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特許7565036打音診断支援装置、打音診断支援方法、打音診断支援システム、及びプログラム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-02
(45)【発行日】2024-10-10
(54)【発明の名称】打音診断支援装置、打音診断支援方法、打音診断支援システム、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 29/04 20060101AFI20241003BHJP
   G01N 29/46 20060101ALI20241003BHJP
   G06N 20/00 20190101ALI20241003BHJP
【FI】
G01N29/04
G01N29/46
G06N20/00
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2022546831
(86)(22)【出願日】2020-09-04
(86)【国際出願番号】 JP2020033671
(87)【国際公開番号】W WO2022049741
(87)【国際公開日】2022-03-10
【審査請求日】2023-04-05
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年9月5日に香川大学幸町キャンパスで開催された令和元年度土木学会全国大会にて、回転式打音診断支援システム(S-SJ)の現地検証について発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年9月28日に長岡技術科学大学で開催された2019年度電子情報通信学会信越支部大会にて、打音診断支援システムに関わる、音の解析による非破壊検査支援システムについて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年9月28日に長岡技術科学大学で開催された2019年度電子情報通信学会信越支部大会にて、回転式打音診断支援システム(S-SJ)の開発について発表
(73)【特許権者】
【識別番号】518212241
【氏名又は名称】公立大学法人公立諏訪東京理科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】597165618
【氏名又は名称】株式会社ネクスコ東日本エンジニアリング
(73)【特許権者】
【識別番号】503088541
【氏名又は名称】株式会社クワキ・シビル
(74)【代理人】
【識別番号】100121083
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 宏義
(74)【代理人】
【識別番号】100138391
【弁理士】
【氏名又は名称】天田 昌行
(74)【代理人】
【識別番号】100074099
【弁理士】
【氏名又は名称】大菅 義之
(72)【発明者】
【氏名】田邉 造
(72)【発明者】
【氏名】古川 利博
(72)【発明者】
【氏名】高櫻 裕一
(72)【発明者】
【氏名】清水 俊吾
(72)【発明者】
【氏名】桑野 代介
【審査官】村田 顕一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-090637(JP,A)
【文献】特開2018-009906(JP,A)
【文献】特開2017-163890(JP,A)
【文献】特許第5971646(JP,B2)
【文献】特開2019-086487(JP,A)
【文献】特開2019-039787(JP,A)
【文献】特開2018-013348(JP,A)
【文献】特許第5651739(JP,B2)
【文献】特開2020-003846(JP,A)
【文献】米国特許第06581466(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 29/00-29/52
G06N 20/00-20/20
G06F 16/00-16/958
G06F 18/00-18/40
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
健全性の診断の対象となるコンクリート構造物を打撃したときに収音した観測信号を取得し、前記観測信号に含まれる雑音成分を推定して抑圧することにより、前記コンクリート構造物の打音についての推定打音信号を生成する打音推定部と、
生成した前記推定打音信号から予め設定された条件を満たす特徴量を抽出する特徴量抽出部と、
過去に取得した観測信号から推定打音信号を生成して抽出した、健全なコンクリート構造物に関連付けられる特徴量と、変状があるコンクリート構造物に関連付けられる特徴量とを用いた機械学習により生成された、前記特徴量が分布し得る範囲を、コンクリート構造物が健全であるとみなす健全の範囲と、コンクリート構造物に変状があるとみなす変状の範囲と、健全であるか変状があるかを不明とする不明の範囲とに分類した分類情報に基づいて、前記健全性の診断の対象となる前記コンクリート構造物を打撃したときに収音した前記観測信号から前記推定打音信号を生成して抽出した前記特徴量が、前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲のどの範囲内に含まれるかを判定する判定部と、
前記判定部の判定結果を出力する出力部と、
を含み、
前記特徴量抽出部は、2つ以上の情報を含む特徴量を前記推定打音信号から抽出し、
前記分類情報は、前記特徴量の前記2つ以上の情報のうちの1つの情報に基づいて前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲に分類した第1の分類情報と、前記第1の分類情報における前記不明の範囲内を、前記不明の範囲内に含まれる前記特徴量における前記2つ以上の情報に基づいて健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類した第2の分類情報とを含み、
前記判定部は、前記第1の分類情報及び前記第2の分類情報を用いて判定する、
ことを特徴とする打音診断支援装置。
【請求項2】
請求項1に記載の打音診断支援装置において
記判定部は、前記第1の分類情報のみを用いた判定と、前記第1の分類情報及び前記第2の分類情報を用いた判定とを選択可能である
ことを特徴とする打音診断支援装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の打音診断支援装置において、
前記分類情報は、前記コンクリート構造物の用途又は観測信号を取得する際に打撃する部位が異なる複数の分類情報を含み、
前記判定部は、前記複数の分類情報のうちの、前記健全性の診断の対象となる前記コンクリート構造物における診断する部位と対応した分類情報に基づいて判定する
ことを特徴とする打音診断支援装置。
【請求項4】
請求項3に記載の打音診断支援装置において、
前記複数の分類情報は、橋梁上部と対応する分類情報、橋梁下部と対応する分類情報、トンネル上部と対応する分類情報、及びトンネル側部と対応する分類情報を含む
ことを特徴とする打音診断支援装置。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の打音診断支援装置において、
前記打音推定部は、前記観測信号の周波数スペクトルの時間変化に基づいて前記観測信号に含まれる定常雑音を推定して除去した後、前記定常雑音を除去した観測信号の雑音成分を抑圧して前記推定打音信号を生成する
ことを特徴とする打音診断支援装置。
【請求項6】
請求項5に記載の打音診断支援装置において、
前記打音推定部は、有色性駆動源カルマンフィルタを適用した状態空間モデルを用いて前記雑音成分を抑圧し、前記推定打音信号を生成する
ことを特徴とする打音診断支援装置。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の打音診断支援装置において、
前記健全性の診断の対象となる前記コンクリート構造物の周囲の交通量を選択する選択部を更に含み、
前記打音推定部は、選択された前記交通量に基づいて、前記観測信号に含まれる前記定常雑音を推定して除去する
ことを特徴とする打音診断支援装置。
【請求項8】
請求項5~7のいずれか1項に記載の打音診断支援装置において、
前記健全性の診断の対象となる前記コンクリート構造物の周囲の風の状態を選択する選択部を更に含み、
前記打音推定部は、選択された前記風の状態に基づいて、前記観測信号に含まれる前記風による前記定常雑音を推定して除去する
ことを特徴とする打音診断支援装置。
【請求項9】
請求項1に記載の打音診断支援装置において、
前記出力部は、前記判定部による判定結果が、前記健全の範囲である場合に点灯させる第1の発光装置と、前記変状の範囲である場合に点灯させる第2の発光装置と、前記不明の範囲である場合に点灯させる第3の発光装置とを含む
ことを特徴とする打音診断支援装置。
【請求項10】
請求項1に記載の打音診断支援装置において、
前記出力部は、前記判定部による判定結果を文字情報として表示する表示部を含む
ことを特徴とする打音診断支援装置。
【請求項11】
請求項1に記載の打音診断支援装置において、
前記判定部による前記第2の分類情報を用いた判定の判定結果に基づいて、前記第2の分類情報を更新する更新部を更に含む
ことを特徴とする打音診断支援装置。
【請求項12】
請求項1に記載の打音診断支援装置において、
前記出力部は、前記観測信号又は前記推定打音信号を、該打音診断支援装置に接続されたヘッドフォンに出力する信号出力部を含む
ことを特徴とする打音診断支援装置。
【請求項13】
請求項1に記載の打音診断支援装置において、
前記観測信号は、前記コンクリート構造物の被打撃面上で回転しながら移動する多面体により前記コンクリート構造物を連続的に打撃して発生させた打音を含む
ことを特徴とする打音診断支援装置。
【請求項14】
コンクリート構造物の打音に基づく前記コンクリート構造物の健全性の診断を支援する打音診断支援装置が、
健全性の診断の対象となるコンクリート構造物を打撃したときに収音した観測信号を取得し、前記観測信号に含まれる雑音成分を推定して抑圧することにより、前記コンクリート構造物の打音についての推定打音信号を生成する処理と
生成した前記推定打音信号から予め設定された条件を満たす特徴量を抽出する処理と
過去に取得した観測信号から推定打音信号を生成して抽出した、健全なコンクリート構造物に関連付けられる特徴量と、変状があるコンクリート構造物に関連付けられる特徴量とを用いた機械学習により生成された、前記特徴量が分布し得る範囲を、コンクリート構造物が健全であるとみなす健全の範囲と、コンクリート構造物に変状があるとみなす変状の範囲と、健全であるか変状があるかを不明とする不明の範囲とに分類した分類情報に基づいて、前記健全性の診断の対象となる前記コンクリート構造物を打撃したときに収音した前記観測信号から前記推定打音信号を生成して抽出した前記特徴量が、前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲のどの範囲内に含まれるかを判定する処理と
判定結果を出力する処理と、
を行い、
前記特徴量を抽出する処理は、2つ以上の情報を含む特徴量を前記推定打音信号から抽出し、
前記分類情報は、前記特徴量の前記2つ以上の情報のうちの1つの情報に基づいて前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲に分類した第1の分類情報と、前記第1の分類情報における前記不明の範囲内を、前記不明の範囲内に含まれる前記特徴量における前記2つ以上の情報に基づいて健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類した第2の分類情報とを含み、
前記判定する処理は、前記第1の分類情報及び前記第2の分類情報を用いて判定する、
ことを特徴とする打音診断支援方法。
【請求項15】
コンクリート構造物を打撃したときに収音して取得した観測信号に含まれる雑音成分を推定して抑圧することにより、前記コンクリート構造物の打音を推定して推定打音信号を生成し、生成した前記推定打音信号から予め設定された条件を満たす特徴量を抽出することにより得られる、健全なコンクリート構造物に関連付けられる特徴量と、変状があるコンクリート構造物に関連付けられる特徴量とを用いた機械学習により生成された、前記特徴量が分布し得る範囲を、コンクリート構造物が健全であるとみなす健全の範囲と、コンクリート構造物に変状があるとみなす変状の範囲と、健全であるか変状があるかを不明とする不明の範囲とに分類した分類情報を記憶する記憶部と、
健全性の診断の対象となるコンクリート構造物を打撃したときに収音した観測信号を取得し、前記観測信号に含まれる前記雑音成分を推定して抑圧することにより、前記コンクリート構造物の打音についての前記推定打音信号を生成する打音推定部と、
生成した前記推定打音信号から予め設定された前記条件を満たす特徴量を抽出する特徴量抽出部と、
前記記憶部に記憶させた前記分類情報に基づいて、前記健全性の診断の対象となる前記コンクリート構造物を打撃したときに収音した前記観測信号から前記推定打音信号を生成して抽出した前記特徴量が、前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲のどの範囲内に含まれるかを判定する判定部と、
前記判定部の判定結果を出力する出力部と、
を含み、
前記特徴量抽出部は、2つ以上の情報を含む特徴量を前記推定打音信号から抽出し、
前記分類情報は、前記特徴量の前記2つ以上の情報のうちの1つの情報に基づいて前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲に分類した第1の分類情報と、前記第1の分類情報における前記不明の範囲内を、前記不明の範囲内に含まれる前記特徴量における前記2つ以上の情報に基づいて健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類した第2の分類情報とを含み、
前記判定部は、前記第1の分類情報及び前記第2の分類情報を用いて判定する、
ことを特徴とする打音診断支援システム。
【請求項16】
コンクリート構造物の打音に基づく前記コンクリート構造物の健全性の診断を支援する打音診断支援装置のプロセッサに、
健全性の診断の対象となるコンクリート構造物を打撃したときに収音した観測信号を取得し、前記観測信号に含まれる雑音成分を推定して抑圧することにより、前記コンクリート構造物の打音についての推定打音信号を生成する処理と
生成した前記推定打音信号から予め設定された条件を満たす特徴量を抽出する処理と
過去に取得した観測信号から推定打音信号を生成して抽出した、健全なコンクリート構造物に関連付けられる特徴量と、変状があるコンクリート構造物に関連付けられる特徴量とを用いた機械学習により生成された、前記特徴量が分布し得る範囲を、コンクリート構造物が健全であるとみなす健全の範囲と、コンクリート構造物に変状があるとみなす変状の範囲と、健全であるか変状があるかを不明とする不明の範囲とに分類した分類情報に基づいて、前記健全性の診断の対象となる前記コンクリート構造物を打撃したときに収音した前記観測信号から前記推定打音信号を生成して抽出した前記特徴量が、前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲のどの範囲内に含まれるかを判定する処理と
判定結果を出力する処理と、
を実行させ、
前記特徴量を抽出する処理は、2つ以上の情報を含む特徴量を前記推定打音信号から抽出させ、
前記分類情報は、前記特徴量の前記2つ以上の情報のうちの1つの情報に基づいて前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲に分類した第1の分類情報と、前記第1の分類情報における前記不明の範囲内を、前記不明の範囲内に含まれる前記特徴量における前記2つ以上の情報に基づいて健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類した第2の分類情報とを含み、
前記判定する処理は、前記第1の分類情報及び前記第2の分類情報を用いて判定させる、
ことを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、打音診断支援装置、打音診断支援方法、打音診断支援システム、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
高速道路等のコンクリート構造物を診断する方法の1つとして、ハンマーによるコンクリート構造物への打撃により発生する打音に基づいて、打撃した部位が健全であるか否かを判定する方法がある。従来のこの種の診断方法では、診断を行う作業員が打音を直接聴き取って健全であるか否かを判定することが一般的である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、ハンマーによるコンクリート構造物への打撃の強さ、打音に基づく判定等には作業員毎の個人差がある。更に、診断時に作業員が聴き取る音には打音の他に周囲を走行する車両等が発する環境音が含まれる。このため、作業員の聴覚のみに頼る診断方法では、打音を的確に聴き分けて健全であるか否かを判定することが困難な場合がある。
【0004】
1つの側面において、本発明は、打音に基づくコンクリート構造物の健全性の診断を精度よく行うための支援をすることが可能な技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
1つの態様に係る打音診断支援装置は、健全性の診断の対象となるコンクリート構造物を打撃したときに収音した観測信号を取得し、前記観測信号に含まれる雑音成分を推定して抑圧することにより、前記コンクリート構造物の打音についての推定打音信号を生成する打音推定部と、生成した前記推定打音信号から予め設定された条件を満たす特徴量を抽出する特徴量抽出部と、過去に取得した観測信号から推定打音信号を生成して抽出した、健全なコンクリート構造物に関連付けられる特徴量と、変状があるコンクリート構造物に関連付けられる特徴量とを用いた機械学習により生成された、前記特徴量が分布し得る範囲を、コンクリート構造物が健全であるとみなす健全の範囲と、コンクリート構造物に変状があるとみなす変状の範囲と、健全であるか変状があるかを不明とする不明の範囲とに分類した分類情報に基づいて、前記健全性の診断の対象となる前記コンクリート構造物を打撃したときに収音した前記観測信号から前記推定打音信号を生成して抽出した前記特徴量が、前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲のどの範囲内に含まれるかを判定する判定部と、前記判定部の判定結果を出力する出力部と、を含み、前記特徴量抽出部は、2つ以上の情報を含む特徴量を前記推定打音信号から抽出し、前記分類情報は、前記特徴量の前記2つ以上の情報のうちの1つの情報に基づいて前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲に分類した第1の分類情報と、前記第1の分類情報における前記不明の範囲内を、前記不明の範囲内に含まれる前記特徴量における前記2つ以上の情報に基づいて健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類した第2の分類情報とを含み、前記判定部は、前記第1の分類情報及び前記第2の分類情報を用いて判定する、打音診断支援装置である。
【0006】
1つの態様に係る打音診断支援方法は、コンクリート構造物の打音に基づく前記コンクリート構造物の健全性の診断を支援する打音診断支援装置が、健全性の診断の対象となるコンクリート構造物を打撃したときに収音した観測信号を取得し、前記観測信号に含まれる雑音成分を推定して抑圧することにより、前記コンクリート構造物の打音についての推定打音信号を生成する処理と、生成した前記推定打音信号から予め設定された条件を満たす特徴量を抽出する処理と、過去に取得した観測信号から推定打音信号を生成して抽出した、健全なコンクリート構造物に関連付けられる特徴量と、変状があるコンクリート構造物に関連付けられる特徴量とを用いた機械学習により生成された、前記特徴量が分布し得る範囲を、コンクリート構造物が健全であるとみなす健全の範囲と、コンクリート構造物に変状があるとみなす変状の範囲と、健全であるか変状があるかを不明とする不明の範囲とに分類した分類情報に基づいて、前記健全性の診断の対象となる前記コンクリート構造物を打撃したときに収音した前記観測信号から前記推定打音信号を生成して抽出した前記特徴量が、前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲のどの範囲内に含まれるかを判定する処理と、判定結果を出力する処理と、を行い、前記特徴量を抽出する処理は、2つ以上の情報を含む特徴量を前記推定打音信号から抽出し、前記分類情報は、前記特徴量の前記2つ以上の情報のうちの1つの情報に基づいて前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲に分類した第1の分類情報と、前記第1の分類情報における前記不明の範囲内を、前記不明の範囲内に含まれる前記特徴量における前記2つ以上の情報に基づいて健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類した第2の分類情報とを含み、前記判定する処理は、前記第1の分類情報及び前記第2の分類情報を用いて判定する、打音診断支援方法である。
【0007】
1つの態様に係る打音診断支援システムは、コンクリート構造物を打撃したときに収音して取得した観測信号に含まれる雑音成分を推定して抑圧することにより、前記コンクリート構造物の打音を推定して推定打音信号を生成し、生成した前記推定打音信号から予め設定された条件を満たす特徴量を抽出することにより得られる、健全なコンクリート構造物に関連付けられる特徴量と、変状があるコンクリート構造物に関連付けられる特徴量とを用いた機械学習により生成された、前記特徴量が分布し得る範囲を、コンクリート構造物が健全であるとみなす健全の範囲と、コンクリート構造物に変状があるとみなす変状の範囲と、健全であるか変状があるかを不明とする不明の範囲とに分類した分類情報を記憶する記憶部と、健全性の診断の対象となるコンクリート構造物を打撃したときに収音した観測信号を取得し、前記観測信号に含まれる前記雑音成分を推定して抑圧することにより、前記コンクリート構造物の打音についての前記推定打音信号を生成する打音推定部と、生成した前記推定打音信号から予め設定された前記条件を満たす特徴量を抽出する特徴量抽出部と、前記記憶部に記憶させた前記分類情報に基づいて、前記健全性の診断の対象となる前記コンクリート構造物を打撃したときに収音した前記観測信号から前記推定打音信号を生成して抽出した前記特徴量が、前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲のどの範囲内に含まれるかを判定する判定部と、前記判定部の判定結果を出力する出力部と、を含み、前記特徴量抽出部は、2つ以上の情報を含む特徴量を前記推定打音信号から抽出し、前記分類情報は、前記特徴量の前記2つ以上の情報のうちの1つの情報に基づいて前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲に分類した第1の分類情報と、前記第1の分類情報における前記不明の範囲内を、前記不明の範囲内に含まれる前記特徴量における前記2つ以上の情報に基づいて健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類した第2の分類情報とを含み、前記判定部は、前記第1の分類情報及び前記第2の分類情報を用いて判定する、打音診断支援システムである。
【0008】
1つの態様に係るプログラムは、コンクリート構造物の打音に基づく前記コンクリート構造物の健全性の診断を支援する打音診断支援装置のプロセッサに、健全性の診断の対象となるコンクリート構造物を打撃したときに収音した観測信号を取得し、前記観測信号に含まれる雑音成分を推定して抑圧することにより、前記コンクリート構造物の打音についての推定打音信号を生成する処理と、生成した前記推定打音信号から予め設定された条件を満たす特徴量を抽出する処理と、過去に取得した観測信号から推定打音信号を生成して抽出した、健全なコンクリート構造物に関連付けられる特徴量と、変状があるコンクリート構造物に関連付けられる特徴量とを用いた機械学習により生成された、前記特徴量が分布し得る範囲を、コンクリート構造物が健全であるとみなす健全の範囲と、コンクリート構造物に変状があるとみなす変状の範囲と、健全であるか変状があるかを不明とする不明の範囲とに分類した分類情報に基づいて、前記健全性の診断の対象となる前記コンクリート構造物を打撃したときに収音した前記観測信号から前記推定打音信号を生成して抽出した前記特徴量が、前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲のどの範囲内に含まれるかを判定する処理と、判定結果を出力する処理と、を実行させ、前記特徴量を抽出する処理は、2つ以上の情報を含む特徴量を前記推定打音信号から抽出させ、前記分類情報は、前記特徴量の前記2つ以上の情報のうちの1つの情報に基づいて前記健全の範囲、前記変状の範囲、及び前記不明の範囲に分類した第1の分類情報と、前記第1の分類情報における前記不明の範囲内を、前記不明の範囲内に含まれる前記特徴量における前記2つ以上の情報に基づいて健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類した第2の分類情報とを含み、前記判定する処理は、前記第1の分類情報及び前記第2の分類情報を用いて判定させる、プログラムである。
【発明の効果】
【0009】
上述の態様によれば、打音に基づくコンクリート構造物の健全性の診断を精度よく行うことを支援することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】一実施形態に係る打音診断支援システムの構成例を説明するブロック図である。
図2】一実施形態に係る打音診断支援システムを利用したコンクリート構造物の診断方法の一例を説明する概略図である。
図3】コンクリート構造物の打撃に用いるハンマーの一例を説明する斜視図である。
図4図3に例示したハンマーを用いたコンクリート構造物の打撃方法を説明する図である。
図5】一実施形態に係る打音診断支援装置の構成例を説明するブロック図である。
図6】記憶部に記憶させるデータの例を説明するブロック図である。
図7】判定用データの構成例を説明するブロック図である。
図8】第1の分類情報の一例を説明する図である。
図9】第1の分類情報の作成方法の概要を説明するグラフ図である。
図10】第1の分類情報と第2の分類情報との関係を説明するグラフ図である。
図11】サポートベクターマシンの概要を説明するグラフ図である。
図12】第2の分類情報の具体例を説明するグラフ図である。
図13】一実施形態に係る判定用データの作成方法の一例を説明するフローチャートである。
図14】推定打音信号の生成方法の一例を説明するフローチャートである。
図15】観測信号を平滑化する処理の具体例を説明するグラフ図である。
図16】定常雑音を除去して推定打音信号を生成する処理の具体例を説明するグラフ図である。
図17】推定打音信号から特徴量ベクトルを抽出する処理及び作成される教師データの具体例を説明する図である。
図18】一実施形態に係る打音診断支援装置が行う処理の一例を説明するフローチャートである。
図19】打音診断支援装置が行うコンクリート構造物が健全であるか否かの判定処理の一例を説明するフローチャートである。
図20】打音診断支援装置が行う判定結果出力処理の一例を説明するフローチャートである。
図21】打音診断支援装置のユーザインタフェースの一例を説明する図である。
図22】打音診断支援装置のユーザインタフェースの別の一例を説明する図である。
図23】コンピュータのハードウェア構成の一例を説明するブロック図である。
図24】AdaBoostを利用した場合の健全の領域と変状の領域との境界の一例を説明するグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を詳細に説明する。なお、以下の説明では、音響信号に含まれる雑音の除去、抑制、及び抑圧に関する周知の技術についての詳細な説明を省略する。
【0012】
図1は、一実施形態に係る打音診断支援システムの構成例を説明するブロック図である。
【0013】
図1に例示した打音診断支援システム1は、高速道路等のコンクリート構造物を対象とした打音診断を支援するものである。打音診断は、コンクリート構造物への打撃により発生した打音に基づいてコンクリート構造物が健全であるか否かを判定する診断方法である。打音診断支援システム1は、打音診断支援装置2及びマイクロフォン3を含む。打音診断支援システム1は、図1に例示したようなヘッドフォン4、及びHMD(Head Mounted Display)5を含んでもよい。更に、打音診断支援システム1は、図1に例示したような情報処理装置6を含んでもよい。
【0014】
打音診断支援装置2は、健全性の診断の対象となるコンクリート構造物を打撃したときにマイクロフォン3により取得(収音)した音響信号と判定用データとを利用して、作業員等によるコンクリート構造物が健全であるか否かの判定を支援する装置である。より具体的には、本実施形態に係る打音診断支援装置2は、取得した音響信号に含まれる雑音成分を推定して抑圧したコンクリート構造物の打音についての推定打音信号を生成し、推定打音信号から抽出した所定の特徴量が、判定用データにおける健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲のどの範囲内に含まれるかを判定する。判定用データは、例えば、観測信号から推定打音信号を生成して抽出した、健全なコンクリート構造物に関連付けられる特徴量と、変状があるコンクリート構造物に関連付けられる特徴量とを用いた機械学習により作成される。判定用データは、例えば、情報処理装置6により作成することができる。また、打音診断支援装置2が汎用コンピュータを利用した装置である場合、判定用データは、打音診断支援装置2により作成することができる。判定用データの構成及び作成方法は後述する。
【0015】
打音診断支援装置2は、推定打音信号から抽出した所定の特徴量が、健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲のどの範囲内に含まれるかの判定結果を可視化して、コンクリート構造物の診断を行う作業員等に通知(出力)する。打音診断支援装置2は、例えば、自装置に設けられた判定ランプを点灯させることにより判定結果が健全、変状、及び不明のいずれであるかを作業員等に通知する。また、打音診断支援装置2は、例えば、自装置に接続されたHMD5に判定結果を出力して表示させてもよい。
【0016】
更に、打音診断支援装置2は、マイクロフォン3により取得した音響信号、又は該音響信号から推定した打音信号を自装置に接続されたヘッドフォン4に出力してもよい。以下の説明では、マイクロフォン3により取得した音響信号を観測信号という。
【0017】
図2は、一実施形態に係る打音診断支援システムを利用したコンクリート構造物の診断方法の一例を説明する概略図である。図2には、診断するコンクリート構造物10の一例として、トンネルの側部を例示している。
【0018】
図2に例示したように、コンクリート構造物10の打音診断を行う作業員11は、打音診断支援装置2に接続されたマイクロフォン3、ヘッドフォン4、及びHMD5を装着した状態で、ハンマー7によりコンクリート構造物10を打撃する。このとき、マイクロフォン3により取得した観測信号は、コンクリート構造物10が発した打音の他に、例えば、周囲を走行する車両12が発した音やその反響音、及び風音等の環境音を含むことがある。このため、本実施形態の打音診断支援装置2では、観測信号に含まれる環境音を雑音として除去及び抑圧した推定打音信号を生成し、生成した推定打音信号から抽出した特徴量と判定用データとに基づいて、コンクリート構造物10における打撃した部位が健全であるか否かの判定を支援する。判定結果は、打音診断支援装置2の判定ランプ及びHMD5等を利用して、作業員11又は図示しない同行者等に通知される。また、打音診断支援装置2は、観測信号、又は観測信号から生成した推定打音信号をヘッドフォン4に出力する。更に、打音診断支援装置2は、観測信号又は推定打音信号を用いた所望の音響信号解析を行い、その解析結果をHMD5に出力して表示させることが可能であってもよい。
【0019】
本実施形態の打音診断支援システム1を利用しない従来の診断方法では、観測信号と同等の音を作業員11が聴き取り、聴き取った音から打撃した部位が健全であるか否かを判定する。このため、本実施形態の打音診断支援システム1を利用せずに、作業員11の聴覚のみを頼りにコンクリート構造物10が健全であるか否かを判定する場合、環境音の影響により、的確な診断が困難になることがある。
【0020】
これに対し、本実施形態の打音診断支援システム1では、観測信号に含まれる環境音等の雑音成分を推定して除去及び抑圧した推定打音信号の特徴量が健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲のどの範囲内に含まれるかを判定し、その判定結果を作業員11に通知する。このため、本実施形態の打音診断支援システム1では、環境音等の雑音成分が診断精度に与える影響を小さくすることができる。更に、本実施形態の打音診断支援システム1では、健全なコンクリート構造物10に関連付けられる観測信号と変状があるコンクリート構造物10に関連付けられる観測信号とにより作成した判定用データに基づいて、推定打音信号の特徴量が健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲のどの範囲内であるかを判定する。このため、本実施形態の打音診断支援システム1では、作業員11の聴覚のみを頼りに判定する場合と比べて、作業員11の聴覚及び判定基準等の個人差が診断精度に与える影響を小さくし、より客観的な診断結果が得られるよう支援することができる。
【0021】
なお、本実施形態の打音診断支援システム1を利用した打音診断の対象となるコンクリート構造物10は、図2に例示したトンネルの側部に限らず、例えば、トンネルの上部、橋梁の上部、橋梁の下部、及び任意のその他のコンクリート構造物を含む。
【0022】
本実施形態の打音診断支援システム1と組み合わせて用いるハンマー7は、コンクリート構造物10の打音診断に用いられる既知のハンマーのいずれかであればよい。例えば、ハンマー7は、図3に例示したような、複数の打撃面を有し、柄に対して回転可能に取り付けられたヘッドを備えたものであってもよい。
【0023】
図3は、コンクリート構造物の打撃に用いるハンマーの一例を説明する斜視図である。図4は、図3に例示したハンマーを用いたコンクリート構造物の打撃方法を説明する図である。図4において、符号701にカッコ書きで続くt1~t5は、コンクリート構造物10の被打撃面上を移動しながら回転するヘッド701の時系列を示す時刻情報である。
【0024】
図3に例示したハンマー7は、ヘッド701と、第1の柄部702と、第2の柄部703と、グリップ部705とを含む。
【0025】
図3に例示したヘッド701は、正六角形である第1の底面710及び第2の底面(図示せず)と、第1の底面710の一辺及び第2の底面の一辺に接続する6つの打撃面711、712、713、・・・とを有する。打撃面711、712、713、・・・は、それぞれ、凸面になっている。ヘッド701は、第1の底面710の中心及び第2の底面の中心を通る軸心が第1の柄部702に対する回転軸と略一致する態様で、第1の柄部702に回転可能に取り付けられている。
【0026】
第1の柄部702と第2の柄部703とは、結合部704により、第1の柄部702の軸心方向と第2の柄部703の軸心方向とを変更可能であり、かつ軸心方向の関係を保持することが可能な態様で結合されている。第1の柄部702の軸心方向は、ヘッド701の軸心(回転軸)と略一致する方向であり、第2の柄部703の軸心方向は、該第2の柄部703における結合部704側の端部の中心と、グリップ部705側の端部の中心とを通る軸心の方向である。ハンマー7の第2の柄部703は、軸心方向の長さを変更可能であり、かつ軸心方向の関係を保持することが可能な態様で係合する複数の筒状部材で構成されてもよい。
【0027】
図3に例示したハンマー7を用いてコンクリート構造物10を打撃する場合、作業員11は、ヘッド701がコンクリート構造物10の被打撃面と接触した状態で第1の柄部702に対して回転するように、ハンマー7を動かす。このとき、ヘッド701は、例えば、図4に実線で示したように、第1の打撃面711と第2の打撃面712とが接続する角部721を支点としてコンクリート構造物10の被打撃面上で回転し、その後、点線で示したように第2の打撃面712がコンクリート構造物10の被打撃面を打撃する。続けて、ヘッド701は、短い破線で示したように第2の打撃面712と第3の打撃面713とが接続する角部722を支点としてコンクリート構造物10の被打撃面上で回転し、その後、長い破線で示したように第3の打撃面713がコンクリート構造物10の被打撃面を打撃する。ヘッド701を続けて回転させることにより、第4の打撃面714、第5の打撃面(図示せず)、及び第6の打撃面(図示せず)が順次コンクリート構造物10の被打撃面を打撃し、更に回転させることにより各打撃面が順次コンクリート構造物10の被打撃面を繰り返し打撃する。
【0028】
このように、図3に例示したハンマー7を用い、打撃面がコンクリート構造物10の被打撃面に接触し、かつコンクリート構造物10の被打撃面に接触するヘッド701の打撃面が順次変更されるようにハンマー7を動かすことにより、広範囲の打撃を効率よく行うことができる。このため、広範囲の観測信号を効率よく取得し、コンクリート構造物10の診断を効率よく行うことができる。また、ヘッド701を回転させて連続的に打撃することにより、打撃毎の打撃の強さ(打音の大きさ)のばらつきを低減することができ、打音の大きさのばらつきが診断精度に与える影響を小さくすることができる。
【0029】
なお、本実施形態の打音診断支援システム1と組み合わせて用いることが可能なハンマー7は、図3及び図4を参照して説明したヘッド701が回転するハンマー7に限らず、既知のハンマーのいずれかであればよい。
【0030】
図5は、一実施形態に係る打音診断支援装置の構成例を説明するブロック図である。
【0031】
本実施形態の打音診断支援装置2は、図5に例示するように、制御部210、送受信部220、入力部230、表示部240、記憶部250、及び通信部260を含む。
【0032】
制御部210は、打音診断支援装置2の動作を制御する。制御部210は、例えば、打音推定部211、特徴量抽出部212、判定部213、出力制御部214、及び更新部215を含む。
【0033】
打音推定部211は、送受信部220により受信(取得)した観測信号に含まれる雑音成分を推定して除去、抑圧、及び抑圧等の処理をし、観測信号に含まれるコンクリート構造物の打音信号を推定する。特徴量抽出部212は、推定した打音信号(以下「推定打音信号」ともいう)から、健全であるか否かの判定に用いる特徴量を抽出する。判定部213は、特徴量抽出部212で抽出した特徴量と、記憶部250に記憶させた判定用データとに基づいて、推定打音信号から抽出した特徴量が、判定用データにおける健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲のうちのどの範囲内に含まれるかを判定する。出力制御部214は、判定部213による判定結果を可視化して出力する処理を含む、打音診断支援装置2において行われる各種データの出力処理を制御する。出力制御部214は、表示部240による判定結果の表示を制御する。出力制御部214は、送受信部220を介してヘッドフォン4及びHMD5等に出力するデータの作成等を行ってもよい。更新部215は、判定部213の判定結果に基づいて、判定用データを更新する。制御部210における打音推定部211、特徴量抽出部212、判定部213、出力制御部214、及び更新部215が行う処理は、例えば、後述する処理を含むプログラムを実行するCPU(Central Processing Unit)等のプロセッサにより制御される。
【0034】
送受信部220は、マイクロフォン3からの観測信号の受信、ヘッドフォン4への音響信号の送信、及びHMD5への判定結果等の送信を行う。送受信部220は、打音診断支援装置2と、マイクロフォン3、ヘッドフォン4、及びHMD5等の外部装置とを接続する入出力インタフェースであり得る。
【0035】
入力部230は、打音診断支援装置2を動作させるために必要な情報や設定等を入力する入力装置である。入力部230は、例えば、診断するコンクリート構造物10の部位の設定、判定方法の設定、出力する音響信号のボリュームの調節、並びに雑音成分の除去、抑制、及び抑圧等のレベルの設定等に用いる。
【0036】
表示部240は、判定部213による判定結果等を表示する表示器である。表示部240は、例えば、判定結果が健全、変状、及び不明のいずれであるかを通知するランプを含む。
【0037】
記憶部250は、後述する処理を含むプログラム、プログラムの実行中に参照する判定用データ、プログラムを実行することにより得られる観測データを含む、各種プログラム及び各種データを記憶する。記憶部250は、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)を含む。記憶部250は、HDD(Hard Disk Drive)やSSD(Solid State Drive)を含んでもよい。
【0038】
通信部260は、例えば、図1に例示した情報処理装置6等の外部装置との通信を行う通信装置である。通信部260と外部装置との通信は、無線通信であってもよいし、有線通信であってもよい。通信部260を利用した打音診断支援装置2と情報処理装置6との通信は、例えば、情報処理装置6で作成した判定用データを記憶部250に記憶させる場合、及び記憶部250に記憶させた観測データを情報処理装置6に送信する場合に行われる。
【0039】
図6は、記憶部に記憶させるデータの例を説明するブロック図である。
【0040】
図6に例示したように、打音診断支援装置2の記憶部250には、判定用データのセット251と観測データ252とが格納される。判定用データのセット251は、判定部213における判定に用いるデータのセットであり、診断の対象となり得るコンクリート構造物10の部位毎に用意されている。図6には、橋梁上部の診断に用いる判定用データ21、橋梁下部の診断に用いる判定用データ22、トンネル上部の診断に用いる判定用データ23、及びトンネル側部の診断に用いる判定用データ24の4つの判定用データを例示している。例えば、橋梁上部の診断を行う場合、判定部213は、橋梁上部の診断に用いる判定用データ21に基づいて、診断の対象である橋梁上部を打撃して取得した観測信号についての推定打音信号から抽出した特徴量が健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲のどの範囲内であるかを判定する。
【0041】
観測データ252は、例えば、観測信号、推定した打音信号、推定した打音信号から抽出した特徴量、判定部213による判定結果等の、診断時に取得し生成した各種データを含む。
【0042】
図7は、判定用データの構成例を説明するブロック図である。図8は、第1の分類情報の一例を説明する図である。図9は、第1の分類情報の作成方法の概要を説明するグラフ図である。図10は、第1の分類情報と第2の分類情報との関係を説明するグラフ図である。
【0043】
判定用データのセット251における1つの判定用データ、例えば、橋梁上部の診断に用いる判定用データ21は、図7に例示したように、第1の分類情報2110と、教師データ2120と、第2の分類情報2130とを含む。
【0044】
第1の分類情報2110は、橋梁上部のコンクリート構造物10を打撃して取得した観測信号から推定した打音信号の特徴量がとり得る範囲を、健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に大まかに分類した分類情報である。第1の分類情報2110は、橋梁上部のコンクリート構造物10における健全な部位と関連付けられた観測信号から推定した打音信号の特徴量と、変状がある部位と関連付けられた観測信号から推定した打音信号の特徴量とに基づいて作成される。第1の分類情報2110における打音信号の特徴量には、例えば、図8に例示したように、特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}の周波数f(n)が用いられる。特徴量ベクトルm(n)におけるp(n)及びf(n)は、それぞれ、観測信号のn番目のフレームの推定打音信号についての周波数スペクトルにおいてピーク(最大値)となるスペクトル値及びその周波数である。以下の説明では、特徴量ベクトルm(n)におけるスペクトル値p(n)を、スペクトルピークp(n)ともいう。
【0045】
橋梁上部のコンクリート構造物10における健全な部位と関連付けられた打音信号に基づく特徴量ベクトルm(n)と、変状がある部位と関連付けられた打音信号に基づく特徴量ベクトルm(n)との分布は、例えば、図9に例示したような分布となる。図9のグラフ図では、1つの黒丸が健全な部位と関連付けられた打音信号に基づく1つの特徴量ベクトルm(n)を表し、1つのひし形が変状のある部位と関連付けられた打音信号に基づく1つの特徴量ベクトルm(n)を表している。以下の説明では、健全な部位と関連付けられた打音信号に基づく特徴量ベクトルm(n)を健全の特徴量ベクトルm(n)といい、変状がある部位と関連付けられた打音信号に基づく特徴量ベクトルm(n)を変状の特徴量ベクトルm(n)という。
【0046】
図9に例示した分布における0<f(n)<F11の周波数範囲では、健全の特徴量ベクトルm(n)の数が、変状の特徴量ベクトルm(n)の数と比べて多く、かつ、変状の特徴量ベクトルm(n)の数が、F11≦f(n)の周波数範囲での数よりも十分に少ない。このため、特徴量ベクトルm(n)の周波数f(n)が0<f(n)<F11の周波数範囲内である場合、該特徴量ベクトルm(n)は健全の特徴量ベクトルである可能性が高い。したがって、健全性の診断の対象であるコンクリート構造物10を打撃したときに取得した観測信号の推定打音信号から抽出した特徴量ベクトルm(n)の周波数f(n)が0<f(n)<F11の周波数範囲内である場合、該特徴量ベクトルm(n)を抽出した推定打音信号と関連付けられる観測信号中のフレームは、健全な部位の打音信号の一部を含むとみなすことができる。すなわち、図9に例示したグラフ図における0<f(n)<F11の周波数範囲は、推定打音信号から抽出した特徴量がとり得る範囲のうちの健全の範囲とすることができる。よって、図9の分布に基づく第1の分類情報2110では、図8に例示したように、特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}の周波数f(n)が0<f(n)<F11の周波数範囲内である場合の判定結果を「健全」とする。
【0047】
図9に例示した分布におけるF11≦f(n)<F12の周波数範囲は、健全の特徴量ベクトルm(n)の数、及び変状の特徴量ベクトルm(n)の数が共に他の周波数範囲と比べて多く、かつそれぞれの特徴量ベクトルm(n)の分布が明確に分離していない。このため、特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}の周波数f(n)がF11≦f(n)<F12の周波数範囲内である場合、周波数f(n)のみに基づいて、該特徴量ベクトルm(n)が健全の特徴量ベクトル及び変状の特徴量ベクトルのどちらであるかを判定することが難しい。したがって、健全性の診断の対象であるコンクリート構造物10を打撃したときに取得した観測信号の推定打音信号から抽出した特徴量ベクトルm(n)の周波数f(n)がF11≦f(n)<F12の周波数範囲内である場合、該特徴量ベクトルm(n)を抽出した推定打音信号と関連付けられる観測信号中のフレームが、健全な部位の打音信号を含むのか、変状がある部位の打音信号を含むのかを判定することが難しい。すなわち、図9に例示したグラフ図におけるF11≦f(n)<F12の周波数範囲は、推定打音信号から抽出した特徴量がとり得る範囲のうちの不明の範囲となる。したがって、図9の分布に基づく第1の分類情報2110では、図8に例示したように、特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}の周波数f(n)がF11≦f(n)<F12の周波数範囲内である場合の判定結果を「不明」とする。
【0048】
図9に例示した分布におけるF12≦f(n)<F13の周波数範囲では、変状の特徴量ベクトルm(n)の数が、健全の特徴量ベクトルm(n)の数と比べて多く、かつ、健全の特徴量ベクトルm(n)の数が、他の周波数範囲での数よりも十分に少ない。このため、特徴量ベクトルm(n)の周波数f(n)がF12≦f(n)<F13の周波数範囲内である場合、該特徴量ベクトルm(n)は変状の特徴量ベクトルである可能性が高い。したがって、健全性の診断の対象であるコンクリート構造物10を打撃したときに取得した観測信号の推定打音信号から抽出した特徴量ベクトルm(n)の周波数f(n)がF12≦f(n)<F13の周波数範囲内である場合、該特徴量ベクトルm(n)を抽出した推定打音信号と関連付けられる観測信号中のフレームは、変状がある部位の打音信号の一部を含むとみなすことができる。すなわち、図9に例示したグラフ図におけるF12≦f(n)<F13の周波数範囲は、推定打音信号から抽出した特徴量がとり得る範囲のうちの変状の範囲とすることができる。よって、図9の分布に基づく第1の分類情報2110では、図8に例示したように、特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}の周波数f(n)がF12≦f(n)<F13の周波数範囲内である場合の判定結果を「変状」とする。
【0049】
図9に例示した分布におけるF13≦f(n)<F14の周波数範囲は、健全の特徴量ベクトルm(n)の数、及び変状の特徴量ベクトルm(n)の数が共に他の周波数範囲と比べて少なく、かつそれぞれの特徴量ベクトルm(n)の分布が明確に分離していない。このため、特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}の周波数f(n)がF13≦f(n)<F14の周波数範囲内である場合、周波数f(n)のみに基づいて、該特徴量ベクトルm(n)が健全の特徴量ベクトル及び変状の特徴量ベクトルのどちらであるかを判定することが難しい。したがって、図9の分布に基づく第1の分類情報2110では、図8に例示したように、特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}の周波数f(n)がF13≦f(n)<F14の周波数範囲内である場合の判定結果を「不明」とする。
【0050】
図9に例示したF14≦f(n)の周波数範囲では、健全の特徴量ベクトルm(n)の数が、変状の特徴量ベクトルm(n)の数と比べて多く、かつ、変状の特徴量ベクトルm(n)の数が、他の周波数範囲での数よりも十分に少ない。このため、特徴量ベクトルm(n)の周波数f(n)がF14≦f(n)の周波数範囲内である場合、該特徴量ベクトルm(n)は健全の特徴量ベクトルである可能性が高い。したがって、図9の分布に基づく第1の分類情報2110では、図8に例示したように、特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}の周波数f(n)がF14≦f(n)の周波数範囲内である場合の判定結果を「健全」とする。
【0051】
図9に例示したように特徴量ベクトルm(n)の周波数f(n)がとり得る範囲を健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類することには、既知の機械学習(例えば、クラスタリング)を利用することができる。
【0052】
ここで、図7に例示した橋梁上部の点検に用いる判定用データ21の説明に戻る。判定用データ21は、上述した第1の分類情報2110とは別に、教師データ2120と第2の分類情報2130とを含む。教師データ2120は、第2の分類情報2130の作成に用いる複数の教師データのセットであり、元データ2121と追加データ2122とを含む。1つの教師データr(n)は、1つの特徴量ベクトルm(n)と、該特徴量ベクトルm(n)が健全の特徴量ベクトル及び変状の特徴量ベクトルのどちらであるかを示すクラスラベルγ(n)とを含む。元データ2121は、判定用データ21を作成するために取得した観測信号から抽出した特徴量ベクトルm(n)を用いて作成した複数の教師データr(n)={m(n),γ(n)}のうちの、特徴量ベクトルm(n)の周波数f(n)がF11≦f(n)<F12の周波数範囲である教師データr(n)のセットである。追加データ2122は、第2の分類情報2130を用いた判定において健全と判定された特徴量ベクトルm(n)及び変状と判定された特徴量ベクトルm(n)を用いて作成した1つ以上の教師データr(n)={m(n),γ(n)}を含む。本明細書では、図9に示したように、特徴量ベクトルm(n)が健全の特徴量ベクトルであることを示すクラスラベルγ(n)を「1」とし、変状の特徴量ベクトルであることを示すクラスラベルγ(n)を「-1」とする。
【0053】
本実施形態の打音診断支援システム1では、元データ2121の教師データr(n)={m(n),γ(n)}を用いた機械学習を行い、第1の分類情報2110では「不明」であるF11≦f(n)<F12の周波数範囲内で特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}がとり得る範囲を、健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類する第2の分類情報2130を作成する。例えば、本実施形態の打音診断支援システム1では、教師データr(n)={m(n),γ(n)}を用いた機械学習として、サポートベクターマシンを利用する。サポートベクターマシンを利用すると、F11≦f(n)<F12の周波数範囲内で特徴量ベクトルm(n)がとり得る二次元で表される領域(範囲)を、例えば、図10に太い実線で示したような第1の境界100及び第2の境界101により、健全の特徴量ベクトルm(n)が多く分布する領域(健全の範囲)、変状の特徴量ベクトルm(n)が多く分布する領域(変状の範囲)、及び健全及び変状のどちらであるかを判定することが難しい領域(不明の範囲)の3つの領域(範囲)に分類することができる。図10に例示したグラフ図では、第1の境界100と第2の境界101とで挟まれた帯状領域が不明の範囲である。各周波数におけるスペクトルピークp(n)が帯状領域に含まれる値よりも大きい領域は、健全の特徴量ベクトルが変状の特徴量ベクトルよりも多く分布しているため、健全の範囲に分類される。各周波数におけるスペクトルピークp(n)が帯状領域に含まれる値よりも小さい領域は、変状の特徴量ベクトルが健全の特徴量ベクトルよりも多く分布しているため、変状の範囲に分類される。
【0054】
図11は、サポートベクターマシンの概要を説明するグラフ図である。図12は、一実施形態に係る特徴量の判定に用いる第2の分類情報の具体例を説明するグラフ図である。図11及び図12のグラフ図において、黒丸は健全の特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}を含む健全の教師データr(n)={m(n),1}を表し、ひし形は変状の特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}を含む変状の教師データr(n)={m(n),-1}を表す。また、図11のグラフ図における三角は、教師データr(n)に基づいて作成した分類情報を用いて健全、変状、及び不明のいずれであるかを判定する特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}の例を表す。
【0055】
図11には、説明を簡単にするため、F11≦f(n)<F12の特徴量ベクトルm(n)がとり得る二次元の範囲内で、健全の教師データr(n)={m(n),1}の分布領域と変状の教師データr(n)={m(n),-1}の分布領域とが明確に分離されている教師データr(n)の分布の一例を示している。
【0056】
図11に例示した教師データr(n)に対してサポートベクターマシンを適用する場合、健全の教師データr(n)={m(n),1}及び変状の教師データr(n)={m(n),-1}のそれぞれのサポートベクトルからのマージンが最大となる超平面wm+b=0を求める。超平面wm+b=0におけるw、m、及びbは、それぞれ、重みベクトル、特徴量ベクトルm(n)、及びバイアスである。図11に例示したように健全の教師データr(n)の分布領域と変状の教師データr(n)の分布領域とが明確に分離されている場合には、周知のハードマージンSVM(Support Vector Machine)により、超平面wm+b=0、正の超平面wm+b=1、及び負の超平面wm+b=-1を求めることができるので、本明細書では具体的な求め方の説明を省略する。
【0057】
ハードマージンSVMを利用した機械学習により第2の分類情報を作成する場合、正の超平面wm+b=1を第1の境界100とし、負の超平面wm+b=-1を第2の境界101とすることにより、周波数f(n)とスペクトルピークp(n)とで表される二次元の領域におけるF11≦f(n)<F12の周波数範囲内を、健全の教師データr(n)のみが分布する領域と、変状の教師データr(n)のみが分布する領域と、該2つの領域の間の教師データr(n)が存在しない領域とに分類することができる。このため、第2の分類情報を用いることにより、第1の分類情報では「不明」と判定される、周波数f(n)がF11≦f(n)<F12の周波数範囲内である特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}が健全、変状、及び不明のいずれであるかを判定することができる。
【0058】
例えば、図11において変状の教師データr(n)の分布領域内に存在する三角形110で表される特徴量ベクトルm(n)は、周波数f(n)がF11≦f(n)<F12の周波数範囲内である。このため、三角形110で表される特徴量ベクトルm(n)は、第1の分類情報2110による判定では「不明」となるが、第2の分類情報2130による判定では「変状」となる。また、図11において健全の教師データr(n)の分布領域内に存在する三角形111で表される特徴量ベクトルm(n)と不明の領域内に存在する三角形112で表される特徴量ベクトルm(n)とは、周波数f(n)が同じ値Fであるが、スペクトルピークp(n)の大きさが異なる。このような2つの特徴量ベクトルm(n)は、第1の分類情報2110による判定ではどちらも「不明」となる。しかしながら、第2の分類情報2130による判定では、スペクトルピークp(n)が小さいほうの三角形112で表される特徴量ベクトルm(n)が「不明」と判定される一方で、スペクトルピークp(n)が大きいほうの三角形111で表される特徴量ベクトルm(n)は「健全」と判定される。
【0059】
このように、第1の分類情報では不明の範囲に分類されるF11≦f(n)<F12の特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}に対し、サポートベクターマシンを利用した機械学習により健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類した第2の分類情報を用いた判定を行うことにより、判定結果が「不明」となる特徴量ベクトルm(n)の数を少なくすることができる。第1の分類情報における不明の範囲は、健全の特徴量ベクトルの数と変状の特徴量ベクトルの数とが、どちらか一方に極端に偏ることなく分布しているため、特徴量ベクトルが第1の分類情報における不明の範囲内に含まれる観測信号や推定打音信号と対応する音を作業員が聴き取った場合にも、健全であるか否かを判定することが難しい。このため、1つの特徴量(周波数f(n))のみでは不明の範囲内に、2つの特徴量(周波数f(n)及びスペクトルピークp(n))を用いた機械学習により健全の範囲、及び変状の範囲を設定することにより、打音診断をより効果的に支援することができる。
【0060】
なお、本実施形態の打音診断支援システム1において機械学習に用いる教師データr(n)={m(n),γ(n)}は、一般的には、図9及び図10に例示したように、機械学習を適用する周波数範囲内における健全の教師データr(n)の分布領域と変状の教師データr(n)の分布領域とが明確に分離されていない。このため、サポートベクターマシンを利用して本実施形態で用いる第2の分類情報2130を作成する場合には、周知のソフトマージンSVMを利用して、例えば、図12に例示したような超平面wm+b=0、正の超平面wm+b=1、及び負の超平面wm+b=-1を求める。この場合も、正の超平面wm+b=1を第1の境界100とし、負の超平面wm+b=-1を第2の境界101とすることにより、機械学習を適用した二次元で表される領域内を健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類することができる。
【0061】
コンクリート構造物10に使用されるコンクリートの種類は、コンクリート構造物10の用途(例えば、橋梁やトンネル等)により異なる。また、コンクリート構造物10における健全な部位の打音信号の特徴と変状がある打音信号の特徴とは、コンクリート構造物10に使用されるコンクリートの種類や、コンクリート構造物10内の部位毎に異なる。このため、図8及び図9を参照して説明した第1の分類情報における健全、変状、及び不明の周波数範囲は、コンクリート構造物10の用途や打撃する部位により異なる。更に、いくつかのコンクリート構造物10についての第1の分類情報では、図8及び図9を参照して説明した、教師データr(n)の数が不十分であることにより「不明」と判定される周波数範囲を含まないことがあり得る。このため、本実施形態の打音診断支援システム1では、例えば、図6に例示した判定用データのセット251のように、診断の対象となり得るコンクリート構造物10の用途や部位毎に判定用データを作成して用意しておくことが好ましい。判定用データは、例えば、図1に例示した情報処理装置6により作成する。情報処理装置6により判定用データを作成する方法の一例を、図13図17を参照しながら説明する。
【0062】
図13は、一実施形態に係る判定用データの作成方法の一例を説明するフローチャートである。図14は、推定打音信号の生成方法の一例を説明するフローチャートである。図15は、観測信号を平滑化する処理の具体例を説明するグラフ図である。図16は、定常雑音を除去して推定打音信号を生成する処理の具体例を説明するグラフ図である。図17は、推定打音信号から特徴量ベクトルを抽出する処理及び作成される教師データの具体例を説明する図である。
【0063】
図13及び図14のフローチャートを参照して以下に説明する処理のうちの、観測信号に含まれる雑音成分を推定して除去、抑制、又は抑圧して推定打音信号を生成し、推定打音信号から特徴量ベクトルを抽出する処理には、周知の方法、例えば、特許第5721098号明細書、特許第5115952号明細書、及び特許第5971646号明細書等に開示されている方法を用いることができる。このため、本明細書では、これらの文献に開示された方法を適用可能な処理についての詳細な説明は省略する。
【0064】
情報処理装置6により判定用データを作成する場合、図13に例示したように、まず、作成する判定用データを用いた判定の対象となる部位を設定する(ステップS1)。対象部位の設定は、情報処理装置6の利用者が情報処理装置6の入力部(入力装置)を操作して行う。ステップS1では、例えば、橋梁上部、橋梁下部、トンネル上部、及びトンネル側部等、コンクリート構造物10の用途と打音診断を行う部位との組み合わせを対象部位として設定する。
【0065】
次に、ステップS1で設定した対象部位についての健全な場合の観測信号と変状がある場合の観測信号とを取得し(ステップS2)、情報処理装置6に蓄積する。ステップS2では、例えば、対象部位と同一又は類似の用途及び診断を行う部位であり、かつ健全な領域と変状がある領域とを含むコンクリート構造物をハンマー7で打撃し、その時の音をマイクロフォンで収音して観測信号を取得する。また、ステップS2では、取得した観測信号を、健全な領域を打撃したときの観測信号と、変状がある領域を打撃したときの観測信号とに分類する。観測信号の分類は、例えば、観測信号を取得したときに作業員11が聴き取った観測音、観測信号を再生した観測音、又は観測信号から雑音を除去及び抑圧した推定打音信号を再生した推定打音に基づいて、作業員11等が行う。また、例えば、健全であることがわかっている領域を打撃して観測信号を取得することと、変状があることがわかっている領域を打撃して観測信号を取得することとを行って、観測信号を分類してもよい。
【0066】
取得する観測信号は、モノラル信号及びステレオ信号のどちらであってもよい。また、観測信号は、情報処理装置6に接続されたマイクロフォンにより取得して情報処理装置6に蓄積してもよいし、情報処理装置6とは別の外部装置又は記録媒体に記憶させたものを情報処理装置6に転送して蓄積してもよい。
【0067】
次に、情報処理装置6は、観測信号に対して雑音除去及び雑音抑圧を行い、推定打音信号de(n)を生成する(ステップS3)。推定打音信号de(n)におけるnは、観測信号を時間領域から周波数領域に変換するときに設定される変換単位(フレーム)を時系列で識別する変数である。例えば、観測信号に対してN個の変換単位が設定された場合、ステップS3においてN個の推定打音信号de(1)~de(N)が生成される。ステップS3では、観測信号に含まれる定常的な雑音成分(例えば、交通反響音や風音)を推定して除去及び抑圧する。ステップS3で観測信号に対して行う雑音除去及び雑音抑圧の具体例については、図14等を参照して後述する。
【0068】
次に、情報処理装置6は、推定打音信号de(n)から特徴量ベクトルm(n)を抽出する(ステップS4)。ステップS4では、例えば、推定打音信号de(n)についてのパワースペクトルにおけるピークのスペクトル値(スペクトルピーク)p(n)と周波数f(n)とを含む特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}を抽出する。
【0069】
次に、情報処理装置6は、抽出した特徴量ベクトルm(n)と、健全及び変状のどちらの特徴量ベクトルm(n)であるかを示すラベルγ(n)とを含む、教師データr(n)={m(n),γ(n)}を作成する(ステップS5)。ステップS5では、特徴量ベクトルm(n)と関連付けられる推定打音信号de(n)が、健全な場合の観測信号と変状がある場合の観測信号とのどちらの観測信号から生成したものであるかに基づいて、教師データr(n)におけるラベルγ(n)の値を決定する。推定打音信号de(n)と対応する観測信号中の変換単位x(n)が、ステップS2で取得した健全な場合の観測信号に分類されている場合、その推定打音信号de(n)についての教師データr(n)におけるラベルγ(n)は、健全であることを示す値(本明細書では「1」)とする。一方、推定打音信号de(n)と対応する観測信号中の変換単位x(n)が、ステップS2で取得した変状がある場合の観測信号に分類されている場合、その推定打音信号de(n)についての教師データr(n)におけるラベルγ(n)は、変状があることを示す値(本明細書では「-1」)とする。
【0070】
次に、情報処理装置6により、教師データr(n)={m(n),γ(n)}における特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}の周波数f(n)に基づいて第1の分類情報を作成する(ステップS6)。ステップS6では、例えば、図9に例示したような周波数f(n)及びスペクトルピークp(n)を次元とする二次元平面における、健全の教師データr(n)の分布と、変状の教師データr(n)の分布とに基づいて、全周波数範囲を、健全の周波数範囲と、変状の周波数範囲と、不明の周波数範囲とに分類する。周波数範囲の分類は、例えば、健全の教師データr(n)={m(n),1}の分布と、変状の教師データr(n)={m(n),-1}の分布とを用いた周知の機械学習(例えば、クラスタリング)を情報処理装置6に行わせて決定する。なお、周波数範囲の分類は、例えば、情報処理装置6の表示装置(例えば、液晶表示装置)に可視化された健全の教師データr(n)の分布と、変状の教師データr(n)={m(n),-1}の分布とに基づいて、作業者11等が手作業で行ってもよい。更に、例えば、健全の教師データr(n)={m(n),1}の分布と、変状の教師データr(n)={m(n),-1}の分布とに基づく統計処理を情報処理装置6に行わせて、周波数範囲を分類してもよい。
【0071】
次に、情報処理装置6は、第1の分類情報における所定の区分に含まれる教師データr(n)に基づいて第2の分類情報を作成する(ステップS7)。所定の区分は、例えば、第1の分類情報における不明の周波数範囲のうちの、健全の教師データr(n)の数、及び変状の教師データr(n)の数が所定数以上である不明の周波数範囲とする。情報処理装置6は、所定の区分である不明の周波数範囲内に周波数f(n)が含まれる教師データr(n)の分布に基づいて、周波数f(n)とスペクトルピークp(n)とで表される二次元平面のうちの不明な周波数範囲により特定される二次元領域内を、健全と判定する領域(健全の範囲)と、変状と判定する領域(変状の範囲)と、不明と判定する領域(不明の範囲)とに分類した第2の分類情報2130を作成する。ステップS7では、例えば、上述したサポートベクターマシン(より具体的にはソフトマージンSVM)を利用した機械学習により、不明な周波数範囲内に健全と判定する領域と、変状と判定する領域とを決定する。サポートベクターマシンを利用する場合、健全と判定する領域と、変状と判定する領域との間に、サポートベクトルにより求まる超平面までのマージンに応じた、健全の領域及び変状の領域のどちらでもない領域が生じる。第2の分類情報では、不明な周波数範囲により特定される二次元領域のうちの、健全と判定する領域及び変状と判定する領域のどちらでもない特徴ベクトルm(n)の範囲を、不明と判定する領域に設定する。
【0072】
その後、情報処理装置6は、作成した第1の分類情報、教師データr(n)、及び第2の分類情報を、ステップS1で設定した対象部位と関連付けて記憶する(ステップS8)。ステップS8で対象部位と関連付ける教師データr(n)は、ステップS5で作成した全ての教師データr(n)であってもよいし、第2の分類情報の作成に用いた教師データr(n)のみであってもよい。
【0073】
ステップS8の後、情報処理装置6は、続けて別の判定用データを作成するか否かを判定する(ステップS9)。別の判定用データを作成する場合(ステップS9;YES)、情報処理装置6は、ステップS1~S8の処理を行う。別の判定用データを作成しない場合(ステップS9;NO)、情報処理装置6は、判定用データ作成処理を終了する。
【0074】
上述した判定用データ作成処理の推定打音信号de(n)を生成する処理(ステップS3)において、情報処理装置6は、観測信号に対して雑音除去及び雑音抑圧を行う。情報処理装置6が行う推定打音信号を生成する処理の一例を、図14のフローチャートを参照しながら説明する。
【0075】
推定打音信号を生成する処理(ステップS3)を開始すると、情報処理装置6は、取得した観測信号に対する短時間フーリエ変換を実行する(ステップS301)。ステップS301では、情報処理装置6は、既知の短時間フーリエ変換の手法に従って、観測信号x(t)における所定の時間区間(変換単位)の部分観測信号x(n)のそれぞれをパワースペクトル|X(λ,k)|に変換する。以下の説明では、部分観測信号x(n)のことを単に観測信号x(n)といい、観測信号x(n)についてのパワースペクトル|X(λ,k)|のことを観測信号スペクトル|X(λ,k)|という。観測信号スペクトル|X(λ,k)|において、λは観測信号x(n)を識別する変数nと対応するフレーム番号であり、kは周波数ビン番号である。
【0076】
観測信号スペクトル|X(λ,k)|は、例えば、下記数式(1-1)及び数式(1-2)により算出されるスペクトル値X(λ,k)の絶対値を2乗して算出する。
【0077】
【数1】
数式(1-2)は、短時間フーリエ変換で用いる窓関数h(μ)の一例である。窓関数h(μ)は、数式(1-2)で表される関数(ハニング窓)に限らず、他の関数であってもよい。
【0078】
マイクロフォンにより取得した観測信号がステレオ信号である場合、情報処理装置6は、Lチャンネルの観測信号x(n)についての観測信号スペクトル|X(λ,k)|、及びRチャンネルの観測信号x(n)についての観測信号スペクトル|X(λ,k)|を算出する。
【0079】
次に、情報処理装置6は、周波数ビン番号k毎に観測信号スペクトル|X(λ,k)|を平滑化する(ステップS302)。ステップS302では、情報処理装置6は、周波数ビン番号k(k=0,1,2,…,K-1)毎に、フレーム番号λが異なる観測信号スペクトル|X(λ,k)|の時間変化を平滑化したスペクトル値Xe(λ,k)を算出する。以下の説明では、平滑化したスペクトル値Xe(λ,k)のことを平滑化後スペクトルXe(λ,k)ともいう。平滑化後スペクトルXe(λ,k)は、例えば、下記数式(2)により算出する。
【0080】
【数2】
数式(2)において、αは平滑化係数(例えば、α=0.9~0.95)である。
【0081】
観測信号がステレオ信号である場合、情報処理装置6は、Lチャンネルの観測信号スペクトル|X(λ,k)|についての平滑化後スペクトルXe(λ,k)、及びRチャンネルの観測信号スペクトル|X(λ,k)|についての平滑化後スペクトルXe(λ,k)を算出する。
【0082】
次に、情報処理装置6は、周波数ビン番号k毎に、平滑化後スペクトルXe(λ,k)に基づいて定常雑音スペクトルを推定する(ステップS303)。ステップS303では、情報処理装置6は、例えば、最小値追跡法により、周波数ビン番号k毎に、平滑化後スペクトルXe(λ,k)に含まれる定常雑音スペクトルの推定値V(λ,k)を導出する。以下の説明では、定常雑音スペクトルの推定値V(λ,k)のことを推定定常雑音スペクトルV(λ,k)又は推定した定常雑音スペクトルV(λ,k)という。推定定常雑音スペクトルV(λ,k)は、例えば、下記数式(3)により導出する。
【0083】
【数3】
数式(3)におけるLは、推定定常雑音スペクトルV(λ,k)の導出に用いる過去フレームの数であり、任意の値に設定することができる。
【0084】
観測信号がステレオ信号である場合、情報処理装置6は、Lチャンネルの平滑化後スペクトルXe(λ,k)についての推定定常雑音スペクトルV(λ,k)、及びRチャンネルの平滑化後スペクトルXe(λ,k)についての推定定常雑音スペクトルV(λ,k)を導出する。
【0085】
次に、情報処理装置6は、平滑化した観測信号スペクトルXe(λ,k)と、推定した定常雑音スペクトルV(λ,k)とを利用して、数式(1-1)及び数式(1-2)により算出されるスペクトル値|X(λ,k)|に対する推定雑音スペクトル|Ve(λ,k)|を算出する(ステップS304)。推定雑音スペクトル|Ve(λ,k)|は、例えば、下記数式(4)により算出する。
【0086】
【数4】
数式(4)におけるosub(λ,k)は、適宜設定可能な補正係数である。
【0087】
観測信号がステレオ信号である場合、情報処理装置6は、Lチャンネルの観測信号についての推定雑音スペクトル|Ve(λ,k)|、及びRチャンネルの観測信号についての推定雑音スペクトル|Ve(λ,k)|を算出する。
【0088】
次に、情報処理装置6は、推定雑音スペクトル|Ve(λ,k)|に対する高速逆フーリエ変換により推定雑音信号ve(n)を求め、その分散値σ (n)を算出する(ステップS305)。ステップS305では、既知の高速逆フーリエ変換の手法に従って、周波数領域の推定雑音スペクトル|Ve(λ,k)|を時間領域の推定雑音信号ve(n)に変換する。また、ステップS305では、例えば、下記数式(5)により分散値σ (n)を算出する。
【0089】
【数5】
数式(5)におけるNはサンプル数である。
【0090】
観測信号がステレオ信号である場合、情報処理装置6は、Lチャンネルの観測信号についての推定雑音信号ve(n)及び分散値σvL (n)と、Rチャンネルの観測信号についての推定雑音信号ve(n)及び分散値σvR (n)とを算出する。
【0091】
次に、情報処理装置6は、観測信号の状態空間モデルに対して有色性駆動源カルマンフィルタを適用し、雑音信号を抑圧した推定打音信号de(n)を生成する(ステップS306)。観測信号がステレオ信号である場合、Lチャンネルの観測信号x(n)及びRチャンネルの観測信号x(n)は、それぞれ、下記数式(6-1)及び数式(6-2)で表される。
【0092】
【数6】
数式(6-1)におけるd(n)及びv(n)は、それぞれ、Lチャンネルの観測信号x(n)に含まれる打音信号及び雑音信号である。数式(6-2)におけるd(n)及びv(n)は、それぞれ、Rチャンネルの観測信号x(n)に含まれる打音信号及び雑音信号である。
【0093】
打音信号及び雑音信号を含む観測信号に対する状態空間モデルは、打音信号の情報のみを含む状態方程式と、打音信号及び雑音信号の情報を含む観測方程式とにより表される。ステレオ信号である観測信号の状態空間モデルに対して有色性駆動源カルマンフィルタを適用する場合、例えば、状態方程式は下記数式(7-1)で表され、観測方程式は下記数式(7-2)で表される。
【0094】
【数7】
数式(7-1)で表される状態方程式、及び数式(7-2)で表される観測方程式の導出方法、並びに該状態方程式及び該観測方程式を解くことにより雑音信号を抑圧して推定打音信号de(n)及びde(n)を生成する方法は、既知であり、例えば、特許第5721098号明細書、特許第5115952号明細書、及び特許第5971646号明細書等に開示されている方法を用いることができる。
【0095】
このように、本実施形態に係る打音診断支援システム1で用いる判定用データを作成する際には、観測信号スペクトルに含まれる定常雑音スペクトルを推定し、観測信号に含まれる定常的な雑音成分を除去、抑圧して推定打音信号de(n)を生成する。このため、生成した推定打音信号を再生した音(推定打音)は、例えば、交通反響音や風音等の定常的な雑音が除去、抑圧された音であり、作業員11が直接聴き取った音や観測信号を再生した音と比べて、コンクリート構造物の打音が聴き取りやすい。すなわち、定常的な雑音成分を除去、抑圧して生成した推定打音信号de(n)から特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}を抽出することにより、健全の特徴量ベクトルと変状の特徴量ベクトルとの差異をより明確にすることができ、判定用データ(分類情報)における健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲の分類をより適切に行うことができる。
【0096】
図13及び図14に例示したフローチャートを参照して上述した判定用データ作成処理の具体例について、図15図16、及び図17を参照して以下に説明する。図15は、観測信号を平滑化する処理の具体例を説明するグラフ図である。図16は、定常雑音を除去して推定打音信号を生成する処理の具体例を説明するグラフ図である。図17は、推定打音信号から特徴量ベクトルを抽出する処理及び作成される教師データの具体例を説明する図である。
【0097】
図15の(a1)には、ステップS301の具体例として、観測信号x(n)についての観測信号スペクトル|X(λ,k)|の一例を示している。観測信号x(n)は、マイクロフォンにより取得した観測信号x(t)における所定の時間区間(フレーム)を抽出した部分観測信号である。
【0098】
ステップS301において、情報処理装置6は、数式(1)を利用して時間領域の観測信号x(n)のそれぞれを観測信号スペクトル|X(λ,k)|に変換する。例えば、観測信号x(t)のうちの実線の四角形で囲まれた範囲内の部分である第1の観測信号x(1)についての観測信号スペクトル|X(1,k)|(k=0,1,…K-1)は、実線の折れ線Sx(1)で表される。観測信号x(t)のうちの点線の四角形で囲まれた範囲内の部分である第2の観測信号x(2)についての観測信号スペクトル|X(2,k)|(k=0,1,…K-1)は、例えば、点線の折れ線Sx(2)で表される。観測信号x(t)のうちの短い破線の四角形で囲まれた範囲内の部分である第3の観測信号x(3)についての観測信号スペクトル|X(3,k)|(k=0,1,…K-1)は、例えば、短い破線の折れ線Sx(3)で表される。
【0099】
観測信号x(n)のそれぞれを観測信号スペクトル|X(λ,k)|に変換した後、情報処理装置6は、ステップS302、すなわち周波数ビン番号k毎に、フレーム番号λが異なる連続した観測信号スペクトル|X(λ,k)|の時間変化を表すプロファイルを平滑化する処理を行う。例えば、図15の(a1)に例示した周波数領域を表す3次元空間における周波数ビン番号kがkの観測信号スペクトル|X(λ,k)|の時間変化を表すプロファイルQx(k)は、より具体的には、図15の(a2)に例示したようになる。このような観測信号スペクトル|X(λ,k)|の時間変化に対し、情報処理装置6は、例えば、数式(2)を利用して平滑化を行い、例えば、図15の(a3)に例示したようなプロファイルQxe(k)で表される平滑化後スペクトルXe(λ,k)を導出する。情報処理装置6は、周波数領域における全ての周波数ビン番号k(k=0,1,…K-1)のそれぞれでこのような処理を行う。
【0100】
周波数ビン番号k毎の平滑化後スペクトルXe(λ,k)を導出した後、情報処理装置6は、導出した平滑化後スペクトルXe(λ,k)毎に、定常雑音スペクトルV(λ,k)を推定する(ステップS303)。図16の(b1)には、周波数ビン番号kの平滑化後スペクトルXe(λ,k)についての定常雑音スペクトルV(λ,k)を推定する例を示している。例えば、フレーム番号λがλである平滑化後スペクトルXe(λ,k)の定常雑音スペクトルV(λ,k)を推定する場合、情報処理装置6は、過去のフレーム番号λ-Lの平滑化後スペクトルXe(λ-L,k)からフレーム番号λの平滑化後スペクトルXe(λ,k)までのL個の平滑化後スペクトルXeのうちの最小値を、定常雑音スペクトルV(λ,k)であると推定する。このような処理を行うことにより、周波数ビン番号kの定常雑音スペクトルV(λ,k)は、図16の(b1)に示したプロファイルQv(k)のようになる。
【0101】
周波数ビン番号k毎に定常雑音スペクトルV(λ,k)を推定した後、情報処理装置6は、周波数ビン番号k毎に、平滑化後スペクトルXe(λ,k)と推定した定常雑音スペクトルV(λ,k)とに基づいて、推定雑音スペクトルVe(λ,k)を算出する(ステップS304)。推定雑音スペクトルVe(λ,k)は、例えば、数式(4)により算出する。
【0102】
このようにして周波数ビン番号k毎に算出された推定雑音スペクトルVe(λ,k)を、フレーム番号λ毎の推定雑音スペクトルVe(λ,k)として表すと、例えば、図16の(b2)に示したようになる。図16の(b2)に示した折れ線Sv(1)は、図15の(a1)に例示した観測信号x(1)についての観測信号スペクトル(折れ線Sx(1))に対する定常雑音スペクトルを表す。折れ線Sv(2)及び折れ線Sv(3)は、それぞれ、図15の(a1)に例示した観測信号x(2)についての観測信号スペクトル(折れ線Sx(2))に対する定常雑音スペクトル、及び観測信号x(3)についての観測信号スペクトル(折れ線Sx(3))に対する定常雑音スペクトルを表す。
【0103】
推定雑音スペクトルVe(λ,k)を算出した後、情報処理装置6は、フレーム番号λ毎に、推定雑音スペクトルVe(λ,k)の高速逆フーリエ変換を行って推定雑音信号ve(n)を求め、その分散値σ (n)を算出する(ステップS305)。
【0104】
その後、情報処理装置6は、上述したように、有色性駆動源カルマンフィルタを適用した状態空間モデルの状態方程式及び観測方程式を解いて観測信号x(n)から雑音信号を抑圧し、推定打音信号de(n)を生成する(ステップS306)。
【0105】
推定打音信号de(n)を生成した後、情報処理装置6は、推定打音信号de(n)から特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}を抽出する(ステップS4)。図17の(c1)には、ステップS306で生成される幾つかの推定打音信号de(n)についてのスペクトルを例示している。図17(c1)に例示した折れ線Sd(1),Sd(2),及びSd(3)は、それぞれ、観測信号x(1),x(2),及びx(3)に対する推定打音信号de(1),de(2),及びd3(3)についてのスペクトルの例を表している。
【0106】
ステップS4において、情報処理装置6は、例えば、図17の(c1)に例示したように、推定打音信号de(n)についてのスペクトルにおけるピークのスペクトル値p(λ,k)及び周波数ビン番号kと対応する周波数fを、その推定打音信号de(n)についての特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}として抽出する。例えば、情報処理装置6は、図17の(c1)に例示したλ=1(n=1)のスペクトル(折れ線Sd(1))におけるスペクトルピークp(1)及び周波数f(1)を、推定打音信号de(1)についての特徴量ベクトルm(1)={p(1),f(1)}として抽出する。
【0107】
特徴量ベクトルm(n)を抽出した後、情報処理装置6は、特徴量ベクトルm(n)と関連付けられる推定打音信号de(n)が健全なコンクリート構造物を打撃したときの打音信号であるか変状があるコンクリート構造物を打撃したときの打音信号であるかに基づいて、特徴量ベクトルm(n)と健全であるか変状であるかを識別するラベルγ(n)とを含む教師データr(n)={m(n),γ(n)}を作成する(ステップS5)。ラベルγ(n)は、例えば、健全である場合には「1」とし、変状である場合には「-1」とする。このようにして作成された教師データr(n)は、例えば、図17の(c2)に例示したように、健全なコンクリート構造物を打撃したときの打音信号と対応する推定打音信号de(n)の特徴量ベクトルm(n)を含む健全の教師データr(n)と、変状があるコンクリート構造物を打撃したときの打音信号と対応する推定打音信号de(n)の特徴量ベクトルm(n)を含む変状の教師データr(n)とに分類される。本実施形態に係る判定用データ作成処理により1つの対象部位に対して作成する健全の教師データr(n)の数N1及び変状の教師データr(n)の数N2は、任意である。健全の教師データr(n)の数N1及び変状の教師データr(n)の数N2は、例えば、それぞれ300程度とする。
【0108】
健全の教師データr(n)及び変状の教師データr(n)を作成した後、情報処理装置6は、上述したように、健全の教師データr(n)及び変状の教師データr(n)を用いた機械学習(例えば、クラスタリング)により、特徴量ベクトルm(n)の周波数f(n)がとり得る範囲を健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類する第1の分類情報を作成する(ステップS6)。その後、情報処理装置6は、特徴量ベクトルm(n)の周波数f(n)が第1の分類情報において「不明」と判定される周波数範囲内である教師データr(n)を用いた機械学習(ソフトマージンSVM)により、第1の分類情報における不明の範囲内を健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類する第2の分類情報を作成する(ステップS7)。これにより、1つの対象部位に対する判定用データが得られる。
【0109】
また、上述した判定用データ作成処理により1つの対象部位に対する判定用データを作成する場合には、例えば、対象部位の打撃に用いるハンマー7が異なる複数種類の判定用データを作成してもよい。1つの対象部位に対する判定用データは、例えば、図3及び図4を参照して説明したような複数の打撃面を有する回転式のヘッド701を備えたハンマー7により対象部位を打撃したときの観測信号に基づいて作成した第1の判定用データと、柄にヘッドが固定されたハンマーにより対象部位を打撃したときの観測信号に基づいて作成した第2の判定用データとを含んでもよい。
【0110】
上述した判定用データ作成処理により作成された判定用データのセットは、例えば、情報処理装置6から打音診断支援装置2に転送され、打音診断支援装置2の記憶部250に記憶される。情報処理装置6から打音診断支援装置2への判定用データのセットの転送は、無線通信又は有線通信で行われてもよいし、光ディスク、メモリカード、及び外付け型のHDD等の可搬型記録媒体を用いて行われてもよい。また、判定用データ作成処理により作成された判定用データのセットは、例えば、打音診断支援装置2を製造する際に該判定用データのセットを記憶させた記憶装置を打音診断支援装置2に組み込んでもよい。
【0111】
次に、図18図19、及び図20を参照して、本実施形態に係る打音診断支援装置2を用いたコンクリート構造物10の診断の支援方法の一例を説明する。
【0112】
図18は、一実施形態に係る打音診断支援装置が行う処理の一例を説明するフローチャートである。図19は、打音診断支援装置が行うコンクリート構造物が健全であるか否かの判定処理の一例を説明するフローチャートである。図20は、打音診断支援装置が行う判定結果出力処理の一例を説明するフローチャートである。
【0113】
打音診断支援装置2を用いてコンクリート構造物10の打音診断の支援を行う際には、図18に示したように、まず、対象部位及び判定方法を含む診断の条件を設定する(ステップS11)。対象部位は、例えば、上述したようにコンクリート構造物10の用途及び打撃する部位の組み合わせである。対象部位は、例えば、橋梁上部、橋梁下部、トンネル上部、及びトンネル側部を含む。判定方法は、例えば、第1の分類情報のみによる判定、及び第1の分類情報と第2の分類情報とを併用する判定を含む。診断の条件は、対象部位及び判定方法とは別の条件を含んでもよい。例えば、設定可能な診断の条件は、診断時の交通反響音のレベルや風の強さ等の、定常雑音の推定に利用可能な条件を含んでもよい。また、設定可能な診断の条件は、例えば、コンクリート構造物10への打撃に用いるハンマー7の種類を含んでもよい。
【0114】
診断の条件を設定した後、打音診断支援装置2は、マイクロフォン3を利用して観測信号を取得する(ステップS12)。ステップS12では、点検員11が所定のハンマー7を利用してコンクリート構造物10の点検する領域を打撃したときの打音を含む観測信号をマイクロフォン3から打音診断支援装置2に転送する。
【0115】
次に、打音診断支援装置2は、観測信号に対して雑音除去及び雑音抑圧を行い推定打音信号de(n)を生成し(ステップS13)、推定打音信号de(n)から特徴量ベクトルm(n)を抽出する(ステップS14)。ステップS13の推定打音信号de(n)を生成する処理は、例えば、打音推定部211が行う。打音推定部211は、ステップS13の処理として、例えば、判定用データ作成処理における推定打音信号de(n)を生成する処理(ステップS3)と同様の処理を行う。打音推定部211は、例えば、図14を参照して説明したステップS301~S306の処理を行って推定打音信号de(n)を生成する。すなわち、打音推定部211は、観測信号に含まれる定常的な雑音成分を推定して除去、抑圧した推定打音信号de(n)を生成する。ステップS14の特徴量ベクトルm(n)を抽出する処理は、例えば、特徴量抽出部212が行う。特徴量抽出部212は、ステップS14の処理として、判定用データ作成処理における特徴量ベクトルm(n)を抽出する処理(ステップS4)と同様の処理を行う。すなわち、特徴量抽出部212は、推定打音信号de(n)についてのスペクトルにおけるスペクトルピークp(n)及び周波数f(n)を含む特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}を抽出する。
【0116】
特徴量ベクトルm(n)を抽出した後、打音診断支援装置2は、対象部位及び判定方法の設定と特徴量ベクトルm(n)とに基づく判定処理を行う(ステップS15)。ステップS15の判定処理は、例えば、判定部213が行う。判定部213は、設定可能な対象部位毎に用意された判定用データのうちの、ステップS11で設定された対象部位についての判定用データを選択し、設定された判定方法に応じて第1の分類情報のみを用いた判定、又は第1の分類情報と第2の分類情報とを用いた判定を行う。ステップS15の判定処理において、打音診断支援装置2(判定部213)は、観測信号から推定打音信号de(n)を生成して抽出した特徴量ベクトルm(n)が、分類情報における健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲のどの範囲内に含まれるかを判定し、判定結果を可視化して出力する。ステップS15の判定処理の具体例については、図19及び図20を参照して後述する。
【0117】
判定処理の後、打音診断支援装置2は、設定された対象部位についての第2の分類情報を更新するか否かを判定する(ステップS16)。ステップS16の判定は、例えば、判定部213が行う。判定部213は、設定された判定方法(すなわち、ステップS15の判定処理)において第2の分類情報を用いた判定を行ったか否かに基づいて、第2の分類情報を更新するか否かを判定する。第2の分類情報を用いた判定を行った場合(ステップS16;YES)、打音診断支援装置2は、判定結果に基づいて第2の分類情報を更新する(ステップS17)。ステップS17の処理は、例えば、更新部215が行う。更新部215は、記憶部250に記憶させた判定用データのうちの、設定された対象部位についての判定用データにおける教師データ(元データ)と、ステップS15における第2の分類情報を用いた判定結果(追加データ)とに基づいて、第2の分類情報を更新する。
【0118】
ステップS17の第2の分類情報を更新する処理を行った場合、又は第2の分類情報を更新しないと判定した場合(ステップS16;NO)、打音診断支援装置2は、診断が継続しているか否かを判定する(ステップS18)。診断が継続している場合(ステップS19;YES)、打音診断支援装置2は、ステップS12以降の処理を繰り返す。診断が継続していない場合(ステップS18;NO)、打音診断支援装置2は、ステップS11で設定した診断条件に従ったコンクリート構造物10の打音診断に対する支援を終了する。
【0119】
なお、図18に例示したフローチャートにおけるステップS12~S18の一連の処理は、パイプライン化されていてもよい。また、図18に例示したフローチャートに沿った処理の途中で判定方法を変更することが可能であってもよい。また、打音診断支援装置2は、図18に例示したフローチャートに沿った処理と並行して、例えば、観測信号又は推定打音信号de(n)を再生してヘッドフォン4に出力する処理、観測信号、推定雑音スペクトル、推定打音信号、及びステップS15における判定処理の結果等を可視化する画像データをHMD5に出力する処理等を行ってもよい。観測信号又は推定打音信号を出力する処理、画像データを出力する処理は、例えば、出力制御部214が行う。
【0120】
このように、本実施形態に係る打音診断支援装置2を用いたコンクリート構造物10の診断の支援方法では、過去に取得した観測信号から推定打音信号を生成して抽出した特徴量を用いて生成した分類情報に基づいて、健全性の診断の対象となるコンクリート構造物を打撃したときに取得(収音)した観測信号から推定打音信号を生成して抽出した特徴量が健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲のどの範囲に含まれるかを判定する。本実施形態に係る支援方法では、分類情報として、健全なコンクリート構造物に関連付けられる特徴量と、変状があるコンクリート構造物に関連付けられる特徴量とを用いた機械学習により、特徴量がとり得る範囲を健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類した情報を利用する。また、分類情報の生成及び分類情報を用いた判定に利用する特徴量は、観測信号に含まれる定常的な雑音成分を推定して除去、抑圧した推定打音信号から抽出している。このため、コンクリート構造物10の健全性を診断する作業員11は、例えば、打音診断支援装置2の出力を参照して、聴き取った観測音に基づく診断の妥当性を判断することができる。また、例えば、推定打音信号を再生した音を作業員11が聴き取ることにより、定常的な雑音の影響を受けることなく、健全性の診断を的確に短時間で行うことができる。また、観測信号から定常的な雑音のみを除去、抑圧して推定打音信号を生成することにより、推定打音信号を再生した音には、例えば、ホイッスルの音やクラクション(ホーン)の音等の注意喚起のための音が含まれる。このため、推定打音信号を再生した音を作業員11が聴き取ることにより、注意喚起のための音を聞き逃すことを防ぎ、診断作業中の危険を回避することができる。
【0121】
更に、本実施形態に係る支援方法では、推定打音信号から抽出した特徴量の1つである周波数f(n)のみで分類した第1の分類情報と、第1の分類情報で不明の範囲内を2つの特徴量(周波数f(n)及びスペクトルピークp(n))で分類した第2の分類情報とを生成し、第1の分類情報のみによる判定と、第1の分類情報及び第2の分類情報を用いた判定とのどちらを行うかを設定することができる。また、第1の分類情報のみによる判定、又は第1の分類情報及び第2の分類情報を用いた判定を行う際に、特徴量が健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲のどの範囲内に含まれるかを判定する。このような判定を行う本実施形態に係る打音診断支援装置2は、ステップS15の判定処理として、例えば、図19及び図20に例示したフローチャートに沿った処理を行う。この判定処理は、判定部213及び出力制御部214が行う。
【0122】
図19に例示した判定処理は、特徴量ベクトルm(n)毎に行われるループ処理S1500になっている。このループ処理S1500は、判定の対象となるN個の特徴量ベクトルm(1)~m(N)のそれぞれに対する処理が行われると、終了する。
【0123】
ループ処理S1500では、N個の特徴量ベクトルm(1)~m(N)のうちの1つを時系列で古い順に選択し、まず、選択した特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}の周波数f(n)が第1の分類情報のどの範囲に含まれるかを判定する(ステップS1501)。第1の分類情報は、ステップS11で設定した測定部位に関連付けられている判定用データに含まれる分類情報であり、上述したように、特徴量ベクトルm(n)の周波数f(n)についての健全の範囲と、変状の範囲と、それ以外の不明な範囲とを示す情報を有する(例えば、図8及び図9を参照)。
【0124】
周波数f(n)が健全の範囲に含まれる場合(ステップS1501;健全)、判定部213は、該周波数f(n)を含む特徴量ベクトルm(n)を健全の特徴量ベクトルと判定する(ステップS1504)。周波数f(n)が変状の範囲に含まれる場合(ステップS1501;変状)、判定部213は、該周波数f(n)を含む特徴量ベクトルm(n)を変状の特徴量ベクトルと判定する(ステップS1505)。
【0125】
周波数f(n)が不明の範囲に含まれる場合(ステップS1501;不明)、判定部213は、次に、第2の分類情報を使用するか否かを判定する(ステップS1502)。ステップS1502では、判定部213は、現在の判定方法の設定が第1の分類情報及び第2の分類情報を用いた判定を行う設定になっている場合に、第2の分類情報を使用すると判定する。第2の分類情報を使用しない場合(ステップS1502;NO)、判定部213は、判定の対象となっている特徴量ベクトルm(n)を不明の特徴ベクトルと判定する(ステップS1506)。
【0126】
第2の分類情報を使用する場合(ステップS1502;YES)、判定部213は、次に、判定の対象となっている特徴量ベクトルm(n)が第2の分類情報のどの範囲に含まれるかを判定する(ステップS1503)。第2の分類情報は、上述のように、第1の分類情報の不明の範囲内に含まれる教師データr(n)の特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}に基づいて、該不明の範囲内についてのスペクトルピークp(n)と周波数f(n)との二次元平面を健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類した分類情報である(例えば、図10及び図12を参照)。
【0127】
判定の対象となっている特徴量ベクトルm(n)が健全の範囲に含まれる場合(ステップS1503;健全)、判定部213は、該特徴量ベクトルm(n)を健全の特徴量ベクトルと判定する(ステップS1504)。判定の対象となっている特徴量ベクトルm(n)が変状の範囲に含まれる場合(ステップS1503;変状)、判定部213は、該特徴量ベクトルm(n)を変状の特徴量ベクトルと判定する(ステップS1505)。判定の対象となっている特徴量ベクトルm(n)が不明の範囲に含まれる場合(ステップS1503;不明)、判定部213は、該特徴量ベクトルを不明の特徴量ベクトルと判定する(ステップS1506)。
【0128】
ステップS1504,S1505,及びS1506のいずれかにより判定の対象となっている特徴量ベクトルm(n)が健全、変状、及び不明のいずれであるかを判定した後、判定部213は、第2の分類情報に基づいて健全又は変状と判定した特徴量ベクトルm(n)を含む教師データr(n)={m(n),γ(n)}を、判定用データの教師データに追加する(ステップS1507)。ステップS1507で追加する教師データr(n)は、例えば、図7に例示した教師データ2120のように、判定用データ作成処理において作成した元データ2121と分別可能な追加データ2122として、記憶部250に格納する。
【0129】
次に、打音診断支援装置2は、ステップS1501~S1506の処理による特徴量ベクトルm(n)の判定結果を出力する判定結果出力処理を行う(ステップS1508)。ステップS1508の処理は、例えば、出力制御部214が行う。出力制御部214は、1つ以上の所定数の判定結果に基づいて、観測信号に含まれる雑音成分を推定して抑圧した推定打音信号から抽出した特徴量ベクトルm(n)が、健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲のどの範囲に含まれるかを可視化して出力する。判定結果出力処理として、出力制御部214は、例えば、図20に例示したフローチャートに沿った処理を行う。
【0130】
判定結果出力処理(ステップS1508)では、出力制御部214は、まず、所定数の特徴量ベクトルm(n)の判定結果を蓄積したか否かを判定する(ステップS1511)。所定数は、判定結果の出力に用いていない判定結果の数であり、1つであってもよいし、2つ以上であってもよい。所定数の特徴量ベクトルm(n)の判定結果を蓄積していない場合(ステップS1511;NO)、出力制御部214は、判定結果出力処理(ステップS1508)を終了する。
【0131】
所定数の特徴量ベクトルm(n)の判定結果を蓄積した場合(ステップS1511;YES)、出力制御部214は、蓄積した判定結果のうちの増加量が最大の判定結果が健全、変状、及び不明のいずれであるかを判定する(ステップS1512)。ステップS1512では、蓄積した所定数の特徴量ベクトルm(n)の判定結果において、健全の特徴量ベクトル、変状の特徴量ベクトル、及び不明の特徴量ベクトルのうちのどの特徴量ベクトルの数が最大であるかを判定する。
【0132】
増加量が最大の判定結果が健全である場合(ステップS1512;健全)、出力制御部214は、健全を示す情報を出力する(ステップS1513)。出力制御部214は、健全を示す情報として、例えば、打音診断支援装置2に設けられた青色発光のランプを点灯させる信号を出力する。増加量が最大の判定結果が変状である場合(ステップS1512;変状)、出力制御部214は、変状を示す情報を出力する(ステップS1514)。出力制御部214は、変状を示す情報として、例えば、打音診断支援装置2に設けられた赤色発光のランプを点灯させる信号を出力する。増加量が最大の判定結果が不明である場合(ステップS1512;不明)、出力制御部214は、不明を示す情報を出力する(ステップS1515)。出力制御部214は、不明を示す情報として、例えば、打音診断支援装置2に設けられた黄色発光のランプを点灯させる信号を出力する。ステップS1513,S1514,及びS1515は、それぞれ、健全であることを示す文字情報を含む画像データ、変状であることを示す文字情報を含む画像データ、及び不明であることを示す文字情報を含む画像データを打音診断支援装置2の表示部240、又はHMD5等に出力する処理であってもよい。
【0133】
ステップS1513,S1514,及びS1515のいずれかを行った後、出力制御部214は、判定結果の累積数を更新する(ステップS1516)。ステップS1516は、蓄積した判定結果の数をリセットする処理を含んでもよい。ステップS1516を行うと、出力制御部214は、判定結果出力処理(ステップS1508)を終了する。
【0134】
ステップS1508の判定結果出力処理が終わると、打音診断支援装置2が行う処理は、図19に例示したループ処理に戻り、該ループ処理を続けるか否かを判定する。ステップS1501~S1506の判定を行っていない特徴量ベクトルm(n)がある場合、打音診断支援装置2は、ループ処理(S1500)を継続する。判定の対象となる全ての特徴量ベクトルm(1)~m(N)についての判定を終えると、打音診断支援装置2は、判定処理(ステップS15)を終了し、図18に例示したフローチャートにおけるステップS16の判定を行う。
【0135】
このように、本実施形態の打音診断支援装置2は、診断のために取得した観測信号に含まれる定常的な雑音成分を推定して生成した推定打音信号de(n)における特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}が、判定用データにおける健全、変状、及び不明のどの範囲内に含まれるかを判定する。判定用データは、過去に取得した観測信号から診断時と同様の手法により抽出した健全な場合の特徴量ベクトル及び変状がある場合の特徴量ベクトルに基づいて、特徴量ベクトルがとり得る範囲を、健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類して作成している。このため、本実施形態の打音診断支援装置2を用いてコンクリート構造物10の打音診断を支援することにより、ハンマー7でコンクリート構造物10を打撃する動作及び聴覚に頼る判定基準等についての個人差、並びに診断時の周囲の状況等による判定結果(診断結果)のばらつきを抑制することができる。よって、本実施形態の打音診断支援装置2を含む打音診断支援システム1は、コンクリート構造物10のより正確な診断を支援することができる。
【0136】
また、本実施形態の打音診断支援装置2は、図18に例示したフローチャートのように、診断時の判定結果等を出力した後、該診断時の判定結果に基づいて第2の分類情報を更新してもよい。第2の分類情報の更新は、教師データの元データと、ステップS15において第2の分類情報により健全又は変状と判定された特徴量ベクトルm(n)を含む追加の教師データr(n)={m(n),γ(n)}とを用いて行うことができる。
【0137】
上述したソフトマージンSVMを利用した機械学習により作成した第2の分類情報は、例えば、下記数式(8)で表される制約付き最適化問題を解くことで更新できる。
【0138】
【数8】
数式(8)の制約付き最適化問題の解は、ラグランジュの未定乗数法を導入して該制約付き最適化問題(主問題)を下記数式(9)で表される最適化問題(双対問題)に帰着させ、該双対問題を解くことで得られる。
【0139】
【数9】
数式(9)で表される最適化問題(双対問題)の解法は既知であり、既知の解法に従って重みベクトルw及びバイアスbを逐次的に更新し、新たな超平面wx+b=0を定めることにより、第2の分類情報を更新することができる。
【0140】
このように、第2の分類情報を用いて健全と判定された特徴量ベクトルm(n)及び変状と判定された特徴量ベクトルm(n)に基づいて追加の教師データr(n)を作成し、第2の分類情報(超平面)を更新することにより、第2の分類情報を用いた特徴量ベクトルm(n)の判定精度を向上させることができる。
【0141】
上述した第2の分類情報の更新は、打音診断支援装置2を用いた診断中に限らず、例えば、診断終了後に、コンクリート構造物10の診断した領域の健全及び変状についての総合的な診断結果とに基づいて、診断時に取得した観測信号の中から健全な領域を打撃したときの打音を含む部分を抽出して健全の特徴量ベクトルm(n)を求めるとともに、変状がある領域を打撃したときの打音を含む部分を抽出して変状の特徴量ベクトルm(n)を求め、これらの特徴量ベクトルを追加の教師データr(n)として行ってもよい。
【0142】
本実施形態の打音診断支援装置2は、打音に基づくコンクリート構造物10の診断を支援するための専用の装置であってもよいし、上述した処理を含むプログラムを読み取って実行することが可能な汎用のコンピュータであってもよい。
【0143】
図21は、打音診断支援装置のユーザインタフェースの一例を説明する図である。図22は、打音診断支援装置のユーザインタフェースの別の一例を説明する図である。
【0144】
図21には、打音診断支援装置2が専用の装置である場合のユーザインタフェースの一例を示している。打音診断支援装置2の装置筐体の正面には、例えば、電源スイッチ31、ボリュームスイッチ32、診断部位設定スイッチ33、風設定スイッチ34、及び判定方法設定スイッチ35を含む複数のスイッチと、判定ランプ36B,36R,及び36Yとが配設されている。
【0145】
電源スイッチ31は、打音診断支援装置2の電源のオン/オフを切り替えるスイッチ(例えば、押し釦スイッチ)である。ボリュームスイッチ32は、ヘッドフォン4に出力する観測信号又は推定打音信号の音量を調整するスイッチである。
【0146】
診断部位設定スイッチ33は、診断対象であるコンクリート構造物10の部位を設定するスイッチである。図21には、診断部位設定スイッチ33の一例として、トンネル、橋梁、及び予備の3つの診断部位のうちの1つを選択することが可能なスライドスイッチを例示している。診断部位設定スイッチ33は、例えば、上述したトンネル上部、トンネル側部、橋梁上部、及び橋梁下部等の、コンクリート構造物10の用途と打撃する部位との組み合わせが異なる、より多くの選択肢のうちの1つを選択することが可能なスイッチであってもよい。
【0147】
風設定スイッチ34は、観測信号の取得に用いるマイクロフォン3の周囲における風音の状態を設定するスイッチである。図21には、風設定スイッチ34の一例として、強風、弱風、及び無しの3つの状態のうちの1つを選択することが可能なスライドスイッチを例示している。風設定スイッチ34における風音の状態の選択肢は、図21に例示した3つに限らず、2つ(例えば、風音有り及び風音無し)であってもよいし、4つ以上であってもよい。また、風設定スイッチ34は省略されてもよい。
【0148】
判定方法設定スイッチ35は、上述した判定処理における健全、変状、及び不明の判定を第1の分類情報のみを用いて行うか、第1の分類情報と第2の分類情報とを用いて行うかを設定するスイッチである。図21には、判定方法設定スイッチ35の一例として、「詳細」と「簡易」の2つの判定方法のうちの1つを選択することが可能なスライドスイッチを例示している。「簡易」は、第1の分類情報のみを用いて判定する判定方法であり、「詳細」は、第2の分類情報を用いて、第1の分類情報において不明の範囲に含まれる特徴量ベクトルm(n)が健全、変状、及び不明のいずれであるかを詳細に判定する判定方法である。
【0149】
判定ランプ36B,36R,及び36Yは、上述した判定処理における判定結果を可視化して出力する3つのランプである。判定ランプ36Bは、判定結果が健全(OK)である場合に点灯させるランプであり、例えば、青色発光又は緑色発光の発光装置である。判定ランプ36Rは、判定結果が変状(NG)である場合に点灯させるランプであり、例えば、赤色発光の発光装置である。判定ランプ36Yは、判定結果が不明(NA)である場合に点灯させるランプであり、例えば、黄色発光の発光装置である。
【0150】
図21に例示した打音診断支援装置2を用いてコンクリート構造物10の打音診断を支援する場合には、図18に例示したフローチャートにおける診断条件を設定する処理(ステップS11)として、診断部位設定スイッチ33による診断部位の設定、風設定スイッチ34による風音の状態の設定、及び判定方法設定スイッチ35による判定方法の設定を行う。風音の状態の設定は、取得した観測信号から推定打音信号de(n)を生成する処理(ステップS13)における、観測信号に対する雑音除去及び雑音抑圧に反映される。診断部位の設定及び判定方法の設定は、推定打音信号de(n)から抽出した特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}が健全、変状、及び不明のいずれであるかを判定する判定処理(ステップS15)で用いる判定用データを特定することに利用される。
【0151】
図21に例示した打音診断支援装置2を用いてコンクリート構造物10の打音診断を支援する場合、打音診断支援装置2は、判定処理(ステップS15)において、判定結果に基づいて判定ランプ36B,36R,及び36Yのいずれかを点灯させる。例えば、図20のフローチャートのステップS1511における所定数が10である場合、打音診断支援装置2は、時系列の10個の特徴量ベクトルm(n)についての判定結果を蓄積する毎に、健全、変状、及び不明のうちの最も多い判定結果と対応する判定ランプ36B,36R,又は36Yを点灯させる。例えば、10個の判定結果において健全が最も多い場合には青色発光又は緑色発光の判定ランプ36Bを点灯させる。また、10個の判定結果において不明が最も多い場合には黄色発光の判定ランプ36Yを点灯させる。
【0152】
このように、図21に例示した打音診断支援装置2では、推定打音信号de(n)から抽出した所定数の特徴量ベクトルm(n)についての判定結果に基づいて、打撃した部位が健全、変状、及び不明のいずれであるかを示唆する情報を、判定ランプ36B,36R,又は36Yを点灯させて作業員11等に通知することができる。
【0153】
一方、図22には、汎用コンピュータを打音診断支援装置2として用いる場合のユーザインタフェースの一例を示している。図22に例示したユーザインタフェース40は、コンピュータの表示装置(例えば、液晶表示装置)に表示される。コンピュータの表示装置に表示されるユーザインタフェース40は、例えば、ボリューム設定バー41、診断部位設定領域42、風設定領域43、交通反響音設定領域44、雑音抑圧度設定バー45、及び判定方法設定領域46と、判定結果表示領域47とを含む。
【0154】
ボリューム設定バー41は、ヘッドフォン4に出力する観測信号又は推定打音信号のボリュームを設定するスライドバーである。観測信号及び推定打音信号のどちらをヘッドフォン4に出力するかは、例えば、ユーザインタフェース40の処理前音声を再生するか否かのチェックボックス(図示せず)を利用して設定することができる。
【0155】
診断部位設定領域42には、診断対象であるコンクリート構造物10の部位を設定するラジオボタンが表示される。図22には、設定可能な診断部位の一例として、トンネル上部、トンネル側部、橋梁上部、及び橋梁下部の4つの診断部位と、その他の診断部位とを例示している。設定可能な診断部位は、例えば、コンクリート構造物10の用途と打撃する部位との組み合わせが異なる、より多くの測定部位を含んでもよい。また、設定可能な診断部位は、例えば、トンネル、橋梁、及びその他のようにコンクリート構造物10の用途のみで分類されてもよい。
【0156】
風設定領域43は、観測信号の取得に用いるマイクロフォン3の周囲における風音の状態を設定するラジオボタンが表示される。図22には、設定可能な風音の状態の一例として、強風、弱風、及び無しの3つの状態を例示している。風音の状態の選択肢は、図22に例示した3つに限らず、2つ(例えば、風音有り及び風音無し)であってもよいし、4つ以上であってもよい。また、風設定領域43は省略されてもよい。
【0157】
交通反響音設定領域44は、観測信号の取得に用いるマイクロフォン3の周囲における交通反響音の状態を設定するラジオボタンが表示される。図22には、設定可能な交通反響音の状態の一例として、大、小、及び無しの3つの状態を例示している。交通反響音の状態の選択肢は、図22に例示した3つに限らず、2つ(例えば、交通反響音有り及び交通反響音無し)であってもよいし、4つ以上であってもよい。また、交通反響音設定領域44は省略されてもよい。
【0158】
雑音抑圧度設定バー45は、観測信号から推定打音信号de(n)を生成する処理における雑音抑圧の度合いを設定するスライドバーである。雑音抑圧度設定バー45により設定された雑音抑圧の度合いは、状態空間モデルの観測方程式(例えば、上述した数式(7-2))における雑音信号の度合いに反映される。ユーザインタフェース40には、雑音抑圧度設定バー45の代わりに、例えば、2段階以上の雑音抑圧の度合いのうちの1つを選択して設定することが可能なラジオボタンが設けられていてもよい。また、雑音抑圧度設定バー45は省略されてもよい。
【0159】
判定方法設定領域46は、上述した判定処理における健全、変状、及び不明の判定を第1の分類情報のみを用いて行うか、第1の分類情報と第2の分類情報とを用いて行うかを設定するラジオボタンが表示される。図22には、設定可能な判定方法の一例として、「詳細」と「簡易」の2つの判定方法を例示している。「簡易」は、第1の分類情報のみを用いて判定する判定方法であり、「詳細」は、第2の分類情報を用いて、第1の分類情報において不明の範囲に含まれる特徴量ベクトルm(n)が健全、変状、及び不明のいずれであるかを詳細に判定する判定方法である。
【0160】
判定結果表示領域47は、上述した判定処理における判定結果を可視化して出力する表示領域であり、第1の表示領域、第2の表示領域、及び第3の表示領域を含む。第1の表示領域には、健全と判定された特徴量ベクトルの数、変状と判定された特徴量ベクトルの数、及び不明と判定された特徴量ベクトルの数が表示される。図22に例示したユーザインタフェース40では、判定結果毎に、所定の時間区間内で判定された数と、診断開始時からの累計数とが表示される。第2の表示領域には、判定結果の累計数に基づいて算出される、健全と判定された特徴量ベクトルの数の割合が表示される。第3の表示領域には、例えば、上述した判定処理における所定数の特徴量ベクトルm(n)の判定結果毎の健全、変状、又は不明の判定結果が表示される。第3の表示領域の判定結果の表示は、例えば、図21に例示した打音診断支援装置2の判定ランプ36B,36R,及び36Yを用いた判定結果の表示と対応する。第3の表示領域には、例えば、健全、変状、及び不明等の判定結果を示す文字列であってもよいし、それぞれの判定結果を示す色又は記号等であってもよい。
【0161】
図21に例示したユーザインタフェースは、打音診断支援装置2が専用の装置である場合のユーザインタフェースの一例に過ぎない。同様に、図22に例示したユーザインタフェース40は、汎用コンピュータを利用した打音診断支援装置2におけるユーザインタフェースの一例に過ぎない。本実施形態の打音診断支援装置2におけるユーザインタフェースは、例示した構成に限らず、適宜変更可能である。また、打音診断支援装置2が液晶表示装置等の表示装置を含むか、或いは表示装置を接続可能な専用の装置である場合、該表示装置に図22に例示したようなユーザインタフェース40を表示してもよい。
【0162】
図23は、コンピュータのハードウェア構成の一例を説明するブロック図である。
【0163】
本実施形態の打音診断支援装置2は、上述したように、図18図19、及び図20を参照して説明したような処理を含むプログラムを読み取って実行する汎用コンピュータであってもよい。図23には、打音診断支援装置2として利用することが可能なコンピュータ50のハードウェア構成の一例を示している。図23に例示したコンピュータ50は、プロセッサ51、主記憶装置52、補助記憶装置53、入力装置54、表示装置55、入出力インタフェース56、通信装置57、及び媒体駆動装置58を含む。コンピュータ50におけるこれらのハードウェアは、バス59により相互に接続されている。
【0164】
プロセッサ51は、CPU(Central Processing Unit)等の、オペレーティングシステムのプログラムを含む各種プログラムを実行することにより、コンピュータ50全体の動作を制御する処理装置である。プロセッサ51が実行するプログラムは、打音によるコンクリート構造物10の診断を支援するための、図18図19、及び図20を参照して説明したような処理を含むプログラムを含む。
【0165】
主記憶装置52は、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)を含み、プロセッサ51が実行するプログラムや、プログラム実行時に利用する各種データを記憶する。また、主記憶装置52は、プロセッサ51がプログラムを実行する際の作業領域として利用される。
【0166】
補助記憶装置53は、HDD(Hard Disk Drive)やSSD(Solid State Drive)等の主記憶装置と比べて容量が大きい記憶装置である。補助記憶装置53は、図18図19、及び図20を参照しながら説明した処理をコンピュータ50に実行させるプログラム及び判定用データの格納に利用可能である。補助記憶装置53は、例えば、診断時に取得した観測信号、該観測信号から生成した推定打音信号de(n)、推定打音信号から抽出した特徴量ベクトルm(n)、及び第2の分類情報を用いた特徴量ベクトルm(n)の判定結果に基づく追加の教師データ等の格納に利用可能である。
【0167】
入力装置54は、例えば、キーボード装置、及びマウス装置等のポインティングデバイスである。表示装置55は、例えば、液晶表示装置等である。コンピュータ50がタブレット型等のタッチパネルディスプレイを備えたコンピュータである場合、入力装置54は、表示装置55の表示面上に配置されたデジタイザ(位置検知装置)を含む。
【0168】
入出力インタフェース56は、コンピュータ50と各種周辺機器との接続に用いられるインタフェースである。入出力インタフェース56は、例えば、診断時に作業員11に装着するマイクロフォン3、ヘッドフォン4、及びHMD5等の周辺機器とコンピュータ50とを接続する伝送ケーブルの接続端子を有する。
【0169】
通信装置57は、コンピュータ50をインターネット等の通信ネットワーク65に接続し、通信ネットワーク65を介した外部装置との通信を行う。通信装置57は、例えば、通信ネットワーク65を介した情報処理装置6との通信に利用可能である。
【0170】
媒体駆動装置58は、可搬型記録媒体66に格納された各種データの読み出し、及び可搬型記録媒体66への各種データの書き込み等を行う装置である。可搬型記録媒体66は、コンピュータ50(プロセッサ51)で読み取り可能な形式でデータを格納することが可能な、非一時的な有形の記録媒体であり、例えば、光ディスク、磁気ディスク、メモリカード等を含む。可搬型記録媒体66は、例えば、USBフラッシュメモリ等と呼ばれる、USB端子を有するフラッシュメモリを内蔵した記憶装置を含み得る。可搬型記録媒体66は、図18図19、及び図20を参照しながら説明した処理をコンピュータに実行させるプログラム及び判定用データの格納に利用可能である。可搬型記録媒体66は、例えば、診断時に取得した観測信号、該観測信号から生成した推定打音信号de(n)、推定打音信号から抽出した特徴量ベクトルm(n)、及び第2の分類情報を利用した特徴量ベクトルm(n)の判定結果に基づく追加の教師データ等の格納に利用可能である。
【0171】
上述した処理を含むプログラムを実行するコンピュータ50を打音診断支援装置2として用いる場合、該プログラムを実行するプロセッサ51は制御部210として機能(動作)する。また、主記憶装置52、補助記憶装置53、及び可搬型記録媒体66のうちの1つ以上は記憶部250として機能する。また、入力装置54及び表示装置55は、それぞれ、入力部230及び表示部240として機能し、入出力インタフェース56は、送受信部220として機能する。また、通信装置57は、通信部260として機能する。
【0172】
本実施形態の打音診断支援装置2として利用可能なコンピュータ50は、図23に例示したハードウェア構成に限らず、適宜変更可能である。例えば、コンピュータ50は、FPGA(Field Programmable Gate Array)やASIC(Application Specific Integrated Circuit)を含んでもよい。例えば、コンピュータ50は、媒体駆動装置58が省略されたものであってもよい。
【0173】
更に、本実施形態の打音診断支援装置2として利用可能なコンピュータ50は、上述した判定用データ作成処理を含むプログラムを実行させることにより、情報処理装置6として動作させることが可能であってもよい。
【0174】
以上説明したように、本実施形態に係る打音診断支援システム1は、過去に取得した観測信号に含まれる雑音成分を推定して生成した推定打音信号から抽出した特徴量を用いて生成された分類情報に基づいて、健全性の診断の対象となるコンクリート構造物を打撃したときに取得(収音)した観測信号に含まれる雑音成分を推定して生成した推定打音信号から抽出した特徴量が、健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲のどの範囲に含まれるかを判定する。本実施形態に係る支援方法では、分類情報として、健全なコンクリート構造物に関連付けられる特徴量と、変状があるコンクリート構造物に関連付けられる特徴量とを用いた機械学習により、特徴量がとり得る範囲を健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類した情報を利用する。また、分類情報の生成及び分類情報を用いた判定に利用する特徴量は、観測信号に含まれる定常的な雑音成分を推定して除去、抑圧した推定打音信号から抽出している。このため、コンクリート構造物10の健全性を診断する作業員11は、例えば、打音診断支援装置2の出力を参照して、聴き取った観測音に基づく診断の妥当性を判断することができる。したがって、従来のような作業員11の聴覚のみに頼る打音診断では健全及び変状のいずれであるかの判定が困難であり判定結果に個人差が生じ得るような場合でも、健全、変状、及び不明のいずれであるかを短時間で精度よく判定し、効率のよい打音診断を支援することができる。また、例えば、推定打音信号を再生した音を作業員11が聴き取ることにより、定常的な雑音の影響を受けることなく、健全性の診断を的確に短時間で行うことができる。
【0175】
また、本実施形態に係る打音診断支援システム1では、観測信号から推定した打音信号についてのスペクトルにおけるピークのスペクトル値(スペクトルピーク)p(n)と周波数f(n)とを含む特徴量ベクトルm(n)を用い、周波数f(n)のみで健全、変状、及び不明に分類した第1の分類情報と、第1の分類情報において不明である周波数範囲をスペクトルピークp(n)及び周波数f(n)を用いて健全、変状、及び不明に分類した第2の分類情報とを作成する。また、第2の分類情報は、健全の特徴量ベクトルm(n)及び変状の特徴量ベクトルm(n)のそれぞれを教師データr(n)={m(n),γ(n)}とする機械学習により作成する。このため、打音診断支援システム1における打音診断支援装置2は、従来のような作業員11の聴覚のみに頼る打音診断では健全及び変状のいずれであるかの判定が困難である打音と関連付けられる観測信号から抽出した特徴量ベクトルが健全、変状、及び不明のいずれであるかを、第2の分類情報に基づいて客観的に精度よく判定することができる。したがって、本実施形態の打音診断支援装置2を用いることにより、判定結果の個人差がより生じにくい打音診断を行うことができるよう、打音診断を支援することができる。
【0176】
更に、本実施形態で例示した打音診断支援システム1では、観測信号に対する短時間フーリエ変換で得られる時系列のスペクトルを平滑化して雑音を除去するとともに、有色性駆動源カルマンフィルタを適用した状態空間モデルを用いて雑音を抑圧して観測信号に含まれる打音信号を推定する。このような雑音除去及び雑音抑圧を行うことにより、観測信号から定常的な雑音を効果的に除去、抑圧して推定精度の高い推定打音信号de(n)を短時間で生成することができる。このため、図14を参照して説明したような雑音除去及び雑音抑圧を行って生成した推定打音信号de(n)から特徴量ベクトルm(n)を抽出して健全、変状、及び不明の判定を行うことにより、推定打音信号de(n)の生成、特徴量ベクトルの抽出、及び判定を含む処理(例えば、図18に例示したフローチャートに沿った処理)をリアルタイムで行うことが可能となる。また、本実施形態で例示した打音診断支援システム1では、観測信号に対する雑音除去及び雑音抑圧をする際に、観測信号の取得に用いるマイクロフォン3の周囲における風や交通反響音の状態を反映させることにより、雑音除去及び雑音抑圧により得られる推定打音信号de(n)の推定精度を高くすることができ、特徴量ベクトルm(n)による健全、変状、及び不明の判定結果の精度を高くすることができる。また、推定精度の高い推定打音信号をヘッドフォン4に出力することができるので、作業員11は、推定打音信号と対応する推定精度の高い打音と、打音診断支援装置2による判定結果とを利用した打音診断を行うことができる。また、観測信号から定常的な雑音のみを除去、抑圧して推定打音信号を生成することにより、推定打音信号を再生した音には、例えば、ホイッスルの音やクラクション(ホーン)の音等の注意喚起のための音が含まれる。このため、推定打音信号を再生した音を作業員11が聴き取ることにより、注意喚起のための音を聞き逃すことを防ぎ、診断作業中の危険を回避することができる。
【0177】
しかも、本実施形態の打音診断支援システム1では、第2の分類情報を用いた判定において健全又は変状と判定された特徴量ベクトルm(n)を含む追加の教師データr(n)を作成し、追加の教師データr(n)を利用して第2の分類情報を更新することができる。このため、本実施形態の打音診断支援システム1を利用することにより、機械学習を利用して作成した第2の分類情報における健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲の分類精度を向上させることができる。
【0178】
なお、上述した実施形態で例示した打音診断支援システム1は、本発明の理解を容易にするための具体例に過ぎず、本発明は上述した実施形態に限定されるものではない。打音診断支援システム1における判定用データの作成方法、打音診断支援装置2の構成、打音診断支援装置2を利用したコンクリート構造物10の診断支援方法、及びプログラムは、特許請求の範囲の記載を逸脱しない範囲において、さまざまな変形、変更が可能である。
【0179】
例えば、観測信号から推定打音信号de(n)を生成する方法は、図14に例示したフローチャートに沿った方法に限らず、他の方法であってもよい。また、推定打音信号de(n)から抽出する特徴量ベクトルm(n)は、上述したスペクトルピークp(n)及び周波数f(n)に限らず、適宜変更可能である。特徴量ベクトルm(n)は、例えば、推定打音信号de(n)についてのスペクトルにおけるスペクトルピークp(n)及び周波数f(n)と、該周波数f(n)と関連付けられる他の周波数及びそのスペクトル値を含んでもよい。
【0180】
また、周波数f(n)等の特徴量ベクトルm(n)に含まれる1つの情報(特徴量)に基づいて健全及び変状のどちらであるかを判定することが困難な特徴量ベクトルm(n)の範囲を健全の領域及び変状の領域を含む2つ以上の領域に分類する方法は、上述したサポートベクターマシンに限らず、周知の他の機械学習アルゴリズムで行ってもよい。例えば、図9の二次元平面における周波数範囲F11≦f<F12内は、AdaBoostを利用して健全の範囲及び変状の範囲を含む2つ以上の範囲に分類してもよい。
【0181】
図24は、AdaBoostを利用した場合の健全の範囲と変状の範囲との境界の一例を説明するグラフ図である。図24において、黒丸は健全の特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}についての教師データr(n)={m(n),1}を表し、ひし形は変状の特徴量ベクトルm(n)={p(n),f(n)}についての教師データr(n)={m(n),-1}を表している。
【0182】
AdaBoostでは、複数の弱識別器を用意し、i-1番目(i>2)の弱識別器の学習結果を考慮してi番目の弱識別器での学習を行うことにより得られた複数の学習結果をまとめて強識別器を生成する。このとき、i番目の弱識別器の学習データには、i-1番目の弱識別器の学習結果の正誤に応じた重みが付与されるので、後に学習する弱識別器ほど、誤りの多い学習データに集中して学習することができる。このため、AdaBoostを利用した場合、例えば、図24に示したように、健全の範囲と変状の範囲との境界102を折れ線で表すことが可能となる。したがって、AdaBoostを利用して所定の周波数範囲内を健全の範囲及び変状の範囲を含む2つ以上の範囲に分類すると、サポートベクターマシンを利用した場合に比べて、より詳細に分類することができる。
【0183】
なお、上述したAdaBoostも、周波数f(n)等の特徴量ベクトルm(n)における1つの情報に基づく第1の分類情報において不明とした範囲内を健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲に分類することに利用可能な機械学習アルゴリズムの例示に過ぎない。本実施形態に係る打音診断支援システム1における第2の分類情報は、更に別の機械学習アルゴリズムを利用して作成することも可能である。
【0184】
また、上述した実施形態では、作業員11が聴き取った観測音、観測信号を再生した音、又は推定打音信号を再生した音に基づいて作業員11が行うコンクリート構造物10の健全性を支援するシステム、装置、及び方法を説明した。しかしながら、適切な機械学習により生成された、健全の範囲、変状の範囲、及び不明の範囲の精度が高い分類情報を判定用データとして用いる場合には、特徴量ベクトルの判定結果を、作業員11による診断結果とは独立した診断として、又は作業員11による診断結果の代わりに、コンクリート構造物10の健全性の診断結果として記録、保存してもよい。
【符号の説明】
【0185】
1 打音診断支援システム
2 打音診断支援装置
3 マイクロフォン
4 ヘッドフォン
5 HMD
6 情報処理装置
7 ハンマー
10 コンクリート構造物
11 作業員
12 車両
701 ヘッド
711,712,713,714 打撃面
702,703 柄部
704 結合部
705 グリップ部
210 制御部
211 打音推定部
212 特徴量抽出部
213 判定部
214 出力制御部
215 更新部
220 送受信部
230 入力部
240 表示部
250 記憶部
260 通信部
251 判定用データのセット
21 橋梁上部の判定用データ
2110 第1の分類情報
2120 教師データ
2121 元データ
2122 追加データ
2130 第2の分類情報
22 橋梁下部の判定用データ
23 トンネル上部の判定用データ
24 トンネル側部の判定用データ
252 観測データ
31 電源スイッチ
32 ボリュームスイッチ
33 診断部位設定スイッチ
34 風設定スイッチ
35 判定方法設定スイッチ
36B,36R,36Y 判定ランプ
40 ユーザインタフェース
41 ボリューム設定バー
42 診断部位設定領域
43 風設定領域
44 交通反響音設定領域
45 雑音抑圧度設定バー
46 判定方法設定領域
47 判定結果表示領域
50 コンピュータ
51 プロセッサ
52 主記憶装置
53 補助記憶装置
54 入力装置
55 表示装置
56 入出力インタフェース
57 通信装置
58 媒体駆動装置
59 バス
65 通信ネットワーク
66 可搬型記録媒体
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24