(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】麹菌による熟成チーズおよびその製造法
(51)【国際特許分類】
A23C 19/14 20060101AFI20240925BHJP
A23C 19/032 20060101ALI20240925BHJP
A23C 19/064 20060101ALI20240925BHJP
【FI】
A23C19/14
A23C19/032
A23C19/064
(21)【出願番号】P 2020027540
(22)【出願日】2020-02-20
【審査請求日】2022-11-04
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「国等の委託研究の成果に係る特許出願(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター)「革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)」、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの)」
(73)【特許権者】
【識別番号】500557048
【氏名又は名称】学校法人日本医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(73)【特許権者】
【識別番号】591219304
【氏名又は名称】一般財団法人蔵王酪農センター
(73)【特許権者】
【識別番号】514178532
【氏名又は名称】株式会社 樋口松之助商店
(73)【特許権者】
【識別番号】397018408
【氏名又は名称】八海醸造株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 薫
(72)【発明者】
【氏名】三浦 孝之
(72)【発明者】
【氏名】小林 美穂
(72)【発明者】
【氏名】野村 将
(72)【発明者】
【氏名】萩 達朗
(72)【発明者】
【氏名】林田 空
(72)【発明者】
【氏名】成田 卓美
(72)【発明者】
【氏名】楠本 憲一
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 聡
(72)【発明者】
【氏名】冨田 理
(72)【発明者】
【氏名】川上 浩
(72)【発明者】
【氏名】谷本 守正
(72)【発明者】
【氏名】宮沢 秀夫
(72)【発明者】
【氏名】山下 秀行
(72)【発明者】
【氏名】倉橋 敦
【審査官】村松 宏紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-100678(JP,A)
【文献】特表2013-528392(JP,A)
【文献】国際公開第2018/056427(WO,A1)
【文献】田中彰,酒かすを活用したブルーチーズの味と香気の成分解析,グリーンテクノ情報,2019年,Vol.15, No.3,p.21~24,ISSN: 1880-2346
【文献】河口湖チーズ工房, PORTA 山梨県内の情報を届けるポータルサイト[online], 2019年6月10日(2023年12月28日検索),<https://www.porta-y.jp/feature/milk-special/milk-category/cheese-workshop>
【文献】ウォッシュ・ゴーダ(店頭販売のみ),河口湖チーズ工房[online], 2019年9月29日(2023年12月28日検索),<https://www.kawaguchiko-cheese.com/2019/09/29/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%80/>
【文献】NPO法人チーズプロフェッショナル協会,チーズの教本 2019 「チーズプロフェッショナルのための教科書」,2019年02月13日,p.46
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i) チーズ製造のための原料乳に乳酸菌スターターを加え、凝乳酵素で凝固させる工程、
(ii) ホエイの一部を水と置換するか、またはホエイへ加水することによりチーズカードを洗浄する工程、並びに
(iii) チーズカードを成型、塩漬し、麹菌を接種し生きた状態で繁殖させ、チーズを熟成する工程、からなる麹菌熟成チーズの製造法。
【請求項2】
ホエイの一部を水と置換するか、またはホエイへ加水することによりチーズカードを洗浄し、チーズ中の乳糖量をチーズ固形あたり1.8重量%以下とすることを特徴とする、請求項1記載の麹菌熟成チーズの製造法。
【請求項3】
チーズ製造のための原料乳に酒粕を0.1~6重量%を加える工程を含む、請求項1または2に記載の麹菌熟成チーズの製造法。
【請求項4】
チーズカードを成型後、酒粕を含む調味液に浸漬し、麹菌を接種し生きた状態で繁殖させ、チーズを熟成することを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の麹菌熟成チーズの製造法。
【請求項5】
酒粕が日本酒などの熟成工程で得られるものであって、板粕、踏込粕からなる群から選択されることを特徴とする、請求項3または4に記載の麹菌熟成チーズの製造法。
【請求項6】
熟成工程が10~40℃の温度で2~120日間行われることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の麹菌熟成チーズの製造法。
【請求項7】
麹菌がAspergillus属に属する菌であることを特徴とする請求項1~6のいずれか1項に記載の麹菌熟成チーズの製造法。
【請求項8】
麹菌がAspergillus oryzae、Aspergillus sojae、Aspergillus luchuensis、Aspergillus luchuensis mut. kawachii、およびそれらのいずれかの白色変異株からなる群から選択されること、あるいはこれらの菌株を混合して使用することを特徴とする、請求項7記載の麹菌熟成チーズの製造法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、麹菌を用いた旨味のある良好な風味と滑らかな組織を有する麹菌熟成チーズおよびその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
麹菌は、日本古来から食品に使用されてきた微生物であり、米、大豆、麦などの穀物に生育させることで味噌、醤油、日本酒などの日本独自の発酵食品を生み出し、これらは和食として世界にも広く知られている。食品産業で使用されている麹菌にはAspergillus oryzae、Aspergillus sojae、Aspergillus luchuensis、Aspergillus luchuensis mut. kawachiiがあり、アミラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼなどの様々な酵素を産生するため、熟成工程で原料の炭水化物、タンパク質、脂質などを分解し、発酵食品固有の風味と組織形成に関与することから調味料やアルコール類の製造に応用されている。例えば米味噌は、蒸煮した大豆に米麹と食塩を加えて発酵・熟成させた半固形状の発酵調味料である。醤油は、蒸煮した大豆または脱脂加工大豆と炒って引き割った小麦を混合し、麹菌を接種し醤油麹を作り、食塩水を加えもろみとして発酵・熟成させた後、圧搾した液体調味料である。アルコール類としては、清酒は日本独自の酒であり、蒸した米に麹菌を接種して米麹を作り、米麹と米、水を加えてデンプンの糖化を行いながら清酒酵母で発酵後、ろ過したものである。
【0003】
一方、チーズも微生物の作用によって得られる発酵食品である。微生物の中でもカビで熟成させたチーズとしては、ロックフォール、ゴルゴンゾーラ、スティルトンといった青かび(Penicillium roquefortiなど)を混ぜ込んで熟成させた青かびタイプチーズ、カマンベール、ブリー、サン・タンドレ、バラカなど、白カビ(Penicillium camemberti)を繁殖させた白カビタイプチーズが広く知られている。白カビタイプチーズの場合、水分は50~60%、固形分中乳脂肪は40~75%であり、白カビの酵素によって熟成が進むとチーズ内部は柔らかく濃厚な風味を呈するようになる。このようにカビで熟成したチーズは、カビの生育によってタンパク質分解酵素や脂肪分解酵素などが作用してタンパク質や脂肪が分解される。その結果、アミノ酸・ペプチドや脂肪酸、その他の分解物を生成し、特有の風味と組織を呈する(非特許文献1)。
【0004】
日本では近年、チーズの需要が増加しており、中でもカビで熟成させたチーズは多様な風味と滑らかな食感を有するため、日本人に支持されている。チーズが広く普及する中で、日本独自の新たなチーズへの関心も高まっている。麹菌もタンパク質分解酵素や脂肪分解酵素を生成することからチーズの熟成に応用することができる。麹菌を活用してチーズを作る試みは、以前から多くの研究がなされてきた。麹菌由来の酵素を抽出してチーズを製造する技術は特許文献1に開示されている。非特許文献2および非特許文献3にAspergillus oryzaeのプロテアーゼをチェダーチーズの熟成に応用する技術が報告されている。麹菌から調製した酵素をカードの加塩時に添加することでチェダーチーズの早期熟成が可能であることが述べられている。しかし抽出した酵素を添加することは、原料コスト増だけでなく、酵素反応条件によって品質にばらつきを生じることから実用性に乏しい。また、麹菌がチーズ基質上で増殖する過程で生じる風味は期待できない。
【0005】
特許文献2では乳および/または乳加工処理物をトランスグルタミナーゼまたはグルコノデルタラクトンで凝固させ、ラクターゼ処理を行い、製麹基材を得た後、麹菌を培養してチーズとは異なるペースト状もしくは液状の発酵調味料を得る方法が開示されている。
【0006】
また、Aspergillus oryzae chosen Bという菌株を用い熟成させたチーズの研究が報告されている(非特許文献4および5)。
【0007】
非特許文献4には水分43%に調製したチーズカードをさらに粉砕し、予めパンで培養させたAspergillus oryzae粉末とよく混合した後、22℃、相対湿度85%で3日間熟成させている。その結果、遊離脂肪酸が顕著に増加し、麦芽風味や脂肪酸由来の刺激的な味を呈することが記載されている。
【0008】
さらに非特許文献5にはAspergillus oryzaeでチーズを熟成させると乳脂肪の分解が著しいこと、特に揮発性脂肪酸の生成が多いことが報告されている。特許文献3では低脂肪チーズの製造工程において固形分中脂肪分10~40重量%のチーズカードに麹菌を接種、培養することで風味・呈味に優れた低脂肪チーズの製造方法が開示されている。しかし、高脂肪になると刺激的な脂肪分解臭(ランシッド臭)が認められることが記載されている。そのため、固形分中脂肪分の高いソフト系チーズなどでは風味の劣化を避けることは困難となり、チーズとしての用途が限定されてしまう。特許文献4のように、麹菌による高い脂肪分解作用を利用して風味・呈味付与を目的としてプロセスチーズ原料に用いる方法が開示されている。特許文献5には紅麹をチーズに接種することで赤色系の外観を有する紅麹菌熟成チーズが開示されている。このような方法では外観上の差別性は認められるものの、チーズのイメージから抵抗を感じることから幅広く消費者に受け入れられるものではないという問題がある。
【0009】
いずれの方法もチーズとしての用途が限定されるものであり、チーズ単体で食することができる麹菌熟成チーズは確立されておらず、実用性、汎用性の点で既存のチーズよりも優位な機能があるとは言えない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開平3-160944号公報
【文献】特許第5621083号明細書
【文献】特開2009-100678号公報
【文献】特開2010-246499号公報
【文献】特許第2871882号明細書
【非特許文献】
【0011】
【文献】乳肉卵の機能と利用、81~82ページ、アイ・ケイコーポレーション、2018年
【文献】Journal of Dairy Science Vol.62(12), 1865-1872, 1979
【文献】Journal of Dairy Science Vol.77(4), 897-906, 1994
【文献】Japanese Journal of Dairy Science Vol.12, A-148~A-154, 1963
【文献】Japanese Journal of Zootechnical Science Vol.35, 98~105, 1964
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、これまで麹菌によって熟成させたチーズに見られる脂肪分解等によって呈する風味低下を改善し、既存のカビ熟成タイプのチーズと同等以上の風味、呈味および滑らかな組織を有する麹菌熟成チーズを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決すべく、鋭意検討を重ねた結果、チーズ固形分中の乳糖が1.8重量%以下とすることでチーズ固形分中乳脂肪40重量%以上のチーズに麹菌を接種しても脂肪分解臭による刺激的な風味がなく、良好な風味と旨味を呈するチーズを製造することができることを見出した。さらに酒粕を原料乳に一定量添加して得られる麹菌熟成チーズ、あるいは成型したチーズカードを酒粕を含む調味液に浸漬した後、麹菌を接種することで得られる麹菌熟成チーズは、酒粕の芳醇で華やかな風味を有し、熟成が促進されることを見出した。これらの製造法により固形分中乳脂肪が40~75重量%のソフトタイプのナチュラルチーズなどを製造可能となり、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] (i) チーズ製造のための原料乳に乳酸菌スターターを加え、凝乳酵素で凝固させる工程、
(ii) ホエイの一部を水と置換するか、またはホエイへ加水することによりチーズカードを洗浄する工程、並びに
(iii) チーズカードを成型、塩漬し、麹菌を接種し、熟成する工程、からなる麹菌熟成チーズの製造法。
[2] ホエイの一部を水と置換するか、またはホエイへ加水することによりチーズカードを洗浄し、チーズ中の乳糖量をチーズ固形あたり1.8重量%以下とすることを特徴とする、[1]の麹菌熟成チーズの製造法。
[3] チーズ製造のための原料乳に酒粕を0.1~6重量%を加える工程を含む、[1]または[2]の麹菌熟成チーズの製造法。
[4] チーズカードを成型後、酒粕を含む調味液に浸漬し、麹菌を接種し、熟成することを特徴とする、[1]~[3]のいずれかの麹菌熟成チーズの製造法。
[5] 酒粕が日本酒などの熟成工程で得られるものであって、板粕、踏込粕からなる群から選択されることを特徴とする、[3]または[4]の麹菌熟成チーズの製造法。
[6] 熟成工程が10~40℃の温度で2~120日間行われることを特徴とする、[1]~[5]のいずれかの麹菌熟成チーズの製造法。
[7] 麹菌がAspergillus属に属する菌であることを特徴とする[1]~[6]のいずれかの麹菌熟成チーズの製造法。
[8] 麹菌がAspergillus oryzae、Aspergillus sojae、Aspergillus luchuensis、Aspergillus luchuensis mut. kawachii、およびそれらのいずれかの白色変異株からなる群から選択されること、あるいはこれらの菌株を混合して使用することを特徴とする、[7]の麹菌熟成チーズの製造法。
[9] [1]~[8]のいずれかの麹菌熟成チーズの製造法により製造した、チーズ固形分中の乳脂肪含量が40重量%以上であり、チーズ固形分中の乳糖量が1.8重量%以下である、旨味のある良好な風味と滑らかな組織を有する麹菌熟成チーズ。
[10] 熟成チーズ中の遊離グルタミン酸含量が、チーズ固形分あたり500mg%以上であることを特徴とする、[9]の麹菌熟成チーズ。
[11] チーズ固形分中の乳脂肪含量が40重量%から75重量%のソフトタイプのナチュラルチーズであることを特徴とする、[9]または[10]の麹菌熟成チーズ。
[12] 麹菌を含むことを特徴とする、[9]~[11]のいずれかの麹菌熟成チーズ。
[13] チーズ固形分中の乳脂肪含量が40重量%以上であり、チーズ固形分中の乳糖量が1.8重量%以下である、旨味のある良好な風味と滑らかな組織を有する熟成チーズ。
[14] 麹菌を含むことを特徴とする、[13]の熟成チーズ。
【発明の効果】
【0015】
本発明のチーズは、チーズ固形分中の乳脂肪が40重量%以上、チーズ固形分中の乳糖が1.8重量%以下であり、旨味が強く、コクのある風味を呈する。これは従来のカビ熟成チーズとは差別化された風味となり、日本独自のチーズである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施例2で熟成したチーズの断面を示す図である。左からコントロール区1、試験区A、試験区Bで熟成したチーズの断面を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の旨味のある良好な風味と滑らかな組織を有する麹菌熟成チーズの製造方法は、チーズ固形分中の乳脂肪含量が40重量%以上、チーズ固形分中の乳糖が2.0重量%以下、好ましくは1.8重量%以下のチーズカードを調製し、麹菌をチーズカード表面または内部、またはその両方に接種し、熟成することにより行われる。チーズ固形分中の乳糖を2.0重量%以下、好ましくは1.8重量%以下とすることで麹菌の生育が良好となり、麹菌が生成する酵素類が効率的に内部に浸透し、良好な熟成を進めることができる。
【0018】
具体的には、原料乳を殺菌し、チーズ乳を製造し、チーズ乳に乳酸菌スターターを接種する。原料乳の殺菌は55~70℃、好ましくは60~65℃で10分~1時間保持するか、又は高温短時間殺菌法で行うことができる。乳酸菌スターターを添加するときに塩化カルシウムを0.005~0.1重量%程度となるように添加してもよい。乳酸菌スターターを接種したのち、乳酸が生じ酸性になるが、pHが6.0~6.5になったら、レンネット(凝乳酵素)を添加し、攪拌し凝固させ、チーズカードを作製する。その後、カードをサイコロ状にカッティングし、カード粒が凝集しないように攪拌する。上記の、原料乳の殺菌工程、スターター乳酸菌の添加工程、凝乳酵素による凝固工程、チーズカードの切断、および加塩等の工程は、一般的なチーズ製造方法の工程であり、適宜条件を変更して行えばよい。
【0019】
次いで、固形分中の乳糖を2.0重量%以下、好ましくは1.8重量%以下とするために原料乳の凝固およびカッティング後に一部のホエイ(乳清)を水と置換する工程(以下、カードウォシングという)を行う。カードウォシングを行うことで乳糖濃度が減少したチーズカードを得ることができる。カードウォシングは、ホエイと水との置換を行う操作である。ホエイと水との置換割合は、原料乳1部に対して0.25部~0.80部、好ましくは0.50部~0.75部のホエイを排出し、同量以上の水を加え、加水ホエイとしてその後排出することである。こうすることで乳糖量を低減させたチーズカードを得ることができる。0.25部未満では乳糖の減少量が不十分となり、麹菌が産生する酵素類のチーズ内部への浸透が遅く、チーズ内部まで熟成が進みにくい。ホエイと水との置換割合が0.25部以上とすることで熟成効果が顕著に表れ、チーズ内部まで熟成が進むようになる。乳糖量は、チーズ固形中2.0重量%以下、好ましくは1.8重量%以下とすることが望ましい。
【0020】
カードウォシングを行った後、チーズカードをモールド(型枠)に充填し、成型して、塩漬し熟成前のグリーンチーズを得ることができる。このような工程で得られたグリーンチーズ中の乳糖含量は2.0重量%以下、好ましくは1.8重量%以下であり、乳脂肪含量は40重量%以上となる。また、グリーンチーズ中の固形あたりの遊離グルタミン酸量は、20~30mg%である。なお、乳糖量は、好ましくは高速液体クロマトグラフィーで測定した値である。
【0021】
つぎに塩漬したチーズカード、すなわちグリーンチーズに麹菌を接種する。
本発明で用いる麹菌は、食品に用いられているAspergillus属麹菌であればよく、脂肪分解臭が少なく、旨味の強い風味を付与するうえで、Aspergillus oryzae、Aspergillus sojae、Aspergillus luchuensis、Aspergillus luchuensis mut. kawachiiおよびそれらの白色変異株を挙げることができる。また、これらの菌株を混合して使用することもできる。
【0022】
麹菌の接種は、チーズカードの表面に塗布またはチーズカード内部に分散、あるいは両方を組み合わせて行うことができる。すなわち、麹菌の粉末を直接接触させる方法、あるいは麹菌粉末を水などの液体にあらかじめ分散させ、その分散液の中に浸漬する方法のいずれか、もしくは両方を行うことが好ましい。熟成条件は、麹菌の生育が図られるよう温度10~40℃、好ましくは25~37℃、相対湿度80%以上であることが好ましい。10℃未満では麹菌の生育に時間がかかり、熟成が進まない。40℃より高い温度では麹菌以外の微生物の生育が見られる可能性があること、チーズカードの軟化による変形を伴うため、衛生面と外観面から好ましくない。熟成方法は麹菌熟成チーズの良好な風味と組織を得るため、10~40℃の温度条件で2~120日間行うが、好ましくは15~40℃、好ましくは25~37℃の温度条件で3~21日間、好ましくは2~10日間の一次熟成を行い、麹菌の十分な生育が得られたら、一次熟成温度よりも低い温度で二次熟成を行う。すなわち、10~35℃、好ましくは20~35℃で0~100日間好ましくは2~10日間の二次熟成を行うことが好ましい。湿度は麹菌が生育できるよう、相対湿度80%以上に保つことが好ましい。
【0023】
原料乳に予め酒粕を添加、あるいは成型したチーズカードを酒粕調味液に浸漬してもよい。こうすることにより、麹菌による熟成を早めることができ、生産効率を高めることが可能となる。本発明で用いる酒粕は、主に日本酒の製造工程で麹と酵母の発酵後のもろみを圧搾して得られる固形物である。本発明で用いる酒粕は、特に限定されるものではなく、固形状、ペースト状、液状あるいは粉末状の酒粕を使用することができる。酒粕には炭水化物、タンパク質、脂質だけでなく、ビタミン、ミネラル、アミノ酸、有機酸などの低分子成分を含んでいる。酒粕を熟成させた踏込粕は、熟成期間とともに低分子成分が増加し、芳醇で華やかな香気成分が形成される。これらは乳酸菌や麹菌の繁殖のために資化され、その結果、チーズの発酵・熟成が促進されると考えられる。原料乳に添加する酒粕の添加量としては、0.1重量%以上であり、好ましくは0.1~6重量%で良好な発酵・熟成効果が得られる。0.1重量%未満では十分な発酵・熟成効果が得られないこと、6重量%以上でも発酵・熟成効果が得られるが、原料乳への添加する操作性から0.1~6重量%が好ましい。熟成促進のための酒粕の使用法としては、酒粕を分散させた調味液に成型したチーズカードを浸漬させることでも麹菌の繁殖が促進され、熟成を早めることができる。
【0024】
なお、チーズカード「表面」とは、麹菌生育層であり、「内部」とは麹菌生育層の内側部分を意味する。
【0025】
上述の方法で製造された麹菌熟成チーズは、保存や流通に適した状態とするため、殺菌処理を行っても良い。熟成が完了したチーズを中心部の品温が55℃以上となるように10分間以上保持して行うが、これに限定されるものではない。
【0026】
上述の方法で製造された麹菌熟成チーズは、ナチュラルチーズであり、固形分中の乳脂肪が40重量%以上、好ましくは40~75重量%、固形分中の乳糖量が2.0重量%以下、好ましくは1.9重量%以下、さらに好ましくは1.8重量%以下である。
【0027】
チーズの風味については、固形分中の乳脂肪が40重量%以上、固形分中の乳糖が2.0重量%以下、1.8重量%以下とすることで旨味のある風味と柔らかく滑らかな組織の麹菌熟成チーズを得ることができる。
【0028】
本発明によって得られる麹菌熟成チーズ中の遊離グルタミン酸量は、固形あたり490mg%以上(100g当たりのmg)、好ましくは500mg%以上であり、旨味が強く、コクのある風味を呈する。これは従来のカビ熟成チーズとは差別化された風味となり、日本独自のチーズを提供することができる。
【0029】
また、最終的に得られたチーズ製品中に用いた麹菌は生きた状態で存在する。したがって、本発明の方法で得られたチーズは麹菌を含有することも特徴とする。
【実施例】
【0030】
次に本発明について実施例を示すが、実施例に限定されるものではない。
【0031】
[実施例1]
原料乳(脂肪分3.3重量%、タンパク質3.2重量%)を65℃、30分間保持して殺菌し、30℃まで冷却したものをチーズ乳とした。チーズ乳40kgに乳酸菌スターター(CHN-11、クリスチャンハンセン社)を接種し、pHが6.5~6.4になった時点でレンネット(カイマックス、クリスチャンハンセン社)を添加した。レンネットによる凝固後にカッティングを行い、30℃を維持しながら30分間攪拌した後、次のようにホエイの水との置換による3つのカードウォシング(以下の、コントロール区、試験区Aおよび試験区B)を行った。
・コントロール区1:水との置換無し
・試験区A:20kgのホエイを排出し、同量の水を添加
・試験区B:20kgのホエイを排出し、30kgの水を添加
【0032】
それぞれの試験区についてさらに30分静置した後、直径60mmの円柱状モールドにカードを流し込み、1時間ごとに反転操作を3回行った。さらに30℃で一晩静置した。つぎに食塩溶液に浸漬し、グリーンチーズを得た。
【0033】
3つの試験区によって得たグリーンチーズ中の乳糖量を求めたところ、表1のようになり、カードウォシングにより水との置換量が高いほど乳糖量は減少した。
【0034】
なお、乳糖量は、高速液体クロマトグラフィーにより定量した値である。また、チーズ固形分中の乳脂肪含量は、コントロール区1、試験区A、試験区Bでそれぞれ51.1重量%、50.5重量%、51.4重量%であった。
【0035】
【0036】
[実施例2]
予めAspergillus sojae(樋口松之助商店製)分生子を水に分散した分散液に実施例1で得られたグリーンチーズを室温で浸漬することで麹菌を接種した。一次熟成は35℃で3日間、二次熟成として30℃4日間、相対湿度80%以上の熟成庫内で麹菌を繁殖させた。一次熟成前および二次熟成後のチーズについて、遊離グルタミン酸量を測定した。遊離グルタミン酸の測定は、チーズに一定量の3%スルホサリチル酸水溶液を加えてホモジナイズし、遠心分離によって上澄み液を回収し、アミノ酸分析装置で定量した。熟成したチーズは10℃以下に保存し、1カ月後の官能評価を行った。表2に示したように、熟成後のチーズ中の遊離グルタミン酸量は、コントロール区1、試験区Aおよび試験区Bでそれぞれチーズ固形あたり480mg%、932mg%および968mg%となり、カードウォシングにより顕著な遊離グルタミン酸量の増加を確認することができた。10℃保存中のチーズについては、コントロール区1で時間とともにチーズ表面の軟化が見られるものの、内部組織は硬く、熟成の進行がチーズ表面にとどまっていた。一方、試験区Aおよび試験区Bは、チーズ表面だけでなく、チーズ内部の組織全体が均一で滑らかであり、熟成が内部にまで進んでいることが分かった。熟成の進行の違いを示すため、それぞれ切断したチーズの断面を
図1に示す。
図1は左からコントロール区1、試験区A、試験区Bで熟成したチーズの断面を示す。
図1に示すように、試験区B、試験区A、コントロール区の順番で、熟成を示す色が濃くなった部分がチーズ内部に拡がっている。
【0037】
麹菌熟成チーズの官能評価は、5名のパネリストが「チーズの組織」と「チーズの風味」について以下に示す基準に従い4段階で評価した。
【0038】
「チーズの組織」
◎:柔らかく滑らかであり、とろける組織。
〇:柔らかく滑らかな組織。
△:柔らかいが滑らかさに欠ける。一部脆い組織がある。
×:組織がしっかりしており、滑らかさに欠ける。
【0039】
「チーズの風味」
◎:クリーミーで旨味を感じる。芳醇でコクのある風味。
〇:クリーミーであるが、やや旨味を感じる。
△:クリーミーさに欠け、旨味に欠ける。
×:クリーミーさに欠け、熟成風味に欠ける。
【0040】
表2に示したように、コントロールと比べて試験区Aおよび試験区Bは旨味が強く、コクのある良好な風味を呈していた。
【0041】
【0042】
[実施例3]
生乳100kgを65℃で30分間殺菌保持した後、30℃まで冷却し、チーズ乳を調製した。チーズ乳に乳酸菌スターターを添加してpH6.5となった時点でレンネットを加えて凝固させた。カードカッティング後、60分間静置しホエイ50kgを排出した。次に30℃の温湯75kgを加えてゆっくり攪拌し、30分間静置し、再び75kgの加水ホエイを排出することでカードウォシングを行った。その後、直径80mmの円形のモールドに流し込み、1時間ごとに反転操作を4回行い、30℃で一晩静置した。翌日、食塩溶液に浸漬し、グリーンチーズ12kgを得た。またグリーンチーズの固形あたりの乳糖量は1.7重量%であった。また、グリーンチーズ固形分中の乳脂肪含量は、54重量%であった。麹菌はAspergillus oryzae(樋口松之助商店製)を用い、予め水に分散させた麹菌分散液にグリーンチーズを浸漬することで接種した。35℃、相対湿度85%以上で4日間の一次熟成を行い、二次熟成として30℃で7日間熟成させた後、中心部が80℃となるように加熱し、10分間保持して殺菌し、製品とした。10℃で1カ月冷蔵し、チーズ組織と風味を評価したところ、表3のように試験区Cの組織は均一に軟化し、脂肪酸の分解臭もなく、旨味のある良好な風味を呈していた。一方、カードウォシングを行っていないコントロール区2では旨味を感じるものの、表皮部分が軟化し、中心部分はグリーンチーズのような硬い組織であった。さらに外皮から軟化したチーズ組織が漏出し、外観は好ましいものではなかった。なお、遊離グルタミン酸量は、コントロール区2、試験区Cでそれぞれ500mg%、857mg%であった。
【0043】
【0044】
[実施例4]
生乳100kgを75℃で15秒間殺菌保持した後、30℃まで冷却し、チーズ乳を調製した。チーズ乳に乳酸菌スターターを添加して0.01%となるように塩化カルシウムを添加し、チーズ乳のpHが6.5となった時点でレンネットを加えて凝固させた。45分静置後、カードカッティングを行い、60分間静置した。カードウォシングは、先にホエイ50kgを排出し、30℃の温湯75kgを加えてゆっくり攪拌し、30分間静置した。チーズバットから75kgの加水ホエイを排出し、直径80mmの円形のモールドに流し込み、1時間ごとに反転操作を4回行い、30℃で一晩静置した。翌日、食塩溶液に浸漬し、グリーンチーズ14kgを得た。グリーンチーズの固形あたりの乳糖量は1.5重量%であった。また、グリーンチーズ固形分中の乳脂肪含量は、50.9重量%であった。麹菌は実施例3と同じ菌株を用い、グリーンチーズを浸漬することで接種し、これを試験区Dとした。
【0045】
試験区Eは次のように調製した。予め酒粕(八海醸造製)を18重量%となるように冷水に加え、ブレンダーで分散させ、酒粕調味液を調製し、グリーンチーズを浸漬して冷蔵庫内で一晩静置した。翌日グリーンチーズを取り出し、水気を切った後、試験区Dと同様に麹菌を接種した。熟成は温度34℃、相対湿度85%以上で4日間の一次熟成を行い、二次熟成は30℃として3日、5日目のチーズの組織と風味を評価した。
【0046】
二次熟成3日目では麹菌はチーズ全体に繁殖しており、表4に示したように試験区Dの外側部分は旨味を感じ、柔らかい組織であるが、まだ内部は硬い組織であった。試験区Eは同様に旨味を感じ、内部の硬い組織は試験区Dよりも小さく、全体としてはとろける柔らかい組織であった。二次熟成5日目になるとどちらも旨味の強い風味となった。試験区Dは全体が柔らかくなっているが、内部の硬い組織はわずかに残るものであった。試験区Eは全体がクリーミーでとろける組織であり、硬い組織は全く見られなかった。
【0047】
【0048】
[実施例5]
酒粕2kgに3kgの生乳を加えて冷却しながらブレンダーで懸濁し、流動性のある状態で生乳47kgと混合した。この酒粕入り生乳52kgを65℃で30分間殺菌保持した後、30℃まで冷却し、酒粕入りチーズ乳を調製した。乳酸菌スターターと塩化カルシウムを添加してpH6.5となった時点でレンネットを加えて酒粕入りチーズ乳を凝固させた。カードカッティング後、60分間静置し、ホエイ25kgを排出し、30℃の温湯37.5kgを加えてゆっくり攪拌し、30分間静置した。チーズバットから37.5kgの加水ホエイを排出することでカードウォシングを行った。チーズカードは、直径80mmの円形のモールドに流し込み、1時間ごとに反転操作を4回行い、30℃で一晩静置した。翌日、食塩溶液に浸漬し、グリーンチーズ7.3kgを得た。グリーンチーズの固形あたりの乳糖量は1.4重量%であった。また、グリーンチーズ固形分中の乳脂肪含量は、51重量%であった。麹菌はAspergillus oryzaeを用い、予め水に分散させ、グリーンチーズを浸漬することで接種し、試験区Fを得た。コントロール区3は、酒粕を添加せずに試験区Fと同様の工程で麹菌熟成チーズを調製した。熟成条件は、温度35℃、相対湿度85%以上で4日間の一次熟成を行い、二次熟成は30℃で5日間とした。二次熟成後、10℃で1カ月保存後のコントロール区3と試験区Fのチーズの組織と風味を表5に示す。コントロール区3は、旨味のある風味であり、全体が柔らかい組織であるが、中心部分にまだもろい組織が残っていた。試験区Fは、もろい組織は全くなく、とろける食感であり、旨味だけでなく酒粕由来の芳醇で華やかな風味を呈していた。このように酒粕の存在によって麹菌熟成チーズの熟成が早まり、既存のソフト系チーズと差別化できる特徴的な風味を付与できることがわかった。
【0049】
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明により、固形分中の乳脂肪が40重量%以上、チーズ固形分中の乳糖が1.8重量%以下であり、旨味が強く、コクのある風味を呈するチーズを提供できる。