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特許7554192非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-10
(45)【発行日】2024-09-19
(54)【発明の名称】非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20240911BHJP
   H01F 10/30 20060101ALI20240911BHJP
   G11B 5/738 20060101ALI20240911BHJP
   G11B 5/84 20060101ALI20240911BHJP
【FI】
C23C14/34 A
H01F10/30
G11B5/738
G11B5/84 Z
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021534574
(86)(22)【出願日】2020-05-29
(86)【国際出願番号】 JP2020021448
(87)【国際公開番号】W WO2021014760
(87)【国際公開日】2021-01-28
【審査請求日】2023-03-01
(31)【優先権主張番号】P 2019135709
(32)【優先日】2019-07-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】岩淵 靖幸
(72)【発明者】
【氏名】下宿 彰
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-208995(JP,A)
【文献】特開2011-003260(JP,A)
【文献】国際公開第2011/070850(WO,A1)
【文献】特開昭63-020154(JP,A)
【文献】国際公開第2014/046040(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/141557(WO,A1)
【文献】特開2010-222639(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/34
H01F 10/30
G11B 5/738
G11B 5/84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属相及び酸化物相が相互に分散した組織を有する非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材であって、
金属相は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、Coを20~60mol%、Ptを5~30mol%、Moを1~40mol%含有すると共に、Mo、Cr、Ru及びBを合計濃度で25mol%以上含有し、
酸化物相の体積率が10~45%である、
非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
【請求項2】
金属相は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、Moを1540mol%含有する請求項1に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
【請求項3】
金属相中におけるCrの濃度が、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、10mol%以下である請求項1又は2に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
【請求項4】
金属相中におけるRuの濃度が、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、5mol%以下である請求項1~3の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
【請求項5】
金属相中におけるBの濃度が、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、5mol%以下である請求項1~4の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
【請求項6】
酸化物相が、Ti、Si、B、Co、Cr、Ta、Mn、Zr及びNbよりなる群から選択される一種又は二種以上の金属の酸化物を含有する請求項1~5の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
【請求項7】
相対密度が90%以上である請求項1~6の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
【請求項8】
金属相は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、Ptを15~30mol%含有する請求項1~7の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
【請求項9】
金属相は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、Moを25~30mol%含有する請求項1~8の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
【請求項10】
金属相中におけるCrの濃度が、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、5mol%以下である請求項1~9の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
【請求項11】
金属相中の、Cr、Ru及びBの合計濃度が、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、10mol%以下である請求項1~10の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
【請求項12】
請求項1~11の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材と、バッキングプレート又はバッキングチューブとが、ロウ材層を介して積層された構造を有するスパッタリングターゲット。
【請求項13】
請求項1~11の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材を用いてスパッタリングする工程を含む成膜方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は垂直磁気記録媒体を構成する非磁性層用の薄膜を形成するのに適したスパッタリングターゲット部材に関する。
【背景技術】
【0002】
HDD(ハードディスクドライブ)等の磁気記録再生装置に用いられる磁気記録媒体においては、これまでの面内磁気記録方式に替わり、高記録密度化が可能な垂直磁気記録方式が脚光を浴びている。垂直磁気記録方式は、磁気記録層内の磁化容易軸が基板面に対して垂直に配向しており、面内磁気記録方式に比べて、熱揺らぎ現象を抑制することができるという利点がある。
【0003】
垂直磁気記録方式を採用する垂直磁気記録媒体は、磁気記録層と呼ばれる磁性を担う層と、磁気記録層の特性を改善するために用いられる非磁性層を有するのが一般的である。磁気記録層の微小磁石としては、hcp-Co合金が多用されている。磁気記録層がhcp(六方最密充填)構造である場合には磁化容易軸はC軸であり、C軸を基板の法線方向に配向させる必要がある。
【0004】
このC軸の配向性を向上させるためには、磁気記録層の下にhcp構造の非磁性層(「配向制御層」ともいう。)を設けることが有効である。非磁性層にはCoCr合金、Ti、V、Zr、Hfなどが知られているが、特にRu(ルテニウム)が磁気記録層の結晶配向を効果的に向上させ、保磁力Hcを高めることができることが知られている(特開2012-2088992号公報、特開2009-245484号公報、国際公開第2010/038448号、特開2004-310910号公報)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-208992号公報
【文献】特開2009-245484号公報
【文献】国際公開第2010/038448号
【文献】特開2004-310910号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、Ruの市場価格は高騰しており、Ruを使用すると生産コストが増大するという問題がある。このため、Ruの使用量を削減しながら、hcp構造の非磁性層を形成することができれば有利であろう。本発明はこのような事情に鑑みて創作されたものであり、一実施形態において、垂直磁気記録媒体を構成するhcp構造の非磁性層を形成するのに有利な、経済性に優れたスパッタリングターゲット部材を提供することを課題とする。別の一実施形態において、本発明はそのようなスパッタリングターゲット部材を用いた成膜方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意検討したところ、Co、Pt及びMoを主成分とする金属相と、酸化物相とが相互に分散している組織を有するスパッタリングターゲット部材が非磁性層形成用に好適であることを見出した。本発明は以下に例示される。
【0008】
[1]
金属相及び酸化物相が相互に分散した組織を有する非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材であって、
金属相は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、Coを20~60mol%、Ptを5~30mol%、Moを1~40mol%含有すると共に、Mo、Cr、Ru及びBを合計濃度で25mol%以上含有し、
酸化物相の体積率が10~45%である、
非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
[2]
金属相は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、Moを25~30mol%含有する[1]に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
[3]
金属相中におけるCrの濃度が、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、5mol%以下である[1]又は[2]に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
[4]
金属相中におけるRuの濃度が、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、5mol%以下である[1]~[3]の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
[5]
金属相中におけるBの濃度が、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、5mol%以下である[1]~[4]の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
[6]
酸化物相が、Ti、Si、B、Co、Cr、Ta、Mn、Zr及びNbよりなる群から選択される一種又は二種以上の金属の酸化物を含有する[1]~[5]の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
[7]
相対密度が90%以上である[1]~[6]の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材。
[8]
[1]~[7]の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材と、バッキングプレート又はバッキングチューブとが、ロウ材層を介して積層された構造を有するスパッタリングターゲット。
[9]
[1]~[7]の何れか一項に記載の非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材を用いてスパッタリングする工程を含む成膜方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲット部材をスパッタすることで、容易に非磁性膜を得ることができる。当該非磁性膜は金属相のhcp構造が維持されるため、垂直磁気記録媒体中の磁気記録層がhcp(六方最密充填)構造である場合に、C軸を基板の法線方向に配向させる効果が得られる。また、当該膜は金属相と酸化物相が綺麗に分離しているため、上層に製膜する磁性層での磁性粒間の分離に寄与することも期待される。また、本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲット部材で使用するMoは、Ruに比べて安価に入手可能である。従って、本発明の一実施形態に係るスパッタリングターゲット部材は、垂直磁気記録媒体を構成する非磁性層の形成への利用が期待できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明に係る非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材は一実施形態において、金属相及び酸化物相が相互に分散した組織を有する。スパッタリングターゲット部材中において、金属相及び酸化物相が相互に分散していることは、均質な膜を形成するのに有利である。
【0011】
(1.金属相)
本発明に係る非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材の一実施形態において、金属相は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、Coを20~60mol%、Ptを5~30mol%、Moを1~40mol%含有する。Co、Pt、及びMoはそれぞれ単体金属として存在していてもよいし、CoPt合金、CoPtMo合金、CoMo合金、PtMo合金、または、これらの何れかの合金とCr、Ru及びBの何れか一種又は二種以上との合金として存在していてもよい。
【0012】
金属相中のCo濃度の下限値を20mol%以上としたのは、Co合金の形成しやすさによる。Coが少なくなるとCo及びCo合金のhcp構造を維持することが難しくなる。Co濃度の下限値は好ましくは30mol%以上であり、より好ましくは35mol%以上であり、更により好ましくは40mol%以上である。また、金属相中のCo濃度の上限値を60mol%以下としたのは、非磁性化のためである。Coが多くなると、他金属を使用したとしても非磁性化が難しくなる。Co濃度の上限値は好ましくは55mol%以下であり、より好ましくは50mol%以下であり、更により好ましくは45mol%以下である。
【0013】
金属相中のPt濃度を5mol%以上30mol%以下としたのは、上層に製膜する磁性層の安定性に影響するためである。Ptが多くとも少なくとも、磁性層でのhcp構造の安定性が悪くなる。Pt濃度の下限値は好ましくは10mol%以上であり、より好ましくは15mol%以上である。Pt濃度の上限値は好ましくは28mol%以下であり、より好ましくは25mol%以下である。
【0014】
金属相中のMo濃度の下限値を1mol%以上としたのは、MoはRuに比べて安価に入手できることに加え、スパッタ膜の非磁性化(換言すれば飽和磁化の低下)に寄与でき、更にはスパッタ膜中の金属相のhcp構造を維持する効果も高いことが判明したからである。更に、Moは化学的に安定であり、酸化されにくいため、酸化物相中に含まれるCoO等の酸化物を意図せず還元してしまうおそれが少ないという特性がある。この特性は、スパッタ膜の構成相を調整しやすい点で有利である。Mo濃度の下限値は好ましくは5mol%以上であり、より好ましくは15mol%以上であり、更により好ましくは25mol%以上である。
【0015】
また、金属相中のMo濃度の上限値を40mol%以下としたのは、Moの濃度が高すぎるとスパッタリングターゲット部材が割れやすくなることから、割れの発生を防止するためである。Mo濃度の上限値は好ましくは40mol%以下であり、より好ましくは35mol%以下であり、更により好ましくは30mol%以下である。
【0016】
従って、本発明に係る非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材の好ましい実施形態において、金属相は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、Coを35~50mol%、Ptを10~28mol%、Moを15~35mol%含有し、より好ましい実施形態において、金属相は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、Coを40~45mol%、Ptを15~25mol%、Moを25~30mol%含有する。
【0017】
金属相は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、Mo、Cr、Ru及びBを合計濃度で25mol%以上含有する。これらの金属元素はスパッタ膜の非磁性化に貢献するため、合計濃度で25mol%以上含有することが望ましい。但し、これらの金属元素の合計濃度が高くなりすぎると、スパッタ膜のhcp構造が崩れるおそれがあるため、これらの金属元素の合計濃度の上限値は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、好ましくは40mol%以下であり、より好ましくは35mol%以下であり、更により好ましくは30mol%以下である。また、予期せぬ特性変化をもたらさないという観点からは、Mo以外の金属成分は少ない方が好ましい。
【0018】
Crは金属相のhcp構造の維持に悪影響を及ぼすと共に、CoO等の酸化物を還元しやすいため、スパッタ膜中で意図しない構成相を生成する可能性がある。このため、金属相中におけるCrの濃度は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、20mol%以下であることが好ましく、10mol%以下であることがより好ましく、5mol%以下であることが更により好ましく、1mol%以下であることが更により好ましい。
【0019】
Ruは先述したように生産コストを引き上げる要因となることから添加量は少ない方が望ましい。このため、金属相中におけるRuの濃度は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、20mol%以下であることが好ましく、10mol%以下であることがより好ましく、5mol%以下であることが更により好ましく、1mol%以下であることが更により好ましい。
【0020】
BもまたCrと同じくCoO等の酸化物を還元しやすいため、スパッタ膜で意図しない構成相を生成する可能性がある。このため、金属相中におけるBの濃度は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、20mol%以下であることが好ましく、10mol%以下であることがより好ましく、5mol%以下であることが更により好ましく、1mol%以下であることが更により好ましい。
【0021】
金属相中の、Cr、Ru及びBの合計濃度は、該ターゲット部材の全体組成を基準にして、20mol%以下であることが好ましく、10mol%以下であることがより好ましく、5mol%以下であることが更により好ましく、1mol%以下であることが更により好ましい。
【0022】
(2.酸化物相)
本発明に係る非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材の一実施形態において、酸化物相の体積率が10~45%である。酸化物相の体積率の下限値を10%以上とすることで、磁気的な相互作用を遮断する効果を高めることができる。酸化物相の体積率の下限値は好ましくは20%以上であり、より好ましくは30%以上である。また、酸化物相の体積率の上限値を45%以下としたのは、これ以上酸化物相の体積率が大きくなるとスパッタ時に放電しづらくなるためである。酸化物相の体積率の上限値は好ましくは40%以下であり、より好ましくは35%以下である。
【0023】
スパッタリングターゲット部材中の酸化物相の体積率は以下の手順で測定する。金属粒子部分と酸化物部分は組織観察時の色の濃淡で判断することができる。たとえばSEM(走査型電子顕微鏡)による組織観察結果では、2次電子の強度が画像の濃淡として現れるので、一般的に金属部分は2次電子強度が強くなるので明るく、酸化物は強度が低くなるので暗く見える。これを利用し、画像中の暗く見える部分の平均面積率を、ターゲットの酸化物相の体積率とする。ここでは均一に分散した相の平均面積率と体積率の間には以下の関係式が成立することを利用した(新家光雄編:3D材料組織・特性解析の基礎と応用 付録A1項、内田老鶴圃、2014年6月)。
【0024】
酸化物相を構成する酸化物としては、限定的ではないが、Ti、Si、B、Co、Cr、Ta、Mn、Zr及びNbよりなる群から選択される1種又は2種以上の金属の酸化物が挙げられる。酸化物相を構成する酸化物は一種でもよいし、二種以上が混在していてもよい。
【0025】
チタンの酸化物としては、TiO2、TiOなどを使用することができる。ケイ素の酸化物としては、SiO2、SiOなどを使用することができる。ホウ素の酸化物としては、B23、BO、B2O、B6Oなどを使用することができる。コバルトの酸化物としては、CoO、Co23、Co34などを使用することができる。クロムの酸化物としてはCr23などを使用することができる。タンタルの酸化物としてはTaO2、Ta25などを使用することができる。マンガンの酸化物としては、MnO、MnO2、Mn34などを使用することができる。ジルコニウムの酸化物としてはZr23などを使用することができる。ニオブの酸化物としてはNbO、NbO2、Nb23、Nb25などを使用することができる。その他の酸化物も使用可能である。
【0026】
酸化物は二種以上の金属成分を含有する複合酸化物であってもよい。複合酸化物としては、CrBO3、Co225、Co326、Mn326、TiBO3などの融点の比較的高い複合酸化物を好適に使用することができる。
【0027】
上記の酸化物の中では、スパッタ膜中で金属相と酸化物相の分離性を高めるという観点から、金属相を構成するCoとの濡れ性に優れているコバルトの酸化物が好ましく、CoOが最適である。従って、酸化物相中のコバルト酸化物の濃度は50mol%以上であることが好ましく、70mol%以上であることがより好ましい。更に、酸化物相中のCoOの濃度は50mol%以上であることが好ましく、70mol%以上であることがより好ましい。
【0028】
(3.相対密度)
スパッタリングターゲット部材の相対密度は高い方が、アーキングの少ない安定的なスパッタリングを行う上で、好ましい。本発明に係る非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材は一実施形態において、相対密度が90%以上である。相対密度は好ましくは95%以上であり、より好ましくは99%以上である。相対密度は、組成によって定まる理論密度に対するアルキメデス密度の比で求められる。組成によって定まる理論密度は、実際に存在する化合物の密度を加味できていないことから、100%を超えることもあり得る。
【0029】
理論密度は、スパッタリングターゲット部材の成分分析を行い、それにより得られる各成分の質量濃度と各成分の単体密度から算出される。具体的には、ターゲットの構成成分が互いに拡散あるいは反応せずに混在していると仮定したときの密度で、次式で計算される。
式:理論密度(g/cm3)=Σ(構成成分の分子量×構成成分のモル比)/Σ(構成成分の分子量×構成成分のモル比/構成成分の文献値密度)
ここでΣは、ターゲットの構成成分の全てについて、和をとることを意味する。
【0030】
(4.製法)
本発明に係る非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材は、粉末焼結法を用いて、例えば、以下の手順によって作製することができる。
【0031】
まず、所望の金属相の組成に応じた一種又は二種以上の金属粉末を用意する。金属粉末は、Co粉末、Pt粉末、Mo粉末、Cr粉末、Ru粉末、B粉末など単体金属粉末でもよいし、Co-Pt合金粉末などの合金粉末でもよい。金属粉末は溶解鋳造したインゴットを粉砕して作製してもよいし、ガスアトマイズ法により作製してもよい。
【0032】
各金属粉末のメジアン径は0.1μm以上であることが好ましく、0.5μm以上であることがより好ましく、1μm以上であることが更により好ましい。金属粉末が小さすぎると、粉末同士が凝集し、均一な組織が得づらくなる。但し、各金属粉末のメジアン径は、大きすぎると酸化物粉末と均一に混合することが難しいことやスパッタリング中にパーティクルの原因となる懸念があることから、150μm以下であることが好ましく、30μm以下であることがより好ましく、10μm以下であることが更により好ましい。メジアン径は粉砕や篩別により調整可能である。
【0033】
また、所望の酸化物相の組成に応じた一種又は二種以上の酸化物粉末を用意する。均一分散させやすいという観点で、メジアン径が30μm以下であることが好ましく、10μm以下であることがより好ましく、5μm以下であることが更により好ましい。また、酸化物粉末は粉末同士の凝集防止という観点で、メジアン径が0.1μm以上であることが好ましく、1μm以上であることがより好ましく、2μm以上であることが更により好ましい。
【0034】
本明細書において、粉末のメジアン径は、レーザー回折・散乱法によって求めた粒度分布における体積値基準での積算値50%(D50)での粒径を意味する。実施例においては、HORIBA社製の型式LA-920の粒度分布測定装置を使用し、粉末をエタノールの溶媒中に分散させて湿式法にて測定した。屈折率は金属コバルトの値を使用した。
【0035】
次いで、原料粉末(金属粉末及び酸化物粉末)を所望の組成となるように秤量し、ボールミル等の公知の手法を用いて粉砕を兼ねて混合する。このとき、粉砕容器内に不活性ガスを封入して原料粉末の酸化をできるかぎり抑制することが望ましい。不活性ガスとしては、Ar、N2ガスが挙げられる。また、このとき、均一な組織を実現するために混合粉のメジアン径が20μm以下になるまで粉砕することが好ましく、さらに10μm以下になるまで粉砕することが好ましく、例えば0.1~10μmの範囲になるまで粉砕することができる。このようにして得られた混合粉末をホットプレス法で真空雰囲気又は不活性ガス雰囲気下において成型・焼結する。また、前記ホットプレス法以外にも、プラズマ放電焼結法など様々な加圧焼結方法を使用することができる。特に、熱間静水圧焼結法(HIP)は、焼結体の密度向上に有効であり、ホットプレス法と熱間静水圧焼結法をこの順に実施することが焼結体の密度向上の観点から好ましい。
【0036】
焼結時の保持温度は、金属粉末の溶融を避けるために金属相の組成に依存するが、使用する金属の融点未満とすることが好ましく、融点よりも20℃以上低い温度とすることがより好ましく、融点よりも50℃以上低い温度とすることが更により好ましい。また、焼結時の保持温度は、焼結体の密度低下を避けるために650℃以上とすることが好ましく、700℃以上とすることがより好ましく、750℃以上とすることが更により好ましい。
【0037】
ホットプレスの圧力は、焼結を促進するために20~70MPaとすることが好ましい。熱間静水圧焼結(HIP)における圧力は、焼結体の密度向上の観点から、100~200MPaとすることが好ましい。
【0038】
焼結時間は、焼結体の密度向上のために0.3時間以上とすることが好ましく、0.5時間以上とすることがより好ましく、1.0時間以上とすることが更により好ましい。また、焼結時間は、結晶粒の粗大化を防止するために3.0時間以下とすることが好ましく、2.0時間以下とすることがより好ましく、1.5時間以下とすることが更により好ましい。
【0039】
得られた焼結体を、旋盤等を用いて所望の形状に成形加工することにより、本発明に係るスパッタリングターゲット部材を作製することができる。ターゲット形状には特に制限はないが、例えば平板状(円盤状や矩形板状を含む)及び円筒状が挙げられる。
【0040】
スパッタリングターゲット部材の厚みは特に制限はなく、使用するスパッタ装置や成膜使用時間等に応じて適宜設定すればよいが、通常3~25mm程度であり、典型的には6~18mm程度である。
【0041】
スパッタリングターゲット部材はそのままスパッタリングターゲットとして使用してもよいが、必要に応じてバッキングプレート又はバッキングチューブとロウ材により接合して用いてもよい。この場合、スパッタリングターゲット部材と、バッキングプレート又はバッキングチューブとが、ロウ材層を介して積層された構造を有するスパッタリングターゲットが提供される。ロウ材層を構成する物質としては、限定的ではないが、例えば、融点がインジウムより低いため、純In、InSn合金及びInZn合金よりなる群から選択される一種以上とすることが好ましい。
【0042】
ロウ材層の厚みは、限定的ではないが、スパッタリングターゲットの使用効率の面とロウ材の熱膨張緩衝作用に基づくクラック防止の面から、0.1mm~2mmであることが好ましく、0.1mm~1mmであることがより好ましく、0.3mm~0.8mmであることが更により好ましい。
【0043】
(5.成膜)
本発明は一側面において、本発明に係る非磁性層形成用スパッタリングターゲット部材を用いてスパッタリングする工程を含む成膜方法を提供する。スパッタ条件は適宜設定することができる。
【0044】
上記の成膜方法を実施することにより得られたスパッタ膜は一実施形態において、飽和磁化が200emu/cc以下であり、好ましくは150emu/cc以下であり、より好ましくは100emu/cc以下である。飽和磁化は、試料振動型磁力計(VSM)によって測定される値である。また、上記の成膜方法を実施することにより得られたスパッタ膜は一実施形態において、XRD(X線回折法)で分析したときに、2θ=42°~44°の間に現れる、hcp構造のCoPt合金の(002)面に起因するピークの半値全幅(FWHM)が5以下であり、好ましくは4以下であり、典型的には3~5の範囲である。このことは、スパッタ膜において、金属相のhcp構造が維持されていることを意味する。
【実施例
【0045】
以下に本発明の実施例を比較例と共に示すが、これらの実施例は本発明及びその利点をよりよく理解するために提供するものであり、発明が限定されることを意図するものではない。
【0046】
<1.原料粉末>
(1)金属原料粉末として以下を用意した。
Co粉末(メジアン径:3μm)、Cr粉末(メジアン径:10μm)、Pt粉末(メジアン径:1μm)、Mo粉末(メジアン径:5μm)、B粉末(メジアン径:5μm)
(2)金属酸化物粉末として以下を用意した。
TiO2粉末(メジアン径:1μm)、SiO2粉末(メジアン径:1μm)、CoO粉末(メジアン径:2μm)
【0047】
次いで、表1に示す試験番号に応じた原料組成になるように、各原料粉末を秤量して、粉砕媒体のSUSボールと共に容量10リットルのボールミルポットに投入し、Ar雰囲気中で8時間回転させて混合、粉砕した。混合、粉砕後の粉末のメジアン径を測定したところ3μm程度であった。次に、ポットから取り出した粉末をカーボン製の型に充填し、ホットプレス装置を用いて成型、焼結した。ホットプレスの条件は、真空雰囲気、昇温速度300℃/時間、保持温度1000℃、保持時間2時間とし、昇温開始時から温度保持終了まで30MPaで加圧した。保持終了後はチャンバー内でそのまま自然冷却させた。次に、ホットプレスの型から取り出した焼結体に熱間静水圧焼結(HIP)を施した。熱間静水圧焼結の条件は、昇温温度300℃/時間、保持温度950℃、保持時間2時間とし、昇温開始時からArガスのガス圧を徐々に高めて、950℃保持中は150MPaで加圧した。温度保持終了後は炉内でそのまま自然冷却させた。次に、旋盤を用いて、それぞれの焼結体を直径180.0mm、厚さ5.0mmの形状に切削加工し、円盤状のスパッタリングターゲット部材を得た。各試験例に係るスパッタリングターゲット部材はそれぞれ、下記の試験を実施するのに十分な数を用意した。
【0048】
【表1】
【0049】
<2.組織分析>
上記手順により得られた各スパッタリングターゲット部材について、スパッタリング面に対して水平な切断面を切り出して鏡面研磨した。鏡面研磨した切断面をFE-EPMAの元素マッピング画像により解析した。その結果、何れの各スパッタリングターゲット部材についても、金属相及び酸化物相が相互に分散した組織を有していることが確認された。FE-EPMAの元素マッピング画像から、金属相及び酸化物相の何れについても、原料組成に対応した組成の粒子相が存在していることが確認された。金属相及び酸化物相の組成を表2に示す。
【0050】
【表2】
【0051】
<3.酸化物相の体積率>
組織分析を行った鏡面研磨した切断面を日立社製型式S-3700NのSEM(走査型電子顕微鏡)を用いて、倍率3000倍で撮像した。次いで、SEM像に対してNational Institutes of Health製ImageJというソフトウェアを使用し、白黒への二値化処理を行って酸化物相(黒色部分)を特定し、SEM画像全体の面積に対する酸化物相の面積の比率を求めた。測定は3回行い、その平均値を酸化物相の体積率の測定値とした。2値化の手順は下記の通りである。
File→Openから画像を読み込む。Image→Typeから8-bitを選択する。画像のスケールを除いた部分を選択し、Image→Cropでスケール部分を切り取る。Process→Filters→Gaussian Blurを選択し、Sigmaに2を入力し、OKをクリックする。Process→Binary→Make Binaryを選択する。以上の手順で画像の2値化を行う。
【0052】
<4.相対密度>
上記の製造方法で得られた各試験例に係るスパッタリングターゲット部材について、密度をアルキメデス法により測定し、組成によって定まる理論密度に対する割合(%)を求め、相対密度とした。結果を表3に示す。
【0053】
<5.強度>
上記の製造方法で得られた各試験例に係るスパッタリングターゲット部材について、目視により割れの有無を確認した。結果を表3に示す。
【0054】
<6.成膜試験>
上記の製造手順で得られた各試験例に係るスパッタリングターゲット部材をマグネトロンスパッタ装置(キヤノンアネルバ製C-3010スパッタリングシステム)に取り付け、スパッタリングを実施した。スパッタリング条件は、投入電力1kW、Arガス圧1.7Paとし、シリコン基板上に20秒間成膜した。
【0055】
<7.XRD分析>
成膜試験で得られた各試験例に係るスパッタ膜について、以下の測定条件でXRD(X線回折法)分析した。回折ピークの位置は高角XRD測定により、半値全幅(FWHM)はロッキングカーブ測定により測定した。
分析装置:株式会社リガク製 高分解能X線薄膜評価装置Superlab
・高角XRD測定
管球:Cu(CuKαにて測定)
管電圧:40kV
管電流:20mA
光学系:2次元集光多層膜ミラー
スキャンモード:2θ/θ
走査範囲(2θ):10°~100°
測定ステップ(2θ):0.1°
測定サンプルサイズ:約10mm×10mm
・ロッキングカーブ測定
管球:Cu(CuKαにて測定)
管電圧:40kV
管電流:20mA
光学系:2次元集光多層膜ミラー
スキャンモード:θ単独
走査範囲(θ):高角XRDで特定した(002)面のピーク位置±10°
測定ステップ(2θ):0.2°
測定サンプルサイズ:約10mm×10mm
【0056】
得られたXRDプロファイルの解析は、株式会社リガク製統合粉末X線解析ソフトウェア PDXLを用いて実施した。得られた測定データに対して、BG除去、Kα2除去、ピークサーチを自動モードで実施し、2θ=42°~44°の間に現れる、hcp構造のCoPt合金の(002)面に起因する回折ピークの位置を特定し、また、当該ピークの半値全幅(FWHM)を測定した。当該ピークの存在は、測定面と平行に(002)面が出ていること、すなわち、hcp構造のC軸がスパッタ膜に対し垂直であることを意味する。結果を表3に示す。
【0057】
<8.磁気測定>
成膜試験で得られた各試験例に係るスパッタ膜について、VSM(玉川製作所製型式TM-VSM261483-HGC型)により磁気測定を行い、飽和磁化を測定した。結果を表3に示す。スパッタ膜の飽和磁化が200emu/cc以下であれば非磁性層への適用が期待できる。
【0058】
【表3】
【0059】
<9.TEM観察>
成膜試験で得られた実施例1、比較例8及び比較例9に係るスパッタ膜について、日本電子製透過型電子顕微鏡(TEM)による組織観察(倍率:×40000)を行った。そして、画像解析によって金属相粒子の平均粒径及び標準偏差を測定した。結果を表4に示す。表4から、Ruの代わりにMoを使用しても遜色のない微細組織を有するスパッタ膜が得られたことが分かる。
【0060】
【表4】
【0061】
<10.考察>
比較例1は金属相がCo、Cr及びPtで構成されており、Moを含有しなかったため、結晶性の良いhcp構造を維持したまま成膜できなかった(半値幅が大きくなっていることから確認できる)。
比較例2は金属相がCo、Pt及びRuで構成されており、スパッタ膜は非磁性化し、hcp構造も維持できたが、Ruの原料費用が高いため、経済性に問題がある。
比較例3は金属相がCo、B及びPtで構成されており、Moを含有しなかったため、結晶性の良いhcp構造を維持したまま成膜できなかった(半値幅が大きくなっていることから確認できる)。
比較例4~7はMoを含有しているが、Mo、Cr、Ru及びBの合計濃度が不足したため、スパッタ膜の飽和磁化が高かった。
比較例8は金属相中のMoの濃度が高すぎたため、スパッタリングターゲット部材が脆化して割れが生じた。
比較例9は金属相がCo、Cr及びPtで構成されており、Moを含有しなかったため、また、CrとCoOを同時に使用したことで、CoOではなくCr23が生成したことで、うまく酸化物相で金属相を分離できておらず、金属相粒子の一部が粗大化したことを確認した。これは成膜後の金属相の粒子径の標準偏差が大きくなっていることから確認できる。
比較例10は金属相がCo、Pt及びRuで構成されており、スパッタ膜は非磁性化し、hcp構造も維持できたが、Ruの原料費用が高いため、経済性に問題がある。
比較例11は金属相がCo、Pt及びBで構成されており、Moを含有しなかったため、また、BとCoOを同時に使用したことで、CoOではなくB23が生成したことで、うまく酸化物相で金属相を分離できておらず、金属相粒子の一部が粗大化したことを確認した。これは製膜後の金属相の粒子径の標準偏差が大きくなっていることから確認できる。
一方、実施例1~10においては、金属相中の組成が比較例に比べて適切であったことから、スパッタ膜は非磁性化し、hcp構造も維持できた。また、金属相中のRuの濃度を低下させたことで、経済性も向上した。