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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】エンコーダ信号調整方法
(51)【国際特許分類】
   G01D 5/26 20060101AFI20240925BHJP
【FI】
G01D5/26 L
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020219717
(22)【出願日】2020-12-28
(65)【公開番号】P2022104461
(43)【公開日】2022-07-08
【審査請求日】2023-11-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000137694
【氏名又は名称】株式会社ミツトヨ
(74)【代理人】
【識別番号】100143720
【弁理士】
【氏名又は名称】米田 耕一郎
(72)【発明者】
【氏名】田中 駿丞
【審査官】藤澤 和浩
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-220476(JP,A)
【文献】特開2012-127910(JP,A)
【文献】特開2010-48607(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01D 5/00-5/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンコーダの検出ヘッド部から出力されるn相(nは2以上の整数)の検出信号から正弦曲線に変換するエンコーダ信号調整方法であって、
エンコーダは、
測位方向に一定ピッチの周期パターンが設けられたスケールと、
このスケールに対して相対移動するとともに、前記周期パターンの一周期内において位相が異なるn相の検出信号を読み取るように検出パターンが配設された検出ヘッド部と、を有しており、
前記n相の検出信号の互いの位相関係を一周期内の位相を使ってφ1、・・・φn(0≦φ1、・・・φn<360°)で表わし、
前記検出ヘッド部から出力される前記n相の検出信号の値をI1、I2・・・Inと表わすとき、
当該エンコーダ信号調整方法は、
位相がφ1、・・・φnのときのそれぞれの値がI1、I2・・・Inであるn相の検出信号の組に対して最もよく当てはまる回帰正弦曲線を正弦曲線と
とを特徴とするエンコーダ信号調整方法
【請求項2】
請求項1に記載のエンコーダ信号調整方法において、
前記回帰正弦曲線は、前記n相の検出信号に対する最小自乗法の解として得られるものである
ことを特徴とするエンコーダ信号調整方法
【請求項3】
請求項1に記載のエンコーダ信号調整方法において、
前記回帰正弦曲線のサイン成分をA相とし、前記回帰正弦曲線のコサイン成分をB相として、
前記エンコーダの検出ヘッド部から出力される前記検出信号から互いに90°の位相差をもつA相とB相とでなる2相信号とする
ことを特徴とするエンコーダ信号調整方法。
【請求項4】
請求項3に記載のエンコーダ信号調整方法において、
前記n相の検出信号を前記2相信号に変換する演算は、次の式で表わされる、n相を2相に変換する変換行列Tを含む
ことを特徴とするエンコーダ信号調整方法。
【数1】
【請求項5】
請求項3または請項4に記載のエンコーダ信号調整方法において、
前記n相の検出信号を前記2相信号に変換する演算は、前記n相の検出信号の振幅を補正する振幅補正行列Dを含み、
振幅補正行列Dは対角行列である
ことを特徴とするエンコーダ信号調整方法。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれかに記載のエンコーダ信号調整方法において、
前記検出信号が3相以上であって、
位相が隣り合う任意の3つの前記検出信号の位相を、
φi-1、φi、φi+1 (iは2からn-1の整数)
で表わし、
さらに、
φi-1とφiとの位相差をΔφ(i-1,i),
φiとφi+1との位相差をΔφ(i,i+1)
と表わすとき、
Δφ(i-1,i)とΔφ(i,i+1)は1°以上異なる
ことを特徴とするエンコーダ信号調整方法。
【請求項7】
請求項1から請求項5のいずれかに記載のエンコーダ信号調整方法において、
前記検出信号が2相以上であって、
位相が隣り合う任意の2つの前記検出信号の位相を、
φi、φi+1 (iは1からn-1の整数)
で表わし、
φiとφi+1との位相差をΔφ(i,i+1)
と表わすとき、
Δφ(i,i+1)について、
89°<Δφ(i,i+1)<91°を満たさない
ことを特徴とするエンコーダ信号調整方法。
【請求項8】
請求項1から請求項7のいずれかに記載のエンコーダ信号調整方法をコンピュータに実行させるエンコーダ信号調整プログラム。
【請求項9】
スケールと、このスケールに対して相対移動可能に設けられた検出ヘッド部と、請求項8に記載のエンコーダ信号調整プログラムを格納したコンピュータと、を具備したエンコーダ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は位置、変位、角度、角速度等の検出を行うエンコーダに関する。具体的には、例えば、エンコーダの検出ヘッド部から出力されるn相の検出信号を互いに90°位相差の2相信号に変換するエンコーダ信号の調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エンコーダは、スケールと、スケールに対して相対移動するように設けられた検出ヘッド部と、を有する。
スケールには、測位方向に一定ピッチの周期パターンが設けられている。
検出ヘッド部には、前記周期パターンの一周期内において位相が互いに異なるn相の検出信号を読み取るように検出パターンが配設されている。そして、n相の検出信号からリサージュ図形を描き、その偏角から周期パターンの1ピッチ以下の分解能で内挿を行うことにより、高分解能の位置(変位)検出が可能となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許4713123
【文献】特開2003-279382
【文献】特開2006-3307
【文献】特許6517540
【文献】特許5964162
【文献】特許4768248
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
検出ヘッド部から出力されるn相の検出信号からリサージュ図形を描くためには、n相の検出信号にn相2相変換を行って、n相の検出信号から90°位相差を有する2相信号(A相、B相)を得る必要がある。例えば、検出信号が120°位相差の3相信号(S1、S2、S3)であったとすると、3相2相変換は次のように表される。
検出信号S1の強度をI1とし、
検出信号S2の強度をI2とし、
検出信号S3の強度をI3とする。
【0005】
【数1】
【0006】
この3相2相変換は、3相の検出信号の位相差が120°であることを前提としている。
しかし、実際には、検出ヘッド部の検出パターンにも加工誤差があるのであり、設計値通りに120°位相差で3相の検出信号が得られるわけではない。また、検出信号の強度(振幅)には、それぞれの信号ごとにスケールのうねり等を反映した軸内変動が生じ得る。
このような設計値からずれたn相(例えば3相)検出信号に上記のようなn相2相変換を行うと、設計値からのずれに起因した誤差が2相信号に生じることになり、精度劣化の要因となる。
【0007】
この対策として、n相(例えば3相)の検出信号が設計値通りの関係になるように補正を施してから、n相2相変換を行うという手段が取られることもある。
【0008】
しかしながら、信号強度(振幅)と位相(位相差)の両方を補正する補正行列は要素が多く、リアルタイムでこのような補正行列を求めるとすれば計算負荷がかなり大きい。また、信号強度(振幅)と位相(位相差)の両方を設計値通りの関係になるように補正するにあたり、原理的に言って、両方とも高精度に補正するというのは極めて困難である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のエンコーダ信号調整方法は、
エンコーダの検出ヘッド部から出力されるn相(nは2以上の整数)の検出信号を互いに90°の位相差をもつA相とB相とでなる2相信号に変換するエンコーダ信号調整方法であって、
エンコーダは、
測位方向に一定ピッチの周期パターンが設けられたスケールと、
このスケールに対して相対移動するとともに、前記周期パターンの一周期内において位相が異なるn相の検出信号を読み取るように検出パターンが配設された検出ヘッド部と、を有しており、
前記n相の検出信号の互いの位相関係を一周期内の位相を使ってφ1、・・・φn(0≦φ1、・・・φn<360°)で表わし、
前記検出ヘッド部から出力される前記n相の検出信号の値をI1、I2・・・Inと表わすとき、
当該エンコーダ信号調整方法は、
位相がφ1、・・・φnのときのそれぞれの値がI1、I2・・・Inであるn相の検出信号の組に対して最もよく当てはまる正弦曲線を回帰正弦曲線とするとき、
前記回帰正弦曲線のサイン成分をA相とし、
前記回帰正弦曲線のコサイン成分をB相とする
ことを特徴とする。
【0010】
本発明の一実施形態では、
前記回帰正弦曲線は、前記n相の検出信号に対する最小自乗法の解として得られるものである
ことが好ましい。
【0011】
本発明の一実施形態では、
前記n相の検出信号を前記2相信号に変換する演算は、次の式で表わされる、n相を2相に変換する変換行列Tを含む
ことが好ましい。
【0012】
【数2】
【0013】
本発明の一実施形態では、
前記n相の検出信号を前記2相信号に変換する演算は、前記n相の検出信号の振幅を補正する振幅補正行列Dを含み、
振幅補正行列Dは対角行列である
ことが好ましい。
【0014】
本発明の一実施形態では、
前記検出信号が3相以上であって、
位相が隣り合う任意の3つの前記検出信号の位相を、
φi-1,φi,φi+1 (iは2からn-1の整数)
で表わし、
さらに、
φi-1とφiとの位相差をΔφ(i-1,i),
φiとφi+1との位相差をΔφ(i,i+1)
と表わすとき、
Δφ(i-1,i)とΔφ(i,i+1)は1°以上異なる
ことが好ましい。
【0015】
Δφ(i-1,i)とΔφ(i,i+1)の違いを1°以上20°未満とすることが例として挙げられ、さらには、
Δφ(i-1,i)とΔφ(i,i+1)の違いを3°以上15°未満とすることが例として挙げられ、より好ましくは、
Δφ(i-1,i)とΔφ(i,i+1)の違いを10°とすることが例として挙げられる。
【0016】
なお、エンコーダの受光素子アレイに製造公差があるとしても、1°分に相当する製造誤差が生じることはなく、1°分のずれがあれば、意図的に少しずらした設計となっていると考えることができる。
また、すべてのiについて位相が隣り合う検出信号間の位相差がすべて異なっている必要はなく、すくなくとも一つのiについて上記の条件が満たされていればよい。
【0017】
本発明の一実施形態では、
前記検出信号が2相以上であって、
位相が隣り合う任意の2つの前記検出信号の位相を、
φi,φi+1 (iは1からn-1の整数)
で表わし、
φiとφi+1との位相差をΔφ(i,i+1)
と表わすとき、
Δφ(i,i+1)について、
89°<Δφ(i,i+1)<91°を満たさない
ことが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】エンコーダ100の外観を示す図である。
図2】検出ヘッド部300の内部構成を例示する図である。
図3】受光素子340の配列を例示する図である。
図4】等間隔ではない受光素子340群の位相関係を例示する図である。
図5】リサージュ図形を例示する図である。
図6】演算処理部400の機能ブロック図である。
図7】従来技術において、検出信号の補正の様子を模式的に表現した図である。
図8】本実施形態において、検出信号の補正の様子を模式的に表現した図である。
図9】回帰正弦曲線を求める様子を模式的に表現した図である。
図10】基本波、3次高調波、5次高調波を例示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の実施形態を図示するとともに図中の各要素に付した符号を参照して説明する。
本発明のエンコーダ信号調整方法に係る具体的な実施形態の説明の前に、まず、エンコーダ(変位測定装置)の構成を概略説明しておく。
図1は、エンコーダ100の外観を示す図である。
エンコーダ100は、スケール200と、このスケール200に対して相対移動可能に設けられた検出ヘッド部300と、を有する。
エンコーダ100は、互いに相対移動する要素をもつ機械装置の移動制御に用いられる。例えば、機械装置が例えば移動ステージであれば、スケール200を基台(一方の要素)に取り付け、検出ヘッド部300をステージ(他方の要素)に取り付ける。
【0020】
スケール200は、測長方向(測位方向)に一定ピッチの周期パターン210を有する。光電式エンコーダ100であれば、周期パターン210というのは、所定ピッチで形成された光反射部または光透過部であり、いわゆる回折格子である。
【0021】
検出ヘッド部300は、スケール200の周期パターン210と対になる検出パターン310を有し、スケール200の周期パターン210から検出信号を読み取る。
検出ヘッド部300内には図2に例示するような光源320と受光部330とが配設されている。
受光部330は、スケール200の周期パターン210と平行に配列された受光素子340を備える。
受光素子340は、図3に示されるように、スケール200の周期パターン210によって生じる干渉縞220の異なる位相に対応した受光信号を発信するように配列されている。
【0022】
例えば、スケール200の周期パターン210によって生じる干渉縞220のピッチPに対して、受光素子340は、(1/n)Pのピッチで配列される。
ここでは、まず第1の例として、受光素子340は(1/3)Pのピッチで配設されているとする。
この場合、スケール200の周期パターン210からの干渉縞220の一波長に対して、受光素子340は120°ずつずれた位相信号を発信する。
説明のために、受光素子340を3つの群に分類し、ある位相に対応した受光素子340群を第1相(α)とする。
第1相(α)に対して120°位相差を有する受光素子340群を第2相(β)とする。さらに、第2相(β)に対して120°位相差を有する受光素子340群を第3相(γ)とする。
【0023】
本実施形態において、従来技術と同様に、受光素子340を(1/n)Pのピッチで等間隔に配置するようにしてもよい。
ただし、本発明の利点を効果的に活かすため、従来技術とは違って、受光素子340の配置を等間隔から意図的に少しずらすように設計してもよい。
例えば、受光素子340を3相配置するとして、干渉縞220のある位相に対応するように第1相(α)の受光素子340(群)を配置するとする。そして、第1相(α)に対して110°位相差を有するように受光素子340群を配置し、これらを第2相(β)とする。さらに、第2相(β)に対して130°位相差を有するように受光素子340群を配置し、これらを第3相(γ)とする。
【0024】
第1相(α)の位相が0°であるとすると、検出信号同士の位相関係は、第2相(β)の位相が110°であり、第3相(γ)の位相が240°(-120°)となる。
この場合、
第1相(α)と第2相(β)との位相差は110°であり、
第2相(β)と第3相(γ)との位相差は130°であり、
第3相(γ)と第1相(α)との位相差は120°である。
図4は、等間隔ではない受光素子340群の位相関係の例示である。
【0025】
なお、従来技術でも本実施形態でも、受光素子340の配置設計を理想的に作ったとしても、実際の製品には設計値からのずれがあり、製品ごとのバラツキも有り得る。そこで、実際に受光素子340がパターン形成された受光部330に参照信号を入力してみて、第1相・・第n相の位相(位相差)を求めておく。
例えば、第1相(α)の位相を0°として、第2相(β)の位相は109°で、第3相(γ)の位相は241°(-119°)、というように求められる。
予め求められた検出信号の位相(位相ずれ)は、従来技術では2相変換前の検出信号の補正に使用されていたが、本実施形態では2相変換の際に利用する。
詳しくは後述する。
【0026】
第1相(α)、第2相(β)、第3相(γ)・・・の検出信号が検出ヘッド部300から出力され、これらを演算処理することでスケール200と検出ヘッド部300との相対変位量Lが求められる。
この演算処理の詳細は、図6の演算処理部400の動作として後述するが、概略を説明しておく。
まず、図5に例示のように、第1相(α)、第2相(β)、第3相(γ)・・・の検出信号から互いに90°位相差を有する二相信号(A相、B相)を求め、この二相信号が描くリサージュ図形の総回転角θTを求める。
総回転角θTというのは、回転数と、図5にある1回転以内の偏角(アーギュメント)θと、の和である。総回転角θTが得られれば、格子ピッチPSとの関係により、スケール200と検出ヘッド部300との相対変位量Lは次のようになる。
【0027】
L=(θT/360°)×PS
【0028】
リサージュ図形の1回転以内の偏角(アーギュメント)θを正確に求めることにより、1ピッチ(PS)以下の分解能で内挿することができるわけである。
【0029】
次に、演算処理部(エンコーダ信号調整装置)400による演算処理(エンコーダ100信号調整方法)を説明する。
図6は、演算処理部400の機能ブロック図である。
演算処理は、n相の検出信号を2相信号に変換して、さらに、2相信号に基づいてスケール200と検出ヘッド部300との相対変位量を算出する。
【0030】
図6では説明の都合上機能ブロック図を示しているが、この演算処理を実行するプログラムをコンピュータ(CPU、ROM、RAM)120に格納しておき、中央処理装置(CPU)でこのプログラムを実行することにより実現されてもよい。
図1では、演算処理部400は、検出ヘッド部300から有線ケーブル110または無線通信で繋がったコンピュータ(PC)120に設けられているが、検出ヘッド部300自体にマイクロコンピュータを内蔵しておいて、このマイクロコンピュータに当該演算処理を実行させるようにしてもよい。
【0031】
演算処理部400は、受信インターフェース410と、調整演算部420と、リサージュ変換部450と、変位量演算部460と、を有する。
【0032】
受信インターフェース410は、受光部330から出力されるn相の検出信号を受信し、次段の調整演算部420に送る。
調整演算部420は、n相の検出信号を2相信号に変換する。調整演算部420は、振幅補正部430と、2相変換部440と、を有する。
【0033】
まず、振幅補正部430は、n相の検出信号の振幅の大きさがすべて同じになるように調整する。
n相の検出信号をS1、・・・Snとするとき、振幅補正部430は、例えば、S1の振幅の大きさを基準として、S2・・・Snの振幅の大きさがS1の振幅の大きさと同じになるように検出信号S1、S2・・・Snにそれぞれ係数を掛ける。振幅補正係数行列Dは、対角行列となり、例えば、次のように表わされる。
【0034】
【数3】
【0035】
振幅補正部430は、例えば、受信インターフェース410から入力される検出信号S1・・・Snの大きさをリアルタイムで対比し、各検出信号に掛ける係数Dをリアルタイムで算出してもよい。あるいは、実際の製品で検出ヘッド部300をスケール200上で動かしてみて、スケール200上の場所(区間)ごとに検出信号S1・・・Snの大きさの差を予め求めておき、この差を補正する係数を補正係数テーブルに用意しておいてもよい。
【0036】
ここで、本第1実施形態のポイントの1つとして、振幅補正部430は、検出信号S1・・・Snの振幅(の大きさ)だけを補正するものであり、例えば検出信号S1・・・Snの位相(のずれ)については調整しない、という点がある。例えば、従来技術において120°位相差で検出信号が取得される設計になっていた場合、従来は振幅と位相(位相差)を両方補正することが必要であった。
【0037】
図に表わすと、例えば、検出信号が3相であれば、図7のように、3つの検出信号の関係を120°位相差で大きさが等しい信号に調整していた。このため、補正行列Cは、例えば、次のように表わされる。
【0038】
【数4】
【0039】
これは、従来技術では、次段の3相2相変換(あるいはn相2相変換)のときに検出信号の位相差が120°(あるいは360°/n)であることを前提とした演算を行なっていたためである。
振幅と位相(位相差)の両方を補正する補正行列Cは要素が多く、リアルタイムでこのような補正行列を求めるとすれば、行列Cの要素すべてを再計算するのは負荷が大きい。また、仮に、スケール200と検出ヘッド部300との相対位置の変化によって検出信号の振幅だけが変動するような場合であっても、行列Cの要素すべてを再計算しなければならない。そして、検出信号S1・・・Snと上記補正行列とを掛け算するにも演算量が大きい。従来は、この演算量が大きいため、検出ヘッド部300の変位を表示するのにやや時間を要するということがあった。
仮に、変位表示の応答性を重要視する場合は、検出信号S1・・・Snの完全な補正は省略するということもあったが、これではリサージュ図形が歪んでしまうので、測定値に誤差を含むか、別の補正演算を追加するということが必要になっていた。
【0040】
この点、本実施形態では、振幅補正係数行列Dは、対角要素だけであるので、演算量が格段に少なくなる。
また、エンコーダ100の特質として、検出信号の振幅はスケール200のうねり等に感度があり軸内変動が比較的大きい。一方で、検出信号の位相は受光素子340の配置といった機械的構造で決定され、軸内変動が比較的小さい。そこで、本実施形態のように対角要素だけである振幅補正係数行列Dにより、演算の省力化、省電力化、さらには、高速化を図りつつ、精度向上も両立できる。
【0041】
次に、2相変換部440を説明する。
2相変換部440は、補正後のn相の検出信号の組に対して最もよく当てはまる正弦曲線を求めるとともに、前記正弦曲線のサイン成分をA相とし、コサイン成分をB相として、互いに90°位相差の2相信号(A相、B相)を求める。
ここで、n相の検出信号の組に対して最もよく当てはまる正弦曲線を回帰正弦曲線と称することにする。
【0042】
本実施形態では、最小自乗法によって正弦曲線のあてはめ(カーブフィッティング)を行なう場合を説明するが、最適な正弦曲線の求め方は他にも取り得る。求められる回帰正弦曲線とn相の検出信号の組との差異の累積Σf(Δ)が最も小さくなるようにすればよい。f(Δ)の形は自乗に限らない。
【0043】
検出信号がn相の場合、本実施形態におけるn相2相変換の変換行列Tは次の式で表現される。
【数5】
【0044】
上記の式を視覚的なイメージで表現すると例えば図9のようになる。
検出信号がS1、S2、S3の3相であるとして、
検出信号S1の位相φ1に対して、検出信号S2の位相φ2が109°で、検出信号S3の位相φ3が241°であるとする。
そして、
検出信号S1の強度をI1とし、
検出信号S2の強度をI2とし、
検出信号S3の強度をI3とする。
このとき、この3点に対して最もよく当てはまる正弦曲線が回帰正弦曲線であり、この回帰正弦曲線のサイン成分がA相成分であり、コサイン成分がB相成分である。
【0045】
正弦関数を用いて表現すると、例えば次のように解釈することもできる。
いま、検出信号S1、S2、S3の信号強度I1、I2、I3を次のように表わすとする。
(振幅はすでに揃えてあるので、ここでは省略する。)
I1=sin(θ+φ1)
I2=sin(θ+φ2)
I3=sin(θ+φ3)
【0046】
そして、求められた回帰正弦曲線yがy=sin(φ+θ)で表わされたとする。
すると、
y=cosθ・sinφ+sinθ・cosφ
であるから、回帰正弦曲線yのサイン成分がA相成分であり、コサイン成分がB相成分である。
【0047】
なお、上記変換行列Tは逆行列の表現を含んでいる。
ここで、リサージュ図形の回転角は、2相信号の比が保たれていれば正しく求められるのであるから、余因子行列のみを計算に使用すればよく、係数(行列式の逆数)は無視してもよい。(あるいは、行列式を係数としてさらに乗算して、係数を1にすると解釈してもよい。)
【0048】
したがって、変換行列Tを次のように表現してもよい。
【0049】
【数6】
【0050】
調整演算部420による計算をまとめて一式に表現すると、次のようになる。
n相の検出信号(S1・・Sn)の強度Iを[I]=(I1、・・、In)とする。
A相、B相の2相信号の組を[R]=(A、B)と表す。
【0051】
[R]=[T]・[D]・[I]
【0052】
本実施形態におけるn相2相変換は検出信号の位相が等間隔(360°/n)であることを前提とするわけではないし、検出信号の位相が設計通りの位相(位相差)であることを前提ともしない。
本実施形態におけるn相2相変換は、検出信号の実際の位相(φ1、・・・φn)を前提とした回帰正弦曲線のサイン成分(A相)と、コサイン成分(B相)を算出することにしたものである。
これにより、演算の省力化、高速化を図りつつ、精度向上も両立できるものである。
【0053】
(付加的効果としての高調波分離)
受光素子340の配置を等間隔から意図的に少しずらすように設計することによって、検出信号間の位相差を等間隔から意図的にずらすことがよい、と説明した。これにより、メインの基本波に混入した高調波を区別しやすくなる。
【0054】
エンコーダ100から出力される検出信号は周期的な信号であって、例えば正弦波であるが、周期的な信号には高調波歪みが混入することが避けられず、これがエンコーダ100の位置(変位)検出精度の誤差要因となる。ただし、理論的には、どの高調波がどの程度混入しているかを把握できれば、補正は可能である。
【0055】
ここで、従来の方式でn相の検出信号を取得したときに、基本波に対してどの高調波がどの程度混入しているかを区別して把握することが難しい場合があった。
例えば、図10は、基本波、3次高調波、5次高調波の例示であるが、高調波(3次、5次、7次、・・高調波)は、基本波の整数倍サイクルの波である。すると、n相の検出信号を取得したとき、例えば、基本波に3次高調波が混入した場合と5次高調波が混入した場合とで、検出される波の変動周期が同じになる場合があり、このような場合には、歪みの原因が3次高調波なのか5次高調波なのかを区別できない。
【0056】
例えば、90°位相差で4相の検出信号を得るとした場合、3次高調波が混入した場合も5次高調波が混入した場合もリサージュの歪みはλ/4である。
【0057】
この点、検出信号間の位相差を等間隔から意図的にずらしておくことができれば、
混入する高調波の次数と、それによって現れるリサージュの歪みを1対1に対応させることができるようになるため、リサージュの歪みの情報からの高調波がどの程度混入しているか検出できるようになる。
【0058】
例えば、6相の検出信号を得るエンコーダを考える。
もし、6相の検出信号の位相が等間隔であれば、Δφ=60°である。
ここで、高調波分離の目的で不等間隔にする場合、
Δφ(1,2)=50°
Δφ(2,3)=70°
Δφ(3,4)=60°
Δφ(4,5)=60°
Δφ(5,6)=60°
Δφ(6,1)=60°
のように組み合わせてもよい。
なお、Δφ(3,4)=Δφ(4,5)=Δφ(5,6)=Δφ(6,1)であるが、問題なく高調波を区別できる。
すなわち、少なくとも1つのiについて上記要件を満たしていればよい。
【0059】
また、「等間隔からずらす」ということとは違うが、上記の考えを敷衍すれば次のように考えることもできる。
例えば、検出信号が2相の場合、一方の検出信号の位相に対して、他方の検出信号の位相が90°位相差になっていると、上記と同じく、3次高調波が混入した場合も5次高調波が混入した場合もリサージュの歪みはλ/4となって区別できない。
これに対し、一方の検出信号の位相に対して、他方の検出信号の位相が90°以外であれば、高調波を区別できるようになる。したがって、一方の検出信号の位相に対して、他方の検出信号の位相が90°以外とすればよい。すなわち、Δφ(i,i+1)について、89°<Δφ(i,i+1)<91°を満たさない、とする。(あるいは、Δφ(i,i+1)は、1°≦Δφ(i,i+1)≦89°または91°≦Δφ(i,i+1)≦179°を満たす。)
例えば、一方の検出信号の位相に対して、他方の検出信号の位相が89°や91°になっていればよく、もっとはっきりずらすのであれば、例えば100°とすればよい。
(なお、2相以上でよく、少なくとも1つのiについて上記要件を満たしていればよい。)
【0060】
そして、上記に説明したように、検出信号間の位相差が等間隔でなくても、あるいは、位相差が89°や91°、100°のような従来の方式では扱えない(あるいは扱いづらい)ような半端な数値であったとしても、本実施形態ではn相の検出信号から90°位相差の2相信号(A相、B相)を得られるのである。したがって、歪みの原因になる高調波を分離した2相信号(A相、B相)を得て、エンコーダ100の精度をより一層向上させることができる。
【0061】
なお、本発明は上記実施の形態に限られたものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
エンコーダは、静電容量式エンコーダや磁気式エンコーダであってもよい。
静電容量式エンコーダであれば周期パターンは所定ピッチで配設された導電体電極であり、磁気式エンコーダであれば周期パターンは所定ピッチで配設されたコイルである。
そして、検出ヘッド部には、スケールの電極やコイルとカップリングする電極やコイル(送信/受信電極、送信/受信コイル)が設けられる。
【0062】
上記の説明では、正弦波(や正弦曲線)と表現しているが、これを余弦波(余弦曲線)としたり、数学上自明な式の変更や微調整等を行うことや、座標軸の回転や移動、全体の位相を進めたり遅らせたりするなどの数学的に等価な変換は本発明に含まれると解釈されたい。
【0063】
CPUやメモリを配置してコンピュータとして機能できるように構成し、このメモリにエンコーダ信号調整プログラムをインストールし、このインストールされたプログラムでCPU等を動作させて、上記実施形態で説明した各機能部としての機能を実現してもよい。エンコーダ信号調整プログラムの配布方法としては、不揮発性記録媒体(CD-ROM、メモリカード等)に記録して配布してもよいし、インターネット回線等を介してダウンロードさせるようにしてもよい。
【符号の説明】
【0064】
100 エンコーダ
200 スケール
210 周期パターン
220 干渉縞
300 検出ヘッド部
310 検出パターン
320 光源
330 受光部
340 受光素子
400 演算処理部
410 受信インターフェース
420 調整演算部
430 振幅補正部
440 2相変換部
450 リサージュ変換部
460 変位量演算部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10