後の光量の比の値(減弱比)が150/255、測定温度が26℃の条件で実施した。
【0016】
変色部に含まれる測定点Aのラマンスペクトルには、ブロードな蛍光スペクトルが確認される。蛍光スペクトルはPTFEのラマンスペクトルの大きなバックグラウンドとして観察され、PTFEのラマンスペクトルのピークの多くが蛍光スペクトルに埋もれている。
【0017】
試料1における変色が見られない点である測定点Bのラマンスペクトルは、測定点Aのラマンスペクトルと比較すると、蛍光スペクトルが弱い。また、315℃、45時間の加熱処理により変色が消えた点である測定点Cのラマンスペクトルにおいては、蛍光スペクトルがより弱まっていることが確認できる。これらのことから、架橋フッ素樹脂の変色した部分では蛍光スペクトルが確認されることがわかる。
【0018】
本願発明者らは、このような実験を含めた研究により、架橋フッ素樹脂のラマン散乱測定の測定領域内に放射線の照射により生じた欠陥が多いほど、ラマンスペクトルにおける蛍光スペクトルの強度が大きくなることを見出した。そして、フッ素樹脂のラマンスペクトルにおいて最も強度の高いCF伸縮振動に帰属されるピークの強度を基準とした蛍光スペクトルの強度を求めることにより欠陥の量を知るという方法を確立した。CF伸縮振動に帰属されるピークは、ラマンスペクトルにおいて705cm-1以上、760cm-1以下の範囲内で最大強度をとる。
【0019】
本実施の形態に係る架橋フッ素樹脂の品質管理方法は、架橋フッ素樹脂の表面にレーザーを照射し、ラマンスペクトルを測定する測定工程と、そのラマンスペクトルにおけるCF伸縮振動に帰属されるピークの強度に対する蛍光スペクトルの強度に基づいて、レーザーが照射された測定領域の品質の合否を判定する合否判定工程とを含む。
【0020】
図3(a)は、試料1の変色部の境界近傍のおよそ2mm×1.5mmの領域における、ラマン散乱測定により測定された蛍光強度のマッピング像である。図3(a)のおよそ左半分の領域は変色部であり、全体的に強い蛍光が確認された。一方、右半分の領域は変色の見られない領域であり、その多くの領域において変色部よりも蛍光が弱いことが確認された。
【0021】
図3(a)のマッピング像を得るためのラマン散乱測定は、ナノフォトン株式会社製のRAMANforce Standard VIS-NR-HSを用いて、レーザー波長が785nm、分光器の入射スリットの幅が50μm、回折格子の刻線数が300gr/mm、NDフィルタの減弱比が220/255、測定温度が26℃の条件で実施した。また、マッピングの条件を1サイクル/1ピクセル(20μm/1ピクセル)とした。
【0022】
図3(b)は、図3(a)のマッピング像の測定点Dと測定点Eにおけるラマンスペクトルである。測定点Dは変色部における蛍光強度の高い点であり、測定点Eは変色の見られない部分における蛍光強度の低い点である。測定点Dにおけるラマンスペクトルを図2の測定点Aにおけるラマンスペクトルと比較すると、レーザーの波長が長くなっているために強度が低くなっているものの、同様に蛍光スペクトルが確認される。なお、CF伸縮振動ピークの705~760cm-1の範囲の積分強度に対する蛍光スペクトルの767~794cm-1の範囲の積分強度の比の値は、レーザーの波長に依存しない(レーザー波長が532nmであっても、785nmであっても、この比の値は変わらない)。
【0023】
次の表1に、測定点A~Eの目視観察による変色の有無、ラマンスペクトルにおけるCF伸縮振動ピークの705~760cm-1の範囲の積分強度(積分強度Iとする)、蛍光スペクトルの767~794cm-1の範囲の積分強度(積分強度Iとする)、積分強度Iに対する積分強度Iの比の値(I/I)、及び各測定点のラマン散乱測定におけるレーザー光源の波長を示す。なお、積分強度I及び積分強度Iは、ラマンスペクトルのバックグラウンド補正を行わずに、バックグラウンドを含んだスペクトルの強度を積分して算出される。
【0024】
【表1】
【0025】
これらの結果に基づけば、上記の本実施の形態に係る架橋フッ素樹脂の品質管理方法において、例えば、上記の合否判定工程において、CF伸縮振動ピークの705~760cm-1の範囲の積分強度Iに対する蛍光スペクトルの767~794cm-1の範囲の積分強度Iの比の値I/Iが0.55以下である場合に、上記測定領域の品質を合格と判定することができる。
【0026】
図4(a)は、試料2の変色部の境界近傍のおよそ2mm×1.5mmの領域における、ラマン散乱測定により測定された蛍光強度のマッピング像である。試料2は上述のように熱処理により変色が消えており、図4(a)のマッピング領域の全領域に渡って蛍光強度は低くなっている。なお、図4(a)のマッピング像を得るためのラマン散乱測定の条件は、図3(a)のマッピング像を得るためのラマン散乱測定の条件と同じである。
【0027】
図4(b)は、図4(a)のマッピング像の測定点Fと測定点Gにおけるラマンスペクトルである。測定点Fと測定点Gはいずれも変色の見られない点であり、蛍光スペクトルの強度が低いことが確認される。
【0028】
一方で、図4(a)のマッピング像からは、蛍光強度の高い微小な領域(例えば丸で囲まれた領域H1、H2)が点在していることが確認できる。このことは、目視により変色が確認できないフッ素樹脂においても、放射線の照射により生じた微小な欠陥が存在している場合があることを示している。
【0029】
図5(a)、(b)は、それぞれ図3(a)に示される試料1のマッピング領域の光学顕微鏡像と2次元の蛍光強度のマッピング像である。図6(a)、(b)は、それぞれ図4(a)に示される試料2のマッピング領域の光学顕微鏡像と2次元の蛍光強度のマッピング像である。
【0030】
本実施の形態に係る架橋フッ素樹脂の品質管理方法によれば、ラマン散乱測定を用いることにより、目視による変色の有無により判定することのできない微小領域内の欠陥の有無を判定することができる。そして、微小領域内の欠陥の存在が確認された場合には、架橋フッ素樹脂にさらなる熱処理を加えて欠陥を回復させたり、架橋フッ素樹脂の欠陥を含む部分を削り取ったりすることにより、微小な欠陥もほとんど含まない架橋フッ素樹脂を得ることができる。
【0031】
すなわち、本実施の形態に係る架橋フッ素樹脂の品質管理方法は、上記合否判定工程において不合格と判定された測定領域を除去する工程、又は架橋フッ素樹脂に熱処理を施し、上記の合否判定工程において不合格と判定された測定領域の品質を合格と判定される品質まで向上させる工程を含んでもよい。
【0032】
(架橋フッ素樹脂)
上述のように、本実施の形態に係る架橋フッ素樹脂の品質管理方法により、微小な欠陥を検出し、検出された微小な欠陥を回復又は除去することにより、微小な欠陥もほとんど含まない架橋フッ素樹脂を得ることができる。
【0033】
例えば、本実施の形態に係る架橋フッ素樹脂の品質管理方法の合否判定工程において、CF伸縮振動ピークの705~760cm-1の範囲の積分強度に対する蛍光スペクトルの767~794cm-1の範囲の積分強度の比の値が0.55以下である場合に、上記測定領域の品質を合格と判定する場合は、表面の任意の部分にレーザーを照射してラマンスペクトルを測定したときに、ラマンスペクトルにおけるCF伸縮振動に帰属されるピークの705~760cm-1の範囲の積分強度に対する蛍光スペクトルの767~794cm-1の範囲の積分強度の比の値が0.55以下となる架橋フッ素樹脂を得ることができる。
【0034】
微小な欠陥を除去した架橋フッ素樹脂は、例えば、円柱状のバルクやシート状に加工され、耐熱性や耐腐食性が求められるチューブ、ホース、パッキン、摺動部材、絶縁材の材料として用いられる。また、特に変色がないことが求められる、血液分析用ラインチューブ、カテーテルインナーチューブ、内視鏡用送液チューブなどの医療用部品の材料として用いることもできる。また、半導体製造ラインにおける配置治具、搬送治具や薬液貯蔵タンクなどの材料として用いることもできる。上述の配置治具は、例えば、ウェハ表面の酸化被膜除去等を目的とするフッ酸浸漬工程において多数枚のシリコンウェハ等を配置するための治具や、これら多数枚のウェハを工程間で搬送するための治具であり、フッ酸(HF)耐性が求められるため、本実施の形態に係る架橋フッ素樹脂はこれら配置治具の材料として適している。
【0035】
〔第2の実施の形態〕
本発明の第2の実施の形態は、架橋フッ素樹脂の品質管理方法に用いる欠陥の測定手段において第1の実施の形態と異なる。以下、第1の実施の形態と同様の点については、説明を省略又は簡略化する場合がある。
【0036】
(架橋フッ素樹脂の品質管理方法)
本実施の形態に係る架橋フッ素樹脂の品質管理方法によれば、X線回折測定を用いて、架橋フッ素樹脂の放射線の照射により生じた欠陥の有無を判定する。X線回折測定においては、架橋フッ素樹脂の表面に照射されるX線のスポット径が測定領域となるため、およそ数百μmという微小領域内で欠陥の有無を判定することができる。
【0037】
図7(a)、(b)は、それぞれ図1に示される試料1の変色がない外周部と変色した中心部のX線回折パターンである。図8(a)、(b)は、それぞれ図1に示される試料2のいずれも変色がない外周部と中心部のX線回折パターンである。これらのX線回折測定には、X線として波長0.1541838nmのCuKa線を用いた。測定温度は26℃であった。
【0038】
いずれのX線回折パターンにおいても、(100)面の回折ピークの低角側の裾には、非晶質による散乱光による非晶質ハローが現れている。
【0039】
図9(a)、(b)は、それぞれ図7(a)、(b)に示されるX線回折パターンのフィッティング解析により分離された、(100)面の回折ピークと非晶質ピークを示す。図10(a)、(b)は、それぞれ図8(a)、(b)に示されるX線回折パターンのフィッティング解析により分離された、(100)面の回折ピークと非晶質ピークを示す。ここで、フィッティング解析は、Lorentz分布関数を用いて実施した。
【0040】
図9図10におけるLは実測された回折パターンのライン、Lはフィッティングライン、Lはバックグラウンドライン、Lは分離された非晶質ピークのライン、Lは分離された(100)面の回折ピークのラインをそれぞれ示す。
【0041】
次の表2に、図9(a)、(b)、図10(a)、(b)のX線回折パターンから得られた(100)面の面間隔、(110)面の面間隔、結晶化度、(100)面の配向度を示す。
【0042】
【表2】
【0043】
ここで、(100)面の面間隔と(110)面の面間隔は、それぞれBraggの式を用いて算出される。また、結晶化度(χ)は、以下の式(1)を用いて算出され、(100)面の配向度(χ)は、以下の式(2)を用いて算出される。式(1)、式(2)におけるI100は(100)面の回折ピークの積分強度であり、I110は(110)面の回折ピークの積分強度であり、Iは非晶質ピークの積分強度である。
【0044】
【数1】
【0045】
【数2】
【0046】
表2は、変色部を有する試料1と、熱処理により変色が消えた試料2の間で、(100)面の面間隔と(110)面の面間隔の位置ごとのばらつき、結晶化度、(100)面の配向度に差があることを示している。例えば、熱処理により欠陥が十分に回復していると思われる表2の試料2の測定点では結晶化度が65%以上、(100)面の配向度が0.97以上となっており、欠陥が残っていると思われる表2の試料1の測定点では結晶化度が65%に満たず、(100)面の配向度が0.97に満たない。
【0047】
本願発明者らは、このような実験を含めた研究により、架橋フッ素樹脂のX線回折測定の測定領域内に放射線の照射により生じた欠陥が多いほど、X線回折パターンから得られる(100)面の面間隔や(110)面の面間隔のばらつきが大きくなる、結晶化度が低くなる、あるいは(100)面の配向度が低くなる、などの傾向があることを見出した。これらは、欠陥の存在が格子の歪や結晶性の低下につながることによると考えられる。
【0048】
そして、本願発明者らは、架橋フッ素樹脂の表面にX線を照射し、回折パターンを測定する測定工程と、その回折パターンから求められる格子面間隔の分布差(架橋フッ素樹脂の全体における最大値と最小値の差)、結晶化度、及び(100)面の配向度の少なくとも1つに基づいて、X線が照射された測定領域の品質の合否を判定する合否判定工程とを含む、架橋フッ素樹脂の品質管理方法を確立した。
【0049】
例えば、上記の合否判定工程において、(100)面の面間隔の分布差が0.0027nm以下、結晶化度が65%以上、及び(100)面の配向度が0.97以上の少なくとも1つを満たす場合に前記測定領域の品質を合格と判定することができる。
【0050】
本実施の形態に係る架橋フッ素樹脂の品質管理方法によれば、ラマン散乱測定を用いる第1の実施の形態に係る架橋フッ素樹脂の品質管理方法と同様に、目視による変色の有無により判定することのできない微小領域内の欠陥の有無を判定することができる。また、格子面間隔、結晶化度、(100)面の配向度のマッピングを行うことにより、架橋フッ素樹脂に点在する微小な欠陥の位置を知ることができる。そして、微小な欠陥の存在が確認された場合には、架橋フッ素樹脂にさらなる熱処理を加えて欠陥を回復させたり、架橋フッ素樹脂の欠陥を含む部分を削り取ったりすることにより、微小な欠陥もほとんど含まない架橋フッ素樹脂を得ることができる。
【0051】
すなわち、本実施の形態に係る架橋フッ素樹脂の品質管理方法は、上記合否判定工程において不合格と判定された測定領域を除去する工程、又は架橋フッ素樹脂に熱処理を施し、上記の合否判定工程において不合格と判定された測定領域の品質を合格と判定される品質まで向上させる工程を含んでもよい。
【0052】
(架橋フッ素樹脂)
上述のように、本実施の形態に係る架橋フッ素樹脂の品質管理方法により、微小な欠陥を検出し、検出された微小な欠陥を回復又は除去することにより、微小な欠陥もほとんど含まない架橋フッ素樹脂を得ることができる。
【0053】
例えば、本実施の形態に係る架橋フッ素樹脂の品質管理方法の合否判定工程において、(100)面の面間隔の分布差が0.0027nm以下、結晶化度が65%以上、及び(100)面の配向度が0.97以上の少なくとも1つを満たす場合に前記測定領域の品質を合格と判定する場合は、表面の任意の部分にX線を照射して回折パターンを測定したときに、その回折パターンから求められる(100)面の面間隔の分布差が0.0027nm以下、結晶化度が65%以上、及び(100)面の配向度が0.97以上の少なくとも1つを満たす、架橋フッ素樹脂を得ることができる。
【0054】
微小な欠陥を除去した架橋フッ素樹脂は、例えば、円柱状のバルクやシート状に加工され、耐熱性や耐腐食性が求められるチューブ、ホース、パッキン、摺動部材、絶縁材の材料として用いられる。また、特に変色がないことが求められる、血液分析用ラインチューブ、カテーテルインナーチューブ、内視鏡用送液チューブなどの医療用部品の材料として用いることもできる。また、半導体製造ラインにおける配置、搬送治具や薬液貯蔵タンクなどの材料として用いることもできる。
【0055】
(実施の形態の効果)
上記実施の形態によれば、放射線照射に起因する、架橋フッ素樹脂に存在し得る目視で確認することのできない微小な欠陥の有無を判定することのできる架橋フッ素樹脂の管理方法を提供することができる。また、その管理方法を用いて微小な欠陥を除去することにより、耐摩耗性や変形性などの特性に優れた架橋フッ素樹脂を提供することができる。
【0056】
特に、架橋フッ素樹脂を微小サイズの部品の材料として用いる場合には、微小な欠陥が部品の特性に及ぼす影響が大きいため、微小な欠陥の少ない架橋フッ素樹脂を得ることは重要である。
【0057】
また、上記実施の形態に係るフタル酸ジイソノニルの品質管理方法や樹脂組成物の製造方法などは、機械学習や人工知能(AI)などを活用してデータを分析するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を用いた材料開発に適用することもできる。
【0058】
(実施の形態のまとめ)
次に、以上説明した実施の形態から把握される技術思想について記載する。
【0059】
[1]架橋フッ素樹脂の表面にレーザーを照射し、ラマンスペクトルを測定する測定工程と、前記ラマンスペクトルにおけるCF伸縮振動に帰属されるピークの強度に対する蛍光スペクトルの強度に基づいて、前記レーザーが照射された測定領域の品質の合否を判定する合否判定工程と、を含む、架橋フッ素樹脂の品質管理方法。
【0060】
[2]前記合否判定工程において、前記CF伸縮振動ピークの705~760cm-1の範囲の積分強度に対する前記蛍光スペクトルの767~794cm-1の範囲の積分強度の比の値が0.55以下である場合に前記測定領域の品質を合格と判定する、上記[1]に記載の架橋フッ素樹脂の品質管理方法。
【0061】
[3]架橋フッ素樹脂の表面にX線を照射し、回折パターンを測定する測定工程と、前記回折パターンから求められる格子面間隔の分布差、結晶化度、及び(100)面の配向度の少なくとも1つに基づいて、前記X線が照射された測定領域の品質の合否を判定する合否判定工程と、を含む、架橋フッ素樹脂の品質管理方法。
【0062】
[4]前記合否判定工程において、(100)面の面間隔の分布差が0.0027nm以下、結晶化度が65%以上、及び(100)面の配向度が0.97以上の少なくとも1つを満たす場合に前記測定領域の品質を合格と判定する、上記[3]に記載の架橋フッ素樹脂の品質管理方法。
【0063】
[5]前記合否判定工程において不合格と判定された前記測定領域を除去する工程、又は前記架橋フッ素樹脂に熱処理を施し、前記合否判定工程において不合格と判定された前記測定領域の品質を前記合否判定工程において合格と判定される品質まで向上させる工程を含む、上記[1]~[4]のいずれか1項に記載の架橋フッ素樹脂の品質管理方法。
【0064】
[6]表面の任意の部分にレーザーを照射してラマンスペクトルを測定したときに、前記ラマンスペクトルにおけるCF伸縮振動に帰属されるピークの705~760cm-1の範囲の積分強度に対する蛍光スペクトルの767~794cm-1の範囲の積分強度の比の値が0.55以下となる、架橋フッ素樹脂。
【0065】
[7]表面の任意の部分にX線を照射して回折パターンを測定したときに、前記回折パターンから求められる(100)面の面間隔の分布差が0.0027nm以下、結晶化度が65%以上、及び(100)面の配向度が0.97以上の少なくとも1つを満たす、架橋フッ素樹脂。
【0066】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明は、上記実施の形態に限定されず、発明の主旨を逸脱しない範囲内において種々変形実施が可能である。また、上記に記載した実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。





































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