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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-04
(45)【発行日】2024-09-12
(54)【発明の名称】単結晶シリコンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 33/035 20060101AFI20240905BHJP
   C01B 33/02 20060101ALI20240905BHJP
   C30B 29/06 20060101ALI20240905BHJP
【FI】
C01B33/035
C01B33/02 E
C30B29/06 D
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020095217
(22)【出願日】2020-06-01
(62)【分割の表示】P 2016204077の分割
【原出願日】2016-10-18
(65)【公開番号】P2020125242
(43)【公開日】2020-08-20
【審査請求日】2020-06-30
【審判番号】
【審判請求日】2023-03-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】230117802
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 浩之
(72)【発明者】
【氏名】宮尾 秀一
(72)【発明者】
【氏名】祢津 茂義
(72)【発明者】
【氏名】星野 成大
(72)【発明者】
【氏名】岡田 哲郎
【合議体】
【審判長】宮澤 尚之
【審判官】河本 充雄
【審判官】後藤 政博
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-193902(JP,A)
【文献】特開2018-065710(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 1/00-35/00
C01B33/00-33/193
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1400℃以上の温度範囲において50℃/分以上60℃/分以下の速度で昇温し、1500℃で3分間保持する条件の下、融解の開始温度をTsとし融解の完了温度をTeとしたときに、ΔT=Te-Tsの値が50℃以下となる多結晶シリコン塊を選択する工程を備え、選択した多結晶シリコン塊を原料として使用する、単結晶シリコンの製造方法。
【請求項2】
前記多結晶シリコン塊はシーメンス法により合成された多結晶シリコン棒から採取された多結晶シリコン塊である、請求項1に記載の単結晶シリコンの製造方法。
【請求項3】
多結晶シリコン棒の何れの部位から採取した多結晶シリコン塊を1400℃以上の温度範囲において50℃/分以上60℃/分以下の速度で昇温し、1500℃で3分間保持する条件の下、融解の開始温度をTsとし融解の完了温度をTeとしたときに、ΔT=Te-Tsの値が50℃以下となる場合に、当該多結晶シリコン塊を採取した多結晶シリコン棒を選択する工程を備え、選択した多結晶シリコン棒を原料として使用する、単結晶シリコンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単結晶シリコンを安定的に製造するために好適な、多結晶シリコン塊および多結晶シリコン棒に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイス等の製造に不可欠な単結晶シリコンは、CZ法やFZ法により育成され、その際の原料として多結晶シリコン塊や多結晶シリコン棒が用いられる。このような多結晶シリコン材料は多くの場合、シーメンス法により製造される。シーメンス法とは、トリクロロシランやモノシラン等のシラン原料ガスを加熱されたシリコン芯線に接触させることにより、該シリコン芯線の表面に多結晶シリコンをCVD(Chemical Vapor Deposition)法により気相成長(析出)させる方法である。
【0003】
例えば、CZ法で単結晶シリコンを育成する際には、石英ルツボ内に多結晶シリコン塊をチャージし、これを加熱溶融させたシリコン融液に種結晶を漬けて転位線を消滅させ、無転位化させた後に所定の直径となるまで徐々に径拡大させて結晶の引上げが行われる。このとき、シリコン融液中に、未溶融の多結晶シリコンが残存していると、この未溶融多結晶片が対流により固液界面近傍を漂い、転位発生を誘発して結晶線を消失させてしまう原因となる。
【0004】
また、特許文献1には、多結晶シリコン棒(多結晶シリコンロッド)をシーメンス法で製造する工程中に、該ロッド中で針状結晶なる不均質な結晶が析出することがあり、かかる針状結晶が析出した多結晶シリコン棒を用いてFZ法による単結晶シリコン育成を行うと、上述の不均質な結晶によって個々の晶子がその大きさに相応して均一には溶融せず、未溶融の晶子が固体粒子として溶融帯域をとおって単結晶ロッドへと通り抜けて未溶融粒子として単結晶の凝固面に組み込まれ、これにより結晶線の消失が引き起こされる旨が報告されている。
【0005】
結晶線の消失が生じると最早、単結晶シリコンを得ることができないから、製造歩留り向上のためには、結晶線の消失原因を明らかにし、単結晶シリコンを安定的に製造するために好適な多結晶シリコン塊や多結晶シリコン棒を提供する技術が望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2008-285403号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、斯かる課題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、単結晶シリコンを安定的に製造するために好適な多結晶シリコン塊や多結晶シリコン棒を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明に係る多結晶シリコン塊は、1400℃以上の温度範囲において60℃/分以下の速度で昇温した際の融解の開始温度をTsとし融解の完了温度をTeとしたときに、ΔT=Te-Tsの値が50℃以下であることを特徴とする。
【0009】
例えば、前記多結晶シリコン塊はシーメンス法により合成された多結晶シリコン棒から
採取された多結晶シリコン塊である。
【0010】
また、本発明に係る多結晶シリコン棒は、シーメンス法により合成された多結晶シリコン棒であって、該多結晶シリコン棒の何れの部位から採取した多結晶シリコン塊も、1400℃以上の温度範囲において60℃/分以下の速度で昇温した際の融解の開始温度をTsとし融解の完了温度をTeとしたときに、ΔT=Te-Tsの値が50℃以下であることを
特徴とする。
【0011】
そして、本発明に係る単結晶シリコンの製造方法では、上述の多結晶シリコン塊もしくは多結晶シリコン棒を、CZ法やFZ法による単結晶シリコンの製造用の原料として使用する。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る単結晶シリコン塊は、上記融解特性を示すため、単結晶シリコンの製造時に発生する結晶線の消失を顕著に抑制する。つまり、本発明により、単結晶シリコンを安定的に製造するために好適な多結晶シリコン塊や多結晶シリコン棒が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者は、単結晶シリコンの育成時に生じる結晶線の消失の原因につき検討を進める中で、原料として用いる多結晶シリコンの融解特性に着目した。その結果、ある融解条件を満足する多結晶シリコンを原料として用いて単結晶シリコンの育成を行うと、結晶線消失の頻度(確率)が顕著に低くなるとの知見を得た。
【0014】
CZ法により単結晶シリコンを育成する際には、ルツボ内で多結晶シリコンを融解させ、シリコン融液に種結晶シリコン棒を浸漬して回転させながら引き上げることにより、種結晶と同じ原子配列をした単結晶インゴットを得る。一方、FZ法による単結晶シリコン育成では、ルツボは使用せず、多結晶シリコン棒の下方に種結晶を配し、誘導加熱により、種結晶と多結晶シリコン棒の境界部分を溶融し、このシリコン融液を表面張力で保持した状態で単結晶化していく。
【0015】
結晶線の消失は、シリコン融液中に漂う微細な未融解物が、固液界面に到達することにより生じると推測される。従って、このような未融解物を無くすことにより、結晶線が消失せず、単結晶化の歩留りの高い結晶成長条件を実現できるはずである。
【0016】
そこで、本発明者らは、結晶線の消失を生じさせた多結晶シリコン原料と結晶線の消失を生じさせなかった多結晶シリコン原料の加熱・昇温試験を行い、昇温過程での融解の現象を観察して融解特性を比較した。試料は、シーメンス法で育成した多結晶シリコン棒の各所から、直径19mmの円柱状コアをくり抜き、このコアから厚さが2mmの板状の試料を切り出し、表面はバフ研磨により鏡面化してある。
【0017】
このような板状試料をアルミナ製の容器に入れ、加熱にはハロゲンランプを用い、室温(25℃)~200℃は50℃/分、200℃~1200℃は200℃/分、1200℃~1500℃は50℃/分の昇温速度とし、1500℃に至った時点で3分保持した。ここで、シリコンの融点を含む温度範囲である1200℃~1500℃での昇温速度は、60℃/分以下であれば観察に支障がないが、70℃/分を超えると、融解始めの瞬間の温度(Ts)と、全量が融解した瞬間の温度(Te)の判断が困難となるので好ましくない。また、測定環境の雰囲気は、アルゴンに2%の水素ガスを添加した還元雰囲気とした。
【0018】
なお、シリコンの融点は1414℃程度とされ、1000℃を超える。このような高温では、試料そのものからだけではなく、試料の周辺からも多量の赤外線が発生するため、
肉眼ないし光学顕微鏡では融解状態の観察はできない。そこで、レーザー顕微鏡を使用し、焦点深度の浅い位置の限定された領域(観察面は4mm×2mm)のみを観察し、赤外線の影響を受けない状態で観察を行った。レーザー顕微鏡にはレーザーテック(株)製のVL2000を用い、光源には青色レーザーダイオード(波長410nm)を用いた。
【0019】
解像度が0.15μmで倍率は560倍の画像をビデオ録画した。試料面の温度は、上述のアルミナ製容器の下部に設けた熱電対温度計により測定し、当該温度を試料画像に同期させて記録し、再生画像を観察しながら、融解始めの瞬間の温度(Ts)と、全量が融
解した瞬間の温度(Te)を計測した。
【0020】
このような実験を種々の多結晶シリコンについて繰り返した結果、シリコンの融点を含む温度範囲、具体的には1400℃以上の温度範囲において60℃/分以下の速度で昇温
した際の融解の開始温度をTsとし融解の完了温度をTeとしたときに、ΔT=Te-Tsの値が50℃以下である多結晶シリコン塊を原料として用いた場合には、単結晶シリコンの育成時の結晶線の消失が顕著に低いことが分かった。また、一般的な傾向として、単結晶シリコンの育成時の結晶線の消失を生じさせない多結晶シリコン塊は、上記Tsの温度が
相対的に低いことも分かった。
【0021】
つまり、CZ法による単結晶シリコンの育成およびFZ法による単結晶シリコンの育成に際しては、上記融解条件を満足する多結晶シリコン塊や多結晶シリコン棒を原料とすることで、製造歩留りが高まることが分かる。
【0022】
なお、同様の融解特性試験を、単結晶シリコンについても行ったところ、CZ法による単結晶シリコンとFZ法による単結晶シリコンの何れにおいても、ΔT=Te-Tsの値は僅かに1℃であった(表1を参照)。
【0023】
【表1】
【0024】
本発明者らは、上述の融解条件を満足する多結晶シリコンをシーメンス法で合成するためには、析出速度を5μm/分以上にすることが好ましいと考えている。本発明者らの経験によれば、多結晶シリコンの析出速度が低い条件で育成された多結晶シリコンを誘拐させると、融液中に「未融解物」が残りやすい。
【0025】
本発明者らの実験によれば、析出速度が5μm/分以上(好ましくは7~12μm/分以上)の場合、上記ΔT=Te-Tsの値は比較的小さいものとなる。
【実施例
【0026】
FZ単結晶引き上げ時に、結晶線が消失しなかった多結晶シリコン棒と同一条件で育成した多結晶シリコン棒から採取した2ブロック(A1およびA2)と、結晶線が消失した多結晶シリコン棒と同一条件で育成した多結晶シリコン棒から採取した2ブロック(B1およびB2)を準備した。これらのブロックの採取位置は何れも、逆U字型に組まれたシリコン芯線のブリッジ近傍である。
【0027】
これら各ブロックから4枚の板状試料を切り出し、昇温速度を50~80℃/分の範囲で変化させて、各条件でのΔT=Te-Tsの値を求めた。その結果を表2に示す。
【0028】
この結果から、結晶線消失の有無とΔT=Te-Tsの値との間に相関関係があること、つまり、ΔT=Te-Tsの値が50℃以下である多結晶シリコン塊を原料として用いた場合には、単結晶シリコンの育成時の結晶線の消失が顕著に低いことが分かる。
【0029】
また、昇温速度が60℃/分以下では上記ΔT=Te-Tsの値は一定であるのに対し、昇温速度が60℃/分を超える場合には、昇温温度が高い程、低いΔT値を示している。これは、昇温温度が高すぎると、融解始めの瞬間の温度(Ts)と、全量が融解した瞬間
の温度(Te)の判断が困難となるためである。よって、昇温速度は60℃/分以下であ
ることが好ましい。
【0030】
【表2】
【0031】
続いて、異なる析出条件下で育成された多結晶シリコン棒を5本(C~G)準備した。
これらの多結晶シリコン棒はシーメンス法で育成されたものであり、シリコン原料ガスであるトリクロロシラン濃度は30vol%の一定とし、成長速度(析出速度)を2~10μm/分の範囲で変えて析出させたものである。
【0032】
これらの各多結晶シリコン棒を原料としてFZ法で単結晶シリコンの育成を行い、結晶線の消失の有無を調べた結果を表3に纏めた。成長速度が5μm/分以上のものでは、結晶線の消失は認められなかった。
【0033】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明に係る単結晶シリコン塊は、上記融解特性を示すため、単結晶シリコンの製造時に発生する結晶線の消失を顕著に抑制する。つまり、本発明により、単結晶シリコンを安定的に製造するために好適な多結晶シリコン塊や多結晶シリコン棒が提供される。