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特許7548646官能評価値補正方法、装置およびプログラム、並びに飲食品の官能評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-02
(45)【発行日】2024-09-10
(54)【発明の名称】官能評価値補正方法、装置およびプログラム、並びに飲食品の官能評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/02 20060101AFI20240903BHJP
【FI】
G01N33/02
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2024070752
(22)【出願日】2024-04-24
【審査請求日】2024-07-22
(31)【優先権主張番号】P 2023072702
(32)【優先日】2023-04-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】望月 寛子
(72)【発明者】
【氏名】早川 文代
(72)【発明者】
【氏名】山田(中野) 優子
(72)【発明者】
【氏名】河合 祟行
(72)【発明者】
【氏名】源川 拓磨
(72)【発明者】
【氏名】大須賀 玲
【審査官】北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第117745333(CN,A)
【文献】特開2021-051438(JP,A)
【文献】Masataka Narukawa,Change in Taste Sensitivity to Sucrose Due to Physical Fatigue,Food Sci. Technol. Res.,2009年,15 (2),pp.195-198
【文献】加藤みわ子,蓄積的疲労感が塩味の閾値におよぼす影響,日本食生活学会誌,2007年,18(2),pp.140-144
【文献】Yun Gao,Poor Sleep Quality Is Associated with Altered Taste Perception in Chinese Adults,JOURNAL OF THE ACADEMY OF NUTRITION AND DIETETICS,2021年03月,121(3),pp.435-445,https://doi.org/10.1016/j.jand.2020.06.019
【文献】Maria Eduarda Martelli,Taste sensitivity throughout age and the relationship with the sleep quality,Sleep Sci.,2020年,13(1),pp.32-36,DOI: 10.5935/1984-0063.20190127
【文献】渡部由美,味覚感度と健康状態の関係,家政学雑誌,1980年,31(4),pp.51-53
【文献】山科綾子,P2-2 味覚の日内変動と日中に経験する光履歴の影響,日本生理人類学会第64回大会発表要旨,学会記事,2011年,16(3),pp.155
【文献】Laszlo Sipos,Sensory Panel Performance Evaluation-Comprehensive Review of Practical Approaches,Appl. Sci.,2021年11月05日,11, 11977,pp.1-23,https://doi.org/10.3390/ app112411977
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価者による味覚に関する官能評価値を取得するステップと、
前記評価者の健康状態に関する健康評価値を取得するステップと、
ヒト集団における健康評価値と味覚に関する官能評価値との関連性を含む推定モデル、前記官能評価値および前記健康評価値に基づいて、前記官能評価値の補正値を算出するステップと、
を含む、官能評価値補正方法。
【請求項2】
味覚に関する前記官能評価値は、味覚の強度、味覚の嗜好性、味覚の後味、味覚の検出能力、味覚の認識能力、および食味評価からなる群から選択される少なくとも一つに関する官能評価値を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記健康状態は、疲労、不眠および心身の健康状態からなる群から選択される少なくとも一つを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記推定モデルは、
不眠のスコアと、味覚の後味に関する官能評価値との関連性を表す第1の関連性と、
不眠のスコアと、味覚の嗜好性に関する官能評価値との関連性を表す第2の関連性と、
不眠のスコアと、味覚の食味評価に関する官能評価値との関連性を表す第3の関連性と、
のうち少なくとも一つを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記評価者による官能評価がなされた時間情報を取得するステップをさらに含み、
前記推定モデルは、ヒト集団における味覚の日内リズムと味覚に関する官能評価値との関連性をさらに含み、
前記補正値を算出するステップは、前記評価者の前記時間情報にさらに基づいて、前記官能評価値の補正値を算出する、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記推定モデルは、
味覚の日内リズムと、味覚の強度に関する官能評価値との関連性を表す第4の関連性と、
味覚の日内リズムと、味覚の認識能力に関する官能評価値との関連性を表す第5の関連性と、
のうち少なくとも一つを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記推定モデルは、ヒト集団における、味覚の日内リズムと、健康評価値と、味覚に関する官能評価値との関連性を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
評価者による飲食品の味覚に関する官能評価値を取得するステップと、
請求項1に記載の官能評価値補正方法に基づいて、前記飲食品の味覚に関する前記官能評価値を補正するステップと、
を含む、飲食品の官能評価方法。
【請求項9】
評価者による味覚に関する官能評価値を取得する官能評価値取得手段と、
前記評価者の健康状態に関する健康評価値を取得する健康評価値取得手段と、
ヒト集団における健康評価値と味覚に関する官能評価値との関連性を含む推定モデル、前記官能評価値および前記健康評価値に基づいて、前記官能評価値の補正値を算出する補正値算出手段と、
を備える、官能評価値補正装置。
【請求項10】
請求項1から8のいずれかに記載の方法の各ステップをコンピュータに実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、評価者による官能評価の評価値を補正するための方法、装置およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
飲食品の開発や研究をする現場では、ヒトの五感を用いた官能評価が行われている。五感を用いた官能評価は機械ではなくヒトが行うため、官能評価の評価値にはばらつきが生じている。官能評価の精度や安定性を高めるために、これまでに様々な取り組みがなされている。
【0003】
例えば下記特許文献1に開示されている方法および装置によると、評価者が飲食品を嚥下する際の筋活動の波形データから、飲食品の風味の類似度を数値化することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2021-032770号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
同じ評価者が同じ飲食品を官能評価した場合であっても、例えば体調や評価する時間帯により、評価者が感じる味や臭いに違いが生じることがある。このようなヒトの味嗅覚の変動は、官能評価を行う企業や研究所の担当者間においてしばしば話題に出ており、官能評価への影響が懸念されている。
【0006】
しかしながら、このようなヒトの味嗅覚の変動に対する具体的な対策はこれまで取られていない。特許文献1では、感覚疲労や体調変化などの要素が官能評価に影響する場合があることについて言及している。しかしながら特許文献1には、そのような影響を低減するための具体的な対策や方法は何ら開示されていない。飲食品を官能評価する場面において、ヒトの味嗅覚の変動が飲食品の官能評価に与える影響を低減することが求められている。
【0007】
本発明は、官能評価の評価値を補正するための改良された方法、装置およびプログラムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための本発明は、例えば以下に示す態様を含む。
(項1)
評価者による味覚に関する官能評価値を取得するステップと、
前記評価者の健康状態に関する健康評価値を取得するステップと、
ヒト集団における健康評価値と味覚に関する官能評価値との関連性を含む推定モデル、前記官能評価値および前記健康評価値に基づいて、前記官能評価値の補正値を算出するステップと、
を含む、官能評価値補正方法。
(項2)
味覚に関する前記官能評価値は、味覚の強度、味覚の嗜好性、味覚の後味、味覚の検出能力、味覚の認識能力、および食味評価からなる群から選択される少なくとも一つに関する官能評価値を含む、項1に記載の方法。
(項3)
前記健康状態は、疲労、不眠および心身の健康状態からなる群から選択される少なくとも一つを含む、項1または2に記載の方法。
(項4)
前記推定モデルは、
不眠のスコアと、味覚の後味に関する官能評価値との関連性を表す第1の関連性と、
不眠のスコアと、味覚の嗜好性に関する官能評価値との関連性を表す第2の関連性と、
不眠のスコアと、味覚の食味評価に関する官能評価値との関連性を表す第3の関連性と、
のうち少なくとも一つを含む、項1から3のいずれか一項に記載の方法。
(項5)
前記評価者による官能評価がなされた時間情報を取得するステップをさらに含み、
前記推定モデルは、ヒト集団における味覚の日内リズムと味覚に関する官能評価値との関連性をさらに含み、
前記補正値を算出するステップは、前記評価者の前記時間情報にさらに基づいて、前記官能評価値の補正値を算出する、項1から4のいずれか一項に記載の方法。
(項6)
前記推定モデルは、
味覚の日内リズムと、味覚の強度に関する官能評価値との関連性を表す第4の関連性と、
味覚の日内リズムと、味覚の認識能力に関する官能評価値との関連性を表す第5の関連性と、
のうち少なくとも一つを含む、項5に記載の方法。
(項7)
前記推定モデルは、ヒト集団における、味覚の日内リズムと、健康評価値と、味覚に関する官能評価値との関連性を含む、項1から4のいずれか一項に記載の方法。
(項8)
評価者による飲食品の味覚に関する官能評価値を取得するステップと、
項1から7のいずれかに記載の官能評価値補正方法に基づいて、前記飲食品の味覚に関する前記官能評価値を補正するステップと、
を含む、飲食品の官能評価方法。
(項9)
評価者による味覚に関する官能評価値を取得する官能評価値取得手段と、
前記評価者の健康状態に関する健康評価値を取得する健康評価値取得手段と、
ヒト集団における健康評価値と味覚に関する官能評価値との関連性を含む推定モデル、前記官能評価値および前記健康評価値に基づいて、前記官能評価値の補正値を算出する補正値算出手段と、
を備える、官能評価値補正装置。
(項10)
項1から8のいずれかに記載の方法の各ステップをコンピュータに実行させるためのプログラム。
(項A)
前記疲労は、身体的な疲労および精神的な疲労を因子に含む、項3から8のいずれか一項に記載の方法。
(項B)
前記心身の健康状態は、身体症状、不安と不眠、社会的活動障害およびうつ傾向を因子に含む、項3から8のいずれか一項に記載の方法。
(項C)
前記味覚は、甘味、塩味、酸味、苦みおよびうま味からなる群から選択される少なくとも一つを含む、項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、官能評価の評価値を補正するための改良された方法、装置およびプログラムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の一実施形態に係る官能評価値補正装置の使用態様であり、官能評価の評価値を補正する際の使用態様を説明するための図である。
図2】本発明の一実施形態に係る官能評価値補正装置の使用態様であり、推定モデルを作成するための味覚テストを実施する際の使用態様を説明するための図である。
図3】本発明の一実施形態に係る官能評価値補正装置の機能を説明するためのブロック図である。
図4】本発明の一実施形態に係る官能評価値補正方法を示すフローチャートである。
図5】実施例1において味覚テストに使用する水溶液の濃度を各味覚毎に示す図である。
図6】実施例1における味覚テストの結果であり、味覚の日内リズムに関する結果を説明するためのグラフである。(A)は甘味水溶液に対する味覚強度の評価値を示す。(B)は苦味水溶液に対する味覚強度の評価値を示す。
図7】実施例1における味覚テストの結果であり、味覚の日内リズムに関する結果を説明するためのグラフである。(A)は苦味に対する認知閾値(苦味と認識できた最も低い濃度)と受容濃度を示す。(B)はうま味の認知閾値(うま味と認識できた最も低い濃度)と嗜好濃度を示す。
図8】実施例1における味覚テストの結果であり、味覚と体調不良に関する結果を説明するためのグラフである。(A)は甘味に対する後味の推移を健常群と不眠群について示す。(B)はうま味に対する後味の推移を健常群と不眠群について示す。(C)は酸味に対する後味の推移を健常群と不眠群について示す。
図9】実施例1における味覚テストの結果であり、味覚と体調不良に関する結果を説明するためのグラフである。甘味の嗜好濃度を健常群と不眠群について示す。
図10】実施例1における味覚テストの結果であり、味覚と体調不良に関する結果を説明するためのグラフである。(A)はビターチョコレートの食味評価スコアを健常群と不眠群について示す。(B)はドライソーセージの食味評価スコアを健常群と不眠群について示す。
図11】実施例1における味覚テストの結果であり、評価者の状態が味覚や味覚の嗜好性に与える影響(影響大)を示すモデルの例である。
図12】実施例1における味覚テストの結果であり、評価者の状態が味覚や味覚の嗜好性に与える影響(中程度)を示すモデルの例である。
図13】実施例1における味覚テストの結果であり、評価者の状態が味覚や味覚の嗜好性に与える影響(影響小)を示すモデルの例である。
図14】実施例1における味覚テストの結果であり、評価時間や室温などの環境要因や不眠などの体調不良が食味評価に与える影響を示した官能評価モデルの例である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態を、添付の図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の説明および図面において、同じ符号は同じまたは類似の構成要素を示すこととし、よって、同じまたは類似の構成要素に関する重複した説明を省略する。
【0012】
[装置および方法の概要]
図1および図2は、本発明の一実施形態に係る官能評価値補正装置の使用態様を説明するための図である。図1は、官能評価の評価値を補正する際の使用態様であり、図2は、推定モデルを作成するための味覚テストを実施する際の使用態様である。図2に示す味覚テストは、図1に示す評価値の補正の前に予め行われている。
【0013】
・官能評価値の補正
図1を参照する。一実施形態に係る官能評価値補正装置100(以下、単に装置100とも記載する)は、評価者98による味覚(例えば、甘味、塩味、酸味、苦みおよびうま味)に関する官能評価の評価値(以下、官能評価値とも記載する)について、官能評価値の補正値を算出する装置である。装置100が算出する官能評価値の補正値は、評価者98の味嗅覚の変動が考慮された補正値である。ヒトの味覚感度や各味覚への欲求(嗜好性)は、ヒトの体調や時間帯によって影響を受ける。本実施形態では、官能評価の補正値を算出する際に、官能評価を行う評価者98の健康状態に関する情報を考慮する。これにより、評価者98の味嗅覚の変動が飲食品の官能評価に与える影響を低減する。図1に示す例では、値0~5の間で評価される甘味の強度について、評価者98の健康状態に関する情報を考慮した甘味の強度の補正値を値0~5の間で算出する。
【0014】
手順に沿って説明する。評価者98は、飲食品99を対象として味覚(例えば、甘味)に関する官能評価を行い、その味覚に関する官能評価値(例えば、甘味の強度として値「3」)を装置100に入力する。評価者98は、装置100の例えば表示部32に表示される、健康評価に関する質問に回答することにより、自身の健康状態(例えば、疲労)に関するスコア(以下、健康評価値とも記載する)を装置100に入力する。
【0015】
装置100には、ヒト集団における健康評価値と味覚に関する官能評価値との関連性を含む推定モデル24が記録されている。推定モデル24は関連性を複数含むことができる。推定モデル24に記録されている、このような健康評価値と味覚に関する官能評価値との関連性は、図2を参照して後述する、ヒト集団における味覚テストにより予め生成されている。
【0016】
装置100は、取得した評価者98の官能評価値および健康評価値と、推定モデル24とに基づいて、評価者98による官能評価値の補正値(例えば、補正された甘味の強度「4.2」)を算出する。算出した補正値は、装置100の例えば表示部32に表示される。
【0017】
さらに本実施形態では、評価者98は、飲食品99の官能評価を行った時間情報を装置100に入力する。装置100は、取得した評価者98の時間情報にさらに基づいて、評価者98による官能評価値の補正値を算出する。この場合、推定モデル24は、ヒト集団における味覚の日内リズムと味覚に関する官能評価値との関連性をさらに含む。味覚の日内リズムとは、主観的な味覚の感度や嗜好性が一日を通じて変化する日々のリズムである。
【0018】
・味覚テストの実施による推定モデルの作成
図2を参照する。装置100が官能評価値の補正値の算出に用いる推定モデル24は、ヒト集団における健康評価値と味覚に関する官能評価値との関連性を含む。推定モデル24に含まれているこのような関連性は、ヒト集団における味覚テストとして、複数の評価者198による複数の種類の飲食品199を対象とした複数の種類の味覚テストを事前に実施することにより、予め生成されている。
【0019】
評価者198は、複数の種類の飲食品199のそれぞれを対象として、味覚に関する官能評価を行い、その味覚に関する官能評価値を装置100に入力する。味覚テストは、例えば、味覚の強度に関するテスト、味覚の嗜好性に関するテスト、味覚の後味に関するテスト、味覚の検出能力及び味覚の認識能力(認知閾値)に関するテスト、並びに食味評価のそれぞれについて行う。味覚に関する官能評価は、例えば、甘味、塩味、酸味、苦みおよびうま味の5つの味覚のそれぞれについて行う。
【0020】
評価者198は、装置100の例えば表示部32に表示される、健康評価に関する例えば3種類の質問のそれぞれに回答することにより、自身の健康状態(例えば、疲労、不眠および心身の健康状態)に関する健康評価値を装置100に入力する。健康評価に関する質問は、本実施形態では、チャルダー疲労スケール、アテネ睡眠尺度および精神健康調査票(General Health Questionnaire)の3種類である。装置100に備えられた推定モデル作成部14は、複数の評価者198から取得した、味覚に関する官能評価値と健康評価値とに基づいて、ヒト集団における健康評価値と味覚に関する官能評価値との関連性を生成し、生成した関連性を含む推定モデル24を作成する。
【0021】
味覚テストにおいて、評価者198は、飲食品199の官能評価を行った時間情報を装置100に入力することができる。推定モデル作成部14は、複数の評価者198から取得した、評価者198による官能評価がなされた時間情報にさらに基づいて、ヒト集団における味覚の日内リズムと味覚に関する官能評価値との関連性をさらに作成し、推定モデル24に含めることができる。
【0022】
[装置の構成]
図3は、本発明の一実施形態に係る官能評価値補正装置の機能を説明するためのブロック図である。
【0023】
一実施形態に係る官能評価値補正装置100は、データ処理部10と、補助記憶装置20と、入力部31と、表示部32と、通信インタフェース部(通信I/F部)33とを備えている。データ処理部10はソフトウェアの構成であり、補助記憶装置20、入力部31、表示部32および通信I/F部33はハードウェアの構成である。官能評価値補正装置100は、例えばパーソナルコンピュータ等の汎用計算機や、タブレット端末、スマートフォン等を用いて構成することができる。図示していないが、官能評価値補正装置100は、ハードウェアの構成として、データ処理を行うCPU等のプロセッサと、プロセッサがデータ処理の作業領域に使用するメモリとをさらに備えている。
【0024】
データ処理部10は、後述する官能評価値補正プログラム29(以下、単にプログラム29とも記載する)をプロセッサが実行することにより実現される機能ブロックである。本実施形態では、データ処理部10はソフトウェアによる機能ブロックとして提供される。
【0025】
官能評価値取得部11は、評価者98による味覚に関する官能評価値のデータ21を取得する。時間情報取得部12は、評価者98による官能評価がなされた時間情報のデータ22を取得する。健康評価値取得部13は、評価者98の健康状態に関する健康評価値のデータ23を取得する。これら官能評価値データ21、時間情報データ22および健康評価値データ23は、例えば入力部31や通信I/F部33を介して取得され、補助記憶装置20に記憶される。
【0026】
本実施形態では、評価者98によるこれら官能評価値データ21および健康評価値データ23の入力は、図1に例示するように、装置100の表示部32に表示されるダイアログボックス81,82を介して行う。時間情報データ22は、本実施形態では、装置100に備えられたオペレーティングシステム(OS)が有する時計機能から取得する。
【0027】
推定モデル作成部14は、ヒト集団における味覚テストを実施する際に機能する。味覚テストは、官能評価の評価値を補正する前に予め行われている。推定モデル作成部14は、複数の評価者198から取得した味覚に関する官能評価値および健康評価値に基づいて、ヒト集団における健康評価値と味覚に関する官能評価値との関連性を生成し、生成した関連性を含む推定モデル24を作成する。推定モデル作成部14は、複数の評価者198から取得した、評価者198による官能評価がなされた時間情報にさらに基づいて、ヒト集団における味覚の日内リズムと味覚に関する官能評価値との関連性をさらに作成し、推定モデル24に含めることができる。作成される推定モデル24は補助記憶装置20に記憶される。
【0028】
本実施形態では、味覚テストが実施される間の、評価者198による装置100への官能評価値および健康評価値の入力は、図2に例示するように、装置100の表示部32に表示されるダイアログボックス71~75を介して行われる。ダイアログボックス71~74は、評価者198による官能評価値入力用のダイアログボックスであり、それぞれ順番に、味覚の強度に関するテスト用、味覚の嗜好性に関するテスト用、味覚の後味に関するテスト用、および食味評価用のダイアログボックスである。ダイアログボックス75は、味覚テストが実施される間の、評価者198による健康評価値入力用のダイアログボックスである。味覚テストが実施される間の、評価者198による官能評価がなされた時間情報は、本実施形態では、装置100に備えられたオペレーティングシステム(OS)が有する時計機能から取得する。
【0029】
補正値算出部15は、推定モデル24と、評価者98の官能評価値データ21および健康評価値データ23とに基づいて、評価者98の官能評価値データ21の補正値を算出する。算出される補正値のデータ25は、補助記憶装置20に記憶される。本実施形態では、算出される補正値データ25は、図1に例示するように、装置100の表示部32にダイアログボックス83を介して表示される。
【0030】
補助記憶装置20は、オペレーティングシステム(OS)、各種制御プログラム、および、プログラムによって生成されたデータ等を記憶する不揮発性の記憶装置であり、例えば、フラッシュメモリやeMMC(embedded Multi Media Card)、SSD(Solid State Drive)等によって構成される。本実施形態では、補助記憶装置20には、官能評価値データ21、時間情報データ22、健康評価値データ23、推定モデル24、補正値データ25および官能評価値補正プログラム29が記憶される。
【0031】
推定モデル24は、本実施形態では5つの関連性を含む。第1の関連性は、不眠のスコアと、味覚の後味(の推移)に関する官能評価値との関連性を表している。好ましくは、第1の関連性において対象とする味覚は、甘味、酸味、およびうま味のうち少なくとも一つを含む。第2の関連性は、不眠のスコアと、味覚の嗜好性に関する官能評価値との関連性を表している。好ましくは、第2の関連性において対象とする味覚は甘味を含む。第3の関連性は、不眠のスコアと、味覚の食味評価に関する官能評価値との関連性を表している。好ましくは、第3の関連性において対象とする味覚は、塩味および苦味のうち少なくとも一つを含む。第4の関連性は、味覚の日内リズムと、味覚の強度に関する官能評価値との関連性を表している。好ましくは、第4の関連性において対象とする味覚は、甘味および苦味のうち少なくとも一つを含む。第5の関連性は、味覚の日内リズムと、味覚の認識能力(認知閾値)に関する官能評価値との関連性を表している。好ましくは、第5の関連性において対象とする味覚は、苦味およびうま味のうち少なくとも一つを含む。推定モデル24が含む5つの関連性と後述する実施例との対応関係は次の通りである。第1の関連性は図8(A)ないし図8(C)に基づく。第2の関連性は図9に基づく。第3の関連性は図10(A)および図10(B)に基づく。第4の関連性は図6(A)および図6(B)に基づく。第5の関連性は図7(A)および図7(B)に基づく。推定モデル24は、例えばコンピュータプログラムとして実現することができる。例えばコンピュータプログラムとして推定モデル24を実現する場合、コンピュータプログラムは、上記した5つの関連性のそれぞれにおいて示される傾向を示すようにプログラミングされている。
【0032】
官能評価値補正プログラム29は、ソフトウェアによる機能ブロックであるデータ処理部10内の各部11~15を実現するためのコンピュータプログラムである。プログラム29は、通信I/F部33により接続されるインターネット等のネットワーク39を介して装置100にインストールすることができる。或いは、プログラム29を記録したメモリカード等のコンピュータ読み取り可能な非一時的な有体の記録媒体を装置100に読み取らせることにより、プログラム29を装置100にインストールすることができる。
【0033】
入力部31は、例えばマウスやキーボード等で構成することができ、表示部32は、例えば液晶ディスプレイおよび有機ELディスプレイ等で構成することができる。通信I/F部33は、有線または無線のネットワークを介して、外部機器とのデータの送受信を行う。通信I/F部33は、イーサネット(登録商標)、Wi-Fi(登録商標)、およびBluetooth(登録商標)等の種々の有線接続または無線接続で構成することができる。なお入力部31と表示部32とを一体化してタッチパネル式の表示装置として実現してもよい。
【0034】
[処理手順]
図4は、本発明の一実施形態に係る官能評価値補正方法を示すフローチャートである。
【0035】
図4に示すステップS1~S4の処理は、データ処理部10が備える各機能ブロックにより(すなわち官能評価値補正装置100により)それぞれ実行される。
【0036】
ステップS1において、評価者98による味覚に関する官能評価値データ21を取得する。ステップS2において、評価者98による官能評価がなされた時間情報データ22を取得する。ステップS3において、評価者98の健康状態に関する健康評価値データ23を取得する。
【0037】
ステップS4において、推定モデル24と、評価者98の官能評価値データ21、時間情報データ22および健康評価値データ23とに基づいて、評価者98の官能評価値データ21の補正値を算出する。
【0038】
以上、本発明の一実施形態によると、官能評価の評価値を補正するための改良された方法、装置およびプログラムを提供することができる。ヒトの味覚感度や各味覚への欲求(嗜好性)は、ヒトの体調や時間帯によって影響を受ける。本発明の一実施形態では、官能評価の補正値を算出する際に、官能評価を行う評価者98の健康状態に関する情報を考慮する。これにより、評価者98の味嗅覚の変動が飲食品99の官能評価に与える影響が低減される。すなわち、本発明の一実施形態において算出する官能評価値の補正値は、評価者98の味嗅覚の変動が考慮された補正値である。このように、本発明の一実施形態によると、ヒトの味嗅覚の変動が飲食品の官能評価に与える影響を低減することができ、官能評価の精度や安定性を高めることが可能となる。その結果、より信頼性が高い指標として官能評価を利用することが可能となる。
【0039】
[その他の形態]
以上、本発明を特定の実施形態によって説明したが、本発明は上記した実施形態に限定されるものではない。
【0040】
上記実施形態の図1に示す例では、値0~5の間で評価される甘味の強度について、評価者98の健康状態に関する情報を考慮した甘味の強度の補正値を算出しているが、算出する味覚に関する官能評価値の補正値はこれに制限されない。算出する味覚に関する官能評価値の補正値は、甘味の補正値に限られず、甘味、塩味、酸味、苦みおよびうま味からなる群から選択される少なくとも一つの補正値であればよい。また、算出する味覚に関する官能評価値の補正値は、味覚の強度の補正値に限られず、味覚の強度、味覚の嗜好性、味覚の後味、味覚の検出能力、味覚の認識能力、および食味評価からなる群から選択される少なくとも一つに関する官能評価値の補正値であればよい。官能評価を行う際の官能評価値のスケールの範囲も任意であり、味覚強度テストを行う場合の値0~5や、後述する実施例に示す食味評価を行う場合の値0~12に制限されない。
【0041】
上記実施形態では、装置100は、評価者98が官能評価を行った時間情報を官能評価値の補正値の算出に用いているが、装置100が官能評価値の補正値を算出するうえで、このような評価者98による時間情報は必須の情報ではなく任意の情報である。装置100は、評価者98が官能評価を行った時間情報を用いることなく、官能評価値の補正値を算出することができる。
【0042】
上記実施形態では、官能評価の評価値を補正する際に、評価者98は、健康評価に関する質問に対する回答を入力部31を介して装置100に入力することにより、自身の健康状態に関する健康評価値を装置100に入力しているが、健康評価値を装置に入力する態様はこれに限定されない。健康評価に関する質問に対する回答は、例えば評価者98が予め回答しておいたデータを、外部のサーバ97からネットワーク39を介して取得してもよい。健康評価に関する質問に対する回答に代えて、評価者98に装着したウェアラブルなスマートデバイス(例えば、スマートウォッチ)を介して、評価者98の生体データ(例えば、バイオリズム、疲労度、労働時間、睡眠時間、歩数、心拍数、血圧など)を自動計測し、自動計測された生体データの一部または全部を装置100へ入力してもよい。この場合、装置100は、取得した評価者98の生体データを適宜読み替えまたは変換することにより、評価者98の健康評価値として利用すればよい。このような健康評価値を装置に入力する態様の変形例は、上記説明するような官能評価の評価値を補正する際に限らず、推定モデル24を作成するための味覚テストにおいて、複数の評価者198が自身の健康評価値を装置100に入力する場合も同様である。
【0043】
上記実施形態では、官能評価の対象とする味覚を、甘味、塩味、酸味、苦みおよびうま味の5つ(五味)としているが、対象とする味覚はこれら5つに制限されない。対象とする味覚はこれら5つを全て含む必要はなく、例えば甘味、塩味、酸味および苦みの4つであってもよいし、また例えばこれら5つの味覚のうち少なくとも一つを含んでいればよい。対象とする味覚はこれら例示するものに加えてさらに、風味、おいしさ、および香りを含んでもよい。本明細書における味覚の意味は、味覚の通常の意味に加えて、味覚と連動して認識される、香りや風味(嗅覚)、見た目(視覚)、食感(触覚)、および咀嚼音(聴覚)を含む意味であり、また、これらの要素が組み合わされた複合的感覚(例:おいしさ)としても理解されるべきである。後述する実施例に示す例では、例えばビターチョコレートの場合は、香りは例えば甘い香りやカカオの香りであり、風味は例えば油脂感である。また例えばドライソーセージの場合は、香りは例えば燻製の香りであり、風味は例えばスパイシー感や、肉の風味、油脂感である。
【0044】
上記実施形態では、健康評価に関する質問は、チャルダー疲労スケール、アテネ睡眠尺度、および精神健康調査票(General Health Questionnaire)の3種類であるが、健康評価に関する質問はこれら3種類に制限されない。健康評価に関する質問は、評価者98,198の健康状態に関する健康評価値を決定することができる内容であればよい。例えば疲労に関する質問については、例示するチャルダー疲労スケール以外の質問を用いることができる。同様に、不眠に関する質問については、例示するアテネ睡眠尺度以外の質問を用いることができ、心身の健康状態に関する質問については、例示する精神健康調査票(General Health Questionnaire)以外の質問を用いることができる。
【0045】
上記実施形態では、官能評価値補正装置100は一体の装置として実現されているが、官能評価値補正装置100は一体の装置である必要はなく、プロセッサ、メモリ、補助記憶装置20等が別所に配置され、これらが互いにネットワークで接続されていてもよい。入力部31および表示部32についても、一ヶ所に配置される必要は必ずしもなく、それぞれが別所に配置されて互いにネットワークで通信可能に接続されていてもよい。
【0046】
上記実施形態では、データ処理部10を構成する各機能ブロック11~15はソフトウェアにより実現されているが、これら各機能ブロック11~15は、一部または全部がハードウェアとして実現されてもよい。データ処理部10を構成する各機能ブロック11~15の処理は単一のプロセッサで処理される必要はなく、複数のプロセッサで分散して処理されてもよい。データ処理部10の機能および補助記憶装置20内のデータ項目は、一部または全部が、通信I/F部33を介して接続される外部のサーバ装置37においてクラウド化されていてもよい。
【0047】
以下に本発明の実施例を示し、本発明の特徴をより明確にする。
【実施例1】
【0048】
実施例1では、ヒト集団における味覚テストを行い、ヒト集団における味覚に関する官能評価と健康評価値と味覚の日内リズムとの関連性について考察をした。味覚テストは、複数の種類の味覚テストを、複数の評価者による複数の種類の飲食品を対象として行った。
【0049】
<方法>
19名(20~50歳、男性7名、女性12名)の研究協力者を対象として、味覚テストを朝(午前8:00)、昼(正午12:00)、夜(午後19:00)の3回行った。味覚テストを行う前には研究協力者の唾液量を測定した。研究協力者はテスト開始2時間前より摂食やコーヒーなどの嗜好品の飲水を行わなかった。テストには、図5に示す濃度が5段階の5つの水溶液を使用した。濃度が5段階の5つの水溶液は、5つの味覚(甘味、塩味、酸味、苦味およびうま味)のそれぞれについて準備し使用した。
【0050】
・味覚強度・弁別能力・嗜好性テスト
研究協力者は、水溶液の濃度が低いものから順に口に含み、検出した味覚の強さを0から5で評価した(0:味を感じない、1:非常に弱い味、2:弱い味、3:中程度の味、4:強い味、5:非常に強い味)。味覚強度テストは0~5の6段階評価であった。1以上の強度評価を付けた場合は、その水溶液が何味であるかを5つの味の種類(甘味、塩味、酸味、苦味およびうま味)の中から1つ回答した。回答結果をもとに、味覚を正しく回答することができた濃度のうち最も濃度が低い水溶液の濃度を記録した。味覚弁別テストは1~5の5段階評価であった。さらに研究協力者は、濃度が5段階の5つの水溶液のうち、最も好ましい(または別の実施例では、不快でなく受入可能な)濃度の水溶液を1つ選択した。味覚嗜好性テストは1~5の5段階評価であった。
【0051】
・後味テスト
研究協力者は、図5のうち最も高濃度の水溶液約15mlを口に含み、口腔内全体でよく味わった。約10秒後に水溶液を吐き出し、約10秒ごとに後味の評価を120秒間行った。評価は12cmのラインスケールを用いた。後味テストは0~12の間で無段階評価であった。後味テストは5つの味覚のそれぞれについて行った。
【0052】
・体調評価
研究協力者は、夜の味覚テストの後に、直近1週間の疲労、不眠および心身の健康状態のそれぞれに関する合計3種類の質問紙に回答した。疲労の質問にはチャルダー疲労スケール(0~33点で評価、16点以上で慢性疲労の可能性あり)を用いた。不眠の質問にはアテネ睡眠尺度(0~24点で評価、6点以上で不眠症の可能性あり)を用いた。心身の健康状態の質問には精神健康調査票(General Health Questionnaire)のGHQ-28(0~28点で評価、6点以上でメンタルヘルス低下の疑いあり)を用いた。心身の健康状態とは、心の状態であるメンタルの状態と体の健康状態とを含み、GHQ-28は、身体症状、不安・不眠、社会的活動障害、および抑うつ傾向の4つの症状を捉えることができる。
【0053】
・食味評価
研究協力者は、ビターチョコレートとドライソーセージをそれぞれ試食し、それぞれについて、香り、味や風味、おいしさを評価した。食味評価は0~12の間で無段階評価であった。食味評価にも12cm(120mm)のラインスケールを用いた。ラインスケール上に研究協力者が印をつけた位置をミリメートル(mm)単位で測定し、評価値のスコアとした。例えば研究協力者が全く香りを感じなかった場合はスコアは0となり、非常に強い香りを感じた場合はスコアは120となる。
【0054】
<結果>
・味覚の日内リズムに関して
味覚強度テストにおいて、甘味と塩味に日内リズムが認められた。甘味の低濃度水溶液(濃度1:0.125%)に対する味の強度評価は、昼に比べて夜に有意に低くなった(P<0.05,図6(A))。苦味ではすべての濃度に対する強度評価が昼に比べ夜に低下した(P<0.05,図6(B))。
【0055】
さらに、味の種類を正確に認知できた濃度(認知閾値:Cognitive threshold)をみると、苦味では、朝、夜に比べ昼により低い濃度で苦味水溶液であることが認知された(P<0.05,図7(A)左)。本結果は、昼に苦味感度が上昇していることを示し、その影響によって、昼は夜に比べて受容できる苦味の濃度も低下することが示された(P<0.05,図7(A)右)。一方、うま味では、昼に味への感度が低下(P<0.05,図7(B)左)し、より高濃度のうま味水溶液を望ましいと答えることが明らかとなった(P<0.05,図7(B)右)。
【0056】
・味覚と体調不良に関して
不眠について、データに不備のあった1名を除く18名で分析したところ、18名中8名に不眠の傾向が認められた。健常群(10名)と不眠群(8名)について後味テスト(昼データ)の結果を比較したところ、不眠群における甘味およびうま味に対する後味は、健常群に比べてより早く消失する傾向が認められた(P<0.10,図8(A)、図8(B))。酸味では、40秒から80秒後の後味の強さが、不眠群において有意に低下していた(P<0.05,図8(C))。本結果は、不眠により、口腔内の味の消失が促進された可能性を示している。また、不眠群は、健常群に比べてより低濃度の甘味水溶液を好んでおり(P<0.05,図9)、甘味嗜好性が低下していることも示された。
【0057】
昼に行ったビターチョコレート(脂質約32%、カカオ分約72%)の食味評価では、不眠群において塩味と口溶けの評価値が低い傾向であった(P<0.10,図10(A))。ドライソーセージへの食味評価でも不眠群の塩味の評価値が低い傾向であり(P<0.10,図10(B))、苦味とスパイシー感の評価値が低かった(P<0.05,図10(B))。
【0058】
<評価者の状態や評価時間が味覚および味覚の嗜好性に与える影響を示すモデルの例>
図11ないし図13は、評価者の状態(体調)が味覚および味覚の嗜好性に与える影響を示すモデルの例である。図示するこれらモデルは、本実施例1における味覚テストの結果を解析することにより作成した。各因子間の解析にはステップワイズ重回帰分析を用いた。因子間の影響が大きなものを図11に示し、中程度のものを図12に示し、影響が小さいものを図13に示す。なお以下の説明において、味の検出能力とは、なんらかの味がすることを検出する能力を意味し、味の認識能力とは、その検出した味が例えば五味でいうどの味であるかを正確に認識する能力を意味する。
【0059】
図11を参照し、影響が大きなモデルについて考察する。評価者が不眠を感じている場合に、後味の消失が早くなる。評価者が精神的な疲労を感じている場合は、弱い味に対する検出能力が下がり、強い味に対する味の強さの評価値(五味全般における主観的な味強度)も低下していたため、食味評価の値は低くなる。なおモデル中に示すパスの値は標準偏回帰係数,**:p<0.01である。
【0060】
図12を参照し、影響が中程度のモデルについて考察する。評価者が身体的疲労を感じている場合は、味の検出能力が上昇し、後味も残りやすくなっていたことから、食味の評価値が高くなる。評価者が、身体的疲労を感じている場合や日常的な活動(仕事など)が滞っていると感じている時は、塩味への嗜好が高まる。一方で、評価者の身体的な健康度が低下している(頭痛、倦怠感など)時は、塩味、酸味およびうま味への嗜好性が低下する。精神的な健康度(不安・不眠)が低下している時は、甘味への嗜好が低下する。なおモデル中に示すパスの値は標準偏回帰係数,**:p<0.01である。
【0061】
図13を参照し、影響が小さいモデルについて考察する。評価者の唾液量が多いと後味の消失は早くなる。評価者の体温が高いと味の検出能力が高まるので、弱い味(薄い濃度)であっても検出することができる。一方で、評価者の体温が高いと甘味への嗜好は低下する。評価者が不眠を感じている場合は、うま味への嗜好性が高まる。なおモデル中に示すパスの値は標準偏回帰係数,:p<0.05である。
【0062】
<評価者の状態(体調)と官能評価との関連を示すモデルの例>
図14は、評価時間や室温などの環境要因や不眠などの体調不良が食味に与える影響を示した官能評価モデルの例である。図示するモデルは、本実施例1における味覚テストの結果のうち、試料にドライソーセージを用いたものを解析することにより作成した。各因子間の解析にはステップワイズ重回帰分析を用いた。
【0063】
図14に示す官能評価モデルについて考察する。ドライソーセージの食味に大きく影響を与えた因子は「後味の残りやすさ」であった。後味は不眠によって大きく低下し、食品の塩味や酸味の強さを下げるだけではなく、肉の風味や油脂感の強さにも寄与することが示された。さらに、後味によって影響を受ける酸味や肉の風味は、食品の総合的な「おいしさ」の評価値にも影響していた。一方で、不安や不眠によって示される精神的健康度の低下は、甘味への嗜好性を低下させ、おいしさの評価値を間接的に下げる可能性が示唆された。なおモデル中に示すパスの値は標準偏回帰係数:p<0.05,**:p<0.01である。
【0064】
<官能評価値の補正値をモデルに基づいて算出する例>
0~12の間で無段階で評価する食味評価について、図14のモデルより、試料(ドライソーセージ)を食した時の塩味の評価値(y)と後味の残りやすさ(α)とは、それぞれ次の数式から算出することができる。
【0065】
y=0.48α-5.7β+127
α=-4.22a+3.59b-17.53c+42.23
ここで、
y:パネリスト(評価者)による塩味の官能評価実測値
α:後味の残りやすさを示す値
β:味の評価値の高さ
a:不眠スコア
b:身体的疲労スコア
c:唾液量
である。
【0066】
不眠傾向を示したパネリストA(不眠スコアa=7)による、ドライソーセージに対する塩味の官能評価実測値(y=59)から、不眠の影響を取り除いた官能評価の補正値(Y=68.3)は、下記の通り算出される。なおパネリストAは疲労が疑われなかったので、不眠による影響のみを補正した。
【0067】
Y=0.48α-5.7β+127+0.48(α’-α)
Y=y+0.48(α’-α)
=y+0.48(-4.22a’+4.2a)
=59+0.48x-4.22(2.4-7)≒68.3(ただし、a≧6)
ここで、
Y:パネリストAの塩味の官能評価補正値
α’:非不眠者の後味の残りやすさ値
a’:非不眠者の平均的な不眠スコア値
である。
【0068】
次に、不眠と疲労を示したパネリストB(不眠スコアa=10、疲労スコアb”=16、身体的疲労スコアb=12)の塩味評価値(y=55)に対し、不眠と疲労の影響を取り除いた補正値(補正値:Y=63.0)は下記の通り算出される。
Y=0.48α-5.7β+127+0.48(α’-α)
Y=y+0.48(α’-α)
=y+0.48{(-4.22a’+4.22a)+(3.59b’-3.59b)}
=55+0.48x{-4.22(2.4-10)+3.59(7.7-12)}
=55+0.48x(32.1-15.4)≒63.0(ただし、a≧6,b”≧16)
ここで、
Y:パネリストBの塩味の官能評価補正値
α’:非不眠者の後味の残りやすさ値
a’:非不眠者の平均的な不眠スコア値
b’:非疲労者の平均的な身体的疲労スコア値
b”:パネリストBの疲労スコア値
である。
【符号の説明】
【0069】
10 データ処理部
11 官能評価値取得部
12 時間情報取得部
13 健康評価値取得部
14 推定モデル作成部
15 補正値算出部
20 補助記憶装置
21 官能評価値データ
22 時間情報データ
23 健康評価値データ
24 推定モデル
25 補正値データ
29 官能評価値補正プログラム
31 入力部
32 表示部
33 通信インタフェース部(通信I/F部)
37 サーバ装置
39 ネットワーク
71~75 味覚テスト用の入力ダイアログボックス
81,82 入力ダイアログボックス
83 出力ダイアログボックス
97 サーバ装置(クラウドサーバ)
98 評価者
99 飲食品
100 官能評価値補正装置
198 味覚テスト評価者
199 味覚テスト用の飲食品
【要約】
【課題】官能評価の評価値を補正するための改良された方法、装置およびプログラムを提供する。
【解決手段】官能評価値補正方法は、評価者98による味覚に関する官能評価値21を取得するステップと、評価者98の健康状態に関する健康評価値23を取得するステップと、ヒト集団における健康評価値と味覚に関する官能評価値との関連性を含む推定モデル24、官能評価値21および健康評価値23に基づいて、官能評価値21の補正値25を算出するステップと、を含む。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14