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  • 特許-金鉱石の前処理方法および金回収方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-20
(45)【発行日】2024-10-01
(54)【発明の名称】金鉱石の前処理方法および金回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 1/00 20060101AFI20240924BHJP
   C22B 11/00 20060101ALI20240924BHJP
【FI】
C22B1/00 101
C22B11/00 101
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020175079
(22)【出願日】2020-10-19
(65)【公開番号】P2021134424
(43)【公開日】2021-09-13
【審査請求日】2023-07-07
(31)【優先権主張番号】P 2020029183
(32)【優先日】2020-02-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001704
【氏名又は名称】弁理士法人山内特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】笹木 圭子
(72)【発明者】
【氏名】一瀬 博文
(72)【発明者】
【氏名】神谷 典穂
(72)【発明者】
【氏名】コナドゥ コジョ トワム
(72)【発明者】
【氏名】メンドーサ フローレス ディエゴ モイセス
(72)【発明者】
【氏名】境 諒太郎
(72)【発明者】
【氏名】黒岩 樹人
(72)【発明者】
【氏名】青木 悠二
(72)【発明者】
【氏名】山根 正嗣
(72)【発明者】
【氏名】亀谷 美哲
【審査官】瀧澤 佳世
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2009/0158893(US,A1)
【文献】特開2000-064185(JP,A)
【文献】特表2006-524232(JP,A)
【文献】特開2012-190787(JP,A)
【文献】特開2019-112726(JP,A)
【文献】特開2017-179430(JP,A)
【文献】特開2019-059984(JP,A)
【文献】特開2016-011456(JP,A)
【文献】特開2017-140332(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00
C22B 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素質成分を含む金鉱石から金を浸出する前に行なう前処理方法であって、
前記金鉱石とフェノールオキシダーゼとを接触させて所定時間保持する酵素処理工程を備え
前記酵素処理工程において、前記金鉱石と電子伝達物質とを接触させ、
前記電子伝達物質としてABTS(2,2’-アジノ-ビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸))、またはHOBT(1-ヒドロキシベンゾトリアゾール)を用いる
ことを特徴とする金鉱石の前処理方法。
【請求項2】
前記フェノールオキシダーゼとしてラッカーゼを用いる
ことを特徴とする請求項1記載の金鉱石の前処理方法。
【請求項3】
前記金鉱石と接触させる前記ラッカーゼの量を、前記炭素質成分の重量に対する酵素活性が39~198U/gとなる量とする
ことを特徴とする請求項2記載の金鉱石の前処理方法。
【請求項4】
前記酵素処理工程の後、前記金鉱石の表面を洗浄する洗浄工程を備える
ことを特徴とする請求項1~のいずれかに記載の金鉱石の前処理方法。
【請求項5】
請求項1~のいずれかに記載の方法により、炭素質成分を含む金鉱石を前処理する前処理工程と、
前記前処理工程の後、前記金鉱石から金を浸出させて浸出液を得る浸出工程と、
前記浸出液中の金を活性炭に吸着させる吸着工程と、
前記活性炭から金を溶離して金溶液を得る溶離工程と、を備える
ことを特徴とする金回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金鉱石の前処理方法および金回収方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、炭素質成分を含む金鉱石の前処理方法、および前処理後の金鉱石を用いた金回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、金鉱石から金を回収する方法として、CIP(Carbon In Pulp)法が開示されている。CIP法による金の回収はつぎの手順で行なわれる。まず、微粉砕した金鉱石にアルカリ金属またはアルカリ土類金属の希シアン化物溶液とアルカリとを加えて、金鉱石中の金を金シアンイオン錯体(Au(CN)2 -)として溶出させる。つぎに、鉱石および金錯体を含むスラリーと活性炭とを向流接触させて、金錯体を活性炭に吸着させる。つぎに、スラリーから分離した活性炭に熱シアン化物溶液を作用させて、金錯体を活性炭から脱着させる。つぎに、金錯体を濃縮したシアン化物溶液を電解採取に付して金を回収する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平03-030834号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
金鉱石に炭素質成分が含まれている場合、金鉱石から浸出した金の一部が鉱石中の炭素質成分に吸着されてしまう。その結果、鉱石に残留する金が増加し、金の回収率が低くなるという問題がある。
【0005】
本発明は上記事情に鑑み、金鉱石に含まれる炭素質成分の金の吸着能力を低下させることができる金鉱石の前処理方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、金鉱石に炭素質成分が含まれていても金の回収率が高い金回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1発明の金鉱石の前処理方法は、炭素質成分を含む金鉱石から金を浸出する前に行なう前処理方法であって、前記金鉱石とフェノールオキシダーゼとを接触させて所定時間保持する酵素処理工程を備えることを特徴とする。
第2発明の金鉱石の前処理方法は、第1発明において、前記フェノールオキシダーゼとしてラッカーゼを用いることを特徴とする。
第3発明の金鉱石の前処理方法は、第2発明において、前記金鉱石と接触させる前記ラッカーゼの量を、前記炭素質成分の重量に対する酵素活性が39~198U/gとなる量とすることを特徴とする。
第4発明の金鉱石の前処理方法は、第1~第3発明のいずれかにおいて、前記酵素処理工程において、前記金鉱石と電子伝達物質とを接触させることを特徴とする。
第5発明の金鉱石の前処理方法は、第4発明において、前記電子伝達物質としてABTS(2,2’-アジノ-ビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸))またはHOBT(1-ヒドロキシベンゾトリアゾール)を用いることを特徴とする。
第6発明の金鉱石の前処理方法は、第1~第5発明のいずれかにおいて、前記酵素処理工程の後、前記金鉱石の表面を洗浄する洗浄工程を備えることを特徴とする。
第7発明の金回収方法は、第1~第6発明のいずれかの方法により、炭素質成分を含む金鉱石を前処理する前処理工程と、前記前処理工程の後、前記金鉱石から金を浸出させて浸出液を得る浸出工程と、前記浸出液中の金を活性炭に吸着させる吸着工程と、前記活性炭から金を溶離して金溶液を得る溶離工程と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明の金鉱石の前処理方法によれば、フェノールオキシダーゼの作用により炭素質成分の表面が改質され、炭素質成分の金の吸着能力が低下する。
また、本発明の金回収方法によれば、金鉱石に含まれる炭素質成分の金の吸着能力が低下しているので、浸出液に含まれる金の炭素質成分への吸着量を低減でき、金の回収率を高くできる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】一実施形態に係る金回収方法の工程図である。
図2】実施例1~3および比較例1におけるSEM画像である。
図3】実施例1~3および比較例1におけるラマンスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
つぎに、図1に基づき、本発明の実施形態を説明する。
〔前処理方法〕
本発明の一実施形態に係る金鉱石の前処理方法は、金鉱石から金を回収するプロセスの前処理として行なわれる。前述のごとく、炭素質成分を含む金鉱石から金を浸出すると、浸出した金の一部が鉱石中の炭素質成分に吸着される。その結果、鉱石に残留する金が増加し、金の回収率が低くなる。そこで、金鉱石から金を浸出する前に前処理を行なって、金鉱石に含まれる炭素質成分の金の吸着能力を低下させる。
【0010】
金鉱石は金を含む鉱物の集合体である。金は、輝銅鉱、斑銅鉱、銅藍、黄銅鉱、黄鉄鉱、硫砒銅鉱、硫砒鉄鉱などの硫化金属鉱に単体として含まれることが多い。金鉱石としてこの種の鉱石が挙げられる。また、一般に、浮遊選鉱などの処理により金品位を高めた金精鉱を得た後に、金を回収する処理を行なう。金鉱石には、このような金精鉱も含まれる。
【0011】
前処理の対象となる金鉱石は炭素質成分を含むものであれば特に限定されない。炭素質成分の中でも活性炭はシアン化イオンの吸着能力が高いことが知られている。したがって、特に、活性炭あるいは活性炭に類似する性質を有する炭素質成分を含む金鉱石に対して、前処理は有効である。
【0012】
(酵素処理工程)
前処理には酵素処理工程が含まれる。酵素処理工程は、金鉱石とフェノールオキシダーゼとを接触させて所定時間保持することにより行なわれる。ここで、金鉱石は予め粉砕しておくことが好ましい。金鉱石とフェノールオキシダーゼとの接触は種々の方法により実現できる。例えば、フェノールオキシダーゼを含む酵素液に金鉱石を浸漬するか、金鉱石に酵素液を散布すればよい。具体的には、フェノールオキシダーゼを含む酵素液に金鉱石を投入すればよい。予め金鉱石を粉砕して水を添加することにより金鉱石スラリーを製造し、金鉱石スラリーにフェノールオキシダーゼまたはフェノールオキシダーゼを含む酵素液を添加してもよい。また、ばら積みにした金鉱石にフェノールオキシダーゼを含む酵素液を散布してもよい。
【0013】
フェノールオキシダーゼはフェノールを酸化する能力をもつ酵素である。フェノールオキシダーゼとして、ラッカーゼ、チロシナーゼ、白色腐朽菌分泌性の酵素などが挙げられる。これらのなかでもラッカーゼを用いることが好ましい。ラッカーゼは比較的安価に入手可能であり、また酵素活性が高いため添加量を低減できるためである。
【0014】
フェノールオキシダーゼの添加量、フェノールオキシダーゼを含む酵素液のpHおよび温度、および金鉱石とフェノールオキシダーゼとの接触時間は、使用するフェノールオキシダーゼの種類などに応じて、適宜調整すればよい。
【0015】
ラッカーゼを用いる場合、金鉱石と接触させるラッカーゼの量を、金鉱石に含まれる炭素質成分の重量に対する酵素活性が39~198U/gとなる量とすることが好ましい。ラッカーゼを含む酵素液の単位体積当たりの酵素活性を19.5~100U/Lとしてもよい。また、ラッカーゼを含む酵素液のpHは4~5が好ましく、温度は25~40℃が好ましい。金鉱石とラッカーゼとを接触させた状態での保持時間は1~7日が好ましい。ただし、工業的には保持時間が短いほど効率的である。そのため、保持時間は1~2日がより好ましい。
【0016】
以上のように、金鉱石とフェノールオキシダーゼとを接触させると、フェノールオキシダーゼの作用により炭素質成分の表面が改質され、炭素質成分の金の吸着能力が低下する。その結果、後の金回収処理において金鉱石から金を浸出させた際に、浸出した金が鉱石中の炭素質成分に吸着されることを抑制できる。
【0017】
酵素処理工程において、金鉱石とフェノールオキシダーゼとを接触させるとともに、金鉱石と電子伝達物質とを接触させてもよい。金鉱石と電子伝達物質との接触は種々の方法により実現できる。例えば、フェノールオキシダーゼおよび電子伝達物質を含む酵素液に金鉱石を浸漬するか、金鉱石に酵素液を散布すればよい。具体的には、フェノールオキシダーゼおよび電子伝達物質を含む酵素液に金鉱石を投入すればよい。予め金鉱石を粉砕して水を添加することにより金鉱石スラリーを製造し、金鉱石スラリーにフェノールオキシダーゼおよび電子伝達物質を添加してもよいし、金鉱石スラリーにフェノールオキシダーゼおよび電子伝達物質を含む酵素液を添加してもよい。また、ばら積みにした金鉱石にフェノールオキシダーゼおよび電子伝達物質を含む酵素液を散布してもよい。
【0018】
電子伝達物質は酵素が働く際の電子を仲介する物質である。本発明においては、電子伝達物質は金鉱石炭素質物質とフェノールオキシダーゼとの電子伝達を仲介する役目がある。電子伝達物質として、ABTS、HOBTなどを用いることができる。電子伝達物質は酵素反応において電子を仲介するため、酵素反応を効率的に進めることができる。詳しくは、酵素反応が促進され、活性炭を効果的に改質できるか、または、電子伝達物質が活性炭の吸着サイトを占有して金吸着を妨げているか、あるいはその両方が同時に起こっているものと考えられる。
【0019】
酵素処理工程の後、必要に応じて、固液分離が行なわれる。液体分を除去することにより、酵素処理後の金鉱石(固体分)を取得できる。
【0020】
(洗浄工程)
酵素処理工程の後、金鉱石を洗浄することが好ましい。金鉱石に含まれる炭素質成分は、酵素反応により表面が改質され、金の吸着能力が低下する。これと同時に、炭素質成分の分解産物中間体が生成し固相に残留する場合がある。分解産物中間体は、後の金回収処理において、金を吸着する可能性がある。金鉱石を洗浄して分解産物中間体を除去しておけば、金回収処理において、浸出した金が分解産物中間体に吸着されることを抑制できる。
【0021】
また、金鉱石を洗浄すると、金鉱石の表面に付着したフェノールオキシダーゼおよび電子伝達物質を除去できる。そのため、後の金回収処理において添加する活性炭の金吸着能力が酵素反応により低下することを抑制できる。
【0022】
洗浄方法は特に限定されない。例えば、酵素処理後の金鉱石に洗浄液を添加して撹拌した後、固液分離して金鉱石を取り出せばよい。洗浄液の添加および固液分離を複数回行なってもよい。洗浄液として、水のほか、有機溶媒を用いることができる。炭素質成分の分解産物は水に不溶である場合もある。この場合には洗浄液として有機溶媒を用いることが好ましい。
【0023】
〔金回収方法〕
前述の方法による前処理工程に引き続き、以下に説明する各工程を行なうことで、金鉱石から金を回収できる。
【0024】
(浸出工程)
浸出工程では、金鉱石から金を浸出させて浸出液を得る。例えば、粉砕した金鉱石を含むスラリーにシアン化合物を添加して、空気を吹き込みながら浸出を行なう。シアン化合物として、シアン化ナトリウム、シアン化カリウム、シアン化カルシウムなどが挙げられる。シアン化合物に代えて、チオ尿素、チオ硫酸、ハロゲンガスなど他の金浸出剤を用いてもよい。
【0025】
ここで、金鉱石は前処理が施されているので、金鉱石に含まれる炭素質成分の金の吸着能力が低下している。そのため、浸出液に含まれる金の炭素質成分への吸着量を低減でき、金の回収率を高くできる。
【0026】
(吸着工程)
吸着工程では、浸出液と活性炭とを接触させて、浸出液中の金を活性炭に吸着させる。ここで、浸出液中の金の大部分が活性炭に吸着されるよう保持時間を調整することが好ましい。金を吸着した活性炭は浸出液から分離される。
【0027】
使用する活性炭の種類は、特に限定されないが、金の吸着能力が高いものが好ましい。また、吸着工程では、浸出液に活性炭を添加して撹拌することが一般的である。撹拌により活性炭同士の衝突が生じるため、砕けにくく、粉化しにくい活性炭が好ましい。このような活性炭としてヤシ殼活性炭が挙げられる。
【0028】
活性炭は、次工程に供給する前に、塩酸などで洗浄することが好ましい。活性炭には、金鉱石に由来する銅、カルシウムなどが付着している場合がある。これを予め除去することにより、次工程で得られる金溶液の不純物濃度を低減できる。
【0029】
(溶離工程)
溶離工程では、吸着工程後の活性炭から金を溶離して金溶液を得る。例えば、活性炭と加熱したアルカリ性のシアン化合物溶液とを接触させて、活性炭から金を溶離する。なお、シアン化合物溶液に代えて、水酸化ナトリウムなどのアルカリ液を用いて金を溶離してもよい。
【0030】
その後、金溶液を用いて電解採取を行なえば、電解金を回収できる。金が溶離した後の活性炭は再活性化して繰り返し使用することが好ましい。
【実施例
【0031】
つぎに、実施例を説明する。
〔実施例1~3、比較例1〕
フェノールオキシダーゼの一種であるラッカーゼ(シグマアンドリッチ社製、Lacasse from Trametes versicolor、以下「ラッカーゼA」と称する。)を用意した。ラッカーゼAの詳細はつぎのとおりである。
<ラッカーゼA>
Form: Powder
Color: Light brown
Lot. Activity: 0.99 U/mg
Bottle weight: 1 g
Storage Temp.: 2 - 9 ℃
Code: 38429
【0032】
水にラッカーゼAを添加して酵素液を調製した。ここで、ラッカーゼAのロット活性(0.99U/mg)を前提としてラッカーゼAの添加量を調整し、単位体積当たりの酵素活性が19.5、49.5、99.0U/Lの3種類の酵素液を調製した。また、コハク酸および水酸化ナトリウムを用いて、各酵素液のpHを4に調整した。
【0033】
つぎに、各酵素液200mLに活性炭(富士フイルム和光純薬株式会社製、活性炭素、粉末、和光特級、以下同じ。)100mgを投入した。各酵素液を30℃に維持し、128rpmで撹拌しながら、3日間保持した。
【0034】
処理後の酵素液を固液分離して活性炭を取り出した。活性炭の表面をSEM(キーエンス社製、VE-9800)で観察した。また、比較のため、未処理の活性炭の表面もSEMで観察した。各活性炭のSEM画像を図2に示す。
【0035】
図2から分かるように、ラッカーゼで処理した活性炭の表面には、侵食による凹凸がみられる。また、酵素活性が高いほど、侵食が進んでいる。これより、活性炭にラッカーゼを接触させると、活性炭の表面に何らかの改質が生じることが確認された。
【0036】
つぎに、処理後の活性炭に対してラマン分光分析(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、XDR Smart Raman)を行なった。また、比較のため、未処理の活性炭に対してもラマン分光分析を行なった。各活性炭のラマンスペクトルを図3に示す。
【0037】
各ラマンスペクトルをフィッティングした後、グラフェン構造に由来するピーク(Gバンド)およびディフェクト構造に由来するピーク(Dバンド)のピーク強度(最大値)を求めた。そして、Gバンドのピーク強度に対するDバンドのピーク強度の比率(ID/IG)を求めた。
【0038】
その結果、未処理の活性炭はID/IG=2.05であった。19.5U/Lの酵素液で処理した活性炭はID/IG=2.29であった。49.5U/Lの酵素液で処理した活性炭はID/IG=2.32であった。99.0U/Lの酵素液で処理した活性炭はID/IG=2.53であった。
【0039】
D/IGはグラフェン構造に対するディフェクト構造の存在比率である。ID/IGの値が高いほどグラフェン構造が破壊されているといえる。すなわち、ラッカーゼで処理を行なうと活性炭のグラフェン構造が破壊される。また、酵素活性が高いほど、より多くのグラフェン構造が破壊されるといえる。
【0040】
グラフェン構造が多い活性炭はπ電子の密度が高く、陽イオンを吸着しやすい。浸出液中の金、例えばシアン金(Au(CN)2 -)が活性炭に吸着される要因の一つとして、活性炭に吸着している陽イオンを介した静電的な吸着が考えられる。ラッカーゼの処理により活性炭のグラフェン構造を破壊すれば、活性炭が有するsp2軌道の崩壊が起こり、陽イオン吸着頻度が下がり、シアン金の吸着が抑制されると考えられる。
【0041】
つぎに、シアン金の吸着試験を行なった。
シアン化金(I)カリウム(KAu(CN)2)36.6mgをpH11.5のアルカリ液500mLに溶解し、シアン金溶液を調製した。なお、アルカリ液は1Mの水酸化カリウム溶液を用いてpH調整を行なった。処理後の活性炭10mgをシアン金溶液4.0mLに添加し、25℃を維持しながら、120rpmで24時間振とうした。その後、溶液を固液分離し、溶液のAu(CN)2 -濃度を測定した。測定結果から、活性炭への金吸着量および金吸着率を求めた。また、未処理の活性炭に対しても同様の手順でシアン金の吸着試験を行なった。
【0042】
その結果を表1にまとめる。
【表1】
なお、酵素液で活性炭を処理しない場合を比較例1とする。また、酵素活性が19.5、49.5、99.0U/Lの酵素液で活性炭を処理した場合を、それぞれ実施例1、2、3とする。
【0043】
表1から分かるように、ラッカーゼで処理した活性炭(実施例1~3)は、未処理の活性炭(比較例1)に比べて金吸着量が少なく、金吸着率が低い。これより、ラッカーゼで処理をすれば活性炭の金の吸着能力が低下することが確認された。
【0044】
また、ラッカーゼの酵素活性を高くするほど、金吸着量が少なくなり、金吸着率が低くなる。実施例1~3の結果から、少なくとも、酵素液の単位体積当たりの酵素活性が19.5~99.0U/Lの範囲で、活性炭の金の吸着能力が低下することが確認された。また、酵素活性49.5U/Lの場合と、99.0U/Lの場合とを比較すると、金吸着量にあまり差がみられない。ラッカーゼの使用量を低減するという観点からは、酵素活性を50U/L以下とすることが好ましい。
【0045】
酵素液の単位体積当たりの酵素活性「U/L」を、活性炭の重量に対する酵素活性[U/g]に換算すると表1に示すとおりである。したがって、活性炭の重量に対する酵素活性は39~198U/gが好ましく、39~100U/gがより好ましいといえる。
【0046】
なお、金鉱石に含まれる炭素質成分のうち、金を吸着する主な成分は、活性炭あるいは活性炭に類似する性質を有する炭素質成分と考えられる。したがって、炭素質成分を含む金鉱石をラッカーゼと接触させれば、金鉱石に含まれる炭素質成分の金の吸着能力が低下すると考えられる。
【0047】
また、ラッカーゼに限らず、他のフェノールオキシダーゼも、同様の性質を有するため、炭素質成分の金の吸着能力を低下できると考えられる。
【0048】
〔実施例4~12〕
実施例1~3で用いたラッカーゼAとはメーカーの異なるラッカーゼ(天野エンザイム株式会社製、ラッカーゼY-120、以下「ラッカーゼB」と称する。)を用意した。ラッカーゼBの詳細はつぎのとおりである。ロット活性は各メーカーの試験値であり単純な比較はできないが、ロット活性を比較する限りではラッカーゼBはラッカーゼAに比べて酵素活性が高いといえる。
<ラッカーゼB>
形態:粉末
色:白色~緑白色
ロット活性:108U/mg
最適温度:60℃
最適pH:4.0~4.5
【0049】
水にラッカーゼBを添加して酵素液を調製した。ここで、ラッカーゼBのロット活性(108U/mg)を前提としてラッカーゼBの添加量を調整し、酵素液の単位体積当たりの酵素活性を4,000U/Lとした。また、酢酸ナトリウム(0.1M溶液)を用いて酵素液のpHを4.5に調整した。
【0050】
(実施例4)
酵素液2.5mLおよび濃度0.1Mの酢酸ナトリウム緩衝液97.5mLを混合して100mLの試液Aを調整した。試液Aの単位体積当たりの酵素活性は100U/Lである。
【0051】
試液A100mLに活性炭100mgを投入した。撹拌装置(TAITEC社製、バイオシェーカー、型番BR-40LF、以下同じ。)を用いて、液温を37℃に維持しつつ、128rpmで1日間撹拌した。処理後の液を固液分離して活性炭を取り出した。
【0052】
上記のように前処理した活性炭を用いてシアン金の吸着試験を行なった。
シアン化金(I)カリウム(KAu(CN)2)32.3mgをpH11.5のアルカリ液500mLに溶解し、シアン金溶液を調製した。なお、アルカリ液は1Mの水酸化カリウム溶液を用いてpH調整を行なった。処理後の活性炭10mgをシアン金溶液4.0mLに添加し、25℃を維持しながら、125rpmで24時間振とうした。その後、溶液を固液分離し、溶液のAu(CN)2 -濃度を測定した。測定結果から、活性炭への金吸着量を求めた。
【0053】
(実施例5)
実施例4と同様の手順で試液Aを用いて活性炭を処理した後、活性炭を純水で洗浄した。洗浄はつぎの手順で行なった。活性炭50mgおよび純水10mLを入れた遠心分離用コニカルチューブを振とう装置(アズワン株式会社製、シェーカー、型番SRR-2、以下同じ。)にセットし、液温を25℃に維持しつつ、120rpmで5分間振とうした。つぎに、遠心分離用コニカルチューブを遠心分離装置(エッペンドルフ株式会社製、遠心分離装置、型番5430 R、以下同じ。)にセットし、液温を4℃に維持しつつ、7,600rpmで10分間固液分離して固体分を得た。得られた固体分(活性炭)に対して、再度同様の手順で洗浄を行なった。
【0054】
洗浄後の活性炭を用いて、実施例4と同様の手順でシアン金の吸着試験を行ない、活性炭への金吸着量を求めた。
【0055】
(実施例6)
実施例4と同様の手順で試液Aを用いて活性炭を処理した後、活性炭を有機溶媒で洗浄した。洗浄はつぎの手順で行なった。活性炭100mgおよび有機溶媒2mLを入れた遠心分離用コニカルチューブを振とう装置にセットし、液温を25℃に維持しつつ、150rpmで1時間振とうした。つぎに、遠心分離用コニカルチューブを遠心分離装置にセットし、液温を4℃に維持しつつ、7,600rpmで10分間固液分離して固体分を得た。同様の手順を合計4回繰り返した。有機溶媒として、1回目の洗浄ではエチレングリコール、2回目の洗浄ではメタノール、3回目の洗浄ではエチルアセテート、4回目の洗浄ではヘキサンを用いた。
【0056】
洗浄後の活性炭を用いて、実施例4と同様の手順でシアン金の吸着試験を行ない、活性炭への金吸着量を求めた。
【0057】
(実施例7)
電子伝達物質としてHOBTを用意した。HOBTの詳細はつぎのとおりである。
<HOBT>
化学名:1-ヒドロキシベンゾトリアゾール水和物
化学式:C653O・xH2
メーカー:シグマアンドリッチ
【0058】
HOBTを濃度99%のエタノールに添加して100mMのHOBT溶液を調整した。つぎに、酵素液2.5mL、HOBT溶液0.8mL、および濃度0.1Mの酢酸ナトリウム緩衝液96.7mLを混合して、100mLの試液Bを調整した。試液Bの単位体積当たりの酵素活性は100U/Lである。また、試液BのHOBT濃度は0.8mMである。
【0059】
試液B100mLに活性炭100mgを投入した。撹拌装置を用いて、液温を37℃に維持しつつ、128rpmで7日間撹拌した。撹拌開始から1日目、2日目、5日目、7日目に活性炭を取り出した。
【0060】
実施例4と同様の手順で、各活性炭を用いてシアン金の吸着試験を行ない、活性炭への金吸着量を求めた。
【0061】
(実施例8)
実施例7と同様の手順で試液Bを用いて活性炭を処理した後、活性炭を純水で洗浄した。洗浄方法は実施例5と同様である。
つぎに、実施例4と同様の手順で、各活性炭を用いてシアン金の吸着試験を行ない、活性炭への金吸着量を求めた。
【0062】
(実施例9)
実施例7と同様の手順で試液Bを用いて活性炭を処理した後、活性炭を有機溶媒で洗浄した。洗浄方法は実施例6と同様である。
つぎに、実施例4と同様の手順で、各活性炭を用いてシアン金の吸着試験を行ない、活性炭への金吸着量を求めた。
【0063】
(実施例10)
電子伝達物質としてABTSを用意した。ABTSの詳細はつぎのとおりである。
<ABTS>
化学名:(2,2’-アジノ-ビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸))ジアンモニウム塩
化学式:C1816464・(NH4)2
メーカー:富士フイルム和光純薬
【0064】
ABTSを濃度50%のエタノールに添加して50mMのABTS溶液を調整した。つぎに、酵素液2.5mL、ABTS溶液1.6mL、および濃度0.1Mの酢酸ナトリウム緩衝液95.9mLを混合して、100mLの試液Cを調整した。試液Cの単位体積当たりの酵素活性は100U/Lである。また、試液CのABTS濃度は0.8mMである。
【0065】
試液C100mLに活性炭100mgを投入した。撹拌装置を用いて、液温を37℃に維持しつつ、128rpmで7日間撹拌した。撹拌開始から1日目、2日目、5日目、7日目に活性炭を取り出した。
【0066】
実施例4と同様の手順で、各活性炭を用いてシアン金の吸着試験を行ない、活性炭への金吸着量を求めた。
【0067】
(実施例11)
実施例10と同様の手順で試液Cを用いて活性炭を処理した後、活性炭を純水で洗浄した。洗浄方法は実施例5と同様である。
つぎに、実施例4と同様の手順で、各活性炭を用いてシアン金の吸着試験を行ない、活性炭への金吸着量を求めた。
【0068】
(実施例12)
実施例10と同様の手順で試液Cを用いて活性炭を処理した後、活性炭を有機溶媒で洗浄した。洗浄方法は実施例6と同様である。
つぎに、実施例4と同様の手順で、各活性炭を用いてシアン金の吸着試験を行ない、活性炭への金吸着量を求めた。
【0069】
実施例4~12の結果を表2にまとめる。
【表2】
【0070】
表2から分かるように、電子伝達物質を添加しない場合(実施例4~6)に比べて、電子伝達物質を添加した場合(実施例7~12)の方が、金吸着量が少なくなる。これより、電子伝達物質を添加すれば、酵素反応が促進され、活性炭を効果的に改質できることが確認された。
【0071】
また、電子伝達物質としてHOBTを用いた場合(実施例7~9)に比べて、ABTSを用いた場合(実施例10~12)の方が、概ね、金吸着量が少なくなる。これより、電子伝達物質あるいは吸着材としてABTSを用いることが好ましいといえる。
【0072】
活性炭を洗浄しなかった場合に比べて、活性炭を洗浄した場合の方が、金吸着量が少なくなる傾向がある。また、洗浄液として純水を用いた場合よりも有機溶媒を用いた場合の方が、金吸着量が少なくなる傾向がある。これより、酵素処理の後は金鉱石を洗浄することが好ましく、有機溶媒で洗浄することがより好ましいといえる。
【0073】
酵素処理の保持時間は長いほど金吸着量が少なくなる場合(実施例7、8、11)もあるが、保持時間の経過とともに金吸着量が減少したのち、増加に転ずる場合(実施例9、10、12)もある。工業的には保持時間が短いほど効率的な操業が可能となるため、短い保持時間で金吸着量を抑制できることが好ましい。
【0074】
実施例4~12の範囲でいえば、電子伝達物質としてABTSを用い、有機溶媒で洗浄した実施例12において、保持時間を1日とした場合が金吸着量を抑制する効果が最も高い。
図1
図2
図3