(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-02
(45)【発行日】2024-10-10
(54)【発明の名称】フォトニック結晶素子の製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/27 20060101AFI20241003BHJP
B82Y 20/00 20110101ALI20241003BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20241003BHJP
【FI】
G01N21/27 B
B82Y20/00
B82Y40/00
(21)【出願番号】P 2019206561
(22)【出願日】2019-11-14
【審査請求日】2022-11-07
(31)【優先権主張番号】P 2018213875
(32)【優先日】2018-11-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(73)【特許権者】
【識別番号】000174541
【氏名又は名称】堺化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 達郎
(72)【発明者】
【氏名】森田 考則
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-532087(JP,A)
【文献】特開2011-123238(JP,A)
【文献】特開2007-136822(JP,A)
【文献】特開2014-202574(JP,A)
【文献】特表平05-506938(JP,A)
【文献】特開平10-078406(JP,A)
【文献】Hiroyuki Takeno et al.,Fixation of self-assembled structure induced by vaporization of volatile solvents in polymer solutions containing nanoparticles,Transactions of the Materials Research Society of Japan,2007年09月,Vol.32 No.3,pp.791-794
【文献】櫻井友紀,温度応答性高分子を用いたフォトニック結晶の作製,2017年度精密工学会秋期大会学術講演会講演論文集,2017, pp.901-902
【文献】森井佑輔,表面修飾ZrO2ナノ粒子を用いたナノインプリント製フォトニック結晶の作製とカリウムイオンセンサへの応用、p.80Shoma Aki, Origin of the Optical Response of a Dye-doped Plasticized Poly(vinyl chloride)-based Photonic Crystal Ion Sensor, 2017, Analytical Sciences, Vol.33, pp.1247-1251,化学とマイクロ・ナノシステム学会研究会講演要旨集,2015, Vol.32
【文献】Shoma Aki,Origin of the Optical Response of a Dye-doped Plasticized Poly(vinyl chloride)-based Photonic Crystal Ion Sensor,Analytical Sciences,2017年,Vol.33,pp.1247-1251
【文献】遠藤達郎,ナノインプリントリソグラフィを用いたポリマー製二次元フォトニック結晶の作製と化学センサへの応用,電気学会論文誌E(センサ・マイクロマシン部門誌), 2016, Vol.136 No.4, pp.115-119
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-21/958
JSTPlus/JSTChina/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガス透過能を有する材料により形成され、かつ、各々の直径が可視光の波長よりも小さい複数のピラーが周期的に配列された鋳型を準備するステップと、
塩化ビニルと酢酸ビニルとビニルアルコールとの共重合体が溶解し、かつ、複数の酸化ジルコニウムナノ粒子が均一に分散した液体樹脂を基板上に滴下するステップと、
前記鋳型を前記液体樹脂に転写するとともに、前記鋳型を介して前記液体樹脂の溶媒を蒸発させることによって前記液体樹脂が固体化した樹脂を形成するステップと、
前記樹脂から前記鋳型を除去するステップと含む、フォトニック結晶素子の製造方法。
【請求項2】
前記滴下するステップは、各々がシングルナノメートルのサイズを有する前記複数の酸化ジルコニウムナノ粒子を前記液体樹脂中に分散させるステップを含む、請求項1に記載のフォトニック結晶素子の製造方法。
【請求項3】
前記樹脂を形成するステップは、前記液体樹脂中で前記複数の酸化ジルコニウムナノ粒子を周期的に配列させるステップを含まない、請求項1または2に記載のフォトニック結晶素子の製造方法。
【請求項4】
前記鋳型を準備するステップは、PDMS(polydimethyl siloxane)により前記鋳型を形成するステップを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載のフォトニック結晶素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、フォトニック結晶素子の製造方法に関し、より特定的には、樹脂を含むフォトニック結晶素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、フォトニック結晶を応用したセンサの研究開発が進められている。このセンサでは、DNAや抗体などの被検出物質を含む可能性がある液体試料がフォトニック結晶上に滴下される。そして、液体試料に光が照射され、その反射光が光検出器により検出される。このようにして得られた反射スペクトルを解析することによって、液体試料中の被検出物質を検出することができる。
【0003】
また、特開2005-146042号公報(特許文献1)には、少なくとも1種のシリコン(Si)以外の金属元素とSiとからなる複合金属酸化物ナノ粒子を樹脂に含有させることによって、その樹脂の屈折率等の光学特性を調整可能であることが開示されている(たとえば特許文献1の段落[0012]参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2005-146042号公報
【文献】特開2010-241985号公報
【文献】国際公開第2010/064664号
【文献】国際公開第2016/035689号
【非特許文献】
【0005】
【文献】S. Aki, T. Endo, K. Sueyoshi, H. Hisamoto, Anal. Chem. 2014, 86, 11986-11991
【文献】S. Aki, K. Sueyoshi, H. Hisamoto, T. Endo, Anal. Sci. 2017, 33, 1247-1251.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
フォトニック結晶の基材として樹脂を用いることが検討されている。樹脂を含んで構成されるフォトニック結晶を応用したセンサにおいて前述の検出原理により液体試料中の被検出物質を検出する場合、被検出物質の検出精度は、樹脂の屈折率と液体試料の屈折率との差に依存する。ここでは、この差を「屈折率差」とも記載する。屈折率差が大きいほど検出精度が高くなる。しかし、フォトニック結晶の基材としての使用が検討されている一般的な樹脂(塩化ビニルなど)と液体試料の主成分(典型的には水)との間では、屈折率差が比較的小さい。よって、被検出物質がイオンまたは味物質のような微小な物質であるときには、その検出が難しい。
【0007】
樹脂の屈折率を上昇させると、屈折率差が大きくなり、被検出物質の検出精度が向上する。そこで、高い屈折率を有することで知られる金属酸化物からなるナノ粒子である「金属酸化物ナノ粒子」を樹脂に含有させることが考えられる。しかしながら、金属酸化物ナノ粒子と樹脂とを混合しても、金属酸化物ナノ粒子は樹脂に分散しにくい。そのため、金属酸化物ナノ粒子が均一に分散した樹脂を基材として用いてフォトニック結晶を作製することは困難であった。
【0008】
本開示は上記課題を解決するためになされたものであって、その目的は、金属酸化物ナノ粒子が樹脂中に均一に分散したフォトニック結晶素子を提供することである。また、本開示の他の目的は、液体試料に含まれるイオンを検出可能なイオンセンサを提供することである。本開示のさらに他の目的は、液体試料に含まれる味物質を検出可能な味物質センサを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本開示のある局面に従うフォトニック結晶素子は、各々の直径が可視光の波長よりも小さい複数のホールが周期的に配列された樹脂と、樹脂に分散した複数の酸化ジルコニウムナノ粒子とを備える。樹脂は、塩化ビニルと酢酸ビニルとビニルアルコールとの共重合体を含む。
【0010】
(2)好ましくは、複数の酸化ジルコニウムナノ粒子の各々は、シングルナノメートルのサイズを有する。
【0011】
(3)本開示の他の局面に従うイオンセンサは、液体試料中に含まれるカチオンを検出する。イオンセンサは、液体試料が滴下されるフォトニック結晶を備える。フォトニック結晶は、各々の直径が可視光の波長よりも小さい複数のホールが周期的に配列された樹脂と、樹脂に分散した複数の金属酸化物ナノ粒子とを含む。樹脂は、カチオンを選択的に抽出可能なイオノフォアと、カチオンがイオノフォアに抽出されると脱プロトン化される色素とを含む。フォトニック結晶の反射スペクトルは、可視域にピークを有する。フォトニック結晶の反射スペクトルのピークを含む波長域と、脱プロトン化した状態における色素の吸収スペクトルのピークを含む波長域とは、重複している。
【0012】
(4)好ましくは、複数の金属酸化物ナノ粒子の各々は、酸化ジルコニウムナノ粒子である。樹脂は、塩化ビニルと酢酸ビニルとビニルアルコールとの共重合体を含む。
【0013】
(5)好ましくは、カチオンは、カリウムイオンである。イオノフォアは、バリノマイシンである。色素は、KD-M11である。
【0014】
(6)本開示のさらに他の局面に従うイオン検出システムは、上記イオンセンサを保持可能に構成された保持部材と、液体試料に照射するための可視光を発する光源と、液体試料からの反射光を検出する光検出器と、光検出器により検出された反射光に基づいてカチオンを検出する検出装置とを備える。
【0015】
(7)本開示のさらに他の局面に従う味物質センサは、液体試料に含まれる味物質を検出する。味物質センサは、液体試料が滴下されるフォトニック結晶を備える。フォトニック結晶は、各々の直径が可視光の波長よりも小さい複数のホールが周期的に配列された樹脂と、樹脂に分散した複数の金属酸化物ナノ粒子とを含む。樹脂は、味物質を選択的に吸着する脂質を含む。フォトニック結晶の反射スペクトルは、可視域にピークを有する。
【0016】
(8)味物質は、スクロースである。脂質は、パルミチン酸およびTDAB(1,3,5-Tris(diphenylamino)benzene)である。
【0017】
(9)味物質は、サッカリンナトリウムである。脂質は、TDABである。
(10)本開示のさらに他の局面に従う味物質検出システムは、上記味物質センサを保持可能に構成された保持部材と、液体試料に照射するための可視光を発する光源と、液体試料からの反射光を検出する光検出器と、光検出器により検出された反射光に基づいて味物質を検出する検出装置とを備える。
【0018】
(11)本開示のさらに他の局面に従うフォトニック結晶素子の製造方法は、第1~第5のステップを含む。第1のステップは、ガス透過能を有する材料により形成され、かつ、各々の直径が可視光の波長よりも小さい複数のピラーが周期的に配列された鋳型を準備するステップである。第2のステップは、塩化ビニルと酢酸ビニルとビニルアルコールとの共重合体と、複数の酸化ジルコニウムナノ粒子とを含む液体樹脂を準備するステップである。第3のステップは、基板上に液体樹脂を滴下するステップである。第4のステップは、鋳型を液体樹脂に転写するとともに、鋳型を介して液体樹脂の溶媒を蒸発させることによって液体樹脂が固体化した樹脂を形成するステップである。第5のステップは、樹脂から鋳型を除去するステップである。
【0019】
(12)好ましくは、鋳型を準備するステップ(第1のステップ)は、PDMS(polydimethyl siloxane)により鋳型を形成するステップを含む。
【発明の効果】
【0020】
本開示によれば、金属酸化物ナノ粒子が樹脂中に均一に分散したフォトニック結晶素子を提供できる。また、本開示によれば、液体試料に含まれるイオンを検出可能なイオンセンサを提供できる。さらに、本開示によれば、液体試料に含まれる味物質を検出可能な味物質センサを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本実施の形態に係るイオン検出システムの全体構成を概略的に示す図である。
【
図2】イオンセンサおよび保持部材の構成をより詳細に示す分解斜視図である。
【
図3】イオンセンサを模式的に示す拡大斜視図である。
【
図4】
図3に示すIV-IV線に沿うイオンセンサの断面図である。
【
図5】モールドの走査型電子顕微鏡像を示す図である。
【
図6】モールドの原子間力顕微鏡像を示す図である。
【
図7】モールドに形成されたピラーアレイの断面形状を説明するための図である。
【
図8】フォトニック結晶の走査型電子顕微鏡像を示す図である。
【
図9】フォトニック結晶の原子間力顕微鏡像を示す図である。
【
図10】フォトニック結晶に形成されたホールアレイの断面形状を説明するための図である。
【
図11】フォトニック結晶の反射スペクトルの変化による被検出物質の検出原理を説明するための概念図である。
【
図12】色素の吸収スペクトルの変化によるイオンの検出原理を説明するための概念図である。
【
図13】樹脂と金属酸化物ナノ粒子との組合せを説明するための図である。
【
図15】比較例における色素(NCODE)の構造式を示す図である。
【
図16】本実施の形態における色素(KD-M11)の構造式を示す図である。
【
図17】本実施の形態におけるイオノフォア(バリノマイシン)の構造式を示す図である。
【
図18】第5の混合液を用いて作製されたフォトニック結晶の反射スペクトルを示す図である。
【
図19】NCODEの吸収スペクトルを示す図である。
【
図20】KD-M11の吸収スペクトルを示す図である。
【
図21】比較例1,2および本実施の形態におけるフォトニック結晶の組成を説明するための図である。
【
図22】比較例1に係るイオンセンサの反射スペクトルの測定結果をまとめた図である。
【
図23】比較例2に係るイオンセンサの反射スペクトルの測定結果をまとめた図である。
【
図24】本実施の形態に係るイオンセンサの反射スペクトルの測定結果をまとめた図である。
【
図25】本実施の形態に係るイオンセンサの製造方法を説明するためのフローチャートである。
【
図26】本実施の形態に係るイオンセンサの製造方法の概略工程図である。
【
図27】スクロースを検出するための味物質センサの組成を示す図である。
【
図28】サッカリンナトリウムを検出するための味物質センサの組成を示す図である。
【
図29】味物質と、味物質の検出に用いられる脂質と、本変形例における樹脂の可塑剤との構造式を示す図である。
【
図30】濃度が異なるスクロース溶液を滴下した場合の反射スペクトルの測定結果を示す図である。
【
図31】
図30に示した反射強度とスクロース濃度との間の関係を示す図である。
【
図32】濃度が異なるサッカリンナトリウム溶液を滴下した場合の反射スペクトルの測定結果を示す図である。
【
図33】
図32に示した反射強度とサッカリンナトリウム濃度との間の関係を示す図である。
【
図34】本変形例におけるスクロースに対する検量線の作成結果を示す図である。
【
図35】比較例におけるスクロースに対する検量線の作成結果を示す図である。
【
図36】本変形例におけるサッカリンナトリウムに対する検量線の作成結果を示す図である。
【
図37】比較例におけるサッカリンナトリウムに対する検量線の作成結果を示す図である。
【
図38】スクロース用の味物質センサにサッカリンナトリウム溶液を滴下した場合の測定結果を示す図である。
【
図39】スクロース用の味物質センサにアスパルテーム溶液を滴下した場合の測定結果を示す図である。
【
図40】サッカリンナトリウム用の味物質センサにスクロース溶液を滴下した場合の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本開示の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0023】
本開示およびその実施の形態において、「ナノメートルオーダー」とは、1nmから1,000nm(=1μm)までの範囲を意味する。「シングルナノメートル」とは、1nmから10nmまでの範囲を意味する。
【0024】
本開示およびその実施の形態において、「金属酸化物ナノ粒子」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有する金属酸化物粒子である。金属酸化物粒子の形状は、球形を含むが、これに限定されず、楕円球形、ロッド状等であってもよい。金属酸化物粒子が楕円球形の場合、楕円球の短軸方向および長軸方向の長さの少なくとも一方がナノメートルオーダーであればよい。金属酸化物粒子がロッド状の場合、ロッドの幅および長さの少なくとも一方がナノメートルオーダーであればよい。
【0025】
本開示およびその実施の形態において、「可視光」または「可視域」の光とは、360nm~830nmの少なくとも一部に亘る波長域を有する光を意味し、好ましくは、400nm~700nmの少なくとも一部に亘る波長域を有する光を意味する。「白色光」とは、上記可視域の全部に亘る波長域を有する光を意味する。
【0026】
本開示およびその実施の形態において、「2つのスペクトルのピークを含む波長域が重複している」とは、第1のスペクトルの半値全幅の少なくとも一部と、第2のスペクトルの半値全幅の少なくとも一部とが共通していることを意味する。
【0027】
本開示およびその実施の形態において、「ホール」とは、直径がナノメートルオーダーの微細孔を意味する。ホールの深さは、ナノメートルオーダーであってもよいし、より深くてもよい。ホールの形状は、円柱であってもよいし円錐台(テーパ-形状または逆テーパー形状)であってもよい。また、各ホールは、貫通孔であってもよいし非貫通孔であってもよい。
【0028】
[実施の形態]
<システム構成>
図1は、本実施の形態に係るイオン検出システムの全体構成を概略的に示す図である。以下の説明では、X方向およびY方向は水平方向を表す。X方向とY方向とは互いに直交する。Z方向は鉛直方向を表す。重力の向きはZ方向下方である。また、Z方向上方を「上方」と略し、Z方向下方を「下方」と略す場合がある。
【0029】
図1を参照して、イオン検出システム100は、光源2と、保持部材3と、光検出器4と、制御装置5とを備える。保持部材3上にはイオンセンサ1が載置されている。イオンセンサ1上には、被検出物質であるカチオンを含む可能性がある液体試料SPLが滴下されている。イオンセンサ1の詳細な構成については後述する。
【0030】
光源2は、制御装置5からの指令に応じて、イオンセンサ1上の液体試料SPLに照射するための可視光を発する。光源2から照射される光を「照射光L1」とも記載する。本実施の形態において、光源2からは白色光が発せられる。1つの実施例として、タングステンハロゲンランプを光源2として用いることができる。ただし、光源2の種類はこれに限定されず、たとえばキセノンランプであってもよいし、白色レーザであってもよい。
【0031】
光源2は、Z軸ステージ(図示せず)に固定されている。このZ軸ステージを調整することにより、光源2と保持部材3との間の距離を適宜設定できる。
【0032】
保持部材3は、イオンセンサ1を保持可能に構成されている。保持部材3の詳細な構成については
図2にて説明する。
【0033】
照射光L1が液体試料SPLに照射されると、照射光L1のうちの一部が液体試料SPLにより吸収され、吸収されなかった光のうちの一部がイオンセンサ1により反射される。イオンセンサ1からの光を「反射光L2」とも記載する。反射光L2は、光検出器4により検出される。
【0034】
光検出器4は、反射光L2の波長域(可視域)の光を検出可能な光電変換素子がアレイ状に配列された検出器である。具体的には、光検出器4は、CCD(Charge Coupled Device)イメージセンサまたはCMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)イメージセンサを含む。光検出器4は、制御装置5からの指令に応じて、イオンセンサ1からの反射光L2を検出し、その検出結果を制御装置5に出力する。
【0035】
制御装置5は、CPU(Central Processing Unit)などのプロセッサ51と、ROM(Read Only Memory)およびRAM(Random Access Memory)などのメモリ52と、入出力ポート(図示せず)とを含んで構成されるマイクロコンピュータである。制御装置5は、イオン検出システム100内の各機器(光源2、XY軸ステージ31(
図2参照)、Z軸ステージおよび光検出器4)を制御する。また、制御装置5は、光検出器4による検出結果に基づいて液体試料SPLの反射スペクトルを作成し、その反射スペクトルからカチオンを検出する。すなわち、制御装置5は、本開示に係る「検出装置」に相当する。
【0036】
なお、
図1に示すイオン検出システム100の構成は、本実施の形態におけるイオンの検出原理を説明するための例示に過ぎない。イオン検出システム100の光学系は、光源2からの照射光L1をイオンセンサ1に照射することが可能であり、かつ、イオンセンサ1からの反射光L2を光検出器4に取り込むことが可能であれば、
図1に示す構成に限定されない。たとえば、イオン検出システム100の光学系は、ミラー、ダイクロイックミラー、レンズ、プリズム、光ファイバ等の光学部品(図示せず)をさらに含んで構成されていてもよい。
【0037】
図2は、イオンセンサ1および保持部材3の構成をより詳細に示す分解斜視図である。
図2を参照して、イオンセンサ1は、基板11と、フォトニック結晶12とを含む。保持部材3は、XY軸ステージ31と、シリコンシート32と、樹脂枠33とを含む。
【0038】
基板11は、イオンセンサ1の機械的強度を確保するために設けられ、たとえばガラス基板(スライドガラス)である。あるいは、シリコン基板またはPET(polyethylene terephthalate)フィルムなどを基板11として用いてもよい。基板11の形状は特に限定されないが、本実施の形態では、上面視した場合に長方形となる平面形状(直方体形状)である。
【0039】
フォトニック結晶12は基板11上に形成(配置)されている。フォトニック結晶12の外形は円形に加工されている。フォトニック結晶12の詳細な構造については
図3および
図4にて説明する。
【0040】
XY軸ステージ31には、図示しない調整機構が設けられている。調整機構は、たとえばサーボモータまたは焦準ハンドルなどの駆動機構であり、制御装置5からの指令に応じて、照射光L1の照射位置とXY軸ステージ31との相対的な位置関係を調整する。
【0041】
シリコンシート32は、円形に加工されたフォトニック結晶12が露出するように、円形に開口されている。シリコンシート32は、イオンセンサ1(より詳細には基板11)と樹脂枠33との密着性を高めるために設置される。なお、フォトニック結晶12およびシリコンシート32の開口の形状は円形に限定されるものではない。
【0042】
樹脂枠33は、シリコンシート32と同様に、円形に開口されている。樹脂枠33は、イオンセンサ1と樹脂枠33の間にシリコンシート32を挟み込んだ状態で、ねじ(図示せず)によりXY軸ステージ31上にイオンセンサ1を固定するために設けられている。
【0043】
図3は、イオンセンサ1を模式的に示す拡大斜視図である。
図4は、
図3に示すIV-IV線に沿うイオンセンサ1の断面図である。
図3および
図4を参照して、フォトニック結晶12は、水平方向(XY平面方向)に延在する2次元のフォトニック結晶である。フォトニック結晶12には、周期的に配列された複数のホール(空孔)hが形成されている。また、フォトニック結晶12は、樹脂121と、金属酸化物ナノ粒子122とを含む。
【0044】
フォトニック結晶12の可視域における屈折率は、イオンセンサ1上に滴下される液体試料SPLの主成分(この例では水)の可視域における屈折率よりも高い。なお、以下で説明する屈折率の大小関係および数値は、いずれも可視域におけるものである。
【0045】
<フォトニック結晶の構造>
フォトニック結晶の作製に、リソグラフィーまたは電子ビーム描画などの精密加工技術を用いることも考えられる。しかし、これらの技術には高価な露光装置が必要である。そのため、フォトニック結晶を大量生産するためには、その生産量に応じた台数の露光装置を準備しなければならず、製造コストが増大する可能性がある。本実施の形態では、製造コストを低減するため、ナノインプリントリソグラフィ(NIL:Nanoimprint lithography)技術を用いてフォトニック結晶が製造される。以下では、ナノインプリントリソグラフィを「ナノインプリント」とも略す。ナノインプリントでは、まず、鋳型であるモールドが準備される。
【0046】
図5は、モールドの走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)像を示す図である。
図6は、モールドの原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)像を示す図である。
図5および
図6に示す画像から、モールド6には、複数のピラー7が周期的(詳細には六方最密構造状)に配列された構造であるピラーアレイが形成されていることが確認される。
【0047】
図7は、モールド6に形成されたピラーアレイの断面形状を説明するための図である。
図7Aに示すVIIB-VIIB線、VIIC-VIIC線、および、VIID-VIID線に沿うピラーアレイの断面図が
図7B~
図7Dにそれぞれ示されている。
図7B~
図7Dを参照して、各ピラー7の直径が約210nmであり、各ピラー7の高さが約170nmであることが分かる。
【0048】
図8は、フォトニック結晶12のSEM像を示す図である。
図8Aは倍率10,000倍でのフォトニック結晶12の上面像を示し、
図8Bは倍率50,000倍でのフォトニック結晶12の上面像を示す。
図8Cは、フォトニック結晶12の断面像を示す。
図9は、フォトニック結晶12のAFM像を示す図である。
図8A~
図8Cおよび
図9より、ホールhが形成されるべき箇所のうちの一部が欠損しているものの、全体として、モールド6のピラーアレイに対応するホールアレイが形成されていることが確認される。
【0049】
図10は、フォトニック結晶12に形成されたホールアレイの断面形状を説明するための図である。
図10Aに示すXB-XB線、XC-XC線、および、XD-XD線に沿うホールアレイの断面図が
図10B~
図10Dにそれぞれ示されている。
図10B~
図10Dより、複数のホールhの各々は、フォトニック結晶12の上方から下方に向かって直径が小さくなるテーパー形状を有することが確認される。また、各ホールhの直径が約268nmであり、各ホールhの深さが約140nmであることが分かる。
【0050】
<イオンセンサの検出原理>
フォトニック結晶12(樹脂121)には、被検出物質であるイオン(カチオン)を検出するための構成成分として、イオノフォアと色素とが含まれている(
図12参照)。詳細は後述するが、イオノフォアとは、特定のイオンを認識して抽出することが可能な分子(イオン認識分子)である。色素とは、イオノフォアによりイオンが抽出されたときに、その色(より詳細には吸収する光の波長)が変化する分子である。本実施の形態に係るイオンセンサ1においては、イオノフォアにカチオンが抽出されることによるフォトニック結晶12の反射スペクトルの変化(
図11参照)と、そのときの色素の吸収スペクトルの変化(
図12参照)とを組み合わせることにより、液体試料SPL中のカチオンが光学的に検出される。
【0051】
図11は、フォトニック結晶12の反射スペクトルの変化による被検出物質の検出原理を説明するための概念図である。
図11A~
図11Cには、比較のため、金属酸化物ナノ粒子を含まないフォトニック結晶8が示されている。
図11Dには、本実施の形態に係るフォトニック結晶12が示されている。
【0052】
一般に、異なる屈折率を有する2種類の物質の境界面に光が入射した場合、その入射光の一部はフレネル反射を起こす。屈折率が高い物質から屈折率が低い物質に光が入射するときには光の位相が変化しない自由端反射が起こる。逆に、屈折率が低い物質から屈折率が高い物質に光が入射するときには光の位相が逆位相にずれる固定端反射が起こる。
【0053】
図11Aを参照して、フォトニック結晶8の屈折率は、液体試料SPLの屈折率よりも高い。そのため、液体試料SPLが滴下されたフォトニック結晶8に光を照射すると、照射された光の一部は、液体試料SPLとフォトニック結晶8との境界面で固定端反射を起こす。固定端反射を起こさずにフォトニック結晶8の内部に入り込んだ光の一部は、別の境界面で自由端反射を起こす。このような反射が起こることで、フォトニック結晶8ではブラッグ(Bragg)の条件式を満たす波長において、固定端反射した光と自由端反射した光とが強め合う(薄膜干渉)。ゆえに反射スペクトルを測定すると、特定の波長にピークが生じる。
【0054】
図11Bを参照して、フォトニック結晶12と液体試料SPLとの境界面近傍に被検出物質ANLが存在している状態では、境界面近傍に被検出物質ANLが存在していない状態(
図11A参照)と比べて、境界面近傍(液体試料SPL側)の屈折率が被検出物質ANLの影響により変化する。これにより、ブラッグの条件式を満たすピーク波長が変化(ピークシフト)するとともに、ピーク強度が変化する。したがって、反射スペクトルのピーク変化を監視することにより、被検出物質ANLを検出できる。
【0055】
より詳細には、反射スペクトルのピーク波長は、フォトニック結晶12の屈折率n
phCと、その周囲の屈折率との差に依存する。フォトニック結晶12と液体試料SPLとの境界面近傍に被検出物質ANLが存在していない状態(
図11A参照)では、反射スペクトルのピークは、フォトニック結晶の屈折率n
PhCと、液体試料SPLの主成分(この例では水)の屈折率n
SPLとの違いΔnA(=n
PhC-n
SPL)に応じて定まる。
【0056】
一方、境界面近傍に被検出物質ANLが存在している状態(
図11B参照)においては、反射スペクトルのピークは、フォトニック結晶の屈折率n
PhCと、その周囲の平均屈折率n
aveとの違いΔnB(=n
PhC-n
ave)に応じて定まる。ここで平均屈折率n
aveとは、概念的には、たとえばn
ave=n
SPL×X
SPL+n
ANL×X
ANLと表される。つまり、平均屈折率n
aveは、液体試料SPLの主成分の屈折率n
SPLに、液体試料SPLの主成分が液体試料SPL側の境界面近傍の空間に占める体積の割合X
SPLを乗算した値と、被検出物質の屈折率n
ANLに、被検出物質ANLが上記空間に占める体積の割合X
ANLを乗算した値とを加算することにより算出される。
【0057】
被検出物質ANLが境界面近傍に存在していない状態における屈折率の違いΔnAと、被検出物質ANLが境界面近傍に存在している状態における屈折率の違いΔnBとの差分(=ΔnB-ΔnA)が大きいほど、反射スペクトルのピーク変化が大きくなる。そうすると、被検出物質ANLを高精度に検出することが可能になる。
【0058】
逆に、被検出物質ANLのサイズが小さい場合(
図11C参照)には、被検出物質ANLのサイズが大きい場合(
図11B参照)と比べて、被検出物質ANLが境界面近傍の空間に占める体積の割合X
ANLが低い。被検出物質ANLの割合X
ANLが低くなるに従って、平均屈折率n
aveが低くなるので、屈折率の違いΔnB(=
nPhC-n
ave)が小さくなる。そうすると、屈折率の違いの差分(=ΔnB-ΔnA)が小さくなり、反射スペクトルのピーク変化が小さくなる。このように、被検出物質ANLのサイズが小さいほど、被検出物質ANLが検出しにくくなる。
【0059】
液体試料SPLの主成分である水の屈折率は、約1.3である。フォトニック結晶8の主成分が樹脂121(たとえば塩化ビニル)である場合、その屈折率は約1.5である。したがって、境界面を挟む物質間の屈折率の違いΔnAは、0.2である。このように屈折率の違いΔnAが小さい場合であっても、被検出物質ANLがDNAや抗体などの高分子であるときには、前述の原理に従って被検出物質ANLを検出することが可能である。しかし、被検出物質ANLがイオン(カチオン)であるときには、そのサイズが非常に小さいため、顕著な反射スペクトルのピーク変化が得られない。よって、イオンの検出は難しい。
【0060】
そこで、本実施の形態では
図11Dに示すように、フォトニック結晶12の基材として、樹脂121とともに金属酸化物ナノ粒子122が含まれている。金属酸化物の具体例としては、酸化ジルコニウム(ZrO
2)、酸化チタン(IV)(TiO
2)などが挙げられる。これらの金属酸化物は、2.0よりも高い屈折率を有する。そのため、フォトニック結晶12が金属酸化物ナノ粒子122を含むことにより、フォトニック結晶12と液体試料SPLとの間の屈折率の違いΔnA(=
nPhC-n
SPL)が大きくなる。その結果、屈折率の違いの差分(=ΔnB-ΔnA)が大きくなるので、反射スペクトルのピーク変化が大きくなり、被検出物質ANLがイオンであっても検出することが可能になる。
【0061】
図12は、色素の吸収スペクトルの変化によるイオンの検出原理を説明するための概念図である。
図12に示すように、フォトニック結晶12は、樹脂121および金属酸化物ナノ粒子122に加えて、樹脂121の可塑剤(図示せず)を含む。この可塑剤には、イオノフォア123と、色素124と、アニオン125とが溶解している。
【0062】
イオノフォア123は、脂溶性のイオン認識分子であり、本実施の形態ではバリノマイシンである(
図17参照)。イオノフォア123は、本実施の形態における被検出物質ANLであるカチオンM
+と選択的に結合し、カチオンM
+の透過性を高めることにより、カチオンM
+をフォトニック結晶12中へと抽出する。
【0063】
色素124は、脂溶性カチオン色素であり、本実施の形態ではKD-M11である(
図16参照)。色素124は、液体試料SPL中のプロトン(水素イオン、H
+で示す)によりプロトン化または脱プロトン化される。液体試料SPL中にカチオンM
+が存在する場合、カチオンM
+は、イオノフォア123に抽出される。それとともに、色素124が脱プロトン化され、プロトンH
+が液体試料SPL中に放出される。色素124の脱プロトン化が起こると、色素124がプロトン化している状態と比べて、色素124の吸収スペクトルが変化する。
【0064】
アニオン125は、脂質性アニオンであり、本実施の形態では、テトラキス[3,5-ビス(トリフルオロメチル)フェニル]ほう酸ナトリウム塩二水和物(TFPB:Tetrakis[3,5-bis(trifluoromethyl)phenyl]borate Sodium Salt Dihydrate)である。アニオン125は、色素124のプロトン化/脱プロトン化の際のフォトニック結晶12中の電荷バランスを取るために添加されている。
【0065】
一般に、フォトニック結晶は、樹脂(および、その可塑剤)と金属酸化物ナノ粒子とのうちのいずれか一方のみを基材として作製することも可能である。しかし、樹脂しか用いないと、
図11にて説明した理由により、微小な物質であるイオンを検出することは難しい。一方、金属酸化物ナノ粒子しか用いないと、イオノフォアおよび色素は金属酸化物ナノ粒子には担持されないため、
図12にて説明した検出原理が成立しない。本実施の形態では、樹脂121と金属酸化物ナノ粒子122とを混合させる。これにより、フォトニック結晶12の屈折率を金属酸化物ナノ粒子122により上昇させて微小な物質の検出を可能にするとともに、イオノフォア123および色素124を樹脂121(可塑剤)に溶解させて前述の検出原理を成立させている。
【0066】
図11では、フォトニック結晶12の表面(フォトニック結晶12と液体試料SPLとの境界面よりも液体試料SPL側)における屈折率変化に起因して反射スペクトルのピーク変化が生じると説明した。一方、
図12のようにイオノフォア123をフォトニック結晶12中に含有させることにより、フォトニック結晶12の内部においても屈折率変化が生じることになる。
【0067】
カチオンM
+を含む液体試料SPLがイオンセンサ1上に滴下されている場合に、フォトニック結晶12の屈折率変化に伴う反射スペクトルのピークシフトが起こる波長と、色素124のプロトン化/脱プロトン化に伴う吸収スペクトルのピークシフトが起こる波長とが近接(重複)していれば、イオンセンサ1から得られる反射光L2の強度が大きく変化する。したがって、イオンセンサ1の反射スペクトルを解析することにより、液体試料SPL中のカチオンM
+を検出できる。イオンセンサ1のスペクトル測定結果については
図18以降に詳細に説明する。
【0068】
<樹脂と金属酸化物ナノ粒子との組合せ>
樹脂121と、金属酸化物ナノ粒子122(の分散液)との組合せによっては、金属酸化物ナノ粒子122が樹脂121中に均一に分散しなかったり、樹脂121が溶解しなかったりする可能性がある。そのため、以下に説明するように、フォトニック結晶12の作製に先立ち、樹脂121と金属酸化物ナノ粒子122との組合せを複数準備して両者を混合し、各混合液を評価した。
【0069】
図13は、樹脂121と金属酸化物ナノ粒子122との組合せを説明するための図である。
図13には、6種類の混合液(第1~第6の混合液)の組成として、材料の組合せと、それら材料の重量比とが記載されている。
【0070】
第1の混合液は、酸化ジルコニウム(ZrO2)分散液と、ポリ塩化ビニル(PVC:polyvinyl chloride)と、可塑剤であるニトロフェニルオクチルエーテル(NPOE:2-nitrophenyl octyl ether)とを含む液体である。酸化ジルコニウム分散液には、30wt%の酸化ジルコニウムナノ粒子を含むメチルエチルケトン(MEK:ethyl methyl ketone)分散液(堺化学工業製、SZR-K)を用いた。以下、酸化ジルコニウムナノ粒子を「ZrO2ナノ粒子」とも記載する。各ZrO2ナノ粒子の粒子径は、3~5nmである。これらの材料の重量比は、ZrO2ナノ粒子:PVC:NPOE:MEK=6:4:2:3であった。
【0071】
第2の混合液は、ルチル型酸化チタン(TiO2)分散液と、PVCと、NPOEとを含む液体である。ルチル型酸化チタン分散液には、15wt%のルチル型酸化チタンナノ粒子を含むメタノール分散液(堺化学工業製、SRD-M)を用いた。以下、ルチル型酸化チタンナノ粒子を「TiO2ナノ粒子」とも記載する。各TiO2ナノ粒子の粒子径は、6~8nmである。第2の混合液に含まれる材料の重量比は、TiO2ナノ粒子:PVC:NPOE:メタノール=6:4:2:3であった。
【0072】
第3の混合液は、酸化ジルコニウム分散液と、PVCと、NPOEと、テトラヒドロフラン(THF:tetrahydrofuran)とを含む液体である。第3の混合液に含まれる材料の重量比は、ZrO2ナノ粒子:PVC:NPOE:THF=6:4:2:3であった。
【0073】
第4の混合液は、ルチル型酸化チタン分散液と、PVCと、NPOEと、THFとを含む液体である。第4の混合液に含まれる材料の重量比は、TiO2ナノ粒子:PVC:NPOE:THF=6:4:2:3であった。
【0074】
第5の混合液は、酸化ジルコニウム分散液と、塩化ビニル-酢酸ビニル-ビニルアルコール共重合体(PVC-VAC-VA:poly(vinyl chloride-co-vinyl acetate-co-vinyl alcohol)と、NPOEと、MEKとを含む液体である。PVC-VAC-VAとは、塩化ビニル(VC:vinyl chloride)と酢酸ビニル(VAC:vinyl acetate)とビニルアルコール(VA:vinyl alcohol)との共重合体(シグマ=アルドリッチ製)である。第5の混合液に含まれる材料の重量比は、ZrO2ナノ粒子:PVC-VAC-VA:NPOE:MEK=6:4:2:3であった。
【0075】
第6の混合液は、ルチル型酸化チタン分散液と、PVC-VAC-VAと、NPOEと、メタノールとを含む液体である。第5の混合液に含まれる材料の重量比は、TiO2ナノ粒子:PVC-VAC-VA:NPOE:メタノール=6:4:2:3であった。
【0076】
図14は、
図13に示した各混合液の様子を示す図である。
図14Aおよび
図14Bに示すように、第1および第2の混合液ではPVCが溶解しなかった。つまり、樹脂121と金属酸化物ナノ粒子122の分散液とが十分に混合しなかった。よって、第1および第2の混合液はフォトニック結晶12の作製に適さないことが分かった。
【0077】
第3および第4の混合液は、いずれもTHFを含む。THFは、PVCを溶解可能であることが知られている。第3の混合液では、PVCが溶解したものの、ZrO
2ナノ粒子が凝集した(
図14C参照)。反対に、第4の混合液では、TiO
2粒子は凝集しなかったものの、PVCが十分に溶解しなかった(
図14D参照)。したがって、第3および第4の混合液もフォトニック結晶12の作製に適さないことが分かった。
【0078】
第5および第6の混合液は、PCVに代えて、PVC-VAC-VAを用いたものである。第5の混合液を観察すると、PVC-VAC-VAが十分に溶解しているとともに、ZrO
2ナノ粒子も均一に分散していることが確認された(
図14E参照)。一方、TiO
2ナノ粒子を含む第6の混合液では、PVC-VAC-VAが溶解しなかった(
図14F参照)。
【0079】
以上の評価結果より、第1~第6の混合液のなかでは第5の混合液のみがフォトニック結晶の作製に好適に採用可能であることが分かった。
【0080】
<スペクトル測定結果>
様々な色素を採用する可能性が考えられる。本実施の形態ではKD-M11と呼ばれる色素を採用したが、以下では、NCODEと呼ばれる色素を採用した場合と対比しながら説明する。前述のように、イオノフォア123としては、カリウムイオンに対して高い選択性を有することで知られるバリノマイシンを用いた。
【0081】
図15は、NCODEの構造式を示す図である。
図16は、KD-M11の構造式を示す図である。
図17は、バリノマイシンの構造式を示す図である。
【0082】
図11および
図12にて説明したように、イオンセンサ1の反射スペクトルのピーク変化を顕著なものにするためには、フォトニック結晶12の屈折率変化に伴う反射スペクトルのピーク変化が起こる波長域と、色素124のプロトン化/脱プロトン化に伴う吸収スペクトルのピーク変化が起こる波長域とが近接(重複)していることを要する。
【0083】
図18は、第5の混合液を用いて作製されたフォトニック結晶の反射スペクトルを示す図である。
図18において、横軸は光の波長を表し、縦軸は反射強度を表す。
【0084】
「ZrO2ナノ粒子あり」と付されたスペクトルは、第5の混合液を用いて作製された、ZrO2ナノ粒子を含むフォトニック結晶(ただし、イオノフォア123や色素124は含まないもの)の反射スペクトルの測定結果である。一方、「ZrO2ナノ粒子なし」と付されたスペクトルは、PVCにより作製された、ZrO2ナノ粒子を含まないフォトニック結晶(同様にイオノフォア123や色素124を含まないもの)の反射スペクトルの測定結果である。これらのフォトニック結晶上には液体試料SPLは滴下されていない。
【0085】
ZrO
2ナノ粒子を含まないフォトニック結晶では、明確な反射ピークは観察されなかった。これに対し、ZrO
2ナノ粒子を含むフォトニック結晶においては、640nm付近に位置する反射ピークが確認された。これは、
図11にて説明したように、フォトニック結晶の基材にZrO
2ナノ粒子を含有させることによりフォトニック結晶の屈折率が有意に上昇したためと考えられる。
図18に示す測定結果から、液体試料SPLとして水溶液を用いる場合であっても反射スペクトルの測定が可能になったと言える。
【0086】
図19は、NCODEの吸収スペクトルを示す図である。
図20は、KD-M11の吸収スペクトルを示す図である。
図19および
図20において、横軸は光の波長を表し、左側の縦軸は吸収強度を表す。また、対比のため、ZrO
2ナノ粒子を含むフォトニック結晶の反射スペクトル(
図18参照)が再度示されている(右側の縦軸参照)。
【0087】
図19および
図20を参照して、「プロトン化」と付されたスペクトルは、色素124がプロトン化されている状態における吸収スペクトルの測定結果である。色素124のプロトン化は、たとえば、色素124に10mMの塩化水素(HCl)を導入することにより実現される。「脱プロトン化」と付されたスペクトルは、色素124が脱プロトン化されている状態における吸収スペクトルの測定結果である。色素124の脱プロトン化は、たとえば、色素124に10mMの水酸化カリウム(KOH)を導入することにより実現される。
【0088】
なお、
図12にて説明したように、カチオンM
+を含む液体試料SPLがイオンセンサ1上に滴下された場合には、色素124がプロトン化された状態は、イオノフォア123にカチオンM
+が抽出されていない状態に対応する。色素124が脱プロトン化された状態は、イオノフォア123にカチオンM
+が抽出された状態に対応する。
【0089】
色素124がNCODEである場合、プロトン化されたNCODEの吸収スペクトルのピーク波長は、可視域に位置しない。また、脱プロトン化されたNCODEの吸収スペクトルのピーク波長は、可視域内ではあるものの、その端(430nm付近)に位置する。脱プロトン化されたNCODEの吸収スペクトルのピークと、ZrO2ナノ粒子を含むフォトニック結晶の反射スペクトルのピークとを比較すると、両者はほとんど重複していない。
【0090】
これに対し、色素124がKD-M11である場合には、プロトン化されたKD-M11の吸収スペクトルのピーク波長は、430nm付近に位置する。脱プロトン化されたKD-M11の吸収スペクトルのピーク波長は、610nm付近に位置する。脱プロトン化されたKD-M11の吸収スペクトルのピーク波長(≒610nm)を含む波長域と、ZrO2ナノ粒子を含むフォトニック結晶の反射スペクトルのピーク波長(≒640nm)を含む波長域とは、完全には一致していないものの、十分に重複していることが分かる。
【0091】
本実施の形態に係るイオンセンサ1の特徴を明確にするため、イオンセンサ1の反射スペクトル測定結果と併せて、比較例に係る2種類のイオンセンサの反射スペクトル測定結果を説明する。
【0092】
図21は、3種類のイオンセンサの各々におけるフォトニック結晶12の組成を説明するための図である。
図21を参照して、本実施の形態に係るイオンセンサ1を構成するフォトニック結晶12は、
図12にて説明したように、KD-M11(
図16参照)を色素124として含むとともに、バリノマイシン(
図17参照)をイオノフォア123として含む。これに対し、比較例1に係るイオンセンサを構成するフォトニック結晶は、KD-M11を含むが、イオノフォア123は含まない。一方、比較例2に係るイオンセンサを構成するフォトニック結晶は、バリノマイシンを含むが、KD-M11に代えてNCODE(
図15参照)を色素124として含む。これらの材料の重量比または物質量は、
図21に示す通りである。なお、比較例1,2に係るイオンセンサの上記以外の構成は、本実施の形態に係るイオンセンサ1の構成と同様である。
【0093】
図22は、比較例1に係るイオンセンサの反射スペクトルの測定結果をまとめた図である。
図23は、比較例2に係るイオンセンサの反射スペクトルの測定結果をまとめた図である。
図24は、本実施の形態に係るイオンセンサの反射スペクトルの測定結果をまとめた図である。
【0094】
図22~
図24においては、濃度が6通り(1×10
-5M、1×10
-4M、1×10
-3M、1×10
-2M、1×10
-1M、1M)の塩化カリウム(KCl)溶液を液体試料SPLとして準備した。これら溶液の水素イオン濃度は、いずれもpH6に調製した。
【0095】
図22~
図24における横軸は、溶液の濃度を対数目盛で表わす。縦軸は、規格化された反射強度を表す。縦軸の値は以下のように算出される。濃度が異なる6つの塩化カリウム溶液の反射スペクトルが順に測定され、測定された6つの反射スペクトル毎にピーク強度が求められる。求められた6つのピーク強度をI1~I6と記載し、ピーク強度I1~I6のうちの最大ピーク強度をImaxと記載すると、ピーク強度I1~I6を最大ピーク強度Imaxで除算することにより反射強度が規格化される。
【0096】
まず、
図22を参照して、イオノフォア123を含まない比較例1では、基本的には、液体試料SPL中のカリウムイオン濃度が高くなるに従って反射強度が増加する傾向を示した。
図12にて説明した検出原理によれば、もし、イオノフォア123が存在しなくてもカチオンM
+(カリウムイオン)がフォトニック結晶中に抽出されるのであれば、カチオンM
+の濃度が高いほどカチオンM
+の抽出量も多くなると考えられる。これに伴い、色素124(KD-M11)の脱プロトン化が進み、色素124による吸収強度が増大するため、その分だけ反射強度が減少するはずである。ところが、
図22に示す測定結果では、反射強度の減少は生じていない。このように、比較例1の測定結果から、フォトニック結晶中にイオノフォア123が含まれていないと、カチオンM
+がフォトニック結晶中に抽出されないことが確認されたと言える。
【0097】
なお、
図22に示す測定結果では、カチオンM+の濃度が高いほど、むしろ反射強度が増大している。その要因としては様々考えられるが、ここでの説明は行なわない。
【0098】
次に、
図23を参照して、本実施の形態とは異なる色素124(NCODE)を含む比較例2では、カリウムイオン濃度が高くなるに従って反射強度が若干ながら低下する傾向が確認された。比較例2では、イオノフォア123(バリノマイシン)が含まれているため、カリウムイオン濃度が高いほどカリウムイオンの抽出量も多くなり、NCODEによる吸収強度が増大して反射強度が低くなる。
【0099】
しかし、
図19にて説明したように、脱プロトン化されたNCODEの吸収スペクトルと、ZrO
2ナノ粒子を含むフォトニック結晶の反射スペクトルとの間では、ピーク波長を含む波長域がほとんど重複していない。ゆえに、反射強度の減少量は相対的に小さい。
【0100】
これに対し、
図24を参照して、本実施の形態においては、比較例2と同様に、カリウムイオン濃度が高くなるに従って反射強度が低下する傾向が確認された。この理由は、比較例2にて説明した上記理由と同様である。
【0101】
さらに、本実施の形態においては、色素124として、NCODEではなくKD-M11が含まれている。脱プロトン化されたKD-M11の吸収スペクトルにおけるピーク波長を含む波長域と、ZrO
2ナノ粒子を含むフォトニック結晶の反射スペクトルにおけるピーク波長を含む波長域とは、よく重複している(
図20参照)。したがって、比較例2と比べて、色素124による吸収強度が高くなり、その分だけ反射強度の減少量が大きくなる。
【0102】
本実施の形態では、さらなる対照実験として、塩化ナトリウム(NaCl)溶液を液体試料SPLとして用いた測定も実施した。塩化ナトリウム溶液の濃度およびpHは、前述した塩化カリウム溶液の濃度およびpHと共通である。
図24に示すように、ナトリウムイオン濃度が高くなるに従って反射強度が増加する傾向が得られた。ナトリウムイオンにおける測定結果とカリウムイオンにおける測定結果とを比較すると、本実施の形態に係るイオンセンサ1がカリウムイオンを選択的に検出可能なセンサとして機能していることが裏付けられる。
【0103】
なお、
図24に示す測定結果では、ナトリウムイオン濃度が最も高い1Mにおける反射強度は、ナトリウムイオン濃度が最も低い1×10
-5Mにおける反射強度よりも低い。これは、ナトリウムイオンが相当に高濃度になると、たとえナトリウムイオンであってもイオノフォア123(バリノマイシン)による抽出が起こるためと推測される。
【0104】
<イオンセンサの製造フロー>
図25は、本実施の形態に係るイオンセンサ1の製造方法を説明するためのフローチャートである。
図26は、本実施の形態に係るイオンセンサ1の製造方法の概略工程図である。一般に、ナノインプリントは、熱ナノインプリント、光ナノインプリントおよび室温ナノインプリントに大別されるところ、本実施の形態では、室温ナノインプリントが採用される。室温ナノインプリントでは液滴塗布法とスピン塗布法とが知られているが、本実施の形態では液滴塗布法が採用される。
【0105】
図25および
図26を参照して、ステップ(以下、ステップを「S」と略す)1において、ナノインプリントに使用するためのモールド(鋳型)6を準備する。モールド6の材料には、液状シリコーンゴムであるポリジメチルシロキサン(PDMS:polydimethylsiloxane)が用いられる。
【0106】
モールド6は、具体的には以下の手順により作製できる。まず、電子ビーム描画またはドライエッチングにより、ホールアレイ9を作製する。硬化前のPDMSであるPDMSプレポリマー(東レ・ダウコーニング社製、SILPOT 184)と触媒(東レ・ダウコーニング社製、SILPOT 184 CAT)とを混合して撹拌したものをホールアレイ9を囲む枠(図示せず)に流し込み、所定時間(たとえば1時間)、脱気操作を行なう。その後、PDMSプレポリマーと触媒との混合液をさらに流し込み、十分な厚さになるようにする(
図26A参照)。そして、PDMSプレポリマーと触媒との混合液をホールアレイ9ごと所定条件下で焼成する。一例として、70℃で1時間加熱することでPDMSをある程度硬化させ、ホールアレイ9を離型する(
図26B参照)。その後、150℃でさらに1時間加熱することでPDMSを硬化させる。焼成後のPDMSは、所定サイズ(本実施の形態では直径13mmの円形)に加工される。
【0107】
S2において、樹脂121と、ZrO
2ナノ粒子122と、可塑剤(イオノフォア123、色素124、アニオン125などを含有したもの)とを含む混合液である「第5の混合液」を調製する。第5の混合液の組成については
図13または
図21にて詳細に説明したため、ここでの説明は繰り返さない。
【0108】
S3において、基板11を洗浄する。基板11がカバーガラスである場合には、たとえば、基板11をアセトンに浸漬して所定時間(たとえば20分間)、超音波洗浄を行なう。そして、エタノールで基板11を洗浄し、その後、蒸留水で基板11をさらに洗浄する。これにより、基板11に付着した不純物(有機物など)を除去できる。
【0109】
S4において、S2にて調製された第5の混合液を基板11上に滴下する(
図26C参照)。第5の混合液の滴下量は、極微量(この例では75μL)でよい。
【0110】
S5において、ナノインプリント装置(図示せず)を使用して、S1にて作製されたモールド6を第5の混合液の上方から押し付けることで、モールド6の形状を第5の混合液に転写する(
図26D参照)。PDMSは柔らかい材料であるため、過大な圧力を印加すると、モールド6が破損する可能性が考えられる。よって、できるだけ小さな圧力が印加されるように、ナノインプリント装置(エンジニアリングシステム社製の型番EUN-4200)の加圧範囲の下限の条件を用いることができる。本実施の形態では、モールド6を押し付ける圧力を0.68MPaに設定し、モールド6を押し付ける時間を20分間に設定した。PDMSは、ガス透過能を有する。そのため、モールド6を押し付けている間に第5の混合液の溶媒(ZrO
2ナノ粒子の分散媒であるメチルエチルケトンなど)が蒸発し、第5の混合液が固体化する。
【0111】
S6において、モールド6が除去される(
図26E参照)。これにより、イオンセンサ1が完成し、一連の処理が終了する。
【0112】
以上のように、本実施の形態によれば、樹脂121がPVC-VAC-VAを含むことにより、ZrO2ナノ粒子を樹脂121中に均一に分散させることができる。これにより、ZrO2ナノ粒子が分散した高屈折率のフォトニック結晶12を作製することが可能になる。また、各ZrO2ナノ粒子は、シングルナノメートルオーダー(この例では3~5nm)のサイズを有し、ナノ粒子のなかでも特に小さい。これにより、樹脂121中に含有されていても光散乱が起こりにくく、フォトニック結晶12の白色化を抑制できる。
【0113】
さらに、本実施の形態によれば、色素124としてKD-M11が選択される。ZrO2ナノ粒子を含むフォトニック結晶の反射スペクトルと、KD-M11の吸収スペクトルのピークとは、よく重複する。これにより、反射スペクトルのピーク変化が顕著になり、微小なイオンを検出可能なイオンセンサ1を実現することができる。
【0114】
なお、本実施の形態では、イオンセンサに含有される金属酸化物ナノ粒子の具体例として、酸化ジルコニウムナノ粒子(ZrO2ナノ粒子)を用いる例について説明したが、他のナノ粒子(酸化チタンナノ粒子、チタン酸バリウムナノ粒子など)を用いてもよい。他の金属酸化物ナノ粒子を用いる場合には、そのナノ粒子を分散させることが可能な材料が適宜用いられる。
【0115】
[変形例]
以下の変形例では、イオン(カチオン)に代えて、スクロースまたはサッカリンナトリウムなどの味物質を検出する構成について説明する。味物質センサ1A(
図2および
図3参照)の構成は、イオノフォアに代えて脂質を含む点、および、色素の含有が必須でない点において、実施の形態にて説明したイオンセンサ1の構成と異なる。味物質センサ1Aのそれ以外の構成はイオンセンサ1の構成と同様であるため、詳細な説明は繰り返さない。また、味物質検出システム100A(
図1参照)の構成は、イオンセンサ1に代えて味物質センサ1Aを備える点以外はイオン検出システム100の構成と共通である。
【0116】
図27は、スクロースを検出するための味物質センサ1Aの組成を示す図である。
図28は、サッカリンナトリウムを検出するための味物質センサ1Aの組成を示す図である。
図29は、味物質と、味物質の検出に用いられる脂質と、本変形例における樹脂121の可塑剤との構造式を示す図である。
【0117】
図27~
図29を参照して、スクロースを選択的に吸着させてスクロースのみを認識するための脂質としては、パルミチン酸(PA:Palmitic Acid)およびTDAB(1,3,5-Tris(diphenylamino)benzene)を採用できる。サッカリンナトリウムを選択的に吸着させてサッカリンナトリウムのみを認識するための脂質としてはTDABを採用できる。また、可塑剤としてはフェニルホスホン酸ジオクチル(DOPP:Dioctyl phenylphosphonate)を採用できる。味物質センサ1Aの製造方法は、
図25および
図26にて説明したイオンセンサ1の製造方法と同様である。樹脂121はPVCを含む。前述のように、味物質センサ1Aのフォトニック結晶12には、イオンセンサ1のフォトニック結晶12と異なり、色素であるKDM-11は含まれない。
【0118】
続いて、味物質センサ1Aの光学特性の評価結果について説明する。まず、各々異なる濃度に調製したスクロース溶液およびサッカリンナトリウム溶液を準備した。それら溶液を用いて以下の測定を実施した。味物質センサ1A上に溶液を滴下した。滴下後1分間だけ放置してから溶液を除去し、味物質センサ1Aを乾燥させた。そして、溶液の滴下前後における味物質センサ1Aの反射スペクトルを測定した。さらに、反射スペクトルの変化量(反射ピーク強度の変化量)に基づき、検量線を作成した。
【0119】
図30は、濃度が異なるスクロース溶液を滴下した場合の反射スペクトルの測定結果を示す図である。
図30および後述する
図32において、横軸は光の波長を表し、縦軸は反射強度を表す。
【0120】
スクロース溶液の濃度(スクロース濃度)は、0mM、5mM、10mM、50mM、100mM、500mMまたは1,000mMとした。
図30に示すように、スクロース濃度が増加するに従って反射スペクトルのピーク強度が減少した。これは、味物質センサ1A中の脂質がスクロースを選択的に吸着または抽出することによって、味物質センサ1A内の屈折率が変化したためである。
【0121】
なお、
図30中で「wash」と付された反射スペクトルは、1,000mMの溶液での測定後に味物質センサ1Aの表面を超純水により洗浄し、反射スペクトルを再び測定したものである。この場合の反射スペクトルは、溶液滴下前の反射スペクトル(「bare」を付して示す)と概ね一致していことから、表面洗浄により反射スペクトルが回復することが確認できた。
【0122】
図31は、
図30に示した反射ピーク強度とスクロース濃度との間の関係を示す図である。
図31において、横軸は味物質センサ1Aに滴下されたスクロース濃度を表す。縦軸は反射スペクトルのピーク強度(以下、「反射強度」と略す)を表す。
図31より、反射強度の測定結果が同一直線上にプロットされる、言い換えると、検量線がよい直線性を示すことが分かる。
【0123】
図32は、濃度が異なるサッカリンナトリウム溶液を滴下した場合の反射スペクトルの測定結果を示す図である。
図32を参照して、サッカリンナトリウム溶液の濃度(サッカリンナトリウム濃度)は、0μM、1μM、10μM、100μM、1,000μMまたは10,000μMとした。サッカリンナトリウム溶液においてもスクロース溶液と同様に、サッカリンナトリウム濃度が増加するに従って反射スペクトルのピーク強度が低下した。このメカニズムはスクロース溶液における前述のメカニズムと同様である。
【0124】
なお、
図32中で「wash」と付された反射スペクトルは、10μMの溶液での測定後に味物質センサ1Aの表面を飽和炭酸水素ナトリウム水溶液により洗浄し、反射スペクトルを再測定したものである。サッカリンナトリウムに対しても表面洗浄による反射スペクトルの回復を確認できた。
【0125】
図33は、
図32に示した反射強度とサッカリンナトリウム濃度との間の関係を示す図である。
図33において、横軸は味物質センサ1Aに滴下されたサッカリンナトリウム濃度を表す。縦軸は反射強度を表す。
図33を参照して、サッカリンナトリウム溶液においても検量線が比較的よい直線性を示すことが分かる。
【0126】
図34は、本変形例におけるスクロースに対する検量線の作成結果を示す図である。
図35は、比較例におけるスクロースに対する検量線の作成結果を示す図である。
図34には、同一条件で作製した4つのサンプル(味物質センサ1A)からそれぞれ得られた4本の検量線が示されている。一方、
図35には、PVCに代えてシクロオレフィンポリマー(COP:Cyclo Olefin Polymer)を用い、スクロースのCOPへの物理吸着を検出原理とする味物質センサから得られた2本の検量線が示されている。
【0127】
図34および
図35を参照して、比較例では、検量線の直線性(スクロース濃度に応じた反射強度の変化の直線性)が低く、かつ、スクロース濃度が十分に高くないと反射強度が減少しない。これに対し、本変形例では、スクロース濃度の増加に応じて反射強度が直線的に低下しており、検量線の直線性がよい。また、4つのサンプル間での検量線のばらつきも小さい。
【0128】
図36は、本変形例におけるサッカリンナトリウムに対する検量線の作成結果を示す図である。
図37は、比較例におけるサッカリンナトリウムに対する検量線の作成結果を示す図である。
図36および
図37からも同様に、比較例では適切な検量線が作成できないに対して、本変形例によれば直線性がよく、かつ、ばらつきも小さい検量線を作成可能であることが分かる。
【0129】
以上のように、上記実施の形態にて説明した作製方法に従って作製されるセンサにより検出可能な被検出物質は、イオン(カチオン)に限らず、スクロースまたはサッカリンナトリウムなどの味物質であってもよい。
【0130】
さらに、味物質センサ1Aにより検出可能な味物質がフォトニック結晶12に添加する脂質に選択的であることを確認するため、味物質の種類と脂質の種類との組み合わせをミスマッチさせた測定を実施した。
【0131】
図38は、スクロース用の味物質センサにサッカリンナトリウム溶液を滴下した場合の測定結果を示す図である。
図39は、スクロース用の味物質センサにアスパルテーム溶液を滴下した場合の測定結果を示す図である。
図40は、サッカリンナトリウム用の味物質センサにスクロース溶液を滴下した場合の測定結果を示す図である。
図38~
図40の各図において、(A)には反射スペクトルを示し、(B)には反射強度の濃度依存性を示している。
【0132】
スクロース用の味物質センサにサッカリンナトリウム溶液またはアスパルテーム溶液を滴下した場合、反射スペクトルは全く変化しなかった(
図38および
図39参照)。また、サッカリンナトリウム用の味物質センサにスクロース溶液を滴下した場合、スクロース濃度が高濃度(500mM以上)でない限り反射スペクトルはほとんど変化しなかった。これらの結果から、味物質の種類と脂質の種類との組み合わせが選択的であることが分かる。
【0133】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0134】
1 イオンセンサ、1A 味物質センサ、2 光源、3 保持部材、31 XY軸ステージ、32 シリコンシート、33 樹脂枠、4 光検出器、5 制御装置、51 プロセッサ、52 メモリ、6 モールド、7 ピラー、9 ホールアレイ、11 基板、8,12 フォトニック結晶、121 樹脂、122 金属酸化物ナノ粒子(ZrO2ナノ粒子)、123 イオノフォア、124 色素、125 アニオン、100 イオン検出システム、100A 味物質検出システム。