(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-25
(45)【発行日】2024-10-03
(54)【発明の名称】生体組織損傷の修復剤の製造方法および生体組織損傷の修復剤
(51)【国際特許分類】
A61K 35/28 20150101AFI20240926BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240926BHJP
A61P 1/02 20060101ALI20240926BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20240926BHJP
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A61P 19/02 20060101ALI20240926BHJP
A61P 19/08 20060101ALI20240926BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240926BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20240926BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20240926BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240926BHJP
A61P 37/02 20060101ALI20240926BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240926BHJP
C12N 5/0775 20100101ALI20240926BHJP
【FI】
A61K35/28
A61K48/00
A61P1/02
A61P1/16
A61P3/10
A61P9/10
A61P9/10 101
A61P11/00
A61P11/04
A61P13/12
A61P17/02
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A61P19/08
A61P25/00
A61P25/28
A61P27/02
A61P35/00
A61P37/02
A61P43/00 105
C12N5/0775
(21)【出願番号】P 2021549037
(86)(22)【出願日】2020-09-25
(86)【国際出願番号】 JP2020036252
(87)【国際公開番号】W WO2021060460
(87)【国際公開日】2021-04-01
【審査請求日】2022-03-17
(31)【優先権主張番号】P 2019175648
(32)【優先日】2019-09-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、権利譲渡・実施許諾の用意がある。
(73)【特許権者】
【識別番号】503328193
【氏名又は名称】株式会社ツーセル
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】加藤 幸夫
(72)【発明者】
【氏名】前田 悟
(72)【発明者】
【氏名】辻 紘一郎
(72)【発明者】
【氏名】邵 金昌
(72)【発明者】
【氏名】中島 歩
(72)【発明者】
【氏名】正木 崇生
(72)【発明者】
【氏名】土井 盛博
(72)【発明者】
【氏名】石内 直樹
【審査官】濱田 光浩
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/200068(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/123968(WO,A1)
【文献】KOJIMA, Yuichi et al.,Regenerative Therapy,2019年09月20日,Vol. 11,p. 269-281,https://doi.org/10.1016/j.reth.2019.08.005
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/28
A61K 48/00
A61P 1/02
A61P 1/16
A61P 3/10
A61P 9/10
A61P 11/00
A61P 11/04
A61P 13/12
A61P 17/02
A61P 19/02
A61P 19/08
A61P 25/00
A61P 25/28
A61P 27/02
A61P 35/00
A61P 37/02
A61P 43/00
C12N 5/0775
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無血清培地中において間葉系幹細胞を1%以下の酸素濃度で培養する工程と、
上記工程によって得られた無血清培地を回収した後、当該無血清培地を有効成分として用いて生体組織損傷の修復剤を調製する工程と、を有することを特徴とする、生体組織損傷の修復剤の製造方法。
【請求項2】
上記無血清培地は、FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、および、少なくとも1つの脂肪酸を含有しているものであることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
上記培養する工程では、間葉系幹細胞を少なくとも1回継代することを特徴とする、請求項1または2に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織損傷の修復剤の製造方法および生体組織損傷の修復剤に関する。
【背景技術】
【0002】
間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell:MSC)は、骨髄、脂肪、滑膜、歯髄、および歯根膜等の組織からだけでなく、胎盤、臍帯血、および臍帯等の種々の組織からも単離することができる細胞であって、しかも生体外で培養して増殖させることができる細胞である。さらに、間葉系幹細胞は、間葉系の細胞(例えば、骨芽細胞、脂肪細胞、および軟骨細胞)だけでなく、非間葉系の細胞(例えば、神経前駆細胞、および肝細胞)に分化可能な、多分化能を有することから、再生医療または/および細胞治療に用いられる細胞を製造するための原料としての利用が期待されている。
【0003】
間葉系幹細胞の培養手段として、例えばウシ胎児血清(Fetal Bovine Serum、FBS)を含有する培地(血清培地)を用いる他に、異種動物由来のタンパク質の混入が少ない培地(無血清培地)を用いる手法が挙げられる。例えば、特許文献1~3には、間葉系幹細胞の培養に用いられる無血清培地が記載されている。
【0004】
間葉系幹細胞が有する機能は多種多様であって、未知の機能が多く存在することが期待されている。それ故に、間葉系幹細胞が有する未知の機能を見出そうとする試みがなされている。例えば、特許文献4には、無血清培地中で培養された間葉系幹細胞を含有している生体組織損傷の修復剤、および、当該修復剤の製造方法が記載されている。当該技術では、大気程度の通常酸素濃度にて間葉系幹細胞を培養し、当該間葉系幹細胞を修復剤の有効成分として用いている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2007/080919号公報
【文献】国際公開第2011/111787号公報
【文献】国際公開第2015/016357号公報
【文献】国際公開第2018/123968号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献4に記載の生体組織損傷の修復剤は十分な治療効果を有するものであるが、更に治療効果の高い生体組織損傷の修復剤が得られれば医療分野において有効である。
【0007】
そこで、本発明の一態様は、従来の生体組織損傷の修復剤よりも、生体組織損傷の修復効果が著しく高い、新たな生体組織損傷の修復剤、および、当該修復剤の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る生体組織損傷の修復剤の製造方法は、無血清培地中において間葉系幹細胞を5%未満の酸素濃度で培養する工程を有する。
【0009】
本発明の一態様に係る生体組織損傷の修復剤の製造方法では、上記無血清培地は、FGF(fibroblast growth factor)、PDGF(platelet derived growth factor)、EGF(epidermal growth factor)、少なくとも1つのリン脂質、および、少なくとも1つの脂肪酸を含有しているものである。
【0010】
本発明の一態様に係る生体組織損傷の修復剤の製造方法は、上記培養する工程では、間葉系幹細胞を少なくとも1回継代する。
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明の一様態に係る生体組織損傷の修復剤は、5%以上の酸素濃度にて血清含有培地中で培養した間葉系幹細胞と比較して、angiopoietin-like 4をコードする遺伝子、Fatty Acid Binding Protein 3をコードする遺伝子、delta-like 2 homolog(Drosophila)をコードする遺伝子、Fructose-Bisphosphate Aldolase Cをコードする遺伝子、TRPM8 channel-associated factor 2をコードする遺伝子、および、REST corepressor 2をコードする遺伝子の発現量が少なくとも3倍以上である間葉系幹細胞を含有している。
【0012】
本発明の一態様に係る生体組織損傷の修復剤は、(i)生体組織の線維化を抑制するためのもの、(ii)炎症細胞の浸潤を抑制するためのもの、または、(iii)マクロファージの活性を制御するためのものである。
【0013】
本発明の一態様に係る生体組織損傷の修復剤において、上記生体組織損傷は、急性腎障害、慢性腎臓病、慢性腎不全、慢性糸球体腎炎、糖尿病性腎症、腎硬化症、急速進行性糸球体腎炎、多発性嚢胞腎、尿細管間質性腎炎、薬剤性腎炎、ループス腎炎、水腎症、痛風腎、肝硬変、肺線維症、熱傷、間質性肺炎、薬剤性肺炎、放射線肺臓炎、慢性閉塞性肺疾患、急性呼吸促進症候群、軟骨損傷、骨欠損、脊髄損傷、歯周病、多発性硬化症、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、クローン病、糖尿病、動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、アルツハイマー病、黄斑変性症、ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪肝炎、顎骨再建、口蓋裂、骨置換材、骨欠損、骨系統疾患、ドライアイ、角膜障害、咽頭炎、関節炎、癌、癌周囲線維化、または、線維症に伴う組織損傷である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一実施形態によれば、無血清培地を用いて大気程度の通常酸素濃度にて培養した間葉系幹細胞を含む生体組織損傷の修復剤よりも、生体組織損傷の修復効果が著しく高い、新たな生体組織損傷の修復剤、および、当該修復剤の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施例における、ウエスタンブロット法によるα-SMAの検出結果を示す像である。
【
図2】本発明の一実施例における、α-SMA、Collagen typeI、およびCollagen typeIIIの免疫染色結果の像である。
【
図3】本発明の一実施例における、ウエスタンブロット法によるα-SMAの検出結果を示す像である。
【
図4】本発明の一実施例における、ウエスタンブロット法によるα-SMAの検出結果を示す像である。
【
図5】本発明の一実施例における、修復剤として用いるヒト骨髄由来間葉系幹細胞に発現する表面抗原の発現量を対比したグラフである。
【
図6】本発明の一実施例における、酸素濃度が異なる条件下にて、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞におけるVEGFおよびHGFの発現量を対比したグラフである。
【
図7】本発明の一実施例における、培養時間が異なる条件下にて、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞におけるVEGFの発現量を対比したグラフである。
【
図8】本発明の一実施例における、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞に発現する遺伝子の発現量を対比したグラフである。
【
図9】本発明の一実施例における、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞の細胞数を対比したグラフである。
【
図10】本発明の一実施例における、培地および酸素濃度が異なる条件下にて、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞におけるVEGFおよびHGFの発現量を対比したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施の形態について以下に説明する。本発明は、以下に説明する各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態または実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態および実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考文献として援用される。また、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上、B以下」を意図する。
【0017】
〔1.修復剤の製造方法〕
本発明の一実施形態に係る生体組織損傷の修復剤の製造方法(以下、「本実施形態の製造方法」とも称する)は、無血清培地中において間葉系幹細胞を5%未満の酸素濃度で培養する工程を有する。
【0018】
上記無血清培地の組成は、間葉系幹細胞の培養を行い得る無血清培地であれば特に限定されず、公知の無血清培地が適宜使用され得る。公知の無血清培地としては、例えばSTK1(株式会社ツーセル)、STK2(株式会社ツーセル)、ヒト間葉系幹細胞専用完全合成培地キット(MSCGM-CD BulletKit)(Lonza)、間葉系幹細胞増殖培地DXF:Mesenchymal Stem Cell Growth Medium DXF (Ready-touse)(PromoCell GmbH.)、Stem Pro MSC SFM Xeno free(Thermo Fisher Scientific Inc.)、および、MesenCult-ACF Medium Kit(STEMCELL Technologies Inc.)等を用いることができる。
【0019】
上記無血清培地の具体的な組成としては、例えば、(i)FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、および、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地、(ii)FGF、PDGF、EGF、TGF-β(transforming growth factor-β)、少なくとも1つのリン脂質、および、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地、(iii)FGF、PDGF、EGF、デキサメタゾン、インスリン、血清アルブミン、少なくとも1つのリン脂質、および、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地、(iV)FGF、PDGF、EGF、TGF-β、デキサメタゾン、インスリン、血清アルブミン、少なくとも1つのリン脂質、および、少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地を挙げることができる。なお、無血清培地がデキサメタゾン、インスリンおよび血清アルブミンの少なくとも何れか1つを含有していれば、間葉系幹細胞の生存期間の延長、および間葉系幹細胞の増殖亢進という効果を奏する。
【0020】
なお、上記(i)および(iii)の無血清培地は、TGF-β、および/または、HGFを含有していないものであってもよい。また、上記(ii)および(iv)の無血清培地は、HGFを含有していないものであってもよい。
【0021】
上記リン脂質としては、特に限定されず、例えば、フォスファチジン酸、リゾフォスファチジン酸、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジルセリン、フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリン、およびフォスファチジルグリセロール等が挙げられ、これらのリン脂質を単独で用いてもよいし、組み合わせて(例えば、フォスファチジン酸とフォスファチジルコリンとを組み合わせて)用いてもよい。これらのリン脂質は、動物由来のものであっても、植物由来のものであってもよい。
【0022】
上記脂肪酸としては、特に限定されず、例えば、リノール酸、オレイン酸、リノレイン酸、アラキドン酸、ミリスチン酸、パルミトイル酸、パルミチン酸、およびステアリン酸等が挙げられ、これらの脂肪酸を単独で用いてもよいし、組み合わせて用いてもよい。
【0023】
本実施形態において使用される無血清培地は、任意で、上述した組成以外の成分(例えば、コレステロール、および/または、HGF(hepatocyte growth factor)等)を含有していてもよい。後述する基礎培地に対するHGFの含有量は、終濃度で、0.1~50ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは5ng/mlである。勿論、これらの成分は、本願発明にとって必須の成分ではない。
【0024】
以下に、本実施形態の製造方法をより具体的に説明する。
【0025】
(A.前培養工程)
本実施形態の製造方法では、無血清培地(例えば、FGF、PDGF、TGF-β、EGF、少なくとも1つのリン脂質、および少なくとも1つの脂肪酸を含有する無血清培地、より好ましくは、デキサメタゾン、インスリンおよび血清アルブミンの少なくとも何れか1つをさらに含有する無血清培地)において、間葉系幹細胞を培養してもよい(以下、「前培養工程」と称する)。なお、当該前培養工程は、本発明にとって必須ではない。当該構成によれば、生体組織損傷の修復能が向上した間葉系幹細胞を効率よく大量に得ることができる。なお、無血清培地は、HGFを含有していないものであってもよく、DMEM培地などの基礎培地であってもよい。
【0026】
前培養工程にて間葉系幹細胞を培養するときの酸素濃度は、特に限定されない。例えば、21%以下の酸素濃度、または、5%以下の酸素濃度であってもよい。当該酸素濃度の下限値は、特に限定されず、例えば、1%、3%、5%、10%、または、20%であり得る。
【0027】
前培養工程に用いる無血清培地を構成するための基礎培地は、当該分野において周知の動物細胞用培地であれば特に限定されず、好ましい基礎培地としては、例えば、Ham’sF12培地、DMEM培地、RPMI-1640培地、MCDB培地等が挙げられる。これらの基礎培地は、単独で使用されても、複数を混合して使用されてもよい。一実施形態において、無血清培地を構成するための基礎培地は、MCDBとDMEMとを1:1の比率で混合した培地が好ましい。一実施形態において、上記の基礎培地に、FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、および少なくとも1つの脂肪酸を添加した無血清培地を前培養工程に用いればよい。
【0028】
基礎培地に対するFGFの含有量は、終濃度で、0.1~100ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは3ng/mlである。基礎培地に対するPDGFの含有量は、終濃度で、0.5~100ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは10ng/mlである。基礎培地に対するEGFの含有量は、終濃度で、0.5~200ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは20ng/mlである。基礎培地に対するリン脂質の総含有量は、終濃度で、0.1~30μg/mlであることが好ましく、さらに好ましくは10μg/mlである。基礎培地に対する脂肪酸の総含有量は、基礎培地の重量の1/1000~1/10であることが好ましく、さらに好ましくは1/100である。
【0029】
基礎培地に対するデキサメタゾンの含有量は、終濃度で、10-10~10-5Mであることが好ましく、更に好ましくは10-9~10-6Mである。基礎培地に対するインスリンの含有量は、終濃度で、0.01~500μg/mlであることが好ましく、更に好ましくは0.1~50μg/mlである。基礎培地に対する血清アルブミンの含有量は、終濃度で、0.01~50mg/mlであることが好ましく、更に好ましくは0.1~5mg/mlである。
【0030】
このような無血清培地を使用することによって、無血清培地中への異種タンパク質の混入を防ぎつつ、血清含有培地と同等以上の増殖促進効果が得られ、間葉系幹細胞を所望の通り増殖させることができる。
【0031】
無血清培地が含有しているリン脂質、および脂肪酸は、既に説明した具体的なリン脂質、および脂肪酸であり得る。
【0032】
本明細書中で使用される場合、FGFは、線維芽細胞増殖因子(FGF:fibroblast growth factor)ファミリーから選択される増殖因子が意図され、FGF-2(bFGF)であることが好ましいが、FGF-1等他のFGFファミリーから選択されてもよい。また、本明細書中で使用される場合、PDGFは、血小板由来増殖因子(PDGF:platelet derived growth factor)ファミリーから選択される増殖因子が意図され、PDGF-BBまたはPDGF-ABであることが好ましい。
【0033】
EGFは、上皮増殖因子(EGF:epidermal growth factor)ファミリーから選択される増殖因子が意図される。
【0034】
また、一実施形態において、無血清培地は、結合組織増殖因子(CTGF:connective tissue growth factor)、血管内皮増殖因子(VEGF:vascular endothelial growth factor)およびアスコルビン酸化合物からなる群より選択される少なくとも2つの因子をさらに含有していてもよい。
【0035】
本明細書中で使用される場合、アスコルビン酸化合物は、アスコルビン酸(ビタミンC)もしくはアスコルビン酸2リン酸、またはこれらに類似する化合物が意図される。
【0036】
1つの局面において、無血清培地は、脂質酸化防止剤を含有していることが好ましい。一実施形態において、無血清培地に含有される脂質酸化防止剤は、DL-α-トコフェロールアセテート(ビタミンE)であり得る。無血清培地は、界面活性剤をさらに含有していてもよい。一実施形態において、無血清培地に含有される界面活性剤は、Pluronic F-68またはTween 80であり得る。
【0037】
無血清培地は、インスリン、トランスフェリン、デキサメタゾン、血清アルブミンおよびセレネートをさらに含有していてもよい。本明細書中で使用される場合、インスリンは、インスリン様増殖因子であってもよく、天然の細胞由来であっても、遺伝子組換えによって製造されたものでもよい。
【0038】
前培養工程においては、上述した無血清培地に、ヒト等の動物組織から従来公知の方法により単離された間葉系幹細胞を播種し、所望の細胞数に増殖するまで培養する(勿論、前培養工程においては、間葉系幹細胞を増殖させることなく、無血清培地中に維持するのみであってもよい)。培養条件として、培地1mlに対して、1~500mgの組織片(間葉系幹細胞を含む)から分離した間葉系幹細胞を播種することが好ましく、培養温度は37℃±1℃、かつ間葉系幹細胞を培養する環境における二酸化炭素(CO2)の濃度が10%以下であることが好ましい。
【0039】
一実施形態において、上記の基礎培地に対するTGF-βの含有量は、終濃度で、0.5~100ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは10ng/mlである。
【0040】
前培養工程においては、間葉系幹細胞を播種し、所望の細胞数に増殖するまで培養する。培養条件として、培地1mlに対して1~2×104個の間葉系幹細胞を播種することが好ましく、培養温度は37℃±1℃、かつ間葉系幹細胞を培養する環境における二酸化炭素(CO2)の濃度が5%以下であることが好ましい。
【0041】
細胞培養時間は、目的とする細胞数が十分に得られる培養時間であれば、特に限定されない。例えば、培養時間は、1~5時間であってもよいし、1~10時間であってもよいし、1~20時間であってもよいし、1時間~1日間であってもよいし、1時間~10日間であってもよいし、1時間~30日間であってもよいし、1時間~50日間であってもよい。
【0042】
前培養工程では、培養に用いる培養容器は、間葉系幹細胞が増殖し得るものであれば特に限定されない。例えば、ファルコン社製75cm2フラスコ、住友ベークライト社製75cm2フラスコ等を好適に用いることができる。但し、細胞によっては、用いる培養容器の種類によって細胞の培養が影響を受ける場合がある。このため、間葉系幹細胞をより効率よく培養させるために、培養させる対象となる間葉系幹細胞(以下、「培養対象細胞」とも称する)毎に、培養に適した培養容器を用いて前培養工程を行うことが好ましい。
【0043】
前培養工程に供される間葉系幹細胞に特に制限はないが、初期の間葉系幹細胞、すなわち、ヒト等の動物組織から採取してから一度も継代培養を経ていない細胞であることが好ましい。
【0044】
また、前培養工程において間葉系幹細胞をより効率よく増殖させるために、前培養工程において培養させる対象となる間葉系幹細胞(以下、「前培養対象細胞」とも称する)毎に、培養に適した培養容器を用いて前培養工程を行うことが好ましい。前培養工程対象細胞の培養に適した培養容器の選択方法としては、例えば、最適な培養容器を前培養工程対象細胞に選択させる方法を挙げることができる。具体的に説明すると、複数種類の培養容器を準備し、培養容器の種類が異なる以外は同一の培養条件で前培養工程対象細胞を増殖させ、培養開始から2週間後の細胞数を公知の方法によって計測し、細胞数が多いものから順に前培養工程対象細胞の培養に適した培養容器であると判断することができる。また、上記前培養工程対象細胞の増殖速度が速い場合は、培養開始から2週間経過する前であっても、コンフルエント状態の80~90%の細胞数に達する期間が短いものから順に前培養工程対象細胞の培養に適した培養容器であると判断することができる。
【0045】
本実施形態の製造方法の前培養工程においては、前培養工程対象細胞の増殖に適した培養容器が既に明らかになっている場合は、その培養容器を用いればよい。これに対して、前培養工程対象細胞の培養に適した培養容器が明らかになっていない等の場合には、本実施形態の製造方法は、前培養工程対象細胞の培養に適した培養容器を選択するための「培養容器選択工程」を前培養工程の前にさらに包含していてもよい。
【0046】
なお、間葉系幹細胞の増殖には、細胞が培養容器に接着することが必須条件のため、培養容器に対する間葉系幹細胞の接着が弱い場合は、前培養工程において、上記無血清培地に、細胞接着分子をさらに含有させることが好ましい。上記「細胞接着分子」としては、例えば、フィブロネクチン、コラーゲン、ゼラチン等を挙げることができる。これらの細胞接着分子は、一種類を単独で用いてもよく、複数種類を組み合わせて用いてもよい。
【0047】
また、前培養工程では、間葉系幹細胞を少なくとも1回継代してもよい。間葉系幹細胞は足場依存的に増殖するので、間葉系幹細胞が局所的に偏って増殖している等の場合に、前記前培養工程の途中で間葉系幹細胞を継代することによって培養条件を改善することができる。なお、前培養工程は、初代培養(P0)~継代3回目(P3)までの期間行うことが好ましい。
【0048】
間葉系幹細胞の継代方法としては特に限定されず、従来公知の間葉系幹細胞の継代方法を用いて継代することできる。継代後の間葉系幹細胞の状態が良好であることから、上記前培養工程では、継代を行う場合に哺乳類および微生物由来の成分を含有していない細胞剥離剤を用いて上記間葉系幹細胞を剥離することが好ましい。上記「哺乳類および微生物由来の成分を含有していない細胞剥離剤」としては、例えば、ACCUTASE(Innovative Cell Technologies, Inc.)を挙げることができる。
【0049】
ここで、上記「哺乳類および微生物由来の成分を含有していない細胞剥離剤」としてACCUTASEを用いる場合の継代方法の一例を説明する。(i)~(vi)の手順によって間葉系幹細胞を剥離し、継代する。なお、以下に説明する継代方法では、培養容器としてT-25フラスコ(ファルコン社)を用いた場合について説明する。
【0050】
(i)フラスコ上の細胞層をPBS(-)5mLを用いて洗浄する。
【0051】
(ii)細胞層にACCUTASEを2mL添加する。
【0052】
(iii)細胞層を室温にて2分程度静置し、フラスコからの細胞の剥離を確認のうえ、遠心管に剥離した細胞を含むPBS(-)を移す。
【0053】
(iv)フラスコにPBS(-)を7mL添加し、当該フラスコの底面をリンスする。
【0054】
(v)上記(iii)の遠心管に上記(iv)の溶液を移し、1500rpm(200~1000×g)で5分間遠心する。
【0055】
(vi)遠心管から上清を除き、5,000個-細胞/cm2の播種濃度にて、無血清培地を用いて、細胞を新しいフラスコ上に播種する。
【0056】
(B.低酸素培養工程)
本実施形態の製造方法においては、上記前培養工程の後に、間葉系幹細胞を、無血清培地(例えば、FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、および少なくとも1つの脂肪酸を含有する無血清培地、より好ましくは、デキサメタゾン、インスリンおよび血清アルブミンの少なくとも何れか1つをさらに含有する無血清培地)において、間葉系幹細胞を5%未満の酸素濃度で培養する(以下、「低酸素培養工程」と称する)。なお、無血清培地は、TGF-β、および/または、HGFを含有していないものであってもよいし、含有しているものであってもよい。
【0057】
間葉系幹細胞の培養時に当該間葉系幹細胞(より具体的に、間葉系幹細胞の培養に用いられている培地)が接触可能なガス(以下、「間葉系幹細胞を培養する環境」とも称する)に含まれる酸素の濃度は、5%未満であってもよいし、4%以下であってもよいし、3%以下であってもよいし、2%以下であってもよいし、1%以下であってもよいが、3%以下であることが好ましく、1%以下であればさらによい。上記ガスに含まれる酸素の濃度の下限値は、特に限定されず、例えば0%よりも高く設定され得る。上記ガスに含まれる酸素の濃度の下限値は、間葉系幹細胞が生育可能で死滅しない程度であればよい。
【0058】
間葉系幹細胞を培養する環境における酸素濃度が、5%未満であることにより、培養した間葉系幹細胞における生体組織損傷の修復作用(例えば、抗線維化作用、炎症細胞の浸潤抑制作用、マクロファージの活性制御作用)が増強される。
【0059】
間葉系幹細胞を培養する環境には、酸素以外のガス成分が含まれ得る。当該ガス成分は、ガス成分中で間葉系幹細胞が死滅することなく生育可能なガス成分であれば特に限定されず、大気に含まれている酸素以外のガス成分(例えば、窒素、二酸化炭素、アルゴン、またはこれらの混合物)であってもよい。
【0060】
本明細書において、酸素等のガス成分の濃度を示す「%」は、より具体的に「体積%」を意図している。
【0061】
間葉系幹細胞の培養に用いるガスについては、間葉系幹細胞を培養する際に通常用いられるインキュベータ等の機器の内部に当該ガスを満たしてもよいし、インキュベータ等の機器の内部に気密性の容器を設置し、当該容器の内部に当該ガスを満たしてもよいし、インキュベータ等の機器を囲うように気密性の容器(例えば、部屋)を設置し、当該気密性の容器の内部に当該ガスを満たしてもよい。なお、当該ガスは、培地のpHを調整するため、二酸化炭素(CO2)を5%程度含むことが好ましい。
【0062】
ここで、低酸素培養工程における「無血清培地」は、TGF-βを含有していてもよい。本明細では前培養工程で使用する無血清培地を「無血清培地A」と称し、低酸素培養工程で使用する無血清培地を「無血清培地B」と称する場合がある。TGF-β以外の成分(FGF、PDGF、EGF、デキサメタゾン、インスリン、血清アルブミン、少なくとも1つのリン脂質、および少なくとも1つの脂肪酸等)および基礎培地については、上記前培養工程の項で無血清培地Aに関して説明したとおりであるので、ここでは説明を省略する。また、前培養工程で使用する無血清培地Aに含有されている上記成分の含有量は、無血清培地Bに関して説明した含有量と同じであり得る。なお、無血清培地Aとして、無血清培地Bを用いてよい。
【0063】
低酸素培養工程における培養時間は、間葉系幹細胞が目的とする細胞数に達する培養時間であれば、特に限定されない。例えば、培養時間は、6~12時間であってもよいし、6時間~24時間(1日間)であってもよいし、6時間~48時間であってもよいし、12時間~24時間であってもよいし、24時間~48時間であってもよいが、12時間以上であることが好ましく、24時間であればさらによい。
【0064】
低酸素培養工程対象細胞の増殖に適した培養容器の選択方法としては、上記「前培養工程」の項で説明したとおりであるのでここでは説明を省略する。
【0065】
また、培養容器に対する間葉系幹細胞の接着が弱い場合には、上記無血清培地Bに、細胞接着分子をさらに含有させてもよい。上記細胞接着分子については、上記「前培養工程」の項で説明したとおりであるのでここでは説明を省略する。
【0066】
低酸素培養工程では、間葉系幹細胞を少なくとも1回継代してもよい。低酸素培養工程の途中で間葉系幹細胞を継代することによって培養条件を改善することができる。
【0067】
なお、低酸素培養工程には、ヒト等の動物組織から採取してから継代1回目(P1)以降の間葉系幹細胞を供することが好ましい。
【0068】
上記低酸素培養工程の途中で間葉系幹細胞を継代する方法および前培養工程後の細胞を低酸素培養工程に供する際の継代方法については、上記「前培養工程」の項で説明したとおりであるのでここでは説明を省略する。
【0069】
本実施の形態の製造方法は、上記低酸素培養工程の前(または上記前培養工程の前)に、間葉系幹細胞の増殖に適した培養容器を選択する培養容器選択工程をさらに包含していてもよい。間葉系幹細胞の増殖に適した培養容器の選択方法としては、上記「前培養工程」の項で説明したとおりであるのでここでは説明を省略する。
【0070】
(C.スクリーニング工程)
本実施形態の製造方法は、前培養工程および/または低酸素培養工程の後に、間葉系幹細胞から、造腫瘍性を有していない間葉系幹細胞をスクリーニングするスクリーニング工程をさらに包含していてもよく、スクリーニング工程を包含しなくてもよい。
【0071】
スクリーニング工程にて選別した間葉系幹細胞を修復剤として使用することによって、造腫瘍性を有していない間葉系幹細胞を含有している修復剤を実現することができ、修復剤の安全性を向上させることができる。
【0072】
スクリーニング工程では、間葉系幹細胞の造腫瘍性について、in vivoの高感度免疫不全マウス(NOGマウス)による造腫瘍性試験法により検討することが可能である。
【0073】
具体的には、上述した無血清培地において5%未満の酸素濃度で培養した間葉系幹細胞(例えば、1,000,000個)、および、Hela細胞(例えば、1,000個)を、各々、NOGマウスの皮下10ヵ所に移植する。このとき、Hela細胞の造腫瘍性(具体的には、移植箇所における腫瘍の発生)が確認できる条件下(例えば、特定のマウス飼育時間等)において、無血清培地で培養した間葉系幹細胞の造腫瘍性が確認できなければ、当該間葉系幹細胞は、造腫瘍性を有していない間葉系幹細胞であると判定することができる。
【0074】
〔2.生体組織損傷の修復剤〕
本発明の一実施形態にかかる生体組織損傷の修復剤(以下、「本実施形態の修復剤」とも称する)は、5%以上の酸素濃度にて血清含有培地中で培養した間葉系幹細胞と比較して、angiopoietin-like 4(または、そのホモログ)をコードする遺伝子、Fatty Acid Binding Protein 3(または、そのホモログ)をコードする遺伝子、delta-like 2 homolog(Drosophila)をコードする遺伝子、Fructose-Bisphosphate Aldolase C(または、そのホモログ)をコードする遺伝子、TRPM8 channel-associated factor 2(または、そのホモログ)をコードする遺伝子、および、REST corepressor 2(または、そのホモログ)をコードする遺伝子の発現量が少なくとも3倍以上(好ましくは、各遺伝子独立して、3倍以上、4倍以上、5倍以上、10倍以上、20倍以上、40倍以上、または50倍以上)である間葉系幹細胞を含有している。
【0075】
また、本実施形態の修復剤は、1%以下の酸素濃度にて血清含有培地中で培養した間葉系幹細胞と比較して、angiopoietin-like 4(または、そのホモログ)をコードする遺伝子、Fatty Acid Binding Protein 3(または、そのホモログ)をコードする遺伝子、delta-like 2 homolog(Drosophila)をコードする遺伝子、Fructose-Bisphosphate Aldolase C(または、そのホモログ)をコードする遺伝子、TRPM8 channel-associated factor 2(または、そのホモログ)をコードする遺伝子、および、REST corepressor 2(または、そのホモログ)をコードする遺伝子の発現量が少なくとも2倍以上(好ましくは、各遺伝子独立して、3倍以上、4倍以上、5倍以上、10倍以上、または15倍以上)である間葉系幹細胞を含有している。
【0076】
さらに、本実施形態の修復剤は、5%以上の酸素濃度にて無血清培地で培養した間葉系幹細胞と比較して、angiopoietin-like 4(または、そのホモログ)をコードする遺伝子、Fatty Acid Binding Protein 3(または、そのホモログ)をコードする遺伝子、delta-like 2 homolog(Drosophila)をコードする遺伝子、Fructose-Bisphosphate Aldolase C(または、そのホモログ)をコードする遺伝子、TRPM8 channel-associated factor 2(または、そのホモログ)をコードする遺伝子、および、REST corepressor 2(または、そのホモログ)をコードする遺伝子の発現量が2倍以上(好ましくは、各遺伝子独立して、3倍以上、4倍以上、5倍以上、7倍以上、または10倍以上)である間葉系幹細胞を含有している。換言すれば、本発明の一実施形態に係る生体組織損傷の修復剤は、無血清培地中において5%未満の酸素濃度で培養した間葉系幹細胞を含有していてもよい。
【0077】
angiopoietin-like 4は、糖質代謝および脂質代謝に関与するタンパク質であり、ヒトではANGPTL4遺伝子によってコードされる。
【0078】
Fatty Acid Binding Protein 3は、脂肪酸結合タンパク質であり、ヒトではFABP3遺伝子によってコードされる。
【0079】
delta-like 2 Hhomolog(Drosophila)は、上皮成長因子様タンパク質であり、DLK2遺伝子によってコードされる。
【0080】
Fructose-Bisphate Aldolase Cは、C型アルドラーゼであり、ヒトではALDOC遺伝子によってコードされる。
【0081】
TRPM8 channel-associated factor 2は、transient receptor potential melastatin member 8(TRPM8)を調節するタンパク質であり、ヒトではTCAF2遺伝子によってコードされる。
【0082】
REST corepressor 2は、ニューロンの遺伝子発現を調節するタンパク質であり、ヒトではRCOR2遺伝子によってコードされる。
【0083】
ここで、本実施形態の修復剤は、生体組織損傷の修復を促進する効果を有する薬剤を意図する。本実施形態の修復剤は、生体組織の線維化を抑制するための薬剤(換言すれば、線維化抑制剤)であるともいえ、また炎症細胞の浸潤を抑制するための薬剤(換言すれば、炎症細胞の浸潤抑制剤)であるともいえ、マクロファージの活性を制御するための薬剤(換言すれば、マクロファージ活性制御剤)であるともいえる。
【0084】
ここで「生体組織の線維化を抑制する」とは、結合組織の異常増殖あるいは結合組織でのコラーゲンの異常蓄積による組織硬化を抑制することを意図する。例えば、生体組織が損傷を受けると、治癒の過程において、生体組織を構成する結合組織が異常増殖する場合がある。「生体組織の線維化を抑制する」とは、例えば、生体組織が損傷を受けた後に、生体組織を構成する結合組織が異常増殖、あるいは結合組織でのコラーゲンの異常蓄積による組織硬化を抑制することを意図する。
【0085】
ここで「炎症細胞の浸潤を抑制する」とは、炎症細胞(例えば、マクロファージ、リンパ球、および好中球等)が、組織を破壊すること、または、組織の中に侵入して増殖することを抑制することを意図する。
【0086】
ここで「マクロファージ活性を制御する」とは、マクロファージの表現型を変化させることを意図する。「マクロファージ活性を制御する」とは、例えば、マクロファージを、組織の炎症を促進するPro-inflammatory phenotype(M1型)マクロファージから、Immune-regulatory phenotype(M2型)マクロファージへ変化させることを意図する。マクロファージをM1型からM2型へ変化させることにより、一例として、組織の炎症を鎮静化させることもできる。
【0087】
また、間葉系幹細胞を培養する場合には、単一の無血清培地中でのみ間葉系幹細胞を培養してもよいし、複数の無血清培地中で間葉系幹細胞を培養してもよい。複数の無血清培地中で間葉系幹細胞を培養する場合には、例えば、所望の無血清培地中で間葉系幹細胞を培養した後、当該所望の無血清培地を別の無血清培地に置換して、更に、当該別の無血清培地中で間葉系幹細胞を培養してもよい。
【0088】
上記無血清培地の組成は、上述した〔1.修復剤の製造方法〕の項にて説明したので、ここではその説明を省略する。
【0089】
本実施形態の修復剤に用いられる間葉系幹細胞は、骨髄、脂肪、滑膜、歯髄、および歯根膜等の組織から単離された間葉系幹細胞だけでなく、胎盤、臍帯血、および臍帯等の組織から単離された間葉系幹細胞をも包含する。より修復作用が高い修復剤を実現する観点から、脂肪から単離された間葉系幹細胞が好ましい。また、本実施の形態の修復剤に用いられる間葉系幹細胞は、ヒト間葉系幹細胞(例えば、採取されたヒト間葉系幹細胞)であってもよいし、ラット、および対象とする生体組織は、特に限定されず、例えば、腎臓、肝臓、肺、皮膚、軟骨、骨、脊髄、歯、関節、血管(動脈、および、静脈)、心臓、脳、顎、口、目、角膜、および、咽頭を挙げることができる。つまり、上記修復剤は、これらの生体組織の損傷を修復するものであり得る。
【0090】
本発明に用いる間葉系幹細胞は、無血清培地を用いて大気程度の通常酸素濃度にて培養した間葉系幹細胞に比べて著しく高い、組織線維化抑制効果、炎症細胞浸潤抑制効果および炎症促進型マクロファージ(M1)を炎症抑制型マクロファージ(M2)に変化させる効果を有する。
【0091】
上記修復剤が効能を奏する、生体組織損傷を伴う病態としては、特に限定されない。病態として、例えば、急性腎障害、慢性腎臓病、慢性腎不全、慢性糸球体腎炎(IgA腎症、膜性腎症、膜性増殖性糸球体腎炎、巣状糸球体硬化症など)、その他の腎臓病(例えば、糖尿病性腎症、腎硬化症、急速進行性糸球体腎炎、多発性嚢胞腎、尿細管間質性腎炎、薬剤性腎炎、ループス腎炎、水腎症、通風腎など)、肝硬変、肺線維症、熱傷、間質性肺炎、薬剤性肺炎、放射線肺臓炎、慢性閉塞性肺疾患、急性呼吸促進症候群、軟骨損傷、骨欠損、脊髄損傷、歯周病、多発性硬化症、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、クローン症、糖尿病、動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、アルツハイマー病、黄斑変性症、ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪肝炎、顎骨再建、口蓋裂、骨置換材、骨欠損、骨系統疾患、ドライアイ、角膜障害、咽頭炎、関節炎、癌、癌周囲線維化、または、線維症等が挙げられる。
【0092】
本実施形態の修復剤は、5%以上の酸素濃度にて血清含有培地中で培養した間葉系幹細胞と比較して、angiopoietin-like 4をコードする遺伝子、Fatty Acid Binding Protein 3をコードする遺伝子、delta-like 2 homolog(Drosophila)をコードする遺伝子、Fructose-Bisphosphate Aldolase Cをコードする遺伝子、TRPM8 channel-associated factor 2をコードする遺伝子、および、REST corepressor 2をコードする遺伝子の発現量が少なくとも3倍以上である間葉系幹細胞の他に、薬学的に許容される添加剤(例えば、緩衝剤、酸化防止剤、増粘剤、および、賦形剤)を含み得る。
【0093】
上記添加剤の量は、特に限定されないが、例えば、本実施形態の修復剤の0.01~50重量%、0.01~40重量%、0.01~30重量%、0.01~20重量%、0.01~10重量%、または、0.01~1重量%であり得る。
【0094】
本実施形態の修復剤に含まれる間葉系幹細胞の数は、特に限定されず、投与対象の体重に応じて適宜設定することが可能である。例えば、1服(1投与)あたり、1×102細胞~1×1010細胞、1×103細胞~1×1010細胞、1×104細胞~1×1010細胞、1×105細胞~1×1010細胞、1×106細胞~1×1010細胞であり得る。勿論、1服(投与)あたり、1010細胞以上であってもよい。
【0095】
上記修復剤の投与方法として、例えば、血管注射、および局所(脊髄(例えば、脊髄腔)、筋肉、関節、脳等)への注射が挙げられる。
【0096】
本発明の一実施形態に係る生体組織損傷の修復剤の投与対象は、特に限定されない。上記投与対象として、ヒトおよびヒト以外の哺乳類(ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ラット等)が挙げられる。
【0097】
本実施形態の修復剤の1回あたりの投与量は、特に限定されないが、投与対象において体重1kgあたりに投与される間葉系幹細胞の数は1×106細胞~1×107細胞、1×105細胞~1×108細胞、1×104細胞~1×109細胞であってよい。ヒト1人あたりに投与される間葉系幹細胞の数は、1×104細胞~1×109細胞であり得、投与対象とヒトとの体表面積の違いを考慮すれば、2×103細胞~2×108細胞であり得る。
【0098】
〔3.その他〕
本発明は、以下のように構成することも可能である。なお、以下に記載する「生体組織損傷の修復方法」は、「生体組織損傷の予防方法」または「生体組織損傷の治療方法」であってもよい。
【0099】
<1>5%以上の酸素濃度にて血清含有培地中で培養した間葉系幹細胞と比較して、angiopoietin-like 4をコードする遺伝子、Fatty Acid Binding Protein 3をコードする遺伝子、delta-like 2 homolog(Drosophila)をコードする遺伝子、Fructose-Bisphosphate Aldolase Cをコードする遺伝子、TRPM8 channel-associated factor 2をコードする遺伝子、および、REST corepressor 2をコードする遺伝子の発現量が少なくとも3倍以上である間葉系幹細胞を含有している生体組織損傷の修復剤を対象生物(例えば、ヒトまたはヒト以外の哺乳類(ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ラットなど))に投与する工程を有することを特徴とする、生体組織損傷の修復方法。
【0100】
<2>上記生体組織損傷の修復剤は、(i)生体組織の線維化を抑制するためのもの、(ii)炎症細胞の浸潤を抑制するためのもの、または、(iii)マクロファージの活性を制御するためのものであることを特徴とする、<1>に記載の修復方法。
【0101】
<3>上記生体組織損傷は、急性腎障害、慢性腎臓病、慢性腎不全、慢性糸球体腎炎、糖尿病性腎症、腎硬化症、急速進行性糸球体腎炎、多発性嚢胞腎、尿細管間質性腎炎、薬剤性腎炎、ループス腎炎、水腎症、痛風腎、肝硬変、肺線維症、熱傷、間質性肺炎、薬剤性肺炎、放射線肺臓炎、慢性閉塞性肺疾患、急性呼吸促進症候群、軟骨損傷、骨欠損、脊髄損傷、歯周病、多発性硬化症、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、クローン病、糖尿病、動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、アルツハイマー病、黄斑変性症、ウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪肝炎、顎骨再建、口蓋裂、骨置換材、骨欠損、骨系統疾患、ドライアイ、角膜障害、咽頭炎、関節炎、癌、癌周囲線維化、または、線維症に伴う組織損傷であることを特徴とする、<1>または<2>に記載の修復方法。
【実施例】
【0102】
〔実施例1〕
無血清培地を用いて培養した間葉系幹細胞を移植することによる腎線維化の抑制効果の検討を行った。
【0103】
<方法:MSCの作製>
本実施例1では、MSCとして、無血清培地(STK2培地、株式会社ツーセル:「FGF、PDGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、および少なくとも1つの脂肪酸を含有している無血清培地」に対応)を用いて培養したヒト間葉系幹細胞を用いた。
【0104】
実施例では、1%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞(1%O2hMSC)を用いた。一方、比較例では、21%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞(21%O2hMSC)を用いた。なお、いずれのヒト骨髄由来間葉系幹細胞においても、大気圧下で培養した。
【0105】
ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を培養する環境へ、酸素(1%または21%)、二酸化炭素5%、および、窒素(94%または74%)を含むように調製したガスを格納するガスボンベから、当該ガスを供給した。
【0106】
<方法:疾患のモデルの作製>
腎線維化モデルは、8週齢、雄のSprague Dawleyラット(SDラット)の左腎動脈を60分間遮断した後で当該遮断を開放すること(腎虚血再灌流障害(IRI))によって作製した。IRIは、周知の方法にしたがった。
【0107】
<方法:薬剤の投与>
作製したMSC(21%O2hMSCおよび1%O2hMSC)50万cellsをそれぞれPBS200μLに懸濁させた。懸濁させたMSCを、IRIを施したSDラットの血管内に投与した(21%O2hMSCを投与した群を「21%O2hMSC群」、1%O2hMSCを投与した群を「1%O2hMSC群」とも称する)。対照として、PBS200μLのみを、IRIを施したSDラットの血管内に投与した(「PBS群」とも称する)。
【0108】
「21%O2hMSC群」ではn=2(2匹のIRIを施したSDラットから採取した左腎)、「PBS群」および「1%O2hMSC群」では、n=3(3匹のIRIを施したSDラットから採取した左腎)を用いて、薬剤の影響を評価した。
【0109】
<方法:屠殺および採材>
薬剤(1%O2hMSC、21%O2hMSC、または、PBS)の投与後21日経過した後、SDラットの左腎を採取した。採取した腎臓に対して、抗α-SMA抗体を用いたウエスタンブロット法、および、抗α-SMA抗体、抗collagen typeI抗体、抗collagen typeIII抗体を用いた免疫染色により、腎線維化および腎線維化に伴う細胞外基質の増減について評価した。なお、ウエスタンブロット法は、周知のウエスタンブロット法のプロトコールに基づいて確認した。また、免疫染色は、市販の抗体を用いて、周知のプロトコールに基づいて行った。
【0110】
<結果>
図1に抗α-SMA抗体を用いたウエスタンブロット法による結果を示し、
図2に抗α-SMA抗体、抗collagen typeI抗体、および抗collagen typeIII抗体を用いた免疫染色の結果を示す。
【0111】
図1に示すように、「21%O
2hMSC群」では、「PBS群」に比べ、腎線維化の分子マーカーであるα-SMAの発現が抑制された。さらに、「1%O
2hMSC群」では、「21%O
2hMSC群」に比べ、α-SMAの発現が一層抑制された。
【0112】
図2に示す様に、SDラットにIRIを施すことによって誘導された、腎線維化の分子マーカーであるα-SMAと、腎線維化に伴って発現が増強される細胞外基質であるcollagen typeIおよびcollagen typeIIIとの発現は、「PBS群」に比べ「21%O
2hMSC群」では抑制された。さらに、「1%O
2hMSC群」では、「21%O
2hMSC群」に比べ一層強くα‐SMA、collagen typeIおよびcollagen typeIIIの発現が抑制された。
【0113】
<総括>
低酸素濃度の環境において24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞(1%O2hMSC群)は、通常酸素濃度の環境において24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞(21%O2hMSC群)と比較して、腎線維化の進展を抑制する作用が増強することが認められた。
【0114】
〔実施例2-1〕
無血清培地で培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清による、線維化の抑制効果の検討を行った。
【0115】
ヒト近位尿細管細胞(HK2)に対してTGF-β1刺激による線維化誘導を行ない、当該ヒト近位尿細管細胞(HK2)にヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清(以下、「MSC-CM」とも称する)を加え、α-SMAの発現レベルを評価した。
【0116】
<培養上清の作製>
STK2培地を用いてヒト骨髄由来間葉系幹細胞を21%酸素環境下で24時間培養した。培養物からSTK2培地を除去してヒト骨髄由来間葉系幹細胞を得た後、serum-free DMEMを用いて、当該ヒト間葉系幹細胞を21%酸素環境下にて24時間培養した。24時間培養後のヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清を「21%O2MSC-CM」とした。
【0117】
また、STK2培地を用いてヒト骨髄由来間葉系幹細胞を1%酸素環境下で24時間培養した。培養物からSTK2培地を除去してヒト骨髄由来間葉系幹細胞を得た後、serum-free DMEMを用いて、当該ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を1%酸素環境下にて24時間培養した。24時間培養後のヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清を「1%O2MSC-CM」とした。なお、「21%O2MSC-CM」および「1%O2MSC-CM」ともに、大気圧下でヒト骨髄由来間葉系幹細胞を培養した。
【0118】
ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を培養する環境へ、酸素(1%または21%)、二酸化炭素5%、および、窒素(94%または74%)を含むように調製したガスを格納するガスボンベから、当該ガスを供給した。
【0119】
<評価方法>
ヒト近位尿細管細胞(HK2)を、6ウェルプレートに1×105細胞/ウェルで播種し、10%ウシ血清含有DMEM培地(Sigma-Aldrich社)で18時間培養し、培養後の細胞数がサブコンフルエント(コンフルエント状態の80~90%の細胞数)であることを確認した。そして、10%ウシ血清含有DMEM培地を吸引除去し、PBSでHK2を洗浄した。当該HK2を、serum-free DMEMに播種した後、21%O2MSC-CMまたは1%O2MSC-CMを加え、大気雰囲気下にて24時間培養した。24時間の培養の後、培養物に対してTGF-β1を添加した。TGF-β1を培養物に添加後、更に12時間培養し、その後、HK2におけるα-SMAの発現をウエスタンプロット法で評価した。
【0120】
<結果>
図3に、HK2における抗α-SMA抗体を用いたウエスタンブロット法の結果を示す。
図3は、(i)培養上清およびTGF-β1を添加しなかった(serum-free
DMEMを添加し、TGF-β1を添加しなかった)場合のα-SMAの発現レベル(
図3の左から1~3レーン)、(ii)培養上清を添加せずTGF-β1を添加した(serum-free DMEMおよびTGF-β1を添加した)場合のα-SMAの発現レベル(
図3の左から4~6レーン)、(iii)培養上清として21%O
2MSC-CMを添加し、さらにTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベル(
図3の左から7~9レーン)、(iv)培養上清として1%O
2MSC-CMを添加し、さらにTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベル(
図3の左から10~12レーン)を示す。
【0121】
図3に示すように、serum-free DMEMおよびTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベルは、serum-free DMEMを添加し、TGF-β1を添加しなかった場合におけるα-SMAの発現レベルに比べ、α-SMAの発現レベルが上昇した。このことは、TGF-βによって、ヒト近位尿細管細胞を線維化した状態に誘導できることを示している。
【0122】
培養上清として21%O2MSC-CMを添加しさらにTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベルは、serum-free DMEMおよびTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベルに比べ、α-SMAの発現の抑制が認められた。
【0123】
培養上清として1%O2MSC-CMを添加しさらにTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベルは、培養上清として21%O2MSC-CMを添加しさらにTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベルと比較して、よりα-SMAの発現レベルの抑制が認められた。
【0124】
<総括>
低酸素濃度(酸素濃度が1%)の環境において24時間以上培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞(1%O2MSC-CM)は、酸素濃度が21%の環境において培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞(21%O2MSC-CM)と比較して、TGF-β1の刺激による線維化の誘導をより強く抑制した。
【0125】
〔実施例2-2〕
MSCとして、ヒト脂肪由来間葉系幹細胞を用いて、〔実施例2-1〕と同様に、無血清培地で培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞の培養上清による、線維化の抑制効果の検討を行った。
【0126】
<培養上清の作製>
STK2培地を用いてヒト脂肪由来間葉系幹細胞を21%酸素環境下で24時間培養した。培養物からSTK2培地を除去してヒト脂肪由来間葉系幹細胞を得た後、serum-free DMEMを用いて、当該ヒト脂肪由来間葉系幹細胞を21%酸素環境下にて24時間培養した。24時間培養後のヒト脂肪由来間葉系幹細胞の培養上清を「21%O2AMSC-CM」とした。
【0127】
また、STK2培地を用いてヒト脂肪由来間葉系幹細胞を1%酸素環境下で24時間培養した。培養物からSTK2培地を除去してヒト脂肪由来間葉系幹細胞を得た後、serum-free DMEMを用いて、当該ヒト脂肪由来間葉系幹細胞を1%酸素環境下にて24時間培養した。24時間培養後のヒト脂肪由来間葉系幹細胞の培養上清を「1%O2AMSC-CM」とした。なお、「21%O2AMSC-CM」および「1%O2AMSC-CM」ともに、大気圧下でヒト脂肪由来間葉系幹細胞を培養した。
【0128】
ヒト脂肪由来間葉系幹細胞を培養する環境へ、酸素(1%または21%)、二酸化炭素5%、および、窒素(94%または74%)を含むように調製したガスを格納するガスボンベから、当該ガスを供給した。
【0129】
<評価方法>
ヒト近位尿細管細胞(HK2)を、6ウェルプレートに1×105細胞/ウェルで播種し、10%ウシ血清含有DMEM培地(Sigma-Aldrich社)で18時間培養し、培養後の細胞数がサブコンフルエント(コンフルエント状態の80~90%の細胞数)であることを確認した。そして、10%ウシ血清含有DMEM培地を吸引除去し、PBSでHK2を洗浄した。当該HK2を、serum-free DMEMに播種した後、21%O2AMSC-CMまたは1%O2AMSC-CMを加え、大気雰囲気下にて24時間培養した。24時間の培養の後、培養物に対してTGF-β1を添加した。TGF-β1を培養物に添加後、更に12時間培養し、その後、HK2におけるα-SMAの発現をウエスタンプロット法で評価した。
【0130】
<結果>
図4に、HK2における抗α-SMA抗体を用いたウエスタンブロット法の結果を示す。
図4は、(i)培養上清およびTGF-β1を添加しなかった(serum-free DMEMを添加し、TGF-β1を添加しなかった)場合のα-SMAの発現レベル(
図4の左から1~3レーン)、(ii)培養上清を添加せずTGF-β1を添加した(serum-free DMEMおよびTGF-β1を添加した)場合のα-SMAの発現レベル(
図4の左から4~6レーン)、(iii)培養上清として21%O
2AMSC-CMを添加し、さらにTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベル(
図4の左から7~9レーン)、(iv)培養上清として1%O
2AMSC-CMを添加し、さらにTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベル(
図4の左から10~12レーン)を示す。
【0131】
図4に示すように、serum-free DMEMおよびTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベルは、serum-free DMEMを添加し、TGF-β1を添加しなかった場合におけるα-SMAの発現レベルに比べ、α-SMAの発現レベルが上昇した。このことは、TGF-βによって、ヒト近位尿細管細胞を線維化した状態に誘導できることを示している。
【0132】
培養上清として21%O2AMSC-CMを添加しさらにTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベルは、serum-free DMEMおよびTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベルに比べ、α-SMAの発現の抑制が認められた。
【0133】
培養上清として1%O2AMSC-CMを添加しさらにTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベルは、培養上清として21%O2AMSC-CMを添加しさらにTGF-β1を添加した場合におけるα-SMAの発現レベルと同程度にα-SMAの発現レベルの抑制が認められた。
【0134】
<総括>
酸素濃度が21%の環境において培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞(21%O2AMSC-CM)および低酸素濃度(酸素濃度が1%)の環境において24時間以上培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞(1%O2AMSC-CM)は、共に、TGF-β1の刺激による線維化の誘導を強力に抑制した。つまり、酸素濃度が21%の環境において培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞(21%O2AMSC-CM)および低酸素濃度(酸素濃度が1%)の環境において24時間以上培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞(1%O2AMSC-CM)は、共に、TGF-β1の刺激によって増加するα-SMAの発現レベルを、正常なα-SMAの発現レベルにまで戻した。
【0135】
上記〔実施例2-1〕にて既に示したように、酸素濃度が21%の環境において培養した間葉系幹細胞は、低酸素濃度(酸素濃度が1%)の環境において培養した間葉系幹細胞と比較して、TGF-β1の刺激による線維化の誘導の抑制作用が弱い。当該〔実施例2-2〕では、TGF-β1の刺激による線維化の誘導の抑制作用が弱い酸素濃度が21%の環境において培養したヒト脂肪由来間葉系幹細胞(21%O2AMSC-CM)でさえ、TGF-β1の刺激によって増加するα-SMAの発現レベルを正常なα-SMAの発現レベルにまで戻した。このことは、ヒト脂肪由来間葉系幹細胞は、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞よりも、TGF-β1の刺激による線維化の誘導の抑制作用が強力であることを示している。
【0136】
また、1%O2AMSC-CMおよび21%O2AMSC-CMはTGF-β1の刺激による線維化の誘導を強力に抑制したことから、ヒト脂肪由来間葉系幹細胞による強い線維化抑制作用は、低酸素下環境で培養したものでも高レベルに維持されることが示された。
【0137】
〔実施例3〕
図5は、STK2培地を用いて大気程度の酸素環境下(換言すれば、ガス成分を調製しない環境下)にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞(以下、「STK」とも称する)およびSTK2培地を用いて大気程度の酸素濃度(換言すれば、ガス成分を調製しない環境下)にて培養した後、1%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞(以下、「STK H」とも称する)に発現する、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞の表面抗原の発現量の比較結果を示す。
【0138】
ヒト間葉系幹細胞を培養する環境へ、酸素(1%)、二酸化炭素5%、および、窒素(94%)を含むように調製したガスを格納するガスボンベから、当該ガスを供給した。
【0139】
<比較方法>
ヒト白血球型抗原(HLA)クラスIの抗HLA-A,B,C抗体(BioLegend, San Diego, CA)、HLAクラスIIの抗HLA-DR抗体(BioLegend)、また、間葉系幹細胞マーカーである抗CD-29抗体(BioLegend)、抗CD-44抗体(BioLegend)、抗CD-73抗体(BioLegend)、抗CD-90抗体(BioLegend)、および抗CD-44抗体(BioLegend)を用いて、BD FACSVerse(Becton, Dickinson and Company, Franklin Lakes, NJ)を用いたFlow cytometry法にて表面抗原の発現量を解析した。
【0140】
<結果>
図5では、HLA-A、B、C抗体の発現量を示すグラフを101、HLA-A、B、C抗体の発現量のカウント値を102に示す。また、HLA-DR抗体の発現量を示すグラフを103、HLA-DR抗体の発現量のカウント値を104に示す。また、CD-29抗体の発現量を示すグラフを105、CD-29抗体の発現量のカウント値を106に示す。また、CD-44抗体の発現量を示すグラフを107、CD-44抗体の発現量のカウント値を108に示す。また、CD-73抗体の発現量を示すグラフを109、CD-73抗体の発現量のカウント値を110に示す。また、CD-90抗体の発現量を示すグラフを111、CD-90抗体の発現量のカウント値を112に示す。
【0141】
HLA-A、B、C抗体の発現量を示すグラフ101およびHLA-A、B、C抗体の発現量のカウント値102に示されるように、STKに発現する抗HLA-A、B、C抗体は、STK Hに発現するHLA-A、B、C抗体と同等の発現量であった。また、HLA-DR抗体の発現量を示すグラフ103およびHLA-DR抗体の発現量のカウント値104に示されるように、STKおよびSTK HいずれにおいてもHLA-DR抗体の発現が認められなかった。さらに、間葉系幹細胞において発現するマーカーであるCD-29、CD-44、CD-73およびCD-90の発現はSTKおよびSTK H両者で認められ、両者における発現量に差は認められなかった(105~112ご参照)。なお、
図5には示さないが、ヒト間葉系幹細胞では発現しないマーカー(ネガティブマーカー)であるCD-11b、CD-34、およびCD-45は、両者で認められなかった。
【0142】
<総括>
STK2培地を用いて21%O2環境下において24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞と、STK2培地を用いて1%O2環境下において24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞とでは、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞に発現する特定の表面抗原に変化が認められなかった。そのため、1%O2環境下において24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞の免疫寛容およびヒト骨髄由来間葉系幹細胞を移植する際の安全性には、影響を与えないことが示唆された。
【0143】
〔実施例4〕
無血清培地で培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれる、VEGFおよびHGFの発現量の検討を行った。
【0144】
<培養上清(conditioned medium)の作製>
STK2培地を用いて、3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を6ウェルプレートに播種し、サブコンフルエントとなるまで培養した。培養後、培養液をSTK2培地からserum-free DMEMに変更し、5%酸素環境下にて24時間培養した。5%酸素環境下にて24時間培養後のヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清を「5%O2」とした。
【0145】
STK2培地を用いて、3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を6ウェルプレートに播種し、サブコンフルエントになるまで培養した。培養後、培養液をSTK2培地からserum-free DMEMに変更し、3%酸素環境下にて24時間培養した。3%酸素環境下にて24時間培養後のヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清を「3%O2」とした。
【0146】
STK2培地を用いて、3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を6ウェルプレートに播種しサブコンフルエントとなるまで培養した。培養後、培養液をSTK2培地からserum-free DMEMに変更し、1%酸素環境下にて24時間培養した。1%酸素環境下にて24時間培養後のヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清を「1%O2」とした。
【0147】
対照として、STK2培地を用いて、3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を6ウェルプレートに播種しサブコンフルエントとなるまで培養した。培養後、培養液をSTK2培地からserum-free DMEMに変更し、21%酸素環境下にて24時間培養した。21%酸素環境下にて24時間培養後のヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清を「control」とした。
【0148】
ヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養環境のうち、1%酸素環境および21%酸素環境へは、酸素(1%または21%)、二酸化炭素5%、および、窒素(94%または74%)を含むように調製したガスを格納するガスボンベから、当該ガスを供給した。一方、3%酸素環境および5%酸素環境へは、1%酸素環境へ供給するガスと、21%酸素環境へ供給するガスとを適切な割合で混合したガスを供給した。
【0149】
<評価方法>
VEGF濃度を測定するためのELISAキット(R&D Systems, Minneapolis, Mn, USA)により、採取した培養上清(5%O
2、3%O
2、1%O
2、およびcontrol)に含まれるVEGFの濃度を、各群n=6で測定した。VEGF濃度の平均値を、
図6の上の図に示す。なお、測定値は、培養上清に含まれる全タンパク量で補正し、Mann-Whitney U testによりcontrolとの有意差検定を行った。
【0150】
また、HGF濃度を測定するためのELISAキット(R&D Systems, Minneapolis, Mn, USA)により、採取した培養上清(5%O
2、3%O
2、1%O
2、およびcontrol)に含まれるHGFの濃度を、各群n=6で測定した。HGF濃度の平均値を、
図6の下の図に示す。なお、測定値は、培養上清に含まれる全タンパク量で補正し、Mann-Whitney U testによりcontrolとの有意差検定を行った。
【0151】
<結果>
図6の上の図に示すように、3%O
2では、controlと比較して、VEGFの有意な増加が認められた。また、1%O
2では、controlに対し、3%O
2よりもさらに強いVEGFの増加が認められた。
【0152】
図6の下の図に示すように、3%O
2では、controlと比較して、HGFの有意な増加が認められた。また、1%O
2では、controlに対し、3%O
2よりさらに強いHGFの増加が認められた。
【0153】
<総括>
ヒト骨髄由来間葉系幹細胞において、VEGFおよびHGFの分泌能を高めるために必要な酸素濃度は、5%未満であり、好ましくは3%以下であり、最も好ましくは1%以下であった。
【0154】
〔実施例5〕
1%酸素環境下の無血清培地でヒト骨髄由来間葉系幹細胞を培養したときの、培養上清に含まれるVEGFの量の経時的変化に関する検討を行った。
【0155】
<培養上清の作製>
STK2培地を用いて、3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を6ウェルプレートに播種し、サブコンフルエントとなるまで培養した。培養後、培養液をSTK2培地からserum-free DMEMに変更し、21%酸素環境下にて18時間培養した後、1%酸素環境下にて6時間培養した。1%酸素環境下にて6時間培養後のヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清を「1%O2 6hr」とした。
【0156】
STK2培地を用いて、3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を6ウェルプレートに播種し、サブコンフルエントとなるまで培養した。培養後、培養液をSTK2培地からserum-free DMEMに変更し、21%酸素環境下にて12時間培養した後、1%酸素環境下にて12時間培養した。1%酸素環境下にて12時間培養後のヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清を「1%O2 12hr」とした。
【0157】
STK2培地を用いて、3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を6ウェルプレートに播種し、サブコンフルエントとなるまで培養した。培養後、培養液をSTK2培地からserum-free DMEMに変更し、1%酸素環境下にて24時間培養した。1%酸素環境下にて24時間培養後のヒト間葉系幹細胞の培養上清を「1%O2 24hr」とした。
【0158】
対照として、STK2培地を用いて、3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を6ウェルプレートに播種し、サブコンフルエントとなるまで培養した。培養後、培養液をSTK2培地からserum-free DMEMに変更し、21%酸素環境下にて24時間培養した。21%酸素環境下にて24時間培養後のヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清を「control」とした。
【0159】
ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を培養する環境へ、酸素(1%または21%)、二酸化炭素5%、および、窒素(94%または74%)を含むように調製したガスを格納するガスボンベから、当該ガスを供給した。
【0160】
<評価方法>
VEGF濃度を測定するためのELISAキット(R&D Systems, Minneapolis, Mn, USA)により、採取した培養上清(1%O
2 6hr、1%O
2 12hr、1%O
2 24hr、およびcontrol)に含まれるVEGFの濃度を、各群n=6で測定した。VEGF濃度の平均値を、
図7に示す。なお、測定値は、培養上清に含まれる全タンパク量で補正し、Mann-Whitney U testによりcontrolとの有意差検定を行った。
【0161】
<結果>
図7に示すように、1%O
2 12hrでは、controlと比較して、VEGFの有意な増加が認められた。また、1%O
2 24hrでは、controlと比較して、1%O
2 12hrよりさらに強いVEGFの増加が認められた。
【0162】
<総括>
低酸素条件下にてヒト骨髄由来間葉系幹細胞のVEGFの分泌能を高めるためには、培養時間は、12時間以上が好ましく、24時間以上が更に好ましいことが明らかになった。
【0163】
〔実施例6〕
<細胞培養、および、RNAの採取>
(i)ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を、10%FBSを含有するDMEM培地を用いて3継代以上培養した。その後、当該ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を、10%FBSを含有するDMEM培地中で21%酸素環境下にて24時間培養した。その後、公知の方法にしたがって、当該ヒト骨髄由来間葉系幹細胞からmRNAを採取した。以下では、当該mRNAを、mRNA(1)と呼ぶ。
【0164】
(ii)ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を、STK培地を用いて3継代以上培養した。その後、当該ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を、無血清培地中で1%酸素環境下にて24時間培養した。その後、公知の方法にしたがって、当該ヒト骨髄由来間葉系幹細胞からmRNAを採取した。以下では、当該mRNAを、mRNA(2)と呼ぶ。
【0165】
(iii)ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を、STK培地を用いて3継代以上培養した。その後、当該ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を、無血清培地中で21%酸素環境下にて24時間培養した。その後、公知の方法にしたがって、当該ヒト骨髄由来間葉系幹細胞からmRNAを採取した。以下では、当該mRNAを、mRNA(3)と呼ぶ。
【0166】
(iv)ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を、10%FBSを含有するDMEM培地を用いて3継代以上培養した。その後、当該ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を、10%FBSを含有するDMEM培地中で1%酸素環境下にて24時間培養した。その後、公知の方法にしたがって、当該ヒト骨髄由来間葉系幹細胞からmRNAを採取した。以下では、当該mRNAを、mRNA(4)と呼ぶ。
【0167】
ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を培養する環境へ、酸素(1%または21%)、二酸化炭素(5%)、および、窒素(94%または74%)を含むガスを供給することによって、環境内の酸素濃度を調節した。
【0168】
<マイクロアレイによる評価>
DNAマイクロアレイ(Agilent Gene Expression Microarray : SurePrint G3 Human Gene Expression)により、採取したmRNA(1)~(4)の各々に含まれる、特定の遺伝子A(例えば、ANGPTL4、FABP3、DLK2、ALDOC、TCAF2、RCOR2など)のmRNAの量を測定した。
【0169】
次いで、各遺伝子に関して、「mRNA(2)に含まれる遺伝子AのmRNA量/mRNA(1)に含まれる遺伝子AのmRNA量」、「mRNA(3)に含まれる遺伝子AのmRNA量/mRNA(1)に含まれる遺伝子AのmRNA量」、および、「mRNA(4)に含まれる遺伝子AのmRNA量/mRNA(1)に含まれる遺伝子AのmRNA量」の値を算出した。
【0170】
なお、後述する
図8では、「mRNA(2)に含まれる遺伝子AのmRNA量/mRNA(1)に含まれる遺伝子AのmRNA量」の値を「hypoxia+serum-free」として示し、「mRNA(3)に含まれる遺伝子AのmRNA量/mRNA(1)に含まれる遺伝子AのmRNA量」の値を「serum-free」として示し、「mRNA(4)に含まれる遺伝子AのmRNA量/mRNA(1)に含まれる遺伝子AのmRNA量」の値を「hypoxia」として示している。
【0171】
<結果>
図8の201は、ANGPTL4の発現量の比較を示すグラフであり、
図8の202は、FABP3の発現量の比較を示すグラフであり、
図8の203は、DLK2の発現量の比較を示すグラフであり、
図8の204は、ALDOCの発現量の比較を示すグラフであり、
図8の205は、TCAF2の発現量の比較を示すグラフであり、
図8の206は、RCOR2の発現量の比較を示すグラフである。
【0172】
図8の201に示されるように、hypoxia+serum-freeにおけるANGPTL4の発現量は、およそ52倍であり、serum-freeにおけるANGPTL4の発現量は、およそ22倍であり、hypoxiaにおけるANGPTL4の発現量は、およそ6倍であった。
【0173】
図8の202に示されるように、hypoxia+serum-freeにおけるFABP3の発現量は、およそ45倍であり、serum-freeにおけるFABP3の発現量の発現量は、およそ15倍であり、hypoxiaにおけるFABP3の発現量は、およそ3倍であった。
【0174】
図8の203に示されるように、hypoxia+serum-freeにおけるDLK2の発現量は、およそ24倍であり、serum-freeにおけるDLK2の発現量は、およそ8倍であり、hypoxiaにおけるDLK2の発現量は、およそ2倍であった。
【0175】
図8の204に示されるように、hypoxia+serum-freeにおけるALDOCの発現量は、およそ18倍であり、serum-freeにおけるALDOCの発現量は、およそ2倍であり、hypoxiaにおけるALDOCの発現量は、およそ7倍であった。
【0176】
図8の205に示されるように、hypoxia+serum-freeにおけるTCAF2の発現量は、およそ14倍であり、serum-freeにおけるTCAF2の発現量は、およそ3倍であり、hypoxiaにおけるTCAF2の発現量は、およそ5倍であった。
【0177】
図8の206に示されるように、hypoxia+serum-freeにおけるRCOR2の発現量の割合は、およそ13倍であり、serum-freeにおけるRCOR2の発現量は、およそ3倍であり、hypoxiaにおけるRCOR2の発現量は、およそ3倍であった。
【0178】
<総括>
無血清培地中で1%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞から採取したmRNAにおける遺伝子Aの発現量は、10%FBSを含有するDMEM培地中で21%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞から採取したmRNAにおける遺伝子Aの発現量と比べ、いずれも3倍以上であった。
【0179】
10%FBSを含有するDMEM培地中で1%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞から採取したmRNAにおけるDLK2の発現量は、10%FBSを含有するDMEM培地中で21%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞から採取したmRNAにおけるDLK2の発現量のおよそ2倍であった。また、10%FBSを含有するDMEM培地中で1%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞から採取したmRNAにおけるDLK2以外の遺伝子Aの発現量は、10%FBSを含有するDMEM培地中で21%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞から採取したmRNAにおけるDLK2以外の発現量の3倍以上であった。
【0180】
無血清培地中で21%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞から採取したmRNAにおけるALDOCの発現量は、10%FBSを含有するDMEM培地中で21%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞から採取したmRNAにおけるALDOCの発現量のおよそ2倍であった。また、無血清培地中で21%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞から採取したmRNAにおけるALDOC以外の遺伝子Aの発現量は、10%FBSを含有するDMEM培地中で21%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞から採取したmRNAにおけるDLK2の発現量の3倍以上であった。
【0181】
また、無血清培地中で1%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞に含まれる遺伝子AのmRNA量は、無血清培地中で21%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞に含まれる遺伝子AのmRNA量に比べ、いずれの遺伝子Aについても少なくとも2倍以上であった。また、無血清培地中で1%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞に含まれる遺伝子AのmRNA量は、10%FBSを含有するDMEM培地中で1%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞に含まれる遺伝子AのmRNA量に比べ、いずれの遺伝子Aについても少なくとも2倍以上であった。つまり、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を、無血清培地中で1%酸素環境下にて24時間培養することにより、10%FBSを含有するDMEM培地中で1%酸素環境下にて24時間培養した場合、および無血清培地中で21%酸素環境下にて24時間培養した場合に比べ、遺伝子Aの発現量が大幅に増加する。
【0182】
また、無血清培地中で1%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞に含まれる遺伝子AのmRNA量は、無血清培地中で21%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞に含まれる遺伝子AのmRNA量と、10%FBSを含有するDMEM培地中で1%酸素環境下にて24時間培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞に含まれる遺伝子AのmRNA量との合計より大きく、1%酸素環境下で培養することと、無血清培地中で培養することと、の相乗効果を示した。
【0183】
〔実施例7〕
<MSCの作製>
STK2培地を用いて3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を、STK2培地中で1%酸素環境下にて24時間培養した。当該ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を「STK H」とした。また、STK2培地を用いて3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を、STK2培地中で21%酸素環境下にて24時間培養した。当該ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を「STK」とした。
【0184】
10%ウシ血清含有DMEM培地を用いて3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を、10%ウシ血清含有DMEM培地中で1%酸素環境下にて24時間培養した。当該ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を「10%FBS H」とした。また、10%ウシ血清含有DMEM培地を用いて3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を、10%ウシ血清含有DMEM培地中で21%酸素環境下にて24時間培養した。当該ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を「10%FBS」とした。
【0185】
<評価方法>
96ウェルディッシュに100μL/ウェルのSTK2培地または10%ウシ血清含有DMEM培地を添加した。STK2培地には、STK HまたはSTKをそれぞれ2500細胞/ウェルずつ播種した。10%ウシ血清含有DMEM培地には、10%FBS Hまたは10%FBSをそれぞれ2500細胞/ウェルずつ播種した。
【0186】
STK Hおよび10%FBS Hは1%酸素環境下で培養を継続し、STKおよび10%FBSは21%酸素環境下で培養を継続した。それぞれのウェルに対して、0時間後、12時間後、24時間後に、Premix WST-1(Takara bio)を10μL/ウェルずつ添加した。添加してから4時間後に、450nmの波長で吸光度を測定して、当該測定値に基づいて、細胞数を定量した(各群n=5)。
【0187】
<結果>
図9に示すように、10%FBSと比較して、10%FBS H、STK、STK Hは、全ての時点(0時間、12時間、24時間)で有意に細胞数が多く、細胞増殖が亢進していることが示された。STK Hは、細胞増殖能が最も高く、STKと比較して、全ての時点で有意に細胞数が多かった。
【0188】
<総括>
無血清培地での培養は、10%ウシ血清含有DMEM培地と比較して、1%酸素環境下および21%酸素環境下においてヒト骨髄由来間葉系幹細胞の増殖能が亢進することが示された。さらに、無血清培地を用いて1%酸素環境下で培養したヒト骨髄由来間葉系幹細胞は、最も細胞増殖能が亢進することが示された。
【0189】
〔実施例8〕
継代培養をFBS含有のDMEM培地または無血清培地であるSTK2で行ったヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清に含まれる、VEGFおよびHGFの発現量の検討を行った。
【0190】
<培養上清(conditioned medium)の作製および評価方法>
10%FBS含有のDMEM培地を用いて、3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を6ウェルプレートに播種しサブコンフルエントとなるまで培養した。培養後、培養液を10%FBS含有DMEM培地からserum-free DMEM培地に変更し、1%酸素環境下または21%酸素環境下にて24時間培養した。1%酸素環境下にて24時間培養後のヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清を「DMEM 1%O2」とし、21%酸素環境下にて24時間培養後のヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清を「DMEM 21%O2」とした。
【0191】
また、STK2培地を用いて、3回以上継代したヒト骨髄由来間葉系幹細胞を6ウェルプレートに播種しサブコンフルエントとなるまで培養した。培養後、培養液をSTK2培地からserum-free DMEM培地に変更し、1%酸素環境下または21%酸素環境下にて24時間培養した。1%酸素環境下にて24時間培養後のヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清を「STK2 1%O2」とし、21%酸素環境下にて24時間培養後のヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清を「STK2 21%O2」とした。
【0192】
対照として、serum-free DMEM培地を用いて、ヒト腎近位尿細管上皮細胞細胞(HK2細胞)を、21%酸素環境下にて24時間培養した。21%酸素環境下にて24時間培養後のヒト腎臓細胞の培養上清を「HK2」とした。
【0193】
ヒト骨髄由来間葉系幹細胞の培養環境のうち、1%酸素環境および21%酸素環境へは、酸素(1%または21%)、二酸化炭素5%、および、窒素(94%または74%)を含むように調製したガスを格納するガスボンベから、当該ガスを供給した。
【0194】
それぞれの培養上清について、実施例4と同様の方法で、VEGF濃度およびHGF濃度を測定した。
【0195】
<結果>
図10に示すように、10%FBS含有DMEM培地で継代培養した場合と比較して、STK2培地で継代培養した場合、VEGFおよびHGFの発現量が低下することが示された。一方、10%FBS含有DMEM培地およびSTK2培地で継代培養した両方の場合において、21%酸素下で培養した場合と比較して、1%酸素下で培養した場合には、VEGFおよびHGFの発現量が上昇することが分かった。また、STK2培地で継代培養した場合のVEGFおよびHGFの発現量は、HK2のVEGFおよびHGFの発現量よりも非常に多いことが示された。
【0196】
<総括>
ヒト骨髄由来間葉系幹細胞におけるVEGFおよびHGFの分泌能は、ヒト腎近位尿細管上皮細胞と比較して極めて高いことが示された。また、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞を無血清培地で継代培養した場合、VEGFおよびHGFの分泌能は低下するものの、1%酸素下で培養することによって、VEGFおよびHGFの発現量は回復することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0197】
本発明および本発明の製造方法により作製した修復剤は、生体組織損傷の修復剤に利用することができる。