(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-17
(45)【発行日】2024-09-26
(54)【発明の名称】ヘモグロビン分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20240918BHJP
G01N 30/86 20060101ALI20240918BHJP
【FI】
G01N30/88 Q
G01N30/86 M
G01N30/86 C
G01N30/86 D
(21)【出願番号】P 2020203216
(22)【出願日】2020-12-08
【審査請求日】2023-11-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】真仁田 大輔
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-203677(JP,A)
【文献】特表2004-508566(JP,A)
【文献】特公昭48-026316(JP,B1)
【文献】欧州特許出願公開第03457129(EP,A1)
【文献】特開2016-183871(JP,A)
【文献】特開2017-194349(JP,A)
【文献】国際公開第02/021099(WO,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/88
G01N 30/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液中のヘモグロビンを分析する分析装置であって、
検出器の信号強度の時間変化により得られたヘモグロビンのクロマトグラムデータに対して前記信号強度の微分係数を算出する演算処理部を有し、
前記微分係数の時間変化または前記微分係数の絶対値の時間変化を示す微分クロマトグラムにおいて、
前記信号強度の最小最大値を規格化し、HbA1cの溶出時間とヘモグロビンA0の溶出時間との間の時間領域において、前記信号強度の微分縦軸の正領域に極小点が検出された場合に異常ヘモグロビンの存在を判定することを特徴とするヘモグロビン分析装置。
【請求項2】
前記信号強度が0から1000に規格化されており、HbA1cの溶出時間とヘモグロビンA0の溶出時間との間の時間領域において、前記信号強度の微分軸の0~500の領域に極小点が検出された場合に異常ヘモグロビンEの存在を判定することを特徴とする請求項1に記載のヘモグロビン分析装置。
【請求項3】
血液中のヘモグロビンを分析する分析装置であって、
検出器の信号強度の時間変化により得られたヘモグロビンのクロマトグラムデータに対して前記信号強度の微分係数を算出する演算処理部を有し、
前記微分係数の時間変化または前記微分係数の絶対値の時間変化を示す微分クロマトグラムにおいて、
前記信号強度の最小最大値を規格化し、ヘモグロビンA0の溶出時間より後方の時間領域において、前記信号強度の微分軸の負領域に極大点を検出した場合に異常ヘモグロビンの存在を判定することを特徴とするヘモグロビン分析装置。
【請求項4】
前記信号強度が0から1000に規格化されており、ヘモグロビンA0の溶出時間より後方の時間領域において、
前記信号強度の微分軸の-500から0の負領域で極大点を検出した場合に異常ヘモグロビンDの存在を判定することを特徴とする請求項3に記載のヘモグロビン分析装置。
【請求項5】
前記微分クロマトグラムにおいて、HbA1cの溶出時間とヘモグロビンA0の溶出時間との間の時間領域で、前記信号強度の微分軸の正領域に極小点を検出した場合、またはヘモグロビンA0の溶出時間より後方の時間領域において、前記信号強度の微分軸の負領域に極大点を検出した場合に各極点の時間に基づき、もとのヘモグロビンのクロマトグラムデータに対して縦切り波形処理を実施することを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載のヘモグロビン分析装置。
【請求項6】
前記微分クロマトグラムにおいて、HbA1cの溶出時間とヘモグロビンA0の溶出時間との間の時間領域において、前記信号強度の微分軸の正領域に極小点を検出した場合、HbA1cの溶出時間と極小点の時間座標との間の時間領域からなるヘモグロビンのクロマトグラムの一部を用いて非線形最小二乗法によるカーブフィッティングを行い、前記カーブフィッティングの結果を用いてヘモグロビンの定量計算を行うことを特徴とする請求項1~2のいずれかに記載のヘモグロビン分析装置。
【請求項7】
前記微分クロマトグラムにおいて、HbA1cの溶出時間とヘモグロビンA0の溶出時間との間の時間領域において、前記信号強度の微分軸の正領域に極小点を検出した場合、HbA1cの溶出時間と極小点の時間座標との間の時間領域におけるヘモグロビンのクロマトグラムの一部を用いて非線形最小二乗法によるカーブフィッティングを行い、得られたカーブフィッティング関数グラフと元のクロマトグラムを重ねて表示することを特徴とする請求項6に記載のヘモグロビン分析装置。
【請求項8】
前記微分クロマトグラムにおいて、ヘモグロビンA0の溶出時間より後方の時間領域において、前記信号強度の微分軸の負領域に極大点を検出した場合、極大点の時間座標より後方の時間領域からなるヘモグロビンのクロマトグラムの一部を用いて非線形最小二乗法によるカーブフィッティングを行い、前記カーブフィッティングの結果を用いてヘモグロビンの定量計算を行うことを特徴とする請求項3~4のいずれかに記載のヘモグロビン分析装置。
【請求項9】
前記微分クロマトグラムにおいて、ヘモグロビンA0の溶出時間より後方の時間領域において、前記信号強度の微分軸の負領域に極大点を検出した場合、極大点の時間座標より後方の時間領域からなるヘモグロビンのクロマトグラムの一部を用いて非線形最小二乗法によるカーブフィッティングを行い、得られたカーブフィッティング関数グラフと元のクロマトグラムを重ねて表示することを特徴とする請求項8に記載のヘモグロビン分析装置。
【請求項10】
表示部が入力部を兼ねるタッチパネル式ディスプレイを備え、異常ヘモグロビンの存在を判定した場合に、前記タッチパネル式ディスプレイのクロマトグラム領域をタッチすることで異常ヘモグロビンに対するカーブフィッティング関数グラフの表示または非表示が選択可能な請求項7または9のいずれかに記載のヘモグロビン分析装置。
【請求項11】
液体クロマトグラフィー法を原理とする請求項1~10に記載のヘモグロビン分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異常ヘモグロビンの影響を回避してヘモグロビンA1cを分析する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
血中ヘモグロビンの糖化体であるグリコヘモグロビン、中でもヘモグロビンA1c(HbA1c、安定型A1cまたはsA1c)は糖尿病の診断または治療観察の指標として重要であり、その測定は液体クロマトグラフィー(HPLC)、キャピラリー電気泳動法などにより実施される。HbA1cの測定では異常ヘモグロビン(異常Hb、変異ヘモグロビンまたはヘモグロビンバリアント)の影響を受けずに正確なHbA1cの濃度を報告できるかが求められている。異常Hbは、例えば主要なものとして、ヘモグロビンS(HbS)、ヘモグロビンC(HbC)、ヘモグロビンD(HbD)、ヘモグロビンE(HbE)等が挙げられる。その一方で臨床検査では即時報告や診療前検査の要求から、一検体当たりの測定時間の短縮が求められている。一般に、例えばHPLC法により異常Hbを含む試料を分析した場合に、特許文献1で示されるように、まず異常Hbの少なくとも非糖化異常HbをヘモグロビンAの非糖化体であるヘモグロビンA0のピークから分離し、さらにヘモグロビンA0のピーク内に含まれる糖化異常Hbの量を近似式から推定し、全ピーク面積から非糖化異常Hbピーク面積と推算された糖化異常Hbピークの両面積を除いて算出することで正確なHbA1c濃度が求められる。近年、一台の分析装置に迅速測定と詳細測定の二つの分析モードを有するHPLCを原理としたHbA1c分析装置が開発されている。詳細測定では、迅速測定より十分な時間をかけることで異常Hbの分離を達成している。迅速測定では、異常Hbの検知・検出をせずにHbA1cの定量測定に注力され、一検体当たり測定時間が30秒程度にまで短縮されてきた。一方で、迅速測定であっても、詳細測定を実施するか否かの判断基準として異常Hbの検出が求められるようになってきた。この場合、測定時間の制限からクロマトグラム上で異常Hbのピークを他のピークから完全に分離することができず、他のクロマトグラムピークと重なって、異常Hbピークが他ピークのリーディングやテーリングの一部に重なることでピークトップを持たないショルダーピーク形状をとることも多い。
【0003】
以上のことから、迅速な測定が求められるグリコヘモグロビン測定では、不十分な分離状態であっても異常Hbを簡便に検出し、より望ましくは正確なHbA1c濃度の定量が求められる。
【0004】
特許文献2では、非糖化異常HbがヘモグロビンA0と十分に分離されておらず干渉する場合であっても、ヘモグロビンAの面積に、クロマトグラム上でヘモグロビンA0と干渉する異常Hbの面積を加算した面積に対するHbA1cの面積比率を補正係数で補正することにより、前記ヘモグロビンAの面積に対するHbA1cの面積比率から、異常ヘモグロビン量を推算してHbA1cを精度よく測定する方法が記載されている。一方で、本補正式の算出には、異常Hb(非糖化異常Hb)がヘモグロビンA0との干渉に関して、吸光度が最小となる時点を想定するいわゆるクロマトグラムの谷が形成されており、異常Hbは少なくともピークトップを有する山または瘤状のピークとして分離する必要があり、ヘモグロビンA0にピークトップが埋没した測定結果には適用できない。また定量に関しても補正係数で補正することから干渉する異常Hbのピーク面積はHbA1c、ヘモグロビンAまたはヘモグロビンA0に対して補正係数に従って一定な状況を維持しなければ正しい結果が得られないという課題がある。検体種によって干渉する比率が変化する場合、あるいはカラム間差や溶離液間差などにより干渉する比率が変化する場合には正確な結果が得られない。またあらかじめ設定された補正係数を用いるという性質上、定量計算を正確に実施するためには様々なパターンに対応した補正係数を考慮して用意しなければならない点に課題がある。
【0005】
特許文献3では、クロマトグラム上で重なったピークの分離に混合ガウス分布による最適化アルゴリズムを使用し、複数の重なったピークやテーリングにショルダーピークがあるピークであっても分離を推定したクロマトグラムやスペクトルが得られると報告されている。この発明では、異常Hbのピークと他のピークが一様な比率で重なることがない状況でも真値に近いピーク形状を推定することが可能である。しかしこの方法では、検出器として少なくとも波長走査が可能な紫外可視分光光度計などが必要であり、高価なシステムとなってしまい、またピーク間で波長スペクトルの差異が無ければフィッティングはかなり困難となる。
【0006】
特許文献4では、液体クロマトグラフィーによるHbA1c測定で分離が不十分なピークであっても非正規分布関数のカーブフィッティングを施すことで正確なピーク面積が求められると報告している。非正規分布関数のカーブフィッティングはあらかじめ一つのモデル式を用意すれば様々なパターンに対して、一部のパラメータのみを可変とすることで柔軟に適用可能である。しかし、本報告ではHbA1cまたはヘモグロビンA0のピークについてのみを対象としており、波形スペクトルのフィッティングも複合ピークが現れた際の主ピークのみについて適用しており、異常Hbのような小ピークについて検討されておらず、まして小ピークのピークトップが得られていないような条件では適用できない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-203677号公報
【文献】特開2017-194349号公報
【文献】WO2016/035167号公報
【文献】特開2019-174242号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
分離が不十分な異常ヘモグロビンの影響を回避し、HbA1cの迅速な分析が可能なヘモグロビン分析装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以上の点に鑑みてなされ、第一の態様は、血液中のヘモグロビンを分析する分析装置であって、検出器の信号強度の時間変化により得られたクロマトグラムデータに対して前記信号強度の微分係数を算出する演算処理部を有し、前記微分係数または前記微分係数の絶対値の時間変化を示す微分クロマトグラムにおいて、信号強度軸正領域の極小点または信号強度軸負領域の極大点の存在を検出することを特徴とするヘモグロビン分析装置を提供することにある。
【0010】
また本発明の第二の態様は、前記微分クロマトグラムにおいて、HbA1cの溶出時間とヘモグロビンA0の溶出時間との間の時間領域で、信号強度の微分軸の正領域に極小点が検出された場合に異常ヘモグロビンの存在を判定することを特徴とするヘモグロビン分析装置を提供することにある。
【0011】
また本発明の第三の態様は、前記微分クロマトグラムにおいて、ヘモグロビンA0の溶出時間より後方の時間領域で、信号強度の微分軸の負領域に極大点が検出された場合に異常ヘモグロビンDの存在を判定することを特徴とするヘモグロビン分析装置を提供することにある。
【0012】
また本発明の第四の態様は、HbA1cの溶出時間と前記極点の時間座標との間の時間領域におけるヘモグロビンのクロマトグラムの一部を用いて非線形最小二乗法により近似曲線の関数式によるカーブフィッティングを行い、その結果から定量計算を行うことを特徴とするヘモグロビン分析装置を提供することにある。
【発明の効果】
【0013】
異常ヘモグロビンの影響を回避することにより、HbA1cを正確に測定することができる。
【0014】
本発明の技術は、異常Hbが存在した場合にそれらの影響を回避して糖化ヘモグロビンを正確に分離分析することが可能であるが、異常Hbのみならず血液中のビリルビンをはじめとする共存物質あるいは、アセチル化ヘモグロビン、アセトアルデヒド化ヘモグロビンそしてアルデヒド化ヘモグロビンなどの修飾ヘモグロビンが存在する場合にそれらの影響を回避してHbA1cを正確に分離分析することにも応用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】異常Hbを検出し、波形処理による定量計算を実施する一般的なフローチャートを示した図である。
【
図2】微分係数の算出を組み合わせたフローチャートを示した図である。
【
図3】ヘモグロビン分析に用いた液体クロマトグラフィー装置構成の一態様を示した図である。
【
図4】非異常Hb検体のクロマトグラム(0~1000で規格化)の拡大図である。
【
図5】非異常Hb検体のクロマトグラム(0~1000で規格化)の全体図である。
【
図6】非異常Hb検体のクロマトグラムを1次微分した結果の拡大図である。
【
図7】非異常Hb検体のクロマトグラムに関し、1次微分後に異常Hbの判定を経て、縦切り波形処理した結果の図である。
【
図8】異常HbであるHbSを含む検体のクロマトグラム(0~1000で規格化)の全体図である。
【
図9】異常HbであるHbSを含む検体のクロマトグラムを1次微分した結果の図である。
【
図10】異常HbであるHbSを含む検体のクロマトグラムに関し、1次微分後に異常Hbの判定を経て、縦切り波形処理した結果の図である。
【
図11】異常HbであるHbDを含む検体のクロマトグラム(0~1000で規格化)の全体図である。
【
図12】異常HbであるHbDを含む検体のクロマトグラムを1次微分した結果の図である。
【
図13】異常HbであるHbDを含む検体のクロマトグラムに関し、1次微分後に異常Hbの判定を経て、非線形最小二乗法によるカーブフィッティング(非対称二重シグモイド曲線)の結果を示した図である。
【
図14】異常HbであるHbEを含む検体のクロマトグラム(0~1000で規格化)の全体図である。
【
図15】異常HbであるHbEを含む検体のクロマトグラムを1次微分した結果の図である。
【
図16】異常HbであるHbEを含む検体のクロマトグラムに関し、1次微分後に異常Hbの判定を経て、非線形最小二乗法によるカーブフィッティング(非対称二重シグモイド曲線)の結果を示した図である。
【
図17】ヘモグロビン分析装置の表示部で、異常HbであるHbEを含む検体のクロマトグラムを含めた結果表示の一例を示した図である。
【実施例】
【0016】
以下、実施例等を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の態様はこれらに限定されるものではない。
【0017】
本発明の、HPLCによるHbA1c測定におけるピーク検出処理の一般的な手順を以下に示す。
図1は処理の手順を示したフローチャートである。但し工程の順序はフローチャートに従う必要はなく、工程の一部を省略する、または付け加えることは可能である。また電気泳動法を測定原理とするHbA1c測定においてはクロマトグラムの横軸を時間から移動度などに置き換えることで本手順を適用することができる。
【0018】
(工程1:平滑化)
クロマトグラフの検出器信号強度の時間変化からクロマトグラムを取得し、電気的または溶離液の送液などに起因する微小または突発的なノイズを除去するために平滑化を実施する。平滑化は3点から21点程度の移動平均や複数点の中心点を採用する処理方法などが例示できる。この工程は省略しても良くまた複数回繰り返しても良い。
【0019】
(工程2:規格化または正規化)
検出器信号強度の時間変化から得られたクロマトグラムまたは、前記平滑化後のクロマトグラムから最小値と最大値を求め、全ての測定に関するクロマトグラムの結果を一定の規格範囲に定める。例えば最小値を強度軸の0に設定し、最大値を強度軸の1000に設定することができる。この工程は省略しても良い。
【0020】
(工程3:微分)
検出器信号強度の時間変化から得られたクロマトグラム、前記平滑化後のクロマトグラム、規格化後のクロマトグラム、または他の補正等がなされたクロマトグラムに関して微分を実施する。検出器信号強度の時間変化から得られたクロマトグラム等は、一定のサンプリングピッチで取得した離散型のプロットデータからなる。離散分布の結果から連続関数の近似式として処理することも可能であるが、以後離散型データとして取り扱う。
今回、微分演算には、離散型の平滑化・数値微分の代表的手法であるSavitzky Golay法(SG法)を実施したが、プロット間の変化の割合を求めるなど他の微分演算を用いることもできる。この工程では、1次微分を実施するが、同時に2次微分を実施しても良い。
【0021】
(工程4:ピーク検出)
1次微分または2次微分の結果から、ピーク検出を実施する。1次微分の結果から一時的にまたは連続的に正から負に切り替わる時間に基づきピークトップを検知する、または1次微分の結果から一時的にもしくは連続的に負から正に切り替わる時間に基づき谷位置を検知する。これらの検知に2次微分の結果を合わせてピーク検知の感度を調整することも可能である。
【0022】
(工程5:異常Hbピーク検出)
工程4で得られたピークから、全ピーク数、高さ、面積または時間に依存するパラメータから通常検体のクロマトグラムから得られることがない、または通常検体のクロマトグラムと比較してピーク面積が相対的に著しく大きいピークを異常Hbのピークとして検出する。
【0023】
(工程6:波形処理・定量演算)
工程1~5で得られたピーク検出結果およびベースライン処理等の結果から、縦切り波形処理等の波形処理や定量演算を実施する。工程5で異常Hbが検知された場合は、そのピーク面積を前ピーク面積から除することなども可能である。
【0024】
(実施例1)
続いて本発明の構成について、異常Hbのピーク検出処理の手順(
図2)を説明する。
前述の工程1~5までは同様に実施し、工程6に変えて、下記の工程を実施する。
【0025】
(工程7:微分結果の評価(1))
工程4で実施した微分の結果について再評価を実施する。1次微分後に、微分縦軸の正領域で極小点(下に凸の局所的最小値)を検出する。正領域に極小点が存在した場合、その極小点の時間座標がもとのクロマトグラムのHbA1cの溶出時間(ピークトップ形成時間)とヘモグロビンA0の溶出時間の間に存在するかを評価し、存在した場合には異常Hbとして検知する。ノイズと区別するために極小点の検出に2次微分の結果を合わせて使用することも可能である。また微分縦軸の特定の範囲のみに出現した極点のみを検知してもよく、または時間軸の特定の範囲のみに出現した極点のみを検知することでもよい。この工程は工程4の処理と同時あるいは先行して実施することも可能である。
【0026】
(工程8:微分結果の評価(2))
さらに工程4で実施した微分の結果について再評価を実施する。1次微分後の結果で、微分縦軸の負領域に極大点(上に凸の局所的最大値)を検出する。負領域に極大点が存在した場合、その極大点の時間座標がもとのクロマトグラムのヘモグロビンA0の溶出時間より後方に存在するかを評価し、存在した場合には異常Hbとして検知する。ノイズと区別するために極小点の検出に2次微分の結果を合わせて使用することも可能である。また微分縦軸の特定の範囲のみに出現した極点のみを検知してもよく、または時間軸の特定の範囲のみに出現した極点のみを検知することでもよい。この工程は工程4の処理と同時あるいは先行して実施することも可能である。
【0027】
(工程9:波形処理・定量演算)
工程1~8で得られたピーク検出結果とベースライン処理等の結果から、波形処理を実施する。縦切り波形処理が一般的であるが、非線形最小二乗法によるカーブフィッティングによる波形処理と定量演算を実施することでさらに正確な定量計算が可能となる。
ここでは非線形最小二乗法によるカーブフィッティング処理について記載する。まず異常Hbのピークを評価し、ピークトップが得られていればその溶出時間に対して、±5%程度の時間領域で、検出器信号強度の時間変化から得られたクロマトグラムから非線形最小二乗法により近似曲線の関数式を推定する。この場合は、シグモイド関数、ローレンツピーク関数、ガウス関数などの関数モデルを使用することで当てはまりが向上する。異常Hbの存在は確認されるがピークトップが検知されないショルダーピーク形状の場合は、他のピークに干渉していないピーク部分でカーブフィッティング処理を実施するが、工程1~8までで得られた1次微分時の極点に対応する時間を含む近傍領域で近似することが望ましい。極点に対応する時間を溶出時間と仮定しても良く、または干渉部分の中にピークトップを仮定して溶出時間を設定することも可能である。
【0028】
推定された関数式に対してある時間領域で積分的に面積を算出し、クロマトグラムによって得られた全面積に対する面積比率を算出することで、異常Hbの面積比率を算出することができる。非糖化異常Hbピークと糖化異常Hbピークの比率をあらかじめ規定しておくことで、カーブフィッティングで算出された非糖化異常Hb面積あるいは糖化異常Hb面積から、対応する糖化異常Hb面積あるいは非糖化異常Hb面積を類推することも可能であり、糖化体と非糖化体の面積を共に定量計算に用いることができる。
【0029】
(実施例2)
健常検体(異常Hb未保有検体)への適用について記載する。
【0030】
測定装置として、自動グリコヘモグロビン分析計HLC-723G11(バリアントモード)(東ソー株式会社製)を使用した。本装置は陽イオン交換クロマトグラフィーを原理とする液体クロマトグラフィー装置である。
図3に主なシステム構成を示す。ただし測定の迅速化の検討を実施するため分析カラムは、TSKgel G11(スタンダードモード)(東ソー株式会社製)を使用し、溶離液は、G11Variant Elution Buffer No.1(S)、G11Variant Elution Buffer No.2(S)、G11Variant Elution Buffer No.3(S)をそれぞれ使用した。迅速化した際の効果を確認するために低圧グラジエントの切り替えタイミングはそれぞれ2.0倍早い時間となるようにパラメータを変更した。検出器のアナログデータは、LC-8020インターフェースボード(東ソー株式会社製)を備えた汎用PCで検出器出力強度を10ミリ秒のサンプリングピッチで得た。プロットデータの解析、波形処理のアプリケーションは、Microsoft VisualStudio 2015(マイクロソフトコーポレーション製)の開発環境で作成した。表示部はクロマトグラム結果が表示可能なタッチパネル式液晶ディスプレイであり、指先等で操作可能な入力部を兼ねる。クロマトグラムは検出器出力強度からスムージングによる脱ノイズ処理を実施し、最小値と最大値を検出後、縦軸が0~1000の範囲になるように規格化を実施した。微分はSG法により実施し、1次微分として7点平滑化微分を2次微分として11点平滑化微分を用いた。
【0031】
本装置では、血液検体はカラムで分離され、分離されたヘモグロビン成分は波長415nmの吸光度により検出される(3液低圧グラジエント)。不安定型A1c(L-A1c)や修飾Hbは、HbA1cピークと分離される。得られたそれぞれのヘモグロビン成分のクロマトグラムピーク面積をもとに、HbA1cの%濃度が求められる。異常Hb検体はAnalytical Control Systems社製、バリアントヘモグロビンコントロールAS(HC-104)、バリアントヘモグロビンのコントロールAE(HC-117)およびバリアントヘモグロビンのコントロールAD(HC-120)を使用した。非異常Hb検体はHbAlcコントロール(Level2 東ソー株式会社製)を用いた。
【0032】
図4は測定装置で得られる典型的な健常者(異常Hb未保有者、非異常Hb検体)のクロマトグラム(拡大図)であり、
図5はその(全体図)である。クロマトグラムの最小値を0、最大値を1000として規格化されたものである。HbA1c(溶出時間:約0.25分)とヘモグロビンA0(溶出時間:約0.35分)の谷(約0.305分)が明瞭である。
図6は本測定結果のクロマトグラムに対してサンプリングピッチの10msec毎に時間に対する1次微分を実施した結果である。微分後の結果から0.30分から0.31分の間にプロットデータが負領域から正領域に交差する曲線が確認でき、クロマトグラムのHbA1cとヘモグロビンA0の間の谷と対応していることがわかる。また微分後の結果から0.35分近傍に正領域から負領域へ交差する曲線が確認でき、クロマトグラムのヘモグロビンA0のピークトップに対応していることがわかる。このように正領域から負領域の変化はもとのクロマトグラムの谷に、負領域から正領域への変化はクロマトグラムのピークトップに対応していることがわかる。さらに0.34分近傍にノイズ状で正領域に極小点を形成しているが、ヘモグロビンA0のピークトップより早い時間領域で十分に大きい(縦軸:>500)位置にあるためヘモグロビンA0ピークを形成するための変化点であることがわかる。
図7のように谷位置で縦切り波形処理を実施することでフロントピーク、ヘモグロビンA1a、ヘモグロビンA1b、ヘモグロビンF、L-A1c、HbA1c、ヘモグロビンA0のピークに分画される。
【0033】
このように微分縦軸の0から乖離した位置にある極点はピークを形成するための変曲点となることが多く、その目安としてクロマトグラムの最小値を0、最大値を1000として規格化されたクロマトグラムの1次微分結果では、-500以下または500以上であることがわかった。非異常Hb検体50検体を測定した結果、HbA1cの溶出時間とヘモグロビンA0の溶出時間との間の時間域で、1次微分の結果で縦軸の正領域で0から500の間に極小点は確認されなかった。また同検体で、ヘモグロビンA0の溶出時間以降の時間域で、1次微分の結果で縦軸の負領域で-500から0の間に極大点は確認されなかった。以上から、クロマトグラムを0から1000に規格化した場合、1次微分の結果で縦軸の-500から500の領域に存在する極点を検知することで非異常Hb検体と異常Hb検体を判別することができると考えられる。当然、規格化範囲を変更することで1次微分縦軸の領域も連動して変化する。
【0034】
(実施例3)
異常Hbの一例としてHbSが含まれている検体への適用について記載する。特別な記載がない限り実施例2と同様の条件で実施した。
【0035】
異常Hbを有する症例検体の測定では、前記分画成分のほかにピークが発生する。
図8はHbSが含まれている検体のクロマトグラムの全体図である。ヘモグロビンA0ピークの後ろにさらに明瞭なピークが存在する。
図9は本測定結果のクロマトグラムに対してサンプリングピッチの10msec毎に時間に対する1次微分を実施した結果である。0.35分近傍に負領域から正領域に交差する曲線が確認でき、クロマトグラムのヘモグロビンA0とHbSの間の谷と対応していることがわかる。また0.38分近傍に正領域から負領域へ交差する曲線が確認でき、クロマトグラムのHbSのピークトップに対応していることがわかる。さらに0.33分近傍で正領域に極小点を形成しているが、ヘモグロビンA0のピークトップより早い時間領域で小さい(<500)位置にあるため異常Hbの存在がこの点からも示唆される。元のクロマトグラムからも明瞭であるが、1次微分の結果を用いても
図10のように谷位置で縦切り波形処理を実施可能であり、異常HbとヘモグロビンA0のピークを分けることができる。HbSのピークはヘモグロビンA0のピークから十分に離れた位置にありその主成分のヘモグロビンA0ピークとの干渉は小さく、縦切り波形処理の結果を用いて異常Hbピークの面積値を取り除いてHbA1cの定量を実施しても誤差は小さい。
【0036】
(実施例4)
異常Hbの一例としてHbDが含まれている検体への適用について記載する。HbDはHbSやHbCより、ヘモグロビンA0より後ろ側の近傍にピークを有することが経験的に明らかであり、本発明はHbDの検知でより効果を発揮する。
【0037】
図11はHbDが含まれている検体のクロマトグラム(全体図)である。ヘモグロビンA0ピークの後ろに肩状のピークがみられるが、HbDのピークトップやヘモグロビンA0とHbDの間の谷は確認できない。
図12は本測定結果のクロマトグラムに対してサンプリングピッチの10msec毎に時間に対する1次微分を実施した結果である。0.35分近傍に負領域で極大点を形成している。ヘモグロビンA0のピークトップより遅い時間領域で大きい(>-500)位置(絶対値として小さい位置)にあるため異常Hbの存在が示唆される。つまり1次微分の結果から負領域から正領域への変化が確認されていないことから、該位置を谷として同定することは困難であり、また自動的に縦切り波形処理を該位置で実施することも困難である。しかしながら、ヘモグロビンA0の溶出時間より後方の時間域で、時間軸と異なる軸の負領域に極大点が検出されたことから、該時間より後半にHbDのピークが一部見られていると判断することができ、異常Hbの存在を検知できる。さらに該時間より後半の一部領域のプロットデータを用いて、近似当てはめ(カーブフィッティング)を実施することが可能である。本例では、極点が確認された0.3538分からその105%である0.3715分までの領域に関して、非対称二重シグモイド関数による近似を実施した。
図13に得られたカーブフィッティング関数グラフ(近似曲線)をもとのクロマトグラム上に示した。異常Hbの主成分の多くがヘモグロビンA0ピークと干渉しており、例えば肩ピークとして縦切り波形処理を実施して、その結果を用いて異常Hbピークの面積値を取り除いてHbA1cの定量を実施すると、誤差が大きくなる。この場合には、近似当てはめにより得られた関数による積分的に換算された面積値を取り除いてHbA1cの定量を実施することで、誤差を小さくでき正確な定量結果を得ることができる。さらに非糖化異常HbDの近似面積から糖化異常HbDをさらに推定し、HbA1cの定量計算に用いることでより正確な定量結果を得ることができる。
【0038】
異常HbDを有する検体であっても、ヘモグロビンA0と干渉する比率の割合は大きく異なるが、カーブフィッティングではクロマトグラムのごく一部領域のプロットデータを用いるため、干渉の比率によらず同等に異常Hbピークの関数グラフを推定することが可能である。さらに送液流速を加速あるいは減速などしてHbDピークの溶出を早めたり遅くしたりすることでヘモグロビンA0と干渉する比率の割合が変化しても、カーブフィッティングではクロマトグラムのごく一部領域のプロットデータを用いるため、干渉の比率によらず同等に異常Hbピークの関数グラフを推定することが可能である。
【0039】
(実施例5)
異常Hbの一例としてHbEが含まれている検体への適用について記載する。HbEやHbDは特にその糖化体がHbA1cとヘモグロビンA0の間の時間領域で見られることが多く、本発明はHbEの検知でもより効果を発揮する。
【0040】
図14はHbEが含まれている検体のクロマトグラム(拡大図)である。HbA1cとヘモグロビンA0の間に肩状のピークがみられるが、HbEのピークトップやHbEとヘモグロビンA0の間の谷は確認できない。
図15は本測定結果のクロマトグラムに対してサンプリングピッチの10msec毎に時間に対する1次微分を実施した結果である。0.30分近傍に正領域で極小点を形成している。HbA1cピークとヘモグロビンA0間の時間領域で小さい(<500)位置(絶対値として小さい位置)にあるため異常Hbの存在が示唆される。つまり1次微分の結果のHbA1cとヘモグロビンA0の溶出時間の時間域で、正領域から負領域への変化が確認されていないことから、該位置を谷として同定することは困難であり、自動的に縦切り波形処理を該位置で実施することも困難である。しかしながら、HbA1cとヘモグロビンA0の溶出時間の時間域で、時間軸と異なる軸の正領域に極小点が検出されたことから、該時間より前にHbEのピークが一部見られていると判断することができ、異常Hbの存在を検知できる。さらに該時間より前半の一部領域のプロットデータを用いて、カーブフィッティングを実施することが可能である。本例では、極点が確認された0.30167分に関し、その97%である0.2926分から101%である0.3047分までの領域に関して、非対称二重シグモイド関数による近似を実施した。非二重シグモイド関数の一般式を数1に示した。
【0041】
【0042】
図16に得られた近似関数をもとのクロマトグラム上に重ねて示した。異常Hbの主成分の多くがヘモグロビンA0ピークと干渉しており、例えば肩ピークとして縦切り波形処理を実施して、その結果を用いて異常Hbピークの面積値を取り除いてHbA1cの定量を実施すると、誤差が大きくなる。この場合には、近似当てはめにより得られた関数による積分的に換算された面積値を取り除いてHbA1cの定量を実施することで、誤差を小さくでき正確な定量結果を得ることができる。さらに糖化異常HbEの近似面積から非糖化異常HbEをさらに推定し、HbA1cの定量計算に用いることでより正確な定量結果を得ることができる。
【0043】
(実施例6)
実施例5で定量した異常Hbの一例としてHbEが含まれている検体の表示方法について記載する。
【0044】
測定者あるいは作業者は、前述したカーブフィッティングにより得られた関数グラフの表示または非表示を切り替えることが可能である。
図17は表示部に示されたクロマトグラム結果表示の一例である。クロマト表示部(1002)の領域や異常Hb出現部(1003)、あるいは異常Hbが検知したことを示すフラグメッセージ部(1004)などのいずれかを選択することでカーブフィッティングにより得られた関数グラフをクロマトグラム結果上に表示あるいは非表示することができる。表示部が入力部を兼ねたタッチパネル式ディスプレイであれば、前記領域をタッチ、タップ、ピンチ、長押しあるいはスワイプ動作など実施することで切り替えを実施することが可能である。
【符号の説明】
【0045】
301・・・溶離液第一液
302・・・溶離液第二液
303・・・溶離液第三液
304・・・脱気ユニット
305a、b、c・・・電磁弁
306・・・送液ポンプ
307・・・サンプラーユニット(オートサンプラー)
308・・・分析カラム
309・・・検出ユニット(検出器)
1001・・・結果表示領域
1002・・・クロマトグラム表示領域
1003・・・異常Hb出現部
1004・・・フラグメッセージ部