(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-25
(45)【発行日】2024-10-03
(54)【発明の名称】すべり軸受、すべり軸受装置、及び当該すべり軸受装置を備えたポンプ
(51)【国際特許分類】
F16C 33/20 20060101AFI20240926BHJP
F16C 17/02 20060101ALI20240926BHJP
F04D 29/046 20060101ALI20240926BHJP
【FI】
F16C33/20 A
F16C17/02 Z
F04D29/046 B
(21)【出願番号】P 2020185038
(22)【出願日】2020-11-05
【審査請求日】2023-06-07
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000239
【氏名又は名称】株式会社荏原製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100112634
【氏名又は名称】松山 美奈子
(74)【代理人】
【識別番号】100146710
【氏名又は名称】鐘ヶ江 幸男
(74)【代理人】
【識別番号】100196597
【氏名又は名称】横田 晃一
(72)【発明者】
【氏名】杉山 憲一
(72)【発明者】
【氏名】金 成夏
(72)【発明者】
【氏名】小宮 真
(72)【発明者】
【氏名】杉山 和彦
(72)【発明者】
【氏名】石見 光隆
【審査官】西藤 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-194380(JP,A)
【文献】特開2015-021551(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 17/02
F16C 33/20
F04D 29/046
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
すべり軸受を備えたすべり軸受装置であって、
前記すべり軸受は、フッ素樹脂、窒化ホウ素、炭素繊維、及び不可避不純物からなり、
前記すべり軸受に対する前記窒化ホウ素の含有率は12質量%以上17質量%以下であり、
前記すべり軸受のすべり面における前記炭素繊維の面積率は6.5%以上9.1%以下であり、ただし、前記炭素繊維の面積率は、すべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の5箇所について、光学顕微鏡(500倍)による観察視野:縦589μm×横442μmの部分を画像処理してHSB色空間においてBrightnessが75%以上の領域の面積から求める平均面積率であ
り、
前記すべり軸受のすべり面が、大気と接触した状態及び土砂が混入した水と接触した状態のいずれの運転にも使用される、
前記すべり軸受装置。
【請求項2】
前記フッ素樹脂が、ポリテトラフロオロエチレン、テトラフロオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、又はそれらの組み合わせである、請求項
1に記載されたすべり軸受装置。
【請求項3】
請求項
1又は2に記載のすべり軸受装置を備えたポンプ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポンプ等の回転機械のラジアル軸受として好適に使用されるすべり軸受、すべり軸受装置、及び当該すべり軸受装置を備えたポンプに関する。
【背景技術】
【0002】
ポンプ等に、樹脂材料を用いたすべり軸受装置を使用するときは、ポンプ等が取り扱う水に土砂等の異物が混入していることを想定し、異物の主成分である硬度の大きいSiO2が軸受のすべり面に侵入して樹脂材料を摩耗する現象を考慮しなければならない。すなわち、異物混入水中でのポンプ等の運転は、樹脂製のすべり軸受装置の摩耗量が増大し軸受寿命が短くなるという問題を考慮しなければならない。
【0003】
一方で、立形ポンプ等においては、すべり軸受装置は、必ずしも軸受のすべり面が水中で運転されるばかりではなく、管理運転や先行待機運転のように大気中で運転される場合がある。すべり軸受装置の軸受のすべり面が大気中に露出するドライ条件で運転される場合には、ポンプの回転軸との摩擦による発熱によって、軸受のすべり面の樹脂材料の温度が上昇し、樹脂材料が変形したり摩耗したりするという問題がある。
【0004】
すなわち、ポンプ等のすべり軸受装置に用いられる樹脂材料には、水中運転時のSiO2等のスラリー中での摩耗速度が小さいことが求められ、また、ドライ条件の運転では、摩擦係数が小さくて発熱が少なく、軸受のすべり面の温度が上昇しても熱膨張による変形が少なく、摩耗速度がより小さいことが求められる。さらに、ドライ条件の運転では、ポンプの回転軸の回転速度を大きくした場合でも、摩擦係数の急上昇や異常摩耗の発生が起きにくい(限界周速が大きい)ことも求められる。
【0005】
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などのフッ素樹脂は、ポンプ等のすべり軸受装置に用いられる樹脂材料として知られ、また、水中運転時のSiO2等のスラリー中での摩耗速度が小さく、優れた材料であることが知られている。しかしながら、フッ素樹脂を用いたすべり軸受装置について、ドライ条件の運転時に示す摩擦係数や摩耗速度は、他の樹脂材料と比べてもそれほど優れたものではなく、また、線膨張係数が大きいため、軸受のすべり面が発熱により温度上昇した場合にすべり面の変形が大きい。
そこで、ドライ条件の運転における摩擦係数及び摩耗速度を低減させるために、フッ素樹脂に炭素繊維や芳香族ポリエーテルケトンを添加することが行われている(特許文献1)。しかし、これらの成分の添加により、水中にSiO2等の粒子が混入してスラリー状になっている実際の水中運転では、かえってスラリー中での摩耗速度の性能を劣化させてしまうことがある。
【0006】
一方で、ポンプ等のすべり軸受装置に用いられる樹脂材料として、芳香族ポリエーテルケトンにタルク及び炭素繊維を加えた樹脂材料が知られている(特許文献2)。この樹脂材料は、ドライ条件の運転において、摩擦係数が非常に小さいために軸受のすべり面の発熱も少なく、かつ、樹脂材料自体の線膨張係数も小さく、摩耗も少ないというような優れたすべり軸受の性能を示す。しかしながら、水中運転時のスラリー中での摩耗速度は依然として大きく、市場の要求を満たすことが必ずしもできていない。
【0007】
フッ素樹脂を使用した従来のすべり軸受としては、カーボンパウダー(繊維状ではない)の含有率が3~13質量%、PPS樹脂の含有率が9~19質量%であり、残部がポリテトラフルオロエチレンであるすべり軸受がある(従来品1)。本願の実施例に示すように、従来品1は、水中での摩耗速度は小さく、水中ポンプ用のすべり軸受としては十分な
性能であった。上述のようにすべり軸受装置は、水中で運転されるばかりではなく、大気中で運転される場合もあるが、発明者らが検討したところ、従来品1は、運転時に高速の回転が要求されるポンプに使用する上では、ドライ運転におけるドライ限界周速をより高いものとする必要があることがわかった。
上述の事情を踏まえ、発明者らは、基材をフッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン)とする樹脂材料について、その材料の水中での摩耗速度が良好な点を生かしながら、ドライ運転時の性能を向上させる方針で、鋭意検討を重ねた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2013-194769号公報
【文献】特開2019-100428号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上述の事情に鑑みなされたもので、土砂等の異物(スラリー)を含む水中での運転時には耐スラリー摩耗性能に優れ、さらに、軸受のすべり面が大気中に露出するドライ条件の運転においても、摺動摩擦熱の温度上昇による材料の変形が少なく、摩耗速度が小さく、限界周速が大きい、すべり軸受を提供することを目的とする。また、当該すべり軸受を備えたすべり軸受装置及び当該すべり軸受装置を備えたポンプを提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以上述べた課題を解決するために、本発明の一形態によれば、
すべり軸受であって、
前記すべり軸受は、フッ素樹脂、窒化ホウ素、炭素繊維、及び不可避不純物からなり、
前記すべり軸受に対する前記窒化ホウ素の含有率は12質量%以上17質量%以下であり、
前記すべり軸受のすべり面における前記炭素繊維の面積率は6.5%以上9.1%以下であり、ただし、前記炭素繊維の面積率は、すべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の5箇所について、光学顕微鏡(500倍)による観察視野:縦589μm×横442μmの部分を画像処理してHSB色空間においてBrightnessが75%以上の領域の面積から求める平均面積率である、
前記すべり軸受が提供される。
【0011】
本発明の別の形態によれば、
すべり軸受を備えたすべり軸受装置であって、
前記すべり軸受は、フッ素樹脂、窒化ホウ素、炭素繊維、及び不可避不純物からなり、
前記すべり軸受に対する前記窒化ホウ素の含有率は12質量%以上17質量%以下であり、
前記すべり軸受のすべり面における前記炭素繊維の面積率は6.5%以上9.1%以下であり、ただし、前記炭素繊維の面積率は、すべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の5箇所について、光学顕微鏡(500倍)による観察視野:縦589μm×横442μmの部分を画像処理してHSB色空間においてBrightnessが75%以上の領域の面積から求める平均面積率である、
前記すべり軸受装置が提供される。
【0012】
本発明の別の形態によれば、前記すべり軸受のすべり面が、大気と接触した状態及び土砂が混入した水と接触した状態のいずれでも運転可能に構成されている、上記すべり軸受装置が提供される。
【0013】
本発明の別の形態によれば、前記フッ素樹脂が、ポリテトラフロオロエチレン、テトラフロオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、又はそれらの組み合わせである、上記すべり軸受装置が提供される。
【0014】
本発明の別の形態によれば、上記すべり軸受を備えたポンプが提供される。
【0015】
上述した本発明の各形態は、任意の二種以上を組み合わせることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、水ポンプのラジアル軸受用すべり軸受装置で使用されるすべり軸受であって、水中での運転時には耐スラリー摩耗性能に優れ、ドライ条件の運転においても、摺動摩擦熱の温度上昇による材料の変形が少なく、摩耗速度が小さく、限界周速が大きい、すべり軸受を提供することができる。また、当該すべり軸受を備えたすべり軸受装置及び当該すべり軸受装置を備えたポンプを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】先行待機運転を行う立軸ポンプの全体を示す断面図である。
【
図2】
図1に示した軸受に適用される軸受装置の拡大図である。
【
図3】
図2に示す軸受装置に設置されたすべり軸受の斜視図である。
【
図4】本発明例No.3のすべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の箇所(1)を撮影した画像である。
【
図5】本発明例No.3のすべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の箇所(2)を撮影した画像である。
【
図6】本発明例No.3のすべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の箇所(3)を撮影した画像である。
【
図7】本発明例No.3のすべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の箇所(4)を撮影した画像である。
【
図8】本発明例No.3のすべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の箇所(5)を撮影した画像である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1は、先行待機運転を行う立軸ポンプ3の全体を示す断面図である。
図1に示すように、立軸ポンプ3は、ポンプ設置床に設置固定される吐出エルボ30と、この吐出エルボ30の下端に接続されるケーシング29と、ケーシング29の下端に接続されるとともにインペラ22を内部に格納する吐出ボウル28と、吐出ボウル28の下端に接続されるとともに水を吸い込むための吸い込みベル27とを備えている。
【0019】
立軸ポンプ3のケーシング29、吐出ボウル28、及び吸い込みベル27の径方向略中心部には、上下二本の軸が軸継手26によって互いに接続されることにより形成された一本の回転軸10が配置されている。回転軸10は、支持部材を介してケーシング29に固定されている上部軸受32と、支持部材を介して吐出ボウル28に固定されている下部軸受33によって支持されている。回転軸10の一端側(吸い込みベル27側)には、水をポンプ内に吸い込むためのインペラ22が接続されている。回転軸10の他端側は、吐出エルボ30に設けられた孔を通って立軸ポンプ3の外部へ延び、インペラ22を回転させる図示しないエンジンやモータ等の駆動機へ接続される。回転軸10と吐出エルボ30に設けられた孔との間には、フローティングシール、グランドパッキンまたはメカニカルシール等の軸シール34が設けられており、軸シール34により立軸ポンプ3が扱う水が立軸ポンプ3の外部に流出することを防止する。
【0020】
駆動機は、保守点検を容易に行うことができるように陸上に設けられる。駆動機の回転は回転軸10に伝達され、インペラ22を回転させることができる。インペラ22の回転によって水は吸込みベル27から吸い込まれ、吐出ボウル28、ケーシング29を通過して吐出エルボ30から吐出される。
【0021】
図2は、
図1に示した軸受32,33に適用される軸受装置の拡大図である。
図3は、
図2に示す軸受装置に設置されたすべり軸受の斜視図である。
図2に示すように、軸受装置は、回転軸10の外周に、ステンレス鋼、セラミックス、焼結金属又は表面改質された金属からなるスリーブ11を有している。スリーブ11は、ビッカース硬さ(Hv)が800以上2500以下である。スリーブ11の外周側には、中空円筒の樹脂材料からなるすべり軸受1が設けられている。スリーブ11の外周面は、すべり軸受1の内周面(すべり面)1aと非常に狭いクリアランスを介して対面し、すべり軸受1に対して摺動するように構成されている。すべり軸受1は、金属又は樹脂からなる軸受ケース12によりつば部12aを介してポンプのケーシング29(
図1参照)等へ繋がる支持部材13に固定されている。
図3に示すように、すべり軸受1は中空円筒状の形状を有しており、内周面(すべり面)1aがスリーブ11の外周面と対面し、外周面1bが軸受ケース12に嵌合される。
【0022】
本実施形態に係るすべり軸受装置は、例えば、
図2に示したすべり軸受装置と同様の構造を有する。即ち、本実施形態に係るすべり軸受装置は、回転体である回転軸10及びスリーブ11と、固定体であるすべり軸受1とを有する。また、本実施形態に係るすべり軸受装置に用いられるすべり軸受1は、
図3に示したすべり軸受1と同様の構造を有する。
【0023】
本実施形態に係るすべり軸受1は、フッ素樹脂、窒化ホウ素、炭素繊維、及び不可避不純物の複合材料から構成される。円筒形状のすべり軸受1の内周面は、スリーブ11の外周面と接触する軸受の内周面(すべり面)1aを構成している。
【0024】
フッ素樹脂としては、特に限定されず、ポリテトラフロオロエチレン(PTFE)、テトラフロオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、及びそれらの組み合わせが挙げられるが、ポリテトラフロオロエチレンが好ましい。
【0025】
すべり軸受に対する窒化ホウ素の含有率は、12質量%以上17質量%以下である。
また、すべり軸受のすべり面における炭素繊維の面積率は、6.5%以上9.1%以下である。
窒化ホウ素の含有率と炭素繊維の面積率の両者が上記範囲内であると、水中での運転時に耐摩耗性に優れ、大気中での運転時に、摺動摩擦熱の温度上昇による材料の変形が少なく、摩耗速度が小さく、限界周速が大きい、すべり軸受を提供することができる。
【0026】
窒化ホウ素の含有率は、以下の方法により測定することができる。
すなわち、成形したすべり軸受を100g測り取り、800℃において焼成を行い、炭素繊維、フッ素樹脂などの成分を分解・揮発させ、窒化ホウ素を灰分として回収し、灰分の質量を測定する。そして、すべり軸受の質量(100g)に対する灰分(窒化ホウ素)の質量の割合を算出し、窒化ホウ素の含有率とする。
窒化ホウ素としては、特に限定されず、六方晶窒化ホウ素(h-BN)、立方晶窒化ホウ素(c-BN)、及びそれらの組み合わせが挙げられるが、六方晶窒化ホウ素が好ましい。
窒化ホウ素の平均粒径は、4μmより大きく20μm以下であることが好ましい。
【0027】
炭素繊維の面積率は、すべり軸受のすべり面から切り出した試料片の任意の5箇所について、光学顕微鏡(500倍)による観察視野:縦589μm×横442μmの部分を画像処理してHSB色空間においてBrightnessが75%以上の領域の面積から求める平均面積率である。このような炭素繊維の面積率の測定方法の具体例を以下に述べる。
成形したすべり軸受のすべり面から縦5mm×横5mmの正方形の試料片を切り出し、試料片の表面を研磨する。当該試料片の研磨した表面においてランダムに5箇所を選定し、それぞれの箇所について光学顕微鏡(デジタルマイクロスコープ VHX-7000(Keyence社製)、対物レンズ VHX-E500(500~2500倍))を用いて縦589μm×横442μmの平面の撮影を行う。平面の撮影時の条件としては、倍率:500倍、落射照明:同軸落射、画素(ピクセル):2880×2160、を採用する。撮影した縦589μm×横442μmの平面を観察部分とし、画像解析により炭素繊維の部分の同定を行う。観察部分の面積全体に対する炭素繊維の面積の占める割合を算出し、5箇所における算出値の平均を求め炭素繊維の面積率とする。ここで、すべり軸受表面の観察部分の画像解析は、画像解析プログラム:Image J(「Analyze particles」コマンドで実施)を用いて行うことができ、画像解析条件は、測定プログラムColor Thresholdにおいて、画素「Hue 0~225、Saturation 0~225、Brightness 170~225」に設定し、他はデフォルト設定にする。この画像解析プログラムを使用して、炭素繊維の画素特性(明るさ、色)と同じ画素特性を有する部分を抽出することにより行う。上記の画像解析プログラム(Image J)において、Brightness
170~225の領域を抽出しており、これはHSB色空間においてBrightnessが75%以上の領域を抽出していることを意味している。
なお、各すべり軸受について、上記の方法により炭素繊維の面積率を個別に測定することができるが、それとは異なり、特定のすべり軸受について、炭素繊維の含有率(配合量)に対する面積率の比(面積率/配合量)を算出して、当該比に基づいて、他のすべり軸受における炭素繊維の面積率を算出することもできる。この場合、まず、炭素繊維の配合量がわかっているすべり軸受について、上記の方法により炭素繊維の面積率を測定し、炭素繊維の配合量に対する面積率の比(面積率/配合量)を算出する。つぎに、炭素繊維の配合量がわかっている他のすべり軸受について、上記のようにして得られた炭素繊維の配合量に対する面積率の比と既知の配合量とを掛け合わせることにより、他のすべり軸受における炭素繊維の面積率を算出することができる。
【0028】
炭素繊維は短繊維から構成されていることが好ましい。
軸受のすべり面1aにおいて観察される炭素繊維の直径は、5μm以上10μm以下が好ましく、5.5μm以上9μm以下がより好ましく、6μm以上8μm以下が最も好ましい。炭素繊維の直径は、光学顕微鏡(デジタルマイクロスコープ VHX-7000(Keyence社製)、対物レンズ VHX-E500(500~2500倍))を用いて、上述の画像解析プログラムを使用して画像解析を行うことより測定することができる。
また、軸受のすべり面1aにおいて観察される炭素繊維の長さは、5μm以上1000μm以下が好ましく、6μm以上500μm以下がより好ましく、7μm以上200μm以下が最も好ましい。炭素繊維の長さは、光学顕微鏡(デジタルマイクロスコープ VHX-7000(Keyence社製)、対物レンズ VHX-E500(500~2500倍))を用いて、上述の画像解析プログラムを使用して画像解析を行うことより測定することができる。
軸受のすべり面1aにおいて観察される炭素繊維のアスペクト比(長さ/直径)は、2以上100以下が好ましく、10以上100以下がより好ましく、30以上100以下が最も好ましい。
【0029】
本発明においては、フッ素樹脂の粉末、窒化ホウ素の粉末、及び炭素繊維をドライブレ
ンドして樹脂組成物を調製し、この樹脂組成物を圧縮成形した後、表面加工を施すことによりすべり軸受を製造することができる。また、このすべり軸受を使用してすべり軸受装置を製造することができ、さらに、このすべり軸受装置を使用してポンプを製造することができる。
【0030】
以下、本発明について実施例により具体的に説明するが、本発明は実施例に記載の内容に限定されるものではない。
【実施例】
【0031】
(実施例1)
実施例1では、炭素繊維の面積率及び窒化ホウ素の含有率のそれぞれが表1に示す値となるように、フッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン)の粉末、窒化ホウ素(平均粒径4μm)の粉末、及び炭素繊維(直径約6μm、長さ約100μm)をドライブレンドしてペレットを製造した。得られたペレットを金型に入れ、加圧、加熱し、1次加工の成形を行った後、2次加工の機械加工により詳細な形状を付与し、すべり軸受を製造した。そして、得られたすべり軸受について、後述する水中での摩耗速度、ドライ限界周速、線膨張係数、及び大気中での摩耗速度の評価を行った。結果を後述の表1に示す。
【0032】
ここで、表1の本発明例No.1~5及び比較例No.1~7のすべり軸受の窒化ホウ素の含有率(質量%)を、上述の方法により測定を行った。なお、炭素繊維の面積率を算出する際の画像解析条件は以下のように設定した。
・測定プログラムColor Thresholdにおいて、
画素「Hue 0~225、Saturation 0~225、Brightness 170~225」に設定、Analyze Particlesから面積率を計算(他はデフォルト設定にする)
また、上述の炭素繊維の面積率の測定方法の具体例に基づき、表1の本発明例No.3のすべり軸受(すべり軸受全体に対する炭素繊維の含有率(配合量):15質量%)のすべり面から切り出した試料片上の任意の5箇所の平面の撮影を行った。本発明例No.3のすべり軸受に関する試料片上の任意の5箇所((1)~(5))を撮影した画像を
図4~8に示す。
図4~8に示す5箇所において撮影した画像について、上述の炭素繊維の面積率の測定方法の具体例に基づき、炭素繊維の面積率(%)を算出したところ、それぞれ8.15%、8.07%、7.09%、6.92%、及び7.55%となり、これらの平均値は7.55%であった。なお、
図4~8に示す画像において、明るい白で示されている領域が炭素繊維の部分に相当する。また、
図4~8に示す画像において、試料片上の平面に対して炭素繊維の長手方向が存在する角度は一定ではなく、例えば、試料片上の平面に対して、平行に長手方向が存在する炭素繊維だけでなく、鉛直又は一定の角度で長手方向が存在する炭素繊維もあり得る。鉛直又は一定の角度で炭素繊維の長手方向が存在する場合、
図4~8に示す画像において、炭素繊維の長手方向の全体ではなく炭素繊維の長手方向の断面が観察されていることとなる。
本発明例No.3のすべり軸受の炭素繊維の配合量及び面積率(5箇所の平均値:7.55%)から、炭素繊維の配合量に対する面積率の比(面積率/配合量)を算出したところ、0.503であった。そして、本発明例No.1、2、4、及び5、並びに比較例No.1~7それぞれのすべり軸受の炭素繊維の配合量と上記のようにして得られた比の値(0.503)とを掛け合わせることにより、各すべり軸受の炭素繊維の面積率を算出した。
このようにして得られた本発明例No.1~5及び比較例No.1~7のすべり軸受の窒化ホウ素の含有率(質量%)及び炭素繊維の面積率(%)を表1に示す。
なお、表1には窒化ホウ素の含有率と炭素繊維の面積率のみが記載されているが、残部はフッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン)及び不可避不純物が占めている。また、表1に示す従来品1は、上述のとおり、カーボンパウダーの含有率が3~13質量%、PPS樹脂の含有率が9~19質量%であり、残部がポリテトラフルオロエチレンであるすべ
り軸受である。
【0033】
表1における各すべり軸受の各評価は以下に示す手順に沿って行った。
(水中での摩耗速度)
まず、平均粒径が約5μmのケイ砂(主成分:Si0
2)と平均粒径が約30μmのケイ砂とが1:1の割合で含まれている砂粒子を3000mg/Lの濃度となるように水中に投入し、スラリーを含む水を作成した。得られたスラリーを含む水の中に、すべり軸受を含む軸受装置(
図2の回転軸10、スリーブ11、すべり軸受1、及び軸受ケース12(つば部12aを含む)からなる装置)を沈め、8時間にわたって25℃で維持されている水の中でPV値0.6MPa・m/sの条件においてWC基超硬合金の初期表面粗さ(Ra)が3.2の平面に対して摺動させ、すべり軸受の摩耗速度(μm/h)を算出した。そして、すべり軸受の摩耗速度が従来品1の値に比べて1倍以下である場合を耐スラリー摩耗性が良好であり、一方、従来品1の摩耗速度の値を超える(1倍より大きい)場合を耐スラリー摩耗性に劣るとした。
【0034】
(ドライ限界周速)
図1に示した装置を用いたドライ試験において、従来品1で焼付きが発生しない周速を1として、従来品1の1.3倍以上の周速でも焼付きが発生しない場合を良好とし、1.3倍未満の場合を不良とした。
【0035】
(線膨張係数)
軸受製作時周方向の線膨張係数(CTE)を0~100℃の範囲で測定し、従来品1の線膨張係数を100として、従来品1に比べて50以下の場合を良好とし、50を超える場合を不良とした。(JIS K 7197、ASTM E831)
【0036】
(大気中での摩耗速度)
大気中において、すべり軸受を含む軸受装置(
図2の回転軸10、スリーブ11、すべり軸受1、及び軸受ケース12(つば部12aを含む)からなる装置)を用いて、PV値:1.0MPa・m/sで2時間、WC基超硬合金の初期表面粗さ(Ra)が3.2の面に対して潤滑油を用いずに摺動させ、試験前後のすべり軸受の内径の測定を行い、内径の変化量(|試験後の内径 - 試験前の内径|)を算出した。
従来品1の内径変化量を1として、従来品1の0.6倍以下の変化量を示した場合を良好とし、0.6倍を超える変化量を示した場合を不良とした。
【0037】
(総合評価)
また、総合評価として、水中での摩耗速度、ドライ限界周速、線膨張係数、及び大気中での摩耗速度の全ての評価において良好であるものを良好(○)とし、それ以外のものを不良(×)とした。
【0038】
【0039】
表1の比較例No.1~4は、炭素繊維を含むものの、窒化ホウ素を含まないすべり軸受である。比較例No.1~4の結果から、炭素繊維の面積率を増やすにつれて、ドライ限界周速、線膨張係数、及び大気中での摩耗速度は改善して目標値に近づくが、一方で、水中での摩耗速度は悪化し目標値から外れてしまう傾向が見られた。比較例No.1~4の結果より、炭素繊維の面積率を変化させるだけでは、水中での摩耗速度、ドライ限界周速、線膨張係数、及び大気中での摩耗速度の全ての評価項目を満足させることは困難であることがわかった。
比較例No.1~4について詳述すると、比較例No.1及び2では、水中での摩耗速度は目標値に達しているものの、ドライ限界周速、線膨張係数、及び大気中での摩耗速度は目標値に達していない。比較例No.3では、大気中での摩耗速度は目標値に達していないものの、水中での摩耗速度、ドライ限界周速、及び線膨張係数の3項目で目標値を満たし、また、比較例No.4では、水中での摩耗速度は目標値を満たさないものの、ドライ限界周速、線膨張係数、及び大気中での摩耗速度の3項目が目標を満たしている。
【0040】
表1の比較例No.5~7は、炭素繊維の面積率を7.5%の一定にし、窒化ホウ素の含有率を5、10、又は20質量%としたすべり軸受である。
比較例No.3及び5~7の結果の比較より、窒化ホウ素の含有率を増加させることで、大気中での摩耗速度は目標値に近づくものの、窒化ホウ素の含有率を20質量%まで増加させてしまうと、水中での摩耗速度が目標値から外れてしまう傾向があるとわかった。
大気中での摩耗速度試験の変化の状況をみると、比較例No.3(0.71)から比較例No.5(0.68)では0.03下がったものの、試験No.6(0.64)から比較例No.7(0.52)では0.12下がり、より大きな減少が見られた。すなわち、窒化ホウ素の含有率が10質量%以上の比較的高い濃度領域において、大気中での摩耗速度は窒化ホウ素の含有率に応じて変化しやすいことがわかった。
一方で、ドライ限界周速は窒化ホウ素の含有率の増減によって影響を受けないことがわかった。すなわち、ドライ限界周速は炭素繊維の面積率により性能を設計する必要があることがわかった。
【0041】
表1の本発明例No.1~5は、すべり軸受に対する窒化ホウ素の含有率が12質量%
以上17質量%以下であり、すべり面における炭素繊維の面積率が6.5%以上9.1%以下であるすべり軸受である。
本発明例No.1~5の結果からわかるように、炭素繊維の面積率を7.5%よりも少ない6.5%としても、ドライ限界周速は目標値を満たしていた。また、窒化ホウ素の含有率を12質量%としても、窒化ホウ素の含有率が比較的高い領域であるので、水中での摩耗速度を目標値内に維持したまま、線膨張係数、及び大気中での摩耗速度の値を低下させることに成功した。さらに、炭素繊維の面積率を7.5%よりも多い9.1%とし、窒化ホウ素の含有率を17質量%とした場合には、水中での摩耗速度を目標値内に維持することができた。
結果として、本発明例No.1~5では、耐スラリー摩耗速度、ドライ限界周速、線膨張係数、及び大気中での摩耗速度の4項目を同時に目標値内とすることができた。
【0042】
(実施例2)ポンプに実装した場合の実施例
実施例1の本発明例No.4の樹脂材料を用いたすべり軸受、従来品1、並びに比較例No.1及びNo.4の樹脂材料を用いたすべり軸受をそれぞれ、
図1に示した立形斜流ポンプのラジアル軸受である軸受32、33として使用し、実際の異物(土砂)を含む水の排水運転及びドライ運転を繰り返した。
【0043】
この試験で、本発明例No.4の樹脂材料を用いたすべり軸受の摩耗速度は4.27μm/h、従来品1の樹脂材料を用いたすべり軸受の摩耗速度は、4.85μm/h、比較例No.1の樹脂材料を用いたすべり軸受の摩耗速度は、3.59μm/h、比較例No.4の樹脂材料を用いたすべり軸受の摩耗速度は、7.42μm/hであった。すなわち、本発明例No.4のすべり軸受の摩耗速度は、従来品1、比較例No.1、No.4の樹脂材料を用いたすべり軸受の摩耗速度に比べて同等程度よりも良好な摩耗速度を示した。
【0044】
また、この試験のドライ運転時には、従来品1、または比較例No.1の樹脂材料を用いたすべり軸受では、ポンプモータの回転数を上昇させようとすると、短時間で急激な軸受温度上昇が発生し、ポンプモータの回転数を上昇させることができなかったが、本発明例No.4、または比較例No.4を用いたすべり軸受では、ポンプモータの回転数を通常の回転数の1.3倍まで上昇させても、急激な温度上昇は発生せず、安定してポンプを運転することができた。
【0045】
即ち、本発明例No.4の樹脂材料を用いたすべり軸受と、従来品1、比較例No.1及びNo.4の樹脂材料を用いたすべり軸受のなかで、排水運転及びドライ運転が繰り返し行われるような条件では、軸受32,33に本発明例No.4の樹脂材料を用いたすべり軸受だけが、排水運転とドライ運転における耐摩耗性、ドライ運転時の運転回転数範囲の上昇対応に優れた軸受特性を発揮できた。
【0046】
以上で説明したように、本発明の実施形態に係るすべり軸受装置のすべり軸受をラジアル軸受として備えたポンプであれば、異物混入水を処理する排水機場において、水中運転と大気中運転とが繰り返されても、すべり軸受の摩耗を抑制し、且つすべり軸受の低摩擦性(潤滑性)を維持することができる。
【符号の説明】
【0047】
1…すべり軸受
1a…内周面(すべり面)
3…立軸ポンプ
10…回転軸
11…スリーブ