(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20240903BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20240903BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240903BHJP
A61K 35/34 20150101ALI20240903BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20240903BHJP
A61P 21/00 20060101ALI20240903BHJP
A61P 21/04 20060101ALN20240903BHJP
【FI】
C12N5/10 ZNA
C12N15/63 Z
C12Q1/02
A61K35/34
A61L27/38 300
A61P21/00
A61P21/04
(21)【出願番号】P 2019196740
(22)【出願日】2019-10-29
【審査請求日】2022-08-29
(31)【優先権主張番号】P 2018204358
(32)【優先日】2018-10-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002934
【氏名又は名称】武田薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 英俊
(72)【発明者】
【氏名】内村 智也
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/124292(WO,A1)
【文献】特開2018-143239(JP,A)
【文献】国際公開第2013/073246(WO,A1)
【文献】特表2008-502310(JP,A)
【文献】国際公開第2017/188458(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/108288(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/128779(WO,A1)
【文献】Stem Cell Res.,2017年,vol.25,p.98-106
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/10
C12N 15/09
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞から骨格筋細胞を製造する方法であって、以下の工程:
(1)MyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子を発現させる条件で細胞を培養する工程、
(2)工程(1)で得られた細胞を、該外因性因子を発現させない条件で培養する工程、及び
(3)工程(2)で得られた細胞を、MyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子を発現させる条件で培養する工程
を含
み、
前記工程(1)のMyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子を発現させる条件が、MyoD及び/又はMyf5をコードする核酸を含む薬剤応答性誘導ベクターを導入した多能性幹細胞を、該ベクターと対応する薬剤の存在下で培養する条件であり、
前記工程(2)の該外因性因子を発現させない条件が、工程(1)で得られた細胞を、前記ベクターと対応する薬剤の非存在下で培養する条件であり、
前記工程(3)のMyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子を発現させる条件が、工程(2)で得られた細胞を、前記ベクターと対応する薬剤の存在下で培養する条件であり、
前記工程(1)の培養期間が、48時間であり、
前記工程(2)の培養期間が、2~5日間である、方法。
【請求項2】
さらに、工程(3)で得られた細胞を、該外因性因子を発現させない条件で培養する工程を含
み、
該工程の該外因性因子を発現させない条件が、工程(3)で得られた細胞を、前記ベクターと対応する薬剤の非存在下で培養する条件である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(2)の培養を、ROCK阻害剤を含まない、又はROCK阻害剤を10μM未満で含む培地で行う、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(2)以降の細胞培養を、Knockout Serum Replacementを含まない培地で行う、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記工程(1)及び工程(3)で発現させる外因性因子がMyoDである、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
さらに、工程(3)で得られた細胞に段階的に電気刺激を与える工程を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記多能性幹細胞がヒト多能性幹細胞である、請求項1~
6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記ヒト多能性幹細胞がミオパチー患者由来の細胞である、請求項
7に記載の方法。
【請求項9】
多能性幹細胞由来であり、以下のマーカーを発現する、骨格筋細胞:
MYH1、MYH2およびMYH7からなる群より選択される少なくとも一つの骨格筋成熟化マーカー、
MYH3およびMYH8からなる群より選択される少なくとも一つの未成熟な骨格筋細胞で発現するマーカー、および
MyoD、CKM、MHCおよびMyogeninからなる群より選択される少なくとも一つの骨格筋マーカー。
【請求項10】
2週間以上の長期培養が可能である、請求項
9に記載の骨格筋細胞
【請求項11】
(1)請求項1~
8のいずれか1項に記載の方法により骨格筋細胞を提供する工程、
(2)工程(1)で得られた骨格筋細胞に被験物質を接触させる工程、及び
(3)被験物質を接触させなかった場合と比較して、該骨格筋細胞の病態が緩和された場合に、該被験物質をミオパチーの治療又は予防の候補物質として選別する工程
を含む、ミオパチー治療又は予防剤のスクリーニング方法。
【請求項12】
さらに工程(1)で得られた骨格筋細胞に電気刺激を与える工程を含む、請求項
11に記載の方法。
【請求項13】
(1)MyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子を発現させる条件で細胞を培養する工程、
(2)工程(1)で得られた細胞を、該外因性因子を発現させない条件で培養する工程、
(3)工程(2)で得られた細胞を、MyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子を発現させる条件で培養する工程、
(4)工程(2)又は(3)で培養された細胞に電気刺激を与えて培養し、骨格筋細胞に分化させる工程、
(5)工程(4)で得られた骨格筋細胞に被験物質を接触させる工程、及び
(6)被験物質を接触させなかった場合と比較して、該骨格筋細胞の病態が緩和された場合に、該被験物質をミオパチーの治療又は予防の候補物質として選別する工程
を含
み、
前記工程(1)のMyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子を発現させる条件が、MyoD及び/又はMyf5をコードする核酸を含む薬剤応答性誘導ベクターを導入した多能性幹細胞を、該ベクターと対応する薬剤の存在下で培養する条件であり、
前記工程(2)の該外因性因子を発現させない条件が、工程(1)で得られた細胞を、前記ベクターと対応する薬剤の非存在下で培養する条件であり、
前記工程(3)のMyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子を発現させる条件が、工程(2)で得られた細胞を、前記ベクターと対応する薬剤の存在下で培養する条件であり、
前記工程(1)の培養期間が、48時間であり、
前記工程(2)の培養期間が、2~5日間である、ミオパチー治療又は予防剤のスクリーニング方法。
【請求項14】
請求項
9または
10に記載の骨格筋細胞を含有してなる、細胞移植療法剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞から骨格筋細胞を製造する方法、該製造方法により得られる骨格筋細胞、及び該骨格筋細胞を用いたミオパチーの治療又は予防剤のスクリーニング方法に関する。
【0002】
(発明の背景)
筋疾患は非常に多くの病気を含んでいるが、その症状の大半は筋肉の萎縮とそれに伴う筋力の低下である。筋肉の萎縮の原因には、筋肉自体に異常がある場合と筋肉を動かす神経に異常がある場合とがあり、前者を筋原性疾患(ミオパチー)、後者を神経原性疾患という。ミオパチーの代表的なものとして、筋ジストロフィーが知られており、筋ジストロフィーのうち最も患者数の多いデュシェンヌ型筋ジストロフィーは、原因遺伝子であるジストロフィン遺伝子の変異(点突然変異や欠失変異、重複変異など)により、正常なジストロフィンタンパク質が合成されないために生ずる病気である。性染色体劣性遺伝で男子だけに発症する疾患であり、人口10万人あたり3~5人、出生男児2000~3000人あたり1人といわれている。デュシェンヌ型筋ジストロフィー症を含む多くのミオパチーに対する良好な治療手段は未だなく、治療法の開発が望まれている。
【0003】
治療薬を開発する上では、in vitroでのヒトでの病態を反映したモデルが必要となる。近年、体細胞を初期化することにより作製される人工多能性幹細胞が開発されたことで、患者自身の細胞から作製された細胞を病態モデルとして利用することが期待されている。かかる細胞の1つとして、骨格筋細胞が挙げられ、人工多能性幹細胞から骨格筋細胞への分化誘導法を確立するために、様々な努力がなされている。その分化誘導方法として、本発明者らは以前、テトラサイクリン(Tet)誘導性の転写因子(MyoD又はMyf5)を多能性幹細胞に導入し、分化誘導の1日目以降継続してドキシサイクリン(Doxycyclin(Dox))を添加して、多能性幹細胞で該転写因子を発現させることで、骨格筋細胞へと分化誘導できることを報告している(特許文献1)。本発明者らはまた、前記骨格筋細胞への誘導方法を改良し、分化誘導の1日目以降継続してDoxを添加することで、外因性のMyoDを発現させ、3~4日目に、5% Knockout Serum Replacement(KSR)を含む培地中に細胞を再播種(Replating)することで、効率良く、かつ再現性高く骨格筋細胞へ分化誘導できることを報告している(非特許文献1)。また、Shoji Eらは、20% Knockout Serum Replacement(KSR)を含む培地中で多能性幹細胞を分化誘導し、分化誘導の1日目以降継続してDoxを添加して、外因性のMyoDを発現させることで、多能性幹細胞を骨格筋細胞へと分化誘導する方法を報告している(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Uchimura T. et al., Stem Cell Research, 25:98-106 (2017)
【文献】Shoji E. et al., Science Reports, 5:12831 (2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記従来の方法で作製された骨格筋細胞は、長期間培養することが困難であり、7日~9日間程度しか培養することができず、また、前記方法により作製された骨格筋細胞は成熟度も低いという問題があった。その為、成熟度の高い細胞を用いたスクリーニングができず、また骨格筋の成熟度が関与すると疑われる病態等の研究に、前記骨格筋細胞を応用する事ができないという問題が生じていた。従って、本発明の課題は、長期間培養することが可能で、成熟度が高い骨格筋細胞を製造する方法を提供すること、及びミオパチーの治療又は予防剤のスクリーニングに使用することができ、また骨格筋の成熟度が関与すると疑われる病態等の研究にも使用することができる、骨格筋細胞を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、非特許文献1に記載の方法により骨格筋細胞への誘導方法において、意図せずにDoxの添加を継続し損なった培養液において、再度Doxを添加して培養を続けたところ、得られた骨格筋細胞の品質が、従来法の細胞と比較して、落ちるどころか却って高いものである、との驚くべき知見を偶然にも見出した。しかも、再度Doxを添加する方法では、従来法では必須であると考えられていたKSRの添加を省略できることを見出した。本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は以下の通りである。
[1] 多能性幹細胞から骨格筋細胞を製造する方法であって、以下の工程:
(1)MyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子を発現させる条件で細胞を培養する工程、
(2)工程(1)で得られた細胞を、該外因性因子を発現させない条件で培養する工程、及び
(3)工程(2)で得られた細胞を、MyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子を発現させる条件で培養する工程
を含む方法。
[2] さらに、工程(3)で得られた細胞を、該外因性因子を発現させない条件で培養する工程を含む、[1]に記載の方法。
[3] 前記工程(2)の培養を、ROCK阻害剤を含まない、又はROCK阻害剤を10μM未満で含む培地で行う、[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 前記工程(2)以降の細胞培養を、Knockout Serum Replacementを含まない培地で行う、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 前記工程(1)及び工程(3)で発現させる外因性因子がMyoDである、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6] さらに、工程(3)で得られた細胞に段階的に電気刺激を与える工程を含む、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7] MyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子を発現させる条件が以下である、[1]~[6]のいずれかに記載の方法:
MyoD及び/又はMyf5をコードする核酸を含む薬剤応答性誘導ベクターを導入した多能性幹細胞を、該ベクターと対応する薬剤の存在下で培養する。
[8] 前記多能性幹細胞がヒト多能性幹細胞である、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9] 前記ヒト多能性幹細胞がミオパチー患者由来の細胞である、[8]に記載の方法。
[10] [1]~[9]のいずれかに記載の方法により得られた骨格筋細胞。
[11] (1)[1]~[9]のいずれかに記載の方法により骨格筋細胞を提供する工程、
(2)工程(1)で得られた骨格筋細胞に被験物質を接触させる工程、及び
(3)被験物質を接触させなかった場合と比較して、該骨格筋細胞の病態が緩和された場合に、該被験物質をミオパチーの治療又は予防の候補物質として選別する工程
を含む、ミオパチー治療又は予防剤のスクリーニング方法。
[12] さらに工程(1)で得られた骨格筋細胞に電気刺激を与える工程を含む、[11]に記載の方法。
[13] (1)MyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子を発現させる条件で細胞を培養する工程、
(2)工程(1)で得られた細胞を、該外因性因子を発現させない条件で培養する工程、
(3)工程(2)で得られた細胞を、MyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子を発現させる条件で培養する工程、
(4)工程(2)又は(3)で培養された細胞に電気刺激を与えて培養し、骨格筋細胞に分化させる工程、
(5)工程(4)で得られた骨格筋細胞に被験物質を接触させる工程、及び
(6)被験物質を接触させなかった場合と比較して、該骨格筋細胞の病態が緩和された場合に、該被験物質をミオパチーの治療又は予防の候補物質として選別する工程
を含む、ミオパチー治療又は予防剤のスクリーニング方法。
[14] [10]に記載の骨格筋細胞を含有してなる、細胞移植療法剤。
[15] [10]に記載の骨格筋細胞又は[14]に記載の細胞移植療法剤の有効量を被験動物に投与又は移植することを含む、ミオパチーの治療又は予防方法。
[16] ミオパチーの治療又は予防に使用するための、[10]に記載の骨格筋細胞又は[14]に記載の細胞移植療法剤。
[17] 細胞移植療法剤の製造における、[10]に記載の骨格筋細胞の使用。
【発明の効果】
【0009】
本方法により、長期培養(少なくとも2週間以上)が可能な、成熟度が高く、さらには病態を強く反映する骨格筋細胞を製造することが可能であり、このような成熟度が高く病態を強く反映する細胞を用いることで、より多くの筋疾患での病態再現研究が可能となり、より精度の高い創薬スクリーニングが可能となる。さらに、本方法により得られた骨格筋細胞に電気刺激を与えることで、より長期間培養可能な、成熟度の高い骨格筋細胞を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明の培養方法のプロトコルの概略図を示す。HS: horse serum. Dox: Doxycycline. Y: ROCK inhibitor/Y-27632.
【
図2】
図2は、本発明の方法を用いたヒトiPS細胞から骨格筋細胞への分化誘導過程を、位相差顕微鏡で定時的に観察した形態を示す。 D: day.
【
図3】
図3は、本発明の方法で14日間骨格筋分化誘導させた細胞を、抗MHC抗体により蛍光免疫染色した後の該細胞の蛍光顕微鏡画像と、細胞融合(Fusion index)解析の結果を示す。細胞融合(Fusion index)解析については、従来の方法(Replating)と本発明の方法(Replating MKII)による結果を記載している。左パネル:抗MHC抗体と核染色(DAPI)の蛍光免疫染色。右パネル:細胞融合解析。抗MHC抗体で染色した1骨格筋細胞あたり、DAPIで染色した核がいくつ存在するかを数値化して解析した結果(それぞれ、n=5)(エラーバー:標準偏差)。
【
図4】
図4は、従来の方法(Replating)と本発明の方法(Replating MKII)により誘導した、8、10、12、14日目の骨格筋分化細胞株における外来性MyoD(Exo-MyoD)、内在性MyoD(Endo-MyoD)、CKM、MHC、Myogeninの発現量を、PCRを用いて確認・比較した結果を示す(それぞれ、n=6)(エラーバー:標準偏差)。
【
図5】
図5は、本発明の方法で14日間骨格筋分化誘導させた細胞を、それぞれ抗MYH1&2抗体, 抗MYH2抗体, 抗MYH3抗体, 抗MYH7抗体と抗MYH8抗体により蛍光免疫染色した後の該細胞の蛍光顕微鏡画像を示す。
【
図6】
図6は、下記に示す
図9で示す、電気刺激成熟誘導分化方法で骨格筋分化誘導させた細胞株を、動画解析装置SI8000で解析した結果を示す。
図6Aの左図は、従来の方法(Replating)により作製した細胞と、本発明の方法(Replating MKII)により作製した細胞の動作の有無をheat-mapで示した結果を示し、右図は、上記各細胞の収縮活動面積(Contracting area)(%)を数値化し、比較した結果(それぞれ、n=5)(エラーバー:標準偏差)を示す。
図6Bは、それぞれの収縮速度(Contracting velocity)(μm/s)、弛緩速度(Relaxation velocity)(μm/s)と収縮距離(Contracting distance)(μm)を解析した結果(それぞれ、n=5)(エラーバー:標準偏差)を示す。
【
図7】
図7は、
図6と同じく、電気刺激成熟誘導分化方法で17日間骨格筋分化誘導させた細胞株のサルコメア構造を、走査型電子顕微鏡で解析した結果の画像を示す。
図7右図は、同左図の点線四角形で囲んだ箇所を拡大した画像である。
【
図8】
図8は、電気刺激による成熟誘導の有(+)無(-)による、Dys1, pan-MHC, MYH1&2, MYH2, MYH3, MYH7, MYH8, RYR1, Tata-binding protein/TBPの発現量の比較をWestern blot解析でした結果を示す。EFS:Electrical-field stimulation.
【
図9】
図9は、電気刺激成熟誘導分化方法のプロトコルの概略図を示す。
図9Aは、4日目(D4)の再播種の際に、12kPa ハイドロゲル(hydrogel)上に細胞株を再播種し、10日目(D10)から電気刺激(EFS/Electrical field stimulation )による成熟誘導を開始するプロトコルを示す。
図9Bは、SI8000による解析時に、C-PACEと6-well plateをケーブルで繋ぎ、プレートは5% CO
2、37℃培養器の中で観察する場合の図を示す。
【
図10】
図10は、本発明の方法を用いたTet-MyoD hiPSC クローンから骨格筋細胞への分化誘導過程を、位相差顕微鏡で定時的に観察した形態を示す。 D: day.;DMD-Δ:DMD患者由来の細胞株;DMD-CKI:DMD患者の遺伝子修復株(クリスパーノックイン)
【
図11】
図11は、本発明の方法で14日間骨格筋分化誘導させた細胞を、抗MHC抗体により蛍光免疫染色した後の該細胞の蛍光顕微鏡画像と、細胞融合(Fusion index)解析の結果を示す。細胞融合(Fusion index)解析については、従来の方法(Replating)と本発明の方法(Replating MKII)による結果を記載している。左パネル:抗MHC抗体と核染色(DAPI)の蛍光免疫染色。右パネル:細胞融合解析。抗MHC抗体で染色した1骨格筋細胞あたり、DAPIで染色した核がいくつ存在するかを数値化して解析した結果(それぞれ、n=5(エラーバー:標準偏差)。DMD-Δ:DMD患者由来の細胞株;DMD-CKI:DMD患者の遺伝子修復株
【
図12】
図12は、従来の方法(Replating)と本発明の方法(Replating MKII)により誘導した、8、10、12、14日目の骨格筋分化細胞株における外来性MyoD(Exo-MyoD)、内在性MyoD(Endo-MyoD)、CKM、MHC、Myogeninの発現量を、PCRを用いて確認・比較した結果を示す(それぞれ、n=3)(エラーバー:標準偏差)。DMD-Δ:DMD患者由来の細胞株;DMD-CKI:DMD患者の遺伝子修復株
【
図13】
図13は、本発明の方法で14日間骨格筋分化誘導させた細胞を、それぞれ抗MYH1&2抗体, 抗MYH2抗体, 抗MYH3抗体, 抗MYH7抗体と抗MYH8抗体により蛍光免疫染色した後の該細胞の蛍光顕微鏡画像を示す。DMD-Δ:DMD患者由来の細胞株;DMD-CKI:DMD患者の遺伝子修復株
【
図14】
図14左図は、
図9に記載の電気刺激成熟誘導分化方法で17日間骨格筋分化誘導させた細胞株のサルコメア構造を、抗α-actinin抗体により免疫染色した後の画像を示す。
図14右図は、α-actininでサルコメアパターンを示す細胞の割合のグラフを示す(4つのバーのうち左2つのバーは、replating(従来の方法)、右のバーは(replating MKII:本発明の方法)による結果を示す)。DMD-Δ:DMD患者由来の細胞株;DMD-CKI:DMD患者の遺伝子修復株
【
図15】
図15は、
図9に記載の電気刺激成熟誘導分化方法で骨格筋分化誘導させた細胞株を、動画解析装置SI8000で解析した結果を示す。左上図は、従来の方法(Replating)により作製した細胞と、本発明の方法(Replating MKII)により作製した細胞の動作の有無をheat-mapで示した結果を示し、右上図は、上記各細胞の収縮活動面積(Contracting area)(%)を数値化し、比較した結果(それぞれ、n=5)(エラーバー:標準偏差)を示す。下図は、それぞれの収縮速度(Contracting velocity)(μm/s)、弛緩速度(Relaxation velocity)(μm/s)と収縮距離(Contracting distance)(μm)を解析した結果(それぞれ、n=5)(エラーバー:標準偏差)を示す。DMD-Δ:DMD患者由来の細胞株;DMD-CKI:DMD患者の遺伝子修復株
【
図16】
図16は、
図9に記載の電気刺激成熟誘導分化方法で17日間骨格筋分化誘導させた細胞株のサルコメア構造を、走査型電子顕微鏡で解析した結果の画像を示す。DMD-Δ:DMD患者由来の細胞株;DMD-CKI:DMD患者の遺伝子修復株
【
図17】
図17は、電気刺激による成熟誘導の有(+)無(-)による、Dys1, pan-MHC, MYH1/2, MYH2, MYH3, MYH7, MYH8, RYR1, Tata-binding protein/TBPの発現量の比較をWestern blot解析でした結果を示す。EFS:Electrical-field stimulation;DMD-Δ:DMD患者由来の細胞株;DMD-CKI:DMD患者の遺伝子修復株
【
図18】
図18は、電気刺激によるAcute model(急性モデル)の骨格筋トレーニング方法の概略図を示す。4日目(D4)の再播種の際に、12kPa ハイドロゲル(hydrogel)上に細胞株を再播種し、10日目(D10)から電気刺激(EFS/Electrical field stimulation )を始め徐々に電圧を上げていきD15から24時間急激に電圧を上げる事により、細胞障害を引き起こす(Acute modelの作製)プロトコルを示す。
【
図19】
図19は、
図18記載の骨格筋トレーニング方法の前(上段)後(下段)における、骨格筋運動パフォーマンス(収縮速度(Contraction velocity (μm/s)、弛緩速度(Relaxation velocity)(μm/s)、加速度(Acceleration)(μm/s
2)、単収縮距離(Twitching distance)(μm)、及びカルシウムピーク(Cal-520 peak)(励起波長480nm/蛍光波長nmでの相対強度))の解析結果を示す(それぞれ、n=5)(エラーバー:標準偏差*:p < 0.05)。409 B2:健常ヒトiPS細胞クローン由来の細胞株;409 ex45KO:健常者のジストロフィンノックアウト細胞株(疾患モデル)
【
図20】
図20は、
図18記載の骨格筋トレーニング方法の前(pre-damage)後(post-damage)における、炎症マーカー(IL-1β、TNFα、IL6)の発現解析結果を示す(それぞれ、n=6)(エラーバー:標準偏差;*:p < 0.05)。409 B2:健常ヒトiPS細胞クローン由来の細胞株;409 ex45KO:健常者のジストロフィンノックアウト細胞株
【
図21】
図21は、Acute modelにおける、IL6タンパク質の解析結果を示す(それぞれ、n=6)(エラーバー:標準偏差;*:p < 0.05)。409 B2:健常ヒトiPS細胞クローン由来の細胞株;409 ex45KO:健常者のジストロフィンノックアウト細胞株
【
図22】
図22は、Acute modelにおける、active-caspase(active-caspase 8;Casp8及びactive-caspase 9;Casp9)の活性解析結果を示す(それぞれ、n=6)(エラーバー:標準偏差;*:p < 0.05)。409 B2:健常ヒトiPS細胞クローン由来の細胞株;409 ex45KO:健常者のジストロフィンノックアウト細胞株
【
図23】
図23は、Acute modelにおける、トータルATPレベルの解析結果を示す(それぞれ、n=6)(エラーバー:標準偏差;*:p < 0.05)。409 B2:健常ヒトiPS細胞クローン由来の細胞株;409 ex45KO:健常者のジストロフィンノックアウト細胞株
【
図24】
図24は、
図18記載の骨格筋トレーニング方法の前(上段)後(下段)における、骨格筋運動パフォーマンス(収縮速度(Contraction velocity)(μm/s)、弛緩速度(Relaxation velocity)(μm/s)、加速度(Acceleration)(μm/s
2)、単収縮距離(Twitching distance)(μm)、及びカルシウムピーク(Cal-520 peak)(励起波長480nm/蛍光波長nmでの相対強度))の解析結果を示す(それぞれ、n=5)(エラーバー:標準偏差*:p < 0.05)。DMD-Δ:DMD患者由来の細胞株;DMD-CKI:DMD患者の遺伝子修復株
【
図25】
図25は、
図18記載の骨格筋トレーニング方法の前(上段)後(下段)における、炎症マーカー(IL-1β、TNFα、IL6)の発現解析結果を示す(それぞれ、n=6)(エラーバー:標準偏差;*:p < 0.05)。DMD-Δ:DMD患者由来の細胞株;DMD-CKI:DMD患者の遺伝子修復株
【
図26】
図26は、Acute modelにおける、IL6タンパク質の解析結果を示す(それぞれ、n=6)(エラーバー:標準偏差;*:p < 0.05)。DMD-Δ:DMD患者由来の細胞株;DMD-CKI:DMD患者の遺伝子修復株
【
図27】
図27は、電気刺激によるChronic model(慢性モデル)の骨格筋トレーニング方法の概略図を示す。4日目(D4)の再播種の際に、12kPa ハイドロゲル(hydrogel)上に細胞株を再播種し、6日目(D6)から電気刺激(EFS/Electrical field stimulation )を始め徐々に電圧を上げていき最終的にD16に20Vに到達させる事により、慢性的な細胞障害を引き起こす(Chronic modelの作製)プロトコルを示す。
【
図28】
図28は、Chronic modelにおける電気刺激中の収縮速度(Contraction velocity)(μm/s)の変化結果を示す。409B2 WT:健常ヒトiPS細胞クローン由来の細胞株;409B2KO:健常者のジストロフィンノックアウト細胞株
【0011】
(発明の詳細な説明)
1.骨格筋細胞の製造方法
本発明は、多能性幹細胞から骨格筋細胞を製造する方法(以下、「本発明の製法」ともいう)を提供する。本発明の製法は、例えば、(1)MyoD及びMyf5から選ばれる1以上の外因性因子(以下、「骨格筋細胞誘導因子」ともいう)を発現させる条件で細胞を培養する工程、(2)工程(1)で得られた又は培養された細胞を、該外因性因子を発現させない条件で培養する工程、並びに(3)工程(2)で得られた又は培養された細胞を、1以上の骨格筋細胞誘導因子を発現させる条件で培養する工程を含む。本発明の製法は、さらに、(4)工程(3)で得られた細胞を、該外因性因子を発現させない条件で培養する工程を含んでいてもよい。
【0012】
下述の実施例で示す通り、好ましい実施態様において、本発明の製法により提供される骨格筋細胞集団は、従来の方法により作製された細胞集団と比較して、複数の核を有する細胞、特に3つ以上の核を持つ細胞数の割合が顕著に高いことが見出された。また、本発明の製法により提供される骨格筋細胞は、骨格筋細胞の成熟度の指標となる骨格筋マーカー(例:MYOD、MYH3、MYH8、MYH1、MYH2、MYH7)の発現が認められ、前記骨格筋細胞は、長期間の培養(少なくとも2週間以上)が可能であった。従って、本発明の製法により、従来の方法により作製された細胞と比較して、長期間培養可能で成熟度の高い、上記性質を有する骨格筋細胞が提供され得る。
【0013】
本明細書において、「骨格筋細胞を製造する」とは、少なくとも骨格筋細胞を含有する細胞集団を得ることを意味する。好ましくは、骨格筋細胞を50%以上(例:50%、60%、70%、80%、90%またはそれ以上)含有する細胞集団を得ることである。また本明細書において、「骨格筋細胞」とは、ミオゲニン及び/又はミオシン重鎖(MHC)を発現している細胞を意味し、多核細胞であっても単核細胞であってもよい。
【0014】
上述の通り、骨格筋細胞誘導因子としてMyoDを用いたところ、長期培養が可能な、成熟度が高い骨格筋細胞を製造することが可能であった。従って、骨格筋細胞誘導因子として、MyoDを用いることが好ましい。また、特許文献1に記載されているように、MyoDの代わりにMyf5を用いた場合でも、多能性幹細胞から骨格筋細胞を効率良く製造できること、MyoDを用いた場合と同様に、内在性のMyoDやミオゲニンの発現が誘導されることを本発明者らは以前報告している。そのため、本発明の製法において、骨格筋細胞誘導因子としてMyf5を用いた場合も、MyoDを用いた場合と同様に、長期培養が可能な、成熟度が高い骨格筋細胞を製造し得る。
【0015】
骨格筋細胞誘導因子は、1種のみを用いてもよく、複数種類用いてもよい。また、工程(1)で発現させる骨格筋細胞誘導因子と、工程(3)で発現させる骨格筋細胞誘導因子とは、異なるものであってもよいが、同一のものであることが好ましい。
【0016】
骨格筋細胞誘導因子としては、例えば、任意の哺乳動物(例:ヒト、マウス、ラット、サル、ウシ、ウマ、ブタ、イヌ等)由来のMyoD若しくはMyf5タンパク質又はそれをコードする核酸等を用いることができるが、好ましくはヒトである。対象となる多能性幹細胞の由来と同一種のものが好ましい。
【0017】
本発明で用いるMyoDとしては、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるヒトmyogenic differentiation 1(MyoD1)(NCBIにアクッセッション番号:NP_002469として登録されている)、及び他の哺乳動物におけるそのオルソログ、並びにそれらの転写変異体、スプライシング変異体などが挙げられる。或いは、上記いずれかのタンパク質と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上のアミノ酸同一性を有し、且つ該タンパク質と同等の機能(例、筋特異的プロモーターの転写活性化など)を有するタンパク質であってもよい。ここでアミノ酸配列の同一性はNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)のblastpプログラムを用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;マトリクス=BLOSUM62;フィルタリング=OFF)にて計算することができる。
【0018】
本発明で用いるMyf5としては、配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるヒトmyogenic factor 5(MYF5)(NCBIにアクッセッション番号:NP_005584として登録されている)、及び他の哺乳動物におけるそのオルソログ、並びにそれらの転写変異体、スプライシング変異体などが挙げられる。或いは、上記のタンパク質と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上のアミノ酸同一性を有し、且つ該タンパク質と同等の機能(例、筋特異的プロモーターの転写活性化など)を有するタンパク質であってもよい。ここでアミノ酸配列の同一性は上記と同様にして計算することができる。
【0019】
骨格筋細胞誘導因子は、該因子をコードする核酸として細胞に導入することができる。MyoDをコードする核酸としては、配列番号1で表されるヌクレオチド配列からなるヒトmyogenic differentiation 1(MyoD1)cDNA(NCBIにアクッセッション番号:NP_002478として登録されている)、及び他の哺乳動物におけるそのオルソログ、並びにそれらの転写変異体、スプライシング変異体などが挙げられる。或いは、上記いずれかの核酸と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上のヌクレオチド同一性を有し、且つ該核酸にコードされるタンパク質と同等の機能(例、筋特異的プロモーターの転写活性化など)を有するタンパク質をコードする核酸であってもよい。ここでヌクレオチド配列の同一性はNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)のblastnプログラムを用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;フィルタリング=ON;マッチスコア=1;ミスマッチスコア=-3)にて計算することができる。或いは、上記いずれかの核酸の相補鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の相補関係を有する正鎖を有するものであってもよい。なお、ここでストリンジェントな条件は、Berger and Kimmel(1987, Guide to Molecular Cloning Techniques Methods in Enzymology, Vol. 152, Academic Press, San Diego CA)に教示されるように、複合体或いはプローブを結合する核酸の融解温度(Tm)に基づいて決定することができる。例えばハイブリダイズ後の洗浄条件として、通常「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度の条件を挙げることができる。相補鎖はかかる条件で洗浄しても対象とする正鎖とハイブリダイズ状態を維持するものであることが好ましい。特に限定されないが、より厳しいハイブリダイズ条件として「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度の洗浄条件、さらに厳しくは「0.1×SSC、0.1%SDS、65℃」程度の洗浄条件で洗浄しても正鎖と相補鎖とがハイブリダイズ状態を維持する条件を挙げることができる。
【0020】
Myf5をコードする核酸としては、配列番号3で表されるヌクレオチド配列からなるヒトmyogenic factor 5(Myf5)cDNA(NCBIにアクッセッション番号:NM_005593として登録されている)、及び他の哺乳動物におけるそのオルソログ、並びにそれらの転写変異体、スプライシング変異体などが挙げられる。或いは、上記いずれかの核酸と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上のヌクレオチド同一性を有し、且つ該核酸にコードされるタンパク質と同等の機能(例、筋特異的プロモーターの転写活性化など)を有するタンパク質をコードする核酸であってもよい。ここでヌクレオチド配列の同一性は上記と同様にして計算することができる。或いは、上記いずれかの核酸の相補鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の相補関係を有する正鎖を有するものであってもよい。ここでストリンジェントな条件は上記と同義である。
【0021】
MyoD若しくはMyf5をコードする核酸は、DNAであってもRNAであってもよく、或いはDNA/RNAキメラであってもよい。また、該核酸は、一本鎖であっても、二本鎖DNA、二本鎖RNA若しくはDNA:RNAハイブリッドであってもよい。好ましくは二本鎖DNA若しくは一本鎖RNAである。一本鎖RNAを用いる場合、分解を抑制するため、5-メチルシチジン及びシュードウリジン(pseudouridine)(TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いてもよく、フォスファターゼ処理による修飾RNAを用いてもよい。
【0022】
MyoD及びMyf5並びにそれらをコードするDNAは、例えば、上記ヒトMyoD1及びヒトMyf5のcDNA配列情報に基づいて容易に各タンパク質をコードするDNAを単離することができ、或いは化学的に合成することもできる。MyoD又はMyf5をコードするRNAは、例えば、それぞれのタンパク質をコードするDNAを含むベクターを鋳型として、自体公知のin vitro転写系にてmRNAに転写することにより調製することができる。
【0023】
骨格筋細胞誘導因子がDNAの形態の場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクターをリポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクターなどが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、ヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが例示される。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドが例示される。ベクターには、MyoD又はMyf5をコードするDNAが発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えば、カナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、蛍光タンパク質、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。プロモーターとして、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(cytomegalovirus)プロモーター、RSV(Rous sarcoma virus)プロモーター、MoMuLV(Moloney mouse leukemia virus)LTR、HSV-TK(herpes simplex virus thymidine kinase)プロモーター、EF-αプロモーター、CAGプロモーター及びTREプロモーター(tetO配列が7回連続したTet応答配列をもつCMV最小プロモーター)が例示される。TREプロモーターを用いた場合、同一の細胞において、tetR及びVP16ADとの融合タンパク質又はリバース(reverse)tetR(rtetR)及びVP16ADとの融合タンパク質を同時に発現させることが望ましい。
【0024】
また、上記ベクターには、プロモーターとそれに結合するMyoD又はMyf5をコードするDNAからなる発現カセットを、細胞の染色体へ取り込み、さらに必要に応じて切除するために、この発現カセットの前後にトランスポゾン配列を有していてもよい。トランスポゾン配列として特に限定されないが、piggyBacが例示される。他の態様として、発現カセットを除去する目的のため、発現カセットの前後にLoxP配列又はFRT配列を有してもよい。
【0025】
別の好ましい非組込み型ベクターとして、染色体外で自律複製可能なエピソーマルベクターが挙げられる。エピソーマルベクターを用いる具体的手段は、Yu et al., Science, 324, 797-801 (2009)に開示されている。必要に応じて、エピソーマルベクターの複製に必要なベクター要素の5’側及び3’側に、loxP配列を同方向に配置したエピソーマルベクターに、骨格筋細胞誘導因子をコードする核酸を挿入した発現ベクターを構築し、これを体細胞に導入することもできる。上記エピソーマルベクターとしては、例えば、EBV、SV40等に由来する自律複製に必要な配列をベクター要素として含むベクターが挙げられる。自律複製に必要なベクター要素としては、具体的には、複製開始点と、複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子であり、例えば、EBVにあっては複製開始点oriPとEBNA-1遺伝子、SV40にあっては複製開始点oriとSV40 large T antigen遺伝子が挙げられる。
【0026】
本明細書において、TREプロモーターを有しリバースtetR(rtetR)及びVP16ADとの融合タンパク質、又はTREプロモーターを有しtetR及びVP16ADとの融合タンパク質を発現させることが可能なベクターを、薬剤応答性誘導ベクターと称する。上記ベクターにおいて、発現誘導に用いる薬剤(「ベクターと対応する薬剤」ともいう)としては、例えば、ドキシサイクリン(Dox)、テトラサイクリン又はそれらの誘導体(「Dox等」と略記する)が挙げられる。また、メタロチオネインプロモーターを含有するベクター(ベクターと対応する薬剤:重金属イオン)、ステロイド応答性プロモーターを含有するベクター(ベクターと対応する薬剤:ステロイドホルモン又はその誘導体)も、薬剤応答性誘導ベクターに包含されるものとする。さらに、光応答性プロモーター(光で誘導)、ヒートショックタンパク質プロモーター(ヒートショックで誘導)を含有するベクターなどの、刺激によりプロモーターに連結した核酸の発現が誘導されるベクターを用いてもよく、これらと薬剤応答性誘導ベクターをまとめて、誘導ベクターと称する。本発明の好ましい態様において、工程(1)及び(3)は、骨格筋細胞誘導因子をコードする核酸を含む誘導ベクター、好ましくは薬剤応答性誘導ベクターを導入した細胞を、該ベクターと対応する薬剤又は刺激の存在下で培養することにより行う。
【0027】
骨格筋細胞誘導因子がRNAの形態の場合、例えばエレクトロポレーション、リポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって細胞内に導入してもよい。
【0028】
本発明に用いる多能性幹細胞としては、例えば、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)、胚性幹細胞(embryonic stem cell:ES細胞)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞(nuclear transfer Embryonic stem cell:ntES細胞)、多能性生殖幹細胞(multipotent germline stem cell)(「mGS細胞」)、胚性生殖幹細胞(EG細胞)、Muse細胞(multi-lineage differentiating stress enduring cell)が挙げられるが、好ましくはiPS細胞(より好ましくはヒトiPS細胞)である。上記多能性幹細胞がES細胞又はヒト胚に由来する任意の細胞である場合、その細胞は胚を破壊して作製された細胞であっても、胚を破壊することなく作製された細胞であってもよいが、好ましくは、胚を破壊することなく作製された細胞である。
【0029】
iPS細胞は、特定の初期化因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(Takahashi K. and Yamanaka S.(2006)Cell, 126:663-676; Takahashi K. et al.(2007), Cell, 131:861-872; Yu J. et al.(2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa M. et al., Nat. Biotechnol. 26:101-106(2008);WO 2007/069666)。iPS細胞を用いる場合、該iPS細胞は、自体公知の方法により体細胞から作製してもよいし、既に樹立され、ストックされているiPS細胞を用いてもよい。初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物若しくはノンコーディング(non-coding)RNA又はES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物若しくはノンコーディングRNA、或いは低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3又はGlis1等が例示される。これらの初期化因子は、単独で用いてもよく、組み合わせて用いてもよい。初期化因子の組み合わせとしては、WO 2007/069666、WO 2008/118820、WO 2009/007852、WO 2009/032194、WO 2009/058413、WO 2009/057831、WO 2009/075119、WO 2009/079007、WO 2009/091659、WO 2009/101084、WO 2009/101407、WO 2009/102983、WO 2009/114949、WO 2009/117439、WO 2009/126250、WO 2009/126251、WO 2009/126655、WO 2009/157593、WO 2010/009015、WO 2010/033906、WO 2010/033920、WO 2010/042800、WO 2010/050626、WO 2010/056831、WO 2010/068955、WO 2010/098419、WO 2010/102267、WO 2010/111409、WO 2010/111422、WO 2010/115050、WO 2010/124290、WO 2010/147395、WO 2010/147612、Huangfu D, et al.(2008), Nat. Biotechnol., 26:795-797、Shi Y, et al.(2008), Cell Stem Cell, 2:525-528、Eminli S, et al.(2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D, et al.(2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al.(2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et al.(2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A,(2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al.(2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al.,(2009), Nat. Biotech., 27:459-461、Lyssiotis CA, et al.(2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al.(2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al.(2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al.(2010), Cell Stem Cell. 6:167-74、Han J, et al.(2010), Nature. 463:1096-100、Mali P, et al.(2010), Stem Cells. 28:713-720、Maekawa M, et al.(2011), Nature. 474:225-9に記載の組み合わせが例示される。
【0030】
上記初期化因子には、例えば、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸(VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNA及びshRNA(例、HDAC1 siRNA Smartpool(Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1(OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、MEK阻害剤(例えば、PD184352、PD98059、U0126、SL327及びPD0325901)、グリコーゲンシンターゼキナーゼ-3阻害剤(例えば、Bio及びCHIR99021)、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、5-アザシチジン)、ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、BIX-01294等の低分子阻害剤、Suv39hl、Suv39h2、SetDBl及びG9aに対するsiRNA及びshRNA等の核酸性発現阻害剤など)、L-チャネルカルシウムアゴニスト(例えばBayk8644)、酪酸、TGFβ阻害剤又はALK5阻害剤(例えば、LY364947、SB431542、616453及びA-83-01)、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNA及びshRNA)、ARID3A阻害剤(例えば、ARID3Aに対するsiRNA及びshRNA)、miR-291-3p、miR-294、miR-295及びmir-302などのmiRNA、Wntシグナリング(例えば可溶性Wnt3a)、神経ペプチドY、プロスタグランジン類(例えば、プロスタグランジンE2及びプロスタグランジンJ2)、hTERT、SV40LT、UTF1、IRX6、GLISl、PITX2、DMRTBl等の樹立効率を高めることを目的として用いられる因子も含まれるが、それらに限定されない。本明細書においては、これらの樹立効率を高めることを目的として用いられる因子についても初期化因子と別段の区別をしないものとする。
【0031】
本明細書において、「体細胞」とは、卵子、卵母細胞、ES細胞などの生殖系列細胞又は分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞(好ましくは、ヒトを含む哺乳動物細胞)を意味する。体細胞としては、特に限定されないが、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、及び成熟した健全な若しくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、及び株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞及び脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
【0032】
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。ES細胞は、マウスで1981年に発見され(M.J. Evans and M.H. Kaufman(1981), Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立された(J.A. Thomson et al.(1998), Science 282:1145-1147; J.A. Thomson et al.(1995), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848; J.A. Thomson et al.(1996), Biol. Reprod., 55:254-259; J.A. Thomson and V.S. Marshall(1998), Curr. Top. Dev. Biol., 38:133-165)。ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。ヒト及びサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えば、USP5,843,780; Thomson JA, et al.(1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848;Thomson JA, et al.(1998), Science. 282:1145-1147; Suemori H. et al.(2006), Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932; Ueno M. et al.(2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559; Suemori H. et al.(2001), Dev. Dyn., 222:273-279; Kawasaki H. et al.(2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I. et al.(2006), Nature. 444:481-485などに記載されている。或いは、ES細胞は、胚盤胞期以前の卵割期の胚の単一割球のみを用いて樹立することもできるし(Chung Y. et al. (2008), Cell Stem Cell 2: 113-117)、発生停止した胚を用いて樹立することもできる(Zhang X. et al. (2006), Stem Cells 24: 2669-2676.)。
【0033】
nt ES細胞は、核移植技術によって作製されたクローン胚由来のES細胞であり、受精卵由来のES細胞とほぼ同じ特性を有している(Wakayama T. et al.(2001), Science, 292:740-743; S. Wakayama et al.(2005), Biol. Reprod., 72:932-936; Byrne J. et al.(2007), Nature, 450:497-502)。すなわち、未受精卵の核を体細胞の核と置換することによって得られたクローン胚由来の胚盤胞の内部細胞塊から樹立されたES細胞がnt ES(nuclear transfer ES)細胞である。nt ES細胞の作製のためには、核移植技術(Cibelli J.B. et al.(1998), Nature Biotechnol., 16:642-646)とES細胞作製技術(上記)との組み合わせが利用される(若山清香ら(2008), 実験医学, 26巻, 5号(増刊), 47~52頁)。核移植においては、哺乳動物の除核した未受精卵に、体細胞の核を注入し、数時間培養することで初期化することができる。
【0034】
mGS細胞は、精巣由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能であり、例えばマウス胚盤胞に移植するとキメラマウスを作出できるなどの性質をもつ(Kanatsu-Shinohara M. et al.(2003)Biol. Reprod., 69:612-616; Shinohara K. et al.(2004), Cell, 119:1001-1012)。神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor(GDNF))を含む培養液で自己複製可能であるし、またES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことによって、生殖幹細胞を得ることができる(竹林正則ら(2008), 実験医学, 26巻, 5号(増刊), 41~46頁, 羊土社(東京、日本))。
【0035】
EG細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞である。LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立し得る(Matsui Y. et al.(1992), Cell, 70:841-847; J.L. Resnick et al.(1992), Nature, 359:550-551)。
【0036】
Muse細胞は、生体に内在する非腫瘍性の多能性幹細胞であり、例えば、WO 2011/007900に記載された方法にて製造することができる。詳細には、線維芽細胞又は骨髄間質細胞を長時間トリプシン処理、好ましくは8時間又は16時間トリプシン処理した後、浮遊培養することで得られる多能性を有した細胞がMuse細胞であり、SSEA-3及びCD105が陽性である。
【0037】
本発明において、工程(1)の前に、多能性幹細胞を、胚様体を形成させず、特定の細胞種への誘導条件ではない接着培養条件下で培養(以下、「前培養」ともいう)することが好ましい。この培養方法として、例えば、マトリゲル(BD)、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、又はエンタクチン、及びこれらの組み合わせ(「マトリゲル等」ともいう)を用いてコーティング処理された培養皿へ接着させ、動物細胞の培養に用いられる培地を基本培地として、細胞を培養する方法が挙げられる。この時、bFGFを含有する培地を用いてもよいが、bFGFを含有していない培地であることが望ましい。bFGFを含有する培地を用いる場合であっても、前培養の途中でbFGFを含有していない培地に交換することが望ましい。ここで、基本培地としては、例えば、StemFit(例:StemFit AK03N、StemFit AK02N)(味の素社)、PECM(Primate ES Cell Medium)、GMEM(グラスゴー最小必須培地:Glasgow Minimum Essential Medium)、IMDM(イスコフ改変ダルベッコ培地:Iscove's Modified Dulbecco's Medium)、199培地、イーグル最小必須培地(Eagle’s Minimum Essential Medium)(EMEM)、αMEM、ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco’s modified Eagle’s Medium)(DMEM)、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、フィッシャー培地(Fischer’s medium)、及びこれらの混合培地などが包含される。
【0038】
基本培地には、ROCK阻害剤(例:Y-27632、Fasudil/HA1077、SR3677、GSK269962、H-1152、Wf-536等)、血清(例:ウシ胎仔血清(FBS)、ヒト血清、ウマ血清等)若しくは血清代替物、インスリン、各種ビタミン、L-グルタミン、非必須アミノ酸等の各種アミノ酸、2-メルカプトエタノール、各種サイトカイン(インターロイキン類(IL-2、IL-7、IL-15等)、幹細胞因子(SCF (Stem cell factor))、アクチビンなど)、各種ホルモン、各種増殖因子(白血病抑制因子(LIF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、TGF-β等)、各種細胞外マトリックス、各種細胞接着分子、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン等の抗生物質、フェノールレッド等のpH指示薬などを適宜添加することができる。血清代替物として、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、Knockout Serum Replacement(KSR)、ITS-サプリメント及びこれらの混合物などが包含される。
【0039】
好ましい前培養条件は、マトリゲルでコーティングされた培養皿に接着させた多能性幹細胞を、ROCK阻害剤を含有するStemFit中で培養した後に、ROCK阻害剤を含有するPECMに培地を交換して培養する条件である。
【0040】
上記前培養を行う場合の期間としては、1日間~3日間以下行うことが好ましく、2日間行うことがより好ましい。培養温度は、特に限定されないが、約30~約40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の存在下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2~5%である。
【0041】
本明細書において、「骨格筋細胞誘導因子を発現させる」とは、特にことわらない限り、少なくとも骨格筋細胞誘導因子(タンパク質)を産生させることを含む意味で用いられるが、好ましくは、さらに骨格筋細胞誘導因子(mRNA)を産生させることをも含む意味で用いられる。本明細書において、「骨格筋細胞誘導因子を発現させる条件」とは、骨格筋細胞誘導因子の発現を誘導する、下記に記載の物質の存在下で継続して細胞を培養すること、或いは骨格筋細胞誘導因子の発現誘導を阻害する物質の非存在下で継続して培養することで、骨格筋細胞誘導因子の発現が維持される条件を意味する。また、本明細書において、「骨格筋細胞誘導因子を発現させない条件」とは、上記の骨格筋細胞誘導因子の発現を誘導する物質の非存在下で継続して細胞を培養すること、或いは骨格筋細胞誘導因子の発現を阻害する物質の存在下で継続して細胞を培養することで、骨格筋細胞誘導因子の発現が停止される条件を意味し、mRNAレベル及びタンパク質レベルで完全に骨格筋細胞誘導因子の発現が認められない条件のみを意味するものではない。
【0042】
骨格筋細胞誘導因子の発現を維持する方法としては、特に限定されないが、骨格筋細胞誘導因子がRNAの場合、所望の期間において、該RNAの導入を複数回行うことで実施可能であり、一方で、該RNAを含まない培地に培地交換することで、該骨格筋細胞誘導因子の発現を停止することができる。骨格筋細胞誘導因子がDNAの場合、例えば、薬剤応答性誘導ベクターを用いて、所望の期間Dox等を含む培地で細胞を培養する(Tet-onシステムの場合)、或いはDox等を含まない培地で細胞を培養する(Tet-offシステムの場合)ことで、該骨格筋細胞誘導因子の発現を維持することができ、一方で、Dox等を含まない培地(Tet-onシステムの場合)、或いはDox等を含む培地(Tet-offシステムの場合)に培地交換することで、発現を停止することができる。その他の誘導ベクターを用いた場合も、同様に発現を維持又は停止することができる。或いは、トランスポゾン配列を有するベクター又はLoxP配列若しくはFRT配列を有するベクターを用いる場合には、該ベクターを導入した細胞を所望の期間培養することで骨格筋細胞誘導因子の発現を維持することができ、一方で、所望の期間経過後、トランスポゼース又はCre若しくはFlpを細胞内に導入することで、発現を停止することができる。
【0043】
工程(1)の培養期間は特に限定されないが、3日間以下であることが好ましく、また、1日間以上であることが好ましい。好ましい実施態様において、工程(1)の期間は2日間である。また、工程(3)の培養期間も特に限定されないが、Myotubeが形成されるまで骨格筋細胞誘導因子の発現を維持することが好ましく、具体的な日数の目安としては、2日間以上、10日間以下(例:10日間、9日間、8日間、7日間、6日間、5日間又はそれ以下)が挙げられる。下述の実施例で示す通り(
図2のD10)、4日間骨格筋細胞誘導因子の発現を維持することで明確なMyotubeの形成が認められたため、好ましい目安として4日間が挙げられる。Myotubeの形成は、電子顕微鏡により確認することができる。薬剤応答性誘導ベクターを用いる場合、工程(1)又は(3)の培地中におけるベクターと対応する薬剤の濃度は、細胞において骨格筋細胞誘導因子が発現される限り特に限定されない。例えば、Doxを用いる場合には、0.4μg/mL~1.5μg/mL程度が好ましく、Dox以外を用いる場合も、当業者であれば適宜濃度を設定することができる。
【0044】
工程(2)の培養期間は特に限定されないが、8日間以下(例:8日間、7日間、6日間、5日間、4日間又はそれ以下)であることが好ましく、また、1日間以上であることが好ましい。好ましい実施態様において、工程(2)の期間は2日間である。また、工程(4)の培養期間も特に限定されないが、典型的には、2日間~7日間程度であるが、これを超えて培養してもよい。
【0045】
工程(1)~(4)の培養における、基本培地や、ROCK阻害剤、血清、血清代替物などの各添加物については、上記前培養に記載のものと同様のものを用いることができる。培養条件(温度、CO2濃度)についても、上記前培養に記載のものと同様の条件が挙げられる。例えば、工程(2)の培地には、ROCK阻害剤を含んでいてもよいが、含んでいないことが好ましい。ROCK阻害剤を含む場合、培地におけるその濃度は、10μM未満(例:9μM、5μM、4μM、3μM、2μM、1μM又はそれ未満)であることが好ましく、より好ましくは0.3μM以下(例:0.3μM、0.2μM、0.1μM又はそれ以下)である。工程(2)以降の培養は、KSRを含まない培地で行うことが好ましい。下述の実施例で示す通り、ROCK阻害剤の濃度を減らすことで、未分化多能性幹細胞の混入を減らすことが可能となる。また、工程(2)以降の培養は、5%(v/v)未満(例:4%、3%、2%、1%又はそれ未満)のウマ血清を含む培地で行うことが好ましく、より好ましくは2%(v/v)のウマ血清を含む培地で行なうことが好ましい。具体的な基本培地としては、例えば、工程(1)はPECM、工程(2)以降はαMEMが挙げられる。
【0046】
骨格筋細胞への誘導効率の均一性及び細胞生存率の向上の観点から、工程(2)の開始前後に、工程(1)で培養した細胞を一度はがし、別の培養皿やプレート(例:96ウェルプレート、384ウェルプレート)に撒き直すこと(以下、「再播種(Replating)」ともいう)を行うことが好ましい。前記培養皿やプレートは、マトリゲル等でコーティングされていることが好ましい。再播種の具体的な方法や、培養皿等のコーティング方法は、非特許文献1を適宜参酌することができる。好ましい実施態様において、上記コーティングは、αMEMで100倍に希釈したマトリゲル(BD社)を、前記培養皿やプレート上に加え、4℃で24時間以上インキュベートすることにより行う。
【0047】
後述の実施例で示す通り、工程(3)により得られた細胞に対して、電気刺激を与えることで、従来の方法で作製した骨格筋細胞と比較して、ダイナミックかつ広い面積で収縮活動を示し、また収縮速度及び収縮距離も増加した骨格筋細胞が作製された。また、従来の方法で作製した骨格筋細胞では認められなかった、明確なサルコメア構造も認められた。さらに、電気刺激を与える工程(以下、「電気刺激工程」ともいう)を行わずに、本発明の製法で得られた骨格筋細胞よりも、さらに長期間培養可能であった。このように、電気刺激工程を行うことで、より成熟した、さらに長期間培養可能な骨格筋細胞を製造することが可能である。従って、本発明の製法は、工程(1)~工程(4)のいずれかの段階で得られる細胞に対して、電気刺激を与える工程をさらに含むことが好ましい。別の態様において、本発明は、工程(1)~(4)のいずれかの段階で得られる骨格筋細胞(骨格筋前駆細胞を含む)に対し、電気刺激を与える工程を含む、骨格筋細胞又は骨格筋前駆細胞の成熟化方法を提供する。さらに別の態様において、本発明は、本発明の製法で得られた細胞を、工程(4)と同様の培養条件で維持培養する工程を含む、骨格筋細胞の長期培養方法を提供する。
【0048】
本明細書において、「骨格筋細胞の成熟化」とは、長期間細胞を分化培養する事により、該細胞の(1)骨格筋成熟化マーカー(速筋マーカー(例:MYH1、2)、遅筋マーカー(例:MYH7))、未成熟な骨格筋細胞で発現するマーカー(胎児(仔)マーカー(例:MYH3)、幼児(仔)マーカー(例:MYH8))、骨格筋マーカー(MyoD、CKM、MHC、Myogenin)の発現が増幅する、(2)サルコメア構造が電子顕微鏡解析で確認出来る、(3)外部からの刺激(例、電気刺激)に応答して収縮活動が認められる、等のいずれかを満たす事を意味する。これらの指標は自体公知の方法により確認できる。また、本明細書において、「長期培養」とは、2週間以上細胞形態に弱体化等での変化が無く、上記骨格筋マーカーの発現の著しい減少が見られない条件で培養可能であることを意味する。これらの指標も自体公知の方法により確認できる。本明細書において、「骨格筋成熟化マーカー」は、非特許文献1に記載の方法により作製した骨格筋細胞では発現が見られないマーカーを意味し、一方で「未成熟な骨格筋細胞で発現するマーカー」は、非特許文献1に記載の方法により作製した骨格筋細胞でも見られるマーカーを意味する。また、「骨格筋マーカー」は、非特許文献1に記載の方法により作製した骨格筋細胞では、培養を続けることで発現量が低下するマーカーを意味する。
【0049】
電気刺激工程は、工程(1)~工程(4)のいずれかの段階で得られる細胞に対して行うことができるが、工程(2)の前後(即ち、再播種するタイミング)から、工程(3)の終了までの間の段階の細胞に対して電気刺激を開始することが好ましい。具体的には、電気刺激工程の開始日としては、例えば、多能性幹細胞の培養開始から4日目以降(例:4日目、5日目、6日目又はそれ以降)が挙げられ、典型的には4日目~14日目であり、好ましくは5日目~12日目であり、より好ましくは6日目~10日目である。電気刺激工程において、一定の電気刺激を与えてもよいが、段階的に電気刺激の電圧を上げることが好ましい。
【0050】
電気刺激の条件は、細胞死や培地の電気分解による毒性を引き起こさない限り特に限定されないが、電圧は、例えば、0.5V以上(例:0.5V、1V、1.5V、1.6V、1.7V、1.8V、1.9V、2V又はそれ以上)であることが好ましく、また、20V以下(例:20V、15V、14V、13V、12V、11V、10V又はそれ以下)であることが好ましい。段階的に電圧を上げる場合には、前記の範囲内、例えば、0.5V~20Vの範囲内で、好ましくは2V~10Vの範囲内で段階的に上げる(例えば、2V→5V→10Vと段階的に上げる)ことが望ましい。周波数は、例えば、0.1Hz以上(例:0.1、0.2、0.3、0.4又はそれ以上)であることが好ましく、また、1Hz以下(例:1Hz、0.9Hz、0.8Hz、0.7Hz、0.6Hz、0.5Hz又はそれ以下)であることが好ましいが、好適な実施態様において、周波数は0.5Hzである。電気刺激は、間隔を開けて(例えば、1~10分間)与えてもよいし、連続して与えてもよいが、連続して与えることが好ましい。細胞に電気刺激を与える期間は、5日以上(例:Day10から連続して5日以上)が好ましく、1度細胞に収縮活動が確認できたら、収縮活動が確認できるレベルの大きさで(例:10V、5V、2V)、絶えず電気刺激を与え続けることが好ましい。具体的には、細胞に電気刺激を与える期間としては、例えば、2日間以上(例:2日間、3日間、4日間、5日間、6日間又はそれ以上)が挙げられ、典型的には2日間~30日間、好ましくは4日間~25日間、より好ましくは6日間~21日間である。好ましい実施態様において、細胞に7日間絶えず電気刺激を与える。また、電気刺激を与える期間は、最低でも2日に1度は培地交換を行う事が好ましい。
【0051】
電気刺激工程を行う場合、プラスチック上に蒔かれた細胞では、接地面が硬く刺激に耐えられない、或いは細胞の収縮活動が困難であることが予期されるため、細胞をハイドロゲル上に播種することが好ましい。本発明に用いるハイドロゲルとしては、例えば、ゼラチンハイドロゲル、コラーゲンハイドロゲル、デンプンハイドロゲル、ペクチンハイドロゲル、ヒアルロン酸ハイドロゲル、キチンハイドロゲル、キトサンハイドロゲル又はアルギン酸ハイドロゲルなどを挙げることができる。中でも、コラーゲンハイドロゲル又はゼラチンハイドロゲルが好ましい。ハイドロゲルのゲル硬度(弾力係数)としては、10kPa以上(例:10kPa、11kPa、12kPa、13kPa、14kPa、15kPa又はそれ以上)であることが好ましく、25kPa以下(例:25kPa、20kPa、19kPa、18kPa、17kPa、16kPa、15kPa又はそれ以下)であることが好ましく、好適な実施態様において、12kPaである。細胞をハイドロゲル上に播種するタイミングは、特に限定されないが、電気刺激を与える前にハイドロゲル上に播種することが好ましく、再播種するタイミングでハイドロゲル上に播種することがより好ましい。
【0052】
本発明において、得られた骨格筋細胞は、単離又は精製して用いてもよい。単離又は精製の方法は、当業者に周知の方法を適宜用いることができ、例えば、指標とする分子に対する抗体により標識し、フローサイトメトリーやマスサイトメトリーを用いた方法、磁気細胞分離法、又は所望の抗原を固定化したアフィニティカラム等を用いて精製する方法が挙げられる。
【0053】
2.本発明の骨格筋細胞
本発明はまた、本発明の製法により得られた骨格筋細胞(以下、「本発明の骨格筋細胞」ともいう)を提供する。上述の通り、本発明の骨格筋細胞は、長期培養が可能で成熟度が高い細胞であり、具体的には、(A)多能性幹細胞由来である、(B)骨格筋成熟化マーカー、未成熟な骨格筋細胞で発現するマーカー、及び骨格筋マーカーを発現している、(C)少なくとも2週間以上の長期培養が可能である、との性質を有し得る。骨格筋成熟マーカー、未成熟な骨格筋細胞で発現するマーカー及び骨格筋マーカーの具体例及び定義は上記1.で記載した通りであり、同様に長期培養の定義も、上記1.で記載した通りである。本発明の骨格筋細胞は、さらに、(D)電気刺激に応答して収縮する、(E)サルコメア構造を有する、との特性を有し得る。また、本発明の骨格筋細胞は、骨格筋細胞誘導因子をコードする核酸を有していてもよいし、該核酸が取り除かれていてもよい。
【0054】
3.ミオパチー治療又は予防剤のスクリーニング方法
本発明は、ミオパチーの治療又は予防に有用な薬剤である候補薬剤をスクリーニングする方法(以下、「本発明のスクリーニング方法」ともいう)を提供する。本発明のスクリーニング方法は、例えば、(1’)本発明の骨格筋細胞に、候補物質を接触させる工程、及び(2’)候補物質と接触させなかった場合と比較して、該骨格筋細胞の病態が緩和された場合、ミオパチーの治療又は予防剤として選別する工程を含む。本発明の骨格筋細胞は、好ましくは、上記1.の工程(1)~(4)を含む方法により、提供される。上述の通り、本発明の骨格筋細胞は、長期培養が可能で成熟度が高いとの性質を有する、品質の高い細胞である。本発明のスクリーニング方法は、この品質が高く、病態を強く反映する骨格筋細胞を用いることにより、従来の方法により作製された骨格筋細胞を用いる場合と比べて、より精度の高いスクリーニングが可能となり得る。例えば、本発明の骨格筋細胞は、骨格筋細胞の成熟度が関与する病態等の研究に応用することができ、該病態等の治療又は予防剤をスクリーニングすることが可能となる。本発明のスクリーニング方法に用いる骨格筋細胞は、典型的にはミオパチー患者由来の細胞であり、好ましくは、治療又は予防剤による治療の対象とするミオパチーと同じ疾患に罹患した患者由来の細胞である。
【0055】
一態様において、本発明のスクリーニング方法は、上記工程(1’)で提供された骨格筋細胞に電気刺激を与える工程を含み得る。電気刺激を与える工程において、一定の電気刺激を与えてもよいが、段階的に電気刺激の電圧を上げることが好ましい。電気刺激の条件は、細胞死や培地の電気分解による毒性を引き起こさない限り特に限定されないが、電圧は、例えば、0.5V以上(例:0.5V、1V、1.5V、1.6V、1.7V、1.8V、1.9V、2V又はそれ以上)であることが好ましく、また、20V以下(例:20V、15V、14V、13V、12V、11V、10V又はそれ以下)であることが好ましい。段階的に電圧を上げる場合には、前記の範囲内、例えば、0.5V~20Vの範囲内で段階的に上げる(例えば、2V→5V→10Vと段階的に上げる)ことが好ましいが、特定の時点で急激に電圧を上げる(例えば、1.5倍以上(例:1.5倍、1.6倍、1.7倍、1.8倍、1.9倍、2倍又はそれ以上)の上昇率で電圧を上げる)ことで、筋傷害の急性モデル(Acute model)を作製することができる。Acute modelでの解析が有用である疾患としては、物理的な筋への障害で病態が悪化する疾患が挙げられ、具体的には、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの他にベッカー型筋ジストロフィー、三好型遠位型筋ジストロフィー、肢帯型筋ジストロフィーなどが該当する。Acute modelを用いることで、比較的短期間でスクリーニングを行うことが可能となる。周波数は、例えば、0.1Hz以上(例:0.1、0.2、0.3、0.4又はそれ以上)であることが好ましく、また、1Hz以下(例:1Hz、0.9Hz、0.8Hz、0.7Hz、0.6Hz、0.5Hz又はそれ以下)であることが好ましいが、好適な実施態様において、周波数は1Hzである。電気刺激は、間隔を開けて(例えば、1~10分間)与えてもよいし、連続して与えてもよいが、連続して与えることが好ましい。電気刺激工程の開始日としては、例えば、多能性幹細胞の培養開始から4日目以降(例:4日目、5日目、6日目、7日目、8日目、9日目、10日目又はそれ以降)が挙げられ、典型的には4日目~24日目であり、好ましくは6日目~20日目であり、より好ましくは10日目~14日目である。細胞に電気刺激を与える期間としては、例えば、4日間以上(例:4日間、5日間、6日間又はそれ以上)が挙げられ、典型的には4日間~12日間、好ましくは5日間~10日間、より好ましくは6日間~8日間である。
【0056】
急性モデルを用いる場合の好ましい実施態様において、本発明のスクリーニング方法は、例えば、多能性幹細胞の培養開始から8日目以降(例:Day8~Day12)に(例えば、0.5~2Vで)電気刺激を開始し、例えば0.5Vから10Vの範囲で電圧を段階的に上げながら特定の期間(例えば、10日間~25日間)培養を続けた後、例えば1.5V~2.0Vの電圧で1~3日間程度刺激を与える工程を含む。
【0057】
また、本発明のスクリーニング方法で用いる細胞は、多能性幹細胞から骨格筋細胞への分化誘導段階の初期から、電気刺激を与えてもよい。従って、別の実施態様において、本発明のスクリーニング方法は、(i)上記1.の工程(1)、(ii)上記1.の工程(2)、(iii)上記1.の工程(3)を含み、さらに(iv)工程(ii)又は工程(iii)で培養された細胞に電気刺激を与えて培養し、骨格筋細胞に分化させる工程、(v)前記工程(iv)で得られた骨格筋細胞に被験物質を接触させる工程、及び(vi)被験物質を接触させなかった場合と比較して、該骨格筋細胞の病態が緩和された場合に、該被験物質をミオパチーの治療又は予防の候補物質として選別する工程、を含み得る。
【0058】
上記工程(iv)に工程(iii)で培養された細胞を用いる場合、該細胞としては、工程(iii)の開始から4日以内(例:4日、3日、2日又はそれ以下)の細胞が好ましい。また、工程(iv)における電気刺激は、一定の電気刺激であってもよいが、段階的に電気刺激の電圧を上げることが好ましい。電気刺激の条件は、細胞死や培地の電気分解による毒性を引き起こさない限り特に限定されないが、電圧は、例えば、0.5V以上(例:0.5V、1V、1.5V、1.6V、1.7V、1.8V、1.9V、2V又はそれ以上)であることが好ましく、また、20V以下(例:20V、15V、14V、13V、12V、11V、10V又はそれ以下)であることが好ましい。段階的に電圧を上げる場合には、前記の範囲内、例えば、0.5V~20Vの範囲内で段階的に上げる(例えば、2V→5V→10Vと段階的に上げる)ことが好ましい。周波数は、例えば、0.1Hz以上(例:0.1、0.2、0.3、0.4又はそれ以上)であることが好ましく、また、1Hz以下(例:1Hz、0.9Hz、0.8Hz、0.7Hz、0.6Hz、0.5Hz又はそれ以下)であることが好ましいが、好適な実施態様において、周波数は0.5Hzである。電気刺激は、間隔を開けて(例えば、1~10分間)与えてもよいし、連続して与えてもよいが、連続して与えることが好ましい。このようにして多能性幹細胞から骨格筋細胞への分化誘導段階の初期で電気刺激を与えることで、筋傷害の慢性モデル(Chronic model)を作製することができる。Chronic modelでの解析が有用な疾患としては、易疲労性を示す疾患群で特にミトコンドリア機能障害を来す疾患が挙げられ、具体的には、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの他にベッカー型筋ジストロフィー、筋強直性ジストロフィー、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー、ウルリッヒ先天性筋ジストロフィー、ミトコンドリアミオパチー、先天性ミオパチー、GNEミオパチーなどが該当する。電気刺激工程の開始日としては、例えば、多能性幹細胞の培養開始から4日目以降(例:4日目、5日目、6日目又はそれ以降)が挙げられ、典型的には4日目~18日目であり、好ましくは5日目~14日目であり、より好ましくは6日目~10日目である。細胞に電気刺激を与えて培養を行う期間としては、例えば、10日間以上(例:10日間、15日間、20日間、25日間、26日間又はそれ以上)が挙げられ、典型的には10日間~40日間であり、好ましくは20日間~35日間であり、より好ましくは26日間~30日間である。
【0059】
慢性モデルを用いる場合の好ましい実施態様において、本発明のスクリーニング方法は、例えば、多能性幹細胞の培養開始から4日目以降(例:Day4~Day8)に電気刺激工程を開始し、例えば0.5Vから20Vの範囲で電圧を段階的に上げながら、特定の期間(例えば、10~25日間)培養を行う工程を含む。また、上記工程(iv)は、上記1.の工程(4)と同様に、外因性因子を発現させない条件で行うことが好ましく、具体的な培養条件等については上記1.に記載の通りである。
【0060】
電気刺激を与える期間は、最低でも2日に1度は培地交換を行う事が好ましい。電気刺激を与える場合に用いる具体的なゲルや細胞をゲルに播種するタイミングとしては、上記1.で記載したものと同じゲル及びタイミングが挙げられる。
【0061】
急性モデルにおいて骨格筋細胞に被験物質を接触させるタイミングは特に限定されないが、細胞の分化又は成熟への影響を抑えられる観点からは、分化誘導過程の後半、例えば、多能性幹細胞の培養開始から10日目以降(例:10日目、11日目、12日目、13日目、14日目又はそれ以降)に行うことができ、典型的には10日目~20日目であり、好ましくは12日目~18日目であり、より好ましくは14日目~16日目である。骨格筋細胞に被験物質を接触させる期間も特に制限されないが、該期間として例えば、1日間以上(例:1日間又はそれ以上)が挙げられ、典型的には1日間~6日間であり、好ましくは1日間~4日間であり、より好ましくは1日間~2日間である。
【0062】
慢性モデルにおいて骨格筋細胞に被験物質を接触させるタイミングは特に限定されないが、細胞の分化又は成熟への影響を抑えられる観点からは、分化誘導過程の後半、例えば、多能性幹細胞の培養開始から16日目以降(例:16日目、17日目、18日目、19日目、20日目、21日目、22日目又はそれ以降)に行うことができ、典型的には16日目~35日目であり、好ましくは20日目~30日目であり、より好ましくは22日目~26日目である。骨格筋細胞に被験物質を接触させる期間も特に制限されないが、該期間として例えば、1日間以上(例:1日間、2日間、3日間、4日間又はそれ以上)が挙げられ、典型的には1日間~14日間であり、好ましくは2日間~10日間であり、より好ましくは4日間~8日間である。
【0063】
上記ミオパチーとしては、例えば、筋ジストロフィー(例:デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)、ベッカー型筋ジストロフィー、肢帯型筋ジストロフィー、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー、眼筋咽頭型筋ジストロフィー、エメリ・ドレフュス型筋ジストロフィー、先天性筋ジストロフィー、遠位型筋ジストロフィー、筋強直性ジストロフィー等)、遠位型ミオパチー(例:三好型ミオパチー、GNEミオパチー、眼咽頭型遠位型ミオパチー等)、先天性ミオパチー(例:ネマリンミオパチー、セントラルコア病等)、糖原病、周期性四肢麻痺、ミトコンドリアミオパチーなどが挙げられる。筋ジストロフィーは、ジストロフィンタンパク質の欠損又は変異と関連する病態である。三好型ミオパチーは、ジスフェリンの変異と関連する病態であり、GNEミオパチーは、GNE(UDP-N-acetylglucosamine 2-epimerase/N-acetylmannosamine kinase)の変異と関連する病態である。また、セントラルコア病は、リアノジン受容体(RYR1)の変異と、糖原病は、グリコーゲン代謝酵素の変異と関連する病態である。
【0064】
ミオパチーが筋ジストロフィーである場合、骨格筋細胞の病態は、当該骨格筋細胞におけるジストロフィンタンパク質の欠損若しくは変異又は炎症マーカーの陽性として観察することができる。ここで、炎症マーカーとはプロスタグランジンD2又はNFkBの活性が例示される。病態の緩和は、例えば、ジストロフィンタンパク質若しくはエクソン・スキッピングによる短ジストロフィンタンパク質の発現又は炎症マーカーの低下で確認することができる。
【0065】
ミオパチーが三好型ミオパチーである場合、骨格筋細胞の病態は、当該骨格筋細胞における筋肉の膜修復異常として観察することができる。ここで、筋肉の膜修復異常は、細胞質損傷部位全体(all cytoplasmic lesion)におけるFM1-43の取り込みにより観察することができる。病態の緩和は、例えば、FM1-43の取り込みの低下で確認することができる。その他のミオパチーについても、当業者であれば適宜骨格筋細胞の病態及び緩和を観察することができる。
【0066】
本発明において、候補物質は、例えば、細胞抽出物、細胞培養上清、微生物発酵産物、海洋生物由来の抽出物、植物抽出物、精製タンパク質又は粗タンパク質、ペプチド、非ペプチド化合物、合成低分子化合物、及び天然化合物が例示される。
【0067】
本発明において、候補物質はまた、(1)生物学的ライブラリー、(2)デコンヴォルーションを用いる合成ライブラリー法、(3)「1ビーズ1化合物(one-bead one-compound)」ライブラリー法、及び(4)アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する合成ライブラリー法を含む当技術分野で公知のコンビナトリアルライブラリー法における多くのアプローチのいずれかを使用して得ることができる。アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する生物学的ライブラリー法はペプチドライブラリーに限定されるが、その他の4つのアプローチはペプチド、非ペプチドオリゴマー、又は化合物の低分子化合物ライブラリーに適用できる(Lam(1997)Anticancer Drug Des. 12:145-67)。分子ライブラリーの合成方法の例は、当技術分野において見出され得る(DeWitt et al.(1993)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:6909-13; Erb et al.(1994)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 91:11422-6; Zuckermann et al.(1994)J. Med. Chem. 37:2678-85; Cho et al.(1993)Science 261:1303-5; Carell et al.(1994)Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 33:2059; Carell et al.(1994)Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 33:2061; Gallop et al.(1994)J. Med. Chem. 37:1233-51)。化合物ライブラリーは、溶液(Houghten(1992)Bio/Techniques 13:412-21を参照のこと)又はビーズ(Lam(1991)Nature 354:82-4)、チップ(Fodor(1993)Nature 364:555-6)、細菌(米国特許第5,223,409号)、胞子(米国特許第5,571,698号、同第5,403,484号、及び同第5,223,409号)、プラスミド(Cull et al.(1992)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89:1865-9)若しくはファージ(Scott and Smith(1990)Science 249:386-90; Devlin(1990)Science 249:404-6; Cwirla et al.(1990)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:6378-82; Felici(1991)J. Mol. Biol. 222:301-10; 米国特許出願第2002103360号)として作製され得る。
【0068】
4.細胞移植療法剤
本発明はまた、本発明の骨格筋細胞を含有してなる、細胞移植療法剤(以下、「本発明の細胞移植療法剤」ともいう)を提供する。上述の通り、本発明の骨格筋細胞は、長期培養が可能で成熟度が高いとの性質を有する、品質の高い細胞である。よって、該骨格筋細胞は、細胞移植療法剤の原料として用いることに適しており、該骨格筋細胞又は本発明の細胞移植療法剤は、ミオパチーの治療又は予防に有用である。従って、本発明の骨格筋細胞又は細胞移植療法剤の有効量を治療又は予防の対象とする哺乳動物(例:ヒト、マウス、ラット、サル、ウシ、ウマ、ブタ、イヌ等)に投与又は移植する、ミオパチーの治療又は予防方法も、本発明に包含される。治療又は予防の対象とするミオパチーの種類としては、上記3.で記載したものと同じ疾患が挙げられる。
【0069】
本発明の骨格筋細胞を、細胞移植療法剤に用いる場合、拒絶反応が起こらないという観点から、移植先の個体のHLA遺伝子型が同一若しくは実質的に同一である体細胞から樹立したiPS細胞に由来する細胞を用いることが望ましい。ここで、「実質的に同一」とは、移植した細胞に対して免疫抑制剤により免疫反応が抑制できる程度にHLA遺伝子型が一致していることであり、例えば、HLA-A、HLA-B及びHLA-DRの3遺伝子座或いはHLA-Cを加えた4遺伝子座が一致するHLA型を有する体細胞である。上記骨格筋細胞が、ミオパチー患者由来の細胞である場合には、例えば、ゲノム編集(例:CRISPRシステム、TALEN、ZFN等)などの手法を用いて、ミオパチーの原因となる遺伝子の変異を予め修復しておくことが好ましい。年齢や体質などの理由から充分な細胞が得られない場合には、ポリエチレングリコールやシリコンのようなカプセル、多孔性の容器などに包埋して拒絶反応を回避した状態で移植することも可能である。
【0070】
上記骨格筋細胞は、常套手段にしたがって医薬上許容される担体と混合するなどして、注射剤、懸濁剤、点滴剤等の非経口製剤として製造される。当該非経口製剤に含まれ得る医薬上許容される担体としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えば、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウムなど)などの注射用の水性液を挙げることができる。本発明の細胞移植療法剤は、例えば、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤、酸化防止剤などと配合してもよい。本発明の移植療法剤を水性懸濁液剤として製剤化する場合、上記水性液に約1×106~約1×108細胞/mLとなるように、骨格筋細胞を懸濁させればよい。また、本発明の骨格筋細胞又は細胞移植療法剤の投与量又は移植量及び投与回数又は移植回数は、投与される哺乳動物の年齢、体重、症状などによって適宜決定することができる。
【0071】
本発明の細胞移植療法剤は、細胞の凍結保存に通常使用される条件で凍結保存された状態で提供され、用時融解して用いることもできる。その場合、血清若しくはその代替物、有機溶剤(例、DMSO)等をさらに含んでいてもよい。この場合、血清若しくはその代替物の濃度は、特に限定されるものではないが約1~約30%(v/v)、好ましくは約5~約20%(v/v)であり得る。有機溶剤の濃度は、特に限定されるものではないが0~約50%(v/v)、好ましくは約5~約20%(v/v)であり得る。
【0072】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、これらは単なる例示であって本発明はこれらに限定されない。
【実施例】
【0073】
<方法>
ヒトiPS細胞の樹立又は入手
409B2iPS細胞は、京都大学iPS細胞研究所の沖田博士から提供頂いた。その細胞にまずジストロフィン遺伝子のエクソン45を標的としたsgRNAとCas9ヌクレアーゼを導入し、該遺伝子のエクソン45を欠損させることで409B2 ex45KO iPS細胞を樹立した。
DMD患者由来iPS細胞では、京都大学医学部附属病院にてDMD患者よりインフォームドコンセント取得後に皮膚生検を実施し採取した皮膚線維芽細胞を元に、京都大学iPS細胞研究所・櫻井研究室でiPS細胞を樹立した。その後、京都大学iPS細胞研究所・堀田研究室にて遺伝子修復株の樹立の為、CRISPR Cas9を用いて遺伝子欠損部分を修復した。
【0074】
ヒトiPS細胞の培養
ヒトiPS細胞の維持培養は、非特許文献1に記載の方法と同様に行った。すなわち、ヒトiPS細胞はフィーダーフリーの状態で維持した。維持培地はStemFit (味の素社) 500mLに50mU/L ペニシリン/ 50μg/L ストレプトマイシン (Invitrogen社)を加えたものを用いた。Tetベクター導入後のヒトiPS細胞ではさらに100μg/mlのネオマイシン又はピューロマイシン(ナカライテスク社)を添加した培地にて維持培養した。細胞継代は細胞コロニーが80~90%コンフレントになった時点で行った。細胞解離液、Accutase(フナコシ社)で細胞を剥がし、その後スクレイパーで掻把し、新しくラミニンコートされたプレートにROCK阻害剤Y-27632(ナカライテスク社)(以下、「ROCK阻害剤Y」と略記する)添加培地で播種し、37℃、5% CO2、100%湿度環境のインキュベータで培養した。
【0075】
cDNAのクローニング
MyoDは、MGC cloneよりcDNAを購入(MGC社:71135, GenBank: BC064493.1)した。これに対して下記のプライマーを用い、PCR反応で増幅しcDNAフラグメントを得た。Myf5は、分化したヒトiPS細胞からのcDNAよりKOD plus Neoを酵素としてPCR反応にて増幅しcDNAフラグメントを得た。これらのcDNAフラグメントをpENTR Directional TOPO Cloning Kits(Invitrogen社)を用いてエントリーベクターに組み込んだ。具体的には、PCR産物4ng、Salt Solution 1μL、蒸留水3.5μL、TOPO vector pENTR/D 1μLを加えて反応させた。その後、大腸菌にベクターを組み込み、増幅させることでエントリーベクターを調製した。使用したプライマーの配列は以下のとおりである。
【0076】
プライマー配列
MyoD-Cloning Fw: CACCATGGAGCTACTGTCGCCA(配列番号5)
MyoD-Cloning Rv: TCAGAGCACCTGGTATATCGGGT(配列番号6)
Myf5-Cloning Fw: CACCATGGACGTGATGGATGGCTG(配列番号7)
Myf5-Cloning Rv: TCATAGCACATGATAGATAA(配列番号8)
【0077】
テトラサイクリン応答性遺伝子強制発現ベクターの作製
テトラサイクリン応答性遺伝子強制発現piggyBacベクターは、Woltjenらが開発したKW111またはKW879を用いた(Woltjen K. et al., Nature 458, 766, 2009)。このベクターは、reverse tetracycline transactivator (rtTA)とテトラサイクリン応答性領域(TRE)を両方組み込んだものであり、またネオマイシンベクターであるKW111は、ターゲット遺伝子と同調してmCherryが発現するようデザインされている。またネオマイシン耐性遺伝子(KW111)又はピューロマイシン耐性遺伝子(KW879)により薬剤による選別が可能である。これらのベクターとpENTR/D-TOPOにエントリーベクターとを混合し、LRクロナーゼ(Invitrogen社)を用いた組換え反応により、テトラサイクリン応答性MyoD(又はMyf5)強制発現piggiBacベクター(Tet-MyoD又はTet-Myf5ベクター)を作製した。
【0078】
Tet-ベクターのiPS細胞への導入
健常ヒトiPS細胞クローン(409B2)とDMD患者由来のiPS細胞クローン(DMD-Δ44)は10cmディッシュ1枚分の細胞を準備した。ベクター導入の前日よりROCK阻害剤Y含有培地で培養した後、維持培養と同様に、播種した細胞とベクターのエレクトロポレーション法によるトランスフェクションを行った。Tet-MyoDベクターと、EF1α-promoter下流にTransposaseを組み込んだベクター(EF1α-PBase)をそれぞれ5μg準備し、100μlのOpti-MEM(Invitrogen社)に溶解した。1.0x106の細胞を、ベクターを含有するOptiMEMで懸濁し、NEPA21エレクトロポーレーター(Nepagene社)を用いて、ベクターを表1の条件でトランスフェクションした。トランスフェクションした細胞を、1.0x103~5.0x104の条件で6-wellプレートに播種した。48時間後に100μg/mlのネオマイシン又はピューロマイシン(ナカライテスク社)含有培地に交換した。その後は2日置きに薬剤含有培地への培地交換を行い、薬剤耐性に形質転換した細胞を選別した。
【0079】
【0080】
Tet-MyoD及びTet-Myf5 iPS細胞のクローンの選別
得られたクローンは、培地にて100倍に希釈したマトリゲル(Invitrogen社)にてコートした6wellプレートに播種した。48時間後にドキシサイクリン (Dox; LKT Laboratories社)を1μg/mlにて培地に添加した。Dox添加の4日間後、骨格筋細胞に誘導された細胞の内、分化誘導の状態によってクローンの選別を行った。
【0081】
PCRによる遺伝子発現解析
細胞からのmRNAをSepasol(登録商標)-RNA I Super G(ナカライテスク社)で抽出し、SuperScriptIII逆転写キット(Invitrogen社)を用いてcDNA合成した。その産物に対して下記のプライマーとEx Taq(タカラバイオ社)を用いたPCR反応を行い、アガロースゲル電気泳動で遺伝子発現のバンドを確認した。PCR反応はサーマルサイクラーVeriti(ABI社)にて行い、アニーリング温度60度、25~30サイクルで反応させた。
【0082】
プライマー配列
Transgenic-MyoD (Tg) Fw:CACCATGGAGCTACTGTCGCCA(配列番号5)
Transgenic-MyoD (Tg) Rv:TCAGAGCACCTGGTATATCGGGT(配列番号6)
Endogenous-MyoD (Endo) Fw:GACTGCCAGCACTTTGCTATCT(配列番号9)
Endogenous-MyoD (Endo) Rv:CCTCAGAGCACCTGGTATATCG(配列番号10)
Myogenin Fw:TGGGCGTGTAAGGTGTGTAA(配列番号11)
Myogenin Rv:CATGGTTTCATCTGGGAAGG(配列番号12)
CKM Fw:ACATGGCCAAGGTACTGACC(配列番号13)
CKM Rv:TGATGGGGTCAAAGAGTTCC(配列番号14)
MHC Fw:GTTAAGGGCCTGAGGAAGTATG(配列番号15)
MHC Rv:TTATCCACCAGATCCTGCAATC(配列番号16)
β-actin Fw: CTCTTCCAGCCTTCCTTCCT(配列番号17)
β-actin Rv: CACCTTCACCGTTCCAGTTT(配列番号18)
IL-1β Cat#: Hs00174097 (ThermoFisher Scientific)
TNFα Cat#: Hs01113624 (ThermoFisher Scientific)
IL6 Cat#: Hs00985639 (ThermoFisher Scientific)
【0083】
Tet-MyoD iPS細胞の骨格筋細胞への分化誘導
ヒトiPS細胞の維持培養、分化誘導は非特許文献1に記載の方法を改変して行った(本文中、非特許文献1に記載の方法をReplatingと記載し、本発明の方法はReplating MKIIと記載する)。すなわち、0日目の継代時にマトリゲルコートされたプレートへ、ROCK阻害剤Yを含むStemFit培地で播種した。1日目にROCK阻害剤Yを添加したPECM培地(Reprocell)に交換し、2日目に0.4μg/mLから1.5μg/mLのDoxを添加したPECM培地に交換した。その48時間後の4日目に、再播種をアッセイに適合した目的のプレート(例えば後述の12kPa Easy Coat Softwell 6)に行った。その際はαMEM(ナカライテスク社)に2%(v/v)ウマ血清(HS: Invitrogen社)、100μM 2-メルカプトエタノール、インスリン、SB431542(以上和光純薬社)、グルコース (Invitrogen社)、50mU/L ペニシリン/ 50μg/L ストレプトマイシンを添加した培地を使用した。再播種後2日間はDox非添加の培地で培養し、その後1μg/mLのDoxを再添加した。14日目に免疫染色を行い、骨格筋細胞への分化誘導がなされているか確認した。
【0084】
分化骨格筋細胞の電気刺激による成熟化促進培養
4日目(D4)での再播種の際に、12kPa Easy Coat Softwell 6 (Matrigen社)上に再播種し、10日目から電気刺激による成熟化促進を行い17日目に各試験を行った。電気刺激装置はC-Pace EPとC-Dish(IonOptix社)を用いて周波数0.5Hz、パルス幅2msec、電圧2V~5Vの刺激を24時間、期間中毎日連続で与え続けた。培地は最低でも2日に1回交換した。
【0085】
分化骨格筋細胞の免疫染色
分化した細胞を2%パラフォルムアルデヒド(ナカライテスク社)/PBSで、4℃で10分固定し、PBSで5分間3回洗浄した後、メタノール(ナカライテスク社)に1%過酸化水素(Wako社)を加えた液で脱色を15分行った。再度PBSで4℃、5分間、3回洗浄した。Blocking One(ナカライテスク社)にてブロッキングを4℃で15分間行った。一次抗体は、上記ブロッキング液中に希釈して(anti-MHC (Mouse Monoclonal. R&D社、1:400希釈), anti-MYH1&2 (Mouse Monoclonal. Sigma社、 1:100希釈), anti-MYH2 (Mouse Monoclonal. Millipore社、1:100希釈), anti-MYH3 (Rabbit Polyclonal. Atlas社、1:100希釈), anti-MYH7 (Mouse Monoclonal. Santa Cruz. 1:200希釈), anti-MYH8 (Rabbit Polyclonal. Novus社、1:100希釈)、anti-αアクチン抗体(ARabbit Polyclonan. Abcam. 1:500希釈)使用した。4℃で16~18時間反応させ、0.2%トライトンX-100添加PBS(PBST)で3回洗浄した後、二次抗体はanti-Rabbi又はanti-Mouse IgG-Alexa644 (Molecular Probes社)を1:500でPBSTに希釈し、4℃で16~18時間反応させた。その後細胞の核を染色するため、5μg/mlのDAPI(Sigma社)をPBST中に5000倍に希釈し、室温で5分反応させ、PBSにて3回洗浄した後、倒立蛍光顕微鏡システム(キーエンス社)にて観察した。
【0086】
分化骨格筋細胞のWestern blot解析
分化した細胞を、protease inhibitor (Roche社)を添加したRIPA buffer(Roche社)で溶解し、遠心分離操作によりタンパク質を抽出した。得られたタンパク質サンプルをミニプロティアンTetraセルシステム(Bio-Rad社)又はMini Gel Tank(Invitrogen社)で電気泳動し、トランスブロットTurboブロッティングシステム(Bio-Rad社)でPVDFメンブレンにトランスファーした。その後、iBind Western Systems (Invitrogen社)を用いてブロッキングし、1次抗体、2次抗体を反応させた。Western blotに使用したそれぞれの抗体は、次の通り:anti-DYS1 (Mouse Monoclonal. Leica社、1:100希釈), anti-MHC ((Mouse Monoclonal. R&D社、1:500希釈), anti-MYH1&2 (Mouse Monoclonal. Sigma. 1:500希釈), anti-MYH2 (Mouse Monoclonal. Millipore社、1:500希釈), anti-MYH3 (Rabbit Polyclonal. Atlas社、1:500希釈), anti-MYH7 (Mouse Monoclonal. Santa Cruz社、1:1000), anti-MYH8 (Rabbit Polyclonal. Novus社、1:500希釈), anti-RYR1 (Rabbit Polyclonal. Cell Signaling社、1:1000希釈), anti-TBP (Rabbit Polyclonal. Cell Signaling社、1:1000希釈), HPL conjugated Goat-anti-Rabbit/Mouse IgG(Invitrogen社、1:500希釈)。化学発光シグナルは、ECL Primer Western Blotting Detection Reagent (GE社)で反応させて、ChemiDoc Imaging Systems(Bio-Rad社)で撮影した。なお、本明細書において、「MYH1&2」は「MYH1/2」と称することもある。
【0087】
分化骨格筋細胞のタンパク質量解析
分化した細胞のconditioned medium 2mLを回収し、0.22μM filter unitで濾過した。回収した溶液をAmicon Ultra 2mL 10Kコラム(Millipore)を用いて濃縮した。その後、Human IL-6 Quantikine ELISA kit (R&D)を用いて濃縮した溶液中のIL-6タンパク質の量を測定した。また、測定結果を濃縮した溶液のトータルタンパク質の量で補正した。
【0088】
active-caspaseの活性解析
分化した細胞をスクレーパーで回収して遠心しペレット状にした。その後、PBSで再構成し、Casepase-Glo 8と9 Assay(Promega)を用いて、active-caspaseの活性解析を行った。また、測定結果はペレットに含まれるトータルDNAの量で補正した。
【0089】
トータルATPレベルの解析
分化した細胞をスクレーパーで回収して遠心しペレット状にした。その後、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay(Promega)を用いて、トータルATPレベルの測定を行った。また測定結果はペレットに含まれるトータルDNAの量で補正した。
【0090】
SI8000動画解析装置
分化した骨格筋細胞の収縮活動の解析には、SI8000動画解析装置(SONY社)を用いた。収縮活動にはC-Pace EPとC-Dishシステムを用いて周波数0.5Hz、パルス幅2msec、電圧10Vの刺激を与えた。SI8000を用いて、27 frames/secで計270 frames、10秒間撮影しSI8000のソフトウェアで収縮活動時の速度及び距離を解析した。
【0091】
電子顕微鏡解析
サンプルはまず2% paraformaldehyde+2% glutaraldehyde(PBS希釈)を用いて4℃で30分間固定した。その後、2% glutaraldehydeを用いて4℃で一晩固定した。サンプルはphosphate bufferで数回洗った後、2% osmium tetroxideを用いて4℃で90分再固定した。サンプルは段階的にエタノールで脱水させ、propylene oxideに置換し最終的に樹脂に埋め込んだ。サンプルは70nm切片に切り、2% uranyl acetateで染色しLead stain solutionで2次染色を行った。切片は透過型電子顕微鏡(JEM-1400Plus)で観察し、CCDカメラにより撮影した。
【0092】
骨格筋パフォーマンスの解析
分化した骨格筋細胞の骨格筋パフォーマンスの解析には、SI8000動画解析装置(SONY社)を用いた。収縮活動には、C-Pase EPとC-Dishシステムを用いて周波数0.5Hzまたは1Hz、パルス幅2msec、電圧10Vまたは20Vの刺激を与えた。SI8000を用いて27frams/secで計270 frames、10秒間撮影しSI8000のソフトウェアで収縮活動時の各パラメーターを解析した。また、カルシウムピークの測定には、細胞をカルシムインジケータのCal-520TMと共に1時間培養し、SI8000と蛍光顕微鏡を用いてCal-520TMの蛍光シグナルを測定し解析した。
【0093】
<結果>
実施例1:Tet-MyoD hiPSCクローンからの骨格筋細胞誘導
図1に示すプロトコルにより、まず健常ヒトiPS細胞クローン409B2を骨格筋細胞へ分化誘導し、その骨格筋細胞への分化能を経時的に評価した。特筆すべき点として、非特許文献1に記載の従来の方法(replating)と比べて、本発明の方法(replating MKII)では、2日目(D2)から入れるPECM+Doxでの培養期間を48時間にし、その後再播種(Replating MKII)を行った。細胞再播種の際にROCK阻害剤Yの濃度を減じる事により、未分化iPS細胞の混入を減らす事が可能であった(
図2: D4)。Doxが存在しない状態の培養を2日間行い(
図2: D6)、再度Doxを添加し骨格筋細胞への分化を再誘導させた(
図2: D8)。同条件で4日間培養した後、10日目には、効率的な筋分化が認められ(
図2: D10)、D10のタイミングでDoxを再度非添加とした。その後は、Doxの非存在下で分化誘導又は成熟化が進んだ(
図2: D16)。
【0094】
実施例2:骨格筋細胞の成熟度評価
2-1.骨格筋細胞の多核化による評価
骨格筋細胞の成熟度を示す指標の一つとして、骨格筋細胞の多核化が知られている。そこで、非特許文献1に記載の従来の方法(
図3:Replating)及び本発明の方法(
図3:Replating MKII)(以下では、
図1に示すプロトコルによる方法を「本発明の方法又はReplating MKII」ともいう。)によって得られた骨格筋細胞について、核染色による多核化の比較を行った。本発明による方法では、14日目においてMHC (myosin heavy chain)の発現が確認されると共に、多核化が認められた(
図3:左パネル)。多核化解析(Fusion index解析)により核数の定量を行ったところ、本発明プロトコルによって作製された筋細胞で、より多くの割合で複数の核を有する細胞が観察され、特に3つ以上の核を持つ細胞数も顕著に認められた(
図3:右パネル)。
【0095】
2-2.骨格筋マーカーの発現による評価
骨格筋細胞への分化や成熟度が進むにつれて、特異的な骨格筋マーカーの発現が上昇する事が知られている。そこで、各種骨格筋マーカーの発現変動について経時的に比較解析を行った。外因性のMyoDは、Doxの添加及び非添加によりそれぞれ上昇と減少することが確認出来た(
図4: Exo-MyoD)。対照的に、内因性のMyoD(
図4: Endo-MyoD)は本発明のプロトコルで作製した骨格筋細胞において、培養期間が進んでもより安定的に発現している事が確認された(
図4)。その他の骨格筋マーカー(CKM、MHC、Myogenin)においても、培養期間が進んでも、より安定的にそれらのマーカーが発現していることが確認された(
図4)。一方で、非特許文献1に記載の従来の方法(Replating)では、培養期間が進むにつれ、骨格筋マーカーは発現の減少が確認された(
図4)。
【0096】
生体内の骨格筋は速筋と遅筋の2種類が存在していることが知られており、それぞれ特異的なMYHを発現している。胎児期にはMYH3が、幼児期にはMYH8が優勢的に発現しており、両方共成長して大人になるにつれて発現が減少していく。その代わりに、速筋タイプではMYH1、MYH2やMYH4が、遅筋タイプではMYH7が発現上昇してくる。そこで、本発明で得られた骨格筋細胞の成熟度を確認する為に、速筋や遅筋マーカーの発現を解析した結果、本発明で作製した骨格筋細胞においては、胎児や幼児期に多く発現しているMYH3やMYH8は強く発現しており(
図5)、更にそれらに加えて速筋タイプのMYH1とMYH2、遅筋タイプのMYH7の発現が認められた(
図5)。
【0097】
2-3.電気刺激による評価
本発明プロトコルで分化誘導された骨格筋細胞を更に成熟化させる為に、電気刺激による誘導方法を適用した。すなわち、
図9に示すように、4日目(D4)に細胞を一度再播種した後に、10日目(D10)より電気刺激装置を用いて細胞に直接電気刺激を与えた。この際、12kPaのハイドロゲル(hydrogel)上に播種した。この方法で2週間半(17日間)に渡って分化誘導かつ電気刺激による成熟化促進を施した細胞について、SI8000動画解析装置を用いて収縮活動(ROI中の運動面積)を解析した。
図6で示すように、従来の方法で培養した細胞に比べて、本発明プロトコルで培養した細胞の方が、明らかによりダイナミックにかつ広い面積で収縮活動を示すことが確認された(
図6:パネルA)。また、細胞の収縮速度や収縮距離を解析した所、従来の方法で培養した細胞に比べて、本発明プロトコルで培養した細胞の方が、顕著に収縮速度が増加しており且つ、収縮距離も増えている事が認められた(
図6:パネルB)。
【0098】
2-4.サルコメア構造の確認
骨格筋の成熟や収縮にはサルコメア構造が関わっている事が知られており、サルコメア構造が1つの成熟度を示す指標になっている。そこで、本発明プロトコルで成熟化させた骨格筋細胞について電子顕微鏡解析を行った。すると、従来までの方法では骨格筋細胞が未成熟故にサルコメア構造は認められなかったが、本発明プロトコルで成熟化させた骨格筋細胞においては、明確なサルコメア構造が認められた(
図7)。これらのサルコメア構造が骨格筋細胞の成熟や収縮活動に繋がっていると考えられる。
【0099】
2-5.電気刺激による成熟化促進による評価
最後に、本発明プロトコルで誘導した骨格筋細胞において、電気刺激による成熟化促進の有無による骨格筋タンパク質の発現の差異を解析した。すると、電気刺激による成熟化促進が無い場合は、10日目(D10)から17日目(D17)までMYHs(MYH1&2, MYH2, MYH3, MYH7, MYH8)やRYR1の発現に顕著な違いは認められなかったが、電気刺激による成熟化促進を施した場合には、無刺激時に比べて顕著に発現量が増幅している事が認められた(
図8)。また、同様の結果をDMD患者由来のiPS細胞DMD-Δ44及びisogenic control株であるDMD-CKI-Δ44でも得ている。
【0100】
実施例3:Tet-MyoD hiPSCクローンからの骨格筋細胞誘導
本発明の方法により、DMD患者由来の疾患iPS細胞クローン(DMD-Δ)とそのアイソジェニックコントロールであるDMD-CKI細胞を用いた場合にも、実施例1で用いた409B2細胞と同様に骨格筋細胞に誘導できるか否かを試験した。まず、上記iPS細胞クローンを骨格筋細胞へ分化誘導し、その骨格筋細胞への分化能を経時的に評価した。特筆すべき点として、非特許文献1に記載の従来の方法(replating)と比べて、本発明の方法(replating MKII)では、409B2細胞と同様に効率的な骨格筋分化誘導と成熟化が認められた(
図10)。
【0101】
実施例4:骨格筋細胞の成熟度評価
4-1.骨格筋細胞の多核化による評価
骨格筋細胞の成熟度を示す指標の一つとして、骨格筋細胞の多核化が知られている。そこで、非特許文献1に記載の従来の方法(
図11:Replating)及び本発明の方法(
図11:Replating MKII)によって得られた骨格筋細胞について、核染色による多核化の比較を行った。本発明による方法では、14日目においてMHC (myosin heavy chain)の発現が確認されると共に、多核化が認められた(
図11:左パネル)。多核化解析(Fusion index解析)により核数の定量を行ったところ、本発明プロトコルによって作製された筋細胞で、より多くの割合で複数の核を有する細胞が観察され、特に3つ以上の核を持つ細胞数も顕著に認められた(
図11:右パネル)。
【0102】
4-2.骨格筋細胞の成熟度評価(骨格筋マーカーの発現)
骨格筋細胞への分化や成熟度が進むにつれて、特異的な骨格筋マーカーの発現が上昇する事が知られている。そこで、各種骨格筋マーカーの発現変動について経時的に比較解析を行った。外因性のMyoD は、Dox の添加及び非添加によりそれぞれ上昇と減少することが確認出来た(
図12: Exo-MyoD)。対照的に、内因性のMyoD(
図12: Endo-MyoD)は本発明のプロトコルで作製した骨格筋細胞において、培養期間が進んでもより安定的に発現している事が確認された(
図12)。その他の骨格筋マーカー(CKM、MHC、Myogenin)においても、培養期間が進んでも、より安定的にそれらのマーカーが発現していることが確認された(
図12)。一方で、非特許文献1に記載の従来の方法(Replating)では、培養期間が進むにつれ、骨格筋マーカーは発現の減少が確認された(
図12)。
【0103】
生体内の骨格筋は速筋と遅筋の2種類が存在していることが知られており、それぞれ特異的なMYHを発現している。胎児期にはMYH3が、幼児期にはMYH8が優勢的に発現しており、両方共成長して大人になるにつれて発現が減少していく。その代わりに、速筋タイプではMYH1、MYH2やMYH4が、遅筋タイプではMYH7が発現上昇してくる。そこで、本発明で得られた骨格筋細胞の成熟度を確認する為に、速筋や遅筋マーカーの発現を解析した結果、本発明で作製した骨格筋細胞においては、胎児や幼児期に多く発現しているMYH3やMYH8は強く発現しており(
図13)、更にそれらに加えて速筋タイプのMYH1とMYH2、遅筋タイプのMYH7の発現が認められた(
図13)。
【0104】
4-3.α-actinin免染を用いたサルコメア構造の確認
骨格筋の成熟や収縮にはサルコメア構造を関わっており、サルコメア構造の構築にはα-actininがサルコメア構造の用に整列して染まる事が知られている。そこで、
図9に記載のプロトコルで成熟化させた骨格筋細胞についてα-actininの免疫染色を行った。すると、従来の方法ではサルコメア構造の様な染まり方をするα-actininを持つファイバーの比率が10%未満なのに対して、
図9に記載のプロトコルで成熟化させた骨格筋細胞では80%近いファイバーにおいて認められた(
図14)。
【0105】
4-4.電気刺激による確認
本発明プロトコルで分化誘導された骨格筋細胞を更に成熟化させる為に、電気刺激による誘導方法を適用した。すなわち、
図9に示すように、4日目(D4)に細胞を一度再播種した後に、10日目(D10)より電気刺激装置を用いて細胞に直接電気刺激を与えた。この際、12kPa のハイドロゲル(hydrogel)上に播種した。この方法で2週間半(17日間)に亘って分化誘導かつ電気刺激による成熟化促進を施した細胞について、SI8000 動画解析装置を用いて収縮活動(ROI 中の運動面積)を解析した。
図15で示すように、従来の方法で培養した細胞に比べて、
図9に記載のプロトコルで培養した細胞の方が、明らかによりダイナミックにかつ広い面積で収縮活動を示すことが確認された(
図15:左上図)。また、細胞の収縮速度や収縮距離を解析した所、従来の方法で培養した細胞に比べて、
図9に記載のプロトコルで培養した細胞の方が、顕著に収縮速度が増加しており、且つ収縮距離も増加している事が認められた(
図15:右上図及び下図)。
【0106】
4-5.サルコメア構造の確認
骨格筋の成熟や収縮にはサルコメア構造が関わっている事が知られており、サルコメア構造が1つの成熟度を示す指標になっている。そこで、
図9に記載のプロトコルで成熟化させた骨格筋細胞について電子顕微鏡解析を行った。すると、従来の方法では骨格筋細胞が未成熟であるが故にサルコメア構造は認められなかったが、
図9に記載のプロトコルで成熟化させた骨格筋細胞においては、明確なサルコメア構造が認められた(
図16)。これらのサルコメア構造が骨格筋細胞の高い成熟度や収縮活動に繋がっていると考えられる。
【0107】
4-6.電気刺激による成熟化促進による評価
最後に、
図9に記載のプロトコルで誘導した骨格筋細胞において、電気刺激による成熟化促進の有無による骨格筋タンパク質の発現の差異を解析した。すると、電気刺激による成熟化促進が無い場合は、10日目(D10)から17日目(D17)までMYHsやRYR1の発現に顕著な違いは認められなかったが、電気刺激による成熟化促進を施した場合には、無刺激時に比べて顕著に発現量が増幅している事が認められた(
図17)。特に、MYH7については、電気刺激の有無でマーカーの発現が顕著に異なっていた。
【0108】
実施例5:骨格筋トレーニングを用いた解析(Acute model)
5-1.骨格筋トレーニング前後の骨格筋運動パフォーマンスの解析
本解析では、
図18に記載のプロトコルによる骨格筋トレーニングを用いた。10Vでの刺激時には、野生型細胞(WT細胞又は409B2ともいう)とジストロフィン遺伝子のエクソン45をノックアウトした細胞(KO細胞または409B2 ex45KOともいう)の間には、カルシウムオーバーロードは認められるものの運動機能の差は認められなかった(
図19上段)。しかしながら、20Vでの24時間刺激後、KO細胞で著しく運動機能が低下しており、またカルシウムピークの低下も認められた(
図19下段)。
【0109】
5-2.骨格筋トレーニング前後の炎症マーカーの発現解析(Acute model)
本解析では、
図18に記載のプロトコルによる骨格筋トレーニングを用いた。20Vでの刺激を与える前は、WT及びKO細胞において有意な差や発現は認められなかった(
図20上段)。反対に、24時間の刺激後では、KO細胞において著しく炎症マーカー遺伝子の発現量の増加が認められた(
図20下段)。
【0110】
5-3.骨格筋トレーニング前後の炎症マーカーの発現解析(Acute model)
本解析では、
図18に記載のプロトコルによる骨格筋トレーニングを用いた。20Vでの刺激を与える前は、WT及びKO細胞において、炎症マーカー遺伝子の発現や、mRNAレベルの有意な差は認められなかった(
図20上段)。一方で24時間の刺激後では、KO細胞において著しく炎症マーカー遺伝子のmRNAレベルの増加が認められた(
図20下段)。同様にIL6のタンパク質の発現レベルについても解析した。20Vでの刺激を与える前は、WT及びKO細胞において、IL6タンパク質の発現レベルの有意な差は認められなかった(
図21上段)。反対に、24時間の刺激後では、KO細胞において著しくIL6タンパク質レベルの増加が認められた(
図21下段)。
【0111】
5-4.Acute modelにおけるactive-caspaseの活性及びトータルATPレベルの解析
20V、24時間の刺激後、WT細胞と比較して、active-caspase 8と9の活性化の上昇がKO細胞において認められた(
図22左図)。一方で、mRNA発現量自体の変化は認められなかった(
図22右図)。即ち、KO細胞では、WT細胞と比較してアポトーシスの顕著な亢進が認められた。また、同様の刺激後、WT細胞と比較して、KO細胞ではトータルATPの発現量の有意な低下が認められた(
図23)。従って、病態モデル細胞における運動機能の低下は、ATPレベルの低下に起因することが示唆される。
【0112】
5-5.骨格筋トレーニング前後の骨格筋運動パフォーマンスの解析(Acute model)
WT細胞の代わりにDMD-CKI細胞、KO細胞としてDMD-Δ細胞を用いて、上記5-1.と同様の実験を行った。10Vでの刺激時には、DMD-CKI細胞とDMD-Δ細胞の間には、カルシウムオーバーロードは見られるが運動機能の差は認められなかった(
図24上段)。しかしながら、20Vでの24時間刺激後、KO細胞で著しく運動機能が低下しており、またカルシウムピークの低下も認められた(
図24下段)。
【0113】
5-6.骨格筋トレーニング前後の炎症マーカーの発現解析(Acute model)
WT細胞の代わりにDMD-CKI細胞、KO細胞としてDMD-Δ細胞を用いて、上記5-2.と同様の実験を行った。20Vでの刺激を与える前は、DMD-CKI及びDMD-Δ細胞において有意な差や発現は認められなかった(
図25上段)。一方で24時間の刺激後は、DMD-Δ細胞において著しく炎症マーカー遺伝子の発現量の増加が認められた(
図25下段)。同様にIL6のタンパク質の発現レベルについても解析した。20Vでの刺激を与える前は、DMD-CKI細胞及びKO細胞において、IL6タンパク質の発現レベルの有意な差は認められなかった(
図26上段)。反対に、24時間の刺激後では、KO細胞において著しくIL6タンパク質レベルの増加が認められた(
図26下段)。
【0114】
実施例6:骨格筋トレーニングを用いた解析(Chronic model)
本解析では、
図27に記載のプロトコルによる骨格筋トレーニングを用いた。WT細胞及びKO細胞は共に、D17からD21にかけて右肩上がりに収縮速度の上昇が認められ、その後数日間横ばいの変化が認められた。しかしながら、KO細胞においては、D23頃から少しずつ収縮速度が下降し始めた事が認められる。即ち、KO細胞では慢性的な骨格筋トレーニングによる疲労が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明により製造された骨格筋細胞は、従来の方法により製造された骨格筋細胞と比較して、長期培養が可能であり、成熟度が高い細胞である。このような成熟度が高い細胞を用いることで、多くのミオパチーでの病態再現研究、創薬スクリーニングが可能となるだけでなく、ミオパチーの治療又は予防などを治療するための細胞移植療法剤としても使用することが可能となる。
【0116】
本出願は、日本国で出願された特願2018-204358(出願日:2018年10月30日)を基礎としており、ここで言及することにより、それらの内容は本明細書に全て包含される。
【配列表】