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  • 特許-ランタノイドの分離方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-05
(45)【発行日】2024-09-13
(54)【発明の名称】ランタノイドの分離方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 59/00 20060101AFI20240906BHJP
   C22B 3/38 20060101ALI20240906BHJP
   B01D 11/04 20060101ALI20240906BHJP
【FI】
C22B59/00
C22B3/38
B01D11/04 B
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020033775
(22)【出願日】2020-02-28
(65)【公開番号】P2021134410
(43)【公開日】2021-09-13
【審査請求日】2023-02-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.掲載されたウェブサイトのアドレス http://conference.wdc-jp.com/jsac/nenkai/68/program/index.html 2.掲載年月日 令和1年8月28日 〔刊行物等〕 1.刊行物名 日本分析化学会第68年会講演プログラム 2.発行者名 公益社団法人日本分析化学会 3.発行年月日 令和1年9月11日 〔刊行物等〕 1.集会名 日本分析化学会第68年会 2.開催日 令和1年9月11日~13日 3.公開のタイトル ESI-MSによる水相と有機相でランタノイドを錯形成させたときの挙動
(73)【特許権者】
【識別番号】504196300
【氏名又は名称】国立大学法人東京海洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 美穂
(72)【発明者】
【氏名】小川 祥平
【審査官】瀧澤 佳世
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/106324(WO,A1)
【文献】特開2018-141181(JP,A)
【文献】特開平05-254831(JP,A)
【文献】特開昭63-103825(JP,A)
【文献】特開2016-156089(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 59/00
C22B 3/38
B01D 11/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種のランタノイドから特定のランタノイドを分離する方法であって、
(a)複数種のランタノイドを含む水溶液を準備する工程、
(b)前記水溶液に、α-HIBAを、少なくとも前記特定のランタノイドに対してモル量で過剰量となるように添加する工程、
(c)前記水溶液のpHを調整して、前記特定のランタノイドとα-HIBAとの第1錯体を形成する工程、
(d)前記第1錯体を含む水溶液に、モノ-2-エチルヘキシル(2-エチルヘキシル)ホスホネートを含む有機溶液を添加して、前記第1錯体を構成する特定のランタノイドとモノ-2-エチルヘキシル(2-エチルヘキシル)ホスホネートとの第2錯体を形成する工程、
(e)前記第2錯体を含む有機溶媒から、第2錯体を分離する工程、および、
(f)分離された第2錯体から、前記特定のランタノイドを分離する工程
(g)エレクトロスプレーイオン化質量分析により前記工程(f)において分離された特定のランタノイドの存在を確認する工程
を含む、前記方法。
【請求項2】
前記工程(c)において、前記水溶液が理想溶液である場合に、少なくとも前記特定のランタノイド原子の全てに1~2個のα-HIBAが配位するように、前記水溶液のpHが4.0~7.5に調整される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(c)において、前記水溶液のpHが7.12に調整される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(d)において、前記第1錯体を含む水溶液に、前記水溶液が理想溶液である場合に、少なくとも前記特定のランタノイド原子の全てに1~5個のモノ-2-エチルヘキシル(2-エチルヘキシル)ホスホネートが配位する量となるようにモノ-2-エチルヘキシル(2-エチルヘキシル)ホスホネートが添加される、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記工程(d)において、前記第1錯体を含む水溶液に、モノ-2-エチルヘキシル(2-エチルヘキシル)ホスホネートが少なくとも前記特定のランタノイドのモル量に対して2~10倍のモル量となるように添加される、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記工程(f)において、分離された第2錯体と酸とを接触させて、前記特定のランタノイドを分離する、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記有機溶媒が、ヘキサン、ベンゼン、トルエン、ニトロベンゼン、シクロヘキサンおよびヘプタンからなる群から選択される溶媒を含む、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数種のランタノイドから、特定のランタノイドを分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気自動車、OA機器、家電製品には、高性能磁石として様々な希土類磁石が用いられており、近年、希土類元素の需要が高まっている。特に、希土類元素の中でも、このような希土類磁石を構成するジスプロシウム、ネオジウム等のランタノイドは、その埋蔵量が少なく、産出地が偏在していることから、安定的な供給が難しいという問題点がある。
【0003】
ところで、複数種のランタノイドが含まれる混合物から特定のランタノイドを分離するための工業的に広く用いられている方法としては、鉱酸等の酸にランタノイドの混合物を溶解した溶液から、溶媒抽出法により分離する方法が知られている。ランタノイドの溶媒抽出法に用いられる抽出剤としては、リン酸系の抽出剤であるジ-2-エチルヘキシルリン酸(D2EHPA)およびモノ-2-エチルヘキシル(2-エチルヘキシル)ホスホネート(製品名:PC-88A)や、トリオクチルホスフィンオキシド(TOPO)、トリブチルホスフェート(TBP)等が知られている。例えば、非特許文献1には、リン酸系抽出剤であるD2EHPAを用いて、塩化物、過塩化物および硝酸塩を含む溶液から、ネオジウムおよびサマリウムを抽出できることが開示されている。また、非特許文献2には、ランタン、プラセオジムおよびネオジウムの塩化物を含む水溶液から、D2EHPAおよび2-エチルヘキシルリン酸 モノ-2-エチルヘキシルエステル(HEH(EHP))を用いて、酸化ランタンを高純度で抽出できることが開示されている。
【0004】
しかしながら、上述したような従来の溶媒抽出法では、抽出工程を多段階にする必要があり、そのため抽出装置が大型化せざるを得ないという問題点がある。特に、原子番号が近いランタノイドは互いに性質が近似しているため、原子番号が近い複数種のランタノイドから特定のランタノイドを分離ためには、抽出工程を数十から数百といった多段階にする必要がある。
【0005】
また、ランタノイド元素の分離方法として、従来、陽イオン交換型抽出法が知られており、そのための抽出剤として、α-ヒドロキシイソ酪酸(α-HIBA)等が知られている。例えば、非特許文献3には、アンモニア水でpHを調製したα-HIBAを溶離液として用いた陽イオンクロマトグラフィーにより、プロメチウムを分離できることが開示されている。
【0006】
しかしながら、上述したような従来の陽イオン交換型抽出法では、通常、陽イオン交換カラムの容量が小さいため、分離できるランタノイドの量が少ないという問題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】T. G. Lenz, M. Smutz, J. Inorg. Nucl. Chem., Vol. 30, 621 (1968)
【文献】C. A. Morais, V. S. T. Ciminelli, Hydrometallurgy, Vol. 73, 237 (2004)
【文献】宮内翔哉、「光核反応によるプロメチウムの製造及びプロメチウム内包フラーレンの性質」、首都大学東京大学院修士論文、2017年2月17日提出
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、抽出工程を多段階化することなく、原子番号が近い複数種のランタノイドから特定のランタノイドを簡便に分離できる手法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、溶媒抽出法において用いられる抽出剤であるPC-88Aと、陽イオン交換型抽出法において用いられるα-HIBAとを併用することにより、抽出工程を多段階化することなく、原子番号が近い複数種のランタノイドから特定のランタノイドを分離できるとの知見を得た。とりわけ、ガドリニウム(原子番号64)以上の原子番号を有する重希土類(すなわち、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウムおよびルテチウム)を単離することができるとの知見を得た。本発明はかかる知見によるものである。すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
【0010】
[1]複数種のランタノイドから特定のランタノイドを分離する方法であって、
(a)複数種のランタノイドを含む水溶液を準備する工程、
(b)前記水溶液に、α-HIBAを、少なくとも前記特定のランタノイドに対してモル量で過剰量となるように添加する工程、
(c)前記水溶液のpHを調整して、前記特定のランタノイドとα-HIBAとの第1錯体を形成する工程、
(d)前記第1錯体を含む水溶液に、PC-88Aを含む有機溶液を添加して、前記第1錯体を構成する特定のランタノイドとPC-88Aとの第2錯体を形成する工程、
(e)前記第2錯体を含む有機溶媒から、第2錯体を分離する工程、および、
(f)分離された第2錯体から、前記特定のランタノイドを分離する工程
を含む、前記方法。
[2]前記工程(c)において、前記水溶液のpHが、前記水溶液が理想溶液である場合に、少なくとも前記特定のランタノイド原子の全てに1~2個のα-HIBAが配位するように調整される、[1]に記載の方法。
[3]前記工程(c)において、前記水溶液のpHが4.0~7.5の範囲に調整される、[1]または[2]に記載の方法。
[4]前記工程(c)において、前記水溶液のpHが7.12に調整される、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]前記工程(d)において、前記第1錯体を含む水溶液に、前記水溶液が理想溶液である場合に、少なくとも前記特定のランタノイド原子の全てに1~5個のPC-88Aが配位する量となるようにPC-88Aが添加される、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]前記工程(d)において、前記第1錯体を含む水溶液に、PC-88Aが少なくとも前記特定のランタノイドのモル量に対して2~10倍のモル量となるように添加される、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]前記工程(f)において、分離された第2錯体と酸とを接触させてして、前記特定のランタノイドを分離する、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]前記有機溶媒が、ヘキサン、ベンゼン、トルエン、ニトロベンゼン、シクロヘキサンおよびヘプタンからなる群から選択される溶媒を含む、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、溶媒抽出法により、複数種のランタノイドから特定のランタノイドを分離することができる。特に、本発明によれば、従来は分離に多大なコストを要していた原子番号が近い複数種のランタノイドの分離や、重希土類に分類されるランタノイドの分離を簡便に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明の各工程における原子、分子または錯体のエネルギー状態を示すチャートである。
図2図2は、4種類のランタノイドを含む水溶液のエレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)の結果を示すチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[ランタノイドの分離方法]
本発明のランタノイドの分離方法(以下、「本発明の方法」ともいう)は、以下の工程(a)~(f)を含む:
(a)複数種のランタノイドを含む水溶液を準備する工程、
(b)前記水溶液に、α-HIBAを、少なくとも前記特定のランタノイドに対してモル量で過剰量となるように添加する工程、
(c)前記水溶液のpHを調整して、前記特定のランタノイドとα-HIBAとの第1錯体を形成する工程、
(d)前記第1錯体を含む水溶液に、PC-88Aを含む有機溶液を添加して、前記第1錯体を構成する特定のランタノイドとPC-88Aとの第2錯体を形成する工程、
(e)前記第2錯体を含む有機溶媒から、第2錯体を分離する工程、および、
(f)分離された第2錯体から、前記特定のランタノイドを分離する工程。
【0014】
本発明の方法は、通常の溶媒抽出法で用いられる装置等、例えば、ミキサーセトラ装置、エマルジョンフロー装置等を用いて行うことができる。
以下、工程(a)~(f)のそれぞれについて詳述する。
【0015】
<工程(a)>
工程(a)は、複数種のランタノイドを含む水溶液を準備する工程である。
【0016】
工程(a)において、水溶液に含まれるランタノイドとしては特に制限されるものではなく、軽希土類に分類されるランタノイド、重希土類に分類されるランタノイド、およびそれらの組み合わせであり得る。
【0017】
軽希土類に分類されるランタノイドとは、原子番号57~63の元素、具体的には、ランタン(元素記号La)、セリウム(元素記号Ce)、プラセオジム(元素記号Pr)、ネオジム(元素記号Nd)、プロメチウム(元素記号Pm)、サマリウム(元素記号Sm)およびユウロピウム(元素記号Eu)である。
【0018】
重希土類に分類されるランタノイドとは、原子番号64~71の元素、具体的には、ガドリニウム(元素記号Gd)、テルビウム(元素記号Tb)、ジスプロシウム(元素記号Dy)、ホルミウム(元素記号Ho)、エルビウム(元素記号Er)、ツリウム(元素記号Tm)、イッテルビウム(元素記号Yb)およびルテチウム(元素記号Lu)である。
【0019】
ランタノイドを含む水溶液の溶媒は水であるが、水溶液には水以外の溶媒が含まれていてもよい。また、ランタノイドを含む水溶液としては、例えば、工業廃水、MRI造影剤の廃液、放射性廃液等のランタノイドを含む廃液等が挙げられる。
【0020】
<工程(b)>
工程(b)は、工程(a)で準備されたランタノイドを含む水溶液に、親水性のα-ヒドロキシイソ酪酸(α-HIBA)を、少なくとも前記水溶液に含まれる分離対象のランタノイドに対してモル量で過剰量となるように添加する工程である。
【0021】
工程(b)において、α-HIBAは、α-HIBAイオン(α-HIBA)としてランタノイド原子に配位して錯体を形成する。そして、pHが高いほどα-HIBAが形成されやすくなり、ランタノイド原子とα-HIBAとの錯体が形成されやすくなる。したがって、ランタノイドを含む水溶液に添加されるα-HIBAの添加量に関し、少なくとも水溶液に含まれる分離対象ランタノイドに対して「モル量で過剰量」とは、ランタノイドを含む水溶液のpHにおいて、少なくとも水溶液に含まれる分離対象のランタノイドのモル量に対して過剰なモル量のα-HIBAが存在するようなα-HIBAの量を意味する。より具体的には、水溶液が理想溶液(完全溶液)である場合に、少なくとも水溶液に含まれる分離対象ランタノイド原子の全てに対して、α-HIBAが1分子以上配位する程度の量を意味する。
【0022】
このようなα-HIBAのモル量の下限値は、水溶液に含まれるランタノイドの種類およびモル量、水溶液のpHとの関係で適宜設定することができるが、水溶液に含まれる分離対象のランタノイドのモル量に対して、例えば1倍、好ましくは1.1倍、より好ましくは1.2倍である。
【0023】
水溶液に添加されるα-HIBAのモル量の上限値は特に制限されず、水溶液に含まれるランタノイドの種類およびモル量、水溶液のpHとの関係で適宜設定することができるが、コストの抑制、α-HIBAの添加による水溶液のpH変化の抑制等の観点から、水溶液に含まれる分離対象のランタノイドのモル量に対して、例えば2倍、好ましくは1.5倍、より好ましくは1.3倍である。水溶液に含まれる各ランタノイドのモル量は、ICP-OES(高周波誘導結合プラズマ発光分析法)等により予め測定することができる。なお、本発明においては、水溶液に含まれる各ランタノイドのモル量を予め測定しておくことにより、水溶液に含まれるランタノイドの種類、分離対象となるランタノイドの種類、水溶液のpH、水溶液を構成する溶媒の種類等の条件に応じて、水溶液に添加するα-HIBAの量、および後述するPC-88Aの量を適宜設定することができる。したがって、本発明の方法は、α-HIBAやPC-88Aを不必要に使用することなく、コスト上も有利であると言える。
【0024】
したがって、添加されるα-HIBAのモル量の範囲は、水溶液に含まれる分離対象のランタノイドのモル量に対して、例えば1~2倍、好ましくは1.1~1.5倍、より好ましくは1.2~1.3倍である。
【0025】
<工程(c)>
工程(c)は、水溶液のpHを調整して、水溶液に含まれる分離対象のランタノイドのそれぞれにα-HIBAを配位させて、錯体(第1錯体)を形成する工程である。
【0026】
好ましい実施態様において、工程(c)においては、水溶液が理想溶液(完全溶液)である場合に、少なくとも分離対象のランタノイド原子の全てに1~2分子のα-HIBAが配位するように、水溶液のpHが調整される。
【0027】
さらに好ましい実施態様において、工程(c)においては、少なくとも水溶液に含まれる分離対象のランタノイド原子の全てに1分子以上のα-HIBAが配位するように、水溶液のpHが調整される。
【0028】
水溶液のpH調整は、通常の溶媒抽出法において用いられる酸および/またはアルカリを用いて行うことができる。水溶液のpH調整に用いられる酸としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、過塩素酸、酢酸、ホウ酸等が挙げられる。これらの酸のうち、好ましくは硝酸が用いられる。また、水溶液のpH調整に用いられるアルカリとしては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化テトラメチルアンモニウム、製鋼スラグ等が挙げられる。これらのアルカリうち、好ましくは水酸化ナトリウム、水酸化テトラメチルアンモニウム、より好ましくは水酸化ナトリウムが用いられる。
【0029】
水溶液のpHは、水溶液に含まれるランタノイドの種類およびモル量、α-HIBAのモル量との関係で適宜調整することができる。水溶液のpHは、例えば4.0~7.5であり、好ましくは5.0~7.5、より好ましくは6.0~7.5であり、特に好ましくは7.12に調整される。
【0030】
工程(c)において、ランタノイド原子にα-HIBAを配位させることにより、得られる第1錯体では、その熱力学ポテンシャルが、第1錯体が形成される前のランタノイド原子およびα-HIBAが有する熱力学ポテンシャルの合計と比較して低くなると考えられる。すなわち、分離対象のランタノイドを含む水溶液にα-HIBAを添加し、pHを添加してα-HIBAの量を増大させる(分離対象のランタノイドに対してモル量で過剰量にする)ことにより、より熱力学的ポテンシャルが低い、分離対象のランタノイド原子とα-HIBAとの第1錯体が形成されるものと考えられる(図1の「工程(b)」および「工程(c)」を参照のこと)。
【0031】
<工程(d)>
工程(d)は、工程(c)において形成された分離対象のランタノイドとα-HIBAとの第1錯体を含む水溶液に、疎水性のモノ-2-エチルヘキシル(2-エチルヘキシル)ホスホネート(PC-88A)を含む有機溶媒を添加して、第1錯体を構成する分離対象のランタノイドにPC-88Aを配位させて、錯体(第2錯体)を形成する工程である。
【0032】
工程(d)において用いられる有機溶媒としては、通常の溶媒抽出法において用いられる有機溶媒を用いることができる。工程(d)において用いられる有機溶媒としては、例えば、ヘキサン、ベンゼン、トルエン、ニトロベンゼン、シクロヘキサンおよびヘプタン等が挙げられる。これらの有機溶媒は一種を単独で用いることもでき、二種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0033】
工程(d)において、第1錯体を構成するランタノイドとPC-88Aとが配位する場合、第1錯体の配位子であるα-HIBAに代わり、PC-88Aが配位して第2錯体が形成される。これは、第1錯体(α-HIBAとランタノイドとの錯体)と比較して、第2錯体(PC-88Aとランタノイドとの錯体)の方が、その熱力学ポテンシャルが低くなると考えられるためである。すなわち、第1錯体と比較して第2錯体の方が熱力学的に安定な状態であるため、第1錯体を含む水溶液にPC-88Aを添加することにより、第1錯体の配位子であるα-HIBAに代わってPC-88Aがランタノイドに配位し、第2錯体が形成されるものと考えられる(図1の「工程(c)」および「工程(d)」を参照のこと)。
【0034】
また、第1錯体を構成するランタノイドとPC-88Aとの第2錯体の形成においては、第1錯体を構成するランタノイドの原子半径が小さい程、第1錯体とPC-88Aとが強く結合し、その結果、第2錯体が形成されやすい。ここで、ランタノイドにおいては、原子番号が大きいほど原子半径が小さくなる(ランタノイド収縮)ことが知られている。したがって、複数種のランタノイドを含む水溶液において第1錯体を形成させ、さらに第2錯体を形成させる場合、水溶液に含まれる第1錯体のうち、最も原子番号が大きい(すなわち、最も原子半径が小さい)ランタノイドを含む第1錯体が、PC-88Aと優先的に結合する。その結果、工程(d)においては、最も原子番号が大きい(すなわち、最も原子半径が小さい)ランタノイドを含む第2錯体が優先的に形成される。
【0035】
上述した通り、工程(d)においては、最も原子番号が大きいランタノイドを含む第1錯体が、疎水性のPC-88Aと優先的に第2錯体を形成する。そして、第2錯体は、疎水性のPC-88Aを配位子として有するため、水溶液(水相)中に存在する場合よりも有機溶媒(有機相)中に存在する場合に、その熱力学ポテンシャルがより低くなると考えられる。すなわち、疎水性のPC-88Aと配位子として有する第2錯体は、熱力学的により安定な状態となる有機溶媒(有機相)中に移動すると考えられる(図1の工程(d)を参照のこと)。
【0036】
その結果、最も原子番号が大きいランタノイドを含む第2錯体が優先的に有機溶媒(有機相)中に移動し、後述する工程(e)および(f)を経ることにより、複数種のランタノイドを含む水溶液から、最も原子番号が大きいランタノイドを分離することができる。そして、本発明の方法を繰り返し行うことにより、水溶液(水相)中に含まれる複数種のランタノイドを、最も原子番号が大きいものから順に分離することができる。
【0037】
したがって、好ましい実施態様においては、工程(d)において、水溶液に添加されるPC-88Aのモル量は、水溶液に含まれるランタノイドの種類およびモル量、分離対象ランタノイドの種類およびモル量との関係で、以下のようにして設定される。
【0038】
分離対象ランタノイドが、水溶液に含まれる複数種のランタノイドの中で最も原子番号が大きい(すなわち、原子半径(イオン半径)が小さい)ランタノイドである場合、第1錯体を構成する分離対象ランタノイドとPC-88Aとの第2錯体が形成されるが、分離対象ランタノイドよりも原子番号が小さい(すなわち、原子半径(イオン半径が大きい)ランタノイドとPC-88Aとの錯体が形成されないように、水溶液に添加されるPC-88Aのモル量が決定される。
【0039】
好ましい実施態様において、工程(d)においては、水溶液が理想溶液(完全溶液)である場合に、少なくとも第1錯体を構成する分離対象のランタノイド原子の全てに1~5個のPC-88Aが配位する量となるようにPC-88Aが添加される。
【0040】
より好ましい実施態様において、水溶液に添加されるPC-88Aのモル量は、水溶液に含まれる分離対象ランタノイドのモル量に対して、例えば2~10倍であり、好ましくは3~10倍、より好ましくは4~9倍である。
【0041】
分離対象ランタノイドが、水溶液に含まれる複数種のランタノイドの中で最も原子番号が大きいランタノイドでない場合、分離対象ランタノイドよりも大きいランタノイドとPC-88Aとの錯体を形成させ、分離対象ランタノイドよりも大きいランタノイドを水溶液中から分離(除去)する。すなわち、このような分離(除去)を単回または複数回行うことにより、分離対象ランタノイドが、水溶液中に含まれるランタノイドの中で最も原子番号が大きいランタノイドである状態とする。そして、水溶液中にさらにPC-88Aを添加して、第1錯体を形成している分離対象ランタノイドとPC-88Aとの第2錯体が形成されるが、分離対象ランタノイドよりも小さいランタノイドとPC-88Aとの第2錯体が形成されないようにPC-88Aを添加して、分離対象ランタノイドを分離する。なお、本発明によれば、複数種のランタノイドを含む水溶液から原子番号が大きいランタノイドを順に分離することができることから、上述した第1錯体および第2錯体の形成を繰り返し行うことにより、分離対象ランタノイドのみを分離(単離)するだけでなく、例えば、重希土類ランタノイドと軽希土類ランタノイドの分離等、ランタノイドの所望の分離を行うことが可能である。
【0042】
<工程(e)>
工程(e)は、工程(d)において有機溶媒(有機相)中に移動した第2錯体を、有機溶媒(有機相)から分離する工程である。
【0043】
工程(e)における有機溶媒(有機相)からの第2錯体の分離は、通常の溶媒抽出法において用いられる方法により行うことができる。好ましい態様において、有機溶媒(有機相)からの第2錯体の分離は、有機溶媒および第2錯体を含む有機相を分離し、有機相と酸とを接触させる逆抽出により、第2錯体を有機相から酸中に移動させることにより行うことができる。逆抽出に用いられる酸としては、特に限定されないが、例えば、硝酸、硫酸等が挙げられる。酸の濃度は適宜設定することができるが、例えば0.01~1mol/L、好ましくは0.05~0.5mol/L、より好ましくは0.1mol/Lとすることができる。
【0044】
<工程(f)>
工程(f)は、工程(e)において有機溶媒から分離された第2錯体から、第2錯体に含まれる分離対象ランタノイドを分離する工程である。
【0045】
好ましい実施態様において、第2錯体からの分離対象ランタノイドの分離は、第2錯体と酸とを接触させる逆抽出により行うことができる。逆抽出に用いられる酸の種類および酸の濃度は、<工程(e)>における逆抽出と同様とすることができる。
【実施例
【0046】
以下、本発明に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0047】
実施例1:複数種のランタノイドを含む水溶液からの特定のランタノイドの抽出
(1)試料の調製
以下の手順に従って、エレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)に供する試料を調製した。
【0048】
4種類のランタノイド(La、Pr、Tb、Ho)をそれぞれ2mMの濃度で含む水溶液を準備した。得られた水溶液にα-HIBAを5mMとなるように添加し、水酸化テトラメチルアンモニウムを用いてpHを7.12に調整した。次いで、得られた混合物に、PC-88A(大八化学工業株式会社製)を15mMとなるようヘキサンに溶解させた有機相を添加した。次いで、得られた混合物を24時間撹拌した。撹拌後、混合物を静置し、水相と有機相とを分離させ、有機相のみを取り出し、質量分析に供する試料とした。
【0049】
(2)ESI-MS
以下の手順に従って、ESI-MSを行った。なお、質量分析は、アジレント・テクノロジー株式会社製のAgilent7700シリーズICP-MSを用いて、以下の表1に示す条件により行った。
【0050】
【表1】
【0051】
ESI-MSの結果を図2に示す。図2の結果から、Tbがわずかながら混入していたものの、Hoのみをほぼ単離することができた。また、LaおよびPrについては混入が認められなかった。
【0052】
上記ESI-MSの結果から、HIBAおよびPC-88Aを組み合わせて用いた溶媒抽出法により、複数種のランタノイドを含む水溶液から、特定のランタノイドを簡便に分離することが可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によれば、溶媒抽出法により、複数種のランタノイドから特定のランタノイドを分離することが可能となる。特に、本発明によれば、従来は分離に多大なコストを要していた原子番号が近い複数種のランタノイドの分離や、重希土類に分類されるランタノイドの分離を簡便に行うことが可能となる。
図1
図2