(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-11
(45)【発行日】2024-09-20
(54)【発明の名称】制御装置の設計方法及び電気慣性制御装置の設計方法
(51)【国際特許分類】
G05B 13/02 20060101AFI20240912BHJP
【FI】
G05B13/02 C
(21)【出願番号】P 2021019061
(22)【出願日】2021-02-09
【審査請求日】2024-01-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】山口 崇
(72)【発明者】
【氏名】木下 拓矢
(72)【発明者】
【氏名】山本 透
【審査官】岩▲崎▼ 優
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-021079(JP,A)
【文献】特開昭58-154002(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0372586(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 11/00-13/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御対象の制御量を所定の目標量に制御する制御装置の設計方法であって、
設計対象は、前記目標量と前記制御量との間の制御量偏差に応じて第1制御入力を出力する第1制御器と、前記制御対象に対する外乱に応じて変化する測定量に応じて第2制御入力を出力する第2制御器と、を備え、前記第1及び第2制御入力に基づいて前記制御対象に対する制御入力を出力し、
前記第1及び第2制御器に含まれる複数の制御パラメータの値を所定の暫定値に設定した状態で、前記制御量、前記目標量、前記制御量偏差、及び前記測定量のN成分時系列データ(Nは、2以上の整数)である初期制御量、初期目標量、初期制御量偏差、及び初期測定量を取得する工程と、
前記初期目標量に対する第1参照応答モデルの応答と前記初期制御量との間の偏差を前記第1制御器に入力した場合に当該第1制御器から出力されるN成分時系列データである第1参照出力と、前記初期制御量偏差及び前記初期測定量に対する前記設計対象の応答に基づいて算出される疑似外生信号を第2参照応答モデルに入力した場合に当該第2参照応答モデルから出力されるN成分時系列データである第2参照出力と、が近くなるように前記制御パラメータの設計値を決定する工程と、を備えることを特徴とする制御装置の設計方法。
【請求項2】
前記制御パラメータを前記暫定値に設定した状態で、前記制御入力のN成分時系列データである初期制御入力を取得する工程をさらに備え、
前記疑似外生信号は、前記初期制御量偏差に対する前記第1制御器の応答と、前記初期測定量に対する前記第2制御器の応答と、前記初期制御入力と、前記初期測定量とを合成したものによって定義されることを特徴とする請求項1に記載の制御装置の設計方法。
【請求項3】
前記設計値は、前記第1参照出力と前記第2参照出力との偏差のN成分二乗和である評価関数を最小化するように決定されることを特徴とする請求項1又は2に記載の制御装置の設計方法。
【請求項4】
前記制御対象は、前記外乱に応じたトルクが発生する第1慣性体と、前記制御入力に応じたトルクが発生する第2慣性体と、前記第1及び第2慣性体を連結する軸体と、を備える多慣性系であることを特徴とする請求項1から3の何れかに記載の制御装置の設計方法。
【請求項5】
外乱に応じたトルクが発生する第1慣性体と、制御入力に応じたトルクが発生する第2慣性体と、前記第1慣性体と前記第2慣性体とを連結する軸体と、前記第2慣性体の速度を制御量として出力する速度検出器と、前記軸体における軸トルクを測定量として出力する軸トルク検出器と、を備える多慣性系を制御対象とし、前記制御量及び前記測定量に基づいて前記外乱に対する前記第2慣性体の挙動が所定の設定慣性を有する模擬慣性体の挙動となるように前記制御入力を出力する電気慣性制御装置の設計方法であって、
設計対象は、前記測定量及び前記設定慣性に基づいて前記制御量に対する目標量を算出する目標量算出部と、前記目標量と前記制御量との間の制御量偏差に応じて第1制御入力を出力する第1制御器と、前記測定量に応じて第2制御入力を出力する第2制御器と、前記第1及び第2制御入力を合成することにより前記制御入力を決定する合成部と、を備え、
前記第1及び第2制御器に含まれる複数の制御パラメータの値を所定の暫定値に設定した状態で、前記制御量、前記目標量、前記制御量偏差、及び前記測定量のN成分時系列データ(Nは、2以上の整数)である初期制御量、初期目標量、初期制御量偏差、及び初期測定量を取得する工程と、
前記初期目標量に対する第1参照応答モデルの応答と前記初期制御量との間の偏差を前記第1制御器に入力した場合に当該第1制御器から出力されるN成分時系列データである第1参照出力と、前記初期制御量偏差及び前記初期測定量に対する前記設計対象の応答に基づいて算出される疑似外生信号を第2参照応答モデルに入力した場合に当該第2参照応答モデルから出力されるN成分時系列データである第2参照出力と、が近くなるように前記制御パラメータの設計値を決定する工程と、を備えることを特徴とする電気慣性制御装置の設計方法。
【請求項6】
前記制御パラメータを前記暫定値に設定した状態で、前記制御入力のN成分時系列データである初期制御入力を取得する工程をさらに備え、
前記疑似外生信号は、前記初期制御量偏差に対する前記第1制御器の応答と、前記初期測定量に対する前記第2制御器の応答と、前記初期制御入力と、前記初期測定量とを合成したものによって定義されることを特徴とする請求項5に記載の電気慣性制御装置の設計方法。
【請求項7】
前記設計値は、前記第1参照出力と前記第2参照出力との偏差のN成分二乗和である評価関数を最小化するように決定されることを特徴とする請求項5又は6に記載の電気慣性制御装置の設計方法。
【請求項8】
前記第1参照応答モデルの伝達関数G
mr及び前記第2参照応答モデルの伝達関数G´
mdは、“s”をラプラス演算子とし、“n”を所定の整数とし、“Lm”を所定の実数とし、“σ”を所定の係数とし、“β”を所定の係数として下記式(1-1)及び(1-2)によって表されることを特徴とする請求項5から7の何れかに記載の電気慣性制御装置の設計方法。
【数1】
【請求項9】
前記係数βの値は、前記測定量から前記制御量までの周波数応答において、低周波数側でゲインが略一定となる周波数帯域が広くなるように設定されることを特徴とする請求項8に記載の電気慣性制御装置の設計方法。
【請求項10】
前記係数σの値は、安定余裕に基づいて設定されることを特徴とする請求項8又は9に記載の電気慣性制御装置の設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御装置及び電気慣性制御装置の設計方法に関する。より詳しくは、2自由度制御系である制御装置及び電気慣性制御装置の設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンベンチシステムやドライブトレインベンチシステム等のダイナモメータを用いた試験システムでは、エンジンやドライブトレイン等の供試体は、軸体を介してダイナモメータに連結される。このような試験システムでは、実路走行負荷を模擬した負荷試験を行うためのダイナモメータの電気慣性制御装置が数多く提案されている。ここでダイナモメータによって所定の模擬慣性を精度良く実現するためには、各種ゲイン等のフィードバック制御器の制御パラメータの値を適切に設定することが重要となる。
【0003】
従来では、制御パラメータの値は、供試体の慣性や軸体の剛性等の試験システムのシステムパラメータの推定結果を用いて、設計者が経験によって調整する場合が多い。しかしながらこのような従来の方法では、制御パラメータの値の調整結果は、設計者の技量やシステムパラメータの推定精度等に依存する。またシステムパラメータの値は、試験システムの経年劣化や環境変化等の要因によって変化する場合があり、またそもそもシステムパラメータの推定試験が設備上困難になる場合もある。このため、所定の模擬慣性を精度良く実現することが困難な場合がある。
【0004】
一方近年では、フィードバック制御器の制御パラメータの値を簡便かつ有効に決定する技術であるFRIT(Fictitious Reference Iterative Tuning)法の応用が進められている。このFRIT法は、閉ループ伝達特性が所望の応答特性になるように、閉ループデータ(より具体的には、操作量や制御量等の時系列データ)から直接制御パラメータの値を算出する技術である(例えば、特許文献1,2参照)。このFRIT法によれば、制御対象の動特性モデルの構造や動特性モデルを特徴付けるシステムパラメータの値の同定を経る必要がないので、設計者の技量やシステムパラメータの推定精度によらず閉ループデータから制御パラメータの値を決定することができる。特に本願出願人による特許文献2には、上述のようなFRIT法を試験システムに適用した例が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2015-76024号公報
【文献】特開2019-21079号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで特許文献2に示された設計方法は、フィードバック制御器のみを含む1自由度制御系の制御装置を想定している。すなわち過渡応答性を向上するためには、制御装置をフィードバック制御器にフィードフォワード制御器を組み合わせることも考えられるが、特許文献2に示された設計方法は、このような2自由度制御系の制御装置を想定していない。また特許文献2に示された設計方法は、評価関数を最小化するような制御パラメータを遺伝的アルゴリズムによって算出することを想定しており、演算コストが高かった。
【0007】
本発明は、2自由度制御系の制御装置又は電気慣性制御装置の制御パラメータを低い演算コストで算出できる制御装置及び電気慣性制御装置の設計方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明は、制御対象(例えば、後述の制御対象P)の制御量(例えば、後述のダイナモ角速度ω(t))を所定の目標量(例えば、後述の目標量r(t))に制御する制御装置の設計方法であって、設計対象(例えば、後述のダイナモ制御装置5)は、前記目標量と前記制御量との間の制御量偏差(例えば、後述の制御量偏差e(t))に応じて第1制御入力(例えば、後述のフィードバック入力ufb(t))を出力する第1制御器(例えば、後述のフィードバック制御器51)と、前記制御対象に対する外乱(例えば、後述のスロットル開度指令信号)に応じて変化する測定量(例えば、後述の軸トルク測定量T12(t))に応じて第2制御入力(例えば、後述のフィードフォワード入力uff(t))を出力する第2制御器(例えば、後述のフィードフォワード制御器52)と、を備え、前記第1及び第2制御入力に基づいて前記制御対象に対する制御入力(例えば、後述の制御入力u(t))を出力する。設計方法は、前記第1及び第2制御器に含まれる複数の制御パラメータ(例えば、後述のゲインKPe,KIe,KPr)の値を所定の暫定値に設定した状態で、前記制御量、前記目標量、前記制御量偏差、及び前記測定量のN成分時系列データ(Nは、2以上の整数)である初期制御量(例えば、後述の初期制御量y0(t))、初期目標量(例えば、後述の初期目標量r0(t))、初期制御量偏差(例えば、後述の初期制御量偏差e0(t))、及び初期測定量(例えば、後述の初期軸トルク測定量T12_0(t))を取得する工程(例えば、後述の閉ループデータ取得工程(S1))と、前記初期目標量に対する第1参照応答モデル(例えば、後述の参照目標応答モデルGmr(z-1))の応答と前記初期制御量との間の偏差を前記第1制御器に入力した場合に当該第1制御器から出力されるN成分時系列データである第1参照出力(例えば、後述の第1参照出力φ1(t))と、前記初期制御量偏差及び前記初期測定量に対する前記設計対象の応答に基づいて算出される疑似外生信号(例えば、後述の疑似外生信号T~
12(t))を第2参照応答モデル(例えば、後述の参照外乱応答モデルG´md(z-1))に入力した場合に当該第2参照応答モデルから出力されるN成分時系列データである第2参照出力(例えば、後述の第2参照出力φ2(t))と、が近くなるように前記制御パラメータの設計値を決定する工程(例えば、後述の最適化工程(S5))と、を備えることを特徴とする。
【0009】
(2)この場合、前記設計方法は、前記制御パラメータを前記暫定値に設定した状態で、前記制御入力のN成分時系列データである初期制御入力(例えば、後述の初期制御入力u0(t))を取得する工程(例えば、後述の閉ループデータ取得工程(S1))をさらに備え、前記疑似外生信号は、前記初期制御量偏差に対する前記第1制御器の応答と、前記初期測定量に対する前記第2制御器の応答と、前記初期制御入力と、前記初期測定量とを合成したものによって定義されることが好ましい。
【0010】
(3)この場合、前記設計値は、前記第1参照出力と前記第2参照出力との偏差(例えば、後述の差信号φ(t))のN成分二乗和である評価関数(例えば、後述の評価関数J)を最小化するように決定されることが好ましい。
【0011】
(4)この場合、前記制御対象は、前記外乱に応じたトルク(例えば、後述のエンジントルクT1(t))が発生する第1慣性体(例えば、後述のエンジン10)と、前記制御入力に応じたトルク(例えば、後述のダイナモトルクT2(t))が発生する第2慣性体(例えば、後述のダイナモメータ11)と、前記第1及び第2慣性体を連結する軸体(例えば、後述の連結軸12)と、を備える多慣性系であることが好ましい。
【0012】
(5)本発明は、外乱(例えば、後述のスロットル開度指令信号)に応じたトルク(例えば、後述のエンジントルクT1(t))が発生する第1慣性体(例えば、後述のエンジン10)と、制御入力(例えば、後述の制御入力u(t))に応じたトルク(例えば、後述のダイナモトルクT2(t))が発生する第2慣性体(例えば、後述のダイナモメータ11)と、前記第1慣性体と前記第2慣性体とを連結する軸体(例えば、後述の連結軸12)と、前記第2慣性体の速度を制御量(例えば、後述のダイナモ角速度ω(t))として出力する速度検出器(例えば、後述のエンコーダ31)と、前記軸体における軸トルクを測定量(例えば、後述の軸トルク測定量T12(t))として出力する軸トルク検出器(例えば、後述の軸トルク制御器30)と、を備える多慣性系を制御対象(例えば、後述の制御対象P)とし、前記制御量及び前記測定量に基づいて前記外乱に対する前記第2慣性体の挙動が所定の設定慣性(例えば、後述の設定慣性Jset)を有する模擬慣性体の挙動となるように前記制御入力を出力する電気慣性制御装置の設計方法であって、設計対象(例えば、後述のダイナモ制御装置5)は、前記測定量及び前記設定慣性に基づいて前記制御量に対する目標量(例えば、後述の目標量r(t))を算出する目標量算出部(例えば、後述の目標量算出部50)と、前記目標量と前記制御量との間の制御量偏差(例えば、後述の制御量偏差e(t))に応じて第1制御入力(例えば、後述のフィードバック入力ufb(t))を出力する第1制御器(例えば、後述のフィードバック制御器51)と、前記測定量に応じて第2制御入力(例えば、後述のフィードフォワード入力uff(t))を出力する第2制御器(例えば、後述のフィードフォワード制御器52)と、前記第1及び第2制御入力を合成することにより前記制御入力を決定する合成部(例えば、後述の合成部53)と、を備える。前記設計方法は、前記第1及び第2制御器に含まれる複数の制御パラメータ(例えば、後述のゲインKPe,KIe,KPr)の値を所定の暫定値に設定した状態で、前記制御量、前記目標量、前記制御量偏差、及び前記測定量のN成分時系列データ(Nは、2以上の整数)である初期制御量(例えば、後述の初期制御量y0(t))、初期目標量(例えば、後述の初期目標量r0(t))、初期制御量偏差(例えば、後述の初期制御量偏差e0(t))、及び初期測定量(例えば、後述の初期軸トルク測定量T12_0(t))を取得する工程(例えば、後述の閉ループデータ取得工程(S1))と、前記初期目標量に対する第1参照応答モデル(例えば、後述の参照目標応答モデルGmr(z-1))の応答と前記初期制御量との間の偏差を前記第1制御器に入力した場合に当該第1制御器から出力されるN成分時系列データである第1参照出力(例えば、後述の第1参照出力φ1(t))と、前記初期制御量偏差及び前記初期測定量に対する前記設計対象の応答に基づいて算出される疑似外生信号(例えば、後述の疑似外生信号T~
12(t))を第2参照応答モデル(例えば、後述の参照外乱応答モデルG´md(z-1))に入力した場合に当該第2参照応答モデルから出力されるN成分時系列データである第2参照出力(例えば、後述の第2参照出力φ2(t))と、が近くなるように前記制御パラメータの設計値を決定する工程(例えば、後述の最適化工程(S5))と、を備えることを特徴とする。
【0013】
(6)この場合、前記設計方法は、前記制御パラメータを前記暫定値に設定した状態で、前記制御入力のN成分時系列データである初期制御入力(例えば、後述の初期制御入力u0(t))を取得する工程(例えば、後述の閉ループデータ取得工程(S1))をさらに備え、前記疑似外生信号は、前記初期制御量偏差に対する前記第1制御器の応答と、前記初期測定量に対する前記第2制御器の応答と、前記初期制御入力と、前記初期測定量とを合成したものによって定義されることが好ましい。
【0014】
(7)この場合、前記設計値は、前記第1参照出力と前記第2参照出力との偏差(例えば、後述の差信号φ(t))のN成分二乗和である評価関数(例えば、後述の評価関数J)を最小化するように決定されることが好ましい。
【0015】
(8)この場合、前記第1参照応答モデルの伝達関数G
mr及び前記第2参照応答モデルの伝達関数G´
mdは、“s”をラプラス演算子とし、“n”を所定の整数とし、“Lm”を所定の実数とし、“σ”を所定の係数とし、“β”を所定の係数として下記式(1-1)及び(1-2)によって表されることが好ましい。
【数1】
【0016】
(9)この場合、前記係数βの値は、前記測定量から前記制御量までの周波数応答において、低周波数側でゲインが略一定となる周波数帯域が広くなるように設定されることが好ましい。
【0017】
(10)この場合、前記係数σの値は、安定余裕に基づいて設定されることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
(1)本発明に係る設計方法は、目標量と制御量との間の制御量偏差に応じて第1制御入力を出力する第1制御器と、制御対象に対する外乱に応じて変化する測定量に応じて第2制御入力を出力する第2制御器と、を備え、第1及び第2制御入力に基づいて制御対象に入力する制御入力を出力する2自由度制御系を設計対象とする。また本発明に係る設計方法では、第1及び第2制御器に含まれる複数の制御パラメータの値を暫定値に設定した状態におけるN成分時系列データである初期制御量、初期目標量、初期制御量偏差、及び初期測定量を取得し、これら初期制御量等と、第1参照応答モデル、及び第2参照応答モデルを用いて得られる第1参照出力と第2参照出力とが近くなるように制御パラメータの設計値を決定する。特に本発明では、初期目標量に対する第1参照応答モデルの応答と初期制御量との間の偏差を第1制御器に入力した場合に、この第1制御器から出力されるN成分時系列データを第1参照出力として定義、初期制御量偏差及び初期測定量に対する設計対象の応答に基づいて算出される疑似外生信号を第2参照応答モデルに入力した場合に、この第2参照応答モデルから出力されるN成分時系列データを第2参照出力と定義する。本発明の設計方法では、以上のように第1参照出力及び第2参照出力を定義することにより、これら第1参照出力と第2参照出力との差は、複数の制御パラメータの1次関数となる。このためこれら第1参照出力と第2参照出力とが近くなるように複数の制御パラメータの設計値を算出する演算は、線形最適化問題に帰着するので、最小二乗法により、容易に算出することができる。
【0019】
(2)本発明に係る設計方法では、制御パラメータを暫定値に設定した状態におけるN成分時系列データである初期制御入力をさらに取得し、初期制御量偏差に対する第1制御器の応答と、初期測定量に対する第2制御器の応答と、初期制御入力と、初期測定量と、を合成したものによって疑似外生信号を定義する。本発明に係る設計方法では、このような疑似外生信号に基づいて第2参照出力を定義することにより、複数の制御パラメータの設計値を算出する演算を容易にすることができる。
【0020】
(3)本発明に係る設計方法では、第1参照出力と第2参照出力との偏差のN成分二乗和である評価関数を最小化するように設計値を決定する。これにより最小二乗法により、容易に複数の制御パラメータの設計値を算出することができる。
【0021】
(4)本発明に係る設計方法では、外乱に応じたトルクが発生する第1慣性体と、制御入力に応じたトルクが発生する第2慣性体と、これらを連結する軸体と、を備える多慣性系を制御対象とする。これにより、多慣性系を制御対象とする2自由度制御系の制御装置を容易に設計することができる。
【0022】
(5)本発明に係る設計方法は、測定量及び設定慣性に基づいて制御量に対する目標量を算出する目標量算出部と、目標量と制御量との間の制御量偏差に応じて第1制御入力を出力する第1制御器と、測定量に応じて第2制御入力を出力する第2制御器と、第1及び第2制御入力を合成することにより制御入力を決定する合成部と、を備える2自由度制御系の慣性制御装置を設計対象とする。また本発明に係る設計方法では、N成分時系列データである初期制御量、初期目標量、初期制御量偏差、及び初期測定量を取得した後、初期目標量に対する第1参照応答モデルの応答と初期制御量との間の偏差を第1制御器に入力した場合に、第1制御器から出力される第1参照出力と、初期制御量偏差及び初期測定量に対する設計対象の応答に基づいて算出される疑似外生信号を第2参照応答モデルに入力した場合にこの第2参照応答モデルから出力される第2参照出力とが近くなるように複数の制御パラメータの設計値を決定する。これにより、第1参照出力と第2参照出力との差は、複数の制御パラメータの1次関数となるので、これら複数の制御パラメータの設計値を容易に算出することができる。
【0023】
(6)本発明に係る設計方法では、初期制御入力をさらに取得し、初期制御量偏差に対する第1制御器の応答と、初期測定量に対する第2制御器の応答と、初期制御入力と、初期測定量と、を合成したものによって疑似外生信号を定義する。本発明に係る設計方法では、このような疑似外生信号に基づいて第2参照出力を定義することにより、電気慣性制御装置である設計対象の複数の制御パラメータの設計値を、容易に算出することができる。
【0024】
(7)本発明に係る設計方法では、第1参照出力と第2参照出力との偏差のN成分二乗和である評価関数を最小化するように設計値を決定する。これにより最小二乗法により、容易に電気慣性制御装置の複数の制御パラメータの設計値を算出することができる。
【0025】
(8)本発明に係る設計方法では、上記式(1-1)及び(1-2)によって、第1参照応答モデルの伝達関数Gmr及び第2参照応答モデルの伝達関数G´mdを定義することにより、これら参照応答モデルの係数“σ”や“β”の設定を通じて、設定慣性を模擬できる周波数帯域や制御安定性等を指定することができる。
【0026】
(9)本発明に係る設計方法では、係数βの値を、測定量から制御量までの周波数応答において、低周波数側でゲインが略一定となる周波数帯域、すなわち電気慣性制御により設定慣性を模擬できる周波数帯域が広くなるように設定する。これにより、より広い周波数帯域で設定慣性を模擬することができる。
【0027】
(10)本発明に係る設計方法では、係数σの値を、安定余裕に基づいて設定する。これにより、好ましい安定性を備える電気慣性制御装置を構築することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明の一実施形態に係る設計方法が好ましく適用される試験システムの構成を示す図である。
【
図2】制御対象の近似モデルの構成を示すブロック図である。
【
図3】制御対象の簡易モデルの構成を示すブロック図である。
【
図4】設計対象及びその制御対象によって構成される2自由度制御系と、この2自由度制御系に対して定義される参照軌道の構成を示すブロック図である。
【
図5】設計方法の具体的な手順を示すフローチャートである。
【
図6】評価関数を定義するためのブロック図である。
【
図7】軸トルク測定量からダイナモ角速度までの周波数応答を示すボード線図の一例を示す図である。
【
図8】感度関数のナイキスト線図の一例を示す図である。
【
図9】設計前のダイナモ制御装置を用いたシミュレーション結果を示す図である。
【
図10】係数σの値を固定しながら、係数βの値を変化させた場合におけるボード線図を示す図である。
【
図11】係数σの値を固定しながら、係数βの値を変化させた場合におけるボード線図を示す図である。
【
図12】パラメータMsと係数σとの関係を示す図である。
【
図13】設計後のダイナモ制御装置を用いたシミュレーション結果を示す図である(実施例1)。
【
図14】設計後のダイナモ制御装置を用いたシミュレーション結果を示す図である(実施例2)。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明の設計方法が好ましく適用される試験システムSの構成を示す図である。試験システムSは、試験システムSにおける試験対象である第1慣性体としてのエンジン10と、第2慣性体としてのダイナモメータ11と、エンジン10の出力軸とダイナモメータ11の出力軸とを連結する軸体としての連結軸12と、ダイナモメータ11と接続されたインバータ20と、エンジン10と接続されたスロットルアクチュエータ21と、軸トルク検出器30と、エンコーダ31と、インバータ20と接続されたダイナモ制御装置5と、を備える。試験システムSは、スロットルアクチュエータ21によってエンジン10のスロットル開度を制御しながら、ダイナモメータ11をエンジン10の動力吸収体として用いることにより、エンジン10の様々な特性を測定する所謂エンジンベンチシステムである。
【0030】
なお以下では、本発明の制御装置の設計方法を、
図1に示すようなエンジンベンチシステムである試験システムSのダイナモ制御装置5に適用する場合について説明するが、本発明の適用対象はこれに限らない。本発明の設計方法は、
図1に示すようなエンジンベンチシステムに限らず、試験対象をドライブトレインとした所謂ドライブトレインベンチシステムのダイナモ制御装置にも適用できる。
【0031】
インバータ20は、ダイナモ制御装置5から制御入力としてのトルク電流指令信号が入力されると、このトルク電流指令信号に応じた電力をダイナモメータ11に供給し、トルク電流指令信号に応じたダイナモトルク[Nm]をダイナモメータ11で発生させる。なお以下では、ダイナモメータ11で発生するダイナモトルクの時系列データを、時間tの関数として“T2(t)”と表記する。
【0032】
スロットルアクチュエータ21は、エンジン10のスロットル開度に対する指令に相当するスロットル開度指令信号が入力されると、これを実現するようにエンジン10のスロットル開度を制御する。これによりスロットルアクチュエータ21は、スロットル開度指令信号に応じたエンジントルク[Nm]をエンジン10で発生させる。なお以下では、エンジン10で発生するエンジントルクの時系列データを、時間tの関数として、“T1(t)”と表記する。
【0033】
軸トルク検出器30は、連結軸12における捩れトルクである軸トルク[Nm]に応じた軸トルク検出信号を生成し、ダイナモ制御装置5へ送信する。なお以下では、軸トルク検出器30による軸トルク検出信号の時系列データを、時間tの関数として、“T12(t)”と表記する。
【0034】
エンコーダ31は、ダイナモメータ11の出力軸の角速度[rad/s](以下、「ダイナモ角速度」ともいう)に応じた速度検出信号を生成し、ダイナモ制御装置5へ送信する。なお以下では、エンコーダ31による速度検出信号の時系列データを、時間tの関数として、“ω(t)”と表記する。
【0035】
ダイナモ制御装置5は、エンジン10、ダイナモメータ11、連結軸12、インバータ20、スロットルアクチュエータ21、軸トルク検出器30、及びエンコーダ31によって構成される多慣性系を制御対象とし、この制御対象における所定の制御量を所定の目標量に制御する制御装置である。本実施形態では、ダイナモ制御装置5は、上記制御対象から制御量及び測定量として出力される速度検出信号及び軸トルク検出信号に基づいて、上記制御対象に対し外乱として入力されるスロットル開度指令信号に対するダイナモメータ11の挙動が所定の設定慣性を有する模擬慣性体の挙動となるようにダイナモメータ11に対するトルク電流指令信号をインバータ20に出力する、所謂電気慣性制御装置とした場合について説明する。すなわちダイナモ制御装置5による電気慣性制御下では、ダイナモメータ11は、スロットル開度指令信号に応じてエンジン10で発生するエンジントルクに対し、あたかも設定慣性を有する模擬慣性体として振る舞う。なお以下では、ダイナモ制御装置5から出力される制御入力の時系列データを、時間tの関数として、“u(t)”と表記する。また以下では、制御入力とダイナモトルクは等しいものとする(u(t)=T2(t))。
【0036】
図1に示すように、ダイナモ制御装置5は、軸トルク検出器30の軸トルク検出信号に基づいてエンコーダ11の速度検出信号に対する目標量を算出する目標量算出部50と、目標量算出部50によって算出された目標量とエンコーダ11の速度検出信号との間の制御量偏差に応じてフィードバック入力を出力するフィードバック制御器51と、軸トルク検出信号に基づいてフィードフォワード入力を出力するフィードフォワード制御器52と、これらフィードバック入力とフィードフォワード入力とを合成することにより制御入力を決定する合成部53と、を備える。
【0037】
目標量算出部50は、例えば、ダイナモメータ11によって設定慣性J
set[kg・m
2]を有する模擬慣性体が実現されるように、換言すればエンジントルクT
1に対するダイナモメータ11の挙動が設定慣性J
setを有する模擬慣性体の挙動となるように、設定慣性J
set及び軸トルクT
12(t)に基づいて、下記式(2)に従ってダイナモ角速度ω(t)に対する目標量r(t)を算出する。以下において、 “Δ”は差分演算子を表しており、Δ=1-z
-1によって定義される。また以下において、z
-1は遅延演算子を表しており、z
-1x(t)=x(t-1)によって定義される。
【数2】
【0038】
フィードバック制御器51は、目標量r(t)とダイナモ角速度ω(t)との偏差である誤差信号e(t)(すなわち、e(t)=r(t)-ω(t))が0になるように、既知のフィードバック制御則(C
e(z
-1))に基づいてフィードバック入力u
fb(t)を生成する(下記式(3-1)参照)。なお本実施形態では、フィードバック制御器51は、下記式(3-2)に示すように、2つの制御パラメータである比例ゲインK
Pe及び積分ゲインK
Ieを用いて特徴付けられるPI制御則に従って、誤差信号e(t)に応じたフィードバック入力u
fb(t)を生成する場合について説明するが、本発明はこれに限らない。フィードバック制御器51の制御構造は、1つ以上の制御パラメータによってその入出力特性が規定されるものであればどのようなものであってもよい。
【数3】
【0039】
フィードフォワード制御器52は、軸トルクT
12(t)に応じたフィードフォワード入力u
ff(t)を生成する(下記式(4-1)参照)。なお本実施形態では、フォードフォワード制御器52は、下記式(4-2)に示すように、1つの制御パラメータである比例ゲインK
Prを用いて特徴付けられるP制御則に従って、軸トルクT
12(t)に応じたフィードフォワード入力u
ff(t)を生成する場合について説明するが、本発明はこれに限らない。フィードフォワード制御器52の制御構造は、1つ以上の制御パラメータによってその入出力特性が規定されるものであればどのようなものであってもよい。
【数4】
【0040】
合成部53は、フィードバック入力u
fb(t)とフィードフォワード入力u
ff(t)とを合成することによって制御入力u(t)を生成し、制御対象に入力する。なお本実施形態では、合成部53は、例えば下記式(5)に示すように、フィードバック入力u
fb(t)からフィードフォワード入力u
ff(t)を減算することによって制御入力u(t)を生成する場合について説明するが、本発明はこれに限らない。例えば合成部53は、フィードバック入力u
fb(t)とフィードフォワード入力u
ff(t)とを合算することによって制御入力u(t)を算出してもよい。
【数5】
【0041】
ダイナモ制御装置5は、設定慣性Jsetに応じた目標量r(t)を算出する目標量算出部50と、3つの制御パラメータ(KPe,KIe,KPr)によってその入出力特性が特徴付けられるフィードバック制御器51、フィードフォワード制御器52、及び合成部53とによって、エンジントルクT1(t)に対するダイナモメータ11の挙動が設定慣性Jsetを有する模擬慣性体の挙動となるように制御入力u(t)を出力する。
【0042】
図2は、ダイナモ制御装置5の制御対象Pの近似モデルの構成を示すブロック図である。先ず、
図1の試験システムSにおいて、ダイナモ制御装置5の制御対象Pは、
図2に示すような2慣性系によって近似できる。すなわち制御対象Pは、慣性J
1[kg・m
2]を有する慣性体であってエンジントルクT
1(t)を発生する第1慣性体と、慣性J
2[kg・m
2]を有する慣性体であって制御入力u(t)に応じたダイナモトルクT
2(t)を発生する第2慣性体とを、ばね損失C
12[Nm・s/rad]及びばね剛性K
12[Nm/rad]を有する軸体で連結した2慣性系によって近似できる。なお本発明の設計方法によってダイナモ制御装置5を設計するに際し、制御対象Pの詳細な構成や、慣性J
1,J
2、ばね損失C
12、及びばね剛性K
12等のシステムパラメータの値は、未知であるとする。
【0043】
図2に示す2慣性系の運動方程式は、下記式(6-1)及び(6-2)で表される。
【数6】
【0044】
また上記運動方程式(6-1)及び(6-2)において、5つの伝達関数A(s)、B
1(s)、B
2(s)、B
3(s)、及びB
4(s)は、システムパラメータを用いて下記式(7-1)~(7-5)によってあらわされる。また下記式においてωrは共振周波数であり、システムパラメータを用いて下記式(7-6)によって表される。
【数7】
【0045】
図3は、制御対象Pの簡易モデルの構成を示すブロック図である。この簡易モデルは、
図2に示す近似モデルをさらに簡略化したものである。本発明に係る設計方法では、
図2に示すような制御対象Pの近似モデルを用いることなく設計対象であるダイナモ制御装置5を設計することが可能となっている。ただし後に説明するように、設計対象のボード線図や安定余裕等を評価するためには、制御対象Pの何らかのモデルが必要になる。そこで本実施形態では、
図2の近似モデルをさらに簡略化した
図3に示す簡易モデルを用いることによって設計対象のボード線図や安定余裕等を評価する。
【0046】
図4は、設計対象であるダイナモ制御装置5及びその制御対象Pによって構成される2自由度制御系と、この2自由度制御系に対して定義される参照軌道y
ref(t)の構成を示すブロック図である。
【0047】
図4に示すように、ダイナモ制御装置5は、目標量算出部50と、フィードバック制御器51と、フィードフォワード制御器52と、合成部53と、を備える。また制御対象Pにおいて、制御入力u(t)及び軸トルクT
12(t)から制御量y(t)(すなわち、ダイナモ角速度ω(t))までの伝達関数G(z
-1)は、未知であるとする。
【0048】
図4に示すブロック図において、制御対象Pの出力である制御量y(t)は、下記式(8)によって表される。
【数8】
【0049】
また
図4に示す2自由度制御系において、外乱に応じて変化する軸トルクT
12(t)及び制御量y(t)に対する目標量r(t)に対しそれぞれ参照外乱応答モデルG
md(z
-1)及び参照目標応答モデルG
mr(z
-1)を定義すると、制御量y(t)に対する参照軌道y
ref(t)は、下記式(9)によって表される。ここで参照外乱応答モデルG
md(z
-1)及び参照目標応答モデルG
mr(z
-1)は、設計対象による外乱及び目標量に対する応答を指定するために導入される参照応答モデルである。
【数9】
【0050】
ここで、与えられた参照外乱応答を満足するフィードバック制御器51及びフィードフォワード制御器52、すなわち式(8)によって算出される制御量y(t)と、式(9)によって算出される参照軌道y
ref(t)とを等しくするフィードバック制御器51及びフィードフォワード制御器52の伝達関数をC
*
e(z
-1)及びC
*
r(z
-1)と定義すると、参照外乱応答モデルG
md(z
-1)は、下記式(10)によって書き換えられる。
【数10】
【0051】
ここで上記式(10)において、関数G´
md(z
-1)は下記式(11)に示すように、相補感度関数である。以下では、下記式(11)に示すように伝達関数C
*
e(z
-1)を用いて再定義された関数G´
md(z
-1)を、参照外乱応答モデルという。
【数11】
【0052】
以上のように式(11)によって再定義された参照外乱応答モデルG´
md(z
-1)と参照目標応答モデルG
mr(z
-1)とを用いると、式(9)に示す参照軌道y
ref(t)は、下記式(12)によって書き換えられる。
【数12】
【0053】
本実施形態に係る設計方法では、上記式(12)に示すような参照外乱応答モデルG´md(z-1)及び参照目標応答モデルGmr(z-1)を指定することにより、一組の閉ループデータに基づいて与えられた参照軌道を実現するように(すなわちy0(t)=yref(t)となるように)、フィードバック制御器51(C*
e(z-1))及びフィードフォワード制御器52(C*
r(z-1))を設計する。
【0054】
なお本実施形態では、参照目標応答モデルG
mr(z
-1)及び参照外乱応答モデルG´
md(z
-1)は、連続時間系ではそれぞれ下記式(13-1)及び(13-2)に示すような二項モデルとなるように定義する。下記式(13-1)及び(13-2)において、“n”は所定の整数であり、“Lm”は推定むだ時間であり、それぞれ予め定められた値に設定される。また下記式(13-1)及び(13-2)において、“σ”は立ち上がり時間に関する係数であり、“β”は目標量応答に関する係数であり、各々の値は、後に説明する手順によって設定される。
【数13】
【0055】
図5は、本発明の設計方法、すなわちダイナモ制御装置5の制御パラメータの設計値を算出する具体的な手順を示すフローチャートである。
【0056】
始めに閉ループデータ取得工程(S1)では、設計者は、フィードバック制御器51及びフィードフォワード制御器52に含まれる複数の制御パラメータ(KPe,KIe,KPr)の値をそれぞれ所定の暫定値に設定するとともに、制御対象Pに対し外乱(スロットル開度指令信号、及びこれに応じたエンジントルクT1(t))を入力した状態で、制御量y(t)、目標量r(t)、制御量偏差e(t)、軸トルク測定量T12(t)、及び制御入力u(t)のN成分時系列データ(Nは、2以上の整数)を取得する。ここでN成分時系列データとは、所定のサンプリング時間Ts間隔で定められたN点(t=Ts,2Ts,…,NTs)におけるデータの集合である。以下では、制御量y(t)、目標量r(t)、制御量偏差e(t)、軸トルク測定量T12(t)、及び制御入力u(t)のN成分時系列データを、時間tの関数としてそれぞれ初期制御量y0(t)、初期目標量r0(t)、初期制御量偏差e0(t)、初期軸トルク測定量T12_0(t)、及び初期制御入力u0(t)と表記する。
【0057】
次に疑似入力信号算出工程(S2)では、設計者は、S1で取得した初期制御量偏差e
0(t)及び初期軸トルク測定量T
12_0(t)に基づいて、N成分時系列データである疑似入力信号u
~(t)を算出する。より具体的には、この疑似入力信号u
~(t)は、下記式(14)に示すように、初期制御量偏差e
0(t)及び初期軸トルク測定量T
12_0(t)に対する設計対象の応答(すなわち、初期制御量偏差e
0(t)及び初期軸トルク測定量T
12_0(t)を設計対象に入力したときにおけるこの設計対象の出力)として定義される。すなわち、疑似入力信号u
~(t)は、初期制御量偏差e
0(t)に対するフィードバック制御器51の応答から、初期軸トルク測定量T
12_0(t)に対するフィードフォワード制御器52の応答を減算したものによって定義される。
【数14】
【0058】
次に疑似外生信号算出工程(S3)では、設計者は、S2で算出した疑似入力信号u
~(t)と、S1で取得した初期制御入力u
0(t)及び初期軸トルク測定量T
12_0(t)とに基づいて、N成分時系列データである疑似外生信号T
~
12(t)を算出する。疑似外生信号T
~
12(t)は、より具体的には、下記式(15)に示すように、初期制御入力u
0(t)と初期軸トルク測定量T
12_0(t)との和から疑似入力信号u
~(t)を減算したものによって定義される。
【数15】
【0059】
次に係数設定工程(S4)では、設計者は、上記式(13-1)及び(13-2)に示す参照目標応答モデルGmr(z-1)及び参照外乱応答モデルG´md(z-1)に含まれる係数(σ,β)の値を、それぞれ予め定められた暫定値(σi,βj)に設定する。ここでiは1~Mi(“Mi”は1以上の任意の整数)の間の整数であり、jは1~Mj(“Mj”は1以上の任意の整数)の間の整数とする。また係数の暫定値(σi,βj)の全組み合わせ数Mは、1以上の任意の整数とする(すなわち、Mi×Mj=M)。
【0060】
次に最適化工程(S5)では、設計者は、S3で算出される疑似外生信号T~
12(t)と、S4において設定される参照目標応答モデルGmr(z-1)及び参照外乱応答モデルG´md(z-1)とに基づいて定義される評価関数Jを最小化する制御パラメータ(KPe,KIe,KPr)の設計値を算出する。
【0061】
図6は、S5において参照する評価関数Jを定義するためのブロック図である。より具体的には、
図6は、
図4に示すブロック図において、制御対象Pを、初期制御入力u
0(t)と初期軸トルク測定量T
12_0(t)との和を出力する初期データ出力部6に置換することによって得られるブロック図である。
【0062】
図4において定義される参照軌道y
ref(t)と初期制御量y
0(t)との差は、上記式(14)及び(15)に示す疑似入力信号u
~(t)及び疑似外生信号T
~
12(t)、並びに上記式(13-1)及び(13-2)に示す参照目標応答モデルG
mr(z
-1)及び参照外乱応答モデルG´
md(z
-1)を導入すると、
図6に示す第1参照出力φ
1(t)と第2参照出力φ
2(t)との差信号φ(t)に書き換えられる(下記式(16)参照)。
【数16】
【0063】
ここで第1参照出力φ
1(t)は、下記式(17)に示すように、初期目標量r
0(t)に対する参照目標応答モデルG
mr(z
-1)の応答(すなわち、初期目標量r
0(t)を参照目標応答モデルG
mr(z
-1)に入力した場合における、参照目標応答モデルG
mr(z
-1)の出力)と、初期制御量y
0(t)との間の偏差を、フィードバック制御器51に入力した場合に、このフィードバック制御器51から出力されるN成分時系列データとして定義される。
【数17】
【0064】
また第2参照出力φ
2(t)は、下記式(18)に示すように、疑似外生信号T
~
12(t)を参照外乱応答モデルG´
md(z
-1)に入力した場合に、この参照外乱応答モデルG´
md(z
-1)から出力されるN成分時系列データとして定義される。
【数18】
【0065】
したがって参照軌道y
ref(t)と初期制御量y
0(t)とが近くなるように複数の制御パラメータの設計値(K
*
Pe,K
*
Ie,K
*
Pr)を決定する問題は、下記式(19)に示すように、N成分時系列データである差信号φ(t)のN成分二乗和として定義される評価関数Jを最小化する複数の制御パラメータの設計値(K
*
Pe,K
*
Ie,K
*
Pr)を決定することと等価となる。
【数19】
【0066】
最適化工程(S5)では、設計者は、上記式(19)に示す評価関数Jを最小化するような複数の制御パラメータの設計値(K*
Pe,K*
Ie,K*
Pr)を算出する。
【0067】
なお本実施形態では、上述のように第1参照出力φ
1(t)及び第2参照出力φ
2(t)を定義することにより、評価関数Jは、下記式(20-1)に示すように、複数の制御パラメータを基底とするパラメータベクトルθ(下記式(20-2)参照)の2次関数となる。下記式(20-1)において、ベクトルνは、下記式(20-3)によって定義されるN成分ベクトルであり、下記式(20-3)において、N成分時系列データu
T0(t)は、下記式(20-4)に示すように初期データ出力部6の出力であり、下記式(20-1)において、行列Φは、下記式(20-5)及び(20-6)に示すように3×N行列である。
【数20】
【0068】
また評価関数Jは、複数の制御パラメータに対し下に凸の関数となることから、この評価関数Jを最小化する複数の制御パラメータの設計値(K
*
Pe,K
*
Ie,K
*
Pr)を決定する問題は、線形最適化問題に帰着するため、最小二乗法を適用することによって複数の制御パラメータの設計値(K
*
Pe,K
*
Ie,K
*
Pr)は、下記式(21)によって算出される。従って最適化工程(S5)では、設計者は、下記式(21)に示す方程式を解くことによって複数の制御パラメータの設計値(K
*
Pe,K
*
Ie,K
*
Pr)を算出する。
【数21】
【0069】
次にS6では、設計者は、M組の暫定値(σi,βj)の下で制御パラメータの設計値(K*
Pe,K*
Ie,K*
Pr)が得られたかどうかを判定する。S6の判定結果がNOである場合、設計者は、S4に戻り、他の暫定値(σi,βj)の下で制御パラメータの設計値を算出する。またS6の判定結果がYESである場合、設計者は、S7の処理に移る。これにより、M組の制御パラメータの設計値(K*
Pe,K*
Ie,K*
Pr)によって特徴付けられるM組のダイナモ制御装置が導出される。
【0070】
次に最適制御装置選択工程(S7)では、設計者は、上記M組のダイナモ制御装置から1つを最適制御装置として選択する。より具体的には、設計者は、
図3を参照して説明した制御対象の簡易モデルを用いてM組のダイナモ制御装置のボード線図及び安定余裕を評価することにより、係数(σ,β)の最適値(σ
*,β
*)を決定するとともに、これら最適値(σ
*,β
*)の下で導出されるダイナモ制御装置を最適制御装置として選択する。
【0071】
図7は、軸トルク測定量T
12からダイナモ角速度ωまでの周波数応答を示すボード線図の一例を示す図である。
図7に示すように、軸トルク測定量T
12からダイナモ角速度ωまでの周波数応答は、低周波数側においてゲインが20log
10(1/J
set)で略一定となり、高周波数側においてゲインが20log
10(1/J
2)で略一定となる周波数帯域が存在する。また
図7に示すように、この周波数応答の形状は、係数βに応じて変化する。
【0072】
ここでゲインが20log10(1/Jset)で略一定となる周波数帯域は、設定慣性Jsetを実現できている周波数帯域に相当する。したがって最適制御装置選択工程では、設計者は、複数の暫定値βjのうち、軸トルク測定量T12からダイナモ角速度ωまでの周波数応答において、低周波数側でゲインが20log10(1/Jset)で略一定となる周波数帯域が最も広くなるものを最適値β*として決定する。これにより、設定慣性Jsetを広範囲で実現できるダイナモ制御装置を設計することができる。
【0073】
なお
図7に示すように、係数σの値を小さくしても設定慣性J
setを実現できる周波数帯域を広げることができるものの、係数σの値を小さくしすぎると、不安定となってしまう。このため係数σの最適値σ
*は、
図8を参照して説明するように安定余裕に基づいて設定することが好ましい。
【0074】
図8は、感度関数S(jω)のナイキスト線図の一例を示す図である。最適制御装置選択工程では、設計者は、
図3に示す簡易モデルに基づいて定義される感度関数S(jω)に基づいて(下記式(22-2)~(22-8)参照)、安定余裕に関するパラメータMsを算出し(下記式(22-1)参照)、複数の暫定値σ
iのうち設計者が指定する値に近いパラメータMsを与えるものを最適値σ
*として決定する。これにより、安定余裕を考慮してダイナモ制御装置を設計することができる。
【数22】
【0075】
また最適制御装置選択工程では、設計者は、以上の手順によって2つの係数の最適値(σ
*,β
*)を決定した後、これら最適値(σ
*,β
*)に基づいて導出されるダイナモ制御装置を最適制御装置として選択し、
図5に示す処理を終了する。
【0076】
次に、本実施形態に係る設計方法の効果について、
図9~
図13に示すシミュレーション結果を参照しながら説明する。
【0077】
図9は、設計前のダイナモ制御装置を用いたシミュレーション結果を示す図である。ここで設計前のダイナモ制御装置とは、制御パラメータ(K
Pe,K
Ie,K
Pr)の値を暫定値に設定した状態におけるダイナモ制御装置であり、閉ループデータ取得工程において用いられるダイナモ制御装置をいう。より具体的には、各制御パラメータの値は、それぞれK
Pe=20.5、K
Ie=20.5、K
Pr=0.0とした。また
図9の最上段には、制御量y及びその目標量rを示し、中段には、軸トルク測定量T
12を示し、最下段には、制御入力uを示す。
図9に示すように、設計前のダイナモ制御装置によれば、制御量yが目標量rに追従するまでに時間がかかる。
【0078】
図10及び
図11は、それぞれ係数σの値を所定値に固定しながら、係数βの値を所定範囲内で変化させた場合における軸トルク測定量T
12からダイナモ角速度ωまでの周波数応答を示すボード線図である。
図10の例では、係数σの値を0.005とし、係数βの値を、1.5から-1.5まで0.5刻みで変化させた場合を示し、
図11の例では、係数σの値を0.2とし、係数βの値を、1.5から-1.5まで0.5刻みで変化させた場合を示す。
図10及び
図11を比較して明らかなように、設定慣性を実現できる周波数帯域は、係数σによって変化する。また
図10及び
図11に示すように、設定慣性を実現できる周波数帯域は、係数βによっても僅かに変化する。以下では、係数βの値は、
図10及び
図11に示す結果に基づいて、0.0とした場合について説明する。
【0079】
図12は、上記式(22-1)によって定義されるパラメータMsと係数σとの関係を示す図である。安定余裕は、パラメータMsが小さくなるほど大きくなる。また
図12に示すように、係数σの値を大きくするほどパラメータMsは小さくなる傾向があることが確認された。なお以下では、制御結果を比較するため、係数σの値は、0.005又は0.2とした場合について説明する。
【0080】
σ=0.005及びβ=0.0とした場合、各制御パラメータの設計値は、KPe=1.5×103、KIe=1.5×103、KPr=0.68となった。以下では、これを実施例1のダイナモ制御装置とする。またσ=0.2及びβ=0.0とした場合、各制御パラメータの設計値は、KPe=35.1、KIe=232.4、KPr=0.0となった。以下では、これを実施例2のダイナモ制御装置とする。
【0081】
図13及び
図14は、それぞれ設計後のダイナモ制御装置を用いたシミュレーション結果の一例を示す図である。より具体的には、
図13は、実施例1のダイナモ制御装置を用いたシミュレーション結果を示し、
図14は、実施例2のダイナモ制御装置を用いたシミュレーション結果を示す。
【0082】
これら
図13及び
図14と、
図9とを比較して明らかなように、実施例1及び実施例2のダイナモ制御装置によれば、いずれも制御量yを速やかに目標量rに追従させることができる。なお実施例2よりも実施例1の方が速やかに制御量yを目標量rに追従させることができる。これは実施例1の方が実施例2よりも係数σを小さな値に設定したためである。しかしながら係数σを小さな値に設定すると、制御入力uは振動的になってしまう。このため実施例1よりも実施例2の方が、より安定的に制御できることが確認された。
【0083】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明はこれに限らない。本発明の趣旨の範囲内で、細部の構成を適宜変更してもよい。
【0084】
例えば上記実施形態では、本発明の設計方法を、多慣性系を制御対象とする試験システムSのダイナモ制御装置に適用した場合について説明したが、本発明はこれに限らない。本発明の設計方法は、2自由度制御系の制御装置であれば、どのような制御装置にも適用できる。
【符号の説明】
【0085】
S…試験システム
P…制御対象
10…エンジン(第1慣性体)
11…ダイナモメータ(第2慣性体)
12…連結軸(軸体)
20…インバータ
21…スロットルアクチュエータ
30…軸トルク検出器
31…エンコーダ(速度検出器)
5…ダイナモ制御装置(設計対象)
50…目標量算出部
51…フィードバック制御器(第1制御器)
52…フィードフォワード制御器(第2制御器)
53…合成部