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特許7559885リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20240925BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20240925BHJP
【FI】
H01M4/525
C01G53/00 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023117560
(22)【出願日】2023-07-19
(62)【分割の表示】P 2023510958の分割
【原出願日】2022-03-17
(65)【公開番号】P2023145560
(43)【公開日】2023-10-11
【審査請求日】2023-07-24
(31)【優先権主張番号】P 2021056510
(32)【優先日】2021-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(72)【発明者】
【氏名】中林 崇
(72)【発明者】
【氏名】所 久人
(72)【発明者】
【氏名】高野 秀一
【審査官】鈴木 雅雄
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/082240(WO,A1)
【文献】国際公開第2004/020128(WO,A1)
【文献】中国実用新案第203800120(CN,U)
【文献】国際公開第2020/066262(WO,A1)
【文献】特開2006-107760(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/525
C01G 53/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒径が5μm~30μmであり、少なくとも一部が既に酸化して酸素含有量が300ppm以上である金属ニッケル粉末と、
リチウムを含む化合物と、
平均粒径が前記金属ニッケル粉末の平均粒径以下であり、前記リチウム及びニッケル以外の金属元素Mを含む化合物と、を混合し混合粉とする混合工程と、
前記混合粉を焼成し、Li以外の全金属元素当たりにおけるNiの割合が60原子%以上である層状構造のリチウムイオン二次電池用正極活物質を得る焼成工程と、
前記混合工程と焼成工程との間には、前記混合粉を大気雰囲気中に暴露する工程と、
を有することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項2】
前記金属ニッケル粉末は、アトマイズ法あるいはカルボニル法によって得たものであることを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項3】
前記金属ニッケル粉末のFe含有量が100ppm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項4】
前記金属ニッケル粉末の酸素含有量が3000ppm以上であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項5】
前記リチウムを含む化合物が炭酸リチウムであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池はエレクトロニクス、自動車、インフラなど様々な分野で広く用いられている。中でも自動車においては電気自動車(EV)の動力源としてリチウムイオン電池が用いられており、重要な基幹部品となっている。航続距離を伸長する観点から、リチウムイオン電池のエネルギー密度は年々向上しており、電池に用いられる正極活物質は高容量な三元層状材が用いられている。前記三元層状材はNi、Co、Mn、またはAlといった金属元素とLiとの複合酸化物(以後、リチウム金属複合酸化物)であり、金属元素におけるNiの原子比が高いほど高容量となる。そのため、EV向け電池用の正極活物質として、高Ni材料が期待されている。さらに、持続的な地球環境の維持、コストや省資源対策の観点から、埋蔵量が少なく高価なCoを削減した材料が期待されており、その代替にNi比を向上させる動きから、今後、高Ni化はますます促進される。
【0003】
特許文献1には、金属の水酸化物を前駆体として正極活物質を製造する方法が記載されている。金属水酸化物にLi源を反応させて正極活物質を製造するプロセスは広く採用されている。
また、特許文献2には、ニッケル源を溶融し、アトマイズ法により得たニッケル粒子を硫酸水溶液に溶解して、硫酸ニッケルを得た後に、晶析法により、Niを含有する水酸化物を得て、この水酸化物を用いて共沈法により二次電池用正極活物質を得る製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-002120号公報
【文献】国際公開第2020/066262号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1及び特許文献2にあるように、正極活物質は共沈反応によって、合成した遷移金属の水酸化物粒子にLi源を反応させて製造される。前記共沈反応では硫酸ニッケルなどの水溶液が原料として用いられるが、これらは不純物を回避するため高純度に精製したニッケル地金を酸溶解することにより生成される。硫酸ニッケルは、鉱山から採掘されたニッケル鉱石からニッケルを精製して酸溶解などの加工を経るため、加工費が高いと言う問題があった。また、硫酸ニッケルは六水和物であるため、Niの質量%は約20~25%で嵩比重が小さく、これを補うには正極材の製造工程において取り扱う体積が大きくなってしまう。同時に輸送コストも嵩む。このようなことから輸送や製造に必要なエネルギーが多くなるし、製造工程が煩雑で長くなる。その結果、排出される温室効果ガス(GHG)も嵩んでしまうと言う問題があった。
【0006】
そこで本発明は、不純物を回避するため高純度に精製したニッケル地金を用いつつ、輸送や正極材の製造工程で取り扱う体積を小さくできて、輸送や製造に使用するエネルギーを低減し、製造工程の煩雑さを解消する。その結果、GHGの排出量を抑えたリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は、平均粒径が5μm~30μmであり、少なくとも一部が既に酸化して酸素含有量が300ppm以上である金属ニッケル粉末と、リチウムを含む化合物と、平均粒径が前記金属ニッケル粉末の平均粒径以下であり、前記リチウム及びニッケル以外の金属元素Mを含む化合物と、を混合し混合粉とする混合工程と、前記混合粉を焼成し、Li以外の全金属元素当たりにおけるNiの割合が60原子%以上である層状構造のリチウムイオン二次電池用正極活物質を得る焼成工程と、前記混合工程と焼成工程との間には、前記混合粉を大気雰囲気中に暴露する工程と、を有することを特徴とする。
【0008】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は、前記金属ニッケル粉末は、アトマイズ法あるいはカルボニル法によって得たものであることを特徴とする。
【0010】
さらに、前記金属ニッケル粉末のFe含有量が100ppm以下であることが好ましい。
【0011】
また、前記金属ニッケル粉末の酸素含有量が3000ppm以上であることが好ましい。
【0012】
また、前記リチウムを含む化合物が炭酸リチウムであることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、金属ニッケル粉末を用いて製造することで、輸送や製造に使用するエネルギーを低減し、製造工程の煩雑さを解消できる。その結果、GHGの排出量を抑えたリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法の一例を示すフローチャートである。
図2】水アトマイズ法による金属ニッケル粉末の製造の一例を示す模式図である。
図3】本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法の他の例を示すフローチャートである。
図4】本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法の他の例を示すフローチャートである。
図5】実施例2の正極活物質の走査型電子顕微鏡(SEM)像である。
図6】実施例3の正極活物質のSEM像である。
図7】実施例4の正極活物質のSEM像である。
図8】実施例2のX線回折(XRD)パターンである。
図9】実施例3のXRDパターンである。
図10】実施例4のXRDパターンである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法>
以下、本実施形態によるリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法(以下、正極活物質の製造方法と言う。)を説明する。
【0016】
[金属ニッケル粉末の製造方法]
正極活物質の製造方法を説明する前に、金属ニッケル粉末の製造方法を例示する。本実施形態では、例えばアトマイズ法、カルボニル法により製造された金属ニッケル粉末を用いることが出来る。アトマイズ法やカルボニル法によると不純物元素量が少ない金属ニッケル粉末を得ることができるので好ましい。電池の短絡を回避する目的から電池部材には高純度の原材料が用いられる。特に鉄(Fe)は短絡の原因となりやすい不純物元素であるため、金属ニッケル粉末のFeの含有量は100ppm以下であることが好ましい。より好ましくは30ppm以下、さらに好ましくは10ppm以下である。また、高純度なニッケル源としては品位ClassIの高純度なブリケットやカソードが適する。本実施形態では、これらブリケットやカソードを酸溶解することなく、不純物が少ない高純度な金属ニッケル粉末を得るものである。
【0017】
図2は水アトマイズ法による金属ニッケル粉末の製造模式図である。本実施形態では水アトマイズ法に限定されるものではないが製造方法の一例として示している。ここではニッケルブリケットやカソードを溶解炉1により溶解して溶融ニッケル2を得る第一工程と、溶融ニッケル2に高圧水3を噴射するアトマイズ法により金属ニッケル粉末4を得る第二工程を有する。溶融ニッケルに噴射する媒体は高圧水の代わりにガスを用いることもできる。その場合はガスアトマイズ法と呼ばれる。これらのアトマイズ法を用いることにより高純度な金属ニッケル粉末を得ることができる。
【0018】
本実施形態では、金属ニッケル粉末を酸溶解することなく正極活物質の原料として使用することを特徴としている。アトマイズ法によって製造した段階で金属ニッケル粉末は一部が既に酸化している。酸化を促すためには、図2における高圧水3は水の他に酸性溶液を用いることができる。また、ガスを噴射する場合はアルゴンや窒素などの不活性ガスの他に、酸素を含んだガスでも構わない。アトマイズ法により金属ニッケル粉末が一部酸化しているとは、例えば酸素含有量が300ppm以上が好ましい。尚、酸化工程を別に実施する場合は、より酸化率が高い混合粉を得ることができる。この場合の金属ニッケル粉末における酸素濃度は3,000ppm以上が好ましく、より好ましくは5,000ppm以上である。更に好ましくは10,000ppm以上である。
【0019】
また、金属ニッケル粉末を得る他の方法としてカルボニル法がある。カルボニル法は、ニッケルブリケットなどと一酸化炭素ガスを反応させ、気体のニッケルカルボニルを得たのち、このニッケルカルボニルを減圧低温下において熱分解させて金属ニッケル粉末を得るものである。カルボニル法を用いることでも高純度な金属ニッケル粉末を得ることができる。
【0020】
金属ニッケル粉末の粒径は、数μmから数十μmの範囲が好ましい。正極活物質の製造時に粉砕工程を省略する場合は、金属ニッケル粉末の平均粒径D50は5~30μmの範囲が好ましく、より好ましくは5~20μm、更に好ましくは5~15μmである。金属ニッケル粉末の粒径は、アトマイズ法においては噴射される水またはガスの噴射圧力等により制御でき、カルボニル法においては熱分解条件により制御できる。尚、100μmを越える粉末は篩分級によって除去して溶解などに戻す(リサイクルする)ことができる。
【0021】
[正極活物質の製造方法I]
以下、上記金属ニッケル粉末を用いた正極活物質の製造方法Iについて説明する。この製造方法Iは、図1のフローチャートに示す通り、金属ニッケル粉末と、Liを含む化合物と、Li及びNi以外の金属元素Mを含む化合物と、を混合した混合粉を焼成し、層状構造の正極活物質を得る工程、を含むものである。本実施形態では、上述した様に、ニッケル原料として金属ニッケル粉末を用いるため、酸溶解工程、共沈工程が不要となる。さらに、ニッケル原料として金属ニッケル粉末を用いるため、硫酸ニッケルや水酸化ニッケルなどの化合物に比べて、輸送や正極活物質の製造工程で取り扱う体積を小さくできる。具体的に各化合物の単位体積当たりのNi含有率を質量%で表すと、硫酸ニッケル(Ni(SO)・6HO)が5%、水酸化ニッケル(Ni(OH))が29%であるのに対し、金属ニッケルのNi含有率は100%であり、単位体積当たりのNi含有率が高くなる。その結果、輸送や正極活物質の製造工程で取り扱う体積が、本実施形態では、硫酸ニッケルと比較すると1/20程度、水酸化ニッケルと比較すると1/3程度で済み、輸送時の燃料消費を抑えることが出来るし、製造時の省スペース化や駆動力低減による生産効率向上が図れる。これらのことがGHG排出量の削減に繋がり、結果GHGを抑制して正極活物質を製造することができる。単位体積あたりのNi含有率は100%に近い方が好ましく、例えば金属ニッケル粉末として、比重が8g/cm以上であり、金属のニッケルと、残りが酸化状態で、不可避不純物以外の元素などが含まれていないことが好ましい。このとき、金属ニッケル粉末の酸素含有量は7.3質量%以下となる。
【0022】
正極活物質の組成は特に制限されないが、本実施形態の具体的な組成については後述する。基本的には、正極活物質に含まれるLi以外の全金属元素当たりにおけるNiの割合が原子比で60%以上であれば、Niのレドックス電位が比較的低いため所定の電位で高容量を発現しやすく、求められる電池特性に応じることができる。より好ましくは80%以上であり、さらなる高容量を見込めるため好ましい。また、Li以外の全金属元素当たりにおけるニッケルの割合が原子比で60%以上であることから、焼成過程では金属ニッケル粉末の個々の粒子を核として、粒子内にリチウム、及び金属元素Mが拡散しながら焼成反応が進むため、金属ニッケル粉末の粒度によって焼成後の正極活物質の粉末性状を制御しやすくなると考えられる。また、金属ニッケル粉末は少なくとも一部が酸化しているものを用いる。焼成前の段階で金属ニッケル粉末の少なくとも一部が酸化していることにより、酸素を含む雰囲気中で焼成するときに層状構造への焼成反応が迅速に進行するためである。
【0023】
正極活物質は酸素を含む雰囲気中で焼成して層状構造のリチウムイオン二次電池用正極活物質を得るため、焼成反応を迅速に行う目的で金属ニッケル粉末を酸化する工程を積極的に導入してもよい。例えば、金属ニッケル粉末を大気雰囲気に暴露したり、大気や酸化雰囲気中で熱酸化させたりする酸化工程を別途設けることでも良い。これについては製造方法IIを挙げて説明する。また、水アトマイズ法で金属ニッケル粉末を製造した場合は加熱乾燥が必要となるが、この乾燥工程を酸化工程と兼ねることができる。この場合、金属ニッケル粉末における酸素濃度の上限は、搬送における単位体積当たりのNi量との兼ね合いにより決めるのが好ましい。
【0024】
図1において、金属ニッケル粉末と、リチウムを含む化合物と、リチウム及びニッケル以外の金属元素Mを含む化合物とを混合し、混合粉を得る工程において、前記金属ニッケル粉末は、アトマイズ粉のままで用いることができる。アトマイズ粉は粉砕して適切な粒度に調整して用いても良い。また、前記リチウムを含む化合物としては、水酸化リチウム、炭酸リチウムを用いることができる。金属との反応性を考慮すると融点が低い水酸化リチウムが考えられるが、水酸化リチウムは劇物であることから環境面や安全面を考慮すると炭酸リチウムが好適である。次に、前記リチウム及びニッケル以外の金属元素Mを含む化合物としては、酸化物、炭酸塩、水酸化物、リン酸塩、などが挙げられる。尚、便宜的に「化合物」には純金属も含むとする。正極活物質はリチウムと金属との複合酸化物であるため、原料としては純金属、酸化物や炭酸塩、水酸化物が好ましい。前記金属元素Mは、例えばCo、Mn、Al、Ti、Mg、Zr、Nb、Moの中から少なくとも1種を含む元素が好ましい。また、焼成過程における金属ニッケル粉末との反応性を考慮すると、金属元素Mを含む化合物の平均粒径は、金属ニッケル粉末と同等以下であることが好ましい。
【0025】
前記原料粉の混合には、V型混合機、攪拌ミキサー、アトライター、メディアミルなどが用いられる。均一に混合するためには、各原料粉の凝集を解砕できることが好ましい。混合方式は原料粉のみを混合する乾式と、液体を分散媒として混合する湿式のいずれを用いても良い。
【0026】
次に、上記混合粉を焼成し、層状構造の正極活物質を得る焼成工程を実施する。前記混合粉の焼成には、電気炉やガス炉が用いられる。焼成雰囲気は酸素を体積比で20%以上含むことが好ましく、Niの含有量が全金属元素の80%以上となる場合は、酸素濃度は90%以上が好ましい。
焼成工程は、450℃以上730℃以下で保持される仮焼段階と、750℃以上900℃以下で保持される本焼成段階を含むことが好ましい。好ましい焼成温度と保持時間は原料混合時に配合した組成に応じて調整し、焼成後に目的とする正極活物質の諸物性(比表面積等)が好適範囲となるよう焼成される。
【0027】
本実施形態では、上記した混合粉を焼成し、層状構造のリチウムイオン二次電池用正極活物質を得る工程までにおいて、金属ニッケル粉末を少なくとも一部酸化させ、酸化した金属ニッケル粉末を用いることを特徴とする。これは酸化物を一部含むと表現しても良い。これは金属ニッケル粉末を得る工程で説明したような酸性溶液や酸素を含むガスを用いても良く、混合粉を得る工程において酸化性の媒体を用いても良く、焼成する工程において、酸化性雰囲気に暴露したり酸化工程を設けても良い。また、各工程間を移動する際、金属ニッケル粉末を少なくとも大気雰囲気中に暴露する工程を加えても良い。
【0028】
[正極活物質の製造方法II]
次に、上記した金属ニッケル粉末を用いた正極活物質の製造方法IIについて説明する。この製造方法IIは、図3図4のフローチャートに示す通り、金属ニッケル粉末と、少なくともリチウムを含む化合物とを混合し、この混合粉に対し酸化工程を実施することを特徴とする。即ち、正極活物質は、酸素を含む雰囲気中で焼成することにより層状構造の正極活物質を得るものであるが、焼成反応を迅速に行う目的で金属ニッケル粉末を積極的に酸化させる酸化工程を導入する点が製造方法Iと異なる。酸化工程は、酸化雰囲気中で熱酸化すると、酸化処理に要する時間が短時間で済むので好ましい。さらに、熱酸化の場合、温度は100~700℃程度が良く、好ましくは400~680℃で、より好ましくは600~680℃である。600~680℃とすることで、酸化率が高くなるからである。また、酸化工程による酸化率は50%以上であることが好ましく、より好ましくは65%以上である。酸化率が高く酸化後の金属ニッケル成分の残留が少ないと、後の粉砕混合工程での粉砕が容易になり、後述する粉砕混合工程において、所定の粉砕粒度の粉砕混合粉を得ることができる。
【0029】
また、金属ニッケル粉末とリチウムを含む化合物を混合した後に、酸化工程を実施する場合は、リチウムを含む化合物が介在物となり、金属ニッケル粉末同士の焼結を防止でき、酸化工程後も粉末状態を維持できるので好ましい。また、金属ニッケル粉末と混合するリチウムを含む化合物の量は、製造に用いるリチウムを含む化合物のうち、25質量%以上を混合することが好ましい。25質量%以上を混合した後に熱酸化することにより、金属ニッケル粉末同士の焼結を防止できるからである。
【0030】
前記リチウムを含む化合物は、融点が熱酸化の温度よりも高温であることが好ましい。リチウムを含む化合物の融点が熱酸化温度よりも高温であると、酸化工程における金属ニッケル粉末同士の焼結を防止できる。そこで、この製造方法で用いるリチウムを含む化合物は炭酸リチウムであることが好ましい。炭酸リチウムの融点は724℃であり、熱酸化の温度を720℃まで高温にすることが可能となり、粉末同士の焼結を防止できると共に酸化工程を短時間とすることができるからである。なお、前記Liを含む化合物の平均粒径は数μmから数百μmであることが好ましく、より好ましくは数μmから数十μmである。
【0031】
金属ニッケル粉末の粒径は、上記金属ニッケル粉末の製造で述べた通り数μmから数十μmの範囲が好ましい。しかし、この製造方法IIでは、混合工程において金属ニッケル粉とリチウムを含む化合物を均一に混合できる点と、酸化工程において酸化率を高くできる点から、金属ニッケル粉末の平均粒径は5~30μmの範囲が好ましく、より好ましくは5~20μm、更に好ましくは5~15μmである。
【0032】
次に、前記リチウム及びニッケル以外の金属元素Mを含む化合物を混合する。酸化工程を導入する場合、図3に示すように前記酸化工程の後に、酸化した金属ニッケル粉末を含む酸化粉と前記リチウム及びニッケル以外の金属元素Mを含む化合物とを混合して混合粉とする。なお、酸化工程は、図4に示すように金属ニッケル粉末と、リチウムを含む化合物とを混合したものに、さらにリチウム及びニッケル以外の金属元素Mを含む化合物を混合した混合粉に対し酸化工程を行っても良い。但し、酸化工程の処理量を少なくできる点から、図3に示す酸化工程の後に、リチウム及びニッケル以外の金属元素Mを含む化合物を混合する工程の方が好ましい。
前記Li及びNi以外の金属元素Mを含む化合物については、製造方法Iと同様であるので説明は省略するが、正極活物質の組成については下記に例示する。
【0033】
次に、焼成反応を促進する目的で上記酸化粉を含む混合粉を粉砕混合する工程(混合粉砕工程と言っても良い。)を導入する。この工程は製造方法Iの混合粉を得る工程に相当する。
粉砕混合は、アトライター、メディアミルなどを用いて行うことができる。混合粉をサブミクロンサイズに粉砕できることから、メディアミルを用いることが好ましく、ビーズミルを用いることがより好ましい。
【0034】
粉砕混合後の混合粉(粉砕混合粉)の一次粒子のD50は0.17μm以下であることが好ましい。一次粒子のD50が0.17μm以下であると、焼成反応が促進され、正極活物質の空隙が抑制される。その結果、正極活物質の粒子強度が高強度となり、サイクル特性が良好となる。また、粉砕混合粉の一次粒子のD95は0.26μm以下であることが好ましい。一次粒子のD95が0.26μm以下であると、焼成反応が促進され、正極活物質の空隙が抑制される。その結果、正極活物質の粒子強度が高強度となり、サイクル特性が良好となる。
【0035】
また、粉砕混合粉の比表面積は28m/g以上であることが好ましい。粉砕混合粉の比表面積は28m/g以上であると、焼成反応が促進され、正極活物質の空隙が抑制される。その結果、正極活物質の粒子強度が高強度となり、サイクル特性が良好となる。
【0036】
次に、前記混合粉または粉砕混合粉を焼成し、層状構造のリチウムイオン二次電池用正極活物質を得る焼成工程について説明する。
前記原料混合粉または粉砕混合粉の焼成には、電気炉やガス炉が用いられる。焼成雰囲気は酸素を体積比で20%以上含むことが好ましく、Niの含有量が全金属元素の80%以上となる場合は酸素濃度90%以上が好ましい。
焼成工程は、450℃以上730℃以下で保持される仮焼段階と、750℃以上900℃以下で保持される本焼成段階を含む。好ましい焼成温度と保持時間は原料混合時に配合した組成に応じて調整し、焼成後に目的とする正極活物質の諸物性(比表面積等)が好適範囲となるよう焼成される。
【0037】
なお、合成されたリチウム遷移金属複合酸化物は、不純物を除去する目的等から、焼成工程の後に、脱イオン水等によって水洗を施す洗浄工程、洗浄されたリチウム遷移金属複合酸化物を乾燥させる乾燥工程等に供してもよい。また、合成されたリチウム遷移金属複合酸化物を解砕する解砕工程、リチウム遷移金属複合酸化物を所定の粒度に分級する分級工程等に供してもよい。
【0038】
次に、本実施形態の正極活物質の組成について説明する。上述したように本実施形態の正極活物質の組成は特に制限されないが、好ましい組成について下記する。
先ず、本実施形態に係る正極活物質としては、次の式(1)で表される。
Li1+aNiMO2+α ・・・(1)
(但し、前記式(1)中、Mは、Li及びNi以外の金属元素であって、Niは全金属元素における前記Niの割合が60原子%以上、a及びαは、-0.1≦a≦0.2、-0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)で表される。
【0039】
本実施形態に係る正極活物質は、Li以外の全金属元素当たりにおけるNiの割合が60原子%以上の組成を有することにより、高いエネルギー密度や高い充放電容量を実現することができる。なお、Li以外の全金属元素当たりにおけるNiの割合は、60原子%以上、100原子%以下の範囲で適宜の値を採ることが可能である。このようにニッケルを高い割合で含む正極活物質であるが故にNi2+をNi3+へと酸化させる酸化反応が効率的に行われることは重要である。
【0040】
本実施形態に係る正極活物質は、より好ましい具体的な組成が式(2)で表される。
Li1+aNiCoM1e2+α ・・・(2)
[但し、式(2)において、M1は、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、XはLi、Ni、Co、Al及びMn以外の1種以上の金属元素を表し、a、b、c、d、e及びαは、それぞれ、-0.1≦a≦0.2、0.7≦b≦1.0、0≦c≦0.20、0≦d≦0.20、0≦e≦0.1、b+c+d+e=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表される。
【0041】
前記式(2)で表される正極活物質は、Niの含有率が高いため、4.3V付近までの範囲で、LiCoO等と比較して高い充放電容量を示すことができる。また、Niの含有率が高いため、LiCoO等と比較して、原料費が安価であり、原料を入手し易い正極活物質である。
【0042】
ここで、前記式(1)及び(2)におけるa、b、c、d、e及びαの数値範囲の意義について説明する。
【0043】
前記式におけるaは、-0.1以上、且つ、0.2以下とする。aは、一般式:LiM´Oで表されるリチウム複合化合物の量論比、すなわちLi:M´:O=1:1:2からのリチウムの過不足量を表している。リチウムが過度に少ないと、正極活物質の充放電容量が低くなる。一方、リチウムが過度に多いと、充放電サイクル特性が悪化する。aが前記の数値範囲であれば、高い充放電容量と、良好な充放電サイクル特性とを両立させることができる。
【0044】
aは、-0.02以上、且つ、0.07以下としてもよい。aが-0.02以上であれば、充放電に寄与するのに十分なリチウム量が確保されるため、正極活物質の充放電容量を高くすることができる。また、aが0.07以下であれば、遷移金属の価数変化による電荷補償が十分になされるので、高い充放電容量と、良好な充放電サイクル特性とを両立させることができる。
【0045】
ニッケルの係数bは、0.7以上、且つ、1.0以下とする。bが0.7以上であると、他の遷移金属を用いる場合と比較して、十分に高い充放電容量が得られる。よって、bが前記の数値範囲であれば、高い充放電容量を示す正極活物質を、LiCoO等と比較して安価に製造することができる。
【0046】
bは、0.8以上、且つ、0.95以下とすることが好ましく、0.85以上、且つ、0.95以下とすることがより好ましい。bが0.8以上で、より大きいほど、より高い充放電容量が得られる。また、bが0.95以下で、より小さいほど、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が小さくなり、焼成時、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングや結晶性の低下が生じ難くなるため、充放電容量や充放電サイクル特性の悪化が抑制される。
【0047】
コバルトの係数cは、0以上、且つ、0.20以下とする。コバルトが添加されていると、結晶構造が安定化し、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングが抑制される等の効果が得られる。そのため、充放電容量を大きく損なわず、充放電サイクル特性を向上させることができる。一方、コバルトが過剰であると、原料費が高くなるので、正極活物質の製造コストが増大してしまう。cが前記の数値範囲であれば、良好な生産性をもって、高い充放電容量と、良好な充放電サイクル特性とを両立させることができる。
【0048】
cは、0.01以上、且つ、0.20以下としてもよいし、0.03以上、且つ、0.20以下としてもよい。cが0.01以上で大きいほど、コバルトの元素置換による効果が十分に得られ、充放電サイクル特性がより向上する。また、cが0.20以下であれば、原料費がより低廉となり、正極活物質の生産性がより良好になる。
【0049】
M1の係数dは、0以上、且つ、0.20以下とする。マンガン及びアルミニウムからなる群より選択される少なくとも一種の元素(M1)が元素置換されていると、充電によってリチウムが脱離しても層状構造がより安定に保たれるようになる。一方、これらの元素(M1)が過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の充放電容量が低下する。dが前記の数値範囲であれば、正極活物質の結晶構造を安定に保ち、高い充放電容量と共に、良好な充放電サイクル特性や、熱的安定性等を得ることができる。
【0050】
M1で表される元素としては、マンガンが特に好ましい。マンガンが元素置換されていると、アルミニウムが元素置換される場合と比較して、より高い充放電容量が得られる。また、リチウム複合化合物の焼成時、マンガンも炭酸リチウムと下記式(3)に示すように反応する。このような反応により結晶粒の粗大化が抑制され、高温でニッケルの酸化反応を進めることができるため、高い充放電容量を示す正極活物質を効率的に得ることができる。
【0051】
LiCO+2M´O+0.5O→2LiM´O+CO ・・・(3)
(但し、前記式(3)中、M´は、Ni、Co、Mn等の金属元素を表す。)
【0052】
M1の係数dは、0.02以上であることが好ましく、0.04以上であることがより好ましい。M1の係数dが大きいほど、マンガン及びアルミニウムからなる群より選択される少なくとも一種の元素の元素置換による効果が十分に得られる。M1がマンガンの場合、より高温でニッケルの酸化反応を進めることが可能になり、高い充放電容量を示す正極活物質をより効率的に得ることができる。また、M1の係数dは、0.18以下であることが好ましい。M1の係数dが0.18以下であれば、元素置換されていても充放電容量が高く保たれる。
【0053】
Xの係数eは、0以上、且つ、0.10以下とする。XはLi、Ni、Co、Al及びMn以外の1種以上の金属元素を表しているが、マグネシウム、チタン、ジルコニウム、モリブデン及びニオブからなる群より選択される少なくとも一種の元素が元素置換されていると、正極活物質の活性を維持しながらも、充放電サイクル特性等の諸性能を向上させることができる。一方、これらの元素(X)が過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の充放電容量が低下する。eが前記の数値範囲であれば、高い充放電容量と、良好な充放電サイクル特性等とを両立させることができる。
【0054】
前記式(1)(2)におけるαは、-0.2以上、且つ、0.2以下とする。αは、一般式:LiM´Oで表されるリチウム複合化合物の量論比、すなわちLi:M´:O=1:1:2からの酸素の過不足量を表している。αが前記の数値範囲であれば、結晶構造の欠陥が少ない状態であり、高い充放電容量と良好な充放電サイクル特性が得られる。
【実施例
【0055】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。以下、特性値の測定手段、酸化工程の予備実験を説明し、その後に実施例を説明する。
【0056】
(平均粒径、比表面積)
粉砕混合粉の一次粒子、正極活物質の焼成粉の二次粒子のD50、D95は、レーザー回折式粒度分布測定器によって測定した。比表面積は、自動比表面積測定装置を用いてガス吸着を利用したBET法により測定した。
【0057】
(吸油量)
粉末試料の吸油量はJIS K5101-13-1に準拠して測定し、溶媒はNMP(N-メチルピロリドン)を用いた。粉末試料5.0gを測りとり、平らなバットに山状に設置する。NMPはポリスポイト(2mL容量)で吸い上げ、質量を測定しておく。次に粉末試料にNMPを滴下しながらスパチュラで混錬し、粉末試料が全体的に粘土状となるまで滴下・混錬を続ける。NMPが過剰となると粉末試料に液滴が吸収されず表面に残る様子を視認でき、この時までに滴下したNMP量を粉末試料100g当たりに換算して吸油量とした。
【0058】
(X線回折パターン)
正極活物質のX線粉末回折測定におけるX線回折(XRD)パターンは、X線回折装置「X‘Pert PRO MPD」(PANalyticalsei製)を使用し、線源CuKα、管電圧45kV、管電流40mA、サンプリング間隔0.02°/step、発散スリット0.5°、散乱スリット0.5 °、受光スリット0.15mm、走査範囲15 °≦2θ≦80 °の条件で測定した。
【0059】
[金属ニッケル粉末の酸化工程]
(予備実験1)
D50が8μmの水アトマイズ法で製造した金属ニッケル粉末(日本アトマイズ加工製)と炭酸リチウムを金属元素のモル比でLi:Niが、1.03:0.85となるように秤量した。これら原料粉を容積45LのV型混合機に総量5kg投入し、90分間混合して原料混合粉を得た。次に、この原料混合粉を大気雰囲気の焼成炉で、650℃で10時間にわたって熱処理して酸化粉を得た。得られた酸化粉は原料混合粉より重量が18%増加した。この重量増加率より金属ニッケル粉末の70%が酸化ニッケルとなっていることが確認できた。つまり、酸化率は70%であった。また、酸化粉は一部がケーキングしていた。これを乳鉢により解砕することによりD50が8μmの酸化粉を得た。
【0060】
(予備実験2)
D50が8μmのカルボニル法で製造した金属ニッケル粉末(Vale製)を用いた以外は、予備実験1と同様の酸化工程を行って、D50が8μmの酸化粉を得た。この金属ニッケル粉末の酸化率は70%であった。
【0061】
(予備実験3)
D50が67μmの金属ニッケル粉末を用いた以外は、予備実験1と同様の酸化工程を行って、D50が32μmの酸化粉を得た。この金属ニッケル粉末の酸化率は10%であった。
【0062】
予備実験1、予備実験2および予備実験3より、金属ニッケル粉末のD50が小さいと酸化率が高くなり、少なくとも8μm以下であると、70%以上の高い酸化率の酸化粉が得られることが分かった。
【0063】
(予備実験4)
金属ニッケル粉末と炭酸リチウムを金属元素のモル比でLi:Niが0.26:0.85となるように秤量した以外は、予備実験1と同様の酸化工程を行った。酸化粉は一部がケーキングしたものの、乳鉢により解砕することによりD50が8μmの酸化粉が得られた。なお、金属ニッケル粉末と炭酸リチウムを金属元素のモル比がLi:Niが0.26:0.85とは、金属ニッケル粉末と、製造に用いるリチウムを含む化合物のうち25質量%を混合したこととなる。
【0064】
(予備実験5)
金属ニッケル粉末と炭酸リチウムを金属元素のモル比でLi:Niが、0:0.85となるように秤量した。つまり、金属ニッケルのみで酸化した。それ以外は予備実験1と同様の酸化工程を行った。金属ニッケル粉末は焼結し、乳鉢で解砕することも出来なかった。
【0065】
予備実験1、予備実験4および予備実験5より、金属ニッケル粉末と、製造に用いるリチウムを含む化合物のうち25質量%以上を混合した後に酸化処理することで、金属ニッケル粉末の焼結を防止できることが確認できた。
【0066】
[実施例1]
実施例1は製造方法Iを実施した。即ち、Fe含有率30ppmの板状の金属ニッケルを溶解炉で溶融し、流出落下させた溶融ニッケルに高圧水を噴射する水アトマイズ法により、平均粒径8μmの金属ニッケル粉末を得た。この金属ニッケル粉末の酸素量を酸素・窒素分析計で計測すると3,000ppmであった。得られた金属ニッケル粉末の他に、用意した原料は次のとおりである。リチウムを含む化合物として、水酸化リチウム、リチウム及びニッケル以外の金属元素Mを含む化合物として、酸化コバルト、酸化マンガン、酸化チタンを用意した。各原料を金属元素のモル比でLi:Ni:Mが、1.03:0.85:0.15となるように秤量した。これら原料粉を容積45LのV型混合機に総量5kg投入し、90分間混合して原料混合粉を得た。次に、この原料混合粉を酸素ガス雰囲気に置換した焼成炉で、酸素気流中、500℃で10時間にわたって仮焼成した後、820℃で10時間にわたって本焼成をした。各工程間において、金属ニッケル粉末は、真空や非酸化性雰囲気に封入することなく大気中に暴露する環境で、搬送した。以上によりリチウム金属複合酸化物よりなる正極活物質を得た。
【0067】
実施例1は、ニッケルを主成分とする正極活物質を、金属ニッケル粉末を用いて製造することで、不純物を低減できた。また、従来の共沈プロセスではニッケル地金を硫酸ニッケルなどの水溶性の化合物に加工した後、硫酸ニッケルなどの水溶液に加工し(酸溶解工程)、さらに、この硫酸ニッケルなどの水溶液から共沈法により水酸化ニッケル粉末を製造し(共沈工程)、この水酸化ニッケル粉末を前駆体として用いている。この点実施例では、硫酸ニッケルや水酸化ニッケルなどの化合物への加工を経ずに、ニッケル地金から直接製造される金属ニッケル粉末を前駆体として用いる。よって、酸溶解工程と共沈工程が不要となり、簡易に正極活物質を製造できた。また、輸送や正極材の製造工程で取り扱う体積を小さくできた。
【0068】
[実施例2]
実施例2は製造方法IIを実施した。即ち、原料として、炭酸リチウム、金属ニッケル粉末、炭酸コバルト、炭酸マンガン、酸化チタン、酸化アルミニウムを用意し、各原料を金属元素のモル比でLi:Ni:Co:Mn:Ti:Alが、1.03:0.85:0.03:0.09:0.03:0.01となるように秤量した。なお、金属ニッケル粉末には、上記した水アトマイズ法で製造したD50が8μmの金属ニッケル粉末を用いた。
まず、金属ニッケル粉末と炭酸リチウムをV型混合機に投入し、90分間混合して原料混合粉を得た。次にこの原料混合粉を大気雰囲気の焼成炉で、650℃で10時間にわたって酸化処理(酸化工程)を行い酸化した金属ニッケル粉末を含む酸化粉を得た。得られた酸化粉と、炭酸コバルト、炭酸マンガン、酸化チタン、酸化アルミニウムからなる金属元素Mを混合し、これに固形分比が30質量%となるように純水を加えた。そして、粉砕機で湿式粉砕(湿式混合)して一次粒子のD50が0.30μmとなるよう原料スラリーを調製した(粉砕混合工程)。続いて、得られた原料スラリーをノズル式のスプレードライヤー(大川原化工機社製、ODL-20型)で噴霧乾燥させてD50が10μm程度の造粒体を得た(造粒工程)。そして、乾燥させた造粒体を焼成してリチウム遷移金属複合酸化物を得た(焼成工程)。具体的には、酸素ガス雰囲気に置換した焼成炉で、酸素気流中、700℃で24時間にわたって仮焼きした。その後、酸素ガス雰囲気に置換した焼成炉で、酸素気流中、840℃で10時間にわたって本焼成することでリチウム遷移金属複合酸化物を得た。焼成工程によって得られた焼成粉は、目開き53μmの篩を用いて分級し、篩下の粉体を試料の正極活物質とした。
【0069】
[実施例3]
粉砕機で湿式粉砕(湿式混合)して一次粒子のD50が0.17μmとなるよう原料スラリーを調製した以外は、実施例2と同様の方法で正極活物資を製造した。
【0070】
[実施例4]
粉砕機で湿式粉砕(湿式混合)して一次粒子のD50が0.13μmとなるよう原料スラリーを調製した以外は、実施例2と同様の方法で正極活物資を製造した。
【0071】
実施例2~4の造粒体の比表面積を測定した。これを表1に示す。また、実施例2~4の正極活物質をSEM観察とX線回折を測定した。その写真を図5図7に示す。また、X線回折パターンを図8図10に示す。さらに、実施例2~実施例4の正極活物質の比表面積と吸油量を測定した。これを表1に併記して示す。
【0072】
(正極の作製)
次に、合成した正極活物質を正極の材料として用いてリチウムイオン二次電池を作製し、リチウムイオン二次電池の放電容量、容量維持率を測定した。はじめに、作製した正極活物質と、炭素系の導電材と、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)に予め溶解させた結着剤とを質量比で94:4.5:1.5となるように混合した。そして、均一に混合した正極合剤スラリーを、厚さ15μmのアルミニウム箔の正極集電体上に、塗布量が13mg/cmとなるように塗布した。次いで、正極集電体に塗布された正極合剤スラリーを120℃で熱処理し、溶媒を留去することによって正極合剤層を形成した。その後、正極合剤層を熱プレスで加圧成形し、直径15mmの円形状に打ち抜いて正極とした。
【0073】
(初期容量、充放電サイクル特性(容量維持率))
続いて、作製した正極と負極とセパレータを用いて、リチウムイオン二次電池を作製した。負極としては、直径16mmの円形状に打ち抜いた金属リチウムを用いた。セパレータとしては、厚さ30μmのポリプロピレン製の多孔質セパレータを用いた。正極と負極とをセパレータを介して非水電解液中で対向させて、リチウムイオン二次電池を組み付けた。非水電解液としては、体積比が3:7となるようにエチレンカーボネートとジメチルカーボネートとを混合した溶媒に、1.0mol/LとなるようにLiPFを溶解させた溶液を用いた。
【0074】
作製したリチウムイオン二次電池を、25℃の環境下で、正極合剤の重量基準で38A/kg、上限電位4.3Vの定電流/定電圧で充電した。そして、正極合剤の重量基準で40A/kgの定電流で下限電位2.5Vまで放電し、充電容量と放電容量を測定した。その後、正極合剤の重量基準で190A/kg、上限電位4.3Vの定電流/定電圧で充電した。そして、正極合剤の重量基準で190A/kgの定電流で下限電位2.5Vまで放電するサイクルを計30サイクル行い、30サイクル後の放電容量を測定した。初期容量に対する10サイクル後の放電容量の分率を容量維持率として計算した。その結果を表1に併記する。
【0075】
【表1-1】
【0076】
【表1-2】
【0077】
図5図7のSEM観察像より、実施例2~4の正極活物質の二次粒子径が10μm程度、一次粒子径が400nm程度であることがわかった。また、粉砕混合後の混合粉(粉砕混合粉)の一次粒子のD50が0.30μmの実施例2の正極活物質と比較して、粉砕混合後の混合粉(粉砕混合粉)の一次粒子のD50が0.17μm以下の実施例3および実施例4の正極活物質は空隙が少なく、粉砕混合後の混合粉(粉砕混合粉)の一次粒子のD50が0.17μm以下であると、焼成反応が促進され、正極活物質の空隙が抑制できることを確認できた。
【0078】
図8図10のXRDパターンより、実施例2~4の正極活物質はいずれも2θ=18°付近に003面、2θ=36°付近に101面、2θ=38°付近に006面と012面、2θ=44°付近に104面、2θ=48°付近に015面、2θ=58°付近に107面に帰属されるピークが見られることから空間群R3-mに帰属され、層状構造のリチウム金属複合酸化物であることが確認できた。
【0079】
表1より、実施例2~4の正極活物質は充電容量が222Ah/kg、放電容量が195Ah/kg以上と高容量である。また、容量維持率は81%以上とサイクル特性が良好である。つまり、本発明の正極活物質の製造方法により、金属ニッケル粉末を原料として硫酸ニッケルや水酸化ニッケルなど化合物への加工をせずに、高容量で、良好なサイクル特性の正極活物質が得られることが確認できた。また、粉砕混合後の一次粒子のD50が0.17μm以下、D95が0.26μm以下、比表面積が28m/g以上の実施例3、実施例4の正極活物質の容量維持率は84%以上とさらに良好であることが確認できた。
【0080】
以上より、本実施例でも従来の共沈プロセスに比べてニッケル原料は硫酸ニッケルや水酸化ニッケルなど化合物への加工が不要である。つまり、酸溶解工程や、共沈工程が不要であり、簡便に製造できた。また、硫酸ニッケルや水酸化ニッケルなど化合物を経ずに、金属ニッケル粉末のまま、もしくは、酸化処理することで正極活物質を製造できるため、製造工程が短く製造工程間の輸送が少ない。尚かつ金属ニッケル粉末は硫酸ニッケル、水酸化ニッケル等と比較してニッケル含有率が高く、比重も大きいため輸送する体積が小さくなり、輸送に必要なエネルギーを低減できる。これらのことにより温室効果ガス(GHG)排出量を30~40%程度削減でき、結果、GHG排出量を抑制して正極活物質を製造することができる。
【符号の説明】
【0081】
1:溶融炉
2:溶融ニッケル
3:高圧水噴射
4:金属ニッケル粉末


図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10