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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-11
(45)【発行日】2024-09-20
(54)【発明の名称】細胞培養器具および細胞の処理方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20240912BHJP
   C12M 1/28 20060101ALI20240912BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20240912BHJP
   C08F 120/60 20060101ALI20240912BHJP
   C08F 120/36 20060101ALI20240912BHJP
【FI】
C12M3/00 Z
C12M3/00 A
C12M1/28
C12N5/071
C08F120/60
C08F120/36
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020559334
(86)(22)【出願日】2019-12-13
(86)【国際出願番号】 JP2019048865
(87)【国際公開番号】W WO2020122225
(87)【国際公開日】2020-06-18
【審査請求日】2022-09-27
(31)【優先権主張番号】P 2018233382
(32)【優先日】2018-12-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】598072179
【氏名又は名称】株式会社片岡製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110003557
【氏名又は名称】弁理士法人レクシード・テック
(72)【発明者】
【氏名】須丸 公雄
(72)【発明者】
【氏名】高木 俊之
(72)【発明者】
【氏名】金森 敏幸
(72)【発明者】
【氏名】森下 加奈
(72)【発明者】
【氏名】松本 潤一
【審査官】斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/125615(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/194454(WO,A1)
【文献】須丸 公雄 ほか,PAGポリマー薄膜担持基材を用いた培養細胞単層の光マニピュレーション,膜,2015年,Vol. 40, No. 3,P. 130-136
【文献】SUMARU, K. et al.,Photoresponsive Aqueous Dissolution of Poly(N-Isopropylacrylamide) Functionalized with o-Nitrobenzal,Biomacromolecules,2018年04月11日,Vol. 19,P. 2913-2922
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
C12N
C08F
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、光溶解性および光熱変換性を有する光反応層とを備え、
前記光反応層は、前記基板に積層され、
前記光反応層は、光溶解性および光熱変換性を有するポリマーを含み、
前記光溶解性および光熱変換性を有するポリマーは、下記式(6)で表される、細胞培養器具:
【化6】
前記式(6)において、
AおよびBは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、単結合または官能基であり、
、R、RおよびR10は、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素またはアルキル基であり、
およびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、または芳香環であり、
Dは、350nm以上の波長において、所定の吸光度を有する色素団であり、
v、x、y、およびzは、モル百分率を示し、0<v<100、0≦x<100、0≦y<100、0≦z<100(ただし、x=y=0を除く)である。
【請求項2】
基板と、光溶解性および光熱変換性を有する光反応層とを備え、
前記光反応層は、前記基板に積層され、
前記光反応層は、光溶解性および光熱変換性を有するポリマーを含み、
前記光溶解性および光熱変換性を有するポリマーは、下記式(7)で表される、細胞培養器具:
【化7】
前記式(7)において、
A、BおよびEは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、単結合または官能基であり、
、R、RおよびR11は、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素またはアルキル基であり、
およびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、または芳香環であり、
Dは、350nm以上の波長において、所定の吸光度を有する色素団であり、
u、x、y、およびzは、モル百分率を示し、0<u<100、0≦x<100、0≦y<100、0≦z<100(ただし、x=y=0を除く)である。
【請求項3】
基板と、光溶解性および光熱変換性を有する光反応層とを備え、前記光反応層は、前記基板に積層され、
前記光反応層は、光溶解性および光熱変換性を有するポリマーを含み、
前記光反応層は、光溶解性を有する光溶解層と、光熱変換性を有する光熱変換層とを有し、
前記光溶解層は、光溶解性ポリマーを含み、
前記光熱変換層は、光熱変換性ポリマーを含み、
前記基板、前記光熱変換層、および前記光溶解層は、この順序で積層され、
前記光熱変換性ポリマーは、主鎖と側鎖とを含み、
前記主鎖は、アクリル系ポリマーであり、
前記側鎖は、アゾベンゼン骨格を含む色素団を有し、
前記光溶解性ポリマーは、下記式(2)で表されるポリマーを含む、細胞培養器具:
【化2】
前記式(2)において、
Aは、単結合または官能基であり、
は、アルデヒド基または下記式(1)で表される官能基であり、
およびNOは、隣り合った炭素原子にそれぞれ結合しており、
は、水素原子、アルキル基、下記式(3)で表される官能基、および下記式(4)で表される官能基の中から選ばれる少なくとも1つであり、
およびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子またはアルキル基であり、
Gは、ベンゼン環の水素と置換されてもよいアルキル基であり、前記アルキル基は、3個以下であり、
wおよびzは、モル百分率を示し、0<w≦100、0≦z<100であり、
【化1】
【化3】
【化4】
前記式(3)において、
およびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、または芳香環であり、
前記式(4)において、
は、アルキル基である。
【請求項4】
前記光溶解性ポリマーは、下記式(5)で表されるポリマーを含む、請求項3記載の細胞培養器具:
【化5】
前記式(5)において、
AおよびBは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、単結合または官能基であり、
、R、およびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素またはアルキル基であり、
およびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、または芳香環であり、
x、y、およびzは、モル百分率を示し、0≦x<100、0≦y<100、0≦z<100(ただし、x=y=0を除く)である。
【請求項5】
前記光反応層と前記基板とを接続する接続層を備え、
前記接続層は、前記基板に積層され、
前記光反応層は、前記接続層に積層される、請求項1から4のいずれか一項に記載の細胞培養器具。
【請求項6】
前記光反応層上で、細胞を培養可能である、請求項1から5のいずれか一項に記載の細胞培養器具。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載の細胞培養器具において、細胞を培養する培養工程と、
前記光反応層に、光溶解が生じる第1の光を照射する第1の照射工程と、
前記光反応層に、光熱変換が生じる第2の光を照射する第2の照射工程とを含む、細胞の処理方法。
【請求項8】
前記第1の照射工程において、前記細胞のうち、処理対象の細胞と対応する光反応層に、前記第1の光を照射し、
前記第2の照射工程において、前記細胞のうち、前記処理対象の細胞と、処理対象でない細胞との境界と対応する光反応層に、前記第2の光を照射する、請求項7記載の細胞の処理方法。
【請求項9】
前記第2の照射工程において、前記第2の光を照射された光反応層と対応する細胞を致死させる、請求項7または8記載の細胞の処理方法。
【請求項10】
前記第2の光の光照射量は、前記第1の光の光照射量より多い、請求項7から9のいずれか一項に記載の細胞の処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養器具および細胞の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ディッシュ等の細胞培養器具上で培養されている付着性の細胞を回収する場合、トリプシン等のプロテアーゼおよびEDTA等のキレート剤との共存下で、細胞と培養器具との接着とを切断し、遊離した細胞を剥離および回収する(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2017/010100号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、プロテアーゼを用いる方法では、培養器具全面の細胞を回収可能であるが、プロテアーゼの作用位置を限定することはできないため、所望の位置の細胞を剥離および回収することはできない。
【0005】
また、細胞を培養器具上で培養すると、細胞同士が接着し、シート状等の細胞塊を形成する。この場合においても、プロテアーゼを用いる方法では、培養器具全面の細胞を回収可能であるが、プロテアーゼの作用位置を限定することはできないため、所望の位置の細胞を回収することはできない。
【0006】
そこで、本発明は、所望の位置の細胞を剥離可能な細胞培養器具およびそれを用いた細胞の処理方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために、本発明の細胞培養器具(以下、「培養器具」ともいう)は、基板と、光溶解性および光熱変換性を有する光反応層とを備え、
前記光反応層は、前記基板に積層され、
前記光反応層は、光溶解性および光熱変換性を有するポリマーを含む。
【0008】
本発明の細胞の処理方法(以下、「処理方法」ともいう)は、前記本発明の細胞培養器具において、細胞を培養する培養工程と、
前記光反応層に、光溶解が生じる第1の光を照射する第1の照射工程と、
前記光反応層に、光熱変換が生じる第2の光を照射する第2の照射工程とを含む。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、所望の位置の細胞を剥離可能とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、実施形態1の培養器具の構成の一例を示す模式図であり、(A)は、実施形態1の培養器具の模式斜視図であり、(B)は、(A)におけるI-I方向からみた実施形態1の培養器具の模式断面図であり、(C)は、培養器具100で細胞を培養している状態において、(A)におけるI-I方向からみた培養器具100の模式断面図である。
図2図2は、実施形態1の細胞の処理方法の一例を示す模式図である。
図3図3は、実施形態2の培養器具の構成の一例を示す模式図であり、(A)は、実施形態2の培養器具の模式斜視図であり、(B)は、(A)におけるII-II方向からみた実施形態2の培養器具の模式断面図であり、(C)は、培養器具200で細胞を培養している状態において、(A)におけるII-II方向からみた培養器具200の模式断面図である。
図4図4は、実施形態2の細胞の処理方法の一例を示す模式図である。
図5図5は、実施例1における処理対象の細胞領域および処理後の結果を示し、(A)は、培養器具における処理対象の細胞の領域を示し、(B)は、処理方法による処理後の培養器具の結果を示す写真である。
図6図6は、実施例2における処理対象の細胞領域および処理後の結果を示し、(A)は、培養器具における処理対象の細胞の領域を示し、(B)は、処理方法による処理後の培養器具の結果を示す写真である。
図7図7は、実施例3における処理対象の細胞領域および処理後の結果を示し、(A)は、培養器具における処理対象の細胞の領域を示し、(B)は、処理方法による処理後の培養器具の結果を示す写真である。
図8図8は、実施例3における処理対象の細胞領域および処理後の結果を示し、(A)は、培養器具における処理対象の細胞の領域を示し、(B)は、処理方法による処理後の培養器具の結果を示す写真である。
図9図9は、実施例4における処理対象の細胞領域および処理後の結果を示し、(A)は、培養器具における処理対象の細胞の領域を示し、(B)は、処理方法による処理後の培養器具の結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明において、「細胞」は、例えば、単離された細胞、細胞から構成される細胞塊、組織、または臓器を意味する。前記細胞は、例えば、培養細胞でもよいし、生体から単離した細胞でもよい。また、前記細胞塊、組織または臓器は、例えば、前記細胞から作製した細胞塊、細胞シート、組織または臓器でもよいし、生体から単離した細胞塊、組織または臓器でもよい。
【0012】
本発明において、「細胞の処理」は、例えば、細胞の剥離、細胞の回収、不要な細胞の除去、および必要な細胞の保持または維持のいずれの意味で用いてもよい。
【0013】
以下、本発明の細胞培養器具および細胞の処理方法について、図面を参照して詳細に説明する。ただし、本発明は、以下の説明に限定されない。なお、以下の図1図9において、同一部分には、同一符号を付し、その説明を省略する場合がある。また、図面においては、説明の便宜上、各部の構造は適宜簡略化して示す場合があり、各部の寸法比等は、実際とは異なり、模式的に示す場合がある。また、各実施形態は、特に言及しない限り、互いにその説明を援用できる。
【0014】
(実施形態1)
本実施形態は、細胞培養器具および細胞の処理方法の一例である。図1は、実施形態1の培養器具100の構成を示す模式図であり、(A)は、培養器具100の模式斜視図であり、(B)は、(A)におけるI-I方向からみた培養器具100の模式断面図であり、(C)は、培養器具100で細胞を培養している状態において、(A)におけるI-I方向からみた培養器具100の模式断面図である。図1(A)および(B)に示すように、培養器具100は、容器11および光反応層12を有する。容器11は、円状の基板11aおよび基板11aの外周を囲う側壁11bを有する。光反応層12は、光溶解性および光熱変換性を有するポリマー(以下、「光反応性ポリマー」ともいう)を含む。光反応層12は、基板11a上に積層されている。また、図1(C)に示すように、培養器具100において、細胞Cは、光反応層12上で培養される、すなわち、光反応層12および側壁11bに囲われた領域で培養される。図1(C)に示すように、細胞Cは、光反応層12と接触してもよいし、他の層等を介して光反応層12と接触してもよい。なお、図1(C)において、培地は省略している(以下、同様)。
【0015】
容器11は、前記細胞を培養可能である。容器11において、基板11aと、側壁11bとで囲まれた空間が、前記細胞を培養可能な領域(細胞培養領域)である。容器11は、細胞培養容器があげられ、具体例として、ディッシュ、プレート、フラスコ(細胞培養フラスコ)等があげられる。容器11の大きさ、形状、容積、材質、接着処理の有無等は、培養器具100で培養する細胞の種類および量に応じて適宜決定できる。培養器具100において、容器11は、側壁11bを有するが、側壁11bは任意の構成であり、あってもよいし、なくてもよい。側壁11bがない容器11としては、例えば、前述のプレート、プレパラート等があげられる。基板11aは、平面状でもよいし、凹凸を有してもよい。
【0016】
容器11ならびにそれを構成する基板11aおよび側壁11bの材料(材質)は、同じでもよいし、異なってもよい。前記材料は、例えば、細胞培養容器に用いられる材料が使用可能であり、透光性を有する材料であることが好ましい。前記材料は、例えば、ポリスチレン、ポリメチルペンテン、ポリカーボネート、シクロオレフィンポリマー等のプラスチック;ガラス;石英;シリコーン樹脂;セルロース系材料;等があげられる。
【0017】
容器11は、前記細胞培養領域を1つ有するが、複数有してもよい。後者の場合、容器11は、例えば、複数のウェルを有するということもできる。また、後者の場合、複数の細胞培養領域のうち、いずれか1つに光反応層12が形成されてもよいし、複数に光反応層12が形成されてもよいし、全てに光反応層12が形成されてもよい。すなわち、容器11の複数のウェルのうち、いずれか1ウェル、2ウェル以上または全てのウェルに光反応層12が形成されてもよい。
【0018】
本実施形態において、光反応層12は、基板11a上の全面に積層されているが、一部に積層させてもよい。光反応層12を基板11aの一部に積層する場合、その大きさおよび形状は、所望の大きさおよび形状に設定できる。光反応層12は、例えば、剥離したい細胞の大きさおよび形状と対応するように形成してもよい。
【0019】
本実施形態において、容器11は、蓋を含んでもよい。前記蓋は、例えば、容器11の上面を着脱可能に覆うことができる。前記蓋は、例えば、基板11aと対向するように配置される。前記蓋は、例えば、前記細胞培養容器の蓋、キャップ等があげられる。
【0020】
光反応層12は、前述のように、前記光反応性ポリマーを含む。前記光反応性ポリマーは、光反応層12の一部または全体に分散しているが、全体に分散していることが好ましい。光反応層12は、例えば、光熱変換性を有するポリマーと、光溶解性ポリマーとを、光溶解性および光熱変換性を有するポリマーとして含んでもよいし、光溶解性および光熱変換性の両特性を有するポリマーを含んでもよい。以下、各ポリマーについて説明する。
【0021】
(1)光溶解性ポリマー
前記光溶解性ポリマーは、例えば、光照射によって溶媒溶解性が変化するポリマーであり、例えば、光照射によって水性溶媒(例えば、水、培地等)に対する溶解性が大きく変化するポリマーである。このため、光反応層12が前記光溶解性ポリマーを含むと、図1(C)に示すように、光反応層12上で細胞Cを培養している際に、光照射によって光反応層12を溶媒に溶解させることで、細胞Cの基板11aに対する間接的な固定(接着)を解除することができる。
【0022】
前記光溶解性ポリマーは、例えば、主鎖と側鎖とを有し、前記側鎖は、芳香環を含み、前記芳香環は、ニトロ基で置換された第1炭素原子と、アルデヒド基または下記式(1)で表される官能基で置換された第2炭素原子とを含み、前記第1炭素原子と、前記第2炭素原子とは、同じベンゼン環内で隣接しているポリマーがあげられる。このようなポリマーを用いることにより、前記光照射によって、水性溶媒に対する溶解性を大きく変化させることができ、好適に光溶解性を発現することができる。
【化1】
【0023】
前記主鎖は、例えば、ポリマーを構成する骨格ということもできる。前記ポリマーを構成する骨格は、例えば、アクリルアミド系ポリマー等のアクリル系ポリマー、ポリスチレン系ポリマー、ポリオレフィン系ポリマー、ポリ酢酸ビニルやポリ塩化ビニル、ポリオレフィン系ポリマー、ポリカーボネート系ポリマー、エポキシ系ポリマー等があげられる。
【0024】
本発明において、前記芳香環は、例えば、芳香族炭化水素でもよいし、複素芳香族化合物でもよい。前記芳香環は、例えば、ベンゼン環、ナフタレン環、アントラセン環、ナフタセン環等があげられる。前記芳香環は、例えば、前記主鎖に直接または間接的に結合している(後述のA)。前記直接的な結合では、前記芳香環は、前記主鎖と単結合で直接的に結合している。前記間接的な結合は、例えば、エステル結合、エーテル結合、アミド結合、チオエーテル結合、チオエステル結合、ウレタン結合、またはアルキレン基等を介した結合でもよいし、エステル結合、エーテル結合、アミド結合、チオエーテル結合、チオエステル結合、ウレタン結合、またはアルキレン基を備える他の官能基等を介した結合でもよい。
【0025】
前記光溶解性ポリマーは、好ましくは、下記式(2)で表されるポリマーを含む。
【化2】
【0026】
前記式(2)において、Aは、単結合または官能基であり、Rは、アルデヒド基または前記式(1)で表される官能基であり、RおよびNOは、隣り合った炭素原子にそれぞれ結合しており、Rは、水素原子、アルキル基、下記式(3)で表される官能基、および下記式(4)で表される官能基の中から選ばれる少なくとも1つであり、RおよびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子またはアルキル基であり、Gは、ベンゼン環の水素と置換されてもよい3個以下のアルキル基であり、wおよびzは、モル百分率を示し、0<w≦100、0≦z<100である。
【化3】
【化4】
【0027】
また、前記式(3)において、RおよびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、または芳香環である。前記式(4)において、Rは、アルキル基である。
【0028】
本発明において、前記アルキル基は、例えば、炭素原子1~6個を含む、直鎖、分枝、または環状のアルキル基であり、具体例として、メチル基、エチル基、プロピル基、iso-プロピル基、ブチル基、tert-ブチル基、sec-ブチル基、iso-ブチル基、ペンチル基、ネオペンチル基、イソペンチル機、sec-ペンチル基、tert-ペンチル基、シクロペンチル基、またはヘキシル基である。
【0029】
前記主鎖とベンゼン環とを連結するAの構造は、制限されず、例えば、単結合、またはエステル結合、エーテル結合、アミド結合、チオエーテル結合、チオエステル結合、ウレタン結合、もしくはアルキレン基を備える官能基等があげられる。すなわち、前記主鎖とベンゼン環とは、単結合で直接結合されていてもよいし、エステル結合、エーテル結合、アミド結合、チオエーテル結合、チオエステル結合、ウレタン結合、またはアルキレン基を介して結合されていてもよいし、エステル結合、エーテル結合、アミド結合、チオエーテル結合、チオエステル結合、ウレタン結合、またはアルキレン基を備える他の官能基を介して結合されていてもよい。
【0030】
前記光溶解性ポリマーは、より好ましくは、下記式(5)で表されるポリマーを含む。下記式(5)において、各モノマーは、ランダムに重合してもよいし、規則性をもって重合してもよい。
【化5】
【0031】
前記式(5)において、AおよびBは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、単結合または官能基であり、R、R、およびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子またはアルキル基であり、RおよびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、または芳香環であり、x、y、およびzは、モル百分率を示し、0≦x<100、0≦y<100、0≦z<100(ただし、x=y=0を除く)である。
【0032】
およびRがアルキル基の場合、RおよびRは、iso-プロピル基またはtert-ブチル基が好ましい。
【0033】
xおよびyは、例えば、より効率よく細胞を処理できることから、x>yを満たすことが好ましい。また、x、yおよびzは、x/(x+y+z)が、0.04以上であることが好ましい。
【0034】
前記式(2)または(5)で表されるポリマーとしては、例えば、後述の式(11)または(12)のポリマーがあげられる。
【0035】
前記主鎖とベンゼン環とを連結するAおよびBの構造は、前記主鎖とベンゼン環とを連結するAの構造の説明を援用できる。Aで連結されている側鎖は、例えば、Bで連結されている側鎖のアセタール基を加水分解することで生成できる。このため、前記主鎖とベンゼン環とを連結するAおよびBの構造は、同じであることが好ましい。
【0036】
前記光溶解性ポリマーの製造方法は、例えば、国際公開第2017/013226号の説明を参照でき、本明細書の一部として援用できる。
【0037】
(2)光熱変換性ポリマー
前記光熱変換性ポリマーは、光照射によって熱を生じるポリマーである。このため、光反応層12が前記光熱変換性ポリマーを含むと、図1(C)に示すように、光反応層12上で細胞Cを培養している際に、光照射によって光反応層12で熱が発生し、これにより、光照射されている光反応層12と隣接する細胞C、すなわち、光照射部の直上に存在する細胞Cが致死する。これにより、致死した細胞Cを介して間接的に接着していた細胞C間の固定(接着)を解除することができる。
【0038】
前記光熱変換性ポリマーは、例えば、照射する光の波長を吸収する色素団を含むポリマーである。前記光熱変換性ポリマーは、例えば、主鎖と側鎖とを含み、前記側鎖は、前記色素団を有する。前記色素団は、例えば、アゾベンゼン骨格を有する化合物またはその誘導体、ジアリールエテン、スピロピラン、スピロオキサジン、フルギド、ロイコ色素、インジゴ、カロチノイド(カロテン等)、フラボノイド(アントシアニン等)、キノイド(アントラキノン等)等の有機化合物の誘導体を含む。
【0039】
前記主鎖は、例えば、ポリマーを構成する骨格ということもできる。前記ポリマーを構成する骨格は、例えば、アクリルアミド系ポリマー等のアクリル系ポリマー、ポリスチレン系ポリマー、ポリオレフィン系ポリマー、ポリ酢酸ビニルやポリ塩化ビニル、ポリオレフィン系ポリマー、ポリカーボネート系ポリマー、エポキシ系ポリマー等があげられる。
【0040】
前記側鎖は、350nm以上の波長において、所定の吸光度を有する色素団を有することが好ましい。前記所定の吸光度は、例えば、吸光度が、0.01以上、好ましくは、0.1以上である。前記側鎖は、例えば、350nm以上、1300nm以下の範囲において、吸光度が、0.01以上、好ましくは、0.1以上であることが好ましい。前記吸光度は、吸光光度計を用いて測定できる。前記所定の吸光度を有する色素団は、アゾ系(例えば、アゾベンゼン骨格を有する色素)、フルオレセイン系、ロイコ色素、フェノール色素、多環芳香族系、インジゴイド等のタール色素類;カロチノイド、フラボノイド、ポリフィリン系、アントシアニン系、アリザニン系、フィコビリン系、キノン系の天然色素類似骨格を持つ色素類;等があげられる。具体例として、前記所定の吸光度を有する色素団は、例えば、ジスパースイエロー7、ジスパースオレンジ3、4-(4-ニトロフェニルアゾ)フェノール等があげられる。
【0041】
前記色素団は、例えば、前記主鎖に直接または間接的に結合している。前記直接的な結合では、前記芳香環は、前記主鎖と単結合で直接的に結合している。前記間接的な結合は、例えば、エステル結合、エーテル結合、アミド結合、チオエーテル結合、チオエステル結合、ウレタン結合、またはアルキレン基等を介した結合でもよいし、エステル結合、エーテル結合、アミド結合、チオエーテル結合、チオエステル結合、ウレタン結合、またはアルキレン基を備える他の官能基等を介した結合でもよい。
【0042】
具体例として、前記光熱変換性ポリマーは、例えば、下記式(8)~(10)で表されるポリマーがあげられる。
【化8】
【化9】
【化10】
【0043】
前記式(8)~(10)において、mおよびnは、モル百分率を示し、0<m≦100、0≦n<100である。前記式(8)~(10)において、ポリマーにおけるアゾベンゼンの構造は、無置換のアゾベンゼンの他、ニトロ基、アミノ基、メチル基等で修飾した様々なバリエーションの構造を採用してもよい。
【0044】
前記光熱変換性ポリマーは、例えば、光熱変換性ポリマーを構成する主鎖の官能基と、前記色素団の官能基とを反応させることにより製造してもよい。また、前記光熱変換性ポリマーは、例えば、前記主鎖のモノマーの官能基と、前記色素団の官能基とを反応させることで得られた色素団を有するモノマーを、前記主鎖のモノマーと重合させることにより製造してもよい。
【0045】
(3)光溶解性および光熱変換性ポリマー
前記光溶解性および光熱変換性ポリマーは、前述の光溶解性ポリマーおよび光熱変換性ポリマーの両者の特性を有するポリマーである。前記光溶解性および光熱変換性ポリマーにおいて、光溶解性を担う原子団と、光熱変換性を担う原子団とは、例えば、異なる特性を有する光によりその特性を発現する。具体的には、前記光溶解性を担う原子団と、前記光熱変換性を担う原子団とは、例えば、異なるエネルギー(光照射量)の光によりその特性を発現し、前記光熱変換性を担う原子団は、好ましくは、前記光溶解性を担う原子団と比較して、エネルギーの高い光によりその特性を発揮する。このため、各原子団が特性を発揮する光を光反応層12に照射することにより、光反応層12における光溶解性および光熱変換性ポリマーの溶解による細胞Cと基板11aとの間接的な固定の解除、および細胞Cの致死による、致死した細胞Cを介して間接的に接着していた細胞C間の固定の解除を実施できる。
【0046】
前記光溶解性および光熱変換性ポリマーは、例えば、主鎖と側鎖とを含み、前記側鎖は、第1の側鎖と第2の側鎖とを含み、前記第1の側鎖は、前述の光溶解性ポリマーの側鎖であり、前記第2の側鎖は、前述の光熱変換性ポリマーの側鎖である。前記光溶解性ポリマーの側鎖および前記光熱変換性ポリマーの側鎖の説明は、前述の説明を援用できる。
【0047】
前記光溶解性および光熱変換性ポリマーは、好ましくは、下記式(6)で表されるポリマーを含む。下記式(6)において、各モノマーは、ランダムに重合してもよいし、規則性をもって重合してもよい。
【化6】
【0048】
前記式(6)において、AおよびBは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、単結合または官能基であり、R、R、RおよびR10は、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子またはアルキル基であり、RおよびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、または芳香環であり、Dは、350nm以上の波長において、所定の吸光度を有する色素団であり、v、x、y、およびzは、モル百分率を示し、0<v<100、0≦x<100、0≦y<100、0≦z<100(ただし、x=y=0を除く)である。
【0049】
前記式(6)で表されるポリマーとしては、例えば、後述の式(13)のポリマーがあげられる。
【0050】
前記光溶解性および光熱変換性ポリマーは、好ましくは、下記式(7)で表されるポリマーを含む。下記式(7)において、各モノマーは、ランダムに重合してもよいし、規則性をもって重合してもよい。
【化7】
【0051】
前記式(7)において、A、BおよびEは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、単結合または官能基であり、R、R、RおよびR11は、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子またはアルキル基であり、RおよびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、または芳香環であり、Dは、350nm以上の波長において、所定の吸光度を有する色素団であり、u、x、y、およびzは、モル百分率を示し、0<u<100、0≦x<100、0≦y<100、0≦z<100(ただし、x=y=0を除く)である。
【0052】
前記式(6)および(7)におけるA、Bおよび各置換基の説明は、前記「(1)光溶解性ポリマー」および「(2)光熱変換性ポリマー」における対応する説明を援用できる。
【0053】
前記主鎖と所定の吸光度を有する色素団とを連結するEの構造は、特に制限されず、例えば、単結合、またはエステル結合、エーテル結合、アミド結合、チオエーテル結合、チオエステル結合、ウレタン結合、もしくはアルキレン基を備える官能基等があげられる。すなわち、前記主鎖とベンゼン環とは、単結合で直接結合されていてもよいし、エステル結合、エーテル結合、アミド結合、チオエーテル結合、チオエステル結合、ウレタン結合、またはアルキレン基を介して結合されていてもよいし、エステル結合、エーテル結合、アミド結合、チオエーテル結合、チオエステル結合、ウレタン結合、またはアルキレン基を備える他の官能基を介して結合されていてもよい。
【0054】
前記光溶解性および光熱変換性ポリマーは、例えば、前記光熱溶解性ポリマーのアルデヒド基と、前記色素団の官能基とを反応させることにより製造してもよいし、前記光溶解性ポリマーの各モノマーと、前記色素団が導入された主鎖のモノマーと、前記主鎖のモノマーとを重合させることにより製造してもよい。
【0055】
光反応層12は、前記光反応性ポリマー以外に、他の成分を含んでもよい。前記他の成分は、例えば、光融解性材料があげられる。前記光融解性材料は、例えば、異なる波長の光により、固化および液化を誘導できる光応答性材料を意味する。
【0056】
本実施形態の培養器具100の製造方法は、例えば、基板11a上に光反応層12を形成する光反応層形成工程を含む。光反応層12は、例えば、公知の膜形成方法により形成でき、具体例として、塗布法、印刷法(スクリーン法)、蒸着法、スパッタリング法、キャスト法、スピンコート法等により実施できる。光反応層12における光反応性ポリマーが、前記光溶解性ポリマーおよび前記光熱変換性ポリマーを含む場合、前記光溶解性ポリマーおよび前記光熱変換性ポリマーを混合し、得られた混合物を使用することにより、光反応層12を形成できる。前記光溶解性ポリマーおよび前記光熱変換性ポリマーが溶媒に分散されている場合、基板11a上に光反応層12を形成後、前記溶媒を除去する工程を有することが好ましい。このようにして、本実施形態の培養器具100を製造できる。
【0057】
本実施形態の培養器具100は、例えば、光反応層12と基板11aとを接続する接続層を備えてもよい。この場合、前記接続層は、基板11aに積層され、光反応層12は、前記接続層に積層される、すなわち、前記接続層は、基板11aと光反応層12との間に配置される。培養器具100は、前記接続層を有することで、例えば、長期の細胞培養を行なった際にも、光反応層12の応答性を維持できるため、長期培養後も良好に細胞Cを剥離できる。
【0058】
前記接続層は、例えば、水和性が高く水酸基に富むポリマーを含む。具体例として、前記接続層は、例えば、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシブチルセルロース等のセルロース誘導体、ポリ(ヒドロキシエチルメタクリレート)およびそのコポリマーの架橋物を含む。前記セルロース誘導体の架橋物は、例えば、ヒドロキシプロピルセルロースをポリ(エチレングリコール)ビス(カルボキシメチル)エーテルで架橋した物があげられる。
【0059】
培養器具100が前記接続層を有する場合、本実施形態の培養器具100の製造方法は、前記光反応層形成工程に先立ち、基板11a上に接続層を形成する工程を含み、前記光反応層形成工程では、前記接続層上に、光反応層12を形成することが好ましい。前記接続層の形成は、例えば、光反応層12の形成と同様にして実施できる。
【0060】
本実施形態の培養器具100は、例えば、光反応層12上に、細胞培養基材層を有してもよい。すなわち、光反応層12に、前記細胞培養基材層が積層されてもよい。これにより、培養器具100は、例えば、細胞Cの基板11aへの間接的な固定を良好に実施できる。前記細胞培養基材は、例えば、細胞外基質(細胞外マトリックス)または細胞の足場としての機能を有する物質があげられる。前記細胞外基質は、例えば、エラスチン;エンタクチン;I型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲン、VII型コラーゲン等のコラーゲン;テネイシン;フィブリリン;フィブロネクチン;ラミニン;ビトロネクチン(Vitronectin);コンドロイチン硫酸、ヘパラン硫酸、ケラタン硫酸、デルマタン硫酸等の硫酸化グルコサミノグリカンと、コアタンパク質とから構成されるプロテオグリカン;コンドロイチン硫酸、ヘパラン硫酸、ケラタン硫酸、デルマタン硫酸、ヒアルロン酸等のグルコサミノグリカン;Synthemax(登録商標、ビトロネクチン誘導体)、Matrigel(登録商標、ラミニン、IV型コラーゲン、ヘパリン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン/ニドゲン等の混合物)等があげられ、好ましくは、ラミニンである。前記細胞培養基材は、前記タンパク質のペプチド断片または前記糖鎖の断片を含んでもよい。具体例として、前記タンパク質のペプチド断片は、例えば、ラミニンの断片があげられる。前記ラミニンの断片(フラグメント)は、例えば、ラミニン211-E8、ラミニン311-E8、ラミニン411-E8、ラミニン511-E8があげられる。前記ラミニン211-E8は、ラミニンのα2鎖、β1鎖、およびγ1鎖の断片から構成される。前記ラミニン311-E8は、ラミニンのα3鎖、β1鎖、およびγ1鎖の断片から構成される。前記ラミニン411-E8は、ラミニンのα4鎖、β1鎖、およびγ1鎖の断片から構成される。前記ラミニン511-E8は、例えば、ラミニンのα5鎖、β1鎖、およびγ1鎖の断片から構成される。
【0061】
培養器具100が前記細胞培養基材層を有する場合、本実施形態の培養器具100の製造方法は、前記光反応層形成工程後、光反応層12上に細胞培養基材層を形成する工程を含むことが好ましい。前記細胞培養基材層の形成は、例えば、光反応層12の形成と同様にして実施できる。
【0062】
つぎに、本実施形態の培養器具100を用いた細胞の処理方法について、図2に基づき説明する。図2は、培養器具100を用いた細胞の処理方法の一例を示す模式図である。図2に示すように、本実施形態の処理方法では、培養された細胞Cが存在する培養器具100に対して、第1の光(L1)および第2の光(L2)を照射することにより、所望の細胞を剥離可能にする。
【0063】
まず、本実施形態の処理方法では、図2(A)および(B)に示すように、培養器具100において、細胞を培養する(培養工程)。培養対象の細胞は、例えば、細胞懸濁液を培養器具100内に導入することにより、導入できる。前記培養工程における培養条件(培養温度、培養湿度、ガス分圧、培養時間等)は、例えば、前記細胞の種類に応じて適宜決定でき、具体例として、5%CO、25~40℃の湿潤環境下があげられる。
【0064】
つぎに、光反応層12に、光溶解が生じる第1の光(L1)を照射する(第1の照射工程)。より具体的には、前記第1の照射工程では、細胞Cのうち、処理(剥離)対象の細胞C1と対応する光反応層12、すなわち、処理対象の細胞C1の直下の光反応層12にL1を照射する。これにより、図2(C)に示すように、処理対象の細胞C1の直下の光反応層12が溶解し、細胞C1の基板11aに対する間接的な固定(接着)が解除される。L1の波長は、前記光反応性ポリマーにおいて、光溶解性を担う原子団が光溶解性を発揮する波長である。具体例として、L1の波長は、例えば、310~410nmであり、好ましくは、350~410nm、360~370nmである。また、L1の光照射量(J/cm)は、例えば、照射する波長およびそのエネルギー量に応じて適宜設定できる。具体例として、L1の波長が365nmの場合、前記光照射量は、例えば、0.05~1J/cmであり、好ましくは、0.1~0.5J/cmである。また、L1の波長が405nmの場合、前記光照射量は、例えば、0.5~10J/cmであり、好ましくは、1~5J/cmである。本実施形態において、L1は、レーザ光、すなわち、点状の光としているが、L1はこれに限定されず、面状の光であってもよい。
【0065】
つぎに、光反応層12に、光熱変換が生じる第2の光(L2)を照射する(第2の照射工程)。具体的には、前記第2の照射工程では、細胞Cのうち、処理(剥離)対象の細胞C1と、処理(剥離)対象でない細胞C2との境界と対応する光反応層12、すなわち、処理対象でない細胞C2において処理対象の細胞C1と隣接する細胞C2の直下の光反応層12にL2を照射する。前記境界は、例えば、L1を照射した領域の外周に隣接する領域ということもできる。これにより、図2(D)に示すように、L2が照射された光反応層12と隣接する細胞C2が致死し、処理対象の細胞C1と処理対象でない細胞C2との固定が解除される。このため、図2(E)に示すように、処理対象の細胞C1は、剥離可能となる。前記致死は、L2の照射時に誘導されてもよいし、L2の照射後に誘導されてもよい。L2の波長は、前記光反応性ポリマーにおいて、光熱変換性を担う原子団(色素団)が光熱変換性を発揮する波長である。具体例として、L2の波長は、例えば、300nm以上であり、好ましくは、300~1300nm、350~1300nmである。L2の波長は、例えば、L1の波長と同じでもよいし、異なってもよい。また、L2の光照射条件は、例えば、L2の照射部に隣接する細胞Cが致死する光照射量であり、照射するL2の出力、L2の照射サイズ(スポット径)およびL2の照射波長における光反応層の吸光度に応じて適宜設定できる。具体例として、レーザ光の出力が0.6W、直径(スポット径)が50μmであり、照射光波長(レーザ光の波長)における光反応層12の吸光度が0.25である場合、前記レーザ光の走査速度は、10~500mm/秒であり、好ましくは、50~200mm/秒に設定できる。前記L2の光照射条件は、この光照射条件に基づき、適宜変更してもよい。具体例として、前記レーザ光の出力を2倍とし、かつレーザ光の直径および光反応層12の吸光度が同じの場合、前記レーザ光の走査速度は、例えば、約2倍程度、すなわち、20~1000mm/秒に設定できる。前記第2の照射工程では、L2の照射部が、一時的または継続的に約100℃(例えば、80~120℃)まで温度上昇するように、L2を照射することが好ましい。このような光照射条件とすることにより、本実施形態の処理方法は、例えば、第2の照射工程において、効果的に細胞を致死させることができる。本実施形態において、L2は、レーザ光、すなわち、点状の光としているが、L2はこれに限定されず、面状の光であってもよい。
【0066】
このようにして、本実施形態の処理方法は、処理対象の細胞C1を剥離できる。
【0067】
なお、本実施形態では、前記第1の照射工程後に、前記第2の照射工程を実施しているため、細胞C1と隣接する細胞C2の直下の光反応層12にL2を照射しているが、L2の照射対象はこれに限定されない。すなわち、本実施形態の処理方法は、前記第2照射工程後に、前記第1の照射工程を実施してもよいし、これらを併行して実施してもよい。具体例として、L2の照射後にL1を照射する場合、前記第2の照射工程では、例えば、処理対象の細胞C1と隣接する細胞C2の直下の光反応層12、または処理対象でない細胞C2と隣接する細胞C1の直下の光反応層12にL2を照射する。そして、前記第1の照射工程では、細胞C1の直下の光反応層12にL1を照射してもよい。
【0068】
また、本実施形態の処理方法では、境界に存在する1つの細胞Cを致死させたが、境界に隣接する複数の細胞Cを致死させてもよい。これにより、本実施形態の処理方法は、例えば、処理対象の細胞C1が、処理対象でない細胞C2に残存すること、および処理対象でない細胞C2が、処理対象の細胞C1と併せて剥離することを効果的に防止できる。
【0069】
(実施形態2)
本実施形態は、細胞培養器具および細胞の処理方法の他の例である。図3は、実施形態2の培養器具200の構成を示す模式図であり、(A)は、培養器具200の模式斜視図であり、(B)は、(A)におけるII-II方向からみた培養器具200の模式断面図であり、(C)は、培養器具200で細胞を培養している状態において、(A)におけるII-II方向からみた培養器具200の模式断面図である。図3に示すように、培養器具200は、実施形態1の培養器具100の構成における光反応層12が、2層から構成されている。すなわち、光反応層12は、光熱変換層12aおよび光溶解層12bを有する。また、光熱変換層12aは、基板11aに積層され、光溶解層12bは、光熱変換層12aに積層されている。図3(C)に示すように、細胞Cは、光溶解層12bと接触してもよいし、他の層等を介して光溶解層12bと接触してもよい。この点を除き、実施形態2の培養器具200の構成は、実施形態1の培養器具100の構成と同様であり、その説明を援用できる。
【0070】
光熱変換層12aは、光熱変換性を有する層である。すなわち、光熱変換層12aは、光の照射により、熱を生じる層である。光熱変換層12aは、前述の光熱変換性ポリマーを含む。前記光熱変換性ポリマーは、前記実施形態1における「(2)光熱変換性ポリマー」の説明を援用できる。光熱変換層12aは、例えば、基板11a上の一部または全面に形成される。
【0071】
光溶解層12bは、光溶解性を有する層である。すなわち、光溶解層12bは、光の照射により、溶媒溶解性が変化する層である。光溶解層12bは、前述の光溶解性ポリマーを含む。前記光溶解性ポリマーは、前記実施形態1における「(1)光溶解性ポリマー」の説明を援用できる。
【0072】
培養器具200において、光溶解層12bは、光熱変換層12a上に積層されているが、培養器具200における光熱変換層12aおよび光熱溶解層12bの積層順序は、これに限定されず、光熱変換層12aは、光溶解層12b上に積層されていてもよい。培養器具200は、例えば、光溶解層12bを光熱変換層12a上に積層することにより、後述の第1の照射工程および第2の照射工程後に、簡易に処理対象の細胞を剥離できる。
【0073】
培養器具200は、例えば、前述の接続層および細胞培養基材層の少なくとも一方を含んでもよい。培養器具200が前記接続層を有する場合、基板11a上に前記接続層が積層され、前記接続層上に、光熱変換層12aが積層される。また、培養器具200が前記細胞培養基材層を有する場合、光溶解層12b上に前記細胞培養基材層が積層される。
【0074】
本実施形態の培養器具200の製造方法は、例えば、基板11a上に光熱変換層12aを形成する光熱変換層形成工程と、光熱変換層12a上に光溶解層12bを形成する光溶解層形成工程とを含む。光熱変換層12aおよび光溶解層12bは、例えば、公知の膜形成方法により形成でき、前記実施形態1における光反応層12の形成方法の説明を援用できる。このようにして、本実施形態の培養器具200を製造できる。
【0075】
つぎに、本実施形態の培養器具200を用いた細胞の処理方法について、図4に基づき説明する。図4は、培養器具200を用いた細胞の処理方法の一例を示す模式図である。図4に示すように、本実施形態の処理方法では、培養された細胞Cが存在する培養器具100に対して、第1の光(L1)および第2の光(L2)を照射することにより、所望の細胞を剥離可能にする。
【0076】
まず、本実施形態の処理方法では、図4(A)および(B)に示すように、培養器具200において、細胞を培養する(培養工程)。培養対象の細胞は、例えば、細胞懸濁液を培養器具200内に導入することにより、導入できる。前記培養工程における培養条件(培養温度、培養湿度、ガス分圧、培養時間等)は、例えば、前記細胞の種類に応じて適宜決定でき、具体例として、5%CO、25~40℃の湿潤環境下があげられる。
【0077】
つぎに、光溶解層12bに、光溶解が生じる第1の光(L1)を照射する(第1の照射工程)。より具体的には、前記第1の照射工程では、細胞Cのうち、処理(剥離)対象の細胞C1と対応する光溶解層12b、すなわち、処理対象の細胞C1の直下の光溶解層12bにL1を照射する。これにより、図4(C)に示すように、処理対象の細胞C1の直下の光溶解層12bが溶解し、細胞C1の基板11aに対する間接的な固定(接着)が解除される。L1の波長は、前記光反応性ポリマーにおいて、光溶解性を担う原子団が光溶解性を発揮する波長である。具体例として、L1の波長および光照射量は、例えば、前記実施形態1の説明を援用できる。本実施形態において、L1は、レーザ光、すなわち、点状の光としているが、L1はこれに限定されず、面状の光であってもよい。
【0078】
つぎに、光熱変換層12aに、光熱変換が生じる第2の光(L2)を照射する(第2の照射工程)。具体的には、前記第2の照射工程では、細胞Cのうち、処理(剥離)対象の細胞C1と、処理(剥離)対象でない細胞C2との境界と対応する光熱変換層12a、すなわち、処理対象でない細胞C2において処理対象の細胞C1と隣接する細胞C2の直下の光熱変換層12aにL2を照射する。これにより、図4(D)に示すように、L2が照射された光熱変換層12aと隣接する細胞C2が致死し、処理対象の細胞C1と処理対象でない細胞C2との固定が解除される。このため、図4(E)に示すように、処理対象の細胞C1は、剥離可能となる。L2の波長は、前記光反応性ポリマーにおいて、光熱変換性を担う原子団(色素団)が光熱変換性を発揮する波長である。具体例として、L2の波長および光照射量は、前記実施形態1の説明を援用できる。L2の光照射量は、例えば、L1の光照射量と同じでもよいし、異なってもよいが、異なる方が好ましい。また、L2の光照射量は、L1光照射量より多いことが好ましい。このような光照射量とすることにより、本実施形態の処理方法は、例えば、第2の照射工程において、効果的に細胞を致死させることができる。本実施形態において、L2は、レーザ光、すなわち、点状の光としているが、L2はこれに限定されず、面状の光であってもよい。
【0079】
このようにして、本実施形態の処理方法は、処理対象の細胞C1を剥離できる。
【0080】
なお、本実施形態では、前記第1の照射工程後に、前記第2の照射工程を実施しているため、細胞C1と隣接する細胞C2の直下の光熱変換層12aにL2を照射しているが、L2の照射対象はこれに限定されない。すなわち、本実施形態の処理方法は、前記第2照射工程後に、前記第1の照射工程を実施してもよいし、これらを併行して実施してもよい。具体例として、L2の照射後にL1を照射する場合、前記第2の照射工程では、例えば、処理対象の細胞C1と隣接する細胞C2の直下の光熱変換層12a、または処理対象でない細胞C2と隣接する細胞C1の直下の光熱変換層12aにL2を照射する。そして、前記第1の照射工程では、細胞C1の直下の光溶解層12bにL1を照射してもよい。
【0081】
また、本実施形態の処理方法では、境界に存在する1つの細胞Cを致死させたが、境界に隣接する複数の細胞Cを致死させてもよい。これにより、本実施形態の処理方法は、例えば、処理対象の細胞C1が、処理対象でない細胞C2に残存すること、および処理対象でない細胞C2が、処理対象の細胞C1と併せて剥離することを効果的に防止できる。
【実施例
【0082】
次に、本発明の実施例について説明する。ただし、本発明は、下記実施例により制限されない。市販の試薬は、特に示さない限り、それらのプロトコルに基づいて使用した。
【0083】
[実施例1]
本発明の培養器具を製造し、本発明の処理方法により、所望の位置の細胞を剥離可能にできることを確認した。
【0084】
(1)培養器具の製造
実施形態1の培養器具100を調製した。まず、前記光溶解性ポリマーとして、下記式(11)で表されるポリマーを合成した。下記式(11)のポリマーは、国際公開第2017/013226号の化合物12と同様の手順で合成した。なお、側鎖(2-ニトロベンズアルデヒド)の導入率は、10mol%であった。また、前記光熱変換性ポリマーとして、前記式(8)のポリマーを合成した。
【化11】
【0085】
つぎに、1.0%(w/w)光溶解性ポリマーおよび0.085%(w/w)光熱変換性ポリマーを含む2,2,2-トリフルオロエタノール(TFE)溶液を調製し、得られた溶液をポリスチレン製の基板11aの表面にスピンコートすることで、光反応層12を形成した。これにより、培養器具100(実施例1)を製造した。
【0086】
(2)細胞の処理
MDCK細胞(理研バイオリソースセンターから入手)を培地に分散して、実施例1の培養器具100に播種し、半日培養した。MDCK細胞の培地は、10%ウシ胎児血清(FBS)含有MEM培地を用いた。また、培養条件は、5%CO、37℃および湿潤条件下とした。前記培養後、基板11a表面全体で細胞が接着および伸展していることを確認した。そして、基板11aの底面側(図1における下側)から、光反応層12上の細胞Cに向かって、レーザを照射可能な細胞処理装置(株式会社片岡製作所社製)を用いて、L1およびL2を照射した。具体的には、図5(A)に示すように、処理対象の細胞C1の直下の光反応層12に対してL1を照射した。L1は、波長405nm、直径25μm、エネルギー強度0.2Wのレーザ光とし、速度1000mm/s、20μmピッチで幅0.6mmの範囲で走査することで、光反応層12の溶解を誘導した。つぎに、図5(A)に示すように、処理対象の細胞C1および処理対象でない細胞C2において、細胞C1と隣接する細胞C2の直下の光反応層12に対してL2を照射した。L2は、波長405nm、直径25μm、エネルギー強度0.8Wのレーザ光とし、速度300mm/sで走査した。L2の照射は、4回繰り返し、細胞単層の致死を誘導した。培養器具100を約90°回転してから同様にL1およびL2の照射を実施した。前記照射後、しばらくインキュベータに保管後、表面に培地を軽く吹き付けると、図5(B)に示すように、処理対象の細胞C1が剥離した。これらの結果から、本発明の培養器具および処理方法により、所望の位置の細胞を剥離可能にできることがわかった。
【0087】
[実施例2]
本発明の培養器具を製造し、本発明の処理方法により、所望の位置の細胞を剥離可能にできることを確認した。
【0088】
(1)培養器具の製造
実施形態1の培養器具100において、光反応層12と基板11aとの間に接続層を設け、光反応層12上に細胞培養基材層を積層した培養器具を調製した。まず、前記光溶解性ポリマーとして、前記実施例1(1)で合成した式(11)のポリマーを使用した。また、前記光熱変換性ポリマーとして、前記式(9)のポリマーを合成した。
【0089】
まず、0.49%(w/w)ヒドロキシプロピルセルロース(MW=10万)、0.047%(w/w)ポリ(エチレングリコール)ビス(カルボキシメチル)エーテル(MW=600)、および0.49mol/kg硫酸を含むメタノール溶液を調製し、得られた溶液をポリスチレン製の基板11aの表面にスピンコートした。つぎに、得られた培養器具を、85℃で18時間加熱後、エタノールで洗浄し、さらに乾燥させた。
【0090】
前記乾燥後、1.9%(w/w)光溶解性ポリマーおよび0.088%(w/w)光熱変換性ポリマーを含むTFE溶液を調製し、得られた溶液をポリスチレン製の基板11aの表面にスピンコートした。前記スピンコート後、波長365nm、エネルギー密度0.9mW/cmの紫外光を15秒間照射することで光反応層12を形成した。
【0091】
つぎに、光反応層12を有する培養器具に対して、9.6μLのiMatrix511(株式会社ニッピ社製)を、2mLのPBSに希釈した希釈液を用い、添付のプロトコルにしたがって、細胞培養基材層を形成した。これにより、培養器具(実施例2)を製造した。
【0092】
(2)細胞の処理
培地に懸濁したヒトiPS細胞(201B7株、理研バイオリソースセンターから入手)を、前記実施例2の培養器具に播種し、5日間培養した。iPS細胞の培地は、StemFitAK02N(味の素株式会社)を用いた。また、培養条件は、5%CO、37℃および湿潤条件下とした。前記培養後、基板11a表面全体で細胞が接着および伸展していることを確認した。そして、基板11aの底面側(図1における下側)から、光反応層12上の細胞Cに向かって、前記細胞処理装置を用いて、L1およびL2を照射した。具体的には、図6(A)に示すように、処理対象の細胞C1の直下の光反応層12に対してL1を照射した。L1は、波長405nm、直径25μm、エネルギー強度0.2Wまたは0.3Wのレーザ光とし、速度1000mm/s、10μmピッチで幅0.6mmの範囲で1回(0.3Wの場合)または2回走査(0.2Wの場合)することで、光反応層12の溶解を誘導した。つぎに、図6(A)に示すように、処理対象の細胞C1および処理対象でない細胞C2において、細胞C1と隣接する細胞C2の直下の光反応層12に対してL2を照射した。L2は、波長405nm、直径25μm、エネルギー強度0.8Wのレーザ光とし、速度200mm/sで走査し、細胞単層の致死を誘導した。前記照射後、しばらくインキュベータに保管後、表面に培地を軽く吹き付けると、図6(B)に示すように、処理対象の細胞C1が剥離した。なお、図6(B)は、L1が0.2Wの際の写真であるが、L1が0.3Wの場合も同様に処理対象の細胞C1の剥離が観察された。これらの結果から、本発明の培養器具および処理方法により、所望の位置の細胞を剥離可能にできることがわかった。
【0093】
[実施例3]
本発明の培養器具を製造し、本発明の処理方法により、所望の位置の細胞を剥離可能にできることを確認した。
【0094】
(1)培養器具の製造
実施形態1の培養器具100を調製した。まず、前記光溶解性ポリマーとして、下記式(12)で表されるポリマーを合成した。さらに、下記式(12)のポリマーを用いて、前記光反応性ポリマー(光溶解性および光熱変換性を有するポリマー)として、下記式(13)のポリマーを合成した。下記式(12)のポリマーは、国際公開第2017/013226号の化合物12の合成手順において、N-イソプロピルアクリルアミドに代えて、N-tert-ブチルアクリルアミドを用いた以外は同様の手順で合成した。なお、側鎖(2-ニトロベンズアルデヒド)の導入率は、19mol%であった。つぎに、1.8%(w/w)下記式(12)のポリマーを含むTFE溶液に、ジスパースオレンジ3を0.016(w/w)%となるように添加後、撹拌した。これにより、下記式(12)のポリマーのアルデヒド基とジスパースオレンジ3のアミノ基とが反応し、溶液の色が、橙色から紅色に変色し、下記式(13)のポリマーを合成した。
【化12】
【化13】
【0095】
つぎに、得られた溶液をポリスチレン製の基板11aの表面にスピンコートすることで、光反応層12を形成した。これにより、培養器具100(実施例3-1)を製造した。
【0096】
さらに、実施例3-1の培養器具100に対して、0.2μLのiMatrix511(株式会社ニッピ社製)を、1.5mLのPBSに希釈した希釈液を用い、添付のプロトコルにしたがって、細胞培養基材層を形成した。これにより、培養器具(実施例3-2)を製造した。
【0097】
(2)細胞の処理1
HeLa細胞(理研バイオリソースセンターから入手)を培地に分散して、前記実施例3-1の培養器具100に播種し、半日培養した。HeLa細胞の培地は、10%FBS含有MEM培地を用いた。また、培養条件は、5%CO、37℃および湿潤条件下とした。前記培養後、基板11a表面全体で細胞が接着および伸展していることを確認した。そして、基板11aの底面側(図1における下側)から、光反応層12上の細胞Cに向かって、前記細胞処理装置を用いて、L1およびL2を照射した。具体的には、図7(A)に示すように、処理対象の細胞C1の直下の光反応層12に対してL1を照射した。L1は、波長405nm、直径25μm、エネルギー強度0.2Wまたは0.3Wのレーザ光とし、速度1000mm/s、10μmピッチで幅0.6mmの範囲で走査することで、光反応層12の溶解を誘導した。つぎに、図7(A)に示すように、処理対象の細胞C1および処理対象でない細胞C2において、細胞C1と隣接する細胞C2の直下の光反応層12に対してL2を照射した。L2は、波長405nm、直径25μm、エネルギー強度0.8Wのレーザ光とし、速度200mm/sで走査し、細胞単層の致死を誘導した。前記照射後、しばらくインキュベータに保管後、表面に培地を軽く吹き付けると、図7(B)に示すように、処理対象の細胞C1が剥離した。なお、図7(B)は、L1が0.2Wの際の写真であるが、L1が0.3Wの場合も同様に処理対象の細胞C1の剥離が観察された。
【0098】
(3)細胞の処理2
培地に懸濁した前記ヒトiPS細胞を、前記実施例3-2の培養器具100に播種し、前記実施例2と同様の条件で5日間培養した。前記培養後、基板11a表面全体で細胞が接着および伸展していることを確認した。そして、基板11aの底面側(図1における下側)から、光反応層12上の細胞Cに向かって、前記細胞処理装置を用いて、L1およびL2を照射した。具体的には、図8(A)に示すように、処理対象の細胞C1の直下の光反応層12に対してL1を照射した。L1は、波長405nm、直径25μm、エネルギー強度0.2Wまたは0.3Wのレーザ光とし、速度1000mm/s、10μmピッチで幅0.6mmの範囲で走査することで、光反応層12の溶解を誘導した。つぎに、図8(A)に示すように、処理対象の細胞C1および処理対象でない細胞C2において、細胞C1と隣接する細胞C2の直下の光反応層12に対してL2を照射した。L2は、波長405nm、直径25μm、エネルギー強度0.8Wのレーザ光とし、速度200mm/sで走査し、細胞単層の致死を誘導した。前記照射後、しばらくインキュベータに保管後、表面に培地を軽く吹き付けると、図8(B)に示すように、処理対象の細胞C1が剥離した。なお、図8(B)は、L1が0.2Wの際の写真であるが、L1が0.3Wの場合も同様に処理対象の細胞C1の剥離が観察された。これらの結果から、本発明の培養器具および処理方法により、所望の位置の細胞を剥離可能にできることがわかった。
【0099】
これらの結果から、本発明の培養器具および処理方法により、所望の位置の細胞を剥離可能にできることがわかった。
【0100】
[実施例4]
本発明の培養器具を製造し、本発明の処理方法により、所望の位置の細胞を剥離可能にできることを確認した。
【0101】
(1)培養器具の製造
実施形態2の培養器具200を調製した。まず、光熱変換性ポリマーとして、前記式(10)のポリマーを合成した。具体的には、0.0035g 4-(4-ニトロフェニルアゾ)フェノールおよび0.008g ポリ(メタクリル酸グリシジル)を、0.457gのアセトンに溶解した。得られた溶液に対して、2.8%(w/w)ジアザビシクロウンデセン(DBU)を含む1,2-ジクロロエタン溶液を0.0086g添加後、撹拌し、60℃で5日間反応させると、橙色から濃赤色に変化した。これにより、ポリ(メタクリル酸グリシジル)のグリシジル基に、4-(4-ニトロフェニルアゾ)フェノールが導入され、前記式(10)のポリマーが合成されたことを確認した。光溶解性ポリマーは、前記実施例3(1)で合成した式(12)のポリマーを使用した。
【0102】
前記式(10)のポリマー溶液から0.164gの溶液を分取し、窒素吹き付けでアセトンを除去後、TFE0.0478gに再溶解した。さらに、得られた溶液に、0.05%(w/w)1,12-ジアミノドデカンを含むTFE溶液を0.0041g添加し、撹拌した。つぎに、得られた溶液をポリスチレン製の基板11aの表面にスピンコート後、85℃で4時間加熱し、さらに、エタノールで洗浄し、再乾燥させることで、光熱変換層12aを形成した。つぎに、1.8%(w/w)前記式(12)のポリマーを含むTFE溶液を光熱変換層12aの表面にスピンコート後、波長365nm、エネルギー強度1.5mW/cmの紫外光を4秒間照射することで、培養器具200を製造した。
【0103】
(2)細胞の処理
HeLa細胞を培地に分散して、実施例4の培養器具200に播種し、半日培養した。HeLa細胞の培地は、10%FBS含有MEM培地を用いた。また、培養条件は、5%CO、37℃および湿潤条件下とした。前記培養後、基板11a表面全体で細胞が接着および伸展していることを確認した。そして、基板11aの底面側(図3における下側)から、光反応層12上の細胞Cに向かって、前記細胞処理装置を用いて、L1およびL2を照射した。具体的には、図9(A)に示すように、処理対象の細胞C1の直下の光反応層12に対してL1を照射した。L1は、波長405nm、直径25μm、エネルギー強度0.2Wまたは0.3Wのレーザ光とし、速度1000mm/s、10μmピッチで幅0.6mmの範囲で走査することで、光反応層12の溶解を誘導した。つぎに、図9(A)に示すように、処理対象の細胞C1および処理対象でない細胞C2において、細胞C1と隣接する細胞C2の直下の光反応層12に対してL2を照射した。L2は、波長405nm、直径25μm、エネルギー強度0.8Wのレーザ光とし、速度750mm/sで2回走査し、細胞単層の致死を誘導した。前記照射後、しばらくインキュベータに保管後、表面に培地を軽く吹き付けると、図9(B)に示すように、処理対象の細胞C1が剥離した。なお、図9(B)は、L1が0.2Wの際の写真であるが、L1が0.3Wの場合も同様に処理対象の細胞C1の剥離が観察された。これらの結果から、本発明の培養器具および処理方法により、所望の位置の細胞を剥離可能にできることがわかった。
【0104】
以上、実施形態を参照して本発明を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の構成や詳細には、本発明のスコープ内で当業者が理解しうる様々な変更をすることができる。
【0105】
この出願は、2018年12月13日に出願された日本出願特願2018-233382を基礎とする優先権を主張し、その開示のすべてをここに取り込む。
【0106】
<付記>
上記の実施形態および実施例の一部または全部は、以下の付記のように記載されうるが、以下には限られない。
(付記1)
基板と、光溶解性および光熱変換性を有する光反応層とを備え、
前記光反応層は、前記基板に積層され、
前記光反応層は、光溶解性および光熱変換性を有するポリマーを含む、細胞培養器具。
(付記2)
前記光反応層は、光溶解性を有する光溶解層と、光熱変換性を有する光熱変換層とを有し、
前記光溶解層は、光溶解性ポリマーを含み、
前記光熱変換層は、光熱変換性ポリマーを含む、付記1記載の細胞培養器具。
(付記3)
前記光溶解性ポリマーは、主鎖と側鎖とを有し、
前記側鎖は、芳香環を含み、
前記芳香環は、ニトロ基で置換された第1炭素原子と、アルデヒド基または下記式(1)で表される官能基で置換された第2炭素原子とを含み、
前記第1炭素原子と、前記第2炭素原子とは、同じベンゼン環内で隣接している、付記2記載の細胞培養器具。
【化1】
(付記4)
前記光溶解性ポリマーは、下記式(2)で表されるポリマーを含む、付記3記載の細胞培養器具:
【化2】
前記式(2)において、
Aは、単結合または官能基であり、
は、アルデヒド基または前記式(1)で表される官能基であり、
およびNOは、隣り合った炭素原子にそれぞれ結合しており、
は、水素原子、アルキル基、下記式(3)で表される官能基、および下記式(4)で表される官能基の中から選ばれる少なくとも1つであり、
およびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子またはアルキル基であり、
Gは、ベンゼン環の水素と置換されてもよい3個以下のアルキル基であり、
wおよびzは、モル百分率を示し、0<w≦100、0≦z<100であり、
【化3】
【化4】
前記式(3)において、
およびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、または芳香環であり、
前記式(4)において、
は、アルキル基である。
(付記5)
前記光溶解性ポリマーは、下記式(5)で表されるポリマーを含む、付記3または4記載の細胞培養器具:
【化5】
前記式(5)において、
AおよびBは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、単結合または官能基であり、
、R、およびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子またはアルキル基であり、
およびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、または芳香環であり、
x、y、およびzは、モル百分率を示し、0≦x<100、0≦y<100、0≦z<100(ただし、x=y=0を除く)である。
(付記6)
前記光熱変換性ポリマーは、主鎖と側鎖とを含み、
前記側鎖は、350nm以上の波長において、所定の吸光度を有する色素団を有する、付記2から5のいずれかに記載の細胞培養器具。
(付記7)
前記色素団は、アゾベンゼン骨格を含む、付記6記載の細胞培養器具。
(付記8)
前記光溶解性および光熱変換性を有するポリマーは、主鎖と側鎖とを有し、
前記側鎖は、第1の側鎖と第2の側鎖とを有し、
前記第1の側鎖は、芳香環を含み、
前記芳香環は、ニトロ基で置換された第1炭素原子と、アルデヒド基または前記式(1)で表される官能基で置換された第2炭素原子とを含み、
前記第1炭素原子と、前記第2炭素原子とは、同じベンゼン環内で隣接しており、
前記第2の側鎖は、350nm以上の波長において、所定の吸光度を有する色素団を有する、付記1記載の細胞培養器具。
(付記9)
前記光溶解性および光熱変換性を有するポリマーは、下記式(6)で表される、付記1または8記載の細胞培養器具:
【化6】
前記式(6)において、
AおよびBは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、単結合または官能基であり、
、R、RおよびR10は、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子またはアルキル基であり、
およびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、または芳香環であり、
Dは、350nm以上の波長において、所定の吸光度を有する色素団であり、
v、x、y、およびzは、モル百分率を示し、0<v<100、0≦x<100、0≦y<100、0≦z<100(ただし、x=y=0を除く)である。
(付記10)
前記光溶解性および光熱変換性を有するポリマーは、下記式(7)で表される、付記1記載の細胞培養器具:
【化7】
前記式(7)において、
A、BおよびEは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、単結合または官能基であり、
、R、RおよびR11は、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子またはアルキル基であり、
およびRは、同じでも異なってもよく、それぞれ独立して、水素原子、アルキル基、または芳香環であり、
Dは、350nm以上の波長において、所定の吸光度を有する色素団であり、
u、x、y、およびzは、モル百分率を示し、0<u<100、0≦x<100、0≦y<100、0≦z<100(ただし、x=y=0を除く)である。
(付記11)
前記光反応層と前記基板とを接続する接続層を備え、
前記接続層は、前記基板に積層され、
前記光反応層は、前記接続層に積層される、付記1から10のいずれかに記載の細胞培養器具。
(付記12)
前記光反応層上で、細胞を培養可能である、付記1から11のいずれかに記載の細胞培養器具。
(付記13)
付記1から12のいずれかに記載の細胞培養器具において、細胞を培養する培養工程と、
前記光反応層に、光溶解が生じる第1の光を照射する第1の照射工程と、
前記光反応層に、光熱変換が生じる第2の光を照射する第2の照射工程とを含む、細胞の処理方法。
(付記14)
前記第1の照射工程において、前記細胞のうち、処理対象の細胞と対応する光反応層に、前記第1の光を照射し、
前記第2の照射工程において、前記細胞のうち、前記処理対象の細胞と、処理対象でない細胞との境界と対応する光反応層に、前記第2の光を照射する、付記13記載の細胞の処理方法。
(付記15)
前記第2の照射工程において、前記第2の光を照射された光反応層と対応する細胞を致死させる、付記13または14記載の細胞の処理方法。
(付記16)
前記第2の光の光照射量は、前記第1の光の光照射量より多い、付記13から15のいずれかに記載の細胞の処理方法。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明によれば、所望の位置の細胞を剥離可能とすることができる。このため、本発明は、細胞、組織等の加工を行なう生命科学分野、医療分野等において、極めて有用である。
【符号の説明】
【0108】
100、200 培養器具
11 容器
11a 基板
11b 側壁
12 光反応層
12a 光熱変換層
12b 光溶解層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9