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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-10-08
(45)【発行日】2024-10-17
(54)【発明の名称】貴金属の回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 11/00 20060101AFI20241009BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20241009BHJP
   C22B 3/36 20060101ALI20241009BHJP
【FI】
C22B11/00 101
C22B3/44 101A
C22B3/36
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020176673
(22)【出願日】2020-10-21
(65)【公開番号】P2022067845
(43)【公開日】2022-05-09
【審査請求日】2023-07-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 峻平
(72)【発明者】
【氏名】長友 義幸
(72)【発明者】
【氏名】小西 康裕
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 範三
【審査官】有田 恭子
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-154892(JP,A)
【文献】特開2007-016259(JP,A)
【文献】特開2004-043958(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機溶媒、ヨウ素およびヨウ化カリウムを含む抽出液に、金、またはパラジウムのうち少なくとも一方を含む貴金属の含有材料を浸漬して金属溶液を得る溶解工程と、
前記金属溶液に酸を加えてpHを2以下に調整するpH調整工程と、
前記金属溶液に水を加えて容量が2.7倍以上になるように希釈し、前記貴金属のヨウ化物を生成する加水工程と、を有し、
前記有機溶媒は、ラクタム化合物を含むことを特徴とする貴金属の回収方法。
【請求項2】
前記抽出液は、ヨウ素およびヨウ化カリウムを含み、前記ヨウ化カリウムの濃度が30g/L以上、かつ前記ヨウ素の濃度が5g/L以上であり、前記ヨウ化カリウムの濃度は前記ヨウ素の濃度よりも高いことを特徴とする請求項1に記載の貴金属の回収方法。
【請求項3】
前記抽出液に含まれる前記ラクタム化合物の濃度が100g/L以上、600g/L以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の貴金属の回収方法。
【請求項4】
前記加水工程は、前記抽出液に含まれる前記ラクタム化合物の濃度を半分以下にする工程であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の貴金属の回収方法。
【請求項5】
前記加水工程は、平板状結晶または針状結晶の前記貴金属のヨウ化物を沈殿させる工程であることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の貴金属の回収方法。
【請求項6】
前記加水工程で得られる前記貴金属のヨウ化物に含まれる貴金属の量は、前記金属溶液に含まれる貴金属の量に対して90%以上であることを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載の貴金属の回収方法。
【請求項7】
前記貴金属の含有材料は、回路基板であることを特徴とする請求項1から6のいずれか一項に記載の貴金属の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、金、またはパラジウムのうち少なくとも一方を含む貴金属の含有材料から貴金属を回収するための貴金属の回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
貴金属(Au,Ag,Pt,Pd,Rh,Ir,Ru,Os)を含む廃棄物から貴金属を回収する貴金属のリサイクルが行われている。例えば、廃棄されたスマートホンやパソコンの回路基板には金やパラジウムが含まれており、これらの単位重量当たりの含有量は、天然鉱石に含まれる含有量よりも多いこともある。近年、貴金属価格の高騰により、こうした廃棄物から貴金属を効率的に取り出す方法が多数提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1や特許文献2には、貴金属を含む廃棄物を加熱により数百度の高熱で融解し、貴金属を分離して取り出す方法が開示されている。
また、特許文献3には、ヨウ素およびヨウ化カリウムを含む抽出液を用いて、廃棄物に含まれる金を溶解し、更に電気分解を行うことによって金を回収する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5761258号公報
【文献】特許第6604515号公報
【文献】特許第2571591号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1、特許文献2に開示された方法は、廃棄物である回路基板の加熱によって生じる樹脂成分および重金属成分が、貴金属を分離する際に悪影響を及ぼし、貴金属の収率を低下させる懸念があった。また、廃棄物を高熱で融解するために必要な熱エネルギーのコストが大きく、更に、融解時にCOが多く発生するため、環境への負荷が大きいという課題もあった。
【0006】
一方、特許文献3に開示された方法は、抽出液の成分がヨウ素およびヨウ化カリウムだけでは、廃棄物に含まれる貴金属の溶解が不十分であった。廃棄物を抽出液に浸漬するだけで貴金属を十分に溶解させるには、抽出液に有機溶媒を加える必要があるが、この場合、特許文献3に開示されたように、pHを12以上に調整することによって金を沈殿させる方法は適用できないという課題があった。
【0007】
この発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、貴金属の含有材料から、低いエネルギーコストで高収率に貴金属を分離、回収することが可能な貴金属の回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前述の課題を解決するために、本発明の貴金属の回収方法は、有機溶媒、ヨウ素およびヨウ化カリウムを含む抽出液に、金、またはパラジウムのうち少なくとも一方を含む貴金属の含有材料を浸漬して金属溶液を得る溶解工程と、前記金属溶液に酸を加えてpHを2以下に調整するpH調整工程と、前記金属溶液に水を加えて容量が2.7倍以上になるように希釈し、前記貴金属のヨウ化物を生成する加水工程と、を有し、前記有機溶媒は、ラクタム化合物を含むことを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、ラクタム化合物を有する有機溶媒を含む抽出液に対して貴金属の含有材料を浸漬するだけで、貴金属を溶解した金属溶液を得ることができる。そして、この金属溶液のpH調整を行い、水を加えて希釈するだけで相分離を生じさせて、貴金属を固相や油相に移行させることができる。これにより、熱エネルギーを殆ど用いることなく、低コストで、かつ簡易な構成で、貴金属の含有材料に含まれる貴金属を高収率で回収することが可能になる。
【0011】
また、本発明では、前記抽出液は、ヨウ素およびヨウ化カリウムを含み、前記ヨウ化カリウムの濃度が30g/L以上、かつ前記ヨウ素の濃度が5g/L以上であり、前記ヨウ化カリウムの濃度は前記ヨウ素の濃度よりも高くなるようにしてもよい。
【0012】
また、本発明では、前記抽出液に含まれる前記ラクタム化合物の濃度が100g/L以上、600g/L以下であってもよい。
【0013】
また、本発明では、前記加水工程は、前記抽出液に含まれる前記ラクタム化合物の濃度を半分以下にする工程であってもよい。
【0014】
また、本発明では、前記加水工程は、平板状結晶または針状結晶の前記貴金属のヨウ化物を沈殿させる工程であってもよい。
【0015】
また、本発明では、前記加水工程で得られる前記貴金属のヨウ化物に含まれる貴金属の量は、前記金属溶液に含まれる貴金属の量に対して90%以上であってもよい。
【0016】
また、本発明では、前記貴金属の含有材料は、回路基板であってもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、貴金属の含有材料から、低いエネルギーコストで高収率に貴金属を分離、回収することが可能な貴金属の回収方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施形態に係る貴金属の回収方法を段階的に示したフローチャートである。
図2】実施例1で得られた固液分離後の沈殿(固相)の拡大写真である。
図3】実施例13で得られた固液分離後の沈殿(固相)の拡大写真である。
図4】実施例1で得られたAuを含む沈殿(固相)のエネルギー分散型X線分析(EDX)による組成分析結果を示す写真および組成表である。
図5】実施例13で得られたPdを含む沈殿(固相)のエネルギー分散型X線分析(EDX)による組成分析結果を示す写真および組成表である。
図6】実施例1で得られたAuを含む沈殿(固相)の粉末X線回折(XRD)によるピークを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を適用した一実施形態である貴金属の回収方法について図面を参照して説明する。なお、以下に示す実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0020】
図1は、本発明の一実施形態に係る貴金属の回収方法を段階的に示したフローチャートである。
本実施形態の貴金属の回収方法では、例えば電子機器の回路基板(貴金属の含有材料)から貴金属を分離させて回収する手順を説明する。
電子機器の回路基板は、はんだ付け箇所や配線にAu、Pdなどの貴金属が含まれている。なお、本実施形態での貴金属とは、Au,Ag,Pt,Pd,Rh,Ir,Ru,Osの8元素をいう。
【0021】
まず、貴金属としてAu,Pd、および工業的に有用な有価金属としてAl,Niを選択的に溶解させる抽出液を作製する。本実施形態の抽出液としては、水(純水、イオン交換水)にヨウ素、ヨウ化カリウム、および有機溶媒を溶解させて作製する。
【0022】
ヨウ素は水に対する溶解度が低いが、水溶性のヨウ化カリウムを加えることにより、水に対する溶解度が高められる。このため、抽出液に含まれるヨウ化カリウムの濃度は、ヨウ素の濃度よりも高くすることが好ましい。
【0023】
抽出液に含まれるヨウ化カリウムの濃度は30g/L以上、かつヨウ素の濃度は5g/L以上にすることが好ましい。ヨウ化カリウムおよびヨウ素の濃度が上述した下限未満であると、後述する溶解工程において貴金属の溶解度が低下し、実用的ではない。また、ヨウ化カリウムの濃度が30g/L未満であると、水に対してヨウ素が5g/L以上溶解しない懸念がある。
【0024】
抽出液に用いる有機溶媒としては、ラクタム化合物が挙げられる。ラクタム化合物は、アミノ基とカルボキシ基が脱水縮合した環状化合物であり、環状部の一部に[-CO-NH-]基を含んでいる。ラクタム化合物は、環状部の炭素数によってα-ラクタム(三員環)、β-ラクタム(四員環)、γ-ラクタム(五員環)なとがあり、いずれの炭素数のラクタム化合物であっても用いることができる。
【0025】
抽出液にラクタム化合物を用いる場合、抽出液中のラクタム化合物の濃度は、100g/L以上、600g/L以下の濃度範囲にすることが好ましい。ラクタム化合物の濃度が100g/L未満であると、後述する溶解工程において貴金属の溶解が不十分になる懸念がある。また、ラクタム化合物の濃度が600g/Lを超えると、後述する加水工程において、相分離に悪影響を及ぼす懸念がある。
【0026】
本実施形態では、ラクタム化合物として、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)およびN-エチル-2-ピロリドン(NEP)を用いた。NMPは、γ-ブチロラクトンとメチルアミンとを縮合させることで得られる液体であり、水に対して任意の割合で溶解する。
なお、有機溶媒としては、NMPまたはNEPに限定されるものではなく、各種ラクタム構造を有する化合物を用いることができる。
【0027】
以上のような組成の抽出液を用いて、金、またはパラジウムのうち少なくとも一方を含む貴金属の含有材料、本実施形態では回路基板を抽出液に浸漬する(溶解工程S1)。こうした回路基板は、ハンダやボンディングワイヤに金やパラジウムなどの貴金属が含まれているものが多い。また、回路基板には、導電パターンなどに、工業的に有用な有価金属としてAl,Niが含まれているものが多い。
【0028】
溶解工程S1においては、抽出液を10℃~80℃程度の液温で、1時間~72時間程度、回路基板を浸漬すればよい。この時、抽出液を攪拌すれば、貴金属の溶解速度をより早めることができる。こうした溶解工程S1によって、金やパラジウムなどの貴金属、およびAl,Niなどの有価金属が金属イオンとなって抽出液に溶解し、金属溶液が得られる。
【0029】
次に、溶解工程S1で得られた金属溶液のpH調整を行う(pH調整工程S2)。pH調整工程S2では、金属溶液に対して酸を添加して、pHを2以下になるように調整する。pH調整に用いる酸は、とくに限定されるものではないが、例えば、塩酸(HCl)、硫酸(HSO)、硝酸(HNO)などを用いることができる。本実施形態では塩酸を用いた。こうしたpH調整工程S2を行った後も、金属溶液は均一な液体の状態である。
【0030】
次に、pH調整後の金属溶液の容量が2.7倍以上になるように水で希釈を行う(加水工程S3)。この加水工程S3によって、pH調整後の金属溶液に溶解している貴金属のヨウ化物が生じ、2相に相分離する。
【0031】
加水工程S3では、金属溶液は加水によって、固相と液相、または油相と水相の2相に分かれる。AuやPdを含むヨウ化物は、固相に移行するか、または油相に移行する。ヨウ化物が固相に移行するか油相に移行するかは、抽出液に含まれる有機溶媒の濃度、加水工程S3での加水量、および金属溶液に溶出した貴金属の濃度によって決まる。
【0032】
こうした加水工程S3では、抽出液に含まれるラクタム化合物の濃度が、加水による相分離によって半分以下の濃度になる。これは、ラクタム化合物が加水による相分離を促進させていると考えられる。
【0033】
例えば、加水工程S3によって貴金属を含むヨウ化物が固相に移行した場合、この固相は平板状結晶または針状結晶の貴金属ヨウ化物として析出、沈殿する。生じた固相は、貴金属、ヨウ素、および炭素が主成分である。
また、加水工程S3によって貴金属を含むヨウ化物が油相に移行した場合、この油相は比重の大きい油状物質として水相の下部に沈殿する。生じた油相は、貴金属、ヨウ素、および炭素が主成分である。
【0034】
なお、本実施形態では、金属溶液に対してpH調整工程S2を行った後に加水工程S3を行っているが、金属溶液に対して加水工程S3を行った後にpH調整工程S2を行うこともできる。また、金属溶液に対してpH調整工程S2と加水工程S3とを同時に行うこともできる。
【0035】
この後、加水工程S3で生じた2相を互いに分離する(分離工程S4)。分離工程S4では、金属溶液が固相と液相に分離した場合には、濾材等を用いて貴金属を含む固相を回収する。また、金属溶液が油相と水相に分離した場合には、油水界面で互いに分注することにより、貴金属を含む油相を回収する。
回収された貴金属を含む固相や油相は、再溶解及び精製を行うことで、貴金属を単離することができる。
【0036】
加水工程S3で得られる貴金属のヨウ化物に含まれる貴金属の量は、金属溶液に含まれる貴金属の量に対して90%以上になる。即ち、金属溶液に溶解された貴金属の大半は、分離工程S4で回収される固相や油相に移行し、貴金属が溶解された金属溶液から高収率で貴金属を回収することができる。
【0037】
以上のように、本発明の貴金属の回収方法によれば、貴金属の含有材料を有機溶媒を含む抽出液に浸漬するだけで、貴金属を溶解した金属溶液を得ることができる。そして、この金属溶液のpH調整を行い、水を加えて希釈するだけで相分離を生じさせて、貴金属を固相や油相に移行させることができる。
これにより、熱エネルギーを殆ど用いることなく、低コストで、かつ簡易な構成で、貴金属の含有材料に含まれる貴金属を高収率で回収することができる。
【0038】
以上、本発明の実施形態を説明したが、こうした実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。この実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。この実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【実施例
【0039】
本発明の効果を検証した。
まず最初に、上述した貴金属の回収方法によって得られた、以下に示す実施例1や実施例13の沈殿(固相)にAuあるいはPdが含まれていることを検証した。
【0040】
(実施例1)
イオン交換水にヨウ化カリウム31g/L、ヨウ素5g/L、および有機溶媒としてN-メチル-2-ピロリドン(NMP)400g/Lとなるようにそれぞれ溶解させて、実施例1の抽出液を作成した。
【0041】
実施例1の抽出液に貴金属としてAuを含む貴金属含有廃棄物(貴金属の含有材料)を浸漬し、抽出液の液温を60℃に保持して24時間放置した(溶解工程)。これにより実施例1の抽出液にAuを選択的に溶解させた金属溶液を得た。この金属溶液を一部採取し、成分を誘導結合プラズマ(ICP)発光分光により分析した。なお、金属溶液中のAu濃度が700ppm以下であった場合、700ppmを上回るまで貴金属含有廃棄物を加え、金属溶液中のAu濃度を高めた。所定の濃度に達したら、金属溶液から貴金属含有廃棄物を取り出した。また、貴金属含有廃棄物としては、ポリイミドフィルム上にスパッタ法でAu薄膜を形成したものを用いた。
【0042】
この金属溶液に、体積比で0.4倍の1M-塩酸を加えてpH1以下に調整した(pH調整工程)。さらに、体積比で2.6倍のイオン交換水を、pH調整後の金属溶液に加えて希釈した(加水工程)。これにより、抽出液の濃度から4倍に希釈されたこととなる。こうした加水工程において、実施例1は加水直後から沈殿(固相)が生じるが、1時間程度静止させることで、十分な量の沈殿を得ることができる。このようにして、実施例1の沈殿(固相)を得た。図2に、実施例1で得られた固液分離後の沈殿(固相)の拡大写真を示す。なお、加水後の溶液の水相部分を一部採取し、成分分析により、沈殿にAuが90%以上移行していることを確認した。
【0043】
(実施例13)
イオン交換水にヨウ化カリウム62g/L、ヨウ素を10g/L、NMPを500g/Lとなるようにそれぞれ溶解させて実施例13の抽出液を作成した。実施例13の抽出液に貴金属としてPdを含む貴金属含有廃棄物を浸漬し、抽出液の液温を60℃に保持して24時間放置した(溶解工程)。これにより実施例13の抽出液にPdを選択的に溶解させた金属溶液を得た。この金属溶液を一部採取し、成分を誘導結合プラズマ(ICP)発光分光により分析した。なお、金属溶液中のPd濃度が700ppm以下であった場合、700ppmを上回るまで貴金属含有廃棄物を加え、金属溶液中のPd濃度を高めた。所定の濃度に達したら、金属溶液から貴金属含有廃棄物を取り出した。また、Pdを含む貴金属含有廃棄物としては、模擬的にPd金属片を用いた。
【0044】
この金属溶液に、体積比で0.4倍の1M-塩酸を加えてpH1以下に調整した(pH調整工程)。さらに、体積比で1.3倍のイオン交換水を、pH調整後の金属溶液に加えて希釈した(加水工程)。これにより、抽出液の濃度から2.7倍に希釈されたこととなる。こうした加水工程において、実施例13は加水直後から沈殿(固相)が生じるが、1時間程度静止させることで、十分な量の沈殿を得ることができる。このようにして、実施例13の沈殿(固相)を得た。図3に、実施例13で得られた固液分離後の沈殿(固相)の拡大写真を示す。なお、加水後の溶液の水相部分を一部採取し、成分分析により、沈殿にPdが90%以上移行していることを確認した。
【0045】
次に、上述した実施例1および実施例13によって得られた沈殿(固相)を用いて、エネルギー分散型X線分析(EDX)による組成分析を行った。実施例1のEDXの結果を図4に、実施例13のEDXの結果を図5に、それぞれ示す。なお、写真中の数字は分析箇所を示している。
【0046】
図4に示す結果によれば、実施例1で得られた沈殿(固相)はC,Au,Iからなり、Auが5%以上の濃度で含まれていることが確認できた。こうした金の含有量は、例えば、一般的な金鉱石などと比較しても十分に高い。
【0047】
また、図5に示す結果によれば、実施例13で得られた沈殿(固相)はC,Pd,Iからなり、Pdが4%以上の濃度で含まれていることが確認できた。
これらの結果から、本実施形態の貴金属の回収方法によって得られた沈殿(固相)には、貴金属の含有材料のAu,Pdなどの貴金属が移行していることが確認できた。
【0048】
次に、実施例1で得られた沈殿(固相)の粉末X線回折(XRD)を行った。図6に、XRDによって得られた、実施例1の沈殿のピークを示す。図4に示す結果によれば、沈殿(固相)は、AuとIのいずれにも由来しておらず、有機物を含む物質であると考えられ、C,I,Auを含む複雑な組成物ないし混合物であると考えられる。また、Auのピークと同じ位置にピークが生じており、沈殿(固相)にAuが移行していることが、XRDの結果からも確認できた。Auの一部は、単体Auとして析出していることが確認できた。
【0049】
次に、上述した実施例1および実施例13に加えて、実施例2~12、14~19、および比較例1~7について、それぞれの組成の抽出液に貴金属含有廃棄物を浸漬して貴金属を溶解させた金属溶液から、相分離により貴金属を含む沈殿(固相)または油相が生成するかを確認した。各実施例、比較例の条件および相分離の生成結果を表1に示す。
【0050】
なお、沈殿(固相)の生成は以下の状態と規定した。
金属溶液から1辺の長さが1μmを超える平板状または針状の結晶性固体が生じ、エネルギー分散型X線分析(EDX)による組成分析でヨウ素に対してAuあるいはPdを5質量%以上含んでいる場合。
また、油相の生成は以下の状態と規定した。
金属溶液から液状の分離層が生じ、この分離層の蛍光X線分析(XRF)による組成分析で、ヨウ素に対してAuあるいはPdを1質量%以上含んでいる場合。
【0051】
【表1】
【0052】
(実施例2~4)
Auを含む金属溶液に対する加水倍率をそれぞれ8倍、16倍、24倍とした(塩酸とイオン交換水を共に増やした)こと以外、実施例1と同様の操作を行った。いずれも沈殿の生成が確認され、沈殿物の生成量は実施例1とほぼ同等である。一度沈殿が生じると、金属溶液を何倍に希釈(加水)しても再溶解せず、Auを回収することができた。
【0053】
(実施例5)
Auを含む金属溶液に加える1M-塩酸を体積比で0.04倍とし、さらに体積比で2.96倍のイオン交換水を加えてpHを2としたこと以外、実施例1と同様の操作を行った。ここでも沈殿が生成し、Auを回収することができた。
【0054】
(実施例6、7)
抽出液に浸漬させる貴金属含有廃棄物の量を調整し、溶液中のAu濃度をそれぞれ2000ppm、350ppmとしたこと以外、実施例1と同様の操作を行った。ここでも沈殿が生成し、Auを回収することができた。
【0055】
(実施例8~10)
抽出液に浸漬させる貴金属含有廃棄物の量を調整し、金属溶液中のAu濃度をそれぞれ140ppm、100ppm、10ppmとしたこと以外、実施例1と同様の操作を行った。ここでは沈殿が生成せず、微小な黒色の油相が溶液から複数分離して生成した。この油相には溶液中のAuが90%以上移行していることが確認された。ろ紙やフィルターを通すことで水相と油相を分離することが可能であり、油相を加熱して炭素成分、及びヨウ素成分を除去する等の操作によりAuを回収することができた。なお、沈殿と油相の生成には有機溶媒とヨウ素に対するAu濃度が影響しており、Au濃度が高いと沈殿、Au濃度低いと油相が生じる。
【0056】
(実施例11)
抽出液中のヨウ化カリウムを62g/L、ヨウ素を10g/L、NMPを500g/Lとしたこと以外、実施例1と同様の操作を行った。この実施例11では油相が生成した。ヨウ素の濃度が相対的に高い場合、沈殿ではなく油相が生じる。
【0057】
(実施例12)
抽出液中の有機溶媒として、N-エチル-2-ピロリドン(NEP)を用いており、その濃度が370g/Lであること以外、実施例1と同様の操作を行った。この場合、沈殿は生じず、油相が生じる。NEPはNMPと同様にケトン基を有しており、且つNEPはNMPと同様にラクタム構造を有する有機溶媒である。後述する比較例5との対比から、沈殿または油相が生じるには、有機溶媒がラクタム構造を有する必要があると考えられる。
【0058】
(実施例14)
抽出液に浸漬させる貴金属含有廃棄物の量を調整し、金属溶液中のPd濃度を100ppmとしたこと以外、実施例13と同様の操作を行った。ここでは沈殿が生成せず、微小な黒色の油相が溶液から複数分離して生成した。この油相には溶液中のPdが90%以上移行していることが確認された。ろ紙やフィルターを通すことで水相と油相を分離することが可能であり、油相を加熱して炭素成分、及びヨウ素成分を除去する等の操作によりPdを回収することができた。なお、沈殿と油相の生成は、実施例13との比較から、有機溶媒とヨウ素に対するPd濃度が影響しており、Pd濃度が高いと沈殿、Pd濃度低いと油相が生じる。
【0059】
(実施例15~17)
抽出液中のNMPをそれぞれ100g/L、200g/L、300g/Lとしたこと以外、実施例1と同様の操作を行った。この実施例15~17でも沈殿が生成し、Auを回収することができた。
【0060】
(実施例18)
抽出液中のヨウ化カリウムを26g/L、ヨウ素を4g/L、NMPを500g/Lとして、抽出液に浸漬させる貴金属含有廃棄物の量を調整し、溶液中のAu濃度を600ppmとしたこと以外、実施例1と同様の操作を行った。この実施例18でも沈殿が生成し、Auを回収することができた。
【0061】
(実施例19)
抽出液中のヨウ化カリウムを21g/L、ヨウ素を3g/L、NMPを600g/Lとして、抽出液に浸漬させる貴金属含有廃棄物の量を調整し、溶液中のAu濃度を480ppmとしたこと以外、実施例1と同様の操作を行った。この実施例19では油相が生成した。ヨウ素の濃度が相対的に高い場合、沈殿ではなく油相が生じる。
【0062】
(比較例1)
Auを含む金属溶液の希釈を行わず(加水工程無し)、0.4倍の塩酸のみ追加したこと以外、実施例1と同様の操作を行った。比較例1のように、pHを1以下とするだけでは沈殿も油相も生じず、全体的に均一な単層となり、Auを分離することができない。沈殿あるいは油相の生成には、加水工程が必要であることが分かった。
【0063】
(比較例2、3)
Auを含む金属溶液に1M-塩酸を添加してpHを3に調整したこと(比較例2)、あるいは塩酸を添加せずpHを6としたこと(比較例3)以外、実施例1と同様の操作を行った。比較例2、3では沈殿も油相も生じず、全体的に均一な単層のみとなった。沈殿あるいは油相の生成には、pHを2以下に調整するpH調整が必要であることが確認された。
【0064】
(比較例4)
抽出液に有機溶媒を含まない以外、実施例1と同様の操作を行った。抽出液に有機溶媒を添加しない場合、沈殿も油相も生じない。また、抽出液へのAuの溶解量が低いことが確認された。
【0065】
(比較例5)
抽出液に添加する有機溶媒として、ラクタム構造を含まないアセトンを用い、アセトン濃度を320g/Lにした以外、実施例1と同様の操作を行った。アセトンはNMPと同様にケトン基を有するもののラクタム構造を含まないため、沈殿も油相も生じない。沈殿や油相を生じさせるためには、有機溶媒としてラクタム化合物が必要であることが確認された。
【0066】
(比較例6)
Pdを溶解させた金属溶液に1M-塩酸を添加してpHを1とした後、イオン交換水を加えない(加水工程無し)以外、実施例13と同様の操作を行った。このようにpHを1以下とするだけでは、沈殿も油相も生じず、全体的に均一な単層のみとなる。沈殿あるいは油相の生成には、加水工程が必要であることが確認された。
【0067】
(比較例7)
塩酸を添加せずpHを6としたこと(pH調整工程無し)、またイオン交換水の添加量を金属溶液に対する体積比の1.7倍とした以外、実施例13と同様の操作を行った。このように溶液を2.7倍に希釈するだけでは、沈殿も油相も生じず、全体的に均一な水相のみとなる。沈殿あるいは油相の生成には、pHを2以下に調整するpH調整工程が必要であることが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6