(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-07
(45)【発行日】2024-10-16
(54)【発明の名称】晶析設備の運転方法
(51)【国際特許分類】
B01D 9/02 20060101AFI20241008BHJP
C01G 53/10 20060101ALI20241008BHJP
【FI】
B01D9/02 604
B01D9/02 602A
B01D9/02 601C
B01D9/02 603F
B01D9/02 612
B01D9/02 620
B01D9/02 625A
B01D9/02 625B
B01D9/02 601K
B01D9/02 621
B01D9/02 611A
B01D9/02 609A
B01D9/02 609B
B01D9/02 610A
B01D9/02 609Z
C01G53/10
(21)【出願番号】P 2020057297
(22)【出願日】2020-03-27
【審査請求日】2022-12-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【氏名又は名称】辻川 典範
(72)【発明者】
【氏名】横川 友彦
(72)【発明者】
【氏名】柴山 敬介
【審査官】塩谷 領大
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-156654(JP,A)
【文献】国際公開第2018/021111(WO,A1)
【文献】特開平10-287889(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 9/00- 9/04
C01G 53/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空ポンプを用いて減圧雰囲気に維持されている結晶缶に導入した原液の溶媒を所定の温度及び所定の圧力で蒸発させ
て該結晶缶の上部から蒸気を排出することで、該原液に含まれる晶析対象成分を晶析させる晶析設備の運転方法であって、前記所定の圧力が、所望の結晶形態を晶出させる晶出温度範囲よりも狭い範囲内に定めた前記所定の温度における前記原液の飽和蒸気圧よりも高くなるように該結晶缶内の圧力を制御することを特徴とする晶析設備の運転方法。
【請求項2】
前記原液の溶媒を蒸発させて溶質の晶析を行う結晶缶と、該結晶缶内の溶液を前記所定の温度に維持する加熱器と、該結晶缶内を前記所定の圧力に維持する真空ポンプと、該真空ポンプにより排出される前記蒸発した溶媒からなる蒸気を凝縮させる冷却器とから構成されることを特徴とする、請求項1に記載の晶析設備の運転方法。
【請求項3】
前記所望の結晶形態の結晶を安定的に晶析するための下限及び上限温度における前記原液の飽和蒸気圧をそれぞれP
A及びP
Bとしたとき、これらP
A及びP
Bの中央値が飽和蒸気圧となるときの前記原液の温度を前記所定の温度の上限とし、前記下限温度を前記所定の温度の下限とすることを特徴とする、請求項1又は2に記載の晶析設備の運転方法。
【請求項4】
前記P
A及びP
Bの中央値をP
Cとしたとき、前記所定の圧力を、該P
C及びP
Bの中央値とすることを特徴とする、請求項3に記載の晶析設備の運転方法。
【請求項5】
前記晶析対象成分が硫酸ニッケルであることを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の晶析設備の運転方法。
【請求項6】
前記所望の結晶形態がα型硫酸ニッケル6水塩であることを特徴とする、請求項5に記載の晶析設備の運転方法。
【請求項7】
前記所定の圧力が、前記原液の飽和蒸気圧よりも2kPa高いことを特徴とする、請求項6に記載の晶析設備の運転方法。
【請求項8】
前記所定の圧力の上限が10kPaAであることを特徴とする、請求項6又は7に記載の晶析設備の運転方法。
【請求項9】
前記所定の圧力の下限が9.05kPaAであることを特徴とする、請求項8に記載の晶析設備の運転方法。
【請求項10】
前記所定の温度が31.2℃以上48℃以下であることを特徴とする、請求項9に記載の晶析設備の運転方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、晶析設備の運転方法に関し、特に、結晶缶上部からのキャリーオーバーを抑えることで晶析対象成分のロスを低下することが可能な晶析設備の運転方法に関する。
【背景技術】
【0002】
結晶質物質を取り扱う無機化学工業、製薬工業、製糖工業などの様々な分野において、液相中に溶存する特定成分を晶析させて固体として分離する晶析操作が行われている。この晶析操作では、一般的には結晶缶に晶析対象成分を含む原液を導入すると共に、この原液を加熱して溶媒を蒸発させることで、結晶缶内の溶液を過飽和状態にし、これにより溶質の一部を晶析させて結晶缶の底部から結晶を濃縮スラリーの形態で抜き出している。この濃縮スラリーに対して、更に、後工程において固液分離、乾燥、篩別などを行うことによって、製品としての結晶を製造することができる。
【0003】
上記の結晶缶を用いた晶析操作では、上記の加熱により蒸発した溶媒の蒸気が結晶缶内の液面から発生するので、真空ポンプに接続する結晶缶上部の抜出ラインから該蒸気の抜き出しが行われる。この結晶缶上部から抜き出された蒸気は、冷却水との熱交換を行う熱交換器(冷却器)に導入されて凝縮された後、凝縮水として除去される。
【0004】
上記の結晶缶では、液面から発生する溶媒の蒸気に伴って、溶質成分を含む缶内溶液が結晶缶上部から外部に持ち去られる現象(キャリーオーバーとも称する)が生ずることがある。この現象は、溶媒が蒸発する時に溶質成分を含む溶液のミストが発生し、このミストが上記真空ポンプによって移動する蒸気に巻き込まれることで生ずるものである。このミストは、通常は上記熱交換器(冷却器)の出口側から抜き出される凝縮水と共に除去される。このように、キャリーオーバーが発生すると、結晶として本来晶析されるべき溶質成分がロスするため、生産性が低下する問題が生ずる。また、キャリーオーバーした溶質に重金属が含まれている場合は、その環境対策のために除害処理等の処理コストが別途発生するおそれがある。
【0005】
上記のキャリーオーバーは、晶析缶内の溶液が激しく沸騰することで液面近傍で蒸気の泡が破裂し、これにより生成したミストが液面から上昇する蒸気に吹き上げられて一緒に飛散する飛沫同伴が原因であると考えられる。従って、その対策として、結晶缶内の溶液を加熱する熱交換器(加熱器)に供給する蒸気の供給量を減らすことで、溶液の過度の蒸発を抑えることが考えられる。
【0006】
しかしながら、この対処法は、原液の濃縮速度が低下するので生産性が低下するという別の問題が発生する。そこで、上記加熱器への蒸気供給量を下げることなくキャリーオーバーに起因する問題を抑える対処法として、晶析缶上部の気相部空間の高さを高くしたり、結晶缶上部の気相部空間の内径を大きくしたりすることで、液相から発生する蒸気の上昇速度を遅くすることが考えられる。
【0007】
更に、特許文献1に開示されているように、結晶缶上部の蒸気の排出口に飛沫捕集器(デミスター、サイクロン、ミストキャッチャー等)を設置してミストを回収することが考えられる。また、特許文献2には、炉内に燃焼用空気を供給するための装置である蓄熱式バーナシステムにおいて、その系内で発生したミストを多孔質の吸着体によって回収する技術が開示されており、この技術を結晶缶に応用することが考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特表2009-529911号公報
【文献】特開2000-055351号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように、結晶缶上部の気相部空間のサイズを大きくしたり、飛沫捕集器を設置したりする対処法は、結晶缶の外部にミストが排出される問題を防ぐことができると考えられるものの、機器のサイズを大きくするか、飛沫捕集用の新規の設備が必要となるため、設備コストが高くなる。また、特許文献2に記載の多孔質の吸着体を用いる技術は、結晶析出型ミスト(リン酸カルシウム)などを含むミストを、経路内に備えた多孔質の吸着体によって吸着して回収するものであるため、ミスト吸着後に吸着体を交換することが必要となる。従って、交換の度に新たな吸着剤が必要になるため、操業上の資材コストが高くなる。
【0010】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり、特段の設備コストや資材コストを要することなく溶質成分を含んだキャリーオーバーの発生を抑制する晶析設備の運転方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、結晶缶内の圧力を適切に調整することにより、結晶缶における溶質成分を含んだキャリーオーバーの発生を効果的に抑制できることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明に係る晶析設備の運転方法は、真空ポンプを用いて減圧雰囲気に維持されている結晶缶に導入した原液の溶媒を所定の温度及び所定の圧力で蒸発させて該結晶缶の上部から蒸気を排出することで、該原液に含まれる晶析対象成分を晶析させる晶析設備の運転方法であって、前記所定の圧力が、所望の結晶形態を晶出させる晶出温度範囲よりも狭い範囲内に定めた前記所定の温度における前記原液の飽和蒸気圧よりも高くなるように該結晶缶内の圧力を制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、特段の設備コストや資材コストを要することなく結晶缶におけるキャリーオーバーの発生を抑制することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施形態の晶析設備の運転方法が好適に適用される晶析設備の模式的な正面図である。
【
図2】硫酸ニッケルの各結晶形態の晶析温度領域、および本発明の実施形態の晶析設備の運転方法において原液に用いた硫酸ニッケル水溶液の飽和蒸気圧曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態に係る晶析設備の運転方法について図面を参照しながら説明する。本発明の実施形態に係る晶析設備の運転方法は、減圧雰囲気に維持されている結晶缶に導入した原液の溶媒を所定の温度及び圧力条件下で蒸発させることで、キャリーオーバーを抑制しながら該原液に含まれる製品となる晶析対象成分を効率よく晶析させる晶析設備の運転方法である。
【0015】
この晶析対象成分を含む原液は水溶液でもよいし、有機溶媒の溶液でもよい。晶析対象成分としては、例えば、硫酸ニッケル、硫酸アンモニウム、炭酸ナトリウム、カプロラクタム、トレハロースなどを挙げることができる。以下、晶析対象成分が硫酸ニッケルである場合を例に挙げて、本発明の実施形態に係る晶析設備の運転方法について説明する。
【0016】
本発明の実施形態の運転方法が好適に適用される晶析設備は、原液として導入される硫酸ニッケル水溶液を所定の温度及び圧力の条件下で蒸発させて濃縮することにより、晶析対象成分の硫酸ニッケルの晶析を行う結晶缶と、該結晶缶内で生成した結晶及び溶液からなるスラリーを所定の温度に維持するための熱交換器(加熱器)と、該結晶缶内を所定の減圧雰囲気に維持するための真空ポンプと、該結晶缶の上部から上記真空ポンプにより排出される蒸気を凝縮する熱交換器(冷却器)とから少なくとも構成される。
【0017】
具体的に説明すると、結晶缶には、
図1に示すようなDTB(Draft Tube Baffle)型連続晶析装置が好適に用いられる。この結晶缶10は、内部にドラフトチューブ11が設けられており、その内側に設けられている撹拌翼12によって硫酸ニッケル水溶液と硫酸ニッケル結晶とからなるスラリー相が矢印に示すように循環している。水分の蒸発は主にスラリー相の上部表面近傍で起こるので、このスラリー相の上部表面付近の水溶液が濃縮されて過飽和度が大きくなる。
【0018】
上記の過飽和度が大きくなった水溶液は、結晶の生成及び成長によって濃度を減少しつつ撹拌翼12によって結晶缶10内を循環し、再びスラリー相の上部表面に戻る。このようにして結晶缶内でほぼ均一に晶析が進行する。結晶缶10内を上記のようにして循環する水溶液と共に循環する結晶は、ある程度の大きさに成長すると該循環流から外れて結晶缶10の底部に沈降し、該底部に設けられている分級脚13から濃縮スラリーの形態で抜き出される。この濃縮スラリーの形態の結晶は、固液分離装置、乾燥装置、篩別装置などを経て結晶製品になる。
【0019】
結晶缶10内のスラリー相は、水分が蒸発するときの気化熱により熱が奪われるため、これによるスラリーの温度低下が生じないように、スラリー相は結晶缶10内のセットリング部14を経て熱交換器(加熱器)15に供給される。これにより、結晶缶内のスラリー温度を例えば32~53℃に保っている。セットリング部14では微小な結晶を有する水溶液が分離されるようになっており、この分離された水溶液を加熱器に導入することで該微小な結晶は溶解される。これにより、均一な粒径を有する結晶を生成することができる。熱交換器(加熱器)15のタイプには特に限定はなく、例えばシェルアンドチューブ式熱交換器を好適に用いることができ、熱媒体としては例えば水蒸気を用いることができる。
【0020】
上記結晶缶10の内部は、真空ポンプ16及びその吸込側に設けた制御弁17により、例えば8kPaA程度の減圧雰囲気に制御されている。なお、結晶缶10の圧力制御は上記の制御弁17によるものに限定するものではなく、例えば真空ポンプ16の駆動モーターの回転数で制御してもよい。この真空ポンプ16により結晶缶10内で発生した溶媒の蒸気が抜き出されるので、真空ポンプ16の吸込側には該蒸気を凝縮させる熱交換器(冷却器)18が設けられている。この冷却器18による凝縮により生じた凝縮水は、冷却器18の出口側から抜き出される。熱交換器(冷却器)18のタイプには特に限定はなく、例えばシェルアンドチューブ式熱交換器を好適に用いることができ、冷媒体としては例えば冷却水を用いることができる。
【0021】
ところで、上記の結晶缶10に原液として導入される硫酸ニッケル水溶液(結晶母液)は、
図2のドット群で示すような飽和蒸気圧曲線を有している。なお、
図2中の実線は水の飽和蒸気圧曲線を示しており、溶媒としての水に溶質としての硫酸ニッケルを溶解させた原液の飽和蒸気圧曲線(ドット群)は、モル沸点上昇により、水の飽和蒸気圧曲線を右側に約3℃平行移動させた位置にプロットされている。
【0022】
図2のグラフには、更に、晶出温度により生成する結晶形態に違いが生ずることを示している。すなわち、晶出温度が31.2℃以下の範囲であれば硫酸ニッケル7水塩が晶出し、晶出温度が31.2~53.3℃の範囲内であればα型硫酸ニッケル6水塩が晶出し、晶出温度が53.3℃以上であればβ型硫酸ニッケル6水塩が晶出することを示している。これにより、前述したように、結晶缶10内のスラリー温度を32~53℃に維持することで、所望の結晶形態であるα型硫酸ニッケル6水塩を安定的に晶出させることが可能になることが分かる。
【0023】
上記のα型硫酸ニッケル6水塩を安定的に晶析するための下限温度(すなわち31.2℃)及び上限温度(すなわち53.3℃)における上記原液の飽和蒸気圧をそれぞれ下限圧力P
A及び上限圧力P
Bとしたとき、
図2に示す原液の場合は、P
A=3.8kPaA、P
B=12.5kPaAとなる。しかしながら、結晶缶10内のスラリー温度を32~53℃に維持しながら晶析缶10内の圧力を3.8~12.5kPaAで制御すると、外乱などの要因により、上記の上限や下限を超えることがあり、突沸が生じたりα型硫酸ニッケル6水塩以外の結晶形態が晶出したりするおそれがある。
【0024】
そこで、上記の結晶缶10の缶内圧力を上記下限圧力PA及び上限圧力PBのほぼ中央値(すなわち算術平均値)PCである8kPaAを設定値として制御すると共に、この中央値PCである8kPaAが飽和蒸気圧となるときの原液の温度である約48℃をスラリー温度の上限とすることで結晶缶10の缶内の温度や圧力が多少変動してもα型硫酸ニッケル6水塩以外の結晶形態が晶出することを抑制しつつ、結晶缶10内のスラリーの突沸を生じにくくすることができる。なお、増産する際は結晶缶10に導入する原液の蒸発速度を高めればよいので、上記のスラリー温度が上記の上限値の48℃に近づくように熱交換器(加熱器)15に供給する水蒸気の供給量(単位t/h)を増加させればよい。
【0025】
ところで、上記のように結晶缶10内のスラリー温度が上限値に収まるように加熱器15に供給する水蒸気の供給量を調整しても、現実的には水蒸気の供給量の制御系の外乱等による変動や、結晶缶10内を循環するスラリー濃度のばらつき等により結晶缶10内の水溶液のモル沸点上昇の幅に変動が生じ、
図2のドット群が左右に振れることがある。その結果、結晶缶10内のスラリーに想定外の沸騰が生じ、これに伴ってスラリー相の上部表面で溶液のミストが発生して蒸気と共に結晶缶10の外部に排出され、ミスト中に含まれる晶析対象成分である硫酸ニッケルがロスする問題が生ずることがある。更に、上記のように結晶缶10の外部にキャリーオーバーとなって排出されたミストは過飽和状態の水溶液からなるので、熱交換器(冷却器)18内で結晶化しやすく、その結果、スケールとして該熱交換器18の伝熱面に付着し、熱交換器(冷却器)18の伝熱性能が低下する問題が生じうる。
【0026】
そこで、本発明の実施形態の運転方法では、結晶缶10の缶内の設定圧力を8kPaAから上記上限圧力PBを超えない範囲内で高くしている。具体的には、上記の中央値PCと上限圧力PBとの中央値となる下記式1で得られる圧力を設定圧力PDとするのが好ましい。
[式1]
設定圧力PD=(PC+PB)/2={(PA+PB)/2+PB}/2
【0027】
上記式1に、前述したP
A=3.8kPaA、P
B=12.5kPaAを代入すると、設定圧力P
Dは10.3kPaAとなる。すなわち、結晶缶10においては、上記下限圧力P
A及び上限圧力P
Bの中央値P
Cの8kPaAよりも2kPa高い圧力である約10kPaAを設定圧力P
Dとする。これにより、
図2に示す原液の場合は、対応する飽和蒸気圧曲線の温度範囲が、上記の31.2~48℃程度から31.2~50℃程度に拡大する。
【0028】
その結果、上記の生産量を高めることを企図して缶内のスラリー温度が48℃程度となるように加熱器15に水蒸気を供給して加熱しても、沸点まで2℃の余裕があるため、原液の組成変動等の外乱や制御系の変動等による沸騰や突沸の頻度が大幅に低下する。これにより、ミストの発生を効果的に抑えることができ、キャリーオーバーによる晶析対象成分のロスが大幅に削減される。また、将来、更なる増産の要請がなされて、例えばスラリー温度が49℃となるように水蒸気を加熱器15に供給する場合が生じても、缶内の水溶液の沸点まで1℃の余裕があるので対応可能である。
【0029】
なお、結晶缶10の設定圧力が10kPaAを超えると、対応する原液の飽和蒸気曲線の温度が50℃を超えるので、α型硫酸ニッケル6水塩以外の結晶形態が晶出されやすくなるうえ、結晶の析出量が多くなりすぎて結晶缶10の内壁や冷却器18の伝熱面におけるスケーリングが促進されるので好ましくない。更に、結晶缶10の上部から排出される蒸気の温度が上昇するため、その凝縮のための冷却水の消費量が増加する点においても好ましくない。
【0030】
以上説明したように、本発明の実施形態に係る晶析設備の運転方法は、設備コストや資材コストを特に要することなく、結晶缶上部からのキャリーオーバーを抑制することができる。その結果、結晶缶の上部から抜き出した蒸気に由来する凝縮水に伴って晶析対象成分である溶質が持ち去られるのを抑制できるので、結晶製品となる晶析対象成分のロスを削減して生産性を高めることができる。また、β型硫酸ニッケル6水塩や硫酸ニッケル7水塩が晶出する割合を低下させて、実質的にα型硫酸ニッケル6水塩の単一の結晶形態からなる高品質の結晶を製品にできるので、製品の価値を高めることができる。このように、本発明は工業的価値が極めて高い。
【実施例】
【0031】
図1に示すような晶析設備に対して、原液として
図2のドット群で示す飽和蒸気圧曲線を有する硫酸ニッケル水溶液を導入し、様々な缶内圧力で制御しながら晶析を行った。その結果を下記表1に示す。
【0032】
【0033】
上記表1から分かるように、α型硫酸ニッケル6水塩が晶出する下限温度31.2℃及び上限温度53.3℃にそれぞれ対応する原液の飽和蒸気圧である下限圧力3.8kPa及び上限圧力12.5kPaAの中央値となる8.15kPaAよりも0.9kPa以上高い圧力を缶内の設定圧力として結晶缶を運転した実施例のRun No.1~4では、凝縮水中の硫酸ニッケルの濃度は0.03g/L以下であった。
【0034】
これに対して、上記の中央値となる8.15kPaAの近傍の圧力を缶内の設定圧力として結晶缶を運転した比較例のRun No.5~7では、凝縮水中の硫酸ニッケルの濃度は0.06~0.09g/Lとなり、上記実施例に比べて2~3倍程度硫酸ニッケルをロスした。なお、Run No.1~3及び5~7では、運転停止後に冷却器内部を目視にて確認したところ、伝熱面にはスケールが特に発生していなかったが、Run No.4では冷却器の伝熱面にスケールが発生していた。これは、Run No.4では缶内の設定圧力を10kPaAを超えて運転したため、加熱器への蒸気供給量がRun No.1~3に比べて約15~20%増大し、缶内水溶液の濃縮度が過度に高まったためと考えられる。
【符号の説明】
【0035】
10 結晶缶
11 ドラフトチューブ
12 撹拌翼
13 分級脚
14 セットリング部
15 熱交換器(加熱器)
16 真空ポンプ
17 制御弁
18 熱交換器(冷却器)