(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-05
(45)【発行日】2024-09-13
(54)【発明の名称】止血用ポリマー材料キット
(51)【国際特許分類】
A61L 31/14 20060101AFI20240906BHJP
A61L 31/06 20060101ALI20240906BHJP
A61L 31/04 20060101ALI20240906BHJP
【FI】
A61L31/14 300
A61L31/06
A61L31/04 110
(21)【出願番号】P 2020082474
(22)【出願日】2020-05-08
【審査請求日】2023-04-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「医工連携事業化推進事業」「血液応答性止血材に関する研究開発」に係る委託研究開発、産業技術競争力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】520160440
【氏名又は名称】ジェリクル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100203035
【氏名又は名称】五味渕 琢也
(74)【代理人】
【識別番号】100185959
【氏名又は名称】今藤 敏和
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】酒井 崇匡
(72)【発明者】
【氏名】増井 公祐
(72)【発明者】
【氏名】成田 真一
(72)【発明者】
【氏名】鎌田 宏幸
【審査官】辰己 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/143647(WO,A1)
【文献】BU, Yazhong et al.,Tetra-PEG Based hydrogel Sealants for In Vivo Visceral Hemostasis,Advanced Materials,2019年12月31日,Vol.31,No.28,e1901580
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L15/00-33/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1のポリマーを含むポリマー溶液Aと、第2のポリマーを含む第2のポリマー溶液Bよりなる、ポリマー材料キットであって、
前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、互いに架橋することでハイドロゲルを形成し得る、ポリアルキレングリコール骨格又はポリビニル骨格を有する親水性ポリマーの組み合わせであり;
前記第1のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有し、前記第2のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有し;
前記求核性官能基が、チオール基及びアミノ基よりなる群から選択され、前記求電子性官能基が、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、ニトロフェニル基、及び-CO
2
PhNO
2
よりなる群から選択され;
前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、1x10
3~1x10
5の範囲の重量平均分子量(Mw)を有し;
前記ポリマー溶液A及びB中における前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーの濃度は、10~300g/Lの範囲であり;
前記ポリマー溶液AとBを混合して得られる混合液のpHが3~7未満の範囲であり、イオン強度が10~100mMの範囲である、該ポリマー材料キット。
【請求項2】
前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーが、2分岐、3分岐又は4分岐のポリエチレングリコールである、請求項1に記載のポリマー材料キット。
【請求項3】
前記ポリマー溶液A及びBのpHが、いずれも3~7未満の範囲である、請求項1
又は2に記載のポリマー材料キット。
【請求項4】
pHが6.5~8.0の液体が存在する環境において、前記ポリマー溶液Aと前記ポリマー溶液Bが混合状態となることにより、前記第1のポリマーと前記第2のポリマーが互いに架橋したハイドロゲルが形成される、請求項1~
3のいずれかに記載のポリマー材料キット。
【請求項5】
前記第1のポリマーと前記第2のポリマーにより形成される前記ハイドロゲルのゲル化時間が、1~30秒の範囲である、
請求項4に記載のポリマー材料キット。
【請求項6】
前記第1のポリマーと前記第2のポリマーにより形成される前記ハイドロゲルが、0.9~3.5の範囲の平衡膨潤度を有する、
請求項4又は5に記載のポリマー材料キット。
【請求項7】
前記第1のポリマーと前記第2のポリマーにより形成される前記ハイドロゲルが、0.1x10
4~4x10
4Paの範囲のヤング率を有する、
請求項4~6のいずれか1に記載のポリマー材料キット。
【請求項8】
止血用、血管閉塞用、組織被覆用、又は体液凝固用である、請求項1~
7のいずれか1に記載のポリマー材料キット。
【請求項9】
請求項1~
8のいずれか1に記載のポリマー材料キットよりなる、止血剤。
【請求項10】
請求項1~
8のいずれか1に記載のポリマー材料キットよりなる、血管閉塞剤。
【請求項11】
請求項1~
8のいずれか1に記載のポリマー材料キットよりなる、組織被覆剤。
【請求項12】
請求項1~
8のいずれか1に記載のポリマー材料キットよりなる、体液凝固剤。
【請求項13】
ハイドロゲルを含む止血剤、血管閉塞剤、組織被覆剤、又は体液凝固剤の製造方法であって、
第1のポリマーを含むポリマー溶液Aと第2のポリマーを含む第2のポリマー溶液Bとの混合液を、pHが6.5~8.0の液体が存在する環境に適用する工程を含み;
前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、互いに架橋することでハイドロゲルを形成し得る、ポリアルキレングリコール骨格又はポリビニル骨格を有する親水性ポリマーの組み合わせであり;
前記第1のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有し、前記第2のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有し;
前記求核性官能基が、チオール基及びアミノ基よりなる群から選択され、前記求電子性官能基が、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、ニトロフェニル基、及び-CO
2
PhNO
2
よりなる群から選択され;
前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、1x10
3~1x10
5の範囲の重量平均分子量(Mw)を有し;
前記ポリマー溶液A及びB中における前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーの濃度は、10~300g/Lの範囲であり;
前記ポリマー溶液AとBを混合して得られる混合液のpHが3~7未満であり、イオン強度が10~100mMの範囲である、該製造方法。
【請求項14】
pHが6.5~8.0の液体が存在する環境において、前記ポリマー溶液Aと前記第2のポリマー溶液Bを混合することを含む、
請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記ポリマー溶液Aと前記ポリマー溶液Bを担体に滴下した後に、当該担体をpHが6.5~8.0の液体が存在する環境に接触させることを含む、
請求項13に記載の方法。
【請求項16】
前記ポリマー溶液A及びBのpHが、いずれも3~7未満の範囲である、
請求項13~15のいずれかに記載の方法。
【請求項17】
請求項1~
8のいずれか1に記載のポリマー材料キットよりなる、医療機器。
【請求項18】
ポリマー溶液A及びポリマー溶液Bの少なくとも1つが噴霧器に格納されている、
請求項17に記載の医療機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、止血用、血管閉塞用、組織被覆用又は体液凝固用のポリマー材料キットに関し、さらに、当該ポリマー材料キットを用いる止血方法、血管閉塞方法、組織被覆方法、又は体液凝固方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の血液凝固手段としては、主として、フィブリン糊に代表される生物由来の血液凝固因子の薬理作用を用いて止血反応を加速させる方法(例えば、特許文献1)、或いは、物理的に血流を遮断して、血液自身が持つ凝固能によって血液を凝固させる手法が用いられている。
【0003】
しかしながら、前者の生物由来材料を利用する方法では、原料となる動物や提供者の感染制御が容易ではないため感染リスクが存在する。実際、薬害エイズ事件や医原性クロイツフェルト・ヤコブ病のような問題が起こっている。一方、後者の物理的遮断を用いる方法では、止血原理の特性上、シート状の材料を用いる必要があり、複雑な構造の患部に適用することが困難である。さらに、両者に共通する課題として、最終的な止血状態が患者の血液凝固能に依存することから、抗血液凝固剤等の薬剤を投与されている患者に対しては、血液凝固効果を得ることが難しいという点も挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、非生物由来の合成物であるポリマー材料を用いて、安全かつ効率的な止血方法、血管閉塞方法、組織被覆方法、又は体液凝固方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討の結果、分子間の架橋によりハイドロゲルを形成し得る親水性ポリマーを特定の濃度条件で含有し、特定のpH条件及びイオン強度を有する溶液(プレゲル溶液)を調製し、これを出血部位や血管内のような血液が存在する環境下においてin-situでゲル化させることによって、優れた血液凝固効果及び止血効果が得られることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0007】
すなわち、本発明は、一態様において、血液が存在する環境下においてハイドロゲルを形成させるためのキットに関し、具体的には
<1>第1のポリマーを含むポリマー溶液Aと、第2のポリマーを含む第2のポリマー溶液Bよりなる、ポリマー材料キットであって、前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、互いに架橋することでハイドロゲルを形成し得る、ポリアルキレングリコール骨格又はポリビニル骨格を有する親水性ポリマーの組み合わせであり;前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、1x103~1x105の範囲の重量平均分子量(Mw)を有し;前記ポリマー溶液A及びB中における前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーの濃度は、10~300g/Lの範囲であり;前記ポリマー溶液AとBを混合して得られる混合液のpHが3~7未満であり、イオン強度が10~100mMの範囲である、該ポリマー材料キット;
<2>前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーが、2分岐、3分岐又は4分岐のポリエチレングリコールである、上記<1>に記載のポリマー材料キット;
<3>前記第1のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有し;前記第2のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有する、上記<1>又は<2>に記載のポリマー材料キット;
<4>前記求核性官能基が、チオール基及びアミノ基よりなる群から選択され、前記求電子性官能基が、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、ニトロフェニル基、及び-CO2PhNO2よりなる群から選択される、上記<1>~<3>のいずれかに記載のポリマー材料キット;
<5>前記ポリマー溶液A及びBのpHが、いずれも3~7未満の範囲である、上記<1>~<4>のいずれかに記載のポリマー材料キット;
<6>pHが6.5~8.0の液体が存在する環境において、前記ポリマー溶液Aと前記ポリマー溶液Bが混合状態となることにより、前記第1のポリマーと前記第2のポリマーが互いに架橋したハイドロゲルが形成される、上記<1>~<5>のいずれかに記載のポリマー材料キット;
<7>前記第1のポリマーと前記第2のポリマーにより形成される前記ハイドロゲルのゲル化時間が、1~30秒の範囲である、上記<6>に記載のポリマー材料キット;
<8>前記第1のポリマーと前記第2のポリマーにより形成される前記ハイドロゲルが、0.9~3.5の範囲の平衡膨潤度を有する、上記<6>又は<7>に記載のポリマー材料キット;
<9>前記第1のポリマーと前記第2のポリマーにより形成される前記ハイドロゲルが、0.1x104~4x104Paの範囲のヤング率を有する、上記<6>~<8>のいずれか1に記載のポリマー材料キット。
<10>止血用、血管閉塞用、組織被覆用、又は体液凝固用である、上記<1>~<9>のいずれか1に記載のポリマー材料キット;
<11>上記<1>~<10>のいずれか1に記載のポリマー材料キットよりなる、止血剤;
<12>上記<1>~<10>のいずれか1に記載のポリマー材料キットよりなる、血管閉塞剤;
<13>上記<1>~<10>のいずれか1に記載のポリマー材料キットよりなる、組織被覆剤;及び
<14>上記<1>~<10>のいずれか1に記載のポリマー材料キットよりなる、体液凝固剤
を提供するものである。
【0008】
別の態様において、本発明は、上記キットを用いてハイドロゲルを含む止血剤等を製造する方法に関し、具体的には、
<15>ハイドロゲルを含む止血剤、血管閉塞剤、組織被覆剤、又は体液凝固剤の製造方法であって、第1のポリマーを含むポリマー溶液Aと第2のポリマーを含む第2のポリマー溶液Bとの混合液を、pHが6.5~8.0の液体が存在する環境に適用する工程を含み;前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、互いに架橋することでハイドロゲルを形成し得る、ポリアルキレングリコール骨格又はポリビニル骨格を有する親水性ポリマーの組み合わせであり;前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、1x103~1x105の範囲の重量平均分子量(Mw)を有し;前記ポリマー溶液A及びB中における前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーの濃度は、10~300g/Lの範囲であり;前記ポリマー溶液AとBを混合して得られる混合液のpHが3~7未満であり、イオン強度が10~100mMの範囲である、該製造方法;
<16>pHが6.5~8.0の液体が存在する環境において、前記ポリマー溶液Aと前記第2のポリマー溶液Bを混合することを含む、上記<15>に記載の方法;
<17>前記ポリマー溶液Aと前記ポリマー溶液Bを担体に滴下した後に、当該担体をpHが6.5~8.0の液体が存在する環境に接触させることを含む、上記<15>に記載の方法;及び
<18>前記ポリマー溶液A及びBのpHが、いずれも3~7未満の範囲である、<15>~<17>のいずれかに記載の方法
を提供するものである。
【0009】
更なる態様において、本発明は、上記キットを用いる止血方法等にも関し、具体的には、
<19>上記<1>~<10>のいずれか1に記載のポリマー材料キットを用いる、止血方法;
<20>上記<1>~<10>のいずれか1に記載のポリマー材料キットを用いる、血管閉塞方法;
<21>上記<1>~<10>のいずれか1に記載のポリマー材料キットを用いる、組織被覆方法;
<22>上記<1>~<10>のいずれか1に記載のポリマー材料キットを用いる、体液凝固方法;
<23>上記<1>~<10>のいずれか1に記載のポリマー材料キットよりなる、医療機器;及び
<24>ポリマー溶液A及びポリマー溶液Bの少なくとも1つが噴霧器に格納されている、上記<23>に記載の医療機器を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明のポリマー材料キットによれば、2つのポリマー溶液を出血部位や血管内のような血液が存在する環境に適用することで、ポリマー溶液のpHに変化が生じることでin-situでゲル化反応が進行し、血液を取り込んだゲル-血液複合体を短時間で形成することができる。これにより、血液をゲル内に取り込むことにより優れた血液凝固作用とともに、出血部位等をゲルで被覆することによる物理的な止血作用をも併せて提供することができる。
【0011】
本発明で用いるポリマー材料は、従来技術のように動物由来の材料ではないため感染等のリスクを回避できる。また、本発明では、2つのポリマー溶液の混合後に一定時間は液状を維持できるため、複雑な構造の組織に対しても適用できるという利点を有する。さらに、従来法とは異なり血液自体の凝固能に依存することなく優れた血液凝固能を提供し得るため、抗血液凝固剤等を投与している患者に対しても適用できるという利点も有する。
【0012】
その適用対象に関しても、本発明のin-situゲル形成を静脈や動脈などの血管に適用することで血管閉塞を行うこともできる。また、生体環境に適用することによるpH変化を利用したゲル形成機構であるため、血液に限らず中性付近のpHを有する体液に対しても凝固作用を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、ゲル化時間に与える濃度とpHの影響を示すグラフである。
【
図2】
図2は、イオン強度によるゲル化時間の変化を示すグラフである。
【
図3】
図3は、イオン強度によるpHの変化を示すグラフである。
【
図4】
図4は、ゲル化時間とpHの関係を示すグラフである。
【
図5】
図5は、牛乳との混合によるヤング率の変化を示すグラフである。
【
図6】
図6は、牛乳中での膨潤度の経時変化を示すグラフである。
【
図7】
図7は、水中での各プレポリマー濃度における平衡膨潤度を示すグラフである。
【
図8】
図8は、ラット大腿部の静脈血管へゲルを適用した画像である。
【
図9】
図9は、ラット腹部の動脈血管へゲルを適用した画像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0015】
1.本発明のポリマー材料キット
本発明のポリマー材料キットは、第1のポリマーを含むポリマー溶液Aと、第2のポリマーを含む第2のポリマー溶液Bよりなるものであり、当該ポリマー溶液は、分子間の架橋によりハイドロゲルを形成し得る親水性ポリマーを特定の濃度条件で含有し、特定のpH条件及びイオン強度を有することを特徴とする。
【0016】
かかる溶液条件を採用することで、これらポリマー溶液AとBをそのまま混合しただけではゲル化反応が短時間では進行しないが、血液等の中性付近のpHを有する溶液中で2液を混合することにより、ゲル化が促進され比較的短時間でin-situでゲル化が生じるとともに、当該血液をゲル内部に取り込んだハイドロゲル(これを「ゲル-血液複合体」或いは「ゲル-体液複合体」ともいう)を形成することができる。かかるin-situにおけるゲル-血液複合体の形成により、血液自体をゲル内に取り込むことによる血液凝固作用とともに、出血部位等をゲルで被覆することによる物理的な止血作用をも併せて提供することができるという点で、従来にはない新規な手法であるといえる。
【0017】
以下、本発明のポリマー材料キットに用いられるポリマー材料及び溶液条件について詳細について説明する。
【0018】
(1-1)ポリマー材料
本発明のポリマー溶液A及びBに用いられる第1のポリマー及び第2のポリマーは、いずれも、互いに架橋することでハイドロゲルを形成し得る、ポリアルキレングリコール骨格又はポリビニル骨格を有する親水性ポリマーである。当該親水性ポリマーは、水溶液中でのゲル化反応(架橋反応等)によってハイドロゲルを形成し得るものであれば、当該技術分野において公知のものを用いることができるが、より詳細には、最終的なゲルにおいて、当該ポリマーが互いに架橋にすることにより網目構造、特に、3次元網目構造を形成し得るポリマーであることが好ましい。
【0019】
ポリエチレングリコール骨格を有するポリマーとしては、代表的には、複数のポリエチレングリコール骨格の分岐を有するポリマー種が挙げられ、特に、2分岐、3分岐又は4分岐のポリエチレングリコールが好ましい。特に、4分岐型のポリエチレングリコール骨格よりなるゲルは、一般に、Tetra-PEGゲルとして知られており、それぞれ末端に活性エステル構造等の求電子性の官能基とアミノ基等の求核性の官能基を有する2種の4分岐ポリマー間のAB型クロスエンドカップリング反応によって網目構造ネットワークが構築される(Matsunagaら、Macromolecules、Vol.42、No.4、pp.1344-1351、2009)。また、Tetra-PEGゲルは各ポリマー溶液の単純な二液混合で簡便にその場で作製可能であり、ゲル調製時のpHやイオン強度を調節することでゲル化時間を制御することも可能である。そして、このゲルはPEGを主成分としているため、生体適合性にも優れている。
【0020】
また、ポリビニル骨格を有する親水性ポリマーとしては、ポリメチルメタクリレートなどのポリアルキルメタクリレートや、ポリアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリN-アルキルアクリルアミド、ポリアクリルアミドなどを挙げることができる。
【0021】
第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、1x103~1x105の範囲、好ましくは、0.5x104~5x104の範囲、より好ましくは1x104~2x104の範囲の重量平均分子量(Mw)を有する。
【0022】
好ましくは、第1のポリマー及び第2のポリマーは、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有するポリマーと、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有するポリマーの組み合わせである。例えば、第1のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有し、第2のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有することが好ましい。かかる求核性官能基と求電子性官能基が架橋することによりゲルが形成される。ここで、求核性官能基と求電子性官能基の合計は、5以上であることが好ましい。これらの官能基は、末端に存在することがさらに好ましい。
【0023】
第1及び第2のポリマーに存在する求核性官能基としては、チオール基(-SH)、アミノ基又はなどを挙げることができ、当業者であれば公知の求核性官能基を適宜用いることができる。好ましくは、求核性官能基は-SH基である。求核性官能基は、それぞれ同一であっても、異なってもよいが、同一である方が好ましい。官能基が同一であることによって、架橋結合を形成することとなる求電子性官能基との反応性が均一になり、均一な立体構造を有するゲルを得やすくなる。
【0024】
第1及び第2のポリマーに存在する求電子性官能基としては、活性エステル基を用いることができる。このような活性エステル基としては、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、ニトロフェニル基、-CO2PhNO2(Phは、o-、m-、又はp-フェニレン基を示す)などを挙げることができ、当業者であればその他の公知の活性エステル基を適宜用いることができる。好ましくは、求電子性官能基はマレイミジル基である。求電子性官能基は、それぞれ同一であっても、異なってもよいが、同一である方が好ましい。官能基が同一であることによって、架橋結合を形成することとなる求核性官能基との反応性が均一になり、均一な立体構造を有するゲルを得やすくなる。
【0025】
末端に求核性官能基を有するポリマーとして好ましい非限定的な具体例には、例えば、4つのポリエチレングリコール骨格の分岐を有し、末端にチオール基を有する下記式(I)で表される化合物が挙げられる。
【化1】
【0026】
式(I)中、R11~R14は、それぞれ同一又は異なり、C1-C7アルキレン基、C2-C7アルケニレン基、-NH-R15-、-CO-R15-、-R16-O-R17-、-R16-NH-R17-、-R16-CO2-R17-、-R16-CO2-NH-R17-、-R16-CO-R17-、又は-R16-CO-NH-R17-を示し、ここで、R15はC1-C7アルキレン基を示し、R16はC1-C3アルキレン基を示し、R17はC1-C5アルキレン基を示す。)
【0027】
n11~n14は、それぞれ同一でも又は異なってもよい。n11~n14の値が近いほど、均一な立体構造をとることができ、高強度となる。このため、高強度のゲルを得るためには、同一であることが好ましい。n11~n14の値が高すぎるとゲルの強度が弱くなり、n11~n14の値が低すぎると化合物の立体障害によりゲルが形成されにくい。そのため、n11~n14は、5~600の整数値が挙げられ、25~250が好ましく、50~120がさらに好ましく、110~120であればさらに好ましい。
【0028】
上記式(I)中、R11~R14は、官能基とコア部分をつなぐリンカー部位である。R11~R14は、それぞれ同一でも異なってもよいが、均一な立体構造を有する高強度なゲルを製造するためには同一であることが好ましい。R11~R14は、C1-C7アルキレン基、C2-C7アルケニレン基、-NH-R15-、-CO-R15-、-R16-O-R17-、-R16-NH-R17-、-R16-CO2-R17-、-R16-CO2-NH-R17-、-R16-CO-R17-、又は-R16-CO-NH-R17-を示す。ここで、R15はC1-C7アルキレン基を示す。R16はC1-C3アルキレン基を示す。R17はC1-C5アルキレン基を示す。
【0029】
ここで、「C1-C7アルキレン基」とは、分岐を有してもよい炭素数が1以上7以下のアルキレン基を意味し、直鎖C1-C7アルキレン基又は1つ又は2つ以上の分岐を有するC2-C7アルキレン基(分岐を含めた炭素数が2以上7以下)を意味する。C1-C7アルキレン基の例は、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基である。C1-C7アルキレン基の例は、-CH2-、-(CH2)2-、-(CH2)3-、-CH(CH3)-、-(CH2)3-、-(CH(CH3))2-、-(CH2)2-CH(CH3)-、-(CH2)3-CH(CH3)-、-(CH2)2-CH(C2H5)-、-(CH2)6-、-(CH2)2-C(C2H5)2-、及び-(CH2)3C(CH3)2CH2-などが挙げられる。
【0030】
「C2-C7アルケニレン基」とは、鎖中に1個若しくは2個以上の二重結合を有する状又は分枝鎖状の炭素原子数2~7個のアルケニレン基であり、例えば、前記アルキレン基から隣り合った炭素原子の水素原子の2~5個を除いてできる二重結合を有する2価基が挙げられる。
【0031】
一方、末端に求電子性官能基を有するポリマーとして好ましい非限定的な具体例には、例えば、4つのポリエチレングリコール骨格の分岐を有し、末端にN-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基を有する下記式(II)で表される化合物が挙げられる。
【化2】
【0032】
上記式(II)中、n21~n24は、それぞれ同一でも又は異なってもよい。n21~n24の値は近いほど、ゲルは均一な立体構造をとることができ、高強度となるので好ましく、同一である方が好ましい。n21~n24の値が高すぎるとゲルの強度が弱くなり、n21~n24の値が低すぎると化合物の立体障害によりゲルが形成されにくい。そのため、n21~n24は、5~600の整数値が挙げられ、25~250が好ましく、50~120がさらに好ましく、110~120であればさらに好ましい。
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【0033】
上記式(II)中、R21~R24は、官能基とコア部分をつなぐリンカー部位である。R21~R24は、それぞれ同一でも異なってもよいが、均一な立体構造を有する高強度なゲルを製造するためには同一であることが好ましい。式(II)中、R21~R24は、それぞれ同一又は異なり、C1-C7アルキレン基、C2-C7アルケニレン基、-NH-R25-、-CO-R25-、-R26-O-R27-、-R26-NH-R27-、-R26-CO2-R27-、-R26-CO2-NH-R17-、-R26-CO-R27-、又は-R26-CO-NH-R27-を示す。ここで、R25はC1-C7アルキレン基を示す。R26はC1-C3アルキレン基を示す。R27はC1-C5アルキレン基を示す。
【0034】
本明細書において、アルキレン基及びアルケニレン基は任意の置換基を1個以上有していてもよい。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれであってもよい)、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、アシル基、又はアリール基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アルキル基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アルキル部分を含む他の置換基(例えばアルキルオキシ基やアラルキル基など)のアルキル部分についても同様である。
【0035】
また、本明細書において、ある官能基について「置換基を有していてもよい」と定義されている場合には、置換基の種類、置換位置、及び置換基の個数は特に限定されず、2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、水酸基、カルボキシル基、ハロゲン原子、スルホ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、オキソ基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。これらの置換基にはさらに置換基が存在していてもよい。
【0036】
別の態様として、第1のポリマー又は第2のポリマーの一方を、低分子化合物に置き換えることも可能である。この場合、低分子化合物は、分子内に1以上の求核性官能基又は求電子性官能基を有する。これにより、例えば、第1のポリマーに代えて、分子内に求核性官能基を有する低分子化合物を用い、これと側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有する第2のポリマーと反応させることで、第2のポリマーをゲル化させることができる。かかる「分子内に求核性官能基を有する低分子化合物」としては、分子内にチオール基を有する化合物を挙げることができ、例えば、ジチオスレイトールを用いることができる。
【0037】
(1-2)ポリマー溶液の条件
本発明のポリマー材料キットを構成するポリマー溶液A及びポリマー溶液Bは、以下に示すポリマー濃度、pH、イオン強度等の各条件を満たすものである。
【0038】
ポリマー溶液A及びB中における第1のポリマー及び第2のポリマーの濃度は、それぞれ10~300g/Lの範囲であり、好ましくは、30~200g/Lの範囲、より好ましくは50~150g/Lの範囲である。かかるポリマー濃度を調整することにより、ゲル化時間を所望の範囲とすることができる。なお、第1及び第2のポリマーの濃度は、上記の範囲を満たす限り、それぞれ同一でも異なっていてもよいが、同一の濃度であることが好ましい。
【0039】
ポリマー溶液A及びBは、これらの溶液を混合して得られる混合液が酸性領域(pH7未満)になるように調整され、好ましくはpHが3~7未満の範囲、より好ましくは3.2~5.0の範囲となるように調整される。また、好ましくは、ポリマー溶液A及びBのいずれか一方のpHが3~7未満の範囲であり、好ましくは、pHが3.2~5.0の範囲である。ただし、ポリマー溶液AとBの混合液が上記酸性のpH範囲を満たす限り、他方の溶液のpHが8を超えるものとなることもできる。典型的な態様では、ポリマー溶液A及びBの両方がこれらのpHの範囲内であることが好ましい。かかる酸性側のpHとすることにより、ポリマー溶液AとBをそのまま混合しただけでは短時間でゲル化反応が生じない(好ましくは、ゲル化反応が進行しない)が、血液等が存在し中性付近のpHを有する環境下で2液を混合した場合(混合溶液を中性付近のpHを有する環境下に適用する場合を含む)には、ポリマー溶液のpHが上昇し、ゲル化反応が進行することができる。これにより、血液等が存在し中性付近のpHを有する環境下において、比較的短時間でin-situでゲルを形成することができる。ポリマー溶液A及びBのpHは、上記の範囲を満たす限り、それぞれ同一でも異なっていてもよいが、同一のpHであることが好ましい。
【0040】
ポリマー溶液A及びBのpHは、当該技術分野において公知のpH緩衝剤を用いることができる。例えば、クエン酸-リン酸バッファー(CPB)を用い、クエン酸とリン酸水素二ナトリウムの混合比を変えることで、pHを上述の範囲に調節することができる。
【0041】
また、ポリマー溶液A及びBは、これらを混合して得られる混合溶液のイオン強度が10~100mMの範囲であり、好ましくは、10~40mMの範囲となるように調整される。かかるイオン強度を調整することにより、ゲル化時間を所望の範囲とすることができる。個々のポリマー溶液A及びBにおけるイオン強度は、上記の範囲を満たす限り、それぞれ同一でも異なっていてもよいが、同一のイオン強度であることが好ましい。
【0042】
ポリマー溶液A及びBにおけるポリマー濃度、pH、及びイオン強度の各条件を上述の範囲とすることにより、血液等の体液に相当するpHが6.5~8.0の液体が存在する環境においてこれら溶液を混合することで、第1のポリマーと第2のポリマーが互いに架橋したハイドロゲルをin-situで形成することができる。
【0043】
その際のゲル化時間は、好ましくは、1~30秒の範囲であり、より好ましくは、1~10秒の範囲である。繰り返しになるが、かかるゲル化時間は、主として、ポリマー溶液におけるポリマー濃度やpH、イオン強度を適宜設定することで調節することができる。ここで、「ゲル化時間」とは、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G”が、G’=G”となるまでに要する時間である。
【0044】
ポリマー溶液A及びBにおける溶媒は、水であるが、場合によっては、エタノールなどのアルコール類やその他の有機溶媒を含む混合溶媒とすることもできる。好ましくは、ポリマー溶液A及びBは、水を単独溶媒とする水溶液である。
【0045】
本発明のポリマー材料キットにおけるポリマー溶液A及びBの容量は、それらが適用される出血部位や血管等の面積や構造の複雑さなどに応じて適宜調節することができるが、典型的には、それぞれ0.1~20mlの範囲、好ましくは、1~10mlである。
【0046】
(1-3)ハイドロゲル
上述のように、第1のポリマー及び第2のポリマーが互いに架橋することによりハイドロゲルを形成することができる。本明細書中において、「ゲル」とは、一般に、流動性を失ったポリマーの分散系であり、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G”においてG’≧G”の関係性を有する状態をいう。また、「ハイドロゲル」は、水を含有するゲルである。
【0047】
当該第1のポリマーと第2のポリマーにより形成されるハイドロゲルは、好ましくは、0.9~3.5の範囲、より好ましくは、0.9~2.5の範囲の平衡膨潤度を有する。これにより、出血部位や血管等においてハイドロゲルが形成された後に、ゲルが膨張し過ぎることなく、一定期間、患部に留まった際の望ましくない影響を抑えることができる。ここで、「平衡膨潤度」とは、ゲル形成後において時間経過に伴う膨潤度の変化が、平衡状態に達した際の膨潤度の値である。膨潤度は、当該技術分野において慣用される手法により測定することができる。当該膨潤度は、25℃において測定された値を用いることができる。
【0048】
また、第1のポリマーと第2のポリマーにより形成されるハイドロゲルは、好ましくは、0.1x104~4x104Paの範囲、より好ましくは、0.5x104~2x104Paの範囲のヤング率を有する。これにより、出血部位や血管等において形成されたハイドロゲルが、一定期間、患部に留まるための適切な強度を有するものとすることができる。
【0049】
2.本発明の止血剤等、及び止血方法等
本発明は、別の観点において、ポリマー材料キットよりなる、止血剤、血管閉塞剤、組織被覆剤、又は体液凝固剤にも関する。
【0050】
上述のように、本発明のポリマー材料キットを用いて、ポリマー溶液AとBを出血部位や血管内のような血液が存在する環境に適用して、in-situでゲルを形成させることにより、血液を取り込んだゲル-血液複合体を形成することができる。これにより、血液をゲル内に取り込むことによる優れた血液凝固作用とともに、出血部位等をゲルで被覆することによる物理的な止血作用をも併せて提供することができる。また、かかるin-situゲル形成を静脈や動脈などの血管に適用することで血管閉塞の用途に用いることができ、血液に限らず中性付近のpHを有する体液を凝固させる用途に用いることもできる。
【0051】
ここで、本発明の対象となる「組織」とは、中性付近のpHを有する液体が存在する生体組織や生体器官を広く含むことができるが、例えば、臓器、神経、筋肉、及びこれらの一部が挙げられる。ただし、一般に表面が本来酸性と考えられる部位であっても、事前の処置で一時的または恒久的に中性付近のpHに改質された場合には、本発明の対象とする組織に含むことができる。これには胃粘膜などが挙げられるが、それに限定されない。
【0052】
また、別の観点からは、本発明は、かかる止血剤、血管閉塞剤、組織被覆剤、又は体液凝固剤の製造方法にも関する。当該製造方法は、第1のポリマーを含むポリマー溶液Aと第2のポリマーを含む第2のポリマー溶液Bを、中性付近のpH、すなわち、pHが6.5~8.0の液体が存在する環境に適用する工程を含むことを特徴とする。その他、第1及び第2のポリマーの種類、並びに、ポリマー溶液A及びBの条件は、既に述べたとおりである。
【0053】
ここで、「pHが6.5~8.0の液体が存在する環境」とは、好ましくは、血液や体液が存在する場所であり、例えば、動脈や静脈等の血管、或いは、血液や体液が存在する組織であることができる。pHの範囲は、好ましくは、6.5~7.5であることができる。
【0054】
前記ポリマー溶液Aと前記第2のポリマー溶液Bの混合液をpHが6.5~8.0の液体が存在する環境に「適用する」工程は、典型的には、そのようなpH環境において、前記ポリマー溶液Aと前記第2のポリマー溶液Bを混合することが例示される。例えば、血液が存在する患部に、直接、ポリマー溶液A及びBを順に滴下又は噴霧することが含まれる。場合によって、ポリマー溶液A及びBを同時に滴下又は噴霧してもよい。また、上述のように、ポリマー溶液A及びBは、そのまま混合しただけでは混合しただけでは短時間でゲル化反応が生じない(好ましくは、ゲル化反応が進行しない)溶液条件に設定されているため、予めポリマー溶液A及びBを混合して1つの溶液とし、その後にpHが6.5~8.0の液体が存在する環境に適用することも可能である。
【0055】
前記「適用する」工程の別の態様としては、前記ポリマー溶液Aと前記ポリマー溶液Bを担体に滴下した後に、当該担体をpHが6.5~8.0の液体が存在する環境に接触させることを例示することができる。この場合は、各ポリマー溶液をいったん担体内に保持させたうえで、血液が存在する患部(例えば、縫合手術後の患部)を当該担体で被覆や保護することが含まれる。そのような担体としては、ポリマー溶液を保持可能な材質のものであれば特段限定されないが、例えば、ガーゼなどの布製部材や、スポンジなどの吸収性を有する部材を挙げることができる。また、さらなる改変例としては、ポリマー溶液A又はBのいずれか一方を担体に保持させた状態で、当該担体を患部等に接触させた後に、残りの一方のポリマー溶液を担体に滴下又は噴霧することも可能である。
【0056】
ポリマー溶液A及びBを滴下により混合する手段としては、例えば、国際公開WO2007/083522号公報に開示されたような二液混合シリンジを用いて行うことができる。混合時の二液の温度は、特に限定されず、前駆体ユニットがそれぞれ溶解され、それぞれの液が流動性を有する状態の温度であればよい。例えば、二液の温度は異なってもよいが、温度が同じである方が、二液が混合されやすいので好ましい。
【0057】
ポリマー溶液A及び/又はBを噴霧する手段としては、当該溶液を格納した噴霧器を用いることができる。噴霧器は、当該技術分野において公知のものを適宜用いることができ、好ましくは医療用噴霧器である。したがって、本発明のキットにおける容器としてかかる噴霧器を用いることができ、その場合、本発明の一態様としては、ポリマー溶液A及びBを格納した医療機器、好ましくは噴霧器であることができる。
【0058】
本発明の製造方法を実行することは、上記ポリマー材料キットを用いる止血方法、血管閉塞方法、組織被覆方法、体液凝固方法に該当するということもできる。なお、対象となり得る組織や血管等は、必ずしも生体内とは限らず、これの方法は、手術等によって体内から取り出した後の組織等に適用することも含まれる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0060】
1.ポリマー溶液の調製
原料ポリマーとして、末端に-SH基を有するTetra-PEG-SH(テトラチオール-ポリエチレングリコール)及び末端にマレイミジル基を有するTetra-PEG-MA(テトラマレイミジル-ポリエチレングリコール)を用いた。これら原料ポリマーは、それぞれ日油株式会社から市販されているものを用いた。重量平均分子量(Mw)は、どちらも20000である。
【0061】
ポリマー溶液の緩衝剤として、クエン酸-リン酸バッファー (CPB) を用いた。クエン酸とリン酸水素二ナトリウムの混合比を変えることにより、pHを調整する。また、クエン酸とリン酸水素二ナトリウムのモル濃度 (イオン強度という) を変えることにより、緩衝能を調整した。
【0062】
pH 3.8、イオン強度200 mMのCPBを作製する場合には、以下の手順で各ポリマー溶液を調製した。
1. 200 mM のクエン酸水溶液とリン酸水素二ナトリウム水溶液を作る。
2. クエン酸水溶液 : リン酸水素二ナトリウム水溶液 = 32.3 : 35.4 の割合で混合する。
【0063】
pH 5.8の場合は、19.7 : 60.6 の割合、pH 3.0の場合は 39.8 : 20.4 で混合する。
【0064】
pH を微調整するときは、これらの CPBをある割合で混合することによって行った。また、各pHの測定はpHメーター(HORIBA)を用いた。
【0065】
2.ゲル化実験
血液と同程度のpHを有する牛乳(pH=7.4)を用いて、上記Tetra-PEGポリマーのゲル化挙動の評価を行った。
【0066】
2種類のプレポリマー溶液を1 mLずつ作成し、それらを混合してからゲル化するまでの時間を測定し、ゲル化時間を調べた。ここでは簡易的に、溶液が入った容器を逆さにしても溶液が落ちてこなくなるまでの時間をゲル化時間と定義した。ポリマーの濃度、バッファーのpH、イオン強度を変化させた。
【0067】
ゲル化時間におけるポリマー濃度及びpH依存性の結果を
図1に、ゲル化時間におけるイオン強度依存性の結果を
図2に示す。ゲル化時間は、プレポリマーの濃度およびバッファーのpHに依存することが分かった。また、バッファーのイオン強度 (pHを保つ能力の強さの指標となる) を変化させることによっても、ゲル化時間は変化するが、これは単にイオン強度が低くなるにつれてpHを保てなくなってしまったためである。実際、同濃度におけるpHとゲル化時間の関係のグラフに
図2, 3から得たpHとゲル化時間の関係をプロットすると同様の関係が得られる (図 4)。
【0068】
次に、牛乳のゲル化試験を行った。はじめに、本牛乳ゲル化試験用のプレポリマー溶液を作成した(プレポリマー濃度: 150 g/L、溶媒: pH 3.4、200 mM)。このプレポリマー溶液を牛乳に対して加え(牛乳10:プレポリマー液1; 体積比)、牛乳の流動性を巨視的に評価した。このときのゲル化時間は3分であった。ゲル化時間をさらに調節するため、別のプレポリマー溶液を作成した(プレポリマー濃度: 200 g/L、溶媒: pH 3.4、40 mM)。該プレポリマー溶液を用いて上記試験を実施したところ、ゲル化時間は10秒に短縮された。
【0069】
ラット全血のゲル化試験を行った。はじめに、本ゲル化試験用のプレポリマー溶液を作成した(プレポリマー濃度: 200 g/L、溶媒: pH 3.4、40 mM)。ラットから採取された全血に対し、あらかじめヘパリン処理を施した。ヘパリン処理済みの全血を2つに分け、片方に先に調製したプレポリマー溶液を添加した(全血10:プレポリマー液1; 体積比)。もう片方にはプレポリマー溶液を添加しなかった。このとき、プレポリマー溶液を添加した群のみにおいてゲル化が認められた。
【0070】
Tetra-PEG-SHを、2つのSH基を有するジチオスレイトール(分子量154.253 g/mol)に置き換えてゲル化試験を行った。はじめにTetra-PEG-MAのプレポリマー溶液を作成した(プレポリマー濃度: 200 g/L、溶媒: pH 3.4、40 mM)。このプレポリマー溶液の末端MA基と、ジチオスレイトールのSH基が同じモル濃度になるように、ジチオスレイトール溶液を新たに作成した。これらの2液を同体積で混合したところ、流動性が失われ、ゲル化が確認された。
【0071】
Tetra-PEG-SHを、分岐数が2であり末端にSH基を有するLinear-PEG-SHに置き換えてゲル化試験を行った。はじめにTetra-PEG-MAのプレポリマー溶液を作成した(プレポリマー濃度: 200 g/L、溶媒: pH 3.4、40 mM)。このプレポリマー溶液の末端MA基と、Linear-PEG-SHのSH基が同じモル濃度になるように、Linear-PEG-SH溶液を新たに作成した。これらの2液を同体積で混合したところ、流動性が失われ、ゲル化が確認された。
【0072】
Tetra-PEG-MAを、分岐数が2であり末端にMA基を有するLinear-PEG-MAに置き換えてゲル化試験を行った。はじめにTetra-PEG-SHのプレポリマー溶液を作成した(プレポリマー濃度: 200 g/L、溶媒: pH 3.4、40 mM)。このプレポリマー溶液の末端SH基と、Linear-PEG-MAのMA基が同じモル濃度になるように、Linear-PEG-MA溶液を新たに作成した。これらの2液を同体積で混合したところ、流動性が失われ、ゲル化が確認された。
【0073】
3.ヤング率の測定
2液混合後のプレポリマー溶液は、体内へ注射後、血液と混ざってゲル化する。このときの血液の含有量による、固さ (ヤング率) の変化を調べた。上述の手順によってプレポリマー溶液を作成した (プレポリマー濃度: 50 g/L、溶媒: pH 3.8、200 mM)。2種類のプレポリマーを混合後、さらに牛乳を割合を変えて混ぜ、ゲル化し反応が完了したのちに、そのヤング率を圧縮試験によって求めた (
図5)。例えば、プレポリマー溶液に対して同体積の牛乳を加えた場合に50%と表される。牛乳を添加するほど最終的なヤング率は低下した。これは、牛乳の添加によってプレポリマー溶液が希釈され、ゲルの架橋点密度が低下したためである。
【0074】
4.平衡膨潤度の測定
実験手順
溶媒: pH 3.0、20 mMのCPB
プレポリマー濃度: 60, 120 g/L (6, 12 wt%)
【0075】
ゲルの作製手順は上記と同様である。2液混合後、ゲル化し反応が完了した後に、牛乳中に入れ、どれだけ膨潤するかについて調べた。どちらの濃度のゲルも4時間程度で平衡膨潤状態に達した (
図6)。平衡膨潤度は、60 g/L が 1.7、120 g/L が 2.3 であり、この値は水中で膨潤させた場合と同じであり (図 7)、水中での膨潤実験での結果を用いても良いことを示唆する。
【0076】
5.ラットの血管への適用
実験手順
溶媒: pH 4.6、20 mMのCPB (pH 3.8、20 mM CPB : pH 5.8、20 mM CP = 1:2 で混合)
プレポリマー濃度: 50 g/L (5 wt%)
【0077】
ゲルの作製手順は上記と同様である。2液混合後、静置した状態だと3分程度でゲル化 (このゲル化時間は、pHによって変更可) するため、それまでにラット大腿部の静脈血管に100マイクロリットル程度注射した。このとき、血管上流部を圧迫して血流を止め、ゲルが注射後すぐに流れてしまうのを予防した。また、バッファーのイオン強度を 20mMと低くしたことにより、注射後、溶液が血液と混ざることで pH が容易に上がり、すぐにゲル化した。30秒程度圧迫した状態を保った後に、手を離し、ゲルが固まって流れていないことを確認した。また、一定期間経過後にもう一度、患部を開き、ゲルが流出していないことを確認した。その際の画像を
図8に示す。ゲルによる血管閉塞の効果は少なくとも2~3週間継続することを確認した。
【0078】
溶媒: pH 3.0、20 mMのCPB、プレポリマー濃度: 100 g/L (10 wt%)の条件を用いた場合には、2液混合後、;静置した状態だと10分以上ゲル化に要するが、イオン強度が低いため、ラットの血液と混合後、pHが上昇し、すぐにゲル化した。
【0079】
6.ラットの腹部大動脈への適用 実験手順
溶媒: pH 3.4、40 mMのCPB
プレポリマー濃度: 200 g/L (20 wt%)
ラットの腹部大動脈を外径0.2 mmの注射針で穿刺し、出血を促した。出血点に対して2液混合後のプレポリマー溶液を添加した(
図9)。そのまま1分間圧迫止血を行ったところ、止血が確認された。このとき比較対象群として、プレポリマー溶液を添加せずに同様の圧迫止血を1分行ったところ、止血は認められなかった。