IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人東北大学の特許一覧 ▶ NLTテクノロジー株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人北海道大学の特許一覧

<>
  • 特許-蛍光偏光免疫分析法 図1
  • 特許-蛍光偏光免疫分析法 図2
  • 特許-蛍光偏光免疫分析法 図3
  • 特許-蛍光偏光免疫分析法 図4
  • 特許-蛍光偏光免疫分析法 図5
  • 特許-蛍光偏光免疫分析法 図6
  • 特許-蛍光偏光免疫分析法 図7
  • 特許-蛍光偏光免疫分析法 図8
  • 特許-蛍光偏光免疫分析法 図9
  • 特許-蛍光偏光免疫分析法 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-26
(45)【発行日】2024-10-04
(54)【発明の名称】蛍光偏光免疫分析法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/542 20060101AFI20240927BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
G01N33/542 A
G01N21/64 A
G01N21/64 F
G01N21/64 B
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020080767
(22)【出願日】2020-04-30
(65)【公開番号】P2021173731
(43)【公開日】2021-11-01
【審査請求日】2023-03-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、先端計測分析技術・機器開発プログラム「オンサイト蛍光偏光イムノアッセイ装置の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】303018827
【氏名又は名称】Tianma Japan株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100183955
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 悟郎
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100177149
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 浩義
(74)【代理人】
【識別番号】100174067
【弁理士】
【氏名又は名称】湯浅 夏樹
(74)【代理人】
【識別番号】100136342
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 成美
(72)【発明者】
【氏名】福山 真央
(72)【発明者】
【氏名】火原 彰秀
(72)【発明者】
【氏名】今井 阿由子
(72)【発明者】
【氏名】重村 幸治
(72)【発明者】
【氏名】渡慶次 学
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-503477(JP,A)
【文献】特表2020-503062(JP,A)
【文献】国際公開第2003/081243(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0142853(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/542,
G01N 21/64,
C07K 16/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の測定対象物質を分析するための蛍光偏光免疫分析法であって、
前記測定対象物質に結合能を有するシングルドメイン抗体を蛍光色素で標識した蛍光標識物質を、前記試料に含まれる前記測定対象物質と結合させる結合工程、および
前記測定対象物質が結合した前記蛍光標識物質の蛍光偏光度変化を測定する測定工程、を含み、
該測定工程では、前記蛍光標識物質、または前記測定対象物質が結合した前記蛍光標識物質を含む前記試料をPDMSにより形成されたマイクロ流路に供給して蛍光偏光分析を行う、蛍光偏光免疫分析法。
【請求項2】
前記シングルドメイン抗体が、VHH抗体またはvNAR抗体である、請求項1記載の蛍光偏光免疫分析法。
【請求項3】
前記蛍光色素は、フルオレセイン、ダンシル、ピレン、ローダミン、ジアルキルアミノナフタレン、ジアルキルアミノナフタレンスルホニル、インドレニン、およびルテニウムの金属錯体からなる群から選択される1以上である、請求項1または2記載の蛍光偏光免疫分析法。
【請求項4】
前記蛍光色素は、蛍光寿命が1~3,000ナノ秒である、請求項1または2記載の蛍光偏光免疫分析法。
【請求項5】
前記測定対象物質が、生物由来物質、医薬、またはウイルスである、請求項1~4のいずれかに記載の蛍光偏光免疫分析法。
【請求項6】
前記測定工程では、複数のマイクロ流路で複数の前記試料を同時に測定する蛍光偏光分析を行う、請求項1~5のいずれかに記載の蛍光偏光免疫分析法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、シングルドメイン抗体に蛍光色素を結合した蛍光標識物質を用いる蛍光偏光免疫分析法に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光を用いた免疫分析法として蛍光偏光免疫分析法がある。X.Q. Guo et al., Anal. Chem. 1998, 70, 632-637に記載されるように、蛍光偏光度と測定対象物質の体積との間には以下の関係がある。
(1/P-1/3)=(1/P -1/3)(1+kTτ/ηV)
P:偏光度、P :回転拡散が無い場合の偏光度、k:ボルツマン定数、η:溶液の粘度、T:絶対温度、τ:蛍光寿命、V:分子の体積
特許文献1には、抗体と比較して分子量の大きな物質に抗体(または抗原)を固定化した試薬を用いる方法であって、この試薬と蛍光標識された抗原(または抗体)との特異的抗原抗体反応によって大きな蛍光偏光度の変化が生じることを利用する蛍光偏光免疫分析法が記載されている。
【0003】
蛍光偏光免疫測定法を利用して、高分子量の物質を測定する方法もある(特許文献2)。測定対象物質に特異的に結合する抗体等に、蛍光寿命が10~200ナノ秒の蛍光色素を共有結合した蛍光標識タンパク質を使用する点に特徴がある。実施例では、蛍光色素として長寿命蛍光色素であるピレンブタン酸を使用し、測定対象物質に特異的に結合する抗体として抗HDLポリクローナル抗体を使用してHDLの検量線を作成し、測定対象物質に特異的に結合する抗体として抗LDLポリクローナル抗体を使用してLDL検量線を作成している。
【0004】
また、高分子量の物質を測定する方法として、蛍光標識物質と測定対象物質とが結合する前後の分子量変化を大きくするため、低分子化抗体を蛍光標識した蛍光標識物質を使用するものもある(特許文献3)。特許文献3では、低分子抗体として、少なくとも抗原認識部位を含むFabフラグメント、Fab’フラグメント、scFv抗体(single chain antibody)を記載する。実施例では、FabフラグメントとFITC(Fluorescein isothiocyanate)を反応させてFab標識化合物を調製し、これに各種濃度のヒト血清アルブミンを加えて蛍光偏光度を測定している。その結果、低濃度領域は2~3×10-8M(1~2μg/mL)程度まで測定可能であると記載する。
【0005】
ここにIgG抗体などは2本の重鎖と2本軽鎖とからなるY字型の抗体であり、重鎖および軽鎖はそれぞれ可変領域を有する。Fab抗体やscFv抗体は、このような抗体の一部で構成され、重鎖の可変領域と軽鎖の可変領域とを含んでいる。これに対し軽鎖を含まず、2本の重鎖がY字型に結合した重鎖抗体も存在する。重鎖抗体の各重鎖はそれぞれ可変領域を有する。可変領域は、F1~F4からなるフレームワーク領域とCDR1~CDR3からなる相補性決定領域(CDR:complementary determining region)とを含み、この可変領域を介して抗体と特異的に結合することができる。可変領域は、フレームワーク領域とCDRとによって抗原結合性を発揮するため、これらを単一のドメイン(以下、シングルドメインと称する。)とすれば、重鎖抗体は2つのシングルドメインを有している。ラクダ科動物の血清中には重鎖抗体が含まれ、重鎖の各可変領域はVHH(Variable domain of a heavy chain antibody)と称される。ラクダ由来のVHH抗体はシングルドメイン抗体である。特許文献4には、VHH抗体の熱安定化を目的として、VHH抗体の特定のアミノ酸をグリシン等で置換した熱安定性VHH抗体を記載している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平3-103765号公報
【文献】特許第3255293号公報
【文献】特開平11-44688号公報
【文献】特開2019-210267号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
蛍光偏光免疫分析法は測定対象物質と結合する前後の蛍光標識物質の蛍光偏光度の変化を観察するものである。蛍光偏光度は分子量に依存するため、分子量の大きな蛍光標識物質を使用した高分子量の物質の測定は容易でない。特許文献2は、高分子量の測定対象物質(約50万以上)、例えばウイルス以上の大きさの測定対象物質(粒子として約20nm以上)を測定するため、長寿命蛍光色素であるピレンブタン酸を使用して蛍光標識物質を調製し、使用している。しかしながら長寿命蛍光色素は高価であり、フルオレセインなどの蛍光寿命が10ナノ秒以下の汎用性の高い蛍光色素で高分子量の物質を測定できる蛍光偏光免疫分析法の開発が望まれる。
【0008】
また、特許文献3では、低分子抗体を使用して2~3×10-8M程度まで測定可能と記載する。しかしながら、微量の試料での測定を可能するために、より低濃度でも検出することができる蛍光偏光免疫分析法の開発が望まれる。
【0009】
また、特許文献4は、熱安定性が高いVHH抗体を開示するが、変異体の調製を開示するものであり、蛍光偏光免疫分析法に使用した例はない。また、VHH抗体以外のシングルドメイン抗体に関する記載もない。
【0010】
また、微量の試料での測定を可能とするため、マイクロ流路を備えた測定機器が開発されている。マイクロ流路は半導体プロセスを用いて作製する数10~数100μm程度の流路を有するデバイスである。このマイクロ流路を用いた化学反応システムは、通常のバルクサイズの化学反応と比べて、大幅な反応時間の短縮、温度や濃度の優れた均一性に起因する安定した化学反応ができる利点がある。蛍光偏光免疫分析法で使用する装置は、蛍光偏光度に影響を与えない部材で構成される必要があり、ポリジメチルシロキサン(PDMS;Polydimethylsiloxane)が使用されることが多い。PDMSは石英ガラスに匹敵する透明度を持ち、自家蛍光性が低いため蛍光反応を利用する分析に適する。加えて、液状で粘度が低いためにサブミクロンからミクロンオーダーの微細加工も可能だからである。しかしながら、蛍光偏光免疫分析法は抗原抗体反応を利用するものである。蛍光標識物質や測定対象物質、およびそれらの結合物がPDMSに付着すると、正確な測定を行うことができない。
【0011】
上記現状に鑑みて、本開示は、シングルドメイン抗体に蛍光色素を結合した蛍光標識物質を用いた蛍光偏光免疫分析法を提供することを目的とする。
【0012】
また本開示は、マイクロ流路を有する測定機器でも測定可能な蛍光偏光免疫分析法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本開示者等は、蛍光偏光免疫分析法について詳細に検討した結果、シングルドメイン抗体は、蛍光寿命が4ナノ秒の蛍光色素を結合しても、150kDaの高分子量の測定対象物を定量できること、このようにして得られた蛍光標識物質は蛍光偏光度の感度に優れ低濃度でも測定ができること、しかも蛍光標識物質と測定対象物質との結合物はマイクロ流路にも付着しないことを見出し、本開示を完成させた。
【0015】
すなわち本開示は、試料中の測定対象物質を分析するための蛍光偏光免疫分析法であって、
前記測定対象物質に結合能を有するシングルドメイン抗体を蛍光色素で標識した蛍光標識物質を、前記試料に含まれる前記測定対象物質と結合させる結合工程、および
前記測定対象物質が結合した前記蛍光標識物質の蛍光偏光度変化を測定する測定工程、を含み、
該測定工程では、前記蛍光標識物質、または前記測定対象物質が結合した前記蛍光標識物質を含む前記試料をPDMSにより形成されたマイクロ流路に供給して蛍光偏光分析を行う、蛍光偏光免疫分析法を提供するものである。
【0016】
また本開示は、前記蛍光色素は、蛍光寿命が1~3,000ナノ秒である、前記蛍光偏光免疫分析法を提供するものである。
【発明の効果】
【0019】
本開示によれば、シングルドメイン抗体に蛍光色素を結合した蛍光標識物質を用いた蛍光偏光免疫分析法が提供される
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】測定対象物質の質量と蛍光偏光度および蛍光色素の蛍光寿命との関係を説明する図である。
図2】実施例1の蛍光偏光度測定によるウサギIgGの標準曲線の結果、および比較例1の蛍光偏光度測定によるウサギIgGの標準曲線の結果を示す図である。
図3】実施例2の抗体のSH基にAlexa Fluor 488を結合した蛍光標識物質を用いたHer2の標準曲線の結果を示す図である。
図4】実施例3の抗体のアミノ基にAlexa Fluor 488を結合した蛍光標識物質を用いたHer2の標準曲線の結果を示す図である。
図5】実施例4で使用した蛍光偏光度測定装置の概略構成を示す図である。
図6】試料発光部を観察する有効視野内のマイクロ流路を説明する図である。
図7】実施例4で使用したマイクロ流路の蛍光偏光度測定画像を示す図である。
図8】実施例4の蛍光偏光度測定によるウサギIgGの標準曲線、および測定試料の蛍光偏光度の結果を示す図である。
図9】実施例5の蛍光偏光度測定によるウサギIgGの標準曲線の結果を示す図である。
図10】比較例2の蛍光偏光度測定によるウサギIgGの標準曲線の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本開示の第1は、試料中の測定対象物質を分析するための蛍光偏光免疫分析法であって、
前記測定対象物質に結合能を有するシングルドメイン抗体を蛍光色素で標識した蛍光標識物質を、前記試料に含まれる前記測定対象物質と結合させる結合工程、および
前記測定対象物質が結合した前記蛍光標識物質の蛍光偏光度変化を測定する測定工程、を含む、蛍光偏光免疫分析法である。シングルドメイン抗体を使用することで検出感度が向上し、測定対象物質を低濃度で含む試料や高分子量の測定対象物質でも測定することができる。
【0022】
重鎖のみで構成される重鎖抗体は、フタコブラクダ、ヒトコブラクダ、ラマ、アルパカ、ビクーニャ、グアナコなどのラクダ科動物や、サメ、エイなどの軟骨魚類の体内で生産されることが知られている。ラクダ科動物由来の重鎖抗体の可変領域はVHH抗体と称され、軟骨魚類由来の重鎖抗体の可変領域はvNAR(new antigen receptor)抗体と称される。重鎖抗体の各重鎖の可変領域は、それぞれフレームワーク領域とCDRとによって抗原結合性を発揮するシングルドメイン抗体である。本開示における「シングルドメイン抗体」とは、1つの可変領域で構成される抗体を意味する。従って、VHH抗体およびvNAR抗体は、シングルドメイン抗体として使用することができる。
【0023】
本開示で使用するシングルドメイン抗体は、特定の測定対象物質への結合能を有するものに限定される。少なくとも測定対象物質のいずれか一部をエピトープとし、このエピトープを認識して結合できる結合能が必要である。
【0024】
このような結合能を有するシングルドメイン抗体は、測定対象物質を抗原とする重鎖抗体を調製し、その一部を切断などによって切り出して調製することができる。例えば、重鎖抗体生産動物に測定対象物質を抗原として免疫し、免疫動物のB細胞から抗原に結合する重鎖抗体を選択することができる。重鎖抗体を酵素その他で切断して得たVHH抗体やvNAR抗体などの可変領域をシングルドメイン抗体として使用することができる。また、シングルドメイン抗体は、重鎖抗体からの分離物に限定されるものではない。従来公知のVHH抗体やvNAR抗体のDNA配列を参照し、または、抗体ライブラリー等を使用して特定の物質に対して特異的な結合能を有するシングルドメイン抗体を遺伝子工学的に製造したものであってもよい。更にこのように調製されたシングルドメイン抗体に、測定対象物質への結合性を損なわない範囲で、耐熱性向上、耐薬品性向上、耐圧性向上、その他の目的で、アミノ酸の一部が他のアミノ酸残基に置換したものであってもよい。更に、従来公知のFab抗体やscFv抗体を分解して1つの可変領域を取出し、シングルドメイン抗体として使用してもよい。
【0025】
本開示で使用するシングルドメイン抗体は蛍光色素で標識され、蛍光標識物質として使用される。
【0026】
本開示において「蛍光」とは、電子を励起させる光を照射して生じる発光を意味する。また、「蛍光色素」とは、蛍光を発光する色素を意味する。リン光も蛍光同様に原子がエネルギーを吸収して励起状態になるため、本開示では、りん光を発光する色素も蛍光色素に含まれる。蛍光色素がりん光を発光する場合、蛍光に代えてりん光に基づく蛍光偏光度を測定してもよい。
【0027】
本開示で使用できる蛍光色素としては、クロロトリアジニルアミノフルオレセイン、4’-アミノメチルフルオレセイン、5-アミノメチルフルオレセイン、6-アミノメチルフルオレセイン、6-カルボキシフルオレセイン、5-カルボキシフルオレセイン、5および6-アミノフルオレセイン、チオウレアフルオレセイン、メトキシトリアジニルアミノフルオレセインなどのフルオレセイン化合物;ニトロベンゾオキサジアゾールクロライドなどのニトロベンゾオキサジアゾール誘導体;インドレニン;ダンシルなどのダンシル誘導体;ジアルキルアミノナフタレン、ジアルキルアミノナフタレンスルホニルなどのナフタレン誘導体;N-(1-ピレニル)マレイミド、アミノピレン、ピレンブタン酸、アルキニルピレンなどのピレン誘導体;白金、レニウム、ルテニウム、オスミウム、ユーロピウムなどの金属錯体;ローダミンB、ローダミン6G、ローダミン6GPなどのローダミン誘導体;登録商標又は商品名としてAlexa Fluor 488などのAlexa Fluorシリーズ、BODIPYシリーズ、DYシリーズ、 ATTOシリーズ、Dy Lightシリーズ、Oysterシリーズ、HiLyte Fluorシリーズ、 Pacific Blue、Marina Blue、Acridine、Edans、Coumarin、DANSYL、FAN、Oregon Green、Rhodamine Green-X、NBD-X、TET、JOE、Yakima Yellow、VIC、HEX、R6G、Cy3、TAMRA、Rhodamine Red-X、Redmond Red、ROX、Cal Red、Texas Red、LC Red 640、Cy5、Cy5.5、LC Red 705などが挙げられる。ルテニウムはりん光を発し、その蛍光寿命は2,700ナノ秒である。
【0028】
ここに蛍光色素の蛍光寿命、および蛍光偏光度と分子量との関係を図1に模式的に示す。この図は、"Use of a Long-Lifetime Re(I) Complex in Fluorescence Polarization Immunoassays of High-Molecular-Weight Analytes", Analytical chemistry, 1998, Vol.70. P632を参照して作成したものである。図1の横軸は分子量であり、縦軸は蛍光偏光度である。図1では、蛍光色素の蛍光寿命によって蛍光偏光度で測定可能な合計質量領域が異なること、および蛍光偏光度が所定範囲(図1では約0.05~0.35の範囲)で測定対象物質を定量できることを示している。例えば、蛍光寿命が4ナノ秒の蛍光色素を使用した場合には1×10~1×10(Da)の領域で、蛍光寿命が100ナノ秒の蛍光色素を使用した場合には1×10~1×10(Da)の領域で、蛍光寿命が2,700ナノ秒の蛍光色素を使用した場合には1×10~1×10(Da)の領域で蛍光偏光度が大きく変化する。蛍光偏光度は、励起されてから蛍光を発するまでの間に測定対象物質が結合した蛍光標識物質の回転拡散によって解消される。より長寿命の蛍光色素を用いればより高分子量の領域で蛍光偏光度の変化が測定できる。そのため、例えば、蛍光寿命が4ナノ秒の蛍光色素を150kDaのIgG抗体に結合して蛍光標識物質としてとして用いる場合は、蛍光標識物質がすでに0.37の蛍光偏光度を有するため、これが高分子量の測定対象物質と結合したとしても蛍光偏光度はほとんど変化しない。特許文献2の実施例では、IgG抗体にピレン誘導体などの長寿命色素を使用することで、蛍光標識物質単体での蛍光偏光度を低下させ、C反応性タンパク質(CRP;分子量12万)、高密度リポタンパク質(HDL;分子量約40万)、低密度リポタンパク質(LDL;分子量300万)などの高分子量物質を測定している。
【0029】
しかしながら、本開示では、測定対象物質の分子量に関わらず、蛍光寿命が4~3,000ナノ秒の蛍光色素を使用することができる。ただし、測定対象物質の分子量、励起波長などの測定条件、測定サンプルの自家蛍光に応じて、上記蛍光寿命の範囲で適宜選択してもよい。例えば、測定対象物質の質量が約15,000~2×10Daの場合に蛍光寿命が4ナノ秒程度の従来の蛍光色素を使用し、測定対象物質の質量が約2×105~10Daの場合に蛍光寿命が100ナノ秒程度の蛍光色素を使用するなどとしてもよい。後記する実施例に示すように、本開示では、Alexa Fluor 488などの蛍光寿命の短い蛍光色素を使用して、約150kDaの高分子量の測定対象物質を定量することができる。しかも、定量下限は0.45nMと算出され、低濃度での検出が可能である。このように、汎用性の高いAlexa Fluor 488などの蛍光色素を使用して高感度かつ高分子量の測定対象物質を測定できる理由は明確ではないが、シングルドメイン抗体が低分子量であること、抗原認識領域の近傍に蛍光色素を結合でき、これにより蛍光標識物質と測定対象物質との結合の揺らぎが減少することなどが相乗的に作用し、蛍光偏光度の感度が上昇したものと推定される。
【0030】
蛍光標識物質は、シングルドメイン抗体を蛍光色素と反応させて標識し、調製することができる。蛍光色素には一般に、アミノ基、カルボキシル基、ハロゲン、ニトロ基等の官能基が導入されている。シングルドメイン抗体はポリペプチドであるため、シングルドメイン抗体と蛍光色素とは、当業者に周知の条件に従って行うことができる。例えば、蛍光色素の官能基を活性化させシングルドメイン抗体と混合し、4~65℃で数時間反応させ共有結合を形成させることができる。未反応の蛍光色素は、反応終了後に、常法により精製することができる。シングルドメイン抗体は、耐熱性に優れるため、高温での反応も可能であり、種々の反応条件で蛍光標識物質を調製することができる。なお、シングルドメイン抗体を遺伝子工学的に製造する場合には、蛍光色素の結合を希望する位置に、蛍光色素と反応できるアミノ基やカルボキシル基、チオール基などを有するアミノ酸残基を導入し、これに対応する官能基を有する蛍光色素を反応させてもよい。これにより、可変領域の近傍や、N末端、C末端、その他シングルドメイン抗体のアルギニン、アスパラギン、グルタミン、リジンに由来する-NH基、システインに由来する-SH基、その他任意の位置に蛍光色素を結合させることができる。なお、シングルドメイン抗体と蛍光色素とを任意のリンカーを介して結合してもよい。
【0031】
シングルドメイン抗体1分子に対する蛍光色素の分子の結合数は、任意に選択することができる。好ましくはシングルドメイン抗体1分子に対して1分子以上であり、より好ましくは2~5分子である。シングルドメイン抗体の平均質量は12~15kDaであり、5分子以上を結合させると測定対象物質との結合性が損なわれる場合がある。
【0032】
本開示で測定可能な測定対象物質としては、少なくともその一部をエピトープとするシングルドメイン抗体を調製できればよく、特に限定はない。例えば、好ましい質量は、1.5×10~1×10Da、より好ましくは1×10~1×10Daである。また、大きさでは好ましくはストーク径が1nm~10μmであり、より好ましくは3nm~10μmである。この範囲で測定可能である。また、測定対象物質の由来や特性で分類すれば、生物由来物質、医薬、ウイルス、またはバクテリアなどの測定も可能である。生物由来物質としては、生物が体内に産生する各種成分、生体外に排出する各種成分、当該生物自体も含み、生物としては植物も動物も含むものとする。また、医薬としては、ヒト、動物に投与する医薬に限定されず、農薬などを含むものとする。
【0033】
生物由来物質としては、視床下部、下垂体、甲状腺、副甲状腺、副腎、膵臓、生殖器などの内分泌器官で合成、分泌される生理活性物質であるホルモン;核酸、尿酸、プリン体、C反応性タンパク質(CRP)、アポリポタンパク質、HDL、LDL、糖化ヘモグロビン、などの代謝物質;マイコトキシン、アフラトキシンB1、ボツリヌストキシンAなどの貝毒や細菌毒;モルヒネ、アトロピン、キニーネ、コカインなどの植物由来アルカロイド;大腸菌、レンサ球菌、桿菌、サルモネラ菌、緑膿菌などの細菌自体がある。また、医薬としては、クロラムフェニコール、シクロスポリン等の抗生物質、農業の効率化等に使用される殺菌剤、防黴剤、殺虫剤、除草剤、殺鼠剤、植物成長調整剤などの農薬がある。ウイルスは、他生物の細胞を利用して自己を複製させる極微小な感染性の構造体である。測定可能なウイルスとしては、インフルエンザウイルス、コロナウイルス、B型肝炎ウイルス、A型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、エイズウイルスがある。
【0034】
本開示の蛍光偏光免疫分析法では、測定対象物質が結合した蛍光標識物質の蛍光偏光度を測定する。試料に含まれる測定対象物質の特性に応じて純水その他の希釈用液で適宜希釈し、必要に応じて夾雑物等を除去して試料溶液を調製する。この試料溶液に蛍光標識物質を混合し、測定対象物質と蛍光標識物質とを結合させる。ついで測定対象物質と蛍光標識物質との結合物の蛍光偏光度を測定する。蛍光偏光度の測定には、任意の偏光測定装置を用い得ることができる。測定は測定対象物質が変性しない範囲であればよく、温度4~40℃の範囲、好ましくは上記範囲内で一定温度で行う。測定対象物質を定量するには、予め既知の濃度の測定対象物質を含む溶液を用いて上記と同様に操作して得た検量線を作成し、試料溶液の測定値と比較すればよい。
【0035】
測定対象物質として細菌などの微生物を分析する場合も上記と同様である。予め、細菌のいずれか一部をエピトープとして特異的に結合するシングルドメイン抗体を調製し、およびこのシングルドメイン抗体と蛍光色素とが結合した蛍光標識物質を調製する。試料溶液に蛍光標識物質を添加して試料溶液に含まれる細菌と蛍光標識物質とを結合させる。次いで、細菌が結合した蛍光標識物質の蛍光偏光度変化を測定すればよい。予め既知の濃度の測定対象物質を含む溶液を用いて調製した検量線を用い、試料溶液の測定値と比較することで細菌量を定量することができる。細菌に代えてウイルスを測定する場合も同様である。
【0036】
本開示では、蛍光偏光度を測定できれば、装置に限定はない。一方、マイクロ流路で構成される測定装置を使用することで、微量の試料を用いて高感度の測定を行うことができる。蛍光偏光測定法で使用されるマイクロ流路は、蛍光偏光度に影響を与えない部材で構成される必要があり、PDMSが使用されることが多い。しかし、Fab抗体と蛍光色素とを結合させた蛍光標識物質を使用すると、蛍光標識物質と測定対象物質との結合物がPDMSに付着することが判明した。これに対しシングルドメイン抗体と蛍光色素とを反応してなる蛍光標識物質を使用すると、蛍光標識物質と測定対象物質との結合物はPDMSで形成したマイクロ流路に付着せず、迅速かつ正確な測定が可能である。シングルドメイン抗体の可変領域は1つであるが、Fab抗体は4つの可変領域を含み、これに対応して体積も3~4倍となる。このような体積や構造の差によってPDMSに対する付着能が相違するものと推定される。
【0037】
このようなマイクロ流路を有する蛍光偏光度測定装置としては、後記する実施例4で使用する蛍光偏光度測定装置がある。蛍光標識物質や試料、測定対象物質が結合した蛍光標識物質などをマイクロ流路に供給し、蛍光偏光度を測定するが、少なくとも蛍光標識物質が励起光の照射によって蛍光を生ずる試料発光部をマイクロ流路で形成し、蛍光偏光度を測定することが好ましい。マイクロ流路であれば蛍光偏光度を測定する光学観察部分の有効視野内に複数の流路を形成することができ、複数のサンプルを同時に測定および画像解析を行うことができる。例えば、光学観察部分の有効視野が約3mmφの場合でも、流路ピッチを約300μmに設定すれば、9本の流路を形成することができる。この流路ピッチに対して流路幅と流路間スペースの寸法を任意に設定でき、例えば流路幅と流路間スペースとを等間隔にすれば、流路幅150μm、流路間スペース150μmに設定することができる。流路深さが深いほど測定感度が向上するため、流路深さを900μm等と設定することができる。なお、測定感度を向上するため、マイクロ流路構成材料を黒色化してもよい。上記は一例である。製造容易性に対しては、流路深さと流路幅寸法との間で密接な関連があり、例えば流路深さが300μmの場合は、流路幅を200μm以上等とすることもできる。流路幅が大きくなると、光学系の構成に依存せず光取り出し効率改善につながり、測定均一性が向上するという特長を有する。
【0038】
本開示の蛍光偏光測定法によれば、マイクロ流路を使用するか否かにかかわらず、試料に含まれる測定対象物質の濃度が、100pM~10μM、より好ましくは1~1,000nMの範囲で測定することができる。また、本開示の蛍光偏光測定法によれば、質量1.5×10~1×10Da、より好ましくは1×10~1×10Daの測定対象物質の濃度を定量することができる。具体的には、質量約150kDaの測定物質の場合には、濃度0.4~10,000nMの範囲で測定することができる。しかも、後記する実施例に示すように、シングルドメイン抗体に蛍光寿命が1~10ナノ秒の蛍光色素で標識した蛍光標識物質を使用することで、IgGなどの高分子量の測定対象物質を定量する場合でも、Fab抗体を使用する場合より蛍光偏光度の変動幅を拡大することができる。
【0039】
本開示の第2は、シングルドメイン抗体に蛍光色素を結合した蛍光標識物質である。シングルドメイン抗体とは、上記したように、1つの可変領域で構成される抗体を意味する。VHH抗体やvNAR抗体は、シングルドメイン抗体として使用することができる。従来公知のFab抗体やscFv抗体を分解して1つの可変領域を取出し、シングルドメイン抗体として使用してもよい。更に、従来公知のVHH抗体やvNAR抗体のDNA配列を参照し、また、抗体ライブラリー等を使用して遺伝子工学的に製造し、または適宜改変したものであってもよい。
【0040】
蛍光色素は、蛍光を発光する色素である。蛍光色素は、カルボキシル基、アミノ基、水酸基、チオール、フェニル基、などに結合し得る官能基を有することが好ましい。シングルドメイン抗体は、カルボキシル基、アミノ基、水酸基、チオール、フェニル基を有することが多く、蛍光色素がこれらに結合できる官能基を有すると蛍光標識物質の形成が容易だからである。
また、蛍光色素にはそれぞれ独自の蛍光寿命が存在する。本開示では、蛍光標識物質の使用目的に応じて、蛍光寿命が1~10ナノ秒の蛍光色素、蛍光寿命が10ナノ秒超から200ナノ秒の蛍光色素、蛍光寿命が200ナノ秒超から3,000ナノ秒の蛍光色素を適宜選択して、使用することができる。
蛍光寿命が1~10ナノ秒の蛍光色素としては、インドレニン、クロロトリアジニルアミノフルオレセイン、4’-アミノメチルフルオレセイン、5-アミノメチルフルオレセイン、6-アミノメチルフルオレセイン、6-カルボキシフルオレセイン、5-カルボキシフルオレセイン、5および6-アミノフルオレセイン、チオウレアフルオレセイン、メトキシトリアジニルアミノフルオレセインなどのフルオレセイン化合物、ローダミンB、ローダミン6G、ローダミン6GPなどのローダミン誘導体;登録商標又は商品名としてAlexa Fluor 488などのAlexa Fluorシリーズ、BODIPYシリーズ、DYシリーズ、 ATTOシリーズ、Dy Lightシリーズ、Oysterシリーズ、HiLyte Fluorシリーズ、 Pacific Blue、Marina Blue、Acridine、Edans、Coumarin、DANSYL、FAN、Oregon Green、Rhodamine Green-X、NBD-X、TET、JOE、Yakima Yellow、VIC、HEX、R6G、Cy3、TAMRA、Rhodamine Red-X、Redmond Red、ROX、Cal Red、Texas Red、LC Red 640、Cy5、Cy5.5、LC Red 705がある。
【0041】
蛍光寿命が10ナノ秒超から200ナノ秒の蛍光色素としては、ジアルキルアミノナフタレンスルホニルなどのナフタレン誘導体、N-(1-ピレニル)マレイミド、アミノピレン、ピレンブタン酸、アルキニルピレンなどのピレン誘導体がある。
蛍光寿命が200ナノ秒超から3,000ナノ秒の蛍光色素としては、白金、レニウム、ルテニウム、オスミウム、ユーロピウムなどの金属錯体がある。
【0042】
本開示の蛍光標識物質としては、シングルドメイン抗体に蛍光寿命が1~10ナノ秒の蛍光色素を結合した蛍光標識物質であってもよく、シングルドメイン抗体に蛍光寿命が10ナノ秒超から200ナノ秒の蛍光色素を結合した蛍光標識物質であってもよく、シングルドメイン抗体に蛍光寿命が200ナノ秒超から3,000ナノ秒の蛍光色素を結合した蛍光標識物質であってもよい。この蛍光標識物質を使用して、質量1.5×10~1×10Da、より好ましくは1×10~1×10Daの測定対象物質の濃度を蛍光偏光免疫分析法により測定することができる。
【0043】
蛍光色素とシングルドメイン抗体との結合は共有結合によることが好ましい。蛍光色素の前記した官能基とシングルドメイン抗体とを、当業者に周知の条件に従って反応させ、蛍光標識物質を製造することができる。例えば、蛍光色素の官能基を活性化させ、シングルドメイン抗体と混合し、温度4~65℃で数時間反応させ共有結合を形成させることができる。反応終了後、未反応の蛍光色素を常法により除去する。また、シングルドメイン抗体を遺伝子工学的に製造する際に、蛍光色素の結合を希望する位置に、蛍光色素との反応できるアミノ基やカルボキシル基、チオール基などを有するアミノ酸残基を導入し、これに対応する官能基を有する蛍光色素を反応させてもよい。これにより、可変領域の近傍や、N末端、C末端、その他シングルドメイン抗体のアルギニン、アスパラギン、グルタミン、リジンに由来する-NH基、システインに由来する-SH基、その他任意の位置に蛍光色素を結合させることができる。また、シングルドメイン抗体と蛍光色素とを、リンカーを介して結合してもよい。このようなリンカーとしては、オリゴエチレングリコール、アルキル鎖がある。後記する実施例に示すように、シングルドメイン抗体の可変領域近傍に該当するN末端に蛍光色素を結合した蛍光標識物質は、蛍光変更度の感度に優れる。
【0044】
本開示の蛍光標識物質は、蛍光偏光免疫分析法、サンドイッチイムノアッセイ、免疫染色に使用することができる。
【0045】
シングルドメイン抗体は、低分子抗体であるFab抗体やscFv抗体よりも低分子量であり、グアニジン塩酸塩や尿素などの変性剤溶液、高温、高圧などの変性状態下でも天然の構造へ巻き戻りやすく、耐熱性、耐圧性、耐薬品性に優れる。特に耐熱性に優れ、90℃という高温条件下から室温に戻すと熱処理前と抗原結合活性を示す。温度変化等に耐性があり、流通や保存等の際に有利である。更に、水系溶媒に対する高い溶解度を有し、界面活性剤に対する安定性にも優れるため、測定対象物質に特異的に結合できるシングルドメイン抗体を遺伝子工学的に調製する際の操作性にも優れる。また、これを蛍光偏光免疫分析法で使用すると、蛍光寿命が1~10ナノ秒の汎用性の高い蛍光色素を使用して高分子量の測定対象物質を測定することができ、低濃度でも測定できるため試料量の低減を図ることができるなどの利点がある。
【実施例
【0046】
次に実施例を挙げて本開示を具体的に説明するが、これらの実施例は何ら本開示を制限するものではない。
【0047】
(実施例1)
(1)ウサギIgGを定量するため、ウサギIgG(シグマアルドリッチ社製)をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)(富士フィルム和光純薬株式会社製)に溶解し、3,230nM、1,080nM、360nM、120nM、40nM、13nM、4.4nM、1.5nM、0.49nMの9水準のウサギIgG溶液を作成した。
(2)測定対象物質(ウサギIgG)に結合能を有するシングルドメイン抗体を蛍光色素で標識した蛍光標識物質として、Anti-Rabbit IgG Alpaca-mono, recombinant VHH Alexa Fluor 488修飾(VHH)(Chromotek社製、質量15kDa)を使用した。これをPBSにて100倍希釈し、蛍光標識物質溶液を調製した。
(3)ウシ胎児血清(FBS)(Biowest社製)をPBSを用いて10倍希釈し、FBS溶液を得た。
(4)前記蛍光標識物質溶液16μL(VHH5μg/mL含有)、FBS溶液60μL、9水準のウサギIgG溶液60μL、PBS464μLを混合し、600μLの9種の標準曲線作成用サンプルを調製した。この調製により、抗体濃度は10nMとなった。各サンプル調製後、室温で2時間遮光静置後に蛍光偏光度を測定した。
(5)蛍光偏光度測定装置として、分光蛍光計F7100(日立ハイテクサイエンス製)を使用し蛍光偏光モードで測定した。励起波長は490nm,検出波長は510-540nm、スキャンスピード60nm/min、初期待ち時間0s、蛍光側スリット10nm、励起側スリット10nm、レスポンス0.002sとした。0.049nMのウサギIgGを含む標準曲線作成用サンプル150μLをセルに入れてG値測定を測定した。標準曲線作成用サンプルを石英セルに入れ、蛍光偏光度を測定した。データはいずれも3回測定とした。結果を図2に、VHH抗体(15kDa)として示す。
【0048】
(比較例1)
Anti-Rabbit IgG Alpaca-mono, recombinant VHH Alexa Fluor 488修飾(VHH)に代えてAnti-Rabbit IgG Alexa標識 Fabフラグメント (Fab) (Jackson ImmunoResearch社製、質量50kDa)を使用した以外は実施例1と同様に操作した。結果を図2に、Fab抗体(50kDa)として示す。
【0049】
図2に示すように、Fab抗体を使用した比較例1の蛍光偏光度は、0.108~0.138の範囲で変動し、変動幅は0.03であった。一方、VHH抗体を使用した実施例の蛍光偏光度は、0.082~0.13の範囲で変動し、変動幅は0.048であった。VHH抗体を使用することでFab抗体を使用する場合より、変動幅1.6倍が広がった。
【0050】
また、実施例1および比較例1の結果を、表1に示す条件でシグモイド曲線を作成し、定量下限および定量上限を算出した。
【表1】
その結果、Fab抗体を使用した比較例1の定量下限は5.4nM、定量上限は18nMとなったが、VHH抗体を使用した実施例の定量下限は0.45nM、定量上限は41nMと算出された。0.45nMという低濃度でも測定可能であることが判明した。
【0051】
(実施例2)
(1)測定対象物質Her2(R&D systems社製、ErbB2/Her2 Fcキメラリコンビナントタンパク質)に結合能を有するシングルドメイン抗体として、Anti-Her2 Alpaca, monochronal, recombinant VHH(QVQ社製;1mg/mL)を使用した。
(2)この抗体20μLと2.75当量のトリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩(TCEP-HCl)水溶液(富士フィルム和光純薬株式会社製)を混合し、37℃で2時間遮光静置した。これに6当量のAlexa Fluor 488マレイミド(Thermo Scientific社製)を添加し、2時間室温で遮光静置し、その後、Zbaカラム(7kDa)を用いて2回精製を行い蛍光標識物質を製造した。この蛍光標識物質は、抗体のSH基にAlexa Fluor 488が結合している。
(3)測定対象物質Her2をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)(富士フィルム和光純薬株式会社製))で50倍に希釈した。この希釈溶液を更にPBSで順次5倍希釈し、410nM、82nM、16nM、3.3nM、0.66nM、0.13nMの6水準の濃度のHer2溶液を調製した。
(4)前記蛍光標識物質溶液を44nMとなるようにPBSで希釈した溶液92.5μL、各濃度のHer2溶液200μL、ウシ胎児血清(FBS)(Biowest社製)5μL、PBS402.5μLを混合し、500μLの6種の標準曲線作成用サンプルを得た。この調製により、サンプル中のVHHは8.2nMとなった。また、前記蛍光標識物質溶液80μL、ウシ胎児血清(FBS)(Biowest社製)2μL、PBS161μLを混合し、合計200μLのHer2を含まない対照サンプルを得た。各サンプル調製後、室温で2時間遮光静置後に蛍光偏光度を測定した。
(5)蛍光偏光度測定装置として、Tecan インフィニット200PRO F Plexを使用した。励起波長は490nm,検出波長は510-540nmとした。
結果を図3に示す。Her2濃度が0.66~1.6nMの範囲で濃度に応じた蛍光偏光度の上昇を確認することができた。
【0052】
(実施例3)
(1)測定対象物質Her2(R&D systems社製、ErbB2/Her2 Fcキメラリコンビナントタンパク質)に結合能を有するシングルドメイン抗体として、Anti-Her2 Alpaca, monochronal, recombinant VHH(QVQ社製;1mg/mL)を使用した。この抗体20μLと5当量のAlexa Fluor 488 SDP ester(Thermo Scientific社製)をpH8.5の条件で混合し、室温で1時間遮光撹拌した。その後、Zbaカラム(7kDa)を用いて2回精製を行い、蛍光標識物質を製造した。この蛍光標識物質は、抗体の-NH2基に蛍光色素Alexa Fluor 488が結合している。
(2)上記(1)で得た蛍光標識物質を使用した以外は、実施例2と同様に操作し、蛍光偏光度を測定した。結果を図4に示す。-NH2基にAlexa Fluor 488が結合したVHH抗体を使用した場合は、Her2濃度が0.66~8.2nMの範囲で濃度に応じた蛍光偏光度の上昇を確認することができた。また、蛍光偏光度は0.158~0.187の間で変動し、実施例の-SH基に結合した場合より感度に優れて濃度に応じた蛍光偏光度が確認できた。
【0053】
(実施例4)
(1)ウサギIgGを定量するため、ウサギIgG(シグマアルドリッチ社製)とリン酸緩衝生理食塩水(PBS)(富士フィルム和光純薬株式会社製)を用いて1,080nM、360nM、120nM、40nM、13nM、4.4nM、0.15nMの7水準のウサギIgG溶液を作成した。
(2)測定対象物質(ウサギIgG)に結合能を有するシングルドメイン抗体を蛍光色素で標識した蛍光標識物質として、Anti-Rabbit IgG Alpaca-mono, recombinant VHH Alexa Fluor 488修飾(VHH)(Chromotek社製、質量15kDa)を用いた。これをPBSにて100倍に希釈し、蛍光標識物質溶液を調製した。
(3)ウシ血清アルブミン(BSA)(abcam社製)をPBSに溶解し、1%BSA溶液を得た。
(4)ウシ胎児血清(FBS)(Biowest社製)をPBSを用いて10倍希釈し、FBS溶液を得た。
(5)前記蛍光標識物質溶液8μL(VHH5μg/mL含有)、BSA溶液30μL、各濃度のウサギIgG溶液30μL、PBS232μLを混合し、7水準の各300μLの標準曲線作成用サンプルを得た。
(6)また、別個に13nMおよび120nMのウサギIgGを含有するウサギIgG溶液30μLをそれぞれ調製し、前記蛍光標識物質溶液8μL(VHH10nM含有)、FBS溶液30μL、ウサギIgG溶液30μL、PBS232μLを混合し測定用サンプルを調製した。
(7)9つのマイクロ流路を有する蛍光偏光度測定装置を使用し、励起波長は470±5nm、検出波長は520±5nmで、標準曲線作成用サンプルおよび測定用サンプルの蛍光偏光度を測定した。なおサンプルは、9つのマイクロ流路のうち、7つのマイクロ流路に上記(4)記載の7水準の標準曲線作成用サンプルをそれぞれ注入し、残りの2つのマイクロ流路に上記(5)記載の2水準の測定用サンプルをそれぞれ注入し、同時に測定した。使用した蛍光偏光度測定装置の概略構成を図5に示す。装置10は、主にLED光源部1、励起フィルタ2、蛍光フィルタ3、ダイクロイックフィルタ4、対物レンズ5、結像レンズ6、液晶素子7およびデジタルイメージング素子(CMOS or CCDカメラ)8、および試料発光部9から構成される。中心波長470nmのLED光源部1からの励起光を励起フィルタ2および対物レンズ5を介して試料発光部9内の試料に照射し、試料が発する蛍光を、ダイクロイックフィルタ4、および蛍光フィルタ3を透過させ、CMOSカメラ8により透過光を取得する。蛍光フィルタ3と結像レンズ6との間に配置された液晶素子7に印加して電圧を変調すると、透過する蛍光の偏光方向を変調することができる。この変調周波数とCMOSカメラ8の取り込み周波数を同期して画像を取得・演算し、偏光度Pを二次元画像として算出する。この装置10の試料発光部9の光学観察部分の有効視野は約3mmφである。標準曲線と実測すべきサンプルの同時測定を行うため9本の流路数を使用する。図6に示すように、円形で示すφ3mmの有効視野内に、流路幅11と流路間スペース12とが等間隔に、流路幅150μm、流路間スペース150μmに調製されている。なお、流路深さは900μmである。試料発光部9内に複数のマイクロ流路を形成することで、複数のサンプルを同時に測定することができる。実施例4で使用したマイクロ流路の蛍光偏光度測定画像を図7に示す。
(8)結果を図8に示す。図8において黒丸は標準曲線を示し、黒四角はIgGを1,3nM、12nM含む試料の測定結果である。VHH抗体を使用すると、マイクロ流路を備える測定器でも、測定することができた。
【0054】
(実施例5)
(1)ウサギIgGを定量するため、ウサギIgG(シグマアルドリッチ社製)をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)(富士フィルム和光純薬株式会社製)に溶解し、3,280nM、1,080nM、360nM、120nM、40nM、13nM、4.4nM、1.5nM、0.49nMの9水準のウサギIgG溶液を作成した。
(2)測定対象物質(ウサギIgG)に結合能を有するシングルドメイン抗体を蛍光色素で標識した蛍光標識物質として、Anti-Rabbit IgG Alpaca-mono, recombinant VHH Alexa Fluor 488修飾(VHH)(Chromotek社製、質量15kDa)をPBSにて1000倍希釈し、蛍光標識物質溶液を調製した。
(3)前記蛍光標識物質溶液2.7μL(VHH0.5μg/mL含有)、各濃度のウサギIgG溶液10μL、PBS87.3μLを混合し、9水準の各100μLの標準曲線作成用サンプルを得た。
(4)9つのマイクロ流路を有する蛍光偏光度測定装置を使用し、励起波長は470±5nm、検出波長は520±5nmで、標準曲線作成用サンプルの蛍光偏光度を測定した。なおサンプルは、9つのマイクロ流路に上記(4)に記載の9水準の標準曲線作成用サンプルをそれぞれ注入し、同時に測定した。使用した蛍光偏光度測定装置は実施例4と同一である。実施例5の測定結果を図9に示す。
【0055】
(比較例2)
Anti-Rabbit IgG Alpaca-mono, recombinant VHH Alexa Fluor 488修飾(VHH)に代えてAnti-Rabbit IgG Alexa標識 Fabフラグメント (Fab)(Jackson ImmunoResearch社製、質量50kDa)を使用した以外は実施例5と同様に操作した。比較例2の測定結果を図10に示す。
【0056】
(結果)
実施例5の図9の結果に示すように、マイクロ流路を有する測定装置では、VHH抗体使用においてIgG量を定量することが容易であった。一方、図10の通り、マイクロ流路を有する測定装置でFab抗体を使用すると、実施例1で観察された濃度に対応する蛍光偏光度の増加が見られず、IgG量を定量することが困難であった。この原因は、Fab抗体がVHH抗体よりも分子量が大きいことにより、マイクロ流路壁面に吸着しやすい点にあると推定される。Fab抗体のように抗体が吸着した場合は、抗体分子の回転拡散が抑制されるため、抗原と反応していない場合でも高い蛍光偏光値を示す。そのため、マイクロ流路を有する測定装置では実施例1のように抗原濃度に伴い蛍光偏光値が上昇する結果は得られず、抗原の測定が困難になったと考えられる。これに対しVHH抗体のように流路に吸着しにくい場合は、マイクロ流路を有する測定装置でも抗原の濃度が大きくなるにつれ蛍光偏光値が大きくなり、実施例1と同様に高い測定感度での測定が可能となった。
【符号の説明】
【0057】
1:LED光源部、2:励起フィルタ、3:蛍光フィルタ、4:ダイクロイックフィルタ、5:対物レンズ、6:結像レンズ、7:液晶素子、8:CMOSカメラ、9:試料発光部、10:装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10