(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-07
(45)【発行日】2024-10-16
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/525 20100101AFI20241008BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20241008BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20241008BHJP
C01G 53/00 20060101ALI20241008BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/505
H01M4/36 C
C01G53/00 A
(21)【出願番号】P 2020044303
(22)【出願日】2020-03-13
【審査請求日】2022-11-25
(31)【優先権主張番号】P 2019063233
(32)【優先日】2019-03-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【氏名又は名称】辻川 典範
(72)【発明者】
【氏名】松浦 祥之
(72)【発明者】
【氏名】漁師 一臣
【審査官】井原 純
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-127004(JP,A)
【文献】特開2015-216105(JP,A)
【文献】国際公開第2015/129188(WO,A1)
【文献】特開2017-134996(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00-4/62
C01G 53/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I):Li
dNi
1-a-b-cCo
aW
bM
cO
2+α(但し、0≦a≦0.35、0<b≦0.30、0≦c≦0.35、0≦α≦0.15、0.95≦d≦1.15、Mは、Mn、Ca、V、Mg、Mo、Nb、Ti、及びAlからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素)で表される被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなり、炭酸根の含有率が0.3質量%未満である正極活物質の製造方法であって、
一般式(II):Li
dNi
1-a-cCo
aM
cO
2(但し、0≦a≦0.35、0≦c≦0.35、0.95≦d≦1.15、Mは、Mn、Ca、V、Mg、W、Mo、Nb、Ti、及びAlからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素)で表される湿潤状態の母材粉末と、タングステン含有化合物粉末とを、前記タングステン含有化合物粉末中のタングステンのモル量に対する前記母材粉末中に存在する余剰リチウム由来のリチウムのモル量の比であるリチウム/タングステン比が2以上4以下となるように配合して50℃以下で混合する混合工程と、
得られた混合物を100℃以上250℃以下の真空雰囲気において熱処理し、前記母材粉末の各粒子表面にLi
4WO
5を含むリチウムタングステン化合物からなる被覆層を形成させる熱処理工程とを有することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項2】
前記タングステン含有化合物が、酸化タングステン、タングステン酸、タングステン酸アンモニウム、タングステン酸ナトリウム、及びタングステン酸リチウムからなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする、請求項
1に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、スマートフォン、タブレット端末、デジタルカメラ、ノート型パソコンなどの携帯電子機器が普及するに伴い、エネルギー密度が高く、小型軽量化が可能なリチウムイオン二次電池の需要が高まっている。また、地球環境保護の観点から、二酸化炭素の排出量が少ないハイブリット自動車、プラグインハイブリッド自動車、電気自動車などのいわゆる環境自動車が注目されており、それらの駆動用あるいは補機用のバッテリーとして、出力特性及び充放電サイクル特性に優れた高出力のリチウムイオン二次電池の需要が高まっている。
【0003】
上記の特徴を有するリチウムイオン二次電池は、正極、負極、セパレータ及び電解液から主に構成され、これらのうち、正極及び負極の活物質では、充放電に伴いリチウムの脱離及び挿入が生じる。かかるリチウムの離脱・挿入が可能な活物質には、様々な種類の材料が提案されており、中でも、層状又はスピネル型のリチウム金属複合酸化物は、正極材料に用いることで4V級の高い電圧が得られるため、リチウムイオン二次電池の正極活物質として既に実用化されている。
【0004】
これまでに提案されている主なリチウム金属複合酸化物としては、合成が比較的容易なリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO2)、コバルトよりも安価なニッケルを用いたリチウムニッケル複合酸化物(LiNiO2)、マンガンを用いたリチウムマンガン複合酸化物(LiMn2O4)、ニッケル及びマンガンを両方用いたリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物(LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2)などを挙げることができる。これらのうち、ニッケルを含んだリチウムニッケル複合酸化物やリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物、ニッケルの一部をコバルトやアルミニウムで置換したリチウムニッケルコバルトアルミニウム複合酸化物などのリチウムニッケル系複合酸化物は、高容量が得られるうえ電池のサイクル特性にも優れた素材として特に注目されており、更なる高出力化及び低抵抗化を目指して現在も研究が続けられている。
【0005】
ところで、粉粒体の形態を有する上記のリチウム金属複合酸化物においては、電池特性を向上させるため、その粒子表面を被覆することが行われている。例えば特許文献1には、リチウムニッケル系複合酸化物粉末と、リチウムを含まないタングステン化合物粉末とを混合して熱処理を施すことで、各リチウムニッケル複合酸化物粒子の表面部に含まれる水酸化リチウムにタングステン化合物を反応させて、タングステンを含有する被覆層を形成する技術が開示されている。
【0006】
これにより、リチウムイオンの移動が促進されるので反応抵抗が低減し、出力特性が向上すると記載されている。また、リチウム二次電池正極材料用のリチウム遷移金属系化合物粉体を容易且つ高い生産性で製造することができるので、工業的規模での製造が可能になると記載されている。なお、特許文献1には、リチウムニッケル複合酸化物粒子の表面に被覆させる化合物として、Li2WO4とLi4WO5の2種類のタングステン化合物が挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、リチウムイオン二次電池においては、環境自動車の車載用などに用途が広がるに従い、更なる高出力化及び低抵抗化などの電池性能の向上を目指して正極活物質を含んだ正極材料の特性をより一層向上させることが求められている。しかしながら、上記特許文献1に開示されているような従来の被覆されたリチウムニッケル複合酸化物粒子及びその製造方法では、タングステンを含有する被覆層が、リチウムニッケル複合酸化物からなる母材粒子の表面にばらついた厚さで形成されたり、正極合材ペースト製造工程などにおいて容易に剥がれたりするため、均一な導電性の確保が難しいという問題点を抱えていた。
【0009】
本発明は、上記したような従来の被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子が抱える問題点に鑑みてなされたものであり、被覆層を有するリチウム金属複合酸化物粒子において、その母材としての該リチウム金属複合酸化物粒子の表面に対する被覆層の密着性に優れ、よって均一な導電性が確保できると共に、高出力化及び低抵抗化への対応が可能なリチウムイオン二次電池用正極活物質及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するため、リチウムイオン二次電池用正極活物質として用いられているリチウム金属複合酸化物の粉粒体特性、及び正極抵抗等の電池特性に対する該粉粒体特性の影響について鋭意研究を重ねた結果、被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなる粉末状の正極活物質を透明容器に装入して所定時間振とうさせた後、内容物を排出して該透明容器の吸光度を測定することで母材粒子の表面への被覆層の密着性(剥がれ難さ)を良好に評価でき、よって正極抵抗等の電池性能に優れた正極活物質を安価且つ安定的に提供できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
また、本発明に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は、一般式(I):LidNi1-a-b-cCoaWbMcO2+α(但し、0≦a≦0.35、0<b≦0.30、0≦c≦0.35、0≦α≦0.15、0.95≦d≦1.15、Mは、Mn、Ca、V、Mg、Mo、Nb、Ti、及びAlからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素)で表される被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなり、炭酸根の含有率が0.3質量%未満である正極活物質の製造方法であって、一般式(II):LidNi1-a-cCoaMcO2(但し、0≦a≦0.35、0≦c≦0.35、0.95≦d≦1.15、Mは、Mn、Ca、V、Mg、W、Mo、Nb、Ti、及びAlからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素)で表される湿潤状態の母材粉末と、タングステン含有化合物粉末とを、前記タングステン含有化合物粉末中のタングステンのモル量に対する前記母材粉末中に存在する余剰リチウム由来のリチウムのモル量の比であるリチウム/タングステン比が2以上4以下となるように配合して50℃以下で混合する混合工程と、得られた混合物を100℃以上250℃以下の真空雰囲気において熱処理し、前記母材粉末の各粒子表面にLi
4
WO
5
を含むリチウムタングステン化合物からなる被覆層を形成させる熱処理工程とを有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、リチウム金属複合酸化物からなる母材粉末の各粒子表面に密着性に優れた被覆層が形成されたリチウムイオン二次電池用正極活物質を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施形態の正極活物質の密着性(剥がれ難さ)の評価に使用する透明容器の模式的斜視図であり、その中心軸方向の往復運動Aと該中心軸を回転軸とする回転運動Bとによる振とうが示されている。
【
図2】本発明の実施例の正極活物質を評価するために作製したコイン型電池の斜視図及び縦断面図である。
【
図3】電池のインピーダンス評価に関する測定例と、解析に用いた等価回路の概略説明図である。
【
図4】実施例1で作製した正極活物質の断面のSEM画像である。
【
図5】
図4の正極活物質の被覆層部分のSTEMのHAADF像である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質及びその製造方法の実施形態について、下記1.~4.の順に詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の変更例や代替例を含むことができる。
1.リチウムイオン二次電池用正極活物質
2.リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法
3.リチウムイオン二次電池
4.1~3に関する評価
【0016】
1.リチウムイオン二次電池用正極活物質
本発明の実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質は、一般式(I):LidNi1-a-b-cCoaWbMcO2+α(但し、0≦a≦0.35、0<b≦0.30、0≦c≦0.35、0≦α≦0.15、0.95≦d≦1.15、Mは、Mn、Ca、V、Mg、Mo、Nb、Ti、及びAlからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素)で表される被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなり、該被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子は、一次粒子若しくは該一次粒子が凝集した二次粒子又はこれら一次粒子と二次粒子が混在したもので構成される。そして、この被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子の10gを容量10mlのガラス製の円筒型透明容器に装入して上部開口部に蓋をし、0.5時間振とうさせた後、該蓋を外して該上部開口部を真下にして内容物を自然落下により排出した後の該透明容器の吸光度が0.7以下である。
【0017】
本発明の実施形態のリチウムイオン二次電池用正極活物質では、正極活物質のロットからサンプリングした被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子の評価対象試料を、上記のように透明容器に装入して所定の条件で振とうした後、該透明容器内の内容物を排出して該透明容器の吸光度を測定する。そして、予め様々な条件で作製した正極活物質の試料群の各々に対して上記と同じ条件で振とう及び吸光度測定を行うことで求めておいた吸光度と、該試料群の各々を用いて作製したリチウムイオン二次電池の電池特性との相関関係から定めた所望の電池特性を得るために必要な吸光度の閾値に基づいて、上記評価対象試料を評価する。
【0018】
これにより、リチウム金属複合酸化物からなる母材粉末の各粒子表面への被覆層の密着性に優れた正極活物質を提供することができる。すなわち、上記のようにして求めた閾値以下として評価された被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなる正極活物質を用いた正極材料は、均一な導電性が確保できると共に、所望の高出力化及び低抵抗化の効果を奏することが可能になる。
【0019】
上記のリチウムイオン二次電池用正極活物質であるリチウム金属複合酸化物としては、一般式(II):LidNi1-a-cCoaMcO2(但し、0≦a≦0.35、0≦c≦0.35、0.95≦d≦1.15、Mは、Mn、Ca、V、Mg、W、Mo、Nb、Ti、及びAlからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素)で表される一次粒子若しくは該一次粒子が凝集した二次粒子又はこれら一次粒子と二次粒子が混在したものからなる母材粉末を用いる。そして、該母材粉末の各粒子表面を被覆する被覆層は、リチウムタングステン化合物からなるのが好ましい。
【0020】
上記のリチウムタングステン化合物からなる被覆層は、Li4WO5を含むのが好ましい。Li4WO5は、そのリチウムイオン伝導性が他のリチウムタングステン化合物よりも高いため、母材粉末の各粒子表面を被覆する被覆層にLi4WO5が含まれていると、得られるリチウムイオン二次電池用正極活物質の抵抗低減効果をより一層高めることができるからである。
【0021】
2.リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法
本発明に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質は、以下に示すように、混合工程及び熱処理工程の2工程をこの記載順に実施することで製造することができる。これらの2工程を経ることにより、母材粉末の各粒子表面への被覆層の密着性が向上するので、作製される正極活物質は、ばらつきの少ない均一な導電性が確保されるうえ、この正極活物質を用いて作製したリチウムイオン二次電池は、高出力化及び低抵抗化が可能になる。
【0022】
(1)混合工程
先ず、混合工程では、一般式(II):LidNi1-a-cCoaMcO2(但し、0≦a≦0.35、0≦c≦0.35、0.95≦d≦1.15、Mは、Mn、Ca、V、Mg、W、Mo、Nb、Ti、及びAlからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素)で表される一次粒子若しくは該一次粒子が凝集した二次粒子、又はこれら一次粒子及び二次粒子が混在したものからなる母材粉末の含水物を用意する。また、被覆層用の材料として、タングステン含有化合物粉末を用意する。そして、これら母材粉末とタングステン含有化合物粉末を50℃以下で混合する。この混合の際、上記母材粉末中に存在する余剰リチウム由来のリチウムと、タングステン含有化合物粉末中のタングステンとのモル比である「リチウム/タングステン比」が2~4となるように配合割合を調整する。
【0023】
上記の余剰リチウムは、一般的には母材粉末の各粒子表面部に水酸化リチウムや炭酸リチウムとして存在している。このように、粒子表面部に余剰リチウムを有するリチウム金属複合酸化物粉末は、公知の製造法により製造することで得られる。例えば、上記母材粉末を構成する金属元素を含む金属塩溶液を晶析することでニッケル複合水酸化物を生成した後、該ニッケル複合水酸化物を酸化焙焼して得られるニッケル複合酸化物と、リチウム原料としての水酸化リチウムや炭酸リチウムなどのリチウム化合物とを混合して得た混合物を焼成することで作製することができる。あるいは、上記の一般式(II)で表される一次粒子及び/又は該一次粒子が凝集した二次粒子からなり、その粒子表面部に水酸化リチウムや炭酸リチウムからなる余剰リチウムが存在するものであれば市販の母材粉末を用いてもよい。
【0024】
一方、被覆層の原料となる粉末状のタングステン含有化合物としては、酸化タングステン、タングステン酸、タングステン酸アンモニウム、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸リチウムなどの水溶性のタングステン化合物を用いるのが好ましく、特に、不純物混入の可能性が低い三酸化タングステン(WO3)又は一水和物のタングステン酸(WO3・H2O)を用いるのがより好ましい。
【0025】
上記タングステン含有化合物粉末を上記の母材粉末に添加する際は、母材粉末に水を添加して湿潤状態にしてから該タングステン含有化合物を添加して混合するのが好ましい。この方法により、タングステン含有化合物が湿潤状態の母材粉末に含まれる水に溶解し、該母材粉末の各粒子表面にタングステンを効率良く分散させることができる。また、この混合工程は、50℃を超える温度で行うと、後工程の熱処理工程において余剰リチウム由来のリチウムとタングステン含有化合物との反応を促進させるために必要な水分量が得られないことがあるため、50℃以下の温度で行うことがより好ましい。
【0026】
上記の母材粉末とタングステン含有化合物粉末との配合割合としては、タングステン含有化合物粉末中のタングステンのモル量Wに対する、当該母材粉末に存在する余剰リチウム由来のリチウムのモル量Liの比である「リチウム/タングステン比(Li/W)」が2以上4以下となるように配合する。これにより、母材粉末からの過剰なリチウムの損失を抑制できると共に、リチウムイオンが移動する現象であるインターカーレーションやディインターカーレーションを促す効果が高いタングステン酸リチウムなどのリチウムタングステン化合物からなる被覆層を容易に作成することができる。また、本発明の実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質は、前述したように一般式(I)で表される被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなり、この一般式(I)において、Ni、Co、W及びMの合計1モルに対するWの物質量(モル数)を示す組成比bが、0<b≦0.30であるのが好ましく、0.0001≦b≦0.30であるのがより好ましく、0.00075≦b≦0.30であるのが最も好ましい。そのため、上記タングステン含有化合物粉末は、上記の組成比の範囲内となるように添加量が調整される。
【0027】
なお、本発明の実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法においては、製造後に得られる正極活物質の品質を高めるため、上記混合工程の前に、母材粉末を水洗処理し、硫酸イオンや塩素イオンなどの不純物を予め除去しておくことが好ましい。この水洗処理の具体的な方法には特に限定はなく、例えば、母材粉末に所定の割合の水を加えて撹拌した後、フィルタープレスなどの固液分離装置を用いて固液分離する方法などの公知の洗浄技術及び洗浄条件を採用することができる。但し、過度に洗浄すると母材粉末から過剰にリチウムが溶出して電池特性が低下するおそれがあるのでこの点について留意するのが好ましい。
【0028】
上記のように母材粉末を水洗処理後に固液分離したり、単に母材粉末に水を添加したりすることで得られる湿潤状態の母材粉末と、タングステン含有化合物粉末との混合には一般的な混合機を用いることができる。例えば、シェーカーミキサー、レーディゲミキサー、ジュリアミキサー、Vブレンダーなどを用いるのが好ましい。その際、母材粉末を構成する各粒子の形骸が破壊されない程度の条件で十分に混合するのが好ましい。
【0029】
(2)熱処理工程
次に熱処理工程において、上記の混合工程で得た母材粉末とタングステン含有化合物とからなる混合物を熱処理する。これにより、一般式(I):LidNi1-a-b-cCoaWbMcO2+α(但し、0≦a≦0.35、0<b≦0.30、0≦c≦0.35、0≦α≦0.15、0.95≦d≦1.15、Mは、Mn、Ca、V、Mg、Mo、Nb、Ti、及びAlからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素)で表される被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなる正極活物質を生成することができる。
【0030】
この熱処理工程の際、上記混合物の水分が蒸発すると共に、母材粉末の各粒子表面部に存在する余剰リチウム由来のリチウムと、タングステン含有化合物より供給されるタングステンとが、母材粉末の各粒子表面への密着性が良好なリチウムタングステン化合物からなる被覆層を形成する。これにより、均一な導電性を確保することができ、かつ、高出力化及び低抵抗化に対応させることが可能なリチウムイオン二次電池用正極活物質が得られる。
【0031】
この熱処理工程の際の雰囲気温度は、母材粉末の各粒子表面に密着性が高い被覆層を形成させるため、雰囲気温度100~250℃で熱処理することが好ましい。この雰囲気温度が100℃未満の場合、水分の蒸発速度が遅く、被覆層が十分に形成されない場合がある。逆に、この雰囲気温度が250℃を超えると、水分の蒸発速度が速すぎて、被覆層の厚さや密着性(剥がれ難さ)にばらつきを生じる場合がある。なお、上記混合工程で混合する前の湿潤状態の母材粉末の水分が1質量%以上である場合、該母材粉末からのリチウムの損失を抑制するため、150℃を超えない雰囲気温度で熱処理することがより好ましい。
【0032】
また、この熱処理工程は、二酸化炭素による被覆層の炭酸化を抑えるため、脱炭酸ガス雰囲気や真空雰囲気等の炭酸ガスをほとんど含まない雰囲気で熱処理を行うことが好ましく、真空雰囲気で熱処理を行うことがより好ましい。その理由は、大気雰囲気では被覆層が空気中の二酸化炭素と反応して炭酸化して炭酸リチウム、炭酸ナトリウム等の炭酸塩が生成され、被覆層の強度及び密着性(剥がれ難さ)を低下させる原因になるおそれがあるからである。この熱処理工程の熱処理時間は、被覆層が形成される母材粉末の水分が十分に蒸発されるようにするため、該熱処理工程の雰囲気温度の温度プロフィールにおける最高到達温度が少なくとも0.5時間維持されることが好ましい。
【0033】
3.リチウムイオン二次電池
本発明の実施形態に係る正極活物質が用いられるリチウムイオン二次電池には特に限定はなく、公知のリチウムイオン二次電池に好適に用いることができる。例えば、正極、負極、セパレータ、及び非水系電解液を備えた非水系電解質二次電池の正極材料に用いてもよいし、正極、負極、及び固体電解質を備えた全固体電池の正極材料に用いてもよい。
【0034】
4.1~3に関する評価
(1)組成
上記の被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなる正極活物質の組成又は被覆前の母材粉末の組成は、サンプリングした試料1gを塩酸、硝酸、王水などの無機酸で加熱分解し、得られた分析検体液を必要に応じて純水で希釈した後、例えば、マルチ型ICP発光分光分析装置であるICPE-9000(株式会社島津製作所製)を用いて測定することにより定量分析することができる。上記の被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子のうち、被覆層の組成については、被覆層となるリチウムタングステン化合物が水に易溶であるのに対して母材の粒子は水にほとんど不溶であるので、この性質を利用して定量分析することができる。具体的には、サンプリングした試料5gを純水100mlに添加して撹拌し、これにより該試料に含まれる被覆層のみを純水に溶解させる。この溶解後に得られるスラリーを濾過して固形分を除去することで得られる分析検体液に対して、必要に応じて純水で希釈した後、上記と同様にICP発光分光分析装置で測定することで定量分析することができる。
【0035】
(2)余剰リチウム(水酸化リチウム及び炭酸リチウム)
余剰リチウムは、リチウム金属複合酸化物からなる母材粉末の表面部に存在するので、中和滴定法(R.B.Warder法による逐次滴定)により定量分析することができる。すなわち、サンプリングした試料の表面部に存在する余剰リチウムとしての水酸化リチウム及び炭酸リチウムは、水に溶解してそれぞれ水酸化物イオン及び炭酸イオンの形態でリチウムイオンから電離する。よって、電離したこれらの陰イオンを無機酸などで滴定することにより、水酸化リチウム及び炭酸リチウムを分別定量することができる。
【0036】
上記の滴定において、第1終点(pH:約8.3)は、水酸化リチウムの全量と炭酸リチウムの半量が反応したときのpH変化であり、第2終点(pH:約3.8)は、炭酸リチウムの残る半量が反応したときのpH変化である。pH変化が生じるpH変曲点(終点)は、フェノールフタレイン、メチルオレンジなどの指示薬の変色を目視判定する方法により確認することができるほか、pH複合電極による電位差の変化を、自動滴定装置を用いて自動的に読み取ることによっても確認することができる。
【0037】
例えば、試料2~20gに純水120mLを加えて調製した液を攪拌しながら、自動滴定装置であるCOMTITE-1750(平沼産業株式会社製)を用いて、1mol/Lの塩酸で電位差滴定することにより、出現する2つのpH変曲点(終点)がpH複合電極で自動的に読み取られる。これにより、試料中の水酸化リチウム及び炭酸リチウムの含有量を求めることができ、これらの含有量の値から、前述した混合工程におけるリチウムのモル量をタングステンのモル量で除した値である「リチウム/タングステン比」の算出のベースになる母材粉末中に存在する余剰リチウム由来の全てのリチウムの含有量を求めることができる。
【0038】
(3)密着性(剥がれ難さ)
本発明の実施形態の被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなる正極活物質は、その母材粉末の各粒子表面への被覆層の密着性(すなわち、剥がれ難さ)に優れているため、この被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子の試料を透明容器に装入して所定の条件で振とうさせた後、内容物を排出した後の透明容器の吸光度を予め定めた閾値以下に抑えることができる。すなわち、密着性が低ければ被覆層を構成する微粒子が上記振とうにより容易に剥離し、この剥離した微粒子は一部が透明容器の内壁に付着して該透明容器の壁部の透明度を顕著に低下させるため、吸光度が高くなる。逆に、透明容器の壁部の透明度が高くて吸光度が低ければ、母材粉末の各粒子表面への被覆層の密着性(剥がれ難さ)がより優れていると評価できる。このように、吸光度を指標として被覆層の密着性を評価することができる。
【0039】
具体的に説明すると、サンプリングした試料10gを石英ガラス製の円筒型透明容器(内径1cm、長さ12cm、容量12mL)に採取し、上部開口部に蓋をした後、シェーカーミキサーであるTURBULA-Type-T2C(ウィリー・エ・バッコーフェン社製)に装着する。そして、
図1に示すように、透明容器1の中心軸O方向の往復運動A(距離220cm、速度154cm/秒)と、該中心軸を回転軸とする一方向の回転運動B(速度250°/秒)とを同時並行的に0.5時間に亘って継続することで、該透明容器をその内容物である試料と共に振とうする。
【0040】
上記の0.5時間の振とう完了後、上記透明容器の蓋を外して上部開口部を真下にして自然落下により内容物を排出する。この空になった透明容器に対して、分光色差計であるSE6000(日本電色工業株式会社製)を用いて波長範囲380~780nmにおける吸収スペクトルをスキャンする。これにより得た最適波長(最大吸収ピーク波長)の吸光度ABS(ABS=-logT、T:透過率(I/I0))を測定し、その閾値が0.7以下であれば、密着性(剥がれ難さ)に優れていると評価することができる。なお、上記I0は入射光の強さであり、上記Iは透過光の強さである。
【0041】
(4)化合物同定
上記の被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子のうちの被覆層を構成する化合物の同定は、X線回折装置(XRD)であるX’PertPRO(スペクトリス株式会社製)を用いて行うことができる。具体的には、試料ホルダに採取した試料に対して、線源としてCuKα線を使用し、測定速さが2°/min、管電圧が45kV、管電流が40mA、測定範囲が2θ=10~80°の条件で測定する。そして、ICDD(International Centre for Diffraction Data)におけるPDF(Powder Diffraction File)データベースを用いて、化合物の標準回折パターンと試料の回折パターンを照合することにより同定することができる。
【0042】
(5)平均粒径MV、粒度分布及び被覆層平均厚さ
上記の被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなる正極活物質や被覆前の母材粉末は、粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径MV〕が、1.0以下であることが好ましい。これにより、正極活物質の充填性及び電池容積当たりの電池容量を高め、正極活物質を構成している二次粒子間における印加電圧を均一化させ、当該二次粒子間での負荷を均一化させてサイクル特性を高めることができる。
【0043】
上記の粒度分布の広がりを示す指標〔(d90-d10)/平均粒径MV〕において、d10は測定対象となる粉粒体の各粒径の粒子数を粒径の小さい側から累積し、その累積体積が全粒子の合計体積の10%となる粒径を意味する。一方、d90はd10と同様に、測定対象となる粉粒体の粒子数を累積し、その累積体積が全粒子の合計体積の90%となる粒径を意味する。また、平均粒径MVは平均体積粒径である。なお、本発明の実施形態のリチウムイオン二次電池用正極活物質おいては、被覆前のリチウム金属複合酸化物からなる母材粉末は平均粒径MVが3~20μm程度であるのが好ましい。
【0044】
上記のd10、d90、及び平均粒径MV、並びにこれらから求まる粒度分布の指標である〔(d90-d10)/平均粒子径MV〕は、例えば、レーザー回折・散乱方式の粒度分布測定装置であるマイクロトラックMT3300EXII(マイクロトラック・ベル株式会社製)を用いて測定された体積基準分布により求めることができる。なお、上記の粒度分布の指標には、d10及びd90と同様に、累積体積が全粒子体積の50%となるメジアン径d50を平均粒径MVの代わりに用いてもよい。
【0045】
また、上記の被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなる正極活物質は、リチウムタングステン化合物からなる被覆層の平均厚さが0.001~0.2μmであるのが好ましい。この被覆層の平均厚さは、日本電子株式会社製の断面試料調製装置であるクロスセクションポリシャ(IB-19530CP)で作製した、樹脂に埋め込んだ被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子群の断面の撮像画面内のうち、任意に選んだ10個の粒子の各々に対して、その中心部で直交する2本の直線が交差する被覆層の4か所の厚みを、走査型透過電子顕微鏡STEM(日立ハイテクノロジーズ株式会社製、HD―2300A)を用いて測定し、得られた合計40か所の被覆層の厚みを相加平均することで求めたものである。
【0046】
(6)タップ密度
上記の被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなる正極活物質や被覆前の母材粉末のタップ密度は、1.0~3.0g/cm3であることが好ましい。これにより、リチウムイオン二次電池の電極を作製した際の空隙を減少させることができるうえ、電解液や固体電解質に対する正極活物質の接触面積を増大させることができるので、電池性能を高めることができる。
【0047】
このタップ密度は下記の方法で測定することができる。すなわち、サンプリングした試料12gを容量20mlのメスシリンダーに採取し、当該メスシリンダーを振とう比重測定器であるKRS-409(株式会社蔵持科学器械製作所製)に装着した後、当該メスシリンダーを、高さ2cmの位置から自由落下させる操作を500回繰り返す。これにより、密に充填した状態の粉末の密度であるタップ密度を求めることができる。
【0048】
(7)比表面積
上記の被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなる正極活物質や被覆前の母材粉末の比表面積は、0.15~7.0m2/gであることが好ましい。なお、被覆前で且つ水洗後の母材粉末は、上記比表面積が0.5m2/g以上であることが好ましい。これにより、上記の所望のタップ密度を有する場合と同様に、電解液や固体電解質に対する正極活物質の接触面積を十分に確保することができる。この比表面積が0.15m2/g未満では、上記接触面積が少なくなり過ぎ、十分な充放電容量を得られないことがある。逆に、この比表面積が7.0m2/gを超えると、上記接触面積が過多になり、表面活性が高くなり過ぎる恐れがある。
【0049】
上記の比表面積は、BET多点法やBET1点法による窒素ガス吸着・脱離法により測定することができる。例えば、サンプリングした試料1gをU字型BETガラスセルに採取し、当該U字型BETガラスセルを比表面積測定装置であるマックソーブ1200シリーズ(株式会社マウンテック製)に装着した後、BET1点法による窒素ガス吸着・脱離法で測定することにより比表面積を求めることができる。
【0050】
(8)炭酸根
上記の被覆されたリチウム金属複合酸化物粒子からなる正極活物質に含まれる炭酸根(CO3
2-)は、該正極活物質全体に対して0.3質量%未満であることが好ましい。これにより、被覆層の強度及び密着性(剥がれ難さ)を、より一層向上させることができる。この炭酸根0.3質量%未満の正極活物質は、前述したように熱処理工程において炭酸ガスをほとんど含まない雰囲気で熱処理することによって、二酸化炭素による被覆層の炭酸化を抑えることができるので、生成することができる。
【0051】
上記の炭酸根は、イオンクロマト分析法により測定することができる。上記の炭酸根を含む化合物は水に易溶であり、この性質を利用して定量分析することが可能である。具体的には、サンプリングした試料5gを純水100mlに添加して撹拌し、これにより該試料に含まれる炭酸根を純水に溶解させる。この溶解後に得られるスラリーを濾過して固形分を除去することで得られる分析検体液に対して、必要に応じて純水で希釈した後、例えば、イオンクロマト分析装置であるICS-2100(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)で測定することにより、定量分析することができる。
【0052】
(9)電池評価
上記した本発明の実施形態の被覆されたリチウム金属複合酸化物からなる正極活物質は、リチウムイオン二次電池の一形態である
図2に示す2032型コイン電池1(以降、コイン型電池とも称する)の正極材料に用いて、その電池性能を調べることで評価できる。すなわち、この
図2に示すコイン型電池1は、ケース2と、このケース2の中に収容された電極3とから構成されている。
【0053】
ケース2は、上端部が開口する円筒形状の正極缶2aと、該正極缶2aよりも僅かに小さな外径を有し、下端部が開口する円筒形状の正極缶2aとを、それらの開口側同士を互いに対向させて嵌め合せることで構成される。これら正極缶2aと負極缶2bとによって形成される空間内部に電極3が収容されている。この電極3は、正極3a、セパレータ3c及び負極3bがこの順に下から上に積層した構造を有しており、正極3aは正極缶2aの内面に接触しており、負極3bは負極缶2bの内面に接触している。
【0054】
これら正極缶2aと負極缶2bの両周縁部には、それらが互いに非接触の状態を維持するようにガスケット2cが設けられている。このガスケット2cは、正極缶2a及び負極缶2bが互いに相対的に移動しないように固定する役割を担っている。このガスケット2cは、更に正極缶2aと負極缶2bとの隙間を密封して、ケース2の内側を外部から気密・液密に遮断する機能も有している。
【0055】
上記のコイン型電池1は、以下のようにして作製することができる。すなわち、先ず本発明の実施形態の被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末52.5mg、アセチレンブラック15mg、及びポリテトラフッ化エチレン樹脂(PTFE)7.5mgを混合し、100MPaの圧力でプレス成形して直径11mm、厚さ100μmの円板状の正極3aを作製する。得られた正極3aを真空乾燥機に装入して雰囲気温度120℃で12時間かけて乾燥する。
【0056】
また、負極3bとして、直径14mmの円盤状に打ち抜かれた銅箔の片面に、平均粒径20μm程度の黒鉛粉末と、ポリフッ化ビニリデンとが塗布された負極シートを用意し、セパレータ3cとして、膜厚25μmのポリエチレン多孔膜を用意する。更に電解液として、1MのLiClO4を支持電解質とするエチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の等量混合液(富山薬品工業株式会社製)を用意する。
【0057】
露点が-80℃に管理されたアルゴンガス雰囲気のグローブボックス内において、上記の正極3a、負極3b、セパレータ3c及び電解液を用いて、上記のコイン型電池1を組み立てる。このようにして作製したコイン型電池1の電池性能は、下記の方法で正極抵抗を測定することで評価できる。すなわち、上記コイン型電池1を充電電位4.1Vで充電して、周波数応答アナライザ及びポテンショガルバノスタットである1255B(英国ソーラトロン社製)を用いて、交流インピーダンス法により測定する。
【0058】
これにより、
図3に示すナイキストプロットが得られる。このナイキストプロットは、溶液抵抗、負極抵抗とその容量、及び正極抵抗とその容量を示す特性曲線の和として表されるため、このナイキストプロットに基づき、等価回路を用いてフィッティング計算を行うことにより正極抵抗の値を求めることができる。次に、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0059】
[実施例1]
組成がLi1.02Ni0.82Co0.15Al0.03O2、平均粒径MVが11.8μm、粒度分布の広がりを示す〔(d90-d10)/平均粒径〕が0.91、タップ密度が2.6g/cm3、比表面積が0.35m2/gで表される粉末状の母材粒子を用意した。この母材粒子1250gを水1Lに混合することで調製したスラリーを撹拌することで水洗した。その後、該スラリーを濾過して母材粉末の含水物を得た。この湿潤状態の母材粉末の含水物を10g採取し、乾燥させて水分を測定したところ、6.8質量%であった。また、得られた乾燥物を用いて余剰リチウム由来のリチウムを測定したところ、0.54質量%であった。
【0060】
上記の測定結果に基づいて、母材粉末の含水物1000g(余剰リチウム由来の5.4gのリチウムを含む)に対し、タングステン原料として三酸化タングステン(WO3)を55.5g(タングステン相当で44.0g)添加し、タングステンのモル量に対する余剰リチウム由来のリチウムのモル量の比である「リチウム/タングステン比」が3となるように調整した後、これを混合機に装入してその内部の雰囲気温度を30℃に保ちながら3時間かけて混合した。得られた混合物(タングステン混合物とも称する)を、真空乾燥機に装入し、その内部の雰囲気温度を100℃に保ちながら10時間かけて熱処理した。その後、熱処理後の粉末に含まれる一部の凝集体を解凝機で解凝した。これにより、リチウムイオン二次電池用の被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を得た。
【0061】
この被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質に対して、前述した(3)密着性に従って被覆層の密着性(剥がれ難さ)を評価すると共に、前述した(4)化合物同定に従って被覆層を形成する化合物種を同定し、前述した(8)に従って炭酸根の含有量を測定した。更に、前述した(9)電池評価に従って当該被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末を正極活物質として用いてコイン型電池を作製し、その正極抵抗及び放電容量維持率を評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.166」、炭酸根の含有率は「0.16質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」及び「Li4WO5」が同定され、正極抵抗は「0.58」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「81%」であった。
【0062】
[実施例2]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を35℃、混合物の熱処理温度を150℃とした以外は、実施例1と同様の条件下で被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.042」、炭酸根の含有率は「0.14質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」及び「Li4WO5」が同定され、正極抵抗は「0.45」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「87%」であった。
【0063】
[実施例3]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を40℃、混合物の熱処理温度を180℃とした以外は、実施例1と同様の条件下で被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.098」、炭酸根の含有率は「0.11質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」及び「Li4WO5」が同定され、正極抵抗は「0.52」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「83%」であった。
【0064】
[実施例4]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を45℃、混合物の熱処理温度を200℃とした以外は、実施例1と同様の条件下で被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.311」、炭酸根の含有率は「0.18質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」及び「Li4WO5」が同定され、正極抵抗は「0.64」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「76%」であった。
【0065】
[実施例5]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を50℃、混合物の熱処理温度を250℃とした以外は、実施例1と同様の条件下で被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.685」、炭酸根の含有率は「0.17質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」及び「Li4WO5」が同定され、正極抵抗は「0.69」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「72%」であった。
【0066】
[実施例6]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を40℃とし、タングステンのモル量に対する余剰リチウム由来のリチウムのモル量の比である「リチウム/タングステン比」が2となるように調整し、混合物の熱処理温度を180℃とした以外は、実施例1と同様の条件下で被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.124」、炭酸根の含有率は「0.12質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」及び「Li4WO5」が同定され、正極抵抗は「0.55」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「82%」であった。
【0067】
[実施例7]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を40℃とし、タングステンのモル量に対する余剰リチウム由来のリチウムのモル量の比である「リチウム/タングステン比」が4となるように調整し、混合物の熱処理温度を180℃とした以外は、実施例1と同様の条件下で被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.117」、炭酸根の含有率は「0.20質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」及び「Li4WO5」が同定され、正極抵抗は「0.55」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「82%」であった。
【0068】
[比較例1]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を60℃とし、タングステンのモル量に対する余剰リチウム由来のリチウムのモル量の比である「リチウム/タングステン比」が1となるように調整し、混合物を通常の乾燥機(大気雰囲気)を用いて雰囲気温度280℃で熱処理した以外は、実施例1と同様の条件下で被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.773」、炭酸根の含有率は「0.45質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」、「WO3」、「Li2CO3」が同定され、正極抵抗は「0.91」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「65%」であった。
【0069】
[比較例2]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を60℃、混合物を通常の乾燥機(大気雰囲気)を用いて雰囲気温度280℃で熱処理した以外は、実施例1と同様の条件下で被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.750」、炭酸根の含有率は「0.65質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」及び「Li2CO3」が同定され、正極抵抗は「0.87」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「67%」であった。
【0070】
[比較例3]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を60℃とし、タングステンのモル量に対する余剰リチウム由来のリチウムのモル量の比である「リチウム/タングステン比」が5となるように調整し、混合物を通常の乾燥機(大気雰囲気)を用いて雰囲気温度280℃で熱処理した以外は、実施例1と同様の条件下でリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.849」、炭酸根の含有率は「0.82質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」、「LiOH」、「Li2CO3」が同定され、正極抵抗は「0.96」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「61%」であった。
【0071】
[比較例4]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を60℃とし、タングステンのモル量に対する余剰リチウム由来のリチウムのモル量の比である「リチウム/タングステン比」が1となるように調整し、混合物を通常の乾燥機(大気雰囲気)を用いて雰囲気温度80℃で熱処理した以外は、実施例1と同様の条件下で被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.805」、炭酸根の含有率は「0.49質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」、「WO3」、「Li2CO3」が同定され、正極抵抗は「0.94」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「63%」であった。
【0072】
[比較例5]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を60℃、混合物を通常の乾燥機(大気雰囲気)を用いて雰囲気温度80℃で熱処理した以外は、実施例1と同様の条件下で被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.786」、炭酸根の含有率は「0.50質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」及び「Li2CO3」が同定され、正極抵抗は「0.92」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「64%」であった。
【0073】
[比較例6]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を60℃とし、タングステンのモル量に対する余剰リチウム由来のリチウムのモル量の比である「リチウム/タングステン比」が5となるように調整し、混合物を通常の乾燥機(大気雰囲気)を用いて雰囲気温度80℃で熱処理した以外は実施例1と同様の条件下でリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.862」、炭酸根の含有率は「0.90質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」、「LiOH」、「Li2CO3」が同定され、正極抵抗は「0.98」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「59%」であった。
【0074】
[比較例7]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を40℃、真空乾燥機の雰囲気温度280℃で熱処理した以外は、実施例1と同様の条件下で被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.711」、炭酸根の含有率は「0.21質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」のみが同定され、正極抵抗は「0.75」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「69%」であった。
【0075】
[比較例8]
湿潤状態の母材粉末とタングステン含有化合物との混合時の雰囲気温度を40℃、混合物を通常の乾燥機(大気雰囲気)を用いて雰囲気温度280℃で熱処理した以外は、実施例1と同様の条件下で被覆されたリチウム金属複合酸化物粉末からなる正極活物質を作製し、これを実施例1と同様の方法で評価した。その結果、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は「0.738」、炭酸根の含有率は「0.54質量%」、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」及び「Li2CO3」が同定され、正極抵抗は「0.84」(後述する比較例9の正極抵抗値を1.00とした場合の値)、放電容量維持率は「67%」であった。
【0076】
[比較例9]
母材粉末に被覆層を形成させずに母材粉末をそのまま用いて、他の実施例や比較例における空試験(ブランク試験)としての吸光度を評価したほか、当該母材粉末を正極活物質として作製されたコイン型電池を用いて、正極抵抗及び放電容量維持率を評価した。その結果、空試験(ブランク試験)としての吸光度は、僅か「0.005」であり、他の実施例や比較例に影響を及ぼす程の値ではないことが分かった。また、炭酸根の含有率は「0.40質量%」、正極抵抗は「1.00」、放電容量維持率は「56%」であった。
【0077】
上記の実施例1~7、及び比較例1~9の結果をまとめたものを下記表1に示す。また、
図4に実施例1で作製した正極活物質の断面のSEM画像を示す。このSEM画像は、正極活物質の一部を樹脂に埋め込み、クロスセクションポリシャ(日本電子株式会社製、IB-19530CP)加工によって断面観察可能な状態としたうえで、SEM(FE-SEM:日本電子株式会社製、JSM-6360LA)を用いて撮像したものである。更に、
図5に、
図4の撮像に用いた正極活物質の断面の被覆層部のSTEMのHAADF像を示す。このHAADF像は、走査型透過電子顕微鏡STEM(日立ハイテクノロジーズ株式会社製、HD―2300A)を用いて撮像したものであり、黒の領域の方向が表面側である。
【0078】
【0079】
[総合評価]
上記表1に示す通り、各実施例で得られたリチウム金属複合酸化物は、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度は全て「0.7以下」であり、炭酸根の含有率も全て0.3質量%未満であり、被覆層を形成する化合物としては「Li2WO4」及び「Li4WO5」が同定された。この結果から、各実施例では、被覆層が母材粉末の表面への密着性に優れ、かつ、被覆層にリチウムイオン伝導性が他のリチウムタングステン化合物よりも高いLi4WO5を含むリチウム金属複合酸化物が得られていることが分かった。従って、各実施例のリチウム金属複合酸化物を正極活物質として作製されたリチウムイオン二次電池の正極抵抗は、いずれも0.70以下であり、しかも、放電容量維持率がいずれも70%以上であるという、非常に優れた効果を確認することができた。
【0080】
これに対して、比較例1~8で得られたリチウム金属複合酸化物は、被覆層の密着性(剥がれ難さ)の指標となる吸光度が、いずれも0.7を超えており、真空乾燥機を用いた比較例7以外は炭酸根の含有率も0.3質量%を超えており、被覆層にLi4WO5も含まれていないことから、被覆層が存在しない比較例9のリチウム金属複合酸化物と共に、電池特性が劣っていることが分かった。これは、大気雰囲気での熱処理による炭酸化によって被覆層に炭酸根が生成されたため、結果的に正極活物質の炭酸根含有率が高くなったためであると考えられる。
【符号の説明】
【0081】
1 透明容器
1 コイン型電池
2 ケース
2a 正極缶
2b 負極缶
2c ガスケット
3 電極
3a 正極
3b 負極
3c セパレータ