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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-19
(45)【発行日】2024-09-30
(54)【発明の名称】圧電膜付き基板及び圧電素子
(51)【国際特許分類】
   H10N 30/853 20230101AFI20240920BHJP
   H10N 30/87 20230101ALI20240920BHJP
【FI】
H10N30/853
H10N30/87
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2022553463
(86)(22)【出願日】2021-06-11
(86)【国際出願番号】 JP2021022400
(87)【国際公開番号】W WO2022070521
(87)【国際公開日】2022-04-07
【審査請求日】2023-03-23
(31)【優先権主張番号】P 2020166405
(32)【優先日】2020-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 誠吾
【審査官】小山 満
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-210924(JP,A)
【文献】特開2017-162906(JP,A)
【文献】特開2005-354026(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0259133(US,A1)
【文献】欧州特許出願公開第01953839(EP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2005/0146772(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 30/853
H10N 30/87
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、下部電極層、及び圧電膜をこの順に備えた圧電膜付き基板であって、
Bをペロブスカイト型構造におけるBサイト元素とした場合に、前記圧電膜が、下記一般式(1)
PbδBO (1)
1≦δ≦1.5
で表されるペロブスカイト型酸化物を含む第1領域と、
前記第1領域と同一の元素からなる下記一般式(2)
PbαBO (2)
δ/3≦α<δ
で表される酸化物を含む第2領域とを含み、
前記第2領域が、前記圧電膜の前記下部電極層とは反対側の最表層に設けられており、
前記第2領域において、前記第1領域側から最表面に向かって前記一般式(2)における組成比αが単調に減少している圧電膜付き基板。
【請求項2】
前記一般式(1)において、B=(ZrTi1-x1-yであり、
MはV,Nb,Ta,Sb,Mo及びWの中から選択される1以上の元素である、請求項1に記載の圧電膜付き基板。
【請求項3】
前記第2領域の厚さが1nm超である、請求項1又は2に記載の圧電膜付き基板。
【請求項4】
前記第2領域の厚さが20nm以下である、請求項1から3のいずれか1項に記載の圧電膜付き基板。
【請求項5】
前記第2領域において、前記組成比αは、前記第1領域との境界からδより小さく、前記最表面に向かって徐々に小さくなり、前記最表面でδ/3となるまで単調に減少している、請求項1から4のいずれか1項に記載の圧電膜付き基板。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の圧電膜付き基板と、
前記圧電膜上に備えられた上部電極層と、を備えた圧電素子。
【請求項7】
前記上部電極層の少なくとも前記圧電膜に接する領域が導電性酸化物である、請求項6に記載の圧電素子。
【請求項8】
前記導電性酸化物が、ITO,Ir酸化物,又はSROである、請求項7に記載の圧電素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、圧電膜付き基板及び圧電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
優れた圧電性及び強誘電性を有する材料として、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O、以下においてPZTという。)が知られている。PZTはその強誘電性を生かし、不揮発性メモリであるFeRAM(Ferroelectric Random Access Memory)メモリに使用されている。さらには近年、MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)技術との融合により、PZT膜を備えたMEMS圧電素子が実用化されつつある。PZT膜は、基板上に下部電極、圧電膜及び上部電極を備えた圧電素子における圧電膜として適用される。この圧電素子は、インクジェットヘッド(アクチュエータ)、マイクロミラーデバイス、角速度センサ、ジャイロセンサ、及び振動発電デバイスなど様々なデバイスへと展開されている。
【0003】
PZT膜を備えた圧電素子を圧電デバイスに適用する場合、PZT膜の絶縁破壊電圧(以下において、耐圧という。)は高いことが望ましい。単純にはPZT膜への印加電圧と電圧変位量は比例するため、耐圧が高いPZT膜の方が高電圧を印加可能であり、より大きい圧電変位量を得ることができる。また、耐久性の観点からも、耐圧が高いことが好ましい。
【0004】
特開2017-162906号公報には、耐圧を高めるために圧電膜と電極の間に圧電膜とは異なる材料からなる絶縁層を設けることが開示されている。絶縁層としては、例えば、酸化シリコン(SiO)、酸化アルミニウム(Al)、あるいは酸化マグネシウム(MgO)などが記載されている。
【0005】
一方、PZT膜は成膜中に鉛(Pb)が抜けやすくPb抜けによる圧電特性のばらつきが生じやすいことが知られている。特開2013-118286号公報には、Pbが抜けにくい安定な圧電特性を有する圧電膜として、Pb組成比が異なるPZT膜を交互に複数層積層した圧電膜が提案されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特開2017-162906号公報で提案されているように、圧電膜と上部電極との間に絶縁膜を備えることにより、耐圧を上昇させることができる。一方で、圧電膜と上部電極との間に絶縁膜を備えることにより圧電定数は低下する。圧電定数の低下は絶縁膜において電圧降下が生じるためと考えられる。圧電膜と上部電極との間に絶縁膜を設けることにはこのようなトレードオフはあるものの、絶縁膜を設けることで耐圧を上昇させることができる。
【0007】
しかし、特開2017-162906号公報のように、PZT膜と上部電極との間に、PZT膜とは異なる材料を用いた絶縁膜を設けるためには、圧電素子の製造において、PZT膜とは別に絶縁膜専用の材料を用意し、かつ、PZT膜を成膜する工程とは別に、絶縁膜を成膜するための工程が必要である。特開2013-118286号公報は、安定な性能の圧電膜を提供するため、製造時におけるPb抜けを抑制するための手法であり、耐圧を高める手法については記載も示唆もない。
【0008】
なお、こうした問題は、PZT膜に限らず、Aサイト元素がPbであるペロブスカイト型酸化物を含む圧電膜に共通する問題である。
【0009】
本開示の技術は、上記事情に鑑みてなされたものであり、容易に製造可能であり、圧電定数と耐圧とを両立させた圧電膜付き基板及び圧電素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するための具体的手段には、以下の態様が含まれる。
<1>
基板上に、下部電極層、及び圧電膜をこの順に備えた圧電膜付き基板であって、
Bをペロブスカイト型構造におけるBサイト元素とした場合に、圧電膜が、下記一般式(1)
PbδBO (1)
1≦δ≦1.5
で表されるペロブスカイト型酸化物を含む第1領域と、
前記第1領域と同一の元素からなる下記一般式(2)
PbαBO (2)
δ/3≦α<δ
で表される酸化物を含む第2領域とを含み、
前記第2領域が、圧電膜の下部電極層とは反対側の最表層に設けられている圧電膜付き基板。
<2>
一般式(1)において、B=(ZrTi1-x1-yであり、
MはV(バナジウム),Nb(ニオブ),Ta(タンタル),Sb(アンチモン),Mo(モリブデン)及びW(タングステン)の中から選択される1以上の元素である、<1>に記載の圧電膜付き基板。
<3>
第2領域の厚さが1nm超である、<1>又は<2>に記載の圧電膜付き基板。
<4>
第2領域の厚さが20nm以下である、<1>から<3>のいずれかに記載の圧電膜付き基板。
<5>
第2領域において、第1領域側から最表面に向かって一般式(2)における組成比αが単調に減少している、<1>から<4>のいずれかに記載の圧電膜付き基板。
<6>
<1>から<5>のいずれかに記載の圧電膜付き基板と、
圧電膜上に備えられた上部電極層と、を備えた圧電素子。
<7>
上部電極層の少なくとも圧電膜に接する領域が導電性酸化物である、<6>に記載の圧電素子。
<8>
導電性酸化物が、ITO(Indium Tin Oxide),Ir(イリジウム)酸化物、又はSRO(SrRuO)である、<7>に記載の圧電素子。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、容易に製造可能であり、圧電定数と耐圧とを両立させた圧電膜付き基板及び圧電素子が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】一実施形態の圧電素子の層構成を示す断面図である。
図2】圧電素子の製造工程を示す図である。
図3】実施例2の積層体の一部を示すTEM像である。
図4】比較例1の積層体のEDS測定による厚さ方向の元素含有量を示す図である。
図5】実施例1の積層体のEDS測定による厚さ方向の元素含有量を示す図である。
図6】実施例2の積層体のEDS測定による厚さ方向の元素含有量を示す図である。
図7】実施例6の積層体のEDS測定による厚さ方向の元素含有量を示す図である。
図8】耐圧測定時の圧電素子概略構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の図面においては、視認容易のため、各層の層厚及びそれらの比率は、適宜変更して描いており、必ずしも実際の層厚及び比率を反映したものではない。
【0014】
「一実施形態の圧電素子」
図1は、一実施形態の圧電膜付き基板5を含む第1実施形態の圧電素子1の層構成を示す断面模式図である。図1に示すように、圧電素子1は、圧電膜付き基板5と、上部電極層18とを備える。圧電膜付き基板5は、基板11上に、下部電極層12、及び圧電膜15をこの順に備える。圧電膜15は、第1領域16と、第2領域17とを含む。第2領域17が、圧電膜15の下部電極層12とは反対側の最表層に設けられている。
第1領域16は、Bをペロブスカイト型構造におけるBサイト元素とした場合、下記一般式(1)で表されるペロブスカイト型酸化物を含む。
PbδBO (1)
1.0≦δ≦1.5
第2領域17は、第1領域16と同一の元素からなる下記一般式(2)で表される酸化物を含む。
PbαBO (2)
δ/3≦α<δである。
なお、一般式(1)において、酸素元素の組成比は3が基準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲でずれていてもよい。Pb元素の組成比δは、1.0≦δ≦1.5であって、ペロブスカイト構造をとりえる範囲であればよい。1.0≦δ≦1.2であることが好ましい。
なお、第2領域17は、ペロブスカイト構造であることが好ましいが、ペロブスカイト構造でなくてもよい。
【0015】
圧電素子1は、圧電膜15に対して、下部電極層12と上部電極層18とにより層厚方向に電界が印加されるように構成されている。
【0016】
上記においてα<δであることは、圧電膜15において、下部電極層12とは反対側の最表層に備えられる第2領域17の酸化物のPb含有量が、第1領域16のペロブスカイト型酸化物のPb含有量よりも小さいことを意味する。
【0017】
第2領域17は、第1領域16と比較してPb組成比が小さく、絶縁性が高くなっている。第2領域17を備えることにより、圧電素子1として機能させた場合に、第1領域16のみの場合と比較して耐圧を向上させることができる。第2領域17は、Pb組成比は小さいがAサイト元素がPbであるペロブスカイト構造を有すれば、第1領域16には劣るが、圧電性を有する。また、一般式(2)で示すPbαBOがペロブスカイト構造でない場合でも、SiO、Alなどの圧電性を示さない絶縁膜とは異なり圧電性を有すると考えられる。したがって、圧電性を有しない絶縁膜を備える場合と比較して圧電定数の低下を抑制することができる。すなわち、本実施形態の圧電素子1は、圧電膜15が一般式(1)を満たす第1領域16と、一般式(2)を満たす第2領域17とを備え、第2領域17が圧電膜15の下部電極層12とは反対側の最表層に設けられた構成により、高い圧電性と高い耐圧性を両立している。また、第1領域17の構成元素と同一の構成元素から構成されているので、別途に材料を用意する必要がないため、コストを抑制することができる。
【0018】
既述の通り、圧電膜15は、第1領域16と、第2領域17とを含む。ペロブスカイト構造は一般にABOで表され、A:B:Oは1:1:3が基準である。すなわち、上記一般式(1)においてδ=1であることが基準である。しかし、ペロブスカイト型酸化物において、Aサイト元素がPbである場合、Pb元素はペロブスカイト構造のAサイトから抜けやすいことが知られており、Pbを化学量論比である1より多く添加しておくことが一般に行われている。本開示の技術は1<δである場合に、特に効果がある。
【0019】
上記一般式(1)のPbδBOにおける過剰なPb、あるいはAサイトから抜けたPbは、実際には、ペロブスカイト構造の粒子間となる粒界に酸化鉛(PbO)として存在すると考えられる。PbOは両性酸化物であるから、外気から水分が侵入した場合にイオン化しやすく、Pb量が多いほど絶縁破壊が起こりやすい。したがって、上部電極層18に隣接する領域にPb組成比が小さい第2領域17を備えることで、ペロブスカイト構造の粒子間におけるPbOを減らすことができ、耐圧を向上させることができると推察される。
【0020】
一般式(1)及び(2)におけるBサイトの元素Bは特に限定されず、一般にBサイトに適用可能な元素であればよく、1つの元素に限らず、2つ以上の元素の組み合わせであってもよい。Bサイト元素としては、例えば、Ti、Zr、スカンジウム(Sc)、V、Nb、Ta、クロム(Cr)、Mo、W、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、ルテニウム(Ru)、コバルト(Co)、イリジウム(Ir)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ガリウム(Ga)、インジウム(In)、スズ(Sn)、及びアンチモン(Sb)などが挙げられる。
【0021】
特には、B=(ZrTi1-x1-yであることが好ましい。ここで、MはV,Nb,Ta,Sb,Mo及びWの中から選択される1以上の元素である。すなわち、Mは、Vのみ、あるいはNbなどの単一の元素であってもよいし、VとNbとの混合、あるいはVとNbとTaの混合等2、あるいは3以上の元素の組み合わせであってもよい。Mがこれらの元素である場合、Aサイト元素のPbと組み合わせて非常に高い圧電定数を実現することができる。
【0022】
圧電膜15の第1領域16の厚さは特に制限なく、通常200nm以上であり、例えば0.2μm~5μmであるが、1μm以上が好ましい。
【0023】
圧電膜15の第2領域17の厚さは1nm超が好ましく、1nm超20nm以下がより好ましい。厚さを1nm超とすることにより、リーク電流の発生を効果的に防止し、良好な耐圧を得ることができる。また、厚さを20nm以下とすることにより、良好な圧電定数を得ることができる。なお、第2領域17の厚さは、第1領域16の厚さの0.5%以下であることが好ましい。なお、圧電膜15における第2領域17の有無、第2領域17の厚さ、第2領域17のPb組成比、及び第1領域16のPb組成比は、TEM(Transmission Electron Microscope)及びTEM-EDS(Energy dispersive X-ray Spectroscopy)分析によって求めるものとする。
【0024】
一般に、異なる組成の層が隣接して配置された場合、その界面では厚み方向に組成が徐々に変化する1nm程度の界面領域が自然に形成される。自然に形成される界面領域、例えば、上部電極層とペロブスカイト型酸化物であるPbBOとが隣接している場合、界面においてはPbとBサイト元素との組成比は一定のままそれぞれの含有量自体が変化する。従って、Pb組成比であるδは変化しない。従って、EDS分析により圧電膜の厚さ方向におけるPb及びBサイト元素の変化を測定し、Pb組成比が第1領域16よりも小さい領域があるか否かによって、第2領域の有無を判断することができる。
【0025】
第2領域17においては、第1領域16側から最表面に向かって一般式(2)におけるPbの組成比αが単調に減少していてもよい。例えば、第2領域17は、第1領域16との境界で、第1領域16のPb組成比δに最も近い組成を有し、最表面(上部電極層18)に向かって徐々にPb組成比が小さくなり、上部電極層18との界面でPb組成比が最小となるようにαが変化していてもよい(後記図5参照)。
第2領域17において組成比が膜厚方向で変化している場合、第2領域17の全域に亘って、組成比αはα<δを満たすことが好ましい。
なお、本明細書において、第2領域17の一般式(2)においてδ/3≦α<δであるとは、第2領域17全体としての組成比がδ/3≦α<δを満たすことを意味する。
【0026】
第2領域17は、例えば、下記の3つの手法のいずれかによって形成することができる。
【0027】
第1の手法は、第1領域16の組成の圧電膜を形成し、逆スパッタを行う手法である。すなわち、先に形成した圧電膜の表面に対しスパッタで粒子を衝突させ、Pbを飛び出させることで、第1領域16の組成の圧電膜の表層のPbを減らして第2領域17を形成する。Pb抜けが起こりやすいため、スパッタ条件を選ぶことでPbを選択的に飛ばすことができる。この手法によれば、第1領域16側から最表面に向かって徐々にPb組成比αが減少する第2領域17を形成することができる。
【0028】
第2の手法は、圧電膜をスパッタ成膜する際の基板温度を制御する手法である。Pbは揮発性が高いため、高温成膜ではPb組成が下がる傾向がある。したがって、同一のターゲットを用い、第1領域16を形成する成膜温度に対して、高い成膜温度に設定することで、第1領域16のPb組成比よりも小さいPb組成比の第2領域17を形成することができる。
【0029】
第3の手法は、Pb組成比が異なるターゲットを用いる手法である。第1領域16を形成するためのターゲットよりもPb組成比が小さいターゲットを用いて第2領域17を形成する。この手法によれば、厚さ方向にPb組成比αがほぼ均一な第2領域17を形成することができる。
【0030】
第1から第3のいずれの手法であっても、第1領域16よりもPb組成比が小さい第2領域17を形成することができる。
【0031】
圧電素子1の圧電膜以外の各層について以下に説明する。
【0032】
基板11としては特に制限なく、シリコン、ガラス、ステンレス鋼、イットリウム安定化ジルコニア、アルミナ、サファイヤ、及びシリコンカーバイド等の基板が挙げられる。基板11としては、シリコン基板の表面にSiO酸化膜が形成された積層基板を用いてもよい。
【0033】
下部電極層12は、圧電膜15に電圧を加えるための電極である。下部電極層12の主成分としては特に制限なく、金(Au)、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)、タンタル(Ta)、アルミニウム(Al)、銅(Cu)、及び銀(Ag)等の金属または金属酸化物、及びこれらの組み合わせが挙げられる。また、ITO(Indium Tin Oxide)、LaNiO、及びSRO(SrRuO)等などを用いてもよい。圧電膜15と下部電極層12との間、及び下部電極層12と基板11との間には各種密着層やシード層を含んでいてもよい。
【0034】
上部電極層18は、上記下部電極層12と対をなし、圧電膜15に電圧を加えるための電極である。上部電極層18の主成分としては特に制限なく、下部電極層12で例示した材料の他、クロム(Cr)等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。ただし、圧電膜15と接する領域には酸化物導電体を使用することが好ましい。具体的には、ITO、イリジウム酸化物、及びSROの他、LaNiOあるいはドーピングを行ったZnOなどが挙げられる。上部電極層18の圧電膜15に接する領域に酸化物導電体を備えることにより、圧電膜15に直接金属が接触した場合と比較して、圧電膜15から酸素元素が抜けにくくなり、圧電性の低下を抑制する効果が得られる。
【0035】
ここで、「下部」及び「上部」は鉛直方向における上下を意味するものではなく、圧電膜を挟んで基板側に配置される電極を下部電極、圧電膜に関して基材と反対の側に配置される電極を上部電極と称しているに過ぎない。
【0036】
下部電極層12と上部電極層18の層厚は特に制限なく、50nm~300nm程度であることが好ましく、100nm~300nmがより好ましい。
【実施例
【0037】
以下、本開示の実施例及び比較例について説明する。
【0038】
まず、実施例及び比較例の圧電素子の作製方法について説明する。図2は作製工程を示す。
【0039】
<下部電極層22の形成工程S1>
まず下部電極層22の工程S1において、Siウエハ基板21上に、20nm厚のTi層及び150nm厚のIr層を順次積層して下部電極層22を作製した。
【0040】
<圧電膜25の形成工程S2-S3>
スパッタにより、第1領域の組成を有するNbドープPZT膜26Aを形成した。ここでは、NbドープPZT膜26Aとして、Pb1.1(Zr0.46Ti0.42Nb0.12)膜を成膜した。すなわち、δ=1.1とした。RF(radio-frequency)スパッタリング装置内に、下部電極層22を備えたSiウエハ基板21を載置し、真空度0.3Pa、Ar/O混合雰囲気(O体積分率2.0%)の条件下で厚み2.0μmのNbドープPZT膜26Aを成膜した。
【0041】
続いてAr/Oガスにて、逆スパッタを行うことにより、NbドープPZT膜26Aの表面にPb組成が小さい第2領域27を形成した。すなわち、先に形成したNbドープPZT膜26Aの表層のPbを放出させて、表層の組成を変化させ、表層にα<δである、Pbα(Zr0.46Ti0.42Nb0.12)からなる第2領域27を形成した。これにより、NbドープPZT膜26Aは、第1領域26と第2領域27とからなる圧電膜25となった。NbドープPZT膜26Aのうち、第2領域27に変化した表層を除く領域が第1領域26である。逆スパッタの条件を変化させることにより、第2領域27の組成あるいは厚さ等を制御可能である。スパッタパワーあるいは圧力等を変化させることでも第2領域27の組成あるいは厚さを制御可能であるが、本例では逆スパッタ時間により第2領域27の厚さtを制御した。なお、比較例1については、逆スパッタを行なっていない。すなわち、比較例1においては、第2領域を形成しなかった。また、比較例2においては、第2領域を形成することなく、NbドープPZT膜26Aの表面に5nmの厚さのAl膜を成膜した。
【0042】
逆スパッタには、アルバック社製のICP(Inductively Coupled Plasma)エッチャーを使用した。スパッタガスはAr/O=10sccm/10sccmとし、投入電力500Wでプラズマを発生させたのち、基板に25Vのバイアス電圧を印加してイオンを基板に引き込み逆スパッタを行った。120秒以下の範囲でスパッタ時間を変更して、第2領域27の厚さ制御を行った。各例における第2領域27の厚さは後記表1に示す。なお、第1領域26の厚さはNbドープPZT膜2μmから第2領域27の厚さを差し引いた値であるが、第2領域27の厚さは十分に薄いので、第1領域26の厚さはNbドープPZT膜26Aの厚さとほぼ同等である。このようにして、第1領域26及び第2領域27を備えた圧電膜25を形成した。
【0043】
<上部電極層28の形成工程S4>
圧電膜25の表面、すなわち第2領域27の表面にスパッタにより上部電極層28を形成した。上部電極層28は比較例1、2及び実施例1から6はITO、実施例7はIrO、実施例8はSRO、実施例9はTi/Au(ここで、PZT膜側がTi)、実施例10は、ITO/Ti/Au(ここで、PZT膜側がITO)とした。上部電極層28は100nmとした。
【0044】
上記のようにして各例の積層体を作製し、後述の手順により圧電素子を作製し、これらを実施例及び比較例として評価した。
【0045】
<第2領域27の膜厚の測定>
第2領域27の厚さtはTEM像から決定した。第1領域26と第2領域27とではTEM像でのコントラストが異なるため、第1領域27の厚さを測定することができる。図3に実施例2についての第1領域26と第2領域27との境界近傍のTEM像を示す。なお、PZT表面凹凸のため場所により厚さが異なるが、ここでは最小膜厚を第2領域27の厚さtと定義した。
【0046】
TEM観察と同時にEDS分析を行うことで、第2領域27では主にPb組成が低下していることを確認した。例として、図4図7に、それぞれ比較例1、実施例1、実施例2及び実施例6について、PZT膜の膜厚方向におけるEDSによる組成分析の結果を示す。ここで、TEM-EDSからの組成比算出は困難なため、図4図7において縦軸のAtomic fractionは参考値である。
【0047】
図4に示す比較例1は、第2領域27を備えていない例である。図4中において、横軸の略10nmの位置が圧電膜25の最表面、すなわち上部電極層28との界面である。なお、2本の破線で挟まれている略1nmの領域において、Pb量が線形に変化している。また、この領域ではBサイト元素であるZr,Ti,Nbの量もそれぞれ線形に変化している。このように、圧電膜25におけるPb,Zr,Ti,Nbの比と同等のまま上部電極層における組成から圧電膜の組成へとPb量が線形に変化している領域は、2つの隣接する層間において、自然に形成される界面領域である。
【0048】
一方、図5から図7において、両矢印で示す領域は、Pb:Zr:Ti:Nbの比が圧電膜25の第1領域26(両矢印で示す領域の右側の領域)における比と異なる。両矢印で示す領域におけるPbの割合(Pb組成比)が第1領域26におけるPb組成よりも小さい。図5から図7に示す実施例1、2及び6において、第1領域26においてP:Zr:Ti:Nbの比は、Pb:Zr:Ti:Nbの比がほとんど変化せず各元素量が上部電極側に向けて徐々に小さくなっていた図4に示される自然に形成される界面領域とは明らかに異なる変化を示している。このように、Pb:Zr:Ti:NbにおけるPb組成比が小さくなっている領域が、第2領域27である。
【0049】
図5及び図6において、横軸の略10nmの位置が圧電膜25の最表面、すなわち、上部電極層28との界面である。図7において、横軸の略30nmの位置が圧電膜25の最表面、すなわち、上部電極層28との界面である。各例において、2本の破線で挟まれた領域が第2領域27であり、第2領域27の組成は、膜厚方向に変化しており、その範囲においてδ/3≦α<δと見積もられる。すなわち、実施例1、2及び6では、第1領域26との境界からαは第1領域26のPb組成比δより小さく、表面に向かってαが徐々に小さくなり、上部電極層28との境界でδの1/3程度まで単調に減少している。
なお、他の実施例についても、同様の製造方法を用いているので、実施例1、2及び6の場合と同様に、αは第1領域26側から上部電極層28側に向かって単調減少していた。
【0050】
<圧電定数の測定>
各例の圧電素子の圧電定数は、以下の方法で測定した。
上記のように作製された積層体を2mm×25mmの短冊状に切断してカンチレバーを作製し、I. Kanno et. al. Sensor and Actuator A 107(2003)68.に記載の方法に従い、-10V±10Vの正弦波の印加電圧、すなわち、-10Vのバイアス電圧、振幅10Vの正弦波の印加電圧を用いて圧電定数を測定した。第2領域がない比較例1の圧電素子についての圧電定数d31は200pm/Vであり、表1においては、この値を100%として実施例1から10及び比較例2の圧電定数を示している。
【0051】
<耐圧の測定>
圧電素子の耐圧は、以下の方法で測定した。図8は、耐圧測定に用いた圧電素子20の概略構成を示す図である。上記のように作製された積層体を25mm×25mmの正方形状に切断して、上部電極層28をリフトオフ法により直径400μm円形状にパターニングした。下部電極層22を接地し、上部電極層28にマイナスの電位を与える。上部電極層28に与える電位を-1V/秒で変化させ、上部電極層28と下部電極層22との間に印加する電圧を徐々に増加させた。この際、上部電極層28と下部電極層22との間に1mA以上の電流が流れた電圧を絶縁破壊電圧とみなした。合計10回の測定を行い、その平均値(絶対値)を耐圧と定義した。
【0052】
後記表1においては、上記のようにして求めた圧電定数と耐圧との積についても実施例1から10及び比較例2は、比較例1の値を100%とした場合の値を示している。この圧電定数と耐圧との積が大きいほど、圧電定数と耐圧との両立が図れていることを意味する。
【0053】
実施例1から10及び比較例1、2についてのPZT膜の構成、上部電極材料、評価結果を、下記表1にまとめて示す。
【表1】
【0054】
比較例1のように第2領域27を備えない場合、圧電定数は最も大きいが、一方で、耐圧が最も低かった。表1に示すように、第2領域27を備えることにより、圧電定数は低下するが、耐圧は比較例1と比べて高くなる。実施例1から10は、圧電定数と耐圧の両立の度合いを示す、圧電定数と耐圧の積が比較例1よりも大きく、圧電定数の低下を抑制しつつ、耐圧を向上できていることが明らかである。
【0055】
比較例2は、実施例3の構成において、第2領域27をAl膜に置き換えた構成である。実施例3は、比較例2と比較して耐圧は若干低いが、圧電定数の低下が小さいため、圧電定数と耐圧の積が比較例2よりも大きく、圧電定数と耐圧の両立の効果が高いことが示されている。また、比較例2ではAl膜を備えるためには、別途に材料を用意する必要がある点でコストがかかるが、実施例3は、第1領域26と第2領域27とを共通の材料作製可能であり、より高い効果を安価に得ることができる。
【0056】
2020年9月30日に出願された日本国特許出願2020-166405の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8