(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-04
(45)【発行日】2024-09-12
(54)【発明の名称】電子顕微鏡
(51)【国際特許分類】
H01J 37/244 20060101AFI20240905BHJP
H01J 37/28 20060101ALI20240905BHJP
H01J 37/05 20060101ALI20240905BHJP
H01J 37/22 20060101ALI20240905BHJP
【FI】
H01J37/244
H01J37/28 A
H01J37/05
H01J37/22 502H
(21)【出願番号】P 2023544837
(86)(22)【出願日】2021-08-31
(86)【国際出願番号】 JP2021031931
(87)【国際公開番号】W WO2023032034
(87)【国際公開日】2023-03-09
【審査請求日】2023-12-05
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高口 桂
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 卓
(72)【発明者】
【氏名】森下 英郎
(72)【発明者】
【氏名】小瀬 洋一
(72)【発明者】
【氏名】片根 純一
(72)【発明者】
【氏名】揚村 寿英
(72)【発明者】
【氏名】波田野 道夫
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-263774(JP,A)
【文献】特表2014-512069(JP,A)
【文献】特開2018-137160(JP,A)
【文献】特開2018-022561(JP,A)
【文献】国際公開第2017/221362(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/244
H01J 37/28
H01J 37/05
H01J 37/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に対して電子線を照射することにより前記試料を観察する電子顕微鏡であって、
前記電子線をパルス状に出射するパルス電子出射機構、
前記パルス状の電子線を前記試料に対して照射することにより前記試料から放出される信号電子を検出する検出器、
前記パルス状の電子線の照射パラメータを制御するとともに前記検出器が出力する検出信号のサンプリングタイミングを制御するタイミング制御部、
前記信号電子を飛行時間によって弁別する飛行時間算出部、
を備え、
前記タイミング制御部は、前記信号電子の飛行距離と前記信号電子のエネルギーから導かれる、前記信号電子の飛行時間以下のパルス幅で、前記電子線を出射するように、前記パルス電子出射機構を制御
し、
前記電子顕微鏡はさらに、前記試料の帯電量が基準値以下のときにおける前記信号電子のエネルギースペクトルと、前記検出器が検出した前記信号電子のエネルギースペクトルとを比較することにより、前記試料の表面電位を計算する、演算部を備える
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項2】
試料に対して電子線を照射することにより前記試料を観察する電子顕微鏡であって、
前記電子線をパルス状に出射するパルス電子出射機構、
前記パルス状の電子線を前記試料に対して照射することにより前記試料から放出される信号電子を検出する検出器、
前記パルス状の電子線の照射パラメータを制御するとともに前記検出器が出力する検出信号のサンプリングタイミングを制御するタイミング制御部、
前記信号電子を飛行時間によって弁別する飛行時間算出部、
を備え、
前記タイミング制御部は、前記信号電子の飛行距離と前記信号電子のエネルギーから導かれる、前記信号電子の飛行時間以下のパルス幅で、前記電子線を出射するように、前記パルス電子出射機構を制御
し、
前記電子顕微鏡はさらに、前記試料に対して前記電子線を照射する対物レンズを備え、
前記検出器は、前記試料を載置するステージと、前記対物レンズとの間に配置されており、
前記飛行時間算出部は、前記飛行時間または前記信号電子のエネルギーを用いて、前記電子線を照射した位置における前記試料の元素を同定する
ことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項3】
前記タイミング制御部は、前記パルス電子出射機構が前記電子線を出射してから前記信号電子が前記検出器へ到達するまでに要する時間以後のタイミングで前記検出信号をサンプリング開始するように、前記サンプリングタイミングを制御する
ことを特徴とする請求項1
または2記載の電子顕微鏡。
【請求項4】
前記タイミング制御部は、前記パルス電子出射機構が第1電子線を出射してから次の第2電子線を出射するまでの間の期間において、前記第1電子線によって生じた前記検出信号をサンプリングし終えるように、前記サンプリングタイミングを制御する
ことを特徴とする請求項1
または2記載の電子顕微鏡。
【請求項5】
前記タイミング制御部は、前記パルス電子出射機構が前記電子線を出射した後において前記検出器が最初に前記信号電子を検出した時点から前記検出信号をサンプリング開始するように、前記サンプリングタイミングを制御する
ことを特徴とする請求項1
または2記載の電子顕微鏡。
【請求項6】
前記電子顕微鏡はさらに、前記試料の表面電位の2次元分布を出力するインターフェースを備える
ことを特徴とする請求項
1記載の電子顕微鏡。
【請求項7】
前記電子顕微鏡はさらに、前記試料に対して前記電子線を照射する対物レンズを備え、
前記検出器は、前記パルス電子出射機構と前記対物レンズとの間に配置されており、
前記電子顕微鏡はさらに、前記信号電子を前記検出器へ向けて偏向させるビームセパレータを備え、
前記パルス電子出射機構は、光源と、前記光源からの励起光により電子を放出するフォトカソードと、によって構成されている
ことを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡。
【請求項8】
前記パルス電子出射機構は、パルス幅1ns以下で前記電子線を出射できるように構成されており、
前記飛行時間算出部は、10eV以下のエネルギーを有する前記信号電子を弁別し、
前記演算部は、前記飛行時間算出部が弁別した10eV以下のエネルギーを有する前記信号電子を前記検出器が検出した結果を用いて、前記試料の表面電位を計算する
ことを特徴とする請求項
1記載の電子顕微鏡。
【請求項9】
前記電子顕微鏡はさらに、前記同定した前記試料の元素を提示するインターフェースを備える
ことを特徴とする請求項
2記載の電子顕微鏡。
【請求項10】
前記電子顕微鏡はさらに、
前記試料に対して前記電子線を照射する対物レンズ、
前記信号電子を前記検出器へ向けて偏向させる分離器、
前記信号電子が前記検出器へ到達する前に前記信号電子を減速させる減速器、
を備え、
前記試料と前記対物レンズとの間には、前記信号電子を加速する電界が形成される
ことを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡。
【請求項11】
前記電子顕微鏡はさらに
、
前記信号電子を前記検出器へ向けて偏向させる分離器、
前記信号電子が前記検出器へ到達する前に前記信号電子を減速させる減速器、
を備え、
前記試料と前記対物レンズとの間には、前記信号電子を加速する電界が形成される
ことを特徴とする請求項
2記載の電子顕微鏡。
【請求項12】
前記パルス電子出射機構は、10eVのエネルギーを有する前記信号電子が前記試料から前記検出器まで飛行する飛行時間と、1eVのエネルギーを有する前記信号電子が前記試料から前記検出器まで飛行する飛行時間との間の差分よりも短いパルス幅で、前記電子線を出射する
ことを特徴とする請求項
10または11記載の電子顕微鏡。
【請求項13】
前記演算部は、前記信号電子を用いて前記試料の観察画像を生成し、
前記演算部は、前記試料の表面電位と、前記観察画像から得られる前記試料の表面形状とを比較することにより、前記試料の腐食の進行状態を計測する
ことを特徴とする請求項
1記載の電子顕微鏡。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
試料表面を高い空間分解能で観察または分析する手段として走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)が利用されている。SEM像の信号源は、電子線を照射した際に試料より放出される信号電子である。エネルギー50eV以下の信号電子は2次電子(Secondary Electron:SE)、エネルギー50eV以上の信号電子は反射電子(Backscattered Electron:BSE)として区別される。SEを検出すると試料表面の凹凸形状や表面電位を反映したコントラストが得られ、BSEを検出すると試料の組成や結晶方位を反映したコントラストが得られる。このように、特定のエネルギー帯に含まれる信号電子を検出することにより、所望のコントラストが強調されたSEM像を得る観察手法は、エネルギー弁別検出と呼ばれる。
【0003】
特許文献1は、パルス化された荷電粒子線を試料に照射して発生する信号電子を、対物レンズを通過後に光軸外のTOF(Time Of Flight)検出器に導き、得られる信号電子のエネルギースペクトルから、エネルギー数100eV~数keVのエネルギー帯に含まれるオージェ電子の特性エネルギーを取得し、この特性エネルギーに基づき試料の組成を分析する手法を開示している。
【0004】
非特許文献1は、電子線出射機構の1例を記載している。同文献は、光照射にともない電子が放出される活性層がGaAsで構成されている、高輝度フォトカソードを用いた光励起方式のパルス電子銃について記載している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】著者 Morishita 他、「Resolution improvement of low-voltage scanning electron microscope by bright and monochromatic electron gun using negative electron affinity photocathode」、雑誌名Journal of Applied Physics、ボリューム127、論文番号164902、発行年2020年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般的に、SEは数eVのエネルギーで発生量のピークを持ち、高エネルギーのBSEは照射エネルギーE0を最大エネルギーとしてブロードなエネルギー分布を持つ。BSE像を観察すると、試料表面の組成の違いや結晶方位の違いを反映したコントラストを含むSEM像が得られる。信号電子の軌道上に遮蔽電界の強度を制御できるエネルギーフィルタを用いて低エネルギーの信号電子を検出せずに高エネルギーの信号電子を選択的に検出することによりBSE像が得られる。SEMでBSEを弁別検出するにはエネルギー50eV以下のSEを遮蔽できればよく、エネルギー分解能数100eV程度のエネルギーフィルタで充分な弁別検出性能が得られる。一方、SE像を観察すると、試料表面の形状や電位分布を反映したコントラストを含むSEM像が得られる。特にエネルギー10eV以下のSEは表面電位分布の影響を受けやすいので、検出されるSEのエネルギー帯を制御することにより、電位コントラストが強調されたSEM像が得られるものと期待される。しかし、SEの検出エネルギーを制御するには1eV以下の高いエネルギー分解能が必要であり、遮蔽電界型のエネルギーフィルタでは必要なエネルギー分解能が得られない。
【0008】
高いエネルギー分解能を持つエネルギーフィルタとして、偏向型のアナライザを用いる方式がある。偏向型のアナライザには円筒面や球面を用いるものがあり、内側と外側の電極に各々適切な電圧を設定し、アナライザ出口に設けたスリットを通過できる電子のエネルギー範囲を制限するフィルタとして用いる。スリット幅を調整することにより、1eV以下の高いエネルギー分解能を実現できる。一方、アナライザ型のエネルギーフィルタは特定の狭いエネルギー範囲に含まれる電子のみ通過できるように制御され、それ以外の大部分の荷電粒子はスリットに遮蔽される。これにより、信号電子のエネルギー分布を得るには、信号電子の通過できるエネルギー条件について、広いエネルギー範囲を掃引して検出する必要がある。したがって、偏向型アナライザを用いてエネルギー分布を測定する場合は、高いエネルギー分解能が得られる一方、計測スループットが課題となる。
【0009】
高いエネルギー分解能と高い計測スループットを両立したエネルギー弁別検出手法として、電子が試料から検出器に到達するまでの飛行時間(TOF)を利用するものが挙げられる。TOF検出は質量分析機において実用的に利用されている検出技術である。検出対象が同一軌道上を飛来する同種の荷電粒子の場合、高エネルギーの荷電粒子ほど短時間で検出器に到達するので、TOFを計測することによりエネルギーを識別できる。
【0010】
TOFを用いた検出方式においては、計測可能なエネルギー帯に含まれる荷電粒子が同時に検出器に飛来して同時に検出される。TOF方式においては、アナライザ型のエネルギーフィルタとは異なり、通過できるエネルギーを制御するために、電極電圧を掃引する必要がない。したがって、同じドーズ量で計測スループットや試料ダメージを比較した場合、TOF検出方式は優位である。なお、TOF検出方式は連続的に信号検出される系には適用できず、信号または信号を発生させるプローブがパルス化されるようにして、TOFを測定するためのタイミングを制御することが重要となる。
【0011】
特許文献1のように広いエネルギー範囲のエネルギースペクトルを計測するには、ビームセパレータなどを用いて、エネルギーの違いによって偏向方向が分散しないようにする必要がある。このとき、試料に負電圧を印加することによって信号電子を数keV以上に加速した状態で、ビームセパレータを用いて信号電子を軸外に偏向し、軸外に設けたドリフト空間においてTOF検出する必要がある。検出器の性能を考慮すると、エネルギー数keV以上に加速された電子を、オージェ電子を識別できるほどの高いエネルギー分解能でTOF検出するためには、数メートル程度の長いドリフト空間を必要とする。これにより電子顕微鏡のサイズが大型化してしまう。
【0012】
本発明は、上記のような課題に鑑みてなされたものであり、長いドリフト空間を搭載することなく十分なエネルギー分解能が得られ、従来と同程度の装置サイズで高いエネルギー弁別検出性能を得ることができる、電子顕微鏡を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る電子顕微鏡は、電子線をパルス状に出射するパルス電子出射機構を備え、前記電子線を前記試料に対して照射することにより前記試料から放出される信号電子を飛行時間によって弁別することにより、前記信号電子のエネルギーを弁別する。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る電子顕微鏡によれば、長いドリフト空間を搭載することなく十分なエネルギー分解能が得られ、従来と同程度の装置サイズで高いエネルギー弁別検出性能を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】試料に対してエネルギーE0の電子線を照射した際に放出される信号電子のエネルギー分布を示す。
【
図2】実施形態1に係る電子顕微鏡1の構成図である。
【
図3】非特許文献1が記載している光励起方式のパルス電子銃の構成図である。
【
図6】試料23から検出器28までの空間が等電位である場合について、L=10mm、100mm、1000mmに対するエネルギーE
0=0.1eV~1keVの信号電子のT
tofの計算結果を示す。
【
図7】パルス電子銃11から放出される電子線のパルス波形の1例を示す。
【
図8】照射電子線14が試料23に照射されるタイミング、信号電子2が検出器28で検出されるタイミングなどの内部トリガのタイムチャートを示す。
【
図9】照射電子線14が試料23に照射されるタイミング、信号電子2が検出器28で検出されるタイミングなどの内部トリガの別タイムチャートを示す。
【
図10】試料表面の電位分布を計測する手法について説明するエネルギー分布図である。
【
図11A】通常のSEM像(表面形状像)の例を示す。
【
図12】実施形態2に係る電子顕微鏡1の構成図である。
【
図13】実施形態2における電子顕微鏡1が備えるユーザインターフェースの1例を示す。
【
図14A】実施形態3に係る電子顕微鏡1の構成図を示す。
【
図14B】実施形態3に係る電子顕微鏡1の構成図を示す。
【
図15A】金属表面を観察した場合の形状像の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<実施の形態1>
図1は、試料に対してエネルギーE0の電子線を照射した際に放出される信号電子のエネルギー分布を示す。SEは、50eV以下、特に10eV以下のエネルギーを有するものが多く発生する。本発明の実施形態1においては、典型的には1ns程度以下の短パルス幅の電子線を生成できるパルス電子銃を搭載したSEMを用いて、エネルギー約10eV以下のSEを主な検出対象とする。
【0017】
この場合、試料に対して照射するパルス電子線のパルス幅を短く設定できれば、長いドリフト空間を搭載せずに充分なエネルギー分解能が得られ、従来と同程度の装置サイズで高いエネルギー弁別検出性能を得ることができる。この検出手法を用いることにより、BSE信号の混入がない、純粋なSE像を得ることができる。さらに、TOFをエネルギーに変換して得られるSEのエネルギースペクトルからSE発生量のピークエネルギーを検知し、そのエネルギーシフト量に基づき試料の表面電位の分布像を取得できる。これにより、半導体デバイスをはじめとする試料表面の電位コントラストを強調したSEM像を提供できる。
【0018】
図2は、本実施形態1に係る電子顕微鏡1の構成図である。電子顕微鏡1は、SEMとして構成されている。電子顕微鏡1は、試料23に対しパルス化した照射電子線14を照射するためのパルス電子銃11(パルス電子出射機構)、照射電子線14の径を制限するためのアパーチャ(図示せず)、照射電子線14を試料上に収束するためのコンデンサレンズや対物レンズ22などの電子レンズ、収束された照射電子線14を試料上で走査するための偏向器21、試料23を置いて移動させ観察領域を決めるための試料台24およびその移動機構、信号電子2を光軸外の検出器の方向に偏向するためのビームセパレータ25、信号電子2を検出するための検出器28、制御部31(タイミング制御部)、TOF演算部32、エネルギースペクトル演算部33、SEM像の表示装置(図示せず)、真空排気設備(図示せず)、などを備える。
【0019】
制御部31は、パルス電子線の照射パラメータ(例:パルス電子銃11からの照射タイミング、光学条件など、電子線の照射状態に対して影響を与えるパラメータ)や信号電子を検出するタイミングを制御するためのタイミング制御を実施し、あるいは試料の表面電位を計算する。制御部31はその他に、電子顕微鏡1が備える各部を制御する。その他の機能部については後述する。
【0020】
本実施形態1のエネルギー弁別検出系においては、試料上で発生した信号電子2が検出器28に到達するまでの飛行時間(TOF)の違いを用いてエネルギーを弁別する。信号電子2が試料23から連続的に放出されている状況においてはTOFを計測できないので、一定の周期で時間的に離散化して信号電子2を試料23から発生させるために、信号電子2の発生源となる試料23への照射電子線14をパルス化する必要がある。パルス電子銃11はこの目的のために搭載され、後述するTOF検出を達成できる仕様を備えたパルス電子銃であれば、どのような方式のものでも構わない。パルス電子銃11は、通常のSEM観察とTOF計測を切り替えて利用できるようにするために、目的に応じて連続電子線とパルス電子線の両方を切り替えて利用できる電子銃であることが好ましい。
【0021】
パルス電子銃11は、試料23への照射電圧や照射電流を制御でき、パルス電子銃として利用する場合は所望のパルス幅やパルス間隔などの条件を設定できることが望ましい。パルス電子銃11の1例として、冷陰極電界放出型、ショットキー放出型、熱電子放出型など、既存のSEMで利用されている連続電子線を放出する各種電子銃を用い、パルス電子銃11と試料23との間の照射電子線14の軌道上に印加される偏向場を高速制御して、直下に置かれた絞りを用いてパルス電子線を生成する、高速ブランキングユニットを組み合わせた方式のパルス電子銃を適用することができる。この方式の電子銃は、ブランキングoffで使用した場合は通常の連続電子線の電子銃として利用でき、ブランキングonで使用した場合はパルス電子銃として利用できる。パルス幅やパルス間隔といった条件はブランキングを適切に制御することによって設定することができる。
【0022】
パルス電子銃11の別例として、金属や半導体の表面部に短パルス幅の励起光を照射して光電効果によって放出される電子を照射電子線として利用する、光励起方式のパルス電子銃を適用することができる。この方式の電子銃は、励起光として連続光を照射すれば連続電子線が放出され、パルス光を照射すればパルス電子線が放出される。TOF検出において必要なパルス幅やパルス間隔といった条件を設定できるパルス光源を用いることにより、対応するパルス幅やパルス間隔のパルス電子線を用いることができる。
【0023】
SEMにおいて高い空間分解能を得るためには、高輝度な電子源を用いることが重要である。輝度は電子銃の照射性能の指標の1つであり、単位面積、単位立体角あたりに放出される電流量で定義される。低輝度な電子源を用いた場合、試料上の最小スポット径が電子銃の光源径に起因する試料上のスポット径によって制限される。高い空間分解能と高いエネルギー分解能を両立したTOF検出系を実現するには、高輝度な短パルス電子銃を用いることが重要である。
【0024】
図3は、非特許文献1が記載している光励起方式のパルス電子銃の構成図である。このパルス電子銃は、本実施形態1におけるパルス電子銃11として用いることができる。このパルス電子銃は、高輝度かつ短パルス幅のパルス電子線を照射でき、本発明の電子線応用装置に対し好ましい照射性能を備えている。
【0025】
フォトカソードは、基板45と活性層46によって構成されている。フォトカソードの表面は、活性化処理を経て電子親和力が負(Negative Electron Affinity:NEA)の状態になっており、内部の伝導帯下端のエネルギー準位と比べて真空準位が低い状態となっている。この状況下でフォトカソードに励起光を照射すると、価電子帯から伝導帯に励起された電子がフォトカソードの外部に効率よく放出される。このNEA表面を持つフォトカソードを高輝度電子源として利用するには、活性層46が透明な基板45の上に形成されたフォトカソードの裏側に光学レンズ44を配置する構成が重要となる。活性層46に対し大きい開口数で励起光42を集光することにより、励起光の集光径を1μm程度にでき、ピーク輝度がSchottky電子銃と同程度の高輝度パルス電子銃が得られる。
【0026】
大気領域に設置したパルス光源41を用いて、ビューポート43を介してパルス化した励起光42を、真空排気された電子銃チャンバ内に設置されたフォトカソードに照射して放出される照射電子線14のパルス幅は、≪1nsを達成できる。フォトカソード直下には引出電極47が設置され、陰極電圧48を印加すると、陰極と引出電極47の間に加速電界が形成され、フォトカソードより放出された電子線が試料の方向に加速されながら収束される。
【0027】
高輝度NEAフォトカソードを用いた電子銃のエネルギー幅は単色性が良く、冷陰極電子銃よりも小さいエネルギー幅を持つ。単色性の良い電子銃をSEMに搭載した場合、低加速観察で空間分解能の制限となる色収差を低減できる点で優位である。したがって、高輝度NEAフォトカソードを用いたパルス電子銃と本発明のTOF検出系を組み合わせることにより、SEMの低加速条件で試料表面の電位分布を高い空間分解能で計測するとともに、高いエネルギー分解能を得ることができるものと期待される。
【0028】
本実施形態1の対物レンズ22は、試料に対してレンズ磁場を漏洩するセミインレンズ方式またはインレンズ方式の対物レンズである。試料近傍にレンズ場が形成されて球面収差や色収差などのレンズ収差を小さくできるので、高い空間分解能で試料を観察できる。本実施形態1ではセミインレンズ方式の対物レンズとして説明するが、TOF検出に関する部分はどちらの方式の対物レンズを用いた場合も同様である。セミインレンズ方式と比べて、インレンズ方式は観察できる試料サイズに制限があるが、より短焦点距離であるので分解能はインレンズ方式の方が優位である。セミインレンズ方式は対物レンズ下部に空間的な制約がないので、比較的サイズの大きい試料を高い空間分解能で観察できる。
【0029】
パルス電子銃11より照射された照射電子線14は、対物レンズ22により試料23に収束される。セミインレンズ型の対物レンズ22を用いた場合、試料上で発生したSE2はレンズ磁場により収束されながら対物レンズ22を通過する。対物レンズよりパルス電子源側に搭載されたビームセパレータ25により、SEは光軸外に偏向されて検出器28の方向に導かれる。これにより、検出器28によってSEを効率よく検出することができる。
【0030】
ビームセパレータ25の1例として、電界偏向場と磁界偏向場が互いに直交する方向に印加されるウィーンフィルタを適用することができる。別のビームセパレータとして、照射電子線の軌道上に、3段以上の電界偏向場または磁界偏向場を光軸に沿って並べたものを適用してもよい。
図2においてはビームセパレータ25としてウィーンフィルタを搭載した例を説明する。ウィーンフィルタの検出器側に配置される偏向電極26はメッシュ状となっており、ウィーンフィルタによって軸外偏向され偏向電極26を通過したSEは、光軸外に設置された検出器28にて検出される。SEが試料23から検出器28の感受面に到達するのに要する時間が、この検出系のTOF(飛行時間)となる。
【0031】
図4は、検出器28の詳細構成図である。検出器28は、表面に金属蒸着したシンチレータ52とライトガイド53と光電子増倍管54を備える、一般的にEverhart&Thornley(ET)型として知られる検出器を利用する。通常のSEMにおいては、検出器の感受面に10kV程度の正電圧が印加される。これにより、SEは検出器に捕集されるとともに、エネルギー10keV以上に加速されてシンチレータ52に衝突することによって、シンチレータ52から充分な光量が放出され、光電子増倍管54によって検出することが可能となる。これにより、低エネルギーのSEに対し充分な検出感度が得られる。なお、
図4では感受面にシンチレータを用いるET型検出器を適用した場合について説明したが、検出器の構成はこれに限定するものではない。この他にも、半導体検出器、アバランシェフォトダイオード(APD)、マルチチャンネルプレート(MCP)などの感受面に対し正電圧を印加し、加速されたSEを検出する構成とすれば、同様の検出性能を得ることができる。
【0032】
詳細は数式を用いて後述するが、試料23から検出器28までの間にSEに対する加速電界が分布している場合、SEのエネルギーの違いによるTOFの違いが生じにくくなる。したがって、TOF検出するための検出器28は、
図4に示すように検出器感受面の直前までSEが加速されない構成とするのが好ましい。すなわち、試料23と検出器28の間の信号電子2の飛行空間は等電位に近い空間であることが好ましい。そこで、検出器28の手前に試料23や対物レンズ22と同電位のメッシュ状のガード電極51を配置し、その後方に通常の構成と同じET型検出器を配置する。
図4の構成において検出器感受面に+10kV程度の正電圧を印加すると、ガード電極51を通過した信号電子2は加速されてET検出器により検出される。
【0033】
図5は、電子顕微鏡1の別構成例を示す。通常検出とTOF計測を切り替えて使用できるようにするために、
図5に記載するように、通常検出するための検出器29とTOF検出するための検出器28を、ビームセパレータ25の両側に配置してもよい。これにより、視野探しの時には連続電子線で通常検出されたSEM像を観察し、SEのエネルギースペクトルまたはその分布画像を計測する際にTOF検出することができる。
【0034】
偏向電極26は両側をメッシュ電極として構成し、電磁界偏向場の向きを反転できるように電磁極を構成することにより、SEの偏向方向を制御できる。通常検出用の検出器にはガード電極51を配置せず、検出器感受面の近傍に捕集電界を分布させ、検出器の近傍に飛来したSEを加速して検出できるように構成する。ビームセパレータ25によって通常検出器の方向に偏向されたSEは、メッシュ状の偏向電極26を通過した後に加速されるように電界を分布する。
【0035】
TOF検出による信号電子のエネルギーの演算方法について、
図4を参照しながら詳細を説明する。試料23(点A、s=0)において発生した信号電子2が検出器28(点B、s=L)まで進む場合を考える。経路AB上の電位をV(s)[V]、試料電位はV(0)=V
0[V]とする。エネルギー保存則を適用すると、試料上からエネルギーE
0で放出された信号電子2の経路AB上の任意の位置sにおけるエネルギーは E(s)=E
0+e[V(s)-V
0]となる。eは電子の電荷素量であり、e=1.6×10
-19[C]である。エネルギーE(s)の電子の速度の計算式 ds/dt=√[2E(s)/m]に基づき、経路ABを運動する電子の飛行時間(TOF)T
tof[s]は、電子の質量m=9.1×10
-31[kg]として以下の式1で計算できる。
【0036】
【0037】
エネルギーE(s)の大きい電子ほどTtofが小さくなるので、Ttofの違いによって信号電子のエネルギーを識別できる。経路AB上が等電位空間である場合はV(s)=V0なので、式1は以下の式2に変形できる。
【0038】
【0039】
図6は、1例として、試料23から検出器28までの空間が等電位である場合について、L=10mm、100mm、1000mmに対するエネルギーE
0=0.1eV~1keVの信号電子のT
tofの計算結果を示す。例として飛行距離L=100 mmでSEを主な検出対象とした場合、エネルギーE
0=数eVの電子に対するTOFは100ns程度となる。周期信号を時間分解能1ns程度で検出することは可能であるので、エネルギー数eV程度のSEに対し、充分なエネルギー分解能が得られる。
【0040】
試料23から検出器28までの空間が等電位でない場合は、信号電子2が加速または減速される。特に電子が加速される領域ではTOFの時間差が小さくなる。試料23に負電圧を印加するリタ―ディング法や、電子銃から試料手前までの空間に正電圧を印加するブースティング法を適用し、試料23から放出された信号電子2が検出器28に到達するまでの空間内で加速される装置構成でTOF検出する場合の検出方式については、実施形態3で説明する。
【0041】
図7は、パルス電子銃11から放出される電子線のパルス波形の1例を示す。パルス幅61やパルス間隔62はパルス波形から定義され、同一パルス幅(τ
p)、同一パルス間隔(T
int)で周期的に電子線が試料に照射される。パルス周波数はパルス間隔の逆数であり、単位時間に試料に照射される電子線パルスの数を表す。試料23にパルス電子線が照射されると、発生する信号電子も時間的に離散化された信号となる。
【0042】
SEMでTOF検出する場合に必要となる、パルス電子線のパルス幅に関する条件について説明する。エネルギー弁別検出のターゲットとなる電子のエネルギーに対応するTOFと比べて設定されるパルス幅が大きい場合、パルス電子線の先頭部が照射されて放出されたSEと、パルス電子線の最後尾が照射されて放出されたSEについて、発生時には異なるエネルギーのSEであるにも関わらず、検出時に同じTOFとなる状況が発生する。例えばL=100mmの場合について式1を用いると、エネルギー1eVの電子のTOFは170ns、エネルギー100eVの電子のTOFは17nsとなる。パルス電子線のパルス幅を153nsに設定した場合、先頭のパルス電子線によって放出された1eVの電子と最後尾のパルス電子線によって放出された100eVの電子は同じタイミングで検出器に到達することになる。このように、ターゲットとする電子のエネルギーのTOFよりも著しくパルス幅を大きく設定すると、TOF検出系のエネルギー分解能が低下することがわかる。したがって、パルス電子線のパルス幅は小さいほど好ましい。本実施形態1においてエネルギー弁別検出のターゲットとする約10eV以下のSEについて高いエネルギー分解能を得るには、パルス幅1ns以下とすることが望ましい。
【0043】
SEMでTOF検出する場合に必要となる、パルス電子線のパルス間隔に関する条件について説明する。パルス間隔が小さい場合、1つ目のパルス電子線を照射した時に発生した最低エネルギーの信号電子が検出される前に、2つ目のパルス電子線を照射した時に発生した信号電子が検出されて、必要なエネルギースペクトルが得られない。この状況を回避するために、パルス電子線のパルス間隔は検出対象の最低エネルギーのTOFよりも大きく設定すればよい。例えばL=100mmで検出すべきSEの最低エネルギーを0.1eVに設定した場合、エネルギー0.1eVのTOFは533nsとなるので、パルス間隔1μs(パルス周波数1MHz)に設定すればよい。
【0044】
以上より、試料~検出器が等電位の空間でL=100mmの場合、エネルギー1eV程度のSEをエネルギー弁別検出するには、パルス幅~1ns、かつパルス間隔1μs(パルス周波数1MHz)程度に設定するのがよい。飛行距離L=100mmは従来のSEMに搭載されている検出器の寸法と同程度であり、大幅な構成変更をする必要がなく搭載可能な検出器のサイズである。
【0045】
パルス電子線を試料に照射するタイミングや信号電子2を検出するタイミングの制御方法について、以下で詳細を説明する。TOFに基づき信号電子2のエネルギーを計測するためには、各パルスについてTOFを計算する時間基準を正確に設定することが重要である。タイミング制御手法の1例として、照射電子線14が試料23に照射されるタイミングや、試料23から放出される信号電子2が検出器28に到達するタイミングに基づき、各パルスに対応する信号を検出する開始するタイミングを設定する方法が考えられる。
【0046】
図8は、照射電子線14が試料23に照射されるタイミング、信号電子2が検出器28で検出されるタイミングなどの内部トリガのタイムチャートを示す。第1のパルス電子線と第2のパルス電子線との間の時間間隔は、照射電子線のパルス間隔(T
int)に等しい。この手法を適用する場合、パルス電子銃11で照射電子線のパルスを生成する照射トリガが生成されるタイミングと、検出器28で信号電子が検出する検出トリガが生成されるタイミングとの間の時間差ΔTに基づいてTOFが算出される。ΔTは、制御部31とパルス電子銃11との間の接続ケーブルの長さ、パルス電子銃11から照射されるパルス光がフォトカソードに到達するまでの時間、フォトカソードから放出されたパルス電子線が試料に到達するまでの時間、試料上で発生した信号電子が検出器28に到達する時間、検出器28と制御部31との間の接続ケーブルの長さ、などを考慮してセットされる。
【0047】
図8によれば、制御部31は以下のように各タイミングを制御することになる:(a)パルス電子銃11が照射電子線14を出射してから信号電子2が検出器28へ到達するまでに要する時間(ΔT)以後のタイミングで検出信号をサンプリング開始するように、検出器28のサンプリングタイミング(検出トリガ)を制御する;(b)パルス電子銃11が1つ目の照射電子線14(例えば
図8の1つ目の照射トリガ)を出射してから2つ目の照射電子線14(例えば
図8の2つ目の照射トリガ)を出射するまでの期間において、1つ目の照射電子線14によって生じた信号電子をサンプリングし終えるように(
図8の1つ目のサンプリングが2つ目の照射トリガの前に完了するように)、検出器28のサンプリングタイミング(検出トリガ)を制御する。
【0048】
図9は、照射電子線14が試料23に照射されるタイミング、信号電子2が検出器28で検出されるタイミングなどの内部トリガの別タイムチャートを示す。
図8とは異なるタイミング制御の手法として、照射電子線と同程度のエネルギーを持つBSEが検出されるタイミングを基準とする制御方法が考えられる。信号電子を検出するタイミングの基準としてBSEを用いる場合、システムの遅延時間を考慮する必要がないので、より正確なSEのエネルギー計測が可能となるものと期待される。計測条件によっては、必ずしも照射エネルギーと同程度のエネルギーを持つBSEが検出されない場合も想定されるが、低エネルギーのSEに対して適切なサンプリング時間を設定している場合、想定したエネルギーのBSEが検出されないことに起因する算出エネルギーの誤差は充分に小さいものとなる。
【0049】
BSEが検出されるタイミングを基準とする検出方式は、試料のWD(Working Distance)が様々に変わる条件でも有効に利用することができる。例えば、WD数mmでの観察条件から、分析のためにWDを15mm程度の長WDに設定する場合を考える。BSEを利用しない場合は、WDの変更に伴うTOFの変化を加味して、検出された信号電子のエネルギーを検出する必要がある。一方、BSEを利用した場合は、TOFをエネルギー変換するためのアルゴリズムはWDには依存せず、エネルギーの計算誤差を小さくできるメリットがある。
【0050】
図9によれば、制御部31は以下のように各タイミングを制御することになる:パルス電子銃11が照射電子線を出射した後(照射トリガ後)において、検出器28が最初の信号電子(BSE)を検出した時点から、検出器28がサンプリングを開始するように、検出トリガを制御する。
【0051】
セミインレンズ型またはインレンズ型の対物レンズ22を用いる本実施形態1の構成の場合、TOF検出するために設置された検出器によるBSE検出率は小さいので、エネルギーセパレータの電子源側の空間や対物レンズよりも試料側の空間に、照射電子線と同程度のエネルギーを持つBSEを効率よく検出できる検出器71、検出器72を設置し、BSEが検出されるタイミングと同期するように、TOF検出器のタイミングが制御されるとともに、検出される信号電子のTOFが算出される構成とすることが好ましい。この場合、制御部31の検出トリガとして、検出器71または検出器72の検出信号を用いる。なお、検出器72は、半導体検出器、APD、MCPのほか、シンチレータを用いたET型検出器など、BSEに対し感度を持つ検出器であれば、どのようなものを用いてもよい。
【0052】
図10は、試料表面の電位分布を計測する手法について説明するエネルギー分布図である。上記の手順に従い、検出された信号電子のTOFからエネルギーが算出され、SEのエネルギースペクトルが得られる。試料表面が帯電していない場合(すなわち帯電量が基準値以下である場合)、エネルギーE
peak=2~3eV付近にSEの発生量のピーク(S1)が観測される。これに対し、試料表面が帯電している場合はピークエネルギーE
peakが試料の帯電の極性や帯電量に依存してシフトする。試料表面が負帯電する場合は高エネルギー側にピーク(S2)が観測され、正帯電する場合は低エネルギー側にピーク(S3)が観測される。制御部31(演算部)は、TOF検出によって得られたエネルギースペクトルから、SEのピークエネルギーを算出し、ピークシフト量に基づいて表面電位を計算する。この手法によって推定された表面電位を、SEMの各ピクセルについて計算し、それをマッピング像として表示することによって、表面電位の分布像が得られる。
【0053】
図11A~
図11Cは、上記手法を用いて電位分布像を取得した場合の表示画面の例を示す。
図11Aは通常のSEM像(表面形状像)、
図11Bは等電位線、
図11Cは電位マッピング像の例である。この解析手法を用いることにより、半導体デバイス試料表面の不純物1101や欠陥1102を解析できる。
【0054】
制御部31は、
図11A~
図11Cに示すような表面電位分布を、ユーザインターフェース上で提示してもよい。ユーザインターフェースは、例えば後述する
図13のように画面上のGraphical User Interface:GUIとして構成することができる。
【0055】
照射電子線14の1パルスあたりの電子数の最大値は、パルス電子銃の輝度に依存する。試料表面の帯電の状況によっては、1パルスあたりの電子数を小さくして、帯電に寄与する電子が緩和するための時間を充分に設けるためにパルス間隔を大きくして観察する方が好ましい電位分布像が得られる場合も考えられる。このような状況を考慮すると、各ピクセルに複数の電子線パルスが照射されるようにパルス電子銃とSEMの走査信号を同期し、TOF検出信号を積算してSEのエネルギースペクトルを取得ように制御してもよい。
【0056】
試料表面の帯電の影響を制御する目的で試料に電圧を印加する制御をしてもよい。試料に照射する電子数をNin、試料より放出される信号電子の数をNoutとした場合、信号電子のイールドηはη=Nout/Ninとして定義される。イールドηは照射エネルギーに依存する。イールドηが~1となる条件は照射エネルギー~1keV付近に存在し、それよりも照射エネルギーが大きい場合はη<1となり試料表面は負帯電し、それよりも照射エネルギーが小さい場合はη>1となり表面が正帯電する。この現象を利用することにより、試料表面の帯電状態を制御できる。
【0057】
<実施の形態1:まとめ>
本実施形態1に係る電子顕微鏡1は、パルス状の電子線を照射するパルス電子銃11を備え、試料から放出される信号電子の飛行時間によって、信号電子のエネルギーを弁別する。パルス電子銃11は、パルス幅1ns以下で前記電子線を出射する。これにより、約10eV以下のエネルギーを有するSEを精度よくエネルギー弁別することができる。
【0058】
本実施形態1に係る電子顕微鏡1は、試料の帯電量が基準値以下のときにおける信号電子のエネルギースペクトルと、検出器28が検出した信号電子のエネルギースペクトルとを比較することにより、試料の表面電位を計算する。これにより、約10eV以下のエネルギーを有するSEを用いて、試料表面の電位分布像を得ることができる。
【0059】
<実施の形態2>
図12は、本発明の実施形態2に係る電子顕微鏡1の構成図である。本実施形態2においては、実施形態1とは異なりビームセパレータ25を搭載せず、試料上から直線的に検出器に到達する信号電子をTOF検出する。パルス電子銃11や検出器28の構成は実施形態1と同様である。実施形態1と異なる構成について、以下で詳細を説明する。
【0060】
実施形態1と同様に、通常検出するための検出器29と検出器28を別々に配置して、目的に応じて通常検出とTOF検出を切替えて使用できるようにできれば、視野探しの時には連続電子線で通常検出されたSEM像を観察し、エネルギー分析が必要な時にTOF検出を実施できる。
【0061】
本実施形態2における対物レンズ22は、試料に磁場を漏洩しないアウトレンズ方式の対物レンズである。実施形態1のセミインレンズ型と異なりアウトレンズ型の対物レンズは試料近傍にレンズ磁場が分布しないので、試料から放出された信号電子は、発生時の初期角度を保存して飛来する。試料23と検出器28との間は電位差がないように構成され、
図4と同様の配置となっているので、飛行距離Lは試料23と検出器28の先端部のガード電極51との間の距離と概ね一致する。
【0062】
実施形態1では対物レンズ22の漏洩磁場によって収束されたSEが検出されるので、大部分のSEが検出器28で捕集される。これに対し、本実施形態2で検出される信号電子は、試料23から臨む検出器感受面の立体角によって信号検出量が制限される。したがって、対物レンズ22を円錐状に構成し、感受面の大きい検出器を配置することにより、TOF検出できる信号電子の検出立体角を大きくすることができる。また、円錐状の対物レンズ22の周囲に複数の検出器28を搭載し、各検出器で検出された信号を同期して積算したものを出力するように制御してもよい。
【0063】
実施形態1はビームセパレータ25を利用するので、エネルギー50eV以下の低エネルギーのSEに限定してTOF検出する場合には好ましいが、同じ条件で数keV以上の高エネルギーの信号電子をTOF検出するには向いていない。これに対し、本実施形態2はビームセパレータ25が不要であるので、広いエネルギー範囲の信号電子をTOF検出できる。これにより、TOF検出を用いてオージェ電子のエネルギー分光検出が可能となる。
【0064】
オージェ電子は、電子線照射に伴い内殻電子が散乱されて空準位が生じ、外殻電子がこの空準位に遷移する際に放出されるエネルギーによって放出される電子である。オージェ電子のエネルギーは、内殻準位と外殻準位との間のエネルギー差に対応するエネルギーを持つ。オージェ電子のエネルギーは元素に固有であるので、オージェ電子のエネルギーピークと元素との間の対応関係を記述したデータテーブルを用意しておき、TOF検出によって得られた信号電子のエネルギースペクトル上のピークを検知してそのデータテーブルを参照することにより、試料上の電子線照射位置の構成元素を特定できる。これを各ピクセルで実施すれば、元素分析の分布像を得ることができる。
【0065】
TOF演算部32は、以上の原理にしたがって、オージェ電子のTOFまたはエネルギースペクトル上のピークを用いて、試料上の電子線を照射した位置の元素を特定することができる。
【0066】
オージェ電子は試料最表面から放出されるので、オージェ電子を検出する場合は試料表面を事前に清浄化することが必要となる。そこで、SEMと同じ試料室に試料表面を清浄化するためのイオンビーム照射装置を搭載し、オージェ電子を検出する直前で試料表面にイオンビームを照射して表面クリーニングを実施することが好ましい。イオンビーム装置の構成の1例として、集束イオンビーム装置とSEMを組合せたFIB-SEMのようにイオンビームと電子ビームを試料上の同一領域に照射できるような構成が考えられる。また、SEMの試料室とは異なる別の真空チャンバ内にイオンビーム装置を搭載する装置構成としてもよい。
【0067】
図13は、本実施形態2における電子顕微鏡1が備えるユーザインターフェースの1例を示す。画面I1(左上)は元素選択画面、画面I2(右上)は測定条件とSEM像の表示画面、画面I3(下)はスペクトルやマッピング像の表示画面に対応する。試料の材料組成が既知の場合、分析したい元素をI1の表の中から選択する。I2に表示されたSEM像から分析したい視野や領域を特定する。I2のマーク(×)で示したポイントAやポイントBのように点分析することも可能である。分析した結果はI3に表示される。校正用の標準試料を用いてTOF検出により算出されたエネルギー値をキャリブレーションできるようにしておくことにより、解析精度を改善することができる。以上の分析機能を利用することにより、異物検査や試料の酸化状態の分布を局所解析することができる。
【0068】
図13において、実施形態1で説明した試料の表面電位分布を提示してもよい。例えば表面電位を表示するタブを
図13の上部に配置し、ユーザがそのタブを選択すると、
図11A~
図11Cで説明したような表面電位分布を表示する。
【0069】
<実施の形態3>
図14Aと
図14Bは、本発明の実施形態3に係る電子顕微鏡1の構成図を示す。本実施形態3においては、リタ―ディング法やブースティング法を適用したSEMに本発明のTOF検出技術を適用した構成例を説明する。パルス電子銃11や検出器28の構成は実施形態1と同様である。実施形態1と異なる構成について、以下で詳細を説明する。
【0070】
試料23の極表面観察、帯電、ダメージなどに起因する悪影響を低減するために、低照射エネルギーで照射電子線14を照射することによりSEM観察が実施される。低照射エネルギーのSEM観察において高い空間分解能を得るために、照射電子線14に対する減速電界を試料と対物レンズ22との間に分布させる観察手法が使われる。この手法は実質的には試料と対物レンズ22との間に電界レンズを形成して対物レンズ22を短焦点化するものであり、電極電圧の仕方によってリタ―ディング法またはブースティング法と呼ばれる。
【0071】
照射電子線14が減速して照射される電界が分布している場合、試料上で発生した信号電子はこの電界によって加速される。実施形態1に記載した式1からわかるように、加速領域では信号電子のTOFの時間差が短くなるので、加減速されない場合とは異なる検出器構成が必要となる。
【0072】
図14Aの装置構成において試料に1kVの負電圧を印加した場合について、SEをTOF検出する手法を説明する。試料以外の構成物は特に言及しない限りは接地電位として説明する。試料上でE
0=1eV、10eV、100eVの信号電子について考える。式1に従うと、対物レンズ22を通過後の設置電位の空間内における各電子のエネルギーは、E=1001eV、1010eV、1100eVとなる。各電子が試料から放出された直後に1keV近くまで加速される場合に、100mm走行した時の各電子のTOFは、5.33ns、5.31ns、5.08nsとなる。このように加速された電子のTOFの時間差が0.1ns以下と小さいので、既存の回路技術でエネルギーの違いを識別するのは難しい。この問題を回避するには、一度加速した信号電子2を減速空間に導き、この減速空間内でTOFの時間差ができるように設定した検出系でTOF検出する方式が有効である。
【0073】
ビームセパレータ25を用いて軸外偏向した信号電子を、ビーム管82とビーム管83に導いて減速させる。ビーム管内部で信号電子を減速させる際に、電子のエネルギーが急激に小さくなるような電位差を設けると、強い収束作用を受けて信号電子は収束後に軌道が発散して高効率な検出が困難となる。したがって、減速させる場合は何段階かに分けて緩やかに減速しながら検出器に導く構成が好ましい。
図14Aではビーム管82、およびビーム管83を設けて2段階に分けて減速する場合の構成例を示す。
【0074】
各ビーム管には負電圧を印加して1keV以上に加速されたSEが減速されるように構成されている。SEの軌道を適切に制御するための各ビーム管に印加される電圧値は、電極の寸法に依存するが、例えばビーム管82に-0.5kV、ビーム管83に-0.9kVを印加した場合、ビーム管82の中でSEのエネルギーは約500eV、ビーム管83の中でSEのエネルギーは約100eVとなる。この場合、検出器28のガード電極51には、最も近くに配置されるビーム管と同じ電圧を設定しておく。このようにすることにより、ビーム管83の中で充分なTOFの時間差を作ることによって、エネルギー弁別検出が可能となる。
【0075】
減速空間となるビーム管が実質的なTOF空間となるので、減速の程度と減速空間となるビーム管の長さによってエネルギー分解能が決まる。例えば、TOF空間では試料上でエネルギー1eVと10eVのSEがリタ―ディング電界により加速された後、減速されてエネルギー100eVとなるように減速されて、L=1000mmの空間でTOF計測される場合を考える。この時の1eVの電子のTOFは168ns、10eVの電子のTOFは161nsとなり、1ns程度の時間分解能でパルス波形を解析できれば、充分にエネルギー値を分析することが可能である。パルス幅やパルス間隔は、減速空間のTOFの検出挙動に合わせて好ましい数値が設定される。
【0076】
図14Aでは、リタ―ディング法を適用した場合について示したが、ブースティング法を適用した場合も同様である。ブースティング時の装置構成を
図14Bに示す。リタ―ディング時とブースティング時では電圧を印加する電極と、印加電圧の極性が異なる。試料23を接地とする場合、照射電子線と信号電子を加速するためのブースティング電極81に正電圧が印加される。
【0077】
<実施の形態4>
本発明の実施形態4では、金属の腐食過程の計測において、実施形態1~3で説明したSEのTOF検出を適用する例を説明する。金属が腐食する(錆びる)過程は、金属と水との間の界面において金属材料を構成する原子が酸化されることによって生じる。酸化還元反応が起こる部位においては局所的に電界集中が生じるので、金属と液体(または溶媒)の界面に対して、実施形態1~3で説明したTOF検出系を備えたSEMを用いて局所電位分布を観察することにより、腐食の進行状態を計測できる。
【0078】
図15Aは、上記手法を用いて金属表面を観察した場合の形状像の例を示す。線分ABの途中に、周辺の組成とは異なる白色の領域が観察される。この領域が腐食している可能性が考えられる。
【0079】
図15Bは、
図15Aの線分ABに沿った電位プロファイルの計測例を示す。
図15Aの白色領域に相当する部分の電位が周辺の電位よりも高いことが分かる。これにより当該部分が腐食している可能性があると推定できる。制御部31(演算部)は、この電位が高い部分を特定することにより、当該部分の腐食の進行状況を推定することができる。例えば周辺部分の電位と比較して当該部分の電位がどの程度高いかに応じて、腐食進行度を推定することができる。
【0080】
<本発明の変形例について>
本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施形態は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、各実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0081】
以上の実施形態において、電子顕微鏡1が備えるインターフェース(例えば
図13で説明したもの)は、例えば制御部31がディスプレイ上にインターフェースを画面表示することによって構成することができる。
【0082】
以上の実施形態において、制御部31、TOF演算部32、エネルギースペクトル演算部33は、これらの機能を実装した回路デバイスなどのハードウェアによって構成することもできるし、これらの機能を実装したソフトウェアをCPU(Central Processing Unit)などの演算装置が実行することにより構成することもできる。これらの機能部のうち全部または一部を統合してもよい。例えば試料の表面電位を計算する処理(演算部としての動作)は、これら機能部のうちいずれが実施してもよい。その他の演算についても同様である。
【符号の説明】
【0083】
1…電子顕微鏡
11…パルス電子銃
14…照射電子線
21…偏向器
22…対物レンズ
23…試料
24…試料台
25…ビームセパレータ
26…偏向電極
27…対向電極
28…検出器
29…検出器
31…制御部
32…TOF演算部
33…エネルギースペクトル演算部
41…パルス光源
42…励起光
43…ビューポート
44…光学レンズ
45…基板
46…活性層
47…引出電極
48…陰極電圧
51…ガード電極
52…シンチレータ
53…ライトガイド
54…光電子増倍管
55…アンプ
56…検出器電圧
61…パルス幅
62…パルス間隔
71…検出器
72…検出器
81…ブースティング電極
82…ビーム管
83…ビーム管
91…リターディング電圧
92…ブースティング電圧