(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-17
(45)【発行日】2024-09-26
(54)【発明の名称】がん細胞増殖抑制剤及びがん細胞増殖抑制用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/7034 20060101AFI20240918BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240918BHJP
A61K 31/355 20060101ALI20240918BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240918BHJP
【FI】
A61K31/7034
A61P35/00
A61K31/355
A61P43/00 121
(21)【出願番号】P 2021519415
(86)(22)【出願日】2020-05-08
(86)【国際出願番号】 JP2020018733
(87)【国際公開番号】W WO2020230741
(87)【国際公開日】2020-11-19
【審査請求日】2022-12-20
(31)【優先権主張番号】P 2019090846
(32)【優先日】2019-05-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100137017
【氏名又は名称】眞島 竜一郎
(72)【発明者】
【氏名】中上 夕子
(72)【発明者】
【氏名】深田 豪
(72)【発明者】
【氏名】加藤 詠子
【審査官】参鍋 祐子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/225718(WO,A1)
【文献】特表2010-514701(JP,A)
【文献】特表2011-520946(JP,A)
【文献】ONCOLOGY LETTERS,2018年,Vol.15,pp.7506-7514
【文献】INTERNATIONAL JOURNAL OF MOLECULAR MEDICINE,2017年,Vol.40,pp.1029-1036
【文献】Mutat. Res. Gen. Tox. En.,2018年12月12日,Vol.839,pp.40-48
【文献】Respiratory Research,2019年04月16日,Vol.20:76,pp.1-9,https://doi.org/10.1186/s12931-019-1045-7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イノシトールに糖のみが結合したイノシトール誘導体を有効成分として含有し、
前記糖がグルコース又はグルコースを構成単位として含むオリゴ糖である、
大気汚染物質に含まれる多環芳香族炭化水素により亢進するがん細胞の細胞増殖を抑制するための、がん細胞増殖抑制剤。
【請求項2】
前記イノシトールがmyo-イノシトールである、請求項1に記載のがん細胞増殖抑制剤。
【請求項3】
CYP1A1遺伝子及びCYP1B1遺伝子の発現を抑制する、請求項1又は2に記載のがん細胞増殖抑制剤。
【請求項4】
ARNT遺伝子の発現を抑制する、請求項1~3のいずれか一項に記載のがん細胞増殖抑制剤。
【請求項5】
活性酸素の産生を抑制する、請求項1~4のいずれか一項に記載のがん細胞増殖抑制剤。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載のがん細胞増殖抑制剤及び薬学的に許容される担体を含有する、
大気汚染物質に含まれる多環芳香族炭化水素により亢進するがん細胞の細胞増殖を抑制するための、がん細胞増殖抑制用組成物。
【請求項7】
前記イノシトール誘導体の合計含有量が0.1~2質量%である、請求項6に記載のがん細胞増殖抑制用組成物。
【請求項8】
さらにトコフェロールリン酸エステル又はその塩を含有する、請求項6又は7に記載のがん細胞増殖抑制用組成物。
【請求項9】
前記トコフェロールリン酸エステルが、α-トコフェロールリン酸エステルである、請求項8に記載のがん細胞増殖抑制用組成物。
【請求項10】
前記トコフェロールリン酸エステルの塩が、トコフェロールリン酸エステルのナトリウム塩である、請求項8又は9に記載のがん細胞増殖抑制用組成物。
【請求項11】
前記トコフェロールリン酸エステル又はその塩の合計含有量が、0.1~2質量%である、請求項8~10のいずれか一項に記載のがん細胞増殖抑制用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん細胞増殖抑制剤及びがん細胞増殖抑制用組成物に関する。
本願は、2019年5月13日に、日本に出願された特願2019-090846号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
大気中には、ダイオキシン及びPCB等の芳香族炭化水素類、多環芳香族炭化水素(PAH)などの化学物質、並びにこれらの化学物質が紫外線等の作用により酸化された酸化物質等が存在している。これらの物質は人体に様々な影響を及ぼす。これらの有害物質を呼気により人体内へ吸引したり粘膜から吸収したりすることで、肺などの呼吸器、皮膚粘膜、及び内臓において様々な炎症が起こり、ひいては細胞のがん化を引き起こすことが知られている。この大気粉塵に含まれるPAH及びその酸化物等の有害物質による発がんのメカニズムとして、細胞に存在する芳香族炭化水素受容体(AhR)にこれらの有害物質が結合し、これが細胞核内に移行することでCYP1A1遺伝子やCYP1B1遺伝子の発現が誘導され、細胞内に活性酸素(Reactive Oxygen Species:ROS)を産生する結果、炎症や細胞のがん化及びがん細胞の浸潤が引き起こされることが報告されている(非特許文献1、2)。
【0003】
大気汚染物質からの防御剤、保護剤、及び大気汚染に関連する症状の抑制剤としては、細胞内で産生されるROSを抑制する目的で、抗酸化効果のある物質、及び植物由来の抽出物等が報告されている(特許文献1~3)。また、AhRに競合的に結合して有害物質の影響を抑制する物質等が報告されている(非特許文献3)。しかしながら、その効果はまだ不十分である。
また、大気汚染物質を物理的に寄せ付けないための保護剤として、油性の被膜剤を配合して体表面を被覆する製剤、大気汚染物質に含まれる刺激原因物質を捕捉する剤、及び酸化作用を抑制する剤等が提案されている。しかしながら、これらの保護剤は、刺激物質を寄せ付けないという意味では有効であるが、引き起こされうる生体内での発がん作用から細胞を保護できるものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-88928号公報
【文献】特開2017-186276号公報
【文献】特許第6456815号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Moorthy B et al., Polycyclic aromatic hydrocarbons: from metabolism to lung cancer. Toxicol Sci. 2015 May; 145(1):5-15.
【文献】Nebert DW et al., Role of aryl hydrocarbon receptor-mediated induction of the CYP1 enzymes in environmental toxicity and cancer. J Biol Chem. 2004 Jun 4; 279(23):23847-50.
【文献】Furue M et al., Antioxidative Phytochemicals Accelerate Epidermal Terminal Differentiation via the AHR-OVOL1 Pathway: Implications for Atopic Dermatitis. Acta Derm Venereol. 2018 Nov 5; 98(10):918-923.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、大気中のPAH及びその酸化物質は、発がんに関与していると考えられ、これらの大気汚染物質の作用を抑制可能な薬剤が求められている。しかしながら、特許文献1~3、及び非特許文献3に記載の物質は、それらの大気汚染物質により生じるがん細胞の増殖抑制効果が確認されていない。
【0007】
そこで、本発明は、大気汚染物質により亢進するがん細胞の増殖及び浸潤を抑制することができる、がん細胞増殖抑制剤、及び前記がん細胞増殖抑制剤を含有するがん細胞増殖抑制用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は以下の態様を含む。
(1)イノシトールに糖が結合したイノシトール誘導体を有効成分として含有する、がん細胞増殖抑制剤。
(2)前記糖がグルコース又はグルコースを構成単位として含むオリゴ糖である、(1)に記載のがん細胞増殖抑制剤。
(3)前記イノシトールがmyo-イノシトールである、(1)又は(2)に記載のがん細胞増殖抑制剤。
(4)CYP1A1遺伝子及びCYP1B1遺伝子の発現を抑制する、(1)~(3)のいずれか一つに記載のがん細胞増殖抑制剤。
(5)ARNT遺伝子の発現を抑制する、(1)~(4)のいずれか一つに記載のがん細胞増殖抑制剤。
(6)活性酸素の産生を抑制する、(1)~(5)のいずれか一つに記載のがん細胞増殖抑制剤。
(7)(1)~(6)のいずれか一つに記載のがん細胞増殖抑制剤及び薬学的に許容される担体を含有する、がん細胞増殖抑制用組成物。
(8)前記イノシトール誘導体の合計含有量が0.1~2質量%である、(7)に記載のがん細胞増殖抑制用組成物。
(9)さらにトコフェロールリン酸エステル又はその塩を含有する、(7)又は(8)に記載のがん細胞増殖抑制用組成物。
(10)前記トコフェロールリン酸エステルが、α-トコフェロールリン酸エステルである、(9)に記載のがん細胞増殖抑制用組成物。
(11)前記トコフェロールリン酸エステルの塩が、トコフェロールリン酸エステルのナトリウム塩である、(9)又は(10)に記載のがん細胞増殖抑制用組成物。
(12)前記トコフェロールリン酸エステル又はその塩の合計含有量が、0.1~2質量%である、(9)~(11)のいずれか一つに記載のがん細胞増殖抑制用組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、大気汚染物質により亢進するがん細胞の増殖及び浸潤を抑制することができる、がん細胞増殖抑制剤、及び前記がん細胞増殖抑制剤を含有するがん細胞増殖抑制用組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[がん細胞増殖抑制剤]
一実施形態において、本発明は、イノシトールに糖が結合したイノシトール誘導体を有効成分として含有する、がん細胞増殖抑制剤を提供する。
【0011】
本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質により亢進するがん細胞の細胞増殖を抑制するために好適に用いることができる。本明細書において、「大気汚染物質」とは、大気中に存在し、人体に有害な作用を及ぼす物質であって、特に、がんの発生、進展等に関与する物質を意味する。大気汚染物質が有する有害作用としては、例えば、発がん作用、がん細胞増殖促進作用、及びがん細胞浸潤促進作用等が挙げられる。
【0012】
大気汚染物質としては、例えば、アメリカ国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology:NIST)が供給するStandard Reference Material 1648aに含まれる物質が挙げられる。具体的には、多環芳香族炭化水素類(PAHs)、ニトロ多環芳香族炭化水素類(ニトロPAHs)、ポリ塩化ビフェニル類(PCBs)、塩素系殺虫剤等が挙げられる。
多環芳香族炭化水素類としては、例えば、ナフタレン、アセナフテン、フェナントレン、メチルフェナントレン、アントラセン、ベンゾアントラセン、ジベンゾアントラセン、フルオランテン、ベンゾフルオランテン、ジベンゾフルオランテン、ピレン、ベンゾピレン、ジベンゾピレン、ペリレン、ベンゾペリレン、インデノペリレン、クリセン、ベンゾクリセン、トリフェニレン、ピセン、コロネン、ビフェニル等が挙げられるが、これらに限定されない。
ニトロ多環芳香族炭化水素類としては、例えば、前記例示した多環芳香族炭化水素類の水素原子の一部がニトロ基で置換された化合物が挙げられる。具体的には、1-ニトロナフタレン、2-ニトロナフタレン、3-ニトロアセナフテン、4-ニトロフェナントレン、9-ニトロフェナントレン、9-ニトロアントラセン、1-ニトロピレン、2-ニトロピレン、4-ニトロピレン、2-ニトロフルオランテン、3-ニトロフルオランテン、8-ニトロフルオランテン、7-ニトロベンゾアントラセン、6-ニトロクリセン、等が挙げられるが、これらに限定されない。
ポリ塩化ビフェニル類としては、例えば、ジクロロビフェニル、トリクロロビフェニル、テトラクロロビフェニル、ペンタクロロビフェニル、ヘキサクロロビフェニル、ヘプタクロロビフェニル、オクタクロロビフェニル、ノナクロロビフェニル、デカクロロビフェニル、等が挙げられるが、これらに限定されない。
塩素系殺虫剤としては、例えば、ベンゼンヘキサクロリド、ヘキサクロロベンゼン、クロルデン、マイレックス、ジクロロジフェニルトリクロロエタン(DDT)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0013】
大気汚染物質は、単独で有害作用(発がん、がん増殖、がん浸潤等)を有するものに限定されず、複数の物質が複合的に作用して有害作用を発現するものであってもよい。
【0014】
後述する実施例で示すように、大気汚染物質が存在すると、がん細胞の細胞増殖が促進される。本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、そのような大気汚染物質により促進されるがん細胞の細胞増殖を効果的に抑制することができる。すなわち、本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質の存在下において、前記がん細胞増殖抑制剤を投与しなかった場合と比較して、がん細胞の細胞増殖を抑制することができる。
【0015】
多環芳香族炭化水素は、細胞内に侵入すると、AhRに結合し、ARNT(Aryl Hydrocarbon Receptor Nuclear Translocator)により核内に輸送され、CYP1A1、及びCYP1B1等の薬物代謝遺伝子の発現を誘導する。CYP1A1、及びCYP1B1等による薬物代謝により、ROSが細胞内に生成される。ROSがDNA変異及び/又は遺伝子発現プロファイルの攪乱を惹起することにより、がん化を誘発することが報告されている(Moorthy B et al., Toxicol Sci. 2015 May; 145(1):5-15.;Nebert DW et al., J Biol Chem. 2004 Jun 4; 279(23):23847-50.)。
【0016】
後述する実施例で示すように、本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質により誘導されるCYP1A1遺伝子及びCYP1B1遺伝子の発現を抑制することができる。したがって、本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、CYP1A1遺伝子及びCYP1B1遺伝子の発現抑制剤である、ということもできる。すなわち、本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質の存在下において、前記がん細胞増殖抑制剤を投与しなかった場合と比較して、CYP1A1遺伝子及びCYP1B1遺伝子の発現を抑制することができる。
【0017】
CYP1A1(NCBI Gene ID:1543)は、薬物代謝に関与する反応を触媒するモノオキシゲナーゼである、シトクロームP450スーパーファミリー酵素の1種である。CYP1A1は、小胞体に局在化し、多環芳香族炭化水素により発現が誘導され、多環芳香族炭化水素を代謝して発がん性物質を生成する。ヒトCYP1A1遺伝子の塩基配列としては、例えば、NCBI Reference Sequenceデータベースに登録されている、NM_000499.5、NM_001319216.2、NM_001319217.2等が例示される。CYP1A1遺伝子は、前記配列を有するものに限定されず、それらのホモログを包含する。
【0018】
CYP1B1(NCBI Gene ID:1545)は、薬物代謝に関与する反応を触媒するモノオキシゲナーゼである、シトクロームP450スーパーファミリー酵素の1種である。CYP1B1は、小胞体に局在化し、多環芳香族炭化水素により発現が誘導され、多環芳香族炭化水素を代謝して発がん性物質を生成する。ヒトCYP1B1遺伝子の塩基配列としては、例えば、NCBI Reference Sequenceデータベースに登録されている、NM_000104.3等が例示される。CYP1B1遺伝子は、前記配列を有するものに限定されず、それらのホモログを包含する。
【0019】
後述する実施例で示すように、本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質により誘導されるARNT遺伝子の発現を抑制することができる。したがって、本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、ARNT遺伝子の発現抑制剤である、ということもできる。すなわち、本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質の存在下において、前記がん細胞増殖抑制剤を投与しなかった場合と比較して、ARNT遺伝子の発現を抑制することができる。
ARNT(NCBI Gene ID:405)は、多環芳香族炭化水素等のリガンドが結合したAhRに結合し、前記リガンド-AhR複合体を核に輸送するタンパク質である。ヒトARNT遺伝子の塩基配列としては、例えば、NCBI Reference Sequenceデータベースに登録されている、NM_001197325.1、2.NM_001286035.1、3.NM_001286036.1、4.NM_001350224.1、5.NM_001350225.1、6.NM_001350226.1、7.NM_001668.4、8.NM_178427.2等が例示される。ARNT遺伝子は、前記配列を有するものに限定されず、それらのホモログを包含する。
【0020】
後述する実施例で示すように、本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質により誘導されるROSの産生を抑制することができる。したがって、本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、ROSの産生抑制剤である、ということもできる。すなわち、本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質の存在下において、前記がん細胞増殖抑制剤を投与しなかった場合と比較して、ROSの産生を抑制することができる。
【0021】
後述する実施例で示すように、本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質により促進されるがん細胞の浸潤を抑制することができる。したがって、本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、がん細胞の浸潤抑制剤である、ということもできる。すなわち、本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質の存在下において、前記がん細胞増殖抑制剤を投与しなかった場合と比較して、がん細胞の浸潤を抑制することができる。
【0022】
(イノシトール誘導体)
本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、イノシトールに糖が結合したイノシトール誘導体を有効成分とする。
【0023】
イノシトールとは、C6H6(OH)6で表される環状六価アルコールである。イノシトールには、cis-イノシトール、epi-イノシトール、allo-イノシトール、myo-イノシトール、muco-イノシトール、neo-イノシトール、chiro-イノシトール(D体及びL体が存在する。)、scyllo-イノシトールの、9つの立体異性体が存在する。
【0024】
本実施形態のがん細胞増殖抑制剤において、イノシトール誘導体を構成するイノシトールは、上記の異性体のうち、生理活性を有するmyo-イノシトールであることが好ましい。イノシトールは、米糠から抽出する方法、化学合成法、及び発酵法等により合成することができる。
【0025】
本実施形態のがん細胞増殖抑制剤において、イノシトール誘導体は、イノシトールの水酸基に糖が結合した化合物である。糖は、イノシトール分子内に6つ存在する水酸基のいずれか1つに結合していてもよく、いずれか2つ以上に結合していてもよい。
【0026】
イノシトールに結合する糖は、単糖であってもよく、オリゴ糖であってもよい。例えば、1分子のイノシトールに1又は複数の単糖が結合していてもよく、1分子のイノシトールに1又は複数のオリゴ糖が結合していてもよく、1分子のイノシトールに1又は複数の単糖及び1又は複数のオリゴ糖が結合していてもよい。イノシトール誘導体において、1分子のイノシトールに結合した単糖又はオリゴ糖の合計は、単糖単位に換算して1以上であり、例えば2以上であってもよく、例えば3以上であってもよく、例えば4以上であってもよい。
【0027】
本明細書において、単糖とは、それ以上加水分解されない糖類を意味し、多糖を形成する際の構成要素となる化合物を意味する。単糖は、糖類の最小構成単位であるということもできる。本明細書において、「単糖単位」とは、単糖に相当する化学構造を意味する。「単糖単位」は、単糖に由来する化学構造であるということもできる。例えば、二糖を単糖単位に換算すると2であり、三糖を単糖単位に換算すると3である。より具体的には、例えば、マンニトール、ソルビトール、キシリトール、エリスリトール、ペンタエリスリトール、グルコース、果糖、キシロース等を単糖単位に換算すると1である。マルチトール、ショ糖、乳糖、マルトース、トレハロース等を単糖単位に換算すると2である。例えば、α-シクロデキストリンを単糖単位に換算すると6であり、β-シクロデキストリンを単糖単位に換算すると7であり、γ-シクロデキストリンを単糖単位に換算すると8である。
【0028】
イノシトール誘導体は、単糖単位に換算して異なる数の糖が結合したイノシトール誘導体の混合物であってもよい。例えば、イノシトール誘導体は、イノシトール1分子あたり、1の単糖単位の糖が結合したものと、2の単糖単位の糖が結合したものと、3の単糖単位の糖が結合したものと、4の単糖単位の糖が結合したものと、5以上の単糖単位の糖が結合したものと、の混合物であってもよい。例えば、イノシトール誘導体は、イノシトール1分子あたり2以上の単糖単位の糖が結合したものを、イノシトール誘導体全質量(100質量%)に対して、10~100質量%含むものであってもよい。イノシトール誘導体全質量(100質量%)に対する、イノシトール1分子あたり2以上の単糖単位の糖が結合したものの割合としては、例えば、20質量%以上、30質量%以上、40質量%以上、50質量%以上、60質量%以上、70質量%以上、又は80質量%以上とすることができる。
【0029】
イノシトール誘導体を構成する糖としては、特に制限はなく、例えば、マンニトール、ソルビトール、キシリトール、マルチトール、エリスリトール、ペンタエリスリトール、グルコース、ショ糖、果糖、乳糖、マルトース、キシロース、トレハロース、α-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、γ-シクロデキストリン等が挙げられる。
【0030】
イノシトール誘導体を構成する糖は、グルコースであってもよく、グルコースを構成単位として含むオリゴ糖であってもよい。前記オリゴ糖は、グルコースのみを構成単位として含んでいてもよい。あるいは、前記オリゴ糖は、少なくとも1分子のグルコースと、グルコース以外の糖を構成単位として含んでいてもよい。前記オリゴ糖の分子量は、例えば、300~3000程度であってもよい。より具体的なオリゴ糖としては、スクロース、ラクトース、マルトース、トレハロース、セロビオース等の二糖類、ラフィノース、メレジトース、マルトトリオース等の三糖類、スタキオース等の四糖類等が挙げられる。
【0031】
イノシトール誘導体は、糖が単糖であるイノシトール誘導体と、糖がオリゴ糖であるイノシトール誘導体の混合物であってもよい。また、イノシトール誘導体は、異なる種類の糖が結合したイノシトール誘導体の混合物であってもよい。
【0032】
高い精製度のイノシトール誘導体を得やすくなる観点から、イノシトール誘導体の原料として、工業的に安価で安定供給可能なβ-シクロデキストリンを用いることが好ましい。この場合、イノシトール誘導体を構成する糖はグルコースを構成単位として含むことになる。一方、イノシトール誘導体の原料として、より安価なデンプン等を使うと、イノシトール誘導体の合成時に様々な糖が様々な場所に転移されるため、得られるイノシトール誘導体の精製度が安定しない傾向がある。
【0033】
イノシトール誘導体は、薬学的に許容可能な塩の形態であってもよい。本明細書において、「薬学的に許容可能な塩」とは、イノシトール誘導体の大気汚染物質に起因するがん細胞増殖抑制効果を阻害しない塩の形態を意味する。イノシトール誘導体の薬学的に許容可能な塩としては、特に制限されず、例えば、アルカリ金属(ナトリウム、カリウムなど)との塩;アルカリ土類金属(マグネシウム、カルシウムなど)との塩;有機塩基(ピリジン、トリエチルアミンなど)との塩、アミンとの塩、有機酸(酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、シュウ酸、安息香酸、メタンスルホン酸など)との塩、及び無機酸(塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸、硝酸など)との塩等が挙げられる。
【0034】
イノシトール誘導体は、溶媒和物の形態であってもよい。イノシトール誘導体は、イノシトール誘導体の塩の溶媒和物の形態であってもよい。溶媒和物としては、特に制限されず、例えば、水和物、エタノール溶媒和物等を挙げることができる。
【0035】
(イノシトール誘導体の合成方法)
イノシトール誘導体の合成方法としては、特に制限はなく、従来知られている方法で適宜合成することができる。例えば、イノシトール及びオリゴ糖の1種であるシクロデキストリンを、シクロデキストリングルカノトランスフェラーゼの存在下で反応させて、イノシトール誘導体を合成してもよい(例えば、特開昭63-196596号公報を参照)。あるいは、グルコシル亜リン酸エステルを糖供与体として用い、グルコシル体を得る方法により、イノシトール誘導体を合成してもよい(例えば、特開平6-298783号公報を参照)。
【0036】
本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、イノシトール誘導体として、上述したイノシトール誘導体、イノシトール誘導体の塩、及びそれらの溶媒和物からなる群より選択される化合物の1種を単独で含有してもよく、2種以上を組み合わせて含有してもよい。
【0037】
本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質により誘導されるがん細胞増殖を抑制する目的で、それ自体を患者に投与して使用することができる。本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質により誘導されるがん細胞増殖を抑制する機能を付与する目的で、医薬品又は化粧品に配合して使用することもできる。本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、後述するがん細胞増殖抑制用組成物に配合して使用してもよい。
【0038】
本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、がんを発症する前に患者に投与し、がん化した細胞が増殖してがんを発症することを予防するために使用してもよい。本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、がん患者に投与し、大気汚染物質により誘導されるがん細胞増殖を抑制するために使用してもよい。
【0039】
本実施形態のがん細胞増殖抑制剤を適用するがん細胞としては、例えば、肺がん、膵臓がん、胃がん、頭頸部がん、中皮腫、神経芽腫、肝臓がん、悪性黒色腫、子宮がん、膀胱がん、胆道がん、食道がん、骨肉腫、精巣腫瘍、甲状腺がん、急性骨髄性白血病、脳腫瘍、前立腺がん、頭頸部扁平上皮がん、大腸がん、腎がん、卵巣がん、及び乳がん等のがん細胞が挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、肺がん細胞の細胞増殖抑制に好適に使用される。
【0040】
本実施形態のがん細胞増殖抑制剤は、後述するがん細胞増殖抑制用組成物と同様の方法で患者に投与することができ、経皮的に投与することが好ましい。
【0041】
[がん細胞増殖抑制用組成物]
一実施形態において、本発明は、上述したがん細胞増殖抑制剤及び薬学的に許容される担体を含有する、がん細胞増殖抑制用組成物を提供する。
【0042】
本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物は、常法(例えば、日本薬局方記載の方法)に従って、上述したがん細胞増殖抑制剤、薬学的に許容される担体、及び場合により他の成分を混合して製剤化することにより製造することができる。
【0043】
本明細書において、「薬学的に許容される担体」とは、有効成分の生理活性を阻害せず、且つ、その投与対象に対して実質的な毒性を示さない担体を意味する。「実質的な毒性を示さない」とは、その成分が通常使用される投与量において、投与対象に対して毒性を示さないことを意味する。薬学的に許容される担体としては、特に制限されず、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、乳化剤、安定剤、希釈剤、注射剤用溶剤、油性基剤、保湿剤、感触向上剤、界面活性剤、高分子、増粘剤、ゲル化剤、溶剤、噴射剤、酸化防止剤、還元剤、酸化剤、キレート剤、酸、アルカリ、粉体、無機塩、水、金属含有化合物、不飽和単量体、多価アルコール、高分子添加剤、補助剤、湿潤剤、粘着付与物質、油性原料、液状マトリックス、脂溶性物質、高分子カルボン酸塩等を挙げることができる。これらの成分の具体例としては、例えば、国際公開公報第2016/076310号に記載のもの等が挙げられる。高分子、増粘剤及びゲル化剤の具体例としては、メタクロイルオキシエチルホスホリルコリン、メタクリル酸ブチル、又はこれらの重合体等が挙げられる。薬学的に許容される担体は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0044】
他の成分としては、特に制限されず、防腐剤、抗菌剤、紫外線吸収剤、美白剤、ビタミン類及びその誘導体類、消炎剤、抗炎症剤、育毛用薬剤、血行促進剤、刺激剤、ホルモン類、抗しわ剤、抗老化剤、ひきしめ剤、冷感剤、温感剤、創傷治癒促進剤、刺激緩和剤、鎮痛剤、細胞賦活剤、植物エキス、動物エキス、微生物エキス、種子油、鎮痒剤、角質剥離・溶解剤、制汗剤、清涼剤、収れん剤、酵素、核酸、香料、色素、着色剤、染料、顔料、消炎鎮痛剤、抗真菌剤、抗ヒスタミン剤、催眠鎮静剤、精神安定剤、抗高血圧剤、降圧利尿剤、抗生物質、麻酔剤、抗菌性物質、抗てんかん剤、冠血管拡張剤、生薬、止痒剤、角質軟化剥離剤、紫外線遮断剤、防腐殺菌剤、抗酸化物質、pH調整剤、添加剤、金属セッケン等を挙げることができる。これらの成分の具体例としては、例えば、国際公開公報第2016/076310号に記載のもの等が挙げられる。植物エキスエキスの具体例としては、ラプサナコムニス花/葉/茎、チャ葉等が挙げられる。種子油の具体例としては、ワサビノキ種子油が挙げられる。香料の具体例としては、ペリルアルデヒドが挙げられる。他の成分は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0045】
本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物は、前記がん細胞増殖抑制剤を治療的有効量含有することができる。「治療的有効量」とは、患者の疾患の治療又は予防のために有効な薬剤の量を意味する。治療的有効量は、投与対象の疾患の状態、年齢、性別、及び体重等によって変動し得る。本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物において、上記のがん細胞増殖抑制剤の治療的有効量は、がん細胞増殖抑制剤中のイノシトール誘導体が大気汚染物質により促進されるがん細胞増殖を抑制し得る量であり得る。例えば、本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物における前記がん細胞増殖抑制剤の治療的有効量は、イノシトール誘導体の組成物中の合計含有量として、例えば0.01~20質量%であってもよく、例えば0.1~10質量%であってもよく、例えば0.1~5質量%であってもよく、例えば0.1~3質量%であってもよく、例えば0.1~2質量%であってもよく、例えば0.3~2質量%であってもよく、例えば0.6~1.5質量%であってもよい。
【0046】
前記がん細胞増殖抑制用組成物中のイノシトール誘導体の含有量は、1種のイノシトール誘導体を単独で含有する場合にはその化合物の含有量を意味し、イノシトール誘導体を2種以上組み合わせて含有する場合には、これらの化合物の合計の含有量を意味する。
【0047】
(トコフェロールリン酸エステル)
本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物は、他の成分として、トコフェロールリン酸エステル又はその塩を含有していてもよい。
イノシトール誘導体は、AhRを介したCYP1A1遺伝子、CYP1B1遺伝子、及びARNT遺伝子の発現を抑制する。トコフェロールリン酸エステルは、その抗酸化効果により、大気汚染物質により誘導されるROSの産生を抑制する。イノシトール誘導体とトコフェロールリン酸エステルとは、それぞれがん化のプロセスの異なる部分を阻害する。そのため、これらを組み合わせて用いることにより、がん化抑制効果が相乗的に向上すると推測される。
後述する実施例で示すように、イノシトール誘導体を、トコフェロールリン酸エステル又はその塩と組み合わせて用いることにより、大気汚染物質により誘導されるがん細胞増殖が、相乗的に抑制される。そのため、好ましい態様において、本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物は、イノシトール誘導体とトコフェロールリン酸エステル又はその塩とを含む。
【0048】
後述する実施例に示すように、イノシトール誘導体を、トコフェロールリン酸エステル又はその塩と組み合わせて用いることにより、大気汚染物質により誘導されるROS産生が、相乗的に抑制される。そのため、本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物は、イノシトール誘導体とトコフェロールリン酸エステル又はその塩とを含む、ROS産生抑制用組成物である、ということもできる。
【0049】
トコフェロールリン酸エステルとしては、下記一般式(1)で表される化合物が挙げられる。
【0050】
【化1】
[式中、R
1、R
2及びR
3は、互いに独立に、水素原子又はメチル基を表す。]
【0051】
トコフェロールリン酸エステルには、上記一般式(1)中のR1、R2及びR3の種類によって、α-トコフェロールリン酸エステル(R1,R2,R3=CH3)、β-トコフェロールリン酸エステル(R1,R3=CH3、R2=H)、γ-トコフェロールリン酸エステル(R1,R2=CH3、R3=H)、δ-トコフェロールリン酸エステル(R1=CH3、R2,R3=H)、ζ2-トコフェロールリン酸エステル(R2,R3=CH3、R1=H)、及びη-トコフェロールリン酸エステル(R2=CH3、R1,R3=H)等が存在する。
トコフェロールリン酸エステルは、特に限定されず、これらのトコフェロールリン酸エステルのいずれであってもよい。これらの中でも、α-トコフェロールリン酸エステル及びγ-トコフェロールリン酸エステルが好ましく、α-トコフェロールリン酸エステルがより好ましい。
【0052】
上記一般式(1)で表される化合物は、クロマン環の2位に不斉炭素原子を有するため、d体及びl体の立体異性体、並びにdl体が存在する。トコフェロールリン酸エステルは、これらの立体異性体のいずれであってもよいが、dl体が好ましい。
【0053】
上記の中でも、トコフェロールリン酸エステルとしては、dl-α-トコフェロールリン酸エステル及びdl-γ-トコフェロールリン酸エステルが好ましく、dl-α-トコフェロールリン酸エステルがより好ましい。
【0054】
トコフェロールリン酸エステルの塩は、特に限定されないが、例えば、無機塩基との塩、及び有機塩基との塩等が挙げられる。
【0055】
無機塩基との塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩;カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩;アルミニウム塩;アンモニウム塩;亜鉛塩等が挙げられる。
有機塩基との塩としては、例えば、アルキルアンモニウム塩、塩基性アミノ酸との塩等が挙げられる。
【0056】
上記の中でも、トコフェロールリン酸エステルの塩としては、アルカリ金属塩が好ましく、ナトリウム塩がより好ましい。トコフェロールリン酸エステルのアルカリ金属塩、特にナトリウム塩は、水への溶解性が高く、また性状が粉末となるため取り扱いが容易になるという利点を有している。
【0057】
トコフェロールリン酸エステルの好ましい態様としては、上記一般式(1)で表される化合物のアルカリ金属塩(例、ナトリウム塩)、α-トコフェロールリン酸エステルのアルカリ金属塩(例、ナトリウム塩)、γ-トコフェロールリン酸エステルのアルカリ金属塩(例、ナトリウム塩)、dl-α-トコフェロールリン酸エステルのアルカリ金属塩(例、ナトリウム塩)、dl-γ-トコフェロールリン酸エステルのアルカリ金属塩(例、ナトリウム塩)等が挙げられる。
dl-α-トコフェロールリン酸エステルのナトリウム塩は、TPNa(登録商標)(表示名称:トコフェリルリン酸Na)の製品名で昭和電工より市販されている。前記TPNaは、トコフェロールリン酸エステルの好ましい例として例示される。
【0058】
本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物は、トコフェロールリン酸エステル及びその塩から選択される1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物は、トコフェロールリン酸エステルの塩を含むことが好ましく、トコフェロールリン酸エステルのアルカリ金属塩(例、ナトリウム塩)を単独で用いることがより好ましい。
【0059】
トコフェロールリン酸エステル又はその塩は、公知の製造方法、例えば特開昭59-44375号公報、WO97/14705号等に記載の方法により製造することができる。例えば、溶媒中に溶解したトコフェロールにオキシ塩化リン等のリン酸化剤を作用させ、反応終了後に適宜精製することにより、トコフェロールリン酸エステルを得ることができる。さらに、得られたトコフェロールリン酸エステルを、酸化マグネシウム等の金属酸化物、水酸化ナトリウム等の金属水酸化物、又は、水酸化アンモニウムや水酸化アルキルアンモニウム等で中和することにより、トコフェロールリン酸エステルの塩を得ることができる。
【0060】
本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物が、トコフェロールリン酸エステル又はその塩を含む場合、トコフェロールリン酸エステル又はその塩の含有量は特に限定されない。本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物中のトコフェロールリン酸エステル又はその塩の含有量は、イノシトール誘導体と組み合わせて用いたときに、がん細胞増殖に対する抑制効果を相乗的に発揮し得る量であることが好ましい。例えば、本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物は、トコフェロールリン酸エステル又はその塩を治療的有効量含有することができる。本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物におけるトコフェロールリン酸エステル又はその塩の治療的有効量は、トコフェロールリン酸エステル又はその塩の組成物中の合計含有量として、例えば0.01~20質量%であってもよく、例えば0.1~10質量%であってもよく、例えば0.1~5質量%であってもよく、例えば0.1~3質量%であってもよく、例えば0.1~2質量%であってもよく、例えば0.3~2質量%であってもよく、例えば0.6~1.5質量%であってもよい。
【0061】
前記がん細胞増殖抑制用組成物中のトコフェロールリン酸エステル又はその塩の含有量は、1種のトコフェロールリン酸エステル又はその塩を単独で含有する場合にはその化合物の含有量を意味し、トコフェロールリン酸エステル又はその塩を2種以上組み合わせて含有する場合には、これらの化合物の合計の含有量を意味する。
【0062】
本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物におけるイノシトール誘導体とトコフェロールリン酸エステル又はその塩との比は、特に限定されないが、例えば、イノシトール誘導体:トコフェロールリン酸エステル又はその塩=1:10~10:1(質量比)とすることができ、1:5~5:1(質量比)が好ましく、1:3~3:1(質量比)がより好ましい。
【0063】
本実施形態のがん細胞増殖抑制用組成物は、医薬組成物であってもよく、化粧料であってもよい。
【0064】
(医薬組成物)
一実施形態において、本発明は、上述したがん細胞増殖抑制剤及び薬学的に許容される担体を含有する、がん細胞増殖を抑制するための医薬組成物を提供する。
【0065】
本実施形態の医薬組成物において、薬学的に許容される担体としては、特に制限されず、上記に挙げたもののほか医薬品に一般的に使用される担体を使用することができる。例えば、日本薬局方、日本薬局方外医薬品規格、医薬品添加物規格2013(薬事日報社、2013年)、医薬品添加物辞典2016(日本医薬品添加剤協会編、薬事日報社、2016年)、Handbook of Pharmaceutical Excipients,7th edition(Pharmaceutical Press、2012年)等に記載されている一般的な原料を使用することができる。薬学的に許容される担体は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0066】
本実施形態の医薬組成物は、前記がん細胞増殖抑制剤及び薬学的に許容される担体に加えて、他の成分を含有していてもよい。他の成分としては、特に制限されず、一般的な医薬品添加物を使用することができる。また、他の成分として、上述したがん細胞増殖抑制剤以外の活性成分を使用することもできる。他の成分としての医薬品添加物及び活性成分としては、上記に挙げたもののほか、例えば、日本薬局方、日本薬局方外医薬品規格、医薬品添加物規格2013(薬事日報社、2013年)、医薬品添加物辞典2016(日本医薬品添加剤協会編、薬事日報社、2016年)、Handbook of Pharmaceutical Excipients,7th edition(Pharmaceutical Press、2012年)等に記載されている一般的な原料を使用することができる。他の成分は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。他の成分としては、トコフェロールリン酸エステル又はその塩が好ましく例示される。
【0067】
本実施形態の医薬組成物の剤型としては、特に制限されず、医薬品製剤として一般的に用いられる剤型とすることができる。例えば、錠剤、被覆錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤、懸濁剤、乳剤等の経口的に投与する剤型;及び、注射剤、坐剤、皮膚外用剤、点鼻薬等の非経口的に投与する剤型等が挙げられる。これらの剤型の医薬組成物は、定法(例えば、日本薬局方記載の方法)に従って、製剤化することができる。
【0068】
本実施形態の医薬組成物としては、皮膚外用剤、又は点鼻薬が好ましい。皮膚外用剤としては、より具体的には、クリーム剤、ローション剤、パック剤、フォーム剤、皮膚洗浄剤、エキス剤、硬膏剤、軟膏剤、酒精剤、懸濁剤、チンキ剤、テープ剤、パップ剤、リニメント剤、エアゾール剤、スプレー剤、ゲル剤等の剤型が挙げられる。
【0069】
本実施形態の医薬組成物の投与方法は、特に制限されず、医薬品の投与方法として一般的に用いられる方法で投与することができる。例えば、錠剤、被覆錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤、懸濁剤、乳剤等として経口投与してもよく、注射剤、輸液製剤等として、単独で、又はブドウ糖液、リンゲル液等の一般的な輸液と混合して、静脈内、動脈内、筋肉内、皮内、皮下、腹腔内等に投与してもよく、坐剤として直腸内投与してもよく、皮膚外用剤として皮膚に投与してもよく、点鼻薬として鼻腔中に投与してもよい。好ましい態様において、本実施形態の医薬組成物は、皮膚外用剤として、患部に塗布、貼付又はスプレーされる。あるいは、点鼻薬として、鼻腔中に投与される。
【0070】
本実施形態の医薬組成物の投与量は、治療的有効量とすることができる。治療的有効量は、患者の症状、体重、年齢、及び性別等、並びに医薬組成物の剤型、及び投与方法等によって適宜決定すればよい。例えば、本実施形態の医薬組成物の投与量は、経口投与の場合には、イノシトール誘導体として投与単位形態あたり0.01~500mg、注射剤の場合には、イノシトール誘導体として投与単位形態あたり0.02~250mg、坐剤の場合には、イノシトール誘導体として投与単位形態あたり0.01~500mg等を例示することができる。本実施形態の医薬組成物の投与量は、皮膚外用剤又は点鼻薬の場合には、例えば、イノシトール誘導体として投与単位形態あたり0.15~500mgを例示することができ、例えば0.15~300mgであってもよく、例えば0.15~200mgであってもよく、例えば0.2~100mgであってもよい。
【0071】
本実施形態の医薬組成物の投与間隔は、患者の症状、体重、年齢、及び性別等、並びに医薬組成物の剤型、及び投与方法等によって適宜決定すればよい。例えば、1日1回又は1日2~3回程度等とすることができる。
【0072】
本実施形態の医薬組成物は、例えば、がん患者に投与して、がん細胞増殖を抑制するために用いることができる。また、本実施形態の医薬組成物は、がん患者に投与して、がん細胞の浸潤・転移を抑制するために用いることができる。
都市部においては、がん患者は、日常的に大気汚染物質に接触しており、大気汚染物質によりがん細胞増殖が促進されるリスクに晒されている。そのため、本実施形態の医薬組成物をがん患者に投与することにより、大気汚染物質によるがん細胞増殖促進のリスクを軽減することができる。
【0073】
あるいは、本実施形態の医薬組成物は、大気汚染物質が存在する地域において、予防的に患者に投与して、がん化した細胞の増殖を抑制し、がんの発症を予防するために用いることもできる。
【0074】
(化粧料)
一実施形態において、本発明は、上述したがん細胞増殖抑制剤及び薬学的に許容される担体を含有する、がん細胞増殖を抑制するための化粧料を提供する。
【0075】
本実施形態の化粧料において、薬学的に許容される担体としては、特に制限されず、上記に挙げたもののほか化粧料に一般的に使用される担体を使用することができる。例えば、化粧品原料基準第二版注解(日本公定書協会編、薬事日報社、1984年)、化粧品原料基準外成分規格(厚生省薬務局審査課監修、薬事日報社、1993年)、化粧品原料基準外成分規格追補(厚生省薬務局審査課監修、薬事日報社、1993年)、化粧品種別許可基準(厚生省薬務局審査課監修、薬事日報社、1993年)、化粧品原料辞典(日光ケミカルズ社、平成3年)、International Cosmetic Ingredient Dictionary and Handbook 2002 Ninth Edition Vol.1~4,by CTFA等に記載されている一般的な原料を使用することができる。薬学的に許容される担体は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0076】
本実施形態の化粧料は、がん細胞増殖抑制剤及び薬学的に許容される担体に加えて、他の成分を含有していてもよい。他の成分としては、特に制限されず、一般的な化粧品添加物を使用することができる。また、他の成分として、上述したがん細胞増殖抑制剤以外の活性成分を使用することもできる。他の成分としての化粧品添加物及び活性成分としては、上記に挙げたもののほか、例えば、化粧品原料基準第二版注解(日本公定書協会編、薬事日報社、1984年)、化粧品原料基準外成分規格(厚生省薬務局審査課監修、薬事日報社、1993年)、化粧品原料基準外成分規格追補(厚生省薬務局審査課監修、薬事日報社、1993年)、化粧品種別許可基準(厚生省薬務局審査課監修、薬事日報社、1993年)、化粧品原料辞典(日光ケミカルズ社、平成3年)、International Cosmetic Ingredient Dictionary and Handbook 2002 Ninth Edition Vol.1~4,by CTFA等に記載されている一般的な原料を使用することができる。他の成分は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。他の成分としては、トコフェロールリン酸エステル又はその塩が好ましく例示される。
【0077】
本実施形態の化粧料の形態としては、特に制限されず、化粧料として一般的に用いられる形態とすることができる。例えば、シャンプー、リンス、整髪剤などの毛髪用化粧料;洗顔料、クレンジング剤、化粧水、乳液、ローション、クリーム、ジェル、サンスクリーン剤、パック、マスク、美容液などの基礎化粧料;ファンデーション類、化粧下地、口紅類、リップグロス、頬紅類などのメーキャップ化粧料;ボディ洗浄料、ボディーパウダー、防臭化粧料などのボディ化粧料等が挙げられる。これらの化粧料は、定法に従って製造することができる。これらの中でも、本実施形態の化粧料は、皮膚外用剤として、皮膚に塗布又は貼付等する形態の化粧料であることが好ましい。例えば、化粧水、乳液、ローション、クリーム、ジェル、サンスクリーン剤、パック、マスク、美容液、ファンデーション類、化粧下地等が好適な例として挙げられる。
【0078】
本実施形態の化粧料の剤型としては、特に制限されず、例えば、水中油(O/W)型、油中水(W/O)型、W/O/W型、O/W/O型等の乳化型、乳化高分子型、油性、固形、液状、練状、スティック状、揮発性油型、粉状、ゼリー状、ジェル状、ペースト状、クリーム状、シート状、フィルム状、ミスト状、スプレー型、多層状、泡状、フレーク状等が挙げられる。
【0079】
本実施形態の化粧料の使用量は、特に制限されないが、大気汚染物質に起因するがん細胞増殖を抑制するために有効な量とすることができる。例えば、本実施形態の化粧料の使用量は、イノシトール誘導体の量として1回の使用あたり0.15~500mgを例示することができ、例えば0.15~300mgであってもよく、例えば0.15~200mgであってもよく、例えば0.2~100mgであってもよい。
【0080】
本実施形態の化粧料の使用間隔は、特に制限されないが、例えば、1日1回又は1日2~3回程度等とすることができる。
【0081】
本実施形態の化粧料は、例えば、大気汚染物質の濃度が高い都市部などで、大気汚染物質によるがん細胞増殖の促進リスクを低減するために、がん患者により使用されてもよい。あるいは、大気汚染物質の分布濃度が高い地域又は季節において、がん化した細胞の増殖を抑制し、がんの発症を予防するために、日常的なスキンケアやメーキャップに使用されてもよい。
【0082】
[その他の実施形態]
一実施形態において、本発明は、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体を哺乳動物に投与する工程を含む、がん細胞増殖の抑制方法を提供する。前記がん細胞増殖は、大気汚染物質により促進されるがん細胞増殖であることが好ましい。
【0083】
一実施形態において、本発明は、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体を哺乳動物に投与する工程を含む、がん細胞浸潤の抑制方法を提供する。前記がん細胞浸潤は、大気汚染物質により促進されるがん細胞浸潤であることが好ましい。
【0084】
一実施形態において、本発明は、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体を哺乳動物に投与する工程を含む、CYP1A1遺伝子、CYP1B1遺伝子、及びARNT遺伝子からなる群より選択される少なくとも1個の遺伝子の発現を抑制する方法を提供する。前記遺伝子発現は、大気汚染物質により促進される遺伝子発現であることが好ましい。
【0085】
一実施形態において、本発明は、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体を哺乳動物に投与する工程を含む、ROS産生を抑制する方法を提供する。前記ROS産生は、大気汚染物質により促進されるROS産生であることが好ましい。
【0086】
一実施形態において、本発明は、がん細胞増殖を抑制するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体を提供する。前記がん細胞増殖は、大気汚染物質により促進されるがん細胞増殖であることが好ましい。
【0087】
一実施形態において、本発明は、がん細胞浸潤を抑制するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体を提供する。前記がん細胞浸潤は、大気汚染物質により促進されるがん細胞浸潤であることが好ましい。
【0088】
一実施形態において、本発明は、CYP1A1遺伝子、CYP1B1遺伝子、及びARNT遺伝子からなる群より選択される少なくとも1個の遺伝子の発現を抑制するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体を提供する。前記遺伝子発現は、大気汚染物質により促進される遺伝子発現であることが好ましい。
【0089】
一実施形態において、本発明は、ROS産生を抑制するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体を提供する。前記ROS産生は、大気汚染物質により促進されるROS産生であることが好ましい。
【0090】
一実施形態において、本発明は、がん細胞増殖抑制剤を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体の使用を提供する。前記がん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質により促進されるがん細胞増殖を抑制することが好ましい。
【0091】
一実施形態において、本発明は、がん細胞浸潤抑制剤を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体の使用を提供する。前記がん細胞浸潤抑制剤は、大気汚染物質により促進されるがん細胞浸潤を抑制することが好ましい。
【0092】
一実施形態において、本発明は、CYP1A1遺伝子、CYP1B1遺伝子、及びARNT遺伝子からなる群より選択される少なくとも1個の遺伝子の発現抑制剤を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体の使用を提供する。前記遺伝子発現抑制剤は、大気汚染物質により促進される遺伝子発現を抑制することが好ましい。
【0093】
一実施形態において、本発明は、ROS産生抑制剤を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体の使用を提供する。前記ROS産生抑制剤は、大気汚染物質により促進されるROS産生を抑制することが好ましい。
【0094】
一実施形態において、本発明は、がん細胞増殖抑制用組成物を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体の使用を提供する。前記がん細胞増殖抑制用組成物は、大気汚染物質により促進されるがん細胞増殖を抑制することが好ましい。
【0095】
一実施形態において、本発明は、がん細胞浸潤抑制用組成物を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体の使用を提供する。前記がん細胞浸潤抑制用組成物は、大気汚染物質により促進されるがん細胞浸潤を抑制することが好ましい。
【0096】
一実施形態において、本発明は、CYP1A1遺伝子、CYP1B1遺伝子、及びARNT遺伝子からなる群より選択される少なくとも1個の遺伝子の発現抑制用組成物を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体の使用を提供する。前記遺伝子発現抑制用組成物は、大気汚染物質により促進される遺伝子発現を抑制することが好ましい。
【0097】
一実施形態において、本発明は、ROS産生抑制用組成物を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体の使用を提供する。前記ROS産生抑制用組成物は、大気汚染物質により促進されるROS産生を抑制することが好ましい。
【0098】
一実施形態において、本発明は、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩を哺乳動物に投与する工程を含む、がん細胞増殖の抑制方法を提供する。前記がん細胞増殖は、大気汚染物質により促進されるがん細胞増殖であることが好ましい。
【0099】
一実施形態において、本発明は、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩を哺乳動物に投与する工程を含む、がん細胞浸潤の抑制方法を提供する。前記がん細胞浸潤は、大気汚染物質により促進されるがん細胞浸潤であることが好ましい。
【0100】
一実施形態において、本発明は、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩を哺乳動物に投与する工程を含む、CYP1A1遺伝子、CYP1B1遺伝子、及びARNT遺伝子からなる群より選択される少なくとも1個の遺伝子の発現を抑制する方法を提供する。前記遺伝子発現は、大気汚染物質により促進される遺伝子発現であることが好ましい。
【0101】
一実施形態において、本発明は、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩を哺乳動物に投与する工程を含む、ROS産生を抑制する方法を提供する。前記ROS産生は、大気汚染物質により促進されるROS産生であることが好ましい。
【0102】
一実施形態において、本発明は、がん細胞増殖を抑制するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩の組み合わせを提供する。前記がん細胞増殖は、大気汚染物質により促進されるがん細胞増殖であることが好ましい。
【0103】
一実施形態において、本発明は、がん細胞浸潤を抑制するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩の組み合わせを提供する。前記がん細胞浸潤は、大気汚染物質により促進されるがん細胞浸潤であることが好ましい。
【0104】
一実施形態において、本発明は、CYP1A1遺伝子、CYP1B1遺伝子、及びARNT遺伝子からなる群より選択される少なくとも1個の遺伝子の発現を抑制するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩の組み合わせを提供する。前記遺伝子発現は、大気汚染物質により促進される遺伝子発現であることが好ましい。
【0105】
一実施形態において、本発明は、ROS産生を抑制するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩の組み合わせを提供する。前記ROS産生は、大気汚染物質により促進されるROS産生であることが好ましい。
【0106】
一実施形態において、本発明は、がん細胞増殖抑制剤を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩の組み合わせの使用を提供する。前記がん細胞増殖抑制剤は、大気汚染物質により促進されるがん細胞増殖を抑制することが好ましい。
【0107】
一実施形態において、本発明は、がん細胞浸潤抑制剤を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩の組み合わせの使用を提供する。前記がん細胞浸潤抑制剤は、大気汚染物質により促進されるがん細胞浸潤を抑制することが好ましい。
【0108】
一実施形態において、本発明は、CYP1A1遺伝子、CYP1B1遺伝子、及びARNT遺伝子からなる群より選択される少なくとも1個の遺伝子の発現抑制剤を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩の組み合わせの使用を提供する。前記遺伝子発現抑制剤は、大気汚染物質により促進される遺伝子発現を抑制することが好ましい。
【0109】
一実施形態において、本発明は、ROS産生抑制剤を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩の組み合わせの使用を提供する。前記ROS産生抑制剤は、大気汚染物質により促進されるROS産生を抑制することが好ましい。
【0110】
一実施形態において、本発明は、がん細胞増殖抑制用組成物を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩の組み合わせの使用を提供する。前記がん細胞増殖抑制用組成物は、大気汚染物質により促進されるがん細胞増殖を抑制することが好ましい。
【0111】
一実施形態において、本発明は、がん細胞浸潤抑制用組成物を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩の組み合わせの使用を提供する。前記がん細胞浸潤抑制用組成物は、大気汚染物質により促進されるがん細胞浸潤を抑制することが好ましい。
【0112】
一実施形態において、本発明は、CYP1A1遺伝子、CYP1B1遺伝子、及びARNT遺伝子からなる群より選択される少なくとも1個の遺伝子の発現抑制用組成物を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩の組み合わせの使用を提供する。前記遺伝子発現抑制用組成物は、大気汚染物質により促進される遺伝子発現を抑制することが好ましい。
【0113】
一実施形態において、本発明は、ROS産生抑制用組成物を製造するための、イノシトールに糖(単糖又はオリゴ糖)が結合したイノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸エステル若しくはその塩の組み合わせの使用を提供する。前記ROS産生抑制用組成物は、大気汚染物質により促進されるROS産生を抑制することが好ましい。
【実施例】
【0114】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0115】
[イノシトール誘導体の製造例]
myo-イノシトールとβ-シクロデキストリンとをシクロデキストリングルカノトランスフェラーゼの存在下で反応させ、myo-イノシトールにグルコース又はグルコースを単糖単位とするオリゴ糖が結合したイノシトール誘導体を作製した。作製したイノシトール誘導体を液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)で分析した結果、myo-イノシトールに結合したグルコース鎖のグルコース数が1個である分子の割合は12質量%、2個である分子の割合は30質量%、3個である分子の割合は9質量%、4個である分子の割合は12質量%、5個である分子の割合は2質量%であった。
【0116】
以下の実験例では、本製造例により製造したイノシトール誘導体を用いた。
【0117】
[実験例1]
(CYP1A1遺伝子及びCYP1B1遺伝子の発現抑制効果)
イノシトール誘導体による、ヒト正常表皮細胞(NHEK、クラボウ社製)におけるCYP1A1遺伝子及びCYP1B1遺伝子の発現抑制効果を下記条件にて測定した。
NHEK細胞を、10000個/cm2の播種密度で、クラボウ社製のHuMedia KG2培地に播種し、24時間、37℃、5%CO2の条件下で培養した。次いで、イノシトール誘導体若しくはmyo-イノシトールの終濃度が0.001質量%となるように、イノシトール誘導体の水溶液、若しくはmyo-イノシトールの水溶液を培養培地に添加して、又は水(純水)を培養培地に添加して、さらに24時間培養した。その後、大気粉塵(NIST 1648a)のDMSO溶液を培養培地100mLあたり0.1mL添加して、大気粉塵の培養培地中の終濃度が500μg/mLとなるようにし、さらに48時間培養した。その後、NHEK細胞を回収し、NucleospinTM RX(タカラバイオ社)を用いて、総RNAを抽出した。得られたRNAから、PrimeScript(登録商標)RT Master Mix(タカラバイオ社)を用いて、cDNAを合成した。このcDNAをテンプレートとして、定量リアルタイムPCRにより、CYP1A1遺伝子及びCYP1B1遺伝子に特異的なプライマー(QuantiTect Primer Assays、キアゲン社製)を用いて、CYP1A1遺伝子及びCYP1B1遺伝子の発現量を定量した。内部標準遺伝子として、大気粉塵添加による発現変動がみられないハウスキーピング遺伝子のGAPDH遺伝子(使用プライマー:Perfect Real Time Primer、タカラ社製)の発現量を定量し、GAPDHの発現量を基準としてCYP1A1遺伝子及びCYP1B1遺伝子の発現量を標準化した。大気粉塵を添加していないものをコントロールとした。
【0118】
結果を表1に示す。表1では、大気粉塵を添加していないコントロールにおける各遺伝子発現量を1としたときの相対発現量として、大気粉塵添加群における各遺伝子の発現量を示した。イノシトール誘導体添加群では、水添加群及びmyo-イノシトール添加群に比べ、CYP1A1遺伝子及びCYP1B1遺伝子のいずれの遺伝子の発現量も抑制されていた。この結果から、イノシトール誘導体は、大気粉塵により誘導されるCYP1A1遺伝子及びCYP1B1遺伝子の発現に対して、高い抑制効果を有することが確認された。
【0119】
【0120】
[実験例2]
(ARNT遺伝子の発現抑制効果)
イノシトール誘導体による、ヒト正常表皮細胞(NHEK、クラボウ社製)におけるARNT遺伝子の発現抑制効果を下記条件にて測定した。
NHEK細胞を、10000個/cm2の播種密度で、クラボウ社製のHuMedia KG2培地に播種し、24時間、37℃、5%CO2の条件下で培養した。次いで、イノシトール誘導体若しくはmyo-イノシトールの終濃度が0.001質量%となるように、イノシトール誘導体の水溶液、若しくはmyo-イノシトールの水溶液を培養培地に添加して、又は水(純水)を培養培地に添加して、さらに24時間培養した。その後、大気粉塵(NIST 1648a)のDMSO溶液を培養培地100mLあたり0.1mL添加して、大気粉塵の培養培地中の終濃度が500μg/mLとなるようにし、さらに48時間培養した。その後、NHEK細胞を回収し、NucleospinTM RX(タカラバイオ社)を用いて、総RNAを抽出した。得られたRNAから、PrimeScript(登録商標)RT Master Mix(タカラバイオ社)を用いて、cDNAを合成した。このcDNAをテンプレートとして、定量リアルタイムPCRにより、ARNT遺伝子に特異的なプライマー(Perfect Real Time Primer、タカラ社製)を用い、ARNT遺伝子の発現量を定量した。内部標準遺伝子として、GAPDH(使用プライマー:Perfect Real Time Primer、タカラ社製)の発現量を定量し、GAPDHの発現量を基準としてARNT遺伝子の発現量を標準化した。大気粉塵を添加していないものをコントロールとした。
【0121】
結果を表2に示す。表2では、大気粉塵を添加していないコントロールにおけるARNT遺伝子発現量を1としたときの相対発現量として、大気粉塵添加群におけるARNT遺伝子の発現量を示した。イノシトール誘導体添加群では、水添加群及びmyo-イノシトール添加群に比べ、ARNT遺伝子の発現量が抑制されていた。この結果から、イノシトール誘導体は、大気粉塵により誘導されるARNT遺伝子の発現に対して、高い抑制効果を有することが確認された。
【0122】
【0123】
[実験例3]
(ROSの産生抑制効果(1))
イノシトール誘導体による、ヒト正常表皮細胞(NHEK、クラボウ社製)におけるROS産生抑制効果を下記条件にて測定した。
NHEK細胞を、10000個/cm2の播種密度で、クラボウ社製のHuMedia KG2培地に播種し、24時間、37℃、5%CO2の条件下で培養した。次いで、イノシトール誘導体若しくはmyo-イノシトールの終濃度が0.001質量%となるように、イノシトール誘導体の水溶液、若しくはmyo-イノシトールの水溶液を培養培地に添加して、又は水(純水)を培養培地に添加して、さらに24時間培養した。その後、大気粉塵(NIST 1648a)のDMSO溶液を培養培地100mLあたり0.1mL添加して、大気粉塵の培養培地中の終濃度が500μg/mLとなるようにし、さらに48時間、上記と同様の条件下で培養した。その後、ROSアッセイキット(OZ BIOSCIENCES社製)を用いてROS産生量を測定した。培養培地を取り除いた細胞をリン酸緩衝液(PBS、和光純薬社製)で洗浄後、ROSアッセイキットに添付のジクロロフルオレセインジアセテートを、各群の細胞に100μLずつ添加し、37℃、遮光下で30分間静置した。再度、細胞をPBSで洗浄後、100μLのPBSを添加し、マイクロプレートリーダi-Control(テカン社製)にて、励起波長485nm/吸収波長535nmでの蛍光強度を測定した。大気粉塵を添加していないものをコントロールとした。
【0124】
結果を表3に示す。表3では、大気粉塵を添加していないコントロールにおける蛍光強度を1としたときの相対量として、大気粉塵添加群におけるROS産生量を示した。イノシトール誘導体添加群では、水添加群及びmyo-イノシトール添加群に比べ、ROS産生量が抑制されていた。この結果から、イノシトール誘導体は、大気粉塵により誘導されるROS産生に対して、高い抑制効果を有することが確認された。一方、myo-イノシトール添加群では、水添加群と比較して、ROS産生の抑制効果は認められなかった。
【0125】
【0126】
[実験例4]
(がん細胞の増殖抑制効果(1))
イノシトール誘導体による、ルイス肺がん由来細胞株(LLC、JCRB細胞バンク)における細胞増殖抑制効果を下記条件にて測定した。
LLC細胞を、50000個/cm2の播種密度で、HamF10培地とL15培地(いずれもSigma-Aldrich社製)を3:7(体積比)で混合した培養培地に播種し、24時間、37℃、5%CO2の条件下で培養した。次いで、イノシトール誘導体若しくはmyo-イノシトールの終濃度が0.001質量%となるように、イノシトール誘導体の水溶液、若しくはmyo-イノシトールの水溶液を培養培地に添加して、又は水(純水)を培養培地に添加して、さらに24時間培養した。その後、大気粉塵(NIST 1648a)のDMSO溶液を培養培地100mLあたり0.1mL添加して、大気粉塵の培養培地中の終濃度が500μg/mLとなるようにし、上記と同様の条件下でさらに48時間培養した。その後、培養培地を、ナカライ社のWST-8を10%(V/V)含有した培地に交換し、さらに、3時間培養した後、マイクロプレートリーダi-Control(テカン社製)にて450nmの波長での吸光度を測定した。大気粉塵を添加していないものをコントロールとした。
【0127】
結果を表4に示す。表4では、大気粉塵を添加していないコントロールにおける吸光度を1としたときの相対量として、大気粉塵添加群における細胞増殖量を示した。イノシトール誘導体添加群では、水添加群及びmyo-イノシトール添加群に比べ、がん細胞の細胞増殖量が抑制されていた。この結果から、イノシトール誘導体は、大気粉塵により亢進するがん細胞の細胞増殖に対して、高い抑制効果を有することが確認された。
【0128】
【0129】
[実験例5]
(がん細胞の浸潤抑制効果)
イノシトール誘導体による、ルイス肺がん由来細胞株(LLC、JCRB細胞バンク)における細胞浸潤抑制効果を下記条件にて測定した。試験にはCELLBIOLABS,INC社製のCytoSelect浸潤アッセイキットを用いた。
LLC細胞を、100000個/mLとなるように、HamF10培地とL15培地(いずれもSigma-Aldrich社製)を3:7(体積比)で混合した培養培地を用いて、前述の浸潤アッセイキット付属の浸潤試験用のチャンバープレートに播種して、24時間、37℃、5%CO2の条件下で培養した。次いで、イノシトール誘導体若しくはmyo-イノシトールの終濃度が0.001質量%となるように、イノシトール誘導体の水溶液、若しくはmyo-イノシトールの水溶液を培養培地に添加して、又は水(純水)を培養培地に添加して、さらに24時間培養した。その後、大気粉塵(NIST 1648a)のDMSO溶液を培養培地100mLあたり0.1mL添加して、大気粉塵の培養培地中の終濃度が500μg/mLとなるようにし、さらに6時間培養した。次いで、大気粉塵を含む培地を除去し、新しい培地に交換して、大気粉塵(NIST 1648a)のDMSO溶液を培養培地100mLあたり0.1mL添加し、大気粉塵の培養培地中の終濃度が500μg/mLとなるようにし、さらに18時間培養した。その後、前述の浸潤アッセイキットを用いて、細胞を染色し、マイクロプレートリーダi-Control(テカン社製)にて、励起波長480nm/吸収波長570nmでの蛍光強度を測定した。大気粉塵を添加していないものをコントロールとした。
【0130】
結果を表5に示す。表5では、大気粉塵を添加していないコントロールにおける蛍光強度を1としたときの相対量として、大気粉塵添加群における細胞浸潤を示した。イノシトール誘導体添加群では、水添加群及びmyo-イノシトール添加群に比べ、がん細胞の細胞浸潤が抑制されていた。この結果から、イノシトール誘導体は、大気粉塵により亢進するがん細胞の細胞浸潤を抑制することが確認された。
【0131】
【0132】
[実験例6]
(ROSの産生抑制効果(2))
イノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸Naによる、ヒト正常表皮細胞(NHEK、クラボウ社製)におけるROS産生抑制効果を下記条件にて測定した。下記のトコフェロールリン酸Naは、dl-α-トコフェリルリン酸ナトリウムであるTPNa(登録商標)(昭和電工製)を用いた。
NHEK細胞を、10000個/cm2の播種密度で、クラボウ社製のHuMedia KG2培地に播種し、24時間、37℃、5%CO2の条件下で培養した。次いで、トコフェロールリン酸Na単独(培養培地中の終濃度10μM)、イノシトール誘導体単独(培養培地中の終濃度0.001質量%)、またはトコフェロールリン酸Na(培養培地中の終濃度10μM)及びイノシトール誘導体(培養培地中の終濃度0.001質量%)の組み合わせを、培養培地に添加した。トコフェロールリン酸Na及びイノシトール誘導体は、0.05%(V/V)エタノール水溶液に溶解し、前記の終濃度となるように培養培地に添加した。また、0.05%(V/V)エタノール水溶液を培養培地に添加したものも用意した。その後、24時間、37℃、5%CO2の条件下で培養した。その後、大気粉塵(NIST 1648a)のDMSO溶液を培養培地100mLあたり0.1mL添加して、大気粉塵の培養培地中の終濃度が500μg/mLとなるようにし、さらに48時間培養した。その後、ROSアッセイキット(OZ BIOSCIENCES社製)を用いてROS産生量を測定した。培養培地を取り除いた細胞をリン酸緩衝液(PBS、和光純薬社製)で洗浄後、ROSアッセイキットに添付のジクロロフルオレセインジアセテートを、各群の細胞に100μLずつ添加し、37℃、遮光下で30分間静置した。再度、細胞をPBSで洗浄後、100μLのPBSを添加し、マイクロプレートリーダi-Control(テカン社製)にて、励起波長485nm/吸収波長535nmでの蛍光強度を測定した。大気粉塵を添加していないものをコントロールとした。
【0133】
結果を表6に示す。表6では、大気粉塵を添加していないコントロールにおける蛍光強度を1としたときの相対量として、大気粉塵添加群におけるROS産生量を示した。イノシトール誘導体単独添加群、トコフェロールリン酸Na単独添加群、並びにイノシトール誘導体+トコフェロールリン酸Na添加群のいずれも、0.05%エタノール添加群と比べ、ROS産生量が抑制されていた。イノシトール誘導体+トコフェロールリン酸Na添加群では、イノシトール誘導体単独添加群、及びトコフェロールリン酸Na単独添加群よりも、ROSの産生が抑制されていた。この結果から、イノシトール誘導体は、トコフェロールリン酸Naとともに用いることにより、大気粉塵により誘導されるROS産生に対して、相乗的な抑制効果が得られることが確認された。
【0134】
【0135】
[実験例7]
(がん細胞増殖抑制効果(2))
イノシトール誘導体及びトコフェロールリン酸Naによる、ルイス肺がん由来細胞株(LLC、JCRB細胞バンク)における細胞増殖抑制効果を下記条件にて測定した。下記のトコフェロールリン酸Naは、dl-α-トコフェリルリン酸ナトリウムであるTPNa(登録商標)(昭和電工製)を用いた。
LLC細胞を、50000個/cm2の播種密度で、HamF10培地とL15培地(いずれもSigma-Aldrich社製)を3:7(体積比)で混合した培養培地に播種し、24時間、37℃、5%CO2の条件下で培養した。次いで、トコフェロールリン酸Na単独(培養培地中の終濃度10μM)、イノシトール誘導体単独(培養培地中の終濃度0.001質量%)、またはトコフェロールリン酸Na(培養培地中の終濃度10μM)及びイノシトール誘導体(培養培地中の終濃度0.001質量%)の組み合わせを、培養培地に添加した。トコフェロールリン酸Na及びイノシトール誘導体は、0.05%(V/V)エタノール水溶液に溶解し、前記の終濃度となるように培養培地に添加した。また、0.05%(V/V)エタノール水溶液を培養培地に添加したものも用意した。その後、24時間、37℃、5%CO2の条件下で培養した。その後、大気粉塵(NIST 1648a)のDMSO溶液を培養培地100mLあたり0.1mL添加して、大気粉塵の培養培地中の終濃度が500μg/mLとなるようにし、さらに48時間培養した。その後、培養培地を、ナカライ社のWST-8を10%(V/V)含有した培地に交換し、さらに、3時間培養した後、マイクロプレートリーダi-Control(テカン社製)にて450nmの波長での吸光度を測定した。大気粉塵を添加していないものをコントロールとした。
【0136】
結果を表7に示す。表7では、大気粉塵を添加していないコントロールにおける吸光度を1としたときの相対量として、大気粉塵添加群における細胞増殖量を示した。イノシトール誘導体単独添加群、トコフェロールリン酸Na単独添加群、並びにイノシトール誘導体+トコフェロールリン酸Na添加群のいずれも、0.05%エタノール添加群と比べ、細胞増殖量が抑制されていた。イノシトール誘導体+トコフェロールリン酸Na添加群では、イノシトール誘導体単独添加群、及びトコフェロールリン酸Na単独添加群よりも、細胞増殖量が抑制されていた。この結果から、イノシトール誘導体は、トコフェロールリン酸Naとともに用いることにより、大気粉塵により亢進するがん細胞の細胞増殖を相乗的に抑制することが確認された。
【0137】
【0138】
[処方例]
がん細胞増殖抑制用組成物の処方例を以下に示す。以下の処方例におけるイノシトール誘導体としては、[イノシトール誘導体の製造例]で製造したものが例示される。また、トコフェロールリン酸Naとしては、dl-α-トコフェリルリン酸ナトリウムであるTPNa(登録商標)(昭和電工製)が例示される。
【0139】
(処方例1)
散布剤(スプレー)の処方例を表8に示す。
【0140】
【0141】
(処方例2)
散布剤(エアゾール)の処方例を表9に示す。
【0142】
【0143】
(処方例3)
散布剤(肌用スプレー)の処方例を表10に示す。
【0144】
【0145】
(処方例4)
点鼻薬の処方例を表11に示す。
【0146】
【産業上の利用可能性】
【0147】
本発明により、大気汚染物質により亢進するがん細胞の増殖を抑制することができる、がん細胞増殖抑制剤、及び前記がん細胞増殖抑制剤を含有するがん細胞増殖抑制用組成物が提供される。