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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-20
(45)【発行日】2024-10-01
(54)【発明の名称】グラフェン積層体とその作製方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/186 20170101AFI20240924BHJP
   B32B 9/00 20060101ALI20240924BHJP
   H01B 5/14 20060101ALI20240924BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20240924BHJP
   H01L 21/336 20060101ALN20240924BHJP
   H01L 29/786 20060101ALN20240924BHJP
【FI】
C01B32/186
B32B9/00 A
H01B5/14 A
H01B5/14 Z
H01B13/00 503B
H01B13/00 503Z
H01L29/78 618A
H01L29/78 618B
H01L29/78 618E
H01L29/78 618F
H01L29/78 627D
【請求項の数】 20
(21)【出願番号】P 2021069176
(22)【出願日】2021-04-15
(65)【公開番号】P2022163995
(43)【公開日】2022-10-27
【審査請求日】2024-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000408
【氏名又は名称】弁理士法人高橋・林アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】沖川 侑揮
(72)【発明者】
【氏名】山田 貴壽
【審査官】佐藤 慶明
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-102567(JP,A)
【文献】特開2016-219788(JP,A)
【文献】特開2015-160794(JP,A)
【文献】特開2017-092210(JP,A)
【文献】国際公開第2015/060419(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/237289(WO,A1)
【文献】特開平11-312807(JP,A)
【文献】国際公開第2016/043123(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00 - 32/991
B32B 9/00
H01B 5/14
H01B 13/00
H01L 29/786
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁表面を有する基板、
前記基板上に位置し、前記基板と接する中間層、および
前記中間層上に位置し、前記中間層と接するグラフェン膜を備え、
前記中間層は、ホールキラーとして機能する不純物を含むナノグラフェンを含むグラフェン積層体。
【請求項2】
前記グラフェン膜は、単層グラフェンが1層、2層または3層積層した構造を有する、請求項1に記載のグラフェン積層体。
【請求項3】
前記中間層の導電性は、前記グラフェン膜の導電性よりも低い、請求項1に記載のグラフェン積層体。
【請求項4】
前記中間層の厚さは、0.3nm以上300nm以下である、請求項1に記載のグラフェン積層体。
【請求項5】
前記グラフェン膜の厚さは、0.3nm以上1.0nm以下である、請求項1に記載のグラフェン積層体。
【請求項6】
前記不純物は窒素である、請求項1に記載のグラフェン積層体。
【請求項7】
前記不純物はカリウムである、請求項1に記載のグラフェン積層体。
【請求項8】
ラマンスペクトルのGバンドのピーク強度に対するDバンドのピーク強度の比が0.16以上2.10以下である、請求項1に記載のグラフェン積層体。
【請求項9】
ラマンスペクトルのGバンドのピーク強度に対する2Dバンドのピーク強度の比が0.30以上2.51以下である、請求項1に記載のグラフェン積層体。
【請求項10】
ラマンスペクトルのGバンドの半値幅が24.4cm-1以上60.1cm-1以下であり、
ラマンスペクトルの2Dバンドの半値幅が20.6cm-1以上155.0cm-1以下である、請求項1に記載のグラフェン積層体。
【請求項11】
第1の支持基板上にグラフェン膜を形成すること、
前記グラフェン膜上に樹脂膜を形成すること、
前記第1の支持基板を除去すること、
第2の支持基板上に中間層を形成すること、
前記グラフェン膜と前記中間層を接合すること、
前記第2の支持基板を除去すること、
絶縁表面を有する基板を、前記絶縁表面が前記中間層と接するように、前記中間層に接合すること、および
樹脂膜を除去することを含み、
前記中間層は、ホールキラーとして機能する不純物を含むナノグラフェンを含む、グラフェン積層体の作製方法。
【請求項12】
前記グラフェン膜は、単層グラフェンが1層、2層、または3層積層した構造を有する、請求項11に記載の作製方法。
【請求項13】
前記不純物は窒素である、請求項11に記載の作製方法。
【請求項14】
前記中間層の厚さは、0.3nm以上300nm以下である、請求項11に記載の作製方法。
【請求項15】
前記グラフェン膜の厚さは、0.3nm以上1.0nm以下である、請求項11に記載の作製方法。
【請求項16】
第1の支持基板上に第1のグラフェン膜を形成すること、
前記第1のグラフェン膜に紫外線を照射すること、
前記紫外線が照射された前記第1のグラフェン膜に第1の樹脂層上を形成すること、
第1の支持基板を除去すること、
前記紫外線が照射された前記第1のグラフェン膜を水酸化カリウムの水溶液で処理することによって、ホールキラーとして機能する不純物を含むナノグラフェンを含む中間層へ変換すること、
前記中間層を絶縁表面を有する基板上に接合すること、
前記第1の樹脂層を除去すること、
第2の支持基板上に第2のグラフェン膜を形成すること、
前記第2のグラフェン膜上に第2の樹脂層を形成すること、
前記第2の支持基板を除去すること、
前記第2のグラフェン膜を前記中間層に接合すること、および
前記第2の樹脂層を除去することを含む、グラフェン積層体の作製方法。
【請求項17】
前記第2のグラフェン膜は、単層グラフェンが1層、2層、または3層積層した構造を有する、請求項16に記載の作製方法。
【請求項18】
前記不純物は、カリウムである、請求項16に記載の作製方法。
【請求項19】
前記中間層の厚さは、0.3nm以上300nm以下である、請求項16に記載の作製方法。
【請求項20】
前記第1のグラフェン膜の厚さと前記第2のグラフェン膜の厚さは、それぞれ0.3nm以上1.0nm以下である、請求項16に記載の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態の一つは、グラフェン積層体とその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコンに変わる半導体材料として、様々な二次元材料が注目されている。二次元材料としては、例えばグラフェンや二硫化モリブデン(MoS2)などに例示される遷移金属ダイカルコゲナイドなどが知られている。二次元材料の一つであるグラフェンはsp2炭素原子によって構成される炭素ナノ材料の一つであり、その特異的な二次元構造に起因し、高い電子移動度などの特徴的な電気的特性を有している。このため、グラフェンやその積層膜は、例えば透明導電膜や配線を形成するための素材としてだけでなく、高周波デバイスやセンサーなどの電子デバイスのキーマテリアルとして期待されている。
【0003】
グラフェンは様々な方法で合成することができ、例えば銅薄膜の表面上に化学気相成長(CVD)を用いてグラフェンを含む膜を堆積させる方法が知られている(特許文献1、非特許文献1参照)。また、グラフェンを含む膜をガラス基板などの基板上に転写させる場合、基板による電気的特性への影響を抑制するため、基板を化学修飾する、あるいは基板上に窒化ホウ素などの絶縁膜を形成することが知られている(非特許文献2から5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2012-162442号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】ヤマダ タカトシ、外2名、「カリウムドープされたn型グラフェン積層体(Potassium-doped n-type stacked graphene layers)」、マテリアルリサーチエキスプレス(Material Research Express)、(米国)、2019年、第6巻、p.055009
【文献】ナガシオ,コウスケ、外4名、「特異的表面構造を有する酸化ケイ素上のグラフェンの電気的輸送特性(Electrical transport properties of graphene on SiO2 with specific surface structures)」、ジャーナルオブアプライドフィジックス(Journal of Applied Physics)、(米国)、2011年、第110巻、p.024513-1-024513-6
【文献】ラフキオティ,ミルシニ、外6名、「疎水性基板上のグラフェン:環境条件下におけるドーピング還元とヒステリシスの抑制(Graphene on a Hydrophobic Substrate: Doping Reduction and Hysteresis Suppression under Ambient Conditions)」、ナノレターズ(NANO Letters)、(米国)、2010年、第10巻、p.1149-1153
【文献】ワタナベ,ケンジ、外2名、「ヘキサゴナル窒化ホウ素単結晶の直接バンドギャップ特性と紫外レージングの証拠(Direct-bandgap properties and evidence for ultraviolet lasing of hexagonal boron nitride single crystal)」、ネイチャーマテリアルズ(Nature Materials)、(英国)、2004年、第3巻、p.404-409
【文献】ディーン,C.R.、外10名、「高品質グラフェンエレクトロニクスのための窒化ホウ素基板(Boron nitride substrates for high quality graphene electronics)」、ネイチャー ナノテクノロジー(Nature Nanotechnology)、(英国)、2010年、第5巻、p.772-726
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の実施形態の一つは、新規構造を有する、二次元材料の積層体とその作製方法を提供することを課題の一つとする。例えば、本発明の実施形態の一つは、新規構造を有するグラフェン積層体とその作製方法を提供することを課題の一つとする。あるいは、本発明の実施形態の一つは、制御された電気的特性を有するグラフェン積層体とその作製方法を提供することを課題の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の実施形態の一つは、グラフェン積層体である。このグラフェン積層体は、絶縁表面を有する基板、基板上に位置し、基板と接する中間層、および中間層上に位置し、中間層と接するグラフェン膜を備える。中間層は、ホールキラーとして機能する不純物を含むナノグラフェンを含む。
【0008】
本発明の実施形態の一つは、グラフェン積層体の作製方法である。この作製方法は、第1の支持基板上にグラフェン膜を形成すること、グラフェン膜上に樹脂膜を形成すること、第1の支持基板を除去すること、第2の支持基板上に中間層を形成すること、グラフェン膜と中間層を接合すること、第2の支持基板を除去すること、絶縁表面を有する基板を、絶縁表面が中間層と接するように、中間層に接合すること、および樹脂膜を除去することを含む。中間層は、ホールキラーとして機能する不純物を含むナノグラフェンを含む。
【0009】
本発明の実施形態の一つは、グラフェン積層体の作製方法である。この作製方法は、第1の支持基板上に第1のグラフェン膜を形成すること、第1のグラフェン膜に紫外線を照射すること、紫外線が照射された第1のグラフェン膜に第1の樹脂層を形成すること、第1の支持基板を除去すること、紫外線が照射された第1のグラフェン膜を水酸化カリウムの水溶液で処理することによって、ホールキラーとして機能する不純物を含むナノグラフェンを含む中間層へ変換すること、中間層を絶縁表面を有する基板に接合すること、第1の樹脂層を除去すること、第2の支持基板上に第2のグラフェン膜を形成すること、前記第2のグラフェン膜上に第2の樹脂層を形成すること、第2の支持基板を除去すること、第2のグラフェン膜を中間層に接合すること、および第2の樹脂層を除去することを含む。
【発明の効果】
【0010】
本発明の実施形態の一つにより、制御された電気的特性を有するグラフェン積層体とその作製方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施形態の一つに係る、グラフェン積層体の模式的端面図。
図2】本発明の実施形態の一つに係るグラフェン積層体の作製方法を示す模式的端面図。
図3】本発明の実施形態の一つに係るグラフェン積層体の作製方法を示す模式的端面図。
図4】本発明の実施形態の一つに係る、グラフェン積層体の作製方法を示す模式的端面図。
図5】実施例1の中間層のX線光電子分光(XPS)スペクトル。
図6】実施例2の中間層のXPSスペクトル。
図7】実施例1の中間層の断面の透過型電子顕微鏡(TEM)像。
図8】実施例2の中間層の断面のTEM像。
図9】実施例1と2のグラフェン積層体、および比較例1と2の積層体のラマンスペクトル。
図10】実施例1と2のグラフェン積層体および比較例1と2の積層体のGバンドのピーク強度(IG)に対するDバンドのピーク強度(ID)の比(ID/IG)を横軸に、IGに対する2Dバンドのピーク強度(I2D)の比(I2D/IG)を縦軸とするプロット。
図11】実施例1と2のグラフェンおよび比較例1と2の積層体のGバンドの半値幅(ΓG)に対する2Dバンドの半値幅(Γ2D)のプロット。
図12】本発明の実施形態の一つに係るグラフェン積層体の電気的特性を評価するためのトランジスタの模式的上面図と端面図。
図13】実施例3、4および比較例3のトランジスタのゲート・ソース間電圧(VGS)に対する抵抗値のプロット。
図14】実施例4と比較例4のトランジスタのVGSに対する抵抗値のプロット。
図15】グラフェンをチャネル層とする電界効果トランジスタの抵抗-ゲート・ソース間電圧(VGS)特性を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本出願で開示される発明の実施形態について説明する。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲において様々な態様で実施することができ、以下に例示する実施形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。以下の実施形態によりもたらされる作用効果とは異なる作用効果であっても、本明細書の記載から明らかなもの、または、当業者において容易に予測し得るものについては、当然に本発明によりもたらされるものと理解される。
【0013】
図面は、説明をより明確にするため、実際の態様に比べ、各部の幅、厚さ、形状などについて模式的に表される場合があるが、あくまで一例であって、本発明の解釈を限定するものではない。本明細書と各図において、既出の図に関して説明したものと同様の機能を備えた要素には、同一の符号を付して、重複する説明を省略することがある。
【0014】
本明細書および特許請求の範囲において、ある構造体の上に他の構造体を配置する態様を表現するにあたり、単に「上に」と表記する場合、特に断りの無い限りは、ある構造体に接するように、直上に他の構造体を配置する場合と、ある構造体の上方に、さらに別の構造体を介して他の構造体を配置する場合との両方を含むものとする。
【0015】
本明細書では、単層グラフェンとは、sp2炭素原子が二次元のハニカム格子内に配置され、一原子層の厚さを有する物質を指す。単層グラフェンは、グラファイトの層状構造を構成する層の一つであり、単にグラフェンとも呼ばれる。ナノグラフェンとは、200nm以下のドメインを有するグラフェンの連続体または積層体である。ナノグラフェンは、好ましくは5nmから20nmのドメインをもったグラフェンの連続体または積層体である。ナノグラフェンの厚みは合成条件によって異なるが、0.3nm以上300nm以下の厚みを取りうる。グラフェン膜とは、単層グラフェンを1層、2層、または3層積層したものを指す。
【0016】
1.グラフェン積層体の構造
図1(A)と図1(B)に本発明の実施形態の一つに係るグラフェン積層体100の模式的端面図を示す。図1(A)に示すように、グラフェン積層体100は、基板102、中間層104、およびグラフェン膜106を含む。
【0017】
1-1.基板
基板102は絶縁表面を有し、絶縁表面上に中間層104が設けられる。基板102は、ガラス、石英、サファイア、アルミナなどの無機絶縁体を含んでもよく、あるいはポリイミドやポリカルボナート、ポリエチレンテレフタラートに例示されるポリエステルなどの高分子を含んでもよい。基板102が無機絶縁物または高分子を含む場合、基板102の表面が絶縁表面として機能する。
【0018】
あるいは、基板102は半導体または金属(0価の金属)を含む基材108と基材108上に位置する絶縁層110を含んでもよい(図1(B))。この場合、絶縁層110の表面が基板102の絶縁表面として機能し、その上に中間層104が設けられる。基材108に含まれる半導体としては、シリコンやゲルマニウムなどの14族元素のみならず、ガリウムヒ素やガリウムリン、インジウムリン、シリコンカーバイドなどの化合物半導体でもよい。典型的な半導体としては、単結晶シリコンが挙げられる。基材108に含まれる金属としては、銅やアルミニウム、鉄、モリブデン、チタン、タンタル、あるいはステンレスなどの合金が例示される。
【0019】
絶縁層110は、酸化ケイ素や窒化ケイ素などのケイ素含有無機化合物、窒化チタンなどの絶縁性金属窒化物、酸化ハフニウムやイットリウム酸化物などの高誘電体無機酸化物または無機窒化酸化物でもよい。絶縁層110は、CVD法やスパッタリング法を適用して形成してもよく、あるいは基材108表面の酸化、または酸素イオンを基材108に注入することで形成してもよい。例えば、基材108として単結晶シリコンを用い、酸素ガスの存在下、表面を熱酸化させて絶縁層110を形成してもよい。
【0020】
1-2.中間層
中間層104は、基板102の絶縁表面に接するように設けられる。中間層104はナノグラフェンを含み、さらに、ナノグラフェン中に注入されるホールに対してホールキラーとして働く不純物を含む。中間層104は、グラフェン膜106よりも低い導電性を有する。中間層104の例として、以下の二つを挙げることができる。
【0021】
(1)ダメージレスナノグラフェンを含む中間層
中間層104の一例は、不純物として窒素やリンなどの15族元素、好ましくは窒素を含むナノグラフェンである。中間層104中の15族元素の含有量は、例えば0.01質量%以上5.0質量%以下である。この中間層104では、グラフェンの層構造が比較的明確であり、実施例で示すように、断面のTEM像では、ドメインサイズに相当する各グラフェンの積層構造を明瞭に観察することができる。このため、後述するダメージナノグラフェンを含む中間層104と区別するため、便宜上、この中間層104を「ダメージレスナノグラフェンを含む中間層」とも呼ぶ。中間層104に含まれるナノグラフェンのドメインサイズは、300nm以下であり、例えば5nmから20nmである。中間層104の厚さは、例えば0.3nm以上300nm以下、1nm以上50nm以下、3nm以上10nm以下、または3nm以上7.5nm以下である。不純物として窒素が含まれる場合、中間層104のXPSスペクトルは、窒素の1s軌道に由来するピークを398eVあたりに示す。後述するように、中間層104の作製方法の一つがプラズマ存在下におけるCVD(プラズマCVD、PCVD)法であり、この場合、チャンバー内の残留ガスに含まれる窒素ガス、あるいはチャンバーに導入される窒素ガスを利用して窒素を中間層104に導入することができる。
【0022】
(2)ダメージナノグラフェンを含む中間層
中間層104の他の例は、ダメージナノグラフェンを含む中間層である。この中間層104は、不純物としてナトリウムやカリウム、リチウムなどの1族金属元素を含み、典型的な不純物はカリウムである。これらの不純物は、イオンとして中間層104に存在する。中間層104中の1族金属元素の含有量は、例えば0.01質量%以上5質量%以下である。後述するように、このタイプの中間層104は、グラフェン膜に紫外線を照射してダメージを与え、その後水酸化カリウムなどの不純物を含む化合物の溶液または懸濁液で処理することで得ることができる。このため、XPSスペクトルでは、不純物に起因するピークが観測される。例えば不純物としてカリウムが含まれる場合、カリウムに起因するピークが291eVと294eV付近に観測される。また、紫外線照射によって、炭素同士の結合が切断され、構造にダメージが与えられるため、グラフェン膜はドメインサイズが低下し、一部が積層する。換言すると、不純物ドーピングと紫外線照射により、グラフェン膜は、ドメインサイズが減少したグラフェンが積層された構造、すなわち、ナノグラフェンへ転移する。したがって、ダメージレスナノグラフェンを含む中間層104と同様、ダメージナノグラフェンを含む中間層104の厚さも、例えば0.3nm以上300nm以下、1nm以上50nm以下、3nm以上10nm以下、または3nm以上7.5nm以下である。しかしながら、その積層構造は、ダメージレスナノグラフェンを含む中間層104と比較すると明確ではない。例えば、断面のTEM像では、グラフェンの積層構造が確認されるものの、その構造の規則性は、ダメージレスナノグラフェンを含む中間層104と比較すると低い。
【0023】
1-3.グラフェン
グラフェン膜106は、中間層104と接するように設けられる。グラフェン膜は、上述したように、単層グラフェンが1層、2層、または3層積層した構造を有し、単層グラフェンの厚さは0.34nm程度であることから、グラフェン膜106の厚さは0.3nm以上1nm以下である。
【0024】
2.グラフェン積層体の特性
2-1.ラマンスペクトル
グラフェン膜106が単層グラフェンである場合、グラフェン積層体100には、ナノグラフェンを含む中間層104と単層グラフェンを含むグラフェン膜106が存在する。このため、グラフェン積層体100の共鳴ラマンスペクトルでは、グラフェンに由来するバンドであるGバンドと2Dバンド、および欠陥に起因するDバンドがそれぞれ1585cm-1、2700cm-1、1350cm-1付近に観測される。
【0025】
しかしながら、これらのラマンバンドの強度比や半値幅は、単層グラフェンとナノグラフェンの存在比に単純に依存せず、特徴的な値を取る。具体的には、単層グラフェンとナノグラフェンのGバンドのピーク強度(IG)に対する2Dバンドのピーク強度(I2D)の比(I2D/IG)は、それぞれ約2.65、0.25である。これに対し、グラフェン積層体100のI2D/IGは、0.30以上2.51以下または0.60以上2.50以下の範囲で分布する。単層グラフェンとナノグラフェンのIGに対するDバンドのピーク強度(ID)の比(ID/IG)は、それぞれ約0.20、2.25である。これに対し、グラフェン積層体100のID/IGは、0.16以上2.10以下または0.16以上1.5以下の範囲で分布する。
【0026】
同様に、単層グラフェンとナノグラフェンのGバンドの半値幅(ΓG)は、それぞれ約20.0cm-1、46.0cm-1である。これに対し、グラフェン積層体100のΓGは、24.4cm-1以上60.1cm-1以下の範囲で分布し、ナノグラフェンよりも大きなΓGを示す。単層グラフェンとナノグラフェンの2Dバンドの半値幅(Γ2D)は、それぞれ約35.0cm-1、150.0cm-1であるのに対し、グラフェン積層体100のΓ2Dは20.6cm-1以上155.0cm-1以下または35.0cm-1以上90.0cm-1以下の範囲で分布する。
【0027】
このようなスペクトル特性の分布を利用することで、ナノグラフェンを含むグラフェン積層体100をナノグラフェンまたは単層グラフェンから区別することができる。
【0028】
2-2.電気的特性
グラフェンを含む膜の電子デバイスへの応用においては、グラフェンを絶縁表面を有する基板上に形成する場合がある。この場合、グラフェンを含む膜が基板上に含まれる荷電不純物の影響を受けることがある。特にグラフェンは実質的に一原子層の厚みを有する物質であるため、荷電不純物の影響を大きく受け易い。例えば典型的な基板の一つであるガラス基板や石英基板を用いる場合、基板に含まれる荷電不純物の影響を受けてホール密度が増大する。その結果、ディラック点が正方向にシフトする、すなわち、グラフェンのキャリア伝導がp型となってしまう。このようなキャリア伝導性の変化は、移動度の低下など、グラフェンを含む膜の電気特性を大きく変化させ、デバイスの特性制御を困難にする。
【0029】
例えば、酸化ケイ素などの絶縁基板上に形成した、グラフェンをチャネルとした電界効果トランジスタの抵抗-ゲート・ソース間電圧(VGS)特性は、図15の実線に示すように、抵抗が最大となる電圧(ディラック点)が正側に位置し、抵抗の最大が0Vであるグラフェン本来の特性(図15の点線参照)が得られないことが知られている。これは、基板からホールがグラフェンに注入されることで説明されている。高温高圧合成された六方晶窒化ホウ素(h-BN)を用いることで、この現象を解決することが報告されているが、高温高圧合成h-BNは数百マイクロメートル程度のフレークであるため、産業応用の観点から基板材料として適さない。CVD法によるh-BN薄膜合成も研究開発されているが、理想的なデバイス特性の実現には至っておらず、グラフェンデバイスの実現には高品質で大面積なh-BN合成の実現を待つしかないのが現状である。
【0030】
しかしながら、実施例で示すように、発明者らは、ホールの注入を補償する層として機能する中間層104を基板102とグラフェン膜106の間に形成することで、グラフェン本来の特性を引き出すことができることを見出した。具体的には、中間層104を介してグラフェン膜106を基板102上に設けることで、中間層104は荷電不純物の影響を遮断することができ、グラフェン膜106のキャリア伝導シフトを効果的に防止することができる。すなわち、p型化が防止され、低いキャリア密度を有し、外部電界が実質的に存在しない状態でディラック点を示す両極性伝導のグラフェン膜106を基板102上に作製することが可能となる。さらに、電子デバイスのチャネル層を形成するグラフェン膜106から基板102までの距離を中間層104によって増大させることができるため、基板102表面の荷電不純物によるクーロン散乱の影響も低減することができる。
【0031】
このような効果に起因し、グラフェン積層体100におけるグラフェン膜106の真正キャリア密度は、例えば、1.0×1010cm-2以上1.0×1012cm-2以下、1.0×1010cm-2以上5.0×1011cm-2以下、または8.6×1010cm-2以上1.7×1011以下である。グラフェン積層体100におけるグラフェン膜106のディラック点は、グラフェン膜106をチャネル層とするトランジスタのVGSが-2.0V以上2V以下、-1.5V以上1.0V以下、または-1.5V以上0.0V以下の時に観測される。ディラック点が現れるVGSは負でもよい。なお、上述した電気的特性は、単層グラフェンを含むグラフェン膜106をチャネル層として備えるトランジスタを作製し、室温、1.0×10-2Pa以上1.0×10-1Pa以下の圧力の条件でソース-ドレイン間の抵抗値のVGS依存性を測定して得ることができる。測定方法は任意であり、四端子測定法、三端子測定法、あるいは二端子測定法でもよい。
【0032】
後述するように、中間層104は一般的なPCVD法を適用して比較的温和な条件下(例えば、400℃から600℃)で形成することができるため、大面積の基板102上にも形成することができる。さらに、基板102の表面改質も不要であることから、本発明の実施形態を適用することで、低コストでグラフェン積層体100を提供することが可能となる。
【0033】
3.グラフェン積層体の作製方法
以下、グラフェン積層体100の作製方法について説明する。以下に述べる作製方法は転写法を利用した一つの例であり、他の方法を適用してグラフェン積層体100を形成してもよい。
【0034】
3-1.ダメージレスナノグラフェンを含むグラフェン積層体
図2にダメージレスナノグラフェンを含む中間層104を備えるグラフェン積層体100の作製方法を示す。
【0035】
最初に、グラフェン膜106を形成する(工程S01)。グラフェン膜106は、チャンバー内に支持基板(以下、第1の支持基板)120を配置し、熱CVD法を適用して第1の支持基板120上にグラフェンを成長させることで形成される。グラフェンを成長させる温度は、例えば600℃以上1200℃以下であり、この条件によって一原子層を有するグラフェン膜106が得られる。熱CVD法における反応ガスとしては、メタンやエタン、アセチレン、エタノール、ベンゼンなどの原料ガスと水素などの還元性ガスが用いられる。
【0036】
第1の支持基板120は、少なくとも表面にグラフェンを成長させるための触媒能を備える金属を有する。したがって、第1の支持基板120は、触媒能を備える金や銀、銅、ニッケル、モリブデン、クロム、イリジウム、白金などの金属、またはステンレスやニッケルクロムなどの合金を含む金属板、金属箔でもよい。あるいは、上記金属または合金を含む金属層が形成された絶縁基板または半導体基板でもよい。絶縁基板としては、ガラス基板や石英基板、サファイア基板などが例示され、半導体基板としては、単結晶シリコン基板が例示される。典型的には、ガラス基板、石英基板、サファイア基板、またはシリコン基板、およびその上に設けられる銅の薄膜、銅箔、または銅板が第1の支持基板120として設けられる。
【0037】
第1の支持基板120とは異なる支持基板(以下、第2の支持基板)124上には中間層104が形成される(工程S02)。第2の支持基板124としては、第1の支持基板120と同様の基板を用いればよい。中間層104は、例えば400℃以上600℃以下の温度でPCVD法を適用して形成すればよい。この時、マイクロ波を照射してもよい。反応ガスは、工程S01で用いることが可能なガスを使用すればよい。PCVD法による中間層104の形成時、チャンバー内または反応ガスに含まれる微量の窒素が中間層104に取り込まれることで、不純物として窒素を含む中間層104を形成することができる。なお、反応ガスまたはチャンバーに微量の窒素やリンを不純物源として別途導入してもよい。
【0038】
引き続き、グラフェン膜106と中間層104の転写を行う。具体的には、グラフェン膜106上に樹脂層122を形成する(工程S03)。樹脂層122としては、例えばポリメタクリル酸メチルなどのアクリル樹脂、ポリ(メチルグルタルイミド)などの脂肪族ポリイミド、エポキシ樹脂、ポリビニルアルコールなどの水溶性高分子などが例示されるが、これらに限られない。後述する有機溶媒または水に可溶性を示し、グラフェン膜106から除去可能な材料を樹脂層122として使用することができる。樹脂層122の形成法として、例えばスピンコート法、インクジェット法、ディップコーティング法、印刷法などが例示される。
【0039】
次に、第1の支持基板120を除去する(工程S04)。具体的には、触媒として機能する金属を溶解するエッチャントを用いることで第1の支持基板120が除去される。エッチャントとしては、例えば塩化第二鉄の水溶液、過硫酸アンモニウムの水溶液、硝酸などの無機酸、あるいはメタンスルホン酸などの有機酸の水溶液などが用いられる。
【0040】
この後、第2の支持基板124上の中間層104とグラフェン膜106を接合する(工程S05)。具体的には、中間層104とグラフェン膜106を挟むように樹脂層122と第2の支持基板124を対向させ、密着させることで接合が行われる。接合後、第1の支持基板120の除去(工程S04)と同様に第2の支持基板124を除去する(工程S06)。これにより、樹脂層122上にグラフェン膜106と中間層104がこの順に積層した構造が得られる。
【0041】
引き続き、基板102を中間層104に接合させる(工程S07)。具体的は、中間層104とグラフェン膜106を挟むように樹脂層122と基板102を対向させ、密着させることで接合が行われる。
【0042】
最後に、樹脂層122を除去する(工程S08)。具体的には、樹脂層122を溶解する溶媒中で浸漬することで樹脂層122が除去される。溶媒としては、水に加え、アセトンやメチルエチルケトンなどのケトン類、トルエンやキシレンなどの芳香族系溶媒、塩化メチレンやクロロホルムなどのハロゲン系溶媒、テトラヒドロフランやジオキサンなどのエーテル系溶媒でもよい。なお、任意の工程として、溶媒による樹脂層122の除去の後、微量に残存する樹脂層122を熱処理によって除去してもよい。例えば、アルゴンや窒素などの不活性ガスと水素ガスとの混合ガス、または真空雰囲気下において、300℃以上500℃以下の温度で熱処理を行って残存する樹脂層122を除去する。
【0043】
以上の工程により、グラフェン積層体100を作製することができる。この方法では、中間層104とグラフェン膜106はいずれもCVD法で形成することができ、また、基板102に対する化学的表面修飾も不要である。このため、大型の基板102を用いて低コストでグラフェン積層体100を提供することが可能である。
【0044】
3-2.ダメージナノグラフェンを含むグラフェン積層体
ダメージナノグラフェンを含む中間層104を備えるグラフェン積層体100の作製方法を図3図4に示す。
【0045】
まず、中間層104の前駆体となるグラフェン膜(以下、前駆体)126を第1の支持基板120上に形成する(工程S10)。第1の支持基板120としては、工程S01における第1の支持基板120と同様の基板を用いることができる。前駆体126の形成は、工程S01で述べたグラフェン成長と同様に行えばよい。引き続き、前駆体126に対して紫外線を照射する(工程S11)。照射する紫外線の波長は、例えば100nm以上400nm以下、280nm以上400nm以下、または315nm以上400nm以下であり、高圧水銀ランプ、超高圧水銀ランプ、あるいは重水素ランプなどを光源として利用すればよい。この工程により、前駆体126はダメージを受け、少なくとも一部が炭素欠損を起こし、ダメージグラフェンを含む前駆体126が形成される。この前駆体126上に樹脂層122を形成し(工程S12)、第1の支持基板120を除去する(工程S13)。樹脂層122の形成と第1の支持基板120の除去は、それぞれ工程S03と工程S04と同様に行えばよい。
【0046】
その後、不純物を添加(ドーピング)する(工程S14)。具体的には、樹脂層122とその上に設けられるダメージグラフェンを含む前駆体126の積層体を不純物を含む溶液または懸濁液に浸漬する。不純物を含む溶液としては、例えば水酸化カリウムの水溶液、水酸化ナトリウムの水溶液、または水酸化リチウムの水溶液などが挙げられる。不純物を含む化合物としては、上述した1族金属水酸化物に限られず、例えば1族金属の炭酸塩や炭酸水素塩などでもよい。この工程により、1族金属のイオンが前駆体126にドープされ、前駆体126が中間層104へ変換される。
【0047】
その後、前駆体126を基板102上に転写する。すなわち、工程S07と同様に中間層104を基板102と接合させ(工程S15)、その後工程S07と同様に樹脂層122を除去する(工程S16)。これらの工程により、基板102上に中間層104が形成される。
【0048】
一方、グラフェン膜106が第1の支持基板120とは異なる第2の支持基板124上に設けられる(工程S17)。その後、グラフェン膜106上に樹脂層122上を形成し、第2の支持基板124を除去する(工程S18、S19)。これらの工程は上述した工程S01、S03、S04と同様であるため、説明を省略する。
【0049】
次に、中間層104とグラフェン膜106が接合される(図4、工程S20)。具体的には、中間層104とグラフェン膜106が挟まれるように樹脂層122と基板102を対向させ、密着させることで接合が行われる。最後に工程S08と同様に樹脂層122を除去することで、グラフェン積層体100を得ることができる(工程S21)。
【0050】
この方法においても、中間層104とグラフェン膜106はいずれもCVD法で形成することができ、また、基板102に対する化学的表面修飾も不要である。このため、大型の基板102を用いて低コストでグラフェン積層体100を提供することが可能である。
【実施例
【0051】
1.グラフェン積層体の作製
1-1.実施例1:ダメージレスナノグラフェンを中間層に含むグラフェン積層体の作製
グラフェン積層体100の作製は、上述した工程S01からS08により行った。具体的には、銅箔上に形成されたグラフェン膜106を有する基板(Graphenea社製)を用い、グラフェン膜106上に2重量%のポリメタクリル酸メチルのアニソール溶液を塗布することで、樹脂層122を形成した。さらに、得られた積層体を過硫酸アンモニウム水溶液(0.5mol/L)で210分間処理して第1の支持基板120を溶解し、樹脂層122とグラフェン膜106の積層体を得た。
【0052】
一方、中間層104の形成は、第2の支持基板124として純度99.9%のタフピッチ銅箔(10cm×10cm)を用い、反応ガスとしてメタンと水素(流量はそれぞれ3.27sccm、3.27sccm)をチャンバーに導入し、圧力5Pa、温度600℃の条件下、4kWのマイクロ波を照射しながら第2の支持基板124を3秒処理することで行った。
【0053】
次に、ポリメタクリル酸メチルを含む樹脂層122とグラフェン膜106の積層体を第2の支持基板124上に形成された中間層104と接合させ、引き続き、過硫酸アンモニウム水溶液(0.5mol/L)で210分間処理することによって第2の支持基板124を除去した。さらに、基板102として熱酸化膜が表面に形成されたp型シリコン基板(1.6cm×1.6cm、厚さ0.5mm)を用い、基板102をグラフェン膜106に接合した。この後、トルエンとアセトンを用いて樹脂層122を除去することで、グラフェン積層体100を得た。
【0054】
1-2.実施例2:ダメージナノグラフェンを含む中間層に含むグラフェン積層体の作製
グラフェン積層体100の作製は、上述した工程S10からS21により行った。実施例1と同様に、銅箔上に熱CVD法により形成されたグラフェン膜を有する基板(Graphenea社製)を用いた。ここで、グラフェン膜は前駆体126に相当する。前駆体126に対し、6Wの高圧水銀ランプを5つ搭載したUVクリーナー(フィルジェン社製、型番UV253V12)を用いて紫外線を室温で120秒照射し、ダメージナノグラフェンを含む前駆体126を得た。
【0055】
その後、前駆体126上に2重量%のポリメタクリル酸メチルのアニソール溶液を塗布することで、樹脂層122を形成した。さらに、得られた積層体を塩化第二鉄(10mol/L)で60分間処理して第1の支持基板120を溶解し、樹脂層122と前駆体126の積層体を得た。次に、樹脂層122と前駆体126の積層体を0.5mol/Lの水酸化カリウム水溶液を用いて室温で30分処理することで、カリウムイオンのドーピングを行った。処理後、積層体を純水で洗浄し、乾燥した。この工程により、前駆体126は中間層104に変換される。
【0056】
引き続き、基板102として熱酸化膜が表面に形成されたp型シリコン(1.6cm×1.6cm、厚さ0.5mm)を中間層104に接合し、さらにアセトンを用いて樹脂層122を除去することで中間層104を基板102上に転写した。
【0057】
引き続き、上述した方法と同様の手法によってポリメタクリル酸メチルを含む樹脂層122とグラフェン膜106の積層を形成し、このグラフェン膜106を中間層104と接合した。その後、樹脂層122をアセトンを用いて除去することでグラフェン積層体100を得た。
【0058】
2.評価
2-1.不純物の同定
図5に第2の支持基板124上に形成されたダメージレスナノグラフェンを含む中間層104のXPSスペクトルを示す。XPSスペクトルは、PHI社製X線光電子分光装置用い、AlKα線の光源を用いて取得した。測定範囲は400μmであった(以下、同じ)。図5に示すように、ダメージレスナノグラフェンを含む中間層104は397.9eVに窒素の1s軌道に相当するピークを与えることが分かる。この結果は、ダメージレスナノグラフェンを含む中間層104に不純物として窒素が含まれていることを示している。窒素は、チャンバー内に残留した窒素ガスに起因するものと考えられる。
【0059】
ダメージナノグラフェンを含む中間層104に関して、酸化シリコン上に形成したカリウム添加ダメージナノグラフェンのXPS測定結果を図6に示す。図6に示されるように、中間層104は294eVと297eVあたりにカリウムに由来するピークを与えることが分かる(図中の矢印参照)。この結果は、ダメージナノグラフェンを含む中間層104には、不純物としてカリウムが含まれていることを明確に示している。
【0060】
2-2.断面構造
図7に第2の支持基板124上に形成された、実施例1の中間層104の断面のTEM像を示す。TEM像はJEOL社製透過型電子顕微鏡を用いて取得した(以下、同じ)。このTEM像から、中間層104が複数のグラフェンの層によって構成されたナノグラフェンを含むことが理解される。また、この積層構造は明確であり、約2nmから10nm程度のドメインサイズに亘って比較的規則正しくグラフェンの層が積層している。この断面TEM像から、実施例1の中間層104の厚さが約5nmであることが確認された。
【0061】
図8に基板102上に形成された、実施例2の中間層104の断面のTEM像を示す。このTEM像から、実施例2の中間層104が単層から三層の積層構造を有するグラフェンの層によって構成されることが理解される。また、実施例1の中間層104と比較し、ダメージナノグラフェンを含む中間層104の積層構造は明確ではなく、ドメインサイズも約1nmから5nmに留まることが理解される。この断面TEM像から、中間層104の厚さが約1nmであることが確認された。
【0062】
2-3.ラマンスペクトル
図9に実施例1と2で得られたグラフェン積層体100のラマンスペクトルを示す。ラマンスペクトルの測定は励起レーザー波長532nm、スポット径1μmで行った。比較として、熱酸化膜が表面に形成されたp型シリコン基板上に直接ナノグラフェンが形成された積層体(比較例1)、および熱酸化膜が表面に形成されたp型シリコン基板上に直接単層グラフェン膜が形成された積層体(比較例2)のラマンスペクトルを示す。これらのスペクトルから理解されるように、本発明の実施形態に係るグラフェン積層体100である実施例1と実施例2は、ナノグラフェンとグラフェン膜に由来するDバンド、Gバンド、および2Dバンドがそれぞれ1350cm-1、1585cm-1、2700cm-1付近に観測される。
【0063】
実施例のグラフェン積層体100と比較例の積層体について、複数個所でラマンスペクトルを測定した。得られたラマンスペクトルから算出されるGバンドのピーク強度(IG)に対するDバンドのピーク強度(ID)の比(ID/IG)を横軸に、IGに対する2Dバンドのピーク強度(I2D)の比(I2D/IG)を縦軸とするプロット図を図10に示す。図10に示すように、比較例1と2の積層体は、それぞれほぼ一点にプロットを与える。これに対し、実施例のグラフェン積層体100では、このプロットは比較例1と2のプロットを対角とする四角形の領域に分布する。しかしながら、実施例のプロットは比較例1と2のプロットを通る直線からは逸脱する。実施例のグラフェン積層体100では、比(ID/IG)は0.16以上1.5以下の範囲に分布し、一方、比(I2D/IG)は0.60以上2.50以下の範囲に分布することが分かった。
【0064】
図11に、実施例のグラフェン積層体100と比較例の積層体について、Gバンドの半値幅(ΓG)に対する2Dバンドの半値幅(Γ2D)のプロットを示す。図11に示すように、比較例1と2の積層体は、それぞれ一点にプロットを与える。これに対し、実施例のグラフェン積層体100では、このプロットは比較例1と2を対角とする四角形の領域とその外側にも分布する。また、実施例のプロットは比較例1と2のプロットを通る直線上から大きく逸脱する。実施例のグラフェン積層体100では、ΓGは、24.4cm-1以上60.1cm-1以下の範囲に分布し、Γ2Dは35.0cm-1以上90.0cm-1以下の範囲に分布することが分かった。
【0065】
2-4.電気的特性
実施例1と2のグラフェン積層体100の電気的特性を評価するため、グラフェン膜106をチャネル層として有するボトムゲート型のトランジスタ130を作製した。作製したトランジスタ130の模式的上面図を図12(A)に、図12(A)の鎖線A-A´とB-B´に沿った端面の模式図を図12(B)と図12(C)にそれぞれ示す。トランジスタ130は、以下の手順により作製した。すなわち、ゲート電極132として機能するp型シリコン半導体上にグラフェン積層体100を接合した後、グラフェン積層体100上にレジストを形成し、酸素プラズマを用いてグラフェン膜106と中間層104をエッチング加工した。この後、ソース電極134、ドレイン電極136、および測定用端子138をEB蒸着法を用いて形成した。ソース電極134、ドレイン電極136、および測定用端子138は、ニッケル(10nm)と金(90nm)の積層であった。トランジスタ130におけるチャネル長とチャネル幅はそれぞれ50μm、40μmであった。以下、実施例1と2のグラフェン積層体100を含むトランジスタ130をそれぞれ実施例3、4と呼ぶ。
【0066】
比較の対象として、比較例3と4のトランジスタを作製した。比較例3のトランジスタは中間層104を備えず、基板102上に直接形成されたグラフェン膜をチャネル層として含む。一方、比較例4のトランジスタは、基板102上に直接形成されたグラフェン膜に対してカリウムのドープを行ったものの光照射を行わずに作製された層を中間層として含み、その上にグラフェンが積層されている。
【0067】
実施例3、4、および比較例3のトランジスタについて、室温、圧力1×10-2Paのオーダーにおいて4端子測定を行い、電気抵抗のVGS電圧依存性を評価した。結果を図13に示す。図13に示すように、比較例3では、ディラック点は正のVGS(約9V)において観測され、このことから、グラフェンがp型化していることが分かる。また、プロット曲線からグラフェン膜が両極性伝導を示すことが確認された。グラフェン膜のp型化は、基板102に含まれる荷電不純物による影響のためと考えられる。比較例3の真性キャリア密度は1.9×1012cm-2と見積もられた。
【0068】
これに対し、実施例3のトランジスタ130では、ディラック点は0.4VのVGSで現れた。また、グラフェン膜106が両極性伝導を示すことが確認された。同様に、実施例4のトランジスタ130では、ディラック点は-0.8VのVGSで現れ、この場合においてもグラフェン膜106が両極性伝導を示すことが確認された。比較例3と異なって0V付近においてVGSでディラック点が現れたことは、基板102に含まれる荷電不純物の影響を中間層104が効果的に抑制していることを示唆する。なお、実施例3と4のグラフェン膜106の真性キャリア密度は、それぞれ8.6×1010cm-2、1.7×1011と見積もられ、比較例3のそれと比較すると約1桁から2桁小さい。
【0069】
実施例4のトランジスタ130、および比較例4のトランジスタの測定結果を図14に合わせて示す。図14から理解されるように、比較例4のトランジスタと比較し、紫外線照射することで形成された中間層104を有する実施例4のトランジスタ130は、ピーク位置が正側に位置しており、VGSがほぼ0Vの時にディラック点が現れることが確認された。このことから、紫外線照射することにより中間層104に欠陥が発生し、この欠陥によって荷電不純物の影響がより効果的に抑制されることが示唆される。
【0070】
以上述べたように、グラフェン膜106と基板102の間にホールキラーとして働く不純物を含むナノグラフェンを有する中間層104を設けることで、荷電不純物による影響を効果的に抑制することができ、電気的特性が制御されたグラフェン膜106を与えることができる。また、中間層104はCVD法を適用することで形成できることから、大型の基板102上にも容易に電気的特性が制御されたグラフェン膜106を形成することができる。このことは、本発明の実施形態がグラフェン膜106の電子デバイスへの応用に対して大きく寄与することを示唆する。
【符号の説明】
【0071】
100:グラフェン積層体、102:基板、104:中間層、106:グラフェン膜、108:基材、110:絶縁層、120:第1の支持基板、122:樹脂層、124:第2の支持基板、126:前駆体、130:トランジスタ、132:ゲート電極、134:ソース電極、136:ドレイン電極、138:測定用端子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15