(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】磁気センサ
(51)【国際特許分類】
G01R 33/02 20060101AFI20240910BHJP
H01F 10/13 20060101ALI20240910BHJP
H10N 50/00 20230101ALI20240910BHJP
【FI】
G01R33/02 D
H01F10/13
H10N50/00
(21)【出願番号】P 2020217868
(22)【出願日】2020-12-25
【審査請求日】2023-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】100104880
【氏名又は名称】古部 次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100125346
【氏名又は名称】尾形 文雄
(74)【代理人】
【識別番号】100173598
【氏名又は名称】高梨 桜子
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 大三
(72)【発明者】
【氏名】坂脇 彰
【審査官】島田 保
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-106401(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108226825(CN,A)
【文献】特開昭55-161057(JP,A)
【文献】特開2000-030921(JP,A)
【文献】特開平05-226150(JP,A)
【文献】特開2014-059943(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 33/00-33/26
H10N 50/00
H01F 10/13
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非磁性の基板と、
前記基板上に設けられ、長手方向と短手方向とを有し、当該長手方向と交差する方向に一軸磁気異方性を有し、磁気インピーダンス効果により磁界を感受する、初透磁率が5000以上であるアモルファス合金の軟磁性体層を含む感受素子と
、を備え
、
前記軟磁性体層は、1.4at%のFe、13.8at%のSi、3.6at%のMn、5at%のCr、9.5at%のBを含む、Coを主成分とするアモルファス合金である
磁気センサ。
【請求項2】
前記感受素子は、前記軟磁性体層を複数含み、
複数の前記軟磁性体層の間に、当該軟磁性体層に還流磁区が発生することを抑制する磁区抑制層を含むことを特徴とする請求項1
に記載の磁気センサ。
【請求項3】
前記感受素子は、前記軟磁性体層を複数含み、
複数の前記軟磁性体層の間に、当該軟磁性体層より導電性が高い、非磁性の導電体層を含むことを特徴とする請求項1
又は2に記載の磁気センサ。
【請求項4】
前記感受素子は、前記軟磁性体層を複数含み、
複数の前記軟磁性体層の間に、当該軟磁性体層を反強磁性結合させる、非磁性の反強磁性結合層を含むことを特徴とする請求項1乃至
3のいずれか1項に記載の磁気センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気センサに関する。
【背景技術】
【0002】
公報記載の従来技術として、非磁性基板上に形成された硬磁性体膜からなる薄膜磁石と、前記薄膜磁石の上を覆う絶縁層と、前記絶縁層上に形成された一軸異方性を付与された一個または複数個の長方形状の軟磁性体膜からなる感磁部とを備えた磁気インピーダンス効果素子が存在する(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、磁気インピーダンス効果により磁界を感受する感受素子を備えた磁気センサは、インピーダンスが磁界に対して変化することを利用する。このインピーダンスの変化は、磁性薄膜における磁界による透磁率の変化に伴う表皮深さの変化によって生じる。よって、磁気センサの感度を向上させるために、磁気インピーダンス効果を生じる感受素子の透磁率の変化を大きくすることが求められる。
【0005】
本発明は、磁気インピーダンス効果を用いた磁気センサの感度を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明が適用される磁気センサは、非磁性の基板と、基板上に設けられ、長手方向と短手方向とを有し、長手方向と交差する方向に一軸磁気異方性を有し、磁気インピーダンス効果により磁界を感受する、初透磁率が5000以上であるアモルファス合金の軟磁性体層を含む感受素子と、を備え、軟磁性体層は、1.4at%のFe、13.8at%のSi、3.6at%のMn、5at%のCr、9.5at%のBを含む、Coを主成分とするアモルファス合金である。
【0007】
このような磁気センサにおいて、感受素子は、軟磁性体層を複数含み、複数の軟磁性体層の間に、軟磁性体層に還流磁区が発生することを抑制する磁区抑制層を含むことを特徴とすることができる。
また、このような磁気センサにおいて、感受素子は、軟磁性体層を複数含み、複数の軟磁性体層の間に、軟磁性体層より導電性が高い、非磁性の導電体層を含むことを特徴とすることができる。
そして、このような磁気センサにおいて、軟磁性体層を複数含み、複数の軟磁性体層の間に、軟磁性体層を反強磁性結合させる、非磁性の反強磁性結合層を含むことを特徴とすることができる。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、磁気インピーダンス効果を用いた磁気センサの感度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本実施の形態が適用される磁気センサの一例を説明する図である。(a)は、平面図、(b)は、(a)におけるIB-IB線での断面図である。
【
図2】感受素子の感受部の長手方向に印加された磁界と感受素子のインピーダンスZとの関係を説明する図である。
【
図3】実施例と比較例とにおける磁気センサの感度と異方性磁界とを示す図である。(a)は、感度、(b)は、異方性磁界である。
【
図4】磁気センサの変形例の断面図である。(a)は、感受素子における感受部が一の軟磁性体層で構成された磁気センサ、(b)は、感受素子における感受部が磁区抑制層を挟んだ二層の軟磁性体層で構成された磁気センサ、(c)は、感受素子における感受部が導電体層を挟んだ二層の軟磁性体層で構成された磁気センサである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態(以下では、本実施の形態と表記する。)について説明する。
(磁気センサ1の構成)
図1は、本実施の形態が適用される磁気センサ1の一例を説明する図である。
図1(a)は、平面図、
図1(b)は、
図1(a)におけるIB-IB線での断面図である。
図1(a)において、紙面の右方向をx方向、紙面の上方向をy方向、紙面の表面方向をz方向とする。
図1(b)において、紙面の右方向をx方向、紙面の上方向をz方向、紙面の裏面方向をy方向とする。
【0011】
図1(b)に示すように、本実施の形態が適用される磁気センサ1は、非磁性の基板10と、基板10上に設けられ、磁界を感受する軟磁性体層を含む感受素子30とを備える。
なお、
図1(b)に示す磁気センサ1の断面構造については、後に詳述する。
【0012】
ここで軟磁性体とは、外部磁界によって容易に磁化されるが、外部磁界を取り除くと速やかに磁化がないか又は磁化が小さい状態に戻る、いわゆる保磁力の小さい材料である。なお、硬磁性体とは、外部磁界によって磁化されると、外部磁界を取り除いても磁化された状態が保持される、いわゆる保磁力の大きい材料である。
【0013】
図1(a)により、磁気センサ1の平面構造を説明する。磁気センサ1は、一例として四角形の平面形状を有する。磁気センサ1の平面形状は、数mm角である。例えば、x方向の長さが4mm~6mm、y方向の長さが3mm~5mmである。なお、磁気センサ1の平面形状の大きさは、他の値であってもよい。
【0014】
ここで、基板10上に設けられた感受素子30を説明する。感受素子30は、平面形状が長手方向と短手方向とを有する短冊状である複数の感受部31を備える。
図1(a)において、x方向が、感受素子30の長手方向である。複数の感受部31は、長手方向が並列するように配置されている。そして、感受素子30は、隣接する感受部31をつづら折りに直列接続する接続部32と、電流供給のための電線が接続される端子部33とを備える。感受部31が、磁界又は磁界の変化を感受して磁気インピーダンス効果を生じる。つまり、感受部31が直列接続された感受素子30のインピーダンス変化により磁界又は磁界の変化が計測される。以下では、感受素子30のインピーダンスを、磁気センサ1のインピーダンスと表記することがある。
【0015】
図1(a)には8本の感受部31を図示しているが、感受部31は8本でなくてもよい。よって、
図1(a)では、紙面の上側の4本と、紙面の下側の4本の間を破線として、本数が8本に限定されないことを示している。
【0016】
接続部32は、隣接する感受部31の端部間に設けられ、隣接する感受部31をつづら折りに直列接続する。
端子部33(端子部33a、33b)は、接続部32で接続されていない感受部31の2個の端部にそれぞれ設けられている。端子部33は、電流を供給する電線を接続するパッド部として機能する。端子部33は、電線を接続しうる大きさであればよい。なお、端子部33(端子部33a、33b)は、
図1(a)の紙面において、右側に設けているが、左側に設けてもよく、左右側に分けて設けてもよい。
【0017】
ここで、感受部31の長手方向(x方向)の長さを長さLとする。そして、感受部31の短手方向の幅を幅Wとする。隣接する感受部31間の間隔を間隔Gとする。感受部31の長さLは、例えば1mm~10mm、幅Wは、例えば10μm~150μm、間隔Gは、例えば10μm~150μmである。なお、それぞれの感受部31の大きさ(長さL、幅W、厚さ等)、感受部31の数、感受部31間の間隔G等は、感受、つまり計測したい磁界の大きさなどによって設定されればよい。なお、感受部31は、1個でもよい。
【0018】
次に、
図1(b)により、磁気センサ1の断面構造を説明する。
基板10は、非磁性体からなる基板であって、例えばガラス、サファイアといった酸化物基板やシリコン等の半導体基板、あるいは、アルミニウム、ステンレススティール、ニッケルリンメッキを施した金属等の金属基板等が挙げられる。なお、基板10の導電性が高い場合には、感受素子30が設けられる側の基板10の表面に、基板10と感受素子30とを電気的に絶縁する絶縁体層が設けられるとよい。このような絶縁体層を構成する絶縁体としては、SiO
2、Al
2O
3、TiO
2等の酸化物、又は、Si
3N
4、AlN等の窒化物等が挙げられる。ここでは、基板10は、ガラスであるとして説明する。
【0019】
感受素子30は、一例として、基板10側から4層の軟磁性体層101a、101b、101c、101dを備える。そして、感受素子30は、軟磁性体層101aと軟磁性体層101bとの間に、軟磁性体層101aと軟磁性体層101bとに還流磁区の発生を抑制する磁区抑制層102aを備える。さらに、感受素子30は、軟磁性体層101cと軟磁性体層101dとの間に、軟磁性体層101cと軟磁性体層101dとに還流磁区の発生を抑制する磁区抑制層102bを備える。そしてまた、感受素子30は、軟磁性体層101bと軟磁性体層101cとの間に、感受素子30の抵抗(ここでは、電気抵抗をいう。)を低減させる導電体層103を備える。軟磁性体層101a、101b、101c、101dをそれぞれ区別しない場合は、軟磁性体層101と表記する。磁区抑制層102a、102bをそれぞれ区別しない場合には、磁区抑制層102と表記する。
【0020】
軟磁性体層101は、磁気インピーダンス効果を示すアモルファス合金の軟磁性体で構成される。軟磁性体層101の厚さは、例えば100nm~1μmである。本実施の形態が適用される感受素子30では、軟磁性体層101は、初透磁率μiが5000以上の軟磁性体である。軟磁性体層101については、後に詳述する。
なお、本明細書において、アモルファス合金、アモルファス金属とは、結晶のような原子の規則的な配列を有しない構造を有し、スパッタリング法などで形成されるものをいう。
【0021】
磁区抑制層102は、磁区抑制層102を挟む上下の軟磁性体層101に還流磁区の発生を抑制する。
一般に、軟磁性体層101には、それぞれの磁化の向きが異なる複数の磁区が形成されやすい。この場合、磁化の向きが環状を呈する還流磁区が形成される。外部磁界が大きくなると、磁壁が移動し、外部磁界の向きと磁化の向きとが同じ磁区の面積が大きくなり、外部磁界の向きと磁化の向きとが逆の磁区の面積が小さくなる。そして、磁化の向きが外部磁界の向きと異なる磁区において、磁化の向きが磁界の向きと同じ向きを向くように磁化回転が生じる。そして、ついには隣接する磁区同士の間に存在していた磁壁が消滅し、1つの磁区(単磁区)となる。つまり、還流磁区が形成されていると、外部磁界の変化に伴って、還流磁区を構成する磁壁が階段状に不連続に移動するバルクハウゼン効果が生じる。この磁壁の不連続な移動は、磁気センサ1におけるノイズとなり、磁気センサ1から得られる出力におけるS/Nの低下を生じるおそれがある。磁区抑制層102は、磁区抑制層102の上下に設けられた軟磁性体層101に面積の小さな複数の磁区が形成されるのを抑制する。これにより、還流磁区が形成されることが抑制され、磁壁が不連続に移動することによるノイズの発生を抑制する。なお、磁区抑制層102は、磁区抑制層102を含まない場合に比べて、形成される磁区の数が少なく、つまり磁区の大きさが大きくなればよい。
【0022】
このような磁区抑制層102としては、Ru、SiO2等の非磁性体や、CrTi、AlTi、CrB、CrTa、CoW等の非磁性アモルファス金属が挙げられる。このような磁区抑制層102の厚さは、例えば10nm~100nmである。
【0023】
導電体層103は、感受素子30の抵抗を低減する。つまり、導電体層103は、軟磁性体層101より導電性が高く、導電体層103を含まない場合に比べて、感受素子30の抵抗を小さくする。感受素子30による磁界又は磁界の変化は、2個の端子部33a、33b間に交流電流を流した際におけるインピーダンス(以下では、インピーダンスZと表記する。)の変化(ΔZと表記する。)により計測される。この際、交流電流の周波数が高いほど、外部磁界の変化(ここでは、ΔHと表記する。)に対するインピーダンスZの変化率ΔZ/ΔH(以下ではインピーダンス変化率ΔZ/ΔH)が大きくなる。しかし、導電体層103を含まない状態で交流電流の周波数を高くすると、磁気センサ1とした状態における浮遊容量により、逆にインピーダンス変化率ΔZ/ΔHが小さくなってしまう。つまり、感受素子30の抵抗をR、浮遊容量をCとし、感受素子30を抵抗Rと浮遊容量Cとの並列回路とすると、磁気センサ1の緩和周波数f0は、式(1)で表せる。
【0024】
【0025】
式(1)から分かるように、浮遊容量Cが大きいと、緩和周波数f0が小さくなり、緩和周波数f0より交流電流の周波数を高くすると、逆にインピーダンス変化率ΔZ/ΔHが低下する。そこで、導電体層103を設けて、感受素子30の抵抗Rを低減させることで、緩和周波数f0を高くしている。
【0026】
このような導電体層103としては、導電性が高い金属または合金を用いることが好ましく、導電性が高く且つ非磁性の金属または合金を用いることがより好ましい。このような導電体層103としては、Al、Cu、Ag等の金属が挙げられる。導電体層103の厚さは、例えば、10nm~1μmである。導電体層103は、導電体層103を含まない場合に比べて、感受素子30の抵抗が低減されるものであればよい。
【0027】
なお、磁区抑制層102を挟む上下の軟磁性体層101、及び導電体層103を挟む上下の軟磁性体層101は、互いに反強磁性結合(AFC:Antiferromagnetically Coupled)している。下上の軟磁性体層101が反強磁性結合することで、反磁界が抑制され、磁気センサ1の感度が向上する。
【0028】
磁気センサ1は、次のようにして製造される。
まず、基板10上に、基板10の表面において、感受素子30の平面形状の部分を除いた部分を覆うフォトレジストのパターンを公知のフォトリソグラフィ技術により形成する。ついで、基板10上に、軟磁性体層101a、磁区抑制層102a、軟磁性体層101b、導電体層103、軟磁性体層101c、磁区抑制層102b、軟磁性体層101dを順に、例えばスパッタリング法により堆積する。そして、フォトレジスト上に堆積された軟磁性体層101a、磁区抑制層102a、軟磁性体層101b、導電体層103、軟磁性体層101c、磁区抑制層102b、軟磁性体層101dを、フォトレジストとともに除去する。すると、基板10上に、感受素子30の平面形状に加工された、軟磁性体層101a、磁区抑制層102a、軟磁性体層101b、導電体層103、軟磁性体層101c、磁区抑制層102b、軟磁性体層101dからなる積層体が残る。つまり、感受素子30が形成される。
【0029】
軟磁性体層101は、長手方向と交差する方向、例えば短手方向(
図1(a)のy方向)に一軸磁気異方性が付与されている。なお、長手方向と交差する方向とは、長手方向に対して45°を超え、且つ90°以下の角度を有すればよい。一軸磁気異方性は、基板10上に形成された感受素子30を、例えば3kG(0.3T)の回転磁場中における400℃での熱処理(回転磁場中熱処理)と、それに引き続く3kG(0.3T)の静磁場中における400℃での熱処理(静磁場中熱処理)とを行うことで付与できる。
一軸磁気異方性の付与は、回転磁場中熱処理及び静磁場中熱処理で行う代わりに、感受素子30を構成する軟磁性体層101の堆積時にマグネトロンスパッタリング法を用いて行ってもよい。つまり、マグネトロンスパッタリング法に用いられる磁石(マグネット)が形成する磁界により、軟磁性体層101の堆積と同時に、軟磁性体層101に一軸磁気異方性が付与される。
【0030】
以上に説明した製造方法では、接続部32、端子部33は、感受部31と同時に一体として形成される。なお、接続部32、端子部33を、導電性のAl、Cu、Ag等の金属で形成してもよい。また、感受部31と同時に一体に形成された接続部32、端子部33上に、導電性のAl、Cu、Ag等の金属を積層してもよい。
【0031】
(感受素子30の動作)
感受素子30の作用について説明する。
図2は、感受素子30の感受部31の長手方向(
図1(a)のx方向)に印加された磁界Hと感受素子30のインピーダンスZとの関係を説明する図である。
図2において、横軸が磁界H、縦軸がインピーダンスZである。なお、インピーダンスZは、
図1(a)に示す感受素子30の端子部33a、33b間に交流電流を流して測定される。
【0032】
図2に示すように、感受素子30のインピーダンスZは、感受部31の長手方向に印加される磁界Hが大きくなるにしたがい大きくなる。そして、感受素子30のインピーダンスZは、印加する磁界Hが異方性磁界Hkより大きくなると逆に小さくなる。異方性磁界Hkより小さい範囲において、磁界Hの変化量ΔHに対してインピーダンスZの変化量ΔZが大きい部分、つまりインピーダンス変化率ΔZ/ΔHが急峻な部分(大きい)を用いると、磁界Hの微弱な変化をインピーダンスZの変化量ΔZとして取り出すことができる。
図2では、インピーダンス変化率ΔZ/ΔHが大きい磁界Hの中心を磁界Hbとして示している。つまり、磁界Hbの近傍(
図2で矢印で示す範囲)における磁界Hの変化量ΔHが高精度に計測できる。ここで、インピーダンスZの変化量ΔZが最も急峻な(インピーダンス変化率ΔZ/ΔHが最も大きい)部分、つまり磁界Hbにおける単位磁界当たりのインピーダンスの変化量Zmaxを、磁界HbでのインピーダンスZ(インピーダンスZbと表記する。)で割ったもの(Zmax/Zb)が感度である。感度Zmax/Zbが高いほど、磁気インピーダンス効果が大きく、磁界又は磁界の変化を計測しやすい。換言すれば、磁界Hに対するインピーダンスZの変化が急峻なほど感度Zmax/Zbが高くなる。これには、異方性磁界Hkが小さいほどよい。つまり、磁気センサ1においては、感度Zmax/Zbが高いことが好ましく、これには、異方性磁界Hkが小さいことが好ましい。磁界Hbは、バイアス磁界と呼ばれることがある。以下では、磁界Hbをバイアス磁界Hbと表記する。
【0033】
(軟磁性体層101の透磁率μ)
軟磁性体に交流電流を通電する場合、電流の通路断面は、表皮効果による表皮深さδによって決まる。表皮深さδは、式(2)で表される。式(2)において、ρは軟磁性体の抵抗率、ωは交流電流の角周波数、μは透磁率である。
【0034】
【0035】
ここで、電流と直交する方向の透磁率μは、磁界Hによって変化する。表皮深さδは、透磁率μの変化によって変化するので、軟磁性体の抵抗も変化する。また、透磁率μの変化によって、軟磁性体のインダクタンス(内部インダクタンスμl/8π)も変化する。ここで、lは、軟磁性体の長さである。つまり、磁界Hによって、軟磁性体のインピーダンスZが変化する。つまり、表皮効果によってインピーダンスZが磁界によって変化する効果が、磁気インピーダンス効果である。
【0036】
よって、軟磁性体において、磁界の変化ΔHによる透磁率μの変化Δμが大きいほど、つまり磁界Hによる透磁率変化率Δμ/ΔHが大きいほど、磁界の変化ΔHによるインピーダンスZの変化ΔZが大きくなる。すなわち、感受素子30の感受部31には、磁界Hの変化ΔHによる透磁率μの変化Δμが大きい軟磁性体を用いるのが好ましい。
【0037】
初透磁率μiが大きい軟磁性体は、磁界Hの変化ΔHによる透磁率μの変化Δμが大きいと考えられる。そこで、本実施の形態が適用される磁気センサ1では、感受素子30の軟磁性体層101として、初透磁率μiが大きいアモルファス合金を用いて、磁気センサ1の感度を向上させている。
【0038】
(実施例)
実施例として、磁気センサ1における感受素子30の軟磁性体層101として、初透磁率μiが約100000であるCoを主成分とするアモルファス合金を用いた。このCoを主成分とするアモルファス合金は、1.4at%のFe、13.8at%のSi、3.6at%のMn、5at%のCr、9.5at%のBを含む。つまり、このCoを主成分とするアモルファス合金は、Co
66.7Fe
1.4Cr
5Mn
3.6Si
13.8B
9.5である。以下では、このCoを主成分とするアモルファス合金を、Coアモルファス合金CoFeCrMnSiBと表記する。
ここでは、感受素子30における感受部31の本数を24本、感受部31の幅Wを100μm、感受部31間の間隔Gを50μmとした。そして、軟磁性体層101a、101b、101c、101d(
図1(b)参照)の各厚さを、250nm、500nm、750nmの3水準とした。
また、感受部31の長さLを、3mm、4mm、5mmの3水準とした。
【0039】
そして、磁区抑制層102a、102b(
図1(b)参照)は、原子数比が1:1のCrTiである。磁区抑制層102a、102bの各厚さを、25nmとした。
【0040】
そして、導電体層103(
図1(b)参照)は、Agである。導電体層103の厚さを、400nmとした。
【0041】
(比較例)
比較例の磁気センサ1′の構成は、
図1に示した本実施の形態が適用される磁気センサ1と同様である。よって、
図1において、1(1′)と表記している。そして、磁気センサ1′の構成要素には、磁気センサ1と同じ符号を用いて説明する。
比較例の磁気センサ1′は、感受素子30の軟磁性体層101として、初透磁率μiが約4800であるCoを主成分とするアモルファス合金を用いている。このCoを主成分とするアモルファス合金は、17at%のNb、3at%のZrを含む。つまり、このCoを主成分とするアモルファス合金は、Co
80Nb
17Zr
3である。以下では、このCoを主成分とするアモルファス合金を、Coアモルファス合金CoNbZrと表記する。Coアモルファス合金CoNbZrにより構成された軟磁性体層101a、101b、101c、101d(
図1(b)参照)の各厚さを、500nmとした。なお、比較例の磁区抑制層102、導電体層103は、実施例と同じである。
【0042】
(実施例と比較例とにおける感度Zmax/Zb及び異方性磁界Hk)
図3は、実施例と比較例とにおける磁気センサ1の感度Zmax/Zbと異方性磁界Hkとを示す図である。
図3(a)は、感度Zmax/Zb、
図3(b)は、異方性磁界Hkである。
図3(a)において、縦軸は、感度Zmax/Zb(/Oe)、横軸は、感受部31の長さL(mm)(
図3(a)においては、感受部の長さL(mm)と表記する。)である。
図3(b)において、縦軸は、異方性磁界Hk(Oe)、横軸は、感受部31の長さL(mm)である。
図3(a)、
図3(b)において、実施例の軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoFeCrMnSiBを用いた磁気センサ1を実施例(CoFeCrMnSiB)と表記し、比較例の軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoNbZrを用いた磁気センサ1′を比較例(CoNbZr)と表記する。なお、実施例及び比較例共に、感受素子30に流した交流電流の周波数は、50MHzである。
【0043】
図3(a)に示すように、軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoFeCrMnSiBを用いた実施例では、軟磁性体層101の厚さ及び感受部31の長さLによってばらつきがあるが、感度Zmax/Zbは、0.45/Oe~0.75/Oeである。なお、感度Zmax/Zbは、感受部31の長さLが短い(ここでは、Lが3mm)と軟磁性体層101の厚さに対する依存性が少ない。
【0044】
一方、軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoNbZrを用いた比較例では、感度Zmax/Zbは、0.35/Oe~0.40/Oeであって、感受部31の長さLに対する依存性が少ない。
【0045】
つまり、軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoFeCrMnSiBを用いた実施例の感度Zmax/Zbは、いずれの膜厚においても、軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoNbZrを用いた比較例の感度Zmax/Zbに比べ高い。
【0046】
図3(b)に示すように、軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoFeCrMnSiBを用いた実施例では、異方性磁界Hkは、感受部31の長さLに対する依存性が少なく、3Oe~4Oeである。そして、軟磁性体層101の厚さが薄い(ここでは、厚さ250nm)ほど、異方性磁界Hkが小さくなる傾向にある。
【0047】
一方、軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoNbZrを用いた比較例でも、異方性磁界Hkは、感受部31の長さLに対する依存性が少なく、約7Oeである。
【0048】
つまり、軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoFeCrMnSiBを用いた実施例の異方性磁界Hkは、いずれの膜厚においても、軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoNbZrを用いた比較例の異方性磁界Hkに比べ小さい。
【0049】
以上説明したように、軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoFeCrMnSiBを用いた実施例は、軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoNbZrを用いた比較例に比べ、感度Zmax/Zbが高く、且つ、異方性磁界Hkが小さい。これは、実施例が軟磁性体層101として初透磁率μiが約100000のCoアモルファス合金CoFeCrMnSiBを用いているのに対し、比較例が軟磁性体層101として初透磁率μiが約4800のCoアモルファス合金CoNbZrを用いていることによると考えられる。つまり、高い初透磁率μiを有する軟磁性体を用いることにより、透磁率μの磁界Hに対する変化が大きくなり、インピーダンスZの変化が大きくなったと推定される。
【0050】
上記においては、初透磁率μiが約100000のCoアモルファス合金CoFeCrMnSiBを軟磁性体層101として用いたが、初透磁率μiは、必ずしも約100000でなくともよい。例えば、軟磁性体層101に用いる軟磁性体の初透磁率μiは、5000以上であればよい。また、軟磁性体層101に用いる軟磁性体の初透磁率μiは、10000以上であれば好ましく、さらに、50000以上であればより好ましい。
【0051】
上記の実施例では、軟磁性体層101として、Coアモルファス合金CoFeCrMnSiBを用いた。ここで、軟磁性体層101として、Coアモルファス合金CoFeCrMnSiBからCrとMnとを除いた、Coを主成分とするアモルファス合金を検討した。このCoを主成分とするアモルファス合金は、Coを主成分とし、10at%のFe、10at%のSi、10at%のBを含む。つまり、このCoを主成分とするアモルファス合金は、Co70Fe10Si10B10である。このCoを主成分とするアモルファス合金を、Coアモルファス合金CoFeSiBと表記する。
軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoFeSiBを用いた磁気センサは、比較例として示した軟磁性体層101としてCoアモルファス合金CoNbZrを用いた磁気センサに比べ、感度Zmax/Zbが低く、且つ異方性磁界Hkが高いことが分かった。
【0052】
このことから、実施例において軟磁性体層101として用いたCoアモルファス合金CoFeCrMnSiBは、Cr、Mnを含むことにより、磁気センサ1としての感度Zmax/Zbが向上し、異方性磁界Hkが小さくなったと考えられる。なお、Crは、耐食性、耐摩耗性を向上させる効果を有することが知られている。よって、Mnを含むことにより、磁気センサ1としての感度Zmax/Zbが向上し、異方性磁界Hkが小さくなったと推定される。
【0053】
(変形例)
図4は、磁気センサ1の変形例の断面図である。
図4(a)は、感受素子30における感受部31が一層の軟磁性体層101で構成された磁気センサ2、
図4(b)は、感受素子30における感受部31が磁区抑制層102を挟んだ二層の軟磁性体層101で構成された磁気センサ3、
図4(c)は、感受素子30における感受部31が導電体層103を挟んだ二層の軟磁性体層101で構成された磁気センサ4である。なお、
図4(a)、
図4(b)、
図4(c)では、
図1に示した磁気センサ1と同様の部分は、同じ符号を付している。そして、軟磁性体層101は、初透磁率が5000以上の軟磁性体である。
【0054】
感受部31は、
図4(a)に示すように、一層の軟磁性体層101で構成されてもよく、
図4(b)に示すように、磁区抑制層102を挟んだ二層の軟磁性体層101で構成されてもよく、
図4(c)に示すように、導電体層103を挟んだ二層の軟磁性体層101で構成されてもよい。また、感受部31は、三層以上の軟磁性体層101で設けられてもよい。
また、
図4(b)における磁区抑制層102の代わりに、上下の軟磁性体層101を反強磁性結合させる反強磁性結合層を用いてもよい。また、
図1に示した磁気センサ1における磁区抑制層102a、102bを反強磁性結合層としてもよい。前述したように、磁区抑制層102は、還流磁区の発生を抑制するとともに、上下の軟磁性体層101を反強磁性結合させる。反強磁性結合層とは、還流磁区の発生を抑制する機能を有さないか、又は、還流磁区の発生を抑制する機能が弱い層である。反強磁性結合層を有する
場合、上下の軟磁性体層101が反強磁性結合することで、反磁界が抑制され、磁気センサの感度Zmax/Zbが向上する。このような反強磁性結合層としては、Ru又はRu合金が挙げられる。
そして、感受部31は、磁区抑制層102、導電体層103及び反強磁性結合層の複数の層を含んでもよい。
【0055】
さらに、磁気センサ1~4において、基板10と感受素子30との間に、バイアス磁界Hb(
図2参照)を印加する、硬磁性体層で構成された磁石(以下では、薄膜磁石と表記する。)を設けてもよい。薄膜磁石は、磁極N、Sが感受素子30における感受部31の長手方向に磁束が透過するように設ければよい。なお、基板10と感受素子30との間に薄膜磁石を設けた場合であっても、基板10と薄膜磁石とをまとめて基板と呼ぶことがある。
【0056】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明は本実施の形態に限定されるものではない。本発明の趣旨に反しない限りにおいては様々な変形や組み合わせを行っても構わない。
【符号の説明】
【0057】
1、1′、2、3、4…磁気センサ、10…基板、30…感受素子、31…感受部、32…接続部、33、33a、33b…端子部、101、101a、101b、101c、101d…軟磁性体層、102、102a、102b…磁区抑制層、103…導電体層、μi…初透磁率、μ…透磁率、H…磁界、Hb…バイアス磁界、Hk…異方性磁界、Z…インピーダンス