IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 公立大学法人横浜市立大学の特許一覧 ▶ 武田薬品工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-栄養組成物 図1
  • 特許-栄養組成物 図2
  • 特許-栄養組成物 図3
  • 特許-栄養組成物 図4
  • 特許-栄養組成物 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-10
(45)【発行日】2024-09-19
(54)【発明の名称】栄養組成物
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240911BHJP
   A23L 33/175 20160101ALI20240911BHJP
   A61K 31/198 20060101ALI20240911BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240911BHJP
【FI】
C12N5/071
A23L33/175
A61K31/198
A61P35/00
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020553137
(86)(22)【出願日】2019-10-11
(86)【国際出願番号】 JP2019040145
(87)【国際公開番号】W WO2020080270
(87)【国際公開日】2020-04-23
【審査請求日】2022-08-22
(31)【優先権主張番号】P 2018194380
(32)【優先日】2018-10-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002934
【氏名又は名称】武田薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【弁理士】
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【弁理士】
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】武部 貴則
(72)【発明者】
【氏名】仁尾 泰徳
【審査官】大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/025978(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/084850(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/010165(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/110654(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/188994(WO,A1)
【文献】Journal of Biological Chemistry,1976年,251,4458-4467
【文献】Frontiers in Immunology,2017年,8,Article 207
【文献】Tohoku Journal of Experimental Medicine,1988年,156,259-270
【文献】Cell Metabolism,2014年,19,780-794
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-28
A23L 33/00-29
A61K 31/00-80
A61P 35/00-04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チオニンを含有し、非必須アミノ酸を任意で含有し、バリンを含有しない、固形食、固形剤、半固形食、半固形剤、飲料、液剤から選ばれる栄養組成物であって、
ヒトES細胞またはヒトiPS細胞から分化した細胞を含む細胞集団において、ヒトES細胞またはiPS細胞由来のテラトーマの形成を、バリンをさらに含有すること以外は同量のメチオニンならびに同じ種類および量の任意の非必須アミノ酸を含有する同じ形状および投与経路のコントロール用栄養組成物を、同じ投与量および投与期間で使用した場合に比べて抑制するための、細胞治療用または再生医療用の栄養組成物。
【請求項2】
非必須アミノ酸を含有しない、請求項1に記載の栄養組成物。
【請求項3】
アルギニン、グリシン、セリン、アスパラギンおよびグルタミンからなる群より選択される1以上の非必須アミノ酸を含有する、請求項1に記載の栄養組成物。
【請求項4】
アミノ酸以外の栄養素をさらに含む、請求項1に記載の栄養組成物。
【請求項5】
11日間以上摂取される、請求項1に記載の栄養組成物。
【請求項6】
請求項1記載の栄養組成物、および幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団を含む、細胞治療用または再生医療用のキット。
【請求項7】
ト以外の哺乳動物の生体内で、ヒトES細胞またはヒトiPS細胞から分化した細胞を含む細胞集団に、
チオニンを含有し、非必須アミノ酸を任意で含有し、バリンを含有しない、固形食、固形剤、半固形食、半固形剤、飲料、液剤から選ばれる栄養組成物を摂取させることを含む、
ヒトES細胞またはヒトiPS細胞由来のテラトーマの形成を、バリンをさらに含有すること以外は同量のメチオニンならびに同じ種類および量の任意の非必須アミノ酸を含有する同じ形状および投与経路のコントロール用栄養組成物を、同じ投与量および投与期間で使用した場合に比べて抑制する方法。
【請求項8】
ト以外の哺乳動物の生体内で、ヒトES細胞またはヒトiPS細胞から分化した細胞を含む細胞集団において、ヒトES細胞またはヒトiPS細胞由来のテラトーマの形成を、バリンをさらに含有すること以外は同じ量のメチオニンならびに同じ種類および量の任意の非必須アミノ酸を含有する同じ形状および投与経路のコントロール用栄養組成物を、同じ投与量および投与期間で使用した場合に比べて抑制するための、
チオニンを含有し、非必須アミノ酸を任意で含有し、バリンを含有しない栄養組成物の使用。
【請求項9】
ヒトES細胞またはヒトiPS細胞から分化した細胞を含む細胞集団が移植または投与されたヒト以外の哺乳動物に、メチオニンを含有し、非必須アミノ酸を任意で含有し、バリンを含有しない、固形食、固形剤、半固形食、半固形剤、飲料、液剤から選ばれる栄養組成物を摂取させることを含む、生体内での、ヒトES細胞またはヒトiPS細胞由来のテラトーマの形成を、バリンをさらに含有すること以外は同じ量のメチオニンならびに同じ種類および量の任意の非必須アミノ酸を含有する同じ形状および投与経路のコントロール用栄養組成物を、同じ投与量および投与期間で使用した場合に比べて抑制する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の必須アミノ酸を含有し、さらに非必須アミノ酸を任意で含有する栄養組成物およびその用途に関する。また、本発明は、iPS細胞(人工多能性幹細胞)等の幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団における、幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖をin vitroまたはin vivoで抑制するための手段に関する。
【0002】
[発明の背景]
細胞治療や再生医療では、in vitroでiPS細胞などの幹細胞を、目的とする細胞またはそれを含む細胞集団(組織)に分化誘導させた後、それを移植または投与して疾患の治療や病変組織を再生することが図られる。しかしながら、移植する細胞または細胞集団に未分化の幹細胞(例、iPS細胞)や目的細胞に分化できなかった細胞(例、内胚葉、中胚葉、外胚葉)が残存している場合、移植後に生体内でテラトーマ(奇形腫)が形成されるおそれや、目的細胞に分化できなかった細胞が増殖するおそれがある。移植等に用いる細胞集団からこのような事象が起きないようにするためには、(1)移植前の細胞集団の培養の段階において、未分化の幹細胞が残存したり、幹細胞から目的細胞に分化できなかった細胞が形成および/または残存したりすることを極力防ぐか、(2)移植後の細胞集団において、未分化の幹細胞のテラトーマ化や、目的細胞に分化できなかった細胞の増殖を抑制する必要がある。幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団においては、幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制することは、細胞治療や再生医療の安全性や有効性を向上させる上で重要である。
【0003】
非特許文献1は、がんの成長を抑制するための、メチオニン欠乏食(ヒトのヴィーガン食)を開示している。非特許文献2は、セリンおよびグリシン欠乏食により、HCT116(侵襲的ヒト結腸直腸がん細胞株)担がんラットにおいて腫瘍の成長が遅延したことや、HCT116細胞のin vivo増殖を減退させたことを開示している。非特許文献3は、アルギニノコハク酸シンテターゼ1(ASS1)-欠損乳癌細胞に対するアルギニンの欠乏によるオートファジー細胞死を開示している。非特許文献4は、アルギニンおよびグルタミンを欠乏させることによる、がんを含む種々に疾患に対する治療効果を示唆している。非特許文献5は、アスパラギン、グルタミン、メチオニン等の欠乏を生じさせる酵素による抗腫瘍効果を開示している。非特許文献6は、メチオニンおよびバリンの欠乏食により担がんラットにおいて腫瘍の成長を抑制したことを開示している。非特許文献7は、バリン欠乏食により担がんラットにおいて腫瘍が退縮したことを開示している。
【0004】
しかしながら、非特許文献1~7はいずれも、がん(悪性腫瘍)の治療的効果に関し、それぞれに開示されている特定のアミノ酸を欠乏する栄養組成物が、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団において、幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制できることは記載されていない。
【0005】
また、特許文献1は、ヒトの全必須アミノ酸(ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、スレオニン、トリプトファン、バリン、システインおよびチロシン)から構成され、アルギニン以外のヒトの非必須アミノ酸を含まないアミノ酸組成物を含有する、炎症性疾患(例えば、クローン病、潰瘍性大腸炎といった炎症性腸疾患)の治療等のための栄養組成物を開示している。
【0006】
しかしながら、特許文献1にも、そのような組成のアミノ酸組成物を含有する栄養組成物が、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団において、幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制できることは記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2012-201625号公報(特許第5837315号)
【非特許文献】
【0008】
【文献】Cancer Treatment Reviews 38 (2012) 726-736
【文献】Nature 544 (2017) 372-376
【文献】Sci. Signal 7 (391) pp. ra31
【文献】Nutrition inClinical Practice 32 (Suppl 1) 2017 30S-47S
【文献】Cancer43:2137-2142, 1979
【文献】World JGastroenterol 2003; 9(12): 2772-2775
【文献】Tohoku J. exp.Med., 1988, 156, 259-270
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、細胞治療や再生医療等に用いられる、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団における、幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を、目的細胞の製造段階でおよび/または生体への移植や投与後に抑制するための手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、種々鋭意研究を重ねた結果、がん細胞とアミノ酸摂取との関係が、必ずしも幹細胞由来の目的外細胞とアミノ酸摂取との関係と一致しないことを見出し、本発明を完成した。
すなわち本発明は、上記課題解決のため、以下の[1]~[11]を提供する。
[1] バリンを除く、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、リジン、フェニルアラニン、トリプトファン、スレオニンおよびヒスチジンからなる群より選択される1以上の必須アミノ酸を含有し、非必須アミノ酸を任意で含有する、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団において幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制するための、栄養組成物。
[2] 必須アミノ酸として、少なくともメチオニンを含有する、項[1]に記載の栄養組成物。
[3] 非必須アミノ酸を含有しない、項[1]に記載の栄養組成物。
[4] アルギニン、グリシン、セリン、アスパラギンおよびグルタミンからなる群より選択される1以上の非必須アミノ酸を含有する、項[1]に記載の栄養組成物。
[5] アミノ酸以外の栄養素をさらに含む、項[1]に記載の栄養組成物。
[6] 11日間以上摂取される、項[1]に記載の栄養組成物。
[7]栄養組成物が、1)固形食、固形剤、半固形食、半固形剤、飲料、液剤から選ばれるものであるか、または2)培地である、項[1]に記載の栄養組成物。
[8] 項[1]記載の栄養組成物、および幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団を含むキット。
[9] 幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団に、項[1]に記載の栄養組成物を摂取させることを含む、幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖の抑制方法。
[10] 幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団において幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制するための、項[1]に記載の栄養組成物の使用。
[11] 幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団が移植または投与された哺乳動物に、項[1]に記載の栄養組成物を摂取させることを含む、生体内での、幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖の抑制方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の栄養組成物を摂取することにより、細胞治療や再生医療等に用いられる、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団における、幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を、細胞への悪影響や生体への副作用のおそれのある薬剤の使用や煩雑な処置によらずとも、目的細胞の製造段階でおよび/または生体への移植や投与後に抑制することができ、その結果、移植や投与された目的細胞による所期の治療効果を得ることができる。例えば、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団の移植手術を受けた患者が本発明の栄養組成物を摂取することにより、予防的または治療的に、目的外細胞の形成(例、テラトーマの形成)および/または目的外細胞の増殖(例、未分化の幹細胞(例、iPS細胞)や目的細胞に分化できなかった細胞(例、内胚葉、中胚葉、外胚葉)の増殖)を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、バリン欠乏飼料を用いた試験例1(移植試験1)における、(A)マウスに移植した腎臓の重量、(B)移植手術後のマウスの体重変化、および(C)テラトーマの重量のそれぞれを表すグラフである。
図2図2は、セリン・グリシン欠乏飼料を用いた試験例2(移植試験2)における、(A)マウスに移植した腎臓の重量、(B)移植手術後のマウスの体重変化、および(C)テラトーマの重量のそれぞれを表すグラフである。
図3図3は、非必須アミノ酸欠乏飼料を用いた試験例(移植試験)における、(A)マウスに移植した腎臓の重量、(B)移植手術後のマウスの体重変化、および(C)テラトーマの重量のそれぞれを表すグラフである。
図4図4は、試験例4における、バリン含有培地(+valine)およびバリン不含培地(-valine)それぞれでのヒトiPS細胞の生存率を表すグラフである。
図5図5は、試験例5における、バリン含有培地(+valine)およびバリン不含培地(-valine)それぞれでの、オルガノイドと共に培養したヒトiPS細胞の生存率を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において、「幹細胞(stem cell)」は、例えば、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)および「多能性幹細胞(multipotent stem cell)を指す。
【0014】
「多能性幹細胞(pluripotent stem cell)」とは、生体の種々の異なった形態や機能を持つ組織や細胞に分化でき、3胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)のどの系統の細胞にも分化し得る能力を有する幹細胞を指す。本発明において使用可能な「多能性幹細胞(pluripotent stem cell)」は、特に限定されないが、例えば、胚性幹細胞(ES細胞、本明細書中「ESC」と称することもある)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞、精子幹細胞、胚性生殖細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞、本明細書中「iPSC」と称することもある)などが挙げられる。
【0015】
「人工多能性幹細胞(iPSC)」とは、哺乳動物体細胞または未分化幹細胞に、特定の因子(核初期化因子)を導入して再プログラミングすることにより得られる細胞を指す。現在、「人工多能性幹細胞」にはさまざまなものがあり、山中らにより、マウス線維芽細胞にOct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycの4因子を導入することにより、樹立されたiPSC(Takahashi K, Yamanaka S., Cell, (2006) 126: 663-676)のほか、同様の4因子をヒト線維芽細胞に導入して樹立されたヒト細胞由来のiPSC(Takahashi K, Yamanaka S., et al. Cell, (2007) 131: 861-872.)、上記4因子導入後、Nanogの発現を指標として選別し、樹立したNanog-iPS細胞(Okita, K., Ichisaka, T., and Yamanaka, S. (2007). Nature 448, 313-317.)、c-Mycを含まない方法で作製されたiPS細胞(Nakagawa M, Yamanaka S., et al. Nature Biotechnology, (2008) 26, 101 - 106)、ウイルスフリー法で6因子を導入して樹立されたiPS細胞(Okita K et al. Nat. Methods 2011 May;8(5):409-12, Okita K et al. Stem Cells. 31(3):458-66.)も用いることができる。また、Thomsonらにより作製されたOCT3/4・SOX2・NANOG・LIN28の4因子を導入して樹立された人工多能性幹細胞(Yu J., Thomson JA. et al., Science (2007) 318: 1917-1920.)、Daleyらにより作製された人工多能性幹細胞(Park IH, Daley GQ. et al., Nature (2007) 451: 141-146)、桜田らにより作製された人工多能性幹細胞(特開2008-307007号)等も用いることができる。このほか、公開されているすべての論文(例えば、Shi Y., Ding S., et al., Cell Stem Cell, (2008) Vol3, Issue 5,568-574;、Kim JB., Scholer HR., et al., Nature, (2008) 454, 646-650;Huangfu D., Melton, DA., et al., Nature Biotechnology, (2008) 26, No 7, 795-797)、あるいは特許(例えば、特開2008-307007号、特開2008-283972号、US2008-2336610、US2009-047263、WO2007-069666、WO2008-118220、WO2008-124133、WO2008-151058、WO2009-006930、WO2009-006997、WO2009-007852)に記載されている当該分野で公知の人工多能性幹細胞のいずれも用いることができる。
【0016】
「人工多能性幹細胞(iPSC)」としては、NIH、理研(理化学研究所)、京都大学等が樹立した各種iPSC株が利用可能である。例えば、ヒトiPSC株であれば、理研のHiPS-RIKEN-1A株、HiPS-RIKEN-2A株、HiPS-RIKEN-12A株、Nips-B2株、京都大学の201B7株、253G1株、253G4株、409B2株、454E2株、606A1株、610B1株、648A1株、1201C1株、1205D1株、1210B2株、1231A3株、1383D2株、1383D6株等が挙げられる。あるいは、京都大学やCellular Dynamics International等から提供される臨床グレードの細胞株並びにそれらの細胞株を用いて作製された研究用および臨床用の細胞株等を用いてもよい。
【0017】
「胚性幹細胞(ESC)」としては、マウスESCであれば、inGenious targeting laboratory社、理研(理化学研究所)等が樹立した各種マウスESC株が利用可能であり、ヒトESCであれば、NIH、理研、京都大学、Cellartis社が樹立した各種ヒトESC株が利用可能である。たとえば、ヒトESC株としては、NIHのCHB-1~CHB-12株、RUES1株、RUES2株、HUES1~HUES28株等、WisCell ResearchのH1株、H9株、理研のKhES-1株、KhES-2株、KhES-3株、KhES-4株、KhES-5株、SSES1株、SSES2株、SSES3株等を利用することができる。あるいは、臨床グレードの細胞株並びにそれらの細胞株を用いて作製された研究用および臨床用の細胞株等を用いてもよい。
【0018】
「多能性幹細胞(multipotent stem cell)」とは、複数の限定的な数の系統の細胞へと分化できる能力を有する幹細胞を指す。本発明において使用可能な「多能性幹細胞(multipotent stem cell)」としては、例えば、幹細胞が分化可能な系統に基づいて分類すれば間葉系幹細胞、造血幹細胞、神経幹細胞、上皮幹細胞(培養線維芽細胞)など、また幹細胞が採取される(由来する)組織などに基づいて分類すれば歯髄幹細胞、口腔粘膜由来幹細胞、毛包幹細胞、骨髄幹細胞、さらに脂肪組織、臍帯血、胎盤、その他の組織に由来する体性幹細胞が挙げられる。
【0019】
「間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell)」とは、骨芽細胞、筋細胞、軟骨細胞、および脂肪細胞を含めた間葉系に分化しうる多能性幹細胞(multipotent stem cell)である。本発明において、間葉系幹細胞は生体組織から単離された細胞であってもよいし、ES細胞やiPS細胞に由来する細胞であってもよい。間葉系幹細胞に特異的なマーカーは、例えば、Vasileios Karantalis and Joshua M. Hare, Circ Res. 2015 April 10; 116(8): 1413-1430、およびImran Ullah, et al., Biosci. Rep. (2015), 35/art:e00191等に記載されているが、これらに限定されない。
【0020】
「神経幹細胞」とは、ニューロン、グリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイト)などの中枢神経系に分化し得る多能性幹細胞(multipotent stem cell)である。本発明において、神経幹細胞は側脳室周囲などの生体組織から単離された細胞であってもよいし、ES細胞やiPS細胞に由来する細胞であってもよい。
【0021】
「造血幹細胞」とは、血球系細胞に分化し得る多能性幹細胞(multipotent stem cell)である。ヒトでは、主として骨髄に存在し、白血球(好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球、単球、マクロファージ)、赤血球、血小板、肥満細胞、樹状細胞に分化する。本発明において、造血幹細胞は骨髄などの生体組織から単離された細胞であってもよいし、ES細胞やiPS細胞に由来する細胞であってもよい。
【0022】
本明細書において、「細胞集団(population)」とは、同じ種類または異なる種類の2以上細胞を意味する。「細胞集団」は、同じ種類または異なる種類の細胞の一塊(mass)をも意味する。「細胞集団」は、さらに、複数の種類の細胞から形成された臓器(器官)の器官芽(organ bud)も含む。このような器官芽としては、例えば、WO2013/047639(肝臓、膵β細胞などの器官芽)、WO2015/012158(肝臓、膵β細胞、腎臓、腸、肺などの器官芽)などを参照することができる。
【0023】
「~を含む(comprise(s)またはcomprising)」とは、その語句に続く要素の包含を示すがこれに限定されないことを意味する。したがって、その語句に続く要素の包含は示唆するが、他の任意の要素の除外は示唆しない。
【0024】
本明細書において、「枯渇する(deplete)」および「枯渇すること(depletion)」とは、細胞の組成物などの組成物中の特定の構成成分の量を減少させることを指し、「枯渇された(depleted)」とは、細胞の組成物、例えば、細胞集団を説明するために使用される場合、特定の構成成分の量が、枯渇される前の細胞集団におけるそのような構成成分の割合と比較して減少している細胞集団を指す。例えば、細胞集団などの組成物を、標的細胞型(この文脈においては、本発明の幹細胞由来の目的外細胞、中でも、未分化の幹細胞)に関して枯渇させることができ、したがって、標的細胞型の割合は、枯渇される前の細胞集団内に存在する標的細胞の割合と比較して減少する。細胞集団は、当技術分野で公知の細胞選択および選別方法によって、標的細胞型について枯渇させることもできる。細胞集団は、本明細書に記載した特定の選別または選択プロセスによって枯渇させることもできる。本発明の特定の実施形態では、標的細胞集団を枯渇させる方法により、細胞集団は標的細胞集団に関して少なくとも50%、80%、85%、90%、95%、97%、98%、99%または99.9%減少(枯渇)している。
【0025】
本明細書において、「純化する(purify)」および「純化すること(purification)」とは、細胞の組成物などの組成物中の不純物を取り除き、特定の構成成分について純粋なものにすることを指し、「純化された(purified)」とは、細胞の組成物、例えば、細胞集団を説明するために使用される場合、不純物の量が、純化される前の細胞集団におけるそのような構成成分の割合と比較して減少し、特定の構成成分の純度が向上している細胞集団を指す。例えば、細胞集団などの組成物を、標的細胞型(この文脈においては、本発明の幹細胞から分化誘導した目的細胞)に関して純化することができ、したがって、標的細胞型の割合は、純化する前の細胞集団内に存在する標的細胞の割合と比較して増加する。細胞集団は、当技術分野で公知の細胞選択および選別方法によって、標的細胞型について純化させることもできる。細胞集団は、本明細書に記載した特定の選別または選択プロセスによって純化することもできる。本発明の特定の実施形態では、標的細胞集団を純化する方法により、標的細胞集団の純度は、少なくとも70%、80%、85%、90%、95%、97%、98%、99%または99.9%になるか、不純物(夾雑細胞を含む)は検出できない程度になりうる。
【0026】
本明細書において、「培養」とは、細胞をインビトロ環境において維持し、増殖させ(成長させ)、かつ/または分化させることを指す。「培養する」とは、組織外または体外で、例えば、細胞培養ディッシュまたはフラスコ中で細胞を持続させ、増殖させ(成長させ)、かつ/または分化させることを意味する。
【0027】
本発明で一般に使用する培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM(IMEM)培地、Improved MDM(IMDM)培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地(High glucose、Low glucose)、DMEM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、AK02N培地、E8 supplement培地、Stempro-34 SFM、HCMおよびこれらの混合培地が挙げられる。
【0028】
ES細胞やiPS細胞のための培地としては、例えば、10~15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12またはDME培養液(これらの培養液にはさらに、LIF、penicillin/streptomycin、puromycin、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)または市販のiPS細胞用の培養液、例えば、マウスES細胞培養用培養液(TX-WES培養液、トロンボX社)、霊長類ES細胞培養用培養液(霊長類ES/iPS細胞用培養液、リプロセル社)、無血清培地(mTESR、Stemcell Technology社)、iPS/ES細胞増殖用培地/再生医療用培地(StemFit(登録商標)、Ajinomoto Healthy Supply Co., Inc.)が挙げられる。この他にも、血清を含有しない培地を用いて培養する方法も例示される(Sun N, et al.(2009), Proc Natl Acad Sci USA. 106:15720-15725)。
【0029】
マウスiPS細胞の培養方法は、Takahashi K, Yamanaka S., Cell, (2006) 126: 663-676およびTakahashi K, Okita K, et al. Nat Protoc. 2007;2(12):3081-9に記載されている。ヒトiPS細胞をSNLフィーダー細胞上で培養する方法は、Takahashi K, Yamanaka S., et al. Cell, (2007) 131: 861-872.、およびOhnuki M, Takahashi K, Yamanaka S. Curr Protoc Stem Cell Biol. (2009) に記載されている。ヒトiPS細胞をMEFフィーダー上で培養する方法は、Yu J., Thomson JA. et al., Science (2007) 318: 1917-1920.に記載されている。ヒトiPS細胞を自己線維芽細胞をフィーダーとして培養する方法は、Takahashi K, et al. PLoS One 4, e8067 (2009) に記載されている。ヒトES/iPS細胞をフィーダーフリーで培養する方法は、Rodin S et al., Nat Biotechnol. (2010) 28(6):611-5、Chen et al., Nat Methods (2011) 8(5):424-429、Miyazaki, T. et al. Nat Commun (2012) 3, 1236、Okita et al., Stem Cells, (2013) 31(3):458-66、およびNakagawa M et al., Scientific Reports , (2014) 4:3594に記載されている。ヒトES/iPS細胞を大量培養する方法は、Olmer R, et al., Tissue Eng Part C Methods. 2012 Oct;18(10):772-84.、Wang Y et al., Stem Cell Res. 2013 Nov;11(3):1103-16.、Otsuji T, et al., Stem Cell Reports. 2014 Apr 24;2(5):734-45に記載されている。ヒトES細胞を培養する方法は、Thomson, J. A. et al. Science (1998) 282, 1145-1147.、およびAmit M. et al. Dev Biol. 2000 Nov 15;227(2):271-8.に記載されている。また、ヒトES細胞を(フィーダーフリーで培養する方法は、Xu, C. et al. Nat Biotechnol (2001) 19, 971-974.に記載されている。
【0030】
本発明の一実施形態において、細胞培養は、フィーダー細胞を使用せず、接着培養により行ってもよい。培養時には、ディッシュ、フラスコ、マイクロプレート、OptiCell(製品名)(Nunc社)等の細胞培養シートなどの培養容器が使用される。培養容器は、細胞との接着性(親水性)を向上させるための表面処理や、コラーゲン、ゼラチン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、フィブロネクチン、マトリゲル(例:BDマトリゲル(日本ベクトン・デッキンソン社))、ビトロネクチンなどの細胞接着用基質でコーティングされていることが好ましい。
【0031】
本発明の一実施形態において、細胞培養は、浮遊培養により行ってもよい。浮遊培養では、撹拌または振盪により培養液成分および培養液内酸素濃度を均一化し、凝集塊形成を介して細胞を増殖させる。好適な撹拌速度は、細胞密度と培養容器の大きさに応じて、適宜設定されるが、過度の撹拌または振盪は細胞に対して物理的ストレスを与え、細胞凝集塊形成を阻害する。したがって、培養液成分および培養液内酸素濃度を均一化でき、かつ、凝集塊形成を阻害しないように撹拌または振盪速度を制御する。
【0032】
培養温度は、特に限定されないが、代表的には、30~40℃(例えば、37℃)で行う。また、培養容器中の二酸化炭素濃度は特に限定されないが、例えば5%程度、酸素濃度は特に限定されないが、代表的には1%~21%程度である。
【0033】
「増殖因子」は特定の細胞の分化および/または増殖を促す内因性タンパク質である。「増殖因子」としては、例えば、上皮成長因子(EGF)、酸性線維芽細胞増殖因子(aFGF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、インスリン様増殖因子1(IGF-1)、インスリン様増殖因子2(IGF-2)、ケラチノサイト増殖因子(KGF)、神経増殖因子(NGF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、形質転換増殖因子ベータ(TGF-β)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、トランスフェリン、種々のインターロイキン(例えば、IL-1~IL-18)、種々のコロニー-刺激因子(例えば、顆粒球/マクロファージコロニー-刺激因子(GM-CSF))、種々のインターフェロン(例えば、IFN-γなど)および幹細胞に対する効果を有する他のサイトカイン、例えば、幹細胞因子(SCF)およびエリスロポエチン(Epo)が挙げられる。
【0034】
本明細書において、「エクスビボ(ex vivo)」とは、一般に、培養組織や培養細胞など、生体外の人工的な環境において生組織中で行われた実験または測定を示すために使用される。使用される組織または細胞は、保存のために凍結されてもよく、後に生体外処理のために解凍されたものでもよい。数日以上続けて、生細胞または生組織の組織培養実験を行う場合は、「インビトロ(in vitro)」という用語が使用されるが、「インビトロ」は、「エクスビボ」と互換的に用いられる場合もある。これに対し、「インビボ(in vivo)」という用語は、一般に、細胞の増殖など、生体内で起きる現象を指すために使用される。
【0035】
本明細書において、用語「必須アミノ酸」とは、特に断らない限り、ヒト(成人)にとっての必須アミノ酸(ヒト必須アミノ酸)、すなわち、バリン(V)、イソロイシン(I)、ロイシン(L)、メチオニン(M)、リジン(K)、フェニルアラニン(F)、トリプトファン(W)、スレオニン(T)、ヒスチジン(H)の9種類のアミノ酸を指す。このうち、バリン以外によって構成される「イソロイシン、ロイシン、メチオニン、リジン、フェニルアラニン、トリプトファン、スレオニンおよびヒスチジンからなる群」を、本明細書において「特定必須アミノ酸群」と呼ぶ。
【0036】
本明細書において、用語「非必須アミノ酸」は、特に述べない限り、ヒト(成人)にとっての非必須アミノ酸(ヒト非必須アミノ酸)、すなわち、アルギニン(R)、グリシン(G)、セリン(S)、アスパラギン(N)、グルタミン(Q)、アラニン(A)、システイン(C)、アスパラギン酸(D)、グルタミン酸(E)、チロシン(Y)、プロリン(P)の11種類のアミノ酸を指す。このうち「アルギニン、グリシン、セリン、アスパラギンおよびグルタミンからなる群」を、本明細書において「特定非必須アミノ酸群」と呼ぶ。
【0037】
なお、特に断らない限り、必須アミノ酸および非必須アミノ酸は、ヒトおよびその他の哺乳動物が利用可能な形態であるL体であり、それらはさらに、塩および/または誘導体等の形態(例えば、L-ヒスチジン塩酸塩、L-リジン塩酸塩、N-アセチル-L-システイン、L-シスチン、N-アセチル-L-トリプトファン等)をとっていてもよい。
【0038】
(栄養組成物)
本発明の栄養組成物は、バリンを除く、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、リジン、フェニルアラニン、トリプトファン、スレオニンおよびヒスチジンからなる群(特定必須アミノ酸)より選択される1以上の必須アミノ酸を含有し、非必須アミノ酸を任意で含有する、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団において幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制するためのものである。
【0039】
(アミノ酸成分)
「バリンを除く、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、リジン、フェニルアラニン、トリプトファン、スレオニンおよびヒスチジンからなる群より選択される1以上の必須アミノ酸を含有」するとは、必須アミノ酸のうち、バリンは含有していないこと、かつ「イソロイシン、ロイシン、メチオニン、リジン、フェニルアラニン、トリプトファン、スレオニンおよびヒスチジンからなる群」(特定必須アミノ酸群)のうち、選択される1以上(1種のみでも、複数種でも、全てであってもよい。)を含有し、選択されなかったものは含有しないことを意味する。
【0040】
したがって、一実施形態において、本発明の栄養組成物は、バリンを含有せず(欠乏させ)、特定必須アミノ酸群に属する全ての必須アミノ酸を含有する栄養組成物、つまり必須アミノ酸のうちバリンのみを含有しない(欠乏させた)栄養組成物である。
【0041】
本発明の栄養組成物は、必須アミノ酸として、少なくともメチオニンを含有するものであってもよい。すなわち、特定必須アミノ酸群のうち、少なくともメチオニンは栄養組成物に含有させるものとして選択し、それ以外は栄養組成物に含有させるものとして選択しても(つまり本発明の栄養組成物が含有しても)、栄養組成物に含有させるものとして選択しなくても(つまり本発明の栄養組成物が含有しなくても)よい。
【0042】
したがって、一実施形態において、本発明の栄養組成物は、バリンを含有せず(欠乏させ)、特定必須アミノ酸群のうち、少なくともメチオニンを含有し、それ以外は含有しても(含有させる必須アミノ酸として選択しても)、含有しなくても(含有させる必須アミノ酸として選択しなくても)よい栄養組成物である。
【0043】
本発明の栄養組成物は、非必須アミノ酸を任意で含有する、つまり非必須アミノ酸に該当する個々のアミノ酸について、1以上を含有していてもよいし、全く含有してなくてもよい。この際、本発明の栄養組成物が含有する必須アミノ酸については本明細書の記載に従えばよい。
【0044】
一実施形態において、本発明の栄養組成物は、全ての非必須アミノ酸を含有しない。当該実施形態において、必須アミノ酸については、例えば、バリン以外の全ての必須アミノ酸を含む(特定必須アミノ酸群に属する全ての必須アミノ酸も含む)ようにしてもよいし、必須アミノ酸との関係で記載した前記2つの特定の実施形態のようにしてもよい。
【0045】
一実施形態において、本発明の栄養組成物は、「アルギニン、グリシン、セリン、アスパラギンおよびグルタミンからなる群」(特定非必須アミノ酸群)より選択される1以上の非必須アミノ酸を含有する栄養組成物、すなわち特定非必須アミノ酸群のうち、選択される1以上(1種のみでも、複数種でも、全てであってもよい。)を含有し、選択されなかったものは含有しない栄養組成物である。例えば、本発明の栄養組成物は、特定非必須アミノ酸群のうち(i)アルギニンを含有する、(ii)グリシンおよびセリンを含有する、(iii)アルギニンおよびグルタミンを含有する、(iv)アスパラギンおよびグルタミンを含有する、あるいは(v)アルギニン、グリシン、セリン、アスパラギンおよびグルタミンを含有し、上記(i)~(v)以外の特定非必須アミノ酸群は含有せず、必要であれば特定非必須アミノ酸群に属しない非必須アミノ酸(アラニン、システイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、チロシンおよびプロリン(P)からなる群より選択される1以上)も含有していてもよいものとすることができる。
【0046】
「幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖」を抑制することは、インビボ(生体内で)行われるものであっても、エクスビボまたはインビトロ(生体外)で行われるものであってもよい。生体内において、幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制することとしては、例えば、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団を移植または投与されたヒト等の哺乳動物における、幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制することが挙げられる。生体外において、幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制することとしては、例えば、上記のような移植等のために使用される細胞集団の培養段階における、幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制することが挙げられる。したがって、本発明の栄養組成物は、前者のような生体内における実施を想定して、ヒト等の哺乳動物に摂取させる(投与する、喫食させる)ことに適した食事または食餌のための形態とすることもできるし、後者のような生体外における実施を想定して、細胞に摂取させる(培地から吸収させる)ことに適した培養のための形態とすることもできる。
【0047】
以下、「幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖」の抑制の対象とする「幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団」について記載した後、本発明の栄養組成物の代表的な実施形態として、生体内で本発明の作用効果を奏するようヒト等の哺乳動物に摂取させるのに適した実施形態(本明細書において、このような実施形態の栄養組成物を「第1栄養組成物」と呼ぶ。)、および生体外で本発明の作用効果を奏するよう細胞の培養に用いられるのに適した実施形態(本明細書において、このような実施形態の栄養組成物を「第2栄養組成物」と呼ぶ。)について、順に記載する。
【0048】
(幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団)
「幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団」は、典型的には、幹細胞を目的細胞に分化誘導させるための培養工程の途中段階または最終段階において生成する細胞集団であって、幹細胞から分化誘導した目的細胞と、目的細胞に分化できなかった目的外細胞(例、未分化の幹細胞(例、iPS細胞)、培養の途中段階で目的細胞への分化が止まった細胞(例、内胚葉、中胚葉、外胚葉))とが混合した状態の細胞集団である。
【0049】
第1および第2の栄養組成物の実施形態において、「幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団」は、細胞治療または再生医療を目的として、哺乳動物に移植または投与するための細胞集団を意図する。
【0050】
なお、「幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団」の使用方法、例えば、対象とする哺乳動物に移植または投与するための方法や、そのような細胞集団に関係するその他の技術的事項も、常法に従えばよく、公知の各種の実施形態を利用することができる。
【0051】
さらに、第2栄養組成物の別の実施形態において、「幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団」は、上記の細胞治療または再生医療などの治療用途のために調製される細胞集団に限定されるものではなく、その他の用途(例えば、薬物スクリーニング系や毒性評価系の構築)のために調製される細胞集団であってもよい。
【0052】
細胞集団中の「幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団」には、目的細胞および目的外細胞が包含されるが、それらは細胞集団の用途や培養方法によって、種々の細胞から任意に選択することができる。
【0053】
「目的細胞」としては、例えば、牌細胞、神経細胞、グリア細胞、膵臓β細胞、骨髄細胞、メサンギウム細胞、ランゲルハンス細胞、表皮細胞、上皮細胞、内皮細胞、維芽細胞、維細胞、筋細胞(例:骨格筋細胞、心筋細胞、筋芽細胞、筋衛星細胞)、脂肪細胞、免疫細胞(例:マクロファージ、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞、肥満細胞、好中球、好塩基球、好酸球、単球、巨核球)、滑膜細胞、軟骨細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、乳腺細胞、肝細胞、間質細胞、卵細胞および精細胞などの、分化後の成熟した細胞またはそれらの機能性前駆細胞が挙げられる。
【0054】
目的細胞の代表例としては、iPS細胞を利用した再生医療において使用される、ドーパミン産生細胞、神経幹細胞、角膜、網膜色素上皮細胞、心筋、視細胞、血小板、赤血球、骨、軟骨、骨格筋、腎細胞、膵β細胞、肝細胞またはそれらの機能性前駆細胞などが挙げられる。上記において「機能性前駆細胞」とは、対応する成熟細胞と同等または類似の効果を奏する細胞を意味する。
【0055】
一方、「目的外細胞」としては、目的細胞を基準として、意図する効果を奏しない、および/または望まない効果を奏する可能性のある、未分化または未成熟の細胞(例、未分化の幹細胞(例、iPS細胞)、培養の途中段階で目的細胞への分化が止まった細胞(例、内胚葉、中胚葉、外胚葉))あるいは意図しない分化をした細胞(例、テラトーマ)が挙げられる。この「目的外細胞」には、目的細胞を幹細胞から分化誘導する過程において、分化が起こらなかった(未分化の)幹細胞も含まれる。
【0056】
本発明において、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団(例えば、細胞治療や再生医療のために移植または投与する細胞集団)は、未分化の幹細胞(例、iPS細胞)およびその他の目的外細胞(例、培養の途中段階で目的細胞への分化が止まった細胞(例、内胚葉、中胚葉、外胚葉))についてなるべく枯渇させたもの(含有率を減少させたもの)、逆に言えば、目的細胞へと分化した細胞についてなるべく純化されたもの(含有率ないし純度を上昇させたもの)であることが好ましい。そのような「枯渇」または「純化」の水準については、本明細書に別記した通りである。
【0057】
第1栄養組成物の実施形態において、細胞集団中の幹細胞由来の目的外細胞の含有率は、後述する第1栄養組成物を摂取することによって、目的外細胞の形成(例、テラトーマの形成)を抑制する、および/または目的外細胞の増殖(例、未分化の幹細胞(例、iPS細胞)、培養の途中段階で目的細胞への分化が止まった細胞(例、内胚葉、中胚葉、外胚葉)等の増殖)を抑制する上で好ましい範囲である。すなわち、細胞集団中の目的外細胞の含有率は、所望の治療効果に応じて当業者が適宜決定するものであり、一律に規定されるものではない。
【0058】
第2栄養組成物の実施形態において、後述する第2栄養組成物を使用することにより、インビトロで、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団における、幹細胞由来の目的外細胞(例、未分化の幹細胞(例、iPS細胞)、培養の途中段階で目的細胞への分化が止まった細胞(例、内胚葉、中胚葉、外胚葉))の形成および/または増殖を抑制することができる。この実施形態では、その他の枯渇(純化)手段を第2栄養組成物と併用してもよい。併用されるその他の枯渇(純化)手段の例として、分化誘導条件(例、温度、酸素濃度、二酸化炭素濃度)、アミノ酸以外の培地成分、培養方法などを調節(最適化)することにより、幹細胞から目的細胞への分化誘導効率を高め、残存する幹細胞等の目的外細胞の含有率を減少するようにしてもよいし、必要に応じてさらに、フローサイトメトリーを用いたソーティングにより分化細胞(分化細胞に特有のマーカーを発現している細胞)を回収することや、自殺遺伝子の発現により薬剤誘導的に細胞集団中の幹細胞を除去するといった枯渇(純化)手段を用いてもよい。
【0059】
第2栄養組成物の実施形態において、幹細胞から所望の目的細胞を含む細胞集団を調製するための、分化誘導条件、培地成分、培養方法、その他の技術的事項は、後述する第2栄養組成物を使用すること以外は、基本的に常法に従えばよく、公知の各種の実施形態を利用することができる。
【0060】
(第1栄養組成物)
ヒト等の哺乳動物に摂取させるための第1栄養組成物の形状は、経口投与または非経口投与が可能な形状であれば特に限定されるものではないが、例えば、固形食、固形剤(例、経口摂取用固形剤、粉末剤)、半固形食(例、ゼリー、流動食)、半固形剤(例、経口摂取用ゼリー剤)、飲料、液剤(例、経口摂取用液剤、非経口摂取用液剤(例、輸液製剤))が挙げられる。
【0061】
第1栄養組成物中のアミノ酸の含有量は、アミノ酸の種類に応じて適宜調節することができるが、例えば、栄養組成物全体のエネルギーあたり、1.25~12.5g/100kcal栄養組成物とすることができる。
【0062】
第1栄養組成物中の必須アミノ酸(欠乏させることが意図されているもの以外)の含有量は、例えば、下記表に示す、WHOによる必須アミノ酸の成人向け1日当たり推奨摂取量(FAO/WHO/UNU (2007年). "PROTEIN AND AMINO ACID REQUIREMENTS IN HUMAN NUTRITION". WHO Press. p150)を参考に、本発明の栄養組成物の摂取の形態(1日あたりまたは1回あたりの栄養組成物の摂取量、エネルギー量など)を考慮しながら、適宜調節することができる。なお、3歳以上の子供向けの摂取量は成人向けより10~20%ほど多くなり、0歳児向けの摂取量は成人向けより150%ほど高くなる。また、システインおよびチロシンは必須アミノ酸ではなく非必須アミノ酸に分類されるが、それぞれメチオニンおよびフェニルアラニンとの組み合わせによる合計量としての推奨摂取量が規定されている関係上、表中に含めている。システインおよびチロシンの含有量も、記表を参考に、本発明の栄養組成物の摂取の形態(1日あたりまたは1回あたりの栄養組成物の摂取量、エネルギー量など)を考慮しながら、適宜調節することができる。
【0063】
【表1】
【0064】
システインおよびチロシン以外の非必須アミノ酸の含有量は、本発明の栄養組成物の摂取の形態(1日あたりまたは1回あたりの栄養組成物の摂取量、エネルギー量など)を考慮しながら、適宜調節することができる。
【0065】
ヒトに摂取する場合、第1栄養組成物中の各々の必須アミノ酸の含有量としては、例えば、以下が挙げられる。
バリン:0mg/kg体重;
イソロイシン:0mg/kg体重~30mg/kg体重、好ましくは0mg/kg体重~20mg/kg体重;
ロイシン:0mg/kg体重~50mg/kg体重、好ましくは0mg/kg体重~40mg/kg体重;
メチオニン:0mg/kg体重~30mg/kg体重、好ましくは0mg/kg体重~15mg/kg体重;
リジン:0mg/kg体重~50mg/kg体重、好ましくは0mg/kg体重~30mg/kg体重;
フェニルアラニン:0mg/kg体重~50mg/kg体重、好ましくは0mg/kg体重~25mg/kg体重;
トリプトファン:0mg/kg体重~30mg/kg体重、好ましくは0mg/kg体重~5mg/kg体重;
スレオニン:0mg/kg体重~30mg/kg体重、好ましくは0mg/kg体重~15mg/kg体重;
ヒスチジン:0mg/kg体重~30mg/kg体重、好ましくは0mg/kg体重~10mg/kg体重。
【0066】
第1栄養組成物を製造する際は、例えば、上記のようにして栄養組成物が含有すべき必須アミノ酸および非必須アミノ酸の組成を設定した後、市販の個々のアミノ酸原料を混合し、アミノ酸混合物を調製した後、所望の形態の組成物とすることが取り扱い性の面から好ましい。このようなアミノ酸混合物を、後述するような必要に応じて用いられるその他の成分とさらに混合することにより、第1栄養組成物を効率的に製造することができる。
【0067】
(その他成分)
第1栄養組成物は、アミノ酸以外の栄養素(その他成分)をさらに含んでいてもよい。幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団を移植または投与された哺乳動物が、その後一定期間にわたって第1栄養組成物を摂取し続けることを考慮すると、第1栄養組成物は所定のアミノ酸に加えて、アミノ酸以外の栄養素をさらに含み、第1栄養組成物のみでその哺乳動物にとって必要な栄養素をすべて摂取できるような形態とすることが好ましい。
【0068】
第1栄養組成物が含むことができるアミノ酸以外の栄養素としては、例えば、油脂、糖質、ミネラル(無機塩類、微量元素)、ビタミン等が挙げられる。
【0069】
油脂(脂質)は、主としてグリセロールと脂肪酸とがエステル結合した化合物(脂肪酸トリグリセリド)によって構成されている。脂質を構成する脂肪酸としては、飽和脂肪酸(分子内に二重結合を持たない脂肪酸)、一価不飽和脂肪酸(分子内に二重結合を一つ持つ脂肪酸)および多価不飽和脂肪酸(分子内に二重結合を二つ以上持つ脂肪酸)に分類することができる。多価不飽和脂肪酸のうち、動物体内で合成することができず食物から摂取しなければならないリノール酸およびα-リノレン酸は必須脂肪酸と呼ばれており、第1栄養組成物が含むことが好ましい。
【0070】
飽和脂肪酸、一価不飽和脂肪酸および多価不飽和脂肪酸の具体例としては次の化合物が挙げられる(括弧内の数字は「炭素数:二重結合数」であり、「n-3」、「n-6」、「n-7」および「n-9」はそれぞれ、末端のメチル基の炭素原子から数えて3番目、6番目、7番目および9番目の炭素原子に二重結合がはじめて出現することを表し、ω3、ω6、ω7およびω9と表記されることもある。):
ブタン酸(酪酸、4:0)、ヘキサン酸(カプロン酸、6:0)、ヘプタン酸(7:0)、オクタン酸(カプリル酸、8:0)、デカン酸(カプリン酸、10:0)、ドデカン酸(ラウリン酸、12:0)、トリデカン酸(13:0)、テトラデカン酸(ミリスチン酸、14:0)、ペンタデカン酸(15:0)、ヘキサデカン酸(パルミチン酸、16:0)、ヘプタデカン酸(17:0)、オクタデカン酸(ステアリン酸18:0)、イコサン酸(アラキジン酸、20:0)、ドコサン酸(ベヘン酸、22:0)、テトライコサン酸(リグノセリン酸、24:0)、デセン酸(10:1)、テトラデセン酸(ミリストレイン酸、14:1)、ペンタデセン酸(15:1)、ヘキサデセン酸(パルミトレイン酸、16:1)、ヘプタデセン酸(17:1)、オクタデセン酸(オレイン酸、18:1、n-9)、オクタデセン酸(シス-バクセン酸、18:1、n-7)、イコセン酸(エイコセン酸、20:1)、ドコセン酸(22:1)、テトラコセン酸(24:1)、ヘキサデカジエン酸(16:2)、ヘキサデカトリエン酸(16:3)、ヘキサデカテトラエン酸(16:4)、ヘプタデカジエン酸(17:2)、オクタデカジエン酸(18:2)、オクタデカジエン酸(リノール酸、18:2、n-6)、オクタデカトリエン酸(18:3)、オクタデカトリエン酸(α-リノレン酸、18:3、n-3)、オクタデカトリエン酸(γ-リノレン酸、18:3、n-6)、オクタデカテトラエン酸(18:4、n-3)、イコサジエン酸(エイコサジエン酸、20:2、n-6)、イコサトリエン酸(エイコサトリエン酸、20:3、n-6)、イコサテトラエン酸(エイコサテトラエン酸、20:4、n-3)、イコサテトラエン酸(アラキドン酸、20:4、n-6)、イコサペンタエン酸(エイコサペンタエン酸、20:5、n-3)、ヘンイコサペンタエン酸(21:5、n-3)、ドコサジエン酸(22:2)、ドコサテトラエン酸(22:4、n-6)、ドコサペンタエン酸(22:5、n-3)、ドコサペンタエン酸(22:5、n-6)、ドコサヘキサエン酸(22:6、n-3)。
【0071】
脂肪酸の供給源となる油脂としては、例えば、大豆油、コーン油、パーム油、エゴマ油、キャノーラ油、サフラワー油、ひまわり油、ごま油、米油、ぶどう種子油および魚油等の天然油脂;ならびに炭素数6~12程度の中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)等の合成油脂が挙げられる。MCTとしては、例えば、カプロン酸トリグリセリド、ジカプリル酸カプリン酸トリグリセリド、ラウリン酸カプリン酸カプリル酸トリグリセリド、カプリル酸トリグリセリド(トリカプリリン)等が挙げられる。
【0072】
第1栄養組成物中の油脂の含有量は、油脂の種類に応じて適宜調節することができるが、例えば、栄養組成物全体のエネルギーあたり、0.1~5g/100kcal栄養組成物とすることができる。
【0073】
糖質としては、例えば、デンプン(例:コーンスターチ)、デキストリン、マルトデキストリン、フラクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖、乳果オリゴ糖、ラクツロース、イヌリン、麦芽糖、ショ糖およびグルコースが挙げられる。
【0074】
第1栄養組成物中の糖質の含有量は、糖質の種類に応じて適宜調節することができるが、例えば、糖質は、栄養組成物の全体のエネルギーあたり、0.1~5.0g/100kcalとすることができる。
【0075】
ミネラルとしては、例えば、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、カリウム、リン、鉄、マンガン、銅、ヨウ素、亜鉛、セレン、クロム、およびモリブデン、硫黄、塩素およびコバルトが挙げられる。これらのミネラルは、塩(例えば、炭酸水素ナトリウムのような炭酸水素塩(重炭酸塩))の形態であってもよい。1種または2種以上のミネラルをあらかじめ組み合わせた調製物(プレミックス)を用いてもよく、また必要に応じて、それにさらに1種または2種以上のミネラルを追加して用いてもよい。
【0076】
第1栄養組成物中のミネラルの含有量は、ミネラルの種類に応じて適宜調節することができるが、例えば、ミネラル全体(塩等の形態にあるものはその重量)として、栄養組成物全体のエネルギーあたり、1mg~50g/100kcal栄養組成物とすることができる。
【0077】
ビタミンとしては、例えば、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK等の脂溶性ビタミン;ならびにビタミンB、ビタミンC等の水溶性ビタミンが挙げられる。1種または2種以上のビタミンをあらかじめ組み合わせた調製物(プレミックス)を用いてもよく、また必要に応じてそれにさらに1種または2種以上のビタミンを追加して用いてもよい。
【0078】
ビタミンAとしては、例えば、レチノール(ビタミンA)、3-デヒドロレチノール(ビタミンA)、レチナール、3-デヒドロレチナール、レチノイン酸および3-デヒドロレチノイン酸の他、これらの酢酸エステルおよびパルミチン酸エステル等の誘導体、並びにβ-カロテン等のプロビタミンAが挙げられる。ビタミンDとしては、例えば、エルゴカルシフェロール(ビタミンD)、コレカルシフェロール(ビタミンD)の他、これらの硫酸エステル等の誘導体が挙げられる。ビタミンEとしては、例えば、α-トコフェロール、β-トコフェロール、γ-トコフェロール、δ-トコフェロール、α-トコトリエノール、β-トコトリエノール、γ-トコトリエノール、δ-トコトリエノールの他、これらの酢酸エステル、ニコチン酸エステル、リン酸エステル等の誘導体や、α-トコフェロール二ナトリウム等のこれらの塩が挙げられる。ビタミンKとしては、例えば、フィトナジオン(ビタミンK)、メナキノン(ビタミンK)およびメナジオン(ビタミンK)の他、これらの塩が挙げられる。ビタミンBとしては、例えば、チアミン(ビタミンB)、リボフラビン(ビタミンB)、ニコチン酸、ニコチン酸アミド(以上、ナイアシン;ビタミンB)、パントテン酸(ビタミンB)、ピリドキシン、ピリドキサール、ピリドキサミン(以上、ビタミンB)、ビオチン(ビタミンB)、葉酸(ビタミンB)、シアノコバラミン、アデノシルコバラミン、メチルコバラミン、スルフィトコバラミン、ヒドロキソコバラミン(以上、ビタミンB12)の他、これらの塩が挙げられる。また、コリンおよびその塩(例えばコリン重酒石酸塩、コリン塩酸塩)をビタミンBに含めることもできる。
【0079】
第1栄養組成物中のビタミンの含有量は、ビタミンの種類に応じて適宜調節することができるが、例えばビタミン全体(塩、誘導体等の形態にあるものはその重量)として、栄養組成物全体のエネルギーあたり、0.005mg~1000mg/100kcal栄養組成物とすることができる。
【0080】
第1栄養組成物は、上記の成分以外に、賦形剤、乳化剤、安定化剤、pH調整剤、ゲル化剤、香料、着色料、その他の添加剤など、一般的な食品や製剤に使用されている成分をさらに含んでいてもよい。
【0081】
第1栄養組成物の投与対象となる哺乳動物には、ヒトおよびヒト以外の哺乳動物(非ヒト哺乳動物、例えばマウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル)が包含される。
【0082】
第1栄養組成物の投与経路は特に限定されず、経口投与(例、喫食)でもよいし、非経口投与(例、経静脈投与、PEGチューブ等を用いた経腸投与)でもよい。投与回数は1日1回~数回とすることができ、各回で適量の第1栄養組成物を投与すればよい。
【0083】
第1栄養組成物の1日の投与量は、1日に必要なアミノ酸摂取量を満たせば特に限定されない。例えば、成人に対して、アミノ酸組成物換算で、0.001g~1.5g/体重kg/日、好ましくは、0.1g~1.0g/体重kg/日で投与することができる。投与量は、投与対象(ヒトまたはヒト以外の哺乳動物)の年齢、体重、性別、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団の移植または投与の形態および/または方法等により、適宜増減することが可能である。
【0084】
第1栄養組成物の投与期間は、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団が移植または投与された日(本明細書において「手術日」と呼ぶ。)から、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団において幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制するのに必要な任意の期間とすることができる。
【0085】
例えば、第1栄養組成物の投与期間は、手術日(0日目)の翌日(1日目)から連続して、7日間、8日間、9日間、10日間、11日間、12日間、13日間、14日間、21日間、28日間、30日間、60日間、90日間、120日間などとすることができる。一つの実施形態では、第1栄養組成物の投与期間は、11日間以上である。
【0086】
上記投与期間は、投与対象(ヒトまたはヒト以外の哺乳動物)の年齢、体重、性別、症状等に基づいて、適宜決定される。例えば、体重を基準として投与期間を決定する場合、投与対象が体重25g(例、雄性成体マウス)の場合、投与期間は、代表的には7日間~21日間、7日間~28日間、11日間~21日間、または11日間~28日間である。投与対象が体重60kg(例、ヒト成人男性)の場合、投与期間は、代表的には90日間~120日間である。本発明の栄養組成物は、一定期間摂取すれば、摂取終了後も幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖のリスクが軽減される。
【0087】
生体内での、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団において幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制することの効果は、例えば、哺乳動物に第1栄養組成物を摂取させた場合に、第1栄養組成物を摂取させなかった場合に比べて、移植または投与された細胞集団中の目的外細胞の重量ないしサイズが低下することにより確認することができる。目的細胞および目的外細胞は、例えば、それぞれの細胞に特異的な表面マーカー、抗原、糖鎖などを利用することによって検出することもできる。
【0088】
(第2栄養組成物)
幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団の培養に使用するための第2栄養組成物は、代表的には、細胞の培地の形状をとる。すなわち、第2栄養組成物の形状は、細胞の培養(特に幹細胞から目的細胞を分化誘導するための培養)に一般的に用いられている培地またはその他の公知の培地の形状に準じたものとすることができる。
【0089】
培地は一般的に、無機塩類、炭水化物、アミノ酸、ビタミン、脂肪酸または脂質、タンパク質またはペプチド、血清またはその代替物、微量元素などの成分を含む。ビタミン(ビタミンB12、ビタミンA、ビタミンE、リボフラビン、チアミン、ビオチンなど)、脂肪酸・脂質(コレステロールその他のステロイドなど)、タンパク質・ペプチド(アルブミン、トランスフェリン、フィブロネクチンやフェチュインなど)などの成分は、培地を無血清の形態とする場合に、培地に添加することが特に重要となる(通常は血清によって供給される)。また、第2栄養組成物は、幹細胞を目的細胞に分化誘導するために必要な、増殖因子およびその他の成分も含む。培地は必要に応じてさらに、抗生物質(例えば、Antibiotic-Antimycotic、ペニシリン、ストレプトマイシン、またはこれらの混合物)、抗菌剤(例えば、アンホテリシンB)、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤を含んでいてもよい。第2栄養組成物の組成(各成分の種類および量)は、一般的な培地(特に幹細胞から目的細胞を分化誘導するための培地)を基礎として、アミノ酸については本発明に従って本明細書に記載したように調整し、その他の成分については一般的な培地と同様にする、または必要に応じて(例えば、アミノ酸の調整と対応して)調整することができる。
【0090】
なお、第2栄養組成物に含まれる脂肪酸または脂質、炭水化物、無機塩類、微量元素、ビタミン等の成分に関しては、それぞれ第1実施形態に含まれる油脂、糖質、ミネラル、ビタミン等の成分について本明細書に記載した事項を適宜参照しながら、細胞の培養への利用に適するよう選択したり、調整(変更)したりすることができる。
【0091】
生体外での、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団において幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制することの効果は、例えば、細胞集団を第2栄養組成物(培地)中で培養した場合に、第2栄養組成物(培地)中で培養しなかった(コントロールの培地中で培養した)場合に比べて、細胞集団中の目的外細胞の量(比率)が低下することにより、あるいは細胞集団中の目的細胞の量(比率)が上昇することにより、確認することができる。目的細胞および目的外細胞は、例えば、それぞれの細胞に特異的な表面マーカー、抗原、糖鎖などを利用することによって識別することができる。
【0092】
(キット)
本発明によるキットは、本発明の栄養組成物、および幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団を含む。本明細書において、本発明の栄養組成物との関係で記載した技術的事項は、当該栄養組成物を使用する本発明のキットとの関係においても同様に適用することができる。例えば、本発明のキットは、細胞治療または再生医療の手術において移植のために用いられる細胞集団と、その手術を受けたヒト(患者)またはヒト以外の哺乳動物(実験動物)が移植手術後に摂取するための第1栄養組成物とを含むものとすることができる。
【0093】
本発明による幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖の抑制方法は、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団に、本発明の栄養組成物を摂取させることを含む。本明細書において、本発明の栄養組成物との関係で記載した技術的事項は、当該栄養組成物を使用する上記の方法との関係においても同様に適用することができる。例えば、本発明による幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖の抑制方法は、生体内において実施されてもよいし、生体外において実施されてもよい。
【0094】
本発明による栄養組成物の使用は、本発明の栄養組成物の、幹細胞から分化した細胞を含む細胞集団において幹細胞由来の目的外細胞の形成および/または増殖を抑制するための使用である。本明細書において、本発明の栄養組成物との関係で記載した技術的事項は、上記の栄養組成物の使用との関係においても同様に適用することができる。例えば、本発明による栄養組成物の使用は、生体内において実施されてもよいし、生体外において実施されてもよい。
【0095】
以下の実施例において、試験例(移植試験)を挙げて、本発明を更に具体的に説明するが、これによって本発明が限定されるものではない。
【実施例
【0096】
(マウス)
本試験例において用いるマウスは、ヒトiPS細胞を移植するに際して、異種細胞移植となることから、免疫不全マウス雄性NOD/Shi-scid-IL2Rγnullマウス(以下、「NOGマウス」)を利用する。これらはヒトiPS細胞の移植実験で広く用いられている動物種である(K.Miura, et al. Nat Biotechnol (2009), 27:743-5)。該マウスは実験動物中央研究所から入手した。
【0097】
(固形飼料(固形食))
以下の試験例において、固形飼料のコントロールとしてリサーチダイエット社A10021Bを用いた。この飼料をベースに各種アミノ酸を抜いた固形飼料、A05080209(バリン欠乏飼料)(リサーチダイエット社)、A05080220(非必須アミノ酸欠乏飼料)(リサーチダイエット社)を作製した。これらA10021B、A05080209、A05080220は3.87 kCal/gでエネルギー量は統一されている。セリンおよびグリシン欠乏飼料としてはTest diet社(Mod TestDiet (登録商標) 5CC7 w/ No Added Serine or Glycine, 5BJX 5CC7, 3.97 kCal/g)を用いた。各飼料の組成を下記表に示す。
【0098】
【表2】
【0099】
*1 Mineral Mix S10001の組成(当該Mix 1000gあたりの各成分の重量) :リン酸水素カルシウム(500g)、酸化マグネシウム(24g)、クエン酸カルシウム(220g)、硫酸カリウム(52g)、塩化ナトリウム(74g)、硫酸クロムカリウム(0.55g)、炭酸第二銅(0.3g)、ヨウ化カリウム(0.01g)、クエン酸第二鉄(6.0g)、炭酸マグネシウム(3.5g)、亜セレン酸ナトリウム(0.01g)、炭酸亜鉛(1.6g)、スクロース(118.03g)
*2 Vitamin Mix V10001の組成(当該Mix 10gあたりの各成分の重量):ビタミンAパルミテート(20,000 IU)、ビタミンD3(1,000 IU)、ビタミンE酢酸塩(50 IU)、メナジオンナトリウムビサルファイト(0.5 mg)、ビオチン(0.3 mg)、シアノコバラミン(10 μg)、葉酸(6 mg)、ニコチン酸(30 mg)、パントテン酸カルシウム(30 mg)、ピリドキシン塩酸塩(6 mg)、リボフラビン(6 mg)、チアミン塩酸塩(6 mg)、アスコルビン酸(500 mg)、スクロース(9.7842 g)
【0100】
【表3-1】
【表3-2】
【表3-3】
【0101】
*3 Baker Amino Acid Vitamin Premixの成分:スクロース、アスコルビン酸、イノシトール、ニコチン酸、パントテン酸カルシウム、チアミン硝酸塩、リボフラビン、ピリドキシン塩酸塩、ビタミンA酢酸塩、葉酸、ビタミンB12、メナジオンナトリウムビサルファイト(ビタミンK供給源)、アミノ安息香酸、コレカルシフェロール、ビオチン
*4 Baker Amino Acid Mineral Premixの成分:コーンスターチ、リン酸カルシウム、リン酸カリウム、塩化ナトリウム、炭酸カルシウム、硫酸マグネシウム、クエン酸鉄、硫酸マグネシウム、炭酸亜鉛、モリブデン酸ナトリウム、ホウ酸、ヨウ化カリウム、硫酸銅、セレン酸ナトリウム、硫酸コバルト
*5 Baker AA Premix / No Ser or Gly:L-リシン一塩酸塩、L-ロイシン、L-アルギニン-HCl、L-アラニン、L-アスパラギン、グルタミン酸、L-グルタミン、L-プロリン、L-フェニルアラニン、L-バリン、L-スレオニン、L-イソロイシン、L-メチオニン、L-ヒスチジン-HCl-H2O、L-チロシン、L-システイン、L-トリプトファン
【0102】
[試験例1]移植試験1:バリン欠乏飼料
実験に使用するNOGマウスは6週齢で入荷し、入荷後1週間の馴化飼育期間を経て使用した。体重を測定し、1.5-2.0%のイソフルラン吸入麻酔下において背部中央右側または背部中央左側より切開し、腎臓を露出させた。腎被膜下に注射針を用いてヒトiPS細胞1383D2株(京都大学iPS細胞研究所から入手)(100万細胞)を腎被膜下に移植した。合計18匹のマウスにiPS細胞を移植し、4匹のマウスは手術処置は同様にするが、移植のみおこなわないSham群として用いた。その後、腎臓を腹部に戻して縫合した。麻酔から覚醒したことを確認してケージに戻した(3匹/ケージ, Sham群のみ2匹/ケージ)。その後移植群18匹をそれぞれコントロール飼料(6匹)、バリン欠乏飼料2群(6匹×2)に分割し、Sham群4匹にはバリン欠乏飼料を給餌した。1週間毎に飼料を新しいものに取替え、3週間目に体重を測定し、体重低下の回復のためバリン欠乏飼料2群(6匹×2)の飼料をコントロール飼料に変更した。翌週移植4週後にバリン欠乏飼料1群(6匹)の飼料を再びバリン欠乏飼料に戻した。その後この群は実験終了まで1週間毎にバリン欠乏飼料とコントロール飼料を交互に給餌した。3週前でコントロール飼料に戻した別のバリン欠乏飼料1群(6匹)についてはこの後実験終了までコントロール飼料を給餌した。移植後68日目に該マウスを麻酔下で解剖し、移植腎と移植していない反対側の腎臓の双方の重量を測定し、その差をテラトーマ重量として算出した。
【0103】
【表4】
【0104】
移植試験1によるテラトーマ重量等の結果を図1に示す。バリン欠乏飼料によりテラトーマの形成抑制に対する顕著な効果が認められた。
【0105】
[試験例2(参考)]移植試験2:セリンおよびグリシン欠乏飼料
実験に使用するNOGマウスは6週齢で入荷し、入荷後1週間の馴化飼育期間を経て使用した。体重を測定し、1.5-2.0%のイソフルラン吸入麻酔下において背部中央右側または背部中央左側より切開し、腎臓を露出させた。腎被膜下に注射針を用いてヒトiPS細胞1383D2株(京都大学iPS細胞研究所から入手)(500万細胞)を腎被膜下に移植した。合計18匹のマウスにiPS細胞を移植し、4匹のマウスは手術処置は同様にするが、移植のみおこなわないSham群として用いた。その後、腎臓を腹部に戻して縫合した。麻酔から覚醒したことを確認してケージに戻した(3-4匹/ケージ, Sham群のみ2-4匹/ケージ)。その後移植群20匹をそれぞれコントロール飼料(10匹)、セリン・グリシン欠乏飼料群(10匹)に分割し、Sham群5匹にはセリンおよびグリシン欠乏飼料を給餌した。1週間毎に飼料を新しいものに取替え、移植後7, 14, 28, 48日目に体重を測定し、移植後48日目に該マウスを麻酔下で解剖し、移植腎と移植していない反対側の腎臓の双方の重量を測定し、その差をテラトーマ重量として算出した。
【0106】
【表5】
【0107】
移植試験2によるテラトーマ重量等の結果を図2に示す。セリンおよびグリシン欠乏飼料によるテラトーマの形成抑制に対する効果は認められなかった。
【0108】
[試験例3(参考)]移植試験3:非必須アミノ酸欠乏飼料
実験に使用するNOGマウスは8週齢で入荷し、入荷後1週間の馴化飼育期間を経て使用した。体重を測定し、1.5-2.0%のイソフルラン吸入麻酔下において背部中央右側または背部中央左側より切開し、腎臓を露出させた。腎被膜下に注射針を用いてヒトiPS細胞1383D2株(京都大学iPS細胞研究所から入手)(500万細胞)を腎被膜下に移植した。合計15匹のマウスにiPS細胞を移植した。その後、腎臓を腹部に戻して縫合した。麻酔から覚醒したことを確認してケージに戻した(2-4匹/ケージ)。その後移植群15匹をそれぞれコントロール飼料(5匹)、非必須アミノ酸(アスパラギン、アスパラギン酸、アラニン、アルギニン、グリシン、グルタミン、グルタミン酸、システイン、セリン、チロシンおよびプロリン)欠乏飼料群(10匹)に分割した。1週間毎に飼料を新しいものに取替え、移植後3, 10, 24, 43, 50日目に体重を測定し、移植後50日目に該マウスを麻酔下で解剖し、移植腎と移植していない反対側の腎臓の双方の重量を測定し、その差をテラトーマ重量として算出した。
【0109】
【表6】
【0110】
移植試験3によるテラトーマ重量等の結果を図3に示す。非必須アミノ酸欠乏飼料によってもテラトーマの形成抑制に対する効果が認められた。
【0111】
[試験例4]バリン不含培地における幹細胞生存率低下の検証
(1)ヒトiPS細胞の培養
ヒトiPS細胞(1383D2;京都大学iPS研究所)をLaminin-511コーティング上にStemFit AK02Nで播種1日後に、以下の培地に変更し、培地交換2日後に細胞生存率をCell-Titer Glo(Promega)で測定した。
バリン含有培地:DMEM/F-12(Gibco),E8 supplement(Thermo)。
バリン不含培地:DMEM/F-12(-Val)(機能ペプチド研究所、特注),E8 supplement(Thermo)。
【0112】
(2)結果
結果を図4に示す。バリン不含培地で培養したヒトiPS細胞は培地交換2日後にはほとんど生存が認められなかった。
【0113】
[試験例5]バリン不含培地における肝オルガノイドに混入した幹細胞生存率低下の検証
(1)ヒト血管内皮細胞(human endothelial cell;EC)の作製
ヒトiPS細胞(1383D2;京都大学iPS研究所)を、DMEM/F-12(Gibco)(10ml)に1% B-27 Supplements(GIBCO)、BMP4(25ng/ml)およびCHIR99021(8μM)を添加した培地中、5%CO、37℃で3日間培養することで中胚葉系細胞を誘導した。得られた中胚葉系細胞をさらに、Stempro-34 SFM(Gibco)(10ml)にVEGF(200ng/ml)およびFolskolin(2μM)を添加した培地中、5%CO、37℃で7日間培養することで、CD31陽性、CD73陽性およびCD144陽性のヒト非造血性血管内皮細胞集団を得た。
【0114】
(2)ヒト肝臓内胚葉細胞(human Hepatic Endoderm;HE)の作製
ヒトiPS細胞(1383D2)を、RPMI 1640(富士フィルム)(2ml)にWnt3a(50ng/mL)およびアクチビンA(100ng/ml)を添加した培地中、5%CO、37℃で5日間培養することで、内胚葉系細胞を誘導した。得られた内胚葉系細胞を、同培地に1%B27 Supplements(GIBCO)およびFGF2(10ng/ml)を添加した上で、5%CO、37℃で、さらに5日間培養することで、AFP、ALBおよびHNF4αが陽性のヒト肝臓内胚葉細胞集団を得た。
【0115】
(3)ヒト間葉系幹細胞(human Mesenchymal Cell;MC)の作製
ヒトiPS細胞(1383D2)を、DMEM/F-12(Gibco)(10ml)に1% B-27 Supplement(GIBCO)、BMP4(25ng/ml)およびCHIR99021(8μM)を添加した培地中、5%CO、37℃で3日間培養することで中胚葉系細胞を誘導した。得られた中胚葉系細胞を、同培地にPDGFBB(10ng/ml)およびアクチビンA(2 ng/ml)を添加した上で、5%CO、37℃で、さらに3日間培養した。その後、DMEM/F-12(Gibco)(10ml)に1% B-27 Supplements(GIBCO)、FGF2(10 ng/ml)およびBMP4(12ng/ml)を添加した培地中、5%CO、37℃で、さらに3日間培養することで、ヒト間葉系幹細胞を得た。
【0116】
(4)オルガノイド(三次元構造体)の作製およびヒトiPS細胞との共培養
作製したヒト肝臓内胚葉細胞(HE)、ヒト血管内皮細胞(EC)、ヒト間葉系幹細胞(MC)およびヒトiPS細胞(1383D2)を10:7:1:5の割合の細胞数(総数2.3×106個)で混合し、三次元培養容器Elplasia(クラレ)上で一日間、5%CO、37℃で共培養することで凝集体を作製した。この共培養において、培養培地は、HCM(Lonza)にFBS(5%)、HGF(10ng/ml)、OSM(20ng/ml)およびDex(100nM)を加えた肝臓細胞用培地(A)と、Stempro-34 SFM(Gibco)にVEGF(50ng/ml)およびFGF2(10ng/ml)を加えた血管内皮細胞用培地(A)を、1:1の体積割合で混合したもの(本明細書中「オルガノイド用培地(A)」という)を用いた。共培養1日後にオルガノイド用培地(A)を以下の培地に変更し、培地交換1日後に細胞生存率をFACS fortessaで測定した。
バリン含有培地:DMEM/F-12(Gibco)にKSR(5%)、HGF(10ng/ml)、OSM(20ng/ml)およびDex(100nM)を加えた肝臓細胞用培地(B)に、上記血管内皮細胞用培地(A)を、1:1の体積割合で混合したもの。
バリン不含培地:DMEM/F-12(-Val)(機能ペプチド研究所、特注)にKSR(5%)、HGF(10ng/ml)、OSM(20ng/ml)およびDex(100nM)を加えた肝臓細胞用培地(B’)に、上記血管内皮細胞用培地(A)を、1:1の体積割合で混合したもの。
【0117】
(5)結果
結果を図5に示す。オルガノイドとともに培養したヒトiPS細胞は、バリン不含培地では培地交換1日後でバリン含有培地の1/3に減少していた。
図1
図2
図3
図4
図5