(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-04
(45)【発行日】2024-09-12
(54)【発明の名称】炭化水素の製造方法
(51)【国際特許分類】
C10G 2/00 20060101AFI20240905BHJP
B01J 23/755 20060101ALI20240905BHJP
C07C 1/02 20060101ALI20240905BHJP
C07C 9/14 20060101ALI20240905BHJP
C07C 9/22 20060101ALI20240905BHJP
C07C 1/04 20060101ALI20240905BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20240905BHJP
【FI】
C10G2/00
B01J23/755 Z
C07C1/02
C07C9/14
C07C9/22
C07C1/04
C07B61/00 300
(21)【出願番号】P 2020173427
(22)【出願日】2020-10-14
【審査請求日】2023-10-02
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「NEDO先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム/CCS/触媒化学の融合によるCO2転換技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】藤井 孝志
(72)【発明者】
【氏名】西岡 将輝
【審査官】齊藤 光子
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-119962(JP,A)
【文献】特開2015-77575(JP,A)
【文献】特開平7-80309(JP,A)
【文献】特開2000-104078(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10G 2/00
B01J 19/00
B01J 23/00
C07C 1/02
C07C 9/14
C07C 9/22
C07C 1/04
C07B 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水分が存在し、圧力5MPa以上、温度40℃以上の地中の貯留地点に、触媒金属を備える触媒粒子とCO
2を導入して、CO
2を亜臨界状態または超臨界状態にする導入工程と、
前記貯留地点で、前記水分中の水と前記亜臨界状態または超臨界状態のCO
2を反応させて炭化水素を合成する合成工程と、
を有する炭化水素の製造方法。
【請求項2】
請求項
1において、
前記触媒粒子が、ナノ粒子担体であるコアと、前記触媒金属であるシェルを備える炭化水素の製造方法。
【請求項3】
請求項1
または2において、
前記触媒金属が、フィッシャー・トロプシュ反応を進行させる金属である炭化水素の製造方法。
【請求項4】
請求項1から
3のいずれかにおいて、
前記貯留地点が、地下800m以上1200m以下の地点である炭化水素の製造方法。
【請求項5】
請求項1から
4のいずれかにおいて、
前記触媒金属が、Ni、Fe、Co、およびPdの一種以上である炭化水素の製造方法。
【請求項6】
請求項1から
5のいずれかにおいて、
前記貯留地点の圧力が8MPa以上である炭化水素の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、地中に貯留したCO2を固体または液体の炭化水素に転換することによって、地上のCO2が削減されるとともに、有価物が得られる方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶媒にCO2を溶解して地中の帯水層に圧入して、CO2を貯留・隔離するシステムが知られている(特許文献1)。特許文献1のシステムによれば、飽和濃度に近い濃度で、CO2溶解水を地中に貯留できる。しかしながら、長期間にわたってCO2溶解水を地中に貯留する場合、CO2が地上に漏出するおそれがある。地中に貯留したCO2が地上に漏出するのを抑制した技術の出現が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願の課題は、地中で水とCO2から炭化水素を合成することによって、CO2が地上に漏出するのを抑える方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願のある態様の炭化水素の製造方法は、水分および触媒金属が存在し、圧力5MPa以上、温度40℃以上の地中の貯留地点にCO2を導入して、CO2を亜臨界状態または超臨界状態にする導入工程と、貯留地点で、水分中の水と亜臨界状態または超臨界状態のCO2を反応させて炭化水素を合成する合成工程とを有する。
【0006】
本願の他の態様の炭化水素の製造方法は、水分が存在し、圧力5MPa以上、温度40℃以上の地中の貯留地点に、触媒金属を備える触媒粒子とCO2を導入して、CO2を亜臨界状態または超臨界状態にする導入工程と、貯留地点で、水分中の水と超臨界状態のCO2を反応させて炭化水素を合成する合成工程とを有する。
【発明の効果】
【0007】
本願によれば、地中に導入したCO2は、周囲に存在する水分中の水と反応して炭化水素を生成するので、地上に漏出しにくくなる。また、本願によれば、地中で生成した炭化水素を取り出すことによって、有価物が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施例で使用した反応装置と回収装置の模式図。
【
図2】実施例1のフィルターの付着物のFT-IRスペクトル。
【
図3】実施例1の反応容器内の残留物のGCMSクロマトグラム。
【
図4】実施例1のフィルターの付着物のGCMSクロマトグラム。
【
図5】実施例1で、回収装置の最初のトラップ内の重クロロホルム溶液のGCMSクロマトグラム。
【
図6】実施例1で、回収装置の最後のトラップ内の付着物のGCMSクロマトグラム。
【
図7】実施例1のガスサンプリングバッグ内の気体のGCMSクロマトグラム。
【
図8】実施例1で、反応装置と回収装置の各部位における生成物のGCMSクロマトグラム。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本願の実施形態の炭化水素の製造方法は、導入工程と合成工程を備えている。導入工程では、水分および触媒金属が存在し、圧力5MPa以上、温度40℃以上の地中の貯留地点にCO2を導入して、CO2を亜臨界状態または超臨界状態にする。換言すると、導入工程では、水分および触媒金属が存在し、CO2が亜臨界状態または超臨界状態になる地中の貯留地点にCO2を導入する。CO2の導入は、例えば、地上と貯留地点を管でつなぎ、この管を用いた圧入によって行うことができる。
【0010】
この貯留地点は、例えば、地層もしくは岩層の隙間、亀裂部、または孔部などである。水分は、地表から地下に浸透した雨水または地表水が、地層もしくは岩層の隙間、亀裂部、または孔部などに蓄えられたものであってもよいし、地中に存在する金属塩水和物中の水成分のような結晶水であってもよい。触媒金属は、鉱物の組成として地層内もしくは岩層内に存在したり、地層もしくは岩層の隙間、亀裂部、または孔部などに付着したりしている。貯留地点にCO2を貯留させる観点から、地中に導入するCO2は気体または液体であることが好ましい。CO2が亜臨界状態または超臨界状態になる貯留地点は、例えば、温度40℃以上で、圧力8MPa以上である。
【0011】
我が国では、地下800m以上1200m以下の地点には、水分が普遍的に存在するとともに、触媒となりうる金属が存在する場所も多くみられる。また、地下800m以上1200m以下の地点は、温度が40℃以上50℃以下で、圧力が8MPa以上12MPa以下であることが多い。したがって、水分および触媒金属の存在、ならびに温度および圧力を意識しなくても、地下800m以上1200m以下の地点は、貯留地点として利用できる。このような貯留地点にCO2を導入すれば、CO2が亜臨界状態または超臨界状態になり、合成工程の環境が整う。
【0012】
合成工程では、貯留地点で、水分中の水と亜臨界状態または超臨界状態のCO2を反応させて炭化水素を合成する。この合成工程は、導入工程後に放置することによって、すなわち時間が経過することによって進行する。この合成時間は数年間~数百年間であってもよい。このように、地中に導入したCO2は、炭化水素に転換するため、地上に漏出しにくい。また、合成工程で得られる炭化水素は、液体または固体のため、地上に漏出する可能性がほとんどない。しかも、炭化水素を地中から取り出せば、有価物として利用できる。したがって、本実施形態の炭化水素の製造方法は、貯留地点から地上に炭化水素を回収する回収工程をさらに備えていてもよい。
【0013】
触媒金属は、フィッシャー・トロプシュ反応を進行させる金属であることが好ましい。フィッシャー・トロプシュ反応は、触媒を用いて、H2とCOから炭化水素を合成する反応である。本願発明者は、所定の環境下で、COの代わりにCO2を用いても炭化水素が得られることを見出した。このため、本実施形態の炭化水素の製造方法によれば、各種産業で排出され、地球温暖化の原因とされているCO2を削減できる。フィッシャー・トロプシュ反応を進行させる触媒金属としては、Ni、Fe、Co、Pd、Cu、Ag、またはZnが挙げられる。触媒金属は、Ni、Fe、Co、およびPdの一種以上であることが好ましい。効率よく炭化水素が得られるからである。なお、触媒金属は、金属または金属塩の状態で、セラミックスや活性炭などの担体に担持されていてもよい。
【0014】
フィッシャー・トロプシュ反応を進行させる触媒金属を用いる実施形態では、水がH2供給源として機能していると考えられ、亜臨界状態または超臨界状態のCO2がCO供給源として機能していると考えられる。すなわち、フィッシャー・トロプシュ反応を進行させる触媒金属の存在下では、水と亜臨界状態または超臨界状態のCO2を反応させることによって、水からH2が、CO2からCOがそれぞれ供給され、フィッシャー・トロプシュ反応によって、H2とCOから炭化水素が生成する。
【0015】
本実施形態の導入工程では、水分および触媒金属が存在し、圧力5MPa以上、温度40℃以上の地中の貯留地点にCO2を導入して、CO2を亜臨界状態または超臨界状態にした。これに代えて導入工程では、水分が存在し、圧力5MPa以上、温度40℃以上の地中の貯留地点に、触媒金属を備える触媒粒子とCO2を導入して、例えばこの触媒粒子とCO2を同時に圧入して、CO2を亜臨界状態または超臨界状態にしてもよい。また、水分および触媒金属が存在し、圧力5MPa以上、温度40℃以上の地中の貯留地点に、触媒金属を備える触媒粒子とCO2を導入して、CO2を亜臨界状態または超臨界状態にしてもよい。
【0016】
地上と貯留地点の間に設けられた配管または配管内の流動体を貯留地点に送るためのポンプ等の導入設備への負担や、貯留地点およびその周辺の地層もしくは岩層の隙間、亀裂部、または孔部への触媒粒子の拡散の妨げにならないように、触媒粒子は流動性のよい形状が望ましい。流動性が良い形状としては、球形状、突起部分が少ない形状、または小さい粒子形状が好ましい。
【0017】
触媒金属を備える触媒粒子をCO2とともに導入することによって、貯留地点での水と亜臨界状態または超臨界状態のCO2の反応を促進できるからである。この触媒粒子は、上記流動性のよい形状として、ナノ粒子担体であるコアと、触媒金属であるシェルを備えるコアシェルナノ粒子触媒であることが好ましい。触媒粒子が小さいことによって、地上と貯留地点をつないだ管を介して、貯留地点に触媒粒子を届けられるからである。ナノ粒子担体の粒径は、例えば10nm~500nmである。ナノ粒子担体としては、シリカナノ粒子またはアルミナナノ粒子が例示できる。このようなコアシェルナノ粒子触媒は、例えば特許第6303499号公報に記載された方法によって調製できる。
【0018】
貯留地点に導入する触媒粒子として、流動性が高いとされるフライアッシュを利用することもできる。フライアッシュは、石炭火力発電所の副生物であり、地中から掘り出された原料石炭中に含まれる無機物質が燃焼過程で溶融したものである。そして、フライアッシュの形状は球状である。また、フライアッシュは、石炭の産地により、FeやNiなどの触媒金属を含有しているものもある。フライアッシュの触媒性能を向上させるため、表面をゼオライト化することも有効である。フライアッシュ表面のゼオライト化は、例えば「石炭灰フライアッシュからアルカリ水熱合成されたpotassium-chabaziteの物性評価」(資源と素材誌, Vol.119, p.125-129, (2003))に記載された方法によって実施できる。
【実施例】
【0019】
図1は、貯留地点のモデルである反応装置10と、反応装置10で生成した炭化水素を回収する回収装置12を模式的に示している。反応装置10は、反応容器14と、反応容器14の周囲に設けられたヒーター16と、反応容器14に接続された圧力計Pおよび温度計Tを備えている。反応容器14内で、触媒金属の存在下、水と亜臨界CO
2または超臨界CO
2から炭化水素を合成する。ヒーター16は、反応容器14内を所定の温度、例えば40℃以上50℃以下に維持する。反応容器14には、亜臨界CO
2または超臨界CO
2を導入するための配管とバルブ18が接続されている。
【0020】
バルブ18、圧力計P、および温度計Tから反応容器14までの配管の周囲にもヒーター16が設置されている。バルブ18と反応容器14の間には、反応装置10を独立させるためのバルブ20と、反応容器14内で生成した固形分が回収装置12に流入するのを防ぐためのフィルター22が設けられている。なお、フィルター22の周囲にはヒーター16がなく、本実施例ではフィルター22の周囲の温度は約15℃であった。回収装置12は、合成された炭化水素を回収するためのバルブ24と、重クロロホルム26が入ったトラップ28と、冷却手段30が周囲に設けられたトラップ32と、ガスサンプリングバッグ34を備えている。
【0021】
1.炭化水素の合成
(実施例1)
乾燥させた多孔質γ-アルミナペレット(富士フイルム和光純薬製)9.0gを、10wt%硝酸ニッケル水溶液(硝酸ニッケル(II)六水和物(富士フイルム和光純薬製)を用いて調製)24mL中に浸漬し、ロータリーエバポレータで含浸・乾燥させた後、800℃の空気中で3時間焼成し、さらに550℃の水素雰囲気中で3時間還元処理して、担体γ-Al2O3に触媒金属Niが担持された触媒粒子を調製した。なお、Niは、フィッシャー・トロプシュ反応を進行させる金属である。容量30mLのステンレス製の反応容器14に、この触媒粒子4.0gと純水2mLを入れた。
【0022】
バルブ24を閉じた状態で、バルブ18から反応容器14内に超臨界CO2を導入した。バルブ20を閉じて、反応容器14内を温度40℃、圧力8.8MPaに保ち、水と超臨界CO2を5日間反応させた。バルブ18を閉じた状態で、バルブ20,24を開き、反応容器14、フィルター22、トラップ28,32、およびガスサンプリングバッグ34で反応生成物を回収した。なお、トラップ32は、エタノールを冷却媒体として冷却器(-80℃まで冷却可能)により冷却した。
【0023】
(実施例2)
2.0gの触媒粒子および1mLの純水を用いた点と、反応容器14内を圧力8.9MPaに保った点を除いて、実施例1と同様にして、水と超臨界CO2を反応させ、反応生成物を回収した。
【0024】
(比較例)
触媒粒子を用いなかった点と、反応容器14内を圧力8.1MPaに保った点を除いて、実施例2と同様にして、水と超臨界CO2の反応と反応生成物の回収を試みた。
【0025】
2.分析
(実施例1の生成物の分析)
実施例1の反応後には、黒色固形物がフィルター22に付着していた。フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)装置(株式会社島津製作所製、IR Affinity-1)を用いて、この黒色固形物をFT-IR分析した。
図2にこのFT-IRスペクトルを示す。
図2に示すように、2925±15cm
-1と2850±15cm
-1に-CH
2-のC-H伸縮振動に起因するピークが観測された。また、2870±15cm
-1に-CH
3のC-H伸縮振動に起因するピークが観測された。これらの結果から、この黒色固形物には、長鎖状のアルカン系炭化水素が含まれていると考えられる。
【0026】
反応容器14内の残留物、フィルター22の付着物、トラップ
32内の付着物を重クロロホルムで抽出した。これらの重クロロホルム溶液と、トラップ28
内の重クロロホルム溶液、およびガスサンプリングバッグ34内の気体を、ガスクロマトグラフ質量分析計(GCMS)装置(株式会社島津製作所製、GCMS-QP2010SE)を用いてGCMS分析した。
図3から
図7に、m/z57のイオンピークを検出したクロマトグラムをそれぞれ示す。
【0027】
図3は反応容器14内の残留物のクロマトグラムである。
図4はフィルター22の残留物のクロマトグラムである。
図5は、トラップ28内の重クロロホルム溶液のクロマトグラムである。
図6は、トラップ32内の付着物のクロマトグラムである。
図7は、ガスサンプリングバッグ34内の気体のクロマトグラムである。
図3から
図7に示すように、すべての部位に存在する反応生成物からC
30H
62のピークが検出された。すなわち、本実施例により、C30系炭化水素が合成されることがわかった。なお、各保持時間におけるピークに該当する炭素数は、C
10H
22からC
38H
78までのアルカンの混合物である標準試料のGCMS分析ピークに基づいている。
【0028】
図8は、
図3から
図7のクロマトグラムを並べて示している。反応生成物のガス中に、C
13H
28からC
38H
78までの一連の長鎖状のアルカン系炭化水素が存在することがわかった。すなわち、触媒金属の存在下で、水と超臨界CO
2を反応させると、炭化水素が合成できることがわかった。
【0029】
(実施例2の生成物の分析)
実施例2の反応後には、黒色固形物がフィルター22と配管内に付着していた。また、実施例2の反応後の反応容器14内の残留物とフィルター22の付着物を重クロロホルムで抽出した。この重クロロホルム溶液のGCMS分析により、C30系炭化水素が存在することが確認された。
【0030】
(比較例の生成物の分析)
反応容器14内の残留物とフィルター22の付着物として、透明な液滴だけが観察された。これらの液滴を重クロロホルムで抽出してGCMS分析した。この結果、反応容器14内の残留物とフィルター22の付着物からは、重クロロホルムだけが検出された。すなわち、触媒金属が存在しなければ、水と超臨界CO2から炭化水素が生成しないことがわかった。
【符号の説明】
【0031】
10 反応装置
12 回収装置
14 反応容器
16 ヒーター
18,20,24バルブ
22 フィルター
26 重クロロホルム
28,32トラップ
30 冷却手段
34 ガスサンプリングバッグ
P 圧力計
T 温度計