(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-06
(45)【発行日】2024-09-17
(54)【発明の名称】安定同位体濃縮装置、及び安定同位体の濃縮方法
(51)【国際特許分類】
B01D 59/04 20060101AFI20240909BHJP
【FI】
B01D59/04
(21)【出願番号】P 2020183540
(22)【出願日】2020-11-02
【審査請求日】2023-04-03
(73)【特許権者】
【識別番号】320011650
【氏名又は名称】大陽日酸株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 勇斗
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 健大
(72)【発明者】
【氏名】神邊 貴史
【審査官】池田 周士郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-172239(JP,A)
【文献】特開2000-218134(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 59/00-59/50
C01B 5/02
B01B 1/00- 1/08
B01D 1/00- 8/00
F25J 1/00- 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸留によって安定同位体を濃縮する安定同位体濃縮装置であって、
複数の蒸留塔がカスケード接続された蒸留塔群と、
前記蒸留塔群のうち、一の前記蒸留塔に原料として天然存在比以上の純度を有する安定同位体を導入する原料導入経路と、
前記蒸留塔群のうち、他の前記蒸留塔から製品として濃縮された安定同位体を導出する製品導出経路と、を備え、
前記蒸留塔群のうち、少なくとも1以上の前記蒸留塔が、前記原料よりも高い純度の安定同位体を前記蒸留塔の内側に導入する1以上の導入経路を有する、安定同位体濃縮装置。
【請求項2】
蒸留によって安定同位体を濃縮する安定同位体濃縮装置であって、
蒸留塔と、
前記蒸留塔に原料として天然存在比以上の純度を有する安定同位体を導入する原料導入経路と、
前記蒸留塔から製品として濃縮された安定同位体を導出する製品導出経路と、を備え、
前記蒸留塔が、前記原料よりも高い純度の安定同位体を前記蒸留塔の内側に導入する1以上の導入経路を有する、安定同位体濃縮装置。
【請求項3】
カスケード接続された複数の蒸留塔を用いる蒸留により、安定同位体を濃縮する安定同位体の濃縮方法であって、
複数の前記蒸留塔のうち、一の前記蒸留塔に天然存在比以上の純度を有する安定同位体を原料として導入し、かつ、少なくとも1以上の前記蒸留塔に前記原料よりも高い純度の安定同位体を前記蒸留塔の内側に導入して、複数の前記蒸留塔を起動した後、
複数の前記蒸留塔のうち、他の前記蒸留塔から濃縮された安定同位体を製品として導出する、安定同位体の濃縮方法。
【請求項4】
蒸留塔を用いる蒸留により、安定同位体を濃縮する安定同位体の濃縮方法であって、
前記蒸留塔に天然存在比以上の純度を有する安定同位体を原料として導入し、かつ、前記蒸留塔に前記原料よりも高い純度の安定同位体を前記蒸留塔の内側に導入して、前記蒸留塔を起動した後、
前記蒸留塔から濃縮された安定同位体を製品として導出する、安定同位体の濃縮方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安定同位体濃縮装置、及び安定同位体の濃縮方法に関する。
【背景技術】
【0002】
安定同位体は、有機化学・生化学の分野において、有機物や生体物質の様々な反応、構造および機能に関する情報を得るために用いられる。具体的には、トレーサーとしてNMR分析への応用、同位体置換によって反応速度が変化する速度論的同位体効果を利用した創薬・有機合成への応用、分光学的性質の差異を利用した赤外・ラマン分光法への応用などが挙げられる。
【0003】
例えば、水素には、1Hと2H(以下、「重水素」もしくは「D」と表記する)という、2種類の安定同位体が存在する。重水素と酸素が結合した物質である重水(D2O)は、代表的なNMR重溶媒であり、重水素化医薬品は、医薬品が体内で代謝されることを抑制する効果があり、薬効の長時間化や代謝物の毒性による副作用の低減などが報告されている。また、酸素には、16O、17O、18Oの3種類の安定同位体があり、H2
18Oは癌の診断方法であるPET検査の原料として利用されている。
【0004】
安定同位体を濃縮する方法として、電解法、レーザ分離法、化学交換法、蒸留法など様々な方法がある。例えば、工業的に重水を濃縮する方法として、化学交換法、水電解法、水-水素同位体交換法、及び蒸留法が挙げられる。前者3つの方法については、分離係数が大きいというメリットがある。一方、デメリットとしては、化学交換法の場合、流体として硫化水素などを使用するため、取り扱いが難しい。また、水電解法、及び水-水素同位体交換法では、水を電気分解する必要があり、非常に多くの電力を必要とする。
【0005】
蒸留法は、取り扱いが容易であり、電解法と比べるとエネルギーが小さい点で優れている。しかしながら、H2OとD2Oの蒸気圧比が非常に小さいため、天然存在比から高濃度に濃縮しようとする場合、必要な理論段数が多く蒸留塔の長さが長くなってしまい、装置が非常に大がかりなものになりやすい。また、天然存在比が非常に小さいため、大量の原料水を処理する必要があり、製品あたりのエネルギーコストが大きくなる。
【0006】
ところで、トレーサー及び有機合成・創薬において製品として使用する安定同位体は、99%以上の高濃度であることが求められるケースが多い。また、製品として使用された安定同位体は濃縮度が低下し、99%未満の濃度になる。製品として使用された安定同位体よりも濃縮度が低下した安定同位体(以下、単に「劣化安定同位体」ともいう)は、再度トレーサー及び有機合成・創薬に使用されることはなく、廃液もしくは廃ガスとして廃棄されることになる。
【0007】
しかしながら、劣化安定同位体は、製品と比較すると濃度が低下しているが、天然存在比から比べると非常に高濃度の安定同位体を含んでおり、再度濃縮することができれば再度トレーサー及び反応に使用することができる。劣化安定同位体を原料として再濃縮した製品は、未使用品より安く供給する必要があるため、いかに低コストで濃縮できるかが重要である。すなわち、劣化安定同位体を原料とする安定同位体濃縮装置では、装置コストが安価であり、運転コストが小さく、装置構成および装置の取り扱いが簡便で運転管理コストが小さいということが求められる。
【0008】
例えば、特許文献1には、水-水素同位体交換法による濃縮装置が開示されており、固体高分子型燃料電池を用いて電力消費量を低減して、運転コストを下げる方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載の水-水素同位体交換法の場合では、同位体交換塔の触媒に高価な白金等を用いる必要がある。また、電解部と同位体交換部とがあり、装置構成が複雑であるため、装置コストが高いという問題がある。また、電力消費量を低減するために用いる燃料電池が高価な機器であり、再濃縮するための装置としては不向きである。
【0011】
ところで、蒸留法の場合、安定同位体を天然存在比から高濃度まで濃縮するには装置が大型となる問題があるが、劣化安定同位体を再濃縮する場合では原料の安定同位体濃度が高く、必要な理論段数が少なくなるため、装置を小型化できる。また、蒸留法は取り扱いが容易であることから、原料として劣化安定同位体を用いる再濃縮に適している。
【0012】
一方で、蒸留法では装置内で気液の接触が必要であり、装置内に大量の液体を含む必要がある。加えて、同位体同士の蒸気圧比が非常に小さいために分離係数が小さく、蒸留塔が長くなる。このため、装置を起動してから蒸留塔全体に濃度分布が形成されるまでの時間(以下、「起動時間」と称する)が長いという特徴がある。
【0013】
たとえば、酸素の安定同位体である18Oを天然存在比から99%以上に濃縮する場合、起動時間は半年から1年以上必要であり、再濃縮についても装置構成によるが数週間から数か月を要する。また、起動中は濃縮した製品を採取することができないため、起動時間が長くなると製品の製造コストが増加する。
【0014】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであって、簡易な構成により、起動時間の短縮が可能な安定同位体濃縮装置、及び安定同位体の濃縮方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の課題を達成するために、本発明は以下の構成を採用する。
[1] 蒸留によって安定同位体を濃縮する安定同位体濃縮装置であって、
複数の蒸留塔がカスケード接続された蒸留塔群と、
前記蒸留塔群のうち、一の前記蒸留塔に原料として天然存在比以上の純度を有する安定同位体を導入する原料導入経路と、
前記蒸留塔群のうち、他の前記蒸留塔から製品として濃縮された安定同位体を導出する製品導出経路と、を備え、
前記蒸留塔群のうち、少なくとも1以上の前記蒸留塔が、前記原料よりも高い純度の安定同位体を前記蒸留塔の内側に導入する1以上の導入経路を有する、安定同位体濃縮装置。
[2] 蒸留によって安定同位体を濃縮する安定同位体濃縮装置であって、
蒸留塔と、
前記蒸留塔に原料として天然存在比以上の純度を有する安定同位体を導入する原料導入経路と、
前記蒸留塔から製品として濃縮された安定同位体を導出する製品導出経路と、を備え、
前記蒸留塔が、前記原料よりも高い純度の安定同位体を前記蒸留塔の内側に導入する1以上の導入経路を有する、安定同位体濃縮装置。
[3] カスケード接続された複数の蒸留塔を用いる蒸留により、安定同位体を濃縮する安定同位体の濃縮方法であって、
複数の前記蒸留塔のうち、一の前記蒸留塔に天然存在比以上の純度を有する安定同位体を原料として導入し、かつ、少なくとも1以上の前記蒸留塔に前記原料よりも高い純度の安定同位体を前記蒸留塔の内側に導入して、複数の前記蒸留塔を起動した後、
複数の前記蒸留塔のうち、他の前記蒸留塔から濃縮された安定同位体を製品として導出する、安定同位体の濃縮方法。
[4] 蒸留塔を用いる蒸留により、安定同位体を濃縮する安定同位体の濃縮方法であって、
前記蒸留塔に天然存在比以上の純度を有する安定同位体を原料として導入し、かつ、前記蒸留塔に前記原料よりも高い純度の安定同位体を前記蒸留塔の内側に導入して、前記蒸留塔を起動した後、
前記蒸留塔から濃縮された安定同位体を製品として導出する、安定同位体の濃縮方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の安定同位体濃縮装置、及び安定同位体の濃縮方法は、簡易な構成であり、起動時間の短縮が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施形態に係る安定同位体濃縮装置の主要部を示す系統図である。
【
図2】実施例及び比較例で用いた重水再濃縮装置の主要部を示す系統図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について、添付の図面を参照し、実施形態を示して詳細に説明する。
なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。
また、本明細書において、「劣化」とは、製品として使用された安定同位体よりも濃縮度が低下することを意味し、「劣化安定同位体」とは、製品として使用された安定同位体よりも濃縮度が低下した安定同位体を意味する。
【0019】
<安定同位体濃縮装置>
図1は、本発明の実施形態に係る安定同位体濃縮装置の主要部を示す系統図である。
本実施形態の安定同位体濃縮装置100は、複数の蒸留塔がカスケード接続された蒸留塔群と、複数のコンデンサ20と、複数のリボイラ21と、原料フィードライン(原料導入経路)30と、製品ライン(製品導出経路)31と、複数の導入経路40と、を備える。
【0020】
本実施形態の安定同位体濃縮装置100は、水素、炭素、酸素および窒素の安定同位体を蒸留によって濃縮する装置である。
本実施形態の安定同位体濃縮装置100は、製品として使用した後、濃度が低下した安定同位体の再濃縮に適用することが好ましい。また、本実施形態の安定同位体濃縮装置100は、当然に天然存在比からの濃縮においても適応可能である。
安定同位体としては、特に限定されるものではなく、重水(D2O)、H2
18O、18O2、13CO、15N2等が挙げられる。
【0021】
以下、蒸留塔群の上流側末端からn番目の蒸留塔を第nの蒸留塔という。
第1の蒸留塔1~第nの蒸留塔nは、塔番号の順で、カスケード接続されている。
第1の蒸留塔1~第nの蒸留塔nは、加熱もしくは冷却された安定同位体を蒸留することで、塔頂側に沸点の低い安定同位体を濃縮し、塔底側に沸点の高い安定同位体を濃縮するようになっている。
なお、複数の蒸留塔がカスケード接続をしている場合には、nは2以上の数である。
これに対して、原料として製品の純度に近い安定同位体を用い、1本の蒸留塔で製品濃度まで濃縮できる場合には、nは1(すなわち、1本の蒸留塔)とすることができる。この場合、原料を供給する塔と製品を採取する塔は同一となる。
【0022】
原料が供給される第1の蒸留塔1の塔径が最も大きく、末端に向かって徐々に小さくなっていく。各蒸留塔については、規則充填物が充填された充填塔、不規則充填物が充填された充填塔、棚段塔のいずれであってもよい。
【0023】
コンデンサ20は、各蒸留塔(第1の蒸留塔1~第nの蒸留塔n)に対して、それぞれ1つ設けられている。コンデンサ20は、各蒸留塔の塔頂部の異なる位置に両端が接続された循環ライン32に設けられている。コンデンサ20は、蒸留塔内を上昇した気体を熱交換することで液化させ、再び蒸留塔内を下降させる機能を有する。
なお、コンデンサ20は、各蒸留塔(第1の蒸留塔1~第nの蒸留塔n)に対して、数塔おきに1つ設けられていてもよい。
【0024】
リボイラ21は、各蒸留塔に対して、それぞれ1つ設けられている。リボイラ21は、各蒸留塔の塔底部の異なる位置に両端が接続された循環ライン33に設けられている。リボイラ21は、蒸留塔内を下降した液体を熱交換することで気化させ、再び蒸留塔内を上昇させる機能を有する。
なお、リボイラ21は、各蒸留塔(第1の蒸留塔1~第nの蒸留塔n)に対して、数塔おきに1つ設けられていてもよい。
【0025】
原料フィードライン30は、一端が第1の蒸留塔1の中間部に接続されている。原料フィードライン30は、原料となる安定同位体を第1の蒸留塔1の中間部に導入するための経路である。
ここで、蒸留塔の中間部とは、蒸留塔の塔頂部および塔底部以外の位置を示す。
なお、第1の蒸留塔1に原料を導入する位置(高さ)は、中間部に限定されるものではなく、第1の蒸留塔1の定常状態における原料の安定同位体濃度に近いことが好ましい。
また、原料供給ライン30には、バルブが設けられていてもよい。
【0026】
原料となる安定同位体は、天然存在比以上の濃度を有する安定同位体を用いることができ、劣化安定同位体を用いることが好ましい。
劣化安定同位体の濃度としては、天然存在比以上であれば特に限定されるものではなく、99%未満の濃度のものを用いてもよい。
【0027】
最終塔を除き、安定同位体の高沸点成分の濃度が高められた各蒸留塔における塔底の蒸気の一部は、経路34を経由して、次塔の塔頂に供給される。流れの推進力は、ある蒸留塔の塔底とその次塔の塔頂の圧力差である。次塔の塔頂に供給された蒸気は、その塔内の上昇蒸気とともにコンデンサ20で液化され、その塔の塔頂に還流される。
【0028】
また、第1の蒸留塔1を除き、安定同位体の低沸点成分の濃度が高められた各蒸留塔における塔頂付近の還流液の一部は、経路35を経由して、前塔の塔底に供給される。流れの推進力は還流液の液頭圧である。
なお、流れの推進力として圧縮機を用いてもよい。圧縮機を用いる場合、塔頂のガスを圧縮して前塔にも供給可能である。
前塔の塔底に供給された還流液は、その塔内の還流液とともにリボイラ21で気化され、その塔の塔底に還流される。
【0029】
製品ライン31は、濃縮された安定同位体成分を製品として第nの蒸留塔nから導出するための経路である。製品ライン31は、一端が第nの蒸留塔nの塔底部寄りの部分に接続されている。製品は、高濃度(例えば99.9%以上)に濃縮された安定同位体成分である。
【0030】
なお、原料を供給する塔は必ずしも第1の蒸留塔1である必要はなく、原料を供給する塔の前段に回収部となる蒸留塔が位置してもよい。また、製品を採取する塔についても必ずしも最終塔(第nの蒸留塔n)である必要はなく、蒸留塔群の中間にあってもよい。
【0031】
導入経路40は、各蒸留塔の塔底部に位置する循環ライン33に合流する経路にそれぞれ設けられている。導入経路40には、バルブ(開閉弁)がそれぞれ設けられている。
導入経路40は、原料よりも高い純度の安定同位体(以下、単に「高濃度安定同位体」という)を各蒸留塔の内側に導入するための導入口である。導入経路40に設置されたバルブを開放状態とすることで、図示略の供給源から循環ライン33を経由して各蒸留塔の内側に高濃度安定同位体を導入できる。
【0032】
高濃度安定同位体としては、特に限定されるものではない。例えば、原料として99%程度の濃度の劣化安定同位体を用いる場合には、高濃度(例えば99.9%以上)に濃縮された製品を用いてもよい。後述するように、導入した高濃度の安定同位体は最終的に製品として採取されるため、原料コストの上昇を招くことはない。
【0033】
なお、本実施形態の安定同位体濃縮装置100では、導入経路40がそれぞれの蒸留塔の塔底に位置する循環ライン33に設ける構成を一例として説明しているが、これに限定されない。
例えば、循環ライン32に合流する導入経路41を設ける構成としてもよいし、各蒸留塔に接続された導入経路42にバルブを設ける構成としてもよい。また、導入経路40,41,42のうち、いずれか1つ有する構成としてもよいし、2以上有する構成としてもよい。
また、導入経路40は、各蒸留塔にそれぞれ1以上設ける構成であってもよいし、数塔おきに設ける構成であってもよい。
【0034】
なお、高濃度安定同位体については、定常状態における各塔の塔底の安定同位体濃縮度に近い濃度の安定同位体を導入することが好ましい。
例えば、原料を供給する塔の前段に回収部がある場合には、回収部に劣化安定同位体よりも濃度の高い安定同位体を供給することは適さない。
【0035】
<安定同位体の濃縮方法>
次に、本実施形態の安定同位体の濃縮方法(以下、単に「濃縮方法」という)について説明する。本実施形態の濃縮方法は、上述した安定同位体濃縮装置100の運転方法であり、特に安定同位体濃縮装置100の装置起動時に特徴を有する。
【0036】
本実施形態の濃縮方法は、複数の蒸留塔のうち、一の蒸留塔に天然存在比以上の純度を有する安定同位体を原料として導入し、かつ、少なくとも1以上の蒸留塔に高濃度安定同位体を蒸留塔の内側に導入して、安定同位体濃縮装置100を起動した後、複数の蒸留塔のうち、他の蒸留塔から濃縮された安定同位体を製品として導出するものである。
【0037】
具体的には、先ず、各蒸留塔の導入経路40から、高濃度安定同位体を気体または液体の状態で蒸留塔内に導入する。
例えば、導入経路40から気体で導入する場合、コンデンサ20に冷熱源を供給し、安定同位体を冷却して液化させて、液体を各蒸留塔の底部に溜める。
次に、各蒸留塔の底部に、リボイラ21の運転に必要な液量がたまった後、リボイラ21に加熱源を供給する。
各蒸留塔が安定したことを確認した後、第1の蒸留塔1に原料フィードライン30によって原料(劣化安定同位体)の導入を開始する。安定同位体濃縮装置100の濃縮運転を開始する。すなわち、安定同位体濃縮装置100の起動が完了した後、第nの蒸留塔nから製品ライン31によって製品を導出する。
【0038】
ところで、一般的に、低分子量の安定同位体の蒸留分離装置では、起動の際、濃度の低い原料を各塔に貯液したのち蒸留塔を起動し、原料を供給しながら製品取り出し部の濃度が上昇するまで待つ必要がある。濃縮運転を開始してから製品を採取できるまでに必要な時間は、起動時間と同じであり、蒸留塔底部の製品部に濃縮され、蒸留塔に濃度分布を作成するまでの時間となる。
【0039】
これに対して、本実施形態の安定同位体濃縮装置100及び安定同位体の濃縮方法によれば、天然存在比以上の純度(濃度)を有する安定同位体を原料として用い、かつ、装置起動時に高濃度安定同位体を少なくとも1以上の蒸留塔(蒸留塔の一部、好ましくは全部)に導入することで、蒸留塔の塔底部に濃縮された安定同位体が溜まるまでの時間を短縮するため、簡便な装置構成、及び簡易な方法によって起動時間を短縮できる。したがって、本実施形態の安定同位体濃縮装置100及び安定同位体の濃縮方法によれば、装置コスト及び製造コストを低減できる。
【0040】
また、本実施形態の安定同位体濃縮装置100及び安定同位体の濃縮方法によれば、製品(高濃度の安定同位体)を使用した後の、製品よりも僅かに濃度が低下した安定同位体(すなわち、劣化安定同位体)を原料として用い、これを再濃縮する際、高濃度安定同位体として少量の製品を用いる場合に、特に有用である。すなわち、従来は廃棄されていた劣化安定同位体を原料として再濃縮する際の、濃縮装置及び濃縮方法として最適である。なお、装置起動時に導入した製品(高濃度の安定同位体)は、最終的に製品として採取されるため、原料コストが上昇することはない。
【0041】
以上、実施形態を示して本発明の安定同位体濃縮装置を説明したが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではない。上記実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。
【0042】
上述した実施形態の安定同位体濃縮装置100において、蒸留する物質の物性や機器の構成に応じて種々の変更が可能である。例えば、経路34および経路35の流れの向きは逆であってもよい。また、経路34および経路35の接続位置は、「前塔が塔底」であり、「次塔が塔頂」である構成に限定されない。
【実施例】
【0043】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0044】
(実施例1)
実施例1では、
図2に示す重水再濃縮装置(安定同位体濃縮装置)200を用いて、製品よりも濃度が低下した重水(劣化重水)の再濃縮を行った。
【0045】
重水再濃縮装置200の基本的な構成は安定同位体再濃縮装置100と同様であり、2基の直列に接続された第1の蒸留塔1及び第2の蒸留塔2と、1基のコンデンサ20と、2基のリボイラ21と、原料フィードポンプ22と、送液ポンプ23と、冷却水循環装置24と、原料フィードライン30と、製品ライン31と、冷却水循環ライン36と、循環ライン33に合流する導入経路40と、を備える。
【0046】
なお、第1の蒸留塔1及び第2の蒸留塔2は、いずれも規則充填物が充填された充填塔である。
重水再濃縮装置200では、コンデンサ20への冷熱源である冷却水であり、冷却水の供給は冷却水循環装置24から冷却水循環ライン36を経由して行われる。また、リボイラ21の加熱源は電気ヒータである。
重水濃度が高められた第1の蒸留塔1における塔底の液は、経路35により送液ポンプ23を経由して、第2の蒸留塔2の塔頂に供給される。
重水濃度が低くなった第2の蒸留塔2における塔頂の蒸気は経路34を経由して第1の蒸留塔1の塔底部に供給される。流れの推進力は第1の蒸留塔1の塔底と第2の蒸留塔2の塔頂の圧力差である。第1の蒸留塔1の塔底に供給された蒸気は、その塔内の上昇蒸気とともにコンデンサ20で液化され、塔内に還流される。
【0047】
重水再濃縮装置200の起動時には、先ず、第1の蒸留塔1の塔底部に位置するリボイラ21に、表2に示す組成の重水を第1の蒸留塔1の塔底に位置する導入経路40より供給してリボイラ21の起動に必要な液を溜め、第2の蒸留塔2の塔底部に位置するリボイラ21に、表3に示す組成の重水を第2の蒸留塔2の塔底に位置する導入経路40より供給してリボイラ21の起動に必要な液を溜めた。
なお、表2の組成の重水は、表3の組成の重水に純水を混合することで調整した。
【0048】
第1の蒸留塔1及び第2の蒸留塔2の塔底部に、必要量の液が溜まったことを確認した後、リボイラ21を起動し、表1に示す組成の劣化重水を、原料フィードライン30より原料として第1の蒸留塔1の中間部に供給し、重水再濃縮装置200の濃縮運転を開始した。
また、濃縮運転開始と同時に、第1の蒸留塔1の塔頂から重水素濃度が低下した重水の抜出しを開始した。
重水再濃縮装置200の起動開始から、第2の蒸留塔2の塔底部における重水中の重水素濃度が99.9%以上に達するまでの時間は約12日であった。装置の安定時における第2の蒸留塔2から送出される再濃縮重水(製品)の安定同位体分子の存在割合は、以下の表4に示す通りであった。
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
【0053】
(比較例1)
比較例1では、
図2に示す重水再濃縮装置200を用いて、劣化重水の再濃縮を行った。
原料フィードライン30より供給する原料劣化重水の組成は、表1に示すとおりである。
装置起動時には、第1の蒸留塔1の塔底部にあるリボイラ21、及び第2の蒸留塔2の塔底部にあるリボイラ21に、表1に示す組成の劣化重水を導入してリボイラの起動に必要な液を溜めた。
実施例1と同様に、リボイラ21を起動し、表1に示す組成の劣化重水を、原料フィードライン30より原料として第1の蒸留塔1の中間部に供給し、濃縮運転開始と同時に、第1の蒸留塔1の塔頂から重水素濃度が低下した重水の抜出しを開始した。
重水再濃縮装置200の起動開始から、第2の蒸留塔2の塔底部における重水中の重水素濃度が99.9%以上に達するまでの時間は約22日であった。装置の安定時における第2の蒸留塔2から送出される再濃縮重水(製品)の安定同位体分子の存在割合は、以下の表5に示す通りであった。
【0054】
【0055】
実施例1では、本発明の安定同位体濃縮装置、及び濃縮装置の起動方法を含む濃縮方法により、簡便な装置構成によって装置コストをかけることなく、比較例1の起動時間の約半分とすることができ、重水を再濃縮する際の製造コストを低減できた。
また、濃縮装置を起動する際に導入した高濃縮度の重水は製品として採取できるため、原料コストを増やすことなく起動時間を短縮できることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、1基以上の蒸留塔を備える同位体濃縮装置であって、製品よりも濃度が低下した安定同位体(劣化安定同位体)を再濃縮する安定同位体濃縮装置、及びその起動方法に適用可能である。
【符号の説明】
【0057】
1、2、j、n・・・蒸留塔
20・・・コンデンサ
21・・・リボイラ
30・・・原料フィードライン(原料導入経路)
31・・・製品ライン(製品導出経路)
32、33・・・循環ライン
34、35・・・経路
40、41,42・・・導入経路
100、200・・・安定同位体濃縮装置