(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-07
(45)【発行日】2024-10-16
(54)【発明の名称】MALDI質量分析用測定試料調製方法及びMALDI質量分析用測定試料調製装置、並びにMALDI質量分析用測定試料調製用基材
(51)【国際特許分類】
H01J 49/04 20060101AFI20241008BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20241008BHJP
H01J 49/16 20060101ALI20241008BHJP
G01N 1/28 20060101ALI20241008BHJP
【FI】
H01J49/04 180
G01N27/62 G
H01J49/16 400
G01N1/28 N
(21)【出願番号】P 2021033985
(22)【出願日】2021-03-04
【審査請求日】2024-01-19
(31)【優先権主張番号】P 2020050881
(32)【優先日】2020-03-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006747
【氏名又は名称】株式会社リコー
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100107515
【氏名又は名称】廣田 浩一
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 一己
(72)【発明者】
【氏名】植松 克之
(72)【発明者】
【氏名】須原 浩之
【審査官】藤田 健
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2010/0213367(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2002/0122898(US,A1)
【文献】国際公開第2016/136722(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0090099(US,A1)
【文献】Kerri J. Grove, Sara L. Frappier, Richard M. Caprioli,Matrix Pre-Coated MALDI MS Targets for Small Molecule Imaging in Tissues,American Society for Mass Spectrometry,2011年,22,192-195
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/04
G01N 27/62
H01J 49/16
G01N 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
MALDI質量分析用測定試料の調製に用いるマトリックスを表面に配した基材における、前記マトリックスを有する側とは反対側の前記基材の表面にレーザビームを照射することにより、前記マトリックスを前記基材から飛翔させ、MALDI質量分析対象の試料の所定位置に配させることを含み、
前記基材がレーザエネルギー吸収材料を有し、
前記レーザビームのレーザエネルギーの波長が400nm以上である、ことを特徴とするMALDI質量分析用測定試料調製方法。
【請求項2】
前記基
材上に、前記レーザエネルギー吸収材料と、前記マトリックスとをこの順で有する、請求項1に記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法。
【請求項3】
前記レーザエネルギー吸収材料の前記レーザビームの透過率が60%以下である、請求項1から2のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法。
【請求項4】
前記レーザエネルギー吸収材料が金属の薄膜である、請求項1から3のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法。
【請求項5】
前記金属が金である、請求項4に記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法。
【請求項6】
前記基材から飛翔させる前記マトリックスが2種以上である、請求項1から5のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法。
【請求項7】
前記基材から飛翔させる2種以上の前記マトリックスが、前記MALDI質量分析対象の試料における、互いに異なる所定位置に配させる、請求項1から6のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法。
【請求項8】
前記MALDI質量分析対象の試料の所定位置に対し、前記基材から前記マトリックスを複数回飛翔させて配させる、請求項1から7のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法。
【請求項9】
前記レーザビームが、光渦レーザビームである、請求項1から8のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法。
【請求項10】
前記レーザビームが、均熱照射レーザビームである、請求項1から8のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法。
【請求項11】
請求項1から10のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法に用いるMALDI質量分析用測定試料調製装置であって、
前記基材の表面にレーザビームを照射するレーザビーム照射手段を有することを特徴とするMALDI質量分析用測定試料調製装置。
【請求項12】
基
材上に、波長が400nm以上のレーザビームのエネルギーを吸収可能なレーザエネルギー吸収材料と、マトリックスとをこの順で有
し、
前記基材から前記マトリックスを飛翔させ、MALDI質量分析対象の試料の所定位置に配させることを特徴とするMALDI質量分析用測定試料調製用基材。
【請求項13】
前記レーザエネルギー吸収材料が金属の薄膜である、請求項12に記載のMALDI質量分析用測定試料調製用基材。
【請求項14】
前記金属が金である、請求項13に記載のMALDI質量分析用測定試料調製用基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MALDI質量分析用測定試料調製方法及びMALDI質量分析用測定試料調製装置、並びにMALDI質量分析用測定試料調製用基材に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析は、対象分子を含む試料をイオン化させ、対象分子由来のイオンを質量電荷比(m/z)により分離検出し、対象分子における化学構造の特定に関する情報を取得できる分析手法である。
【0003】
質量分析において試料のイオン化は、分析の質を左右するファクターであり、従来から多くの手法が開発されてきた。例えば、MALDI(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)やESI(Electrospray ionization)などが挙げられる。これらの手法は、試料の量が微量であってもイオン化が容易であるため、バイオや医療等の技術分野で用いられている。
【0004】
MALDIでは、試料のイオン化を補助するための物質であるマトリックスを試料に付与した箇所にパルスレーザビームを照射することにより、マトリックスとともに試料をイオン化させる。
パルスレーザビームとしては、紫外領域の波長を用いる場合が多く、マトリックスの光吸収特性に合わせた波長とするのが好ましい。また、マトリックスは、結晶性の有機低分子であり、試料との共結晶又は混合物とする必要があると言われている。この共結晶の均一さや混合の程度が、分析の感度や精度に影響を与えるものと考えられているため、試料に応じたものが開発されている。
【0005】
また、これらのマトリックスを試料に付与する方法についても様々な提案がされている。例えば、マトリックスを蒸着させて微結晶を形成し、さらにマトリックス溶液をスプレー噴霧して微結晶上にマトリックス結晶を成長させる質量分析用試料調製方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、MALDIによる質量分析を行う際、1つの試料に2種以上のマトリックスを配することができ、更にはバラツキの小さいMALDI質量分析を行うことができるMALDI質量分析用測定試料調製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するための手段としての本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法は、MALDI質量分析用測定試料の調製に用いるマトリックスを表面に配した基材における、前記マトリックスを有する側とは反対側の前記基材の表面にレーザビームを照射することにより、前記マトリックスを前記基材から飛翔させ、MALDI質量分析対象の試料の所定位置に配させることを含み、前記基材がレーザエネルギー吸収材料を有し、前記レーザビームのレーザエネルギーの波長が400nm以上である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によると、MALDIによる質量分析を行う際、1つの試料に2種以上のマトリックスを配することができ、更にはバラツキの小さいMALDI質量分析を行うことができるMALDI質量分析用測定試料調製方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1A】
図1Aは、粉体形成装置の全体の一例を示す概略図である。
【
図1D】
図1Dは、静電塗布法によりマトリックスを基材上に塗布する一例を示す模式図である。
【
図2】
図2は、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法で用いることができるレーザビーム照射手段の一例を示す概略図である。
【
図3A】
図3Aは、MALDI質量分析用測定試料調製装置のハードウェアの一例を示すブロック図である。
【
図3B】
図3Bは、MALDI質量分析用測定試料調製装置の機能の一例を示すブロック図である。
【
図3C】
図3Cは、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製プログラムの処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図4A】
図4Aは、実施例におけるマトリックスプレートの層構成を示す模式図である。
【
図4B】
図4Bは、比較例におけるマトリックスプレートの層構成を示す模式図である。
【
図5A】
図5Aは、実施例及び比較例において使用する基材の一例を示す図である。
【
図5B】
図5Bは、実施例及び比較例において使用する試料を載せる基材の一例を示す図である。
【
図6A】
図6Aは、実施例におけるMALDI質量分析用測定試料の調製を示す概略図である。
【
図6B】
図6Bは、実施例におけるMALDI質量分析用測定試料の調製を示す概略図である。
【
図6C】
図6Cは、実施例におけるMALDI質量分析用測定試料の調製を示す概略図である。
【
図7A】
図7Aは、実施例におけるMALDI質量分析の結果の一例を示すグラフである。
【
図7B】
図7Bは、実施例におけるMALDI質量分析の結果の一例を示すグラフである。
【
図7C】
図7Cは、実施例におけるMALDI質量分析の結果の一例を示すグラフである。
【
図8A】
図8Aは、比較例におけるMALDI質量分析の結果の一例を示すグラフである。
【
図8B】
図8Bは、比較例におけるMALDI質量分析の結果の一例を示すグラフである。
【
図8C】
図8Cは、比較例におけるMALDI質量分析の結果の一例を示すグラフである。
【
図9A】
図9Aは、一般的なレーザビームを用いた場合のMALDI質量分析用測定試料の調製方法を示す概念図である。
【
図9B】
図9Bは、一般的なレーザビームを用いた場合のMALDI質量分析用測定試料の調製方法の一例を示す写真である。
【
図9C】
図9Cは、光渦レーザビームを用いた場合のMALDI質量分析用測定試料の調製方法を示す概念図である。
【
図9D】
図9Dは、光渦レーザビームを用いた場合のMALDI質量分析用測定試料の調製方法の一例を示す写真である。
【
図10A】
図10Aは、一般的なレーザビームにおける波面(等位相面)の一例を示す概略図である。
【
図10B】
図10Bは、一般的なレーザビームにおける光強度分布の一例を示す図である。
【
図10C】
図10Cは、一般的なレーザビームにおける位相分布の一例を示す図である。
【
図11A】
図11Aは、光渦レーザビームにおける波面(等位相面)の一例を示す概略図である。
【
図11B】
図11Bは、光渦レーザビームにおける光強度分布の一例を示す図である。
【
図11D】
図11Dは、光渦レーザビームにおける干渉計測の結果の一例を示す図である。
【
図11E】
図11Eは、中心に光強度0の点を有するレーザビームにおける干渉計測の結果の一例を示す図である。
【
図12A】
図12Aは、ガウシアンレーザビームの温度(エネルギー)分布を等高線によって表したシミュレーション画像の一例を示す図である。
【
図12B】
図12Bは、均熱照射レーザビームの温度(エネルギー)分布を表す画像の一例を示す図である。
【
図13】
図13は、ガウシアンレーザビーム(点線)及び均熱照射レーザビーム(実線)におけるレーザビームの断面強度分布の一例を表す図である。
【
図14A】
図14Aは、均熱照射レーザビームの断面強度分布の一例を示す模式図である。
【
図14B】
図14Bは、均熱照射レーザビームの断面強度分布の他の一例を示す模式図である。
【
図15A】
図15Aは、従来のガウシアンレーザビームを用いたLIFT法の一例を示す模式図である。
【
図15B】
図15Bは、従来のガウシアンレーザビームを用いたLIFT法の他の一例を示す模式図である。
【
図15C】
図15Cは、従来のガウシアンレーザビームを用いたLIFT法の他の一例を示す模式図である。
【
図15D】
図15Dは、本発明における均熱照射レーザビームを用いたLIFT法の一例を示す模式図である。
【
図15E】
図15Eは、本発明における均熱照射レーザビームを用いたLIFT法の他の一例を示す模式図である。
【
図15F】
図15Fは、本発明における均熱照射レーザビームを用いたLIFT法の他の一例を示す模式図である。
【
図16A】
図16Aは、非球面レンズを用いた幾何学的手法により均熱照射レーザビームを調整する一例を示す模式図である。
【
図16B】
図16Bは、DOEを用いて波動光学的手法により均熱照射レーザビームを調整する一例を示す模式図である。
【
図16C】
図16Cは、反射型液晶位相変換素子とプリズムとの組み合わせにより均熱照射レーザビームを調整する一例を示す模式図である。
【
図17A】
図17Aは、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法を実施する飛翔体発生装置の一例を示す模式図である。
【
図17B】
図17Bは、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法を実施する飛翔体発生装置の他の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(MALDI質量分析用測定試料調製方法及びMALDI質量分析用測定試料調製装置)
本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法は、MALDI質量分析用測定試料の調製に用いるマトリックスを表面に配した基材における、前記マトリックスを有する側とは反対側の前記基材の表面にレーザビームを照射することにより、前記マトリックスを前記基材から飛翔させ、MALDI質量分析対象の試料の所定位置に配させることを含み、前記基材がレーザエネルギー吸収材料を有し、前記レーザビームのレーザエネルギーの波長が400nm以上であり、更に必要に応じてその他の工程を含む。
本発明のMALDI質量分析用測定試料調製装置は、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法に用いるMALDI質量分析用測定試料調製装置であって、前記基材の表面にレーザビームを照射するレーザビーム照射手段を有し、更に必要に応じてその他の手段を有する。
【0011】
MALDIとは、Matrix Assisted Laser Desorption/Ionizationの略であり、マトリックス支援レーザ脱離イオン化法といわれている質量分析の一手法である。
このMALDIを用いた質量分析(以下、「MALDI質量分析」と称する)では、イオン化を補助するための材料であるマトリックスを試料に付与した箇所にパルスレーザを照射することで、マトリックスとともに試料をイオン化させて質量分析を行う。
このマトリックスは、試料において分析したい成分に応じて使い分けて用いられる。
【0012】
本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法及びMALDI質量分析用測定試料調製装置は、試料にマトリックスをスプレーガンで塗布する方法、気相噴霧や蒸着で塗布する方法などの従来の方法では、1つの試料に1種のマトリックスしか配することができないという知見に基づくものである。言い換えると、分析したい成分によって最適なマトリックスが存在するが、従来の方法では、分析したい成分が複数あっても、1つの試料において最適なマトリックスを塗り分けることができないという知見に基づくものである。
また、このような従来技術におけるMALDI質量分析用測定試料の調製方法では試料全体に1種類のみのマトリックスを配することになり、複数の測定対象が存在する試料については、それに対応するマトリックスの分だけの試料が必要になり、非効率的であるという問題があった。
なお、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法は、従来の方法では作業者の技量に依存する場合が多いため、マトリックスの結晶径が不均一になりやすく定量性が低いことから、分析の感度や精度に影響を与えてしまう場合があるという知見に基づくものである。
【0013】
本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法は、MALDI質量分析用測定試料の調製に用いる、レーザエネルギー吸収材料及びマトリックスを表面に配した基材における、マトリックスが配された側とは反対側の基材の表面に波長が400nm以上のレーザビームを照射することにより、マトリックスを基材から飛翔させ、MALDI質量分析対象の試料の所定位置に配させる。
これにより、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法は、試料が1つしかなくても、例えば、タンパク、脂質、ヌクレオチドなどの分析したいターゲットに適したマトリックスをそれぞれの所定位置に配することができる。このため、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法は、1つの試料に対して分析したいターゲットが複数あっても、分析したいターゲットごとに高感度なイメージング質量分析を行うことができる。
また、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法は、レーザエネルギー吸収材料を有し、波長が400nm以上(可視光波長領域)のレーザビームを照射することによりマトリックスを基材から飛翔させることができるため、分析したいターゲットに対して高エネルギーのレーザビームを照射して変質(ダメージを受ける)させてしまうことを防ぐことができる。これにより、バラツキの小さいMALDI質量分析を行うことができる。なお、ここで「変質」とは、その物質の構造、分子量などが変化することを意味する。
変質していることを確認する方法としては、例えば、質量分析によって低分子量成分の割合が増加しているか否かにより確認方法などが挙げられる。
【0014】
<レーザエネルギー吸収材料及びマトリックスを表面に配した基材>
レーザエネルギー吸収材料及びマトリックスを表面に配した基材としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。なお、以下では、「レーザエネルギー吸収材料及びマトリックスを表面に配した基材」を「マトリックスプレート」と称する。
マトリックスプレートは、レーザエネルギー吸収材料と、マトリックスと、基材とを有する。
【0015】
<<レーザエネルギー吸収材料>>
レーザエネルギー吸収材料としては、波長が400nm以上のレーザビームのエネルギーを吸収することができれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、レーザビームの波長の透過率が60%以下であるものなどが挙げられる。レーザビームの波長の透過率は、紫外可視赤外分光光度計V-660(日本分光社製)などの分光光度計を用いて測定することができる。
レーザエネルギー吸収材料の形状としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、平均厚みが3μm以下の薄膜であることが好ましい。
【0016】
レーザエネルギー吸収材料の材質としては、マトリックスに対して不活性な材料、かつレーザエネルギー吸収材料上にマトリックスを形成する際に表面が導電性を持つ材料が好ましい。マトリックスに対して不活性な材料であると、レーザビームを照射した際にマトリックスと化学反応してしまう恐れがない。また、レーザエネルギー吸収材料上にマトリックスを形成する際に表面が導電性を持つ材料であると、マトリックスを静電塗布することができるため、より均一なマトリックスを形成することが可能となるとともに、マトリックス塗布歩留を向上することができる。
【0017】
レーザエネルギー吸収材料の材質としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、金属などが挙げられる。
金属としては、例えば、金、白金パラジウム、銀などが挙げられる。これらの中でも、吸収するレーザビーム波長域の広く不活性である金が好ましい。
【0018】
レーザエネルギー吸収材料が金属の薄膜である場合、その平均厚みとしては、20nm以上200nm以下が好ましい。レーザエネルギー吸収材料が金属の薄膜の平均厚みが20nm以上200nm以下であると、表面の導電性のバラツキが生じるのを抑制し、マトリックスを静電塗布により塗布する場合にマトリックス厚みにバラツキが生じることを抑制することができる。
レーザエネルギー吸収材料を基材上に形成する方法としては、例えば、真空蒸着法、スパッタリング法などが挙げられる。
【0019】
<<マトリックス>>
マトリックスとしては、試料の光分解及び熱分解を抑制し、かつ試料のフラグメンテンテーション(開裂)を抑制することができる材料であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
マトリックスとしては、公知のマトリックスが挙げられ、例えば、1,8-ジアミノナフタレン(1,8-Diaminonaphthalene)(1,8-DAN)、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(2,5-Dihydroxybenzoic acid)(以下、「DHBA」と略記する場合がある)、1,8-アントラセンジカルボン酸ジメチルエステル(1,8-Anthracenedicarboxylic Acid Dimethyl ester)、ロイコキニザリン(Leucoquinizarin)、アントラロビン(Anthrarobin)、1,5-ジアミノナフタレン(1,5-Diaminonaphthalene)(1,5-DAN)、6-アザ-2-チオチミン(6-Aza-2-thiothymine)、1,5-ジアミノアントラキノン(1,5-Diaminoanthraquinone)、1,6-ジアミノピレン(1,6-Diaminopyrene)、3,6-ジアミノカルバゾール(3,6-Diaminocarbazole)、1,8-アントラセンジカルボン酸(1,8-Anthracenedicarboxylic Acid)、ノルハルマン(Norharmane)、1-ピレンプロピルアミンハイドロクロライド(1-Pyrenepropylamine hydrochloride)、9-アミノフルオレンハイドロクロライド(9-Aminofluorene Hydrochloride)、フェルラ酸(Ferulic acid)、ジトラノール(Dithranol)、2-(4-ヒドロキシフェニルアゾ)安息香酸(2-(4-Hydroxyphenylazo)benzoic acid)(HABA)、trans-2-[3-(4-tert-ブチルフェニル)-2-メチル-2-プロペニリデン]マロンニトリル(trans-2-[3-(4-tert-Butylphenyl)-2-methyl-2-propenylidene]malononitrile)(DCTB)、trans-4-フェニル-3-ブテン-2-オン(trans-4-Phenyl-3-buten-2-one)(TPBO)、trans-3-インドールアクリル酸(trans-3-Indoleacrylic acid)(IAA)、1,10-フェナントロリン(1,10-phenanthroline)、5-ニトロー1,10-フェナントロリン(5-Nitro-1,10-phenanthroline)、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸(α-Cyano-4-hydroxycinnamic acid)(CHCA)、シナピン酸(Sinapic acid)(SA)、2,4,6-トリヒドロキシアセトフェノン(2,4,6-Trihydroxyacetophenone)(THAP)、3-ヒドロキシピコリン酸(3-Hydroxypicolinic acid)(HPA)、アントラニル酸(Anthranilic acid)、ニコチン酸(Nicotinicacid)、3-アミノキノリン(3-Aminoquinoline)、2-ヒドロキシ-5-メトキシ安息香酸(2-Hydroxy-5-methoxybenzoic acid)、2,5-ジメトキシ安息香酸(2,5-Dimethoxybenzoic acid)、4,7-フェナントロリン(4,7-Phenanthroline)、p-クマル酸(p-Coumaric acid)、1-イソキノリノール(1-Isoquinolinol)、2-ピコリン酸(2-Picolinic acid)、1-ピレンブタン酸ヒドラジド(1-Pyrenebutanoic acid, hydrazide)(PBH)、1-ピレンブタン酸(1-Pyrenebutyric acid)(PBA)、1-ピレンメチルアミンハイドロクロライド(1-Pyrenemethylamine hydrochloride)(PMA)などが挙げられる。これらの中でも、針状に結晶化する性質を有するマトリックスが好ましく、例えば、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHBA)が好ましい。
【0020】
このMALDI質量分析用測定試料調製方法において、基材を含むマトリックスプレートから飛翔させるマトリックスとしては、上記のような多様なマトリックスのうち1種を選択することができるが、2種以上であることが好ましい。
また、基材を含むマトリックスプレートから飛翔させる2種以上のマトリックスとしては、MALDI質量分析対象の試料において、互いに異なる所定位置に配させることが好ましい。これにより、1つの測定試料において2種以上のマトリックスを塗り分けることができ、1つの測定試料において2種以上のイメージング質量分析を行うことができる点で有利である。
【0021】
マトリックスを形成する領域については、レーザエネルギー吸収材料上に存在すれば特に制限はなく、その形状、構造大きさについては適宜選択することができる。
マトリックスはレーザエネルギー吸収材料上に全面被覆していてもよいし、部分被覆していてもよい。
マトリックスがレーザエネルギー吸収材料を被覆している場合、マトリックスが存在する領域をマトリックス層と称することがある。
マトリックスの平均厚みとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、3μm以上50μm以下が好ましく、5μm以上30μm以下がより好ましい。マトリックスの平均厚みが、5μm以上50μm以下であると、一度の飛翔で十分な量のマトリックスを測定試料に正確に付着させることができる。
【0022】
<<基材>>
基材としては、その形状、構造、大きさ、材質などについては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0023】
基材の形状としては、マトリックスを表面に担持し、裏面からレーザビームや光渦レーザビームを照射可能であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。また、平板状の基材の形状としては、例えば、スライドガラスなどが挙げられる。
【0024】
基材の材質としては、レーザビームや光渦レーザビームを透過するものであれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。レーザビームや光渦レーザビームを透過するもののうち、酸化珪素を主成分とする各種ガラスなどの無機材料、透明性の耐熱プラスチック、エラストマーなどの有機材料が、透過率と耐熱性の点で、好ましい。
【0025】
基材の表面粗さRaとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、レーザビームや光渦レーザビームの屈折散乱を抑制し、マトリックスに付与するエネルギーを低下させない点で、表面及び裏面のどちらも1μm以下であることが好ましい。また、表面粗さRaが好ましい範囲内であると、試料に付着したマトリックスの平均厚みのばらつきを抑制することができ、所望の量のマトリックスを付着させることができる点で有利である。
表面粗さRaは、JIS B0601に従って測定することができ、例えば、共焦点式レーザ顕微鏡(株式会社キーエンス製)や触針式表面形状測定装置(Dektak150、ブルカー・エイエックスエス株式会社製)を用いて測定することができる。
【0026】
[マトリックスプレートの作製方法]
マトリックスプレートの作製方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、以下のような粉体形成装置により結晶化したマトリックス層をスライドガラス上に配してマトリックスプレートを作製する方法が挙げられる。
【0027】
例示するマトリックス層を作製する方法としては、まず、溶媒にマトリックスを混合したマトリックス溶液を調製する。
溶媒としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、TFA、TFA-アセトニトリル、THF、メタノールなどが挙げられる。
次に、調製したマトリックス溶液を
図1A~
図1Cで示す粉体形成装置1の原料収容器13に収容する。
【0028】
図1Aは、粉体形成装置の全体の一例を示す概略図である。
図1Bは、
図1Aの液滴形成ユニットにおける液滴形成ヘッドを示す概略図である。
図1Cは、
図1Aの液滴形成ユニットのA-A’線断面図である。
図1Aに示す粉体形成装置1は、主に、液滴形成ユニット10及び乾燥捕集ユニット30を含む。液滴形成ユニット10は、吐出孔によって外部と連通する液噴射領域を有する液室であって所定の条件下のもとで液柱共鳴定在波が発生する液柱共鳴液室内のマトリックス溶液を液滴として吐出孔から噴射する液滴化手段である液滴吐出ヘッド11を複数配列されている。各液滴吐出ヘッド11の両側には液滴吐出ヘッド11から吐出したマトリックス溶液の液滴が乾燥捕集ユニット30側に流出されるように気流発生手段によって発生する気流が通る気流通路12が設けられている。また、液滴形成ユニット10は、マトリックス原料であるマトリックス溶液14を収容する原料収容器13と、原料収容器13に収容されているマトリックス溶液14を、液供給管16を通して液滴吐出ヘッド11内の後述する液共通供給路17に供給し、更に液戻り管22を通って原料収容器13に戻すために液供給管16内のマトリックス溶液14を圧送する液循環ポンプ15とを含む。更に、液滴吐出ヘッド11は、
図1Bに示すように、液共通供給路17及び液柱共鳴液室18を含む。液柱共鳴液室18は、長手方向の両端の壁面のうち一方の壁面に設けられた液共通供給路17と連通されている。また、液柱共鳴液室18は、両端の壁面と連結する壁面のうち一つの壁面にマトリックス液滴21を吐出するマトリックス吐出孔19と、マトリックス吐出孔19と対向する壁面に設けられ、かつ液柱共鳴定在波を形成するために高周波振動を発生する振動発生手段20とを有している。なお、振動発生手段20には、高周波電源が接続されている。
【0029】
また、
図1Aに示す乾燥捕集ユニット30は、チャンバ31及びマトリックス捕集部32を含んで構成されている。チャンバ31内では、気流発生手段によって発生する気流と下降気流33が合流した大きな下降気流が形成されている。液滴形成ユニット10の液滴吐出ヘッド11から噴射されたマトリックス液滴21は、重力よってのみではなく、下降気流33によっても下方に向けて搬送されるため、噴射されたマトリックス液滴21が空気抵抗によって減速されることを抑制できる。これにより、マトリックス液滴21を連続的に噴射したときに、前に噴射されたマトリックス液滴21が空気抵抗によって減速し、後に噴射されたマトリックス液滴21が前に噴射されたマトリックス液滴21に追い付くことで、マトリックス液滴21どうしが合着して、マトリックス液滴21の結晶径がばらつくことを防止できる。なお、気流発生手段として、上流部分に送風機を設けて加圧する方法と、マトリックス捕集部32より吸引して減圧する方法のいずれを採用することもできる。また、マトリックス捕集部32には、鉛直方向に平行な軸周りに回転するような回転気流を発生させる回転気流発生装置が配置されている。そして、チャンバ31の下方に配置されている基材201に乾燥及び結晶化されたマトリックスの粉体が担持される。
【0030】
このようにして得られたマトリックスの粉体は、結晶径のばらつきが少ないことから再現性の高い分析が可能となる。また、このマトリックスの粉体は、乾燥により溶媒を揮発させているため、溶媒がほぼ含まれていないことから、従来のスプレー噴霧などによる方法のように、試料にマトリックス溶液を塗布してその溶媒により測定試料の生体組織が破壊されることは少ない。さらに、質量分析を行うことで溶媒が揮発することがほぼないため、このマトリックスの粉体を用いることにより医療現場や臨床試験で行うことができ、分析結果をその場で得られる点で有利である。
【0031】
同様にマトリックス層を形成する方法として、
図1Dに示す静電塗布装置(マイクロミストコーター、ナガセテクノエンジニアリング製)などを好適に用いることができる。
静電塗布装置(マイクロミストコーター)は、電源41、シリンジ42、塗布ステージ44を有する。
静電塗布装置(マイクロミストコーター)はエレクトロスプレーという現象を利用し、シリンジ42内の液体をミスト化42-2(レイリー分裂)する。より詳細には、エレクトロスプレーとは、ノズル42-1内の液体に数千ボルトの電圧を印加し、ミスト化する現象である。帯電した液体43は静電気力の反発により細かくミスト化され、塗布ステージ44上の基材45上の導電性の表面46(レーザエネルギー吸収材料)に向かって進み付着します。
このような静電塗布を用いることにより、静電気力により細かくミスト化されたマトリックス溶液もしくは粉体が基材に引き寄せられるため、マトリックス溶液もしくは粉体の飛散を最小限にとどめることが可能となり、マトリックス溶液使用率を大きく向上させることができる。
また、ミストは基材にやわらかく着弾するため着弾後の跳ね返りもなく、更に均一なマトリックス層の形成が可能となる。
更に、マトリックス層を形成する方法としては、真空蒸着法、スパッタリング法を用いることもできる。これらの方法を用いることにより、均一なマトリックス層を形成することができる。
【0032】
基材の表面に配されたマトリックスの形状としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、単層、複数の層状、ドット状などが挙げられる。
これらの中でもマトリックスがレーザ波長を吸収する場合は単層及びドット状の少なくともいずれかであることが好ましい。マトリックスの形状が単層及びドット状の少なくともいずれかであると、マトリックスを試料の表面に配することが容易にできる点で有利である。
本発明ではマトリックスを飛翔させるレーザが試料にダメージを与えることを防ぐため、マトリックス層に吸収の無い波長のレーザを吸収するレーザエネルギー吸収層上にマトリックス層を形成する。
【0033】
[マトリックスプレートにレーザビームを照射する方法(レーザビーム照射手段)]
マトリックスプレートにレーザビームを照射する方法(レーザビーム照射手段)としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、以下のようなレーザビーム照射手段により行われる方法が好ましい。
【0034】
-レーザビーム照射手段-
レーザビーム照射手段としては、例えば、光渦レーザビーム、均熱照射レーザビーム、ガウスレーザビームを照射する手段などが挙げられる。
【0035】
ここで、
図2は、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法で用いることができるレーザビーム照射手段の一例を示す概略図である。
図2において、レーザビーム照射手段140は、基材201に担持されているマトリックス202及びレーザエネルギー吸収材料に、レーザビームLを照射し、マトリックス202及びレーザエネルギー吸収材料をレーザビームLのエネルギーにより飛翔させ、スライドガラス302上の試料切片301に付着させる。
【0036】
レーザビーム照射手段140は、例えば、レーザ光源141と、ビーム径変更手段142と、ビーム波長変更手段143と、エネルギー調整フィルタ144と、ビーム走査手段145とを備えている。また、マトリックスプレート200は、基材201と、マトリックス202及びレーザエネルギー吸収材料からなり、測定試料300は、試料切片301と、スライドガラス302からなる。
【0037】
レーザ光源141は、パルス発振させたレーザビームLを発生させ、ビーム径変更手段142に照射する。
レーザ光源141としては、例えば、固体レーザ、気体レーザ、半導体レーザなどが挙げられる。
【0038】
ビーム径変更手段142は、レーザ光源141が発生させたレーザビームLの光路におけるレーザ光源141の下流に配置され、レーザビームLの径を変更する。
ビーム径変更手段142としては、例えば、集光レンズなどである。
レーザビームLのビーム径としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、20μm以上300μm以下が好ましい。レーザビームLのビーム径が好ましい範囲内であると、既存のMALDIのビーム径に対応したマトリックスの配置が可能となる点で有利である。
【0039】
ビーム波長変更手段143は、レーザビームLの光路におけるビーム径変更手段142の下流に配置され、レーザビームLの波長をマトリックス202及びレーザエネルギー吸収材料が吸収可能な波長に変更する。
本発明においてはレーザビームLの波長はマトリックス202には吸収されず、レーザエネルギー吸収層に吸収される波長となる。
【0040】
ビーム波長変更手段としては、例えば、下記説明する光渦レーザビームを使用する場合においては、レーザビームに円偏光を付与することにより、以下の式(1)で表されるトータルの回転モーメントJL,Sが、|JL,S|≧0となる条件を満たすことができれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。ビーム波長変更手段としては、例えば、1/4波長板などが挙げられる。1/4波長板の場合には、光学軸を+45°又は-45°以外に設置して下記説明する光渦レーザビームに楕円状の円偏光(楕円偏光)を付与してもよいが、光学軸を+45°又は-45°に設置してレーザビームに真円状の円偏光を付与し、上記の条件を満たすことが好ましい。これにより、画像形成装置は、光吸収材を安定的に飛翔させ、飛散を抑制した形状で被付着物に付着させる効果を大きくすることができる。
【0041】
【数1】
ただし、式(1)において、ε
0は真空中の誘電率であり、ωは光の角周波数であり、Lはトポロジカルチャージであり、Iは下記数式(2)で表されるレーザビームの渦次数に対応する軌道角運動量であり、Sは円偏光に対するスピン角運動量であり、rは円筒座標系の動径である。
【数2】
ただし、式(2)において、ω
0は光のビームウエストサイズである。
なお、トポロジカルチャージとは、レーザビームの円筒座標系における方位方向の周期的境界条件から現れる量子数を意味する。また、ビームウエストサイズとは、レーザビームにおけるビーム径の最小値を意味する。
【0042】
Lは、波長板における螺旋波面の巻数で決まるパラメータである。Sは、波長板における円偏光の向きで決まるパラメータである。なお、L及びSはいずれも整数である。また、L及びSの符号は、それぞれ螺旋の向き(時計回り、反時計回り)を表す。
なお、レーザビームにおけるトータルの回転モーメントをJとすると、J=L+Sと表すことができる。
ビーム波長変更手段143としては、例えば、KTP結晶、BBO結晶、LBO結晶、CLBO結晶などが挙げられる。
【0043】
エネルギー調整フィルタ144は、レーザビームLの光路におけるビーム波長変更手段143の下流に配置され、レーザビームLを透過させると、マトリックス202を飛翔させるために適正なエネルギーに変更する。エネルギー調整フィルタ144としては、例えば、NDフィルタ、ガラス板などが挙げられる。
【0044】
ビーム走査手段145は、レーザビームLの光路におけるエネルギー調整フィルタ144の下流に配置され、反射鏡146を備えている。
反射鏡146は、反射鏡駆動手段により
図2中矢印Sで示す走査方向に可動し、レーザビームLを基材201が担持するマトリックス202及びレーザエネルギー吸収材料の任意の位置に反射する。
【0045】
マトリックス202及びレーザエネルギー吸収材料は、エネルギー調整フィルタ144を経たレーザビームLを照射され、レーザビームLの径の範囲におけるエネルギーを受けて飛翔し、試料切片301に付着する。
【0046】
なお、レーザビームLとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、光渦レーザビーム、均熱照射レーザビーム、ガウスレーザビームなどが挙げられる。これらの中でも、そのレーザの特性からマトリックスを飛散させずに試料に転写する条件のロバスト性を向上させることができる点から光渦レーザビームが好ましい。レーザビームLが光渦レーザビームであると、飛翔したマトリックス202及びレーザエネルギー吸収層は、光渦レーザビームにより付与されたジャイロ効果により周辺への飛散を抑制されつつ試料切片301に付着する点で有利である。
光渦レーザビームは、ガウスレーザビームを変換することにより得ることができる。光渦レーザビームに変換するには、例えば、回折光学素子、マルチモードファイバ、液晶位相変調器などを用いることにより行うことができる。
【0047】
--光渦レーザビーム--
ここで光渦レーザビームについて説明する。
一般的なレーザビームは、位相が揃っているため、
図10Aに示すように平面状の等位相面(波面)を有している。レーザビームのポインティングベクトルの方向が平面状の等位相面の直交方向であることにより、レーザビームの照射方向と同じ方向となるため、レーザビームが光吸収材に照射された場合には、光吸収材に対して照射方向に力が作用する。しかし、レーザビームの断面における光強度分布が、
図10Bに示すようにビームの中心が最も強い正規分布(ガウシアン分布)であるため、光吸収材が飛散しやすい。また、位相分布の観察を行うと
図10Cに示すように位相差がないことが確認される。
これに対し、光渦レーザビームは、
図11Aに示すように螺旋状の等位相面を有している。光渦レーザビームのポインティングベクトルの方向が螺旋状の等位相面に対して直交方向であるため、光渦レーザビームが光吸収材に照射された場合には、直交方向に力が作用する。このため、
図11Bに示すように光強度分布がビームの中央が零となる凹んだドーナツ状の分布となり、光渦レーザビームを照射された光吸収材は、ドーナツ状のエネルギーを放射圧として印加される。すると、光渦レーザビームを照射された光吸収材は、光渦レーザビームの照射方向に沿って飛翔し、被付着物に飛散しにくい状態で付着する。また、位相分布の観察を行うと
図11Cに示すように位相差が発生していることが確認される。
【0048】
光渦レーザビームか否かを判別する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前述の位相分布の観察、干渉計測などが挙げられ、干渉計測が一般的である。
干渉計測は、レーザビームプロファイラ(Spiricon社製レーザビームプロファイラ、浜松ホトニクス株式会社製レーザビームプロファイラなど)を用いて観察でき、干渉計測した結果の一例を
図11D、
図11Eに示す。
図11Dは、光渦レーザビームにおける干渉計測の結果の一例を示す説明図であり、
図11Eは、中心に光強度0の点を有するレーザビームにおける干渉計測の結果の一例を示す説明図である。
光渦レーザビームを干渉計測すると、
図11Dに示すように、エネルギー分布がドーナツ状であって、
図9Cと同様に中心に光強度0の点を持つレーザビームであることが確認できる。
一方、中心に光強度0の点を有する一般的なレーザビームを干渉計測すると、
図11Eに示すように、
図11Dで示した光渦レーザビームの干渉計測と類似しているが、ドーナツ状部のエネルギー分布が一様ではないことから、光渦レーザビームとの差異が確認できる。
【0049】
レーザビームLが光渦レーザビームであると、飛翔したマトリックス202は、光渦レーザビームにより付与されたジャイロ効果により周辺への飛散を抑制されつつ試料切片301に付着する点で有利である。
光渦レーザビームに変換するには、例えば、回折光学素子、マルチモードファイバ、液晶位相変調器などを用いることにより行うことができる。
【0050】
--均熱照射レーザビーム--
次に、均熱照射レーザビームについて、以下説明する。
均熱照射レーザビームは、基材と飛翔対象材料(レーザエネルギー吸収材料及びマトリックス)との界面において、飛翔対象材料(レーザエネルギー吸収材料及びマトリックス)の融点以上の略均一な温度分布を示す均熱領域を生じさせる、レーザビームである。
基材と飛翔対象材料(特に、レーザエネルギー吸収材料)との界面において、飛翔対象材料(レーザエネルギー吸収材料)の融点以上となる領域を生じさせるようにレーザビームを照射することにより、基材と飛翔対象材料との界面における結合力(分子間力)が減少し、飛翔対象材料が粉体や小破片となって飛翔する。
【0051】
ここで、均熱照射レーザビームにおける「基材と飛翔対象材料との界面において、飛翔対象材料の融点以上の略均一な温度分布を示す均熱領域を生じさせる」ことについて、図面を参照して詳細に説明する。
「均熱領域」とは、飛翔対象材料の温度分布が略均一になる領域を意味する。
「飛翔対象材料の温度分布が略均一になる領域」とは、基材に配された飛翔対象材料のある領域内において、飛翔対象材料の温度にムラがなく、略同じ温度になることを意味する。
飛翔対象材料が均質な材料である場合、「飛翔対象材料の温度分布が略均一になる領域」を生じさせるためには照射するレーザビームの温度(エネルギー)分布が略均一であることが重要である。照射するレーザビームの温度(エネルギー)分布が略均一であることについて、図面を参照して説明する。なお、下記において、照射するレーザビームの温度(エネルギー)分布が略均一であるレーザビームを「均熱照射レーザビーム」と称することがある。
【0052】
図12Aは、一般的によく用いられているレーザビームであるガウシアンレーザビームの、レーザビームの進行方向と直交する断面における温度(エネルギー)分布を等高線によって表したシミュレーション画像の一例を示す図である。
図12Aに示すように、ガウシアンレーザビームでは、レーザビームの進行方向と直交する断面において、レーザビームの中心(光軸)のエネルギー強度が最大であり、辺縁に向かってエネルギー強度が小さくなる温度(エネルギー)分布を有している。
図13は、レーザビームの進行方向と直交する断面における、ガウシアンレーザビーム(点線)及び均熱照射レーザビーム(実線)のエネルギー強度分布の一例を表す図である。
図13に示すように、
図12Aと同様に、ガウシアンレーザビーム(点線)ではレーザビームの中心(光軸)においてエネルギー強度が最大値を示し、辺縁に向かってエネルギー強度が小さくなっていることがわかる。なお、「レーザビームの進行方向と直交する断面におけるレーザビームのエネルギー強度分布」を単に「レーザビームの断面強度分布」と称することがある。
図12Bは、均熱照射レーザビームの温度(エネルギー)分布を表す画像の一例を示す図である。
図12Bに示すように、均熱照射レーザビームにおいては、エネルギーを有する領域(図中、黒色の領域)と、エネルギーを有していない領域(図中、灰色の領域)とが、明確に分かれている。また、
図13に示すように、均熱照射レーザビーム(実線)では、ガウシアンレーザビームのように光軸でエネルギーの最大値を取るものではなく、レーザビームのエネルギー強度が略同一となるようなエネルギー強度分布を有することがわかる。なお、このように、レーザビームのエネルギー強度が略同一となるような断面強度分布を有するレーザビームをトップハットレーザビームと称することがある。
従来において、薄膜レーザパターニングにトップハットレーザビームが用いられることが知られているが、LIFT法において適用することについては知られていない(例えば、特開2012-143787号公報参照)。
【0053】
均熱照射レーザビームにおいては、レーザビームのエネルギー強度が同一となることが理想的である。即ち、レーザビームの進行方向と直交する断面において、レーザビームのエネルギーが略均一(略一定)であるようなレーザビームが理想的である。
ここで、
図14Aは、均熱照射レーザビームの断面強度分布の一例を示す模式図であり、
図14Bは、均熱照射レーザビームの断面強度分布の他の一例を示す模式図である。例えば、
図14Aに示すように、レーザビームの進行方向と直交する断面において、理想的な均熱照射レーザビームはレーザビームのエネルギー強度が同一であるように見える。しかしながら、実際には
図14Aに示すようにレーザビームのエネルギー強度が完全に一定となることはなく、
図14Bに示すように、レーザビームのエネルギー強度の値が振動し、波打つように見えるエネルギー分布を示す。このため、レーザビームの進行方向と直交する断面における均熱照射レーザビームのエネルギー強度が同じになる点が3個以上存在する。例えば、
図14Bに示す均熱照射レーザビームの断面強度分布では、レーザビームのエネルギー強度が同じになる点が6個存在している。これに対して、
図13に示した理想的なガウシアンレーザビームの断面強度分布では、そのエネルギー強度の分布はガウス分布となるため、レーザビームのエネルギー強度が同じになる点は最大で2個しか存在しない。
したがって、レーザビームの断面強度分布において、レーザビームのエネルギー強度が同じになる点が3個以上有するものを、レーザビームのエネルギー分布が略均一であると言い換えることができる。本発明では、「均熱領域」を生じさせる均熱照射レーザビームは、レーザビームの断面強度分布において、レーザビームのエネルギー強度が同じになる点を3個以上有するものを意味する。
【0054】
レーザビームが均熱照射レーザビームであることは、照射するレーザビームのエネルギー分布をビームプロファイラで測定し、レーザビームの断面強度分布において、同じレーザビームのエネルギー強度を3点以上有するか否かで判断することができる。
【0055】
次に、均熱照射レーザビームを用いてLIFT法を実施する利点について、図面を参照して説明する。
図15A~
図15Cは、従来のガウシアンレーザビームを用いたLIFT法の一例を示す模式図であり、
図15D~
図15Fは、本発明における均熱照射レーザビームを用いたLIFT法の一例を示す模式図である。
図15A~
図15Fにおいては、基材として透明基材411、飛翔対象材料として固体膜421を用いた場合について説明する。
図15Aは、飛翔対象材料421を表面の少なくとも一部に配した基材411における、飛翔対象材料421が配された表面と対向する表面側から基材411に対しガウシアンレーザビーム431を照射した場合の一例を示す模式図である。
図15Aに示すように、飛翔対象材料421が配された表面と対向する表面側からガウシアンレーザビーム431を照射すると、基材411を介して飛翔対象材料421にガウシアンレーザビーム431が照射される。ガウシアンレーザビーム431が飛翔対象材料421に照射されると、レーザビームのエネルギーによって飛翔対象材料421が融点以上に加熱され、基材411と飛翔対象材料421との界面における結合力(分子間力)を減少させる。
ガウシアンレーザビーム431の断面強度分布432は、ガウシアンレーザビーム431の中心で最大値になり、辺縁に向かって徐々にその強度が小さくなっていく。このため、
図15Bに示すように、飛翔対象材料421にはガウシアンレーザビーム431の中心から外側に向かう方向への力が生じやすくなる。その結果、
図15Cに示すように、飛翔する飛翔対象材料421が飛散し、対象441に散り散りに付着することになってしまう。
図15Dは、飛翔対象材料421を表面の少なくとも一部に配した基材411における、飛翔対象材料421が配された表面と対向する表面側から基材411に対し均熱照射レーザビーム433を照射した場合の一例を示す模式図である。
均熱照射レーザビームの場合においても、基材411を介して飛翔対象材料421にレーザビームが照射され、レーザビームのエネルギーによって飛翔対象材料421が融点以上に加熱され、基材411と飛翔対象材料421との界面における結合力を減少させる点はガウシアンレーザビームの場合と同様である。しかしながら、本発明においては飛翔対象材料421に均熱領域を生じさせるようにレーザビームを照射する。即ち、上述したように、断面強度分布434が略均一である均熱照射レーザビーム433を飛翔対象材料421に照射するため、
図15Eに示すように、飛翔対象材料421には均熱照射レーザビーム433の照射方向と同方向の力が生じる。その結果、
図15Fに示すように、飛翔対象材料421がレーザビームの照射方向と同じ方向へ飛翔し、飛翔対象材料421の飛散を抑制して対象441へ付着させることができる。
【0056】
また、レーザビームの大きさ(幅)を表す指標の一つとして、「半値全幅(Full Width at Half Maximum:FWHM)」及び「1/e
2幅」がある。
「半値全幅(FWHM)」とは、レーザビームの最大強度の半分におけるレーザビームのスペクトル幅を意味する(例えば、
図13中、Aの強度におけるスペクトル幅)。
「1/e
2幅」とは、レーザビームの断面強度分布において最大強度の13.5%に相当する強度の値の2点間の距離をレーザビーム径(直径)とみなす指標を意味する(例えば、
図13中、Bの強度におけるスペクトル幅)。
この「半値全幅(FWHM)」と、「1/e
2幅」と、の比をho(FWHM/(1/e
2幅))としたとき、理想的なガウシアンレーザビームの場合ではhoは「0.6」となり、理想的なトップハットビームの場合ではhoは「1」となる。
ガウシアンレーザビームの場合、レーザビームのエネルギー強度が大きくなると、その強度における照射面積は小さくなる。また、ガウシアンレーザビームは中心に近づくにつれてそのレーザビームの強度が高くなる。即ち、ガウシアンレーザビームは、照射領域におけるエネルギー強度が不均一となる。
一方、均熱照射レーザビームは、最大強度を有するトップハットビームは、「半値全幅(FWHM)」と、「1/e
2幅」と、の比ho(FWHM/(1/e
2幅))が理論的には「1」となるものであり、照射領域(「1/e
2幅」)におけるレーザビームのエネルギー強度が均一である。
本発明者らにより、レーザビームの進行方向と直交する断面におけるレーザビームのエネルギー強度分布の半値全幅(FWHM)と、1/e
2幅との比ho(FWHM/(1/e
2幅))が、0.6<ho<1、を充たすように飛翔対象材料にレーザビームを照射することが好ましく、0.7≦ho≦0.9を充たすことがより好ましい。なお、上記
図12Bに示した均熱照射レーザビームのho(FWHM/(1/e
2幅)は0.85であった。
【0057】
レーザビームの進行方向と直交する断面において、1/e2幅を底辺としたときの均熱照射レーザビームのエネルギー強度分布の形状としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、正方形、長方形、平行四辺形、円形、楕円形などが挙げられる。
【0058】
均熱照射レーザビームの生成方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、均熱照射レーザビーム変換手段などが挙げられる。
均熱照射レーザビーム変換手段としては、上述した均熱領域を生じさせることができれば特に制限はなく、例えば、非球面レンズ、回折光学素子(Diffractive Optical Element;DOE)などの位相マスク、液晶位相変換素子(SLM)などの位相変換手段などが挙げられる。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0059】
非球面レンズを用いる手法は、幾何学的にガウシアンレーザビームを均熱照射レーザビームへ変換する手法である。
図16Aは、非球面レンズを用いた幾何学的手法により均熱照射レーザビームを調整する一例を示す模式図である。
図16Aに示すように、ガウシアンレーザビームを非球面レンズ511に通過させることにより、ガウシアンレーザビームの断面強度分布432を有するレーザビームを、レーザビームの中央部521を凹レンズ効果で拡大し、レーザビーム周辺部522を凸レンズ効果で収束させ、照射面(基材)512において、均熱照射レーザビームの断面強度分布434を有するレーザビームを調整することができる。
【0060】
回折光学素子(Diffractive Optical Element;DOE)などの位相マスクを用いる手法は、波動光学的にガウシアンレーザビームを均熱照射レーザビームへ変換する手法である。
図16Bは、DOEを用いて波動光学的手法により均熱照射レーザビームを調整する一例を示す模式図である。
図16Bに示すように、ガウシアンレーザビームをDOE531に通過させることにより、レーザビームの中央部は凹レンズ効果となる位相分布、レーザビーム周辺部は凸レンズ効果となる位相分布を与えて、波面を制御することにより均熱照射レーザビームとすることができる。なお、
図16B中、541は集光レンズを、551は基材を表す。
【0061】
液晶位相変換素子(SLM)などの位相変換手段を用いる手法は、レーザビームの位相分布を変換(時間的に空間光変調)可能であるため、波面を重畳させた波面を時間的に変化させてもよい。
【0062】
また、上述のもの以外の例としては、反射型液晶位相変換素子とプリズムとの組み合わせを用いることもできる。
図16Cは、反射型液晶位相変換素子561とプリズム562との組み合わせにより均熱照射レーザビームを調整する一例を示す模式図である。
【0063】
レーザビーム変換光学系及びfθレンズにより、均熱照射レーザビームに変換して、均熱照射レーザビームを飛翔対象材料上に照射する。基材上に照射されたレーザビームの大きさ(直径、1/e2幅)は20μm以上200μm以下が好ましく、30μm以上150μm以下がより好ましい。
レーザビームの大きさを20μm以上200μm以下とすることにより、レーザ走査による品質維持を可能とし、高解像度の2次元描画又は3次元プリンティングを可能とする。
【0064】
均熱照射レーザビームのエネルギーとしては、レーザビームのフルエンスについて、飛翔対象材料が配された表面におけるレーザビームのフルエンスFB(J/cm2)が、レーザビームが照射される基材の表面におけるレーザビームのフルエンスFF(J/cm2)の20%以上であることが好ましく、20%以上80%以下であることがより好ましい。
なお、フルエンス(J/cm2)といえば、通常は、入射側のフルエンス(フロントサイドフルエンス、FF)を指す。それと、材料の吸収係数で議論することが多い。しかしながら、光吸収材膜の光照射と反対側の膜表面のフルエンス(バックサイドフルエンス、FB)を制御することが飛翔品質に重要であることが本発明者らの検討によってわかった。
【0065】
次に、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法を実施する飛翔体発生装置の実施形態について図面を用いて説明する。
図17Aは、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法を実施する飛翔体発生装置の一例を示す模式図である。
図17Aに示すように、本発明の飛翔体発生装置700は、図示しない光源から照射されるレーザビーム711、ビーム変換光学系721、及び集光光学系731を有し、基材741、飛翔対象材料751、及び被付着媒体761とともに使用する。飛翔体発生装置700において、図示しない光源から照射されたレーザビーム711は、所望のビームプロファイルに変換するためにビーム変換光学系721、集光光学系731としてのfθレンズなどを通過し、飛翔対象材料751に基材741を介して照射されるようになっている。レーザビーム711が照射された飛翔対象材料751は、間隙(ギャップ)771を介して基材741に配された飛翔対象材料751と対向するように設けられた被付着媒体761に向かって飛翔し、付着する(付着後の飛翔対象材料752)。飛翔対象材料751と被付着媒体761との間隙(ギャップ)771は、図示しないギャップ保持手段により調整され、被付着媒体761の平面方向の位置調整は、図示しない位置調整手段によって行うことができる。
図17Bは、本発明の飛翔体発生装置の他の一例を示す模式図である。
図17Bに示すように、図は便宜上、軸対称モデルとしている。
図17Bに示すように、飛翔体発生装置は、光源811、ビーム変換光学系821、走査光学系である(X-Y)ガルバノスキャナ831、集光光学系である集光レンズ841を有しており、試料台881上に飛翔対象材料853と、レーザエネルギー吸収材料(アシスト膜)852と、を表面の少なくとも一部に配した透明体(基材)851を設置することができるようになっている。また、透明体(基材)851と被付着物(アクセプター基板)861との間隙を設けるためのGap(ギャップ)保持部材871を有している。なお、飛翔体発生装置は、光源811から照射されるガウシアンレーザビーム812をビーム変換光学系821において均熱照射レーザビーム813に変換している。
また、
図17Bに示した飛翔体発生装置の一例においては、光源811、ビーム変換光学系821、走査光学系であるガルバノスキャナ831、及び集光レンズ841を有する飛翔対象材料飛翔手段により、飛翔対象材料853が配された表面と対向する表面側から透明体(基材)851に対しレーザビーム813を照射することにより、レーザビーム813の照射方向に飛翔対象材料853を飛翔させる。そして、
図17Bに示した飛翔体発生装置の一例では、飛翔させた飛翔対象材料853(飛翔体)は、被付着物(対象)861に付着する。
【0066】
(MALDI質量分析用測定試料調製用基材)
本発明のMALDI質量分析用測定試料調製用基材は、基板上に、波長が400nm以上のレーザビームのエネルギーを吸収可能なレーザエネルギー吸収材料と、マトリックスとをこの順で有し、更に必要に応じてその他の材料を有する。
本発明のMALDI質量分析用測定試料調製用基材は、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法におけるマトリックスプレートと同様である。
【0067】
(MALDI質量分析用測定試料)
MALDI質量分析用測定試料としては、MALDI質量分析対象の試料と、試料上に所定位置に配された1種又は2種以上のマトリックスとを有する限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。なお、MALDI質量分析する際には、MALDI質量分析用測定試料は、導電性の基板上に載置する必要がある。
【0068】
MALDI質量分析用測定試料としては、MALDI質量分析対象の試料の所定位置に対し、基材からマトリックスを複数回飛翔させて配させることができる。基材からマトリックスを複数回飛翔させて配させることができると、マトリックスの量を調整できる点で有利である。
【0069】
<試料>
MALDI質量分析対象の試料としては、MALDI質量分析で分析できる限り特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、凍結脳組織、動物全身切片、種子、印刷画像などが挙げられる。
【0070】
(MALDI質量分析方法)
本発明のMALDI質量分析方法は、本発明のMALDI質量分析用測定試料を用いてMALDI質量分析を行う限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
MALDI質量分析方法としては、例えば、MALDI-TOF-MS(株式会社ブルカーダルトニクス製)により行うことができる。
【0071】
(MALDI質量分析用測定試料調製プログラム)
本発明のMALDI質量分析用測定試料調製プログラムは、MALDI質量分析対象の試料の位置情報に基づき、MALDI質量分析用測定試料の調製に用いるマトリックスを表面に配した基材における、マトリックスが配された側とは反対側の基材の表面にレーザビームを照射することにより、マトリックスを基材から飛翔させ、MALDI質量分析対象の試料の所定位置に配させる処理をコンピュータに実行させる。
【0072】
本発明のMALDI質量分析用測定試料調製プログラムは、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法を実施するために好適に実行される。
つまり、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製プログラムは、ハードウェア資源としてのコンピュータ等を用いることにより、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製方法を実行できる。また、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製プログラムは、一又は複数のコンピュータやサーバの少なくともいずれかによって実行されてもよい。
【0073】
本発明のMALDI質量分析用測定試料調製プログラムによる処理では、それぞれ異なる種類のマトリックスが配された複数のマトリックスプレートを所定の位置に予め設置し、測定試料を載置したITOコートスライドガラスを所定の位置に固定した状態で行われる。
【0074】
本発明のMALDI質量分析用測定試料調製プログラムによる処理は、例えば、
図3A及び
図3Bに示すようなMALDI質量分析用測定試料調製装置により実行することができる。
【0075】
図3Aは、MALDI質量分析用測定試料調製装置のハードウェアの一例を示すブロック図である。
図3Aに示すように、このMALDI質量分析用測定試料調製装置100は、マウス110と、CPU120と、ディスプレイ130と、レーザビーム照射手段140と、プレート交換機構150と、記憶手段160とを有する。CPU120は、各部と接続されている。
【0076】
マウス110は、後述する入力部110aにより「マトリックスの種類」と「レーザビームを照射する測定試料の位置」の情報を対応させた照射データをユーザから受け付ける。また、マウス110は、MALDI質量分析用測定試料調製装置100に対する他の入力を受け付ける。
【0077】
CPU120は、プロセッサの一種であり、種々の制御や演算を行う処理装置である。CPU120は、記憶手段160などが記憶するファームウェアなどを実行することにより、種々の機能を実現する。CPU120は、後述する制御部120aに対応する。
【0078】
ディスプレイ130は、後述する出力部130aにより各種指示を受け付ける画面を表示する。
【0079】
レーザビーム照射手段140は、例えば、
図2で示したレーザビーム照射手段と同様であり、後述する出力部130aにより、レーザビームをマトリックスプレートの所定の位置に照射することができる。
【0080】
プレート交換機構150は、後述するプレート交換部150aにより、装置内に格納されている各種のマトリックスが配されているマトリックスプレートを交換する機構である。
【0081】
記憶手段160は、MALDI質量分析用測定試料調製装置100を動作させる各種プログラムなどを記憶している。
【0082】
図3Bは、MALDI質量分析用測定試料調製装置の機能の一例を示すブロック図である。
図3Bに示すように、このMALDI質量分析用測定試料調製装置100は、入力部110aと、制御部120aと、出力部130aと、照射部140aと、プレート交換部150aと、記憶部160aとを有する。制御部120aは、各部と接続されている。
【0083】
入力部110aは、制御部120aの指示に従い、「マトリックスの種類」と「レーザビームを照射する測定試料の位置」の情報を対応させた照射データを、マウス110によりユーザから受け付ける。
照射データの受け付けは、例えば、ITOコートスライドガラス上に載置した測定試料を撮像した画像上に、マトリックスの種類と照射位置を入力するようにしてもよい。
なお、入力部110aは、ユーザからの他の入力を受け付ける。
【0084】
制御部120aは、入力部110aで受け付けた照射データを記憶部160aに格納する。また、制御部120aは、MALDI質量分析用測定試料調製装置100全体の動作を制御する。
【0085】
出力部130aは、制御部120aの指示に従い、ディスプレイ130に各種指示を受け付ける画面を表示する。
【0086】
照射部140aは、制御部120aの指示に従い、レーザビーム照射手段140を動作させ、プレート交換部150aにより配置されたマトリックスプレートにレーザビームを照射させることができる。
【0087】
プレート交換部150aは、照射データに基づいた制御部120aの指示に従い、マトリックスプレートを交換する。マトリックスプレートは、装置内に複数格納されており、それぞれ異なる種類のマトリックスの粉体がプレート上に配されており、プレート交換機構150により交換される。
【0088】
記憶部160aは、制御部120aの指示に従い、入力部110aで受け付けた照射データや各種プログラムなどを記憶手段160に記憶させる。
【0089】
図3Cは、本発明のMALDI質量分析用測定試料調製プログラムの処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0090】
ステップS101では、入力部110aは、「マトリックスの種類」と「レーザビームを照射する測定試料の位置」の情報を対応させた照射データを、マウス110によりユーザから受け付けると、処理をS102に移行する。
【0091】
ステップS102では、制御部120aは、照射データに基づいてレーザビーム照射手段140の照射位置を移動させると、処理をS103に移行する。
【0092】
ステップS103では、照射部140aは、レーザビーム照射手段140により、マトリックスプレートに配されているマトリックスを飛翔させ、マトリックスを試料切片に配すると、処理をS104に移行する。
【0093】
ステップS104では、制御部120aは、照射データの内容が全て完了したか否かを判定する。制御部120aは、照射データの内容が全て完了したと判定すると本処理を終了し、照射データの内容が全て完了していないと判定すると、処理をS105に移行する。
【0094】
ステップS105では、制御部120aは、照射データに基づき、マトリックスプレートの交換が必要か否かを判定する。制御部120aは、マトリックスプレートの交換が必要であると判定すると処理をS106に移行し、マトリックスプレートの交換が必要でないと判定すると処理をS102に戻す。
【0095】
ステップS106では、交換部120は、マトリックスプレートの交換を行うと、処理をS102に戻す。
【0096】
このように、本発明に用いるMALDI質量分析用測定試料調製プログラムは、MALDI質量分析対象の試料の位置情報に基づき、MALDI質量分析用測定試料の調製に用いるマトリックスを表面に配した基材における、マトリックスが配された側とは反対側の基材の表面にレーザビームを照射することにより、マトリックスを基材から飛翔させ、MALDI質量分析対象の試料の所定位置に配させる処理をコンピュータに実行させる。
【実施例】
【0097】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
以下では、
図2に示したレーザビーム照射手段140により、パルス発振させたレーザビームを2種のマトリックスA及びBにそれぞれ照射して、1つの試料切片に2種のマトリックスのドットを配するようにした実施例及び比較例について説明する。
【0098】
(実施例1)
[マトリックス溶液の調製]
<マトリックス溶液Aの調整>
マトリックスAとするシナピン酸(Sinapic acid:SA)を溶媒であるTHF(東京化成工業株式会社製)に溶解し、固形分1質量%のシナピン酸THF溶液をマトリックス溶液Aとして調製した。
【0099】
<マトリックス溶液Bの調整>
次に、マトリックスBとするα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸(α-cyano-4-hydroxycinnamic acid:HCCA)を溶媒であるTHF(東京化成工業株式会社製)に溶解し、固形分1質量%のα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸THF溶液をマトリックス溶液Bとして調製した。
【0100】
<マトリックス溶液Cの調整>
次に、マトリックスCとする2,5-ジヒドロキシ安息香酸(2,5dihydroxybenzonic acid:DHB)を溶媒であるTHF(東京化成工業株式会社製)に溶解し、固形分1質量%の2,5-ジヒドロキシ安息香酸THF溶液をマトリックス溶液Cとして調製した。
【0101】
[マトリックスプレートの作製]
<マトリックスプレートAの作成>
基材としてのスライドガラス(S2441、スーパーフロスト ホワイト、松浪硝子工業株式会社製)の片側表面に平均厚みが50nmとなるよう、金を真空蒸着した。金を蒸着紙面上に、調製したマトリックス溶液Aを、
図1A~
図1Cで示した粉体形成技術を用いて針状結晶の長辺における1次平均粒子径20μmのマトリックスAの粉体を形成し、平均厚みが5μmになるようにマトリックスAの粉体層を形成し、
図4Aに示す構成のマトリックスプレートAを作製した。
【0102】
<マトリックスプレートBの作成>
マトリックス溶液Aをマトリックス溶液Bに変更した以外はマトリックスプレートAと同様に、1次平均粒子径10μmのマトリックスBの粉体を形成し、平均厚みが5μmになるようにマトリックスBの粉体層を形成し、マトリックスプレートBを作製した。
【0103】
<マトリックスプレートCの作成>
マトリックス溶液Aをマトリックス溶液Cに代えた以外はマトリックスプレートAと同
様に、1次平均粒子径15μmのマトリックスCの粉体を形成し、平均厚みが5μmになるようにマトリックスCの粉体層を形成し、マトリックスプレートCを作製した。
【0104】
<マトリックスプレートDの作成>
基材としてのスライドガラス(S2441、スーパーフロスト ホワイト、松浪硝子工業株式会社製)の表面に、調製したマトリックス溶液Aを、
図1A~
図1Cで示した粉体形成技術を用いて1次平均粒子径20μmのマトリックスAの粉体を形成し、平均厚みが5μmになるようにマトリックスAの粉体層を形成し、
図4Bに示す構成のマトリックスプレートDを作製した。
【0105】
<マトリックスプレートEの作成>
マトリックス溶液Aをマトリックス溶液Bに変更した以外はマトリックスプレートDと同様に、1次平均粒子径10μmのマトリックスBの粉体を形成し、平均厚みが5μmになるようにマトリックスBの粉体層を形成し、
図4Bに示す構成のマトリックスプレートEを作製した。
【0106】
<マトリックスプレートFの作成>
マトリックス溶液Aをマトリックス溶液Cに変更した以外はマトリックスプレートDと同様に、1次平均粒子径15μmのマトリックスCの粉体を形成し、平均厚みが5μmになるようにマトリックスCの粉体層を形成し、
図4Bに示す構成のマトリックスプレートFを作製した。
【0107】
<マトリックスプレートGの作成>
基材としてのスライドガラス(S2441、スーパーフロスト ホワイト、松浪硝子工業株式会社製)の片側表面に平均厚みが50nmとなるよう、金を真空蒸着した基材上に、調製したマトリックス溶液Aを、
図1Dで示した静電塗布技術を用いて1次平均粒子径10μmのマトリックスAの粉体を形成し、平均厚みが5μmになるようにマトリックスAの粉体層を形成し、
図4Aに示す構成のマトリックスプレートGを作製した。
【0108】
<マトリックスプレートHの作成>
マトリックス溶液Aをマトリックス溶液Bに変更した以外はマトリックスプレートGと同様に、1次平均粒子径10μmのマトリックスBの粉体を形成し、平均厚みが5μmになるようにマトリックスBの粉体層を形成し、
図4Aに示す構成のマトリックスプレートHを作製した。
【0109】
[標準試料群の作製]
まず、標準試料としてのペプチドキャリブレーションスタンダードIIの1本分の内容物を0.1%THF溶媒125μLに溶解し、数秒間振動攪拌する。
この溶解液53を
図5Aに示した「MTP384 Targret Ground SteelBC」51の縦AからP、横1から24に配置された円内にマイクロシリンジ52にて1μL毎に滴下し(
図5B)、乾燥させて標準試料群を作製した。同様の操作で同じ標準試料群を作製し、2つの標準試料群(標準試料群1及び標準試料群2)を作製した。
【0110】
[レーザビーム照射手段の準備]
<レーザビーム照射手段Aの準備>
レーザビーム照射手段は、
図2に示したレーザビーム照射手段140を用いた。
具体的には、レーザビーム源(YAG)は、YAG結晶を励起させてレーザ発振させるYAGレーザを用いた。このレーザビーム源を用いて、発生させたレーザビームにおける波長を1,064nm、ビーム径を1.25mm×1.23mm、パルス幅を2ナノ秒、パルス周波数を20Hzとした1パルスのレーザビームを発生させた。発生させた1パルスのレーザビームを、ビーム径変更部材としての集光レンズ(シグマ光機社製、YAGレーザ集光レンズ)に照射して、マトリックスに照射させたときのビーム径を100μm×100μmであるようにした。前記ビーム径変更部材を経た前記レーザビームを、前記ビーム波長変更素子として用いたLBO結晶(CESTEC社製)に照射して、前記波長が1,064nmから532nmに変更した。そのレーザビームを、エネルギー調整フィルタ(シグマ光機株式会社製、NDフィルタ)に通過させることにより、マトリックスに照射させたときのレーザ出力を調整し、50μJ/ドットとした。
【0111】
<レーザビーム照射手段Bの準備>
レーザビーム照射手段Bは、レーザビーム照射手段Aにおいて、前記波長変更手段で変更したレーザビームを、螺旋位相板(ルミネックス社製、Vortexフェイズプレート)に通過させて光渦レーザビームに変換させた。次に、螺旋位相板により変換させた光渦レーザビームを、螺旋位相板の下流に配置されている1/4波長板(QWP;株式会社光学技研製)に通過させた。このとき、式(1)で表されるトータルの回転モーメントJが2であるように、螺旋位相板と1/4波長板の光学軸を+45°に設定した。変換させた光渦レーザビームを、エネルギー調整フィルタ(シグマ光機株式会社製、NDフィルタ)に通過させることにより、マトリックスに照射させたときのレーザ出力を調整し、50μJ/ドットとした。この変更以外はレーザビーム照射手段Aと同様である。
【0112】
<レーザビーム照射手段Cの準備>
レーザビーム照射手段Cは、レーザビーム照射手段Bにおいて、さらにLBO結晶で1,064nmのレーザビームと532nmのレーザビームを使って、和周波数発生を行う波長変更手段を用いて355nmのレーザビームに変更した以外はレーザビーム照射手段Bと同様である。
【0113】
<レーザビーム照射手段Dの準備>
レーザビーム照射手段Dは、
図17A及び
図17Bを例としたレーザ照射手段を用いた。
波長1064nmのNd:YAGレーザ光源ユニットから射出したレーザを、空間アイソレータ、λ/4板、コリメートレンズを通過させた。音響光学偏向素子(AOM)は、PC及びコントローラからのON/OFF信号をもとに、0次光と1次光に時間的に分離することで、レーザ光源の周波数を制御した。ミラーとレンズを通過する際に0次光はカットされ、1次光のみが非線形光学結晶(SHG素子)を通過し、非線形光学効果により、2次高調波(SHG)が発生し、波長532nmのGreen光を発生させた。
次に、ハーモニックセパレータHSにより、基本波と2次高調波を分離させ、Green単色のレーザビーム(Green光)を得た。
得られたGreen光は、収差補正や縦横変倍素子により、位相分布と強度分布を補正され、ズームレンズを通過して、均熱照射レーザビームに変換する
図16Aに示すレーザビーム変換手段に入射されるようにした。
その後、ミラー、ND、そのほかの光学素子を通過して、ガルバノミラーなどの光偏向器で反射され、集光レンズ(焦点距離:100mm)を介してマトリックスに照射させたときのレーザ出力を50μJ/dotとした。
【0114】
[MALDI質量分析用測定試料群の作製]
(実施例1)
図6Aに示すように、マトリックスプレートA(200)の表面に形成したマトリックスAの粉体層(202)を標準試料群1の試料面と対向させ、マトリックスプレートAの裏面(マトリックスを有していない面)からレーザビーム照射手段Aによりガウスレーザビームを垂直に照射できるように設置した。
図6A中、図示していないが、マトリックスプレートA(200)において、マトリックスAの粉体層(202)と、基材201との間には、レーザエネルギー吸収材料が配されている。なお、標準試料切片とマトリックスAの粉体層との間隙Gを100μmとした。
次に、
図6B及び
図6Cに示すように、マトリックスプレートAの裏面からレーザビーム照射手段AにてマトリックスAの粉体をマトリックスプレートAから飛翔させて試料位置A-1に、マトリックスドット径200μm、ドット間距離10μmで縦横10ドットずつ正方状に配させた。更にA-2からA-12まで同様にマトリックスAのドットを形成しMALDI質量分析用測定試料群Aを得た。
【0115】
(実施例2)
MALDI質量分析用測定試料群Aと同様に、マトリックスプレートAをマトリックスプレートBに変更しマトリックスドットをB-1からB-12形成することで、MALDI質量分析用測定試料群Bを得た。
【0116】
(実施例3)
MALDI質量分析用測定試料群Aと同様に、マトリックスプレートAをマトリックスプレートCに変更しマトリックスドットをC-1からC-12に形成することで、MALDI質量分析用測定試料群Cを得た。
【0117】
(実施例4)
図6Aに示すように、マトリックスプレートAの表面に形成したマトリックスAの粉体層を標準試料群1の試料面と対向させ、マトリックスプレートAの裏面(マトリックスを有していない面)からレーザビーム照射手段Bにより光渦レーザビームを垂直に照射できるように設置した。なお、標準試料切片とマトリックスAの粉体層との間隙を100μmとした。
次に、
図6B及び
図6Cに示すように、マトリックスプレートAの裏面(マトリックスを有していない面)からレーザビーム照射手段BにてマトリックスAの粉体をマトリックスプレートAから飛翔させて試料位置D-1に、マトリックスドット径200μm、ドット間距離10μmで縦横10ドットずつ正方状に配させた。更にD-2からD-12まで同様にマトリックスAのドットを形成しMALDI質量分析用測定試料群Dを得た。
【0118】
(実施例5)
MALDI質量分析用測定試料群Dと同様に、マトリックスプレートAをマトリックスプレートBに変更しマトリックスドットをE-1からE-12に形成することで、MALDI質量分析用測定試料群Eを得た。
【0119】
(実施例6)
MALDI質量分析用測定試料群Dと同様に、マトリックスプレートAをマトリックスプレートCに変更しマトリックスドットをF-1からF-12に形成することで、MALDI質量分析用測定試料群Fを得た。
【0120】
(実施例7)
MALDI質量分析用測定試料群Dと同様に、マトリックスプレートAをマトリックスプレートGに変更しマトリックスドットをG-1からG-12に形成することで、MALDI質量分析用測定試料群Gを得た。
【0121】
(実施例8)
MALDI質量分析用測定試料群Dと同様に、マトリックスプレートAをマトリックスプレートHに変更しマトリックスドットをH-1からH-12に形成することで、MALDI質量分析用測定試料群Hを得た。
【0122】
(実施例9)
図6Aに示すように、マトリックスプレートAの表面に形成したマトリックスAの粉体層を標準試料群2上の標準試料と対向させ、マトリックスプレートAの裏面(マトリックスを有していない面)からレーザビーム照射手段Dにより均熱照射レーザビームを垂直に照射できるように設置した。なお、標準試料切片とマトリックスAの粉体層との間隙を100μmとした。
次に、
図6B及び
図6Cに示すように、マトリックスプレートAの裏面(マトリックスを有していない面)からレーザビーム照射手段DにてマトリックスAの粉体をマトリックスプレートAから飛翔させて試料位置A-1に、マトリックスドット径200μm、ドット間距離10μmで縦横10ドットずつ正方状に配させた。更にA-2からA-12まで同様にマトリックスAのドットを形成しMALDI質量分析用測定試料群Qを得た。
【0123】
(実施例10)
MALDI質量分析用測定試料群Qと同様に、マトリックスプレートAをマトリックスプレートBに変更しマトリックスドットをB-1からB-12形成することで、MALDI質量分析用測定試料群Rを得た。
【0124】
(比較例1)
図6Aに示すように、マトリックスプレートDの表面に形成したマトリックスAの粉体層を標準試料群1の試料面と対向させ、マトリックスプレートDの裏面(マトリックスを有していない面)からレーザビーム照射手段Bにより光渦レーザビームを垂直に照射できるように設置した。なお、標準試料切片とマトリックスAの粉体層との間隙を100μmとした。
次に、
図6B及び
図6Cに示すように、マトリックスプレートDの裏面(マトリックスを有していない面)からレーザビーム照射手段AにてマトリックスAの粉体をマトリックスプレートAから飛翔させて試料位置K-1に、マトリックスドット径200μmのドットを形成しようと試みたが、マトリックスプレートDからマトリックスAは飛翔せず、試料位置K-1のマトリックスドットを形成することはできなかったが、これをMALDI質量分析用測定試料群Kとした。
【0125】
(比較例2)
マトリックスプレートDをマトリックスプレートEに変更し、同様に試料位置L-1に、マトリックスドット径200μmのドットを形成しようと試みたが、マトリックスプレートEからマトリックスBは飛翔せず、試料位置L-1のマトリックスドットを形成することはできなかったが、これをMALDI質量分析用測定試料群Lとした。
【0126】
(比較例3)
マトリックスプレートDをマトリックスプレートFに変更し、同様に試料位置M-1に、マトリックスドット径200μmのドットを形成しようと試みたが、マトリックスプレートFからマトリックスCは飛翔せず、試料位置M-1のマトリックスドットを形成することはできなかったが、これをMALDI質量分析用測定試料群Mとした。
【0127】
(比較例4)
図6Aに示すように、マトリックスプレートDに表面に形成したマトリックスAの粉体層を標準試料群1の試料面と対向させ、マトリックスプレートDの裏面(マトリックスを有していない面)からレーザビーム照射手段Cにより光渦レーザビームを垂直に照射できるように設置した。なお、標準試料切片とマトリックスAの粉体層との間隙を100μmとした。
次に、
図6B、Cに示すように、マトリックスプレートAの裏面(マトリックスを有していない面)からレーザビーム照射手段AにてマトリックスAの粉体をマトリックスプレートAから飛翔させて試料位置N-1に、マトリックスドット径200μm、ドット間距離10μmで縦横10ドットずつ正方状に配させた。更にN-2からN-12まで同様にマトリックスAのドットを形成しMALDI質量分析用測定試料群Nを得た。
【0128】
(比較例5)
MALDI質量分析用測定試料群Nと同様に、マトリックスプレートDをマトリックスプレートEに変更しマトリックスドットをO-1からO-12に形成することで、MALDI質量分析用測定試料群Oを得た。
【0129】
(比較例6)
MALDI質量分析用測定試料群Nと同様に、マトリックスプレートDをマトリックスプレートFに変更しマトリックスドットをP-1からP-12に形成することで、MALDI質量分析用測定試料群Pを得た。
【0130】
次に、以下のようにして、「マトリックスの飛翔の有無」、「MALDI質量分析の検出感度」について評価した。
【0131】
[レーザによるマトリックス飛翔比較]
本発明のレーザビーム照射手段Aとレーザビーム照射手段Bによるマトリックス飛翔を比較した。
マトリックスを飛翔させるために、無色透明のため可視化出来ないマトリックスの代わりに、可視化可能であり本発明のマトリックス同様に結晶性を持つ有機低分子量物質である赤色有機染料アシッドレッド151をマトリックス層の代替とした染料プレートを用いて、飛翔比較をした結果を
図9B及び
図9Dに示す。
レーザビーム照射手段Aのガウスレーザ91はマトリックスを所定の位置に配置する際、標準試料切片とマトリックス層との間隙が広いとチリが発生しやすいため(
図9B)、前記間隔を狭くする必要があるが、レーザビーム照射手段Bの光渦レーザビーム92を用いる事でチリが発生しにくくなるため(
図9D)、標準試料切片とマトリックス層との間隙を広げることが可能となり、試料切片へのマトリックスを飛翔させる際のダメージ(例えば、分子量変化など)を更に受けにくくすることができる。
本発明での実験ではレーザビーム照射手段Bはマトリックス層と標準試料の間隔が200μmでチリの発生なく正確なドットを形成できたが、レーザビーム照射手段Aでは前記間隔を100μmにしないとチリが発生し、レーザビーム照射手段Bと同等の正確なドットが形成できなかった。
【0132】
[MALDI質量分析]
マトリックスの粉体を配したMALDI質量分析用測定試料群AからPをMALDI-TOF-MS(株式会社ブルカーダルトニクス製 autoflex III LRF200-CID)を用いてMALDI質量分析を行った。結果の代表例を
図7A~
図7C及び
図8A~
図8Cに示す。なお、
図7A~
図7C及び
図8A~
図8C中、横軸は質量(m/z)、縦軸は検出強度を示す。
[評価方法]
計測で得られたデータに関し、以下の評価を行った。
-試料への影響について-
各MALDI質量分析用測定試料群の12点の検出データに対し、1点当たりレーザエネルギー強度50%でスキャンし、1500ショットした時の検出対象物の検出ピークを測定した。マトリックスの種類によって検出ピーク値は異なるが、前記マトリックス飛翔時のレーザの影響は比較的分子量の大きい成分が受けやすく、ダメージが大きいほど分子鎖が切れ検出ピークの比が減少する傾向となる。
標準試料の代表的なピークの中でも比較的分子量の小さい分子量759付近のソマトスタチン28(図中、a1の矢印のピーク)の検出ピーク強度Xと、比較的分子量の大きい分子量3149付近のブラジキニン(1-7)(図中、a2の矢印のピーク)の検出ピーク強度Yと、の比(Y/X)にて、標準試料のダメージについて評価した。
[評価基準]
・マトリックスA及びBを用いた場合、12点の検出データにおける前記検出強度比(Y/X)の最低値により下記評価基準に基づき評価した。
良好:検出強度比(Y/X)の最低値が3以上
検出可能:検出強度比(Y/X)の最低値が1以上3未満
検出不可:検出強度比(Y/X)の最低値が1未満
・マトリックスCの場合、12点の検出データにおける前記検出強度比Y/Xの最低値により下記評価基準に基づき評価した。なお、マトリックスCは比較的高分子量の成分の検出強度が出にくいマトリックス種である。
良好:検出強度比(Y/X)の最低値が0.1以上
検出可能:検出強度比(Y/X)の最低値が0.05以上0.1未満
検出不可:検出強度比(Y/X)の最低値が0.05未満
-検出のバラツキ(振れ幅)-
各MALDI質量分析用測定試料群の12点の検出データに対し前記検出強度比(Y/X)の平均値Aveと最大値Max、最小値Minについて、下記評価基準に基づき評価した。結果を表1に示す。なお、検出のバラツキ(振れ幅)は、下記評価基準に記載の次式、{(Max-Min)/(2×Ave)}×100、から求められる数値を用いて評価した。
[評価基準]
・マトリックスA及びマトリックスBを用いた場合
優:{(Max-Min)/(2×Ave)}×100が10%未満
良:{(Max-Min)/(2×Ave)}×100が10%以上15%未満
可:{(Max-Min)/(2×Ave)}×100が15%以上20%未満
不可:{(Max-Min)/(2×Ave)}×100が20%以上
・マトリックスCを用いた場合
優:{(Max-Min)/(2×Ave)}×100が10%未満
良:{(Max-Min)/(2×Ave)}×100が10%以上20%未満
可:{(Max-Min)/(2×Ave)}×100が20%以上40%未満
不可:{(Max-Min)/(2×Ave)}×100が40%以上
【0133】
【0134】
本発明の態様としては、例えば、以下のとおりである。
<1> MALDI質量分析用測定試料の調製に用いるマトリックスを表面に配した基材における、前記マトリックスを有する側とは反対側の前記基材の表面にレーザビームを照射することにより、前記マトリックスを前記基材から飛翔させ、MALDI質量分析対象の試料の所定位置に配させることを含み、
前記基材がレーザエネルギー吸収材料を有し、
前記レーザビームのレーザエネルギーの波長が400nm以上である、ことを特徴とするMALDI質量分析用測定試料調製方法である。
<2> 前記基板上に、前記レーザエネルギー吸収材料と、前記マトリックスとをこの順で有する、前記<1>に記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法である。
<3> 前記レーザエネルギー吸収材料の前記レーザビームの透過率が60%以下である、前記<1>から<2>のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法である。
<4> 前記レーザエネルギー吸収材料が金属の薄膜である、前記<1>から<3>のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法である。
<5> 前記金属が金である、前記<4>に記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法である。
<6> 前記基材から飛翔させる前記マトリックスが2種以上である、前記<1>から<5>のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法である。
<7> 前記基材から飛翔させる2種以上の前記マトリックスが、前記MALDI質量分析対象の試料における、互いに異なる所定位置に配させる、前記<1>から<6>のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法である。
<8> 前記MALDI質量分析対象の試料の所定位置に対し、前記基材から前記マトリックスを複数回飛翔させて配させる、前記<1>から<7>のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法である。
<9> 前記レーザビームが、光渦レーザビームである、前記<1>から<8>のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法である。
<10> 前記レーザビームが、均熱照射レーザビームである、前記<1>から<8>のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法である。
<11> 前記<1>から<10>のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法に用いるMALDI質量分析用測定試料調製装置であって、
前記基材の表面にレーザビームを照射するレーザビーム照射手段を有することを特徴とするMALDI質量分析用測定試料調製装置である。
<12> 基板上に、波長が400nm以上のレーザビームのエネルギーを吸収可能なレーザエネルギー吸収材料と、マトリックスとをこの順で有する、ことを特徴とするMALDI質量分析用測定試料調製用基材である。
<13> 前記レーザエネルギー吸収材料が金属の薄膜である、前記<12>に記載のMALDI質量分析用測定試料調製用基材である。
<14> 前記金属が金である、前記<13>に記載のMALDI質量分析用測定試料調製用基材である。
【0135】
前記<1>から<10>のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製方法、前記<11>に記載のMALDI質量分析用測定試料調製装置、及び前記<12>から<14>のいずれかに記載のMALDI質量分析用測定試料調製用基材によれば、従来における前記諸問題を解決し、前記本発明の目的を達成することができる。
【符号の説明】
【0136】
100 MALDI質量分析用測定試料調製装置
140 レーザビーム照射手段
200 マトリックスプレート
201 基材
202 マトリックス
203 レーザエネルギー吸収材料
301 試料切片(試料)
L レーザビーム
【先行技術文献】
【特許文献】
【0137】