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特許7563265プラスチック素子の製造方法、及びプラスチック素子の製造装置
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-30
(45)【発行日】2024-10-08
(54)【発明の名称】プラスチック素子の製造方法、及びプラスチック素子の製造装置
(51)【国際特許分類】
   B29C 59/02 20060101AFI20241001BHJP
   B29C 43/02 20060101ALI20241001BHJP
   B29C 43/34 20060101ALI20241001BHJP
【FI】
B29C59/02 Z
B29C43/02
B29C43/34
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021048733
(22)【出願日】2021-03-23
(65)【公開番号】P2022147478
(43)【公開日】2022-10-06
【審査請求日】2024-01-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000006747
【氏名又は名称】株式会社リコー
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】太田 悠介
(72)【発明者】
【氏名】渡部 順
【審査官】松林 芳輝
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-220619(JP,A)
【文献】特開2001-315217(JP,A)
【文献】特開2009-83268(JP,A)
【文献】特開2013-64836(JP,A)
【文献】特表2020-537603(JP,A)
【文献】特開2013-75499(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第3112116(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C 39/00-39/24
B29C 39/38-39/44
B29C 43/00-43/34
B29C 43/44-43/48
B29C 43/52-43/58
B29C 53/00-53/84
B29C 57/00-59/18
B29C 64/00-64/40
B29C 67/00-67/08
B29C 67/24-69/02
B29C 73/00-73/34
B29D 1/00-29/10
B29C 33/00
B29C 99/00
B33Y 10/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定のパターンが転写された熱硬化性樹脂を加熱により硬化させて、プラスチック素子を成形するプラスチック素子の製造方法であって、
一対のモールド間に熱硬化性樹脂を挟んで前記一対のモールドを固定する工程と、
前記一対のモールドを加熱して前記熱硬化性樹脂を硬化させる工程と、を有し、
前記一対のモールドの少なくとも一方は、
前記熱硬化性樹脂に接して前記パターンを転写する転写部と、
加熱により前記転写部が前記熱硬化性樹脂を圧縮する圧縮方向に膨張する膨張部と、を有し、
前記膨張部の膨張量が、前記熱硬化性樹脂の硬化収縮量以上である、プラスチック素子の製造方法。
【請求項2】
前記転写部の膨張量が、前記膨張部の膨張量より小さい、請求項1に記載のプラスチック素子の製造方法。
【請求項3】
前記一対のモールドの少なくとも一方は、前記圧縮方向と直交する方向に前記膨張部と隣接する非膨張部を有する、請求項1または2に記載のプラスチック素子の製造方法。
【請求項4】
前記非膨張部は、前記膨張部の周囲に配置されている、請求項3に記載のプラスチック素子の製造方法。
【請求項5】
前記一対のモールド間に、前記一対のモールドの間隔を規制するスペーサ部が形成されている、請求項1乃至4のいずれか一項に記載のプラスチック素子の製造方法。
【請求項6】
前記スペーサ部の前記圧縮方向の高さが、加熱前の前記熱硬化性樹脂の前記圧縮方向の厚みより低い、請求項5に記載のプラスチック素子の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれか一項に記載の製造方法により製造されたプラスチック素子。
【請求項8】
所定のパターンが転写された熱硬化性樹脂を加熱により硬化させて、プラスチック素子を成形するプラスチック素子の製造装置であって、
一対のモールドと、
一対のモールドの少なくとも一方を、前記一対のモールド間に熱硬化性樹脂が挟まれる位置に移動させる駆動部と、
前記一対のモールドを加熱して前記熱硬化性樹脂を硬化させる加熱部と、を有し、
前記一対のモールドの少なくとも一方は、
前記熱硬化性樹脂に接して前記パターンを転写する転写部と、
加熱により前記転写部が前記熱硬化性樹脂を圧縮する圧縮方向に膨張する膨張部と、を有し、
前記膨張部の膨張量が、前記熱硬化性樹脂の硬化収縮量以上である、プラスチック素子の製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチック素子の製造方法、及びプラスチック素子の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、Tof(Time of Flight)を利用した3次元センシングの照度の均一性を高めて測距精度を向上させるために、マイクロレンズアレイや回折光学素子といったマイクロ・ナノオーダーの微細構造を有する光学素子が使われている。
【0003】
このような光学素子の製造方法としては、予め所望の光学面の反転形状が形成された平板状の上モールド及び下モールドの間で液状の熱硬化性樹脂を挟み込み、加熱することによって、反転形状を樹脂に転写させて、樹脂を硬化させる方法が知られている。
【0004】
また、常温で液体の熱硬化性樹脂は、加熱による架橋反応で硬化する過程で体積収縮が発生するため、ヒケの発生や形状精度の低下といった転写不良が発生する。このような問題に対して、熱硬化性樹脂の粘度が向上するゲル化点で硬化収縮により負圧が発生することを検知して加圧するシステムが知られている(例えば、特許文献1)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の技術は、ゲル化点を検知し、それをフィードバックする等の高精度なセンサや複雑な制御機構が必要となる。また、生産性を上げるため加熱速度を速めるほど制御が困難になり、プラスチック素子の転写精度が低下する問題がある。
【0006】
本発明の課題は、簡単な構成でプラスチック素子の転写精度を向上させることができるプラスチック素子の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、所定のパターンが転写された熱硬化性樹脂を加熱により硬化させて、プラスチック素子を成形するプラスチック素子の製造方法であって、一対のモールド間に熱硬化性樹脂を挟んで前記一対のモールドを固定する工程と、前記一対のモールドを加熱して前記熱硬化性樹脂を硬化させる工程と、を有し、前記一対のモールドの少なくとも一方は、前記熱硬化性樹脂に接して前記パターンを転写する転写部と、加熱により前記転写部が前記熱硬化性樹脂を圧縮する圧縮方向に膨張する膨張部と、を有し、前記膨張部の膨張量が、前記熱硬化性樹脂の硬化収縮量以上である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、簡単な構成でプラスチック素子の転写精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】プラスチック素子の製造装置を示す模式図。
図2】プラスチック素子の製造方法を示すフローチャート。
図3】プラスチック素子の製造方法を示すフローチャート。
図4】プラスチック素子の製造方法を示すフローチャート。
図5】プラスチック素子の製造方法を示すフローチャート。
図6】第1実施形態の製造装置(製造工程)を示す模式図。
図7】第1実施形態の製造工程を示す模式図。
図8】第1実施形態の製造工程を示す模式図。
図9】第1実施形態の製造工程を示す模式図。
図10】第1実施形態の製造工程を示す模式図。
図11】プラスチック素子の製造工程と熱膨張による加圧との関係を示す図。
図12】モールドの転写面を示す画像であり、(a)はレーザー顕微鏡画像、(b)は(a)の3次元表示画像。
図13】実施形態のプラスチック素子のレンズ面を示す画像であり、(a)はレーザー顕微鏡画像、(b)は(a)の3次元表示画像。
図14】従来のプラスチック素子のレンズ面を示す画像であり、(a)はレーザー顕微鏡画像、(b)は(a)の3次元表示画像。
図15】第2実施形態の製造装置(製造工程)を示す模式図。
図16】第2実施形態の製造工程を示す模式図。
図17】第2実施形態の製造工程を示す模式図。
図18】第2実施形態の製造工程を示す模式図。
図19】第2実施形態の製造工程を示す模式図。
図20】第2実施形態の製造工程を示す模式図。
図21】第3実施形態の製造装置を示す模式図。
図22】第3実施形態の製造装置を構成する上側モールドの加熱前の状態を示す図。
図23】第3実施形態の製造装置を構成する上側モールドの加熱時の状態を示す図。
図24】第3実施形態の製造工程を示す模式図。
図25】第3実施形態の製造工程を示す模式図。
図26】第3実施形態の製造工程で得られたプラスチック素子を示す図。
図27】第4実施形態の製造装置を示す模式図。
図28】第4実施形態の製造工程を示す模式図。
図29】第4実施形態の製造工程を示す模式図。
図30】第4実施形態の製造工程を示す模式図。
図31】第4実施形態の製造工程を示す模式図。
図32】第4実施形態の製造工程を示す模式図。
図33】第4実施形態の製造装置を構成する下側モールドの一例を示す図。
図34】第4実施形態の製造装置を構成する下側モールドの一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について、説明する。
【0011】
<プラスチック素子の製造方法>
本実施形態に係るプラスチック素子の製造方法は、所定のパターンが転写された熱硬化性樹脂を加熱により硬化させて、プラスチック素子を成形する。
【0012】
本実施形態のプラスチック素子の製造方法は、本実施形態に係る液体組成物は、一対のモールド間に熱硬化性樹脂を挟んで一対のモールドを固定する工程と、一対のモールドを加熱して熱硬化性樹脂を硬化させる工程と、を有する。
【0013】
一対のモールドの少なくとも一方は、熱硬化性樹脂に接してパターンを転写する転写部と、加熱により転写部が熱硬化性樹脂を圧縮する圧縮方向に膨張する膨張部と、を有し、膨張部の膨張量が、熱硬化性樹脂の硬化収縮量以上である。
【0014】
本実施形態のプラスチック素子の製造方法は、具体的には、図1に示す装置により実現される。図1は、プラスチック素子の製造装置を示す模式図である。
【0015】
図1に示すプラスチック素子の製造装置100は、上側ダイプレート10、下側ダイプレート20と、ガイド70、80を有する駆動部と、上側ダイプレート10に形成され、伝熱部31、加熱部32、冷却部33を有する温調部30と、下側ダイプレート20に形成され、伝熱部41、加熱部42、冷却部43を有する温調部40と、を有する。
【0016】
プラスチック素子の製造装置100は、さらに制御部(図示せず)を有し、この制御部により駆動部及び温調部30、40が制御される。なお、制御部は、中央処理装置(CPU)及びメモリーを有し、駆動部及び温調部30、40に有線または無線で通信可能に接続されている。
【0017】
上側ダイプレート10には、温調部30を介して上側モールド50が形成されている。上側モールド50は、加熱により熱膨張する膨張部51と、転写部52を有する。第1実施形態では、転写部52は、上側モールド50の転写面を構成し、転写部52には、プラスチック素子に転写される所定のパターン形状が形成されている。上側モールド50では、膨張部51と転写部52が一体に形成されている。
【0018】
下側ダイプレート20には、温調部40を介して下側モールド60が形成されている。下側モールド60は、加熱により熱膨張する膨張部61と、転写部62を有する。第1実施形態では、転写部62は、下側モールド60の転写面を構成し、プラスチック素子に転写される所定の鏡面形状が構成されている。下側モールド60では、膨張部61と転写部62が一体に形成されている。
【0019】
本明細書において、上側モールド50および下側モールド60は、本実施形態の一対のモールドの一例であり、このうち上側モールド50は、本実施形態の一対のモールドの少なくとも一方の一例である。
【0020】
なお、転写部62には、上側モールド50の転写部52と同様に、プラスチック素子に転写される所定のパターン形状が形成されていてもよい。また、転写部62には、転写部52に代えて、プラスチック素子に転写される所定のパターン形状が形成されていてもよい。
【0021】
上側モールド50と下側モールド60の間には熱硬化性樹脂90が配置される。本実施形態では、駆動部の動作に伴って、上側モールド50が固定された下側モールド60側に動き、転写部52が熱硬化性樹脂90と接することで、熱硬化性樹脂90の形状が変形する。また、温調部30、40の温度によって上下のモールド50、60の温度が制御され、熱硬化性樹脂90の加熱硬化、冷却が行われる。
【0022】
本明細書において、熱硬化性樹脂は、熱硬化性を有するもつ合成樹脂であり、硬化後は溶媒に溶けず、再加熱しても軟化しないものを示す。熱硬化性樹脂は、特に限定されず、例えば、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、フェノール樹脂、樹脂等が挙げられる。
【0023】
上側モールド50の膨張部51は、高熱膨張部材で構成されている。高熱膨張部材としては、線膨張係数が10×10-6/℃以上50×10-6/℃以下の材質が好ましく、より好ましくは15×10-6/℃以上45×10-6/℃以下の材質、さらに好ましくは20×10-6/℃以上35×10-6/℃以下の材質である。このような高熱膨張部材としては、例えば、アルミニウム(線膨張係数:27×10-6/℃)を用いることができる。
【0024】
上側モールド50の厚さは、任意であるが、上側モールド50の膨張部51が、高熱膨張部材で構成されている場合は、熱伝導を考慮して、例えば、20mm以上60mm以下にするのが好ましく、より好ましくは30mm以上50mm以下、さらに好ましくは35mm以上45mm以下である。
【0025】
下側モールド60の膨張部61は、低熱膨張部材で構成されている。低熱膨張部材としては、線膨張係数が10×10-6/℃未満の材質が好ましく、より好ましくは8×10-6/℃以下の材質、さらに好ましくは5×10-6/℃以下の材質である。なお、低熱膨張部材における線膨張係数の下限値は、限定されず、通常は0.1×10-6/℃である。このような低熱膨張部材としては、例えば、シリコン(線膨張係数:3.9×10-6/℃)を用いることができる。
【0026】
なお、本実施形態では、上側を高熱膨張部材、下側を低熱膨張部材としたが、加熱によって転写面に圧縮応力が加わればよく、上側が低熱膨張部材、下側が高熱膨張部材であっても、上下両側が高熱膨張部材であってもよい。これにより、温調部30、40の温度に応じて高熱膨張部材が熱膨張し、転写方向に圧縮応力がかかる作用機序を構築することができる。
【0027】
ここで、本実施形態のプラスチック素子の製造方法を実行する工程の手順について説明する。図2図5は、プラスチック素子の製造方法を示すフローチャートである。図6図10は、第1実施形態の製造工程を示す。図11は、プラスチック素子の製造工程と熱膨張による加圧との関係を示す。
【0028】
本実施形態のプラスチック素子の製造方法は、樹脂塗布工程、型閉じ工程、加熱工程、冷却工程、型開き工程(図2、ステップS1~S5)を有する。
【0029】
樹脂塗布工程(図2、ステップS1)では、上側ダイプレート10と下側ダイプレート20は離れた位置で待機する(図3、ステップS11)。このとき、上側モールド50の転写部52は熱硬化性樹脂90から離れた位置に待機される(図6)。温調部30、40は、一定温度に予備加熱した状態が保持される(図4、ステップS21)。下側モールド60に液体の熱硬化性樹脂90を塗布する(図5、ステップS31)。
【0030】
型閉じ工程(図2、ステップS2)では、上側ダイプレート10を下降させ、待機位置から距離D1の位置で停止させる(図3、ステップS12、S13)。これにより、上側モールド50は、下側モールド60に対して固定される。また、上側モールド50の転写部52も、待機位置から距離D1だけ下降した位置で停止し、熱硬化性樹脂90と接する(図7)。
【0031】
このとき、圧力挙動は、ほぼゼロに近い値を取る(図11の実線の左側)。なお、樹脂材料と接することでわずかに正の圧力が発生するが、液体のためほぼゼロとみなすことができる。
【0032】
なお、型閉じ工程(図2、ステップS2)は、本実施形態において、一対のモールド間に熱硬化性樹脂を挟んで一対のモールドを固定する工程の一例である。
【0033】
加熱工程(図2、ステップS3)では、温調部30、40により加熱を開始する(図4、ステップS22)。これにより、上側モールド50、下側モールド60も加熱される。このとき、高熱膨張部材で構成された上側モールド50は、熱膨張する。
【0034】
そのため、駆動部(上側ダイプレート10)は動いていないにもかかわらず、上側モールド50の転写部52は、さらに距離D2だけ下降する(図8)。その結果、熱硬化性樹脂90が硬化収縮しても転写方向に圧縮応力がかかる(図11の(A)点および(B)点)。
【0035】
さらに、温調部30、40により加熱を保持すると(図4、ステップS23)、温調部30、40による加熱温度が一定になり、熱膨張量も一定値に落ち着くため、圧力は一定となる(図11の(C)点)。このとき、上側モールド50の転写部52の下降は停止する(図8)。
【0036】
また、熱硬化性樹脂90は、ゲル化した熱硬化性樹脂91となり体積収縮(硬化収縮)が起こるが、膨張した上側モールド50からの圧縮応力により、転写部52に密着したままとなる(図8)。
【0037】
一方、高熱膨張部材を用いない通常の成形方法(上側モールド150と下側モールド160)の場合、加熱を開始して熱硬化性樹脂190がゲル化すると体積収縮(硬化収縮)が起こる(図11の(E)点)。
【0038】
このとき、上側モールド150の転写面とゲル化した熱硬化性樹脂191の密着があるうちは、引張応力が働くため負圧が発生する。さらに、収縮が進んで耐えきれなくなると、ゲル化した熱硬化性樹脂191が上側モールド150の転写面から剥がれ圧力ゼロとなる(図11(F))。
【0039】
また、先行技術(特許文献1)の場合は、この工程で負圧を検知し、駆動部を制御してダイプレート位置を微調整するという複雑なフィードバック制御を実施しているが、本実施形態では、このような複雑な構成や制御を行うことなく、加熱するだけで転写性を向上させることができる。
【0040】
本明細書において、加熱工程は、本実施形態における一対のモールドを加熱して熱硬化性樹脂を硬化させる工程の一例である。
【0041】
冷却工程(図2、ステップS4)では、温調部30、40による冷却を開始する(図4、ステップS24)。これにより、膨張状態の上側モールド50は収縮して元に戻る。これに伴い、上側モールド50の転写部52は、上昇して元の位置(待機位置から距離D1の位置)に戻る。その後、温調部30、40による冷却を終了する(図4、ステップS25)。
【0042】
なお、硬化して固体化した熱硬化性樹脂(成形品)92も冷却により熱収縮するため、上側モールド50と成形品は互いに剥がれる方向に力が働く(図9)。その結果、圧力はゼロに近づく(図11の(D)点)。このとき、成形品92は十分固まって固体になっているので、型から剥がれてもプラスチック素子として転写精度は維持されたものとなる。
【0043】
型開き工程(図2、ステップS5)では、上側ダイプレート10を上昇させ、待機させると、上側モールド50の転写部52は、上昇して待機状態に戻る(図3、ステップS14、S15)。これにより、成形品92をプラスチック素子として取り出すことができる(図5、ステップS32)。
【0044】
なお、型開き工程(図2、ステップS5)の後、ステップS1~S5を繰り返す場合は、樹脂塗布工程(図2、ステップS1)に戻り、ステップS1~S5を実行する。ステップS1~S5を繰り返さない場合は、ステップを終了する。
【0045】
なお、ステップS1~S5を繰り返す場合は(図2、ステップS6)、上側ダイプレート10は上昇したまま待機する(図3、ステップS15、ステップ16)。このとき、温調部30、40は、次の成形に備えて、一定温度に予備加熱した状態が保持され(図4、ステップS26、S27)、再度、下側モールド60に液体の熱硬化性樹脂90が塗布される(図5、ステップS33)。
【0046】
高熱膨張部材を用いない成形方法の場合、図11に示すように、加熱工程において、熱硬化性樹脂が転写面から剥がれ、圧力ゼロとなる。熱硬化性樹脂が未硬化の状態で剥がれが発生するため、成形品にはヒケが発生したり、形状精度が悪化したりする(図12図14)。
【0047】
これに対して、本実施形態では、高熱膨張部材が用いられることで、加熱工程において、熱硬化性樹脂が硬化収縮しても、上側モールド50(膨張部51)の熱膨張により転写方向に圧縮応力がかかる。そのため、成形品92のヒケを抑制し、形状精度を向上させることができる(図12図13)。
【0048】
なお、上側モールド50の熱膨張による転写部52の移動量(図11の距離D2)、すなわち膨張部51の膨張量が、樹脂の硬化収縮量以上であれば、転写面から樹脂が離れることはない。この場合、熱硬化性樹脂90に対して転写部52のパターンを確実に転写させることができる。
【0049】
例えば、予備加熱温度を100℃、加熱温度を150℃、熱硬化性樹脂の硬化収縮量を5%、成形品の厚さを1mmとする。また、前述の通り、上側モールド50の材質をアルミニウム(線膨張係数:27×10-6/℃)とし、その厚さを40mmとすると、以下の通り、熱膨張量が硬化収縮量以上になる関係(熱膨張量≧硬化収縮量)が成立し、熱硬化性樹脂90に対して転写部52のパターン形状を確実に転写することができる。
【0050】
上側モールドの熱膨張量:27×10-6/℃×(150℃-100℃)×40mm=54um
熱硬化性樹脂の硬化収縮量:1mm×5%=50um
【0051】
また、上側モールド50、下側モールド60をいずれもアルミニウムで作製した場合、各モールド50、60の厚さは半分の20mmであっても、上下のモールド50、60の膨張量を併せれば硬化収縮量を上回ることができる。
【0052】
一方、上側モールド50、下側モールド60をいずれもシリコン(線膨張係数:3.9×10-6/℃)で作製した場合、
上側モールドの熱膨張量:3.9×10-6/℃×(150℃-100℃)×40mm=7.8um
となり硬化収縮量を大きく下回る。
【0053】
熱硬化性樹脂の硬化収縮量(50um)以上にするには、モールドの厚さを上下ともに128mm以上にする必要がある。厚さが100mmを上回るモールドでは熱伝導に時間がかかりすぎ、タクトタイムが大幅に延びるため、現実的ではない。このような観点からも、上側モールド50、下側モールド60の少なくとも一方に、アルミニウムのような高熱膨張部材を用いるのが好ましい。
【0054】
このように、第1実施形態によれば、簡単な構成でプラスチック素子の転写精度を向上させることができる。
【0055】
図15は、第2実施形態の製造装置を示す。図16図20は、第2実施形態の製造工程を示す。なお、第2実施形態の第1実施形態と共通する部分には、同一の符号を付して説明を省略する。
【0056】
第2実施形態の製造装置では、上側モールド50の膨張部51と転写部52とが別部材で構成されている。具体的には、膨張部51が、転写部52と温調部30との間に配置され、加熱により膨張することで、転写部52に対する圧力調整部を構成することができる。
【0057】
第2実施形態では、さらに、転写部52の膨張量が、膨張部51の膨張量より小さくなるように、転写部52の材質が選定される。具体的には、上側モールド50の転写部52の材質は、下側モールド60と同じ低熱膨張材料で構成されている。
【0058】
例えば、プラスチック素子に転写されるパターンがφ100um程度のマイクロレンズを数万個並べたマイクロレンズアレイの場合、高熱膨張部材であるアルミニウムに機械加工で形状を作り込むことは困難である。この場合は、シリコン(線膨張係数:3.9×10-6/℃)やガラス基板(線膨張係数:0.6×10-6/℃)に対して半導体プロセスで加工する方が望ましい。ただし、シリコンやガラスは、線膨張係数が非常に小さい。
【0059】
そこで、第2実施形態では、上側モールド50の転写部52にシリコン等の低熱膨張部材を用い、上側モールド50の膨張部51にはアルミニウム等の高熱膨張部材を用いることで、転写面の加工性と転写性を両立することができる。また、転写する樹脂材料の硬化収縮量に応じた膨張部51の厚みの調整や、膨張部51の材質変更により様々な樹脂材料に対応することが可能である。
【0060】
例えば、膨張部51をアルミニウム(線膨張係数:27×10-6/℃)とし、その厚さを40mmで作製し、予備加熱温度を100℃、加熱温度を150℃、熱硬化性樹脂の硬化収縮量を5%、成形品92の厚さを1mmとする。この場合、第1実施形態と同様に、熱膨張量が硬化収縮量以上になる関係(熱膨張量≧硬化収縮量)が成立し、熱硬化性樹脂90に対して転写部52のパターン形状を確実に転写することができる。
【0061】
なお、上側モールド50において、シリコンやガラスの転写部52にパターン形状を形成する場合は、上述のようにウエハプロセスが用いられるが、転写部52の厚さは1mm以下であり熱伝導性に問題はない。
【0062】
第2実施形態において転写性が向上する作用機序は、第1実施形態と同様であり、加熱工程において、上側モールド50の膨張部51が熱膨張することで、転写部52が距離D4だけ下降することで、加熱温度に応じた圧力がかかる(図17図18)。
【0063】
なお、第2実施形態の下側モールド60の膨張部61と転写部62とは、一体に形成されているが、上側モールド50と同様に、膨張部61と転写部62とが別部材で構成されていてもよい。その場合、膨張部61は、転写部62と温調部40との間に配置され、加熱により膨張することで、転写部62に対する圧力調整部を構成することができる。
【0064】
第2実施形態では、転写部52の膨張量が膨張部51の膨張量より小さいため、転写部52の形状は、熱硬化性樹脂が圧縮される圧縮方向だけでなく、該圧縮方向と直交する方向にも変化しにくい。これにより、転写部52によるパターン形状の転写精度は、熱硬化性樹脂の圧縮方向の硬化収縮に対してだけでなく、該圧縮方向と直交する方向の硬化収縮に対しても、向上させることができる。
【0065】
また、第2実施形態では、上側モールド50の転写部52を膨張部51とは別部材の低熱膨張部材で構成することにより、上側モールド50自体が熱膨張しても、パターン形状の転写精度の低下を抑制することができる。
【0066】
図21は、第3実施形態の製造装置を示す。図22は、第3実施形態の製造装置を構成する上側モールドの加熱前の状態を示し、図23は、第3実施形態の製造装置を構成する上側モールドの加熱時の状態を示す。図24図25は、第3実施形態の製造工程を示す。図26は、第3実施形態の製造工程で得られたプラスチック素子を示す。なお、第3実施形態の第2実施形態と共通する部分には、同一の符号を付して説明を省略する。
【0067】
第3実施形態の製造装置では、上側モールド50が、圧縮方向と直交する方向に膨張部51と隣接する非膨張部53を有する。非膨張部53は、膨張部51の周囲に配置されている。第3実施形態では、膨張部51が平面視で矩形状を有し、非膨張部53が膨張部51平面視で矩形状に囲む形状を有する(図22)。
【0068】
非膨張部53の形状は、特に限定されない。本実施形態では、平面視で輪郭が矩形状の環状形状を有する。
【0069】
また、非膨張部53は、熱により膨張しない、または膨張しても膨張量がわずかな部分である。非膨張部53の材質は、特に限定されないが、例えば、下側モールド60と同様に、シリコン等の低熱膨張部材を用いることができる。
【0070】
また、第3実施形態では、膨張部51の圧縮方向に、転写部52が設けられている。これにより、上側モールド50が加熱されると、膨張部51が膨張して、転写部52は下降し、非膨張部53は下降しない。加熱により下降する転写部52は、硬化後の熱硬化性樹脂(成形品)92の有効領域92Aとなり、加熱しても下降しない非膨張部53は、成形品92の非有効領域92Bを構成する。
【0071】
ここで、有効領域は、プラスチック素子における所望のパターン形状(もしくは鏡面)を形成したい領域である。例えば、光学素子であれば、光の透過・反射といった機能を担う領域を示す。また、外装部品であれば、所望の外観を担保したい領域を示す。一方、非有効領域は、必ずしも所望のパターン形状(もしくは鏡面)が得られている必要はない。すなわち、ヒケなどの転写不良が生じても素子として問題にならない領域を示す。
【0072】
第3実施形態では、成形品92の有効領域92Aを投影した部分のみに上側モールド50の転写部52が設けられているため、加熱時に有効領域92Aが非有効領域92Bに対して凸になって加圧される(図23)。一方、非有効領域92Bは、熱膨張による加圧効果が働かないために、有効領域92Aに対して熱硬化性樹脂90の拘束が弱くなる。
【0073】
その結果、熱硬化性樹脂90は内側に向かって収縮できるため、硬化後の熱硬化性樹脂92の内側にある有効領域92Aで転写性が向上し、外側の非有効領域92Bには収縮によるヒケが発生する。すなわち、非有効領域92Bにヒケを逃がすことで、熱硬化性樹脂90の転写性を向上させることができる。
【0074】
また、熱硬化性樹脂90の硬化後は、固体化した熱硬化性樹脂(成形品)92の外周部(非有効領域92B)が上側モールド50の非膨張部53から剥がれるために、型開き後工程の際に成形品92が離型しやすくなる。
【0075】
また、第3実施形態では、膨張部51が周囲の非膨張部53に規制されるため、熱膨張による転写部52の移動量を大きくすることができる。
【0076】
図27は、第4実施形態の製造装置を示す。図28図32は、第4実施形態の製造工程を示す。図33は、第4実施形態の製造装置を構成する下側モールドの一例を示す。図34は、第4実施形態の製造装置を構成する下側モールドの一例を示す。なお、第4実施形態の第2実施形態と共通する部分には、同一の符号を付して説明を省略する。
【0077】
第4実施形態の製造装置では、上側モールド50と下側モールド60との間に、上側モールド50と下側モールド60の間隔を規制するスペーサ部63が形成されている(図27)。
【0078】
プラスチック素子の製造では、加熱工程が含まれるため、装置を稼働させ続けると装置全体に熱が溜まり、上述の第2実施形態等の場合、上側モールド50の膨張部51の熱膨張量もわずかに変化し、成形品の寸法にばらつきが生じる原因となる。また、温調部30、40の温度ムラがあると、上側モールド50の転写部52内でも加圧ムラが発生し、結果として転写部52の並行度が低下する可能性が考えられる。
【0079】
これに対して、第4実施形態では、上側モールド50と下側モールド60との間に、スペーサ部63が設けられている。これにより、上側モールド50と下側モールド60の間隔が規制され、熱硬化性樹脂を圧縮する間隔を調整することができので、成形品の厚さ方向の形状精度が向上する。
【0080】
具体的には、スペーサ部63は、下側モールド60の表面の外周部に平面視で環状に設けられている(図33)。図30の加熱工程で、上側モールド50の転写部52が下降する途中で下側モールド60に設けられたスペーサ部63に突き当たる。これにより、上側モールド50の転写部52と下側モールド60の転写部62との間隔が一定に固定される。
【0081】
また、第4実施形態では、下側モールド60の外周部に設けられたスペーサ部63に突き当たることにより転写面の並行度が向上する。これにより、成形品の厚さ方向の形状精度がさらに向上する効果が得られる。
【0082】
また、第4実施形態では、スペーサ部63の圧縮方向の高さが、加熱前の熱硬化性樹脂90の圧縮方向の厚みより低いことが好ましい(図28図29)。スペーサ部63の圧縮方向の高さが、加熱前の熱硬化性樹脂90の圧縮方向の厚みより低くすることで、上側モールド50による加圧が不足することを防ぐことができる。
【0083】
なお、スペーサ部63の材質は、特に限定されないが、膨張部51の線膨張係数より小さく、かつ、割れにくい材料が好ましい。例えば、下側モールド60及びスペーサ部63をニッケルーリン合金(線膨張係数:12×10-6/℃)で一体化して作ることで、成形品の厚さ方向の形状精度がさらに向上する。
【0084】
なお、スペーサ部63は、図33の例では、下側モールド60の外周部の全周に亘って一つのスペーサで構成されているが、スペーサ部63の形状は、この形態に限定されない。例えば、図34に示すように、下側モールド60の四隅に複数のスペーサ部63を形成してもよい。このように複数のスペーサ部63を部分的に設けることで、型開き後工程で成形品92を離型する際にスペーサ部63が邪魔になりにくい。
【0085】
なお、第4実施形態では、上側モールド50と下側モールド60の間隔を規制するスペーサ部が、下側モールド60に設けられているが、スペーサを設ける位置はこれに限定されない。例えば、上側モールド50にスペーサ部が形成されていてもよく、上側モールド50及び下側モールド60の両方にスペーサ部が形成されていてもよい。
【0086】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は特定の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された発明の範囲内において、種々の変形、変更が可能である。
【0087】
<プラスチック素子>
本実施形態のプラスチック素子は、上述のプラスチック素子の製造方法によって製造される。具体的には、上述のプラスチック素子の製造装置100を用いることで、得られた熱硬化性樹脂の硬化体(成形品)が本実施形態のプラスチック素子となり得る。
【0088】
このようにして得られるプラスチック素子は、上述のように、熱硬化性樹脂の硬化体である成形品のヒケが抑制され、形状精度に優れたものとなる(図13)。そのため、このようなプラスチック素子は、マイクロレンズアレイや回折光学素子といったマイクロ・ナノオーダーの微細構造を有する光学素子の用途に適用することができる。
【0089】
<プラスチック素子の製造装置>
本実施形態のプラスチック素子の製造装置は、所定のパターンが転写された熱硬化性樹脂を加熱により硬化させて、プラスチック素子を成形するプラスチック素子の製造装置であって、一対のモールドと、一対のモールドの少なくとも一方を、前記一対のモールド間に熱硬化性樹脂が挟まれる位置に移動させる駆動部と、前記一対のモールドを加熱して前記熱硬化性樹脂を硬化させる加熱部と、を有し、前記一対のモールドの少なくとも一方は、前記熱硬化性樹脂に接して前記パターンを転写する転写部と、加熱により前記転写部が前記熱硬化性樹脂を圧縮する圧縮方向に膨張する膨張部と、を有し、前記膨張部の膨張量が、前記熱硬化性樹脂の硬化収縮量以上である。
【0090】
具体的には、本実施形態のプラスチック素子の製造装置は、上述のプラスチック素子の製造方法を実現する製造装置100を用いることができる(図1図10)。
【0091】
本実施形態のプラスチック素子の製造装置では、上述のように、高熱膨張部材が用いられることで、加熱工程において、熱硬化性樹脂が硬化収縮しても、上側モールド50(膨張部51)の熱膨張により転写方向に圧縮応力がかかる。そのため、成形品92のヒケを抑制し、形状精度を向上させることができる(図12図13)。
【符号の説明】
【0092】
100 製造装置
10 上側ダイプレート
20 下側ダイプレート
30 温調部
31 伝熱部
32 加熱部
33 冷却部
40 温調部
41 伝熱部
42 加熱部
43 冷却部
50 上側モールド
51 膨張部
52 転写部
53 非膨張部
60 下側モールド
61 膨張部
62 転写部
63 スペーサ部
70 ガイド
80 ガイド
90 熱硬化性樹脂
91 ゲル化した熱硬化性樹脂
92 固体化した熱硬化性樹脂(成形品)
92A 有効領域
92B 非有効領域
【先行技術文献】
【特許文献】
【0093】
【文献】特開2013‐75499号公報
図1
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