(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-05
(45)【発行日】2024-09-13
(54)【発明の名称】家畜の乳房炎の検査方法及び検査システム
(51)【国際特許分類】
G01N 24/08 20060101AFI20240906BHJP
【FI】
G01N24/08 510L
G01N24/08 510Q
(21)【出願番号】P 2021552448
(86)(22)【出願日】2020-10-16
(86)【国際出願番号】 JP2020039008
(87)【国際公開番号】W WO2021075519
(87)【国際公開日】2021-04-22
【審査請求日】2023-09-27
(31)【優先権主張番号】P 2019190477
(32)【優先日】2019-10-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】田島 右副
(72)【発明者】
【氏名】横田 秀夫
(72)【発明者】
【氏名】菊 佳男
(72)【発明者】
【氏名】林 智人
(72)【発明者】
【氏名】三上 修
(72)【発明者】
【氏名】長澤 裕哉
【審査官】嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-021986(JP,A)
【文献】特表2014-521930(JP,A)
【文献】特開2016-197104(JP,A)
【文献】特開2002-148957(JP,A)
【文献】米国特許第06288539(US,B1)
【文献】Nuclear magnetic resonance metabonomics reveals strong association between milk metabolites and soma,Journal of Dairy Science,米国,American Dairy Science Association,2013年01月,Volume 96, Issue 1,pp. 290-299,doi: 10.3168/jds.2012-5819
【文献】Rapid Surface Area Determination via NMR Spin-Lattice Relaxation Measurements,Powder Technology,Elsevier Squoia,1987年11月,Volume 53, Issue 1,pp. 39-47,doi: 10.1016/0032-5910(87)80123-7
【文献】The Effect of Lipopolysaccharide Induced Experimental Bovine Mastitis on Clinical Parameters, Inflam,Frontiers in Immunology,2018年06月25日,Volume 9,Article 1487,doi: 10.3389/fimmu.2018.01487
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/00-G01N 24/14
A01J 5/00-A01J 5/16
A01J 7/00-A01J 7/04
A61B 8/00-A61B 8/15
G01N 1/00-G01N 1/44
G01N 15/00-G01N 15/1492
G01N 21/00-G01N 21/83
G01N 22/00-G01N 22/04
G01N 23/00-G01N 23/2276
G01N 27/00-G01N 27/92
G01N 29/00-G01N 29/52
G01N 33/48-G01N 33/98
G01N 35/00-G01N 35/10
G01N 37/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580 (JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
KAKEN
Science Direct
PubMed
AgriKnowledge
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
核磁気共鳴(NMR)法によって、家畜の乳分房から採取した乳汁のスピン-スピン緩和時間を測定する工程
、および、
上記乳汁に含まれる体細胞数を、所定の基準S2と比較する工程を含む、家畜の乳房炎の検査方法。
【請求項2】
上記スピン-スピン緩和時間を、又は、当該スピン-スピン緩和時間から換算して得た上記乳汁に含まれる粒子の比表面積を、所定の基準S1と比較する、請求項1に記載の検査方法。
【請求項3】
家畜は乳牛である、請求項1
又は2に記載の検査方法。
【請求項4】
搾乳機と、
NMR測定装置と
体細胞測定装置とを備え、
上記搾乳機のミルカーユニットからミルククローの手前までの所定の位置に、上記NMR測定装置のNMR用のフローセルが構成されている、家畜の乳房炎の検査システム。
【請求項5】
家畜は乳牛である、請求項
4に記載の検査システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、家畜の乳房炎の検査方法及び検査システムに関する。
【背景技術】
【0002】
乳牛の感染症の1つである乳房炎による日本国内の経済損失は年間800億円に達している。乳房炎の早期発見によって治療費と乳量減少を抑制することが可能になるため、乳房炎の早期発見に対する研究開発が進められている。
【0003】
例えば、特許文献1には、乳汁の体細胞数測定によって乳房炎を診断する方法が記載されている。特許文献2には、乳汁の電気伝導度の測定によって乳房炎を診断する方法が記載されている。特許文献3には、乳汁中の体細胞を分解してサイトカイン等を生成し、体細胞を活性化させてから体細胞数を測定して、乳房炎を診断する方法が記載されている。特許文献4には、遠心分離後の乳汁の電気伝導度の測定によって乳房炎を診断する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国特表2002-503097号公報
【文献】日本国特開2010-230363号公報
【文献】日本国特開2010-256231号公報
【文献】日本国特開2011-33599号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
体細胞数測定による乳房炎の診断方法では、体細胞数測定装置が高価であるという課題がある。また、顕微鏡観察による体細胞数測定は、操作が煩雑であるという課題がある。乳汁の電気伝導度の測定による乳房炎の診断方法では、病原体侵入後の炎症反応による変化を観察するため、乳房炎の初期診断には適さないという課題がある。また、同じ個体の各乳分房または各個体によって乳汁に含まれる電解質の成分比率が異なるため、乳汁の電気伝導度の測定は再現性が芳しくないという課題がある。したがって、乳牛などの家畜の乳房炎の早期発見を簡便に行うことができる技術の実現には至っていない。
本発明の一態様は、乳牛などの家畜の乳房炎の早期発見を簡便に行うことができる検査を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本発明は、以下に示す態様を含む。
・核磁気共鳴(NMR)法によって、家畜の乳分房から採取した乳汁のスピン-スピン緩和時間を測定する工程を含む、家畜の乳房炎の検査方法。
・搾乳機と、NMR測定装置と、を備え、上記搾乳機のミルカーユニットからミルククローの手前までの所定の位置に、NMR測定用のフローセルが構成されている、家畜の乳房炎の検査システム。
【発明の効果】
【0007】
本発明の一態様によれば、乳牛などの家畜の乳房炎の早期発見を簡便に行うことができる検査を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施例1における各乳房から採取した乳汁の分析結果を示すグラフである。
【
図2】実施例2における各乳房から採取した乳汁の分析結果を示すグラフである。
【
図3】実施例3における各乳房から採取した乳汁の分析結果を示すグラフである。
【
図4】実施例4における各乳房から採取した乳汁の分析結果を示すグラフである。
【
図5】評価例1における黄色ブドウ球菌(SA-VB)添加による乳汁の分析結果を示すグラフである。
【
図6】評価例1における黄色ブドウ球菌(SA-VR)添加による乳汁の分析結果を示すグラフである。
【
図7】評価例2における乳酸菌添加による乳汁の分析結果を示すグラフである。
【
図8】本発明の実施形態に係る検査システムの一例を示す模式図である。
【
図9】本発明の実施形態に係る検査システムの要部構成を示すブロック図である。
【
図10】実施例5における各乳房から採取した乳汁の分析結果を示すグラフである。
【
図11】実施例6における各乳牛から採取した乳汁の分析結果を示すグラフである。
【
図12】実施例7における各乳牛から採取した乳汁の分析結果を示すグラフである。
【
図13】評価例3における黄色ブドウ球菌添加による乳汁の分析結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
〔1.家畜の乳房炎の検査方法〕
本発明に係る家畜の乳房炎の検査方法(以下、「本発明の検査方法」と略記する場合がある)は、核磁気共鳴(NMR)法によって、家畜の乳分房から採取した乳汁(以下、「サンプル乳汁」と略記する場合がある)のスピン-スピン緩和時間を測定する工程を含む。
【0010】
家畜の例として、乳牛等の牛、山羊、水牛、羊及び馬などが挙げられる。例えば、乳牛等の牛は、右前乳房、右後乳房、左前乳房及び左後乳房の4つの独立した乳分房(乳房)を有する。
【0011】
本発明の検査方法で使用する核磁気共鳴(NMR)法は、サンプル乳汁のスピン-スピン緩和時間(T2)を測定することができればよく、例えば、パルスNMR法等が挙げられる。測定装置の小型化等の点で、パルスNMR法を用いることが好ましい。
【0012】
乳汁は、搾乳機などの当業者が通常使用する手段によって、家畜の乳分房から採取することができる。搾乳機にNMR測定装置を取り付けることによって、簡便かつ非侵襲的に乳汁のスピン-スピン緩和時間(T2)を測定することができる。また、NMR法(特に、パルスNMR法)は、1回の測定時間が数十秒と短い。さらに、自動搾乳機にNMR測定装置を取り付けることによって、一定の間隔で連続的にスピン-スピン緩和時間(T2)を測定することができる。また、自動搾乳機にNMR測定装置を取り付けることによって、乳房炎検査用に乳汁をサンプリングする必要が無く、家畜管理者の負担を軽減することができる。したがって、本発明の検査方法によって、リアルタイムの計測(検査)が可能である。なお、上記のように、搾乳機にNMR測定装置を取り付け、搾乳機の一部分をNMR測定用のフローセルとする構成が好ましいが、特にこれに限定されない。
【0013】
上記スピン-スピン緩和時間を、又は、当該スピン-スピン緩和時間から換算して得た上記乳汁に含まれる粒子の比表面積を、所定の基準S1と比較してもよい。当該比較により、乳汁を採取した乳分房が乳房炎を有しているか、又は乳房炎を有している可能性が高いかを判断することができる。具体的には、サンプル乳汁の測定データ(スピン-スピン緩和時間又は比表面積)と、所定の基準S1とを比較して、サンプル乳汁の測定データが有意に増加又は減少している場合は、サンプル乳汁を採取した乳分房が乳房炎を有しているか、又は乳房炎を有している可能性が高いかを判断することができる。サンプル乳汁のデータと、所定の基準S1とを比較する場合、その有意差は、例えば、t検定、F検定、カイ二乗検定、またはMann-Whitney's U testなどの統計学的手法によって判断できる。
【0014】
乳汁に含まれる粒子の比表面積は、以下の式(1)から求めることができる。
Rav=ΨpSLρp(Rs-Rb)+Rb ・・・(1)
式(1)中、Ravは平均緩和時間の逆数である。Ψpは、乳汁に含まれる粒子の体積分率(体積濃度)である。Lは、乳汁に含まれる粒子表面に吸着する液層の厚さ(濡れ厚み)である。ρpは、乳汁に含まれる粒子の密度である。Rsは、乳汁に含まれる粒子表面に吸着する液体分子の緩和時間の逆数である。Rbは、溶媒水の緩和時間の逆数である。
【0015】
上記所定の基準S1の例として、(1)サンプル乳汁を採取した乳分房から、サンプル乳汁とは異なる時点で採取(例えば、予め採取)した乳汁のデータ、(2)サンプル乳汁を採取した個体の他の乳分房から採取した乳汁のデータ、及び、(3)サンプル乳汁を採取した個体とは異なる個体の乳分房から採取した乳汁のデータ、等が挙げられる。上記データ(1)~(3)は、乳汁のスピン-スピン緩和時間、又は、当該スピン-スピン緩和時間から換算して得た乳汁に含まれる粒子の比表面積である。上記データ(2)および(3)は、サンプル乳汁の採取と同時に採取した乳汁のデータ、または、サンプル乳汁の採取前に予め採取した乳汁のデータであってもよい。上記所定の基準S1において、予め乳房炎を有していない対照乳分房から採取した乳汁のスピン-スピン緩和時間(比表面積)を測定して、これに基づいて正常範囲(例えば、閾値となる基準S1)を定めておいてもよい。
【0016】
所定の基準S1は、例えば、サンプル乳汁を採取した乳分房に関して、複数の時点で取得された経時的なデータの集合であってもよい。この場合は、サンプル乳汁を採取した乳分房における、乳汁のスピン-スピン緩和時間、又は、当該スピン-スピン緩和時間から換算して得た乳汁に含まれる粒子の比表面積、の経時的な変動を評価することとなる。
【0017】
本発明の検査方法は、サンプル乳汁に含まれる体細胞数を、所定の基準S2と比較する工程をさらに含んでいてもよい。サンプル乳汁の体細胞数と、所定の基準S2とを比較する場合、その有意差は、例えば、t検定、F検定、カイ二乗検定、またはMann-Whitney's U testなどの統計学的手法によって判断できる。本明細書において、「乳汁に含まれる体細胞数」とは、乳汁中に含まれる白血球などの血液由来細胞と、乳腺上皮細胞との総数である。体細胞数は、公知の測定方法によって、測定することができる。
【0018】
上記所定の基準S2の例として、(4)サンプル乳汁を採取した乳分房から、サンプル乳汁とは異なるタイミングで採取(例えば、予め採取)した乳汁の体細胞数、(5)サンプル乳汁を採取した個体の他の乳分房から採取した乳汁の体細胞数、及び、(6)サンプル乳汁を採取した個体とは異なる個体の乳分房から採取した乳汁の体細胞数、等が挙げられる。上記データ(5)および(6)は、サンプル乳汁の採取と同時に採取した乳汁の体細胞数、または、サンプル乳汁の採取前に予め採取された乳汁の体細胞数であってもよい。上記所定の基準S2において、予め乳房炎を有していない対照乳分房から採取した乳汁の体細胞数を測定して、これに基づいて正常範囲(例えば、閾値となる基準S2)を定めておいてもよい。
【0019】
所定の基準S2は、例えば、サンプル乳汁を採取した乳分房に関して、複数の時点で取得された経時的なデータの集合であってもよい。この場合は、サンプル乳汁を採取した乳分房における、乳汁の体細胞数の経時的な変動を評価することとなる。
【0020】
実施例に示すように、黄色ブドウ球菌等のグラム陽性菌感染による乳房炎を発症している場合、体細胞数の増加に伴って、乳汁に含まれる粒子の比表面積が減少する。これは、グラム陽性菌が産生する酸性物質(例えば、乳酸)によって、乳汁に分散するカゼイン微粒子が凝集することによるものと考えられる。一方、グラム陽性菌感染による乳房炎以外の乳房炎(例えば、大腸菌などのグラム陰性菌感染による乳房炎及び外傷による乳房炎、等)を発症している場合、体細胞数の増加に伴って、乳汁に含まれる粒子の比表面積が増加する。よって、NMR測定に加えて、体細胞測定を行うことによって、乳房炎の原因(グラム陽性菌感染由来か否か)を推定することができる。
【0021】
〔2.家畜の乳房炎の検査システム〕
図8を参照して、本発明の家畜の乳房炎の検査システム(以下、「本発明の検査システム」と略記する場合がある)100について説明する。検査システム100は、搾乳機200と、NMR測定装置300と、を備える。搾乳機200は、乳分房に取り付けて採取した乳汁を回収するミルカーユニット201と、各乳分房から採取した乳汁を混合するミルククロー(合乳タンク)202と、NMR測定用のフローセル203と、を備える。
【0022】
搾乳機200は、公知の搾乳機を使用することができる。例えば、乳牛の4つの乳分房を同時に検査する場合、ミルカーユニットの数を4つ備えていてもよい。フローセル203は、ミルカーユニット201からミルククロー202の手前までの所定の位置に設置される。これにより、各乳分房から採取した乳汁のスピン-スピン緩和時間を測定することができる。
【0023】
NMR測定装置300は、搾乳機200のフローセル203に取り付けることができればよく、例えば公知のNMR測定装置を使用することができる。搾乳機200への取付けのし易さや測定装置の小型化等の点で、NMR測定装置300はパルスNMR測定装置であることが好ましい。
【0024】
また、
図9を参照して、別の実施形態である本発明の検査システム101について説明する。
図9は、検査システムの要部構成を示すブロック図である。検査システム101は、搾乳機200と、NMR測定装置300と、管理端末(例えば、スマートフォン等の小型携帯端末)400と、体細胞測定装置500と、を備える。
【0025】
NMR測定装置300は、通信部301と、測定部303と、計算部304と、測定部303及び計算部304を制御する制御部302と、を備える。通信部301は管理端末400と通信する。測定部303は、各乳分房から採取した乳汁のスピン-スピン緩和時間を測定する。計算部304は、スピン-スピン緩和時間から乳汁に含まれる粒子の比表面積を換算する。
【0026】
管理端末400は、通信部401と、NMR測定値比較部405と、体細胞数比較部406と、判定部407と、異常通知部408と、記憶部403と、表示部404と、制御部402と、を備える。通信部401は、NMR測定装置300及び体細胞測定装置500と通信する。NMR測定値比較部405は、サンプル乳汁のスピン-スピン緩和時間又は比表面積と、所定の基準S1とを比較する。体細胞数比較部406は、サンプル乳汁の体細胞数と所定の基準S2とを比較する。判定部407は、NMR測定値比較部405の比較結果から、サンプル乳汁を採取した乳分房が乳房炎を有しているか又は乳房炎を有している可能性が高いかを判定する。異常通知部408は、判定部407において乳分房が乳房炎を有しているか又は乳房炎を有している可能性が高いと判定した場合に管理端末400のユーザに通知する。表示部404は、NMR測定装置300及び体細胞測定装置500の測定結果、並びに異常通知部408による通知を表示する。
【0027】
判定部407は、NMR測定値比較部405の比較結果に加えて、体細胞数比較部406の結果から、乳房炎の原因(グラム陽性菌感染由来か否か)を推定してもよい。
【0028】
体細胞測定装置500は、管理端末400と通信する通信部501と、各乳分房から採取した乳汁の体細胞数を測定する測定部503と、測定部503を制御する制御部502と、を備える。
【0029】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0030】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0031】
〔3.実施形態のまとめ〕
本発明の実施形態は、例えば、以下に示す態様を含む。
<1>核磁気共鳴(NMR)法によって、家畜の乳分房から採取した乳汁(サンプル乳汁)のスピン-スピン緩和時間を測定する工程を含む、家畜の乳房炎の検査方法。
<2>上記スピン-スピン緩和時間を、又は、当該スピン-スピン緩和時間から換算して得た上記乳汁に含まれる粒子の比表面積を、所定の基準S1と比較する、<1>に記載の検査方法。
<3>上記乳汁に含まれる体細胞数を、所定の基準S2と比較する工程をさらに含む、<1>又は<2>に記載の検査方法。
<4>家畜は乳牛である、<1>~<3>の何れかに記載の検査方法。
<5>搾乳機と、NMR測定装置と、を備え、上記搾乳機のミルカーユニットからミルククローの手前までの所定の位置に、NMR測定用のフローセルが構成されている、家畜の乳房炎の検査システム。
<6>体細胞測定装置をさらに備える、<5>に記載の検査システム。
<7>家畜は乳牛である、<5>又は<6>に記載の検査システム。
<8>所定の基準S1との比較によって、乳房炎の発症の有無を推定する、<2>に記載の検査方法。
<9>所定の基準S2との比較によって、乳房炎の原因を推定する、<3>に記載の検査方法。
<10>なお、<1>から<4>の検査方法は、家畜の乳房炎の検査を行うためのデータの取得方法、及び当該データの解析方法と捉えることもできる。
【実施例】
【0032】
乳牛には、4つの乳房(乳分房)を有する。各乳房はそれぞれ独立した器官である。したがって、各乳房から産出される乳汁は乳房の健康状態によって成分濃度等が異なる。また、乳房炎も乳房ごとに発症する。そこで、以下の実施例において、乳牛の各乳房から採取した乳汁を分析した。実施例1および2においては、乳汁に含まれる体細胞数が20×104/mL以上である場合、乳汁を採取した乳房は乳房炎を発症していると判断した。実施例3および4においては、乳汁に含まれる体細胞数が50×104/mL以上である場合、乳汁を採取した乳房は乳房炎を発症していると判断した。
【0033】
〔実施例1〕各乳房から採取した乳汁の分析
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究部門にて飼育管理されている研究用乳牛Aの4つの乳房(右前、右後、左前、左後)からそれぞれ乳汁を採取した。そして、採取した乳汁の体細胞数とスピン-スピン緩和時間(T2)を測定した。体細胞数は、セルカウンターDCC(デラバル製)によって測定した。採取した乳汁を転倒混和したのち、専用カセットで吸引して本体に挿入し測定を行った。緩和時間(T2)は乳汁を希釈や添加することなくそのままNMRチューブに入れ、パルスNMR装置(Xigo Nanotools社製、装置名ACORN AREA)を使用して、25℃にて測定した。T2測定モードはCPMG(Carr-Purcell Meiboom-Gill sequence)法で行った。
【0034】
測定した緩和時間(T2)から、以下の式(1)を用いて、乳汁に含まれる粒子の比表面積(S)を計算した。
Rav=ΨpSLρp(Rs-Rb)+Rb ・・・(1)
式(1)中、Ravは平均緩和時間の逆数である。Ψpは、乳汁に含まれる粒子の体積分率(体積濃度)である。Lは、乳汁に含まれる粒子表面に吸着する液層の厚さ(濡れ厚み)である。ρpは、乳汁に含まれる粒子の密度である。Rsは、乳汁に含まれる粒子表面に吸着する液体分子の緩和時間の逆数である。Rbは、溶媒水の緩和時間の逆数である。
【0035】
測定した体細胞数および測定した緩和時間(T
2)により算出した比表面積の結果を
図1に示す。
図1の左軸は、1mL当たりの体細胞数(10
4)を示す。右軸は、比表面積(m
2/g)を示す。
【0036】
図1に示すように、右後乳房と左前乳房からそれぞれ採取した乳汁の体細胞数は20×10
4/mL以下であり、健常であることが分かった。一方、右前乳房および左後乳房から採取した乳汁の体細胞数はそれぞれ30×10
4/mL、182×10
4/mLを示し、いずれも乳房炎に発症していることを示した。また、これらの乳汁の細菌検査からは黄色ブドウ球菌は発見されておらず、大腸菌または外傷による乳房炎であると判定した。また、右前乳房および左後乳房の乳汁に含まれる粒子の比表面積は、右後乳房および左前乳房よりも高い数値を示し、比表面積は体細胞数の数に対応していることを確認した。
【0037】
〔実施例2〕各乳房から採取した乳汁の分析
実施例1で乳汁を採取してから2日間研究用乳牛Aを飼育した後、再度各乳房から乳汁を採取した。そして、実施例1と同様の手順で、体細胞数および緩和時間(T
2)を測定し、比表面積を算出した。測定した体細胞数および測定した緩和時間(T
2)により算出した比表面積の結果を
図2に示す。
【0038】
図2に示すように、右後乳房と左前乳房からそれぞれ採取した乳汁の体細胞数は20×10
4/mL以下であり、実施例1の結果と同様に健常であった。右前乳房は実施例1に比べて体細胞数が健常に近づいていることが分かった。一方、左後乳房から採取した乳汁の体細胞数は780×10
4/mLであり、乳房炎が治っていないことを示した。また、右前乳房、右後乳房および左前乳房それぞれの乳汁に含まれる粒子の比表面積は低い値を示したが、左後乳房においては体細胞数の数に対応して高い数値を示した。
【0039】
〔実施例3〕各乳房から採取した乳汁の分析
乳牛を、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究部門にて飼育管理されている研究用乳牛Bに変更した以外は、実施例1と同様の手順で、体細胞数および緩和時間(T
2)を測定し、比表面積を算出した。測定した体細胞数および測定した緩和時間(T
2)により算出した比表面積の結果を
図3に示す。
【0040】
図3に示すように、右前乳房、右後乳房および左前乳房から採取した乳汁の体細胞数は50×10
4/mL以下であり、健常であることが分かった。一方、左後乳房から採取した乳汁の体細胞数は180×10
4/mLを示し、乳房炎を発症していることを示した。また左後乳房の乳汁の細菌検査において黄色ブドウ球菌が発見され、左後乳房で発症している乳房炎が黄色ブドウ球菌による乳房炎であると判定した。また、乳房炎を発症している左後乳房の乳汁に含まれる粒子の比表面積は、右前乳房、右後乳房および左前乳房と比較して、顕著に低かった。これは、黄色ブドウ球菌等のグラム陽性菌から発生するタイコ酸によって乳汁中に分散する微粒子(カゼイン等)が凝集し、比表面積が減少したためである。
【0041】
〔実施例4〕各乳房から採取した乳汁の分析
乳牛を、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究部門にて飼育管理されている研究用乳牛Cに変更した以外は、実施例1と同様の手順で、体細胞数および緩和時間(T
2)を測定し、比表面積を算出した。測定した体細胞数および測定した緩和時間(T
2)により算出した比表面積の結果を
図4に示す。
【0042】
図4に示すように、右前乳房、右後乳房および左前乳房から採取した乳汁の体細胞数は50×10
4/mL以下であり、健常であることが分かった。一方、左後乳房から採取した乳汁の体細胞数は250×10
4/mLを示し、乳房炎を発症していることを示した。また左後乳房の乳汁の細菌検査において黄色ブドウ球菌が発見され、左後乳房で発症している乳房炎が黄色ブドウ球菌による乳房炎であると判定した。また、乳房炎を発症している左後乳房の比表面積は、右前乳房、右後乳房および左前乳房と比較して顕著に低く、実施例3と同様の結果が得られた。
【0043】
〔評価例1〕黄色ブドウ球菌添加による乳汁中の粒子の比表面積の変化
健常である乳房から採取した乳汁3mLに2種類の異なる系統の黄色ブドウ球菌(SA-VBおよびSA-VR)をそれぞれ約30mgの量を添加した。黄色ブドウ球菌は国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究部門に保存されている菌を使用し、SA-VRはSA-VBよりも毒性が強い。黄色ブドウ球菌を添加後、乳汁を37℃に保温した。黄色ブドウ球菌を添加してから0時間、3時間、6時間および9時間後に、実施例1と同様の手順で乳汁の緩和時間(T
2)を測定し、比表面積を算出した。また、乳汁のpHを測定した。測定したpHおよび測定した緩和時間(T
2)により算出した比表面積の結果を
図5(SA-VB)および
図6(SA-VR)に示す。
【0044】
図5及び
図6中、左軸は比表面積(m
2/g)を示す。右軸はpHを示す。横軸は評価例1で使用した黄色ブドウ球菌株の番号である。「乳」は、黄色ブドウ球菌を添加しなかったコントロールである。各株の4本の棒は、左から、黄色ブドウ球菌を添加してから0時間、3時間、6時間および9時間後の乳汁の測定結果を示す。
【0045】
図5及び
図6に示すように、何れの黄色ブドウ球菌を添加した乳汁において、比表面積が減少した。また、乳汁のpHによって、比表面積の減少の度合いが異なることが分かった。
【0046】
〔評価例2〕乳酸発酵による乳汁中の粒子の比表面積の変化
健常である乳房から採取した乳汁100mLに乳酸菌を含む発酵乳1gの量を添加した。乳酸菌添加後、乳汁を37℃に保温した。乳酸菌添加してから1時間ごとに、実施例1と同様の手順で乳汁の緩和時間(T
2)を測定し、比表面積を算出した。測定した緩和時間(T
2)により算出した比表面積の結果を
図7に示す。
【0047】
図7中、左軸は比表面積(m
2/g)を示す。横軸は、乳酸菌添加後の経過時間を示す。
図7に示すように、評価例1の黄色ブドウ球菌添加の結果と同様、乳酸菌添加後に比表面積の減少が観察された。これは、乳汁に分散するカゼイン微粒子が乳酸発酵による生成した乳酸によってゼータ電位を失って凝集したことによる。評価例1の黄色ブドウ球菌添加においても、乳酸発酵によるカゼイン微粒子の凝集により、比表面積が低下したと考えられる。
【0048】
〔実施例5〕各乳房から採取した乳汁の分析
乳牛を、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究部門にて飼育管理されている研究用乳牛Dに変更した以外は、実施例1と同様の手順で、体細胞数および緩和時間(T
2)を測定し、比表面積を算出した。測定した体細胞数および測定した緩和時間(T
2)により算出した比表面積の結果を
図10に示す。
【0049】
図10中、左軸は比表面積(m
2/g)を示し、右軸は体細胞数(10
4/mL)を示す。折れ線グラフは比表面積の測定結果、棒グラフは体細胞数の測定結果を示す。
【0050】
図10に示すように、7月21日の測定結果では、右前乳房(RF)の体細胞数が約1,000×10
4/mLと、他の分房の体細胞数よりも大幅に増加していた。この結果から、7月21日に右前乳房において乳房炎が発症したことが分かった。また、7月21日の数日前に右前乳房の乳汁に含まれる粒子の比表面積の減少が観察されたことから、右前乳房で発症した乳房炎は黄色ブドウ球菌感染による乳房炎であると判定した。また、右前乳房の体細胞数が大幅に増加した7月28日の数日前にも右前乳房の乳汁に含まれる粒子の比表面積の減少が観察された。乳汁に含まれる粒子の比表面積の減少は、黄色ブドウ球菌の増殖に伴う乳汁中のpH低下およびカゼインミセルの凝集が原因であると考えられる。
【0051】
〔実施例6〕各乳牛から採取した乳汁の分析
酪農学園大学で飼育されている乳牛2頭からカテーテルを用いて乳房内部から直接採取した乳汁サンプルについて、実施例1と同様の手順で、体細胞数および緩和時間(T
2)を連続測定し、比表面積を算出した。測定した体細胞数および測定した緩和時間(T
2)により算出した比表面積の結果を
図11に示す。
【0052】
図11中、左軸は比表面積(m
2/g)を示し、右軸は体細胞数(10
4/mL)を示す。2つの折れ線グラフはそれぞれ、比表面積(破線)および乳量(実線)の測定結果、棒グラフは体細胞数の測定結果を示す。
【0053】
図11に示すように、乳牛No.1256の乳房から採取した乳汁の体細胞数が8月31日に100×10
4/mL以上に増加した。乳牛No.1256については、体細胞数増加前に乳汁に含まれる粒子の比表面積の変動が観察された。また、乳牛No.1405の乳房から採取した乳汁の体細胞数が9月4日に100×10
4/mL以上に増加した。乳牛No.1405についても、細胞数増加前に乳汁に含まれる粒子の比表面積の変動が観察された。
【0054】
〔実施例7〕各乳牛から採取した乳汁の分析
学校法人八紘学園 北海道農業専門学校で飼育されている乳牛3頭から採取した乳汁サンプルについて、実施例1と同様の手順で、体細胞数および緩和時間(T
2)を連続測定し、比表面積を算出した。測定した体細胞数および測定した緩和時間(T
2)により算出した比表面積の結果を
図12に示す。乳汁は朝(AM)と夕方(PM)の1日2回採取した。
【0055】
図12中、左軸は比表面積(m
2/g)を示し、右軸は体細胞数(10
4/mL)を示す。乳牛3頭中、ローズおよびジャスティスについては、2つの乳房からそれぞれ乳汁を採取した。
【0056】
図12に示すように、乳牛3頭とも、乳汁中に含まれる粒子の比表面積は、朝と夕方において周期的に変動することが分かった。一般的に、乳汁中のカルシウム含有量が朝よりも夕方に採取した乳汁の方が高いことが高いことが知られている。したがって、比表面積の周期的な変動は、カルシウム媒体となっているカゼインミセル自体が夕方に採取した乳汁により多く含まれることに起因していると考えられる。
【0057】
また、
図11と同様に、体細胞数が100×10
4/mLを超えた乳汁サンプルがいくつか存在していたが、各乳牛において特に比表面積の変動が見られなかった。体細胞数が増加した乳汁サンプル(ジャスティスとミッシェル)に含まれる粒子の比表面積は、体細胞数が増加しなかった乳汁サンプルに含まれる粒子の比表面積と比較して、低い傾向を示した。
【0058】
〔評価例3〕スキムミルク分散液中での黄色ブドウ球菌の培養
黄色ブドウ球菌増殖によるカゼインミセルの凝集をin vitroで定量観察するため、スキムミルクの3%水溶液に黄色ブドウ球菌を添加した。そして、各サンプルの細菌数が、1.0×10
10CFU/mL、5.0×10
9CFU/mL、2.5×10
9CFU/mL、および1.25×10
9CFU/mLとなるように調整した。そして、各サンプルを37℃において培養した。培養開始から1時間毎に、実施例1と同様の手順で乳汁の緩和時間(T
2)を測定し、比表面積を算出した。測定結果を
図13に示す。
【0059】
図13中、縦軸は比表面積(m
2/g)を示し、横軸は培養時間を示す。
図13に示すように、黄色ブドウ球菌の添加量が多いサンプルほど、比表面積の減少がより早く確認された。また、比表面積の減少に伴って、乳汁のpHも減少することが確認された。
【0060】
〔実施例のまとめ〕
以上の結果から、NMR法によって、乳牛等の家畜の各乳房から採取した乳汁のスピン-スピン緩和時間(T2)を計測することによって、乳房が乳房炎を発症しているか否かを判定することができることが分かった。また、体細胞測定も同時に行うことによって、乳房炎の種類(黄色ブドウ球菌等のグラム陽性菌感染による乳房炎であるか否か)も推定できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明は、家畜の乳房炎の検査に利用することができる。よって、本発明は、食品分野および診断医療分野等に広く利用することができる。
【符号の説明】
【0062】
100、101 検査システム
200 搾乳機
201 ミルカーユニット
202 ミルククロー
203 フローセル
300 NMR装置
301、401、501 通信部
302、402、502 制御部
303、503 測定部
304 計算部
400 管理端末
403 記憶部
404 表示部
405 NMR測定値比較部
406 体細胞数比較部
407 判定部
408 異常通知部
500 体細胞測定装置