(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-09
(45)【発行日】2024-09-18
(54)【発明の名称】3次元細胞培養装置および3次元細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20240910BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20240910BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20240910BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12M3/00 B
C12N5/071
(21)【出願番号】P 2021152488
(22)【出願日】2021-09-17
【審査請求日】2023-07-25
(31)【優先権主張番号】P 2020158588
(32)【優先日】2020-09-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390011442
【氏名又は名称】株式会社マンダム
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】玉置 寛子
(72)【発明者】
【氏名】藤田 郁尚
(72)【発明者】
【氏名】岡田 文裕
(72)【発明者】
【氏名】田辺 勇輝
(72)【発明者】
【氏名】臼倉 淳
【審査官】手島 理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/079431(WO,A1)
【文献】特開2016-059329(JP,A)
【文献】特表2022-505035(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、
第1温度領域の温度を調整する第1温度調整部と、
第2温度領域の温度を調整する第2温度調整部と、
を備え、
細胞培養物の一部が前記第1温度領域で培養され、前記細胞培養物の前記第1温度領域で培養する部分以外の少なくとも一部が前記第2温度領域で培養され、
前記第1温度領域と前記第2温度領域とが異なる温度であ
り、かつ、
前記第1温度領域と前記第2温度領域との温度差が1~10℃である、3次元細胞培養装置。
【請求項2】
さらに、細胞培養用の容器を備え、
当該容器は培養液を備え、
当該培養液の表面には、蒸散抑制部材が設けられている、請求項
1に記載の3次元細胞培養装置。
【請求項3】
前記細胞培養用の容器は、細胞培養物を保持するためのウェルを備え、
当該ウェルの上部に水滴落下防止部材が設けられている、請求項
2に記載の3次元細胞培養装置。
【請求項4】
さらに、二酸化炭素濃度を調整する二酸化炭素濃度調整部を備えた、請求項1~
3のいずれか1項に記載の3次元細胞培養装置。
【請求項5】
細胞培養物の一部を第1温度領域で培養する工程と、
前記細胞培養物の前記第1温度領域で培養する部分以外の少なくとも一部を第2温度領域で培養する工程と、を含み、
前記第1温度領域と前記第2温度領域とが異なる温度であ
り、かつ、
前記第1温度領域と前記第2温度領域との温度差が1~10℃である、3次元細胞の製造方法。
【請求項6】
前記第1温度領域が前記細胞培養物の上層に位置し、前記第2温度領域が前記細胞培養物の下層に位置する、請求項
5に記載の3次元細胞の製造方法。
【請求項7】
さらに、二酸化炭素濃度が調整された状態で培養する、請求項
5または6に記載の3次元細胞の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3次元細胞培養装置および3次元細胞の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
培養細胞を2次元的な伸展により増殖させることで得られる培養物は、細胞としての増殖過程や機能性等の研究対象として用いることができる。しかし、そのような培養物は、生体内の組織とはかけ離れており、組織を対象とした研究に用いることは困難である。そこで、培養細胞を3次元的に培養することにより生体内組織を再現する技術が、創薬、再生医療等、様々な分野で求められている。
【0003】
これまでに、3次元細胞培養に関する技術は、複数報告されている。例えば、特許文献1には、ウェルプレートのウェルの底壁が、細胞親和性物質をコーティングしてなる多孔質膜と酸素透過性膜の複合膜で、多孔質膜の側をウェルの内側にして構成されていることを特徴とする3次元細胞培養プレートが記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、コア部を形成する第1の解離性ハイドロゲルと、シェル部を形成する第2の解離性ハイドロゲルと、を有するコアシェル型のファイバ状基材上に細胞を被覆する工程を備える、3次元細胞構造体の製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2013-215152号公報
【文献】特開2016-077229号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1、2に代表される3次元細胞培養技術は存在するが、生体内の環境により近い条件で培養するとの観点から、さらなる改善の余地がある。
【0007】
そこで、本発明の一実施形態の目的は、生体内での環境により近い条件で培養可能な3次元細胞培養装置、および3次元細胞の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、細胞培養物を、異なる温度である少なくとも2つの温度領域で培養することにより、生体内での状態により近い3次元細胞が製造(培養)できることを初めて見出し、本発明を完成するに至った。したがって、本発明の一態様は以下である。
〔1〕少なくとも、第1温度領域の温度を調整する第1温度調整部と、第2温度領域の温度を調整する第2温度調整部と、を備え、前記第1温度領域と前記第2温度領域とが異なる温度である、3次元細胞培養装置。
〔2〕前記第1温度領域と前記第2温度領域との温度差が1~25℃である、〔1〕に記載の3次元細胞培養装置。
〔3〕さらに、細胞培養用の容器を備え、当該容器は培養液を備え、当該培養液の表面には、蒸散抑制部材が設けられている、〔1〕または〔2〕に記載の3次元細胞培養装置。
〔4〕前記細胞培養用の容器は、細胞培養物を保持するためのウェルを備え、
当該ウェルの上部に水滴落下防止部材が設けられている、〔3〕に記載の3次元細胞培養装置。
〔5〕さらに、二酸化炭素濃度を調整する二酸化炭素濃度調整部を備えた〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の3次元細胞培養装置。
〔6〕細胞培養物の一部を第1温度領域で培養する工程と、前記細胞培養物の前記第1温度領域で培養する部分以外の少なくとも一部を第2温度領域で培養する工程と、を含み、前記第1温度領域と前記第2温度領域とが異なる温度である、3次元細胞の製造方法。
〔7〕前記第1温度領域が前記細胞培養物の上層に位置し、前記第2温度領域が前記細胞培養物の下層に位置する、〔6〕に記載の3次元細胞の製造方法。
〔8〕前記第1温度領域と前記第2温度領域との温度差が1~25℃である、〔6〕または〔7〕に記載の3次元細胞の製造方法。
〔9〕さらに、二酸化炭素濃度が調整された状態で培養する、〔6〕~〔8〕のいずれかに記載の3次元細胞の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、例えば、皮膚組織、口腔粘膜組織、気管上皮組織等の外気に曝される細胞・組織について、生体内での環境により近い条件で培養することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態に係る3次元細胞培養装置の概略図である。
【
図2】本発明の別の一実施形態に係る3次元細胞培養装置の概略図である。
【
図3】3次元細胞のkeratin14およびkeratin10の発現量を示す図である。左図は、3次元細胞を1日間培養した後の発現量を示し、右図は、3次元細胞を2日間培養した後の発現量を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施の一形態について、以下に詳細に説明する。なお、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上、B以下」を意味する。また、本明細書中に記載された文献の全てが、本明細書中において参考文献として援用される。
【0012】
〔1.本発明の概要〕
特許文献1、2に記載される従来の3次元細胞培養方法に関する技術は、細胞培養物全体を、ヒト組織の深部温度を想定した37℃に設定して行う方法である。また、細胞培養物に対して低温や高温の影響を観察する場合には、細胞培養物全体が同じ温度に曝されるように設定して行われていた。
【0013】
一方、ヒトなどの恒温動物は、組織の深部温度と外気に曝される組織の表層温度とは異なることが知られている。例えば、皮膚組織の場合、深部温度は約37℃であるのに対して、表層温度は31~33℃である。この皮膚組織の深部温度と表層温度における約5℃の温度差が、様々な細胞活性に大きな影響を及ぼすことが、温度受容体TRPチャネルの研究等から徐々に明らかになっている。
【0014】
そこで、本発明者らは、生体内での環境により近い条件で細胞培養物を培養する方法について鋭意検討を行った結果、外気に曝される組織について細胞培養する場合、異なる温度である少なくとも2つの温度領域で培養することにより、組織の深部温度と外気に曝される組織の表層温度とを反映させることができ、生体内での状態により近いと推定される3次元細胞が培養できることを初めて見出した。
【0015】
本発明によれば、生体内での状態により近いと推定される3次元細胞を得ることがきるため、化粧品分野、医療分野等の種々の分野において、有用である。上述のとおり、従来の3次元細胞培養技術は、あくまで生体内に存在して外気に曝されることがない組織環境を想定したものであり、皮膚組織、口腔粘膜組織、気管上皮組織等の外気に曝される組織の環境を想定した技術は、これまでに報告されていない。それゆえ、本発明は画期的な新規知見に基づくものといえる。
【0016】
〔2.3次元細胞培養装置〕
本発明の一実施形態に係る3次元細胞培養装置(以下、「本培養装置」と称する。)は、少なくとも、第1温度領域の温度を調整する第1温度調整部と、第2温度領域の温度を調整する第2温度調整部と、を備え、前記第1温度領域と前記第2温度領域とが異なる温度である、装置である。本培養装置により、異なる温度領域に曝される組織(例えば、皮膚組織、口腔粘膜組織、気管上皮組織等の外気に曝される組織)について、生体内での環境により近い条件で細胞を3次元にて培養することができる。また、本培養装置によれば、従来の培養方法で得られた3次元細胞とは異なる生物活性を発現する3次元細胞、とりわけ生体内での状態により近い3次元細胞を製造することができる。
【0017】
本明細書において「3次元細胞」とは、培養細胞の層が少なくとも2層以上積層され、3次元構造を有する細胞塊あるいは組織を意図する。さらには、細胞以外に、細胞外マトリックスが含まれていてもよい。細胞外マトリックスが含まれる場合、細胞が細胞外マトリックスを介して、少なくとも2層以上積層された構造物を意図する。細胞外マトリックスとは、生体内またはin vitroで培養された細胞において、細胞の外の空間を充填し、骨格的役割、足場を提供する役割、および/または生体因子を保持する役割等の機能を果たす生体内物質を意味する。細胞外マトリックスとしては、特に限定されないが、例えば、コラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ラミニン、ヒアルロン酸、テネイシン、エラスチン等が挙げられる。
【0018】
本発明の一実施形態において、3次元細胞が形成する細胞塊・組織は、生体内において、少なくともその一部が異なる温度領域に曝される組織を構成するものであることが好ましい。かかる組織として、例えば、外気に曝される組織が挙げられ、皮膚組織、気管上皮組織、食道組織、各種粘膜組織(例えば、口腔粘膜組織、鼻粘膜組織、眼球組織等)、肺胞上皮組織等が挙げられる。
【0019】
3次元細胞を構成する細胞の種類としては、少なくともその一部が異なる温度領域に曝される組織を構成する細胞であればよく、特に限定されないが、上述した組織を構成する細胞を好ましく例示できる。例えば、表皮細胞(例えば、角化細胞、基底細胞)、筋上皮細胞、管腔細胞、口粘膜細胞、血管細胞、内皮細胞(例えば、血管内皮細胞)、皮脂細胞(例えば、皮脂腺基底細胞、分化皮脂腺細胞、成熟皮脂腺細胞)、上皮細胞、線維芽細胞、肺胞上皮細胞等が挙げられる。3次元細胞を構成する細胞は、生体内から取得したものであってもよいし、市販されたものでもよい。また、幹細胞(例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、成体幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、間葉系幹細胞)、前駆細胞(例えば、神経前駆細胞)等から分化誘導して作製したものであってもよい。3次元細胞を構成する細胞の種類は、1種類であってもよいし、2種類以上であってもよい。
【0020】
以下、本培養装置の一実施形態について、
図1および
図2に基づいて説明する。なお、本培養装置が
図1および
図2で示される3次元細胞培養装置に限定されないことは言うまでもない。
【0021】
(培養装置)
図1および
図2に示すように、本培養装置100および100’は、第1温度領域11の温度を調整する第1温度調整部1と、第2温度領域12の温度を調整する第2温度調整部2と、二酸化炭素濃度調整部40と、を備える。第1温度調整部1の内部に、第2温度調整部2が設けられており、第2温度調整部2の上に細胞培養用の容器21が載置される。容器21は、フィルター22(例えば、メンブレンフィルター)、細胞培養用のウェル23、培養液24を備える。ウェル23内には細胞培養物60が存在する。また、培養液24は、フィルター22を介して細胞培養物60の下層に接する。
【0022】
(第1温度調整部)
第1温度調整部1は、第1温度領域11の温度を調整するものである。第1温度調整部1は、加熱または冷却により、第1温度領域11の温度を調整可能なものであれば特に限定されない。第1温度調整部1は、例えば、恒温室、ヒーター、ライト、エアーコンダクター等であり得る。
【0023】
本実施形態では、第1温度調整部1が恒温室である場合を示す。第1温度領域11は、気相であってもよいし、液相であってもよいが、第1温度調整部1が恒温室である場合、第1温度領域11は、気相である。
【0024】
また、第1温度調整部1は、温度センサを備えていてもよい。当該構成を備えることにより、温度センサの計測結果に基づいたフィードバック制御が可能となり、第1温度領域11のより正確な温度調整が可能になる。
【0025】
第1温度領域11の温度は、3次元細胞の種類や培養の目的に応じて、適宜設定できる。第1温度領域11の温度は、例えば、1~50℃であり、好ましくは、5~45℃である。
【0026】
第1温度調整部1が恒温室である場合、第1温度領域11の温度を一定に保つために、密閉可能であることが好ましい。
【0027】
(第2温度調整部)
第2温度調整部2は、第2温度領域12の温度を調整するものである。第2温度調整部2は、加熱または冷却により、第2温度領域12の温度を調整可能なものであれば特に限定されない。本実施形態では、第2温度調整部2はヒーターである。その他、例えば、ライト等であり得る。
【0028】
また、第2温度調整部2は温度センサを備えていてもよい。当該構成を備えることにより、温度センサの計測結果に基づいたフィードバック制御が可能となり、第2温度領域12のより正確な温度調整が可能になる。
【0029】
第2温度領域12は、気相であってもよいし、液相であってもよいが、本実施形態では、第2温度領域12が液相である場合を示す。本実施形態では、培養液24が第2温度領域12を構成する。
【0030】
第2温度領域12の温度は、3次元細胞の種類や培養の目的に応じて、適宜設定できる。第2温度領域12の温度は、例えば、25~45℃であり、好ましくは、30~42℃である。
【0031】
第1温度領域11と第2温度領域12とは、異なる温度である。この温度の相違により、生体内での環境により近い条件での培養が可能となる。第1温度領域11と第2温度領域12との温度差は、特に限定されないが、例えば、1~25℃であり、好ましくは、2~10℃であり、より好ましくは、3~5℃である。
【0032】
本実施形態において、3次元細胞として、例えば、皮膚組織を培養する場合、第1温度領域11の温度および第2温度領域12の温度は、生体内の温度を模した温度であり得る。例えば、第1温度領域11の温度が31~34℃であり、第2温度領域12の温度が36~37℃である。
【0033】
本実施形態では、第1温度領域11と第2温度領域12とが培養装置100および100’の上下方向にそれぞれ積層して配置されるように、第1温度調整部1および第2温度調整部2は構成されている。本構成以外にも、第1温度領域11と第2温度領域12とが、培養装置100および100’の水平方向(図の左右方向)にそれぞれ並列して配置されるように、第1温度調整部1および第2温度調整部2が設けられていてもよい。例えば、第1温度調整部1と第2温度調整部2とが、容器21の下部に、水平方向に並列して設けられる構成を例示できる。なお、細胞培養の簡便性を考慮すると、第1温度調整部1および第2温度調整部2は、第1温度領域11および第2温度領域12がそれぞれ細胞培養物60の上層および下層に位置するように、構成されていることが好ましい。
【0034】
本実施形態において、培養装置100および100’は、第1温度調整部1および第2温度調整部2以外にさらに他の温度調整部(単数であってもよく、複数であってもよい)を備えていてもよい。このような他の温度調整部を備えることにより、細胞培養物60を培養する際に、3段階以上の温度勾配を形成することができる。
【0035】
また、第1温度領域11と第2温度領域12とは、それぞれの温度領域内で温度勾配が形成されていてもよい。また、第1温度領域11と第2温度領域12との間で、温度勾配が形成されていてもよい。
【0036】
例えば、寒冷地での皮膚モデル作製を意図して本培養装置100および100’を用いる場合、第1温度領域11は第2温度領域12より低い温度となるように設定する。逆に、熱帯域での皮膚モデル作製を意図して本培養装置100および100’を用いる場合、第1温度領域11は第2温度領域12より高い温度となるように設定すればよい。
【0037】
(二酸化炭素濃度調整部)
本培養装置100および100’は、二酸化炭素濃度調整部40を備える。第1温度調整部1が恒温室である場合、二酸化炭素濃度調整部40を備えることにより、第1温度調整部1内の二酸化炭素濃度を所望の範囲に調整・制御することができる。第1温度調整部1内の二酸化炭素濃度は、特に限定されないが、例えば、0~20%に、好ましくは、3~10%に、より好ましくは、5%に調整される。
【0038】
本実施形態において、第1温度調整部1が恒温室である場合、二酸化炭素濃度調整部40は、第1温度調整部1の外部に設置され、通気管等によって第1温度調整部1に接続される構成であるが、これに限定されず、二酸化炭素濃度調整部40は第1温度調整部1内に設置されていてもよい。
【0039】
(蒸散抑制部材)
本発明の他の一実施形態において、
図2に示すように、本培養装置100’は、培養液24の表面に蒸散抑制部材31が設けられている。すなわち、本培養装置100’では、さらに、細胞培養用の容器21を備え、容器21は培養液24を備え、培養液24の表面には、蒸散抑制部材31が設けられている。
【0040】
図1で示される3次元細胞培養装置を用いる場合、第2温度領域12と第1温度領域11とに温度差が生じるため、飽和蒸気量の差の影響から培養液24が蒸散し、当該培養液24中の成分の濃縮が生じ、細胞培養物60の培養に支障をきたす場合がある。特に、上記の問題は、第2温度領域12が第1温度領域11より高い場合に生じ得る。そこで、本発明の他の実施形態では、本培養装置100’の培養液24の表面に蒸散抑制部材31を設けることにより、培養液24の蒸散を抑制または軽減することができる。
【0041】
蒸散抑制部材31は、細胞培養物60と接触しないように、ウェル23の周りの培養液24の表面に設けることが好ましい。
【0042】
蒸散抑制部材31としては、蒸散抑制作用を有する部材であれば特に限定されないが、例えば、オイル(例えば、ミネラルオイル、シリコーンオイル、エステルオイル等)等が挙げられる。蒸散抑制部材31としてオイルを使用する場合、オイルの沸点は第2温度領域12の温度以上であることが好ましい。また、蒸散抑制部材31は、細胞毒性がないものが好ましい。
【0043】
(水滴落下防止部材)
本発明の一実施形態において、
図2に示すように、本培養装置100’は、ウェル23の上部に蓋32を備えている。すなわち、本培養装置100’では、細胞培養用の容器21は、細胞培養物60を保持するためのウェル23を備え、ウェル23の上部に水滴落下防止部材34が設けられている。水滴落下防止部材34は、蓋32と吸水部材33とから構成される。
【0044】
本培養装置100’がウェル23の上部に蓋32を備えており、第1温度領域11が気相である場合、培養液24から蒸散した水蒸気が蓋32の下部(内側)で結露し、結露した水が細胞培養物60上に落下することで、本来、気相暴露状態を維持するべき細胞培養物60の部分(第1温度領域11に接する部分)において悪影響を及ぼす場合がある。そこで、本発明の他の実施形態では、本培養装置100’がウェル23の上部に水滴落下防止部材34を備えることにより、細胞培養物60への水滴の落下を抑制し、細胞培養物60への悪影響を抑制または回避することができる。
【0045】
水滴落下防止部材34は、例えば、
図2に示すように、蓋32の下部(内側)に吸水部材33を配置することにより構成される。吸水部材33としては、吸水作用を有する部材であれば特に限定されないが、例えば、スポンジ、ガーゼやタオル等の織布、ろ紙等の紙、不織布、珪藻土、吸水性ポリマー等が挙げられる。なかでも、吸水量が多く配置しやすいという観点から、スポンジが好ましい。
【0046】
前記スポンジの原材料としては、特に限定されないが、例えば、セルロース等の植物繊維、ポリエチレンフォーム、ポリウレタンフォーム、ゴムスポンジ等が挙げられる。
【0047】
水滴落下防止部材34が蓋32の下部(内側)に吸水部材33を配置することにより構成される場合、吸水部材33がウェル23の上部に密着し、酸素透過性が減少する恐れがある。そのため、前記水滴落下防止部材34と、ウェル23の上部との間に、酸素透過用の隙間を設けることが好ましい。このような隙間は、例えば、ウェル23の上部にピペットチップを切って貼り付け、一定の高さを作ることにより行われる。
【0048】
また、別の態様として、前記蓋32および前記吸水部材33は、透湿性部材で構成されていてもよい。さらに、別の態様として、水滴落下防止部材34は、蓋32のみからなり、当該蓋32そのものが透湿性部材で構成されていてもよい。透湿性部材としては、水蒸気を透過させる部材であれば特に限定されないが、例えば、透湿性フィルム等が挙げられる。なお、上述した酸素透過用の隙間を設ける構成は、吸水部材33を設ける場合に限定されず、蓋32のみを単独で設ける場合でも採用してもよい。
【0049】
なお、本培養装置100’では、蒸散抑制部材31と水滴落下防止部材34とを両方備える構成を示しているが、どちらか一方のみを備える構成としてもよい。
【0050】
(その他)
本培養装置100および100’は、必要に応じて、紫外線照射部、酸素濃度調整部、換気部、湿度調整部、光周期調整部等を備えていてもよい。かかる構成によれば、研究対象の生体外の環境に応じて、種々の培養条件を設定することができる。例えば、紫外線照射部を備える場合、紫外線の照射量が多い地域の皮膚モデルを培養することができる。
【0051】
本発明の別の一実施形態において、恒温室を備えた3次元細胞培養装置であって、恒温室内の温度を調整可能な恒温室内温度調整部(第1温度調整部)と、恒温室内に設置された下層温度調整部(第2温度調整部)と、を備えた、3次元細胞培養装置を提供する。本実施形態において、さらに、恒温室内の二酸化炭素濃度を調整可能な二酸化炭素濃度調整部を備えていることが好ましい。
【0052】
〔3.3次元細胞の製造方法〕
本発明の一実施形態に係る3次元細胞の製造方法(以下、「本製造方法」と称する。)は、細胞培養物の一部を第1温度領域で培養する工程と、前記細胞培養物の前記第1温度領域で培養する部分以外の少なくとも一部を第2温度領域で培養する工程と、を含み、前記第1温度領域と前記第2温度領域とが異なる温度である、方法である。本製造方法において、第1温度領域および第2温度領域は、それぞれ第1温度調整部および第2温度調整部により、温度が個別に調整されている。本製造方法により、生体内での状態により近い3次元細胞を製造することができる。
【0053】
本実施形態においては、細胞培養物の一部を第1温度領域で培養し、前記細胞培養物の前記第1温度領域で培養する部分以外の少なくとも一部を第2温度領域で培養する。換言すれば、細胞培養物の一部は第1温度領域と接して培養され、細胞培養物の前記第1温度領域で培養する部分以外の少なくとも一部は第2温度領域と接して培養される。第2温度領域で培養する細胞培養物は、第1温度領域で培養する細胞培養物の部分と重複していなければ特に限定されず、第1温度領域で培養する細胞培養物の部分以外の残りの全部であってもよいし、一部であってもよい。
【0054】
本明細書において「細胞培養物」とは、前記3次元細胞の元となる細胞を意図するが、さらに細胞外マトリックスが含まれていてもよい。
【0055】
細胞培養物を構成する細胞の種類としては、特に限定されないが、例えば、前記3次元細胞を構成する細胞の種類として例示したものが挙げられる。
【0056】
本実施形態において、細胞培養物の第1温度領域11の温度と、細胞培養物の第2温度領域12の温度とが個別に調整された状態で、前記細胞培養物が培養される。第1温度領域11の温度および第2温度領域12の温度は、例えば、上述した第1温度調整部1および第2温度調整部2により、それぞれ調整される。本製造方法は、本3次元細胞培養装置を用いて行うことができる。
【0057】
本製造方法は、第1温度領域11と第2温度領域12とを異なる温度に調整すること以外は、公知である任意の方法に基づいて、細胞培養物の培養および3次元細胞の製造を行うことができる。また、細胞培養物を培養する容器も特に限定されることなく、ディッシュ、シャーレ、ウェルプレート等が目的に応じて適宜使用され得る。
【0058】
本製造方法は、第1温度領域が細胞培養物の上層に位置しており、第2温度領域が細胞培養物の下層に位置していることが好ましい。また、本実施形態において、第1温度領域が気相であり、第2温度領域が液相であることが好ましい。これにより、簡便に、生体内における温度差を再現し得る。
【0059】
本製造方法は、二酸化炭素濃度が調整された状態で行われることが好ましい。二酸化炭素濃度を調整することにより、より生体の環境に近い条件で細胞培養物の培養が可能になる。
【0060】
本発明の別の一実施形態において、細胞培養物の下層温度と上層温度とを個別に調整された状態で培養する、3次元細胞の培養方法を提供する。本実施形態において、上記下層温度と上層温度との温度差は1~25℃であることが好ましい。また、本実施形態において、二酸化炭素濃度も調整された状態で培養することが好ましい。
【0061】
本発明の一実施形態において、本製造方法における細胞培養物の培養は、本培養装置を用いて行われる。本製造方法で用いられる本培養装置としては、特に限定されないが、例えば、
図1および
図2で示される本培養装置100および100’が挙げられる。
【0062】
本製造方法において、「第1温度領域」、「第2温度領域」、「第1温度領域と第2温度領域との温度差」、「二酸化炭素濃度」、「二酸化炭素濃度の調整」等については、前記〔2.3次元細胞培養装置〕の記載が援用される。
【0063】
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0064】
以下に実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は、かかる実施例のみに限定されるものではない。
【0065】
〔実施例1〕
(細胞培養物の作製)
ヒト表皮細胞であるLabCyte EPI-MODEL24 6D(J-TEC社製)を、
図1で示す3次元細胞培養装置内で、24 wellプレートに播種した。500
μLのアッセイ培地(J-TEC社製)を加え、37℃で1日間培養し、細胞培養物を作製した。
【0066】
(3次元細胞の製造)
前記(細胞培養物の作製)で作製した細胞培養物を用いて、第1温度領域を34℃の気相とし、第二温度領域を37℃の液相とした環境下で培養を行った。1日間(24時間)および2日間(48時間)の培養後、得られた3次元細胞を回収した。回収した細胞は、TRIZOL(Thermo Fisher Scientific社製)を500μL加え、-80℃で保存した。各操作中、3次元細胞培養装置内の二酸化炭素濃度は、5%に維持した。
【0067】
(RNAの抽出)
前記(3次元細胞の製造)で得られた3次元細胞を含む試料から、RNAを抽出した。具体的には、以下の(1)~(13)の手順に従って、RNAを抽出した:
(1)クロロホルム100μLを各試料に加え、混合後、5分間静置した;
(2)(1)の試料を、4℃で、15,000rpmで15分間、遠心分離した;
(3)上清を1.5mLチューブに移し、450μLのエタノールを加えて混合した;
(4)Nucleospin RNAカラムに溶液を添加し、11,000gで30秒間、遠心分離した;
(5)(4)のカラムにCollection tubeを設置した;
(6)(5)のカラムにMDB350μLを加え、11,000 gで30秒間、さらに遠心分離した;
(7)Buffer RAW2を200μL、(6)のカラムに加え、11,000gで30秒間、さらに遠心分離した;
(8)(7)のカラムに新たなCollection Tubeをセットした;
(9)Buffer RA3を700μL、(8)のカラムに添加し、11,000gで30秒間、遠心分離した;
(10)Buffer RA3を250μL、(9)のカラムに添加し、11,000gで120秒間、遠心分離した;
(11)(10)のカラムに新たなCollection Tubeをセットした;
(12)RNase-free H2Oを20μLカラムに添加し、11,000gで60秒間、遠心分離した;
(13)溶出したRNAを-80℃で保存した。
【0068】
(RNAの定量)
Villa7リアルタイムPCRシステム(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて、keratin14およびkeratin10の発現量を測定した。結果を
図3に示す。試薬として、SYBR Green mixを使用し、内部標準として、18S rRNAを採用した。なお、keratin10およびkeratin14は、それぞれ、角化細胞および基底細胞・筋上皮細胞の分子マーカーとして使用した。
【0069】
〔比較例1〕
前記(3次元細胞の製造)において、第一温度領域を37℃とした以外は実施例1と同様の方法で、3次元細胞の製造を行った。回収した3次元細胞を用いて、keratin14およびkeratin10の発現量を測定した。結果を
図3に示す。
【0070】
〔結果-1〕
図3より、keratin14およびkeratin10の発現量について、1日間の培養後と2日間の培養後とを比較すると、比較例では変化が見られないものの、実施例では減少していることが分かった。すなわち、実施例において、細胞培養物を異なる温度領域の環境下で培養することにより、得られた3次元細胞におけるkeratin14およびkeratin10の発現量の変動が生じることが示された。これは、細胞培養物を異なる温度領域の環境下で培養することにより、生体内での状態により近い3次元細胞が得られることを示唆している。
【0071】
また、keratin14は、ヒト上皮組織の下層で発現する分子マーカーであるため、細胞培養物の上層での温度条件の変化が当該細胞培養物の下層での遺伝子発現にも影響を与えることが示された。
【0072】
以上より、本発明の一実施形態に係る製造方法(培養方法)によると、従来の方法に比して、生体内での状態により近い3次元細胞を製造できることが示唆される。
【0073】
〔実施例2〕
実施例1と同様の方法で、細胞培養物を作製した。なお、前記(細胞培養物の作製)で作製した細胞培養物を用いて、第1温度領域を29~31℃の気相とし、第二温度領域を37℃の液相とした環境下で培養を行った。1日間(24時間)の培養後、培養液の残存率、ならびに蓋での結露の発生程度、および3次元細胞への水滴の落下を、以下の方法で評価した。結果を表1に示す。なお、各操作中、3次元細胞培養装置内の二酸化炭素濃度は、5%に維持した。
【0074】
(培養液の残存率)
培養液の残存率を、以下の通り評価した。
【0075】
A:問題になるレベルまで減っていない(85%以上)
B:明らかに減っている(85%未満)
(蓋での結露の発生程度、および3次元細胞への水滴の落下)
蓋での結露の発生程度、および3次元細胞への水滴の落下を、以下の通り評価した。
【0076】
A:まったく結露が生じず、培養中に細胞培養物への水滴の落下がない
B:やや結露が生じるが、培養中に細胞培養物への水滴の落下がない
C:結露が生じ、培養中に細胞培養物へ水滴が落下している。
【0077】
〔実施例3〕
培養液にオイルを重層した3次元細胞培養装置を用いた以外は実施例2と同様の方法で、3次元細胞の製造を行った。培養液の残存率、ならびに蓋での結露の発生程度、および3次元細胞への水滴の落下について評価した結果を表1に示す。
【0078】
〔実施例4〕
ウェルの上部にスポンジ(原材料:セルロース)を接着した蓋を設けた3次元細胞培養装置を用いた以外は実施例2と同様の方法で、3次元細胞の製造を行った。培養液の残存率、ならびに蓋での結露の発生程度、および3次元細胞への水滴の落下について評価した結果を表1に示す。
【0079】
〔実施例5〕
培養液にオイルを重層し、ウェルの上部にスポンジ(原材料:セルロース)を接着した蓋を設けた3次元細胞培養装置を用いた以外は実施例2と同様の方法で、3次元細胞の製造を行った。培養液の残存率、ならびに蓋での結露の発生程度、および3次元細胞への水滴の落下について評価した結果を表1に示す。
【0080】
〔実施例6〕
ウェルの上部にガーゼを接着した蓋を設けた3次元細胞培養装置を用いた以外は実施例2と同様の方法で、3次元細胞の製造を行った。培養液の残存率、ならびに蓋での結露の発生程度、および3次元細胞への水滴の落下について評価した結果を表1に示す。
【0081】
〔実施例7〕
培養液にオイルを重層し、ウェルの上部にガーゼを接着した蓋を設けた3次元細胞培養装置を用いた以外は実施例2と同様の方法で、3次元細胞の製造を行った。培養液の残存率、ならびに蓋での結露の発生程度、および3次元細胞への水滴の落下について評価した結果を表1に示す。
【0082】
〔実施例8〕
ウェルの上部に透湿性フィルムの蓋を設けた3次元細胞培養装置を用いた以外は実施例2と同様の方法で、3次元細胞の製造を行った。培養液の残存率、ならびに蓋での結露の発生程度、および3次元細胞への水滴の落下について評価した結果を表1に示す。
【0083】
〔実施例9〕
培養液にオイルを重層し、ウェルの上部に透湿性フィルム(商品名「ブリーズイージー」、株式会社トーホー製)の蓋を設けた3次元細胞培養装置を用いた以外は実施例2と同様の方法で、3次元細胞の製造を行った。培養液の残存率、ならびに蓋での結露の発生程度、および3次元細胞への水滴の落下について評価した結果を表1に示す。
【0084】
【0085】
〔結果-2〕
表1の実施例2と、実施例3、5、7、9との比較より、培養液にオイルを重層することにより、培養液の残存率が高まることが分かった。すなわち、培養液へのオイルの重層は、培養液の蒸散を抑制または軽減する効果があることが示された。
【0086】
また、表1の実施例2と、実施例4~9との比較より、ウェルの上部にスポンジもしくはガーゼを設けるか、またはウェルの上部にフィルムの蓋を設けることにより、結露および細胞培養物への水滴の落下が抑制されることがわかった。すなわち、ウェルの上部に水滴落下防止部材を設けることで、細胞培養物への水滴の落下が抑制されることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明は、化粧品分野、医療分野等に、広く利用することができる。
【符号の説明】
【0088】
1 第1温度調整部
2 第2温度調整部
11 第1温度領域
12 第2温度領域
21 容器
22 フィルター
23 ウェル
24 培養液
31 蒸散抑制部材
32 蓋
33 吸水部材
34 水滴落下防止部材
40 二酸化炭素濃度調整部
60 細胞培養物
100 3次元細胞培養装置
100’ 3次元細胞培養装置